審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17ワ1238特許権移転登録手続等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ11007不当利得返還等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 発明者 / 職務発明 / 相当の対価(相当な対価) / 黙示の合意 / 共同開発 / 共同発明 / インターネット / 技術的範囲 / 共有 / 着想 / 契約の成否 / 存続期間 / 特許発明 / 実施 / 共同発明者 / 持分譲渡(持分の譲渡) / 実施許諾(実施の許諾) / 設定登録 / 移転登録 / 対価 / 請求の範囲 / 変更 / 代理権 / |
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事件 |
平成
14年
(ワ)
22594号
研究開発人件費等請求事件
平成 15年 (ワ) 25068号 貸金等請求事件 |
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第1事件原告・第2事件被告 A第1事件被告・第2事件原告 有限会社日中医学研究所 訴訟代理人弁護士 前田知克 同 幣原廣 同 小川原 優之 同 緑川由香 同 佐熊 真紀子 同 野村修一 同 浅野史生 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2004/07/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 第1事件被告は,第1事件原告に対し,192万円及びこれに対する平成14年11月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 第1事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。 3 第2事件被告は,第2事件原告に対し,別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。 4 第2事件原告のその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用のうち,第1事件について生じたものはこれを5分して,その2を第1事件被告の,その余を第1事件原告の各負担とし,第2事件について生じたものはこれを4分して,その1を第2事件被告の,その余を第2事件原告の各負担とする。 6 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 第1事件 (1) 第1事件被告は,第1事件原告に対し,231万円及びこれに対する平成13年4月17日(第1事件被告が平成12年度経営・技術活性化助成金(以下「助成金」という。)の交付を受けた日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)@ 主位的請求 第1事件被告は,第1事件原告に対し,別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」という。)につき,移転登録手続をせよ。 A 予備的請求 第1事件被告は,第1事件原告に対し,877万円及びこれに対する平成14年10月17日(訴状作成の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 第2事件 (1) 第2事件被告は,第2事件原告に対し,120万円及びこれに対する平成13年4月1日(返済期限の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 第2事件被告は,第2事件原告に対し,別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。 |
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事案の概要
1 第1事件原告・第2事件被告(以下「原告」という。)は,かつて第1事件被告・第2事件原告(以下「被告」ないし「被告会社」という。)の代表取締役の地位にあった者である。本件において,原告は,労働契約に基づき,原告が被告会社の代表取締役であった期間の原告の労働に対する賃金等として231万円の支払を求めるとともに,被告が特許権者として登録されている後記特許権について,主位的請求として,当該特許権は原告に帰属すると主張して,被告に対して移転登録手続を求め,予備的請求として,被告に対して,特許法35条3項に基づき,職務発明の相当対価の内金877万円の支払を求めている(第1事件)。これに対して,被告は,原告が被告会社の代表取締役であった期間に被告会社の金銭を横領し,被告会社との間で当該横領金返還債務を目的として準消費貸借契約(以下「本件準消費貸借契約」という。)を締結したと主張して,原告に対し120万円の支払を求めるとともに,原告が被告会社所有に係る別紙物件目録記載のパソコン(以下「本件パソコン」という。)を所持していると主張して,本件パソコンの引渡しを求めている(第2事件)。 2 前提事実(争いのない事実以外は,証拠を末尾に記載した。) (1) 原告は,中国における医師資格及び東京大学医学博士の学位を有する者である。 被告は,高麗人参,ロイヤルゼリー等の健康食品,豆類から抽出した栄養補強剤の販売等を目的とする有限会社である。 Bは,被告の現代表者である。 (2) 原告とBは,平成12年1月19日に被告会社を設立し,発酵した大豆から抽出される抗ダイオキシン物質(ゲニステイン)を利用して健康食品を開発販売することにした。原告は,被告会社設立と同時に,その代表取締役に就任した。 (3) 原告は,同年3月13日,後記ア,イ記載の各発明(以下併せて「本件各特許発明」という。)について,出願人を被告会社,発明者を原告として特許出願(以下「本件特許出願」という。)し,平成15年10月17日,設定登録を受けた(特許第3482558号。以下「本件特許権」という。乙20)。 本件特許出願に係る明細書の特許請求の範囲は,次のとおりである(本判決末尾添付の公開特許公報(甲11)参照)。 