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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10775審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ90審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  クレーム /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 360号 審決取消請求事件
原告 オーケー化成株式会社
同訴訟代理人弁護士 湊谷秀光
同 弁理士 鈴木崇生
同 尾崎雄三
同 梶崎弘一
同 井澤洵
被告P
同訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 岩井秀生
同 歌門章二
同 安藤克則
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が、無効2002−35348号及び無効2002−35361号事件について、平成15年7月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 被告は、発明の名称を「着色剤」とする特許第1987690号(平成5年3月17日出願、特願平5-57191号、平成7年11月8日設定登録。)の特許権(以下「本件特許」という。)を有している。
本件特許の請求項1及び2に係る特許について、平成14年8月22日に訴外株式会社中部パイル工業所から特許無効審判が請求され(無効2002-35348号事件)、また、平成14年8月29日に原告からも特許無効審判が請求され(無効2002-35361号事件)、特許庁は、両請求を併合して審理した(被告も訂正請求を行った。以下「本件訂正」という。)結果、平成15年7月4日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月16日、原告に送達された。
(2) 本件訂正により、本件特許の訂正前の請求項1は減縮され、請求項2は削除されたので、本件特許に係る発明(以下「本件発明」という。)の要旨は、本件審決に記載された、以下のとおりである。
【請求項1】未染色または染色された繊維径5〜100μm、繊維長0.1〜2mmの有機繊維を素材とし、帯電防止剤と滑剤を両者併用した処理剤で表面処理した前記有機繊維からなる模様現出用着色剤。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、@本件発明が、証拠方法6(特開昭53-63442号公報、甲9、以下「引用例9」という。)に記載された発明(以下「引用発明9」という。)と証拠方法7(飯沼憲政著「フロック加工の実際(初版第2刷)」株式会社高分子刊行会(昭和60年2月10日発行)p.1、97、104、105、111〜114、119、122、123、126〜137、157〜160、甲10)、証拠方法8(証拠方法1と同じ。特開平4-146266号公報、甲4)、証拠方法9(株式会社金原パイル工業の証明書、甲11)、証拠方法10(水口寿生編「珪素の化学工業」化学工業時報社出版部(昭和59年11月10日発行)p.47〜51、61〜63、甲12)及び証拠方法11(「合成樹脂工業 4/90 VOL.37.No.4」株式会社合成樹脂工業新聞社(平成2年4月10日発行)p.174〜175、甲13)に記載された内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの主張に対して、本件発明は、引用発明9と証拠方法7〜11に記載された内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできず、A本件発明が、証拠方法12(特開平3-12435号公報、甲14)、又は証拠方法13(証拠方法4と同じ。米国特許第5187202号明細書、甲7の1、2、乙5、以下、これらをまとめて「引用例7」という。)に記載された発明(以下「引用発明7」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの主張に対して、本件発明は、証拠方法12又は13に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない、B出願当初の明細書の段落番号0018の記載は、本件特許の請求項1の記載と矛盾し、特許法36条4項に規定する要件を満足するものでないとの主張に対して、同明細書の当該記載は、本件訂正より訂正され、上記矛盾点は解消した、C平成10年9月1日付けの訂正に係る明細書の段落番号0017に記載の「外部滑剤」を「滑剤」とする訂正は、証拠方法14(牧廣他著「図解プラスチック用語辞典」株式会社日刊工業新聞社(昭和59年1月31日初版2刷発行)p.109、甲15)、証拠方法15(「マグローヒル 科学技術用語大事典 第3版」株式会社日刊工業新聞社(1996年9月30日発行)p.298、
