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事件 平成 24年 (行ケ) 10314号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年10月31日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成24年(行ケ)第10314号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年9月26日

判 決

原 告 ザ,トラスティーズ オブ

プリンストン ユニバーシティ

原 告 ザ ユニバーシティ オブ

サザン カリフォルニア

上記両名訴訟代理人弁護士 片 山 英 二

同 北 原 潤 一

同 岩 間 智 女

同 梶 並 彰 一 郎

同訴訟代理人弁理士 小 林 純 子

同 黒 川 恵

被 告 株式会社半導体エネルギー研究所

訴訟代理人弁理士 加 茂 裕 邦

同 吉 本 智 史

主 文

1 特許庁が無効2011−800099号事件について

平成24年4月25日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

主文と同じ。

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等

1
(1) 原告らは,平成10年10月8日,発明の名称を「高透明性非金属カソー

ド」とする特許出願(特願2000−516507。パリ条約による優先権主張:

平成9年10月9日,同年11月3日,同月5日,同年12月1日,平成10年4

月1日,同月3日,同月10日及び同年9月14日,米国)をし,平成22年5月

14日,設定の登録(特許第4511024号)を受けた(請求項の数10。甲1。

以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る発明を請求項の番号に従っ

て「本件発明1」「本件発明2」などという。。
, )

(2) 被告は,平成23年6月14日,特許庁に対し,本件発明1ないし6,9

及び10に係る本件特許について無効審判を請求し,無効2011−800099

号事件として係属した。

(3) 特許庁は,平成24年4月25日,「特許第4511024号の請求項1な

いし6,9,10に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本

件審決」という。)をし,その謄本は,同年5月10日,原告らに送達された。

(4) 原告らは,平成24年9月5日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提

起した。

2 特許請求の範囲の請求項1ないし6,9及び10の記載は,次のとおりであ

る。なお,本件特許に係る明細書(甲1)を「本件明細書」という。

【請求項1】

発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバ

イスであって,

前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料の

ドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,

前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非

放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行

することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室

温において発光する有機発光デバイス。

2
【請求項2】

前記有機発光デバイスが,10cd/m 2を超える表示輝度を与えることができ

る,請求項1に記載のデバイス。

【請求項3】

前記電荷キャリアーホスト材料が,ホール輸送材料である請求項1または2に記

載のデバイス。

【請求項4】

前記電荷キャリアーホスト材料が,電子輸送材料である請求項1,2,または3

に記載のデバイス。

【請求項5】

前記燐光材料が,10μ秒以下の燐光寿命を有する,請求項1,2,3,または

4に記載のデバイス。

【請求項6】

前記燐光材料が,10〜100μ秒の光ルミネッセンス寿命を有する,請求項1,

2,3,または4に記載のデバイス。

【請求項9】

前記有機発光デバイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少な

くとも0.14%である,請求項1〜8のいずれかに記載のデバイス。

【請求項10】

前記有機発光デバイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少な

くとも0.07%である,請求項1,2,3,4,5,6,7,8または9に記載

のデバイス。

3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発

明1ないし6,9及び10は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発

明」という。)及び下記イないしカの引用例2ないし6(以下,引用例2ないし6

3
については,書証番号で特定する。)に記載された技術事項並びに周知技術に基づ

いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項

の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例1:特開平2−261889号公報(甲11)

イ 引用例2:Polym.Prepr.平成9年(1997年)4月,38巻,

351−352頁(甲16)

ウ 引用例3:Chem.Mater.平成9年(1997年)8月, 9巻,1

710−1712頁(甲17)

エ 引用例4:特開昭63−253225号公報(甲21)

オ 引用例5:Inog.Chem.昭和61年(1986年), 25巻,38

58−3865頁(甲23)

カ 引用例6:特開平7−12661号公報(甲27)

(2) 本件審決が認定した引用発明は,次のとおりである。

少なくとも一方が光を透過する2枚の電極間に,有機色素薄膜からなる発光層を

設けた有機電界発光素子において,前記発光層が,第1の有機色素に,該第1の有

機色素の光吸収端よりも長波長側にその光吸収端を有する第2の有機色素を,該第

2の有機色素が10モル%以下の割合となるように分散させた有機色素薄膜からな

り,

第1の有機色素は,電極からキャリアとして正孔又は電子が効率よく注入され,

常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素として用い

ることにより,

電極に電圧を印加することによって,第2の有機色素は,第1の有機色素の非放

射性の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,か

つ励起三重項状態から常温でリン光を発光する有機電界発光素子。

(3) 対比

本件審決が認定した本件発明1ないし6,9及び10と引用発明との一致点及び

4
相違点は,以下のとおりである。

ア 一致点

発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバ

イスであって,

前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料の

ドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,

前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非

放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項励起状態に移行する

ことができ,且つ前記燐光材料の前記三重項励起状態から燐光放射線を室温におい

て発光する有機発光デバイス。

イ 本件発明1ないし6,9及び10と引用発明との相違点

電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが移行し,

燐光放射線を室温において発光する,燐光材料の「三重項励起状態」が,本件発明

1ないし6,9及び10においては,「三重項分子励起状態」であるのに対し,引

用発明においては,上記の燐光材料である第2の有機色素の具体的素性が不明であ

るため,「三重項分子励起状態」であるか否かは明確でない点(下線は,本件審決

において便宜上付されたものである。以下「相違点1」という。)。

ウ 本件発明2と引用発明との相違点

本件発明2においては,相違点1に加えて,「有機発光デバイスが,10cd/

m2 を超える表示輝度を与えることができる」のに対して,引用発明においては,

その点の特定がない点(以下「相違点2」という。)。

エ 本件発明3と引用発明との相違点

本件発明3においては,相違点1に加えて,「電荷キャリアーホスト材料が,ホ

ール輸送材料である」のに対して,引用発明においては,その点の特定がない点

(以下「相違点3」という。)。

オ 本件発明4と引用発明との相違点

5
本件発明4においては,相違点1に加えて,「電荷キャリアーホスト材料が,電

子輸送材料である」のに対して,引用発明においては,その点の特定がない点(以

下「相違点4」という。)。

カ 本件発明5と引用発明との相違点

本件発明5においては,相違点1に加えて,「燐光材料が,10μ秒以下の燐光

寿命を有する」のに対して,引用発明においては,その点の特定がない点(以下

「相違点5」という。)。

キ 本件発明6と引用発明との相違点

本件発明6においては,相違点1に加えて,「燐光材料が,10〜100μ秒の

光ルミネッセンス寿命を有する」のに対して,引用発明においては,その点の特定

がない点(以下「相違点6」という。)。

ク 本件発明9と引用発明との相違点

本件発明9においては,相違点1に加えて,「有機発光デバイスを通って電圧を

印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.14%である」のに対して,

引用発明においては,その点の特定がない点(以下「相違点7」という。)。

ケ 本件発明10と引用発明との相違点

本件発明10においては,相違点1に加えて,「有機発光デバイスを通って電圧

を印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.07%である」のに対して,

引用発明においては,その点の特定がない点(以下「相違点8」という。)。

4 取消事由

(1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由1)

(2) 本件発明2との関係で相違点2に係る判断の誤り(取消事由2)

(3) 本件発明5との関係で相違点5に係る判断の誤り(取消事由3)

(4) 本件発明9との関係で相違点7に係る判断の誤り(取消事由4)

(5) 本件発明10との関係で相違点8に係る判断の誤り(取消事由5)