ア 請求項1(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」という。) 「発酵した大豆から抽出したイソフラボンアグリコンから高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で抽出したゲニスチインを主要原料とすることを特徴とする抗ダイオキシン健康食品」 イ 請求項2(以下,請求項2に係る発明を「本件特許発明2」という。) 「前記ゲニスチインにアガリスク,アロエベラ,紅参,リョクチャ,キチン・キトサン,ハトムギエキス,ニンニクエキス,アモト,ビタミンC,食物繊維,ベータ・カロチンと混合することにより体内でフリー状態にある環境ホルモン及び有害物質を体外に排出させるようにしたことを特徴とする抗ダイオキシン健康食品」 (4) 原告は,平成13年3月8日,Bとの間で,被告会社の代表取締役を辞任することを合意し,平成13年4月10日に,同年3月16日付で原告が被告会社の代表取締役を辞任した旨の登記がされ,Bが被告会社の代表取締役に就任した。 3 争点 (1) 人件費支払請求権の有無及び額(争点1) (2) 本件特許権の帰属(争点2) (3) 相当対価支払請求権の有無及び額(争点3) (4) 本件準消費貸借契約の成否(争点4) (5) 被告から原告へ本件パソコンを譲渡した事実の有無(争点5) |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(人件費支払請求権の有無及び額) (原告) 原告は,被告会社の取締役であったが,従業員でもあり,平成12年4月1日から平成13年2月28日までの間,被告において本件各特許発明の商品化業務に従事していた。原告の労務の提供日数は,甲6,17記載のとおり少なくとも192日間であった(外部試験・外部依頼注文約30日,試作の打合せ25日,取得データ解析45日,翻訳10日,原料調査20日,対外連絡20日,面接10日,総合報告20日,研究費の経理及び書類整理,翻訳,外部委託指導等12日以上)。 原告とBは,平成13年3月8日,財団法人東京都中小企業振興公社(以下「振興公社」という。)からの助成金交付を待って,原告が被告会社の代表取締役を辞任する旨合意し,それまでに,原告とBとの間で,助成金の分配について話し合い,助成金交付後,助成金の中から,原告に対して人件費を支払う旨合意した。 ところが,Bは,上記合意を一方的に破棄し,助成金交付前の同年3月16日に原告の代表取締役辞任手続を行い,同年4月17日に助成金の交付を受けた後も,原告に金銭を支払わない。 人件費の額については,被告会社が振興公社理事長に提出した「平成12年度経営・技術活性化助成金交付申請書」(甲2)に,原告の業務内容として「A07は乳癌などに対する効果」,単価として「1,500(円)」,金額欄として「2,250(千円)」と記載されている(同10頁)ことに照らせば,原告と被告会社との間に,原告が,本件各特許発明の乳癌に対する効果を研究し,被告会社が原告に対して225万円を支払う旨の労働契約が締結されていたというべきである。 よって,原告は,被告に対し,上記合意に基づき,上記225万円に交通費を加算した231万円及びこれに対する被告会社が振興公社から助成金の交付を受けた日である平成13年4月17日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告) 被告会社は,原告との間で労働契約を締結したことはない。原告との間で,平成13年3月8日に,助成金の分配について話し合う旨の合意をしたことは認めるが,その後,原告は,被告会社に対する一切の金銭支払請求権を放棄している(乙2の誓約書)。 また,原告は,平成13年2月末日まで国立がんセンターに在職しており,被告会社研究所に出勤したのは数日のみであった。甲6及び日報は,原告が,助成金申請のために作成した書面であって,原告が現に勤務した時間や原告の時給を示すものではない。 2 争点2(本件特許権の帰属) (原告) 本件各特許発明は,原告が平成元年ころ,インターネットの情報から着想し,国立がんセンター及び東京大学に在職ないし在学中に,独自に動物実験及び細胞試験等の研究を行って発明したものである(甲21,22)。本件各特許発明の明細書の特許請求の範囲の請求項2には,漢方に関する構成が記載されているが,原告には,漢方に関する知識がある(甲35,40)。Bは,例えば,緑茶エキスを使用するとコストがあがることから,緑茶そのものを使用した方がよいなど,コストの高い成分を排除し,コストの安い成分を増量させるようなアドバイスをしただけである。 原告は,本件特許出願の際,願書の出願人欄に,被告会社の名称を記載したが,これは,出願人欄に氏名を記載した者に特許権が帰属するとは知らずにしたことであって,被告会社に特許を受ける権利を譲渡する意思はなかった。 また,原告は,被告会社設立前から本件各特許発明について研究し,被告会社設立時に既にこれを完成していたから,被告の職務として研究していたものではなく,本件各特許発明は,特許法35条1項の職務発明には該当しない。被告会社は,本件各特許発明完成後に,本件各特許発明の商品開発のために設立されたものである。 したがって,原告は,本件特許権に関し,主位的請求として,被告に対して,本件特許権について原告名義への移転登録手続を求める。 (被告) 本件各特許発明は,原告,B及び被告会社社員の共同発明である。すなわち,原告が,インターネットで,アメリカの学者が発明した発酵大豆から抗ダイオキシン成分が抽出されるという研究を知り,Bらに対し,これを商品化することをもちかけた。しかし,この時点での原告の話の内容は,アイディアにすぎなかった。平成11年末から,原告,Bその他で,数回ほど打ち合わせを行い,その過程で,Bが,大豆抽出物質と配合生薬の研究,免疫機能等を調べるなどの研究を行い,漢方薬を混入する案を出したものである。本件特許出願書類の発明者欄には原告の氏名が記載されているが,本来Bの氏名も併記すべきところを,原告が勝手に記載したものである。 原告は,漢方に関する部分も含めて,原告が本件各特許発明の発明者であると主張するが,原告には漢方に関する知識はない。