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事件 平成 25年 (行ケ) 10102号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年2月27日判決言渡

平成25年(行ケ)第10102号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年1月28日

判 決

原 告 栗 田 工 業 株 式 会 社

訴訟代理人弁理士 重 野 剛

被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 木 村 孔 一

同 吉 水 純 子

同 豊 永 茂 弘

同 瀬 良 聡 機

同 堀 内 仁 子

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2011−6592号事件について平成25年2月25日にした審

決を取り消す。

第2 前提となる事実

1 特許庁における手続の経緯等

原告は,発明の名称を「膜分離用スライム防止剤及び膜分離方法」とする発明に

ついて,平成17年3月22日に特許出願(特願2005−81945。以下「本

願」という。)したが,拒絶査定を受けたので,平成23年3月29日,拒絶査定

服審判請求(不服2011−6592号事件)をするとともに,平成24年8月3

1日付けで特許請求の範囲等を補正する内容の補正をした。これに対して,特許庁
は,平成25年2月25日,本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし,その謄

本は同年3月12日,原告に送達された。

2 審決の概要

(1) 審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。審決は,要するに,甲

2(国際公開第2004/022491号。以下「引用例2」という。訳文は甲1

8。)の教示に接した当業者は,乙1(国際公開第03/096810号。以下「引

用例1」という。甲1は,その再公表特許公報。)に記載された発明(以下「引用発

明」という。)を膜分離用のスライム防止のために用いる動機付けを得るし,本願に

係る明細書(以下「本願明細書」という。)に記載されている「ポリアミド系高分子

膜等の耐塩素性の低い透過膜においても,透過膜の劣化を引き起こすことなく,微

生物による透過膜の汚染を防止することができる。」との効果(本願明細書の【00

12】。以下「効果1」という。)及び「本発明で用いる塩素系酸化剤とスルファミ

ン酸化合物を含有する水溶液を用いた場合においては,遊離塩素濃度はpHにより

殆ど変化しない。」との効果(本願明細書の【0025】。以下「効果2」という。)

は,いずれも当業者なら予想し得る程度のものであるから,前記補正後の本願の請

求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,当業者が容易に発明をすること

ができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができな

いとするものである。

(2) 本願発明と引用発明

ア 本願発明は,次のとおりである。

次亜塩素酸アルカリ金属塩及びスルファミン酸アルカリ金属塩を含有することを

特徴とする膜分離用スライム防止剤。

イ 審決が認定した引用発明は,次のとおりである。

「次亜塩素酸アルカリ金属塩,スルファミン酸のアルカリ金属塩及びアニオン性

ポリマー又はホスホン酸化合物を含有するスライム防止用組成物」の発明

(3) 本願発明と引用発明の一致点及び相違点
審決が認定した本願発明と引用発明の一致点及び相違点は次のとおりである。

ア 一致点

「次亜塩素酸アルカリ金属塩,スルファミン酸アルカリ金属塩,アニオン性ポリ

マー及びホスホン酸化合物を含むスライム防止剤」である点

イ 相違点

本願発明は,
「膜分離用」のスライム防止剤であるのに対し,引用発明では「冷却

水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水系など」用のスラ

イム防止剤であり,膜分離の用途について記載がない点

第3 取消事由に係る当事者の主張

1 原告の主張

(1) 本願発明の効果の看過(取消事由1)

ア 効果1について

引用例1には,次亜塩素酸アルカリ金属塩及びスルファミン酸アルカリ金属塩を


含有するスライム防止用組成物」が記載されているが,引用例1に記載されるスラ

イム防止用組成物は,
「冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スク

ラバー水系など」の水系を対象とするものであり,引用例1には,このスライム防

止用組成物を「膜分離用」に用いるとの記載も示唆もない。また,引用例1には,

「次亜塩素酸アルカリ金属塩及びスルファミン酸アルカリ金属塩を含有するスライ

ム防止用組成物」を分離膜に用いた場合に分離膜の劣化が防止されることを示す記

載はない。

引用例2には,スルファミン酸と塩素の個別添加により透過膜の劣化が防止され

ている点についての記載はない。引用例2において具体的に用いられたのは,ブロ

モクロロジメチルヒダントイン(BCDMH)のみであるところ,BCDMHは,

本願発明とはスライムコントロールの作用機構が異なる上に,分離膜に対して傷害

性を有するものであるから,引用例2には,透過膜を劣化させないスライム防止剤

についての記載はない。
次亜塩素酸塩等の塩素系酸化剤とスルファミン酸塩等のスルファミン酸化合物を

混合すると,これらが結合して,クロロスルファミン酸塩を形成して安定化し,従

来のクロラミンのようなpHによる解離性の差,それによる遊離塩素濃度の変動を

生じることなく,水中で安定した遊離塩素濃度を保つことが可能となる。塩クロロ

スルファミン酸塩は,BCDMHに比べて,分離膜に対する非傷害性において遥か

に優れた効果を奏するだけでなく,スライムに対する作用効果及び薬剤としての安

定性においても著しく優れる。

これらの効果は引用例1及び引用例2には記載されておらず,引用例1及び引用

例2を組み合わせたとしても,効果1は予見されないから,本願発明は引用例1及

び引用例2に基づいて容易に想到できるとした審決の判断には誤りがある。

イ 効果2について

甲19(奥村学,
「スルファミン酸による結合塩素の異常生成」 水道協会雑誌
, 第

66巻,第10号(第757号)21〜29頁)には,
「標準溶液」を用い,恒温槽

で所定の温度にしたpH7緩衝液100mlに窒素化合物標準を添加し,0.1N

塩酸または0.1NNaOHでpHを調整後,次亜塩素酸溶液を添加するなどの実

験を行った結果,pH5,6又は7における反応時間とNHCl2 型結合塩素濃度

(mg/l)の結果が記載され,図−15にはpH7,8又は9における反応時間

とNHCl2 型結合塩素濃度(mg/l)の結果が記載されている。しかし,甲1

9の以上の記載から,
「pHが少なくとも5〜8の範囲においては,スルファミン酸

からの遊離塩素濃度が一定であることは,当業者なら予想し得る」と判断すること

は,甲19を事後分析的に評価するもので,許されない。

ウ まとめ

審決は,本願発明の効果を看過し,これによって本願発明が引用例1,引用例2

及び周知技術に基づいて容易に発明することができたとする結論を導いたものであ

るから,取り消されるべきである。

(2) 相違点についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)
引用例2のような逆浸透メンブランの分野においては,遊離塩素によって透過膜