第3 当事者の主張

6
1 取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)について

〔原告らの主張〕

(1) 本件審決による引用発明の認定

本件審決は,引用例1(甲11)の「有機電界発光素子については,常温ではも

う1つの励起状態である三重項状態からの発光であるリン光の寄与は認められてい

ない。これは第1の有機色素として適当な有機色素の多くは,常温ではリン光を示

さないからである(ただし,これらの色素でも低温ではリン光を示す)。したがっ

て,第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態と

なり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質のある第2の有機色素を選択する

ことができる。」との記載から,「第2の有機色素が受け取る第1の有機色素の励

起三重項状態からの励起エネルギーは,リン光の発光に寄与しない励起状態である

三重項状態からのエネルギー,すなわち,非放射性の励起三重項状態からの励起エ

ネルギーであるといえる。」と認定し,また,引用例1の「励起三重項状態からの

発光速度は10 3 〜l0 0 秒 −1 のオーダーであり,リン光と呼ばれる。」との記載

から,「第2の有機色素がリン光を発光するときは,第2の有機色素は励起三重項

状態となり,励起三重項状態からリン光を発光しているものといえる。」とした上

で,これらの点を踏まえると,引用例1には「常温でもリン光が観測される有機色

素があり,これを第2の有機色素として用いることにより,電極に電圧を印加する

ことによって,第2の有機色素は,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態か

ら励起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,かつ励起三重項状態から常

温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されていると認定し,当該認定に

基づき,本件発明1ないし6,9及び10と引用発明とが「燐光放射線を室温にお

いて発光する有機発光デバイス」である点で一致すると認定した上で,前記第2の

3(3)イに記載の相違点1を認定した。

(2) 引用例1の記載から「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を認定

することはできない。

7
ア 本件審決が引用発明を認定するに当たり引用した「第1の有機色素の励起三

重項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリ

ン光を発光する性質のある第2の有機色素を選択することができる」との記載は,

文脈上,直前に「有機電界発光素子については,常温ではもう1つの励起状態であ

る三重項状態からの発光であるリン光の寄与は認められていない。これは第1の有

機色素として適当な有機色素の多くは,常温ではリン光を示さないからである。」

との記載があること,及び,選択可能な第2の有機色素の性質として,「第1の有

機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態とな」ることが

要求されていることからして,常温ではリン光を示さない第1の有機色素の「三重

項状態の励起エネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光

を発光する性質のある第2の有機色素」があれば,本来無駄になるはずの第1の有

機色素の三重項状態の励起エネルギーを発光に利用できる可能性があるので望まし

い,との趣旨を述べるものと理解するのが合理的である。

しかし,「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励

起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質」を有する第2の有機色

素に該当するリン光材料が果たして現実に存在するのか,それは具体的にどのよう

な物質なのかという点については一切触れられていない。そうすると,上記記載は,

かかる性質を有する第2の有機色素に該当するリン光材料(があれば,それ)を第

2の有機色素に選択することで,第1の有機色素の三重項励起状態のエネルギーを

効率的に利用できるという理論的な願望を述べたものにすぎない。

したがって,本件審決が引用した「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エ

ネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質

のある第2の有機色素を選択することができる。」との記載から,「常温でもリン

光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素として用いることにより,

…第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励

起三重項状態となり,かつ励起三重項状態から常温でリン光を発光する有機電界発

8
光素子」を認定することはできない。

イ 引用例1には,「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受

け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質」を有する第

2の有機色素に該当するリン光材料は記載されていない。

(ア) 引用例1に記載の「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギー

を受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質」を有す

る第2の有機色素は,第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け

取って励起状態となるという性質(以下「性質@」という。)と,常温で蛍光又は

リン光を発光するという性質(以下「性質A」という。)の二つの性質(以下「引

用例1の第2の有機色素の二つの性質」という。)を併せ持つものでなければなら

ない。

(イ) 引用例1において,上記二つの性質を有する第2の有機色素に該当し得る

リン光材料に関連する記載として,唯一,「常温でもリン光が観測される有機色素

があり,これを第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素の励起三

重項状態のエネルギーを効率よく利用することができる。このような有機色素とし

ては,カルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲン

などの重元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度を

速め,非発光速度を低下させる作用を有する。」との記載がある。

しかし,引用例1の第2の有機色素の二つの性質のうち性質Aに関連する記載に

は,常温でリン光が観察される有機色素として「カルボニル基を有するもの,水素

が重水素に置換されているもの,ハロゲンなどの重元素を含むもの」との記載部分

があるが,これに該当するリン光材料の具体例は一切示されていない。しかも,

「カルボニル基を有するもの」については,カルボニル基を有し,かつ,PLにお

いて常温で(わずかながら)リン光発光を示す物質であるベンゾフェノンが,EL

においては常温ではリン光発光を示さなかったことが,引用例1の公開前に報告さ

れているから(甲14,41),引用例1の上記記載は技術的裏付けを欠く。

9
また,「常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素と

して用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態のエネルギーを効率よく

利用することができる」との記載部分は,引用例1の第2の有機色素の二つの性質

に関連する記載とも見うるが,第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギ

ーを受け取って励起状態となる性質(性質@)は,第1の有機色素との関係が問題

となるものであって,常温で蛍光又はリン光を発光するとの性質(性質A)を満た

せば,必然的に性質@をも満たすものではない。したがって,引用例1の上記記載

部分から,性質@を満たす第2の有機色素に該当し得るリン光材料が記載されてい

ると理解することはできない。

以上のとおり,引用例1の前記記載から,引用例1の第2の有機色素の二つの性

質を満たすリン光材料が記載されていると解することはできない。

(ウ) 引用例1のその他の記載としては,第1表には第1及び第2の有機色素の

具体例が記載されているが,これらはいずれも蛍光性として知られた有機色素であ

り,引用例1の第2の有機色素の二つの性質をいずれも満たさない。また,引用例

1の唯一の実施例は蛍光有機ELデバイスであって,当該デバイスに用いられる発

光材料は,引用例1の第2の有機色素の二つの性質をいずれも満たさない。

このように,引用例1には,引用例1の第2の有機色素の二つの性質を満たすリ

ン光材料の記載があるとは認められない。

ウ 引用例1には,引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する有機色素を

用いた有機ELデバイスが室温でリン光発光を示すことは記載されていない。

前記イのとおり,引用例1には性質@及びAの二つの性質を有する第2の有機色

素に該当するリン光材料は記載されていない。いわんや,当該二つの性質を有する

リン光材料を引用例1に記載された構成の有機ELデバイスに用いた場合に,当該

デバイスが室温でリン光発光することについては一切記載されていないし,当然の

ことながら,そのようなデバイスを実施(製造)できるような記載はない。

エ 小括

10
したがって,引用例1の記載から,本件審決がした前記(1)の引用発明の認定

することはできない。

(3) 本件優先権主張日当時の技術常識参酌しても,引用発明を「常温でリン光

を発光する有機電界発光素子」と認定することはできない。

引用例1の記載のみからは,本件審決がした前記(1)の引用発明を認定すること

ができないことは前記(2)のとおりであるが,本件特許出願の優先権主張日(平成

9年10月9日。以下「本件優先権主張日」という。)当時の技術常識参酌した

としても,本件審決のように引用例1から引用発明を認定することはできない。す

なわち,本件審決のように引用発明を認定するには,本件優先権主張日当時におい

て,少なくとも,引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する第2の有機色素

に該当するリン光材料が存在すること,及び当該二つの性質を有する有機色素に該

当するリン光材料を引用例1に記載された構成の有機ELデバイスに用いた場合に

当該デバイスが室温でリン光発光することが,当業者の技術常識として知られてい

た(周知であった)ことが必要である。しかしながら,本件優先権主張日当時,こ

れらの事項が技術常識として知られていた(周知であった)ことを示す証拠はない。

ア 引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する第2の有機色素に該当する

リン光材料が本件優先権主張日当時に技術常識のレベルで知られていた(周知であ

った)ことを示す証拠はない。

被告が引用する証拠は,引用例1の第2の有機色素の二つの性質のうち性質Aに

関するものであって,性質Aとともに性質@をも有する第2の有機色素に該当する

リン光材料の具体例やその選択基準は示されていない。具体的には,甲21,23,

27から読み取れるのは,PLにおいてリン光発光したというものであり,また,

被告がリン光EL発光が記載された文献として提出した甲16,17,20につい

ても,そこで開示されたデバイスの構造は,いずれも引用例1に記載された「第1

の有機色素と第2の有機色素を持つ構造」(ホスト・ゲスト構造)ではないから,

これらの文献には,第1の有機色素と第2の有機色素との間で三重項−三重項エネ

11
ルギー移動が生じるような第2の有機色素に該当するリン光材料は開示されていな

い。さらに,引用例1には,一重項−一重項の励起エネルギーの移動を起こす第1

の有機色素及び第2の有機色素については,「第1の有機色素の光吸収スペクトル

の吸収端波長より,第2の有機色素の光吸収スペクトルの吸収端波長が長波長側に

あればよい。」と,その選択の基準が記載されているが,これと同じ基準が,三重

項−三重項の励起エネルギーの移動を起こす第1の有機色素及び第2の有機色素に

ついても当てはまるとの技術常識は,本件優先権主張日当時においても存在しない

し,これを示す証拠もない。

以上のとおり,引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する第2の有機色素

に該当するリン光材料の具体例やその選択基準が本件優先権主張日当時の技術常識

に属することを示す証拠はない。

イ 引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する第2の有機色素に該当する

リン光材料を用いた有機ELデバイスが室温でリン光発光を示すことが本件優先権

主張日当時の技術常識に属することを示す証拠はない。

仮に,引用例1の第2の有機色素の二つの性質を有する第2の有機色素に該当す

るリン光材料の具体例やその選択基準が本件優先権主張日当時の技術常識に属して

いたとしても,当該リン光材料を用いた有機ELデバイスが室温でリン光発光を示

すことが本件優先権主張日当時の技術常識に属することを示す証拠はなく,むしろ,

これとは逆に,本件優先権主張日当時においても,有機ELデバイスの分野では,

リン光発光を実現することは,とりわけ常温においては,困難であるとの認識が技

術常識となっていた。

例えば,甲44(平成9年5月に開催された世界最大規模の国際会議で,有機E

Lデバイスの分野の第一人者であるTangが講演をした際に使用した資料)にお

いては,三重項励起状態から基底状態への遷移が非放射性経路と表現され,また最

大EL内部量子効率が25%と記載され,励起子の75%を占める三重項からの発

光(リン光発光)は存在しないものと扱われており,このことは当時の当業者の技

12
術常識を端的に示している。被告がリン光EL発光が記載されている公知文献とし

て提出した甲12〜20,24,乙3にも,常温でのELリン光発光を報告したも

のは存在せず,かえって,これらの文献は,常温でのELリン光発光は困難である

との技術常識を裏付けている。

そして,引用例1にある「第1の有機色素」 「第2の有機色素」は,一般に,


「ホスト」「ゲスト」と呼ばれるものであるところ,ホスト,ゲストを用いた蛍光


性有機ELデバイスは,平成1年(1989年)にTangらによって発表され

(甲35,41),発光効率を2倍以上に改善して大きな注目を集めたが,その後,

本件優先権主張日までの約10年もの間,ホスト,ゲスト構造を採用して三重項−

三重項の励起エネルギーの移動を利用するリン光性有機ELデバイスは,1つも報

告されていない。このことは,蛍光性有機ELデバイスで成功したホスト,ゲスト

構造を用いたからといって,常温でリン光発光する有機ELデバイスを実現するこ

とが容易ではないことを端的に示している。

このように,引用例1の公開日当時はもちろん,本件優先権主張日当時において

も,常温でリン光発光を示す有機ELデバイスが得られたことを報告する文献は存

在せず,かかる有機ELデバイスを開発するのは困難であることが技術常識であっ

た。

(4) 引用例1には,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が実施可能な

程度に開示されているとはいえない。

特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号の「刊行物に記載された発明」

といえるためには,特許出願時の技術常識を基礎として,当該刊行物に接した当業

者が,特別の思考を要することなく発明を容易に実施できる程度に技術事項が当該

刊行物に開示されていることが必要である。しかしながら,本件においては,引用

例1の発行時の技術常識はもちろんのこと,本件優先権主張日当時の技術常識を踏

まえても,引用例1に触れた当業者が特別の思考を要することなく容易に実施可能

な程度に,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」に関する技術

13
事項が開示されているとはいえない。

引用例1の出願日である平成1年(1989年)3月31日当時においては,蛍

光発光を示す有機ELデバイスしか開発されておらず,リン光発光を示す有機EL

デバイスは開発されていなかったのであるから,引用例1の発明の詳細な説明中の

「発明が解決しようとする課題」及び「課題を解決するための手段と作用」は,い

ずれも蛍光有機ELデバイスの課題並びにその解決手段及び作用であり,引用例1

は,蛍光有機ELデバイスの課題を念頭において,実施例として蛍光有機ELデバ

イスを開示しているのであって,リン光については,有機ELデバイスが常温でリ

ン光発光することは困難であるという技術的認識を示すのみである。そのため,引

用例1には,蛍光性色素は開示されているが,「常温でもリン光が観測される有機

色素」として具体的な化合物は開示されていないし,ましてや,かかる有機色素を

第2の有機色素として第1の有機色素に分散させた有機ELデバイスが,常温でリ

ン光発光することを裏付ける記載は皆無である。したがって,引用例1の記載から,

当業者が,特別の思考を要することなく容易に「常温でリン光を発光する有機電界

発光素子」を実施することができたといえないことは明らかである。

(5) 以上のとおり,引用例1の記載のみからはもちろん,本件優先権主張日当

時の技術常識参酌しても,引用例1には「常温でもリン光が観測される有機色素

があり,これを第2の有機色素として用いることにより,電極に電圧を印加するこ

とによって,第2の有機色素は,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態から

励起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,かつ励起三重項状態から常温

でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されておらず,引用例1に記載され

ているのは蛍光性有機デバイスにすぎないから,本件審決による引用発明の認定

誤りである。

そうすると,引用例1に記載された発明(蛍光性有機発光デバイス)と本件発明

1ないし6,9及び10とは,少なくとも以下の点で相違する。

「前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料の

14
ドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,

前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非

放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行

することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室

温において発光する有機発光デバイス。」

結局,本件審決には,引用発明の認定を誤り,上記相違点を看過し,当該相違点

についての判断を遺脱した違法がある。

したがって,本件審決は,取り消されるべきである。

(6) 被告の主張(2)に対する反論

被告は,本件特許の出願時において,@常温でリン光発光する有機色素が知られ

ていたこと(甲14,21,23,27,乙15),Aリン光を有機ELデバイス

に利用する技術思想が知られていたこと(甲12ないし15,44(乙27),乙

15),Bリン光発光する有機ELデバイスが知られていたこと(甲14,16,

17,20,21),また,C第2の有機色素を第1の有機色素に分散させ,第2

の有機色素から発光させる有機ELデバイスが知られていたこと(甲11,12,

15,29)から,引用例1において,第2の有機色素に常温でリン光発光する有

