審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成25ネ10079特許権に基づく差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10092審決取消請求請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25ネ10055損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成25ネ10081特許権使用差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成25ネ10072特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10133号
審決取消事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/02/19 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年2月19日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成25年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年1月29日 判 決 原 告 株 式 会 社 グ ラ ー ブ ル パ テ ン ト キ ャ ピ タ ル 訴訟代理人弁護士 川 田 篤 被 告 日 立 金 属 株 式 会 社 訴訟代理人弁護士 増 井 和 夫 同 橋 口 尚 幸 同 齋 藤 誠 二 郎 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が無効2012−800121号事件について平成25年3月25日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は,平成19年3月1日,発明の名称を「R−Fe−B系希土類焼結 磁石およびその製造方法」とする特許出願(特願2008−503806号。優先 − 1 − 権主張日:平成18年3月3日(日本国),同年7月27日(日本国),同日(日 本国),同年9月4日(日本国),同年12月28日(日本国)。請求項の数1 0)をし,平成21年1月9日,設定の登録(特許第4241900号)を受けた (甲20)。以下,この特許を「本件特許」という。 (2) 原告は,平成24年8月9日,本件特許の請求項の全てである請求項1な いし10に係る発明について,特許無効審判を請求し,無効2012−80012 1号事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成25年3月25日,「本件審判の請求は,成り立たな い。」との審決をし,同年4月8日,その謄本が原告に送達された。 (4) 原告は,平成25年5月8日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起 した。 2 特許請求の範囲の記載 本件審決が対象とした特許請求の範囲請求項1ないし10の記載は,次のとおり である。以下,順に「本件発明1」ないし「本件発明10」などといい,これらを 合わせて「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲20)を「本件明 細書」という。 【請求項1】軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土 類元素Rとして含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相として有するR−Fe −B系希土類焼結磁石体を用意する工程(a)と, 重希土類元素RH(Dy,Ho,およびTbからなる群から選択された少なくと も1種)を含有するバルク体を,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体とともに処 理室内に配置する工程(b)と, 前記処理室内を700℃以上1000℃以下に加熱することにより,前記バルク 体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつ つ,前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散さ せる工程(c)と, − 2 − を包含するR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項2】前記工程(c)において,前記バルク体と前記R−Fe−B系希土類 焼結磁石体は接触することなく前記処理室内に配置され,かつ,その平均間隔を0. 1mm以上300mm以下の範囲内に設定する,請求項1に記載のR−Fe−B系 希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項3】前記工程(c)において,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の温 度と前記バルク体の温度との温度差が20℃以内である,請求項1に記載のR−F e−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項4】前記工程(c)において,前記処理室内の雰囲気ガスの圧力を10− 5 〜500Paの範囲内に調整する,請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結 磁石の製造方法。 【請求項5】前記工程(c)において,前記バルク体および前記R−Fe−B系希 土類焼結磁石体の温度を700℃以上1000℃以下の範囲内に10分〜600分 保持する請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項6】前記焼結磁石体は,0.1質量%以上5.0質量%以下の重希土類元 素RH(Dy,Ho,およびTbからなる群から選択された少なくとも1種)を含 有する,請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項7】前記焼結磁石体は,重希土類元素RHの含有量が1.5質量%以上3. 5質量%以下である請求項6に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項8】前記バルク体は,重希土類元素RHおよび元素X(Nd,Pr,La, Ce,Al,Zn,Sn,Cu,Co,Fe,Ag,およびInからなる群から選 択された少なくとも1種)の合金を含有している,請求項1に記載のR−Fe−B 系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項9】前記元素XはNdおよび/またはPrである請求項8に記載のR−F e−B系希土類焼結磁石の製造方法。 【請求項10】前記工程(c)の後,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体に対す − 3 − る追加熱処理を施す工程を含む,請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石 の製造方法。 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに, @本件発明1は,後記アの甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と 同一の発明ではなく,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた ものでもない,A本件発明2ないし10は,いずれも,甲1発明と同一の発明では なく,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない, B本件発明1は,後記オの甲5に記載された発明(以下「甲5発明」という。)と 同一の発明ではなく,甲5発明及び後記エの甲4に記載された発明に基づいて当業 者が容易に発明をすることができたものでもない,C本件発明2ないし10は,い ずれも,甲5発明と同一の発明ではなく,甲5発明及び甲4に記載された発明に基 づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない,というものである。 ア 引用例1:特開平10−64746号公報(甲1) イ 引用例2:特開2001−77386号公報(甲2) ウ 引用例3:特開2004−296973号公報(甲3) エ 引用例4:「IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETI CS,VOL.26,NO.5,SEPTEMBER 1990」1376頁〜1 378頁(甲4) オ 引用例5:特開2005−11973号公報(甲5) (2) 本件審決が認定した甲1発明並びに本件発明1と甲1発明との一致点及び 相違点は,次のとおりである。 ア 甲1発明:R−Fe−B系合金粉末(RはYを含む希土類元素の少なくとも 1種)にバインダーと水を添加,撹拌してスラリー状となし,これをスプレードラ イヤー装置によって造粒した粉末を原料粉末として,該粉末を磁場中で成形後,脱 脂,焼結した後,0.3mm以下の研磨量で研磨加工が施され,一対の加工対向面 − 4 − 間の寸法が3mm以下の焼結体を用意する工程と, 前記焼結体の周囲に前記R−Fe−B系合金粉末を処理室内に配置する工程と, 前記焼結体の周囲に前記R−Fe−B系合金粉末を配置して500℃〜900℃ の温度で熱処理を施すことにより,前記焼結体表面にR(希土類元素)を蒸着もし くは吸着させて還元して,研磨加工による磁気特性の劣化を回復させる工程と, を包含するR−Fe−B系焼結磁石の製造方法であって, R−Fe−B系合金粉末が,Nd13.3原子%,Pr0.31原子%,Dy0. 28原子%,Co3.4原子%,B6.5原子%,残部Fe及び不可避的不純物か らなる原料を,Arガス雰囲気中で高周波溶解して,ボタン状溶製合金を得て,次 に,該合金を粗粉砕した後,ジョークラッシャーなどにより平均粒度約15μmに 粉砕し,さらに,ジェットミルにより平均粒度3μmとした原料合金粉末であり, 加工した焼結体の周囲にジェットミル粉砕した原料合金粉末を置き,真空中で8 00℃の温度で熱処理を施す, R−Fe−B系焼結磁石の製造方法。 イ 一致点:「(1−a)軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1 種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相とし て有するR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する工程(a)と, (1−b)’重希土類元素RH(Dy,Ho,およびTbからなる群から選択され た少なくとも1種)を含有する物体を,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体とと もに処理室内に配置する工程(b)’と, (1−c)’前記処理室内を700℃以上1000℃以下に加熱することにより, 前記物体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供 給する工程(c)’と, (1−d)を包含するR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。」である点。 ウ 相違点1:「重希土類元素RH(Dy,Ho,およびTbからなる群から選 択された少なくとも1種)を含有する」「物体」が, − 5 − 本件発明1では,「バルク体」であるのに対して, 甲1発明では,「粉末」(原料合金粉末)である点。 エ 相違点2:「前記処理室内を700℃以上1000℃以下に加熱することに より,前記物体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表 面に供給する工程」が, 本件発明1では,「前記物体」「から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希 土類焼結磁石体の表面に供給しつつ,前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系 希土類焼結磁石体の内部に拡散させる」であるのに対して, 甲1発明では,「前記物体」「から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土 類焼結磁石体の表面に供給する」ものの,「供給しつつ,前記重希土類元素RHを 前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させる」ようにしていない点。 (3) 本件審決が認定した甲5発明並びに本件発明1と甲5発明との一致点及び 相違点は,次のとおりである。 ア 甲5発明:Nd10 Pr2 Fe77.5 Co3 B7.5 組成の原料合金を溶解し,粉 砕,成形,焼結工程を経た平板状磁石を用意する工程と, 80質量%Tb−20質量%Co組成の合金ターゲットを,前記磁石とともに処 理室内に配置する工程と, 前記磁石を約800℃に達するように加熱することにより,Tb−Co層の成膜 と同時にTbとCo元素のNdPr−Fe−B系焼結磁石内部への拡散を行う工程 と, を包含する希土類−鉄−ホウ素系磁石の製造方法。 イ 一致点:「(1−a)軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1 種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相とし て有するR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する工程(a)と, (1−b)重希土類元素RH(Dy,Ho,およびTbからなる群から選択された 少なくとも1種)を含有するバルク体を,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体と − 6 − ともに処理室内に配置する工程(b)と, (1−c)’700℃以上1000℃以下に加熱することにより,前記バルク体か ら重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつつ, 前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させる 工程(c)’と, (1−d)を包含するR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。」である点。 ウ 相違点3:「700℃以上1000℃以下に加熱することにより,前記バル ク体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給し つつ,前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散 させる工程」が, 本件発明1では,「前記処理室内を700℃以上1000℃以下に加熱する」の に対して, 甲5発明では,磁石を加熱するのであって,「前記処理室内を」加熱するとはし ていない点。 