の劣化が生じるという課題があり,これを阻止するためにスライム防止剤を添加す

るのに対し,引用例1の冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集塵水系,スク

ラバー水系においては,このような課題は存在しない。引用例1と引用例2とでは

課題,技術分野が異なるのであるから,当業者が引用例1と引用例2を組み合わせ

て,相違点に係る構成に至ることは容易ではない。

また,引用例2は逆浸透メンブランを消毒して殺菌することを目的,構成及び効

果とする発明であるのに対して,引用例1のスライム防止用組成物は殺菌作用を有

しない。消毒・殺菌作用を有しない引用例1のスライム防止用組成物と逆浸透メン

ブランを殺菌・消毒する引用例2とを組み合わせることには阻害要因があるという

べきである。

したがって,当業者が引用例1と引用例2を組み合わせることにより,相違点に

係る構成に容易に想到することができるとした審決の容易想到性の判断には誤りが

ある。

(3) 拒絶理由の未通知(取消事由3)

審決では,甲3(特開2005−28220号公報),甲4(特開2004−25

5368号公報)及び甲5(特開2003−320227号公報)を新たに引用し

たが,これらは周知といえるものではないから,これらを引用する以上拒絶理由を

通知するべきであり,審決の手続には特許法159条2項に違反する違法がある。

2 被告の反論

(1) 本願発明の効果の看過(取消事由1)に対して

ア 原告の主張する効果について

本願発明の効果1及び効果2は,スライム防止用組成物に係る引用発明を,引用

例2等の教示に基づいて膜分離工程で用いれば,当然に奏する効果であり,引用発

明も,組成物の作用効果として当然に内在する効果である。

イ 効果1について
引用例1の末尾の国際調査報告に記載されている乙2(特開昭62―68598

号公報)には,〔発明の慨要〕
「 」として,「本発明は,塩素または次亜塩素酸塩を加

えた水のなかで,ホスホン酸イオン源とともに安定剤を使用し,この安定剤が水溶

性の窒素含有化合物,たとえばスルファミン酸,アンモニア,アミン,尿素などで

ある。,〔発明の効果〕
」「 」として,「これらの化合物は塩素に対して緩衝剤として作

用し,塩素を結合して保留し,常に少量の塩素を遊離状態とする。従ってこの安定

剤をホスホン酸イオン源と組合せると,ホスホン酸イオン源自身の場合よりも,塩

素の存在においてスケール防止の効果が大きい。 と記載されている。
」 本願発明が塩

素系酸化剤,スルファミン酸化合物及びホスホン酸を含む場合は,引用例1記載の

スライム防止組成物と組成物の構成が全く同じであり,スルファミン酸等の塩素安

定剤を加えて少量の遊離塩素状態を形成することは,引用例1についての国際調査

報告(乙2)の記載からみて,当業者であれば十分に予想できる。

ウ 効果2について

甲19の図−14,図−15からは,pH5と6の場合は,120分経過以降に

おいて,pHに関係なく添加した次亜塩素酸が,スルファミン酸と反応して1×1

0−5M(0.7mg/L)のNHCl2 型結合塩素と所定量のN−クロロイミド型

結合塩素になり,残りは残留塩素として存在していることが確認できる。

また,pH7及び8の場合については,甲19の表−3及び図−14,図−15

の記載からすると,pH7及び8の場合もpH5,6と同等のNHCl2 型結合塩

素濃度である0.7mg/Lに近づくということができる。

(2) 相違点についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対して

引用例1には,
「本発明は,冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,

スクラバー水系などにおいて,少量の薬剤を用いてスライムに起因する障害を効果

的に防止することができるスライム防止用組成物及びスライム防止方法を提供する

ことを目的としてなされたものである。」と記載されており,その技術分野は,各種

水系におけるスライム防止に関するものということができ,膜分離工程を有する水
処理装置での使用を阻害する記載は見当たらない。また,引用例2に示されるよう

な膜分離工程で用いられる殺菌剤は,スライム防止剤とかわりはない。

引用例1では,従来であれば殺菌効果が得られないような低濃度でも優れたスラ

イム付着防止効果が得られることについて説明がされているが,引用例1のスライ

ム防止用組成物が殺菌作用を奏さないとの説明がされているわけではない。引用例

2の膜分離工程を有する処理において,引用例1がスライム防止用組成物が使用さ

れていること等を参酌して,膜分離用に用いることが容易であると判断することに

ついて,阻害事由はない。

(3) 拒絶理由の未通知(取消事由3)に対して

審決において,新たに引用した甲3ないし5は,拒絶理由通知書(甲14)で「塩

素の濃度を低くすれば,ポリアミド系の透過膜の劣化が抑えられるといえ」と指摘

した事項を裏付ける文献であり,審決に特許法159条2項の手続違背はない。

第4 当裁判所の判断

1 認定事実

(1) 本願明細書の記載

本願明細書(図面を含む趣旨で用いる。)には,次のとおりの記載がある(【図1】

は別紙のとおり。。


「【特許請求の範囲

【請求項1】

塩素系酸化剤及びスルファミン酸化合物を含有することを特徴とする膜分離用スラ

イム防止剤。」

「【技術分野】

【0001】

本発明は,膜分離処理において,微生物に起因して発生する透過膜の汚染を有効に

防止し得るスライム防止剤に関する。より詳しくは,本発明は,耐塩素性の低いポ

リアミド系高分子等を素材とする透過膜においても,透過膜を損傷することなく,
微生物による汚染を有効に防止し得る膜分離用スライム防止剤に関する。本発明は

また,このような膜分離用スライム防止剤を用いた膜分離方法に関する。

【背景技術】

【0002】

逆浸透膜(RO膜),ナノ濾過膜(NF膜),限外濾過膜(UF膜),精密濾過膜(M

F膜)等の透過膜を用い,被処理水中の濁質や溶解性物質,イオン類を分離する膜

分離処理においては,被処理水中に含まれる微生物が装置配管内や透過膜膜面で増

殖してスライムを形成し,透過膜における透過水量低下等の障害を引き起こす問題

がある。

【0003】

このような微生物による透過膜の汚染を防止するために,被処理水に殺菌剤を常時

又は間欠的に添加し,被処理水又は装置内を殺菌しながら膜分離する方法が知られ

ている。一般的には,安価であり取り扱いも比較的容易な殺菌剤として,次亜塩素

酸ナトリウムなどの塩素系酸化剤を添加し,微生物を殺菌する方法が知られている。

【0004】

しかしながら,透過膜がポリアミド系高分子膜のような耐塩素性を持たない透過膜

である場合,このような塩素系酸化剤を添加すると,透過膜は塩素系酸化剤由来の

遊離塩素による酸化劣化をうけ,除去率が低下してしまうという問題があった。

【0005】

特開平1−104310号公報,特開平1−135506号公報には,このような

透過膜の劣化を最小限にするために,遊離塩素による殺菌後,アンモニウムイオン

を添加し,クロラミン(モノクロラミン,ジクロラミン)を生成させる方法,或い

はクロラミンT,ジクロラミンT等の結合塩素化合物を添加する方法が示されてい

る。

【0006】

クロラミンの殺菌力は,遊離塩素の殺菌力に比べて1/50〜1/200程度と小
さいが,微生物の増殖抑制効果は十分あり,酸化力も小さいため,耐塩素性の低い

ポリアミド系高分子膜等においても酸化劣化による除去率や脱塩率の低下を招くこ

となく,スライム発生を防止することができる。また,クロラミン殺菌においては,

遊離塩素により殺菌した場合に問題となる,トリハロメタンの生成が抑制されると

いう利点もある。」

「【発明の開示】

【発明が解決しようとする課題】

【0007】

しかしながら,微生物の増殖抑制を目的に,これらクロラミンを用いる場合であっ

ても,透過膜の劣化が発生し,除去率が低下してしまう場合があった。

【0008】

この劣化の原因についての詳細は定かではないが,被処理水中における遊離塩素濃

度の変動が確認されており,瞬間的な遊離塩素濃度の増加に伴い透過膜が劣化して

しまうものと考えられた。また,この透過膜の劣化は,被処理水中に鉄や銅など金

属が含まれる系において発生することが多いことから,被処理水中の金属と塩素剤

との間で触媒作用により高い酸化力が発現し,透過膜の酸化劣化を引き起こしてい

るとも考えられた。

【0009】

本発明は,上記課題を解決し,耐塩素性の低い透過膜においても,透過膜の劣化に

よる除去率や脱塩率の低下を引き起こすことなく,微生物の増殖による透過膜の汚

染を防止し,効率良く膜分離を行うことを可能とする膜分離用スライム防止剤及び

膜分離方法を提供することを目的とするものである。

【課題を解決するための手段】

【0010】

発明者らは上記課題について鋭意検討し,塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物,

或いは塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物とからなる結合塩素剤を,膜分離装置
への給水又は洗浄水に添加して透過膜に供給することにより,ポリアミド系高分子