甲35は,パネルディスカッションの結果を登載した論文であるが,4名のパネリストのうち筆頭者として掲げられているのは原告ではなく,また,同論文に記載の薬は,調合が定まった薬であり,同論文は,特に漢方の知識がなくても作成可能な内容である。 そして,本件各特許発明の共同発明者である原告とBは,本件各特許発明について特許を受ける権利を,それぞれ被告会社に譲渡した。このことは,原告自らが,本件各特許発明の願書の出願人欄に被告会社の名称を記載していることから明らかである。出願当時,原告は被告会社の代表取締役であり,本件各特許発明の商品化とその利益に非常に大きな関心を有していたものであり,原告は,被告会社に特許権が帰属することを十分に認識した上で,被告会社の機関(代表者)として出願したものである。 なお,本件各特許発明の完成に当たっては,原告のほか,Bら被告会社の従業員が,被告の社内において,共同開発作業をしたのであるから,本件各特許発明は,特許法35条1項の職務発明に該当する。 上記のとおり,本件特許を受ける権利は,被告会社に帰属する。 3 争点3(相当対価支払請求権の有無及び額) (原告) (1) 相当対価支払請求権の有無 仮に,本件各特許発明について,特許法35条1項が適用され,原告が,本件各特許発明につき特許を受ける権利を被告に譲渡したと認められる場合には,原告は,被告に対する相当対価支払請求権を有する。 これに対し,被告は,相当対価の一部として特許出願費用を支払い,その余は取締役としての報酬として支払う旨合意していたが,原告がこれを放棄したと主張し,その根拠として乙2の誓約書を提出する。 しかし,特許出願費用20万5900円のうち,被告会社が負担したのは11万7600円(うち7万4450円が助成金)のみで,残りの8万8300円は,原告が負担している。 また,原告が相当対価支払請求権を放棄したことはない。乙2(誓約書)は,被告による偽造である。乙2が偽造であることは,被告がその作成日と主張する平成13年12月18日(乙2には平成13年12月9日と日付の記載があるが,被告は,乙2の実際の作成日は同月18日であると主張している。)に作成された株式譲渡(なお,被告は有限会社であるから,正確には持分譲渡である。以下,書証等の記載に合わせて持分のことを「株式」ということがある。)についての書面(甲9の1)と朱肉の色が異なり,当日作成された他の書類にはすべて原告自身が押印しているにもかかわらず,乙2のみ,原告の夫であるCが代理人として押印していることに照らし,明らかである。乙2(誓約書)については,Cも原告も,そのような書面が作成されていることを,平成14年9月18日に,Bからファックスで送られてくるまで知らなかった。 なお,原告は,Cに対し,他の件で代理権を与えたことはあった。すなわち,原告は,中国滞在中の平成13年12月9日に,助成金申請に関わる精算書(甲4の1)を受け取るために,Cを代理人として,Bのもとに派遣した。その際,Bは,Cに対し,精算書を渡すとともに,株式譲渡に関する覚書(甲36,37)に押印させた。原告は,当該覚書(甲36,37)の締結についてCに代理権を与えたわけでないことから,同月19日に,原告自らが,同一書面に再度押印した。 (2) 相当対価の額 相当対価の額は,振興公社による本件各特許発明の評価額である助成金の額877万円の2倍の1754万円が相当である。 これに対し,被告は,後記のとおり,特許出願費用の負担額及び取締役としての報酬額をもって相当対価の額とする旨の合意があったと主張する。しかし,原告が被告会社との間でそのような合意をした事実はない。 よって,原告は,本件特許権に関し,予備的請求として,被告に対して,相当対価1754万円のうち877万円及びこれに対する訴状作成の日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告) (1) 相当対価支払請求権の有無 本件各特許発明は,特許法35条1項の規定する職務発明である。 本件各特許発明の共同発明者である原告及びBは,いずれも,特許出願費用を被告が負担すること及び商品化に成功した後,取締役の報酬という形で利益の配分を受けることと引き換えに,本件各特許発明の特許を受ける権利を被告に譲渡したものである。 そして,特許出願費用については,被告は既に支払った。 また,取締役の報酬については,現在のところ本件各特許発明の商品化による利益は生じておらず,また,将来利益が生じる可能性があったとしても,原告は,平成13年12月18日,被告に対する相当対価支払請求権を放棄した(乙2の誓約書)。原告は,当該誓約書(乙2)が偽造であると主張するが,乙2と同日に原告が作成した書面(甲9の1)と印影も朱肉の色も同一であり,乙2の内容が甲9の1の内容(「別項の誓約書を提出する」)を受けたものとなっていることに照らしても,乙2は,平成13年12月18日に,原告自身が作成したものである。 上記のとおり,原告の被告に対する相当対価支払請求権は消滅している。 (2) 相当対価の額 原告は,相当対価の額について,助成金の877万円の2倍の1754万円を主張するが,助成金は,被告の事業の実施に必要な経費として算出されるのであって,本件各特許発明に対する評価ではない。また,実際に交付された助成金は,447万8000円であった。 なお,被告会社は,本件特許権を実施しておらず,第三者への実施許諾もしていないのであって,本件特許権について何ら利益を得ていない。 4 争点4(本件準消費貸借契約の成否) (被告) (1) 原告は,平成12年12月14日,Dに対する報酬として,被告の口座から80万円を引き出したが,このうち10万円のみをDに支払い,70万円を横領した。 原告は,被告会社がDとの間で,Dが被告会社に対して技術指導を行い,被告会社がDに対して80万円を支払う旨の契約(以下「本件技術指導契約」という。)を締結しており,同契約に基づいて80万円を支払った旨主張する。しかし,上記契約は,被告会社の取締役会の承認を得ていないから無効である。正式なDに対する報酬額は10万円であった。また,原告が,Dに対して80万円を支払った事実は認められない。この点について原告が提出する請求書や領収書は日本で発行されたものであるところ,中国在住のDが日本で発行された請求書や領収書を用いるのは不自然である。原告は,平成13年3月8日の臨時総会において,Dに対して40万円を支払った旨を述べていた。 (2) 原告は,平成13年2月13日及び同月19日に,研究のための原材料購入費用として合計84万円を引き出したが,これを原材料の購入に充てることなく横領した。 原告は,有限会社江國貿易(以下「江國貿易」という。)から原材料を購入したと主張し,甲60,66の注文書には江國貿易の名称が記載されているが,江國貿易という会社は存在せず,同社は電話帳に掲載されていない(乙25,26)。また,被告会社は,原材料をキッコーマン株式会社から購入した実績があり,同社から購入すれば5キログラム80万円であったのに,4キログラム84万円と割高な価格で購入したのは不自然である。原告は,平成13年3月8日の話合いの際には,江國貿易から原材料を購入しておらず,知人と申し合わせて江國貿易にいったん84万円を振り込む形をとった上で,原告が江國貿易から当該84万円を受領した旨を述べていた。したがって,84万円を江國貿易からの原材料購入代金に充てた旨の原告の主張は虚偽である。 (3) 原告は,被告との間で,平成13年3月8日,上記(1),(2)記載の横領による不当利得金154万円のうち120万円について,返済期限を同月31日として消費貸借の目的とすることを合意した(本件準消費貸借契約。乙17)。 原告は,本件準消費貸借契約が強迫によるものであると主張するが,強迫の事実はない。 (4) よって,被告は,原告に対し,本件準消費貸借契約に基づき120万円及びこれに対する弁済期日の翌日である平成13年4月1日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (原告) (1) 被告会社は,Dとの間で,Dが被告会社に対して技術指導を行い,被告会社がDに対し80万円を支払う旨の契約を締結しており(甲49),原告は,上記契約に基づき,平成12年12月4日,被告会社の口座から80万円を引き出し,これを全額,Dに支払った(甲49,51,53)。 被告は,Dからの請求書や領収書が日本発行のものであることを指摘するが,中国においては,法人でない個人は,請求書や領収書等の商売用証票を購入することができないため,原告がDに請求書や領収書の用紙を送付したものである。 (2) 原告は,平成13年2月13日及び同月19日に,研究のための原材料購入費用として84万円を引き出し,これを全額,原材料の購入代金として江國貿易に支払った(甲62ないし67)。 (3) 本件準消費貸借契約に係る念書(乙17)は,B及び被告会社従業員らによる強迫によって作成されたものであって無効である。すなわち,B及び被告会社従業員らは,平成13年3月8日,午後7時30分ころから午後11時50分ころまでの間,原告を拘束し,原告が被告会社の代表取締役を辞任する旨の覚書(甲48)にサインしない限り家に帰さないなどと述べたことから,原告は,甲48や本件準消費貸借契約を作成したものである。 仮に,本件準消費貸借契約が有効であったとしても,本件準消費貸借契約は,Bが原告に対して助成金から金銭を支払うことを約束したため(甲48),これを条件として作成されたものであって,Bが原告に対して助成金から金銭を支払っていないのであるから,原告が被告会社に120万円を支払う義務はない。 また,仮に,本件準消費貸借契約が有効であったとしても,原告は,Bとの間で,平成13年12月18日に,200万円相当の被告の株式を100万円で譲渡する代りに,原告が被告に支払うべき金銭債務を清算する旨の合意をした。 5 争点5(被告から原告へ本件パソコンを譲渡した事実の有無) (被告) 被告会社は,平成13年12月18日当時,本件パソコンを所有しており,原告は,本件パソコンを占有している。 原告は,被告会社が,同日,原告との間で,本件パソコンの所有権を移転する旨の合意をしたと主張するが,そのような合意はなかった。 (原告) 原告が本件パソコンを所持していることは認める。 被告会社は,平成13年12月18日,原告との間で,原告が被告会社に対し,その所持していたファックス機,試作原料の残り,試作用容器等を引き渡し,株式譲渡対価200万円を100万円に値引きする代わりに,被告会社が原告に対して本件パソコンを譲渡する旨の合意をした。したがって,本件パソコンは,被告会社から原告が譲渡を受けたものである。 |
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当裁判所の判断
1 争点1(人件費支払請求権の有無及び額) 原告と被告会社との間に労働契約が締結されたことを認めるに足りる証拠はない。 原告は,振興公社宛ての助成金交付申請書の記載を指摘するが,同書類は振興公社から助成金の交付を受けるために作成されたものであり,その性質上,同書類の記載のみを根拠として原告と被告との間の労働契約の成立を認めるには足りない。 なお,甲5によれば,被告会社は,平成13年3月8日,原告との間で,助成金が交付された場合には,原告に対し,助成金を配分して金銭を支払う旨を合意した事実が認められる。しかし,上記金銭の趣旨及び額は定かではなく,かかる抽象的合意の存在のみをもって,原告と被告会社との間での人件費支払の合意を認定することはできない(なお,被告は,原告が,乙2の誓約書によって,人件費支払請求権を放棄したと主張するが,乙2の誓約書が原告自身により,その意思に基づいて作成されたものと認定できないことは後記3(2)記載のとおりである。)。 以上によれば,原告の人件費支払請求は理由がない。 2 争点2(本件特許権の帰属) (1) 証拠(甲2,11ないし13,22,40,47,乙1,5ないし12,15)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア 原告は,平成元年ころ,インターネット上に掲載された論文を見て,発酵した大豆から抽出される抗ダイオキシン物質(ゲニステイン)を利用して健康食品を開発販売することを思い付いた。 原告は,平成5年ころ,上記発想にヒントを得て,発酵大豆中の有効成分ゲニステインについて実験するなどして独自に研究した(甲22)。 イ 他方,Bは,北京中医大学の医学学士学位を有し,同大学において医師としての勤務経験を有していたところ,大学在学中には,漢方を専攻していた。Bは,平成5年ころ,近畿大学医学部第1外科学教室に留学し,6か月間,消化器外科学,ガン関連遺伝子に関する研究を行った(乙5ないし10,15)。 