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事件 平成 23年 (ワ) 12196号 特許権侵害差止等請求事件
名古屋市〈以下略〉
原告株式会社ミキ
同訴訟代理人弁護士 乾てい子
同 補佐人弁理士宇佐見忠男
同 岩田康利 愛知県北名古屋市〈以下略〉
被告日進医療器株式会社
同訴訟代理人弁護士 田嶋好博
同訴訟代理人弁理士 山本文夫
同 関根由布
同 津国肇
同 柳橋泰雄
同 生川芳徳
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2014/02/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は別紙イ号物件目録記載の車椅子を輸入し,製造し,販売し,又は販売 のために展示してはならない。
2 被告は,前項記載の製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,1746万3264円及びうち200万円に対する平 成23年4月21日から,うち1546万3264円に対する平成25年6月 18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
1
事案の概要
1 本件は,発明の名称を「車椅子」とする特許権を有する原告が,別紙イ号物 件目録記載の車椅子(以下「被告製品」という。)が同特許権に係る発明の技 術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基 づき,被告製品の輸入・製造・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,特 許権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償金として1746万3264 円及びうち200万円に対する平成23年4月21日(訴状送達日)から,う ち1546万3264円に対する平成25年6月18日(同月14日付け訴え の変更申立書送達日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延 損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等(証拠等〈略〉を掲げていない事実は当事者間に争いがな い。) (1) 当事者 ア 原告は,車椅子及び福祉用具・医療用具の製造・卸販売等を業とする株 式会社である。
イ 被告は,車椅子の製造販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告の有する特許権 ア 原告は,次の内容の特許(請求項の数3。以下,この特許を「本件特許」 といい,同特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者であ る。
特 許 番 号 第3993996号 発明の名称 車椅子 出 願 日 平成13年10月23日 登 録 日 平成19年8月3日 イ 本件特許の特許公報の記載は別紙1特許公報写し〈略〉のとおりである が,本件特許については,その登録後に数次の訂正が行われ,平成25年 2 8月16日付け審決(訂正2013-390103号)により認容された 訂正の結果,本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載は,別紙2「明 細書」写し〈略〉記載のとおりとなっている(以下,上記訂正後の本件特 許に係る明細書と本件特許に係る図面とを併せて,「本件明細書等」とい う。)。
(3) 本件特許に係る特許請求の範囲 本件特許の特許請求の範囲請求項1の記載は,別紙2「明細書」写しの該当項記載のとおりであり(以下,請求項1記載の特許発明を「本件発明」という。),これを構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれの記号に従い「構成要件A」などという。なお,本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書等の中では「巾」の字が用いられているが,本判決では,「巾」及び「幅」を同義として用いる。)。
A 左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,B 該X枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢 着した一対の回動杆からなり,C 該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞれ取り付けられ,D 各下端には下側杆がそれぞれ取り付けられ,E 該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられている 杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,F 該回動杆の下側杆は左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介し て該左右側枠下部に枢着されており,G 該左右側枠下部には前後一対の下側杆取付部が取り付けられており,該 下側杆取付部には,該左右側枠に沿う方向を向き,かつ該枢軸を支持する ための軸穴がそれぞれ複数個上下に相対して配列して設けられており,H 該回動杆下端の下側杆を該前後一対の下側杆取付部間に位置させて,該 車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して該下側杆取付部の 3 複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿 通支持させることによって,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位 置を変えることなく,かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を 調節可能にしたことを特徴とする I 車椅子(4) 被告の行為 被告は,業として,被告製品を輸入,製造,販売及び販売の申出をしてい る。
(5) 被告製品の構成 被告製品の構成は,別紙図面に示されるとおりであるが,この構成を本件 発明の構成要件に対応して分説すると,次のとおりである(以下,それぞれ の記号に従い「構成a」などといい,構成f1ないしf3については,「構 成f」と総称することがある。なお,分説中に記載された符号は,別紙図面 〈略〉中の符号に対応する。)。
a 左 右 一 対 の 側 枠( 3,3 )を 前 後 一 対 の X 枠( 1 1,1 2 )で 連 結し た構造であって, b 該 X 枠( 1 1 ,1 2 )は 中 央 で 相 互 回 動 可 能 に 結 合 さ れ ,下 端 部 を 該 左右側枠下部に枢着した一対の回動杆(14,14)からなり, c 該 一 対 の 回 動 杆( 1 4,1 4 )の 各 上 端 に は 上 側 杆( 1 7,1 7 )が それぞれ取り付けられ, d 該 一 対 の 回 動 杆( 1 4,1 4 )の 各 下 端 に は 下 側 杆( 1 8,1 8 )が それぞれ取り付けられ, e 該 上 側 杆( 1 7,1 7 )は 上 記 左 右 側 枠( 3,3 )に 具 備 さ れ て いる 座 梁 部 に 取 り 付 け ら れ て い る 杆 受 け( 1 6 ,1 6 )に そ れ ぞ れ 支 持 さ れ るように設定されており, f1 回動杆の下側杆(18,18)の前後両端には,円筒状の軸部(29 4 a,29a)を備えたU字状のスライダ(29,29)が下側杆(18, 18)に対して回転可能に挿入されている。スライダ(29,29)を左 右側枠(3,3)の前後一対の第1中間柱部(61A,61A)及び第2 中間柱部(62A,62A)の下部に嵌合させることにより,X枠(11, 12)の下端部を左右側枠(3,3)に対して上下方向にスライド可能に 連結されている。
f2 スライダ(29,29)の軸部(29a,29a)の内部には,ばね (27,27)により外向きに弾発されたスライドピン(26,26)が 収納されている。これらばね(27,27)に付勢されて,スライドピン (26,26)の先端が,スライダ(29,29)の先端から僅かに突出 する。スライドピン(26,26)は,その後端に螺合された操作ノブ(2 8,28)を操作することにより,後退させることができる。
f3 操作ノブ(28,28)は,回動杆の下側杆(18,18)に形成し た長孔を介して,スライドピン(26,26)に螺合されており,これら 下側杆(18,18)とスライドピン(26,26)とは,スライダ(2 9,29)の軸部(29a,29a)を支点にして一体で回動する。
g 左右側枠の前後一対の第1中間柱部(61A,61A)及び第2中間柱 部(62A,62A)の下部には,それぞれ複数個の軸穴(13A,13 B,13C,13D)が上下に相対して設けられている。
h 該 回 動 杆( 1 4 ,1 4 )下 端 の 下 側 杆( 1 8 ,1 8 )を 該 第 1 中 間 柱 部( 6 1 A ,6 1 A )と 該 第 2 中 間 柱 部( 6 2 A ,6 2 A )の 間 に 位 置 さ せ て ,該 車 椅 子( 1 )の 使 用 者 の 体 形 に 応 じ て 調 節 さ れ る 巾 に 対 応し て 該 第 1 中 間 柱 部( 6 1 A ,6 1 A )と 該 第 2 中 間 柱 部( 6 2 A ,62 A )の 複 数 個 の 軸 穴( 1 3 A ,1 3 B,1 3 C ,1 3 D)の う ち の 一 つ を 選 択 し て 該 軸 穴( 1 3 A ,1 3 B ,1 3 C ,1 3 D )に 該 ス ラ イ ドピ ン( 2 6 ,2 6 )を 支 持 さ せ る こ と に よ っ て ,該 X 枠( 1 1 ,1 2 )の 5 上 端 部 は 該 左 右 側 枠( 3 ,3 )に 対 し て 上 下 位 置 を 変 え る こ と な く ,か つ 該 X 枠( 1 1 ,1 2 )の 長 さ を 変 え る こ と な く 該 車 椅 子( 1 )の 巾を 調節可能にした i 車椅子(1)。
(6) 構 成 要 件 充 足 性 被告製品の構成aないし e 及びiは,それぞれ本件発明の構成要件Aない しE及びIを充足する。
3 争点 (1) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか (2) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか (3) 損害賠償請求権の存否及び額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について 〔原告の主張〕 (1) 被告製品の構成要件充足性 被告製品は,以下のとおり,本件発明の構成要件F,G及びHを充足する。
よって,被告製品は,本件発明の構成要件を全て充足するから,本件発明 の技術的範囲に属する。
(2) 構成要件Fについて ア 被告製品の「スライドピン」は,本件発明の構成要件Fの「枢軸」に該 当するから,被告製品の下側杆がスライドピン(枢軸)を介して左右側枠 下部に回動可能に枢着されている構成は,本件発明の構成要件Fを充足す ることは明らかである。