膜等の耐塩素性の低い透過膜においても,透過膜の劣化を引き起こすことなく,微

生物による透過膜の汚染を防止することが可能であることを見出した。」

「【発明の効果】

【0012】

本発明に従って,塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物,或いは塩素系酸化剤とス

ルファミン酸化合物とからなる結合塩素剤を,膜分離装置への給水又は洗浄水に添

加して透過膜に供給することにより,ポリアミド系高分子膜等の耐塩素性の低い透

過膜においても,透過膜の劣化を引き起こすことなく,微生物による透過膜の汚染

を防止することができる。このため,透過膜の劣化による除去率や脱塩率の低下を

回避して,効率良く膜分離を継続することが可能となる。」

「【0014】

被処理水に次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)を添加する場合においてはもちろ

ん,モノクロラミン(NH2Cl),ジクロラミン(NHCl2),さらにはクロラミ

ンT(C7H7ClNNaO2S・3H2 O)のような結合塩素化合物を被処理水中で

生成,又は添加する場合においても,濃度の大小はあるものの,水中では遊離塩素

(HClOなど)が解離,生成すると考えられる。

【0015】

ポリアミド系高分子膜等の耐塩素性の低い透過膜で発生する透過膜の劣化は,この

酸化力の高い遊離塩素によりなされると考えられ,透過膜の劣化においては被処理

水中の遊離塩素濃度が大きく影響すると考えられる。」

「【0019】

膜の劣化は,その他の膜分離処理で発生する問題,即ち,スケーリングやバイオフ

ァウリングによる透過流束,除去率の低下とは異なり,分離膜自体が塩素酸化によ

り破壊されてしまうため,洗浄操作等では回復し得ない不可逆な障害であり,最優

先に回避しなければならない問題である。この問題は,厳密なpH調整及び遊離塩
素濃度の制御(結合塩素化合物添加量の制御)により回避可能と考えられるが,こ

のような対策では,制御機器コストの増加を伴うばかりでなく,予期せず発生する

事故への対応は難しいことから,十分な解決手段とは言い難い。

【0020】

本発明は,これらの問題を,よりpH依存性の低い結合塩素化合物を用いることに

より解決するものであり,詳しくは,塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物,或い

は塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物とからなる結合塩素剤を被処理水に添加し

た場合に,被処理水中における遊離塩素濃度が,酸性域からアルカリ性域にわたる

広いpH範囲において大きく変化しないという特徴を生かすことにより解決するも

のである。」

「【0023】

図1より次のことが明らかである。

【0024】

クロラミンT水溶液を用いた場合,遊離塩素濃度はpHにより大きく変化した。こ

のようにpHにより遊離塩素濃度が変化する場合,pHが高くなった場合には,遊

離塩素濃度の低下に伴い微生物の殺菌・増殖抑制効果は低下し,pHが低くなった

場合には,遊離塩素濃度の増加に伴い副生成物の生成量が増加すると考えられる。

また,耐塩素性の低い透過膜を使用している場合には,遊離塩素濃度の増加により

膜劣化の危険性も高まることとなり好ましくない。更に被処理水中に金属類が共存

するような場合には,遊離塩素と金属間での触媒反応により,わずかな遊離塩素濃

度の変化が大きな酸化力の増加に繋がるとも考えられ,そのとき膜劣化のリスクは

飛躍的に高まると予想される。

【0025】

一方,本発明で用いる塩素系酸化剤とスルファミン酸化合物を含有する水溶液を用

いた場合においては,遊離塩素濃度はpHにより殆ど変化しない。この特徴により,

上述のような問題は回避されることとなる。
【0026】

即ち,本発明によれば,膜分離処理において,被処理水のpHが原水水質の変動や

事故により変動した場合においても,被処理水中の遊離塩素濃度は大きく変動しな

いため,安定した微生物の殺菌・増殖抑制効果を得ることができる。また,耐塩素

性の低いポリアミド系高分子等を素材とする透過膜を用いる場合においても,遊離

塩素濃度は瞬間的にも増加するようなことはなく,透過膜の酸化劣化を回避するこ

とができ,効率良く膜分離を行うことが可能となる。」

「【0033】

次亜塩素酸塩等の塩素系酸化剤とスルファミン酸塩等のスルファミン酸化合物を混

合すると,これらが結合して,クロロスルファミン酸塩を形成して安定化し,従来

のクロラミンのようなpHによる解離性の差,それによる遊離塩素濃度の変動を生

じることなく,水中で安定した遊離塩素濃度を保つことが可能となる。」

(2) 引用例1の記載

引用例1(乙1)には,次のとおりの記載がある。

「1.塩素系酸化剤,スルファミン酸化合物及びアニオン性ポリマー又はホスホン

酸化合物を含有することを特徴とするスライム防止用組成物。

・・・

6.塩素系酸化剤が,塩素,次亜塩素酸アルカリ金属塩,亜塩素酸アルカリ金属塩

及び塩素酸アルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種であることを特

徴とする請求項1記載のスライム防止用組成物。

7.スルファミン酸化合物が,スルファミン酸,N−メチルスルファミン酸,N,

N−ジメチルスルファミン酸及びN−フェニルスルファミン酸ならびに前記スルフ

ァミン酸のアルカリ金属塩,アルカリ土類金属塩及びアンモニウム塩からなる群か

ら選ばれる少なくとも1種の化合物であることを特徴とする請求項1記載のスライ

ム防止用組成物。

・・・
9.水系に,塩素系酸化剤,スルファミン酸化合物及びアニオン性ポリマー又はホ

スホン酸化合物よりなるスライム防止用組成物を添加することを特徴とする水系の

スライム防止方法。

・・・

12.水系が冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水

系である請求項9記載のスライム防止方法。 (請求の範囲


「技術分野

本発明は,冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水

系などにおいて,少量の薬剤を用いてスライムに起因する障害を効果的に防止する

ことができるスライム防止用組成物及びスライム防止方法に関する。(1頁4〜9


行)