機色素を用いた場合,第2の有機色素は常温でリン光を発光すると認定できる旨主

張する。

しかし,刊行物に記載の発明を認定する際に参酌できるのは,「技術常識」であ

って,技術事項が「知られていた」(公知であった)ことを理由に,引用例1に

「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されているとの被告の主張は,

主張自体失当である。仮に,本件優先権主張日当時の当業者に,上記@〜Cに記載

された技術事項が技術常識に達していたとしても,これら技術事項から引用例1に

「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が実施可能な程度に開示されている

ということはできないし,被告が引用する証拠を個別に見ても,被告が主張すると

おりの開示があるということはできない。

15
ア 常温でリン光発光する有機色素が知られていたとの被告主張について

甲21には,「本発明の作用について説明すると,・・・この付近(またはそれ以

下)の波長の光によって励起され,励起状態から基底状態へと戻る際に,・・・発

光・・・を生ずる。」と記載されていることから,観測された発光はPL発光である。

甲23には,「錯体の光物理(発光スペクトルと寿命,ESAスペクトルと寿命,

発光量子収量,超寿命状態の形成効率)について詳しく研究した」「光物理挙動。


…錯体の発光スペクトルを図2に示す。」とある一方で,有機ELデバイスは開示

されていないから,PL発光について述べたものである。

甲27は,請求項1に「センサAは,励起波長λaで照射した上で…ルミネセン

スを生み出し」などと記載されていることから,PL発光に関する発明である。被

告指摘に係る段落【0038】及び【0069】にも,PtOEPを用いた有機E

Lデバイスについての開示も示唆もない。

以上のとおり,甲21,23及び27に記載された発光は,いずれもPL発光で

あって,EL発光ではない。PL発光とEL発光の発光メカニズムは異なるから,

PL発光を示す物質があるからといって,それを有機ELデバイスに用いればEL

発光を示すという単純なものではない。したがって,PL発光において常温でリン

光発光を示す物質があるとしても,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界

発光素子」が実施可能な程度に記載されていたということにはならない。

他方,甲14には有機ELデバイスの開示があるが,そこに記載されているのは,

液体窒素温度(極低温)でリン光発光する有機ELデバイスのみであって,常温で

リン光発光する有機電界発光素子は記載されていない。有機ELデバイスは,低温

では発光を示しやすいが,室温では発光を示すのは難しく,低温でリン光発光する

有機ELデバイスが知られていたとしても,常温でリン光発光する有機ELデバイ

スを開発することは困難であった。したがって,低温でリン光発光する有機ELデ

バイスのみを開示する甲14の記載から,引用例1に「常温でリン光を発光する有

機電界発光素子」が実施可能な程度に開示されていることにはならない。

16
イ リン光を有機ELデバイスに利用する技術思想が知られていたとの被告主張

について

被告の上記主張は,リン光の有機ELデバイスへの利用が望ましいが困難である

という「課題」が知られていたことを意味するにすぎず,課題を解決する手段が知

られていたわけではないから,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光

素子」が実施可能な程度に開示されていたことの根拠となるものではない。

ウ リン光発光する有機ELデバイスが知られていたとの被告主張について

甲14の記載から,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が

実施可能な程度に開示されていることにはならないことは,前記アのとおりである。

甲16及び17については,そもそもデバイスが室温において発光を示したのか

不明である。また,甲16及び17でデバイスに用いられている「トリスビピリジ

ルRu(U)ポリエステル」及び「ルテニウム(U)トリス(ビピリジン)錯体を

含む共役ポリマー」のRu(U)ポリエステルXはいずれも高分子化合物であるの

に対し,甲21に記載の「ポリピリジンルテニウム(U)錯体」は低分子化合物で

あって,両者を同視することはできない上に,このような高分子化合物は,引用例

1に記載の発光素子において第1の有機色素中に分散され得ることが必要な「第2

の有機色素」として用いるには適さない。仮に,甲16及び17のデバイスに用い

られている高分子化合物を,引用例1の「第2の有機色素」として用いることがで

きるとしても,甲16及び17のデバイスと引用例1のデバイスとは構造が異なる

ため,甲16及び17の高分子化合物を引用例1の「第2の有機色素」に用いたデ

バイスが,甲16及び17のデバイスが示したのと同様の発光を示すかどうかは不

明である。したがって,甲16及び17の記載を基礎としても,当業者が特別の思

考を要することなく容易に実施可能な程度に,引用例1に「常温でリン光を発光す

る有機電界発光素子」が記載されているとはいえない。

甲20については,デバイスが室温において発光を示したのかは不明である上,

甲20の有機ELデバイスに用いられた錯体を引用例1の「第2の有機色素」に適

17
用できるかも不明である。仮に,甲20の錯体を引用例1の「第2の有機色素」に

適用できたとしても,甲20のデバイスと,引用例1のデバイスとは構造が異なる

ため,甲20の錯体を引用例1の「第2の有機色素」に用いたデバイスが,甲20

のデバイスが示したのと同様の発光を示すかどうかは不明である。したがって,甲

20の記載を基礎としても,当業者が特別の思考を要することなく容易に実施可能

な程度に,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されて

いるとはいえない。

エ 第2の有機色素を第1の有機色素に分散させ,第2の有機色素から発光させ

る有機ELデバイスが知られていたとの被告主張について

引用例1の実施例に記載された有機ELデバイスによる発光は,蛍光発光であっ

て,リン光発光ではない。

甲12には,有機ELデバイスが,極低温(77K=マイナス196℃)におい

てはリン光発光が生じているものの,室温(300K=27℃)においてはリン光

発光が生じていないことが記載されている。

甲15の図3には,低温(100K=マイナス173℃)においては,一定以上

の電圧をかければ発光を示すが,273K(=0℃)においては,電圧をかけても

発光を示さないことが記載されていることから,甲13で観察されたリン光発光も

室温ではなく,低温におけるものである。

甲29では,具体的な有機ホスト物質として蛍光性物質であるクマリンが用いら

れている上(段落【0010】,段落【0002】【0018】及び【0019】
) ,

の記載によれば,甲29で開示された発光は蛍光発光である。

以上のとおり,甲11,12,15及び29は,「常温でリン光を発光する有機

電界発光素子」とは異なる有機電界発光素子を開示しているにすぎないから,上記

各証拠の記載を基礎にしても,当業者が特別の思考を要することなく容易に実施

能な程度に,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載され

ているとはいえない。

18
(7) 被告の主張(3)に対する反論

被告は,審査段階における原告らの主張(乙2)は,引用例1に「常温でリン光

を発光する有機電界発光素子」が記載されていることを裏付けるものである旨主張

する。しかし,引用例1には,そもそも「リン光を発光する有機電界発光素子」が

記載されていないのであるから,引用例1における有機電界発光素子の作動環境が

常温である旨の原告らの審査段階における主張が,引用例1に「常温でリン光を発

光する有機電界発光素子」が記載されていることを裏付けるものではない。

(8) 被告の主張(4)に対する反論

被告は,仮に引用例1に「常温でリン光発光する有機電界発光素子」が記載され

ているか不明であるとしても,引用例1の「第2の有機色素」に,室温でリン光発

光を示すことが記載されている甲21のRu錯体,甲23のIr錯体及び甲27の

Pt錯体を用いた場合,常温でリン光発光する有機電界発光素子となることを当業

者は十分に予測可能である旨主張する。

しかし,引用例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されて

いるといえないのであれば,本件審決は,引用発明の認定を誤り,かかる誤りによ

って相違点を看過したのであるから,直ちに取り消されるべきであって,被告の主

張は主張自体失当である。また,甲21,23及び27で示されている発光はいず

れもPL発光であって,EL発光ではないから,上記証拠に開示された各錯体がP

Lにおいて室温でリン光を発光するとしても,それを引用例1の「第2の有機色

素」に用いた場合に,有機電界発光素子が常温でリン光を発光するとはいえない。

〔被告の主張〕

(1) 引用例1には「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されて

いる。

ア 引用例1には,「@常温では励起三重項状態からの発光過程(リン光)が生

じにくいため,理論発光効率が低下する。…これらが原因となって,有機電界発光

素子の実現を困難にしていた。これに対して,本発明では,第1の有機色素中に第

19
2の有機色素を分散させることにより,これらの問題を解消して発光効率を向上す

ることができる。すなわち,@については,常温でもリン光が観測される有機色素

があり,これを第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素の励起三

重項状態のエネルギーを効率よく利用することができる。このような有機色素とし

ては,カルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲン

などの重元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度を

速め,非発光速度を低下させる作用を有する。 ,
」 「本発明において,第2の有機色

素の要求される特性としては,励起状態の第1の有機色素から効率よく励起エネル

ギーを受け取り(エネルギー受容性が高い),特定波長の発光が効率よく得られるこ

とが挙げられる。ここで,第1の有機色素の励起状態には一重項状態と三重項状態

の2つの状態がある。…第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受

け取って励起状態となり,かつ常温で…リン光を発光する性質のある第2の有機色

素を選択することができる。本発明において,第1の有機色素中に分散される第2

の有機色素は1種に限らず,2種以上でもよい。例えば,第1の有機色素中に第2

の有機色素として,第1の有機色素の励起一重項状態から励起エネルギーを受け取

る有機色素と,第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取る有

機色素とを分散させることにより,効率よく発光させることが可能となる。」との

記載がある。

以上のとおり,引用例1では,有機電界発光素子において,常温で励起三重項状

態からのリン光が生じにくいため,理論発光効率が低下することを課題とし,第1

の有機色素に常温でリン光発光する第2の有機色素を分散させることで発光効率を

向上させるという解決方法を開示している。そして,第2の有機色素として,特に

常温でリン光発光する有機色素を用いることにより,第1の有機色素の励起三重項

状態のエネルギーを効率よく利用して常温でリン光発光することができることが記

載されている。

したがって,引用例1には「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載

20
されているといえる。

イ 引用例1には,「第1の有機色素の励起三重項状態から励起エネルギーを受

け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン光を発光する性質」を有する第

2の有機色素に該当するリン光材料が記載されている。

引用例1の第2の有機色素の有する二つの性質のうち性質@は,第2の有機色素

と第1の有機色素との関係に関するものであり,「励起三重項状態から励起エネル

ギーを放出し,第2の有機色素を励起状態にする性質」ととらえることもできる。

そして,引用例1には,常温でリン光を示さない第1の有機色素の三重項励起エネ

ルギーを第2の有機色素に移動できることが記載されている。ここで,エネルギー

移動が起こるためには,第1の有機色素の非放射性励起子三重項状態のエネルギー

よりも,第2の有機色素の三重項分子励起状態のエネルギーの方が低いというエネ

ルギー準位の関係が必要であることは本件優先権主張日当時の技術常識である。ま

た,原告らも審判段階から主張するように(乙16,18),ドーパントとして用

いるべき適当なリン光発光材料が決まれば,当業者は過度な試行錯誤なしに,その

リン光発光材料に適した電荷キャリアーホスト材料を公知の電荷キャリアー材料の

中から選択して用いることができる。さらに,本件優先権主張日当時には,リン光

材料として,室温でリン光発光するRu,Ir,Pt錯体などが知られていた(甲

21,23,27)。

そうすると,これらのリン光材料を第2の有機色素に選べば,上記技術常識に基

づき,当業者は当然に性質@を有する第1の有機色素を選択し,その結果として,

当該リン光材料は性質@及びAを満たすこととなる。

以上のとおりであるから,引用例1には,引用例1の第2の有機色素の二つの性

質を有する第2の有機色素に該当するリン光材料,すなわち,「第1の有機色素の

励起三重項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光

又はリン光を発光する性質」を有する第2の有機色素に該当するリン光材料が記載

されているということができる。

21
(2) 本件優先権主張日当時に当業者に知られていた事実に基づいても,引用例

1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されているといえる。

本件優先権主張日当時に知られていた以下のアないしエの事実を前提とすれば,

引用例1に接した当業者は,引用例1において,第2の有機色素に常温でリン光発

光する有機色素を用いた場合,第2の有機色素は常温でリン光を発光することが記

載されていると認識することができる。

ア 常温でリン光発光する有機色素が知られていた(甲14,21,23,27,

乙15)。

甲14には,素子Bが,リン光物質CP1を発光層に持ち,「EL発光を,室温

および液体窒素温度において測定した。」,「素子Bは,液体窒素温度での発光効率

が室温の場合に比べて約1桁高い。このため,この素子も三重項から直接発光して

いると考えられる。」と記載されている。この記載から,素子Bは,室温において

は,液体窒素温度での発光よりも約1桁効率は低いものの,リン光発光していると

読み取ることができる。したがって甲14には,室温でリン光を発光する有機電界

発光素子が記載されている。

乙15(甲14の著者の一人である森川通孝の修士論文)には,CP1を発光層

に持つ素子について室温及び77Kにおいて,それぞれ発光効率を確認し,「発光

効率が,77Kのときは室温の場合と比べて3〜10倍向上している。これは,燐

光の量子効率が77Kに冷やすことにより向上したためではないかと考えられる。

次にEL発光スペクトルでは,77Kに冷やすと,620nmのピーク強度比が増

大している。これも,燐光の量子効率が77Kに冷やすことにより向上したためで

はないかと考えられる。また,もしこれが本当なら室温でも,三重項励起子からの

発光を観測していると考えられる。 ,
」 「CP1を発光層に用いた素子は,三重項励

起子が直接EL発光している成分もあると考えられる。」として,それらがリン光

の発光であるとまとめている(甲14にも,CP1について同様の記載がある。。


したがって,乙15(及び甲14)には,有機ELデバイスにおいて,室温でリン

22
光を発する有機色素(CP1)が開示されている。

甲21には,2,2’−ビピリジン,1,10−フェナントロリンなどのポリピ

リジンルテニウム(U)錯体が室温でリン光発光を生じることが記載されている。

甲23にはPt(U)錯体及びIr(V)錯体が室温で強いリン光発光を示すこ

とが記載されている。

甲27(段落【0038】 【0069】
, )にはPtOEPが23℃(室温)でリ

ン光発光を示すことが記載されている。

そして,PLとELが密接な関係を有することは技術常識であるから,PL発光

を示す物質を有機ELデバイスに用いたとしてもEL発光を生じさせるのが困難で

あるということはなく,PL発光を示す物質を第2の有機色素に用い,第1の有機

色素に微量ドープして有機ELデバイスに用いる動機があるということができる。

以上のとおり,甲14,21,23,27によると,常温(室温)でリン光発光

する有機色素が知られていた。

イ リン光を有機ELデバイスに利用する技術思想が知られていた(甲12〜1

5,44(乙27),乙15)。

甲12には「有機材料における三重項状態からの電気リン光を研究することは,

有機ELデバイスの量子効率を高める上で有用であろう。有機蛍光色素を用いたE

Lデバイスの内部量子効率には原則として25%という限界があるが,三重項励起

状態は,スピン多重度により,一重項励起状態に比べて3倍効率的に生成されるこ

とが可能であるからである。」と記載されている。

甲13には「もし発光分子を適切に設計するならば,三重項励起子からの発光が

観測されるかもしれない。言い換えれば,有機固体において蛍光だけでなくリン光

も利用することができることが期待できる。 ,
」 「ELデバイスにおける三重項励起

子の利用は,有機ELデバイスの研究分野のさらなる拡大に寄与するだろう。」と

記載されている。

甲14には「燐光物質を発光層に持つEL素子を作成すれば,この三重項励起子

23
から直接発光させることができると考えられる。」と記載されている。

甲15には「適切な燐光分子を発光材料に用いた場合には,三重項励起状態分子

からのELも観察できると考えられる。」と記載されている。

甲44(乙27)は,Tangが講演した際に用いた資料であり,これに聴講者

が講演を聴いた際の手書きのメモが記載されている。同メモには,PtOEPの発

光波長(650nm),濃度(c6%),半値幅(20nmFWHM),輝度(10

0cd/m 2 ),外部量子効率(1.3%QEext),電力効率(0.15 lm

/W)が記載されていることから,Tangは講演でPtOEPをELに用いるこ

とを発表したことが分かる。PtOEPのような重金属ポルフィリンは,常温でリ

ン光を放出するものとして着目され,甲27によっても,PtOEPは室温でリン

光発光するから,甲44(乙27)には室温でリン光発光する材料を有機ELデバ

イスに適用する動機がある。また,甲44(乙27)には,Alqをホスト材料と

して様々な発光材料をドープした有機EL素子が開示されているため,Alqをホ

スト材料として選択する動機もある。

乙15には,有機ELデバイスにリン光物質を用い,三重項励起子のエネルギー

を発光に用いることができれば発光の量子効率が高くなることが記載されているか

ら,リン光物質を有機ELデバイスに用いる動機がある。さらに乙15には,ホス

ト(第1の有機色素)とゲスト(第2の有機色素)を有する有機ELデバイスにお

いて,ゲストとしてリン光物質を用いることも記載されているだけでなく,ホスト

(第1の有機色素)からゲスト(第2の有機色素)へエネルギー移動させて,ゲス

ト(第2の有機色素)を発光させることも記載されている。

以上のとおり,甲12〜15,44(乙27),乙15によると,リン光を有機

ELデバイスに利用する技術思想が知られていた。

ウ リン光発光する有機ELデバイスが知られていた(甲14,16,17,2

0,21)。

甲14には,リン光物質CP1を用いた電界発光素子が,液体窒素温度での発光

24
効率より約1桁低いものの,室温において三重項から発光することが記載されてい

る。

甲16には下記スキーム1に示すRu(bpy) 3+2ポリエステルを発光層に用

いた有機ELデバイスが記載されている。Ru(bpy) 3は,甲21のリン光発

光を示すポリピリジンルテニウム(U)錯体であるから,甲16には,リン光発光