4 取消事由 (1) 本件発明1の新規性・進歩性に係る判断の誤り ア 甲1に基づく新規性の判断の誤り(取消事由1) イ 甲1に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由2) ウ 甲5に基づく新規性の判断の誤り(取消事由3) エ 甲5に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由4) (2) 本件発明2ないし10の新規性・進歩性に係る判断の誤り(取消事由5) 第3 当事者の主張 1 取消事由1(本件発明1の甲1発明に基づく新規性の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 相違点1の認定の誤り 本件審決は,本件発明1と甲1発明との相違点1として,「重希土類元素RH − 7 − (Dy,Ho,およびTbからなる群から選択された少なくとも1種)を含有す る」「物体」が,本件発明1では,「バルク体」であるのに対して,甲1発明では, 「粉末」(原料合金粉末)である点と認定した。 しかし,次のとおり,本件審決の上記認定は誤りである。 ア 「新英和大辞典 第6版」(甲23)によれば,「バルク」とは,名詞とし ては,「大きさ」「容積」「かさ」「大部分」「ばら積み貨物」などの意味を有し, 形容詞としては,「ばら荷の」「大口の」「大量の」「全部の」などの意味を有し, 動詞としては,「塊になる」「かさむ」「大きく見える」「山と積む」「集める」 などの意味を有するものである。また,前記「新英和大辞典」等(甲23〜25) には,「bulk」を用いた合成語の用例として,「bulk buying(大量買い付け)」 「bulk cathartic(膨張性便通薬)」「bulk powder(混合散剤)」「bulk sale (全量販売,全量売買)」「bulk boiling(バルク沸騰)」「bulk effect(バル ク効果)」等が挙げられている。これらの用例等からすると,「bulk」とは,固体 か,液体か,粉体か,粒体か,混合物か,取引の対象かを問わず,体積が大きいこ とや量が多いことを示す概念であるということができる。 イ 一方,相違点1の認定において本件審決が依拠した「理化学辞典 第5版」 (甲12)では,「バルク」の意義について,「塊状の結晶・固体など,3次元的 な拡がりをもち,かさばった状態の物質。薄膜,粒体,粉末に対して用いられ,表 面,界面,端の効果が無視できる状態にあるものをさす。」と記載されている。 しかし,「バルク」という用語は,前記アに記載した多様な意義からも明らかな とおり,従来から前記「理化学事典」に記載された意味で一般的に用いられていた ものではない。しかも,前記「理化学辞典」に示された「バルク」の意義は,「表 面,界面,端の効果が無視できる状態にあるもの」との限定が付されていることか らすると,半導体について用いられる「bulk effect」(バルク効果。接合部など の局部でなく,半導体全体で起こる効果)(甲25)に関するものではないかと思 われる。このような特殊分野における意義を「バルク」の一般的な用語の定義とし − 8 − て用いることは,極めて疑問である。また,前記「理化学辞典」における「バル ク」の意義は,固体のみならず,液体,粉体,粒体についても用いられるという 「バルク」の前記概念とも相入れないものである。しかも,前記「理化学辞典」に おいて「バルク」と区別される「粉体」や「粒体」の大きさも,数値的に明確に規 定がされるものではない(なお,「粉体」とは,マイクロメートル単位からセンチ メートル単位のものまでを含む広範な概念である(甲27))。 ウ また,本件明細書には,「バルク体」の意義について,明確な定義はなく, その形状について限定するような記載はない。 そして,本件明細書(【0018】)には,「重希土類元素RH(Dy,Ho, およびTbからなる群から選択された少なくとも1種)を含有するバルク体」, 「前記バルク体および前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体を700℃以上100 0℃以下に加熱することにより,前記バルク体から重希土類元素RHを前記R−F e−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつつ」と記載されており,このような用 例から帰納的に推測すれば,「バルク体」は,重希土類元素RHを含有するために 適し,かつ,加熱したとき重希土類元素RHを供給するために適していれば足りる ことになる。 エ 以上によれば,本件発明1の「バルク体」は,薄膜,粒体,粉末を排除する ものということはできないから,本件審決の相違点1の認定は誤りである。 (2) 相違点2の認定の誤り ア 甲1においては,希土類金属が気化(昇華)し,焼結磁石体の表面に供給さ れるものの,焼結磁石体の表面に供給された後,磁石体の結晶体の粒界に「拡散」 することは明示的には記載されていない。 しかし,焼結磁石体の表面にあるDy(ジスプロシウム)などの希土類金属が, 700℃から1000℃程度の熱処理により,焼結磁石体の結晶体の粒界に多かれ 少なかれ入り込むこと,すなわち「拡散」することは,本件出願に係る優先権主張 日(平成18年7月27日)当時には技術常識であった(甲28〜31)。 − 9 − そして,甲1には,磁気特性の劣化の回復のために行う熱処理の方法について, 「熱処理としては,…2)加工時の製品表面の酸化による熱処理時の磁気特性劣化 防止のために,製品の周囲にR−Fe−B系合金粉末を置き,500℃〜900℃ で熱処理して製品の表面層を還元して磁気特性を回復させる,…の方法が好まし」 い旨記載され(【0047】),また,実施例として,「Rとして,Nd13.3 原子%,Pr0.31原子%,Dy0.28原子%,Co3.4原子%,B6.5 原子%,残部Fe及び不可避的不純物からなる原料を,Arガス雰囲気中で高周波 溶解して,ボタン状溶製合金を得た。次に,該合金を粗粉砕した後,ジョークラッ シャーなどにより平均粒度約15μmに粉砕し,さらに,ジェットミルにより平均 粒度3μmの粉末を得た。」(【0051】),「焼結体の厚み方向に両面ラップ で表2〜表4に示すような寸法に研磨加工した後,…加工した焼結体の周囲にジェ ットミル粉砕した原料合金粉末を置き,真空中で800℃の温度で,2時間保持す る熱処理(B工程)…の3通りの熱処理を行った。」(【0054】)との記載が ある。 そうすると,本件出願に係る前記優先権主張日当時,甲1の記載に接した当業者 であれば,前記のような技術常識を踏まえて,甲1において,希土類金属が気化 (昇華)した後,焼結磁石体が表面に付着すれば,磁石体の結晶体の粒界に多かれ 少なかれ「拡散」することを当然に認識し得たというべきである。 イ 本件審決は,甲1(【0047】)に記載された「2)加工時の製品表面の 酸化による熱処理時の磁気特性劣化防止のために,製品の周囲にR−Fe−B系合 金粉末を置き,500℃〜900℃で熱処理して製品の表面層を還元して磁気特性 を回復させる方法」は,少なくとも,焼結体の磁気特性の向上をもたらすようにD yを焼結体の内部に拡散させているとは認められないと判断した。 しかし,本件審決のかかる判断は,Dyが微量でも「拡散」している可能性があ ることは認定しているともいえる。甲1の【表2】(焼結後加工前の磁気特性)の 保磁力(iHc)の数値と【表4】(加工及び熱処理後の磁気特性)の保磁力(i − 10 − Hc)の数値とを対比しても,顕著な向上はみられないが,この結果は,焼結体の 周囲に置かれた原料合金粉末において,Nd(ネオジム)が13.3原子%である のに対し,Dyがわずか0.28原子%であるからにすぎない。当業者においても, わずかに含まれるDyでは,保磁力(iHc)の測定結果に顕著に影響を与えない ものと認識するのであって,上記各表の記載内容がDy自体は「拡散」していると の認識に影響を与えるものではない。 ウ よって,本件審決の相違点2の認定は誤りである。 エ 被告の主張について 被告は,甲1発明では,焼結磁石と粉末の組成が同じであり,同一組成の2つの 物を同じ温度に保持した場合に,両者の間で組成の偏りを生ずるというのは,熱力 学の法則に反する上,Dyの含有量が非常に少ないことを考慮すれば,焼結磁石に 供給されるDy原子が皆無ではないとしても,焼結磁石内部にDyが拡散するほど の濃度差は生じ得ないと主張する。 しかし,Dyの方がFeやNdよりも蒸気圧が高く(甲32),焼結の際,より 高い割合で蒸発するため,焼結磁石のDyの含有量の方が,原料の粉末のDyの含 有量よりも低い状態となるが,焼結磁石体と原料の粉末とを同時に加熱すると,よ り蒸発しやすい原料の粉末からは,Dyが原料における含有量よりも多く含まれた 蒸気が発生するから,そのような蒸気が焼結磁石の表面に付着すれば,焼結磁石中 のDyとの濃度差が生じ,粒界への拡散が始まるものである。 したがって,被告の上記主張は失当である。 (3) 小括 以上のとおり,甲1発明と本件発明1との相違点1及び2の認定は,いずれも誤 りであり,甲1発明と本件発明1とは同一の発明である。 〔被告の主張〕 (1) 相違点1について ア 原告は,前記「新英和大辞典」等(甲23〜25)を引用し,「バルク」の − 11 − 意義は多義的であって,本件審決の相違点1の認定は誤りである旨主張する。 しかし,前記「新英和大辞典」等(甲23〜25)において,「バルク」は, 「大きい」や「かさばる」の意味で使用されているものであって,多義的ではなく, 本件審決の認定に誤りがあるということはできない。 イ 原告は,前記「理化学事典」(甲12)では,「バルク」について,「表面, 界面,端の効果が無視できる状態にあるもの」との限定があり,その記載は,半導 体分野での「bulk effect(バルク効果)」を意識したものであると主張する。 しかし,半導体分野においてこのような用法があるからといって,一般的な意味 での用法が否定されるわけではない。 ウ 原告は,本件明細書には,「バルク体」の明確な定義はないと主張する。 しかし,本件明細書では,「バルク体」が「大きい」「かさばる」との意味を有 することを前提として,「RHバルク体の形状・大きさは特に限定されず,板状で あってもよいし,不定形(石ころ状)であってもよい」(【0067】)などと記 載しているのであり,原告が主張するように,「バルク体」とはいい難い「粉末」 をも許容する趣旨ではない。 (2) 相違点2について 原告は,当業者であれば,甲1において,希土類金属が気化(昇華)した後,焼 結磁石体の表面に付着すれば,磁石体の結晶体の粒界に多かれ少なかれ「拡散」す ることを当然に認識すると主張する。 しかし,甲1発明では,焼結磁石と粉末の組成が同じであり,かつ,Dyは0. 28原子%(希土類元素R中でも2原子%)と微量である。そもそも,同一組成の 2つの物を,同じ温度に保持した場合に,両者の間で組成の偏りを生ずるというの は,熱力学の法則に反する上,Dyの含有量が非常に少ないことを考慮すれば,焼 結磁石に供給されるDy原子が皆無ではないとしても,焼結磁石内部にDyが拡散 するほどの濃度差は生じ得ない。 また,甲1の実施例において,加工後に熱処理をした場合の磁気特性の結果を記 − 12 − 載した【表4】では,サンプル番号ごとにA,B及びCの各熱処理(そのうちBが 甲1発明である「加工した焼結体のの周囲にジェットミル粉砕した原料合金粉末を 置き,真空中で800℃の温度で2時間保持する熱処理」である。)が施されてい るが,いずれのサンプルにおいても,磁気特性の結果は,A,B及びCの各熱処理 の間で相違はほとんど見られない。かかるデータからすると,甲1の実施例におい ては,加熱処理自体の効果が保磁力の回復にとって決定的であり,焼結磁石体の周 囲に合金粉末を置くかどうかによる効果が生じているとは認められない。 以上によれば,甲1において,Dyが焼結磁石体内部へ拡散する技術(Dyが拡 散することにより磁気特性を向上させる技術)が記載されていないことは明らかで ある。 (3) 小括 以上のとおり,本件審決の相違点1及び2の認定に誤りはなく,本件発明1と甲 1発明とが同一の発明であるということはできない。 2 取消事由2(本件発明1の甲1発明に基づく進歩性の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件発明1は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが できたということはできないと判断した。 しかし,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。 (1) 相違点1について 本件明細書には,重希土類元素RHを含有する物体を「バルク体」にする技術的 な効果については何ら明確な記載がないから,本件発明1において「バルク体」と の構成を採用することについて,その新規性及び進歩性を基礎づける技術的特徴は 何ら認められない。本件発明1では,重希土類金属の供給源となり得るものであれ ば何でもよく,「バルク体」にもその程度の意味合いしか認められない。 したがって,本件発明1の「バルク体」と甲1発明の「原料金属粉末」には,相 対的な差異しかなく,設計変更という程度の範囲のものであって,進歩性を基礎づ − 13 − けるに足りるだけの技術的意義はないというべきである。 (2) 相違点2について 前記のとおり,本件出願に係る前記優先権主張日当時,甲1の記載に接した当業 者であれば,甲1発明においても,微量ではあるがDyが焼結磁石の結晶粒の粒界 に「拡散」しているものと理解するものである。 したがって,本件発明1と甲1発明には,「拡散」するDyの量の相対的な差異 があるにすぎない。この点も,設計変更という程度の範囲のものであり,進歩性を 基礎づけるに足りるだけの技術的意義はないというべきである。 〔被告の主張〕 (1) 相違点1について 本件発明1では,供給源が「粉末」では表面が酸化するなど使いにくく,特に高 純度Dy粉末にすると危険物扱いとなることから(乙1),粉末を除外している。 他方,甲1を技術常識に従って理解すれば,原料粉末を使用する技術的意義は, 酸素等を捕捉して焼結磁石体を保護することにあるのだから,粉末である方が有効 であると認められる。そうである以上,甲1発明には,粉末をバルク体に変更する という動機付けは存在しない。 (2) 相違点2について 甲1発明には,焼結磁石内部にDyが拡散することの記載も示唆もなく,また, 技術常識によっても,甲1から,Dyを焼結磁石体内部に拡散させることにより磁 気特性を向上させるとの技術思想は全く得られない。 (3) よって,本件発明1の甲1発明に基づく進歩性に係る本件審決の判断に誤 りはない。 3 取消事由3(本件発明1の甲5発明に基づく新規性の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 相違点3の認定の誤り 本件審決は,甲5の実施例5のみから甲5に記載された発明を認定した上で,本 − 14 − 件発明1と甲5発明との相違点3として,甲5発明が「処理室内の温度を700℃ 以上1000℃以下に調節する加熱手段」を備えない点を認定した。 しかし,次のとおり,本件審決の上記認定は誤りである。 ア 技術的思想の創作は,明細書及び図面の記載の全体において開示されている のであるから,甲5においても,実施例5を踏まえながらも,この実施例に限定し て理解されるべきものではなく,その開示されている内容の全体から的確に把握す ることが求められる。 