イ この点に関して被告は,構成要件Fの「枢軸」が,一方の軸穴から他方 の軸穴に達する長さを有する1本の軸であり,下側杆の内径とほぼ同様の 外径を有するものに限定されると解釈して,被告製品におけるスライドピ 6 ンは下側杆の両側に一つずつ,合計二つ設けられたものであり,しかも, スライドピンの外径は,下側杆の内径と比べて小さく,ガイド機能を奏し ないから,構成要件Fの「枢軸」には該当しないと主張する。
しかし,被告製品の下側杆の両端にはスライダの軸部を介してスライド ピンが装着されており,該両端のスライドピンは相互に軸が一致しており, 第1中間柱部と第2中間柱部とにそれぞれ設けられている複数個の軸穴の うちの一つにそれぞれ引き抜き可能に挿通支持されるものであるから,ス ライドピンは,前後に分割されているものの,実質的に本件発明の「枢軸」 と同一機能を有し,同一部材とみることができる。
また,被告製品のスライダの軸部の内径は,スライドピンの外径とおお むね等しく,上記スライダの軸部は下側杆内に挿入されて下側杆の内筒と して機能しているから,スライドピンの外径は,下側杆の内径とおおむね 等しいといえる。そうすると,被告製品に あっても,車椅 子の幅調節にお いて下側杆を適切な 軸穴の位置に合 わせ ,その下側杆の両端 からスライ ドピンを軸穴に挿通 することができ るの で,その下側杆は本件発 明の「下 側杆」と同様に,ガ イド機能を有し てい る。
このほか,被告は,仮に被告製品のスライドピンが「枢軸」に当たると しても,そのスライドピンと下側杆との間に,スライダが介在してしまう から,構成要件Fの「枢軸を介して」を充足しないと主張する。
しかし,被告製品では,「枢軸」であるスライドピンは,直接下側杆内 に挿通されて,直接軸穴に引き抜き可能に挿通支持されているのであるか ら,下側杆の前後両端に円筒状の軸部を備えたU字状のスライダが挿入さ れているとしても,実質的には,下側杆は軸穴のうちの一つに枢軸を引き 抜き可能に挿通支持させるという構成要件Fに相当する構成を採用してい る。
(3) 構成要件Gについて 7 ア 被告製品の「第1中間柱部」と「第2中間柱部」は,左右側枠の下部(座 梁部と下梁との間)において,前後に並んで取り付けられたものであり, また,その第1中間柱部と第2中間柱部には,左右側枠に沿う方向を向き, かつ前後一対の軸を支持するための軸穴がそれぞれ複数個(4個)上下に 相対して配列して設けられているから,被告製品の「第1中間柱部」と「第 2中間柱部」は,本件発明の構成要件Gの「前後一対の下側杆取付部」に 相当する。
よって,被告製品の構成gは,本件発明の構成要件Gを充足する。
イ これに関して被告は,構成要件Gの「下側杆取付部」は,「該左右側枠 下部」に取り付けられた,「該左右側枠」とは別個独立の部材でなければ ならないと主張する。
しかし,本件発明の「下側杆取付部」は,左右側枠に前後一対設けられ ており,左右側枠に沿う方向を向き,かつ該枢軸を支持するための軸穴が それぞれ複数個上下に相対して設けられているものであり,その前後一対 の下側杆取付部の間に下側杆が枢軸を介して枢着されているものである。
一方,被告製品にあっては,左右側枠の前後一対の第1中間柱部及び第2 中間柱部には左右側枠に沿う方向を向き,かつスライドピン(枢軸)を支 持するための軸穴がそれぞれ複数個相対して配列して設けられており,そ の間に下側杆がスライドピン(枢軸)を介し枢着されている。そうすると, 被告製品の第1中間柱部と第2中間柱部が,本件発明の下側杆取付部と同 一の機能を有することは明白である。
したがって,被告製品において,第1中間柱部と第2中間柱部が左右側 枠の構成部材であったとしても,その第1中間柱部及び第2中間柱部が, 本件発明の「前後一対の下側杆取付部」と同一部材であることは疑う余地 がない。
また,被告は,構成要件Gの「軸穴」に関して,構成要件Hの「引き抜 8 き可能」との文言に照らすと,「枢軸」が1本の軸であり,これを軸穴に 「引き抜き可能」に挿通するために,対向する一対の「軸穴」のうち少な くとも一方の軸穴は貫通穴でなければならないと主張する。
しかし,本件発明の構成要件G及びHにおいて,枢軸は前後の下側杆取 付部の複数個の軸穴の一つに引き抜き可能に挿通支持されており,車椅子 の幅を変更する場合に,上記枢軸を上記軸穴から引き抜いて,別の所定の 軸穴に該枢軸を挿通支持させることになる。このような,本件発明の構成 要件G及びHの機能を果すためには,軸穴が貫通している必要は全くない。
実際,軸穴が貫通していない被告製品においても,スライドピン(枢軸) が前後の第1中間柱部及び第2中間柱部の複数個の軸穴の一つに挿通支持 されており,車椅子の幅を変更する場合には上記スライドピンを上記軸穴 から引き抜いて,別の軸穴に該スライドピンを挿通支持させている。
(4) 構成要件Hについて 被告製品においては,前記のとおり,第1中間柱部と第2中間柱部が本件 発明の「下側杆取付部」に相当し,その間に下側杆を位置させており,また, スライドピン(枢軸)が前後の第1中間柱部及び第2中間柱部の複数個の軸 穴の一つに挿通支持されており,車椅子の幅を変更する場合に上記スライド ピンを上記軸穴から引き抜いて,別の所定の軸穴に該スライドピンを挿通支 持させているのであるから,このような被告製品の構成は,本件発明の構成 要件Hを充足する。
〔被告の主張〕 (1) 被告製品の構成要件充足性につき 被告製品が本件発明の構成要件F,G及びHを充足することは否認する。
構成要件Fについて 被告製品は,構成要件Fの「枢軸」及び「枢軸を介して」を充足しない。
(ア) 「枢軸」の非充足 9 原告が,本件特許に係る訂正審判において,枢軸が1本であり,この 1本の枢軸を円筒状の下側杆に挿通すると,両者の軸線が互いに一致し, これらの軸線と一対の軸穴の中心とを一致させることで,下側杆がガイ ドとして機能すると主張していること,及び,本件明細書等には一貫し て1本の「枢軸」を用いた構成のみが記載されており,本件明細書等の 【図6】には,下側杆の内径と枢軸の外径とがほぼ同様の寸法で記載さ れていることを参酌すると,構成要件Fの「枢軸」は,一方の軸穴から 他方の軸穴に達する長さを有する1本の軸であり,下側杆の内径とほぼ 同様の外径を有するものに限定解釈されるべきである。そもそも本件発 明において「枢軸」を2本にした場合,どのような構成であれば原告の 主張するガイド機能が奏されるのか,本件明細書等及び出願時の技術常 識を参酌しても,そのような構成を導き出すことはできない。
これに対し,被告製品におけるスライドピンは,下側杆の両側に一つ ずつ,合計二つ設けられたものであるから,構成要件Fの1本の「枢軸」 には該当しない。特にスライドピンの外径は,下側杆の内径と比べて小 さく,下側杆との関係において,原告の主張するガイド機能は奏されな い。
したがって,2本のスライドピンを有する被告製品の構成が本件発明 の技術的範囲に属するはずがない。
(イ) 「枢軸を介して」の非充足 「枢軸を介して」の構造については,構成要件Hに「該下側杆取付部 の複数個の軸穴のうちの一つを選択して該軸穴に該枢軸を引き抜き可能 に挿通支持させる」との記載があるところ,原告は,本件特許に係る訂 正審判において,構成要件Hの「引き抜き可能」とは,枢軸が下側杆及 び軸穴との関係でそれぞれ引き抜き可能であることであり,下側杆,軸 穴及び枢軸とが密接かつ直接的に関係していてはじめて「引き抜き可能」 10 といえ,下側杆,軸穴及び枢軸とがそれぞれの間に何かを介在させるよ うな間接的な結合であれば「引き抜き可能」という用語を用いることは できず,「介して」という用語も間接的な結合の意味では使用されてい ない,と主張した。
また,本件明細書等の【発明の実施の形態】及び図面には,一貫して, 下側杆と軸穴と枢軸との間に何も介在させない構成が記載されている。
このような訂正審判における原告の主張及び本件明細書等の記載を参 酌すると,構成要件Fの「介して」は,「下側杆」と「軸穴」と「枢軸」 との間に何も介在させていないという限定を含んでいるものと解される。
これに対し,被告製品の下側杆には,U字上のスライダが回転可能に 挿入されており,このスライダの軸部の内部にスライドピンが収納され ている。このような被告製品の構成において,仮にスライドピンが構成 要件Fの「枢軸」に当たるとすれば,下側杆とスライドピンとの間にス ライダが介在してしまうため,構成要件Fの「枢軸を介して」を充足し ない。
構成要件Gについて 被告製品は,構成要件Gの「下側杆取付部」及び「軸穴」を充足しない。
(ア) 「下側杆取付部」の非充足 「該左右側枠下部には前後一対の下側杆取付部が取り付けられており」 との構成要件Gをその文言どおり解釈すれば,「下側杆取付部」とは, 「左右側枠下部」に取り付けられた,「左右側枠」とは別個独立の部材 と解される。また,本件明細書等の段落【0013】,【図2】,【図 6】及び【図8】には,該左右側枠の下梁に,これとは別個独立の部材 である「下側杆取付部」を溶接した構成が記載されている。さらに,原 告は,本件特許に係る訂正審判における平成24年9月14日提出の意 見書でも,「『下側杆取付部』とは,上記『枢軸』が引き抜き可能に挿 11 通支持される『軸穴』を複数個上下に配列して設けられている部材であ って,左右側枠下部に前後一対が,互いの該『軸穴』を相対させるよう にして取り付けられている部材である。」と定義している。さらに,平 成24年7月6日付け訂正審判請求書では,原告自身が,左右側枠の下 部に前後一対の下側杆取付部が取り付けられている構成は本件明細書等 の段落【0013】及び【図6】から自明であると主張しているのであ るから,本件発明における「下側杆取付部」は,そこに記載されている, 左右側枠の下部に別個独立の下側杆取付部が溶接で取り付けられている 実施形態に限定されたものと解すべきである。
よって,構成要件Gの「下側杆取付部」は,「左右側枠」に取り付け られる別個独立の部材である。
そして,この「左右側枠下部には,前後一対の下側杆取付部が取り付 けられており」との構成は,無効理由を回避するために,訂正によって 追加されたものであるから,左右側枠下部に軸穴を直接設けた構成を意 識的に排除しているといえる。
これに対し,被告製品の構成では,左右側枠の第1中間柱部及び第2 中間柱部の下部に複数個の穴が直接設けられているから,構成要件Gの 「下側杆取付部」に相当する部材は存在しない。
なお,本件特許に係る無効審判(無効2011-800069号)の 審決では,「回動杆下端部の枢軸が左右側枠下部に設けられた穴に直接 支持される構造は・・・本件の出願前周知の技術事項である。」と判断 されているから,上記被告製品の構成は,何人も自由に実施できる,い わゆる自由技術である。
(イ) 「軸穴」の非充足 構成要件Gの「軸穴」の解釈は,構成要件Fの「枢軸」及び構成要件 Hの「該軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿通支持させる」との文言との 12 関係に基づいて行われるべきである。
前記アのとおり,構成要件Fの「枢軸」は1本の軸であり,これが軸 穴に引き抜き可能に挿通支持されている(構成要件H)のであるから, 枢軸を引き抜き可能に挿通するために,対向する一対の「軸穴」のうち 少なくとも一方の軸穴は,貫通穴でなければならないことになる。
