運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2001-22584
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  国際出願 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 243号 審決取消請求事件
原告 ASMインターナショナル N.V. (変更前の名称,審決上の名称:アドバンスド セミコンダクター マテリ アルズ インターナシヨナル N.V.)
訴訟代理人弁理士 後藤洋介,池田憲保,山本格介
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 宮崎侑久,神崎孝之,高木進,大橋信彦,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-22584号事件について平成15年1月20日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:原告 発明の名称:当初は「ウェーファーの形の半導体基質を無接触的に処理する方法及び装置」であったが,平成13年7月12日付け補正により,「半導体基質を無接触的に処理する方法及び装置」と訂正された。
出願番号:特願平10-505093号 出願日:平成9年7月8日を国際出願日とするもの(優先権主張:平成8年7月8日オランダ国)。
(2) 本件手続 拒絶査定日:平成13年9月6日 審判請求日:平成13年12月17日(不服2001-22584号) 手続補正:平成14年1月16日(本件補正) 審決日:平成15年1月20日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」(理由中で本件補正が却下された。) 審決謄本送達日:平成15年2月13日(原告に対し。出訴期間90日附加。) 2 本件における特許請求の範囲の記載 (1) 平成13年7月12日付け補正後,本件補正前の特許請求の範囲の記載(甲4。請求項は1ないし14まであるが,1のみを記載する。以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。) 「1 半導体基質を少なくとも部分的に収納する装置の中に該半導体基質を入れ,互いに相対して配置された第1及び第2の側方部分から該半導体基質の二つの相対する側へと二つのガス流を反対方向で該半導体基質の両側の平坦な面に流して該半導体基質を位置付け,該第1及び第2の側方部分の各々と半導体基質との間の間隔を最大1mmに設定する半導体基質を無接触的に処理する方法において,該側方部分の少なくとも一つを200℃より高い温度に加熱し,処理すべき半導体基質の表面の上に均一に分布するように該半導体基質の両側の平坦な面の全体を越えて延びる該側方部分からガス流を供給することを特徴とする方法。」 (2) 本件補正に係る特許請求の範囲の記載(甲5。請求項は1ないし13まであるが,請求項1のみを記載する。以下,請求項1に係る発明を「補正発明」という。) 「【請求項1】半導体基質を,第1及び第2の側方部分の2つの相対する平面の間に配置し,互いに相対して配置された第1及び第2の側方部分から該半導体基質の二つの相対する平坦な側へと二つのガス流を反対方向で流し,該第1及び第2の側方部分の各々と半導体基質との間の空隙を最大約1mmに設定し,該側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する半導体基質を無接触的に処理する方法において,側方部分を,所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲み,加熱すべき半導体基質の平面の上に均一に分布するように,側方部分の各々からガス流を供給することを特徴とする方法。」(判決注:審決と同様に,甲5の記載のうち,「側部部分」を「側方部分」と,「半導体ウエーファー」を「半導体基質」と,「移動せして」を「移動せしめて」とそれぞれ改めて記載した。この点は,原告も争う趣旨ではない。) 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,本件補正の独立特許要件について検討し,引用例1(特開昭59-215718号公報)に記載の発明ないし技術的事項,引用例2(特公平3-38740号公報)記載の技術的事項及び参考文献(特開平5-13355号公報)記載の技術的事項について認定した。
(2) 審決は,その上で,引用例1に「半導体基板を,石英などの赤外線を透過する材料で作られた上蓋及び石英などの赤外線を透過する材料で作られた保持板の2つの相対する平面の間に配置し,互いに相対して配置された上蓋及び保持板の内の保持板から該半導体基板の下面の平坦な側へガス流を流し,その際,該半導体基板の平面の上に均一に分布するようにガス流を供給して該半導体基板を0.5mm以下の空隙で浮揚させ,該上蓋の上方及び該保持板の下方から赤外線照射装置により該半導体基板を無接触的に加熱処理する方法。」の発明(以下「引用発明1」ともいう。)が記載されていると認定して,補正発明と引用発明1を対比し,一致点につき,次のとおり認定した。
「引用発明1における『半導体基板』,『石英などの赤外線を透過する材料で作られた上蓋』,『石英などの赤外線を透過する材料で作られた保持板』は,それぞれ,補正発明における『半導体基質』,『第1の側方部分』,『第2の側方部分』に相当する。また,引用発明1における『赤外線照射装置』は,『半導体基板』を加熱するためのものであるが,『保持板』,『上蓋』も結果的に加熱していることは明らかである。さらに,引用発明1における『加熱処理方法』は『処理方法』の一種ということができる。
よって,両者は以下の点で一致する。 半導体基質を,第1及び第2の側方部分の2つの相対する平面の間に配置し,互いに相対して配置された第1及び第2の側方部分の内の第2の側方部分から該半導体基質の平坦な側へとガス流を流し,その際,該半導体基質の平面の上に均一に分布するようにガス流を供給して,該第2の側方部分と半導体基質との間に空隙を設け,該側方部分の少なくとも一つを加熱する半導体基質を無接触的に処理する方法。」 (3) 審決は,補正発明と引用発明1との相違点につき,次のとおり認定した。
「相違点1:補正発明では,半導体基質が第1及び第2の側方部分の各々との空隙が最大約1mmとなるように,第1及び第2の側方部分の両方からガス流が半導体基質の平面の上に均一に分布するように半導体基質に向けて供給されているのに対し,引用発明1では,半導体基質と第2の側方部分の間の空隙が0.5mm以下となるように,第2の側方部分のみからガス流が半導体基質の平面の上に均一に分布するように半導体基質に向けて供給されている点。
相違点2:補正発明では,側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱しているのに対し,引用発明1では,どの程度まで加熱しているのか明らかでない点。 相違点3:補正発明では,側方部分を,所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むことにより,2つの側方部分の間に半導体基質を配置させているのに対し,引用発明1では,どのようにして,2つの側方部分の間に半導体基質を配置させているのか明らかでない点。」 (4) 審決は,上記相違点につき,次のとおり判断した。
