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関連審決 無効2002-35352
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16行ケ126審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成17ワ11598職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成17行ケ10438審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10482審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術常識 /  遡及 /  優先権 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 326号 審決取消請求事件
原告 昭和電工株式会社
同訴訟代理人弁理士 武井秀彦
同 吉村康男
被告 ロシュビタミン アーゲー
同訴訟代理人弁理士 津國肇
同 齋藤房幸
同 小國泰弘
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2002-35352号事件について平成15年6月12日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「水産養殖用固型飼料の製造方法」とする特許第2800116号(昭和61年6月5日に出願された昭和61年特許願第129283号の一部を,新たな特許出願として平成8年4月22日出願。平成10年7月10日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 被告は,平成14年8月27日,特許庁に対し,本件特許を無効とすることを求めて審判の請求をした。
(3) 特許庁は,上記請求を無効2002-35352号事件として審理をした上,平成15年6月12日,「特許第2800116号発明の特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月24日に原告に送達された。
2 本件特許に係る発明(以下「本件発明」という。)の要旨は,本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の「特許請求の範囲」1に記載された,次のとおりのものである。
「1.水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加し,得られた混合物を加圧加熱し造粒することを特徴とするアスコルビン酸活性を有する水産養殖用固型飼料の製造方法。」 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明と特開昭52-136160号公報(甲4。以下「引用例1」という。)に記載の発明(以下「引用発明1」という。)を対比すると,両者は,「水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加する」点で一致するが,本件発明では,水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加し,得られた混合物を加圧加熱して造粒する,アスコルビン酸活性を有する水産養殖用固型飼料の製造方法であるのに対し,引用発明1は,アスコルビン酸活性を有する水産養殖用飼料を得るように,水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加する補充剤自体であって,該補充剤を添加する水産養殖用飼料の製造方法は不明な点で相違する(以下「本件相違点」という。)。
(2) 本件相違点について 本件相違点について検討すると,「荻野珍吉編「魚類の栄養と飼料」1頁及び292〜306頁(昭和55年11月15日轄P星社厚生閣発行)」(甲3。
以下「引用例2」という。)には,飼料(原料)を混合して,得られた混合物を加熱加圧し造粒する水産養殖用固型飼料の製造方法が記載され,固型飼料の製造時にビタミンC(L-アスコルビン酸)は熱により損失すること,また,保存時にも経時的に損失することが記載されているから,引用例1に記載の,優れた熱安定性と耐酸化性を有し,ビタミンC活性を示す「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する補充剤」を添加する水産養殖用飼料において,該補充剤の優れた熱安定性に着目して,高いビタミンC活性を有する固型飼料を得るように,引用例2記載の水産養殖用固型飼料の製造方法を採用することは当業者であれば容易に想到し得るものである。
そして,本件発明の効果も引用発明1,引用例2に記載の発明(以下「引用発明2」という。)から当業者が予測し得るものであって,格別顕著なものとはいえない。
(3) 以上のとおり,本件発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。
当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は,引用発明1の認定を誤った結果,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),また,本件発明の進歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものであるから,本件審決は違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について 本件審決は,引用例1に「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤」が記載されていると認定し,その結果,本件発明と引用発明1とは,「水産養殖用飼料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を添加する」点で一致すると認定したが,誤りである。
(1)ア 引用例1には,「さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。」(3頁左上欄7〜12行)との記載があるが,引用発明1の出願当時,魚の餌の補充剤として用いられることが知られていたのは,L-アスコルビン酸-2-サルフェートのみであり(甲5の調査報告書,甲6の調査報告書,Federation of American Societies for Experimental Biology, 56th Annual Meeting, April 9-14, 1972, Symposia and Special Sessions Abstracts of Papers, 2764(甲7),Annals of the New York Academy of Sciences, vol.258,p.81-101(1975)(甲8)),L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤に使用した例は全く見いだせない。引用例1の記載事項の認定は,当業者の技術常識に基づいてなされなければならないから,当業者は,引用例1に,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤として使用することは実質上記載されていないと認識するはずである。
イ 引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は,対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)の対応部分について「魚からなる食事の補充剤」(魚を用いたヒトの食事の補充剤)と訳すべきを誤って訳したものである(甲43(Aの宣誓書),44(Bの宣誓書),45(Cの宣誓書))。したがって,引用例1の上記記載は事実ではなく,技術常識上信憑性に欠けるものである。
原告の上記主張はこの点からも裏付けられるものである。
(2) L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤に用いた例が引用発明1の出願時まで皆無であることから,引用例1の上記記載において,単数形で記載された「このものは」は,「L-アスコルビン酸-2-サルフェート」を指しているとするのが当業者の普通の解釈である。また,上記記載における「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類」とは,「アスコルビン酸」の「誘導体」である遊離酸を意味しているにすぎず,その塩類を指して呼んでいるのではないことは,引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)における対応箇所が「the 2-phosphate and 2-sulfate derivatives of L-ascorbic acid」と記載されていることからも明らかである。「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート」は「遊離酸」を指すとするのが当業者の一般的な用法である。