甲16)の記載からみて、特許請求の範囲拡張するものであるから、平成6年法改正前の特許法126条2項の規定に違反してなされたものであるとの主張に対して、当該訂正は、明瞭でない記載釈明に該当し、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内であり、実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものでない、
とそれぞれ判断し、原告の主張及び証拠方法によって本件特許を無効にすることはできないとしたものである。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、引用発明7の認定を誤った結果、同発明に基づく本件発明の容易想到性に関する判断等を誤り(取消事由1、上記無効主張Aに対応する。)、また、引用発明9の認定を誤った結果、同発明に基づく本件発明の容易想到性に関する判断も誤った(取消事由2、上記無効主張@に対応する。)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 引用発明7に基づく容易想到性判断等の誤り(取消事由1) ア 本件発明と引用発明7との相違点の誤認について 本件審決が、引用発明7について、「「熱可塑性支持体に模造石効果を与えるためのコンセントレート」と記載され、「約10〜125ミルの長さおよび約1〜約25デニールの繊度を有するセルロース短繊維またはフロック、・・・とを含む添加剤コンセントレート」と記載されているから、証拠方法4(注、引用例7)には、本件特許発明の前記有機短繊維を模造石効果を与えるための添加剤として用いることが記載されているといえる。」(19頁)と認定したことは、正当であるが、「しかし、前記添加剤は、前記有機繊維とキャリヤーと分散補助剤(シリコーン液、グリセロール可塑剤、エポキシ可塑剤、脂肪酸の金属塩、ワックス、およびこれらの2つまたはそれ以上の混合物から選ばれる少なくとも1つ)と他の任意の添加成分(充填剤、補強材料、難燃剤、UV安定剤、酸化防止剤、顔料、染料、帯電防止剤、離型剤等)を含むコンセントレートとして使用されるというもので、通常の混合装置や押出し装置により製造され、ペレットで例示される、一体化された均質な混合物として使用するとされるものであり、表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することを示唆するものでもない。」(同頁)と認定判断したことは、誤りである。
すなわち、本件発明の構成は、「[A]未染色又は染色された繊維径5〜100μm、繊維長0.1〜2mmの有機繊維を素材とし、[B]帯電防止剤と滑剤を併用した処理剤で表面処理した前記有機繊維からなる[C]模様現出用着色剤」であるところ、本件審決は、上記のとおり、本件発明の構成[A]及び[C]は引用例7に記載されているが、構成[B]は記載も示唆もされていないとするものであり、この相違点に関する認定は、以下のとおり誤りである。
@ 本件発明の構成Bは、製造方法を特定したもので、プロダクトバイプロセスクレームであるから、審査基準及び判例によれば、最終的に得られた生産物の構成により対比判断されるべきであり、「帯電防止剤と滑剤とが付着した有機繊維からなる」と解釈される。
A これに対し、引用例7には、[i]セルロース短繊維と、シリコーン液、グリセロール可塑剤、エポキシ可塑剤、脂肪酸の金属塩(金属石けん)、ワックス及びこれらの2つ又はそれ以上の混合物から選ばれる少なくとも1つの分散補助剤からなるコンセントレート(短繊維と滑剤との2成分混合物;担体(A)=0%の場合)と[A][i]のコンセントレートに、更に他の任意の添加成分(充填剤、補強剤、難燃剤、UV安定剤、酸化防止剤、顔料、染料、帯電防止剤、離型剤等)を含むコンセントレート(短繊維、滑剤、顔料や充填剤との3成分以上の混合物;担体(A)を含有する場合)が記載されており、シリコーン液、脂肪酸の金属塩(金属石けん)、ワックスは、本件特許に係る特許公報(甲2、以下「本件公報」という。)に記載された滑剤(2頁【0017】)と一致する。
