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事件 平成 25年 (行ケ) 10018号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年11月27日判決言渡
平成25年(行ケ)第10018号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年10月28日

判 決




原 告 ドリッテ パテントポルトフォーリオ

ベタイリグングスゲゼルシャフト

エムベーハー ウント コー.カーゲー




訴 訟 代 理 人 弁 理 士 永 井 義 久



被 告 特 許 庁 長 官


指 定 代 理 人 内 藤 伸 一

同 瀬 良 聡 機

同 大 橋 信 彦

同 増 山 淳 子

主 文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定め

る。

事 実 及 び 理 由
第1 請求の趣旨
1 特許庁が不服2010−11032号事件について平成24年9月11日に
した審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨によ

り認められる。)
原告は,発明の名称を「薬剤中におけるアミジン基を有する活性物質の生物

学的利用率の向上」とする発明について,2007年7月10日に国際出願

パリ条約による優先権主張 2006年7月21日)をし,特許庁は,これ

を特願2009-519786号(以下「本願」という。平成21年12月2

5日付け手続補正後の特許請求の範囲の請求項の数は8である。)として審査
した結果,平成22年1月20日に拒絶査定をした。原告は,同年5月24日,

これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は,この審判を,不服2010-11032号事件として審理した上,

平成24年9月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
同審決の謄本を,同月21日,原告に送達した。