(3) 本件審決は,引用例1における「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,・・・ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(3頁左上欄8〜16行)との記載から,引用例1には「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体」は「アスコルビン酸活性を示す有効成分」として「魚の餌の補充剤」として用いられることが記載されていると認定しているが,引用例1の上記記載は,L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩を給餌又は注射したモルモットが尿中にL-アスコルビン酸を排出したことを発表した論文を根拠とするものであり,これを根拠にL-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体が,魚を含む殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられるとするのは,以下の点で非科学的であり合理性を欠く。
ア 引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)中の「alkaline phosphatase」との記載からすれば,「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素」がアルカリホスファターゼであることは疑い得ない。そして,引用発明1の発明者ポール・オウガスタス・セイブを監修者とする「Chen-Hsiung(Eldon)Lee, "SYNTHESES AND CHARACTERIZATION OF L-ASCORBATE PHOSPHATES AND THEIR STABILITIES IN MODEL SYSTEMS"(1976)」(甲10)には,仔牛腸粘膜アルカリホスファターゼを用いた分解試験が記載されており,引用例1に記載された「全ての動物」とは哺乳動物を指すとするのが妥当である。
また,アルカリホスファターゼが,その起源,条件にかかわらず,L-アスコルビン酸2-ホスフェート誘導体を分解し得るとは技術常識上到底いえない。たとえば,「Journal of Faculty of Fisheries, Prefectural University of Mie, Vol.6, No.3, p.303-311(1965)」(甲11)第7表によれば魚類のアルカリホスファターゼの至適pHは9.6であり,「Journal of Faculty of Fisheries, Prefectural University of Mie, Vol.6, No.3, p.291-301(1965)」(甲12)の図4によれば,アルカリホスファターゼはpH8以下では殆ど活性を示していない。しかるところ,「尾崎久雄著「魚類生理学講座」60〜63頁(昭和46年12月1日・緑書房発行)」(甲13)に記載されているとおり,魚類の消化管のpHは例えばハマチの場合高々7.6にすぎず,また,その他の魚でも消化管のpHはかなり低い。したがって,魚類においては,アルカリホスファターゼは有効な活性を発揮できず,L-アスコルベート2-ホスフェートを分解できないと考えられる。
イ ある動物に薬剤の誘導体を分解し活性体を生ずる酵素が存在したとしても,これのみで魚類において有効な活性を有するといえないことは,L-アスコルビン酸2-サルフェートの例から明白である。
すなわち,「ビタミン49巻11号p.439-444(1975年)」(甲14),「J. Nutr.108, p.1761-1766(1978)」(甲15),前掲甲8は,上記のL-アスコルビン酸誘導体がある特定の種類の魚あるいは動物に対して効果があっても,他の種の魚あるいは動物においても効果を有するとはいえないこと,及び魚と哺乳動物間では上記のL-アスコルビン酸誘導体あるいはビタミン誘導体の効果は同様であるとはいえないことが記載されており,「魚に対する給餌及び栄養摂取に関する第3回国際シンポジウム,ロシュ・ワークショップ(1989年)」(甲16)によれば,2-サルフェートについては,結局被告自身によって,魚には効果がないとの結論が出されている。
ウ アスコルビン酸2-O-α-グルコシドは,良好な耐酸化,耐熱安定性を有し,モルモット,ラット中のα-グルコシダーゼによりアスコルビン酸を遊離する(「化学と生物vol.29, No.11, p.726-733」(甲17))が,養魚飼料原料に配合した場合にはその中に存在するα-グルコシダーゼにより不安定なアスコルビン酸に変換してしまうため,「魚の餌の補充剤」としては実用化されていない。このことからも明らかなように,アスコルビン酸誘導体が,耐熱性,耐酸化性を有し,かつ体内で酵素により活性体に変換されるだけでは,水産養殖用固形飼料に配合して有効な活性を有すると予測することはできない。
エ アスコルビン酸誘導体が魚を対象とする固型飼料に配合剤として有効であると推論するためには,以下のことが知られている必要がある。
(ア) 原料中の酵素あるいは成分により,分解されないこと (イ) 飼料製造中の高温高圧処理により分解されないように耐熱性,耐酸化性を有すること (ウ) アスコルビン酸誘導体あるいはその分解物が消化管を通じて魚の生体内に吸収されること (エ) 魚の生体内においてアスコルビン酸に変換されること (オ) アスコルビン酸誘導体あるいはその代謝分解物の毒性がないこと (カ) 変換されたアスコルビン酸が機能発現部位に到達しその機能を発揮すること しかるに,引用例1においては,L-アスコルビル2-ホスフェートについては,単に上記(イ)の要件に関して,耐熱性,耐酸化性を有することが記載されているにすぎないものであり,しかも,本件発明の高せん断力が負荷されるペレット飼料の製造工程での耐熱性,耐酸化性については,上記(イ)の要件を充足できると推論することはできない。この程度の知見では,アスコルビン酸2-ホスフェートが養魚用ペレット飼料に配合剤として使用しうると推論することは技術常識を知る当業者においては到底できない。結局,L-アスコルビル2-ホスフェートが魚用固形飼料への配合剤として有効か否かは,実際に魚に投与試験をして初めて分かることである。
(4) アスコルビン酸活性を有する魚の補充剤についての発明は動物医薬の発明であるから,有効成分としてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が,現に魚に対して有効であることが立証されていなければならないが,引用例1には,モルモットについての論文が引用されているにすぎず,魚については何らの実験データも示されておらず,アルカリホスファターゼが魚の消化管中のpH条件下でアスコルベート2-ホスフェートを開裂できるとはいえないのであるから,引用例1には「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤」について,完成された発明として記載されていない。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について 本件審決は,本件発明の構成の容易想到性及び効果の顕著性について誤解し,結果としてその進歩性に関する判断を誤ったものである。
(1) アスコルビン酸(ビタミンC)は,養殖魚類等において欠乏又は不足すると壊血病症状を起こし死に至る等の重大な被害が発生することが知られており,そこで,養殖飼料にアスコルビン酸が添加され,給餌されていたが,アスコルビン酸は不安定で飼料中に添加した場合に分解が起こり,さらに,水産養殖用固型飼料は高温高圧下に高せん断力が付与されるため,アスコルビン酸は,飼料に添加しても速やかに失活し,その活性を持続させることはできなかった。こうした状況の中で高温高圧下でも安定で,しかも,高いアスコルビン酸活性を有する水産養殖用固型飼料添加物が要求され,このためL-アスコルビン酸-2サルフェート等種々のL-アスコルビン酸誘導体の使用が試みられてきたが,そのことごとくが上記技術的要求を満たさず失敗したのである。
