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事件 平成 25年 (行ケ) 10134号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年11月27日判決言渡

平成25年(行ケ)第10134号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年10月30日

判 決



原 告 コスメディ製薬株式会社



訴訟代理人弁護士 伊 原 友 己

同 加 古 尊 温

訴訟代理人弁理士 小 林 良 平

同 小 川 禎 一 郎



被 告 株式会社バイオセレンタック



訴訟代理人弁護士 尾 崎 英 男

同 折 田 恭 子

訴訟代理人弁理士 鮫 島 睦

同 山 田 卓 二

同 伊 藤 晃

同 植 村 昭 三

同 加 藤 浩

同 西 下 正 石

主 文

1 特許庁が無効2012−800073号事件について平成25年4月

15日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経

皮吸収製剤保持用具」とする特許第4913030号(2006年1月30日

国際出願パリ条約による優先権主張2005年1月31日,2005年10

月11日),平成24年1月27日設定登録。以下「本件特許」という。請求

項の数は21であり,以下,これらの発明を総称して「本件各発明」とい

う。)の特許権者である。

原告は,平成24年5月2日,本件特許のうち請求項1に係る部分を無効に

するとの無効審判を請求し,特許庁は,この審判を,無効2012−8000

73号事件として審理した。

被告は,この過程で,平成25年1月22日,本件特許の明細書及び特許請

求の範囲について訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明

細書(甲22)を「本件訂正明細書」という。。


特許庁は,平成25年4月15日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求

は,成り立たない。」との審決をし,同月25日,その謄本を原告に送達した。

2 特許請求の範囲の記載

本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,

この発明を「本件訂正発明」という。。


「【請求項1】

水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された

目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させ

る経皮吸収製剤であって,
前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリ

コーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性

糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なく

とも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,

尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚

に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤。」

3 審決の理由

(1) 審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は,原告主

張の取消事由との関係では,以下のとおりである。

ア 本件訂正発明は,国際公開第2005/058162号(以下「甲7公

報」という。)に記載された発明(以下「甲7発明」という。)と同一では

ないから,特許法29条1項3号の規定に違反しない。

イ 本件訂正明細書の記載は,特許法36条4項1号の規定に違反しない。

ウ 本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号の規定に

違反しない。

(2) 審決が認定した甲7発明の内容,本件訂正発明と甲7発明との一致点及

び相違点は,次のとおりである。

ア 甲7発明の内容

「ヒアルロン酸,キトサン,プルランなどの生分解性ポリマからなる所

定方向に延びる皮膚に侵入する医療用針であって,所定方向に垂直な平面

で切断されたとき,先端部からの距離に依存して変化する断面積を有する

三角形形状の断面を有し,所定方向に沿って連続的に一体成形される,断

面積が単調増加する第1拡大領域と,断面積が単調減少する縮小領域と,

断面積が単調増加する第2拡大領域とを有し,第1および第2拡大領域に

おいて最大の断面積を与える最大断面が実質的に同じ形状および断面積を

有することを特徴とし,
医療用針は,内部において所定方向に延び,少なくとも1つの開口部を

有する少なくとも1つの通路,及び,通路に連通し,薬剤を封止する少な

くとも1つのチャンバを有する医療用針の後端部に連結された保持部を有

し,開口部を介して薬剤を体内に徐放させることができるものであるか,

あるいは,

医療用針は,所定方向に垂直な方向に延び,薬剤を収容する複数の縦孔

と,縦孔を封止する生分解性材料からなる封止部を有し,体内に穿刺して

留置しておくと封止部を構成する生分解性材料が徐々に分解され,縦孔に

収容された薬剤を含む微小粒体または粒体を徐放させることができる医療

用針。」

イ 一致点

「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,

目的物質とを有し,

皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製

剤であって,

前記高分子物質は,ヒアルロン酸,キトサン,あるいは,プルランであ

り,

尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が

皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,

経皮吸収製剤。」である点。

ウ 相違点

経皮吸収製剤が目的物質を有する態様について,本件訂正発明では目的

物質が「基剤に保持され」ているのに対し,甲7発明では,経皮吸収製剤

(医療用針)に設けられた「少なくとも1つのチャンバ」に「封止」され

るか,「縦孔に収容され」ることにより保持されている点,すなわち,目

的物質が,基剤にではなく,基剤に設けられた空間に保持されている点。
第3 原告主張の取消事由

審決には,新規性の判断の誤り(取消事由1),実施可能要件の判断の誤り

(取消事由2),サポート要件の判断の誤り(取消事由3)があり,これらの

誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり取り消さ

れるべきである。

1 取消事由1(新規性の判断の誤り)