「背景技術

冷却水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水系などにおいては,水

資源の不足に伴う水の有効利用の観点から,開放循環冷却水系の高濃縮運転におけ

る強制ブロー量の削減など,水の高度利用が行われている。このように水を高度に

利用した場合には,溶存塩類や栄養源の濃縮などにより水質が悪化し,細菌,黴,

藻類などの微生物群に,土砂,塵埃などが混ざり合って形成されるスライムが発生

し,熱交換器における熱効率の低下や通水の悪化を引き起こし,またスライム付着

下部において,機器や配管の局部腐食を誘発する。

そこで,このようなスライムによる障害を防止するために,種々の抗菌剤の利用

が提案されている。例えば,特公昭41−15116号公報には,処理水流中の微

生物の生長を抑制する方法として,次亜塩素酸塩とスルファミン酸塩の溶液を混合

して反応せしめてN−クロロスルファミン酸塩の反応生成物溶液を作り,この溶液

を水性処理流に供給する方法が提案されている。冷却水の高度利用がさらに進んだ

場合には,スライムによる障害が激しくなり,抗菌剤の必要添加濃度が上昇する。

しかし,酸化性抗菌剤の場合は,金属腐食を生ずる危険性が増すので,添加濃度を
増加する余地はほとんどない。さらに,酸化性抗菌剤は,酸化力は強いがスライム

に対する浸透力に乏しいために,いったんスライム障害が発生すると,その進行を

阻止することは困難である。

特開平7−206609号公報には,含窒素ハロゲン化合物を有効成分とする新

規な殺菌剤として,タウリンクロラミンなどが提案されている。有機系殺菌剤は,

酸化力がないか又は極めて低く,スライムに対する浸透力が強いために,いったん

スライム障害が発生した場合でもその進行を阻止することは可能である。しかし,

選定する薬剤によって,細菌,黴,藻類などのスライムの構成要素に対して有効な

スペクトルが異なる。また,薬剤コストが酸化性抗菌剤と比較してはるかに高価な

ために,処理コストの大幅な増加を伴う。

このために,スライム障害の激しい条件においても,細菌,黴,藻類などのあら

ゆるスライムの構成要素に対して少量の添加で有効であり,低コストでスライムを

防止することができるスライム防止剤及びスライム防止方法が求められている。

本発明は,冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水

系などにおいて,少量の薬剤を用いてスライムに起因する障害を効果的に防止する

ことができるスライム防止用組成物及びスライム防止方法を提供することを目的と

してなされたものである。(1頁10行〜2頁15行)


「産業上の利用可能性

本発明のスライム防止用組成物及びスライム防止方法によれば,殺菌効果を示さ

ないような少量の組成物の添加により,配管や熱交換器,各種機器へのスライムの

付着を防止するとともに,水槽や熱交換器の仕切板などに堆積するスラッジを有効

に防止することができる。その結果,各種水系で生じるスライムの付着やスラッジ

の堆積に起因する障害の防止が可能となり,汚れの清掃に要する費用を大幅に節減

することができる。(20頁11〜17行)