本件明細書等の【図6】のほか,原告が特許庁に提出した平成24年 7月6日付け訂正審判請求書の「参考図2」,同年9月14日付け意見 書の「参考図2」及び同月27日付け上申書の「技術説明 参考資料」 などの各図面でも明らかなように,前後一対の軸穴の全てが貫通しない 穴ならば,枢軸を引き抜き可能に挿通させることは不可能である。
これに対し,被告製品における複数個の軸穴は,いずれも貫通してい ないので,これらの軸穴に1本の枢軸を引き抜き可能に挿通させること はできない。
よって,被告製品は,構成要件Gの「軸穴」を充足しない。
構成要件Hについて 被告製品は,構成要件Hの「下側杆を・・・下側杆取付部間に位置させ て」及び「引き抜き可能」を充足しない。
(ア) 「下側杆を・・・下側杆取付部間に位置させて」の非充足 前記イのとおり,被告製品には「下側杆取付部」に相当する別個独立 の部材が存在しないから,「下側杆を・・・下側杆取付部間に位置させ て」を充足していない。
(イ) 「引き抜き可能」の非充足 前記アのとおり,「引き抜き可能」とは,下側杆,軸穴及び枢軸とが 密接かつ直接的に関係していることを意味し,下側杆,軸穴及び枢軸と がそれぞれの間に何かを介在させるような間接的な結合であれば「引き 抜き可能」という用語を用いることはできない。
13 これに対し,被告製品では,下側杆には,U字状のスライダが回転可 能に挿入されており,このスライダの軸部の内部にスライドピンが収納 されている。そうすると,仮にスライドピンが「枢軸」に当たるとする と,下側杆とスライドピン(枢軸)との間に,スライダが介在してしま い,「引き抜き可能」を充足しない。
また,原告は,本件特許に係る訂正審判における平成24年9月27 日提出の上申書で,構成要件Fの「下側杆」が枢軸の軸線を一対の軸穴 の中心と一致させるガイドとして機能すると主張しているから,構成要 件Hの枢軸は,下側杆からも「引き抜き可能」でなければならない。し かし,被告製品のスライドピンは,下側杆から引き抜けないような構成 となっているので,「引き抜き可能」ではない。
さらに,原告が主張する被告製品の構成hには,スライドピンが「引 き抜き可能」であることが記載されていないから,構成要件Hを充足し ていない。
(2) 被告製品に係る特許発明進歩性について 被告製品は,被告が有する特許第3844354号(以下「被告特許」と いう。)の実施品である。この被告特許は,本件特許の公開特許公報(特開 2003-126168公報)を主引例として,特許無効が争われたことが あるが,最終的に,被告特許に係る発明は,上記公開特許公報に記載された 発明と比較して,特許法29条2項進歩性を有するものと判断され(知的 財産高等裁判所平成23年(行ケ)第10290号),この判断は確定した。
つまり,被告特許に係る発明が,本件特許の公開特許公報に記載された発明 とは別発明であり,かつさらにそれを超えて進歩性を有する発明である以上, その実施品である被告製品の構成及び作用効果は,いずれも本件発明の構成 及び作用効果と相違するものである。
このことからも,被告製品が本件発明の技術的範囲に属することはない。
14 (3) 小括 以上のとおり,被告製品は,本件発明の構成要件F,G及びHを充足しな いから,本件発明の技術的範囲に属さない。
2 争点(2)(本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか)について〔被告の主張〕 (1) 無効理由 本件発明は,本件特許の出願前に頒布された独国実用新案第297216 99号明細書(以下,この明細書を「乙1明細書」といい,そこに記載され た発明を「引用発明」という。)を主引例として,特開平11-19226 6号の公開特許公報(以下,この公報を「乙16公報」といい,そこに記載 された発明を「乙16発明」という。),特開平11-318988号の公 開特許公報(以下,この公報を「乙15公報」といい,そこに記載された発明 を「乙15発明」という。),特開2001-245935号の公開特許公 報(以下,この公報を「乙9公報」といい,そこに記載された発明を「乙9 発明」という。)及び米国特許第6227559号明細書(以下,この明細 書を「乙17明細書」といい,そこに記載された発明を「乙17発明」とい う。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができた ものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず, 特許無効審判により無効にされるべきものである(同法123条1項2号)。
よって,原告は,本件特許権に基づく権利行使をすることができない(同 法104条の3第1項)。
(2) 一致点及び相違点 乙1明細書に記載された引用発明は,以下の点で,本件発明と一致し,又 は相違する。
ア 引用発明の「サイドフレーム部材」及び「クロスバー」は,それぞれ本 件発明の「左右側枠」及び「X枠」に相当するところ,引用発明の二つの 15 サイドフレーム部材をクロスバーで連結した構造は,本件発明の構成要件 A「左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,」に 相当する。
イ 引用発明のクロスバーが互いに交差するパイプ又はリンクからなり,こ れらのパイプ又はリンクが交差点に関節状に互いに接続されている構成は, 構成要件Bのうち「該X枠は中央で相互回動可能に結合され,」に相当す る。
また,引用発明の「ダブルリンク」及び「シングルリンク」は,本件発明の「一対の回動杆」に相当し,引用発明では,クロスバーを構成するダブルリンク及びシングルリンクの下端部は軸受パイプに接続され,軸受パイプは軸受ブロックに固定された軸を中心に回動可能に支承されており,その軸受ブロックは,サイドフレーム部材に取り付けられた保持コンソールに固定されている。このような,引用発明のダブルリンク及びシングルリンクの下端部が軸受パイプ,軸受ブロック及び保持コンソールを介してサイドフレーム部材に枢着されている構造は,構成要件Bのうち「下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動杆からなり,」に相当する。
ウ 引用発明の「シートパイプ」は本件発明の「上側杆」に相当し,ダブル リンク及びシングルリンクの他端(上端部)にシートパイプが接続されて いる構成は,本件発明の構成要件C「該一対の回動杆の各上端には上側杆 がそれぞれ取り付けられ,」に相当する。
エ 引用発明のダブルリンク及びシングルリンクの下端部が軸受パイプに接 続されている構成は,本件発明の構成要件D「各下端には下側杆がそれぞ れ取り付けられ,」に相当する。
オ 引用発明の「上側フレームパイプ」及び「係止部」がそれぞれ本件発明 の「座梁部」及び「杆受」に相当するから,引用発明の「クロスバーリン クはそれぞれ上端部に,上側フレームパイプに固く取り付けられた係止部 16 と形状結合的に係合するためのシートパイプを備えている」との構成は, 本件発明の構成要件E「該上側杆は上記左右側枠に具備されている座梁部 に取り付けられている杆受けにそれぞれ支持されるように設定されており,」 に相当する。
カ 引用発明の「軸受パイプ」の「軸」は,本件発明の「枢軸」に相当し, 軸受パイプが軸受ブロックに固定された軸を中心に回動可能に支承されて いる点は,「下側杆は・・・該左右側枠・・・に枢着されており」に相当 する。また,この軸受パイプはサイドフレームに沿った方向に配設されて いるので,この軸受パイプが受けている「軸」(枢軸)も,サイドフレー ム部材に沿った方向に配設されている。そして,保持コンソールの穴のう ち下から数えて四つは,いずれも保持コンソールの中央よりも下側に設け られているので,軸受パイプが枢着されている位置は,サイドフレームの 下側になる。
そうすると,引用発明の上記構成は,本件発明の構成要件F「該回動杆 の下側杆は左右側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して該左右側 枠下部に枢着されており,」に相当する。
もっとも,前記1〔被告の主張〕(1)アのとおり,構成要件Fの「枢軸 を介して」は,下側杆,軸穴及び枢軸の間に他の部材を何も介在させてい ないという意味に限定解釈されるところ,引用発明は,軸受パイプの軸と 保持コンソールとの間に軸受ブロックを介在させた構成となっている点で, 本件発明の構成要件Fと相違する(相違点1)。
キ 引用発明の「保持コンソール」は,本件発明の「下側杆取付部」に相当 するところ,この保持コンソールはサイドフレーム部材の上側フレームパ イプと下側フレームパイプとに取り付けられているから,この構成は,構 成要件Gのうち「該左右側枠下部には前後一対の下側杆取付部が取り付け られており,」 に相当する。また,保持コンソールには,軸受パイプの 17 軸を支持するための複数個の穴が上下に配列して設けられているから,こ の構成は,構成要件Gのうち「該下側杆取付部には,・・・該枢軸を支持 するための軸穴がそれぞれ複数個上下に・・・配列して設けられており,」 に相当する。
もっとも,上記保持コンソールの穴は,サイドフレーム部材に沿う方向 ではなく,これと直交する方向に向いているから,この点で,構成要件G の「軸穴」が「該左右側枠に沿う方向を向き,かつ・・・相対して」とは 相違する(相違点2)。
ク 引用発明では,軸受パイプが前後一対の保持コンソールの間に位置した 構成となっているから,構成要件Hのうち「該回動杆下端の下側杆を該前 後一対の下側杆取付部間に位置させて,」と一致する。また,引用発明に は,「潜在的ユーザの体格の違いといった種々の要求に適応」,「車台フ レームを異なった幅の少なくとも2つの使用位置に調整する」との記載が あり,保持コンソールの複数個の穴のうちの一つを選択して軸受ブロック を固定し,車椅子の座幅を調整する構成となっているから,構成要件Hの うち「該車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して該下側杆 取付部の複数個の軸穴のうちの一つを選択して・・・」に相当する。さら に,引用発明のクロスバーの上端部がサイドフレーム部材に対して上下位 置を変えることなく,かつクロスバーの長さを変えることなく,車椅子の 座幅を調整可能な構成となっている点は,構成要件Hのうち「該X枠の上 端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠の長さ を変えることなく該車椅子の巾を調節可能にした」に相当する。
もっとも,引用発明の軸受パイプの軸(枢軸)が軸受ブロックに固定さ れていて,引き抜き可能な構成となっておらず,また,保持コンソールの 複数個の穴に「挿通支持」される構成となっていないため,構成要件Hの 「該軸穴に該枢軸を引き抜き可能に挿通支持させることによって,」との 18 構成とは相違する(相違点3)。
ケ 引用発明は,車椅子に関する考案であり,この点において,本件発明の 構成要件I「車椅子」に相当する。
(3) 各相違点の容易想到性 ア 前記(2)のとおり,本件発明は,引用発明との比較において,三つの相違 点を有する。しかし,これらの相違点は,いずれも本件特許の出願前から 当業者に周知の構造にすぎず,容易に想到することができる。