実施例5においては,磁石表面への希土類元素の供給方法として,スパッタリン グが用いられ,かつ,供給と同時に焼結磁石体の熱処理(800℃)がされ,希土 類元素の「拡散」をするという技術的思想が開示されている。そして,甲5(【0 047】)では,磁石表面への希土類元素の供給方法としては,スパッタリングに 限定するものではなく,「蒸着」も挙げられているから,甲5には,焼結磁石の表 面に「蒸着」を用いて希土類金属を供給し,それと同時に焼結磁石を800℃程度 に加熱して,表面に供給された希土類金属を焼結磁石の結晶体の粒界に「拡散」さ せるという技術的思想も開示されている。 そして,希土類金属の供給法として「蒸着」を用いた場合,加熱が必要であるこ とは,技術常識である。また,希土類金属を「蒸着」をするためには,真空の程度 及び金属の種類に応じた温度において,加熱をして気化(昇華)させれば足りるこ ともまた技術常識である(甲32)。 さらに,甲5には,Tb(テルビウム)のみならず,Dyも焼結磁石の結晶体の 粒界に拡散させるために適した金属として,実施例1から実施例4までにおいて, 明確に開示されている。 そうすると,甲5においては,結晶体の粒界に「拡散」させるために適した熱処 理温度(およそ700℃から1000℃程度)において気化(昇華)するために適 した希土類金属,例えば,Dyを希土類焼結磁石の表面に供給する方法として, 「蒸着」を用いる技術的思想も開示されているというべきである。 − 15 − イ 本件審決は,蒸着のためには,蒸気圧「10 − 2 Torr」が必要であることが 技術常識であるとした上で,Tbに係る蒸気圧と温度との対応表の数値(甲15の 1)からみて,Tbの蒸着に適する10−2 Torr なる温度は1427℃であり,希 土類金属の粒界への拡散のための熱処理がなされる通常の温度800℃とは相容れ ないので,実施例5において「蒸着」を用いることは,甲5の記載から認識するこ とはできない旨判断した。 しかし,「蒸着」の際に蒸気圧「10 − 2 Torr」が必要であるかどうかは,真空 蒸着装置の真空の程度に依存するものである。本件審決が用いた甲15の1は,昭 和45年当時の技術水準に基づくものであり,その当時の真空蒸着装置においては, 真空の程度が低く,1427℃程度にまで加熱する必要があったかもしれないが, 本件出願に係る前記優先権主張日当時には,真空蒸着の技術は格段に進歩し,10 −2 Torr より2桁から8桁低い圧力である,1×10−2 〜10−8Pa(=0.75× 10−4 〜10−10Torr)でも行われ(甲33),一般的には,10−2 Pa(=0. 75×10−4 Torr)又は10−4 Pa(=0.75×10−6 Torr)程度の真空圧力 下において行われている(甲34)。そして,Dy(ジスプロシウム),Tb(テ ルビウム)についても,一般的に,10−2 Pa(=0.75×10 −4 Torr)から 10−6 Pa(=0.75×10−8 Torr)で「蒸着」が行われている(甲32。な お,Dyの場合,10 −2 Paにおける蒸着の温度は900℃,10− 6 Paにおけ る蒸着の温度は625℃であり,Tbの場合,10 − 2 Paにおける蒸着の温度は 1150℃,10−6Paにおける蒸着の温度は800℃である。)。 したがって,遅くとも,本件出願に係る前記優先権主張日当時には,Dy及びT bのいずれにおいても,結晶粒の粒界に希土類金属を拡散するために熱処理の温度 域である700℃から1000℃程度において「蒸着」をすることが可能なだけの 蒸気圧において「蒸着」をすることが,通常のことであり,かつ,技術常識である といえる。 したがって,本件審決の上記認定は誤りである。 − 16 − ウ 以上のとおり,甲5について,実施例5に限定することなく,その明細書の 全体の記載から,かつ,本件出願に係る前記優先権主張日当時の「蒸着」について の技術常識を踏まえて理解すれば,甲5には,焼結磁石の表面に「蒸着」を用いて 希土類金属(例えば,Dy)を供給し,同時に焼結磁石を800℃程度に加熱して, 表面に供給された希土類金属Dyを焼結磁石の結晶体の粒界に「拡散」させるとい う技術的思想が開示されているというべきである。 (2) したがって,本件審決の相違点3の認定は誤りであり,甲5発明と本件発 明1とは同一の発明である。 〔被告の主張〕 (1) 原告は,甲5には,「蒸着」の際にも,同時に焼結磁石を800℃程度に 加熱する技術思想が開示されていると主張する。 しかし,甲5(【0047】)において,「蒸着」という文言は,他の手法であ るスパッタリング,イオンプレーティング等と併記されているにすぎず,「蒸着」 の具体的構成は一切開示されていないから,実施例5の「スパッタリング」に際し 800℃の温度が適用できたからといって,「蒸着」にそのまま適用できるわけで はない。 したがって,原告の主張は,失当である。 (2) 原告は,希土類金属の供給法として,蒸着に通常用いられる「加熱手段」 を用いることは自明のことであるとか,甲5では,拡散させるために適した熱処理 温度(700〜1000℃)において,気化(昇華)するために適した希土類金属, 例えばDyを蒸着に用いる技術思想が開示されていると主張する。 しかし,蒸着の「加熱手段」とは,甲5発明ではスパッタリングと同じく成膜法 としての蒸着の「加熱手段」を意味するので,後記のとおり,具体的には平衡蒸気 圧が1.33Pa=10−2 Torr 程度まで加熱するのが技術常識である。 また,甲5における熱処理温度がDyを拡散させるために適した温度でも,その 温度がDyが気化(昇華)するために適した温度であるとは,甲5には何ら記載さ − 17 − れていない。本件発明1の拡散温度は,Dyの気化については低すぎるものである。 そもそも,甲5(【0040】)には,実施例5のように成膜させながら拡散を 行うことができるのは,スパッタリングの場合だけであることが明記されている。 したがって,甲5に基づき,仮に蒸着法を適用するとしても,真空蒸着の常識に 従えば,焼結磁石の温度は室温〜300℃である(乙5)。甲5において,希土類 元素は,次に加熱して拡散を行う前段階として,磁石表面に付着していればよいの であるから,特別な熱処理を蒸着段階で行う動機付けは全く存在しない。 したがって,原告の主張は失当である。 (3) 原告は,現在の真空蒸着は,相当に低い圧力(高い真空度)で行われてお り,具体的には0.75×10−4 〜0.75×10−6 Torr 程度で行うのが一般的で あるから,蒸着物質(本件では希土類元素R)を10−2 Torr の蒸気圧が発生する まで加熱するとした本件審決の認定は誤りである旨主張する。 しかし,原告の上記主張は,@蒸着開始前に,装置内の残留気体を除去するため に真空引きをして到達される真空度と,A蒸着を開始して,成膜に必要な蒸着材料 の蒸気を供給するために,蒸着材料を10− 2 Torr 程度の蒸気圧が発生するまで加 熱する点とを技術的に混同したものである。 すなわち,真空蒸着においては,装置内に残留する気体の圧力を示す「真空度」 と,蒸着材料を適切な速度で蒸発させるための加熱温度における蒸着材料の「蒸気 圧」の2種類の異なる圧力の数値が使用される。「真空度」は,少なくとも10− 2 Pa(=0.75× 10 − 4 Torr ),一 般 的には1 0 − 4 Pa(=0.7 5×10 − 6 Torr)程度である(甲33,34)。そして,装置内で上記「真空度」を実現した 後に,薄膜にする蒸着材料(本件では重希土類元素RH)を加熱して蒸気を発生さ せる際には,実用的な蒸着速度を得るために必要な「蒸気圧」を得るように,加熱 温度を設定する。この「蒸気圧」と装置の「真空度」は,まったく別の数値であり, 蒸着物質の「蒸気圧」としては,甲15の1が刊行された昭和45年当時のみなら ず,現在においても,一貫して,「10 − 2 Torr」程度の蒸気が発生するように加 − 18 − 熱するのが標準とされている(乙2〜4)。 なお,原告が挙げる甲32は,蒸気圧と温度の関係を一般的に示しているにすぎ ず,「蒸着」に適した温度を示しているわけではない。 したがって,原告の主張は失当である。 (4) 原告は,本件出願に係る優先権主張日当時には,Dy及びTbのいずれに おいても,結晶粒の粒界に希土類金属を拡散するために熱処理の温度域である70 0℃から1000℃程度において「蒸着」をすることが可能なだけの蒸気圧におい て「蒸着」をすることが,通常のことであり,かつ,技術常識であったと主張する。 しかし,蒸着の技術常識によれば,TbにしてもDyにしても,1000℃以下 の温度では蒸着が遅すぎるし,また,一般的な真空蒸着においては,蒸着材料を高 温で加熱して,低温の基板上で凝縮・成長させるので,例えば成膜される金属の結 晶化の状態を抑制するため基板全体を所定温度に加熱するとしても,蒸着材料と同 じ温度まで基板を加熱するという技術思想はない。 したがって,原告の主張は失当である。 (5) よって,本件審決の相違点3の認定に誤りはない。 4 取消事由4(本件発明1の甲5発明に基づく進歩性の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件発明1は甲5発明及び甲4に記載された発明に基づいて当業者 が容易に発明をすることができたものでもないと判断した。 しかし,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。 (1) 甲5発明に基づく容易想到性について 甲5の実施例5において,焼結磁石の表面への希土類金属の供給方法として,ス パッタリングに代えて蒸着を用いることは,甲5において明示的に示唆しているか ら(【0047】),当業者はこれを容易に想起し得るものである。 また,蒸着をする以上,甲5において,希土類金属を「加熱」する手段を備えて いることは明らかである。 − 19 − そして,前記のとおり,本件出願に係る前記優先権主張日当時には,「蒸着」に おいても,例えば,Dyについては,800℃程度で気化(昇華)させることがで きたものである。 また,甲5の実施例5で用いられているTbも,焼結磁石の表面の希土類を拡散 させるための熱処理の温度を900℃程度とし,かつ,「1×10−6 Pa」程度の 蒸気圧にすれば,「蒸着」を希土類金属の供給方法とすることができる。 このように,甲5の実施例5において開示されているスパッタリングを「蒸着」 に代え,かつ,やや熱処理の温度を上げてTb自体を用いるか,又はTbを熱処理 の温度において蒸着をすることがより容易なDyに置き換える程度のことは,本件 出願に係る前記優先権主張日当時の技術常識を踏まえるならば,当業者において容 易になし得たことである。 (2) 甲5発明及び甲4に記載された発明に基づく容易想到性について 本件審決は,甲4に記載のものは,サマリウムから成るブロックを加熱する手段 を備えていない旨認定した。 確かに,甲4には,具体的な加熱手段は記載されていないが,石英チューブとい う閉空間において,リボンが加熱されているとき,当業者であれば,同じ石英チュ ーブ内のサマリウムから成るブロックも加熱されていると当然に認識するというべ きである。 そして,サマリウムから成るブロックが,リボンとともに「700℃〜900 ℃」に加熱されると,石英チューブ内の圧力は「10 − 2 Torr」となり,この圧力 において,サマリウムが気化する温度は742℃であるから(甲15の1),サマ リウムが石英チューブ内において,リボンの表面に供給されることも,当業者にお いて容易に理解し得ることである。 したがって,当業者は,甲5発明に甲4に記載された発明を適用することにより, 相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたものである。 (3) よって,本件審決の上記判断は誤りである。 − 20 − 〔被告の主張〕 (1) 甲5発明に基づく容易想到性について 原告は,当業者においては,甲5発明に基づき,相違点に係る本件発明1の構成 を容易に想到し得たものである旨主張する。 しかし,甲5は,焼結磁石表面に希土類元素を成膜して熱処理することのみを技 術思想としているのに対し(スパッタリングのみに関しては,成膜しながらの熱処 理が可能であるとの開示があるが,その場合も成膜はされる),本件発明1は,真 空蒸着の技術常識からは成膜には適さない低い温度に重希土類元素RHを加熱し, また,真空蒸着の技術常識からは適用されない高い温度(蒸着材料であるRHとほ ぼ同じ温度)に焼結磁石を加熱したところ,成膜には適さない少量のRHの供給量 であるにもかかわらず,磁石表面に膜や濃厚な層を作ることなく,速やかに焼結磁 石内部に粒界拡散することによって,効率的に磁気特性を向上させ得るという,予 測を越えた作用効果を達成したのである。 しかも,RH供給源と焼結磁石体を,個別に加熱するのではなく,処理室全体を 加熱することによって,両者をほぼ同じ温度に加熱するという装置構成によって上 記の効果を達成するとの技術思想は,公知のスパッタリングからも真空蒸着からも, 到底容易に想到できることではなかったものである。 したがって,原告の上記主張は,失当である。 (2) 甲5発明及び甲4に記載された発明に基づく容易想到性について 原告は,本件審決は甲4に記載のものはサマリウムから成るブロックを加熱する 手段を備えていないと認定しているが,当業者であれば,石英チューブ内のサマリ ウムから成るブロックも加熱されていると当然に認識するものであるなどと主張す る。 しかし,本件審決は,審判手続において,原告がMo(モリブデン)に関して不 可解な主張をしていたことから,その主張に意味がないことを指摘したものである。 さらに,本件審決は,甲4では重希土類元素RH(Dy,Ho,およびTb)を − 21 − R−Fe−B系希土類焼結磁石体に供給する加熱手段の開示がないこと(サマリウ ムは重希土類元素RHではないこと)を指摘しているのであり,本件審決に誤りは ない。 したがって,原告の上記主張は,失当である。 5 取消事由5(本件発明2ないし10の新規性・進歩性の判断の誤り)につい て 〔原告の主張〕 前記1ないし4の〔原告の主張〕のとおり,本件発明1の新規性・進歩性に係る 本件審決の判断は,誤りである, したがって,本件発明1を引用する形式である本件発明2ないし10の新規性・ 進歩性に係る本件審決の判断も誤りである。 〔被告の主張〕 争う。 第4 当裁判所の判断 1 本件発明について (1) 本件発明は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件明細書(甲 20)には,本件発明について,概略,次のような記載がある。 ア 技術分野 本件発明は,R2 Fe14 B型化合物結晶粒(Rは希土類元素)を主相として有す るR−Fe−B系希土類焼結磁石及びその製造方法に関し,特に,軽希土類元素R L(Nd及びPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有し,かつ, 軽希土類元素RLの一部が重希土類元素RH(Dy,Ho及びTbからなる群から 選択された少なくとも1種)によって置換されているR−Fe−B系希土類焼結磁 石及びその製造方法に関するものである(【0001】)。 イ 背景技術 R2 Fe14 B型化合物を主相とするR−Fe−B系希土類焼結磁石は,永久磁石 − 22 − の中で最も高性能な磁石として知られているが,これをハードディスクドライブの ボイスコイルモータ(VCM)や,ハイブリッド車搭載用のモータ等の各種装置に 使用する場合には,高温での使用環境に対応するため,耐熱性に優れ,高保磁力特 性を有することが要求される(【0002】)。 