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事件 |
平成
25年
(ネ)
10042号
特許専用実施権に基づく損害賠償請求控訴事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/10/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年10月17日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官 平成25年 ネ 第10042号 特許専用実施権に基づく損害賠償請求控訴事件 原審・東京地方裁判所平成23年 ワ 第34272号 口頭弁論終結日 平成25年9月5日 判 決 控 訴 人 株 式 会 社 ス タ ー 訴訟代理人弁護士 橋 爪 健 訴訟代理人弁理士 近 藤 豊 被 控 訴 人 訴訟代理人弁護士 伊 藤 真 同 平 井 佑 希 訴訟代理人弁理士 梶 原 克 彦 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,8000万円及びこれに対する平成23年10 月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 4 仮執行宣言 第2 事案の概要 本判決の略称は,原判決に従う。 1 本件は,発明の名称を「板金用引出し具」とする2つの特許権について,独 占的通常実施権ないし専用実施権を有する控訴人が,被控訴人の製造販売に係る板 金用引出装置が当該各特許権を侵害しているなどと主張して,不法行為による損害 賠償請求権に基づき,特許法102条1項の推定による損害金2億5634万60 00円の一部請求として8000万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平 成23年10月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金 の支払を求める事案である。 原判決は,被控訴人の製造販売に係るイ号製品は本件発明1及び3の技術的範囲 に属しない,ロ号製品について間接侵害は成立しない,イ号製品は本件発明2及び 4の技術的範囲に属するものの,本件発明2及び4に係る特許はいずれも進歩性を 欠くものとして無効とされるべきものであるから,本件発明2及び4に係る特許を 侵害するものではないと判断して,控訴人の請求を棄却したため,控訴人が,これ を不服として控訴したものである。 2 前提事実 原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。 3 争点 原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。 第3 争点に関する当事者の主張 次のとおり,争点2−2(進歩性要件違反の有無)について,当審における当事 者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであ るから,これを引用する。 1 当審における控訴人の主張 乙1発明の認定の誤りについて 乙1の1の英文中「 」とあるのを,乙1の2(訳文)では「ス ライド可能に支持され」と訳されているが,これは「スライドするように維持され」 と訳すのが適当であり,同じく「 」とあるのを,乙1の2(訳 文)では「スライド可能に支持され」と訳されているが,これは「スライド可能に 維持され」と訳すのが適当である。したがって,原判決中,乙1発明の認定におい て,乙1の1の英文が「 」とある箇所は「スライドするように 維持され」と,「 」とある箇所は「スライド可能に維持され」と 認定されるべきである。 したがって,乙1発明において, 「チャックアセンブリ(70)は,フレーム(1 2)にスライド可能に維持される( )スライドロッド(74) と,スライドロッドの一端に取り付けられるチャック(72)とを備え」るもので あって,スライドロッド(74)はフレーム(12)にスライド可能に支持されて はいない。同様に, 「チャックアセンブリ(70)は,チャンバ(60)とフレーム 部材(12)を通過する孔(66)内でスライドするように維持される( )」のであり,チャックアセンブリ(70)は,チャンバ(60)とフレ ーム部材(12)を通過する孔(66)内でスライド可能に支持されるものではな い。 一致点の認定の誤りについて ア 本件発明2では,支持部は「第1の操作手段のシャフトを支持する支持部」 として形成され,この支持部は「手動操作により第1の操作手段を引き上げる第2 の操作手段」が備えており,セカンドレバーを引き上げても引き上げなくても,支 持部を介してシャフトや第1の操作手段は支持部に支持されている。