2 特許請求の範囲

本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲5。以下

「本願発明」という。)
【請求項1】

少なくとも1種の活性アミジン基を有する薬物の生物学的利用率を向上させ

るために,薬剤中の前記薬物のアミジン基を,下記式[化2](Rは,水素原

子,アルキル基および/またはアリル基を表す)のN,N’−ジヒドロキシア

ミジン(T),N,N’−ジヒドロキシアミジンエーテル(U),N,N’−

ジヒドロキシアミジンジエーテル(V),N,N’−ジヒドロキシアミジンエ

ステル(W),N,N’−ジヒドロキシアミジンジエステル(X)または4−
ヒドロキシ−1,2,4−オキサジアゾリン(Y)とする薬剤の製造方法

【化2】




3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,

特表2005−509606号公報(甲1。以下,審決の表記に倣い,「刊

行物A」という。)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号

該当し特許を受けることができず,したがって,本願は,その余の請求項に

ついて論及するまでもなく拒絶すべきであるというものである。

審決が上記結論を導くに当たり認定した刊行物Aに記載された発明(以

下「引用発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

「アルキル−アミジン又はアリール−アミジン基を有する薬剤の吸収を促進

するために,医薬製剤中の前記薬剤のアルキル−アミジン又はアリール−ア

ミジン基を,誘導又は化学的修飾して,誘導されたアミジン基とする方法で

あって,誘導されたアミジン基を有する化合物が,化合物36,化合物48,

化合物50又は化合物82を含むものである方法(判決注・化合物36等は,

刊行物Aの【0170】ないし【0272】の表3において,化合物番号3

6等として記載される各化合物である。以下,それぞれ,「化合物36」,

「化合物48」,「化合物50」及び「化合物82」といい,これらを総称

して「引用化合物」という。)」。
第3 原告の主張

審決は,刊行物Aに開示された化合物をプロドラッグと誤認した点で引用発

明の認定を誤り,その結果,本願発明の新規性の判断を誤った。かかる認定の

誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであり,審決は取り消されるべきである。

すなわち,刊行物Aに開示された化合物の全てがプロドラッグ化合物として

開示されているわけではない。また,引用化合物について,生物学的利用率に

関する薬理試験結果など,その用途の有用性を裏付けるデータの記載がないし,

当業者であれば,刊行物Aに開示された特定の化合物の多くが,プロドラッグ

であるはずがないと直ちに判断できる。

それにもかかわらず,審決は,合理的理由もなく,刊行物Aに開示された化

合物の全てをプロドラッグとみなしており,刊行物Aの開示範囲を超えて引用

発明を認定した上,本願発明と対比した誤りがある。

1 刊行物Aに開示された化合物の全てがプロドラッグ化合物として開示されて

いるわけではないこと

刊行物Aには,「本発明は,血栓状態,例えば,冠状動脈および脳血管疾患

を予防および治療するための化合物,組成物および方法に関する。さらに詳し

くは,本発明は,凝血カスケードのセリンプロテアーゼを阻害する化合物のプ

ロドラッグに関する。」,「発明の概要 したがって,中でも,本発明の幾つ

かの態様は,凝血カスケードに作用し,それによって,哺乳動物における血栓

状態を予防および治療するある種の酵素を選択的に阻害するのに有用なプロド

ラッグ化合物を提供することである。」などと記載されている。このような記

載に接した当業者にとって,その文言上の解釈として,プロドラッグを提供す

ることは刊行物Aで述べられた教示のいくつかの態様のうちの一つにすぎない

こと,また,刊行物Aに開示された化合物の全てがプロドラッグ化合物として

開示されるわけではないことは明らかである。

そして,刊行物Aにおいては,引用化合物はいずれもプロドラッグとして開
示されたものではなく,これを含め,審決が引用発明の認定に当たり引用した,

刊行物Aの特許請求の範囲の請求項1及び50の記載や明細書の記載は,いず

れも,プロドラッグに向けられたものであることについての示唆がないか,同

文献のプロドラッグについて述べた部分と直接結びつくものではない。

2 刊行物Aには引用化合物についての薬理試験結果の記載がないこと

刊行物Aは,極めて多くの化合物について,その機能を具体的に述べること

なく開示しており,そのいずれに対しても,生体外生物活性化や生体内生物学

的利用に係る結論を導くような実験データは提供されていないし,同文献には,

当業者が,生体外生物活性化や生体内生物学的利用に対する適切な特性を持つ

プロドラッグとして記述されているとみなすことができる記載もない。

特に,刊行物Aには,引用化合物について,生物学的利用率に関する薬理試