(a)「相違点1について:シリコンウェーファー等の薄形基板(「半導体基質」に相当する。)の両面にガス流を供給して,該基板を浮上させることが引用例2に記載されていることから,引用発明1において,第2の側方部分からだけでなく,第1の側方部分からもガス流を半導体基質の平面の上に均一に分布するように供給することは,当業者であれば容易に想到したことである。また,その際に,第1の側方部分と半導体基質の間の空隙を第2の側方部分と半導体基質の間の空隙と同程度の0.5mm以下(「最大約1mm」に含まれる。)とすることも当業者であれば容易に想到したことである。」 (b)「相違点2について:引用発明1において,半導体基質は赤外線照射装置により1000℃以上の高温に加熱されているが,シリコンウェーファー(「半導体基質」に相当する。)を赤外線照射装置により同程度の温度(約1000℃)まで加熱した場合に,特に冷却を施さなければ石英窓の温度が500℃以上になることが参考文献に記載されていることから,特に冷却を施していない引用発明1の場合でも,石英で作られた第2の側方部分の温度は,少なくとも約200℃より高い温度になっているといえる。したがって,この相違点2は,実質的な相違点とはいえない。」 (c)「相違点3について:引用発明1において,第1の側方部分と第2の側方部分の間に半導体基質を配置するには,第1の側方部分と第2の側方部分とを相互に離間させた状態でなければ,半導体基質を第1の側方部分と第2の側方部分の間に挿入できないことから,一方の側方部分を他方の側方部分から離れるように相互に移動せしめ,半導体基質を2つの側方部分の間に導入し,その後,一方の側方部分を他方の側方部分の方に相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むようにすることは,当業者であれば容易に想到し得た方法であり,また,第1の側方部分と第2の側方部分の間に半導体基質を配置する間は,加熱をしないことは当然であるので,引用発明1において,側方部分を,所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むことにより,2つの側方部分の間に半導体基質を配置させることは,当業者であれば容易に想到したことである。」 (d)「補正発明の効果は,引用例1,2記載の発明ないし技術的事項から当業者が予測することができる程度のものであって,格別なものとはいえない。」 (e)「補正発明は,引用例1,2記載の発明ないし技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により独立して特許を受けることができないものである。」 (5) 審決は,本件補正の許否について,次のとおり結論付けた。
「補正後の請求項2〜13に係る発明の独立特許要件を判断するまでもなく,本件補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものであり,却下する。」 (6) 審決は,本件補正が許されないとの判断をふまえて,本願発明について検討し,次のとおり認定判断した。
「本願発明は,補正発明と比較して,表現上若干の相違がみられるものの結局のところ,当該補正発明から,その発明特定事項である『側方部分』について,『所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲』むものであるという技術的限定を省いたものである。
そうすると,本願発明の発明特定事項を全て含み,さらに上記技術的限定が加えられた補正発明が,上記に記載したとおり,引用例1,2記載の発明ないし技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである以上,本願発明も,同様の理由により,引用例1,2記載の発明ないし技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないので,本件出願の請求項2〜14に係る発明について判断するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り) (1) 補正発明の特徴をまとめると,半導体基質を4秒程度の時間内に200℃より高い温度まで加熱するために,側方部分を直接的に加熱すること(特徴1),加熱装置を備えた側方部分が相互に移動可能であること(特徴2),及び,熱伝達を行うためのガス流を半導体基質の両面から供給し,かつ,半導体基質と各側方部分との間隔を最大1mmにしたこと(特徴3)を備えていることを特徴としている。
(2) 引用発明1の「上蓋」及び「保持板」が補正発明の「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に相当するとの審決の認定は,誤りである。
引用発明1における「上蓋」及び「保持板」は,いずれも上下方向に移動できる機構を備えていないし,加熱装置も備えていない。したがって,半導体基板の到来の度ごとに,上蓋又は保持板のいずれかを半導体基板方向に接近移動させて半導体基板を加熱処理すること,並びに,上蓋及び保持板により直接半導体基板を加熱することを引用発明1から見いだすことはできない。
他方,補正発明では,半導体基板(半導体基質)の到来の度ごとに,半導体基質との間隔が最大1mmとなる位置まで相互に移動させて,半導体基質を囲む構成を備えた2つの側方部分を要件とし,側方部分の少なくとも一つはそれ自身を約200℃より高い温度に加熱する構成をも要件とし,また,2つの側方部分には,それぞれガス供給通路が設けられている点をも要件としている(請求項10〔装置の発明〕もまた上記のような構成を有している。)。
上記の点を考慮すると,引用発明1の「上蓋」及び「保持板」をもって,補正発明の「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に相当するとした審決の認定は誤りである。
(3) 審決は,「引用発明1における『赤外線照射装置』は,『半導体基板』を加熱するためのものであるが,『保持板』,『上蓋』も結果的に加熱していることは明らかである。」と認定しているが,誤りである。
審決は,補正発明と引用発明1が,シリコンウェーファーを石英窓を介して赤外線を放射するランプによって加熱することを前提として認定を行っている。しかしながら,引用発明1は,「保持板」,「上蓋」の外側に赤外線照射装置8を設置した構成を開示しているだけで,「保持板」,「上蓋」自身に加熱装置を設ける構成及び効果について開示していないから,引用発明1から,「保持板」,「上蓋」自身に加熱装置を設ける構成及び効果を類推することは,不可能である。引用発明1は,「保持板」及び「上蓋」により直接半導体基板を加熱する構成並びにその構成による迅速加熱の効果については何ら言及していない。すなわち,赤外線照射装置自身を半導体基質に対して移動させて半導体基質を加熱することについて,引用発明1には何ら記載されていない。したがって,審決の上記認定も失当である。