する有機発光デバイスが記載されている。




甲17には下記に示すRu(U)錯体を含むポリマーが非常に有望なエレクトロ

ルミネッセンス特性を示すことが記載されている。当該Ru(U)錯体は,甲21

のリン光発光を示すポリピリジンルテニウム(U)錯体であるから,甲17には,

リン光発光する有機発光デバイスが記載されている。




甲20にはRuポリピリジル錯体(Ru1,10−フェナントロリン錯体)を用

いて作製したエレクトロルミネッセンスデバイスが,比較的高いエレクトロルミネ

ッセンス効率と輝度レベルを示すことが記載されている。甲21によると,ポリピ

リジンルテニウム(U)錯体はリン光性であるから,甲20には,リン光発光する

有機発光デバイスが記載されている。

以上のとおり,甲14,16,17,20,21によると,リン光発光する有機

ELデバイスが知られていた。

エ 第2の有機色素を第1の有機色素に分散させ,第2の有機色素から発光させ

25
る有機ELデバイスが知られていた(甲11,12,15,29)。

甲11の実施例には,ペリレン,テトラセン,又はペンタセン(第2の有機色素

に相当する)をアントラセン(第1の有機色素に相当する)に分散させ,第2の有

機色素から発光させる有機ELデバイスが記載されている。

甲12には,リン光発光する(Eu 0 . 1 Gd 0 . 9 )(TTA) 3 (TPPO) 2

(第2の有機色素に相当する)を,PVK(第1の有機色素に相当する)に分散さ

せ,第2の有機色素からリン光発光させる有機ELデバイスが記載されている。

甲15には,リン光発光するベンゾフェノン(BP)(第2の有機色素に相当す

る)をPMMA(第1の有機色素に相当する)に分散させ,第2の有機色素からリ

ン光発光させる有機ELデバイスが記載されている。

甲29(要約,【0041】)には,有機ELデバイスの発光層はゲスト物質とホ

スト物質とからなり,ゲスト物質のDCM(第2の有機色素に相当する)をホスト

物質のC540(第1の有機色素に相当する)に分散させ,第2の有機色素から発

光させる有機ELデバイスが記載されている。

以上のとおり,甲11,12,15,29によると,第2の有機色素を第1の有

機色素に分散させ,第2の有機色素から発光させる有機ELデバイスが知られてい

た。

(3) 審査段階における原告らの主張は,引用例1に「常温でリン光を発光する

有機電界発光素子」が記載されていることを裏付けるものである。

原告らは,本件特許の審査段階において,平成16年11月10日付けのFAX

(乙2)で,引用例1について「4頁左欄8行から5頁右下欄3行までの記載にお

いては,常温でのリン光の観測しか問題にしておりません。当該有機電界発光素子

の作動環境は常温以外に考えられません。」と主張している。引用例1の上記部分

には,「常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを第2の有機色素とし

て用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態のエネルギーを効率よく利

用することができる。 ,
」 「孤立した励起状態の第2の有機色素からの発光が得られ

26
る」とあるから,第2の有機色素として常温でリン光発光する有機色素を用いれば,

有機電界発光素子からのリン光発光は常温におけるものであるといえる。

したがって,審査段階における原告らの主張は,引用例1に「常温でリン光を発

光する有機電界発光素子」の発明が記載されていることを裏付けるものである。

(4) 常温でリン光発光する有機電界発光素子は予測し得る。

仮に,引用例1に「常温でリン光発光する有機電界発光素子」が記載されている

か不明であるとしても,引用例1の「第2の有機色素」に,室温でリン光発光を示

すことが記載されている甲21のRu錯体,甲23のIr錯体及び甲27のPt錯

体を用いた場合,常温でリン光発光する有機電界発光素子となることを当業者は十

分に予測可能である。

2 取消事由2(本件発明2との関係で相違点2に係る判断の誤り)について

〔原告らの主張〕

(1) 本件審決は,相違点2について,引用例3(甲17)には,「ルテニウム

(U)トリス(ビピリジン)錯体を含む共役ポリマー」のRu(U)ポリエステル

Vから製造したITO/V/Alデバイスについて,その実測輝度レベルが「80

cd/m 2 」及び「300cd/m 2 」であることが記載されているところ,上記

輝度の値からして,引用発明における「常温でもリン光が観測される有機色素」で

ある「第2の有機色素」として,引用例4(甲21)に記載された上記のポリピリ

ジンルテニウム(U)錯体を採用したものにおいては,「10cd/m 2 を超える

表示輝度を与えることができる」ことは十分に予測し得る程度のことであり,上記

「10cd/m2 を超える表示輝度」という効果は,室温におけるリン光の発光輝

度としても当業者にとって格別顕著な効果であるということはできないから,相違

点2について進歩性を生じないとする。

(2) しかし,本件審決の前記判断は,引用発明に甲21に記載のポリピリジン

ルテニウム(U)錯体を組み合わせたものが,常温でリン光発光する有機発光デバ

イスであることを前提としているが,この前提自体が誤りであることは,前記1の

27
〔原告らの主張〕で述べたとおりである。

(3) また,本件審決は,甲17に記載の「ルテニウム(U)トリス(ビピリジ

ン)錯体を含む共役ポリマー」のRu(U)ポリエステルXと甲21に記載のポリ

ピリジンルテニウム(U)錯体とを同視するようであるが,前者は高分子化合物で

あるのに対し,後者は低分子化合物であって,両者を同視することはできない。そ

して,このような高分子化合物は,引用例1に記載の発光素子において第1の有機

色素中に分散され得ることが必要な「第2の有機色素」として用いるには適さない。

したがって,甲17に基いて相違点2が克服されることはあり得ず,本件審決は,

相違点2についての判断を誤っており,取り消されるべきである。

(4) 被告の主張(2)に対する反論

被告は,仮に高分子化合物と低分子化合物とが同視できないとしても,甲20の

輝度の値からして,引用発明の「第2の有機色素」として甲21のルテニウム錯体

を採用した場合,「10cd/m 2 を与えることができる」ことは十分に予測し得

るとする。

しかし,甲20の有機ELデバイスに用いられた錯体を引用例1の第2の有機色

素に適用できるか否かは不明である上,適用できたとしても,甲20の錯体を適用

した引用例1の有機ELデバイスが,甲20のデバイスと同様の発光を示すかどう

かは不明である。したがって,甲20の記載を基礎に引用例1の「第2の有機色

素」として甲21のルテニウム錯体を採用した場合,「10cd/m 2 を超える表

示輝度を与えることができる」ことは十分に予測し得るとする被告の主張は誤りで

ある。

〔被告の主張〕

(1) 化学構造,光吸収・発光特性,フォトルミネッセンスの量子収率及び電気化

学的特性の点を考慮すると,甲21のRu錯体と,甲16及び17のRu錯体とは

同視でき,「10cd/m 2 を超える表示輝度を与えることができる」ことを十分

に予測可能である。

28
化学構造

甲21のRu錯体はトリス(2,2’−ビピリジン)ルテニウム(U)錯体であ

り,甲16及び17のRu錯体もトリス(2,2’−ビピリジン)ルテニウム

(U)錯体である。したがって,化学構造の点から同視できる。

イ 光吸収・発光特性

甲21のRu錯体は,波長450nm付近に吸収スペクトルをもち,波長600

nm付近にピークをもつ発光(大部分はリン光)を生じ,甲16及び17のRu錯

体は,460nm付近で吸収ピークを示し,630nm付近で強い光ルミネッセン

スピークを示す。したがって,光吸収・発光特性の点から同視できる。

なお,甲17によると,モノマーW(トリス(2,2’−ビピリジン)ルテニウ

ム(U)錯体)と,ポリマーX(トリス(2,2’−ビピリジン)ルテニウム

(U)錯体)の吸収・発光スペクトルはどちらも同じピークを示す。

ウ フォトルミネッセンスの量子収率

甲17によると,モノマーWの量子収率は3.6%であり,ポリマーXの量子収

率は4.9%である。

前記ア及びイによれば,甲21のRu錯体と,甲17のモノマーW及びポリマー

Vとは,同様の化学構造及び光吸収・発光特性を有するから,甲21のRu錯体は

モノマーW及びポリマーXの量子収率と同様な量子収率が得られると予測される。

エ 電気化学特性

甲17によると,モノマーW及びポリマーXは基本的に同じ電気化学的特性を有

する。したがって,前記ウと同様に,甲21のRu錯体もモノマーW及びポリマー

Xの電気化学特性と同様の電気化学特性が得られると予測される。

前記アないしエから,甲21のRu錯体と,甲16及び17のRu錯体とは同視

できる。したがって,甲21のRu錯体を引用例1の「第2の有機色素」に適用し

た場合,当業者は,甲17のELデバイスで得られた輝度「約80cd/m 2 」,

「300cd/m 2近く」から,「10cd/m 2 を超える表示輝度を与えることが

29
できる」ことを十分に予測可能である。また,本件特許明細書には「10cd/m

を超える表示輝度」が格別顕著である旨の記載もない。

以上のとおり,当業者は「10cd/m 2 を超える表示輝度を与えることができ

る」ことを十分に予測可能であり,審決の判断に誤りはない。

(2) 原告らは高分子化合物と低分子化合物とが同視できないと主張するが,低

分子のRu錯体においても甲17と同等の輝度が得られるのであるから,輝度の値

からして,相違点2によって発明の進歩性を生じないとする本件審決の判断に誤り

はない。

甲20には,Ruポリピリジル錯体(Ru1,10−フェナントロリン錯体)を

用いて作製したELデバイスが,比較的高いEL効率と輝度レベル(100cd/

m2 )を示すことが記載されている。 甲20に示すRu錯体は低分子化合物であ

る。低分子化合物のRu錯体においても甲17に記載のRu錯体の輝度(約80c

d/m 2,300cd/m2近く)と同等の輝度(100cd/m 2)が得られてい

る。そして甲21によると,ポリピリジンルテニウム(U)錯体はリン光性である

から,甲20には,リン光発光する有機発光デバイスが記載されている。

したがって,仮に原告らが主張するように高分子化合物と低分子化合物とが同視

できないとしても,甲20の輝度の値からして,引用発明の「第2の有機色素」と

して甲21のルテニウム錯体を採用した場合,「10cd/m 2 を超える表示輝度

を与えることができる」ことは十分に予測し得ることであるから,本件審決の判断

に誤りはない。

3 取消事由3(本件発明5との関係で相違点5に係る判断の誤り)について

〔原告らの主張〕

本件審決は,相違点5について,引用例5(甲23)には,「重金属錯体(M=

Pt(U),Pb(U),Bi(V),Ir(V))は流体液中で長寿命(τ≒2−

4μs)燐光及び励起状態吸収(ESA)を示す」こと及び「Pt(U)錯体及び

Ir(V)錯体は室温及び低温の両方で強い燐光発光を示す」ことが記載され,また,

30
表Iから,Ir(V)錯体のリン光寿命が2.5μsであることが読み取れるところ,

上記リン光寿命の値からして,引用発明における「常温でもリン光が観測される有

機色素」である「第2の有機色素」として,甲23に記載された上記のIr(V)錯

体を採用したものにおいては,「燐光材料が,10μ 秒以下の燐光寿命を有す

る」ことは十分に予測し得る程度のことであり,上記「燐光材料が,10μ 秒以

下の燐光寿命を有する」という効果は,室温におけるリン光の発光輝度としても当

業者にとって格別顕著な効果であるということはできないから,相違点5について

進歩性を生じないとする。

しかし,本件審決の前記判断は,引用発明に甲23に記載のIr(V)錯体を組

み合わせたものが,常温でリン光発光する有機発光デバイスであることを前提とし

ているが,この前提自体が誤りであることは,前記1の〔原告らの主張〕で述べた

とおりである。

また,甲23に,重金属錯体が流体液中で長寿命(τ≒2−4μs)リン光を示

すこと並びにPt(U)錯体及びIr(V)錯体が室温及び低温の両方で強いリン光

発光を示すことが各記載され,表IからIr(V)錯体のリン光寿命が2.5μsで

あることが読み取れるとしても,かかるIr(V)錯体を引用発明の「第2の有機色

素」に採用した場合に,リン光寿命が10μ秒以下となるかは不明である。したが

って,引用発明に甲23を組み合わせたとしても相違点5を克服することはできな

い。

さらに,本件審決は,相違点5について,甲23に記載のIr(V)錯体を引用

発明の「第2の有機色素」に採用することの動機があることを前提に判断している

が,かかる動機があることについて何ら理由を述べておらず,理由不備がある。

本件審決は,相違点5についての判断を誤っており,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

原告らの審判段階での主張(口頭審理陳述要領書。乙4)によると,「燐光寿

命」と「光ルミネッセンス寿命」は同じものを指している。すなわち「燐光寿命」

31
は,リン光材料に光を照射して励起させた後,三重項励起状態から生じる光の発光

寿命(PL寿命)のことである。したがって甲23にIr(V)錯体のPL寿命が

記載されていれば,当該Ir(V)錯体を有機ELデバイスに適用した場合,当該

PL寿命が得られると予測することは,当業者にとって十分可能である。

次に,甲23には,光励起させたIr(V)錯体が,室温で強いリン光発光を示

し,そのリン光寿命が2.5μsであること,通気溶液中での寿命は約10分の1

になることが,それぞれ記載されていることとから,リン光寿命は0.25μs程

度になると予想される。

そうすると,引用発明の「第2の有機色素」に甲23のIr(V)錯体を採用し

た場合に10μ秒以下となることを予測することは十分可能である。引用発明の

「第2の有機色素」に採用した場合に必ず10μ秒を超える,すなわち,絶対に1

0μ秒以下とはならない理由も特段見当たらない。また,本件特許明細書には「燐

光材料が,10μ秒以下の燐光寿命を有する」ことが格別顕著である旨の記載もな

い。

したがって,相違点5によって,発明の進歩性を生じるものではないとの本件審

決の判断に誤りはない

4 取消事由4(本件発明9との関係で相違点7に係る判断の誤り)について

〔原告らの主張〕

本件審決は,相違点7について,引用例2(甲16)には,「活性ルテニウム

(U)錯体を固体状態薄膜デバイス中の発光体として用い」たときのデバイスの外

部量子効率について,「1.0%に近い」ものであることが記載されているところ,

上記外部量子効率の値からして,引用発明における「常温でもリン光が観測される

有機色素」である「第2の有機色素」として,引用例4(甲21)に記載された上

記のポリピリジンルテニウム(U)錯体を採用したものにおいては,「有機発光デ

バイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.14%

である」ことは十分に予測し得る程度のことであり,上記「有機発光デバイスを通

32
って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.14%である」と

いう効果は,室温におけるリン光の発光輝度としても当業者にとって格別顕著な効

果であるということはできないから,相違点7について進歩性を生じないとする。

しかし,本件審決の前記判断は,引用発明に甲21に記載のポリピリジンルテニ

ウム(U)錯体を組み合わせたものが常温でリン光発光する有機発光デバイスであ

ることを前提としているが,この前提自体が誤りであることは,前記1の〔原告ら

の主張〕で述べたとおりである。

また,本件審決は,甲16に記載の「トリスビピリジルRu(U)ポリエステ

ル」と甲21に記載の「ポリピリジンルテニウム(U)錯体」とを同視するようで

あるが,前者は高分子化合物であるのに対し,後者は低分子化合物であって,両者

を同視することはできない。そして,このような高分子化合物は,引用例1に記載

の発光素子において第1の有機色素中に分散され得ることが必要な「第2の有機色

素」として用いるには適さない。

したがって,甲16の記載に基づいて相違点7が克服されることはあり得ず,本

件審決は,相違点7についての判断を誤っており,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

前記2の〔被告の主張〕のとおり,甲21のRu錯体と,甲16及び17のRu

錯体とは同視できるから,甲21のRu錯体は,甲16及び17のRu錯体と同等

な量子効率が得られると予測できる。

そして,甲16によると,トリスビピリジルRu(U)錯体を用いたデバイスに

おいて1%に近い外部量子効率が得られる。また,甲17には,ポリピリジンRu

錯体を用いることで約0.08%の外部量子効率,1%近い外部量子効率を有する

薄膜デバイスが作れることが記載されている。

したがって,甲21に記載の低分子であるポリピリジンルテニウム(U)錯体を

引用発明の「第2の有機色素」として採用した場合,甲16及び17の外部量子効

率(1%近い)の約1/7である「室温で少なくとも0.14%」以上となること

33
は十分に予測可能である。

以上のとおり,「有機発光デバイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率

が室温で少なくとも0.14%である」ことは当業者が十分に予測し得る程度のこ

とである。

したがって,本件審決がした相違点7についての判断に誤りはない。

5 取消事由5(本件発明10との関係で相違点8に係る判断の誤り)について

〔原告らの主張〕

本件審決は,相違点8について,引用例2(甲16)には,「活性ルテニウム

(U)錯体を固体状態薄膜デバイス中の発光体として用い」たときのデバイスの外

部量子効率について,「1.0%に近い」ものであることが記載されており,引用

例3(甲17)には,「ルテニウム(U)トリス(ビピリジン)錯体を含む共役ポ

リマー」のRu(U)ポリエステルVから製造したITO/V/Alデバイスにつ

いて,外部量子効率が「0.08%」のデバイスを作製したことが記載されている

ところ,上記外部量子効率の値からして,引用発明における「常温でもリン光が観

測される有機色素」である「第2の有機色素」として,引用例4(甲21)に記載

された上記のポリピリジンルテニウム(U)錯体を採用したものにおいては,「有

機発光デバイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.

07%である」ことは十分に予測し得る程度のことであり,上記「有機発光デバイ

スを通って電圧を印加した場合,外部量子効率が室温で少なくとも0.07%であ

る」という効果は,室温におけるリン光の発光輝度としても当業者にとって格別顕

著な効果であるということはできないから,相違点8について進歩性を生じないと

する。

しかし,本件審決の前記判断は,引用発明に甲21に記載のポリピリジンルテニ

ウム(U)錯体を組み合わせたものが,常温でリン光発光する有機発光デバイスで

あることを前提としているが,この前提自体が誤りであることは,前記1の〔原告

らの主張〕で述べたとおりである。

34
また,本件審決は,甲16に記載の「トリスビピリジルRu(U)ポリエステ

ル」及び甲17に記載の「ルテニウム(U)トリス(ビピリジン)錯体を含む共役

ポリマー」のRu(U)ポリエステルXと,甲21に記載の「ポリピリジンルテニ

ウム(U)錯体」とを同視するようであるが,前者は高分子化合物であるのに対し,

後者は低分子化合物であって,両者を同視することはできない。そして,このよう

な高分子化合物は,引用例1に記載の発光素子において第1の有機色素中に分散さ

れ得ることが必要な「第2の有機色素」として用いるには適さない。

したがって,甲16及び17の記載に基づいて相違点8が克服されることはあり

得ず,本件審決は,相違点8についての判断を誤っており,取り消されるべきであ

る。

〔被告の主張〕

前記2の〔被告の主張〕のとおり,甲21のRu錯体と,甲16及び17のRu

錯体とは同視できるから,甲21のRu錯体は,甲16及び17のRu錯体と同等

な量子効率が得られると予測できる。

また,前記4の〔被告の主張〕のとおり,甲16及び17のRu錯体は1%近い

外部量子効率が得られるのであるから,甲21に記載の低分子であるポリピリジン

ルテニウム(U)錯体を引用発明の「第2の有機色素」として採用した場合,甲1

6及び17の外部量子効率(1%近い)の約1/14である「室温で少なくとも0.