R−Fe−B系希土類焼結磁石の保磁力を向上する手段として,重希土類元素R Hを原料として配合し,溶製した合金を用いることが行われている。この方法によ ると,希土類元素Rとして軽希土類元素RLを含有するR2 Fe14 B相の希土類元素 Rが重希土類元素RHで置換されるため,R2 Fe14 B相の結晶磁気異方性(保磁力 を決定する本質的な物理量)が向上する。しかし,R2 Fe14 B相中における軽希土 類元素RLの磁気モーメントは,Feの磁気モーメントと同一方向であるのに対し て,重希土類元素RHの磁気モーメントは,Feの磁気モーメントと逆方向である ため,軽希土類元素RLを重希土類元素RHで置換するほど,残留磁束密度Br が 低下してしまうことになる(【0003】)。 一方,重希土類元素RHは希少資源であるため,その使用量の削減が望まれてい る。これらの理由により,軽希土類元素RLの全体を重希土類元素RHで置換する 方法は好ましくない(【0004】)。 比較的少ない量の重希土類元素RHを添加することにより,重希土類元素RHに よる保磁力向上効果を発現させるため,重希土類元素RHを多く含む合金・化合物 などの粉末を,軽希土類RLを多く含む主相系母合金粉末に添加し,成形・焼結さ せることが提案されている。この方法によると,重希土類元素RHがR2 Fe14 B 相の粒界近傍に多く分布することになるため,主相外殻部におけるR2 Fe14 B相 の結晶磁気異方性を効率よく向上させることが可能になる。R−Fe−B系希土類 焼結磁石の保磁力発生機構は核生成型(ニュークリエーション型)であるため,主 相外殻部(粒界近傍)に重希土類元素RHが多く分布することにより,結晶粒全体 の結晶磁気異方性が高められ,逆磁区の核生成が妨げられ,その結果,保磁力が向 上する。また,保磁力向上に寄与しない結晶粒の中心部では,重希土類元素RHに − 23 − よる置換が生じないため,残留磁束密度の低下を抑制することもできる(【000 5】)。 しかし,実際にこの方法を実施してみると,焼結工程(工業規模で1000℃か ら1200℃で実行される)で重希土類元素RHの拡散速度が大きくなるため,重 希土類元素RHが結晶粒の中心部にも拡散してしまう結果,期待していた組織構造 を得ることは容易でない(【0006】)。 さらに,R−Fe−B系希土類焼結磁石の別の保磁力向上手段として,焼結磁石 の段階で重希土類元素RHを含む金属,合金,化合物等を磁石表面に被着後,熱処 理,拡散させることによって,残留磁束密度をそれほど低下させずに保磁力を回復 又は向上させることが検討されている(【0007】)。 ウ 発明が解決しようとする課題 しかし,特開昭62−192566号公報,特開2004−304038号公報 及び特開2005−285859号公報に開示されている従来技術は,いずれも加 工劣化した焼結磁石表面の回復を目的としているため,表面から内部に拡散される 金属元素の拡散範囲は,焼結磁石の表面近傍に限られている。このため,厚さ3m m以上の磁石では,保磁力の向上効果がほとんど得られない(【0012】)。 一方,特開2004−296973号公報(甲3)に開示されている従来技術で は,Dyなどの希土類金属を充分に気化する温度に加熱し,成膜を行っているため, 磁石中の拡散速度よりも成膜速度の方が圧倒的に高く,磁石表面上に厚いDy膜が 形成される。その結果,磁石表層領域(表面から数十μmの深さまでの領域)では, Dy膜と焼結磁石体との界面におけるDy濃度の大きな濃度差を駆動力として,D yが主相中にも拡散することを避けられず,残留磁束密度が低下してしまう(【0 013】)。 また,特開2004−296973号公報(甲3)の方法では,成膜処理時に装 置内部の磁石以外の部分(例えば真空チャンバーの内壁)にも多量に希土類金属が 堆積するため,貴重資源である重希土類元素の省資源化に反することになる(【0 − 24 − 014】)。 さらに,Ybなどの低沸点の希土類金属を対象とした実施形態においては,確か に個々のR−Fe−B系微小磁石の保磁力は回復するが,拡散熱処理時にR−Fe −B系磁石と収着金属が融着したり,処理後お互いを分離することが困難であり, 焼結磁石体表面に未反応の収着金属(RH)の残存が事実上避けられない。これは, 磁石成形体における磁性成分比率を下げ磁石特性の低減を招くのみならず,希土類 金属は本来非常に活性で酸化しやすいため,実用環境において未反応収着金属が腐 食の起点になりやすく好ましくない。また,混合攪拌するための回転と真空熱処理 を同時に行う必要があるため,耐熱性,圧力(気密度)を維持しながら回転機構を 組み込んだ特別な装置が必要になり,量産製造時に設備投資や品質安定製造の観点 で課題がある。また,収着原料に粉末を使用した場合は安全性の問題(発火や人体 への有害性)や作製工程に手間がかかりコストアップ要因となる(【0015】)。 また,Dyを含む高沸点希土類金属を対象とした実施形態においては,高周波に よって収着原料と磁石の双方を加熱するため,希土類金属のみを充分な温度に加熱 し磁石を磁気特性に影響を及ぼさない程度の低温に保持することは容易ではなく, 磁石は,誘導加熱されにくい粉末の状態か極微小なものに限られてしまう(【00 16】)。 本件発明は,上記課題を解決するためになされたものであり,その目的とすると ころは,少ない量の重希土類元素RHを効率よく活用し,磁石が比較的厚くとも, 磁石全体にわたって主相結晶粒の外殻部に重希土類元素RHを拡散させたR−Fe −B系希土類焼結磁石を提供することである(【0017】)。 エ 課題を解決するための手段 本件発明によるR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法は,軽希土類元素RL (Nd及びPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相として有するR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する 工程(a)と,重希土類元素RH(Dy,Ho及びTbからなる群から選択された − 25 − 少なくとも1種)を含有するバルク体を,前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体と ともに処理室内に配置する工程(b)と,前記バルク体及び前記R−Fe−B系希 土類焼結磁石体を700℃以上1000℃以下に加熱することにより,前記バルク 体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつ つ,前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散さ せる工程(c)とを包含する(【0018】)。 オ 発明の効果 本件発明では,重希土類元素RH(Dy,Ho及びTbからなる群から選択され た少なくとも1種)の粒界拡散を行うことにより,焼結磁石体内部の奥深い位置ま で重希土類元素RHを供給し,主相外殻部において軽希土類元素RLを効率よく重 希土類元素RHで置換することができ,その結果,残留磁束密度の低下を抑制しつ つ,保磁力を上昇させることが可能になる(【0034】)。 カ 発明を実施するための最良の形態 本件発明の製造方法では,気化(昇華)しにくい重希土類元素RHのバルク体及 び希土類焼結磁石体を700℃以上1000℃以下に加熱することにより,RHバ ルク体の気化(昇華)をRH膜の成長速度がRHの磁石内部への拡散速度よりも極 度に大きくならない程度に抑制しつつ,焼結磁石体の表面に飛来した重希土類元素 RHを速やかに磁石体内部に拡散させる。700℃以上1000℃以下の温度範囲 は,重希土類元素RHの気化(昇華)がほとんど生じない温度であるが,R−Fe −B系希土類焼結磁石における希土類元素の拡散が活発に生じる温度でもある。こ のため,磁石体表面に飛来した重希土類元素RHが磁石体表面に膜を形成するより も優先的に,磁石体内部への粒界拡散を促進させることが可能になる(【003 9】)。 従来,Dyなどの重希土類元素RHの気化(昇華)には,1000℃を超える高 温に加熱することが必要であると考えられており,700℃以上1000℃以下の 加熱では磁石体表面にDyを析出させることは無理であると考えられていた。しか − 26 − しながら,本発明者の実験によると,従来の予測に反し,700℃以上1000℃ 以下でも対向配置された希土類磁石に重希土類元素RHを供給し,拡散させること が可能であることがわかった(【0041】)。 重希土類元素RHの膜(RH膜)を焼結磁石体の表面に形成した後,熱処理によ り焼結磁石体の内部に拡散させる従来技術では,RH膜と接する表層領域で「粒内 拡散」が顕著に進行し,磁石特性が劣化してしまう。これに対し,本件発明では, RH膜の成長レートを低く抑えた状態で,重希土類元素RHを焼結磁石体の表面に 供給しながら,焼結磁石体の温度を拡散に適したレベルに保持するため,磁石体表 面に飛来した重希土類元素RHが,粒界拡散によって速やかに焼結磁石体内部に浸 透して行く。このため,表層領域においても,「粒内拡散」よりも優先的に「粒界 拡散」が生じ,残留磁束密度Br の低下を抑制し,保磁力HcJ を効果的に向上させ ることが可能になる(【0042】)。 R−Fe−B系希土類焼結磁石の保磁力発生機構はニュークリエーション型であ るため,主相外殻部における結晶磁気異方性が高められると,主相における粒界相 の近傍で逆磁区の核生成が抑制される結果,主相全体の保磁力H c J が効果的に向 上する。本件発明では,焼結磁石体の表面に近い領域だけでなく,磁石表面から奥 深い領域においても重希土類置換層を主相外殻部に形成することができるため,磁 石全体にわたって結晶磁気異方性が高められ,磁石全体の保磁力H c J が充分に向 上することになる。したがって,本件発明によれば,消費する重希土類元素RHの 量が少なくとも,焼結体の内部まで重希土類元素RHを拡散・浸透させることがで き,主相外殻部で効率良く重希土類元素RHが濃縮された層を形成することにより, 残留磁束密度B r の低下を抑制しつつ保磁力H c J を向上させることが可能になる (【0043】)。 (2) 以上の記載からすると,本件明細書には,次の事項が開示されていると認 められる。 ア 従来のR−Fe−B系希土類焼結磁石では,比較的少ない量の重希土類元素 − 27 − RHを添加することにより,重希土類元素RHによる保磁力向上効果を発現させる ため,重希土類元素RHを多く含む合金・化合物などの粉末を,軽希土類RLを多 く含む主相系母合金粉末に添加し,成形・焼結させる方法や,焼結磁石の段階で重 希土類元素RHを含む金属,合金,化合物等を磁石表面に被着後,熱処理,拡散さ せる方法が提案されているが,前者では,焼結工程(工業規模で1000℃から1 200℃で実行される)で重希土類元素RHの拡散速度が大きくなるため,重希土 類元素RHが結晶粒の中心部にも拡散してしまう結果,期待していた組織構造を得 ることは容易でないという問題があり,後者でも,加工劣化した焼結磁石表面の回 復を目的としているため,表面から内部に拡散される金属元素の拡散範囲は,焼結 磁石の表面近傍に限られ,厚さ3mm以上の磁石では,保磁力の向上効果がほとん ど得られなかったり,磁石表層領域では,Dy膜と焼結磁石体との界面におけるD y濃度の大きな濃度差を駆動力として,Dyが主相中にも拡散することを避けられ ず,残留磁束密度が低下してしまうなどの問題があった。 イ 本件発明は,少ない量の重希土類元素RHを効率よく活用し,磁石が比較的 厚くとも,磁石全体にわたって主相結晶粒の外殻部に重希土類元素RHを拡散させ たR−Fe−B系希土類焼結磁石を提供することを目的とし,重希土類元素RH (Dy,Ho及びTbからなる群から選択された少なくとも1種)を含有するバル ク体を,軽希土類元素RL(Nd及びPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素 Rとして含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相として有するR−Fe−B系 希土類焼結磁石体とともに処理室内に配置し,処理室内を700℃以上1000℃ 以下に加熱することにより,バルク体から重希土類元素RHをR−Fe−B系希土 類焼結磁石体の表面に供給しつつ,重希土類元素RHをR−Fe−B系希土類焼結 磁石体の内部に拡散させることにより,焼結磁石体内部の奥深い位置まで重希土類 元素RHを供給し,主相外殻部において軽希土類元素RLを効率よく重希土類元素 RHで置換することができ,その結果,残留磁束密度の低下を抑制しつつ,保磁力 を上昇させることが可能になるとの作用効果を奏する。 − 28 − 2 甲1発明について (1) 甲1発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるところ,甲1には, 甲1発明について,概略,次のような記載がある。 ア 発明の属する技術分野 この発明は,薄肉形状,小型形状でかつ高磁気特性を有するR−Fe−B系異方 性焼結永久磁石を得る製造方法に係り,R−Fe−B系合金粉末の1次粒子又はそ れを2次粒子に造粒したスプレー造粒粉末を用いて寸法精度を向上させた薄肉の焼 結体に,高精度化のためにごく少量の研磨量で研磨加工を施した後に,研磨加工に よって劣化した磁気特性を特定の種々雰囲気の熱処理にて,回復させることにより, 高精度かつ高磁気特性を維持した薄肉,小型の焼結永久磁石を得ることが可能な薄 肉R−Fe−B系焼結磁石の製造方法に関するものである(【0001】)。 イ 従来の技術 今日,家電製品をはじめコンピューターの周辺機器,光通信機器や自動車等の用 途に用いられる小型モーター,アクチュエーターや光アイソレーター等は,小型化, 軽量化とともに高性能化が求められており,これらに使用する磁石材料も小型化, 軽量化,薄肉化が要求されている(【0002】)。 現在の代表的な焼結永久磁石材料としては,フェライト磁石,R−Co系磁石, R−Fe−B系磁石が挙げられるが,その中でも,特に,R−Co系磁石やR−F e−B系磁石などの希土類磁石は,他の磁石材料に比べて磁気特性が格段にすぐれ るために,各種用途に多用されている(【0003】)。 上記の希土類磁石,例えばR−Fe−B系焼結永久磁石は,最大エネルギ−積が 40MGOeを超え,最大では50MGOeを超える極めて優れた磁気特性を有す る。しかし,この特性を100%発現させるためには,焼結後の特に厚み寸法が2 mm以上,より好ましくは3mm以上必要であった(【0004】)。 すなわち,R−Fe−B系焼結永久磁石は,磁化のメカニズムが核発生型(ニュ ークリエーション型)であるために,焼結後の機械加工等による内部欠陥,加工歪, − 29 − 微小なヘアークラック等によって逆磁区が発生しやすくなり,保磁力が急激に低下 する特徴がある。特に,R−Fe−B系焼結永久磁石は,加工後の厚みが薄くなる にしたがってこの影響が著しくなり,厚みが3mm以下,特に2mm以下の薄肉形 状や小型形状の製品を得るのが困難であった(【0005】)。 ウ 発明が解決しようとする課題 従来,薄肉,小型化を図る方法として,できるだけ加工を減らすか,加工が必要 な場合でも加工歪を少なくするために加工代が少なくなるように焼結上がりの寸法 精度を高めること,例えば,スプレー造粒法によりR−Fe−B系合金粉末の1次 粒子を2次粒子の造粒粉末にして粉体の流動性を高めてプレス成形時の単重バラツ キを少なくし,また焼結後の変形を小さくする方法が知られている(特開平8−2 0801号公報,特開平8−20802号公報)(【0006】)。 