(4) 審決は,補正発明と引用発明1との一致点として,「半導体基質を,第1及び第2の側方部分の2つの相対する平面の間に配置し,互いに相対して配置された第1及び第2の側方部分の内の第2の側方部分から該半導体基質の平坦な側へとガス流を流し,その際,該半導体基質の平面の上に均一に分布するようにガス流を供給して,該第2の側方部分と半導体基質との間に空隙を設け,該側方部分の少なくとも一つを加熱する半導体基質を無接触的に処理する方法。」の点を認定するが,誤っている。
上記認定は,補正発明の第1及び第2の側方部分に関する誤った認定を前提としている。
さらに,補正発明は,第1のガス流を第1の側方部分から流し,第2のガス流を第2の側方部分から流す構成を備えるとともに,ガス流を半導体基板の2つの対向する平面に互いに対向方向に流す構成を採用しており,これによって,半導体基質を浮上させるとともに,ガス流による迅速加熱を可能にする構成である。しかし,審決は,一方からのみガス流を供給する引用発明1と一致すると認定しており,誤っている。
(5) 補正発明の「側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する」との記載は,補正発明を論理的,合理的に解釈した場合,側方部分自体を加熱するとの意味に解釈するのが妥当である。補正発明では,側方部分を半導体基質に近接,移動させて加熱することにより,短時間内に半導体基質を加熱できる技術を開示している。補正発明では,側方部分自身に加熱装置を設けるとともに,当該側方部分を半導体基質に対して接近,移動させることにより,加熱を迅速に行えることを提案している。補正発明は,加熱を半導体基質に対して接近した位置に移動させて行うことによって始めてその目的を達成できるのである。
さらに,補正発明は,「側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲」むとの記載と併せて,短時間内に加熱するという補正発明の趣旨を実現する構成を明記している。
側方部分は,加熱装置を内在しているものと解釈することによって,側方部分を移動させる補正発明における技術的及び物理的意義を見いだすことができ,かつ,補正発明に記載されている事項のみによって補正発明の技術的意義を明確に把握できる。換言すれば,上記の論理的,合理的な解釈によって,補正発明に記載されていない事項を必須の構成要件にすることなく,補正発明の趣旨が明確に理解できる。
(6) 補正発明においては,@ガス流をそれぞれ流すことができ,A半導体基質(基板)を両側から挟む形で浮上させることができ,B半導体基質を浮上させた状態で内部に収容でき,C半導体基板に対して移動可能であるとともに,D加熱することができる新規な部材(部品)を表現するために,「第1及び第2の側方部分」との用語が使用されている。上記の新規な機能を全て備えた部材(部品)について,当該技術分野では一義的に明確な定義は存在しないのである。補正発明に記載された「第1及び第2の側方部分」の技術的意義を特許請求の範囲の記載だけを参酌して認定することには,若干無理があったとしても,「第1及び第2の側方部分」は新規な部材であって当該技術分野において一義的な明確な定義がない以上,明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌して認定しなければならない特段の事情がある。そこで,本願明細書及び図面を参照すると,実施例として,側方部分6,7の内部に加熱用コイル8,9が設けられており,それ以外の実施例は示されていない。そして,側方部分6,7は,図1に示された状態から図2に示されたように,互いに間隔を置いて閉じた状態になり,これによって,ウェーファー3を近接した位置から迅速に加熱することができるのである。このように,本願明細書及び図面を参酌することにより,補正発明の技術的及び物理的意義はより明確になる。
したがって,補正発明において,加熱を行う側方部分が明記されていることは,補正発明の趣旨に基づく論理的,合理的解釈,又は,本願明細書及び図面を参酌することによって明らかである。
(7) 引用発明1における上蓋及び保持板は,それぞれ石英などの赤外線を透過し易い材料で作られており,赤外線照射装置8は固定された位置に設けられており,赤外線照射装置8とウェーファー2との間隔を変化させることについては全く記述していない。したがって,引用発明1の上蓋及び保持板は,赤外線照射装置によって不所望に加熱されることがあっても,固定位置に設けられた赤外線照射装置によって,ウェーファーに対して移動する上蓋及び保持板を加熱した場合,赤外線照射装置から離れるにしたがって,上蓋及び保持板がウェーファーに近づくにしたがって,赤外線照射装置による上蓋及び保持板の加熱温度は低くなり,ウェーファーの加熱には役立たない。かえって,赤外線照射装置から離れるにしたがって,赤外線を透過する上蓋及び保持板の温度はウェーファーの温度よりも低くなってしまう。
このように,引用発明1の上蓋及び保持板は,ウェーファー2より低い温度になると,ウェーファー2からの熱を吸収して,加熱の代わりに,ウェーファー2を冷却してしまう。加熱に寄与しない引用発明1の上蓋及び保持板を,補正発明に記述した第1及び第2の側方部分と対応付けた審決は,事実を誤認している。
一方,補正発明の趣旨を考慮して,論理的,合理的に解釈すれば,加熱機能を備えた側方部分が使用されていることは明らかである。審決は,補正発明には記載されていない赤外線照射装置を構成要素として挙げ,当該赤外線照射装置によって側方部分を加熱するものと誤解している。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点の看過) (1) 審決は,前記のように,「上蓋」及び「保持板」を補正発明における「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に誤って対応付けており,すなわち,補正発明が前記特徴を有することを看過しており,これを前提に相違点の認定をしているので,前記の誤りが相違点1ないし3の認定の誤りともなっている。
また,補正発明は,半導体基質を個別に側方部分間に取り込み,極めて近接した位置から側方部分により加熱することによって,半導体基質を個別に迅速に加熱することを可能にしており,迅速加熱及び単一ウェーファー処理を無視した審決は,補正発明の趣旨を誤認している。
(2) 補正発明においては,第1及び第2の側方部分からガス流を供給するのは,間隙を最大1mmに維持して半導体基質を浮揚するためにだけ供給するのではなく,半導体基質を均一に加熱するために供給するのであり,最大1mmの間隙は半導体基質を迅速に加熱するための条件である。審決の相違点1の認定は,このことについて無視している点で失当である。