07%」以上となることは十分に予測可能である。

以上のとおり,「有機発光デバイスを通って電圧を印加した場合,外部量子効率

が室温で少なくとも0.07%である」ことは当業者が十分に予測しうる程度のこ

とである。

したがって,本件審決がした相違点8についての判断に誤りはない。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明1に係る取消事由1について

原告らは,本件審決は,引用例1には「常温でもリン光が観測される有機色素が

35
あり,これを第2の有機色素として用いることにより,電極に電圧を印加すること

によって,第2の有機色素は,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態から励

起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,かつ励起三重項状態から常温で

リン光を発光する有機電界発光素子」が記載されていると認定した上で,本件発明

1と引用発明とが「燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」である

点で一致すると認定したが,引用例1には,上記記載はなく,本件優先権主張日当

時の技術常識参酌しても上記記載があるものとは認められないから,本件審決の

上記一致点の認定には誤りがあり,「前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,

前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,

前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放

射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行す

ることができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温

において発光する有機発光デバイス。」との点を相違点とすることを看過した誤り

がある旨主張する。

ところで,特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号は,「特許出願前に

頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと

規定するところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,

同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもな

いが,発明が技術的思想創作であること(同法2条1項参照)に鑑みれば,当該

刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特

許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想実施し得る程度に,当該発明の技

術事項が開示されていることを要するものというべきである。

したがって,本件においても,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の

創作能力を発揮するまでもなく,本件優先権主張日(平成9年10月9日)当時の

技術常識に基づいて,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすこ

とができる程度に,引用例1にその技術事項が開示されているといえなければなら

36
ない。

そこで,以下においては,引用例1の記載内容及び被告が本件優先権主張日にお

いて「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が知られていたことの根拠とし

て挙げる各文献の記載内容をそれぞれ検討した上で,引用例1に上記技術事項の開

示があるか否かを判断することとする。

2 引用例1の記載内容について

証拠(甲11)によれば,引用例1には,概略,次の記載がある。

(1) 特許請求の範囲

「少なくとも一方が光を透過する2枚の電極間に,有機色素薄膜からなる発光層

を設けた有機電界発光素子において,前記発光層が,第1の有機色素に,該第1の

有機色素の光吸収端よりも長波長側にその光吸収端を有する第2の有機色素を,該

第2の有機色素が10モル%以下の割合となるように分散させた有機色素薄膜から

なることを特徴とする有機電界発光素子。」

(2) 発明の目的

ア 産業上の利用分野

「本発明は表示素子,照明素子などとして用いられる有機電界発光素子に関す

る。(1頁左下欄16〜17行)


イ 従来の技術

「近年,携帯用TV,コンピュータの需要の増加に伴い,フラットパネルディス

プレイを中心とした薄型軽量の表示素子の開発が急速に進められている。現在,そ

の主流は液晶表示素子であるが,液晶表示素子は大画面化しにくく,視角によって

はみずらいなどの欠点がある。

このため,色の鮮やかさ,動画表示の容易さ,暗い場所でも表示可能であるなど,

優れた表示機能が期待できる発光型表示素子の開発が要望されている。このような

発光型表示素子としては,プラズマディスプレイ,無機系エレクトロルミネッセン

ス素子,蛍光表示管,発光ダイオードなどが研究されている。これらの素子でフル

37
カラーディスプレイを実現するには,高輝度のRGB発光が要求される。しかし,

現状ではいずれの素子も青色を発光させることが困難であり,フルカラーディスプ

レイは実現されていない。

ところで,有機色素分子のなかにはそのフォトルミネッセンスにおいて青色領域

(波長460nm近傍)に蛍光やリン光を発するものが多い。このことから,2枚

の電極の間に有機色素薄膜からなる発光層を設けた構造の有機電界発光素子は,フ

ルカラーの表示素子などを実現できる可能性が高く,大きい期待が寄せられている。

しかし,有機電界発光素子では,肉眼で認識できないほど輝度の低いことが問題と

なっていた。

そこで,有機電界発光素子の輝度を向上するために,有機色素を混合した有機色

素薄膜又は有機色素薄膜の多層積層構造を素子の基本構造とし,発光性色素に対す

る電子供与性色素と電子受容性色素とを様々な形態で組合わせた構造の有機電界発

光素子が提案されている。

…しかし,斎藤らによると,例えば光励起によって有機色素分子が効率よく発光

するのは,気体又は溶液のように色素濃度が希薄な場合であり,固体凝集状態では

発光が困難であることが多く,このことが有機電界発光素子において発光が観測さ

れにくい一つの原因になっていると述べている。この観点から,斎藤らは,種々の

固体状態の有機色素について光励起による発光挙動を検討し,固体凝集状態であっ

ても強く発光する有機色素としてフタロペリノンを見出し,これを発光層に使用し

た有機電界発光素子では,直流電界を印加することにより強い発光が得られたこと

を報告している。…

他方,有機電界発光素子には以下に述べるようなもう1つの問題がある。すなわ

ち,発光層にキャリアが注入されて色素分子が励起され,励起状態の色素分子が二

量体化又は多量体化し,このような二量体又は多量体から発光(エキシマ発光又は

エキシトン発光と呼ばれる)が生じることである。励起状態の色素分子は二量体又

は多量体すると安定となり,その発光波長は,孤立した励起状態の色素分子からの

38
発光波長よりも長波長側ヘシフトする。このため,有機電界発光素子の発光波長が

460nmのブルー領域に存在するように発光層の材料を設計したつもりでも,実

際の発光波長は長波長側のグリーンやレッドになることがある。(1頁左下欄19


行〜2頁左下欄14行)

ウ 発明が解決しようとする課題

「以上のように,有機電界発光素子では,発光層と電極との間にキャリア移動層

を設けることにより,低電圧の直流電源で高輝度の発光が得られる可能性があるこ

とが見出されている。しかし,有機色素分子が固体凝集状態である場合には,発光

が生じにくいという問題がある。また,発光が生じたとしても二量体化又は多量体

化した励起色素分子からの発光が主であり,発光波長が長波長側にシフトするとい

う問題がある。

本発明はこれらの問題を解決し,発光輝度が高く,しかも発光波長を制御するこ

とができる有機電界発光素子を提供することを目的とする。(2頁左下欄16行〜


右下欄7行)

(3) 発明の構成

ア 課題を解決するための手段と作用

(ア) 「本発明の有機電界発光素子は,少なくとも一方が光を透過する2枚の電

極間に,有機色素薄膜からなる発光層を設けた有機電界発光素子において,前記発

光層が,第1の有機色素に,該第1の有機色素の光吸収端よりも長波長側にその光

吸収端を有する第2の有機色素を,該第2の有機色素が10モル%以下の割合とな

るように分散させた有機色素薄膜からなることを特徴とするものである。

本発明において,第1の有機色素に要求される特性としては,電極からキャリア

として正孔又は電子が効率よく注入されること,注入されたキャリアが効率よく色

素分子と再結合すること,キャリアの再結合によって色素分子が効率よく励起され

ること,励起状態からの無輻射失活過程が少ないことが挙げられる。このほか,薄

膜形成が容易なこと,構造的及び化学的安定性に優れていることが挙げられる。

39
本発明において,第2の有機色素の要求される特性としては,励起状態の第1の

有機色素から効率よく励起エネルギーを受け取り(エネルギー受容性が高い),特

定波長の発光が効率よく得られることが挙げられる。

ここで,第1の有機色素の励起状態には一重項状態と三重項状態との2つの状態

がある。このうち有機電界発光素子で主に発光に寄与するのは,励起一重項からの

蛍光であることが知られている。したがって,第2の有機色素としては,一重項−

一重項の励起エネルギー移動を起こしやすいものが選択される。その選択の基準に

なるのは,第1の有機色素の蛍光発光スペクトルと第2の有機色素の光吸収スペク

トルとの間に重なりが存在することである。一般的には,第1の有機色素の光吸収

スペクトルの吸収端波長より,第2の有機色素の光吸収スペクトルの吸収端波長が

長波長側にあればよい。

また,有機電界発光素子については,常温ではもう1つの励起状態である三重項

状態からの発光であるリン光の寄与は認められていない。これは第1の有機色素と

して適当な有機色素の多くは,常温ではリン光を示さないからである(ただし,こ

れらの色素でも低温ではリン光を示す)。したがって,第1の有機色素の励起三重

項状態から励起エネルギーを受け取って励起状態となり,かつ常温で蛍光又はリン

光を発光する性質のある第2の有機色素を選択することができる。

本発明において,第1の有機色素中に分散される第2の有機色素は1種に限らず,

2種以上でもよい。例えば,第1の有機色素中に第2の有機色素として,第1の有

機色素の励起一重項状態から励起エネルギーを受け取る有機色素と,第1の有機色

素の励起三重項状態から励起エネルギーを受け取る有機色素とを分散させることに

より,効率よく発光させることが可能となる。また,第1の有機色素中に第2の有

機色素として複数の色素を分散させることにより,多波長の発光特性が得られ,R

GB強度を調節することにより高効率で白色発光が得られる。(2頁右下欄10行


〜3頁左下欄6行)

(イ) 「前述したような第1および第2の有機色素としては,第1表に示すよう

40
に,(a)C,H元素のみからなる縮合多環型芳香族色素,(b)C,H元素以外に,

その骨格にO,N,Sなどのへテロ原子を含む縮合多環型芳香族色素,(c)色素

レーザー用に開発された蛍光性色素などが挙げられる。




41
」(3頁左下欄7行〜4頁右上欄)

(ウ) 「有機電界発光素子の発光機構は2段階に分けることができる。第1段階

42
は電極に電圧を印加することによって発光層にキャリアが注入され,このキャリア

が再結合して発光性色素が励起状態になる段階である。第2段階は励起状態の発光

性色素が基底状態に戻る段階である。第2段階には,発光過程と非発光過程とがあ

る。このうち,励起一重項状態からの発光速度は109秒−1のオーダーであり,蛍

光と呼ばれる。また,励起三重項状態からの発光速度は103〜l00秒−1のオー

ダーであり,リン光と呼ばれる。非発光過程は分子の熱運動などによるもので,常

温では一重項,三重項とも107〜108秒−1のオーダーである。このため,常温

では蛍光はよく観察されるが,リン光は観察されないのが普通である。

ところで,固体結晶のように有機色素が凝集した状態では,励起した有機色素は

励起子(エキシトン)となり,その励起状態の寿命中にある範囲でエネルギー移動

できると考えられている。そのエネルギー移動できる範囲は,一般に103〜l0

個分子である。この範囲に不純物や格子欠陥による非発光サイトが存在すると,

励起状態の有機色素分子がトラップされて非発光失活してしまう。斉藤らが報告し

ているように,ガスや溶液のように色素濃度が希薄な状態では蛍光が観察される色

素でも,固体凝集状態では蛍光が観察されなくなるのはこのためである。

また,固体凝集状態では励起状態にある分子が隣接した分子と多量体化(一般に

は二量体(エキサイマー)化)してエネルギー的に安定状態になることが知られて

いる。これはエネルギー移動がからんだ一種の発光性トラップである。前述したよ

うに,励起状態の色素分子は二量体又は多量体すると安定となり,その発光波長は,

孤立した励起状態の色素分子からの発光波長よりも長波長側ヘシフトする。

以上をまとめると,@常温では励起三重項状態からの発光過程(リン光)が生じ

にくいため,理論発光効率が低下する。A励起エネルギー移動が生じる過程で10

〜105個分子に1個の割合でも非発光サイトが存在すると,発光が観測されな

い。B励起状態にある分子が多量体化して安定になると,発光波長が長波長側ヘシ

フトする。これらが原因となって,有機電界発光素子の実現を困難にしていた。

これに対して,本発明では,第1の有機色素中に第2の有機色素を分散させるこ

43
とにより,これらの問題を解消して発光効率を向上することができる。

すなわち,@については,常温でもリン光が観測される有機色素があり,これを

第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態のエネ

ルギーを効率よく利用することができる。このような有機色素としては,カルボニ

ル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲンなどの重元素を

含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度を速め,非発光速

度を低下させる作用を有する。ただし,このような有機色素を高濃度に添加すると,

励起一重項の失活を招くので適切ではない。

Aについては,非発光サイトより高濃度で第2の有機色素を分散させることによ

り,励起状態,特に励起一重項状態の第1の有機色素からのエネルギーが非発光サ

イトへ移動するのを防止し,第2の有機色素へのエネルギー移動により効率よく発

光させることができる。

Bについても同様であり,励起状態の第1の有機色素が多量体化して安定になる

前に,第2の有機色素へのエネルギー移動により効率よく発光させることができる。

ただし,第2の有機色素の割合が大きくなると,第2の有機色素自体にA,Bの

問題が生じるので,これを適当な濃度に抑え,第2の有機色素を孤立状態にする必

要がある。

本発明において,第1の有機色素(A)に対する第2の有機色素(B)の割合を

10モル%以下,つまりB/(A+B)≦0.1としたのは次のような理由による。

すなわち,第1の有機色素中に第2の有機色素を分散させ,前述したように励起状

態の第1の有機色素からエネルギーを受け取って第2の有機色素が励起するように

すれば,孤立した励起状態の第2の有機色素からの発光が得られると考えられる。」

(4頁左下欄10行〜5頁左下欄12行)

実施

「以下,本発明の実施例を説明する。

第1図に本発明に係る有機電界発光素子の構成図を示す。第1図において,ガラ

44
ス基板1上にはITO電極2,正孔移動層(TPD)3,第1の有機色素としてア

ントラセン及び第2の有機色素としてペリレン,テトラセン,又はペンタセンから

なる発光層4,電子移動層(PV)5,及びAl電極6が順次形成されている。ま

た,ITO電極2とAl電極6との間には直流電源7が接続される。

ITO電極2はスパッタ法により形成された。正孔移動層3,発光層4,電子移

動層5は,有機化合物を真空昇華することにより形成され,それぞれの膜厚は0.

5〜11μmである。Al電極6は真空蒸着法により形成された。

このうち,発光層4は以下のようにして形成された。まず,昇華精製したアント

ラセン結晶に対して,第2の有機色素(ペリレン,テトラセン,又はペンタセン)

を0.01〜1モル%の割合で配合し,アルゴンガスを流しながら,石英容器中で

融点まで加熱し撹拌しながら融解した。結晶どうしが完全に混合されると,比較的

速やかに冷却して固体になる。これを原料として昇華することにより発光層4を製

膜した。なお,製膜された発光層中の第2の有機色素の含有量は,予め所定の組成

の原料を用い,石英基板上に発光層成分だけを単独で製膜し,その吸収スペクトル

を測定することにより調べておいた。

第1図の構成で,ITO電極2をプラス極,Al電極6をマイナス極として直流

電圧を印加し,電流量を測定するとともに,ガラス基板1側で発光スペクトル及び

その強度を測定した。

その結果,直流電圧30Vで5mA/cm2の電流が流れ,最大輝度5000c

d/m2が得られた。また,発光スペクトルはそれぞれペリレン,テトラセン,又

はペンタセンの孤立した励起一重項からの発光が主であった(第2図)。また,発

光層としてアントラセン中にペリレンを分散させたものを用いた素子について,ペ

リレンの添加量と発光強度との関係を第3図に示す。第3図から,ペリレンの添加

量は0.1〜1モル%の範囲が最適であることがわかる。

比較のために,発光層がアントラセンのみからなる素子,及びペリレンのみから

なる素子をそれぞれ作製し,前記と同様の測定を行った。

45
その結果,直流電圧30Vのとき,輝度はわずかに100cd/m2であった。

また,発光スペクトルについては,アントラセン発光層を有する素子では青色発光

を示したが,ペリレン発光層を有する素子では青色発光は得られず,励起状態二量

体からの橙色発光となった。(5頁右下欄5行〜6頁右上欄15行)


(4) 発明の効果

「以上詳述したように本発明の有機電界発光素子は,発光層として第1の有機色

素に第2の有機色素を10モル%以下の割合となるように分散させたものを用いて

いるので,発光効率が高く,しかも孤立した励起状態の第2の有機色素からの発光

波長特性が得られ,素子の発光色に関する設計が容易となる。(6頁右上欄17行


〜左下欄3行)

(5) 図面の簡単な説明

「第1図は本発明の実施例における有機電界発光素子の構成図,第2図は本発明

実施例における有機電界発光素子の吸収スペクトルを示す図,第3図は本発明の

実施例における有機電界発光素子のアントラセン中のペリレンの添加量と発光強度

との関係を示す図…。

1…ガラス基板,2…ITO電極,3…正孔移動層,4…発光層,5…電子移動

層,6…Al電極,7…直流電源。(6頁左下欄5〜14行)


(6) 図面(6頁右下欄)




46
3 被告が本件優先権主張日において「常温でリン光を発光する有機電界発光素

子」が知られていたことの根拠として挙げる各文献の記載内容について

(1) 甲12の記載内容

ア 証拠(甲12)によれば,甲12(Appl. Phys. Lett,第71巻,第18号,

平成9年(1997年)11月3日発行,2596〜2598頁)には,概略,次

の記載がある。

「単層エレクトロルミネッセンスデバイスからの発光について述べる。該エレク

トロルミネッセンスデバイスでは,(Eu,Gd)配位錯体である(Eu0.1Gd 0.