(1) 本件訂正発明の要旨認定の誤り

審決は,本件訂正発明の「基剤に保持された目的物質とを有し」とは,目

的物質が基剤に混合されて基剤とともに存在していることを意味すると解釈

した。

しかし,「保持」について本件訂正明細書に特段の定義もなく,その意味

は一義的に明確とはいえないから,その用語が有する通常の意味のものとし

て解釈されなければならないところ,広辞苑によれば,「保持」は「@たも

ちつづけること。手放さずに持っていること。」とされているから,審決が

解釈したような態様に限定されるものではない。また,特許請求の範囲の請

求項4及び同20並びに本件訂正明細書の【0070】の記載を参酌しても,

本件訂正発明における「保持」について,審決が解釈したような態様に限定

されるものではない。審決の本件訂正発明の要旨認定は,最高裁第二小法廷

平成3年3月8日判決(リパーゼ判決)に反するものであり,誤りである。

(2) 甲7発明の認定の誤り

審決の甲7発明の認定は,実施例に拘泥したものであり,甲7公報に開示

された技術思想を的確に捉えたものではないから誤りである。

すなわち,審決は,甲 7 発明の特徴の一つとして,「断面積が単調増加す

る第1拡大領域と,断面積が単調減少する縮小領域と,断面積が単調増加す

る第2拡大領域とを有」する点を認定しているが,これは,一つの実施例の

説明にすぎない。甲7公報には,一つの形状の医療用針しか開示されていな
いというのではなく,さまざまな形状があり得るということが示されている。

審決は,甲7発明の医療用針の構成について,「少なくとも1つの開口

部」とか,「薬剤を封止する少なくとも1つのチャンバを有する医療用針の

後端部に連結された保持部を有」するとか,「縦孔を封止する生分解性材料

からなる封止部を有」するなどと限定して認定し,また,「封止部を構成す

る生分解性材料が徐々に分解され,縦孔に収容された薬剤を含む微小粒体ま

たは粒体を徐放させる」というプロセスに限定して認定している。しかし,

図14や図15からすると,甲7公報には,少なくとも完成した医療用針の

態様としては,針がヒアルロン酸等の生体適合性材料(生分解性材料)で成

形され,その針内の適宜の箇所に薬剤を封入して保持せしめる構成が明記さ

れているといえる。また,封止部92は,完成した医療用針の長手方向の中

心位置に当たるから,封止部は最終段階で溶解するものである。審決は無用

な認定をしている。

甲7公報には,注射時の身体侵襲性の低減を図るため,生体溶解性物質で

あるヒアルロン酸等で成形された医療用針の本体内に,同一の物質でもって

薬剤を封入保持せしめて生体溶解性の医療用針を成形し,これを皮膚に穿刺

し,意図的に体内にこれを留置させて溶解せしめ,薬剤を体内へ放出すると

いう技術思想が明記されている(【0023】,【0042】,【005

0】の末尾,【0083】の冒頭,【0108】,【0121】)。審決は,

甲7公報に開示された技術思想を的確に捉えていない。

(3) 本件訂正発明と甲7発明との同一性判断の誤り

前記(1)のとおり,本件訂正発明の要旨認定において,「保持」を審決の

ように限定解釈するのは誤りである。また,前記(2)のとおり,甲7公報に

は,薬剤(本件訂正発明でいう目的物質)が生分解性材料(本件訂正発明で

いう基剤を構成するヒアルロン酸等の高分子物質)で成形される医療用針本

体内に保たれ,維持される技術思想が開示されている。そうすると,本件訂
正発明の「保持」は,甲7発明の薬剤を封止する態様を包含しているといえ

る。

したがって,本件訂正発明は甲7発明とは同一ではないとした審決の判断

は誤りである。

2 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)

審決は,本件訂正明細書に接した当業者であれば,基剤としてヒアルロン酸

単独からなる基剤を使用する場合であっても,本件訂正発明の実施は可能であ

ると判断した。

しかし,当業者である被告自身,審判答弁書において,基剤を成形するに際

し,どのような物質を選択するのかという点こそが本件訂正発明の特徴である

と説明し,また,甲7発明についても,一般に,ランセットの成形性及び物理

強度等の特性は,構成材料として使用する高分子物質の種類や製造方法に依存

して大幅に変化するものであるから,当業者においては,個別具体的に選択さ

れる物質と製造方法が明細書に明記されていなければ,それが発明の作用効果

を奏するかどうかはわからないという理解を示している。

そうすると,本件訂正明細書には,ヒアルロン酸だけで基剤を成形すること

ができることについての開示はないのであるから,本件訂正明細書は,基剤が

ヒアルロン酸のみの場合については,当業者が実施をすることができる程度に

明確かつ十分に記載したものではない。

したがって,本件訂正明細書の記載は,特許法36条4項1号の規定に違反

する。

3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)

審決は,本件訂正明細書に接した当業者であれば,基剤としてヒアルロン酸

単独からなる基剤を使用する場合であっても,本件訂正発明の実施は可能であ

るとの判断を前提として,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,基剤がヒ

アルロン酸のみの場合でも本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識で
きる程度の記載がされていると判断した。