イ 相違点1(間に何も介在させないで「枢軸」を「軸穴」に挿通させてい ること)について 乙9公報には,支持ロッドを,間に何も介在させないで調整孔のいずれ かと支持孔とに挿通させる構造が,乙15公報には,ピンボルトを,間に 何も介在させないで座受板の通孔に挿通させる構造が,乙16公報には, Xリンクフレームの回動部を回動させるための軸枠を,間に何も介在させ ないで下側杆部の中に挿通させる構造が,それぞれ記載されている。
したがって,相違点1は,本件特許の出願前から当業者に周知の接続構 造にすぎず,容易に想到することができる。
ウ 相違点2(下側杆取付部に設けた「軸穴」が左右側枠に沿う方向を向き, かつ相対していること)について 乙17発明の「下側サイドレール」,前後一対の「下側グロータブ」及 び三つの「孔」は,それぞれ本件発明の「左右側枠」,前後一対の「下側 杆取付部」及び「軸穴」に相当するところ,乙17発明では,前後一対の 下側グロータブが,下側サイドレールに沿う方向に間隔を空けて対向配置 されており,タブの板面が下側サイドレールに沿う方向と直角となるよう に取り付けられていることにより,前の下側グロータブの孔と後ろの下側 グロータブの孔とが,下側サイドレールに沿う方向を向き,かつ相対する 構成となっているから,相違点2に係る構造が開示されている。
19 そして,引用発明及び乙17発明が有する構成は,いずれも車椅子の「回 動杆(リンク)を左右側枠(サイドフレーム部材)に接続する構造」に関 するものであるから,これらの二つの発明に接した車椅子に関連する技術 分野の当業者が,引用発明の接続構造を簡略化するために,「軸受ブロッ ク」及び「保持コンソール」を排除して,乙17発明の下側グロータブを 採用することは極めて容易である。
したがって,相違点2は,容易想到ということができる。
エ 相違点3(軸穴に枢軸が引き抜き可能に挿通支持されていること)につ いて 相違点3の「枢軸」の挿通態様は,請求項1の記載において,抜け止め 手段を排除していないので,本件発明の技術的範囲には,抜け止め手段に より「枢軸」が固定された構成も含まれることになる。
この点,乙9公報に記載された支持ロッドは,抜け止め手段であるナッ トを外すことにより,調整孔及び支持孔から引き抜き可能となっており, 乙15公報に記載されたピンボルトは,抜け止め手段であるナットを外す ことにより,通孔から引き抜き可能となっており,乙17公報に記載され たファスナーも,抜け止め手段であるナットを外すことにより,孔から引 き抜き可能となっている。
そして,これらの発明に記載されているような,軸穴に枢軸を引き抜き 可能に挿通支持される構成が周知技術であることは明らかである。
したがって,相違点3は,本件特許の出願前から当業者に周知の接続構 造にすぎないから,容易に想到することができる。
(4) 原告の主張に対する反論ア 原告は,「下側杆」の枢支構造について,引用発明では軸受パイプが軸 受ブロックに支承されていると主張する。
しかし,引用発明に係る乙1明細書によれば,「軸受パイプ」は,その 20 両端から突出する長さの「軸」を受けており,この「軸」の両端をそれぞ れ「軸受ブロック」が受けていると認定できる。このことは,「軸受パイ プ」及び「軸受ブロック」が,いずれもその名称のとおり,「軸」を受け る「軸受」であること,乙1明細書にも「軸受パイプの端部は,軸受ブロ ックに軸が固定されているが,回動可能に支承されている」と明記されて いること,乙1明細書の図3(原文の「Fig.3」を指す。以下,同様。) 及び図4には,「軸受パイプ」及び「軸受ブロック」を受けている軸がは っきりと図示されており,図2a及びbでも,軸受パイプ及び軸受ブロッ クとがほぼ同一の直径で記載されており,軸受ブロックが同径の軸受パイ プを枢支できない構成となっていることから明らかである。
イ 原告は,「下側杆」が引用発明を含む引用例のいずれにも存在しないと 主張する。
しかし,引用発明の「軸受パイプ」は,ダブルリンク及びシングルリン クの各下端に接続されており,これは,本件発明の「下側杆」にほかなら ない。
ウ 原告は,引用発明の「保持コンソール」について,本件発明の「下側杆 取付部」とは機能,作用効果,ひいては技術的意義が全く異なる部材であ ると主張する。
しかし,引用発明の「保持コンソール」は,本件発明の「下側杆取付部」 と比較して,サイドフレーム部材への取付け向きが90°相違するだけで あり,取付け向きを90°変更する点は,乙17発明の「グロータブ」を 参照すれば容易に想到することができる。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明が進歩性を有すること 乙1明細書に開示された引用発明の構成が,本件発明の構成要件A,B及 びCと共通し,また構成要件Eとおおむね共通することは認める。しかし, 21 以下のとおり,本件発明の構成要件D,F,G及びHは,引用発明には具備 されておらず,しかも,それらの相違点は,他の引用例によっても,容易想 到ではないから,本件発明が進歩性を欠くとはいえない。
(2) 「下側杆」,「枢軸」及び「軸穴」について ア 本件発明は,「回動杆の下端部の下側杆」が「枢軸」を介して「左右側 枠下部」に枢着され,複数個の軸穴のうち一つに引き抜き可能に挿通支持 されるところに特徴的部分がある。
ここで,本件発明の「下側杆」は,枢軸を介して,左右側枠に枢着され ている。すなわち,「下側杆」とは,左右側枠に枢着するための枢軸に, 回動可能に接続している部分である。また,本件発明の「枢軸」は,「下 側杆」が回動可能に接続される部分であり,そして,左右側枠下部に設け られた複数個の軸穴のうちの一つに引き抜き可能に挿通支持される部材で ある。
一方,引用発明では,回動杆に相当する「リンク」の下端部には,「軸 受パイプ」が固く接続されており,その「軸受パイプ」は,軸受ブロック に回動可能に支承されているから,「枢軸」に回動可能に接続している本 件発明の「下側杆」とは機能,作用効果,ひいては技術的意義が全く異な った部材であり,「枢軸」を介することなく軸受ブロックに接続している 部材である。また,その「軸受パイプ」は,サイドフレーム部材の下部の 軸穴のうち一つに引き抜き可能に挿通支持されるものでもないから,本件 発明の「枢軸」とも,構成,作用効果,機能,ひいては技術的意義が全く 相違する。
さらに,本件発明の「軸穴」は,上記「枢軸」が引き抜き可能に挿通支 持される穴であり,左右側枠に沿う方向を向いているが,引用発明の「穴」 は,「軸受ブロック」を穴に固定するためのねじを挿通する「穴」であり, したがって,左右側枠に沿う方向に直交する方向を向いているから,本件 22 発明の「軸穴」とは,構成,作用効果,機能,ひいては技術的意義が全く 相違する。
なお,被告は,引用発明について,その「軸受パイプ」の中に「軸」が 存在し,その「軸」の両端をそれぞれ「軸受ブロック」が受けていると認 定できると主張する。
しかし,引用発明における軸受パイプは,その両端が軸受ブロックによ って支承されているのであるから,被告の主張は誤りである。
以上のとおり,引用発明は,本件発明の「下側杆」,「枢軸」及び「軸 穴」という主要な構成,部材を具備していないから,引用発明には本件発 明の特徴的部分に当たる構成が存在しない。
イ 引用発明の支持構造を変更して本件発明の支持構造とするためには,引 用発明の支持構造から,軸受ブロックを廃さなければならず,軸受ブロッ クを廃すると,軸受パイプの枢着構造が失われるので,軸受パイプ自体も 廃して,本件発明の下側杆と枢軸による枢着構造に変更しなければならな い。当該枢着構造にすると,枢軸を直接支持するための軸穴を,対向する 下側杆取付部に設けなければならない。
しかしながら,引用発明にも,その他の発明にも,上記のような改変を 行うことについての記載や示唆はない。このような改変の記載や示唆がな い以上,当業者が引用発明から本件発明に容易に想到することはできない。
ウ また,引用発明には,上記のような意味での「下側杆」が存在しないと ころ,被告が指摘するその他の発明にも,「下側杆」に相当する部材は存 在しない。
すなわち,乙9発明では,交差フレームが円筒部材に直接取り付けられ ていないので,この「円筒部材」は,本件発明の下側杆とは機能,作用効 果,ひいては技術的意義が全く異なった部材である。乙15発明は,リン クの枢着端に円筒状の枢軸を固定し,その枢軸にピンボルトを差し込んで, 23 その螺軸端にナットをねじ込んだ構成を有するが,上記構成は座受板の昇 降機構であり,枢着位置を変更するものではないので,枢軸は位置合わせ の機能を有しない。したがって,乙15発明には,下側杆を具備させると 枢軸と軸穴との位置合わせが容易になるという本件発明の着想は全く示唆 されていない。さらに,乙16発明における下側杆部の回動部は,軸枠に 回動自在に外嵌されているが,その軸枠は下側杆部間に上下位置を固定し て差し渡されているから,軸枠は前後に設けられた複数個の軸穴のうちの 一つを選択して軸穴に引き抜き可能に挿通支持されるものではない。した がって,この「回動部」は,位置合わせの機能は全く有しておらず,本件 発明の「下側杆」とは機能,作用効果,ひいては技術的意義が全く異なる 部材である。
そして,乙17発明では,クロスブレイスメンバの下端の孔に枢軸であ るファスナーが直接嵌挿されており, 「下側杆」は取り付けられていない。
以上のように,本件発明における「下側杆」の意義を有する構造は,上 記各発明に示される周知技術を参照しても,引用発明から容易に導き出せ る構成要素とはいえない。
(3) 「下側杆取付部」について ア 本件発明の下側杆取付部の「軸穴」は,左右側枠に沿う方向を向き,か つ複数個上下に相対して設けられ,枢軸が引き抜き可能に挿通支持される ものであるが,引用発明の保持コンソールの「穴」は,左右側枠に沿う方 向と直交する方向を向き,かつその穴は,軸受ブロックを固定するための ねじが挿通される穴であるから,本件発明の「下側杆取付部」と引用発明 の「保持コンソール」は,機能,作用効果,ひいては技術的意義が全く異 なる部材である。
イ 乙17発明に関していえば,クロスブレイスのクロスブレイスメンバの 下端は前後のグロータブの孔の一つにボルトであるファスナーによって連 24 結されているのであって,そのファスナーはナットによって固定されてい る。したがって,乙17発明では,クロスブレイスメンバの下端には,下 側杆が取り付けられておらず,そのクロスブレイスメンバの孔に枢軸であ るファスナーが直接嵌挿されている。また,この下側グロータブの孔は横 一列に配置されているから,クロスブレイスメンバの下端の左右側枠(サ イドレール)に対する取付位置は,上下方向ではなく,左右方向に調節可 能とされている。よって,乙17発明の「下側グロータブ」は,本件発明 の「下側杆取付部」に当たらない。
ウ よって,乙17発明を参照しても,下側杆の存在しない引用発明から本 件発明の要素を容易に想到できるものとはいえない。
また,前記のとおり,引用発明及びその他の発明のいずれにも「下側杆」 が存在しないのであるから,本件発明が有する下側杆の位置合わせ効果を, これらの発明から想到することは,全く不可能である。