水産養殖用固型飼料の製造方法においては,飼料原料に,たとえば,イカミール,エビミール,北洋魚粉などの魚類(本件発明の実施例1)や北洋魚粉,アミミールなどの魚類や小麦粉(本件発明の実施例2)のようにホスファターゼが存在している飼料原料が使用されるところ,リン酸エステル基を有するL-アスコルビン酸-2-リン酸エステル塩はそれらの飼料原料と混合し製剤化され製剤中で長期間にわたって接触を受けることになるので,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートはL-アスコルビン酸に分解されることが予想され,その場合,アスコルビン酸は加熱下で更に分解されビタミン活性を発揮できないことになる。したがって,当業者はそのような魚類などを含む飼料原料にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩を使用しようとはしないはずである。しかるに,本件発明は,飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合し加熱加圧し造粒する構成を採用することにより,上記の問題点を克服し,高い残存率と高いビタミンC効果という顕著な効果を得ることに成功したものである。
被告は,魚粉中のホスファターゼは熱で失活すると主張するが,ペレット飼料において,加熱工程を経てもなお魚粉中のホスファターゼ活性は残存するものである(甲37の実験成績証明書,甲38の実験成績証明書,APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY, VOL.64, Nov.1998, p.4446-4451(甲39))。
(2) 甲19の報告書によれば,アスコルビン酸誘導体の種類は極めて多く,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートは,少なくとも魚類に対しては,多数存在するアスコルビン酸誘導体の中の1つにすぎない。多数のアスコルビン酸誘導体が存在する中で,特定のアスコルビン酸誘導体が予想できない顕著な効果を有するのであれば,当然進歩性は認められるべきである。
しかして,引用例1に記載の誘導体類に含まれる,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの遊離酸,その塩,同2-サルフェートの遊離酸,その塩のうち,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩のみが格別顕著な効果を示すから,本件発明は選択発明として進歩性を有する。
(3) 本件審決は,単にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートの熱安定性のみから,その水産養殖用固形飼料製造において,高い残存率が予想でき,本件発明の効果が予想できるとするものである。
しかし,特許第2943785号公報(甲20)には,L-アスコルビン酸誘導体類0.1ミリモルをそれぞれ実施例3のL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩のみを除いた同じ組成の飼料に同じ製造方法で成型した後粉砕し製造直後の飼料中のL-アスコルビン酸誘導体類の残存率を測定し,この飼料のハマチに対する有効性を調査した比較試験例において,アスコルビン酸-2,6-ジパルミテートは,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルよりも飼料製造時の加圧加熱後の残存率が高いのに,ハマチ増重率及び生存率が極めて劣っていることが示されている。この結果からみても,熱安定性及び残存率のみから魚に対する効果が予想できないことは明らかである。
また,ハマチのアスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要求量(対象魚種がビタミン欠乏症を防ぐために必要とする各種ビタミンあるいはその誘導体の量)はアスコルビン酸に比して著しく低い(アスコルビン酸(ビタミンC)の約1/4〜約1/8)が,ビタミンCとしての活性はむしろ高い(「「養殖」臨時増刊号「添加商品」29巻1号臨(平成4年1月5日)」(甲21),「「日本水産学会誌」58巻2号337〜341頁(平成4年2月)」(甲22))。仮に,本件発明のハマチに対するビタミンC活性が,ハマチのホスファターゼによるものであるとすると,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩は,L-アスコルビン酸と無機リン酸に分解されてから魚類に作用するのであるから,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要求量は,アスコルビン酸換算すれば,ビタミンC要求量と少なくとも同程度になるはずである。しかし,上記のとおり,事実はビタミンCの約1/4〜約1/8という要求量であり,その活性はビタミンCよりもむしろ高いという結果を示しており,このことは,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステル塩の効果が,引用例1に示されるような単なるホスファターゼによる分解に基づくものではなく,また,単なる耐熱性,耐酸化性のみに起因するものでもないことを示す。したがって,少なくとも,このような効果は,引用例1の記載からは全く予想することはできないことは明白である。
さらに,引用例1からは,加圧加熱する場合にL-アスコルビン酸2-ホスフェートの塩が分解されずに残るか否かは全く予想できないものである。飼料原料には,タンパク分解酵素,触媒となりうる金属,あるいは酸化還元性物質など様々なものが配合されるが,このような飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合するとどのような影響が出てくるのかは全く明らかではない。
以上の点から,本件発明の効果は極めて顕著であり,引用例1の記載からは予想できないものというべきである。
(4) 本件発明は,L-アスコルビン酸誘導体を使用するものとして,水産養殖史上はじめて商業的成功を収めたものである(「「養殖」平成4年7月1日号,78頁」(甲23),「「化学工業日報」2000年12月21日号」(甲24))。
原告による商業的成功は,本件発明が安定性及びアスコルビン酸活性において他に代替できない効果を有することに基づくものであり,そのことは,被告が最近(平成15年4月)になって,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルナトリウムカルシウムについて,「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」に基づく飼料添加物として認可を得た(平成14年4月25日付け官報第3349号(甲25))ことからも裏付けられる。また,甲40の報告書によれば,本件発明の公開後,原告によりL-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩を水産養殖用固形飼料に使用することの実用化が達成された後,急速にブリ用固形飼料の生産量が伸びていることがわかり,甲5の調査報告書によれば,本件特許の公開後,L-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩を含有する水産養殖用飼料添加物に関する研究論文が急速に増えていることがわかる。
(被告の反論) 1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について 引用例1には,明確にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充剤として用いられることが知られていると記載されており,この記載に接した当業者は,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充剤として用い得ることを認識できるから,本件審決の引用発明1についての認定,ひいては本件発明と引用発明1との一致点の認定に誤りはない。 原告は,本件審決の引用発明1についての認定は誤りであるとして縷々主張するが,以下に述べるとおり,いずれも理由がない。
(1)ア 原告は,引用発明1の出願前にL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤に使用した例は全く見いだせないとするが,そのことは,引用例1にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が魚の餌の補充剤として用いられることが知られていると記載されている事実に何らの影響もない。しかも,原告の行った文献検索は,限られたデータベースを対象とするもので,検索に用いたキーワード等の検索条件も完全とは言い切れないことから,原告の上記主張は,その前提すら十分に立証されているとはいえない。