(3) 審決は,相違点3の認定において,「補正発明では,側方部分を,所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むことにより,2つの側方部分の間に半導体基質を配置させている」とだけ認定し,2つの側方部分を相互に移動させることによる物理的な意義について全く考慮していない点で誤りである。。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点の判断の誤り) (1) 相違点1についての判断の誤り 審決の判断の前提に誤りがあることは前記のとおりであるが,さらに,ガス流の供給を基板を浮上させるためだけの条件と認定している点で誤っている。すなわち,審決においては,熱伝達を迅速に均一に行うための媒体としても機能するガスの供給について全く認識されていないし,ガスを半導体基質の両面から供給することが均一に加熱することの条件であるとの認識もない。
審決は,引用発明1の0.5mm以下の空隙を各側方部分と半導体基質との間隔と解釈しているが,補正発明における最大1mmの間隙とは,加熱装置を有する側方部分と半導体基質との間隙,つまり,加熱装置と半導体基質との間隙であって,引用発明1についていえば,ウェーファー2と,赤外線照射装置8との間の間隔に相当するものであり,間隙の意味について,審決は誤認している。
(2) 相違点2についての判断の誤り (a) 前記のとおり,上蓋及び保持板のほかに赤外線照射装置を備え,当該赤外線照射装置によりウェーファーを加熱する引用発明1の装置と,側方部分で直接半導体基質を加熱する補正発明とを同一視している点で,審決は,誤っている。
また,補正発明における第2の側方部分が引用発明1における上蓋,保持板と同様に石英で作られているかのような誤認もある。
(b) 赤外線を透過する材料によって形成された上蓋,保持板はウェーファーに比較して低温に保たれるのが普通であり,参考文献では,短い波長から長い波長の赤外線(0.5〜10μm)を発光する石英ランプを使用した場合,波長の長い赤外線によって石英窓が不所望に加熱されることを開示しているだけであり,加熱された石英窓によってウェーファーを加熱することを企図したものではない。石英窓の加熱とは,逆に,参考文献は石英窓を冷却することを明らかにしており,石英窓の加熱を有効に利用することについては何ら開示されていない。さらに,石英窓を移動させ,急速加熱を行う点についても参考文献は全く示唆していない。
(c) 審決は,石英からなる参考文献の石英窓と,補正発明における側方部分とを同一視している点で誤っている。すなわち,参考文献における石英窓は,ウェーファーを加熱するものではなく,かつ,当該石英窓を移動させるものでもない。また,引用例1に記載された上蓋及び保持板は,石英等の赤外線を透過し易い材料で構成されていることは明白である。したがって,引用発明1のように,赤外線を透過し易い材料で作られた上蓋及び保持板に赤外線を照射しても,赤外線は上蓋及び保持板を透過するだけで,上蓋及び保持板は赤外線によって加熱されることはないのであるから,引用発明1から上蓋及び保持板を用いてウェーファーを加熱するという発想自体を導きだすことはできない。
たとえ,参考文献に記載されたように,長波長の赤外線によって石英で作られた石英窓が500℃以上に不所望に加熱されることがあったとしても,引用発明1の上蓋及び保持板が500℃以上に加熱される根拠とはならない。まして,引用発明1は,赤外線によって上蓋及び保持板を赤外線を透過する材料によって形成して,当該上蓋及び保持板が加熱されるのを防止することを明らかにしているのであるから,審決のように,参考文献と引用発明1との組み合わせを論じることには誤りがある。しかも,参考文献及び引用発明1を組み合わせても,上蓋及び保持板を半導体基板に対して接近,移動させること,及び,接近した位置で半導体基板を加熱することによって加熱を迅速に短時間内に行えることについて類推することは,不可能である。
(3) 相違点3についての判断の誤り 前記のとおり,引用発明1の上蓋及び保持板を補正発明の第1及び第2の側方部分と同一視している点で判断を誤っている。
さらに,審決は,移動する機構を備えていない引用発明1の上蓋及び保持板から,上蓋及び保持板とは明らかに構造の異なる補正発明における第1及び第2の側方部分を相互に移動させることは容易に想到し得たと判断しているが,全く根拠がない。
また,引用発明1は,上蓋及び保持板を移動させることによる効果について全く開示していないし,たとえ引用発明1において,上蓋及び保持板を移動させたとしても,加熱装置である赤外線照射装置の位置は固定されているのであるから,補正発明における迅速加熱を実現することはできない。換言すれば,引用発明1は,ウェーファーを近接した位置で加熱することについて,全く開示していない。むしろ,引用発明1における赤外線照射装置の位置は固定されているのであるから,引用発明1から,半導体基質の加熱を近接した位置で行うこと,及び,近接した位置における加熱により半導体基質を迅速に加熱することを見いだすことは不可能である。
(4) 効果に関する認定判断の誤り 前記のとおり,審決は,補正発明の技術的事項及び迅速加熱の効果について誤解し,その結果,半導体基質を迅速に加熱する効果について全く記載のない引用例1及び2記載の発明から,補正発明を容易に想到できるものと誤認している。
補正発明を論理的,合理的に解釈すれば,側方部分により近接して直接加熱することにより迅速加熱の効果が得られることは明らかであるから,効果においても,審決には誤認がある。
4 取消事由4(本願発明の進歩性についての認定判断の誤り) 本件補正が却下されたとしても,本願発明は,側方部分自体に備えられた加熱装置により,半導体基質を近接した位置(1mm)から加熱することにより,迅速に半導体基質を加熱できる点では,補正発明と共通している。
一方,引用例1及び2並びに参考文献には,加熱装置を有する側方部分及びその側方部分を移動させることについて何ら記載されていないし,また,迅速加熱装置について全く示唆されていない。したがって,本件出願の請求項1ないし14に係る発明は特許されるべきものである。
被告の主張の要点
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)に対して (1) 審決で独立特許要件について判断した発明は,特許請求の範囲の請求項1に係る補正発明であり,「側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する」というものであって,本件補正に係る請求項10と比較すれば明らかなとおり,側方部分が加熱装置を有することを限定事項とするものではない。したがって,特許請求の範囲の請求項1の記載に基づかない原告の主張は,失当である。
そして,上記記載は,それ自体発明特定事項として明確であるので,発明の要旨認定に際しては,明細書の記載を参酌する余地はない。
(2) 審決では,「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」が相互に移動する点,「側方部分」の各々からガス流を供給する点については,「上蓋」及び「保持板」との相違点として認定している。また,「上蓋」及び「保持板」についても,それらが加熱装置を備えているものと認定しているのではなく,「半導体基板」を加熱する「赤外線照射装置」により加熱されるものとして認定しており,認定に誤りはない。