(4) 格別の効果について 本件特許の最大の特徴点は,「メーカーにとっては巾の異なる多種類の製 品を製造しなくて済む」(本件明細書等・段落【0022】)こと,すなわ ち,モジュール化したことにある。具体的には,本件発明の場合は,枢軸を 適当な軸穴の一つに支持させた同一車種の車椅子をメーカーあるいはレンタ ル業者に大量に在庫として備え置き,それらを使用者に引き渡す際に使用者 の体形に応じて所定の軸穴を選んで枢軸を支持することにより,同一車種を 大量生産して保管しておくことができ,「メーカーにとっては巾の異なる多 種類の製品を製造しなくて済む」という格別な効果が奏されるのである。
一方,引用発明では,サイドフレーム部材をクロスバーによって連結する ために36個の部品が必要である上,車椅子の幅によって使用する部品の数 も種類も異なるから,クロスバーとサイドフレーム部材とは接続せずに別々 に保管しておき,それらを使用者に引き渡す際に使用者の体形に応じて所定 25 の幅に設定した車椅子を組み立てるのであるから,「メーカーにとっては巾 の異なる多種類の製品を製造しなくて済む」という効果を奏することができ ない。
また,車椅子の幅を調節する作業についても,本件発明は,回動杆下端の 下側杆を前後一対の下側杆取付部間に位置させるから,位置合わせが簡単で あり,しかも,下側杆取付部の軸穴のうちの一つに枢軸を引き抜き可能に挿 通支持させるから,工具を用いたねじの締め付け作業を必要とせず,枢軸を 軸穴に挿通するだけの熟練を必要としない作業で可能になる。このような作 業は,メーカーではなく,販売業者,レンタルあるいはリース業者,又は使 用者においても可能である。
一方,引用発明のようにねじを使用して部材を締結することが必要な場合, ねじ締め作業は,スパナ,レンチ等の工具が必要である上,ねじを締め付け すぎるとねじの破壊に繋がり,ねじの締め付けが不十分だとねじのゆるみに 繋がるため,熟練を要する作業であり,ねじ締めに熟練した作業員が確保で きるメーカーにおいて,所定幅の車椅子を組み立てなければならない。
さらに,本件発明は,荷重の伝達において,垂直荷重が枢軸(軸穴)を経 由して直ちに左右側枠下部に伝達される構成を採用しているので,枢軸,左 右側枠下部の強度に関して構造上の格別の配慮をする必要がない。
一方,引用発明は,軸受ブロックと保持コンソールとがねじで固定されて いるため,垂直荷重の代わりに曲げ荷重(モーメント)及び剪断荷重が発生 するので,ねじ自体が破損したり,ねじが軸受ブロックから抜けたりしない ように,軸受ブロック,ねじ及び保持コンソールに構造上の格別の配慮をす る必要がある。
(5) 小括 以上のとおり,左右側枠をX枠で連結した構成を有する車椅子において, X枠の回動杆の下端に下側杆を取り付け,その下側杆の前後端を前後一対の 26 下側杆取付部の複数個の軸穴のうちの一つに軸穴に引き抜き可能に挿通され る枢軸によって支持するという本件発明の構成は,被告が提出した引用発明 及び乙9,乙15ないし乙17発明のいずれにも全く開示されていない。し かも,上記構成によって車椅子の幅調節が極めて簡単になり,「メーカーに とって巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む」と云う卓越した効果が 奏せられるものであるから,当業者が上記各発明の開示から本件発明を容易 に想到できたものとはいえない。
よって,本件発明が,引用発明を主引例として,乙9,乙15ないし乙1 7発明の開示から,当業者が容易に想到できたという被告の主張は失当であ る。
3 争点(3)(損害賠償請求権の存否及び額)について〔原告の主張〕 (1) 原告の逸失利益 被告は,遅くとも平成22年10月1日から,本件特許の侵害品である被 告製品を輸入ないし製造し,販売している。
被告が,別件の訴訟(東京地方裁判所平成21年(ワ)第14726号) で提出した書証によれば,被告製品の販売台数は1月当たり67.58台で あり,1台当たりの利益は7122円を下らない。そうすると,被告の利益 は,少なくとも1月当たり48万3227円であるから,平成22年10月 5日から平成25年6月14日までの約32か月間の利益は,1546万3 264円を下らない。
よって,特許法102条2項により,同額が原告の損害額となる。
(2) 弁護士・弁理士費用 被告製品を輸入・製造・販売等する被告の行為は,原告の本件特許権を侵 害するものであるところ,原告は,本訴の提起及び遂行のために弁護士及び 弁理士を選任した。
27 原告は,本訴について弁護士及び弁理士との間で,報酬基準に基づきそれ ぞれ各100万円の報酬を支払うことを約束した。これは,被告の特許権侵 害の不法行為相当因果関係のある損害であり,被告が賠償する義務がある。
(3) 小括 よって,原告は,被告に対して,不法行為に基づく損害賠償として,17 46万3264円及びこれに対する年5分の割合による遅延損害金の支払を 求める。
〔被告の主張〕 被告が,被告製品を平成22年10月1日以降,輸入・販売していることは 認める。また,被告が,別件の訴訟で,平成19年8月4日から平成21年4 月4日までの出荷台数を1357台,純利益を1台当たり約7122円(ただ し,後に6498円に修正した。)と記載した書証を提出したことは認める。
その余は,否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点(2)(本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか)について 本件の事案に鑑み,まず,本件特許が特許無効審判により無効にされるべき ものか否かについて検討する。
(1) 本件発明の内容 ア 本件明細書等の記載 平成25年8月16日付け審決(訂正2013-390103号)によ る訂正後の本件明細書等には,次の記載がある。
【産業上の利用分野】 ・「本発明は巾調節できる車いすに関するものである。」(段落【000 1】 【従来の技術】 ・「従来巾調節可能な車椅子は提供されていない。」(段落【0002】) 28 【発明が解決しようとする課題】・「・・・車椅子(9)を介助者によらず使用者自身が移動させるには主 車輪(91)あるいは主車輪に取り付けられたハンドリムを手で掴んで 回すので,使用者の体形に応じて車椅子(9)の巾を調節しなければ, 車椅子(9)に乗った人が車輪(91)を手で回す時,車輪(91)の 巾が広すぎたり狭すぎたりして車輪(91)を回し易い位置に手をおく ことが出来ないという問題点があった。」(段落【0003】)【課題を解決するための手段】・「本発明は・・・,左右側枠(3,3)を一個または二個以上のX枠(1 1,12)で連結した構造であって,該X枠(11,12)は中央で相 互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着した一対の回動 杆(11A,11A,12A,12A)からなり,該一対の回動杆(1 1A,11A,12A,12A)の各上端には上側杆(17,17)が それぞれ取り付けられ,各下端には下側杆(18,18)がそれぞれ取 り付けられ,該上側杆(17,17)は上記左右側枠(3,3)に具備 されている座梁部(4,4)に取り付けられている杆受け(16,16) にそれぞれ支持されるように設定されており,該回動杆の下側杆(18, 18)は左右側枠(3,3)に沿った方向に配設されている枢軸(26) を介して該側枠下部に枢着されており,該左右側枠下部には前後一対の 下側杆取付部(13,13)が取り付けられており,該下側杆取付部(1 3,13)には,該左右側枠(3,3)に沿う方向を向き,かつ該枢軸 (26)を支持するための軸穴(13A,13B,13C)がそれぞれ 複数個上下に相対して配列して設けられており,該回動杆(11A,1 1A,12A,12A)下端の下側杆(18,18)を該前後一対の下 側杆取付部(13,13)間に位置させて,該車椅子(1)の使用者の 体形に応じて調節される巾に対応して該下側杆取付部(13,13)の 29 複数個の軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つを選択して該軸 穴(13A,13B,13C)に該枢軸(26)を引き抜き可能に挿通 支持させることによって,該X枠(11,12)の上端部は該左右側枠 (3,3)に対して上下位置を変えることなく,かつ該X枠(11,1 2)の長さを変えることなく該車椅子(1)の巾を調節可能にした車椅 子(1)を提供するものである。」(段落【0004】)【作用】・「本発明では車椅子(1)の左右側枠(3,3)は前後一対のX枠(1 1,12)により連結され,該X枠(11,12)の回動杆(11A, 11A,12A,12A)を中心Cを支点に回動させれば,図8に示す ようにX枠(11,12)の巾,すなわち左右側枠(3,3)間の巾を 調節することができる。このとき該X枠(11,12)は縦巾も変化す るが,該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部の該左右側 枠下部取付け位置が車椅子の所望の巾に対応して上下調節可能にされて いるので,縦巾が変化してもそれに対応して該左右側枠(3,3)を連 結でき,該回動杆の上端部の上下位置,即ち座の上下位置は変化しない。」 (段落【0005】)・「具体的には該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部は, 枢軸(26)を介して該側枠(3,3)下部に取り付けられており,該 枢軸(26)は該側枠(3,3)下部に設けられた上下に配列している 複数個の軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つに支持されるの であるが,該回動杆(11A,11A,12A,12A)下端部を複数 個の該軸穴(13A,13B,13C)のうちの一つを選び該軸穴に合 わせて該枢軸(26)を挿通することによって枢着して座の高さを変え ることなく該側枠(3,3)間の巾すなわち車椅子(1)の巾を段階的 に調節できる。」(段落【0006】) 30 【発明の効果】 ・「本発明では,座の高さを変えることなく車椅子の巾を調節できるので, 使用者が最も操作しやすい巾に調節できる。あるいはメーカーにとって は巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む。」(段落【0022】) イ 本件明細書等の上記記載によれば,車椅子においては,車椅子の使用者 が車輪を回しやすい位置に手を置くためには,使用者の体形に応じて車椅 子の幅を調節しなければならないとの課題があるところ,本件発明は,か かる課題を解決するために,左右側枠を前後一対のX枠により連結した車 椅子において,該X枠の回動杆をその中心を支点に回動させて,X枠の幅, すなわち左右側枠間の幅を調節するが,このとき該X枠の縦幅も変化する ため,該回動杆下端部の該左右側枠下部に対する取付位置を車椅子の所望 の幅に対応して上下調節可能にすることで,縦幅が変化してもそれに対応 して該左右側枠を連結でき,該回動杆の上端部の上下位置,すなわち座の 上下位置を変化させないような構造とすることとし,具体的には,請求項 1記載の本件発明の構成を具備することによって,座の高さを変えること なく車椅子の幅を調節できるという効果を奏する発明である,と認めるこ とができる。
(2) 引用発明の内容 ア 乙1明細書の記載 乙1明細書には,以下の記載がある。