これに対し, 乙1発明では,スライドロッド(74)は「フレーム(12)にスライド可能に維 持される(slidably supported)」ものであり,フレーム(12)はスライドロッド (74)を支持するものではなく,フレーム(12)はスライドロッド(74)を 支持する支持部を形成していない。したがって,原判決にはこの点を相違点3とし て認定しなかった誤りがある。 イ 本件発明2では,第2の操作手段のばねは,常にセカンドレバーを付勢し, 第2の操作手段を手に把持しメインレバーとセカンドレバー間をばねに抗しながら つぼめ,その途中で第2の操作手段を把持する手を放しても,その状態で,ばねは セカンドレバーを付勢し続けており,その後に第2の操作手段を使って連続して板 金の引き出しを行い,板金面をゆっくりと引き上げ平滑化することができる。 これに対し,乙1発明では,バネ(80)はチャンバ(60)内に設けられ,チ ャック部材(76)の上部(78)と肩部(64)との間に介在させたものであっ て,静止ハンドル(16)と可動ハンドル(20)との間に介在させたものではな いから,バネ(80)は,チャックアセンブリ(70)をバイアスさせて引き込み 方向(82)と逆の延長方向(83)に移動させるためのものである。 したがって,原判決にはこの点を相違点4として認定しなかった誤りがある。 相違点1について ア 乙1発明の引き込み部分の係合部材(100)は,チャックアセンブリ(7 0)を構成するチャック(72)に取り付けられたボルトにより構成されており, シャフト先端部に板金面に溶着可能なビットは配設されておらず,溶着,引き上げ, 取り外しという一連の作業により板金面の引き出し作業を行うためのものではない。 すなわち,乙1発明は,塑性変形を観察及び監視しながら,単に金属外板の表面の くぼみ部分を元の形状に復帰させるくぼみ矯正装置を提供する発明であり,同発明 には,細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出すくぼみ矯正装置を提供 する着想はなく,乙1には,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を 加えながら,くぼみの矯正を行うことは一切記載されていない。 イ これに対し,本件発明2は,板金作業を熟練を要することなく迅速かつ確実 にして効率よく行うことができ,しかも板金面の平滑化を容易に達成でき(甲4, 【0005】,ミ出し作業を終えた後に更に細部の引き出しを必要とする場合,引 ) き出し箇所が比較的小領域凹部である場合,あるいは引き出し箇所が極めて特殊な 場所である場合にも,細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出すのに便 利な板金用引出し具を提供する発明であり(甲4, 【0006】,自動溶着機能付ス ) タッド溶接機と組み合わせることでビットの溶着,引き出しを連続して行えるよう にし,例えば板金作業面が自動車のボディである場合に,あらゆる場所を引き出す ことが可能な板金用引出し具を提供する発明である(甲4,【0030】。 ) ウ そして,乙2ないし8の解決課題には,板金面に溶着するビット等の先端に 細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出す発明は一切記載されておらず, 乙1も含めて,本件発明2が目的としている前記解決課題及び解決課題に関連した 記載又は開示はなく,これを示唆する記載もない。 したがって,本件相違点1については,乙2ないし8があっても,乙1発明に本 件発明に想到するための動機付けとなるものがなく,乙1発明に基づいて当業者が 本件発明に容易に想到することはない。 相違点2ないし4について ア 前記のとおり,乙1発明では,バネ(80)はチャンバ(60)内に設けら れ,チャック部材(76)の上部(78)と肩部(64)との間に介在させたもの であって,静止ハンドル(16)と可動ハンドル(20)との間に介在させたもの ではないから,バネ(80)は,チャックアセンブリ(70)をバイアスさせて引 き込み方向(82)と逆の延長方向(83)に移動させるためのものであり,同発 明には,細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出すくぼみ矯正装置を提 供する着想はなく,乙1には,くぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力 を加えながら,くぼみの矯正を行うことは一切記載されていない。 