験結果又はこれと同視することのできる程度の事項を記載してその用途の有用

性を裏付けるデータの記載がない。

被告は,刊行物Aの【0574】の表1に記載された実験結果は,引用化合

物に係るものではないものの,引用化合物と上記実験の対象となった化合物と

は,いずれも刊行物Aの請求項1の具体的な化合物であるから,引用化合物に

ついても,上記表1の実験結果が同様に当てはまると把握することができると

主張する。

しかしながら,上記表1は引用化合物に関する実験結果を何ら含んでいない

から,かかる実験結果が引用化合物についても同様に当てはまるというのは単

なる憶測にすぎない。

3 刊行物Aに開示された特定の化合物の多くがプロドラッグになり得ないこと

刊行物Aの教示には,記述された化合物の多くがプロドラッグとみなされ得

ないということが,当業者にとって十分に明瞭となる態様がいくつかある。

刊行物Aに開示されたいくつかのアミジン誘導体は,代謝の際,明らか

に有毒物質を生じるものであり,これらの化合物をプロドラッグの対象とし
て受け入れることはできない。

すなわち,実施例54の化合物は,加水分解後,ヘキサフルオロアセトン

を開裂する。これは極めて活性的な求電子体であり,毒性が高く,突然変異

及び/又は奇形を引き起こすものである。また,実施例141のアリル誘導

体は,代謝の際,いずれも有毒及び/又は発がん性と考えられているアクロ

レイン及び/又はアリルアルコールを開裂する。さらに,実施例2の化合物

は,代謝の際,発がん性と考えられているシクロヘキサンを開裂する。加え

て,実施例132の化合物はペンタフルオロプロピオン酸を,実施例137

の化合物はペンタフルオロベンジルアルコールを,実施例138の化合物は

p−ニトロベンジルアルコールを,それぞれ開裂する。

表23及び表24に開示された過酸誘導体は,高度な反応性の観点から,

プロドラッグとして適切ではない。

実施例31のスルホニルで置換されたアミジンは,加水分解に対して非

常に安定しており,通常,極めてハードな条件のときしか開裂しない。さら

に,刊行物Aには,スルホニルで置換されたアミジンに対する酵素代謝スキ

ームについての記述がなく,そのような代謝スキームは,当業者にも知られ

ていない。

上記実施例のアミジンだけでなく,実施例39,41及び42に開示され

た尿素やチオ尿素の誘導体,実施例79及び149に開示されたアシルで置

換されたアミジンは,生理学的条件下では加水分解を行わないことが知られ

ている。

これらの化合物は,加水分解に対して非常に安定しており,当業者は,こ

れらの混合物がプロドラッグとして有用ではないことを理解している。

第4 被告の主張

1 刊行物Aに開示された化合物の全てがプロドラッグ化合物として開示されて

いるわけではないとの点について
刊行物Aには,その全体にわたって一貫して,「凝血カスケードのセリンプ

ロテアーゼを阻害する化合物のプロドラッグに関する」技術であって,「凝血

プロセスを制御する化合物が有する,例えばアルキル−アミジン又はアリール

−アミジン基のような極性官能基が,非常に塩基性で,生理学的なpHにおい

てプロトン化されたままであることから,親油性の膜に対する透過性を阻害し,

これらの化合物が医薬製剤として経口投与される時に生物学的利用能を低下さ

せかねない,という課題」を回避するための技術について開示しており,また,

そのためのプロドラッグとして「式(T)」ないし「式(X)」で表される化

合物,及びそれらの具体例(引用化合物を含む。)が記載されていると理解さ

れる。

そして,刊行物Aには,特許請求の範囲に記載された「化合物」自体につい

ての発明だけでなく,特に,刊行物Aの【0007】ないし【0010】にも

注目すれば,「薬剤の吸収を促進しつつも生理学的条件下では開裂して生物学

的に活性な薬剤を生成できるプロドラッグ化合物とするために,上述のような

極性官能基に対して誘導又は化学的修飾を行い,加水分解,酸化,還元又は脱

離によってアミジン基を生成する「誘導されたアミジン基」とする」という

「方法」の技術についても開示されており,その方法により得られるプロドラ

ッグ化合物として,引用化合物が記載されていると理解される。

これらの点は,当業者であれば,審決中に摘記した刊行物Aの記載事項を見

れば十分に理解できるものであり,審決による引用発明の認定は,これらの点

を整理して言い直したにすぎず,誤りはない。

2 刊行物Aには引用化合物についての薬理試験結果の記載がないとの点につい



原告は,刊行物Aは極めて多くの化合物についてその機能を具体的に述べる

ことなく開示していると主張する。しかし,刊行物Aには,薬効としての機能

に関して「凝血カスケードのセリンプロテアーゼを阻害する化合物のプロドラ
ッグに関する」と記載されているし,プロドラッグとしての機能についても

「これらプロドラッグ化合物は,誘導されたアミジン基にて,加水分解,酸化,

還元,または脱離を受けて,活性な化合物を生成する。」と記載されている。

そして,刊行物Aは,【0567】ないし【0582】において,「生物利

用能(BA)」と,プロドラッグの活性部分への変換パーセンテージである