また、引用例7には、帯電防止剤について直接の記載はないが、その発明の詳細な説明には、Claremont Flock社(以下「Claremont社」という。)製の市販のレーヨン繊維が好適なフロックとして例示され、実施例において、Vertipile製品が使用されている(Example l-5)ところ、同社のホームページ(甲21、以下「本件ホームページ」という。)によると、同社Vertipile部門は、引用例7の出願前(1980年代)には、既にフロック加工用の短繊維を製造販売していたものと認められる。そして、技術文献(甲10、株式会社高分子刊行会昭和60年2月10日初版第2刷発行、飯沼憲政著・新高分子文庫17「フロック加工の実際」、以下「本件技術文献」という。)によれば、本件特許出願前において、少なくとも帯電防止剤を付着処理することは、フロック加工用短繊維の処理における周知慣用技術であることが明らかである。そうすると、引用例7に記載されたClaremont社Vertipile部門から入手したレーヨン短繊維は、少なくとも帯電防止剤が付着したものとして記載されているに等しいといえる。
B 以上のとおり、引用例7には、少なくとも帯電防止剤を付着処理した短繊維と滑剤、必要に応じて顔料や充填剤を混合したコンセントレートが記載されていることになり、帯電防止剤が付着した有機短繊維と本件発明に滑剤として記載されているシリコーン液、脂肪酸の金属塩、ワックス等を混合すると、有機短繊維には、帯電防止剤に加えて滑剤も付着するから、本件発明の構成[B]は、引用発明7の構成と一致するか、少なくともこれに基づいて当業者が容易に想到し得るものである。
したがって、本件審決の前記判断は、本来、一致点とすべきところを相違点と誤認したものである。
C また、本件審決の、「通常の混合装置や押出し装置により製造され、
ペレットで例示される、一体化された均質な混合物として使用するとされるものであり、表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することを示唆するものでもない。」との判断(19頁)も、明らかに誤りである。
なぜなら、引用発明7のクレーム1には、有機短繊維と分散補助剤(滑剤)のみの混合物(コンセントレート)も記載されているので、まさに「有機短繊維を模様現出用着色剤として使用すること」が示唆されている。
しかも、引用例7には、「1つの実施形態において、本発明の添加物は、ドライカラーとして調製される。」(甲7の1、1頁)との記載とともに、
「他の実施形態において、本発明の添加物はペレット状高濃度配合物として調製される。ペレット状高濃度配合物において、担体(A)は熱可塑性プラスティックであり」(同)と記載されているから、本件審決の「ペレットで例示される、一体化された均質な混合物として使用するとされるもの」との判断は、引用例7には分散補助剤と粉末状態である短繊維、必要に応じて顔料や充填剤を混合した場合(ドライカラー)と、これらの混合物に更に熱可塑性樹脂を混合したペレット状高濃度配合物の場合の2種類のものが開示されているにもかかわらず、前者のドライカラーの場合を無視したものである。
イ 本件発明と引用発明7との作用効果の認定誤りについて 本件審決が、引用発明7の作用効果に関して、「証拠方法4には、前記有機繊維を帯電防止剤と滑剤で表面処理したときに、どのような効果がもたらされるかについて記載するところはないから、証拠方法4が、本件特許発明効果を示唆しているとすることはできない。してみると、証拠方法4が・・・本件特許発明効果を示唆しているとすることはできない。」(19〜20頁)と認定判断したこと、証拠方法12(注、本訴甲14)及び13(注、証拠方法4と同じ。)に基づく容易想到の主張に対して、「証拠方法13は、証拠方法4と同じものであり、前記したとおりの理由で、有機繊維を界面活性剤と滑剤で後処理して模様現出用着色剤とすることを示唆するものでない。」(22頁)、「本件特許発明は、証拠方法12、13から示唆されない前記構成を採用することにより、前記した本件特許発明効果を奏するものである。」(22〜23頁)と認定判断したことは、いずれも誤りである。
すなわち、引用発明7のコンセントレートは、短繊維に前記したように帯電防止剤が付着しているに等しいものであるから、静電気に基づく問題は解決されて槽壁に付着するものではなく、また、配合された分散補助剤であって混合により短繊維に付着する滑剤により、短繊維の凝集塊発生防止という効果も当然に発揮される。つまり、引用発明7のコンセントレート中の短繊維は、静電気を帯びて槽壁に付着するものではなく、樹脂との混合において凝集粒子を発生するものでもない。これに対し、本件発明の効果は、単に帯電防止剤の効果と滑剤の効果の足し算にすぎず、引用発明7と同じ効果を奏するものと推認される。
したがって、本件審決の上記判断は、この引用発明7が有する作用効果を看過したものである。