(3) 引用例2の記載

引用例2(甲2。訳文(甲18)の記載による。 には,
) 次のとおりの記載がある。
「【特許請求の範囲

【請求項1】

メンブラン上または近傍で細菌を殺す,殺菌剤を用いた逆浸透メンブランの処理

方法であって,前記逆浸透メンブランを,そのメンブランを消毒して殺菌すること

によりメンブラン上の生物被膜を除去または阻止するのに十分な量のハロゲンを

徐々に放出する,結合された形態にある酸化性ハロゲン殺菌剤と接触させることを

含んでなる,方法。

【請求項2】

前記ハロゲン殺菌剤が,+1酸化状態にあるハロゲンを含む酸化性殺菌剤物質と

イミドまたはアミドの形態にある少なくとも一個の窒素原子を含む窒素含有化合物

との組合せであり,前記ハロゲンが前記窒素とゆるく結合することにより結合ハロ

ゲンが形成されたものである,請求項1に記載の方法。」

「【請求項5】

前記殺菌剤がブロモクロロジメチルヒダントインである,請求項1に記載の方法。」

「【0002】

発明の背景

世界中で,飲用および工業用の両方に使用する清浄水の供給が不足している。こ

のため,
「脱塩」技術の使用が広く普及している。脱塩に使用する2種類の主要な技

術は,熱的脱塩および逆浸透である。
・・・別の技術,逆浸透では,水を通過させる

が,塩および他の好ましくない汚染物は通さない選択的透過性のメンブランを使用

する。このメンブランに対して圧力を作用させることにより,水がメンブランを強

制的に通過させられ,汚染物,例えば塩,が後に残る。逆浸透は,2種類の選択的

透過性メンブラン,すなわちアセテートおよびポリアミド,を使用する。
・・・新し

い技術,ポリアミドメンブラン,は,効率がはるかに高く,逆浸透から製造される

水が経済的にはるかに有用になる。事実上,すべての新しい逆浸透(RO)設備の

構築はポリアミドメンブランを使用して行われている。
【0003】

できるだけ小さな体積でメンブランの表面積を最大限にするために,ポリアミド

メンブランを,典型的にはらせん状に巻き付ける。層間の小さな空間に,およびメ

ンブランを通して水を強制的に送ると,純粋な水がメンブランハウジングの他端か

ら外に出る。層間の空間は非常に小さいので,これらの空間に集まるあらゆる物質

が,流れを遅くするか,または装置を通して水を移動させるのに必要な圧力を増加

し,メンブランの機能を妨害する。これらの装置を詰まらせることがある典型的な

「物質」 流入する水中の汚泥,
は, 圧力変化または濃度の変化により形成されるか,

または沈殿することが多い無機スケールおよび生物系汚染物である。」

「【0004】

従って,業界が直面している問題は,メンブラン層間の空間における生物系汚染

物または「生物被膜」の形成である。生物系汚染物は,使用する水源に共通するR

Oの問題である。RO用水の典型的な供給源は,地表の汽水(入り江,湾,小川,

等)および海水である。これらの水源には,典型的には大量の細菌が生息している。

細菌がメンブラン間の小さな空間中に移動すると,その表面に集まり,生物被膜と

呼ばれる厚いマットを形成する傾向がある。生物系汚染物の他の供給源は,フミン

酸,藻類および菌類である。これがRO装置における生物系汚染物の起源である。

【0005】

逆浸透メンブランは,水生微生物による汚染に敏感であり,これらの微生物が,

究極的にはメンブランの汚染につながり,メンブラン性能を低下させる。

【0006】

生物被膜微生物は,メンブラン重合体自体を分解することによりメンブランに不

可逆的な損傷を与えることがある。

【0007】

メンブラン表面に付着した微生物は,スケールまたは他の堆積物形成のための核

生成箇所としても作用することがある。従って,最適メンブラン効率を確保するに
は,生物被膜を除去することが必要である。」

「【0010】

RO装置における生物系汚染を抑制するための,一般的に使用されている技術を

以下に示す。

1)塩素(すなわち次亜塩素酸ナトリウム,塩素ガス)およびそれに続く,活性

ハロゲンがメンブラン表面と接触するのを阻止するための脱ハロゲン処理(還元剤,

例えばメタ重亜硫酸ナトリウムまたは重亜硫酸ナトリウム)」

「【0011】

・・・塩素がポリアミドメンブランを急速に分解することは良く知られている。

ほとんどのポリアミドメンブラン製造業者は,メンブランを塩素に1000ppm

時間を超えて露出しないように明確に警告している。これは,塩素の使用によりメ

ンブランを清浄に維持し,メンブランの寿命を引き延ばすのに十分な露出時間では

ない。一般的な遊離のハロゲン(塩素,臭素およびヨウ素)はすべて,このメンブ

ラン破壊を引き起こすことが分かっている。RO設備の中には,塩素,遊離ハロゲ

ン,をなお使用しているところもあるが,水がメンブランに達する前に塩素を除去

する工程を加えなければならない。この追加工程は,不都合であり,コストを増加

させる。

【0012】

そこで,本発明の目的は,技術的に効果的で,効率的な様式で,逆浸透メンブラ