しかし,上記方法は,加工時の取代をある程度まで減少できるが,その改善効果 にも限界がある。近年要求される厚み0.5mm程度の薄肉形状や小型形状の製品 では,機械加工後の磁気特性を満足することは依然困難であった(【0007】)。 従来,成形法を改良し,薄肉形状品や小型形状品を寸法精度良く製造する方法と して,R−Fe−B系合金粉末にバインダーを添加して射出成形し,脱バインダー 後に焼結するR−Fe−B系焼結永久磁石の製造方法(特開昭61−220315 号公報)が提案されている(【0008】)。 しかし,射出成形法で使用される熱可塑性樹脂やパラフィン系ワックス等のバイ ンダーをR−Fe−B系合金粉末に添加混合した場合,バインダー中の酸素や炭素 と希土類元素(R)が加熱混練時,脱バインダー時に反応して焼結後の残留酸素量 と残留炭素量が増加しすぎて,磁気特性の劣化を招き,射出成形法のR−Fe−B 系焼結磁石への適用の妨げになっている(【0009】)。 この発明は,薄肉形状や小型形状のR−Fe−B系異方性焼結永久磁石を製造す る方法において,焼結体における寸法精度をできる限り高くし,寸法出しのための 研磨加工による研磨量を極力少なくして,加工による磁気特性の劣化を最小限に抑 − 30 − え,さらに,熱処理によって劣化した磁気特性をほぼ完全に回復させることにより, 特に厚みが3mm以下,さらには2mm以下の薄肉,小型で寸法精度が高くかつ磁 気特性の高い焼結磁石を製造できる薄肉R−Fe−B系焼結磁石の製造方法を提供 することを目的としたものである(【0010】)。 エ 課題を解決するための手段 この発明は,R−Fe−B系合金粉末(RはYを含む希土類元素の少なくとも1 種)にバインダーと水を添加,撹拌してスラリー状となし,これをスプレードライ ヤー装置によって造粒した粉末を原料粉末として,その粉末を磁場中で成形後,脱 脂,焼結した後,0.3mm以下の研磨量で研磨加工が施された,一対の加工対向 面間の寸法が3mm以下とされた焼結体を用意し,その焼結体に研磨加工による磁 気特性の劣化を回復させるための熱処理を施すことを特徴とする薄肉R−Fe−B 系焼結磁石の製造方法である(【0013】)。 オ 発明の実施の形態 (ア) この発明は,スプレー造粒したR−Fe−B系合金粉末を用いて粉末冶金 方法にて高寸法精度の薄肉の焼結体を得た後,寸法精度をさらに向上させるために 0.3mm以下の研磨量で研磨加工を施し,一対の加工対向面間の寸法が3mm以 下となった焼結体に更に研磨加工後の加工歪みにより劣化した磁気特性を回復する 方法として,機械加工後の取代の大きさあるいは加工歪みやヘアークラック等の大 きさによって,研磨加工後に真空中もしくは不活性ガス雰囲気中で熱処理したり, また熱処理時に製品の周囲にR−Fe−B系の合金粉末を置き,熱処理時に製品表 面に希土類元素(R)を蒸着もしくは吸着させて還元して磁気特性を回復させたり, さらに熱処理前に製品に水素を吸蔵させた後,真空引きして脱水素し,真空中もし くは不活性ガス雰囲気中で再焼結した後,熱処理することにより低下した磁気特性 を加工前の特性に回復させることを特徴とする(【0015】)。 (イ) 熱処理としては,1)真空中もしくは不活性ガス雰囲気中で500℃〜7 00℃の温度で1〜2時間程度保持する,2)加工時の製品表面の酸化による熱処 − 31 − 理時の磁気特性劣化防止のために,製品の周囲にR−Fe−B系合金粉末を置き, 500℃〜900℃で熱処理して製品の表面層を還元して磁気特性を回復させる, 3)熱処理前に製品に室温から850℃までの任意の温度で水素を吸蔵させた後, 真空引きして脱水素し,真空中もしくは不活性ガス雰囲気中で1000℃〜118 0℃の温度範囲で1〜2時間再焼結した後,500〜700℃の温度で1〜2時間 保持する熱処理をする,の3方法が好ましく,いずれも加工歪みやヘアークラック 等により低下した磁気特性を加工前のそれとほぼ同等まで回復させることができる。 特に,上記の2),3)の方法は,厚み1.0mm〜0.5mm程度に加工した薄 物については非常に有効である(【0047】)。 上記2)の熱処理において,焼結体の周囲にR−Fe−B系合金粉末を置くのは, 焼結体の表面層を還元することにより磁気特性を回復させるためである。その際の 熱処理温度を500℃〜900℃にしたのは,500℃未満では,R−Fe−B系 合金粉末のR成分が蒸発せず,900℃を超えると加工表面に存在する酸素が焼結 体内部に拡散するため,蒸着されたR成分による還元効果がなくなるためである。 また,熱処理時間を1〜2時間としたのも,上記と同様な理由による(【004 9】)。 (ウ) 実施例1 Rとして,Nd13.3原子%,Pr0.31原子%,Dy0.28原子%,C o3.4原子%,B6.5原子%,残部Fe及び不可避的不純物からなる原料を, Arガス雰囲気中で高周波溶解して,ボタン状溶製合金を得た。次に,当該合金を 粗粉砕した後,ジョークラッシャーなどにより平均粒度約15μmに粉砕し,さら に,ジェットミルにより平均粒度3μmの粉末を得た(【0051】)。 当該粉末に表1に示す種類及び添加量のバインダー,水,滑剤等を添加して室温 で混練してスラリー状となし,当該スラリーをディスク回転型スプレードライヤー 装置により,不活性ガスに窒素を用い,熱風入口温度を100℃,出口温度を40 ℃に設定して造粒を行った(【0052】)。 − 32 − 上記造粒粉を圧縮磁場プレス機を用いて,磁場強度15kOe,圧力1ton/ cm2 で10mm×15mmの金型で,表2〜表4に示すように厚み寸法(磁場方 向)を変えてプレス成形した後,水素雰囲気中で室温から300℃までを昇温速度 100℃/時で加熱する脱バインダー処理を行い,引き続いて真空中で1100℃ まで昇温し1時間保持する焼結を行い,さらに焼結完了後,Arガスを導入して7 ℃/分の速度で800℃まで冷却し,その後100℃/時の速度で冷却して550 ℃で2時間保持して時効処理を施して異方性の焼結体を得た(【0053】)。 焼結体の厚み方向に両面ラップで表2〜表4に示すような寸法に研磨加工した後, 真空中で500℃の温度で2時間保持する熱処理(A工程),また加工した焼結体 の周囲にジェットミル粉砕した原料合金粉末を置き,真空中で800℃の温度で, 2時間保持する熱処理(B工程),さらに加工した焼結体に600℃で30分間水 素を吸蔵させた後,真空引きして脱水素し,真空中で1100℃まで昇温し,2時 間再焼結した後,500℃で2時間保持して熱処理(C工程)の3通りの熱処理を 行った(【0054】)。 成形時の造粒粉の流動性を表1に,また焼結体の厚み寸法バラツキ,加工前後及 び熱処理後の磁気特性を表2〜表4に示す。なお,流動性は,内径8mmのロート 管を100gの原料粉が自然落下し,通過するまでに要した時間で測定した。また, 得られた全ての焼結体および熱処理品には,ワレ,ヒビ,変形などは全く見られな かった(【0055】)。 カ 発明の効果 この発明によれば,薄肉形状や小型形状のR−Fe−B系異方性焼結永久磁石を 製造する方法において,焼結体における寸法精度をできる限り高くし,寸法出しな どのための研磨加工による研磨量を極力少なくして加工による磁気特性の劣化を最 小限に抑え,さらに,熱処理によって劣化した磁気特性をほぼ完全に回復させるこ とにより,従来,作製が極めて困難であった厚みが3mm以下,さらには2mm以 下の薄肉,小型形状で,しかも寸法精度が高く,磁気特性の優れた薄肉R−Fe− − 33 − B系焼結磁石を得ることができるという効果を奏するものである(【0061】)。 (2) 以上の記載からすると,甲1発明は,薄肉形状や小型形状のR−Fe−B 系異方性焼結永久磁石を製造する方法において,焼結体における寸法精度をできる 限り高くし,寸法出しのための研磨加工による研磨量を極力少なくして,加工によ る磁気特性の劣化を最小限に抑え,さらに,熱処理によって劣化した磁気特性をほ ぼ完全に回復させることにより,特に厚みが3mm以下,さらには2mm以下の薄 肉,小型で寸法精度が高くかつ磁気特性の高い焼結磁石を製造できる薄肉R−Fe −B系焼結磁石の製造方法を提供することを目的とするものであり,処理室内にお いて,R−Fe−B系合金粉末(RはYを含む希土類元素の少なくとも1種)にバ インダーと水を添加,撹拌してスラリー状となし,これをスプレードライヤー装置 によって造粒した粉末を原料粉末として,その粉末を磁場中で成形後,脱脂,焼結 した後,0.3mm以下の研磨量で研磨加工が施され,一対の加工対向面間の寸法 が3mm以下とされた焼結体の周囲に,R−Fe−B系合金粉末(Nd13.3原 子%,Pr0.31原子%,Dy0.28原子%,Co3.4原子%,B6.5原 子%,残部Fe及び不可避的不純物からなる原料を,Arガス雰囲気中で高周波溶 解して,ボタン状溶製合金を得て,次に,当該合金を粗粉砕した後,ジョークラッ シャーなどにより平均粒度約15μmに粉砕し,さらに,ジェットミルにより平均 粒度3μmとした原料合金粉末)を配置して,真空中で,加熱手段によって焼結体 及びR−Fe−B系合金粉末に800℃の温度で熱処理を施すことにより,焼結体 表面に希土類元素Rを蒸着もしくは吸着させて還元して,研磨加工による磁気特性 の劣化を回復させることにより,従来,作製が極めて困難であった厚みが3mm以 下,さらには2mm以下の薄肉,小型形状で,しかも寸法精度が高く,磁気特性の 優れた薄肉R−Fe−B系焼結磁石を得ることができるとの効果を奏するというも のである。 3 甲5発明について (1) 甲5発明は,前記第2の3(3)アに記載のとおりであるところ,甲5には, − 34 − 甲5発明について,概略,次のような記載がある。 ア 特許請求の範囲 【請求項1】磁石表面からのM元素(但し,Mは,Pr,Dy,Tb,Hoから選 ばれる希土類元素の一種又は二種以上)の拡散によりM元素が富化した結晶粒界層 を有し,保磁力Hcjと磁石全体に占めるM元素含有量が下記の式で表されること を特徴とする,希土類−鉄−ホウ素系磁石。 Hcj≧1+0.2×M(ただし,0.05≦M≦10) ただし,Hcj:保磁力,単位(MA/m),M:磁石全体に占めるM元素含有量 (質量%) 【請求項2】残留磁束密度Brと保磁力Hcjが下記の式で表されることを特徴と する,請求項1記載の希土類−鉄−ホウ素系磁石。 Br≧1.68−0.17×Hcj ただし,Br:残留磁束密度,単位(T) 【請求項3】希土類−鉄−ホウ素系磁石が,粉末成形と焼結法によって製作される 磁石,又は粉末成形と熱間塑性加工によって製作される磁石,であって,主結晶の 間に希土類元素リッチな粒界層を有する磁石であることを特徴とする請求項1又は 2記載の希土類−鉄−ホウ素系磁石。 【請求項4】磁石を減圧槽内に支持し,該減圧槽内で物理的手法によって蒸気又は 微粒子化したM元素(但し,Mは,Pr,Dy,Tb,Hoから選ばれる希土類元 素の一種又は二種以上)又はM元素を含む合金を,該磁石の表面の全部又は一部に 飛来させて成膜し,かつ該磁石の最表面に露出している結晶粒子の半径に相当する 深さ以上に該磁石内部にM元素を磁石表面から拡散浸透させることによって,M元 素が富化された結晶粒界層を形成することを特徴とする請求項1ないし3のいずれ かに記載の希土類−鉄−ホウ素系磁石の製造方法。 【請求項5】結晶粒界層のM元素の濃度を磁石の表面側ほど高濃度に富化させるこ とを特徴とする請求項4記載の希土類−鉄−ホウ素系磁石の製造方法。 − 35 − イ 発明の詳細な説明 (ア) 発明の属する技術分野 本発明は,Nd−Fe−B系又はPr−Fe−B系等の希土類−鉄−ホウ素系磁 石において,特にDy等の希少金属を有効活用した高性能磁石とその製造方法に関 するものである(【0001】)。 (イ) 従来の技術 希土類−鉄−ホウ素系磁石,特にNd−Fe−B系の焼結磁石は,永久磁石の中 で最も高性能磁石として知られているが,残留磁束密度Br又は最大エネルギー積 (BH)max と,保磁力Hcjの値が相反する関係にあり,磁石中のDy元素の添 加量を増やしてHcjを増加させると,磁石の飽和磁束密度の急激な減少を招いて 前2者の値が低下してしまうため,これまで両者ともに高い値を有する希土類磁石 は得られておらず,高性能(高Br)型と耐熱(高Hcj)型とに分類されて生産 されている(【0002】【0004】)。 Nd−Fe−B系磁石において,Brの低下を抑制しつつHcjを向上させるに は,焼結密度や各結晶粒の配向性を向上させたり,焼結条件と添加元素を工夫して 結晶組織を微細化させたりする等の多くの報告がある。この焼結磁石は核発生型の 保磁力機構を持つことが知られており,したがって,逆磁区の発生源となりやすい 結晶粒界や磁石表面を清浄化して磁気的に強化することが望ましい。そのためには, Ndより磁気異方性が大きいDyやTb等を磁石合金内の粒界に優先的に存在させ るのが有効である(【0005】)。 (ウ) 発明が解決しようとする課題 特開昭61−207546号公報(特許文献1)及び特開平05−021218 号公報(同2)には,2つの合金を出発原料としてNd2 Fe14 B主相よりもNd リッチ粒界相に,より多くのDy元素等を分布させ,その結果として,残留磁束密 度の低下を抑制しつつ保磁力を向上させた焼結磁石が得られることが開示されてお り,その技術の一部は現在の磁石製造に応用されている(【0007】【000 − 36 − 8】)。 しかし,Dy等を多く含む合金製作に工数が別途かかること,当該合金は粘いた めに数ミクロンまで粉砕するには超急冷法や水素脆化する方法等,特殊な方法を用 いる必要があること,Nd2 Fe14 B組成合金より格段に酸化しやすいためにより 一層の酸化防止が必要であること,及び2つの合金の焼結と熱処理反応を厳密に制 御する必要があること等,製造面で多くの解決すべき課題がある。また,本方法に よって得られる磁石においては,現在,なお10質量%未満のDyが含有されるた め,高保磁力型磁石は残留磁束密度が低いものとなっている(【0009】)。 特開2000−96102号公報(特許文献3)には,Nd−Fe−B系磁石粉 末と,Dy−Co又はTbH2 等の粉末とを混合し高温で熱処理して,DyやTb を磁石粉末表面にコーティングさせることにより高保磁力の異方性磁石粉末を得て いる。しかし,この方法でもDy−Co又はTbH2 等の粉末における粉砕や酸化 等の問題を解消できず,また,Dy−Co又はTbH2 等の粉末を完全に反応終結 させて消滅させ,主とする磁石粉末のみを得ることが難しい。また,異方性粉末に おいては,その結晶粒径は0.3ミクロン前後であり明確な粒界相が認められない ため,焼結磁石とは保磁力機構が異なりDyのコーティングが保磁力向上にどのよ うに寄与しているかが不明である(【0010】)。 また,Nd−Fe−B系磁石は最終寸法の磁石を得るまでの加工工程において, 特に酸化や機械的な劣化を生じることが知られているが,上記の特許文献1,2で は焼結磁石の内部を構成する結晶組織を改良することはできるが,一般の磁石製品 を製作するための切断や研磨加工後の特性低下を免れることができない。同様に上 記の特許文献3でも,改良した磁石粉末にエポキシ樹脂等を添加混合して数百MP aの圧力で成型加工すると,その過程で多くの粉末は圧縮と同時に破砕されて磁気 特性が低下するため,製作されるボンド磁石の性能は磁石粉末の本来の特性より低 いものとなってしまう(【0011】)。 焼結磁石の内部組織は,6〜10ミクロンの微細で均一な主相結晶粒の周囲を1 − 37 − ミクロン以下の厚さの均一で薄いNdリッチ粒界相が取り囲んでいる。