(2) 引用発明9に基づく容易想到性判断の誤り(取消事由2) 本件審決が、「本件特許発明は、証拠方法6に記載された発明(注、引用発明9)と証拠方法7〜11に記載された内容に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできず」(22頁)と認定判断したことも、誤りといわなければならない。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1について ア 本件発明と引用発明7との相違点の誤認について 本件審決は、引用発明7について、表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することを示唆するものではないと判断するところ、同発明には、成分の各々をミキサーに入れ、表面処理された有機短繊維を分離することなくブレンドして押し出し、直ちに最終製品を得る実施形態が開示されているのみであるから、上記判断に誤りはない(なお、引用発明7の任意成分の1つに「帯電防止剤」が挙げられていることは認めるが、これは、成形品のホコリ防止として添加されているものであり、繊維の表面処理剤として挙げられているとみることはできない。)。
原告は、引用例7の実施例においてVertipileが使用されていると主張するが、訳文が提出されていないし、実施例に用いられたVertipileに帯電防止剤が付着していたという証拠はない。また、本件ホームページには、Claremont社の沿革と一般的なフロックの語義が脈絡なく記載されているのみであるから、本件審決の判断に影響はない。そもそも、本件技術文献にVertipileは記載されていないから、引用例7及び本件ホームページと本件技術文献とを結びつけることは後知恵である。
仮に、実施例に用いられたVertipileに帯電防止剤が付着していたとしても、引用例7は、帯電防止剤の付着の有無による効果の相違を認識していないから、そもそも発明が記載されているとはいえない。
また、原告は、引用例7のクレーム1には有機短繊維と分散補助剤のみの混合物が記載されていると主張するが、原語“comprising”は、米国実務においていわゆる「開放」クレームを導く接続部であり、記載した構成要件が製品又は方法の一部にすぎないとするものである(乙22)から、その他の成分は全く含まないとの上記主張は、誤りである。本件審決が述べるとおり、引用発明7は、有機繊維と分散補助剤とを含むコンセントレートとして使用され、一体化された均質な混合物として使用されるにすぎない(19頁)から、表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することは、引用例7のクレーム1には全く記載されていない。
なお、仮に、引用例7に無機充填剤のキャリヤーが0重量%の場合が開示されているとしても、引用発明7は、表面処理(そもそも表面処理されていないと思料する。)と模様現出の時間的前後関係が不明である上、その実施例からみて、将来的に模様現出用着色剤として使用されるものではなく、そのまま用途に応じて成形して製品となるものであり、表面処理と模様現出との中間に独立したものとして存在する本件発明とは異なる。
さらに、原告は、引用例7の解釈に関し、「さらに他の任意の添加成分・・・を含むコンセントレート」を、担体(A)成分を含有する場合であると述べ、他の任意の添加成分とは担体(A)成分のことであると主張するが、原告がいう「担体」は、原語では“carrier”であり、本件審決では「キャリヤー」と表現しており、「他の任意の添加成分」とは区別されている(19頁)。引用例7においても、“carrier”(キャリヤー)の具体例が説明されるとともに、「他の任意の添加成分」(原語では、 “other conventional ingredients”)も説明されており、それらは区別して使用されている。したがって、「他の任意の添加成分」が担体(A)成分(キャリヤー)であるとした原告の主張は、誤りである。
また、本件技術文献に基づいて、引用発明7のフロックは、帯電防止剤が付着されたものであると認定することもできない。なぜなら、同文献に記載された、フロック又は植毛パイルは、電着処理のための帯電防止等の処理後の短繊維を意味するものではないからである。そもそも、同文献は、電着処理の前提となる全体条件を開示するものであって、帯電防止処理だけを示すものではなく、電着処理の前提の一部である電気伝導度や水分率の調製などの条件は、模様現出用着色剤の分野とは相入れないものである。
しかも、同文献の前提となる静電植毛用パイルの技術分野においては、
被着色材料と混合機で攪拌するような工程が存在しないのであるから、本件発明のような短繊維が「静電気を発生して混合機の槽壁に強力に付着する」という技術課題がなく、その記載を引用発明7のフロックに転用する示唆がない。そもそも、静電植毛用パイルの技術分野では、パイルに静電気を帯びさせて空中に飛昇させ、基材に落下させて接着させるのであり、完全に帯電を防止したのでは植毛用の意味をなさないのであり、模様現出用着色剤の分野とは、根本的に異なるのである。