審決では,補正発明につき,赤外線を放射するランプによって加熱することを前提として認定しているのではなく,補正発明における「側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する」という発明特定事項が加熱装置について限定するものでないことから,補正発明をそのようなものと認定し,対比・判断を行っているものであって,原告の主張は失当である。
また,審決では,補正発明と引用発明1とは,第1のガス流を第1の側方部分から流している限りで一致し,「第1のガス流を第1の側方部分から流し,第2のガス流を第2の側方部分から流す構成を備えるとともに,ガス流を半導体基板の2つの対向する平面に互いに対向方向に流す構成」は相違点1としたものであって,誤りはない。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点の看過)に対して 審決は,「保持板の加熱」及び「保持板の移動」に関する補正発明との相違については,相違点2及び相違点3で認定している。
また,審決は,補正発明が半導体基質と各側方部分との間隙について特定した部分も含めて相違点1として認定している。
補正発明の「側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する」との記載の意味するところは,前記のとおりである。本件補正に係る請求項10において「側方部分が加熱装置を有している」点が限定されているとしても,そのような限定のない補正発明において,側方部分が加熱装置を有しているかどうかは,独立して認定すべき事項である。
半導体基質を個別に側方部分間に取り込むことを目的とするにせよ,極めて近接した位置から側方部分により加熱することを目的とするにせよ,審決では,2つの側方部分を相互に移動させることを含めて引用発明1と補正発明との相違点3であると認定している。
以上のとおり,審決の相違点の認定に誤りはない。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点の判断の誤り)に対して (1) 相違点1についての判断の誤りに対して ガスを半導体基質の両面から供給して浮揚させることが引用例2に記載されており,引用発明1においてガスを両面から供給することは容易に想到することができたとする審決の判断に誤りはない。そして,引用発明1も半導体基質を加熱する技術分野における発明であるから,加熱の際にガスの供給が両面から均一に分布するように行われていれば,結果として半導体基質の加熱も当然均一に行われるであろうことは,当業者であれば容易に理解できることである。
補正発明の「第1及び第2の側方部分の各々と半導体基質との間の空隙」が,側方部分と半導体基質との間を指すことは記載上明白であり,審決に誤りはない。また,前記のとおり,補正発明は「側方部分が加熱装置を有する」と限定されているものではない。
(2) 相違点2についての判断の誤りに対して 審決では,側方部分の加熱について,赤外線照射装置により半導体基質を約1000℃の高温に加熱するものでも石英窓の温度が500℃以上になることを示す参考文献を例示し,上蓋及び保持板を石英とし,半導体基質を1000℃以上の高温に加熱する引用発明1においても,その側方部分の温度が約200℃より高い温度に加熱されていることがうかがえるとして,実質的な相違点として認められないと判断したものであり,誤りはない。また,前記のとおり,補正発明は「側方部分が加熱装置を有する」と限定されているものではない。
(3) 相違点3についての判断の誤りに対して 審決では,側方部分の移動について,引用発明1の上蓋及び保持板に移動する機構がないことを相違点3として認定し,その上で,第1及び第2の側方部分を相互に離間させた状態でなければ,半導体基質を第1及び第2の側方部分に挿入できないのであれば,当業者であれば当然第1及び第2の側方部分を離間させて半導体基質を挿入し,その後第1及び第2の側方部分を元の位置に戻して加熱を行う程度のことは,容易に想到し得ると判断したものであり,誤りはない。また,前記のとおり,補正発明は「側方部分が加熱装置を有する」と限定されているものではない。
(4) 効果に関する認定判断の誤りに対して 側方部分が加熱装置を有するとの発明特定事項が補正発明にない以上,原告の効果に関する主張は,補正発明の発明特定事項に基づかない主張であり,失当である。
4 取消事由4(本願発明の進歩性についての認定判断の誤り)に対して 審決の認定判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について (1) 引用発明1の「上蓋」及び「保持板」が補正発明の「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に相当するとした審決の認定について (1-1) 引用発明1は,審決が認定したように,「半導体基板を,石英などの赤外線を透過する材料で作られた上蓋及び石英などの赤外線を透過する材料で作られた保持板の2つの相対する平面の間に配置し…該上蓋の上方及び該保持板の下方から赤外線照射装置により該半導体基板を無接触的に加熱処理する方法」であるところ(甲6。原告もこの点を争う趣旨ではない。),引用例1(甲6)の第1図によれば,上記「上蓋」及び「保持板」がウェーファー(半導体基板)の側方に配置されていることは,明らかである。このように,引用発明1の「上蓋」及び「保持板」は,半導体基板の側方に配置される部分であるから,「側方部分」といえる。そして,両者は,互いに相対して配置され,その相対する平面の間に半導体基板を配置して処理するのに用いられる点において,補正発明の「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に相当することは明らかであって,少なくともこの限りにおいて審決の認定に誤りはない。
(1-2) 原告は,前掲第3,1(1)で主張の補正発明の特徴をふまえ,同(2)において,審決の上記認定が誤りである理由の1つとして,補正発明は,「側方部分自身に加熱装置」を設けているが,引用発明1における「上蓋」及び「保持板」は,この構成を有しないと主張する。
これに対し,被告は,補正発明の側方部分が加熱装置を有していること自体を否定し,審決も同旨の認定に立っていることが明らかである。したがって,補正発明の要旨認定が実質的な争点である。
(a) 原告は,前掲第3,1(5)のとおり述べて,請求項1の記載の論理的,合理的な解釈により,側方部分は加熱装置を内在しているものと解釈し得ると主張する。
そこで,検討するに,補正発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は,前掲のとおりであり,このうち,加熱に関する構成は,単に「該側方部分の少なくとも一つを約200℃より高い温度に加熱する」というものである。これによれば,補正発明において,「約200℃より高い温度に加熱」されるのは,「(少なくとも一つの)側方部分」である。しかし,「側方部分」の加熱方法を特に限定する記載は見当たらず,ましてや,側方部分自身に加熱装置が設けられていると理解し得る記載は存在しない。