ンを消毒することである。

【0013】

発明の概要

本発明の上記の,および他の目的は,逆浸透メンブランを,1)+1酸化状態に

あるハロゲンを含む酸化性殺菌剤物質,および2)イミドまたはアミドの形態にあ

る少なくとも一個の窒素原子を含む窒素含有化合物で処理し,ハロゲンを窒素とゆ

るく結合させ,それによって結合ハロゲンを形成することにより,達成することが
できる。これは,両方の材料がメンブラン表面に同時に存在するように,1および

2の化合物で個別に処理するか,または同じ化合物中に1と2の両方を含む化合物

で処理することにより達成することができる。1(+1酸化状態にあるハロゲンを

含む材料)の例は,次亜塩素酸ナトリウム,活性化臭化ナトリウム,塩素ガス,元

素状臭素,塩化臭素,または次亜塩素酸カルシウムである。2(イミドまたはアミ

ドの形態にある少なくとも一個の窒素原子を含む材料)の例は,ジメチルヒダント

イン,アンモニア,ベンゼンスルファミド,スルファミン酸,およびシアヌル酸で

ある。同じ化合物中に上記の1と2の両方を含む化合物の例は,ブロモクロロジメ

チルヒダントイン,トリクロロイソシアヌル酸,ブロモスルファメート,およびジ

クロロジメチルエチルヒダントインである。本発明の目的に好ましい化合物は,ブ

ロモクロロジメチルヒダントイン(BCDMH)である。」

「【0018】

BCDMH(塩素および臭素で殺菌する酸化性殺菌剤)は,メンブランの寿命を

大幅に短縮することなく使用できる。原料ポリアミド繊維をBCDMH,塩素およ

び臭素に露出する実験を行った(例1および図1−1〜1−3参照) これらの実験


は,これらの繊維の物理的特性(引張強度,伸びおよびヤング率)がBCDMHに

よって悪影響を,塩素または臭素と同程度には,または塩素または臭素程急速には,

受けないことを示している。この情報の多くは公開されているが,ポリアミドの製

紙工業における使用に関して,結合していない形態のハロゲンに関してのみである。

RO用途に関連するポリアミド材料または構造に関しては,何の情報も無い。

【0019】

理論に捕らわれたくはないが,この効果は,BCDMH中のDMHの存在による

ものであると考えられる。DMH(ジメチルヒダントイン)は,臭素および塩素を

DMH分子中のイミドおよびアミド窒素と緩く結合させることにより,臭素および

塩素を支える役目をする有機「骨格」である。その結果,臭素および塩素のほとん

どがメンブランとの反応に使用されなくなる。臭素および塩素が放出される時,臭
素および塩素は非常に低い濃度でしか利用されない。この効果は,他の水処理用途

でも観察されている。大部分が「結合している」ハロゲン(窒素と結合しているハ

ロゲン)の存在は,殺菌剤効果を下げることなく,好ましくない影響,例えば腐食

または水中の他の好ましい化学物質との相互作用,を低減させることが分かってい

る。

【0020】

無論,本発明は,ROメンブランを消毒するためのBCDMHの使用に適用され

る。しかし,本発明は,
「遊離」塩素に対する「結合した」塩素の優位性に関連する

ので,ハロゲンを大部分結合した形態で存在させるすべての材料を使用できると考

えられる。これには,窒素原子をイミドまたはアミド形態で包含するすべての材料

が含まれるであろう。2つの例は,工業界でハロゲンを結合し,徐々に放出する目

的に現在使用されている2種類の材料であるスルファミン酸およびベンゼンスルホ

ンアミドである。従って,例えばブロモスルファメートを製造,販売することがで

き,これらは本発明の範囲内に入る。

【0021】

もう一つの可能な手法は,ハロゲン,およびハロゲンと結合し,ハロゲンを主と

して結合した形態で存在させるイミドまたはアミド窒素を含む材料を,個別に加え

ることであろう。この2つの例は,DMHと臭素の個別添加およびスルファミン酸

と塩素の個別添加であろう。

【0022】

本発明により,ROメンブランの消毒に酸化性殺菌剤を使用することができる。

現在,メンブランの寿命を大幅に短縮することなく,あるいは水がメンブランと接

触する前に水からハロゲンを除去するための労力とコストのかかる工程を追加する

ことなく,ROメンブランに対して酸化性殺菌剤を使用する方法は知られていない。

本発明により,飲用水の処理に使用することが承認されている殺菌剤を使用するこ

ともできる。これによって,非酸化性殺菌剤で現在行われているような,殺菌剤処
理の際に水を廃棄する必要が無くなる。」

(4) 甲19の記載

甲19(奥村学,
「スルファミン酸による結合塩素の異常生成」 水道協会雑誌
, 第

66巻,第10号(第757号)21〜29頁)には次の記載がある(図−14,

図−15は別紙のとおり。。


「4−5−3 pHの影響

図−14はpHを5〜7に,図−15はpHを7〜9に変化させて実験を行った結

果である。反応の進行はpHにより大きく変化した。pHが低くなると反応の進行

が速くなった。(28頁左欄)