・「本考案は,車台フレームを備え,該車台フレームが下側フレームパイ プと上側フレームパイプとをそれぞれ有する二つのサイドフレーム部材 を具備し,該フレーム部材には走行方向に隔離して駆動輪とキャスタと が一つずつ支承されており,フレーム部材は,該フレーム部材に枢着さ れ角度をなして互いに調整可能な支柱によって,離隔した使用位置と近 接した折りたたみ位置との間で互いに向かって移動可能であり,かつ少 31 なくとも使用位置において固定可能になっており,フレーム部材と接続 された側方部材とバックレストとによって画成される座部をさらに備え た,折りたたみ式車椅子に関する。」・「同種の折りたたみ式車椅子が公知であり,例えば本出願人によるDE 9314883U1に記載されている。」・「・・・この車椅子では,クロスバーが,互いに交差するパイプまたは リンクからなり,これらのパイプまたはリンクは,交差点で関節状に互 いに接続されており,下端部がサイドフレーム部材の下側フレームパイ プにそれぞれ枢着されている。クロスバーをなすパイプまたはリンクの それぞれの他端とシートパイプとが固く接続されており,このシートパ イプには,通常,丈夫な帆布からなる座部の長手方向縁部が固定されて おり,使用位置において,サイドフレーム部材の上側フレームパイプと 係止可能である。
この車椅子では,例えば潜在的ユーザの体格の違いといった種々の要 求に適応できないか,または少なくとも非常に適応し難いため不十分で ある。したがって,本考案の基礎となる課題は,種々の要求に対する適 応性を改善した折りたたみ式車椅子を提供することである。
上記課題は,車台フレームを異なった幅の少なくとも二つの使用位置 に調整するために,サイドフレーム部材がそれらの間隔に関して互いに 調節可能であり,それぞれ一つの使用位置に対応する調整ポジションで ロック可能であることによって解決される。
したがって,本考案は,車台フレームの両サイドフレーム部材の間隔 を変更することによって車椅子の使用位置をユーザのそれぞれの要求に 適応させることであり,その場合に,フレーム部材を少なくとも二つの 異なった間隔に調整することができる。・・・」・「サイドフレーム部材をクロスバーによって互いに接続した車台フレー 32 ムでは,本考案の一展開形態により,リンクの下端部とサイドフレーム部材との枢着点の高さが変更可能であるように形成することが合目的的であることが明らかになった。車台フレームの幅調節は,クロスバーリンクの下端部をどの高さポジションで車台フレームのサイドフレーム部材に枢着するかに依存して行われる。この場合,それぞれの使用位置での係止は,例えば,使用位置において,サイドフレーム部材の上側フレームパイプから突出する係止部が形状結合的に係合する,リンクの上端部と接続されたシートパイプによってそのまま変わらない。
車台フレームの幅の調整と,ひいては座幅調整は,この展開形態では,それぞれの使用位置において,互いに交差するクロスバーのリンクがなす角度が変更されることによって行われる。その場合,座部の高さは変わらない。
他の有意義な展開形態では,リンクの下端部が,異なった高さ位置でサイドフレーム部材に固定可能な軸受ブロックによってサイドフレーム部材に枢着されている。この軸受ブロックは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプと下側フレームパイプとの間に延在する保持コンソールに収容され,かつ垂直方向に互いに離隔した所定の調整ポジションで保持コンソールに固定可能であり得る。
この展開形態では,リンクの下端部に,軸受パイプがそれぞれ固く接続されており,該軸受パイプは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプおよび下側フレームパイプに対して平行位置に延在し,かつそれぞれのリンクから両側に突出するならば,そしてリンクの両側で,サイドフレーム部材の上側フレームパイプ及び下側フレームパイプと接続されたそれぞれ一つの保持コンソールが設けられ,該保持コンソールには軸受パイプの一端をそれぞれ支承するための軸受ブロックが収容されているならば合目的的であることも判明した。
33 さらに,保持コンソールが所定の垂直方向の間隔を離間させて配置さ れた,リンクを枢着するために利用される軸受ブロックを固定するため の穴を備えているならば,保持コンソールでの軸受ブロックの特に簡単 な高さ調整が可能である。」・「図2ないし図4に示された本考案に係る車台フレーム20は,・・・ 二つのサイドフレーム部材21を有し,これらのサイドフレーム部材は, それぞれ一つの上側フレームパイプ及び下側フレームパイプ22,23 と,これらを互いに接続する前側フレームパイプ及び後側フレームパイ プとからなる。
サイドフレーム部材21はクロスバー28によって互いに接続されて おり,クロスバーは,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され た二つのリンクと,ダブルのリンク29,29’と,これらと交差する シングルのリンク30とからなる。クロスバーリンクは,それぞれの上 端部に,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた係止部33と形 状結合的に係合するためのシートパイプ32を備えている。
・・・車台フレーム20は,車椅子のそれぞれの使用位置において両 フレーム部材21間の間隔と,ひいては座幅を調節するための装置を備 えている。
この目的で,両サイドフレーム部材21には,クロスバー28の両側 に,ダブルリンク29,29’及びシングルリンク30のそれぞれの下 端部を枢着するためのそれぞれ同様に形成された保持コンソール36が 二つずつ,走行方向に離隔して配置されている。金属形材として形成さ れた保持コンソール36は,垂直方向に延在し,それぞれの両端部で止 め輪37により,それぞれのサイドフレーム部材21の上側フレームパ イプ22と下側フレームパイプ23とに固定されている。保持コンソー ル36の各々は,同じ数の穴38を備えており,これらの穴は,保持コ 34 ンソール36の取付け位置において垂直方向に離隔して配置されており,車台フレーム20に配置された全保持コンソール36のそれぞれ対応する穴38が水平面上に延びる。
ダブルリンク29,29’及びシングルリンク30は,それらの下端部に軸受パイプ41をそれぞれ備えており,この軸受パイプは,それぞれのリンクの長手方向に対して垂直に,かつ取り付けられた状態で,上側もしくは下側フレームパイプ22,23に対して平行に延びる。軸受パイプ41の端部は,軸受ブロック42で軸方向に固定されているが,回動可能に支承されている。軸受ブロック42は,保持コンソール36から車椅子内側に突出し,かつこれらの保持コンソールと公知の態様で固く,しかし,例えば穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじによって着脱可能に接続されている。
図3及び図4に示されるように,それぞれの軸受ブロック42を固定するために設けられた穴38は,それぞれの使用位置においてサイドフレーム部材21間の間隔を決定する。図3において,軸受ブロック42は,下側フレームパイプ23の領域に直接配置された穴38に固定されている。このことにより,使用位置において,ダブルリンク29,29’およびシングルリンク30と水平線との角度が略30°になり,したがって比較的狭い座幅になる。
これに対して図4に示された調整位置では,ダブルリンク29,29’及びシングルリンク30を保持コンソール36の穴38に枢着するために軸受ブロック42が固定されており,穴は,それぞれの上側フレームパイプ22と下側フレームパイプ23との間の略中央に配置されている。
使用位置においてリンク29及び29’もしくは30と水平線とがなす角度は,図3に示される例よりもはるかに平坦であり,略15°である。
したがって,この調整位置では,両サイドフレーム部材21間の間隔と, 35 ひいては座幅が図3の調整位置での場合よりも大きい。」・「【請求項1】 車台フレーム(19)を備え,該車台フレームが下側フレームパイプ と上側フレームパイプ(22,23)とをそれぞれ有する二つのサイド フレーム部材(21)を具備し,該フレーム部材には走行方向に離隔し て駆動輪とキャスタとが一つずつ支承されており,前記フレーム部材は, 該フレーム部材(21)に枢着され角度をなして互いに調整可能なリン ク(29,29’,30)によって,離隔した使用位置と近接した折り たたみ位置との間で互いに向かって移動可能であり,かつ少なくとも前 記使用位置において固定可能になっており,前記フレーム部材(21) と接続されたサイド部材とバックレストによって画成される座部をさら に備えた,折りたたみ式車椅子であって,前記車台フレーム(20)を 異なった幅の少なくとも二つの使用位置に調整するために,前記サイド フレーム部材(21)がそれらの間隔に対して互いに調節可能であり, 前記それぞれ一つの使用位置に対応する調節ポジションでロック可能で あることを特徴とする,折りたたみ式車椅子。
【請求項2】 サイドフレーム部材(21)がクロスバー(28)によって互いに接 続されている車台フレーム(20)において,前記リンク(29,29’, 30)の下端部と前記サイドフレーム部材(21)との枢着点の高さが 可変であることを特徴とする,請求項1に記載の折りたたみ式車椅子。
【請求項3】 前記クロスバーリンク(29,29’,30)の下端部は,異なった 高さ位置で前記サイドフレーム部材(21)に固定可能な軸受ブロック (42)によって前記サイドフレーム部材(21)に枢着されているこ とを特徴とする,請求項2に記載の折りたたみ式車椅子。
36 【請求項4】 前記軸受ブロック(42)は,前記サイドフレーム部材(21)の上 側フレームパイプと下側フレームパイプ(22,23)との間に延在す る保持コンソール(36)に収容され,かつそれぞれ垂直方向に離隔し た所定の調整ポジションで固定可能であることを特徴とする,請求項3 に記載の折りたたみ式車椅子。
【請求項5】 前記リンク(29,29’,30)の下端部に,軸受パイプ(41) がそれぞれ固く接続されており,該軸受パイプは,前記サイドフレーム 部材(21)の上側フレームパイプ及び下側フレームパイプ(22,2 3)に対して平行位置に延在し,かつ前記それぞれのリンクから両側に 突出することと,前記クロスバー(28)の両側で,前記サイドフレー ム部材(21)の上側フレームパイプ及び下側フレームパイプ(21) と接続されたそれぞれ一つの保持コンソール(36)が設けられ,該保 持コンソールには軸受パイプ(41)の一端をそれぞれ支承するための 軸受ブロック(42)が収容されていることを特徴とする,請求項4に 記載の折りたたみ式車椅子。
【請求項6】 前記保持コンソール(36)は,所定の垂直方向の間隔を離間させて 配置された,前記リンク(29,29’,30)を枢着するために利用 される軸受ブロック(42)を固定するための穴(38)を備えている ことを特徴とする,請求項4または5に記載の折りたたみ式車椅子。」イ 乙1明細書の図面 乙1明細書の図2a及び図3において,保持コンソールの「穴38」は, 保持コンソールの中央から下方の部分に複数個設けられており,また,こ れらの「穴38」は,サイドフレーム部材に沿う方向ではなく,これと直 37 交する方向に向いていることが認められる。