しかし,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件訂正発明において基

剤がヒアルロン酸のみの場合の記載は存在せず,この点において,特許請求の

範囲の記載は発明の詳細な説明においてサポートされていない。

したがって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号

の規定に違反する。

第4 被告の反論

1 取消事由1(新規性の判断の誤り)に対し

(1) 本件訂正発明の要旨認定の誤りをいう点について

原告は,審決の本件訂正発明の認定には誤りがあると主張する。しかし,

審決は,「第3 本件訂正発明」において本件訂正発明を特許請求の範囲

請求項1に記載された事項により特定されるとし,前記第2の2のとおりに

認定しており,原告もそれを争っていない。したがって,原告の上記主張は

失当である。

(2) 甲7発明の認定の誤りをいう点について

原告は,審決の甲7発明の認定は,実施例に拘泥したものであり,甲7

公報に開示された技術思想を的確に捉えたものではないから誤りであると

主張する。しかし,以下のとおり原告の主張は失当である。

ア 甲7発明は,注射針やランセット(血液採取針)の医療用針を低侵襲

性とするために医療用針を特殊な形状とすることに特徴を有しており,

審決はそのことを具体的な実施例の記載に基づいて認定しているのであ

り,その認定に誤りはない。

イ 原告は,審決は,甲7発明の医療用針の構成について限定して認定して

おり,また,「封止部を構成する生分解性材料が徐々に分解され,縦孔に

収容された薬剤を含む微小粒体または粒体を徐放させる」というプロセス

に限定して認定していると主張する。しかし,審決は,甲7発明として,
図14及び図15のような,ヒアルロン酸などの生分解性材料で成形され

た医療用針であると認定している。また,図14及び図15の医療用針が

有する縦孔91と封止部92に相当する記載も審決の認定に存在する。

ウ 原告は,甲7公報には,注射時の身体侵襲性の低減を図るため,生体溶

解性物質であるヒアルロン酸等で成形された医療用針の本体内に,同一の

物質でもって薬剤を封入保持せしめて生体溶解性の医療用針を成形し,こ

れを皮膚に穿刺し,意図的に体内にこれを留置させて溶解せしめ,薬剤を

体内へ放出するという技術思想が明記されていると主張する。しかし,甲

7公報の【0050】に記載されているとおり,甲7発明において生体内

溶解性物質を用いる理由は,廃棄時の安全性や医療用針の一部が欠損して

体内に残留した場合の安全性のためである。【0050】には,生体溶解

性の医療用針を意図的に体内に留置させ溶解させることは記載されていな

い。原告は,あたかも,甲7発明が,ランセットの一部を体内に留置する

ことで注射時の身体侵襲性の低減を図っているかのように主張しているが,

甲7発明は,その特殊な形状により低侵襲性の医療用針を実現しようとす

るものであり,原告の主張は誤りである。

(3) 本件特許発明と甲7発明との同一性判断の誤りをいう点について

ア 本件訂正発明は,「基剤」と「基剤に保持された目的物質」を有する

「経皮吸収製剤」である。これに対し,甲7公報に記載されている注射針

やランセットの医療用針は「製剤」ではない。甲7公報には,ランセット

の変形例として,内部に通路及びチャンバを設け,薬剤をチャンバに封止

し,開口部を介して薬剤を体内に徐放させる構成が記載されているが

(【0079】,【0081】〜【0083】),このランセットの変形

例で「製剤」に相当するのは,チャンバ内に封止されている「薬剤」であ

る。チャンバ内の「薬剤」は,本件訂正発明の「経皮吸収製剤」の構成要

件に該当しない。したがって,本件訂正発明と甲7発明とは同一ではない。
イ 原告は,「保持」について本件訂正明細書に特段の定義もなく,その意

味は一義的に明確とはいえないから,その用語が有する通常の意味のもの

として解釈されなければならないとして,広辞苑が適用になる旨主張する。

しかし,本件訂正発明の構成要件の記載文言は,各用語が相互に関連し

て特許請求の範囲に記載された技術思想を表現しているのであるから,各

用語の意味も特許請求の範囲に記載された技術思想に照らして解釈される

ものである。

そして,特許請求の範囲の記載と本件訂正明細書の記載に基づいて本件

訂正発明を理解すれば,本件訂正発明の「保持」が,基剤物質からなる医