また,請求項1には,「加熱すべき半導体基質」との記載があることから,半導体基質を加熱することが示されていると解し得るとしても,その加熱方法については,特段の記載はない。なお,請求項1には,2つの側方部分の間に半導体基質を導入した後,側方部分を相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むこと,側方部分の各々と半導体基質との間の空隙が最大約1mmに設定されることが記載されていることから,約200℃より高い温度に加熱された側方部分から輻射される熱あるいはガスを介して伝達される熱によって,半導体基質が加熱される可能性があることはうかがえるものの,側方部分が半導体基質を加熱するとのみ限定して解釈すべき理由は見当たらず,ましてや,側方部分自身に加熱装置が設けられ,これにより半導体基質を加熱するものと理解し得る記載は存在しない。
なお,補正発明(請求項1)は,方法に関する発明であるが,装置に関する発明を記載した請求項10においては,「該側方部分の少なくとも一つが,該側方部分を200℃より高い温度に加熱する加熱装置を有し」と,側方部分の少なくとも一つが加熱装置を有することが明記されている(甲5)。しかし,両者は,独立の請求項であり,方法と装置という異なった観点から発明を構成するものであるから,請求項10に側方部分が加熱装置を有する旨の構成が明記されているからといって,直ちに,請求項1も同様の構成を有するものと解すべき根拠はない。むしろ,請求項10で明記しながら,請求項1であえて記載していないことからすると,補正発明である請求項1においては,側方部分が加熱装置を有すること,つまり,側方部分に内在された加熱装置で加熱するというような限定を加えていないと解すべきものである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(b) 原告は,前掲第3,1(6)のとおり述べて,補正発明について,特許請求の範囲の記載だけを参酌して技術的意義を認定することには若干無理があったとしても,明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌して認定しなければならない特段の事情があり,本願明細書及び図面(甲4)を参照すると,補正発明において,加熱を行う側方部分が明記されていることが明らかであると主張する。
補正発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は,前掲のとおりであり,その記載,特に原告が問題としている「第1及び第2の側方部分」に関する記載は,発明特定事項として技術内容を明確に理解し得るものである。
第1及び第2の側方部分が原告の主張するような新規な部材であるとしても,上記請求項1の記載に基づいて,その技術的意義を一義的に明確に理解することができるものである。その他,上記請求項1記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情があるとは認められず,明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌して認定しなければならないものとはいえない。
そうすると,補正発明の特許請求の範囲の記載においては,前認定のとおり,側方部分の加熱方法について限定する旨の記載はなく,本願明細書の実施例の記載及び図1(甲4,図1は甲2)において,加熱用コイル8が第1の側方部分の内部に取り付けられていることが記載されているからといって,補正発明の側方部分について,加熱装置を内在しているものと限定して解することはできないというべきである。原告の上記主張は,採用することができない。
(c) 原告は,前掲第3,1(7)のとおりの主張もするが,上記判示の点に照らせば,理由がないことが明らかである。
(1-3) 原告は,前掲第3,1(2)において,審決の上記認定が誤りである理由として,引用発明1における「上蓋」及び「保持板」は,いずれも上下方向に移動できる機構を備えていないとも主張する。
検討するに,そもそも,補正発明である請求項1は,「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」の移動に関し,「側方部分を,所定位置において,相互に離れるように移動せしめて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入し,しかる後,側方部分を,相互に移動せしめて,2つの側方部分の間に半導体基質を囲み」と規定しているにすぎず,両者が「上下方向に移動」するとは何ら規定していない。したがって,「上下方向に移動」する機構を備えているか否かを理由として審決の認定を非難する原告の主張は失当である。
補正発明における2つの側方部分の移動状況は,上記記載のとおり正確に認定されるべきところ,この点については,審決は,別途,相違点3として認定した上で,判断しているのであるから,この点をもって,審決の上記認定を誤りであるということはできない。
いずれにしても,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 引用発明1における「赤外線照射装置」は,「半導体基板」を加熱するためのものであるが,「保持板」,「上蓋」も結果的に加熱していることは明らかであるとした審決の認定について 原告は,前掲第3,1(3)のように上記認定を非難するが,補正発明が側方部分自身に加熱装置を設ける構成を有することを前提とする主張であって,この点において採用することができないことは,前判示のとおりである。
よって,上記に関する原告の主張も採用し得ない。
(3) 一致点として記載された審決の認定について 原告は,前掲第3,1(4)のように上記認定を非難する。
原告が主張する理由の1つは,補正発明の第1及び第2の側方部分に関する誤った認定を前提としているというものであるが,その主張に理由がないことは前判示のとおりである。
次に,原告は,補正発明は,第1のガス流を第1の側方部分から流し,第2のガス流を第2の側方部分から流す構成を備えるとともに,ガス流を半導体基板の2つの対向する平面に互いに対向方向に流す構成を採用しており,これによって,半導体基質を浮上させるとともに,ガス流による迅速加熱を可能にする構成であるにもかかわらず,一方からのみガス流を供給する引用発明1と一致すると認定した点が誤りであると主張する。
しかし,原告が主張する上記のガス流を流す構成について,審決は,別途,相違点1として認定し,判断をしているのであるから,審決の一致点としての認定に誤りがあるとはいえない。なお,仮に,原告が主張するように,補正発明が上記構成を採用することによって,半導体基質を浮上させるとともに,ガス流による迅速加熱を可能にすることができるとしても,そのことは,補正発明の効果に係る事項であって,後記の効果に関する認定判断の当否として検討対象となり得るとしても,一致点及び相違点の認定自体を左右するものではない。