イ 甲43等は,対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)の解釈に関するものである。この対応米国特許の明細書は,引用発明1に係る特許出願の優先権主張の基礎出願(No.683,888)の継続出願(No.817,555)の更なる継続出願に係るものである。したがって,引用例1は,前掲甲43等で解釈された上記対応米国特許の明細書とは無関係である。
そうすると,甲43等で上記対応米国特許の明細書がいかように解釈されようとも,この解釈が引用例1の記載の解釈に直接的に影響を与えるものではない。甲43等は,引用例1に記載の「魚の餌の補充剤」が「魚からなる食事の補充剤」であることを立証するものではない。
また,仮に,上記対応米国特許の解釈が引用例1の解釈に影響するとしても,上記対応米国特許の明細書の“the diet of fish”は,「魚の餌」と解釈されるものであり,引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は誤訳ではない。
(2) 原告は,引用例1における「このもの」は「L-アスコルビン酸-2-サルフェート」を指すと主張するが,「このもの」に相当するのは,複数の「L-アスコルビン酸の・・・誘導体類」であり,「このもの」が単数形であるとすると,これを受ける先行詞が存在しなくなって,この文は解釈不能となる。
原告は,引用例1の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体類」は塩類を含まないと主張するが,引用例1の3頁左上欄下から4行〜右上欄5行,5頁右下欄11〜14行,6頁左上欄下から7〜5行,実施例の記載から,引用例1の「L-アスコルベート2-ホスフェート」が「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」をも意味する語として用いられていることは明らかである。
(3) 原告は,L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体が,魚を含む殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられるとするのは,非科学的であり合理性を欠くとして縷々主張するが,次に述べるとおり誤りである。
ア 引用例1には,酵素をアルカリホスファターゼに限定する記載はない。
ホスファターゼが魚類に広く存在し(Comp. Biochem. Physiol., 1965, vol.16, pp.317-319(乙1),Acta histochem. Bd. 47, S.8-14(1973)(乙2),Acta histochem. Bd. 53, S.206-210(1975)(乙3),Endokrinologie, Band 68(1), 1976, S.80-85(乙4),「尾崎久雄著「魚類生理学講座」290〜291頁(昭和53年8月1日・緑書房発行)」(乙5),前掲甲11,12),ホスファターゼとして酸性ホスファターゼも存在することは,当業者の技術常識である。また,前掲甲10の記載から引用例1に記載の「動物」の意味内容を原告主張のように決めつけることこそ,科学的でなく,合理性を欠く。
原告は,魚類の消化管内のpHは高々7.6であり,このpHでは魚類のアルカリホスファターゼはほとんど活性がないと主張する。しかし,多くの魚類の消化管のpHは8〜10であり(「板沢靖男他編「魚類生理学」69〜70頁(1991年6月30日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙20),「尾崎久雄著「魚類生理学講座 第4巻/消化の生理(下)」278〜283頁,338〜339頁(昭和53年8月1日・緑書房発行)」(乙21)),前掲甲12の図4がpH8.5〜10でアルカリホスファターゼの活性があることを示しているから,アルカリホスファターゼは魚類の消化管で活性があると理解できる。前掲甲12の図4はニジマスのアルカリホスファターゼ活性を示したものであるところ,上記乙20はニジマスの消化管のpHを記載しているのであるから,魚類におけるアルカリホスファターゼ活性については,異なる魚種(ニジマスとハマチ)に係る前掲甲12と前掲甲13の資料を組み合わせるよりは,同じ魚種に係る前掲甲12と上記乙20の資料を組み合わせて判断する方が合理的である。のみならず,前掲甲12の図4はpH8.5以下の活性の測定値を示していないだけで,pH7.6でアルカリホスファターゼが活性がないとは記載していない。pH6.5〜8.0で活性を示すアルカリホスファターゼは存在している(J. Exp. Zool., 182: 47-58 (1972)(乙22))。
また,前掲甲12の図1ないし5は,ニジマス組織から抽出したホスファターゼの至適反応条件を検討するため作成されたものであるところ,前掲甲12の図4は「ニジマス器官から抽出した酵素液」を使用して得られたデータであるが,その器官名は記載されておらず,同図4に示されたホスファターゼが腸のものであるとは断定できない。むしろ,前掲甲12の図1の作成については肝臓のホスファターゼが,同図2の作成については肝臓抽出物中のホスファターゼがそれぞれ使用されており,上記の至適反応条件を検討する以上,上記図1〜5の作成にあたって共通の酵素を使用しなければならないことは常識であるから,上記図4を作成するについても肝臓のホスファターゼが使用されているものと解するのが相当である。したがって,当業者は,上記図4から,魚の消化管のアルカリホスファターゼがpH7.6以下では活性を示さないと認識することはあり得ない。
イ アルカリ性ホスファターゼが広く生物界に分布しており,基質特異性も広く,ほとんどすべてのリン酸モノエステル結合を加水分解できることは技術常識である(「「生化学辞典(第2版)」84〜85頁,558〜559頁(1992年12月1日鞄結梔サ学同人発行)」(乙9,10))。
ウ 前掲甲17,甲18に示されたホスフェートエステル基を有しない物質についての知見は,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類の魚における有効性に何ら影響しない。
(4) Progressive Fish-Culturist, 47, No.1, 55-59, 1985(乙26)には,魚(チャネルキャットフィッシュ)においても,L-アスコルベート2-ホスフェートがアスコルビン酸活性を発揮したことが記載されており,乙9は,消化系においてアルカリ性ホスファターゼが作用し得ることを明確に示している。これらの記載を参酌すると,当業者は,引用例1の記載から,魚においてアルカリ性ホスファターゼが作用し,L-アスコルビン酸2-ホスフェート誘導体を開裂して有効な活性を発揮しうることを合理的に理解できるということができる。
また,本件特許出願の経過からしても,当業者は,L-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩が魚類においてL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すことを合理的に理解するというべきである。
本件発明は,水産養殖用に用いられる固形飼料の製造に関する発明であり,解決しようとする課題は「高いアスコルビン酸活性を示す」水産養殖用固形飼料を提供することであり(本件明細書の段落【0005】),発明の効果は生育のために特にL-アスコルビン酸が必要とされる水産動物の養殖に有用であることである(同段落【0023】)。すなわち,本件発明で得られる固形飼料は水産動物に対して高いアスコルビン酸活性を示すことが必要である。しかし,本件明細書では,本件発明に係る飼料を使用した飼育試験はクルマエビ(実施例1)及びウシエビ(実施例2)についてしか行われていない(同段落【0013】〜【0022】)。そうすると,本件発明が特許されたのは,クルマエビやウシエビなどの甲殻類において示されたアスコルビン酸活性から,当業者が技術常識をもって甲殻類以外の水産動物に対するアスコルビン酸活性を合理的に理解できたからと判断せざるを得ない。甲殻類以外の水産動物については,本件明細書中では明記されていないが,魚類を含むものとすると,魚類は,モルモットなどの哺乳類と同じ脊椎動物に属し(乙27の296頁右欄下から13〜11行及び乙28の1224頁右欄21〜22行),一方甲殻類は節足動物に属する(乙29の387頁左欄3〜5行)。つまり,魚類からみれば,モルモットよりもクルマエビやウシエビの方がはるかに遠い種である(乙30の付録38頁下部の動物界の系統図)。かかる本件特許の審査経過での判断によれば,実際に実験をしてみなくとも,当業者は,ある生物種に属する動物に対してアスコルビン酸活性が有効に発揮されるか否かを,他の生物種の動物に対して示された結果から合理的に理解できる場合もあり得るのは明らかである。そうすると,引用例1において,甲殻類よりも生物学的にはるかに魚類に対し近縁であるモルモットにおいてL-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩がL-アスコルベートの形に活性化されることが示されている以上,このことが十分な技術的裏付けとなって,当業者をしてL-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩が魚類においてもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すことを合理的に理解せしめることは明らかである。