療用針本体にチャンバを形成し,その中に目的物質を封止する態様による

「保持」を意味しないことは明らかである。

すなわち,本件訂正発明の経皮吸収製剤は,基剤と目的物質とを有し,

基剤が生体内溶解性とともに皮膚を貫通する強度を製剤に与えるものであ

ることは,特許請求の範囲及び本件訂正明細書の記載から明らかである。

そうすると,本件訂正発明の「基剤に保持された目的物質」とは,製剤

が皮膚に挿入された時に,目的物質が皮膚を貫通する強度を与える基剤と

ともに皮膚に挿入され,体内で基剤とともに溶解し吸収されるように,あ

らかじめ基剤に保持されて製剤を形成しているという意味である。

したがって,審決が,「基剤に保持された目的物質とを有し」について,

目的物が基剤に混合されて基剤とともに存在していることを意味すると解

釈した点に誤りはない。

ウ 原告は,特許請求の範囲の請求項4及び同20並びに本件訂正明細書

【0070】の記載を参酌しても,本件訂正発明における「保持」につい

て,審決が解釈したような態様に限定されるものではないとも主張する。

しかし,本件特許の請求項4の「前記基剤は多孔性物質を含有し,前記

目的物質は前記多孔性物質に保持され」は,多孔性物質を介して目的物質
が基剤に保持されている状態を意味しており,これは,審決の解釈である

「目的物質が基剤に混合されて基剤とともに存在している態様」にほかな

らない。

また,請求項20は経皮吸収製剤保持用具に関する発明であり,ここで

用いられている「保持」は,保持用具本体に形成された貫通孔の中の経皮

吸収製剤の存在態様を記載しているものである。「保持」の言葉は同じで

も,「基剤に保持された目的物質」とは別のことである。

さらに,本件訂正明細書の【0070】の「基剤に目的物質を保持させ

る方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可能である。」との記

載は,この記載に続く「例えば,目的物質を基剤中に超分子化して含有さ

せることにより,目的物質を基剤に保持させることができる。その他の例

をしては,溶解した基剤の中に目的物質を加えて懸濁状態とし,その後に

硬化させることによっても目的物質を基剤に保持させることができる。」

の記載から明らかなように,特許請求の範囲に記載されている「保持」の

意味を拡張するものではない。これらの例示は,すべて,審決の解釈であ

る「目的物質が基剤に混合されて基剤とともに存在している態様」にほか

ならない。

エ 原告は,審決の本件訂正発明の要旨認定はリパーゼ判決に違反するもの

であると主張する。
しかし,審決は,本件訂正発明の要旨認定を特許請求の範囲の記載文言

に従って行い,「保持」の意義を,特許請求の範囲の記載及び本件訂正明

細書に記載されている本件訂正発明の説明に照らして解釈し,甲7発明と

比較して本件訂正発明の新規性判断を行ったものである。これは,リパー

ゼ判決に従った発明の要旨認定新規性判断であり,審決の認定・判断に

誤りはない。リパーゼ判決は,原告が主張するような拡張的な解釈をして,

発明の新規性を否定する手法を認めるものでない。
2 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)に対し

(1) 原告は,実施可能要件違反はないとした審決の判断に対する具体的な誤

りを主張していない。したがって,取消事由2に係る原告の主張は失当であ

る。

(2) 上記の点を措くとしても,審判答弁書の記載は,甲7公報には,ヒアル

ロン酸等を選択してランセットを製造することができることや,製造された

ランセットが皮膚を貫通するのに十分な強度を有していることが開示されて

いるとはいえないという趣旨の主張である。これに対し,本件訂正明細書

は,デキストランとヒアルロン酸の混合物の実施例が示され,【0075】

には,基剤に用いる物質としてヒアルロン酸の分子量が記載されている。し

たがって,甲7公報に記載された多数の物質の中からヒアルロン酸を選択す

ることと,本件訂正明細書からヒアルロン酸のみを基剤とする本件訂正発明

を把握することとは異なる。

3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)に対し

上記2と同じ

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,取消事由1(新規性の判断の誤り)は理由があり,審決は違法