審決の一致点の認定に誤りはなく,原告の主張は,採用することができない。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点の看過)について (1) 原告は,審決の相違点の認定は,「上蓋」及び「保持板」を補正発明における「第1の側方部分」及び「第2の側方部分」に誤って対応付けることによってされたものであるから,相違点の認定の誤りともなっていると主張する。また,審決は,迅速加熱及び単一ウェーファー処理について無視し,補正発明の趣旨を誤認していると主張する。
しかし,補正発明における加熱装置及び加熱に関しては,前判示のとおりであって,原告の上記主張は,その前提において採用し得ない。
(2) 相違点1の認定について 仮に,原告が主張するように,補正発明において,第1及び第2の側方部分からガス流を供給するのは,半導体基質を均一に加熱するためであり,最大1mmの間隙は半導体基質を迅速に加熱するための条件であるとしても,そのことは,補正発明の効果の認定判断の当否として検討対象となり得るとしても,相違点1の認定自体を左右するものではない。原告の主張は,採用し得ない。
(3) 相違点3の認定について 原告が主張する2つの側方部分を相互に移動させることによる物理的な意義は,補正発明の効果の点に関係しなくはないが,相違点3の認定自体を左右するものではない。原告の主張は,採用し得ない。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点の判断の誤り)について (1) 相違点1についての判断の誤りについて (a) 原告は,まず,審決が,ガス流の供給を基板を浮上させるためだけの条件と認定している点で誤っており,熱伝達を迅速に均一に行うための媒体としても機能するガスの供給について全く認識されていないし,ガスを半導体基質の両面から供給することが均一に加熱することの条件であるとの認識もないと主張する。
そこで,検討するに,一致点に関して判示したように,引用発明1は,「第2の側方部分から該半導体基質の平坦な側へとガス流を流し,その際,該半導体体基質の平面の上に均一に分布するようにガス流を供給して,該第2の側方部分と半導体基質との間に空隙を設け」るものである。また,引用例2には,「ガス流をシリコンウェーファー等の薄形基板の両面に供給することによって,該基板を通路から浮上させて搬送すること。」が記載されている(甲7。審決が認定したところであり,原告もこの点は争わない。)。そして,ここにおける「シリコンウェーファー等の薄形基板」は,補正発明の「半導体基質」に相当することは明らかである。そうすると,引用例2記載の「通路」を形成する部材は,「シリコンウェーファー等の薄形基板」(半導体基質)の側方に位置し,補正発明の「側方部分」に相当するといえるので,引用例2には「半導体基質の平坦な両面側へガス流を流し,側方部分と半導体基質との間に空隙を設ける」ことが記載されていると認められる。したがって,引用発明1と引用例2記載の技術事項とは,半導体基質の平坦な側へガス流を流し,側方部分と半導体基質との間に空隙を設ける点で一致するので,引用発明1に引用例2記載の技術事項を適用して,半導体基質の平坦な両面側へガス流を流し,側方部分と半導体基質との間に空隙を設けるようにすることを妨げる理由はない。そして,引用発明1に引用例2記載の技術事項を適用して,半導体基質の平坦な両面側へガス流を流し,側方部分と半導体基質との間に空隙を設けるに当たり,第1の側方部分の側からガス流を流して半導体基質との間に空隙を設ける構成を第2の側方部分に係る構成と同じものとすることは,当業者が適宜選択し得ることにすぎない。以上によれば,相違点1についての前掲審決の判断は,是認し得るものである。
以上の検討結果に照らせば,審決が,熱伝達を迅速に均一に行うための媒体としても機能するガスの供給について認識しているか否か,ガスを半導体基質の両面から供給することが均一に加熱することの条件であると認識しているか否かは,相違点1に係る構成の容易想到性を左右するものではないのであって,審決の判断に誤りがあるということはできない。
(b) 原告は,また,間隙の意味について,審決は誤認していると主張する。
しかしながら,補正発明は,空隙について,「該第1及び第2の側方部分の各々と半導体基質との間の空隙を最大約1mmに設定し」と規定しているのであるから,空隙が各側方部分と半導体基質との間隔であることは明らかである。また,補正発明における加熱装置及び加熱に関しては,前判示のとおりであって,原告の上記主張は,その前提において採用し得ない。
(2) 相違点2についての判断の誤りについて (a) 原告は,前掲第3,3(2)(a)のように上記判断を非難する。
しかし,補正発明が側方部分自身に加熱装置を設ける構成を有することを前提とする主張部分が採用することができないことは,前判示のとおりである。また,審決には,補正発明における第2の側方部分が引用発明1における上蓋,保持板と同様に石英で作られているかのような誤認は見当たらない。原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
(b) 原告は,参考文献に関し,前掲第3,3(2)(b)のように主張する。
検討するに,参考文献(甲8)においては,「石英窓は,可視〜4μmの波長の赤外線をほとんど透過するためシリコンウェーファーに比べて温まりにくい」との記載があり,さらに,「シリコンウェーファーを赤外線を放射するランプにより約1000℃に加熱する場合に,石英窓は,可視〜4μmの波長の赤外線をほとんど透過するためシリコンウェーファーに比べて温まりにくいものの,ランプから放射される波長4μm以上の赤外線を吸収するため,特別に冷却を施さなければ500℃以上の温度に上昇すること。」という技術的事項が記載されている(審決が認定するところであり,原告もこの点を争うものではない。)。そうすると,引用発明1の上蓋,保持板が赤外線を透過する材料によって形成されていることは,相違点2についての認定判断に当たって,参考文献記載の技術事項を参照することの妥当性を否定する理由とはならない。また,そもそも,審決は,引用発明1において,シリコンウェーファーを赤外線照射装置によって加熱した際の上蓋や保持板の温度を認定するに当たって,参考とすべき客観的技術事項を認定するために,参考文献を引用したにすぎないのであるから,原告が主張する点は,相違点2についての判断に当たって,参考文献記載の技術事項を参照することの妥当性を否定する理由とはならない。
(c) 原告は,前掲第3,3(2)(c)のように主張する。
しかし,前判示のとおり,審決は,引用発明1において,シリコンウェーファーを赤外線照射装置によって加熱した際の上蓋や保持板の温度を認定するに当たって,参考とすべき客観的技術事項を認定するために,参考文献を引用したにすぎない。よって,原告の主張のうち,参考文献に関して述べる点については,相違点2についての判断に当たって参考文献記載の技術事項を参照することの妥当性を否定する理由とはならないし,また,審決の判断の趣旨を正解しないで非難するものであって(例えば,審決は,引用発明1と参考文献とを組み合わせて容易想到性を判断したものではない。),いずれも採用することができない。