核発生型の 磁石では,減磁界が加わったときの逆磁区の発生をいかに抑止するかが保磁力の大 小を決めるため,逆磁区の核となりやすい不純物や不均一な組織を排除する必要が ある。逆磁区は,磁石内部の結晶粒界の乱れと磁石表面の酸化や機械的損傷によっ て発生し,特に表面の影響が大きいことが指摘されている。また,実際に焼結磁石 を機械加工によって裁断して磁石厚さをおよそ1mm以下にした場合に,保磁力が 著しく低下することが良く知られている(【0012】)。 そこで,本発明は,希少なDy等の希土類元素含有量を節減しても高保磁力,又 は高残留磁束密度が得られることを特徴とする高性能な希土類磁石を提供すること を目的とするものである(【0013】)。 (エ) 課題を解決するための手段 本発明は,(1)磁石表面からのM元素(ただし,Mは,Pr,Dy,Tb,Ho から選ばれる希土類元素の一種又は二種以上)の拡散によりM元素が富化した結晶 粒界層を有し,保磁力Hcjと磁石全体に占めるM元素含有量が,下記の式で表さ れる希土類−鉄−ホウ素系磁石である。 Hcj≧1+0.2×M(ただし,0.05≦M≦10,Hcj:保磁力,単位 (MA/m),M:磁石全体に占めるM元素含有量(質量%))(【0017】)。 また,本発明は,(2)残留磁束密度Brと保磁力Hcjが下記の式で表されるこ とを特徴とする,上記(1)の希土類−鉄−ホウ素系磁石,である。 Br≧1.68−0.17×Hcj(ただし,Br:残留磁束密度,単位 (T))(【0018】)。 また,本発明は,(3)希土類−鉄−ホウ素系磁石が,粉末成形と焼結法によって 製作される磁石,又は粉末成形と熱間塑性加工によって製作される磁石であって, 主結晶の間に希土類元素リッチな粒界層を有する磁石であることを特徴とする上記 (1)又は(2)の希土類−鉄−ホウ素系磁石である(【0019】)。 さらに,本発明は,(4)磁石を減圧槽内に支持し,当該減圧槽内で物理的手法に − 38 − よって蒸気又は微粒子化したM元素(ただし,Mは,Pr,Dy,Tb,Hoから 選ばれる希土類元素の一種又は二種以上)又はM元素を含む合金を,当該磁石の表 面の全部又は一部に飛来させて成膜し,かつ磁石の最表面に露出している結晶粒子 の半径に相当する深さ以上に磁石内部にM元素を磁石表面から拡散浸透させること によって,M元素が富化された結晶粒界層を形成することを特徴とする上記(1)な い し(3) の い ず れ か の 希 土 類 − 鉄 −ホ ウ 素 系 磁 石 の 製 造 方 法で あ る ( 【 0 0 2 0】)。 本発明では,M元素を表面に成膜して拡散することにより,M元素を結晶粒界部 に富化させることによりDy等の希土類金属を磁石内部側に薄く,表面側に濃く分 布させることができる(【0022】)。 (オ) 作用 M元素を磁石表面に成膜後に熱処理を行うと,M元素は焼結磁石内の浸透しやす い結晶粒界に多く,主結晶内に少し拡散浸透する(【0032】)。 そして,M元素を多く含んだ結晶粒界層が形成されることによって保磁力が増加 する(【0033】)。 (カ) 発明の実施の形態 a 磁石表面に供給して堆積又は成膜する金属は,Ndよりも磁気異方性が大き く,かつ,磁石を構成するNdリッチ粒界相等に容易に拡散浸透することを目的と するため,希土類金属のPr,Dy,Tb,Hoから選ばれるM元素の一種以上の 単独又は上記のM元素を相当量含有する合金や化合物,例えば,Tb−Fe合金や Dy−Co合金,又はTbH2 等を用いることができる(【0038】)。 上記のM元素は,磁石表面に単に被覆されているだけでは磁気特性の向上が認め られないため,成膜した金属成分の少なくとも一部が磁石内部に拡散して構成元素 の一部であるNd等の希土類金属リッチ相と反応した結晶粒界層を形成するように することが必須である(【0039】)。 このため,通常は成膜した後に500〜1000℃における熱処理を行って成膜 − 39 − 金属を拡散させる。スパッタリングの場合には,磁石試料を保持具と共に熱してお くか,又はスパッタリング時のRF及びDC出力を上げて成膜することにより成膜 中の磁石を上記温度範囲,例えば800℃位にまで上昇させることができるため, 実質的に成膜させながら同時に拡散を行うこともできる(【0040】)。 b 熱処理によってM元素は磁石内部に浸透するが,相互拡散によって元の磁石 表面に存在するNdやFe元素の一部が,成膜したM元素にも取り込まれる。ただ し,M元素の膜内でのこの種の反応量はわずかであるために磁石特性にほとんど悪 影響を及ぼさない。膜の一部が拡散処理後に拡散されずに磁石表面に残存しても構 わないが,M元素を節減して十分な効果を得るためには,完全に拡散させることが 望ましい(【0043】)。 磁石表面への希土類金属Mの供給法については特に限定されるものではなく,蒸 着,スパッタリング,イオンプレーティング,レーザーデポジション等の物理的成 膜法や,CVDやMO−CVD等の化学的気相蒸着法及びメッキ法等の適用が可能 である。ただし,成膜並びに後の加熱拡散の各処理においては,希土類金属の酸化 や磁石成分以外の不純物を防止するために,酸素や水蒸気等が数十ppm以下の清 浄雰囲気内で行うことが望ましい(【0047】)。 c 別紙1の図4に,本発明の製造方法を実施するのに好適な三次元スパッタ装 置の概念を示す。図4において,輪状をした成膜金属からなるターゲット1及びタ ーゲット2を対向させて配置し,その間に水冷式の銅製高周波コイル3を配置する。 円筒形状磁石4の筒内部には,電極線5が挿入されており,電極線5はモータ6の 回転軸に固定されて円筒形状磁石4を回転できるように保持している。穴のない円 柱や角柱形状磁石の場合は,複数個の磁石製品を金網製の籠に装填して転動自在に 保持する方法を採用できる(【0050】)。 d 実施例5 Nd10 Pr2 Fe77.5 Co3 B7.5 組成の原料合金を溶解し,粉砕,成形,焼結 工程を経て,縦20mm,横60mm,厚さ2mm,体積が2400mm3 の平板 − 40 − 状磁石を準備した。この磁石を,アネルバ(株)製のL−250S型スパッタリン グ装置内のSUS基板上に載せ,その上部に,80質量%Tb−20質量%Co組 成の合金ターゲットを,SUS304製 のバックプレートに固定して配置した (【0077】)。 装置内を真空排気後,高純度Arガスを導入して圧力を5Paに維持し,抵抗加 熱によってSUS基板を約550℃に加熱したまま,逆スパッタを行って磁石表面 の酸化膜を除去した。ここでは,基板加熱と併行して成膜中での磁石試料の温度上 昇を利用して成膜と同時に拡散を行うことを目的とし,RF出力を150W,DC 出力を600Wまで上げてスパッタリングを開始した結果,磁石試料が赤熱するの が観測され,色調より温度は約800℃に達していると推測された。この基板加熱 と試料加熱を維持した状態で30分間成膜を行い,一旦スパッタを中断して試料を 表裏反転させた後,再度,同1条件で30分間成膜作業を行って,本発明試料(2 2)を製作した(【0078】)。 EPMAによる試料観察の結果,磁石最表面におよそ20μmのTb−Co層と, その下部の80μmの深さまで結晶粒界に表面側ほど高濃度のTbとCo元素が分 布していることが明らかになった。また,ICP分析結果による磁石中のTb量は, 2.7質量%であった。そこで,出発合金中のNdとPr比率を変えず,Co量を 微調整してTbを2.4質量%添加した合金を別途溶解し,同一寸法形状の磁石を 製作して比較例試料(10)とした。比較例試料(10)のEPMA観察によれば, TbとCo元素とも磁石全体にほぼ均一に分布しており,結晶粒界と主相における Tb濃度差は×2000倍の画像で見分けることが困難であった(【0079】)。 各試料を切断して3枚を重ね合わせ,BHトレーサによって磁気測定を行った結 果,比較例試料(10)のHcjが1.47MA/mに対して,本発明試料(2 2)のHcjは1.88MA/mであり,同一Tb量で大きな保磁力を示し,車等 の耐熱用途向けに好適な保磁力が得られた。本実施例により,成膜と拡散処理を同 一工程で行っても本発明の効果があることが明白になった。なお,本発明試料を6 − 41 − 0℃で90%RHの湿度試験に供した結果,耐食性が向上し,磁石内部の結晶粒界 へのCo元素の拡散浸透が好影響を及ぼしていると推察された(【0080】)。 (キ) 発明の効果 本発明によれば,希土類磁石表面にDy,Tb等の希土類金属を成膜し,拡散し て磁石内部よりも表面側の希土類濃度を高くすることによって,従来の焼結磁石よ り少ない希土類金属含有量で大きな保磁力を出現させることができるか,又は従来 と同等のDy含有量においては残留磁束密度を向上させることができる。これによ り,磁石のエネルギー積の向上,及び希少なDy等の資源問題の解決に寄与するも のである(【0081】)。 (2) 以上の記載からすると,甲5発明は,希少なDy等の希土類元素含有量を 節減しても高保磁力,又は高残留磁束密度が得られることを特徴とする高性能な希 土類磁石を提供することを目的とするものであり,処理室内において,80質量% Tb−20質量%Co組成の合金ターゲットを配置するバックプレートと,Nd1 0 Pr2 Fe77.5 Co3 B7.5 組成の原料合金を溶解し,粉砕,成形,焼結工程を経 た平板状磁石を配置する基板と,磁石試料の温度が約800℃に達するように抵抗 加熱による基板の加熱温度とスパッタリング装置のRF出力及びDC出力を設定す る手段とを有し,処理室内を真空排気後,基板加熱と併行して成膜中での磁石試料 の温度上昇を利用して,スパッタリングによりTb−Co層の成膜を行うのと同時 にTbとCo元素のNdPr−Fe−B系焼結磁石内部への拡散を行うことにより, 希土類磁石表面にDy,Tb等の希土類金属を成膜し,拡散して磁石内部よりも表 面側の希土類濃度を高くすることによって,従来の焼結磁石より少ない希土類金属 含有量で大きな保磁力を出現させることができるか,又は従来と同等のDy含有量 においては残留磁束密度を向上させることができるというものである。 4 他の文献について (1) 甲4について SmFe10 (Ti,M)2 の溶融紡糸リボンの高保磁力に関する甲4には,「研 − 42 − 究対象の合金の組成として,SmFe10 (Ti1 −X MX )2 (M=V,Cr,Mn, 及びMo)を選択した。焼入れしたリボンをアルゴン雰囲気下での単一ホイール技 法(single wheel technique)によって用意した。銅ホイールの基板表面流速(V s)は,20m/秒から40m/秒まで変化する。作製した薄片状のリボンのサイ ズは,(10−70)μmx(1−1.4)mmx(15−100)mmである。 我々の以前の研究では,高い飽和保磁力を与えるのに最適なホイ−ル速度は20m /秒であり,40m/秒の速度で過剰に焼入れしたリボンがさらなるアニーリング に適していることが分かっている。別紙2の図1に示すように,過剰に焼入れした リボンをサマリウム雰囲気において700度〜900度で30分間アニーリングし た。リボンは,サマリウムから成る小ブロックと共に石英チューブ内に配置し,1 0 −2 トールの真空で封止した。リボンを粉砕して(0.15mm未満の)粉末に した。溶融パラフィンと混合した上記粉末を12kOeの磁場で固化した。最大印 加磁場が1.2MA/m(15kOe)である試料振動型磁力計を用いて磁気特性 を測定した。いくつかの試料の磁気特性は,4.0MA/m(50kOe)のパル ス磁場を印加した後に測定した。FeKa放射を用いたX線回折によって結晶構造 を調べた。」との記載がある。 (2) 薄膜技術に関する「Handbook of Thin Film Technology」(甲15の1) には,以下の記載がある。 「4.蒸気発生源の構成と使用 真空系における物質の蒸発には,蒸発物質を保持し蒸発熱を供給し,材料所望の 蒸気圧を生ずるに十分な高温に維持する蒸発発生源が必要である。成膜(フィルム 堆積)に適用される速度は1秒当たり1Å未満から1000Å超までの値をとるこ とがあり,特定の元素について蒸発温度はこれに応じて変動する。蒸発源の運転温 度のおよその算定は,通常,有用な成膜速度を得るために蒸気圧10−2 Torr を確 保しなければならないとの前提に基づいている。実用上興味のある物質の大半につ いて,この温度が1000〜2000℃の範囲に含まれる。」 − 43 − (3) 「薄膜の基本技術 第3版」(乙2)には,「抵抗加熱法」について,次 の記載がある。 「高融点金属(とくにW,Mo,Taなどがよく用いられる)の線または薄い板 を適当な形に作って蒸発源にしたもので,その上に薄膜材料を載せ,蒸発源に電流 を流してジュール熱で加熱し,材料を蒸発させる。」(54頁) 「薄膜にする材料は,平衡蒸気圧が1.33Pa=10−2 Torr 程度になる温度 に加熱するのが1つの目安になるが,その温度は多くは1000〜2000Kの範 囲にあるから蒸発源材料の温度はその程度に高くならなければならない。」(55 頁)。 (4) 「はじめての薄膜作製技術 第2版」(乙3)には,次の記載がある。 「一般に,真空蒸発法においては,10 − 2 Pa程度の圧力のもとで,蒸発物質 の蒸気圧がおよそ1Pa程度となるように蒸発物質を加熱蒸発させる。」(43 頁)。 「通常の生産プロセスにおいて,比較的簡単に到達できる基板温度は300℃く らいである。」(58頁)。 (5) 「薄膜作成の基礎 第4版」(乙4)には,次の記載がある。 「蒸着しようとする材料(以下蒸着材料)を,蒸気圧でいえば1Pa(10 −2 Torr)程度が得られるまで,温度でいえばだいたい融点よりも少し高い温度に加熱 する。」(167頁)。 (6) 「トコトンやさしい 薄膜の本」(乙5)には,「薄膜を作るときの金属 の沸点や融点と基板の温度」に関し,別紙3の表とともに,普通の基板温度は「常 温〜300℃」であること,薄膜の蒸着の原理について,真空状態で薄膜材料を原 子あるいは分子状のバラバラの気体にして,基板に向かって高速で飛ばすこと,基 板に到着した気体は,そこで基板の温度である常温〜300℃に急速冷却され,液 体を経て固体となり,薄膜ができることが記載されている。 5 取消事由1(本件発明1の甲1発明に基づく新規性の判断の誤り)について − 44 − (1) 相違点1について ア 本件審決が認定した相違点1は,「重希土類元素RH(Dy,Ho,および Tbからなる群から選択された少なくとも1種)を含有する」「物体」が,本件発 明1では,「バルク体」であるのに対して,甲1発明では,「粉末」(原料合金粉 末)である点というものである。 (ア) 本件発明1の「バルク体」の意義について a 本件明細書には,「バルク体」の形状等についての明確な定義はないものの, 「RHバルク体の形状・大きさは特に限定されず,板状であってもよいし,不定形 (石ころ状)であってもよい。RHバルク体に多数の微小孔(直径数10μm程 度)が存在してもよい。」との記載(【0067】)や,実施例1では,「RHバ ルク体は,純度99.9%のDyから形成され,30mm×30mm×5mmのサ イズを有している。」との記載(【0112】)があり,RHバルク体が直径数1 0μm程度の多数の微小孔が存在し得るものであることや,実施例における大きさ が「30mm×30mm×5mmのサイズ」とされていることが挙げられている。 その一方で,本件明細書には,前記のとおり,「収着原料に粉末を使用した場合 は安全性の問題(発火や人体への有害性)や作製工程に手間がかかりコストアップ 要因となる。」との記載(【0015】)があり,本件発明においては収着原料に 粉末を使用しないことが解決すべき課題の一つとして挙げられている。 