9 )(TTA)3(TPPO)2と電子輸送性材料であるオキサジアゾール誘導体2-

(4-ビフェニル)-5-(4-t-ブチルフェニルイル)-1,3,4-オキサジアゾールが,ホール

輸送性ホストポリマーであるポリ(N-ビニルカルバゾール)膜中に分散されている。

発光したエレクトロルミネッセンスの色は温度が77から300Kに変化するのに

伴い緑白色から赤色になだらかに変化する。(2596頁の要約の項,1〜6行)


「図6に77,180,および300KにおけるELスペクトルを示す。スペク

トルには3つの成分が含まれており,これらが何に起因するかは図2と3に示す発

47
光スペクトルを用いて特定できる。420nm付近の発光帯はPVKによるもので

あり,500nm付近の発光帯は配位子の三重項状態からの電気リン光に対応し,

592nm付近にサイドピークを有する612nmの急峻なピークはEu3+イオ

ンの5D0→ 7F2および5D0→7F1遷移に由来する。後者2つのスペクトル成分は

錯体によるものであり,温度変化に敏感である。(2597頁右欄図4の下30〜


39行)

イ 前記アの図6によれば,77KにおけるELスペクトルで存在した500n

m付近の発光帯が,300KにおけるELスペクトルでは消失していることが認め

られる。そうすると,甲12のデバイスの500nm付近の発光帯はリン光による

発光であるとされているが,これが77Kにおいては存在したものの,300Kに

おいては消失していることが報告されている。77K及び300Kを摂氏温度に換

算すると,それぞれ−196℃及び27℃であるから,甲12には,(Eu0.1G

d0.9)(TTA)3(TPPO)2及び2-(4-ビフェニル)-5-(4-t-ブチルフェニル

イル)-1,3,4-オキサジアゾールが分散したポリ(N-ビニルカルバゾール)膜を発光層

とするELデバイスは,−196℃ではリン光を示すが,27℃ではリン光を示さ

ないことが記載されているということができる。

(2) 甲13の記載内容

ア 証拠(甲13)によれば,甲13(K.Honda(Editor-in-Chief),

Photochemical Processes in Organized Molecular Systems, Elsevier Science

Publishers B.V,平成3年(1991年)発行,437〜450頁)には,概略,

次の記載がある。

「4.三重項励起子からの発光

…電気励起については,…三重項励起子の生成はとても容易である。…一重項励

起子とほとんど同程度の量の三重項励起子がELセル内で生成される。ただし,ほ

とんどすべての三重項励起子は非放射減衰過程を通して消失する。もし発光分子を

適切に設計するならば,三重項励起子からの発光が観測されるかもしれない。言い

48
換えれば,有機固体において蛍光だけでなくリン光も利用することができることが

期待できる。

数10msの燐光寿命を示すクマリン色素を用いてELデバイスを製造した。液

体窒素温度において方形パルスで駆動させると,ELデバイスは,印加場の停止の

後,緩やかな輝度減衰を示した。その減衰寿命は,燐光測定からの減衰寿命とほぼ

同じであった。ELデバイスにおける三重項励起子の利用は,有機ELデバイスの

研究分野のさらなる拡大に寄与するだろう。(445頁21行〜446頁4行)


イ 前記アによれば,甲13には,クマリン色素を発光層に含有するELデバイ

スは,液体窒素温度でリン光を示すことが記載されているということができる。

(3) 甲14の記載内容

ア 証拠(甲14)によれば,甲14(1990年(平成2年)秋季 第51回

応用物理学会学術講演会講演予稿集第3分冊,平成2年(1990年)9月発行,

1041頁28a−PB−8)には,概略,次の記載がある。

【緒言】「固体内での電子とホールの再結合によって,一重項励起子と三重項励

起子が生成する。従って,燐光物質を発光層に持つEL素子を作成すれば,この三

重項励起子から直接発光させることができると考えられる。そこで,燐光物質BB,

CP1(Fig.1)を発光層に持つ素子について,室温および液体窒素温度にお

いて,発光特性および発光寿命を調べた。」

【実験】[ITO/TAD/BB/PBD/MgAg]
「 (素子A) [ITO/T


AD/CP1/MgAg](素子B)の素子構造を持つ素子を真空蒸着法により作

成した。その素子に直流およびパルス電圧を印加したときのEL発光を,室温およ

び液体窒素温度において測定した。また,パルス電圧を印加して発光寿命について,

室温および液体窒素温度において測定した。」

【結果・考察】「素子AのEL発光寿命は液体窒素温度で約130μsであり,

室温での約5μsに比べてかなり長い。このときの素子の輝度は,電流密度のほぼ

1次に比例した。従って,この発光は遅延蛍光ではなく,三重項から直接発光した

49
ものであると考えられる。…素子Bは,液体窒素温度での発光効率が室温の場合に

比べて約1桁高い。このため,この素子も三重項から直接発光していると考えられ

る。」

イ 前記アの「結果・考察」の項において素子Aについての「この発光は遅延蛍

光ではなく,三重項から直接発光したものであると考えられる。」との記載のうち

「この発光」とは,続いて「遅延蛍光ではなく」とあることから,発光寿命が長い

液体窒素温度における発光を意味するものであって,発光寿命の短い室温での発光

を意味するものではないと認められる。このように発光寿命が長いものをリン光と

認めることは,甲15(225頁図3の下31〜36行)において,「有機分子で

は,三重項励起状態から基底状態への電子遷移はスピン禁制プロセスなので,三重

項励起状態は一重項励起状態より寿命が長い。そのため,LEDの発光種はEL減

衰時間の測定により決定することができる。」と記載されていることからも,相当

である。

同様に,素子Bについての「この素子も三重項から直接発光していると考えられ

る。」との記載部分も,発光効率が高い液体窒素温度における発光をもって三重項

から直接発光しているものとしているのであって,発光効率の低い室温での発光を

意味するものではないと認められる。

したがって,甲14には,リン光物質BB又はCP1を発光層に含有する電界発

光素子は,液体窒素温度でリン光発光することが記載されているものと認められる。

被告は,この点について,リン光物質CP1を含有する電界発光素子が,液体窒

素温度での発光効率より約1桁は低いものの,室温において三重項から発光するこ

とが記載されている旨主張する。しかしながら,発光効率が高い場合であれば,そ

の要因としてリン光が寄与していると考えることは合理的であるが,これと比較し

て発光効率が著しく低い場合にもなおリン光発光が存在しているとする合理的理由

はなく,上記で検討した点をも勘案すれば,被告の上記主張には理由がない。

(4) 乙15の記載内容

50
ア 証拠(乙15)によれば,乙15(甲14の著者の一人である森川通孝の修

士論文。平成3年(1991年)2月22日作成)には,概略,次の記載がある。

(ア) 4−2−2節 クマリン誘導体の選択

「T:CP1 …」

「ここで素子構造クククいずれの場合も,77Kに冷却した場合620nm付近

の発光強度が増加している。

また素子構造クククの場合の,電流密度−輝度特性…の図から単位電流密度当り

の発光効率が,室温の場合と比べて,77Kに冷却した場合の方が3〜20倍程度

向上している事が分かる。これは,77Kに冷却したことにより,分子運動が抑え

られ三重項励起子の失活が少なくなり,燐光の量子収率が向上したためと考えられ

る。このため,620nm付近のピークが三重項励起子からの発光のと考えられる。

それでCP1については,もっと詳しくその物性を測定することにした。この事に

ついては,次節以降に示す。(79頁8〜17行)


(イ) 4−2−3節 クマリン誘導体(CP1)の光励起での発光特性

「また,これらの結果から,前節のCP1のEL特性に関する結果を考察すると

次のような事が考えられる。

まず発光効率が,77Kのときは室温の場合と比べて3〜10倍向上している。

これは,燐光の量子効率が77Kに冷やすことにより向上したためではないかと考

えられる。次にEL発光スペクトルでは,77Kに冷やすと,620nmのピーク

強度比が増大している。これも,燐光の量子効率が77Kに冷やすことにより向上

したためではないかと考えられる。また,もしこれが本当なら室温でも,三重項励

起子からの発光を観測していると考えられる。(90頁13〜20行)


(ウ) 4−2−4節 クマリン誘導体(CP1)を発光層に持つ素子の発光特性

「素子構造…の両方とも,室温でも77Kにおいても,10〜50μs程度と光

励起の場合と比べて非常に短い発光寿命しか示さなかった。この様な結果となった

原因として,次のような事が考えられる。

51
これはまず,素子駆動停止直後にはまだ,再結合をしていないキャリヤがたくさ

ん残っていると考えられる。そして,この残っているキャリヤは三重項励起子と相

互作用して,三重項励起子を熱的に失活させてしまうと考えられる。この時キャリ

ヤは消滅しないので,キャリヤは再結合して消滅するまで,次々と三重項励起子を

失活させて行くと考えられる。またこのキャリヤが三重項励起子を失活させる過程

が,発光などの過程に比べて優先的に起こっていると考えられる。このため,見か

けの発光寿命が非常に短くなってしまったと考えられる。(94頁8〜18行)


(エ) 4−4節 まとめ

「本章では,燐光物質を発光層に持つ素子の発光特性の検討を行い,素子内での

三重項励起子の特性についての検討を行った。その結果以下のような事が明かとな

った。

@ CP1を発光層に用いた素子は,三重項励起子が直接EL発光している成分

もあると考えられる。

A CP1を発光層に用いた素子の発光寿命が,光励起の物と比べて非常に短い

のは,素子駆動停止直後には,まだ再結合をしていないキャリヤがたくさん存在し,

これが三重項励起子と相互作用して,これを非発光的に消滅させる過程が優先的に

起こるため,見かけの発光寿命が非常に短くなってしまったと考えられる。

…現在の方法のままでは三重項励起子から強い長発光寿命成分を取り出すのは,

キャリヤとの相互作用のため,非常に難しいと考えられる。このため,もっと新し

いタイプの燐光物質の探索および素子構造に対する検討が必要であると考えられ

る。(105頁2〜22行)


イ 被告は,前記ア(イ)及び(エ)の記載を根拠に,乙15には有機ELデバイス

において室温でリン光を発光する有機色素(CP1)が開示されている旨主張する。

しかしながら,前記ア(エ)のとおり,乙15の「まとめ」の項には,CP1が室温

でリン光発光することが見いだされたことに基づく将来的な展望は述べられておら

ず,CP1の発光寿命は非常に短いことから,現在の方法のままでは三重項励起子

52
から強い長発光寿命成分を取り出すのは,キャリヤとの相互作用のため,非常に難

しく,EL素子の発光層としては適さないと解される記載部分があり,別途,新し

いタイプのリン光物質を探索する必要性が述べられているものと理解できる。そう

すると,乙15に接した当業者であれば,CP1が有機電界発光素子の発光層とし

て使用可能な常温でリン光発光する有機色素であると認識することはないと認める

のが相当である。

(5) 甲15の記載内容

ア 証拠(甲15)によれば,甲15(Appl. Phys. Lett, 第69巻,第2号,

平成8年(1996年)7月発行,224〜226頁)には,概略,次の記載があ

る。

「発光層としてベンゾフェノン(BP)が分散されたポリ(メチルメタクリレー

ト)(PMMA)膜を有する有機多層構造発光ダイオード(LED)のエレクトロ

ルミネッセンス特性を報告する。これらのLEDのエレクトロルミネッセンス(E

L)強度は,同一電圧または同一電流密度で動作させる際に,273Kから100

Kへの降温に伴い増す。LEDのELスペクトルは…PMMA中のBPの燐光スペ

クトルと同一である。さらに,EL減衰時間は矩形電圧パルスを印加することによ

って100Kで46.8μsと決定された。これらの結果はLEDのELがBPの

三重項励起状態に起因することを示している。(224頁の要約の項)


「これまでに発表された有機LEDのほとんどは蛍光性色素や発光材料として用

いられるポリマーの一重項励起状態に起因するELである。我々の知る限りでは,

三重項励起状態分子に起因するELに関しては予備的研究しか行われていない。適

切な燐光分子を発光材料に用いた場合には,三重項励起状態分子からのELも観察

できると考えられる。

本稿では,有機LEDの三重項励起状態分子からのELに関する観察を報告する。

我々はホール輸送層,発光層,及び電子輸送層からなる多層構造有機LEDを作製

した。発光層の発光材料にはベンゾフェノン(BP)を用いた。(224頁左欄1


53
5〜29行)

「LEDはインジウム錫酸化物(ITO)でコーティングされたガラス基板上に

作製され,有機機能層を3層有する。各層は,PMPSのホール輸送/電子ブロッ

ク層,BP(10wt%)が分散されたPMMA(BP:PMMA)の発光層,P

BDの電子輸送/ホールブロック層である。(224頁右欄3〜8行)


「図2はLEDのBP:PMMA層の吸収スペクトル及びフォトルミネッセンス

(PL)スペクトルを示している。PLは100Kで測定した。420,450,

480nm付近の3つのピークはベンゾフェノン燐光の振動構造と一致している。

同じ分光器を使っても,室温では燐光はほとんど観察できない。一般的に,三重項

励起状態から一重項基底状態への無放射失活は昇温と共に支配的になるため,燐光

発光は室温では非常に弱い。(225頁左欄22〜31行)


イ 前記アによれば,甲15には,ホール輸送/電子ブロック層としてPMPS

を有し,電子輸送/ホールブロック層としてPBDを有し,発光層としてベンゾフ

ェノンが分散したポリ(メチルメタクリレート)膜を有する有機多層構造発光ダイ

オードは,100K(摂氏温度に換算すると−173℃)でリン光を示すことが記

載されているが,273K(摂氏温度に換算すると0℃)において上記有機多層構

造発光ダイオードがリン光発光すると理解できる記載はない。

また,前記アによれば,少なくとも平成8年(1996年)7月の時点では,そ

れまでに発表された有機LEDのほとんどは蛍光性色素や発光材料として用いられ

るポリマーの一重項励起状態に起因するELであって,三重項励起状態分子に起因

するELに関しては予備的研究しか行われていなかったことが認められる。

(6) 甲16の記載内容

ア 証拠(甲16)によれば,甲16(Polym. Prepr, 第38巻,第1号,平成

9年(1997年)4月発行,351〜352頁)には,概略,次の記載がある。

「Ru(bpy)3 +2ポリエステル及びPAAの35の二分子層を有するITO

/(PAA/Ru(bpy)3+2ポリエステル)/Alデバイスから生ずる光−電

54
圧及び電流−電圧曲線を図3に示す。このタイプのデバイスの外部量子効率は順方

向バイアス下では1.0%に近い。(352頁スキーム1の下1〜4行)


イ 前記アのとおり,甲16には,Ru(bpy)3+2ポリエステル薄膜とPA

A(判決注;ポリアクリル酸)薄膜が交互に35回重なったものを発光層とするE

Lデバイスが記載されていることが認められるものの,他方,甲16には,上記デ

バイスが室温でリン光発光することについては何らの記載もない。

被告は,この点について,Ru(bpy)3は,甲21のリン光発光を示すポリ

ピリジンルテニウム(U)錯体であるから,甲16にはリン光発光する有機発光デ

バイスが記載されている旨主張する。しかし,後記(9)のとおり,甲21に記載さ

れたルテニウム(U)錯体からの発光は,光励起によるリン光発光であって,電圧

を印加したことによる発光(EL発光)ではないから,甲21を根拠に,甲16に

記載されたELデバイスがリン光発光すると認定することはできない。

(7) 甲17の記載内容

ア 証拠(甲17)によれば,甲17(Chem. Mater, 第9巻,第8号,平成9

年(1997年)8月発行,1710〜1712頁)には,概略,次の記載がある。

「もう一つの方法は,まずRu錯体を合成し,そしてそれを二塩化ドデカンジオ

イルなど適当な塩化ジアシルと重合する方法である。Ru(bpy)2Cl2とU

(判決注;5,5'-ビス(ヒドロキシメチル)-2,2'-ビピリジン)との反応から,一つ

の二官能性配位子を有するルテニウム錯体Vを高い収率で作製した。有機可溶性錯

体Wを得るために複分解反応により対アニオンをCl−からPF6−に変更した。W

をClOC(CH2) 10COClと反応させ,スキーム2に示すように,Ru錯体

を含む所望のポリエステルXを得た。(1711頁スキーム2の下3〜13行)