ウ 原告は,平成11年ころ,かねてから知り合いであったBに,前記ア記載の研究について話し,原告とBは,原告が知的財産権を,Bが出資金300万円をそれぞれ提供し,会社を設立して同研究に係る商品を開発することとした(なお,原告は,会社設立後の平成12年5月ころ,被告に200万円を出資している。)。 原告とBは,平成11年11月5日,被告会社の設立総会を開催した。 その席には,Eら数名が参加した。 原告は,被告会社の代表取締役に就任した。 エ 平成12年1月28日,原告は,B,Fと共に香港会議展覧センターホームにおいて,発酵大豆の抗ガン作用,コレステロール降下作用,動脈硬化抑制作用,バイオテクノロジーによって,大豆の有効成分を大量に抽出できること等について講演した(甲12,13)。 オ 原告,B,Eらは,本件各特許発明の商品化について何度か話合いをした。この際,Bは,原告に対し,原告の研究を商品化した健康食品を摂取したときに体感できるものがないと信用されにくく,販売が難しいとして,当該健康食品に漢方薬を配合することを提案した。 原告は,これに賛同し,Bと共に,配合する漢方薬及びその量を考え,紅参,アガリスク,アロエベラ,緑茶,キチン・キトサン,ニンニクエキス等を一定量配合することとした(乙11,12,甲40)。 カ 被告会社は,同年2月20日ころ,振興公社に対し,平成12年度経営・技術活性化助成金(助成金)として1000万円の交付を申請した。その際,申請書類に次のような記載がされた(甲2)。 「現状:その健康食品の抗ダイオキシン原理,及び発酵した大豆から有効物質を抽出する技術に関しては,既に把握している。これからは試作,分析,商品化の段階に移る。」 キ 原告は,同年3月13日,本件各特許発明について特許出願した。その際,願書の発明者欄に原告を,出願人欄に被告会社を記載した。 (2) 上記の認定事実に基づき,判断する。 ア 本件各特許発明の発明者について 本件各特許発明のうち,大豆から抽出される抗ダイオキシン物質(ゲニステイン)を利用した健康食品(本件特許発明1)については,原告が,Bに話を持ちかける数年前から独自に研究を始め,被告設立後まもなく特許出願に至っており,他方,Bが研究に関与した事実を認めるに足りる証拠はないから(乙12は,本件各特許発明についての話合いの様子をメモしたノートであるが,本件特許発明1に関係する部分については,Bから原告への確認事項等が記載されているのみで,同証拠からBが本件特許発明1に関与したと認めることはできない。また,被告が指摘する甲2にも,Bが上記研究に関与した事実を窺わせる記載はない。),原告の単独発明というべきである。 他方,本件各特許発明のうち,同健康食品に漢方を配合した健康食品(本件特許発明2)については,Bが漢方を配合するというアイディアのみならず,具体的に配合する漢方薬の種類及びその量について原告と話し合いながら決定したのであるから(乙12),原告とBの両名による共同発明というべきである。 したがって,本件特許発明1は原告の単独発明であり,本件特許発明2は原告とBの共同発明と認められる。 イ 本件各特許発明が職務発明に該当するか 前記(1)記載の各事実及び本件各特許発明出願当時被告会社における原告の職務が本件各特許発明の研究開発全般にわたっていたこと(甲17,弁論の全趣旨)に照らせば,本件各特許発明は,性質上,被告会社の取締役であった原告の被告会社における業務の範囲に属し,かつ,その発明をするに至った行為は被告会社における原告の職務に属するものと認められる。また,被告会社の設立総会から本件特許出願までの期間が約4か月間と短いが,この間に,原告は,Bらと共に,発酵大豆の抗ガン作用について講演を行い,漢方薬の配合について会議を持つなど,本件各特許発明の完成について,被告会社における職務として研究していたと認められる。 上記によれば,本件各特許発明は,特許法35条1項の職務発明に該当するというべきである。 ウ 特許を受ける権利の承継について 原告は,本件各特許発明の商品化を企図して被告会社を設立し,被告会社の代表取締役に就任するとともに,本件各特許発明につき被告を出願人として特許出願手続を行っているのであるから,原告と被告会社の間には,特許を受ける権利ないしその共有持分を被告会社に承継させる旨の黙示の合意が存在したものと認められる(なお,Bと被告会社の間にも,同様に,特許を受ける権利の共有持分を被告会社に承継させる旨の合意が存在したと認められる。)。 この点につき,原告は,特許出願の願書の出願人欄に記載した者が特許権者になることを知らずに願書を記載した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。 (3) 以上によれば,本件各特許発明の特許を受ける権利は被告会社に帰属したものであるから,本件特許権に関する原告の主位的請求は理由がない。 3 争点3(相当対価支払請求権の有無及び額) (1) 相当対価支払請求権の発生について 前記2(2)記載のとおり,本件各特許発明は,特許法35条1項の職務発明に該当するものであり,被告会社は,本件各特許発明につき特許を受ける権利ないしその共有持分を原告から承継したものであるから,原告は,同条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利を有する。 (2) 相当対価支払請求権の放棄について ア 被告は,原告が相当対価支払請求権を放棄しあるいは一部の支払を受けた旨主張するので,この点について判断する。 イ 証拠(甲1,2,3の1,4の1,2,5,7,8の1,2,9の1,15,19,25,26,36,37,47,乙13ないし15,27)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 (ア) 原告とBらは,本件各特許発明につき商品化すること等を目的として,被告会社を設立し,本件各特許発明について特許出願をしたが,商品化することができない状態であった。 被告は,当面の活動資金を得るため,平成12年2月20日ころ,振興公社に対し,平成12年度経営・技術活性化助成金(助成金)として1000万円の交付を申請した。 (イ) 原告は,同年3月,本件各特許発明の特許出願手続を行い,その際,被告は,少なくとも11万7600円を支払った。 (ウ) 同年6月15日,振興公社から,助成金877万円の交付決定がされた旨の通知があった。 被告会社は,平成13年2月28日,振興公社に対し,助成金交付申請額を447万8000円に減額するとの申請を行い,同年3月30日,振興公社から,被告会社に対し,助成金447万8000円を交付する決定がされた旨の通知があった。 (エ) Bら被告会社従業員は,同年3月8日,原告に対して,被告会社の代表取締役を辞任することを求め,原告は,話合いの結果,被告会社の代表取締役を辞任することとした。その際,原告とBらとの間で,助成金の分配について話し合うこと,原告は助成金の交付を受けるまで被告会社の代表取締役を辞任しないことを合意した(甲5,弁論の全趣旨)。 (オ) ところが,Bは,助成金交付前の同年4月10日に,原告の被告会社代表取締役辞任登記手続を行い,自らが被告会社の代表取締役に就任した。 (カ) 同年4月17日,振興公社から被告会社に対し,助成金の交付がされた。 原告は,被告会社ないしBに対し,同年5月17日,資本金200万円,給料300万円,交通費等合計78万円のうち50万円の合計550万円から120万円を控除した430万円を支払うよう求め,助成金の分配,特許権の譲渡について話し合うことを求めるとともに,本件特許権は原告個人に帰属するものであると主張した(甲7)。また,原告は,同月29日,出資金200万円,人件費300万円,交通費・通信費等諸経費75万円の合計575万円の支払及び特許権の譲渡対価,助成金の分配等について話合いを求める内容証明郵便を被告会社ないしBに対して送付した(甲8の1)。 (キ) 同年6月23日,被告会社の臨時株主総会が開催され(当時,被告会社の株式については,原告が40株,Bが60株保有していた。),原告の要請により,助成金が銀行口座に入金されている事実を確認することなどが話し合われた(甲15)。 (ク) 同年11月ころまでに,原告とBとの間で,原告が保有する被告会社の株式をBに譲渡するという内容の話合いがなされた。 同月ころ,原告とBとの間で,会計に関する問題及び株式の譲渡について話合いを行うことになり,日程が同年12月9日に決まった。 しかし,原告は,同日,中国に旅行する予定があったため,話合いに出席することができないことから,同年11月30日,Cに,会社との間の会計に関する問題及び株式譲渡の問題につき話し合うことを委託した(乙13,甲4の2)。 (ケ) Cは,同年12月9日,Bらと面会した。その際,Cは,助成金申請に関わる精算書(甲4の1)を受け取り,被告の株式をBに譲渡する旨の同日付け覚書(甲36,37)を作成した。 この点に関し,被告会社従業員であるGの陳述書(乙14)には,甲36,37の覚書については,同日は内容の確認にとどまり,Cの印を押捺したのは,同月18日である旨の記載がある。しかしながら,同月18日の会合には,原告自らが出席しているのであるから,甲36,37が同日に作成されたものであるとすれば,同書面にCの押印がされ,原告の押印がないのは不自然であるから,甲36,37のCの印は,同月9日に押捺されたものと認められる。 (コ) 原告が帰国した後の同月18日,原告とBらとの間で,話合いが行われた。 原告は,被告会社宛ての株式の譲渡承認申請書(甲10の2)を作成し,Cが同月9日にBとの間で作成した株式譲渡に関する書面(甲36,37)について,Cにはそのような書面を作成する代理権を与えていなかったとして,甲36とほぼ同じ文面の同月9日付け覚書(甲9の1)に,「本契約書は甲と乙の個人の名義で契約する」旨の文言を加えて,自ら押捺し,Cの押印のある同月9日付け覚書(甲37と同時に作成された同一内容のもう1通の正本)に署名押印した(乙27)。 さらに,原告と被告は,被告の株式40口を代金100万円で譲渡する旨の有価証券売買契約書を作成した(甲10の1)。 (サ) 原告は,平成14年4月5日,Bに宛てて,原告に対して助成金交付後,200万円を支払う旨の約束をしたにもかかわらずいまだに支払われていない旨を記載した声明を送付するなどし(甲26),被告に対する金銭支払請求を弁護士に依頼し,原告の代理人弁護士が,同年8月7日付内容証明郵便で,被告に対し,人件費等231万円の支払を求めるなどした(甲8の2)。 ウ 上記の各事実を前提に,原告が平成13年12月18日に相当対価支払請求権を放棄した旨の被告の主張について,判断する。 被告は,上記主張の根拠として,乙2(誓約書),14(Gの陳述書),15及び29(Bの陳述書)を提出する。 乙2は,原告の名前である「A」の印とCの印がそれぞれ押捺されているところ,原告の印については,甲9の1,乙3,27等に照らせば,その印影は原告の印鑑により作出された印影と極めて類似し,同一のもののように見受けられる(原告は,乙2の作成に使用された朱肉の色と同日作成されたほかの書類の朱肉の色が違うと主張するが,この点については,一見しただけでは明らかでない。)。 しかしながら,乙2について,被告はその作成日を平成13年12月18日と主張するものであるが,同日に作成された乙27には原告の署名に添えて原告の印が押印されている(甲9の1には原告の自筆による書き込みがされている。)のに対して,乙2には後記のような不自然な体裁で原告の印が押印されているだけであって,原告の署名はされていない。乙2に押印された原告の印は原告の記名から離れた場所に上下逆さに押印されているところ,原告は,原告自身が話合いに出席している場合には書面の署名又は記名の右側に自ら押印して書面を作成しているものであり,原告の印とCの印の双方が押印されている書面は,乙2以外には存在しない(なお,乙27にはCの印と原告の印の双方が押印されているが,これは,前記のとおり,CとBとの間で平成13年12月9日に作成した書面(甲37と同時に作成された同一内容のもう1通の正本)に,同月18日に,原告が自ら署名を書き足すとともに押印したものである。)。また,乙2は,原告の印が原告の記名から離れた場所に,しかも上下逆さに押印されている点において不自然な体裁であるが,このような形で押印のされている書類は乙2以外には存在しない。また,原告は,同日の前後を通じて,一貫して被告に対して助成金の分配を強く求めているのであるから(前記(2)イ認定の事実),被告会社に対する一切の請求権を放棄する旨の内容の乙2に同日原告が押印したという被告の主張は,前後の状況に照らし,極めて不自然である。