「%転換率」についての実験方法と実験結果が記載されている。この実験結果

は,刊行物Aに実施例として記載されている化合物の一部についてのものであ

るが,当該実験結果を参照すれば,当業者であれば,刊行物Aに記載される他

実施例の化合物(引用化合物を含む。)の場合についても同様に当てはまる

と理解できる。すなわち,引用化合物と上記実験結果を伴う化合物は,前記1

のとおりの刊行物Aの記載全体を見れば,いずれも,刊行物Aの特許請求の範

囲に記載された発明の具体例として記載されているから,当業者であれば,引

用化合物についても,実験結果が同様に当てはまること,すなわち,プロドラ

ッグとしての特性を備えるものとして把握することができる。

したがって,刊行物Aには引用化合物の機能や生物学的利用率に関する薬理

試験結果等の開示がないとの原告の主張は誤りである。

3 刊行物Aに開示された特定の化合物の多くがプロドラッグになり得ないとの

点について

原告が,刊行物Aに開示された化合物の多くがプロドラッグとはみなし

得ないことが当業者にとって明瞭となる態様として具体的に挙げた化合物は,

いずれも,引用化合物とは化学構造や性質が異なり,技術的に無関係のもの

である。

薬物代謝の経路は種々様々であり,開裂後,アミジン基側からどのよう

な代謝産物が分離して生成するか,また,そのうち生体に何らかの作用を及

ぼすのに有意な半減期を有するものは何かということについては,試験結果

等がなければ断定することはできないが,原告がその主張の根拠とするアミ
ジン基側から分離した化合物が特定の化合物となることについては,これを

裏付ける証拠がない。

本願優先日以前に刊行された文献に記載された,アミジン基を有する薬

物のプロドラッグとして有力な化合物又は化学構造におけるアミジン基とそ

置換基部分との結合構造と,原告の主張する刊行物Aの表23に記載され

た過酸誘導体,実施例39,79及び149の化合物におけるアミジン基と

その置換基部分の結合構造とは同一であり,これらの文献は,原告の主張に

対する反例となる。

また,刊行物Aの実施例2及び54の化合物は,いずれもアミジン基に対

して同様の結合をしていることから同様の開裂が起こると想定されるべきで

あるが,原告が開裂すると想定している化合物の化学構造に共通性がなく,

原告の主張は,その導出において技術的な不整合がある。

さらに,刊行物Aの表23に記載された化合物は過酸誘導体ではなく,実

施例39の化合物は尿素又はチオ尿素の誘導体のいずれでもない。実施例7

9の化合物はアシルで置換されたアミジンではない。

一般に,薬物においては,毒性がわずかにでも存在すれば,薬物として

有用性が否定されるわけではなく,有用性(効能及び効果)のメリットが

毒性(副作用)のデメリットよりも大きければ,全体として有用と考えられ

ている。そうすると,プロドラッグから開裂により生成する物質に,毒性又

は発がん性等があったり,そのような性質を有する可能性があったとしても,

そのようなプロドラッグを採用することによりバイオアベイラビリティーが

劇的に改善する場合や,主薬が作用を発揮する濃度が,開裂する化合物が副

作用を発現する濃度よりもはるかに小さい場合等には,毒性又は発がん性に

よる副作用の可能性というリスク(デメリット)よりもメリットの方が大き

い。したがって,原告が開裂により生成すると主張する物質に毒性又は発が

ん性(の可能性)があるということ自体から直ちに,かかる物質をプロドラ
ッグの対象として受け入れることはできないという結論には至らない。

また,本願発明は,その明細書全体の記載を見れば,バイオアベイラビリ

ティーが低いアミジン基を有する有効成分をアミジン基の修飾によりプロド

ラッグ化してバイオアベイラビリティーを改善しようという点に,技術思想

の本質があるから,プロドラッグから活性物質になる際に副生する化合物に

どの程度の毒性があるのかは,技術思想の本質から外れた問題である。いず

れの発明についても,結果として,毒性に強弱のある各種化合物が副生する

場合も含まれるような上位概念で特許請求の範囲に記載されたという程度の

ことであり,このことは,当業者であれば容易に理解できる。

なお,仮に,原告の論理を受け入れるとすると,実施例141の化合物か

らアクロレイン及び/又はアリルアルコールを開裂するということは,本願

発明の式(U)又は式(V)においてRがアリル基である場合にも,同じ物

質を開裂するということになり,原告の主張は矛盾をはらむものとなる。ま

た,本願発明の式(U)又は式(V)においてRがアルキル基である場合に

は,これがメチル基の場合,有毒なメタノールが開裂することになる。

一般に,薬物においては,プロドラッグから活性薬物に戻る反応に「安

定性」があること自体によって,薬物としての有用性が否定されるわけでは

ないので,加水分解に対して非常に安定ということから,プロドラッグとし

て有用ではないとする論理には飛躍がある。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告の主張する取消事由は理由がなく,審決に取り消されるべ