イ これに対し,本件発明2では,前記のとおり,第2の操作手段のばねは,常 にセカンドレバーを付勢し,第2の操作手段を手に把持しメインレバーとセカンド レバー間をばねに抗しながらつぼめ,その途中で第2の操作手段を把持する手を放 しても,その状態においても,ばねはセカンドレバーを付勢し続けており,その後 に第2の操作手段を使って連続して板金の引き出しを行い,板金面をゆっくりと引 き上げ平滑化することができる。 ウ そして,乙9ないし13には,板金面に溶着するビット等の先端に細やかな (微妙な)力を加えながら板金面を引き出す発明は一切記載されておらず,乙1も 含めて,本件発明2が目的としている前記解決課題及び解決課題に関連した記載又 は開示はなく,これを示唆する記載もない。 したがって,本件相違点2については,乙9ないし13があっても,乙1発明に 本件発明に想到するための動機付けとなるものがなく,乙1発明に基づいて当業者 が本件発明に容易に想到することはない。 エ 相違点3については,乙1発明に,乙2ないし13の先行技術を組み合わせ ることの示唆,教唆あるいは動機付けは皆無であり,乙1発明に基づいて当業者が 本件発明に容易に想到することはない。 オ 相違点4については,乙1発明において,バネ(80)の位置を静止ハンド ル(14)と可動ハンドル(20)との間に介在させた場合,チャックアセンブリ (70)はバネからフリー状態になり,チャックアセンブリ(70)をバイアスさ せて引き込み方向と逆の延長方向に移動する作用効果は生じ得ないこと,乙1発明 に本件発明に想到するための動機付けがないことから,乙1発明に基づいて当業者 が本件発明に容易に想到することはない。 2 当審における控訴人の主張に対する被控訴人の主張 乙1発明の認定の誤りについて 本件発明2の支持部について,特許請求の範囲の請求項1には「該第 1 の操作手 段のシャフトを支持する支持部を備え」と記載されているのみであり,支持の方向 や態様,支持の時期については何ら限定されていない。そして,「支持」とは,「さ さえること。ささえて持ちこたえること。 を意味するから, 」 本件発明2における「支 持」は,シャフト又は第 1 の操作手段を「ささえて」いれば足り,その支持の方向 や態様,支持の時期については何ら限定されるものではない。したがって,乙1発 明のフレーム部材(12)がチャックアセンブリ(70)を支持していることは明 らかである。 また, 「support」を, 「<物・人を>支える。倒れ[沈み]こまないようにしておく」 と訳すことに何らの問題はなく,なぜ控訴人が「支持」が誤りで, 「維持」が正しい と主張するのか,その論拠が不明である。 以上のとおり,原判決がフレーム部材(12)が支持部に相当すると認定したこ とは正当であって何ら誤りはない。 一致点の認定の誤りについて ア 前記(1)のとおり,原判決がフレーム部材(12)が支持部に相当すると認 定したことは正当であって何ら誤りはないから,本件発明2と乙1発明との間には 控訴人主張に係る相違点3は存在しない。 イ 相違点の抽出に際して,特許発明と対比されるべき引用発明として,原判決 は,バネ(80)が「チャックアセンブリ(70)をバイアスさせて引き込み方向 (32)と逆の延長方向(33)に移動させるため」のものであるという点は認定 しておらず,控訴人もこの点を争っていない。引用発明として認定されていない点 を相違点の抽出に際して考慮することは進歩性の判断手法として許されない。 そもそも控訴人が主張するような,ばねを配置する目的などは,発明の構成では なく,相違点の認定において考慮されるものではない。相違点の抽出に当たり認定 される発明の要旨は,特許請求の範囲に基づいて認定されるものであり,発明の目 的や効果,ましてやある部材を配置する目的などを論じること自体が無意味である。 さらに,乙 1 発明のバネ(80)と可動ハンドル(20)の作用に関する記載か らは,バネ(80)は可動レバー(20)を付勢する作用を果たしていることは明 らかであり,チャックアセンブリ(70)それ自体を付勢することに意味があるも のではない。したがって,セカンドレバーを付勢している本件発明2のばねと,可 動ハンドル(20)を付勢している乙1発明のバネ(80)との間に目的において も相違はない。 相違点1について ア 本件発明2及び引用発明において,係合部材は,第1の操作手段のシャフト の先端に配設されて,板金面と係合して板金面を引き上げるという機能を果たすも のであり,そのような機能を果たす限り,どのような係合部材を用いるかは当業者 が適宜選択し得る設計事項にすぎない。乙1発明の特許請求の範囲においても,具 体的にどのような係合部材を用いるかを当業者の任意の選択に委ねている。