であり取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 取消事由1(新規性の判断の誤り)について

(1) 本件各発明について

ア 本件訂正明細書には,次の事項が記載されている(甲22)。

「【技術分野】

【0001】

本発明は,経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤

保持用具に関し,さらに詳細には,針状又は糸状の形状を有し,タンパク

質,多糖類等からなる基剤と目的物質とを有し,皮膚に挿入して使用され
る針状又は糸状の形状を有する自己溶解型の経皮吸収製剤,シート状の支

持体の少なくとも一方の面に該経皮吸収製剤が保持された経皮吸収製剤保

持シート,及び,本体が有する貫通孔の中に針状又は糸状の形状を有する

経皮吸収製剤が保持された経皮吸収製剤保持用具に関する。」

「【背景技術】

・・・

【0003】

・・・侵襲性が低い注射の技術開発が進められており,その一つとして

マイクロニードルが開発されている。マイクロニードルは,皮膚に刺して

も痛みを感じないほどに微細化された針である。マイクロニードルの材質

としては,従来の注射針と同じ金属製の他,シリコン等の材質からなるマ

イクロニードルが開発されている(非特許文献1,非特許文献2)。これ

らのマイクロニードルは,注射針と同様の中空構造を有するもので,薬液

を注入するタイプである。さらに,生体内溶解性を有する物質からなる基

剤を有する自己溶解型のマイクロニードルも開発されている。すなわち,

基剤に目的物質を保持させておき,皮膚に挿入された際に基剤が自己溶解

することにより,目的物質を皮内に投与することができる。例えば,麦芽

糖からなる基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルがすでに開示され

ている(特許文献1)。さらに,ポリ乳酸,ポリグリコール酸,又はポリ

カプロラクトンからなる基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルも公

知である。

【0004】

さらに,インスリン等のクリアランスが速い薬物が目的物質の場合は,

長時間に渡ってその薬効が持続することが好ましい場合も考えられる。そ

のためには,目的物質が徐放される自己溶解型のマイクロニードルが求め

られる。例えば,ポリ乳酸からなる基剤を有する自己溶解型のマイクロ
ニードルは,目的物質を徐放させる作用を有する。」

「【発明が解決しようとする課題】

【0005】

麦芽糖からなる基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルを製造する

場合には,融点以上の熱をかけて融解した麦芽糖に目的物質を含有させ,

その後,成形する。ここで,麦芽糖の融点は約102〜103℃と高温で

あり,麦芽糖からなる基剤を有するマイクロニードルでは,製造過程で目

的物質が高温に曝される。しかし,高温で分解,変性,又は失活する薬物

等の目的物質は多く,麦芽糖からなる基剤を有する自己溶解型のマイクロ

ニードルにこのような目的物質を適用することは困難である。特に,目的

物質がペプチドやタンパク質の場合は,熱による変性と失活が避けられず,

麦芽糖からなる基剤を用いることが極めて困難である。なお,目的物質が

インスリンである場合には,インスリン粉末を用いることで熱による変性

と失活をある程度防ぐことは可能である。しかし,粉末を麦芽糖の中に分

散させて硬化させると脆くなり,マイクロニードルの物理的強度を保つこ

とが困難となる。さらに,麦芽糖は強い吸湿性を有するので,麦芽糖から

なる基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルは時間の経過とともに吸

湿して先端部が軟化し,皮膚に刺さらなくなるという欠点を有する。その

ため,麦芽糖からなる基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルでは,

目的物質を定量的に投与することが難しい場合がある。

【0006】

またさらに,目的物質を徐放させる目的で,ポリ乳酸からなる基剤が用

いられる場合,ポリ乳酸は水不溶性であり塩化メチレン等の有機溶媒を用

いて溶解させる必要がある。しかし,目的物質の種類によっては,有機溶

媒に接触することで変性又は失活する目的物質がある。例えば,インスリ

ン等のペプチドやタンパク質が目的物質である場合には,有機溶媒に接触
することで変性又は失活することが多い。したがって,水溶性の物質から

なる基剤を有し,目的物質を徐放する自己溶解型のマイクロニードルが求

められる。

【0007】

本発明の目的は,高温に曝されることなく製造することができ,適当な

物理的強度を有し,有機溶媒を用いることなく製造することができ,その

結果,難経皮吸収性の薬物等の経皮的吸収を可能にする,針状又は糸状の

形状を有する自己溶解型の経皮吸収製剤等を提供することにある。」

「【課題を解決するための手段】

・・・

【0010】

本様相の経皮吸収製剤は,水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からな

る基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されること

により目的物質を皮膚から吸収させる自己溶解型の経皮吸収製剤にかかる

ものである。本様相の経皮吸収製剤においては,基剤がコンドロイチン硫

酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,

プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビ

ニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキ

ストランのみからなる物質は除く)からなり,針状又は糸状の形状を有す

る。本様相の経皮吸収製剤においては,基剤がコンドロイチン硫酸ナトリ

ウム,ヒアルロン酸等からなるので室温又は低温条件下で製造することが

できる。したがって,基剤に保持されている目的物質が製造過程で高温に

曝されることがない。すなわち,熱に対して不安定な目的物質であっても,

製造過程でその活性が損なわれることがない。その結果,本様相の経皮吸

収製剤によれば,目的物質を高い効率で皮膚から吸収させることができる。

さらに,本様相の経皮吸収製剤では,基剤が医薬品分野において種々の製
剤で使用実績がある物質からなるので,人体に対する安全性が高い。

・・・

【0016】

前記基剤は多孔性物質を含有し,前記目的物質は前記多孔性物質に保持

され,前記目的物質が徐放されるものでもよい。

・・・

【0034】

好ましくは,前記目的物質は,薬物,生理活性物質,化粧品,又は栄養

素に属するものである。」

「【発明を実施するための最良の形態】

・・・

【0070】

本発明の経皮吸収製剤の第1の様相では,基剤がコンドロイチン硫酸ナ

トリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プル

ラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニル

ポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキスト

ランのみからなる物質は除く)からなる。これらの高分子物質については,

1つだけを用いてもよいし,複数種を組み合わせて用いてもよい。基剤に

目的物質を保持させる方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可

能である。例えば,目的物質を基剤中に超分子化して含有させることによ

り,目的物質を基剤に保持させることができる。その他の例をしては,溶

解した基剤の中に目的物質を加えて懸濁状態とし,その後に硬化させるこ

とによっても目的物質を基剤に保持させることができる。・・・」

イ 本件訂正明細書の上記記載によれば,本件各発明は,針状又は糸状の形状

を有し,タンパク質,多糖類等からなる基剤と,目的物質とを有し,皮膚に

挿入して使用される針状又は糸状の形状を有する自己溶解型の経皮吸収製剤
に関するものである。従来から,皮膚に刺しても痛みを感じないほどに微細

化された針であるマイクロニードルの材質としては,注射針と同じ金属製や

シリコン等のもの(これらのマイクロニードルは,注射針と同様の中空構造

を有するもので,薬液を注入するタイプである)と,基剤に目的物質を保持

させておき,皮膚に挿入された際に基剤が自己溶解することにより,目的物

質を皮内に投与することができるものとがあった。そして,麦芽糖からなる

基剤を有する自己溶解型のマイクロニードルや,ポリ乳酸,ポリグリコール

酸,又はポリカプロラクトンからなる基剤を有する自己溶解型のマイクロ

ニードルは公知であった。麦芽糖からなる基剤を有するマイクロニードルで

は,製造過程で目的物質が高温に曝されるため,薬物等の目的物質が高温で

分解,変性,又は失活するとの課題があり,また,ポリ乳酸からなる基剤が

用いられる場合,有機溶媒を用いて溶解させる必要があるため,目的物質の

種類によっては,有機溶媒に接触することで変性又は失活するとの課題が

あったところ,本件各発明は,高温に曝されることなく製造することができ,

適当な物理的強度を有し,また,有機溶媒を用いることなく製造することが

でき,その結果,難経皮吸収性の薬物等の経皮的吸収を可能にする,針状又

は糸状の形状を有する自己溶解型の経皮吸収製剤等を提供することを目的と

するものである。

(2) 甲7発明の認定について

ア 甲7公報の記載

甲7公報には,以下の記載がある。

(ア) 請求の範囲について

「[19] 生分解性材料からなり,所定方向に延びる医療用針で

あって,

所定方向に垂直な平面で切断されたとき,先端部からの距離に依存し

て変化する断面積を有する三角形形状の断面を有し,
所定方向に沿って連続的に一体成形される,断面積が単調増加する第

1拡大領域と,断面積が単調減少する縮小領域と,断面積が単調増加す

る第2拡大領域とを有し,

第1および第2拡大領域において最大の断面積を与える最大断面が実

質的に同じ形状および断面積を有することを特徴とする医療用針。」

(イ) 明細書について

「技術分野

[0001] 本発明は,ランセットおよび注射針などの医療用針,

ならびにこれを用いた医療用デバイスに関し,とりわけ生体適合性材料

からなる医療用針ならびにこれを用いた医療用デバイスに関する。」

「[発明が解決しようとする課題]・・・

[0006] ・・・本発明の1つの態様は,患者に与える痛み(負

担)が極力小さい低侵襲性医療用針を提供することを目的とする。」
「[課題を解決するための手段]

[0007] 本発明の第1の態様は,所定方向に延び,これに垂直

な平面で切断された垂直断面の断面積が先端部からの距離に依存して規

則的に増減する医療用針に関し,垂直断面の断面積が極大となる複数の

極大点と,垂直断面の断面積が極小となる複数の極小点とを有し,先端

部に最も近い極大点における垂直断面の断面積は,他の各極大点におけ

る垂直断面の断面積と同じか,より大きいことを特徴とする。」

「[発明を実施するための最良の形態]・・・

[0045] 本発明のランセット1は,一般には,高分子ポリマ,

生体高分子,蛋白質,および生体適合性無機材料を含む任意の生体適合

性材料により構成される。

・・・
[0049] ただし好適には,本発明のランセット1は,例えば,
ポリ乳酸,ポリグリコール酸,ポリカプロラクトン,コラーゲン,でん

ぷん,ヒアルロン酸,アルギン酸,キチン,キトサン,セルロース,ゼ

ラチンなどを含む生分解性ポリマ,およびこれらの化合物からなる生分

解性材料を用いて形成される。

[0050]