そして,この点に関しては,原告もCも,乙2は作成していない旨の陳述書を提出している(甲25,47)。 被告は,甲9の1に「別項の誓約書を提出する」との記載があり,ここに記載されている誓約書が乙2であると主張するが,覚書(甲9の1)には,2項において「乙は有限会社日中医学研究所の株を甲に譲渡すると同時に,会社に別項の誓約書を提出する。」と記載されているものの,上記「別項」に該当する項目はなく,覚書上は,内容,日付等当該「誓約書」を特定する文言は一切存在しない。 また,乙14,15及び29(被告代表者,被告取締役Gの陳述書)には,原告が誓約書を作成した旨記載されているが,これらの陳述書は,ここに記載されている「誓約書」が乙2を指すものか明らかでなく(乙14),これを裏付ける客観的な事情もなく,前記各事情に鑑みて信用できない。 なるほど,乙2の誓約書に押印された原告の印は,上記のとおり原告の印鑑による印影と同一のもののように見受けられるが,上記認定の各事情の存在する本件においては,同印影の存在のみをもって乙2の誓約書が原告自身により,その意思に基づいて作成されたものと推認することはできない。 上記によれば,原告が,平成13年12月18日に,相当対価支払請求権を放棄した旨の被告の主張を採用することはできない。 (3) 相当対価の額について ア 被告は,原告の相当対価支払請求権の額につき,特許出願費用額及び商品化に成功した後,取締役の報酬という形で支払を受けられる金員の額の合計額とする合意があった旨主張する。 しかし,この点については,前記のとおり,被告の主張に沿う内容の被告代表者B作成の陳述書(乙15,29)が存在するものの,これを裏付ける客観的な証拠は全く存在せず,被告主張の合意の存在を認定するには足りない。 そこで,以下,原告が,本件各特許発明の発明を受ける権利ないしその共有持分を被告会社に譲渡したことに対する相当対価額につき,検討する。 イ 被告会社の受けるべき利益 被告会社は,本件各特許発明に係る健康食品の商品化にはいまだ成功していないものの,近い将来においてこれを商品化して独占的販売を行う可能性を有するものであり,本件特許権を有することによって,他社に対して本件各特許発明の実施を禁止できるという利益を享受している。 そして,本件各特許発明の内容,存続期間,その属する技術分野,それを実施した商品の内容等の事情に加えて,本件各特許発明の内容が評価されて被告会社が振興公社から助成金447万8000円の交付を受けていることなど,本件にあらわれたすべての事情を総合考慮するときには,原告の本件各特許発明(本件特許発明1及び本件特許発明2)についての特許を受ける権利を被告会社が承継したことにより被告会社が受ける独占の利益としては,400万円をもって相当と認める。 ウ 被告会社の貢献度 本件各特許発明については,前記のとおり,原告が被告会社設立前から独自に実験を繰り返すなどして研究していたものであるところ,被告会社設立後まもなく特許出願されたものである。被告会社設立後は,被告会社の従業員であるBらと,本件特許発明2の漢方薬の配合等を中心にさらに会議を行ったものの,漢方薬に関する部分以外の基礎となる部分は被告会社設立前にほぼ完成されていたということができる。 また,被告会社は,設立後も,助成金の交付を受けるまで資金がなく,原告は,被告会社から人件費の支払すら受けていなかった。 以上の事情を考慮すると,本件各特許発明がされるについての,被告会社の貢献度は,多く見積もっても4割というべきである。 エ 共同発明者の貢献度の割合 本件各特許発明のうち,本件特許発明1は,原告の単独発明と認められるから,共同発明者の貢献度は考慮し得ない。 本件特許発明2は,原告とBとの共同発明であるが,その内容は本件特許発明1の抗ダイオキシン物質(ゲニステイン)に漢方薬を配合したというものであり,本件特許発明1の技術的範囲に属する抗ダイオキシン食品についての利用発明である。そして,上記のとおり大豆から抽出される抗ダイオキシン物質(ゲニステイン)を主要原料とするという点は原告の発明であるところ,Bは,漢方薬の配合種類とその量について主に関わったものである。 上記のような事情を考慮すれば,本件各特許発明全体について,共同発明者である原告とBの間における原告の貢献度の割合は,8割と認めるのが相当である。 オ 小括 以上によれば,原告が,本件各特許発明について特許を受ける権利ないしその共有持分を譲渡したことの相当対価は,192万円(400万円×0.6×0.8)と認めるのが相当である。 そして,本件各特許発明の相当対価については,原告と被告会社との間において支払時期に関する合意ないし勤務規則等の定めは存在しないから,被告会社の債務は期限の定めのないものとして,本件における訴状の送達により遅滞となるものである。したがって,上記192万円に対する遅延損害金については訴状送達の日の翌日(平成14年11月4日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による支払を求める限度において理由がある。 4 争点4(本件準消費貸借契約の成否) (1) 証拠(甲4の1,5,20の1ないし25,49,51,52,60ないし69,75,乙11,14ないし19,24)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア 被告会社は,平成12年4月ころ,Dとの間で,Dが被告会社に対して技術指導を行い,被告会社がDに対して80万円を支払う旨の委託及び技術指導に関する契約(本件技術指導契約)を締結した(甲49)。 イ 原告は,本件各特許発明の商品化のため,平成12年4月ころから同年10月ころまで,正栄食品工業株式会社,キッコーマン株式会社,三菱化学フーズ株式会社,日本食品化工株式会社,株式会社ジェムコ等の会社から,アーモンドプードル,ソイアクト,リョートーシュガーエステルS-370F,日食セルファー#200,ムシューリックPS-Uパウダー等の様々な原材料を購入した(甲20の1ないし6,10,12ないし18,20ないし25)。 ウ Bは,原告が被告会社の資金を使用して高額な原材料を購入していることに反対し,原告に対して被告会社の銀行口座届出印を引き渡すよう要請したことから,原告は,Bに対し,銀行口座届出印を引き渡した。