(5) 引用例1には,引用発明1が,当業者が容易に実施することができる程度の実体を伴った発明として,あるいは少なくとも進歩性に関する判断の際の引用発明たり得る程度のものとして記載されている。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について 本件審決の本件発明の進歩性に関する判断にも,誤りはない。
(1) 原告は,本件発明の水産養殖用固型飼料の製造において飼料原料として使用される魚粉などの魚類はホスファターゼを有しているため,このような飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合すれば,L-アスコルビン酸に分解され,有効なアスコルビン酸活性を発揮できなくなることが予想されるので,当業者は,魚類を含有する飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を使用しないはずであると主張する。
ア しかしながら,本件発明は,特許請求の範囲の記載からみて,ホスファターゼが存在している魚粉などの原料を配合することを必須の構成とするものではないから,ホスファターゼ存在原料の配合を前提とする原告の上記主張は理由がない。
イ また,本件明細書は,飼料原料の魚類に関しては,「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類の使用量は,使用目的などにより異なる。・・・魚類・・・などを原料とする天然飼料に飼料1kgあたり0.0015ミリモル以上添加してもへい死率の低下など好結果を発揮することができる」と記載する(段落【0009】)だけであり,また,飼料原料としての魚粉等に関しては,実施例で特定の配合成分を有する水産養殖用固型飼料(実施例1および2)と,従来技術としての魚粉を含有する市販固型飼料(段落【0004】)とを記載するだけであり,魚粉などの飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合した場合に,原告主張のような問題点が存在することは何ら記載されていない。加えて,本件特許の出願当時の技術水準から,魚粉がL-アスコルビン酸-2-リン酸エステル塩を分解することが自明ともいえない。
そうすると,上記原告の主張は,本件明細書の記載に基づくものではなく,本件発明の進歩性の判断に際して,考慮されるべきではない。
ウ さらに,魚粉は養魚用ペレット飼料の慣用成分であること(「荻野珍吉編「魚類の栄養と飼料」4〜11頁(昭和55年11月15日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙13),前掲甲3,「米康夫編「養魚飼料-基礎と応用」111〜115頁,123〜131頁(昭和60年4月15日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙14)),ホスファターゼは熱で失活し易く,得られる魚粉は酵素活性を有しておらず(「荻野珍吉編「魚類の栄養と飼料」256〜257頁(昭和55年11月15日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙15),「外山健三他編「水産油糧学」8〜13頁,40〜43頁(1988年5月30日(株)恒星社厚生閣発行)」(乙16),「川島利兵衛編「新水産ハンドブック」588〜591頁(1981年2月10日(株)講談社発行)」(乙17),前掲甲12,「栄養と食糧Vol.18,No.1(昭和40年5月10日・日本栄養・食糧学会発行)」(乙11)),当業者もそのことを当然のこととして認識していること,仮に魚粉にホスファターゼが残存していたとしても,酵素反応が起こるために必要な反応時間,基質濃度,pH,温度が,飼料中及びその製造工程中に至適状態にないことは当業者の技術常識といえること(前掲甲11,12)から,当業者が飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類との組み合わせを回避することはないと考えられる。
仮に,魚粉中にホスファターゼ活性が存在するという原告の主張を考慮したとしても,当業者が魚粉とL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類との組み合わせを回避することはしない。
すなわち,前述したとおり,ホスファターゼは70℃,5分間の加熱で完全に失活する(前掲乙第11号証64頁右欄下から13〜5行)ので,魚粉中にホスファターゼが存在するとしても,加熱処理などの前処理をすることによりホスファターゼを失活させたり,あるいは分解量を見込んでL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を多少増量したりすることなどで十分有効なビタミンC活性を有する水産用養殖固型飼料を容易に得ることができる。そして,このような手段を採用することは当業者であれば容易にできる。
(2) 本件発明の進歩性に関する判断の際に参酌されるのは,引用発明1と比較した効果でなければならないから,水産養殖用飼料に有効成分(L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩)を添加し,得られた混合物を加圧加熱して造粒するという製法に由来する効果が,引用例1に比して有利か否かが問題となるが,引用例1には,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が熱安定性と耐酸化性を有し,魚に対してビタミンC活性を示すことが記載されているから,上記の製造方法を採用することによる効果は引用例1の記載から当業者が容易に予測しうるものである。
原告は,多数のアスコルビン酸誘導体の中から特定のアスコルビン酸誘導体を選択することにより顕著な効果を奏する場合には進歩性を認めるべきであると主張するが,本件発明で使用する特定のアスコルビン酸誘導体とはL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類そのものであり,引用例1にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤が具体的に記載されている以上,この点において両者は全く一致している。
(3) 原告は,アスコルビン酸-2,6-ジパルミテートやアスコルビン酸の試験結果を挙げて,本件発明の効果が予測できないものであると主張するが,ジパルミテートはホスファターゼで開裂されないエステル基であるし,アスコルビン酸との比較は,引用発明1との比較ではないから,参酌できない。
(4) 本件発明について,たとえ商業的に成功したという事実があってもそのことだけでその進歩性が肯定されるものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明と引用発明1との一致点の認定誤り)について (1) 引用例1に「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤」が記載されているといえるかどうかについて検討する。
ア 引用例1の記載事項について (ア) 引用例1(甲4)には,以下の事項が記載されている。