・・・生分解性材料を用いて本発明のランセット1を形成すると,他

の生体適合性材料を用いて形成した場合よりも環境に優しいだけでなく,

ランセットの一部が欠損して,体内に残留した場合であっても,同様に

体内において容易に生分解されるので,極めて安全であるランセットを

実現することができる。」

「[0074] (変形例1)・・・

[0075] 変形例1のランセット101は,図11(a)に示す

ように,各拡大領域10,30および各縮小領域20の内部を貫通する

ようにX方向に延びる少なくとも1つの通路71を有する。また好適に

は,保持部40は,図11(b)および図11(c)に示すように,任

意のY−Z平面で切断されたとき,四角柱形状の断面を有し,その内部

には通路71と連通する少なくとも1つのチャンバ81が形成される。

また,ランセット101の先端部11付近において,少なくとも1つの

開口部72が,例えば,図11(a)では縮小領域20の底面73上に

設けられる。開口部72は,任意の形状を有していてもよいが,赤血球

や白血球などが通路71内に侵入しないように,好適には,10μm以

下の直径を有する円形に形成される。

・・・

[0079] ・・・異なる薬剤をそれぞれのチャンバ82,83に

封止し,複数の開口部77,78を介して薬剤を体内に徐放させること

ができる。必要ならば,各開口部77,78を同じ生分解性材料からな
るシート(図示せず)で封止し,体内に穿刺して所定時間経渦した後に,

徐放させることが可能である。さらに,各開口部77,78を封止する

シートの厚みを通路75,76により変更して,各チャンバ82,83

内に封止された薬剤が徐放されるタイミングを制御することもでき

る。」

「[0081] (変形例2)・・・

[0082] 変形例2のランセット102は,図14に示すように,

薬剤を収容するためのZ方向に延びる複数の縦孔91a〜91dと,こ

れを封止するための生分解性材料からなる封止部92とをさらに有する。

この縦孔91a〜91dに薬剤を含む微小粒体または流体(図示せず)

を充填した後,縦孔91a〜91dから逸脱しないようにこれを封止部

92で封止する。

[0083] こうして形成されたランセット102を体内に穿刺し

て留置しておくと,とりわけ封止部92を構成する生分解性材料が徐々

に分解され,縦孔91a〜91dに収容された薬剤を含む微小粒体また

は粒体を徐放させることができる。また好適には,封止部92は,その

Z方向における厚みが縦孔91a〜91dの配置位置において異なるよ

うに形成される。具体的には,封止部92は,図15(a)に示すよう

に傾斜した厚みを有するように,あるいは図15(b)に示すように段

差を有するように構成される。こうして,各縦孔91a〜91dに収容

された薬剤を徐放させる時期を制御することができる。」

イ 審決は,甲7公報の請求の範囲の[19]に記載された医療用針におい

て,用いる材料として,甲7公報の明細書の[0045]ないし[004

9]に記載された生分解性ポリマを選択し,内部構造として,変形例1な

いし2に記載された構造をとるものを甲7発明として,前記第2の3

アのとおり認定したものであり,甲7公報の前記アの記載によれば,審決
の同認定に誤りはない。

原告は,甲7公報には,注射時の身体侵襲性の低減を図るために,生体

溶解性物質であるヒアルロン酸等で成形された医療用針の本体内に,同一

の物質でもって薬剤を封入保持せしめて生体溶解性の医療用針を成形し,

これを皮膚に穿刺し,意図的に体内にこれを留置させて溶解せしめ,薬剤

を体内へ放出するという技術思想が明記されているにもかかわらず,審決

の甲7発明の認定は,実施例に拘泥したものであり,甲7公報に開示され

た技術思想を的確に捉えたものではないから誤りであると主張する。

しかし,審決が,甲7公報に記載された事項に基づいて甲7発明を認定

していることは,上記のとおりである。審決の甲7発明の認定に誤りはな

く,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 本件訂正発明と甲7発明との同一性判断の誤りについて