イ 本件発明と引用発明7との作用効果の認定誤りについて 審判事件答弁書(乙1)に添付した試験報告書(乙2、以下「本件報告書」という。)等から明らかなとおり、本件発明の効果は、帯電防止剤の効果と滑剤の効果の単なる足し算ではない(乙13〜21参照)。
すなわち、本件報告書によれば、繊維表面を帯電防止剤と滑剤を両者併用した処理剤で処理した場合(実験番号1、本件発明)には、糸玉は発生せず、混合機槽壁への付着もなく、被着色基材はランダムに分散した点描画風に着色したのに対し、滑剤を使用しなかった場合(実験番号2)及び帯電防止剤も滑剤も使用しなかった場合(実験番号3)には、糸玉が発生し、被着色基材はランダムに分散した点描画風には着色しなかったから、帯電防止剤と滑剤を併用することにより初めて所定の効果が得られ、この効果は予期し得ないものである。
また、繊維をあらかじめ前処理した後に被着色基材に添加することが必須である点(処理剤、繊維及び被着色基材を一度に混合しても効果のないこと)も、上記報告書の実験データのとおりである。すなわち、滑剤を後添加した場合(実験番号4、滑剤は処理剤での繊維表面処理時には使用せず、被着色基材との混合時に添加した場合)には、糸玉が発生し、混合機槽壁へ付着してしまい、被着色基材はランダムに分散した点描画風には着色しなかった。さらに、引用発明7のクレーム1の追試として、帯電処理剤を使用せず、滑剤を後添加した場合(実験番号5)や、同発明の実施例1に対応する配合品を試験しても、配合の際に糸玉が発生し、被着色基材はランダムに分散した点描画風には着色しなかった(乙19)。
また、本件公報の記載(甲2、13頁【0062】)によれば、帯電防止剤の効果は、被着色基剤と混合機で攪拌したとき、添加された帯電防止剤によって、有機繊維に静電気が発生し難いので、混合機の槽壁に付着せず、添加効果が改善されるのであるから、本件発明においては、単に点描画風の色調で着色できる優れた装飾性のある着色剤が得られるという効果に止まらず、更に「添加効率が改善されて」点描画風の色調で着色できるという効果も奏するものであり、このような効果は、単なる相加効果を超えた相乗効果と評し得るものである。
以上のとおり、本件発明の効果は、帯電防止剤の効果と滑剤の効果の単なる足し算ではないから、本件審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2について 本件発明が、引用発明9と甲4及び甲10〜13(証拠方法7〜11)の内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとの本件審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 引用発明7に基づく容易想到性判断等の誤り(取消事由1)について (1) 引用発明7につき、本件審決の認定のとおり、「「熱可塑性支持体に模造石効果を与えるためのコンセントレート」と記載され、「約10〜125ミルの長さおよび約1〜約25デニールの繊度を有するセルロース短繊維またはフロック、・・・とを含む添加剤コンセントレート」と記載されているから、証拠方法4には、本件特許発明の前記有機短繊維を模造石効果を与えるための添加剤として用いることが記載されているといえる」(19頁)ことは、当事者間に争いがない。
したがって、引用発明7の添加剤コンセントレートは、熱可塑性樹脂に模造石効果を与えるためのものとして、本件発明の合成樹脂等の模様現出用着色剤に相当するものと認められる。また、引用発明7の分散補助剤には、「シリコーン液、グリセロール可塑剤、エポキシ可塑剤、脂肪酸の金属塩、ワックス」が具体的に例示されている(乙5、7〜8頁)ことは、本件審決も認定しており(19頁)、それは、本件発明の着色剤の成分とされる滑剤の具体例として挙げられている「脂肪酸またはその塩、高級脂肪族アルコール、脂肪族アマイド、金属石鹸、またはシリコーンオイル、フッ素オイル、植物油、鉱油、合成油」(甲2、【0017】段落)と、少なくともシリコーン液、脂肪酸の金属塩で重複する範囲の成分であるものと認められる(本件審決も、本件発明の滑剤に相当する分散補助剤が引用発明7に使用されていることを、事実上認めているものと解される。)。
(2)ア 本件発明と引用発明7との相違点の誤認として、原告は、本件審決が、
引用発明7について、「通常の混合装置や押出し装置により製造され、ペレットで例示される、一体化された均質な混合物として使用するとされるものであり、表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することを示唆するものでもない。」(19頁)と認定判断したことは、誤りであると主張するので、
以下検討する。