き違法はないと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 刊行物Aの記載について

刊行物Aは,発明の名称を「凝血カスケードを選択的に阻害するのに有用な

置換された多環式化合物のプロドラッグ」とする発明に係る公表特許公報であ

り,以下の記載がある(甲1。なお,誤記は適宜訂正した。)。
【0001】

発明の分野

本発明は,血栓状態,例えば,冠状動脈および脳血管疾患を予防および治療

するための化合物,組成物および方法に関する。さらに詳しくは,本発明は,

凝血カスケードのセリンプロテアーゼを阻害する化合物のプロドラッグに関す

る。

【0002】

発明の背景



【0006】

血管の損傷の結果としての凝血は,哺乳動物についての重要な生理学的プロ

セスであるものの,凝血は,また,病気の状態を導く。血栓症と称される生理

学的プロセスは,血小板凝集および/またはフィブリン凝固が血管をブロック

する(すなわち,ふさぐ)時に生ずる。…血液中の凝塊の予防または治療は,

血小板凝集の形成を抑制し,フィブリンの形成を抑制し,血栓の形成を抑制し,

塞栓の形成を抑制することにより治療学的に有用であり,不安定なアンギナ,

…を治療または予防するためである。

【0007】

このような状態を治療するために,研究者は,凝血プロセスを有効かつ選択

的に制御する化合物を発見するべく探求してきた。…

【0008】

かくして,さらに,発見された多くの化合物が所望される生物学的活性に対

して一体となって原因となる極性または塩基性官能基を有する。この極性官能

基は,例えば,グアニジン,アルキル−アミジンまたはアリール−アミジン基

の窒素原子であることがしばしばである。これら官能基は,非常に塩基性であ

るので,これらは,生理学的に適切なpHでプロトン化されたままである。こ
のようなプロトン化された種のイオン性は,親油性の膜を横切るそれらの透過

性を阻害し,これは,医薬製剤が経口で投与される時に生物学的利用能を低下

させかねない。

【0009】

このような問題を回避するために,医薬製剤が中性に帯電され,さらに親油

性となるように,極性官能基の誘導または化学的修飾を行い,それによって,

薬剤の吸収を促進することが有益であることが多い。しかし,有用である誘導

については,誘導は,標的部位または所望される薬理学的活性の複数の部位で

生物変換可能であり,正常な生理学的条件下で開裂して,生物学的に活性な薬

剤を生成する必要がある。“プロドラッグ”という用語は,このような化学的

に修飾された中間体を表すために使用されている。

【0010】

発明の概要

したがって,中でも,本発明の幾つかの態様は,凝血カスケードに作用し,

それによって,哺乳動物における血栓状態を予防および治療するある種の酵素

を選択的に阻害するのに有用なプロドラッグ化合物を提供することである。概

して,これらプロドラッグ化合物は,誘導されたアミジン基にて,加水分解,

酸化,還元または脱離を受けて,活性な化合物を生成する。

【0011】

したがって,つまり,本発明は,プロドラッグ化合物それ自体;プロドラッ

グ化合物と薬学的に許容可能な担体とを含む医薬組成物;および,使用方法

係る。

【0035】

好ましい実施態様の説明

本発明の1つの態様は,式(T):
【0036】

【化3】




【0037】

〔式中,…

Z3 は,加水分解,酸化,還元または脱離に際しアミジン基を生成する誘導

されたアミジンで置換され,さらに,ハロゲンまたはヒドロキシで置換されて

いてもよい5−または6−員ヘテロ環式または芳香族環を含み,Z3の5−ま

たは6−員ヘテロ環式または芳香族環の環原子は,炭素,硫黄,窒素または酸

素であり;…〕

に対応する化合物を包含する。

【0038】

式(T)を有する化合物についてのもう1つの実施態様にて,…

Z3 は,フェニル,フラニルまたはチエニル環を含み,前記フェニル,フラ

ニルまたはチエニル環が,加水分解,酸化,還元または脱離に際しアミジン基

を生成する誘導されたアミジンで置換され,さらに,フッ素またはヒドロキシ

置換されていてもよく;…。

【0044】

…なおもう1つの実施態様にて,Z3 は,その最も還元された状態の酸素,

窒素,および,その最も還元された状態の硫黄から選択される1つ以上のヘテ

ロ原子で誘導されるベンズアミジンであり,前記アミジン誘導体は,生理学的

条件下で還元されてベンズアミジンを形成する。…

【0052】
式(I)を有する化合物についてのさらなる実施態様にて,Z3は,以降の

表1または3に示すいずれのベンズアミジン誘導体であってもよい。…

【0067】

本発明のなおもう1つの態様は,式(U):

【0068】

【化7】




【0069】

〔式中,…

…Z3…は,式(T)を有する化合物について定義した通りである。〕

に対応する化合物を包含する。

【0070】

式(U)を有する化合物についてのなおもう1つの実施態様にて,…

Z3 は,フェニル,フラニルまたはチエニル環を含み,前記フェニル,フラ

ニルまたはチエニル環は,加水分解,酸化,還元または脱離に際しアミジン基

を生成する誘導されたアミジンで置換され,さらに,フッ素またはヒドロキシ

置換されていてもよく;…。
【0072】

さらなる実施態様は,式(Ua):

【0073】

【化8】




【0074】

〔式中,…Z3,…の各々は,式(T)および(U)を有する化合物について

定義した通りである。〕

によって表される式(U)を有する化合物を提供する。

【0076】

式(Ua)を有する化合物についてのなおもう1つの実施態様にて,…

Z3 は,以降の表1または3に示すいずれかのベンズアミジン誘導体であっ

てもよく;…。
【0117】
【0130】
【0132】
【0147】

本発明のなおさらなる態様は,式(W):

【0148】

【化16】




【0149】

〔式中,…R301,R302,R303…の各々は,式(Va)を有する化合物の

いずれかの実施態様について定義した通りである。〕

を有する化合物を包含する。

【0156】

なおさらなる実施態様にて,式(W),…のいずれかを有する化合物は,以

下の表2の化合物から選択される:

(判決注・表2は省略)