ア 審決は,本件訂正発明を前記第2の2の請求項1記載のとおり認定し,

甲7発明を前記第2の3(2)アのとおり認定した上で,両者を対比し,甲

7発明の「皮膚に侵入する医療用針」は,本件訂正発明の「経皮吸収製

剤」に相当し,「皮膚に侵入する医療用針」が,「尖った先端部を備えた

針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押

圧されることにより皮膚に挿入される」ものであり,甲7発明の医療用針

は,「開口部を介して薬剤を体内に徐放させることができる」ものか,あ

るいは,「体内に穿刺して留置しておくと封止部を構成する生分解性材料

が徐々に分解され,縦孔に収容された薬剤を含む微小粒体または粒体を徐

放させることができる」ものであるから,本件訂正発明の「皮膚に挿入さ

れることにより目的物質を皮膚から吸収させる」ものに相当すると判断し

た。

審決の上記判断について,被告は,本件訂正発明は「経皮吸収製剤」で

あるのに対して,甲7公報に記載されている注射針やランセットの医療用
針は「製剤」ではない,甲7公報に記載されているランセットの変形例で

「製剤」に相当するのは,チャンバ内に封止されている「薬剤」であるが,

チャンバ内の「薬剤」は本件訂正発明の「経皮吸収製剤」の構成要件に該

当しないから,本件訂正発明は甲7発明とは同一ではないと主張する。

しかし,製剤には,注射液や軟膏のように目的物質が他の副成分と混合

一体化したもののみならず,カプセル剤や糖衣錠あるいは本件訂正明細書

の前記背景技術【0003】で述べられているように,薬液を注入するタ

イプのマイクロニードルがあり,その中には生体内溶解性を有する基剤か

らなる自己溶解型のマイクロニードルも含まれるのであるから,甲7発明

の自己溶解型の皮膚に侵入する医療用針が,本件訂正発明の「尖った先端

部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触し

た状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」に相当

するとした審決の判断に誤りはない。したがって,被告の上記主張を採用

することはできない。

イ 上記アによると,本件訂正発明と甲7発明との一応の相違点は,審決が

認定するとおり,本件訂正発明では,目的物質が「基剤に保持され」てい

るのに対して,甲7発明では,目的物質が基剤からなる医療用針内に設け

られたチャンバに封止されているか,縦孔に収容されることにより保持さ

れている点となる。

審決は,この一応の相違点について,「目的物質が,基剤にではなく,

基剤に設けられた空間に保持されている点で,両者は,相違する。した

がって,本件訂正発明は,甲第7号証に記載された発明であるとはいえな

い。」と判断した。

この審決の判断は,請求項1の記載を当業者が読めば,「基剤に保持さ

れた目的物質とを有し」とは,目的物質が基剤に混合されて基剤とともに

存在していると理解されること,及び,特許請求の範囲の記載の技術的意
義が一義的に明確ではないとして,本件訂正明細書の記載(【0005】

【0006】【0008】〜【0010】【0070】等)をみても,同

様に解されることを前提とするものである。

しかし,請求項1の「基剤に保持された目的物質」との記載は,目的物

質が基剤に保持されていることを規定しているのであり,その保持の態様

について何らこれを限定するものでないことは,その記載自体から明らか

である。そして,「保持」とは,広辞苑(甲12)にあるとおり,たもち

つづけること,手放さずに持っていることを意味する用語であり,その意

味は明確である。したがって,請求項1の「保持」の技術的意義は,目的

物質を基剤で保持する(たもちつづける)という意味のものとして一義的

に明確に理解することができるのであるから,審決が,請求項1の「基剤

に保持された目的物質」との記載について,目的物質が基剤に混合されて

基剤とともに存在していると理解されることと解したのは,請求項1を

「基剤に混合されて保持された目的物質」と解したのと同義であって,誤

りであるといわざるを得ない。また,本件訂正発明の請求項1の記載は,

上記のとおり,請求項の記載の技術的意義が一義的に明確に理解すること

ができないなど,発明の詳細な説明参酌することができる特段の事情が

ある場合にも当たらないから,少なくとも請求項1の要旨認定については,

発明の詳細な説明参酌する必要はないところである(最高裁判所平成3

年3月8日第二小法廷判決民集45巻3号123頁参照)。そうすると,

甲7発明の,目的物質が基剤からなる医療用針内に設けられたチャンバに

封止されていることや縦孔に収容されていることは,本件訂正発明の目的

物質が「基剤に保持された」構成に含まれているといえる。

そうすると,本件訂正発明は,甲7公報に記載された発明といえるから,

特許法29条 1 項3号の規定により特許を受けることができないものであ

り,この点に関する審決の判断は誤りである。
ウ 被告は,本件訂正発明の経皮吸収製剤は,基剤と目的物質とを有し,基

剤が生体内溶解性とともに皮膚を貫通する強度を製品に与えるものである

から,本件訂正発明の「基剤に保持された目的物質」とは,製剤が皮膚に

挿入された時に,目的物質が皮膚を貫通する強度を与える基剤とともに皮

膚に挿入され,体内で基剤とともに溶解し吸収されるように,あらかじめ

基剤に保持されて製剤を形成しているという意味であり,審決が,「基剤

に保持された目的物質とを有し」について,目的物質が基剤に混合されて

基剤とともに存在していることを意味すると解釈した点に誤りはないと主

張する。

しかし,審決が認定した甲7発明のように,目的物質が基剤により形成

されるチャンバに封止されていたり,縦孔に収容されていても,基剤は生

体内溶解性とともに皮膚を貫通する強度を製品に与えるという機能を発揮

するものである。そして,上記アのとおり,特許請求の範囲の請求項1に

は,目的物質の「保持」を,目的物質が基剤に混合されて保持された態様

に限定する旨の記載はないし,「保持」の意味は明確であるから,特許請

求の範囲の請求項1の「保持」の技術的意義も,そのような意味のものと

して解釈すべきである。なお,本件特許の請求項4は「前記基剤は多孔性

物質を含有し,前記目的物質は前記多孔性物質に保持され」と規定され,

これは,多孔性物質を介して目的物質が基剤に保持されている状態を意味

しており,このような請求項の記載であれば,「基剤に混合されて保持さ

れた目的物質」と解することができる。しかし,請求項1の記載は,前記

のとおり「基剤に保持された目的物質」であり,このように限定して解す

ることはできない。

したがって,被告の上記主張も採用することはできない。

エ 以上のとおり,審決の本件訂正発明と甲7発明との同一性判断には誤り

がある。したがって,取消事由1(新規性の判断の誤り)は理由がある。
2 結論

以上によれば,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は違法

であり取消しを免れない。

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとお

り判決する。



知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 西 理 香




裁判官 田 中 正 哉