a 「本発明は広範囲の食品に使用しうる安定な栄養価値のあるビタミンC源として有用なホスホリル誘導体類を製造するためのモノアスコルビル-およびジアスコルビル-2-ホスフェートの合成法に関する。」(2頁右上欄下から5〜1行) b 「L-アスコルビン酸は,それを特定の化学誘導体に変えることによって,酸素及び熱に対して一層安定化されうることが知られている。特にL-アスコルベート2-ホスフェートまたはL-アスコルベート2-サルフェートの如きアスコルビン酸の2-位置の無機エステル類は,L-アスコルビン酸のようには容易に酸化されない。さらには,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている。ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは,殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(3頁左上欄1〜16行) c 「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するいくつかの方法が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通り高ビタミンC効力を有することが示されている。例えば,・・・は,モルモット(guinea pig)にL-アスコルベート2-ホスフェトマグネシウム塩を給餌または注射すると,モルモットが尿中にL-アスコルベートを排泄することを発表している[Gazz.Chim. Ital. 91(1961), 964]。L-アスコルベート2-ホスフェートを与えられた動物によって排泄されたL-アスコルビン酸の量は,当量のL-アスコルビン酸を与えた動物によつて排泄された量と同じであった。これらの結果は,L-アスコルベート2-ホスフェートは腸内で定量的にL-アスコルベートと無機燐酸塩とに変化することを示している。」(3頁左上欄17行〜右上欄13行) d 「従って,本発明の最も重要な目的は,分析化学的に純粋な状態に容易に回収でき,しかも酸素の存在によりまたは高熱条件下で活性を失うことなく食品系中におけるビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用しうるアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造するための工業的に使用しうる方法を提供することにある。」(3頁左下欄9〜15行) e 「ホスホリル化反応の完結後,2-ホスフェートモノエステルは,無定形マグネシウム塩の形でまたは結晶性トリシクロヘキシルアンモニウム塩(TCHAP)の形で単離することができる。」(5頁右下欄11〜14行) f 「この時点で,単離されたマグネシウム塩は実質的に純粋なL-アスコルベート2-ホスフェートであり,・・・」(6頁左上欄14〜16行) (イ) 上記(ア)cの「L-アスコルベート2-ホスフェートを合成するいくつ かの方法が過去に提案されてきておりまた該ホスフェートエステルが期待通り高ビタミンC効力を有することが示されている。例えば,・・・L-アスコルベート2-ホスフェトマグネシウム塩を・・・」の記載,上記(ア)eの「・・・2-ホスフェートモノエステルは,・・・塩の形で 単離することができる。」の記載,上記(ア)fの「単離されたマグネシウ ム塩は実質的に純粋なL-アスコルべート2-ホスフェートであり」の記載から,引用例1においては「L-アスコルベート2-ホスフェート」が,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」をも意味する用語として用いられていることは明らかであるといえる。また,上記(ア)d に記載されているように,ビタミンC源またはビタミンプレミックスとして使用し得るアスコルビン酸のホスフェートエステルを高収率で製造することを最も重要な目的とする引用例1の実施例において,実際に製造されているのが「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」のみであることから,引用例1においては,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」がビタミンC源として認識されているものと認められる。
そうすると,上記(ア)bの「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートお よび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られている」との記載においても,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」が,「魚の餌の補充剤に用いられる」ものとして位置づけられていると認めるのが相当である。
(ウ) 原告は,引用例1の「魚の餌の補充剤」なる記載は,対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)の対応部分について「魚からなる食事の補充剤」(魚を用いたヒトの食事の補充剤)と訳すべきを誤って訳したものであると主張し,その証拠として前掲甲43ないし45を提出する。
しかしながら,前掲甲43ないし45は,対応米国特許(米国特許第4,179,445号)の明細書(甲9)の解釈に関するものであるところ,上記対応米国特許の明細書をいかに解すべきかどうかは別として,この点の解釈は引用例1の記載の解釈に直接的に影響を与えるものではないというべきである。
しかして,引用例1の「魚の餌の補充剤」との記載をその文字どおり解しても,引用例1に記載の一連の文脈に不自然,不合理な点は認められず,同引用例には上記(イ)で認定した事項が記載されているものと解される。
原告のこの点の主張は採用できない。
イ(ア) ところで,魚類等におけるホスファターゼの分布等に関して,次の文献が存在する。
a 前掲乙2(8頁Summary,1973年発行)には,「Clarias batrachus(LIXX.)(アルビノクララ),Ophiocephalus(Channa)punctatus(BLOCH)(インディアンスネークヘッド),Ophioce phalus(Channa)gachua(BLOCH)(ドワーフスネークヘッド)およびBarbus(Puntius)sophore(HAM.)(Pool barb)の消化器系の種々の部分における,アルカリホスファターゼの分布について研究した。胃においては,ホスファターゼは粘膜,固有層,胃腺,毛細血管およびリンパ腔の基底部分に分布している。・・・Barbusの腸の球および4匹の魚すべての腸において,強力な活性が,粘膜および固有層の刷子縁で見られる。Ophiocephalusの両種の幽門盲嚢における分布パターンは,腸と同様である」と記載されている。
b 前掲乙5(291頁,昭和53年8月第2版発行)には,魚類の酵素に関して「5.アルカリ性フォスファターゼ Arvy(1960)によるとScorphthalmusの咽頭から肛門までのすべての消化管の上皮にアルカリフォスフォモノエステラーゼ(alkaline phosphomonoesterase)の作用が存在する。・・・Utida(1967)はニジマス(体重70〜100g,14℃)の腸粘膜のアルカリ性フォスファターゼは腸の前半の方が活性が高く,海水へ順応させると活性は腸全体に高まること,Utida&Isono(1967)とUtida,Oide&Oide(1968)はウナギの腸粘膜の活性も海水に順応せしめると4〜5倍にも高まることをみている。」と記載されている。
c 前掲甲11(1965年12月発行)には,11種類の養殖魚におけるアルカリ性ホスファターゼの分布に関し,「Alk Pase[注;アルカリ性ホスファターゼ]は殆どすべての臓器に高濃度に存在しているが,とりわけ腎臓,腸,幽門垂に豊富に含まれる。」(305頁)と記載されている。
d 前掲乙9(1984年4月第1刷発行)には,アルカリ性ホスファターゼがほとんどすべてのリン酸モノエステル結合を加水分解する非常に特異性の広い酵素であることが記載されている。
(イ) 以上の記載からすれば,本件特許の出願当時(昭和61年6月に遡及する。),魚の消化管内には,基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノエステルを加水分解できるアルカリ性ホスファターゼが存在することは周知であったと認められる。
そうすると,上記魚類の消化管に存在するアルカリ性ホスファターゼは,引用例1における「ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素」(上記ア(ア)b)に該当すると解される。
(ウ) しかして,上記アの引用例1の記載及び上記(イ)の周知の事項を勘案すれば,L-アスコルベート2-ホスフェートマグネシウム塩が,モルモットの体内においてL-アスコルベート(=L-アスコルビン酸)の形に活性化される(上記ア(ア)c)のと同じように,L-アスコルベート2 -ホスフェートの塩が,ホスファターゼを有する魚の体内でもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すことは,当業者が合理的に理解し得ることである。また,前掲乙26(1985年発行)には,実験の結果,チャネルキャットフィッシュがビタミンC源としてL-アスコルベート2-ホスフェートを利用できるとの結論が開示されている。そして,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類も,ホスフェートエステルを有する以上,同じようにビタミンC源として利用されると解されるというべきである。
甲48(Dの意見書)もこの認定を左右するものではない。