「図2に,Ru(U)ポリエステルVから製造したITO/X/Alデバイスの

典型的な光−電圧(L−V)及び電流−電圧(I−V)曲線を示す。このデバイス

は,順バイアス下で電流密度750mA/cm2にて最大実測輝度レベル約80c

d/m2(2400nW),橙赤色の発光を示した。このデバイスの外部量子効率

55
は約0.01%(電子1つあたりの光子)であると見積もられた。(1712頁左


欄14〜22行)

イ 前記アのとおり,甲17には,Ru(bpy)3+2ポリエステルを発光層と

するELデバイスが記載されていることが認められるものの,他方,甲17には,

上記デバイスが室温でリン光発光することについては何らの記載もない。

被告は,この点について,Ru(U)錯体は,甲21のリン光発光を示すポリピ

リジンルテニウム(U)錯体であるから,甲17にはリン光発光する有機発光デバ

イスが記載されている旨主張する。しかし,後記(9)のとおり,甲21に記載され

たルテニウム(U)錯体からの発光は,光励起によるリン光発光であって,電圧を

印加したことによる発光(EL発光)ではないから,甲21を根拠に,甲17に記

載されたELデバイスがリン光発光すると認定することはできない。

(8) 甲20の記載内容

ア 証拠(甲20)によれば,甲20(Appl. Phys. Lett, 第69巻,第12号,

平成8年(1996年)9月発行,1686〜1688頁)には,概略,次の記載

がある。

「ここでは,新しい,高処理可能なルテニウムポリピリジル錯体Ru(phe

n’ 32+より作製した,いくつかの薄膜エレクトロルミネッセンスデバイスの性


質について述べる。(1686頁右欄8〜11行)


「この新しい発光材料の特徴は,単純な溶解処理技術によりデバイス品質の薄膜

に利用できることだ。例えば,単層デバイスは,Ru(phen’ 32+溶液…を


インジウムスズ酸化物(ITO)導電パターンで覆われたガラス基板上にスピンコ

ートし,続いてキャスト膜にアルミニウム電極を蒸着して用意した。…Ru(ph

en’ 32+錯体のセルフアセンブリ層でなるデバイスのL−V/I−V特性の一


例についても図1に表す。この場合負の電荷をもつRu(phen’ 32+錯体は


ポリカチオン,ポリ(エチレンアミン)(PEI)20を交互に積み重ねてセルフア

センブリして,ITO/[Ru(phen’ 32+/PEI]30/Alのデバイス


56
構造を形成した。(1687頁左欄3〜29行)


「…これらのデバイスの効率はそれほど高くない(推定量子効率はおよそ0.0

05%である)。このRu(phen’ 32+錯体を用いたデバイスの効率を向上さ


せるため,ポリ(p-フェニレンビニレン)(PPV)のセルフアセンブル層が…Ru

(phen’ 32+錯体へのホール注入を促進するために用いられたヘテロ構造デ


バイスを作製した。(1687頁左欄54行〜右欄図2の下1行)


イ 前記アによれば,甲20には,Ru(phen’ 32+錯体のみを発光層と


するELデバイス,Ru(phen’ 32+錯体の膜とポリ(エチレンアミン)の


膜が交互に重なったものを発光層とするELデバイス,及び,ホール注入層として

PPVを有しRu(phen’ 32+錯体を発光層とするELデバイスが記載され


ていることが認められるものの,他方,甲20には,上記各デバイスがリン光発光

することについては何らの記載もない。

被告は,この点について,甲21によるとポリピリジンルテニウム(U)錯体は

リン光性であるから,甲20にはリン光発光する有機発光デバイスが記載されてい

る旨主張する。しかし,後記(9)のとおり,甲21に記載されたルテニウム(U)

錯体からの発光は,光励起によるリン光発光であって,電圧を印加したことによる

発光(EL発光)ではないから,甲21を根拠に,甲20に記載されたELデバイ

スがリン光発光すると認定することはできない。

(9) 甲21の記載内容

ア 証拠(甲21)によれば,甲21(特開昭63−253225号公報)には,

概略,次の記載がある。

(ア) 問題点を解決するための手段

「本発明は発光効率が温度依存性を有し,光が照射されたとき発光する発光部分

を含む発光体と,該発光体に光を照射する手段と,該発光体からの発光の効率を温

度に変換する手段とからなる温度測定器である。(2頁左上欄6〜10行)


「本発明で使用する発光体としてはポリピリジン金属錯体が好ましく,ポリピリ

57
ジン金属錯体とは2,2'-ビピリジン,1,10-フェナントロリンなどのポリピリジンお

よびそれらの誘導体を配位子とする金属錯体の総称であり,金属としてはルテニウ

ム…などの遷位金属から選ばれたもので,特にルテニウム(U)イオンが金属イオ

ンとして選択された場合,最も感度が高く最適である。具体的にはトリス(2,2'-ビ

ピリジン)ルテニウム(U)錯体塩化物,…トリス(4,7-ジフェニル-1,10-フェナン

トロリン)ルテニウム(U)錯体過塩素酸塩などである。…光励起によって生ずる

温度検知部の発光体からの発光強度を計測することによって温度を検知するのであ

る。(2頁右上欄4行〜左下欄1行)


(イ) 作用

「本発明の作用について説明すると,例えば,ポリピリジンルテニウム(U)錯

体は一般に波長450nm付近に吸収スペクトルをもち,この付近(またはそれ以

下)の波長の光によって励起され,励起状態から基底状態へと戻る際に,ある発光

の効率をもって波長600nm付近にピークをもつ発光(厳密には蛍光ではなく燐

光が大部分を占める)を生ずる。発明者は,この発光の効率は温度の上昇とともに

直線的に減少することを見いだした。発光の強度は励起光の強度が同じであれば発

光の効率に比例するから,発光の強度を計測することによって温度が検知できるの

である。(2頁左下欄3〜14行)


「本発明の温度測定器は再現性がよく,特に室温付近では精度よく測定できる。」

(3頁左下欄10〜11行)

イ 前記アによれば,甲21には,トリス(2,2'-ビピリジン)ルテニウム(U)

錯体やトリス(4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン)ルテニウム(U)錯体が,

室温で光励起によってリン光発光(PL)することが記載されていることが認めら

れる。

(10) 甲23の記載内容

ア 証拠(甲23)によれば,甲23(Inorg. Chem, 第25巻,第22号,昭

和61年(1986年)発行,3858〜3865頁)には,概略,次の記載があ

58
る。

「一般式M(QO)n(n=3,M=Al(V),Bi(V),Rh(V),Ir

(V);n=2,M=Pt(U),Pb(U)の8-キノリノール(QOH)金属錯体

のいくつかを合成し,その特性を示した。重金属錯体(M=Pt(U),Pb(U),

Bi(V),Ir(V))は流体溶液中で長寿命(τ?2−4μs)燐光及び励起状

態吸収(ESA)を示す。(2596頁の要約の項,1〜3行)


「Pt(U)錯体及びIr(V)錯体は室温及び低温の両方で強い燐光発光を示

す点で注目に値する。 (3864頁左欄3〜5行)


イ 前記アによれば,Pt(U)錯体及びIr(V)錯体が,流体溶液中で長寿

命(τ?2−4μs)リン光及び励起状態吸収(ESA)を示すなど,室温及び低

温の両方で強いリン光発光を示した点で注目に値することが記載されているところ,

「流体溶液中で…燐光…を示す。」とある以上,ELは固体発光層に電圧を印加す

ることにより発光させる装置であるから,上記記載は,光励起による発光(PL)

を記載したものと認めるのが相当である。

したがって,甲23には,Pt(U)錯体及びIr(V)錯体が,室温で光励起

により強いリン光(PL)を示すことが記載されているものの,ELによりリン光

発光したことが記載されているものということはできない。

(11) 甲27の記載内容

ア 証拠(甲27)によれば,甲27(特開平7−12661号公報)には,概

略,次の記載がある。

「【技術分野】この発明は物体の表面と接触する酸素含有気体によるルミネセン

スの消光に基づく表面圧力測定に関する。(段落【0001】
」 )

「この発明の1つの実施例において,燐光ポルフィリンが物体の表面上に塗装さ

れる。励起した上でポルフィリンによって発光された燐光の消光は,物体の表面上

の静圧を定量的に測定するために使用される。」(段落【0007】)

「センサAの好ましい型は燐光ポルフィリンである。最も好ましいセンサAは白

59
金オクタエチルプロフィリンであり,ここではPtOEPと省略される。…PtO

EPは約650nmでの可視スペクトルの赤い領域で燐光を発する。PtOEPは

その大きい燐光量子効率(約90%)およびその長い3重項寿命(約100マイク

ロ秒)のために好ましいセンサAである。(段落【0038】
」 )

「図5は概略の画像処理シーケンスを示す。対象(2)は励起光で照射され,発

光された燐光はビデオカメラ(4)によって集められる。(段落【0059】
」 )

「【例】【器具】PtOEPを含むシリコンポリマーの薄い膜はその酸素圧力依存

性がシュテルン−フォルマーの法則に従うルミネセンスを示すという主張を証明す

るために使用される器具の概略図が図1に示される。

【材料】この調査で使用される分子圧力センサ,PtOEPはその大きい燐光量

子効率(約90%)およびその長い3重項寿命(約100μs)のために選択され

た。これらの特性は白金エチオポルフィリンのそれと類似であり,そのことはしば

らく前に報告された。分子は380nmの光で照射されるときに約650nmで燐

光を発する。

【結果】データはシュテルン−フォルマー関係(図2を見られたい)によって予

言されるようにI0/I対p/p0の間にほぼ直線状の関係を示す。切片Aおよび

傾斜Bは最小自乗当てはめによって,23℃の周囲温度で,それぞれ0.32±0.

01および0.70±0.01であると決定される。(段落【0065】〜【00


69】)

イ 前記アによれば,甲27には,白金オクタエチルプロフィリン(PtOE

P)が,23℃で光励起によりリン光(PL)を示すことが記載されていることが

認められる。

(12) 甲29の記載内容

ア 証拠(甲29)によれば,甲29(特開平5−202356号公報)には,

概略,次の記載がある。

「【特許請求の範囲

60
【請求項1】 陽極,有機化合物からなる正孔輸送層,有機化合物からなる発光

層,有機化合物からなる電子輸送層及び陰極が順に積層されてなる有機エレクトロ

ルミネッセンス素子であって,前記発光層は,バイポーラな輸送能力を有しかつ各

能力が前記正孔輸送及び電子輸送層のそれより低い有機ホスト化合物と,正孔及び

電子の再結合に応じて発光する能力のある有機ゲスト化合物とからなることを特徴

とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

「ゲスト物質の励起波長スペクトル分布とホスト物質の蛍光波長スペクトル分布

との重なり部分が大きいほど効率良く発光する。DCMをゲスト物質として発光層

を形成した場合,ドープ量が増すほど蛍光波長,励起波長共に長波長側にシフトす

る。これはDCMがエキサイマーを形成することを示している。このエキサイマー

を効率良く発光させるには,エキサイマーの励起波長スペクトル分布との重なり部

分が大きい蛍光波長スペクトル分布を有するホスト物質を選択すれば良い。(段落


【0018】)

「(実施例1) …ITOからなる陽極が形成されたガラス基板上に,各薄膜を

…積層させた。まず,ITO上に,正孔輸送層として上記TPDを…形成した。次

に,発光層としてTPD上にホスト物質の上記C540とゲスト物質の上記DCM

とを…共蒸着した。次に,発光層上に,電子輸送層として上記Alq3を…蒸着し

た。次に,電子輸送層上に陰極としてマグネシウムMgと銀Agとを異なる蒸着源

から…共蒸着した。

この様にして作成した…EL素子は,電流密度25mA/cm2時の輝度196

cd/m2,発光ピーク波長630nmであった。また,量子収率では,0.80

0%であった。(段落【0041】【0042】
」 , )