b また,前記「理化学辞典」(甲12)には,「バルク」の意味について, 「塊状の結晶・固体など,3次元的な拡がりをもち,かさばった状態の物質。薄膜, 粒体,粉末に対して用いられ,表面,界面,端の効果が無視できる状態にあるもの をさす。」と記載されている。また,甲23の「新英和大辞典」には,物理分野の 用法として,「バルクの:a巨視的な.b三次元的な嵩のある」との意味があるこ とが示されている。さらに,「バルク」の意味については,甲24の「英和和英・ 科学技術と産業用語辞典」では,「大きさ」,「容量」などと,甲25の「理化学 英和辞典」では,「大きさ」「容量」「大量」などと記載されている。そして,乙 − 45 − 2の「薄膜の基本技術 第3版」では,固体の薄膜を作る場合においては,「薄膜 になる前の普通の固まりの状態になっている物体をバルク(bulk)という。」(1 頁)と記載されている。加えて,発明の名称を「等方性永久磁石及びその製造方 法」とする特開昭59−204209号公報(乙7)では,「特開昭57−210 934において,…Fe−Ndの二元系合金を液体急冷法により非晶質リボンとし てこれを磁化して磁石とすることが提案されている。この方法では(BH)max が4〜5MGOeのものが得られるが数μm〜数10μmの厚さのリボンであるた め実用的なバルクにするには積層か粉末化後プレスが必要となりいずれの方法でも 理論密度比が60〜80%位に低下し磁石特性はさらに低下して実用的なものでな くなつてしまう。」(38頁)と記載され,希土類元素を含む磁石の分野において, 「バルク」なる用語が,「粉末」と対比して用いられることが示されている。 c 以上からすると,結晶・固体の物質等の技術分野においては,「バルク」と は,塊状の結晶・固体など,3次元的な拡がりをもち,かさばった状態の物質であ って,薄膜,粒体,粉末に対して用いられ,表面,界面,端の効果が無視できる状 態にあるものを意味するものと解されるから,本件発明1についても同様のものを 意味するものと認めるのが相当である。 (イ) 甲1発明における「粉末」(原料合金粉末)の意義について 前記のとおり,甲1発明は,処理室内において,R−Fe−B系合金粉末(Rは Yを含む希土類元素の少なくとも1種)にバインダーと水を添加,撹拌してスラリ ー状となし,これをスプレードライヤー装置によって造粒した粉末を原料粉末とし て,その粉末を磁場中で成形後,脱脂,焼結した後,0.3mm以下の研磨量で研 磨加工が施され,一対の加工対向面間の寸法が3mm以下とされた焼結体の周囲に, R−Fe−B系合金粉末を配置して,真空中で,加熱手段によって焼結体及びR− Fe−B系合金粉末に熱処理を施すことにより,焼結体表面に希土類元素Rを蒸着 もしくは吸着させて還元して,研磨加工による磁気特性の劣化を回復させるという ものである。 − 46 − そして,焼結体の周囲に配置するR−Fe−B系合金粉末は,Nd13.3原子 %,Pr0.31原子%,Dy0.28原子%,Co3.4原子%,B6.5原子 %,残部Fe及び不可避的不純物からなる原料を,Arガス雰囲気中で高周波溶解 して,ボタン状溶製合金を得て,次に,当該合金を粗粉砕した後,ジョークラッシ ャーなどにより平均粒度約15μmに粉砕し,さらに,ジェットミルにより平均粒 度3μmとした原料合金粉末である。 したがって,甲1発明にいう粉末(原料合金粉末)は,平均粒度3μm程度のも のである。 (ウ) 以上のとおり,本件発明1における「バルク体」とは,塊状の結晶・固体 など,3次元的な拡がりをもち,かさばった状態の物質であって,薄膜,粒体,粉 末に対して用いられ,表面,界面,端の効果が無視できる状態にあるものを意味す るものであるから,甲1発明における平均粒度3μm程度の「粉末」(原料合金粉 末)がこれと相違することは明らかである。 したがって,本件審決の相違点1の認定に誤りはない。 イ 原告の主張について (ア) 原告は,本件明細書の記載からすると,本件発明1の「バルク体」とは, 重希土類元素RHを含有するために適し,かつ,加熱したとき重希土類元素RHを 供給するために適したものであれば足り,薄膜,粒体,粉末を排除するものではな いなどと主張する。 しかし,前記のとおり,希土類元素を含む磁石の分野において,「バルク」は 「粉末」と対比して用いられる用語であること,本件明細書では,RHバルクの大 きさが30mm×30mm×5mmサイズであることや,RHバルク体は,直径数 10μm程度の多数の微小孔が存在し得るものであることが挙げられていること, かえって,本件発明においては収着原料に粉末を使用しないことが解決すべき課題 の一つとされていること,前記「理化学辞典」(甲12)等に挙げられた「バル ク」の意義などからすると,本件発明1にいう「バルク体」が甲1発明のような平 − 47 − 均粒度3μm程度の「粉末」を含む概念であると認めることはできない。 よって,原告の上記主張は,採用することができない。 (イ) 原告は,「バルク」の多様な意義からすると,前記「理化学辞典」(甲1 2)に示された「バルク」の意義は特殊な分野における意義で,「バルク」の概念 と相入れないものであり,しかも「バルク」と区別される粉体や粒体の大きさは, 数値的に明確に規定されるものではないなどと主張する。 本件発明1にいう「バルク体」については,塊状の結晶・固体など,3次元的な 拡がりをもち,かさばった状態の物質であって,薄膜,粒体,粉末に対して用いら れ,表面,界面,端の効果が無視できる状態にあるものと解するとしても,その形 状や大きさが数値的に明示されるものではないから,その外延が必ずしも明確でな いことは否定できないが,「バルク体」は,希土類元素を含む磁石の分野において, 「粉末」と対比して用いられる用語であり,甲1発明において焼結体の周囲に配置 されるのは,平均粒度3μmのR−Fe−B系合金粉末であるから,これが「粉 末」というべきものであることは明らかであって,本件発明1における「バルク 体」と甲1発明における「粉末」(原料合金粉末)が同一のものとみることはでき ない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (2) 相違点2について ア 本件審決が認定した相違点2は,「前記処理室内を減圧し,前記加熱手段に よって前記物体および前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱処理することに より,」「前記物体から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体 の表面に供給するように構成した」「処理装置」が,本件発明1では,「前記物 体」「から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給 しつつ,前記重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡 散させるように構成した」「拡散処理装置」であるのに対して,甲1発明では, 「前記物体」「から重希土類元素RHを前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表 − 48 − 面に供給」するように構成しているものの,「供給しつつ,前記重希土類元素RH を前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させる」ように構成したとし ておらず,「拡散」処理装置ともしていない点というものである。 イ 原告は,甲1の記載に接した当業者であれば,甲1において,希土類金属が 気化(昇華)した後,焼結磁石体の表面に付着すれば,磁石体の結晶体の粒界に多 かれ少なかれ「拡散」することを当然に認識し得たというべきであると主張する。 しかしながら,甲1には,焼結体表面に蒸着もしくは吸着した希土類元素R(D yを含む)が,焼結体内部に拡散することについて明示的な記載はない。 また,前記のとおり,甲1発明は,R−Fe−B系合金粉末に含まれている希土 類元素R(Dyを含む)が焼結体表面に蒸着もしくは吸着するというものであるが, 甲1発明では,Dyは,R−Fe−B系合金粉末にわずか0.28原子%含まれて いるにすぎず,そのDyも,焼結体の研磨加工時に製品表面が酸化して形成された 表面層を還元するために用いられているものであって(甲1【0047】【004 9】),焼結体内部に拡散させるために用いられているものではない。 そして,R−Fe−B系焼結磁石の結晶粒界にDyを拡散させることにより,保 磁力が向上することは,技術常識であるから(甲5【0032】【0033】), 甲1においてDyが焼結体内部に拡散しているのであれば,それにより保磁力が向 上すると考えられるが,甲1において,実施例1で用いられた各サンプルの各製造 工程における磁気特性の推移を示した表2(研磨加工前のもの),表3(研磨加工 後のもの)及び表4(熱処理後のもの)の記載内容を比較すると,熱処理を施すこ とにより,研磨加工により劣化した保磁力が研磨加工前の状態に回復していること は認められるものの,熱処理によって保磁力が向上したといえる形跡は見ることが できない。 そうすると,甲1発明において,Dyが焼結体内部にまで拡散しているか否かは 不明であるといわざるを得ない。 他方,本件発明1は,前記のとおり,処理室内において,重希土類元素RH(D − 49 − y,Ho及びTbからなる群から選択された少なくとも1種)を含有するバルク体 と,軽希土類元素RL(Nd及びPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rと して含有するR2 Fe14 B型化合物結晶粒を主相として有するR−Fe−B系希土 類焼結磁石体とを対向配置させ,処理室内を減圧し,加熱手段によってバルク体及 びR−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱処理することにより,バルク体から重希 土類元素RHをR−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつつ,重希土類元 素RHをR−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させるというものである。 したがって,本件発明1と甲1発明とは,重希土類元素RHをR−Fe−B系希 土類焼結磁石体の内部に拡散させるように構成された製造方法であるか否かという 点で相違するのであるから,本件審決の相違点2の認定に誤りはない。 ウ 原告は,甲28ないし31を挙げて,焼結磁石体の表面にあるDyなどの希 土類金属が,700℃から1000℃程度の熱処理により,焼結磁石体の結晶体の 粒界に多かれ少なかれ入り込むこと,すなわち「拡散」することは,本件出願に係 る前記優先権主張日当時には技術常識であったとして,甲1に接した当業者は,甲 1発明においても,希土類金属が気化した後,焼結磁石体の表面に付着すれば,磁 石体の結晶体の粒界の多かれ少なかれ「拡散」することは当然に理解し得たと主張 する。 (ア) 甲28ないし31には,次のとおりの記載がある。 甲28の「金属コーティングに続く熱処理の薄型Nd−Fe−B系焼結磁石の保 磁力への影響」には,Dy金属の3ミクロンメートルの層が薄型磁石の両面にコー ティングされ,最適な熱処理をしたサンプルについては,当初の磁石の約2倍の保 磁力が得られており,これは「Dyが完全にマトリックス結晶粒の内部に拡散され, (Nd,Dy)2 Fe14 Bのマトリックス結晶粒を形成している」と記載されてい る。 甲29の「超微小に加工されたNd−Fe−B系焼結磁石」には,小型に加工さ れた磁石表面に,スパッタによりDyあるいはTbを被着させて高温熱処理と時効 − 50 − 処理を施すと,「Ndに富む相が液層となって磁気表面のDyと反応した結果,液 層はDyに富むようになり,結晶粒界面でのみ化合物のNdがDyに置換されるた めに磁束密度の低下がほとんどなく保磁力が増大する。」と記載されている。 甲30の「粒界改質型Nd−Fe−B系焼結磁石の磁気特性」には,Nd−Fe −B系焼結磁石片をスパッタリング装置内に設置した2枚のDy又はTbターゲッ トの中間に保持し,磁石表面に厚さ数μmのDy又はTb金属を成膜したところ, 700℃〜1000℃まで昇温し,熱処理したところ,「磁気表面に成膜したTb 金属は熱処理によって磁石内部に拡散し,主として粒界相に選択的に浸透したもの と考えられる。」と記載されている。 甲31の「ネオジウム系微小焼結磁石の表面改質と特性向上」には,スパッタリ ングを行って,磁石の外周全面に厚さ1.4μmのDy金属膜を形成し,900℃ で10分,600℃で20分の2段の熱処理を実施したところ,「Dy元素が磁石 表面に濃く分布し,かつNdリッチ粒界相に選択的に拡散しておよそ30μmの深 さまで磁石内部に浸透している様子が明瞭に認められる。」(18頁)と記載され ている。 (イ) しかし,甲28,甲30及び甲31では,いずれも,焼結体の表面に数μ m程度の厚さのDy層(Dy膜)を形成し,加熱によりDyを焼結体内部に拡散さ せるというものである。拡散の生じやすさが,接触する2つの相における元素の濃 度差に影響を受けることは,一般的な科学常識であるから,甲28,甲30及び甲 31に記載されているように焼結体の表面に数μm程度の厚さのDy層を形成して, これを加熱するという工程による作用と,0.28原子%という少量のDyを含ん だR−Fe−B系合金粉末を熱処理した場合の作用を同視することはできず,甲1 発明においても,甲28,甲30,甲31と同様に,焼結体内部にDy拡散してい るか否かは不明であるといわざるを得ない。 また,甲29には,磁石表面にDyあるいはTbを被着させて,高温熱処理と時 効処理を施す旨記載されているものの,スパッタリングが用いられている点で甲1 − 51 − 発明とは異なる方法であること,高温熱処理や時効処理の温度が不明であるから, 甲29は,原告が主張するような技術常識が存在することを示すものとはいえない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 エ 原告は,甲32を挙げて,Dyの方がFeやNdよりも蒸気圧が高く,焼結 の際,より高い割合で蒸発するため,焼結磁石のDyの含有量の方が,原料の粉末 のDyの含有量よりも低い状態となるが,焼結磁石体と原料の粉末とを同時に加熱 すると,より蒸発しやすい原料の粉末からは,Dyが原料における含有量よりも多 く含まれた蒸気が発生するから,そのような蒸気が焼結磁石の表面に付着すれば, 焼結磁石中のDyとの濃度差が生じ,粒界への拡散が始まると主張する。 甲32は,物質ごとの温度と蒸気圧の関係を示したものであるが,Dyの方が, FeやNdよりも蒸気圧が高いとしても,実際に,原告が指摘する上記のような現 象が生じると認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (3) 小括 よって,取消事由1は理由がない。 6 取消事由2(本件発明1の甲1発明に基づく進歩性の判断の誤り)について (1) 相違点1について 前記のとおり,本件発明1は,R−Fe−B系希土類焼結磁石において,少ない 量の重希土類元素RHを効率よく活用し,磁石が比較的厚くとも,磁石全体にわた って主相結晶粒の外殻部に重希土類元素RHを拡散させることにより,残留磁束密 度の低下を抑制しつつ,保磁力を向上しようとするものである。