2 取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)について

事案に鑑み,取消事由2を先に判断する。当裁判所は,次のとおり,当業者は相

違点に係る構成を容易に想到することができたものと判断する。

(1) 相違点についての容易想到性判断

前記第2,2(3)イのとおり,本願発明と引用発明との相違点は,本願発明は,
「膜

分離用」のスライム防止剤であるのに対し,引用発明では「冷却水系,蓄熱水系,

紙パルプ工程水系,集じん水系,スクラバー水系など」用のスライム防止剤であり,

膜分離の用途について記載がない点にある。

前記1(2)のとおりの引用例1の記載によれば,引用発明は,次亜塩素酸アルカリ

金属塩,スルファミン酸のアルカリ金属塩及びアニオン性ポリマー又はホスホン酸

化合物を含有するスライム防止用組成物に関するものであり,引用発明に係るスラ

イム防止用組成物は,冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程水系,集じん水系,スク

ラバー水系などの水系に添加され,それにより,これらの水系において発生するス

ライムが配管等に付着するのを防止して,スライムの付着に起因する障害を防止し

ようとするものであると認められる。

そして,引用例2には,前記1(3)のとおりの記載があり,逆浸透メンブラン上の

生物被膜を除去又は阻止する方法として,逆浸透メンブランを,ハロゲンを徐々に
放出する,結合された形態にある酸化性ハロゲン殺菌剤と接触させて,逆浸透メン

ブランを消毒して殺菌する方法が記載されている(請求項1)。このうち,「酸化性

ハロゲン殺菌剤」は,@「+1酸化状態にあるハロゲンを含む酸化性殺菌剤物質」

とA「イミドまたはアミドの形態にある少なくとも一個の窒素原子を含む窒素含有

化合物」との組合せで,@のハロゲンがAの窒素と緩く結合することにより結合ハ

ロゲンが形成されたものであり得 【請求項2】,
( ) @の例として次亜塩素酸ナトリウ

ムが,Aの例としてスルファミン酸が記載されている(【0013】。


上記のとおり,引用例2には,@の例として次亜塩素酸ナトリウムが,Aの例と

してスルファミン酸が,それぞれ例示されているが,次亜塩素酸塩とスルファミン

酸とを反応させると,クロロスルファミン酸塩が形成されること,また,このクロ

ロスルファミン酸塩は,塩素が窒素と結合して結合塩素が形成されたものであって,

塩素を徐々に放出するものであることは,技術常識であるから,次亜塩素酸ナトリ

ウムとスルファミン酸とを組み合わせたものも,上記の殺菌剤として使用できるこ

とは,当業者にとって自明である。

そうすると,引用例2には,次亜塩素酸ナトリウムとスルファミン酸を組み合わ

せて,結合ハロゲンを形成させて殺菌剤とし,逆浸透メンブランをその殺菌剤と接

触させて,逆浸透メンブラン上の生物被膜を除去又は阻止することが記載されてい

ることが認められ,このような引用例2の記載からすると,次亜塩素酸アルカリ金

属塩及びスルファミン酸のアルカリ金属塩等を含有する引用発明についても,その

用途を「膜分離用」とすることは,当業者が容易に想到することである。

よって,相違点に係る構成は,当業者が容易に想到することができたと認められ

る。

(2) 原告の主張について

ア 原告は,引用例2のような逆浸透メンブランの分野においては,遊離塩素に

よって透過膜の劣化が生じるためこれを阻止するという課題があり,そのためにス

ライム防止剤を添加するのに対し,引用例1の冷却水系,蓄熱水系,紙パルプ工程
水系,集塵水系,スクラバー水系においては,このような課題は存在せず,また,

引用例1と引用例2とでは技術分野が異なると主張する。

しかし,上記(1)のとおり,逆浸透メンブラン上の生物被膜を除去又は阻止するこ

とは一般的な課題であること,引用例2には,生物被膜を除去又は阻止するために,

次亜塩素酸ナトリウムとスルファミン酸とを組み合わせた殺菌剤を使用できること

が記載されている以上,逆浸透膜を用いた膜分離処理において,次亜塩素酸アルカ

リ金属塩,スルファミン酸のアルカリ金属塩を含有するスライム防止用組成物を用

いることに困難な点はない。

よって,原告の主張は採用できない。

イ 原告は,引用例2は,逆浸透メンブランを消毒して殺菌する発明であるのに

対して,引用例1のスライム防止用組成物は,消毒・殺菌作用を奏さないものであ

るから,かかる引用例1と引用例2とを組み合わせることに阻害要因があると主張

する。

しかし,引用例1には,
「殺菌効果が得られないような低濃度の組成物の添加量で

あっても」
(8頁18〜19行)「A成分のみを有効塩素として5mg/L・・・添


加しても,殺菌効果は発現しない」
(18頁2〜4行)と記載されており,これらの

記載振りによれば,殺菌効果があるか否かは,濃度(添加量)に依存すると理解す

るのが合理的である。低濃度の場合に殺菌効果が得られないからといって,引用発

明に係るスライム防止用組成物に殺菌作用がないとすることはできず,引用例1と

引用例2の組合せが阻害されるものではない。よって,原告の主張は採用できない。

3 取消事由1(本願発明の効果の看過)について

当裁判所は,原告主張に係る本願発明の各効果は,いずれも格別のものとはいえ

ず,本願発明が容易想到でなかったとはいえないと判断する。その理由は,以下の

とおりである。

原告は,本願発明の効果(効果1及び効果2)は,引用例1及び引用例2の記載

から,当業者が予測し得るものではなく,審決の認定判断は誤りである旨を主張す
る。

しかし,原告の主張は,以下のとおり採用することはできない。

すなわち,本願発明により,引用発明に係るスライム防止用組成物を,逆浸透膜