また,原告は,参考文献に記載されたように,長波長の赤外線によって石英で作られた石英窓が500℃以上に不所望に加熱されることがあったとしても,引用発明1の上蓋及び保持板が500℃以上に加熱される根拠とはならないなどと主張する。
しかし,原告の主張は,合理的根拠を見いだせず,採用の限りではない。
なお,念のため,相違点2についてみておくと,引用発明1は,前判示のとおり,「半導体基板を,石英などの赤外線を透過する材料で作られた上蓋及び石英などの赤外線を透過する材料で作られた保持板の2つの相対する平面の間に配置し,…該上蓋の上方及び該保持板の下方から赤外線照射装置により該半導体基板を無接触的に加熱処理する」というものであり,さらに,「上蓋7を閉じ,赤外線照射装置8を点灯すれば,ウェーファー2は上下から赤外線の照射を受け,急速に加熱される。実施例では赤外線のエネルギー照射密度を20〜30W/cm2程度とするとウェーファー2は約10秒で常温から1000℃以上の高温にすることができる。」ことが記載されていることは,審決認定のとおりである(引用例1の4頁右上欄〜左下欄の記載)。また,参考文献には,「シリコンウェーファーを赤外線を放射するランプにより約1000℃に加熱する場合に,石英窓は,可視〜4μmの波長の赤外線をほとんど透過するためシリコンウェーファーに比べて温まりにくいものの,ランプから放射される波長4μm以上の赤外線を吸収するため,特別に冷却を施さなければ500℃以上の温度に上昇すること。」が記載されている。そして,参考文献記載の石英窓を形成する石英あるいは引用発明1の上蓋及び保持板を形成する石英,さらには両者で加熱に使用される赤外線波長域が,当該技術分野において通常採用されるものではないと解すべき根拠はないので,引用発明1と参考文献に記載の技術的事項との間で特段の相違があるとは認められず,また,参考文献記載の石英窓と赤外線照射装置との配置関係と,引用発明1の上蓋及び保持板と赤外線照射装置との配置関係との間においても特段の相違があるとは認められない。そうすると,引用発明1において,半導体基板が赤外線照射装置により1000℃以上の高温とされているが,特に冷却を施していない引用発明1の石英で作られた第2の側方部分の温度は,審決が認定するように,少なくとも約200℃(500℃の半分より低い)よりは高い温度になっていることが推認される。よって,審決の認定判断に誤りがあるとはいえない。
(3) 相違点3についての判断の誤りについて (a) 原告は,前掲第3,3(3)において,審決は,移動する機構を備えていない引用発明1の上蓋及び保持板から,上蓋及び保持板とは明らかに構造の異なる補正発明における第1及び第2の側方部分を相互に移動させることは容易に想到し得たと判断しているが,全く根拠がないと主張する。
そこで,検討するに,引用例1(甲6)には,第1実施例について,ウェーファー2を載置する前に各噴出口から必要量のガスを噴出させておくこと,このような状態のときにウェーファー2を所定の位置に置くと,5から噴出する浮揚ガスにより保持板1上に浮揚状態で保持されること,このような状態で上蓋7を閉じ,赤外線照射装置8を点灯すれば,ウェーファー2は上下から赤外線の照射を受け,急速に加熱されることが記載されている。この加熱処理動作は,ウェーファーを加熱処理するごとに繰り返されるのであるから,保持板と上蓋は,加熱処理に当たって,所定位置において,あらかじめ上蓋が保持板から離れるように移動させられていることは明らかである。また,ウェーファーは,保持板と上蓋との間にウェーファーを囲んでから加熱するので,当初は比較的低温で保持板上に置かれることが明らかである。そうすると,引用例1には,第1の側方部分を所定の位置において,第2の側方部分から離れるように移動させて,半導体基質を第2の側方部分の上に比較的低温で置き,その後,第1の側方部分を閉じ,2つの側方部分の間に半導体基質を囲むことが記載されていると認められる。そして,第1の側方部分を所定の位置において,第2の側方部分から離れるように移動させたり,第1の側方部分を閉じ,2つの側方部分の間に半導体基質を囲む際に,第1と第2の側方部分を相互に移動させるようにすること,及び,半導体基質を第2の側方部分の上に比較的低温で置くことに代えて,半導体基質を2つの側方部分の間に比較的低温で導入するようにすることは,いずれも当業者が必要に応じて適宜なし得る設計事項である。そうすると,相違点3についての前掲審決の判断は,是認し得るものである。
審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張は,採用することができない。
(b) 原告が上記のほかに前掲第3,3(3)において主張する点は,補正発明が側方部分自身に加熱装置を設ける構成を有することを主張するに帰するものであって,この点については前判示のとおり採用し得ない上,審決の相違点3についての判断が是認し得ることは,前判示のとおりであるから,いずれにしても,原告の主張は,採用することができない。
(4) 効果に関する認定判断の誤りについて (a) 原告は,前掲第3,3(4)のとおり,補正発明を論理的,合理的に解釈すれば,側方部分により近接して直接加熱することにより迅速加熱の効果が得られることは明らかであるから,効果においても,審決には誤認があると主張する。
しかしながら,補正発明における加熱装置及び加熱に関しては,既に判示したとおりであって,原告の主張は,その前提において理由を欠くものである。
なお,仮に,原告が主張するように,補正発明の側方部分により半導体基質を加熱することができるとしても,加熱された側方部分と半導体基質とが接近してその間隔が小さければ小さいほど,半導体基質が側方部分から受け取る輻射やガスを介した伝達による熱の量が大きくなり,迅速な加熱が可能となることは明らかであるから,原告が主張する上記の迅速加熱の効果は,補正発明の構成から客観的に予測可能なものにすぎない。
(b) 原告は,前記のように,補正発明のガス流に係る構成に関し,ガスが熱伝達を迅速かつ均一に行う媒体としても機能すると主張する。
しかし,仮に,原告が主張するように,ガスが熱伝達を迅速かつ均一に行う媒体としても機能するとしても,加熱の際にガスの供給が両面から均一に分布するように行われていれば,結果として半導体基質の加熱も均一に行われるであろうことは,当業者であれば容易に予測されるのであり,原告主張の効果は,補正発明の構成から予測可能なものにすぎない。
その他,原告が種々主張する中で,補正発明の効果について関係し得るものをすべて検討しても,進歩性を肯定し得るほど格別のものであるとはいえない。
よって,効果に関する認定判断の誤りをいう原告の主張もまた採用し得ない。
4 取消事由4(本願発明の進歩性についての認定判断の誤り)について 原告は,前掲第3,4のとおり主張するが,本願発明である本件補正前の請求項1の記載(甲4)及び各引用例の記載内容(この認定自体は原告も争わない。)をふまえ,既に判示したところにかんがみれば,本願発明に関する審決の対比,判断は,是認し得るものであって,審決に原告主張の誤りはない。
原告の上記主張は,採用することができない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利
裁判官 高野輝久