ウ 以上検討したところによれば,引用例1に接した当業者は,同引用例に開示された「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の餌の補充剤」を,実体を伴った用途として認識することができるから,引用例1に「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の飼料の補充剤」が記載されているとした本件審決の認定に誤りはない。
(2)ア 原告は,引用発明1の出願当時,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚に投与することを開示した文献が存在しなかったとし,このことをもって,引用例1にL-アスコルベート-2-ホスフェートを魚の餌の補充剤として使用することが記載されているとは当業者は認識しないと主張するが,引用例1に接した当業者がこれに「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の餌の補充剤」が開示されていると認識できることは前記(1)ウで説示したとおりであり,引用発明1の出願当時,L-アスコルビン酸-2-ホスフェートを魚に投与することを示す文献が存在しないとしても,そのことは前記(1)アの引用例1の記載及び前記(1)イ(イ)の周知の事項から導かれる上記認定判断に何ら影響を及ぼすものではない。
イ 原告は,引用発明1の対応米国特許(米国特許第4,179,445号)に係る明細書(甲9)の記載及び当業者の一般的な用語法から,引用例1の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート」は遊離酸を示す語であるとも主張するが,上記甲9の記載が引用例1の記載と対応しており,一般的には「L-アスコルビン酸の2-ホスフェート」が遊離酸を示す語として用いられるものであるとしても,引用例1においては,「L-アスコルベート2-ホスフェート」が,「L-アスコルベート2-ホスフェートの塩」をも意味する語として用いられていることは,前記(1)ア(イ)で説示したとおりであるから,原告の主張は採用できない。
ウ 原告は,引用例1の「L-アスコルビン酸の2-ホスフェートおよび2-サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,・・・ホスフェートエステル基を開裂することが知られている酵素が動物の消化系に存在するから,かかる2-ホスフェートエステルは殆ど全ての動物中で活性を示すと考えられる。」(3頁左上欄8〜16行)との記載を根拠に,L-アスコルビン酸の2-ホスフェート誘導体が,魚を含む殆ど全ての動物中で活性を示すと考えるのは合理性を欠くとして,縷々主張するが,以下に検討するとおり,いずれも理由がない。
(ア) 原告は,引用発明1の発明者を監修者とする前掲甲10に仔牛腸粘膜アルカリホスファターゼを用いた分解試験の記載があることから,引用例1における「全ての動物」とは哺乳動物を指すと解すべきであると主張するが,引用例1とは異なる文献である前掲甲10に仔牛腸粘膜アルカリホスファターゼを用いた分解試験の記載があるからといって,引用例1における「全ての動物」が哺乳動物に限定されると解釈すべき必然性はない。
また,原告は,魚類のアルカリホスファターゼの至適pHは9.6(前掲甲11)であり,アルカリホスファターゼはpH8以下では殆ど活性を示していない(前掲甲12)のに対し,魚類の消化管のpHはたとえばハマチで高々7.6(前掲甲13)で,他の魚でも消化管のpHはかなり低いから,魚類の消化管においてアルカリホスファターゼは有効な活性を発揮できず,L-アスコルベート2-ホスフェートを分解できないと主張する。
確かに,前掲甲11の表7には11種類の魚類(ハマチは含まれない。)の腸におけるアルカリホスファターゼの至適pHが9.0又は9.6であることが記載され,前掲甲12の図4には,ニジマス器官から抽出したアルカリホスファターゼのpH8.5〜10.5における活性曲線が示されているのに対し,前掲甲13の表19にはハマチの大腸のpHが高くても7.6であることが示されている。しかしながら,魚種が異なっても,アルカリホスファターゼの至適pHが同じであること及び魚類の消化管のpHが高々7.6程度であることの前提は証明されておらず,むしろ,前掲乙21の表123に示された諸魚種の腸のpHの測定結果によれば,魚の種類や胃に内容物があるか否かによって腸のpHは大きく異なることが認められるから,異なる魚種について記載された前掲甲11,12と前掲甲13を組み合わせて,アルカリホスファターゼが魚の消化管で有効な活性を発揮できないと結論づけることはできない。
加えて,前掲乙21には,無胃魚Fundulus heteroclitusの十二指腸のpHが8.6〜9.0であること(279頁),Pleuronectes Platessaの腸内容が明らかにアルカリ性であり,pHは7.43〜8.65の間にあること(281頁),Scorpaena porcusの腸分離領域に海水か非緩衝グルコース液を注入すると,90分後にはpHが8.5〜9.0になること(同),広塩性魚Anguilla vulgarisの腸のpHは海水にいるものではpH10であること(282頁),Lumpfishでは胃空虚時の腸のpHが8.6であること(表123)が記載されているから,アルカリホスファターゼの至適pHが魚種によって大きく異ならないとの前提が成り立つと仮定しても,腸のpHが,前掲甲12においてアルカリホスファターゼの活性があるとされているpH8.5〜10.5の範囲内にあり,消化管内でアルカリホスファターゼが有効な活性を発揮できる魚が存在することは明らかである。したがって,ハマチのみならず他の魚でも腸のpHがかなり低いことを前提とする原告の主張は採用できない。
(イ) 原告は,前掲甲14,15,8の記載に基づいて,L-アスコルビン酸誘導体がある特定の種類の魚あるいは動物に対して効果があっても,他の種類の魚あるいは動物においても効果を有するとはいえないこと,及び魚と哺乳動物間ではL-アスコルビン酸誘導体あるいはビタミン誘導体の効果は同様であるとはいえないことを主張する。
しかしながら,前記(1)イ(イ)のとおり,本件特許の出願当時,魚の消化管にホスフェートエステル基を開裂する酵素が存在することが周知であったことを勘案すると,前記(1)ア(イ)の引用例1の記載からは,L-アスコルビン酸2-リン酸エステルの塩類が魚に対してもモルモットと同様に有効であると認識できるというべきである。
前掲甲14,15,8には次のとおりの記載があるが,これらの記載は,いずれも,硫酸エステルを分解する酵素が存在するにもかかわらず,アスコルビン酸2-硫酸をアスコルビン酸として利用できない生物があることを示すものではなく,上記認定に何ら影響を及ぼすものでない。
a 前掲甲14には,ウサギ,モルモット,マスの肝臓のアスコルベート2-サルフェートを分解する酵素の活性を比較した結果,マスの酵素活性が低かったことが記載されるとともに,「しかし魚類については,マスのみしか行っていないうえ実験例も少ないので,更に検討する必要があるが,各動物とも個体差があるように思われるので,この点についても更に検討の必要がある。」(443頁右欄〜444頁左欄)と記載されている。
b 前掲甲15には,「ニジマス幼魚において,L-アスコルビン酸2-硫酸二カリウム二水和物が,ビタミンC源としてL-アスコルビン酸と同等の効果をもつと報告されているが,上記事実は,ナマズではその利用効率が低い可能性があることを示唆している。」と記載されている。
c 前掲甲8には,「アスコルビン酸2-硫酸はニジマスに於いて生理活性を示し,迅速にアスコルビン酸欠乏症の症状を阻止した。それ故,この化合物はビタミンC2と命名された。」,「A博士:あなたはアスコルビン酸2-硫酸に対し,ビタミンC2という用語を用いた。これは魚には当てはまりそうだと思うが,モルモットにおいてアスコルビン酸2-硫酸がビタミンCとなるか否かについては決定的で無いと考える。サルについては疑問があり,ヒトについては我々はまだなにも知らない。」と記載されている。
(ウ) 原告は,アスコルビン酸誘導体は固形飼料の原料中に存在する酵素等で分解されることもあり,実際に魚に投与試験をしなければ,アスコルビン酸誘導体が水産養殖用固形飼料に配合されて有効な活性を有すると予測することはできないなどと主張する。
しかしながら,本件審決が引用例1の記載から引用発明1として認定したのは,「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する,魚の飼料の補充剤」であり,アスコルビン酸誘導体が固形飼料に配合されて有効な活性を示す点までをも引用例1に記載された発明として認定したわけではないから,原告の主張は,本件審決の趣旨を正解しないものであり,失当である。