を用いた膜分離処理において用いることが,当業者が容易に想到できると解される

ことは,上記2のとおりである。そして,原告が主張する本願発明の効果は,いず

れも,引用発明に係るスライム防止用組成物を,逆浸透膜を用いた膜分離処理にお

いて用いることにより,当然に奏される効果であり,これを超えるものではない。

したがって,本願発明が効果1及び効果2を奏するとしても,格別のものとはいえ

ず,これをもって本願発明の進歩性を肯定する根拠とすることはできない。

以下,原告主張に係る各効果について,付加して判断する。

(1) 効果1について

原告主張に係る効果のうち,ポリアミド系高分子膜等の耐塩素性の低い透過膜に


おいても,透過膜の劣化を引き起こすことなく,微生物による透過膜の汚染を防止

することができる」という本願発明の効果(効果1)については,次のとおり,引

用例2の記載から当業者が予測し得るものでもある。

引用例2には,上記1(3)のとおり,逆浸透メンブラン上の生物被膜を除去又は阻

止する方法について記載されているが,逆浸透メンブランと接触させる殺菌剤とし

て,同じ化合物中に,@「+1酸化状態にあるハロゲンを含む酸化性殺菌剤物質」

とA「イミドまたはアミドの形態にある少なくとも一個の窒素原子を含む窒素含有

化合物」の両方を含む化合物も使用できること(【0013】,及び具体例として,


ブロモクロロジメチルヒダントイン(BCDMH)
(【0013】が記載されている。


また,引用例2には,このBCDMHについて,ポリアミドメンブランの寿命を大

幅に短縮することなく使用できるが,この効果は,臭素及び塩素が,BCDMH中

のDMH(ジメチルヒダントイン)分子中のイミド及びアミド窒素とゆるく結合す

るため,そのほとんどがメンブランとの反応に使用されなくなり,非常に低い濃度

でしか放出されないことによるものである(【0018】【0019】
, )と記載され
ている。

このような引用例2の記載は,BCDMHについてのものであるが,次亜塩素酸

ナトリウムとスルファミン酸とを組み合わせたものも,BCDMHと同様,塩素が

窒素と結合して結合塩素が形成されたものであり,塩素を徐々に放出するものであ

るから,これを殺菌剤として使用した場合,BCDMHと同様,塩素のほとんどが

メンブランとの反応に使用されなくなり,非常に低い濃度でしか放出されないため,

ポリアミドメンブランの寿命を大幅に短縮することなく使用できることは,当業者

にとって明らかといえる。

そうすると,次亜塩素酸アルカリ金属塩,スルファミン酸のアルカリ金属塩を含

有する引用発明に係るスライム防止用組成物においても,逆浸透膜を用いた膜分離

処理において用いることにより,ポリアミド系高分子膜等の耐塩素性の低い透過膜


においても,透過膜の劣化を引き起こすことなく,微生物による透過膜の汚染を防

止することができる」という効果(効果1)を奏することは,当業者が予測し得る

ことである。

(2) 効果2について

審決は,原告の主張に係る本願発明の効果のうち,
「本発明で用いる塩素系酸化剤

とスルファミン酸化合物を含有する水溶液を用いた場合においては,遊離塩素濃度

はpHにより殆ど変化しない。」との効果(効果2)も,甲19の記載から当業者が

予想し得るものであるとする。

この点については,甲19の記載は,前記1(4)のとおりであって,図−14にお

いては,初期スルファミン酸濃度が1×10−5Mの溶液に,次亜塩素酸を2×10
−5
M(1.4mg/L)添加し,pH5ないし7に変化させた場合のNHCl2型

結合塩素濃度の経時変化が,図−15では,初期スルファミン酸濃度が1×10−5

Mの溶液に,次亜塩素酸を4×10−5M(2.8mg/L)添加し,pH7ないし

9に変化させた場合のNHCl2 型結合塩素濃度の経時変化が,それぞれ示されて
いるが,これによっても,pHが5ないし8の範囲では,相当程度の時間が経過し
て平衡状態に至れば,スルファミン酸からの遊離塩素濃度が一定となるということ

が理解できるに留まる。本件において,効果2として原告が主張するところは,瞬

間的なpHの変動に伴う遊離塩素濃度の増加を防止し得るというところにあると解

され(本願明細書の【0008】【0026】,審決が甲19の記載をもってこの
, )

ような効果についてまで当業者が予想し得ると判断した趣旨を含むのであれば,審

決はその限度で適切を欠く。

しかし,前記のとおり,@効果2は,引用発明に係るスライム防止用組成物を,

逆浸透膜を用いた膜分離処理に用いることにより当然に奏する効果であること,A

本願明細書の【図1】は,平衡状態での遊離塩素濃度を測定したものであるが,効

果2は,甲19の記載から当業者が予想し得るものであることを併せ考慮するなら

ば,同効果をもって,本願発明に進歩性があったと判断することはできない。

以上によれば,審決の結論には誤りはない。

4 取消事由3(拒絶理由の未通知)について

原告は,審決は,甲3ないし5を引例として引用する以上,拒絶理由を通知すべ

きであり,特許法159条2項の手続違背があると主張する。しかし,甲3ないし

5は,技術常識を例示したものであり,審決に原告主張に係る手続違背があるとは

いえない。

5 結論

以上によれば,審決には,原告の主張に係る取消事由はない。原告は,その他縷々

主張するが,いずれも採用の限りではない。よって,原告の主張を棄却することと

して,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官

飯 村 敏 明




裁判官

八 木 貴 美 子




裁判官

小 田 真 治
別紙

本願明細書の【図1】




甲19の図−14
甲19の図−15