【0162】

ここで:…

R301,R302およびR303は,…

(B) 水素,−ORb,…であるが,ここで,各Rbは,独立に,置換され

ていてもよいヒドロカルビルおよびヘテロシクロである;および,…ただし,

R301,R302およびR303の少なくとも1つは,水素以外である;
からなる群より独立に選択され;…。

【0169】

もう1つの実施態様にて,式(T)〜(X)のいずれかによって表される化

合物は,以下の表3に列挙する化合物の群より選択される。以下の表3に列挙

するある種の化合物は,式(T)〜(X)のいずれかを有する化合物の薬学的

に許容可能な塩類である。…

【0174】

【表58】




【0186】

【表70】
【0192】

【表76】




【0193】

【表77】




【0209】

【表93】
【0273】

式(T)〜(X)のいずれかに対応するいずれの化合物も,分子の1部分と

して1つ以上のプロドラッグ部分を有し,生理学的条件下で,多数の化学およ

び生物学的機構により生物学的に活性な薬剤へと変換することができる。一般

的な用語にて,これらのプロドラッグ変換機構は,加水分解,還元,酸化およ

び脱離である。例示するために,以下のパラグラフは,プロドラッグ部分が上

記式(T)〜(X)の各々について示した実施態様のようにZ3のアミジン基
共有結合されているプロドラッグを詳述する。

【0275】

本発明のなおもう1つの態様は,プロドラッグ部分の還元によるプロドラッ

グの生物学的に活性な薬剤への変換を提供する。この実施態様にて,典型的に

は,プロドラッグ部分は,生理学的条件下,還元酵素プロセスの存在で還元可

能である。還元は,好ましくは,プロドラッグ部分の除去および生物学的に活

性な薬剤の放出を生ずる。アミジン基で還元可能なプロドラッグ誘導体の例

は,酸素がアミジンに直接結合されている酸素含有基である。還元は,水また

はアルコールとしての酸素の除去により薬剤のアミジン基の遊離を生ずる。…

【0278】

式(T)〜(X)に対応する本発明のいずれかの化合物は,上記詳述した機

構のいずれかの組み合わせを受けて,プロドラッグを生物学的に活性な化合物

へと変換することができる。例えば,個々の化合物は,加水分解,酸化,脱離

および還元を受けて,プロドラッグを生物学的に活性な化合物へと変換するこ

とができる。等しく,個々の化合物は,これら機構の1つのみを受けて,プロ

ドラッグを生物学的に活性な化合物へと変換することができる。

【0567】



代謝安定性の検定
肝臓S9画分のインキュベーション



【0573】

検定の結果を以下表1にまとめて示す。

【0574】

【表158】
【0575】

生物利用能

試験システム

健康な雄ラット…を…入手した。ラットは,研究の開始前にいずれの薬剤処

置も受けなかった。動物の体重は,250〜320gであり,各代謝ケージに

標識をつけることにより個々に特定した。…食餌に少なくとも5日間動物を順

化させ,化合物の投与前に15〜20時間耐性とした。投与後4時間から食物

を与え,残りの研究中任意に与えた。

【0576】

投与量

各動物には,体重kg当り活性部分の遊離塩基10mgに等しい投与量のプ

ロドラッグまたは体重kg当り10mg当量の遊離塩基に等しい投与量で活性

部分を経口投与した。静脈内(IV)研究については,動物は,1mgの遊離

塩基/kg体重を受けた。試験物品の十分な量を適当なビヒクルに溶解させ

…,投与溶液の最終濃度は,経口およびIV投与について,それぞれ,2.0

mg遊離塩基/mLおよび0.5mg遊離塩基/mLとした。投与体積は,経

口およびIV投与のそれぞれについて,5mL/kgおよび2mL/kgとし

た。

【0577】

試料収集および分析

特定の時間間隔で頸静脈から血液試料を収集した。…

【0578】

薬動力学的分析:

…生物利用能(BA)を以下のようにして計算した:

【0579】
【数1】




【0580】

以下の式を使用して,プロドラッグの活性部分への変換パーセンテージを計

算した:

【0581】

【数2】




【0582】

“AUC”は,曲線下の面積を表す。

結果は,実施例30の表1に示されている。



2 引用発明の内容と本願発明の新規性について

引用発明の内容について

前記1の記載内容に照らすと,刊行物Aには,凝血プロセスを有効かつ選

択的に制御する化合物として見いだされたものは,グアニジン,アルキル−

アミジン又はアリール−アミジン基という極性で塩基性の官能基を有するた

め,生理学的に適切なpHでプロトン化され,親油性の膜を透過することが

できず,当該化合物を含有する医薬製剤を経口投与した場合に,生物学的利

用能が低下する可能性があるという問題点が存在したところ,このような問

題を回避するため,中性に帯電され,かつ,親油性となるように,極性官能

基の誘導又は化学的修飾を行うことにより,当該化合物が経口投与された場

合の吸収を促進して生物学的利用能を向上させ,かつ,かかる官能基の誘導

又は化学的修飾を,標的部位又は所望される薬理学的活性の複数の部位で生
物変換して活性な化合物とすることにより,上記問題点を解決できることが

示されており,この官能基を誘導又は化学的に修飾した化合物をプロドラッ

グということが記載されている。

そして,刊行物Aには,プロドラッグ化の方法として,上記官能基を,加

水分解,酸化,還元又は脱離によりアミジン基を生成する基とする方法であ

ること,酸素をアミジン基に直接結合させる酸素含有基によるプロドラッグ

化を行った場合に,このプロドラッグは,生理学的条件下の還元酵素プロセ

スによりアミジン基に還元可能であることが記載されている。そうしてみる

と,刊行物Aには,グアニジン,アルキル−アミジン又はアリール−アミジ

ン基という官能基を有する化合物を経口投与した場合の消化管からの吸収を

改善し,化合物の生物学的利用能を向上させるために,上記官能基を酸素含

有基により修飾する方法が記載されているということができる。

そして,刊行物Aには,アリール−アミジン基を酸素含有基で誘導体化し

た例として,式(T)又は(Ua)のZ3がN,N’−ジヒドロキシアミジ

ンジメチルエーテル構造のものが【0117】に,N,N’−ジヒドロキシ

アミジン構造のものが【0130】に,N,N’−ジヒドロキシアミジンモ

ノメチルエーテル構造のものが【0132】に示されており,【018

6】,【0192】,【0209】及び【0193】には,N,N’−ジヒ

ドロキシアミジンジメチルエーテル構造を有する具体的な化合物が化合物3

6として,N,N’−ジヒドロキシアミジン構造を有する具体的な化合物が

化合物48及び82として,N,N’−ジヒドロキシアミジンモノメチルエ

ーテル構造を有する具体的な化合物が化合物50として記載されている。

したがって,刊行物Aには,アリール−アミジン基を有する化合物の生物

学的利用能を向上させるために,当該化合物のアミジン基を,N,N’−ジ

ヒドロキシアミジンジメチルエーテル構造に誘導体化した化合物36を得る

方法,N,N’−ジヒドロキシアミジン構造に誘導体化した化合物48及び
82を得る方法,並びにN,N’−ジヒドロキシアミジンモノメチルエーテ

ル構造に誘導体化した化合物50を得る方法が記載されているということが

できる。

(2) 本願発明の新規性について

引用化合物と本願発明におけるアミジン基の構成とを対比すると,刊行物

Aに記載された化合物36におけるN,N’−ジヒドロキシアミジンジメチ

ルエーテル構造は,本願発明における「N,N’−ジヒドロキシアミジンジ

エーテル(V)」でRがメチル基である場合に相当し,化合物48及び82

におけるN,N’−ジヒドロキシアミジン構造は本願発明における「N,

N’−ジヒドロキシアミジン(T)」に相当し,また,化合物50における

N,N’−ジヒドロキシアミジンモノメチルエーテル構造は本願発明におけ

る「N,N’−ジヒドロキシアミジンエーテル(U)」でRがメチル基であ

る場合に相当すると認められる。

また,刊行物Aにおけるアリール−アミジン基を有する化合物は,凝血プ

ロセスを有効かつ選択的に制御する化合物として見いだされたものであるこ

とから,医薬製剤における有効成分であり,これは本願発明における「少な

くとも1種の活性アミジン基を有する薬物」に相当すると認められる。

そして,刊行物Aに記載された技術は,医薬製剤を製造するための技術に

関するものであることから,刊行物Aにおけるアミジン基を有する化合物か

ら各種誘導体化した化合物を得る方法は,本願発明における「薬剤中の前記

薬物のアミジン基を,…とする薬剤の製造方法」に相当すると認められる。

以上によれば,本願発明は刊行物Aに記載された発明を包含するものであ

り,本願発明と引用発明との間には相違点を見出すことができないので,本

願発明は刊行物Aに記載された発明であると認められ,これと同旨の審決の

認定に誤りはない。

3 原告の主張について
原告は,プロドラッグを提供することは刊行物Aで述べられた教示の幾