原告は,その後,資金が必要な場合にはBに申し出たが,Bが,必要な資金の引き出しに応じないことから,被告会社の銀行口座届出印を変更して,被告会社の銀行口座の資金を用いて原材料の購入等を行うようになった。 エ 原告は,平成12年12月14日ころ,被告会社の銀行口座から仮払金として80万円を引き出し,同月20日ころ,同金員をDに対し,技術開発費として送金した(甲4の1,51,52,乙16)。 オ 原告は,平成13年2月13日及び同月19日ころ,被告会社の銀行口座から江國貿易に対し,原材料費として各42万円,合計84万円を振り込んだ(甲4の1,60ないし69)。 カ Bは,原告がBの了承なく被告会社の銀行口座届出印を変更していたことを知り,原告に対して,被告会社の代表取締役を辞任するよう要求した。 原告は,平成13年3月8日,Bとの間で,原告が,辞任日付空欄の代表取締役辞任届を提出し,原告が助成金を受領した後に,Bが上記辞任届に日付を記入して届け出る旨の合意をした(甲5)。また,原告は,同日,原告が被告会社から120万円を借りており,同額を同月31日までに支払う旨の念書を作成した(乙17)。 キ ところが,Bは,上記合意に反して,原告の辞任を届け出て,同年4月10日には原告が被告会社の代表取締役を辞任した旨の登記がされた。 ク 原告は,助成金が交付されたにもかかわらず被告会社が原告に分配せず,原告が助成金の分配を受けてから届け出ることになっていた代表取締役辞任届を事前にBが提出したことを抗議するとともに,被告会社に対し,助成金の支払を要求した。 (2) 上記の各認定事実によれば,平成12年3月8日に,原告と被告との間で,被告主張の本件準消費貸借契約に沿った内容の書面(乙17)が作成されたと認められるが,原告は,平成12年12月14日に引き出した80万円を,本件技術指導契約(甲18の2)に基づいてDに支払い,平成13年2月13日及び19日ころに引き出した合計84万円を原材料の購入代金として江國貿易に支払った事実が認められるものであり,これらは被告会社の事務の処理として行ったものであるから,原告が被告会社の金銭を横領したものとはいえない。そうすると,本件準消費貸借契約については,被告がその原債権と主張する原告に対する横領金返還請求債権が存在しないことになるから,準消費貸借契約の成立を認めることができない。 被告は,本件技術指導契約は取締役会の承認を得ていないから無効である旨主張するが,同契約の締結は取締役会の承認を必要とするものではないから,被告の主張は採用できない。また,被告は,原告の提出する請求書や領収書が日本発行のものであることを理由に信用できないと主張するが,弁論の全趣旨によれば,上記請求書等の用紙は,原告がDのために用意して中国に送付し,Dがこれらの用紙を使用して作成したものと認められるから,被告の主張は採用できない。被告は,原告が84万円を支払った有限会社江國貿易という法人は存在しない旨をも主張するが,原告が84万円を支払った相手である江國貿易については,有限会社であるとは確定できないから(原告が作成したと思われる注文書(甲60,66)には「牛]國貿易」と記載されているが,江國貿易から発行されたその他の見積書,納品書,請求書,領収書(甲61ないし63,65,67,69)には「江國貿易」と記載されているのみであり,巣鴨信用金庫池袋支店の口座名義は「エコクボウエキダイヒョウシャ」と記載されている(甲64,68)。),被告の主張は採用できない。 被告は,原告が,平成13年2月に被告会社の銀行口座から引き出した合計84万円を原材料の購入に用いたのであれば,同年3月8日に本件準消費貸借契約に係る念書を作成するはずはない旨主張するが,原告本人作成の陳述書(甲75)によれば,同日,午後11時50分という遅い時間まで,Bらから被告会社の現金を横領したとして金銭を返還するように追及され,現金の横領は真実ではなかったが,事態を収拾するために本件準消費貸借契約に係る書面の作成に応じたものと認められる。 以上によれば,被告の本件準消費貸借契約に基づく請求は理由がない。 5 争点5(被告から原告へ本件パソコンを譲渡した事実の有無) 原告が本件パソコンを所持していることは,争いがない。 原告は,被告会社から本件パソコンの譲渡を受けたと主張するが,本件において,原告主張の譲渡の合意を認めるに足りる証拠はない。原告は,陳述書において自らの主張に沿う内容を述べるが,これを裏付ける客観的な証拠は全く存在せず,上記陳述書の記載をもっては,譲渡の事実を認めるには足りない。 以上によれば,被告の本件パソコンの所有権に基づく引渡請求は理由がある。 |
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結論
以上によれば,第1事件については,原告の人件費支払請求は理由がなく,本件特許権に関する請求のうち主位的請求として移転登録を求める請求は理由がなく,予備的請求として相当対価の支払を求める請求については,相当対価192万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年11月4日から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 第2事件については,被告の請求は,本件パソコンの引渡しを求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がない(第2事件の仮執行宣言については,相当でないので,これを付さないこととする。)。 よって主文のとおり判決する。 |
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追加 | |
別紙特許権目録特許番号特許第3482558号発明の名称発酵大豆から抽出した,ゲニステインを主要原料とする抗ダイオキシン健康食品出願年月日平成12年3月13日出願番号特願2000-114380別紙物件目録品名PowerBookG3400Mhz種類パーソナルコンピュータ(Apple社製)取得日平成12年8月31日取得価格31万2480円(本体価格29万7600円,消費税1万4880円)数量1台 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 古河謙一 |
裁判官 | 吉川泉 |