そして, 係合部材として溶着ビットを用いることは板金用引出し具の分野においては周知な 技術であり,任意の設計事項である係合部材の選択において,溶着ビットを選択す ることは当業者にとって極めて容易かつ自然なことである。 イ 控訴人は,引用発明の係合部材(100)は,溶着,引き上げ,取り外しと いう一連の作業により板金面の引き出し作業を行うためのものではないと主張する が,係合部材の相違に由来する効果等の相違を論ずること自体,進歩性の判断にお いては無意味である。上記一連の作業により板金面の引き出し作業を行うことがで きるのは,板金面に接触させることで溶着ビットを板金面に係合することができる という自動溶着機能付スタッド溶接機の効果そのものであり,本件発明2の構成か ら導かれるものではない。 また,控訴人は,乙2ないし8には,板金面に溶着するビット等の先端に細やか な(微妙な)力を加えながら板金面を引き出す技術思想はないと主張するが,この 点は,従来の板金用引出し具においては,操作用アームを閉成する力に抗するよう に作用するばねが配設されていないため,細やかな(微妙な)力を加えながら引き 出すことには必ずしも適していなかったという課題を,そのような作用をするばね を配設して解決したという意味を有するにすぎず,係合部材の選択に係る相違点1 とは無関係の事柄である。 相違点2ないし4について ア 引用発明においては,ばね(80)は可動レバー(20)を付勢する作用を 果たしているが,当業者がそのために,ばねをどこに配設するかは任意の設計事項 にすぎない。そして,レバー間にばねを配設することは,乙9ないし13,乙28 ないし30,乙32ないし42のとおり,周知技術である。板金作業場を見渡すだ けでもレバー間にばねが配設された工具類はあふれているのであり,このような周 知技術に触れた当業者が,引用発明において可動ハンドル(20)を付勢するため に,端的にハンドル間にばねを配設することを想到することは当然である。 イ 控訴人は,本件発明2におけるばねはセカンドレバーを「常に」付勢してい ると主張するが,本件発明2の特許請求の範囲には, 「このばねにより前記セカンド レバーを付勢させ, と記載されているのみであり, 」 常に付勢しなければならないと いう記載は一切なく,その直後の記載と合わせれば,レバー間をつぼめる際にばね がセカンドレバーを付勢していれば足りることが明らかである。そして,控訴人が 引用する記載は,本件2明細書の一実施例に関するものにすぎず,本件特許請求の 範囲に記載のない,特定の実施例を根拠に主張すること自体が誤りである。そして, 控訴人が主張するような作業の連続性は,前記のとおり本件発明2の構成から導か れる効果ではなく,本件発明2とは別個の機械である自動溶着機能付スタッド溶接 機の効果そのものであり,ばねの位置とは無関係である。 第4 当裁判所の判断 1 当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がなく,これを棄却すべきものと判断 する。その理由は,次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加する ほかは,原判決の「事実及び理由」の第3の1及び2のとおりであるから,これを 引用する。 2 当審における控訴人の主張に対する判断 乙1発明の認定の誤りについて ア 控訴人は,乙1の1の英文中「 」とあるのを,乙1の2 (訳文)では「スライド可能に支持され」と訳されているが,これは「スライドす るように維持され」と訳すのが適当であり,同じく「 」とある のを,乙1の2(訳文)では「スライド可能に支持され」と訳されているが,これ は「スライド可能に維持され」と訳すのが適当である旨主張する。 しかしながら,「supported」を「支持され」と訳すことは一般的な用語例である 上,控訴人も「supported」の語が単独で使用されるときには「支持され」と訳して おり,「supported」の直前に「slidingly」又は「slidably」が置かれた場合のみ 「supported」を「維持され」と訳しているが,かかる区別には何らの合理的理由も 見いだせない。また,控訴人の主張によれば,控訴人は控訴人が請求人となって被 控訴人の有する甲12の特許権について無効審判(無効2011−800168) を請求した際に,証拠として本件訴訟における乙1の1の刊行物を証拠として提出 するとともに,その翻訳文も併せ提出したが,その翻訳文は乙1の2と全く同一の 文面であり,乙1の2は控訴人が上記無効審判において提出した翻訳文そのものの コピーであって,乙1の2の作成者は控訴人であるとのことであり,また,控訴人 は原審における平成24年5月1日付け第3準備書面及び同年8月3日付け原告第 4準備書面で,乙1の1の英文中の上記箇所について乙1の2と同一の訳を付して 主張していたことが認められる。