そして,本件発明 1においては,重希土類元素RHを含有するバルク体から,重希土類元素RHをR −Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に供給しつつ,重希土類元素RHをR−Fe −B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させるものである。 これに対し,甲1発明は,薄肉形状や小型形状のR−Fe−B系異方性焼結永久 磁石を製造する方法において,焼結体における寸法精度をできる限り高くし,寸法 − 52 − 出しのための研磨加工による研磨量を極力少なくして,加工による磁気特性の劣化 を最小限に抑え,さらに,熱処理によって劣化した磁気特性をほぼ完全に回復させ ることにより,特に厚みが3mm以下,さらには2mm以下の薄肉,小型で寸法精 度が高くかつ磁気特性の高い焼結磁石を製造しようとするものである。そして,甲 1発明においては,焼結体を製造するための原料合金粉末である平均粒度3μmの R−Fe−B系合金粉末から,その粉末に含まれている希土類元素R(Dyを含 む)を焼結体表面に蒸着もしくは吸着させて還元して,研磨加工による磁気特性の 劣化を回復させるものである。 以上のとおり,本件発明1と甲1発明とは,いずれも,重希土類元素RHを含有 する物体から重希土類元素RHを希土類焼結磁石体の表面に供給するという点で共 通するものの,これにより解決しようとする課題は異なるものであり,また,希土 類焼結磁石体の表面に供給された重希土類元素RHの作用,目的及び効果も異なる ものである。 そして,甲1には,焼結体の周囲に配置する合金として,バルク体を用いること の記載や示唆はない。また,甲1発明は,前記のとおり,所定の組成を有する平均 粒度3μmのR−Fe−B系合金粉末を原料合金粉末として焼結体を製造するとと もに,その同じ原料合金粉末を焼結体の周囲に配置して,研磨加工による磁気特性 の劣化を回復させるためにも用いるものであって,このような甲1発明において, 焼結体の周囲に配置する原料合金粉末を,あえてバルク体とする動機付けがあると いうことはできない。 したがって,甲1発明について,相違点1に係る本件発明1の構成を採用するこ とは,当業者が容易に想到することができたものではない。 (2) 相違点2について 前記のとおり,本件発明1と甲1発明とは,これにより解決しようとする課題が 異なり,重希土類元素RHの作用,目的及び効果も異なるものである。そして,甲 1には,焼結体表面に蒸着もしくは吸着させたDyを,焼結体内部に拡散させるこ − 53 − とについての記載や示唆はなく,甲1発明において,焼結体表面に蒸着もしくは吸 着させたDyを,焼結体内部に拡散させる動機付けがあるということはできない。 したがって,甲1発明について,相違点2に係る本件発明1の構成を採用するこ とは,当業者が容易に想到することができたものではない。 (3) 原告の主張について 原告は,本件明細書には,本件発明1において「バルク体」との構成を採用する ことによる技術的な効果については記載がなく,新規性及び進歩性を基礎づける技 術的特徴は何ら認められないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,本件発明では,収着原料に粉末を使用しないこと を解決すべき課題の一つとしているのである。また,本件発明1は,Dy等の重希 土類元素RHをR−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部に拡散させるものであるか ら,Dy等の重希土類元素RHを含有するバルク体は,高純度のものが望ましいこ とは明らかである。実際,本件明細書の各実施例においても,高純度のもの(例え ば,純度99.9%のDy板)が用いられている。このように,本件発明1におい て,「バルク体」とすることには,技術的な意義があるということができる。 そして,前記のとおり,甲1発明において,焼結体の周囲に配置する原料合金粉 末を,あえてバルク体とする動機付けがあるということはできないから,甲1発明 に基づき,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたという ことはできない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (4) 小括 よって,取消事由2も理由がない。 7 取消事由3(本件発明1の甲5発明に基づく新規性の判断の誤り)について (1) 相違点3について ア 本件審決が認定した相違点3は,「加熱手段」が,本件発明1では,「前記 処理室内の温度を700℃以上1000℃以下に調節する加熱手段」であって, − 54 − 「前記バルク体および前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱処理する」もの であるのに対して,甲5発明では,磁石の温度を調整するのであって,「前記処理 室内の温度」を調節するとはしておらず,Tb−Co組成の合金ターゲット「を加 熱処理する」ともしていない点というものである。 イ 原告は,希土類金属を蒸着するためには,真空の程度及び金属の種類に応じ た温度において,加熱して気化(昇華)させれば足りることは技術常識であるとし た上で,甲5においては,結晶体の粒界に「拡散」させるために適した熱処理温度 (およそ700℃から1000℃程度)において気化(昇華)するために適した希 土類金属,例えば,Dyを希土類焼結磁石の表面に供給する方法として,「蒸着」 を用いる技術的思想も開示されていると主張する。 そこで検討するに,甲5には,希土類−鉄−ホウ素系焼結磁石の保磁力を向上す るために,希土類−鉄−ホウ素系焼結磁石の表面に,M元素(Dy,Tb,Ho 等)又はM元素を含む合金を成膜し,かつ磁石内部にM元素を拡散浸透させること によって,M元素が富化された結晶粒界層を形成すること(【請求項1】【請求項 4】【0032】【0033】),成膜は,蒸着,スパッタリング,イオンプレー ティング,レーザーデポジション等の物理的成膜法,CVDやMO−CVD等の化 学的気相蒸着法,メッキ法等により行うことができること(【0047】),通常, M元素を成膜した後に,500〜1000℃における熱処理を行ってM元素を拡散 させるが,スパッタリングの場合には,磁石試料を保持具とともに熱しておくか, スパッタリング時のRF及びDC出力を上げて成膜することにより,成膜中の磁石 を500〜1000℃,例えば800℃位にまで上昇させることができるため,実 質的にM元素を成膜させながら同時に拡散を行うこともできること(【0039】 【0040】)などが記載されている。そして,スパッタリングによる実施例1な いし3(【0054】〜【0072】)及びイオンプレーティングによる実施例4 (【0073】〜【0076】)が,M元素を成膜した後に熱処理を行ってM元素 を拡散させる場合の具体例であり,スパッタリングによる実施例5(【0077】 − 55 − 〜【0080】)が実質的にM元素を成膜させながら同時に拡散を行う場合の具体 例である。 以上のとおり,甲5には,スパッタリングの場合には,実質的にM元素を成膜さ せながら同時に拡散を行うことが記載されている。 しかしながら,スパッタリング以外の場合,例えば蒸着の場合においても,実質 的にM元素を成膜させながら同時に拡散を行うことの明示的な記載はない。 また,前記乙3,乙5の記載によれば,本件出願に係る優先権主張日当時,蒸着 による薄膜の形成においては,通常,基板の温度が常温〜300℃程度とされるこ とは,技術常識であったと認められる。そうすると,磁石(基板)を800℃程度 に加熱する甲5の実施例5において,スパッタリングに代えて蒸着を適用すること, すなわち,Tb−Co合金を蒸着材料として用いて,蒸着により磁石の表面に成膜 を行うと同時に磁石(基板)を800℃程度に加熱して拡散するようにすることは, 上記のような技術常識に反するものといわざるを得ない。 さらに,本件出願に係る優先権主張日当時,蒸着による薄膜の形成においては, 通常,「10 −2 Torr」の蒸気圧が得られる温度で蒸着材料を加熱することは,技 術常識であったものである(甲15の1,乙2〜4)。甲5におけるM元素である Dy,Tb,Hoにおいて,このような蒸気圧が得られる温度は,いずれも,10 00℃を越える温度となるから(甲15の1),甲5の実施例5において,スパッ タリングに代えて蒸着を適用した場合,蒸着材料としてのTb−Co合金を100 0℃を超える温度で加熱することを要するものとなる。 そうすると,甲5には,Tb−Co合金を蒸着材料として用いて,その蒸着材料 を700℃以上1000℃以下に加熱して,蒸着により磁石の表面に成膜を行うと 同時に,磁石を800℃程度に加熱して蒸着材料を磁石内部へ拡散を行う発明が記 載されているということはできない。 以上のとおり,甲5には,蒸着材料を700℃以上1000℃以下に加熱して, 蒸着により磁石の表面に成膜を行うと同時に,磁石を800℃程度に加熱して蒸着 − 56 − 材料を磁石内部へ拡散を行う発明が記載されているとはいえないから,結局,「処 理室内を700℃以上1000℃以下に加熱する」ことも記載されているとはいえ ず,本件発明1と甲5発明とは,この点で相違する。 したがって,本件審決の相違点3の認定に誤りはない。 ウ 原告は,甲32ないし34を挙げて,蒸着のために10−2 Torr の蒸気圧が 必要であることは,本件出願に係る優先権主張日当時の技術常識とはいえないと主 張する。 しかし,原告の上記主張は,真空蒸着において,装置内に残留する気体の圧力を 示す「真空度」と,蒸着材料を適切な速度で蒸発させるための加熱温度における蒸 着材料の「平衡蒸気圧」とを混同するものである(甲33,34)。また,甲32 は,蒸気圧と温度との関係を一般的に示したものにすぎず,蒸着に適した蒸気圧や 温度を示したものということはできない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 なお,原告は,乙2には,「蒸発源材料の平衡蒸気圧が10−6 Pa 台かそれを少 し上回る温度で多くの薄膜材料を蒸着することができる」と記載されているとも主 張する。 しかしながら,乙2は,蒸着材料(薄膜材料)を保持し,加熱するための「蒸着 源材料」の蒸気圧を示すものであるから,原告の上記主張は,「蒸着材料」と「蒸 着源材料」とを混同するものであり,これを採用することはできない。 (2) 小括 よって,取消事由3も理由がない。 8 取消事由4(本件発明1の甲5発明に基づく進歩性の判断の誤り)について (1) 甲5発明に基づく容易想到性について 前記のとおり,本件発明1は,重希土類元素RHの気化(昇華)はほとんど生じ ないが,R−Fe−B系希土類焼結磁石における希土類元素の拡散が活発に生じる 温度である700℃以上1000℃以下の温度範囲とすることにより,RHバルク − 57 − 体の気化(昇華)をRH膜の成長速度がRHの磁石内部への拡散速度よりも極度に 大きくならない程度に抑制しつつ,焼結磁石体の表面に飛来した重希土類元素RH を速やかに磁石体内部に拡散させるというものである(甲20【0037】)。 しかるに,前記のとおり,甲5には,スパッタリングの場合には,実質的にM元 素を成膜させながら同時に磁石内部へ拡散を行うことが記載されているといえるが, 蒸着の場合においても,実質的にM元素を成膜させながら同時に磁石内部へ拡散を 行うことが記載されているとはいえない。 また,前記のとおり,蒸着による薄膜の形成においては,通常,基板の温度が常 温〜300℃程度とされることは,技術常識である。このような技術常識を踏まえ ると,磁石試料(基板)を約800℃に加熱する甲5発明において,スパッタリン グに代えて蒸着を適用する動機付けがあるということはできない。 さらに,蒸着による薄膜の形成においては,通常,「10 − 2 Torr」の蒸気圧が 得られる温度で蒸着材料を加熱することは,技術常識であり,甲5におけるM元素 であるDy,Tb,Hoにおいて,このような蒸気圧が得られる温度は,いずれも, 1000℃を越えるものである。したがって,甲5発明において,スパッタリング に代えて蒸着を適用してみたとしても,蒸着材料としての80質量%Tb−20質 量%Co組成の合金を,1000℃を超える温度で加熱することになるだけである。 そうすると,甲5発明において,スパッタリングに代えて蒸着を適用し,その際, 蒸着材料としての80質量%Tb−20質量%Co組成の合金を700℃以上10 00℃以下に加熱する動機付けがあるとはいえない。 以上のとおり,甲5発明において,蒸着材料としての80質量%Tb−20質量 %Co組成の合金を700℃以上1000℃以下に加熱して,蒸着により磁石の表 面に成膜を行うと同時に,磁石を800℃程度に加熱して拡散を行う動機付けがあ るとはいえないから,結局,甲5発明において,「処理室内を700℃以上100 0℃以下に加熱する」動機付けがあるとはいえない。 (2) 甲5発明及び甲4に記載された発明に基づく容易想到性について − 58 − 原告は,甲4には,サマリウムから成るブロックを加熱する具体的な加熱手段は 記載されていないが,石英チューブという閉空間でリボンが加熱されていれば,同 じチューブ内のサマリウムから成るブロックも加熱されていると当然認識でき,サ マリウムが気化してリボンの表面に供給されると理解できると主張する。 しかしながら,前記のとおり,甲4には,SmFe10 (Ti1 −X MX )2 (M= V,Cr,Mn,及びMo)のリボンをサマリウム雰囲気において700℃〜90 0℃でアニーリングしたことや,リボンは,サマリウムから成る小ブロックととも に石英チューブ内に配置し,10 − 2 トールの真空で封止したことは記載されてい るものの,バルク体から重希土類元素RH(Dy,Ho及びTb)をR−Fe−B 系希土類焼結磁石体に供給するときに加熱手段によってバルク体を加熱処理するこ との記載や示唆はないから,甲4には,甲5発明について,蒸着材料としての80 質量%Tb−20質量%Co組成の合金を700℃以上1000℃以下に加熱して, 蒸着により磁石の表面に成膜を行うと同時に,磁石を800℃程度に加熱して蒸着 材料を磁石内部へ拡散を行うことの動機付けがあるということはできない。 したがって,そうである以上,甲5発明及び甲4に記載された発明に基づき,当 業者において,相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到することができたと いうことはできない。 (3) 小括 よって,取消事由4も理由がない。 9 取消事由5(本件発明2ないし10の新規性・進歩性に係る判断の誤り)に ついて 前記5ないし8のとおり,本件発明1は,甲1又は甲5に基づき,新規性・進歩 性が否定されるものではない。 したがって,本件発明1に係る発明特定事項を全て含み,更に発明特定事項を付 加した本件発明2ないし10についても,甲1又は甲5に基づき,新規性・進歩性 が否定されるものではないことは明らかである。 − 59 − よって,取消事由5も理由がない。 10 結論 以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決に これを取り消すべき違法は認められない。 したがって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと おり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 富 田 善 範 裁判官 大 鷹 一 郎 裁判官 齋 藤 巌 − 60 − (別紙省略) − 61 − |