つかの態様のうち一つにすぎず,引用化合物はいずれもプロドラッグとして

開示されたものではないと主張する。

しかしながら,刊行物Aの記載,とりわけ,「式(T)〜(X)のいずれ

かに対応するいずれの化合物も,分子の1部分として1つ以上のプロドラッ

グ部分を有し,生理学的条件下で,多数の化学および生物学的機構により生

物学的に活性な薬剤へと変換することができる。」との記載に照らせば,刊

行物Aが,引用化合物を含む式(T)ないし(X)で表される化合物をプロ

ドラッグとして開示していることは,前記2(1)のとおりである。原告が指

摘する刊行物A中の記載についても,それに続いて,「したがって,つまり,

本発明は,プロドラッグ化合物それ自体;プロドラッグ化合物と薬学的に許

容可能な担体とを含む医薬組成物;および,使用方法に係る。」(【001

1】)との記載があることに照らせば,刊行物Aに開示された技術は,全て,

凝血カスケードのセリンプロテアーゼを阻害し,抗血栓薬として有用な化合

物のプロドラッグに関するものということができる。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

原告は,刊行物Aには,引用化合物について,生物学的利用率に関する

薬理試験結果又はこれと同視することのできる程度の事項を記載してその用

途の有用性を裏付けるデータの記載がないと主張する。

この点,刊行物Aには,記載された物質の一部について,生物利用能及び

プロドラッグの活性部分への変換パーセンテージ(%転化率)についての実

験データが【0574】の表1として開示されているところ,同表には化合

物番号12として記載されている化合物(以下「化合物12」という。)の

生物利用能が3%であり,%転化率が11%であると記載されている。

そして,化合物12は,アミジン基を構成する一つの窒素原子に酸素原子

が結合したアミジン基の誘導体であるところ(【0174】),酸素がアミ
ジン基に直接結合されている酸素含有基を導入することによりプロドラッグ

としたものは,還元により,水又はアルコールとしての酸素の除去によりア

ミジン基の遊離を生じ,プロドラッグの生物学的に活性な薬剤への変換を提

供する旨の記載(【0275】)を踏まえると,アミジン基を酸素含有基に

より修飾した化合物は,生体内で還元され,活性なアミジン基に変換される

ことが示されていると理解することができる。

以上に加え,親油性の膜を透過することができないというアミジン基を有

する化合物の問題点は,アミジン基が中性に帯電され,親油性となるように

誘導体化することよって解決することができるとの技術思想が合理的なもの

であると考えられること,アミジン基の窒素原子に酸素原子を結合させ,ア

ミジン基を酸素含有基で誘導体化することにより,アミジン基が生理学的p

Hでプロトン化されることがなくなるということができることから,アミジ

ン基に酸素原子を直接結合させることにより誘導体化したものを経口投与し

た場合には,アミジン基を誘導体化しないものを経口投与した場合と比較し

て,生物学的利用率が向上すると考えられること,引用化合物は,アミジン

基に酸素原子を直接結合させることにより誘導体化したものである点で化合

物12との間に構成上の共通点が認められ,相違するのはアミジン基を構成

する二つの窒素原子のそれぞれに酸素原子が結合していることにあると認め

られることに照らせば,刊行物Aには引用化合物自体についての生物学的利

用率の実験データの記載はないものの,その用途の有用性を容易に推測する

ことができるに足りる実験データの記載がされていると評価することができ

る。

したがって,原告が主張するところをもって,刊行物Aが引用化合物をプ

ロドラッグとして開示していることが否定されるということはできない。

原告は,刊行物Aに開示された化合物の多くがプロドラッグとみなされ

得ないことは,当業者にとって明らかであると主張する。
しかしながら,引用化合物は代謝を受けて水及び/又はメタノールを生成

するものであり,原告が指摘するような化学物質を生成するものではないし,

引用化合物は過酸誘導体ではない。さらに,引用化合物は,いずれも,その

プロドラッグ部分は酸素がアミジン基に直接結合する酸素含有基であって,

プロドラッグ部分が還元されることにより,生物学的に活性な化合物に変換

されるものであり,プロドラッグ部分が加水分解を受けて生物学的に活性な

化合物に変換されるものではないから,加水分解に対する安定性を考慮する

必要はない。

以上によれば,原告の主張するところをもって,刊行物Aが引用化合物を

プロドラッグとして開示していることが否定されるということはできない。

4 結論

以上のとおりであり,原告の主張は理由がない。よって,原告の請求を棄却

することとし,主文のとおり判決する。


知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