そして, 「slidingly」を「スライド可能に」と訳す ことが正確性を欠くとはいえない。 以上の検討によれば,乙1の2(訳文)の内容に不適切な点はなく,控訴人の上 記主張は理由がない。 イ 控訴人は,乙1発明において,「チャックアセンブリ(70)は,フレーム (12)にスライド可能に維持される( )スライドロッド(7 4)と,スライドロッドの一端に取り付けられるチャック(72)とを備え」るも のであって,スライドロッド(74)はフレーム(12)にスライド可能に支持さ れてはおらず,同様に, 「チャックアセンブリ(70)は,チャンバ(60)とフレ ーム部材(12)を通過する孔(66)内でスライドするように維持される( )」のであり,チャックアセンブリ(70)は,チャンバ(60)とフレ ーム部材(12)を通過する孔(66)内でスライド可能に支持されるものではな い旨主張する。 しかし,乙1発明において,「チャックアセンブリ(70)は,フレーム(12) にスライド可能に支持されるスライドロッド(74)と,スライドロッドの一端に 取り付けられるチャック(72)とを備え」るものであるから(特許請求の範囲2 項。乙1の2・11頁),スライドロッド(74)はフレーム(12)にスライド可 能に支持されており,同様に,「チャックアセンブリ(70)は,チャンバ(60) とフレーム部材(12)を通過する孔(66)内でスライド可能に支持される」も のということができる(乙1の2・5頁)。 したがって,乙1発明の認定に誤りがある旨の控訴人の上記主張も理由がない。 一致点の認定の誤りについて ア 控訴人は,本件発明2では,支持部は「第1の操作手段のシャフトを支持す る支持部」として形成され,この支持部は「手動操作により第1の操作手段を引き 上げる第2の操作手段」が備えているのに対し,乙1発明では,スライドロッド(7 4)は「フレーム(12)にスライド可能に維持される(slidably supported)」も のであり,フレーム(12)はスライドロッド(74)を支持するものではなく, フレーム(12)はスライドロッド(74)を支持する支持部を形成していないか ら,原判決にはこの点を相違点3として認定しなかった誤りがある旨主張する。 しかしながら,前記 のとおり,スライドロッド(74)はフレーム(12)に スライド可能に支持されており,フレーム(12)はスライドロッド(74)を支 持する支持部を形成していることは明らかであるから,控訴人の上記主張は理由が ない。 イ 控訴人は,本件発明2では,第2の操作手段のばねは,常にセカンドレバー を付勢させているのに対し,乙1発明では,バネ(80)は,チャックアセンブリ (70)をバイアスさせて引き込み方向(82)と逆の延長方向(83)に移動さ せるためのものであるから,原判決にはこの点を相違点4として認定しなかった誤 りがある旨主張する。 しかしながら,本件発明2においては,ばねを「メインレバーとセカンドレバー との間に介在」させて「セカンドレバーを付勢させ」ているのに対し,乙1発明に おいては,バネをスライドロッド(74)を中心にしてチャンバ(60)内のチャ ック部材(76)の上端(78)と肩部(64)との間に介在させることによって, チャックアセンブリ(70)をバイアスさせて引き込み方向(82)と逆の延長方 向(83)に移動させているものであるが,かかるバネの効果の相違は,バネを, 本件発明2のようにメインレバーとセカンドレバーとの間に介在させるか,乙1発 明のようにフレーム部材とチャックアセンブリとの間に介在させるかによって生じ 得る相違にすぎない。乙1発明は,チャックアセンブリ(70) (第1の操作手段の 一部)とフレーム(12) (第2の操作手段の一部)の間にバネ(80)を配置する ことによって,可動ハンドル(20)を,静止ハンドル(14)との間をバネ(8 0)に抗しながらつぼめて金属外板(130)の引き出しを行うものであって,バ ネ(80)の付勢力はチャックアセンブリ(70)を介して可動ハンドル(20) に作用していることは明らかであるから,乙1の記載に接した当業者は,乙1発明 のバネの技術的意義について,実質的には可動ハンドルに付勢するバネとしてこれ を理解するものである。そうすると,乙1発明においては,バネ(80)は,チャ ックアセンブリ(70)をバイアスさせて引き込み方向(82)と逆の延長方向(8 3)に移動させるものであるとともに,チャックアセンブリ(70)を介して可動 ハンドルに付勢するものとして構成されているのであるから,本件発明2において ばねがセカンドレバーを付勢していることと,乙1発明においてバネがチャックア センブリ(70)をバイアスさせて引き込み方向(82)と逆の延長方向(83) に移動させ,これにより,チャックアセンブリ(70)を介して可動ハンドルに付 勢していることとの間には実質的な相違はない。