イ 引用例7(乙5)には、「【発明の詳細な説明】本発明によって、熱可塑性樹脂に模造石の外見を与えるのに有効であって、(A)約80重量%までの少なくとも1つのキャリヤー;(B)少なくとも約50重量%のセルロース短繊維またはフロック;および(C)約10重量%までの少なくとも1つの分散補助剤、を含む添加剤が供される。1つの実施形態において、本発明の添加物は、ドライカラーコンセントレートとして調製される。このようなコンセントレートにおいて、キャリヤー(A)は一般的には、無機充填剤、例えば炭酸カルシウム、カオリン、長石、あられ石、シリカ、タルク、これらの1つまたはそれ以上の混合物等である。
本発明のドライカラーコンセントレートは一般的に、キャリヤー(A)として0〜約50重量%までの無機充填剤、より多くの場合、約15〜30重量%を含んでいる。もう1つの実施態様において、本発明の添加剤は、ペレット化コンセントレートとして調製される。このペレット化コンセントレートにおいて、キャリヤー(A)は、少なくとも約20重量%であって約80重量%まで、より多くの場合、
約30重量%〜約60重量%、通常は約45重量%〜約60重量%の量でこのコンセントレート中に存在する熱可塑性樹脂である。」(5〜6頁)と記載されている。また、実施例1〜5においては、セルロース短繊維又はフロックと分散補助剤を含み、更に熱可塑性樹脂のキャリヤーを含有するペレット化コンセントレートである、第2の実施態様のみが示されている(12〜14頁)。
上記の記載によれば、引用発明7において、模造石の外見を与えるためのコンセントレートには、@キャリヤー(担体)が無機充填剤で、その割合が0〜約50重量%のドライカラーコンセントレートと、Aキャリヤーが熱可塑性樹脂で、その割合が約20〜約80重量%のペレット化コンセントレートの2つの態様が開示されており、第1の態様では、キャリヤーがない場合(キャリヤーが0重量%の場合で、セルロース短繊維又はフロックと分散補助剤からなる添加剤)も含まれているものと認められる。
そうすると、本件審決が、「前記添加剤は、前記有機繊維とキャリヤーと分散補助剤(・・・)と他の任意の添加成分(・・・)を含むコンセントレートとして使用されるというもので、通常の混合装置や押出し装置により製造され、ペレットで例示される、一体化された均質な混合物として使用するとされるもの」と認定したものは、上記第2の態様に関するものと認められるが、引用発明7の発明の詳細な説明には、前示のとおり、第1、第2の2つの実施態様が明示されており、この第1の態様は、セルロース短繊維又はフロックと分散補助剤からなる模造石効果を与えるための添加剤であるから、本件審決が、上記説示に続いて、「表面処理された有機短繊維を分離して模様現出用着色剤として使用することを示唆するものでもない」と判断したことは、明白な誤りといわなければならない。
ウ この点に関して、被告は、引用例7に無機充填剤のキャリヤーが0重量%の場合が開示されているとしても、引用発明7は、表面処理と模様現出の時間的前後関係が不明である上、その実施例からみて、将来的に模様現出用着色剤として使用されるものではなく、そのまま用途に応じて成形して製品となるものであり、
表面処理と模様現出との中間に独立したものとして存在する本件発明とは異なると主張する。
しかしながら、引用例7において、無機充填剤のキャリヤーが0重量%の場合は、第1の実施態様として発明の詳細な説明に明示される一方、実施例1〜5においては、熱可塑性樹脂のキャリヤーを含有する第2の実施態様のみが示されていることは、前示のとおりであり、この実施例に基づいて第1の実施態様を問題とすることは、筋違いの議論といわなければならない。しかも、引用発明7は、本件発明と同様の有機短繊維を模造石効果を与えるための添加剤として用いることを開示しており、少なくともこの短繊維を含む混合物が模様現出用着色剤として使用されることは、本件審決も認めるところ(19頁)であり、そのまま成形されて製品となるもののみが開示されているわけではないことは明らかであるから、被告の上記主張は、到底採用することができない(引用発明7の短繊維に対する帯電防止処理の問題は、後述する。)。
なお、被告は、引用例7において、“carrier”(キャリヤー)の具体例は説明され、「他の任意の添加成分」(原語“other conventional ingredients”)も説明されており、それらは区別して使用されているから、原告主張のように、「他の任意の添加成分」を含まない場合をキャリヤーがない場合と同視するのは誤りであると主張する。
しかしながら、引用例7の【発明の詳細な説明】の冒頭において、キャリヤー(担体)が無機充填剤で、その割合が0重量%の場合のドライカラーコンセントレートが、第1の態様として明示されているのは、前示のとおりであり、そのことと、明細書の他の箇所においてキャリヤーと「他の任意の添加成分」とが区別されて用いられていることとは、何ら矛盾するものではないから、被告の上記主張は、当裁判所の前記説示に対する反論としては失当なものといわなければならない (3)ア また、本件発明と引用発明7との作用効果の認定誤りとして、原告は、