ウ 軸受パイプにおける「軸」の存否 乙1明細書に記載された引用発明の構成について,被告は,軸受パイプ は,その両端から突出する長さの「軸」を受けており,この「軸」の両端 をそれぞれ軸受ブロックが受けていると認定できると主張する。
この点,被告は,乙1明細書の「Die Enden der Lagerrohre 41 sind in Lagerb?cken 42 axialfest,・・・」とのドイツ語原文が,「軸受パイプ4 1の端部は,軸受ブロック42に軸が固定されているが,・・・」との意 味であるとして,軸受パイプの中に「軸」が存在すると主張するが,証拠 〈略〉によれば,上記記載は,前記アのとおり,「軸受パイプ41の端部 は,軸受ブロック42で軸方向に固定されているが,・・・」との意味で あると認められるから,同記載からは,軸受パイプの中の「軸」の存在が 開示されているということはできない。
もっとも,乙1明細書の図2a及び図2bでは,軸受ブロックによって 支承される軸受パイプの両端部の外径は,これと接する軸受ブロックの断 面円形の部分の外径と等しく描かれているところ,このような軸受ブロッ クに,等しい外径を有する軸受パイプを挿入するための軸穴を設けること は構造上不可能と考えられる。また,車台フレームを正面視した場合の端 面の図(隠れ線が実線で描かれている。)である図3及び4では,軸受ブ ロック及び軸受パイプの断面に相当する部分には三重の円が描かれている ところ,上記のとおり軸受パイプの外径が軸受ブロックの外径と一致する こと,すなわち正面視ではそれらの外周線が同一の円で描かれるはずであ ることを考慮すれば,上記三重の円のうち,大きな円は軸受パイプの外周 線を,中間の円は軸受パイプの内周線を,小さな円は軸受パイプの内部に 挿入された部材を表す線とみることが可能であるから,上記図面には,軸 受パイプに中空が設けられており,そこに断面円形の別の部材である軸が 38 存在することが示唆されているといえる。さらに,証拠〈略〉によれば, 上記で「軸受パイプ」の訳が当てられている「Lagerrohre」の語は,軸受 又は支承のためのパイプ(pipe)又はチューブ(tube)を意味するドイツ 語であると認められるところ,パイプ及びチューブがいずれも中空を有す る「管」を指すものであることは明らかである。
そうすると,当業者は,乙1明細書の記載から,軸受パイプが,その中 に挿通された「軸」を介して,軸受ブロックに枢着されている構成を読み 取るものということができる。
エ 引用発明の構成 乙1明細書の記載によれば,引用発明は,クロスバーリンクの下端部と サイドフレーム部材との枢着点の上下位置を変更することによって,その 上下位置に依存して,サイドフレーム部材の間隔,ひいては,座幅を調節 することを可能にした折りたたみ式車椅子であることが認められ,その構 成は,次のとおりである。
(ア) それぞれ一つの上側フレームパイプ22及び下側フレームパイプ23 と,これらを互いに接続する前側フレームパイプ及び後側フレームパイ プとからなるサイドフレーム部材21であって,二つのサイドフレーム 部材21がクロスバー28によって互いに接続されており, (イ) クロスバー28は,交差点で回転ジョイントによって互いに接続され た二つのリンクである,ダブルリンク29,29’とシングルリンク3 0とからなり,それらの互いに交差する二つのリンクがなす角度は変更 可能であって,それら二つのリンクの下端部は,それぞれサイドフレー ム部材21下部に枢着されており, (ウ) それら二つのリンクは,それぞれの上端部に,シートパイプ32を備 えており, (エ) また,それら二つのリンクは,それぞれの下端部に,サイドフレーム 39 部材21の下側フレームパイプ23に沿った方向に,固く接続された軸 受パイプ41を備えており, (オ) シートパイプ32は,上側フレームパイプ22に固く取り付けられた 係止部33と形状結合的に係合するためのものであり, (カ) 各サイドフレーム部材21に前後一対で配置された保持コンソール3 6の中央から下方の部分に,サイドフレーム部材に沿う方向と直交する 方向に向いて,上下に配列して設けられた複数の穴38が設けられ,軸 受パイプに挿通される軸を支持するための前後一対の軸受ブロック42 が,前記穴38を貫通し軸受ブロック42のねじ孔に螺入されるねじに よって,保持コンソール36に固く着脱可能に接続されており, (キ) 各リンクの下端部に接続された軸受パイプ41は,前後一対の軸受ブ ロック42の相対する軸穴に挿通される軸によって支持され,当該軸受 ブロック42が保持コンソール36に設けられた高さの異なる複数個の 穴の一つに接続されることにより,座部の高さを変えることなく,かつ, クロスバー28の長さを変えることなく,車台フレームの幅を調整して ユーザの体格に適応可能とした (ク) 車椅子。
(3) 本件発明と引用発明の対比 ア 引用発明及び本件発明は,いずれも「車椅子」(構成要件 I)の発明で あるところ,引用発明の「サイドフレーム部材」及び「クロスバー」は, それぞれ本件発明の「左右側枠」及び「X枠」に相当し,引用発明の「ダ ブルリンク」及び「シングルリンク」は,本件発明の「回動杆」に相当し, 引用発明の「シートパイプ」は,本件発明の「上側杆」に相当し,引用発 明のシートパイプが上側フレームパイプに固く取り付けられた係止部と形 状結合的に係合する構成は,本件発明の構成要件Eの構成に相当すると認 められ,これらの構成を含む本件発明の構成要件A,B,C及びEが,引 40 用発明が有する各構成と一致することは,当事者間に争いがない。
このほか,引用発明において,リンクの下端部に,サイドフレーム部材 の下側フレームパイプに沿った方向に,固く接続されている「軸受パイプ」 は,本件発明の回動杆の下端に取り付けられた「下側杆」に一致し,その 軸受パイプの中に挿通された「軸」及びこの軸を介して軸受パイプを支持 する「軸受ブロック」は,それぞれ本件発明の「枢軸」及び「下側杆取付 部」に相当する。
また,引用発明において,保持コンソール下部に設けられた複数の穴の うちの一つに接続される軸受ブロックによって軸受パイプが支持されて, 車台フレームの幅を調整してユーザの体格に適応可能とする構造と,本件 発明において,車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して左 右側枠下部に設けられた複数個の軸穴のうちの一つで下側杆を支持する構 造とは,車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応して,左右側 枠下部に複数個上下に設けた下側杆の支持部のうちの一つを選択するとい う点で一致している。
イ 以上によれば,引用発明の構成は,以下のとおり,本件発明の構成と一 致し,又は,相違する。
(一致点) 左右側枠を一個または二個以上のX枠で連結した構造であって,該X 枠は中央で相互回動可能に結合され,下端部を該左右側枠下部に枢着し た一対の回動杆からなり,該一対の回動杆の各上端には上側杆がそれぞ れ取り付けられ,各下端には下側杆がそれぞれ取り付けられ,該上側杆 は上記左右側枠に具備されている座梁部に取り付けられている杆受けに それぞれ支持されるように設定されており,該回動杆の下側杆は,左右 側枠に沿った方向に配設されている枢軸を介して該左右側枠下部に枢着 されており,該左右側枠下部には前後一対の下側杆取付部が取り付けら 41 れており,該下側杆取付部には,該枢軸を支持するための軸穴が相対し て設けられており,該回動杆下端の下側杆を前後一対の下側杆取付部間 に位置させて,該車椅子の使用者の体形に応じて調節される巾に対応し て,左右側枠下部に複数個上下に設けた下側杆の支持部のうちの一つを 選択し,該下側杆取付部の該軸穴に該枢軸を挿通支持させることによっ て,該X枠の上端部は該左右側枠に対して上下位置を変えることなく, かつ該X枠の長さを変えることなく該車椅子の巾を調節可能にした車椅 子。
(相違点) 左右側枠下部に複数個上下に設けられた下側杆の支持部において,下 側杆取付部に枢軸を支持するための相対する軸穴が設けられ,下側杆を 下側杆取付部間に位置させて,該軸穴に枢軸を挿通支持する構造につい て,本件発明は,左右側枠下部に取り付けられた前後一対の下側杆取付 部に該左右側枠に沿う方向を向いてそれぞれ複数個上下に相対して軸穴 が設けられており,その相対する軸穴に枢軸を引き抜き可能に挿通して, 下側杆を支持するものであるのに対し,引用発明は,各サイドフレーム 部材に配置された前後一対の保持コンソールの下部に,サイドフレーム 部材に沿う方向と直交する方向を向いてそれぞれ複数個上下に配列して 設けられた穴のうちの一つに軸受ブロックがねじで固く着脱可能に接続 されており,その軸受ブロックの該左右側枠に沿う方向を向いて相対す る軸穴に軸を挿通して(この軸が引き抜き可能であるかは不明である。 , ) 軸受パイプを支持するものである点。
ウ これに関して原告は,本件発明の「下側杆」は,枢軸に回動可能に接続 されており,その枢軸を介して左右側枠に枢着されている部分であるから, 枢軸を介することなく軸受ブロックに接続している引用発明の「軸受パイ プ」は,本件発明の「下側杆」には当たらないと主張する。
42 しかし,前記(2)ウのとおり,引用発明の軸受パイプは,軸を介して,サ イドフレーム部材下部に接続された軸受ブロックに回動可能に枢着されて いると認められるのであるから,引用発明の「軸受パイプ」は,本件発明 の「下側杆」に相当する部材であると認めるのが相当である。
また,原告は,本件発明の「枢軸」は,「下側杆」が回動可能に接続さ れる部分であり,そして,左右側枠下部に設けられた複数個の軸穴のうち の一つに引き抜き可能に挿通支持される部材であるとして,引用発明には, これに対応する部材がないと主張する。
しかし,引用発明に,軸受パイプ(下側杆)を挿通支持する「軸」が存 在することは上記のとおりであるところ,この「軸」は,「下側杆」に相 当する軸受パイプを,サイドフレーム部材下部に接続された軸受ブロック に回動可能に挿通支持する部材であるから,本件発明の「枢軸」に該当す るものと認められる。原告の主張する,「枢軸」が複数個の軸穴のうちの 一つに引き抜き可能に挿通されるか否かという点については,前記イのと おり,枢軸の支持態様に関する相違点として把握すれば足りるというべき である。
(4) 相違点の容易想到性について ア 本件特許出願当時の周知技術 (ア) 乙17明細書によれば,乙17発明は,左右のサイドフレームがX状 のクロスブレイスメンバによって接合される車椅子において,下側サイ ドレールに取り付けられた前後一対の下部グロータブに,サイドフレー ムに沿う方向を向き,ファスナーを支持するための孔をそれぞれ複数個 相対して配列して設け,その複数個の孔から一つを選択し,その相対す る孔に,下部グロータブ間に位置するクロスブレイスメンバ下端部の前 後の孔を縦貫するファスナーを挿通して,支持する構造(同ファスナー の先端はナットによって固定される。)を有している,と認めることが 43 できる。
(イ) また,乙9公報によれば,乙9発明は,左右のサイドフレームが一対 のX状の交差フレームによって連結される車椅子において,サイドフレ ーム下部に一体形成され,その前蓋及び後蓋にそれぞれ上下に相対して 複数個の調整孔を穿設された円筒部材が,各交差フレーム下端の間に位 置し,その調整孔の一つを選択して挿通された支持ロッドを介して,各 交差フレーム下端の貫通孔に支持される構造(同支持ロッドの前後端は ナットによって固定される。)を有している,と認めることができる。