エ 原告は,魚類の消化管にホスファターゼが存在するというだけで,基質特異性について検討することなく,魚類の体内でL-アスコルビン酸の2-ホスフェートが開裂して有効化し得るとはいえないと主張する。
しかしながら,魚類の消化管に基質特異性が低く,広範囲のリン酸モノエステルを加水分解できるアルカリ性ホスファターゼが存在することは前記(1)イ(イ)のとおりであるところ,それだけでなく,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートを開裂してビタミンC源として利用できる魚が実際に存在することも前掲乙26により知られていたところであるから,魚類の体内でL-アスコルビン酸の2-ホスフェートが開裂して有効化されると解するのは,合理的な解釈である。
オ 原告は,アスコルビン酸活性を有する魚の補充剤についての発明は動物医薬の発明であるから,有効成分としてのL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が,現に魚に対して有効であることが立証されていなければならないにもかかわらず,引用例1には,魚については何らの実験データも示されていないとして,引用例1には「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤」が,完成された発明として記載されていないとも主張する。
しかしながら,前記(1)で検討したとおり,前記(1)アの引用例1の記載及び前記(1)イ(イ)の周知の事項を勘案すれば,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩が,ホスファターゼを有する魚の体内でもL-アスコルビン酸に開裂されて活性を示すことは,引用例1に接した当業者が合理的に理解し得ることであり,また,前掲乙26の記載によれば,L-アスコルベート2-ホスフェートの塩類もホスフェートエステルを有する以上,それは,魚において,L-アスコルベート2-ホスフェートと同じようにビタミンC源として利用され得ると解すべきであるから,引用例1に魚についての実験データまで記載されていなくとも,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類が,魚に対して有効であることは明らかというべきであり,引用例1において「L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩類を含有する魚の餌の補充剤」は,完成された発明として記載されていると認められる。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について (1) 原告は,水産養殖用固型飼料の製造においては飼料原料にホスファターゼが存在している飼料原料が使用されていることから,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートはL-アスコルビン酸に分解されることが予想され,その場合,アスコルビン酸は加熱下で更に分解されビタミン活性を発揮できないことになるから,当業者はそのような飼料原料にL-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩を使用しようとはしないはずであるところ,本件発明は,飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合し加熱加圧し造粒する構成を採用することにより,上記の問題点を克服し,高い残存率と高いビタミンC効果を奏する顕著な効果を得ることに成功したものであると主張する。
しかしながら,前掲乙15ないし17の記載によれば魚粉(フィッシュミール)の製造工程として蒸煮の工程があることが認められ,また,前掲乙11には,「キグチについて,その酸性フォスファターゼとアルカリ性フォスファターゼの熱安定性をしらべ第2図のような結果を得た。すなわち,いずれも70℃,5分間の加熱で,ほぼ完全に失活し,・・・」(64頁右欄)と記載されていることから,魚粉などの飼料原料に含まれるホスファターゼは,飼料の製造工程において失活するものと認められる。仮にその活性が残存していたとしても,酵素反応は温度やpH等の条件が反応に適していなければ起こらないとの技術常識に照らして考えると,飼料原料にL-アスコルビン酸-2-ホスフェートを配合した場合に,その原料中に存在するホスファターゼがこれをすべて分解してしまうとは認められない。したがって,飼料原料にホスファターゼが存在するということが,飼料原料へのL-アスコルビン酸-2-ホスフェートの塩の配合を阻害する事由になるとすることはできない。
むしろ,引用例1には,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩が酸素の存在や高熱条件下で活性を失わないことが記載されている(前記1(1)ア(ア)d)のであるから,このような耐酸化性と熱安定性に着目して,高いビタミンC活性を有する固型飼料を得るように,引用例2(甲3)に記載の水産養殖用固型飼料の製造方法を採用して,本件発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることであると認められる。そして,本件発明の効果も,格別顕著なものでないことは,後記(3)に説示のとおりである。
(2) 原告は,引用例1に記載の誘導体類に含まれる,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの遊離酸,その塩,同2-サルフェートの遊離酸,その塩のうち,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩のみが格別顕著な効果を示すから,本件発明は選択発明として進歩性を有すると主張する。
しかしながら,ある発明が,特定の引用発明を出発点として進歩性を有するか否かを検討する際に参酌される効果とは,当該引用発明と比較した有利な効果であると解すべきである。前記1で説示したとおり,引用例1には「L-アスコルベート-2-ホスフェートの塩を含有する魚の飼料の補充剤」が記載されていると認定できる以上,この点において,本件発明は引用例1の発明と一致しているのであって,本件発明が,引用例1に記載されている複数の誘導体の中から,魚の餌の補充剤として適したものを選択してなされたものでないことは明らかである。
「L-アスコルビン酸2-ホスフェートの塩」を他の誘導体と比較した効果は,引用発明1と比較した効果とはいえず,本件発明の進歩性を裏付けるものとなり得ない。
(3) 原告は,アスコルビン酸-2,6-ジパルミテートは,L-アスコルビン酸-2-リン酸エステルよりも飼料製造時の加圧加熱後の残存率が高いのに,ハマチ増重率及び生存率が極めて劣っている(甲20)から,L-アスコルビン酸の2-ホスフェートの熱安定性のみから,水産養殖用固形飼料製造において,その高い残存率が予想でき,本件発明の効果が予想できるとする本件審決は誤りであると主張し,引用例1からは,加圧加熱する場合にL-アスコルビン酸2-ホスフェートの塩が分解されずに残るか否かは全く予想できないとも主張する。
確かに,L-アスコルビン酸2-ホスフェートが製造時の熱安定性及び残存率が高いというだけで,直ちに魚に対して効果があるということはできないが,アスコルビン酸の2-ホスフェートの塩類は,熱安定性が高いことが引用例1に記載されているから加熱加圧工程を経てもなお残存率が高いであろうと容易に予想されるばかりでなく,それは魚の消化管でアスコルビン酸に分解されて有効に利用されることが,前記(1)アの引用例1の記載及び前記(1)イ(イ)の周知の事項から読みとれるのであるから,本件発明の効果は当業者にとって予測の範囲内のものというほかはない。
原告は,タンパク分解酵素,触媒となりうる金属,あるいは酸化還元性物質などが含まれる飼料原料にL-アスコルビン酸-2-リン酸エステルの塩を配合するとどのような影響が出てくるのかは全く明らかではないとも主張するが,原告の主張する様々な物質が,通常用いられる飼料原料に存在することを認めるに足りる証拠はないから,原告の主張は採用できない。
また,原告は,アスコルビン酸-2-リン酸エステルマグネシウム塩の要求量はアスコルビン酸に比して著しく低いが,ビタミンCとしての活性はむしろ高いとも主張するが,アスコルビン酸と比較した効果を論じても,本件発明の進歩性を裏付けるものとなり得ないことは前記(2)で説示したとおりである。
(4) 原告は,商業的成功についても言及するが,商業的成功には通常様々な要因が関与しており,本件発明が商業的に成功したということのみでその進歩性を肯定することはできない。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見出せない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人