本件審決が、引用発明7の作用効果に関して、「証拠方法4には、前記有機繊維を帯電防止剤と滑剤で表面処理したときに、どのような効果がもたらされるかについて記載するところはないから、証拠方法4が、本件特許発明効果を示唆しているとすることはできない。してみると、証拠方法4が・・・本件特許発明効果を示唆しているとすることはできない。」(19〜20頁)と認定判断したことが誤りであると主張する。
そこでまず、有機繊維に対する帯電防止剤による表面処理の点を検討するに、引用発明7には、そのクレーム1において、フロックを模造石効果を与えるための添加剤の成分として使用する場合が開示されており(乙5、1頁)、実施例でも、ペレット化コンセントレートの例として、フロックを使用した場合が開示されていることは、前示のとおりである。このフロックは、本件技術文献(甲10の97頁、132〜135頁)によれば、我が国ではパイルとも呼ばれ、フロック加工(電気植毛)に用いられる短繊維であるが、加工を有効に行うためには分離性(パイルのほつれやすさ。パイルどうしの絡み合いが生じないような性質)が必要であることが従来から広く知られており、この分離性を満足するための処理剤として、帯電防止効果のある界面活性剤などが使用されることも周知であったものと認められる。また、特開平4-146266号公報(甲4の1〜2頁、証拠方法4)によれば、フロックに相当する植毛用パイルや、プラスチックス、ゴムなどに混和する短繊維が、相互にからみ合って羽毛状の団塊を形成し、取扱い上の障害になったり、製品の均一性を低下することが知られており、その原因の1つがパイルの静電気にあることから、従来から必要に応じて帯電防止処理が施されていたことも認められる。
以上のような、フロックに対して必要に応じて帯電防止処理を施していた従来からの技術常識と、フロックと分散補助剤からなる(前示のとおり、この点は本件審決も認めているものと解される。)、熱可塑性樹脂に模造石模様を付加するための添加剤である引用発明7に基づけば、当業者が、フロックと分散補助剤に更に帯電防止剤を追加した着色剤を想到することは、容易になし得ることであると認められる。
イ 被告は、本件技術文献に基づいて、引用発明7のフロックが、帯電防止剤が付着したものであると認定することはできず、同文献は、電着処理の前提となる全体条件を開示するものであって、帯電防止処理の条件だけを示すものではなく、電着処理の前提の一部である電気伝導度や水分率の調製などの条件は、模様現出用着色剤の分野とは相入れないものであると主張する。
確かに、引用発明7のフロックについては、帯電防止処理の有無が明示されておらず、本件技術文献に基づいて引用発明7のフロックに帯電防止剤が付着されていると直ちに断定することは、困難であるといえる。しかし、同文献には、
前示のとおり、フロック加工(電気植毛)を有効に行うための分離性(パイルどうしの絡み合いが生じないような性質)を充足するための処理剤として、帯電防止効果のある界面活性剤などを使用することが、周知技術として開示されているのであり、引用発明7のフロックも、フロック加工におけるフロックと同様に、適切に分散するという技術課題を有することは明らかであるから、当業者が、引用発明7の模様現出用着色剤であるフロックについて、このような周知技術や前示の公知文献(特開平4-146266号公報、甲4)を考慮して、帯電防止剤を追加した着色剤を想到することは、容易になし得るものと認められる。
したがって、被告の上記主張は、採用することができない。
また、被告は、本件技術文献の前提となる静電植毛用パイルの技術分野では、被着色材料と混合機で攪拌するような工程が存在しないのであるから、本件発明のように短繊維が混合機の槽壁に付着するという技術課題がなく、同文献の記載を引用発明7のフロックに転用する示唆がない上、静電植毛用パイルの技術分野では、パイルに静電気を帯びさせて空中に飛昇させ、基材に落下させて接着させるのであり、完全に帯電を防止したのでは植毛用の意味をなさないのであるから、模様現出用着色剤の分野とは根本的に異なると主張する。
しかしながら、当業者にとって、引用発明7のフロックを着色剤として処理するに当たり、短繊維が「静電気を発生して混合機の槽壁に強力に付着する」という具体的な課題が明示されていなくとも、フロックどうしの絡み合いが生じないように分離性を維持するという周知の観点から、帯電防止効果のある界面活性剤などを使用することに困難性が認められないことは、明らかといわなければならない。また、静電植毛用パイルの分野と模様現出用着色剤の分野において、帯電防止処理の程度に相違する点があるとしても、当業者は、その点を考慮して帯電防止処理を施せばよいのであり、その相違のために、静電植毛用パイルの分野における周知の課題ないし技術が、同じフロックを使用する模様現出用着色剤の分野に適用できないとする合理的根拠は見出せないから、いずれにしても、被告の上記主張を採用する余地はない。