イ 前記アによれば,甲29には,正孔輸送層としてTPDを,電子輸送層とし

てAlq3をそれぞれ有し,発光層として有機ホスト化合物であるC540と有機

ゲスト化合物であるDCMからなる有機EL素子が発光したことが記載されている

ことが認められるところ,段落【0018】の記載からすれば,有機ホスト化合物

61
及び有機ゲスト化合物はいずれも蛍光性の物質であることから,上記有機EL素子

からの発光は蛍光であると認められる。

(13) 甲44及び乙27の記載内容

ア 証拠(甲44,乙27)によれば,甲44及び乙27(平成9年5月に開催

された国際会議においてTangが講演をした際に配布・使用した資料と,同資料

に聴講者が講演を聴いた際の手書きのメモが記載されたもの)には,概略,次の記

載がある。

Tangの配付資料中には,有機固体のEL発光においては,励起子の25%を

占める一重項励起状態から基底状態への遷移によって,最大EL内部量子効率が2

5%であるのに対し,励起子の75%を占める三重項励起状態から基底状態への遷

移が非放射性経路であることが記載されている(12枚目スライド5)。

また,Tangの配付資料中,有機ELにおいてAlqをホスト材料として3種

の発光材料をドープしたRGB発光体の特性が記載されたページに,聴講者が講演

を聴いた際の手書きのメモとして,PtOEPの発光波長(650nm),濃度

(c6%),半値幅(20nmFWHM),輝度(100cd/m 2 ),外部量子効

率(1.3%QEext),電力効率(0.15 lm/W)が記載されている(2

5枚目スライド31)。

イ 前記アによれば,Tangの配付資料において,有機固体のEL発光におい

ては,励起子の75%を占める三重項励起状態から基底状態への遷移が非放射性経

路,すなわち,発光を伴わない熱運動による失活であるとされていることから,三

重項からの発光(リン光発光)は存在しないものと取り扱われていることが認めら

れる。他方,Tangの配付資料中,有機ELにおいてAlqをホスト材料として

3種の発光材料をドープしたRGB発光体の特性が記載されたページに,聴講者が

講演を聴いた際の手書きのメモとして,PtOEPの発光特性が記載されているこ

とから,Tangが講演においてPtOEPをELに用いることを発表したことが

うかがわれるものの,それが常温によるものなのか,三重項励起状態からのリン光

62
発光なのかについては,何らの記載もない。

4 本件発明1に係る取消事由1についての判断

(1) 前記1のとおり,本件審決が認定する引用発明が,引用例1に記載された

発明といえるためには,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力

を発揮するまでもなく,本件優先権主張日(平成9年10月9日)当時の技術常識

に基づいて,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことができ

る程度に,引用例1にその技術事項が開示されているといえなければならない。

(2) しかるに,前記2のとおり,引用例1には,様々な表示素子の中で,2枚

の電極の間に有機色素薄膜からなる発光層を設けた構造の有機電界発光素子は,フ

ルカラーの表示素子を実現できる可能性が高く,大きな期待が寄せられているが,

有機色素分子が固体凝集状態の場合には,発光が生じにくいという問題があり,ま

た,発光波長が長波長側にシフトするという問題があるところ,少なくとも一方が

光を透過する2枚の電極間に,有機色素薄膜からなる発光層を設けた有機電界発光

素子において,前記発光層として,第1の有機色素に,該第1の有機色素の光吸収

端よりも長波長側にその光吸収端を有する第2の有機色素を,該第2の有機色素が

10モル%以下の割合となるように分散させた有機色素薄膜を使用することにより,

発光効率が高く,しかも孤立した励起状態の第2の有機色素からの発光波長特性が

得られ,素子の発光色に関する設計が容易となることを見いだしたというものであ

り,実施例としては,第1の有機色素としてアントラセンを使用し,これに,第2

の有機色素として,ペリレン,テトラセン又はペンタセンを配合して製膜した発光

層を用い,また,正孔移動層としてTPDを,電子移動層としてPVを使用して,

第1図に示す有機電界発光素子を作成したこと,この有機電界発光素子に直流電圧

を印加し,電流量を測定するとともに,発光スペクトル及びその強度を測定した結

果,直流電圧30Vで5mA/cm2の電流が流れ,最大輝度5000cd/m2

が得られたこと,発光スペクトルは,ペリレン,テトラセン,又はペンタセンの孤

立した励起一重項からの発光が主であったこと,アントラセン中にペリレンを分散

63
させたものの場合,ペリレンの添加量は0.1〜1モル%の範囲が最適であったこ

とが記載されている。しかしながら,上記実施例に示された有機電界発光素子から

得られた発光にリン光が含まれていたことについては一切記載されていない。

そして,確かに引用例1には,有機電界発光素子の発光層に常温でリン光発光す

る色素を第2の有機色素として使用した場合,発光効率が高く,しかも第2の有機

色素からの発光波長特性が得られるという技術的思想が記載されているということ

はできるものの,引用例1には,「常温でもリン光が観測される有機色素があり,

これを第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態

のエネルギーを効率よく利用することができる。このような有機色素としては,カ

ルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲンなどの重

元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度を速め,非

発光速度を低下させる作用を有する。」という程度の記載しかなく,「常温でリン光

を発光する有機電界発光素子」に該当する化学物質の具体的構成等,上記技術的思

想を実施し得るに足りる技術事項について何らかの説明をしているものでもない。

(3) また,本件優先権主張日当時,有機ELデバイスにおいて,いかなる化学

物質が,常温でもリン光が観測される有機色素として第2の有機色素に選択され,

この第2の有機色素が,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態からエネルギ

ーを受け取り,励起三重項状態に励起して,この励起三重項状態から基底状態に遷

移する際に室温でリン光を発光するのかが,当業者の技術常識として解明されてい

たと認めるに足りる証拠もない。

そして,被告が本件優先権主張日当時において「常温でリン光を発光する有機電

界発光素子」が知られていたことの根拠として挙げる各文献(甲12ないし17,

20,21,23,27,29,44,乙15,27)の記載内容は,前記3のと

おりであるから,上記各文献によっても,本件優先権主張日当時,常温でリン光を

発光する有機電界発光素子が当業者の技術常識として解明されていたと認めるには

足りない。

64
すなわち,上記各文献のうち,有機電解発光素子がリン光発光することを開示す

るものは,発光層として(Eu0.1Gd0.9)(TTA)3(TPPO)2及び2-(4-

ビフェニル)-5-(4-t-ブチルフェニルイル)-1,3,4-オキサジアゾールが分散したポ

リ(N-ビニルカルバゾール)膜を有するもの(甲12),発光層としてクマリン色素

を有するもの(甲13),発光層としてBB又はCP1を有するもの(甲14),及

び発光層としてベンゾフェノンが分散したポリ(メチルメタクリレート)膜を有す

るもの(甲15)であるが,いずれも極めて低温での発光である。また,乙15に

ついては,CP1が室温でリン光発光することが見いだされたことに基づく将来的

な展望は述べられておらず,CP1の発光寿命は非常に短いことから,現在の方法

のままでは三重項励起子から強い長発光寿命成分を取り出すのは,キャリヤとの相

互作用のため,非常に難しく,EL素子の発光層としては適さないと解される記載

部分があり,別途,新しいタイプのリン光物質を探索する必要性が述べられている

ものと理解できることから,乙15に接した当業者であれば,CP1が有機電界発

光素子の発光層として使用可能な常温でリン光発光する有機色素であると認識する

ことはないと認められることは前記3(4)イのとおりである。さらに,甲44及び

乙27については,平成9年5月に開催された国際会議においてTangが講演を

した際に,有機固体のEL発光においては,励起子の75%を占める三重項励起状

態から基底状態への遷移が非放射性経路として発光を伴わない熱運動による失活で

あるとされ,三重項からの発光(リン光発光)は存在しないものと取り扱われてい

ること,他方,Tangが同講演においてPtOEPをELに用いることを発表し

たことがうかがわれるものの,それが常温によるものなのか,三重項励起状態から

のリン光発光なのかについて何らの記載もないことは前記3(13)イのとおりであっ

て,少なくとも,甲44及び乙27は,本件優先権主張日当時,常温でリン光を発

光する有機電界発光素子が当業者の技術常識として解明されていたことの根拠とな

るものではない。

さらに,甲21,23,27には室温で光励起によってリン光を発光(PL)す

65
ることが記載されているものの,光励起によるリン光発光についての技術が,それ

とは発光に至るまでの原理の異なる有機電界発光素子における技術に直ちに適用可

能であるという技術常識の存在を認めるに足りる証拠はないから,上記各文献に室

温で電圧印加による発光(EL)が記載されているということはできない。被告は,

この点について,PLとELが密接な関係を有することは技術常識であるから,P

L発光を示す物質を有機ELデバイスに用いたとしてもEL発光を生じさせるのが

困難であるということはない旨主張するが,光励起によりリン光を発する物質を有

機電界発光素子の発光層に使用した場合に室温でリン光発光したことは,被告が提

示する本件優先権主張日前のいずれの証拠にも示されていない。したがって,PL

とELに密接な関係を有する部分が存在するとしても,それだけでは,光励起によ

るリン光発光についての技術事項であれば,有機電界発光素子からの発光に適用す

ることができるということはできず,まして本件優先権主張日当時にかかる技術常

識があるということもできない。

さらに,上記文献中,甲16及び17記載のELデバイスが室温でリン光発光す

ることについては何らの記載もないことは前記3(6)イ及び(7)イのとおりであり,

甲20記載のELデバイスがリン光発光することについては何らの記載もないこと

は前記3(8)イのとおりであり,甲29記載のELデバイスからの発光は蛍光であ

ると認められることは前記3(12)イのとおりである。

結局,常温でリン光発光する有機電解発光素子を開示する証拠はなく,本件優先

権主張日当時,有機ELデバイスの発光層に使用される有機色素であって常温でリ

ン光発光する有機色素の存在が当業者の技術常識として確立していたということは

できない。

(4) そうすると,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を

発揮するまでもなく,本件優先権主張日当時の技術常識に基づいて,「常温でリン

光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことができる程度に,引用例1にその

技術事項が開示されているということはできない。

66
(5) 被告の主張について

ア 被告は,引用例1には,「@常温では励起三重項状態からの発光過程(リン

光)が生じにくいため,理論発光効率が低下する。…これらが原因となって,有機

電界発光素子の実現を困難にしていた。これに対して,本発明では,第1の有機色

素中に第2の有機色素を分散させることにより,これらの問題を解消して発光効率

を向上することができる。すなわち,@については,常温でもリン光が観測される

有機色素があり,これを第2の有機色素として用いることにより,第1の有機色素

の励起三重項状態のエネルギーを効率よく利用することができる。このような有機

色素としては,カルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,

ハロゲンなどの重元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発

光速度を速め,非発光速度を低下させる作用を有する。」などの記載があることを

根拠に,引用例1では,有機電界発光素子において,常温で励起三重項状態からの

リン光が生じにくいため,理論発光効率が低下することを課題とし,第1の有機色

素に常温でリン光発光する第2の有機色素を分散させることで発光効率を向上させ

るという解決方法を開示し,第2の有機色素として,特に常温でリン光発光する有

機色素を用いることにより,第1の有機色素の励起三重項状態のエネルギーを効率

よく利用して常温でリン光発光することができることが記載されているから,引用

例1には「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されているといえる

旨主張する。

しかし,本件優先権主張日当時,常温でリン光を発光する有機電界発光素子の存

在が技術常識として確立していたといえないことは前記(3)のとおりであるところ,

さらに,常温でリン光を発光する有機電界発光素子の存在が公知であったことを認

めるに足りる証拠もない。そうすると,引用例1の出願当時(平成1年(1989

年)3月31日)においても,常温でリン光を発光する有機電界発光素子が公知で

あったということもできない。そうすると,被告が上記主張において指摘する引用

例1の「常温でもリン光が観測される有機色素があり,…。このような有機色素と

67
しては,カルボニル基を有するもの,水素が重水素に置換されているもの,ハロゲ

ンなどの重元素を含むものなどがある。これらの置換基はいずれもリン光発光速度

を速め,非発光速度を低下させる作用を有する。」との記載は,引用例1の出願前

に公知であった,甲21(昭和63年発行)及び甲23(昭和61年(1986

年)発行)に記載された,光励起によるリン光発光(PL)についての技術事項を

述べたものと認めるのが相当である。そして,前記(3)のとおり,光励起によるリ

ン光発光についての技術が,それとは発光に至るまでの原理の異なる有機電界発光

素子における技術に直ちに適用可能であるという技術常識の存在を認めるに足りる

証拠はないから,上記各文献に室温で電圧印加による発光(EL)が記載されてい

るということもできない。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

イ 被告は,本件優先権主張日当時,リン光を有機ELデバイスに利用する技術

思想が知られていたこと(甲12ないし15,44(乙27),乙15),第2の有

機色素を第1の有機色素に分散させ,第2の有機色素から発光させる有機ELデバ

イスが知られていたこと(甲11,12,15,29)から,引用例1に接した当

業者は,引用例1において,第2の有機色素に常温でリン光発光する有機色素を用

いた場合,第2の有機色素は常温でリン光を発光することが記載されていると認定

できる旨主張する。

しかし,引用例1に,常温でリン光を発光する有機電界発光素子の発明が記載さ

れているか否かの判断において問題となるのは,前記(1)のとおり,本件優先権

張日当時,有機電界発光素子の発光層に使用される有機色素であって常温でリン光

発光する有機色素が存在するということが当業者の技術常識として確立していたか,

すなわち,有機ELデバイスの発光層に使用される有機色素であって常温でリン光

発光する有機色素の存在が当業者の技術常識であったか否かであって,仮に本件優

先権主張日当時,上記の事項が知られていたとの被告の主張が,当該各事項が公知

の技術であるとの趣旨にとどまるものであるならば,それだけでは,引用例1に常

68
温でリン光を発光する有機電界発光素子の発明が記載されているということはでき

ないから,被告の主張は失当というほかない。この点をおいても,前記(3)のとお

り,被告が主張の根拠として挙げる上記各証拠によっては,本件優先権主張日当時,

有機電界発光素子の発光層に使用される有機色素であって常温でリン光発光する有

機色素が存在するということが当業者の技術常識として確立していたと認めること

はできない。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

ウ 被告は,原告らが,本件特許の審査段階において,平成16年11月10日

付けのFAX(乙2)で,引用例1について「4頁左欄8行から5頁右下欄3行ま

での記載においては,常温でのリン光の観測しか問題にしておりません。当該有機

電界発光素子の作動環境は常温以外に考えられません。」と主張したことが,引用

例1に「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」の発明が記載されていること

を裏付けるものである旨主張する。

被告がその主張において摘示する乙2の上記記載部分は,「2.『周囲環境温度』

について」の項目中の記載であり,また,上記記載部分に続けて,「一方,本件明

細書の段落番号0060には,…と記載されております。ここでは従来の装置との

比較を問題としておりますので,同条件下における比較であることは当然であり,

従来の装置の作動環境が甲11に記載のように常温以外には考えられない以上,周

囲の環境条件もまた常温と理解せざるを得ないと思います。上記の記載を合わせ考

慮しますと,OLEDの作動環境が,特に断りのない限りは周囲の環境条件=常温

であることは明らかであります。」と記載されていることから,引用例1に記載さ

れた有機電界発光素子の作動環境における温度条件が常温であることを説明してい

るものと認められる。しかして,前記(2)及び(3)のとおり,本件優先権主張日当時,

有機電界発光素子の発光層に使用される有機色素であって常温でリン光を発光する

性質のある有機色素が存在することが当業者の技術常識として確立していたとは認

められない以上,引用例1に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮

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するまでもなく,「常温でリン光を発光する有機電界発光素子」を見いだすことが

できる程度に,引用例1にその技術事項が開示されているということはできないか

ら,被告主張に係る乙2の上記記載部分を根拠として,引用例1に常温でリン光を

発光する有機電界発光素子の発明が記載されているとする被告の上記主張は失当で

ある。

エ 被告は,仮に,引用例1に「常温でリン光発光する有機電界発光素子」が記

載されているか不明であるとしても,引用例1の「第2の有機色素」に,室温でリ

ン光発光を示すことが記載されている甲21のRu錯体,甲23のIr錯体及び甲

27のPt錯体を用いた場合,常温でリン光発光する有機電界発光素子となること

を当業者は十分に予測可能である旨主張する。

しかし,本件審決は,「常温でリン光発光する有機電界発光素子」が記載されて

いることを引用発明と本件発明1との一致点であると認定したのであって,この点

を相違点とした上で当該相違点についての判断をしたものではないから,被告の上

記主張は本件審決が何ら審理判断していない事項についての主張であって,主張自

体失当である。

(6) 以上の検討によれば,引用例1に,「常温でもリン光が観測される有機色

素があり,これを第2の有機色素として用いることにより,電極に電圧を印加する

ことによって,第2の有機色素は,第1の有機色素の非放射性の励起三重項状態か

ら励起エネルギーを受け取って励起三重項状態となり,かつ励起三重項状態から常

温でリン光を発光する有機電界発光素子」が記載されていると認定し,「前記発光

層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパント

として用いられる燐光材料とからなり,前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,

前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐

光材料の三重項励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項励

起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」である点で一致

するとした本件審決は誤りであり,上記の点は,少なくとも本件発明1との相違点

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であるというべきである。そのため,本件審決には,上記相違点を看過し,当該相

違点についての判断を遺脱した違法があるから,取り消されなければならない。

したがって,本件発明1に係る原告ら主張の取消事由1には理由がある。

5 本件発明2ないし6,9及び10に係る取消事由1についての判断

本件発明2ないし6,9及び10は,本件発明1の請求項を引用する従属項であ

るから,本件発明1について前記で説示した内容は,すべて本件発明2ないし6,

9及び10についても妥当する。したがって,本件発明2ないし6,9及び10に

係る原告ら主張の取消事由1には理由がある。

6 結論

以上によれば,原告ら主張の取消事由1は理由があるから,取消事由2ないし5

について検討するまでもなく,本件審決は取消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 富 田 善 範




裁判官 大 鷹 一 郎




裁判官 田 中 芳 樹




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