(ウ) さらに,乙15公報によれば,乙15発明は,車椅子の座受板の両側 片に相対して形成された通孔の間に,リンクに連結した円筒状の枢軸を 回動自在に挿入し,これにピンボルトを差し込んで,その螺軸端にナッ トをねじ込み固定する構造を有している,と認めることができる。
(エ) 上記各公報によれば,車椅子の技術分野において,両端部に穴を穿設 された部材を,一対の支持部材の間に位置させて回動可能に枢着する構 造として,支持部材に相対する軸穴を設け,それらの軸穴とその間に位 置する部材の穴とに着脱可能な枢軸を挿通させて支持することは,本件 特許出願当時における周知の技術であったと認めることができる。
イ 引用発明と上記周知技術の組合せの可否 乙1明細書においては,引用発明について,「サイドフレーム部材をク ロスバーによって互いに接続した車台フレームでは,本考案の一展開形態 により,リンクの下端部とサイドフレーム部材との枢着点の高さが変更可 能であるように形成することが合目的的であることが明らかになった。車 台フレームの幅調節は,クロスバーリンクの下端部をどの高さポジション で車台フレームのサイドフレーム部材に枢着するかに依存して行われる。」 との引用発明の基本的な技術思想が示された上で,さらに「他の有意義な 展開形態では,リンクの下端部が,異なった高さ位置でサイドフレーム部 44 材に固定可能な軸受ブロックによってサイドフレーム部材に枢着されている。この軸受ブロックは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプと下側フレームパイプとの間に延在する保持コンソールに収容され,かつ垂直方向に互いに離隔した所定の調整ポジションで保持コンソールに固定可能であり得る。この展開形態では,リンクの下端部に,軸受パイプがそれぞれ固く接続されており,該軸受パイプは,サイドフレーム部材の上側フレームパイプ及び下側フレームパイプに対して平行位置に延在し,かつそれぞれのリンクから両側に突出するならば,そしてリンクの両側で,サイドフレーム部材の上側フレームパイプ及び下側フレームパイプと接続されたそれぞれ一つの保持コンソールが設けられ,該保持コンソールには軸受パイプの一端をそれぞれ支承するための軸受ブロックが収容されているならば合目的的であることも判明した。さらに,保持コンソールが所定の垂直方向の間隔を離間させて配置された,リンクを枢着するために利用される軸受ブロックを固定するための穴を備えているならば,保持コンソールでの軸受ブロックの特に簡単な高さ調整が可能である。」との具体的な構成が記載されているところ,このような記載に対応して,その請求項1及びそれに従属する請求項2においては,リンクの下端部をサイドフレーム部材に枢着点の高さを変更可能に取り付けて,サイドフレーム部材の間隔を調節できる車椅子という,より基本的な技術思想に係る発明が開示され,これに順次従属する請求項3ないし6においては,それぞれ軸受パイプ,軸受ブロック,保持コンソール及びその穴等を用いた,リンクの下端部とサイドフレーム部材との枢着点の高さを調整可能とする支持構造が,より具体的に特定して開示されている。
乙1明細書のこれらの記載からすれば,引用発明において,リンクの下端部を,軸を介してサイドフレーム部材に取り付けるための支持構造として示された態様は,上記請求項1及び2の基本的な技術思想を実現するた 45 めの一具体例であると解するのが相当である。したがって,乙1明細書に は,サイドフレーム部材に対するリンク下端部の枢着位置を調節可能に取 り付ける構造として,種々のものを採用できることが示唆されているとい うことができる。
そうすると,当業者にとって,引用発明において一具体例として示され た,保持コンソールの穴に着脱可能に固定された軸受ブロックに,軸受パ イプを軸を介して枢着するという支持構造に代えて,支持部材に相対する 軸穴を設け,それらの軸穴とその間に位置する部材の穴とに着脱可能な枢 軸を挿通して支持するという,より簡略な前記周知技術を適用して,前記 相違点に係る本件発明の支持構造に至ることは,容易であったということ ができる。
したがって,本件発明は,引用発明を主引例とし,それに前記ア記載の 周知技術を組み合わせることによって,容易に想到されるものであると認 めるのが相当である。
(5) 原告の主張に対する判断 ア 原告は,引用発明に,本件発明の「下側杆」に相当する部材が存在しな いことを前提としつつ,乙9発明の「円筒部材」は,交差フレームに取り 付けられたものではないから,本件発明の「下側杆」に当たらず,また, 乙17発明には「下側杆」が存在しないなどとして,「下側杆」を持たな い引用発明に,同様に「下側杆」を持たない他の発明を組み合わせても本 件発明に至ることはできないと主張する。
しかし,引用発明の「軸受パイプ」が本件発明の「下側杆」に相当する と解されることは,前記(3)ウのとおりであるから,これと異なる解釈を前 提とする原告の上記主張は採用できない。
イ 原告は,引用発明の支持構造を変更して本件発明の支持構造とするため には,引用発明の支持構造から,軸受ブロックを廃し,下側杆と枢軸によ 46 る枢着構造にした上,枢軸を支持するための軸穴を対向する下側杆取付部 に設けなければならないが,引用発明にもその他の発明にも,このような 改変を行うことについての記載や示唆はないと主張する。
しかし,引用発明には,下側杆(軸受パイプ)と枢軸(軸)を用いた枢 着構造が既に開示されているところ,これを保持コンソールに接続された 軸受ブロックによって支持する引用発明の支持構造に代えて,乙9,乙1 5及び乙17発明に見られる周知の支持構造を採用する示唆が存すること は前記のとおりである。そして,その場合には,引用発明の軸受ブロック は廃されることになるが,それに代えて,周知技術のとおり,左右側枠又 はそれに配設された保持コンソールに相対する軸穴が設けられて,該軸穴 に下側杆が枢軸を介して支持されることになり,本件発明における下側杆 の支持構造に至ることになるのであるから,原告の上記主張は採用できな い。
なお,原告が構成要件Gについて主張するとおり,本件発明の「下側杆 取付部」は,左右側枠と別個の部材である必要はなく,左右側枠の構成部 材に直接軸穴が設けられる構成を含むと解されるから,引用発明の軸受ブ ロックを廃した結果,保持コンソールに相対する軸穴が設けられ,あるい は,サイドフレーム部材自体に相対する軸穴が設けられ,その軸穴に軸受 パイプ(下側杆)が軸を介して枢着される構造となるとしても,「下側杆 取付部」を備える本件発明の構成ということができる。
ウ 原告は,本件発明においては,枢軸が「引き抜き可能に」挿通されてお り(構成要件H),これは枢軸がねじの締め付け等によって固定されてい ないことを意味し,その結果,熟練を必要としない作業が可能になると主 張する。
しかし,「引き抜き可能」との用語から,ねじの締め付け等によって固 定されていないとの限定を読み取ることはできず,むしろ,本件明細書等 47 には,本件発明における枢軸を軸穴及び下側杆の内部に挿通した後,抜き 止め軸を枢軸に設けられている抜き止め軸孔に挿通すること(本件明細書 等・段落【0015】及び【0016】)が記載されており,車椅子の使 用中に枢軸が抜けないように,他の部材で枢軸を固定することが示されて いることからすれば,枢軸が「引き抜き可能に」挿通されていることは, 枢軸を挿通した後に,それを何らかの手段で抜けないように固定する構成 を排除するものでないと解される。
したがって,乙9,乙15及び乙17発明において,それぞれピンボル ト,支持ロッド又はファスナーがナットによって着脱可能に固定される周 知技術の構成は,いずれも本件発明と同様に,枢軸が「引き抜き可能に」 挿通される構成であるというべきである。
エ 原告は,本件発明における支持構造は,引用発明における支持構造と比 べて,車椅子の幅によって使用する部品の数や種類が異ならない点及びそ の調節作業において,工具を用いるねじ締め作業が不要である点で,「メ ーカーにとっては巾の異なる多種類の製品を製造しなくて済む」という格 別の効果があり,また,荷重の伝達の点でも,垂直荷重が枢軸(軸穴)を 経由して直ちに左右側枠下部に伝達される本件発明の構成は,軸受ブロッ クと保持コンソールをねじで固定する引用発明の構成と比べて,強度面で の格別の配慮が不要となる効果があるから,当業者が引用発明から本件発 明を容易に想到することはできないと主張する。
しかし,そもそも引用発明の車椅子において,幅の違いによって使用す る部品の数や種類が異なるか否か,あるいは,軸受ブロックと保持コンソ ールをねじで固定する構成が強度面で格別の配慮を要するか否かは,いず れも明らかではないから,原告の上記主張は採用することができない。
仮にそれらの点を本件発明と引用発明との相違点ということができると しても,車椅子の幅によって使用する部品の数や種類が異ならないこと及 48 び下側杆に掛かる垂直荷重が枢軸(軸穴)を介して直接左右側枠下部に伝 達されることは,いずれも引用発明における下側杆の支持構造に代えて, 前記の周知技術における支持構造を採用することによって,当然に導かれ るものであるから,その効果が,引用発明に周知技術を組み合わせること により得られると予想される効果以上の格別のものであるということはで きない。
また,本件発明の構造では,幅を調節する際に工具を用いるねじ締め付 け作業が不要であるとの点については,本件明細書等の記載からは,本件 発明が,挿通された枢軸を何らかの手段で固定する構成を排除していない と解されることは,前記ウ記載のとおりであり,しかも,本件特許の特許 請求の範囲及び明細書等を精査しても,車椅子の座幅の調節に当たって工 具を用いないことの利点や技術的意義を明らかにする記載を見いだすこと はできない。かえって,本件明細書等の実施例の記載では,車椅子の幅を 調整する過程で,X枠を左右側枠に固定した後に,回動杆上部とリンクア ーム取付部との間にリンクアームを差し渡し,それぞれをねじで固定する とされていること(本件明細書等・段落【0017】及び【0020】) に鑑みれば,本件発明においては,工具を用いずに座幅の調節作業を行う ことが前提とされているものではないと解される。そうすると,工具を用 いるねじ締め作業が不要であることが本件発明の作用効果であるとは認め られないから,この点が,引用発明との比較において,本件発明の格別の 効果であるとする原告の上記主張は採用することができない。
(6) 小括 以上のとおり,本件発明は,引用発明に前記周知技術を組み合わせること によって,容易に想到できたものと認められる。
したがって,本件特許は,特許法29条2項,123条1項により特許無 効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項 49 により,原告は,本件特許権を行使することができない。
2 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由 がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 実本滋
裁判官 足立拓人
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