ウ 以上のことからすると、引用発明7の構成要素であるフロックと分散補助剤に、更に帯電防止剤を追加した着色剤の有する効果として、分散補助剤が本来有する糸玉といわれるような繊維同士の塊状凝集を起こすことがないという効果に加えて、帯電防止剤によってフロックに静電気が発生し難いので、混合機の槽壁に付着することなどがないという効果が生じるであろうことは、当業者にとって、十分予測可能なものであると認められる。
したがって、本件審決が、引用発明7について、「有機繊維を帯電防止剤と滑剤で表面処理したときに、どのような効果がもたらされるかについて記載するところはないから、証拠方法4が、本件特許発明効果を示唆しているとすることはできない。」と判断したことも、誤りといわなければならない。
エ この点について被告は、本件報告書(乙2)等に基づいて、短繊維に対して、@帯電防止剤と滑剤の両者で処理した場合、A帯電防止剤で処理した場合、
B無処理の場合、C両者で処理したが滑剤は後で添加した場合、D帯電防止剤を入れず、滑剤を後で添加した場合(引用発明7のクレーム1の追試としている。同発明実施例1に対応する配合品の試験(乙19)も含む。)の5つの実験を行い、@のみ糸玉が発生せず、A〜Dでは糸玉が発生したので、本件発明の効果は、帯電防止剤の効果と滑剤の効果の単なる足し算(相加効果)ではなく、この効果は予期し得ないものであると主張する。
しかしながら、上記各実験は、短繊維処理後の糸玉に関して「発生」と「発生せず」の2者による評価のみを記したものであり、どの程度のものを発生としているのか、また、糸玉発生の内容がどのようなものかの評価基準が示されておらず、しかも、滑剤のみを繊維表面の処理時に使用した場合が開示されていないから、これらの実験結果に基づいて、帯電防止剤と滑剤とを併用した場合の効果が、
各々を単独で使用した場合と比較して、単なる相加効果以上のものであるとは、到底認めることができない(本件公報(甲2)及び訂正明細書(甲3)においても、
帯電防止剤と滑剤を併用した実施例1〜6と滑剤のみによる処理の実施例7との間で、糸玉発生の面で効果に差異が生じるか否かについては、明らかにされていない。)。さらに、帯電防止剤を使用せず滑剤のみを後添加した実施例を、引用発明7の追試であるとして、これを本件発明の実施例と比較してみても、その実験結果が、帯電防止処理についての従来の技術常識を前提とする引用発明7に対して顕著な効果を有している、あるいは、予想されない効果を有していることの合理的根拠となるものではない(なお、本件発明の「帯電防止剤と滑剤を併用した処理剤による表面処理」との発明の要旨からみて、滑剤を後添加して短繊維の表面処理を行った前記Cの場合が、本件発明の実施例に含まれないか否かも疑問である。)。
したがって、本件発明の効果が、顕著なものであるとも、当業者にとって予想困難なものであるともいえないから、被告の上記主張は、採用することができない。
また、被告は、本件公報の記載(甲2、13頁【0062】等)によれば、本件発明においては、単に点描画風の色調で着色できる優れた装飾性のある着色剤が得られるという効果に止まらず、更に「添加効率が改善されて」点描画風の色調で着色できるという効果も奏するものであり、このような効果は、単なる相加効果を超えた相乗効果であると主張する。
しかしながら、滑剤に加えて帯電防止剤を併用して有機短繊維の表面処理を行った着色剤を使用すれば、上記公報に記載されるように、有機繊維に静電気が発生し難いので、混合した場合に混合機の槽壁に付着せず、添加効果が改善されることは明らかである。しかも、このような効果は、滑剤に加えて帯電防止剤を併用した相加的な効果にすぎないから、被告の上記主張を採用する余地はない。
(4) 以上のとおり、本件審決における、引用発明7に基づく容易想到性の認定判断には、誤りがあると認められるから、本件審決が、「証拠方法12、13を総合しても、本件特許発明の「帯電防止剤と滑剤を両者併用した処理剤で表面処理した前記有機繊維からなる模様現出用着色剤」という構成が示唆されるとすることはできない。」(22頁)と判断したことも誤りといわなければならない。
2 結論 そうすると、本件審決は、引用発明7の認定を誤った結果、本件発明の進歩性に関する判断を誤ったものであり、この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、本件審決は、取消しを免れない。
よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人