したがって,控訴人主張に係る相 違点4は実質的な相違点ではなく,相違点2(本件発明2においては,ばねをメイ ンレバーとセカンドレバーとの間に介在させているのに対し,乙1発明においては, フレーム部材とチャックアセンブリとの間に介在させている点)を検討する以外に, 相違点4を独立の相違点として取り上げてこれを検討する必要はないというべきで ある。 また,控訴人は,相違点4について,乙1発明において,バネ(80)の位置を 静止ハンドル(14)と可動ハンドル(20)との間に介在させた場合,チャック アセンブリ(70)はバネからフリー状態になり,チャックアセンブリ(70)を バイアスさせて引き込み方向と逆の延長方向に移動する作用効果は生じ得ない旨主 張する。 控訴人の上記主張の趣旨は明らかではないが,本件発明2の特許請求の範囲には, 第2の操作手段であるばねが,第1の操作手段を引き上げる方向と逆の延長方向に 移動させる作用効果を有するとの記載はないから,控訴人の上記主張は,本件発明 2の特許請求の範囲に基づかない主張であり失当というほかない。 (3) 相違点1について 控訴人は,乙1発明は,塑性変形を観察及び監視しながら,単に金属外板の表面 のくぼみ部分を元の形状に復帰させるくぼみ矯正装置を提供する発明であって,く ぼみに係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行う との着想はなく,そのような記載も一切なく,また,乙2ないし8にも,板金面に 溶着するビット等の先端に細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出す発 明は一切記載されておらず,このように,乙1及び乙2ないし8には,本件発明2 が目的としている解決課題及びこれに関連した記載,開示又は示唆はないから,乙 2ないし8があっても,乙1発明に基づいて当業者が本件発明2に容易に想到する ことはない旨主張する。 しかしながら,乙2ないし8の開示事項は,いずれも自動車等の板金のくぼみを 修正する工具に関するものであり,乙1発明とは技術分野が共通するとともに,板 金用引出し具において,シャフトと板金面とを係合させるために,シャフトの先端 部に配設し板金面に溶着可能なビットを備えるとの技術は,板金のくぼみを引き上 げるために板金面に係合する部材を固定する点で,乙1発明の「くぼみ係合部材」 と使用目的において共通する。したがって,乙1発明の「くぼみ係合部材」に代え て,技術分野及び使用目的が共通する「溶着可能なビット」を用いることは,当業 者であれば適宜選択し得る事項と認められる。 そして,細やかな(微妙な)力を加えながら板金面を引き出すかどうかは,操作 者が凹んだ板金面を見て,どのように引き出したら板金面の修復に合理的かを判断 して実施する作業内容にすぎず,係合手段として何を用いるかとの事項と直接関係 することではない。そうすると,乙1発明及び乙2ないし8に,仮に,くぼみに係 合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの着想 や記載がなかったとしても,そのこと自体は,乙1発明の「くぼみ係合部材」を「溶 着可能なビット」に置き換えることの阻害要因となるものではない。 したがって,相違点1についての控訴人の主張は理由がない。 (4) 相違点2について 控訴人は,乙1及び乙9ないし13には,くぼみに係合する係合部材に細やかな (微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの本件発明2が目的としている解 決課題及びこれに関連した記載,開示又は示唆はないから,乙9ないし13があっ ても,乙1発明に基づいて当業者が本件発明2に容易に想到することはない旨主張 する。 しかしながら,前記(3)と同様に,乙1及び乙9ないし13に,仮に,くぼみに 係合する係合部材に細やかな(微妙な)力を加えながらくぼみの矯正を行うとの記 載,開示又は示唆がなかったとしても,そのこと自体は,乙1発明に乙9ないし1 3の技術を適用して,静止ハンドルと可動ハンドルとの間にバネを介在させ,この バネにより可動ハンドルを付勢させることに置き換えることの阻害要因となるもの ではない。 また,乙9ないし13の開示事項は,いずれも,可動ハンドル式手動工具におい て,可動ハンドルを構成する一対のレバーの間にバネを配置し,バネの付勢力によ って,押し出し,引き戻しの動きを与える構成が記載されており,このようにレバ ー(ハンドル)の間にバネを配置し,ばねの付勢力によって,押し出し,引き戻し の動きを与える手動工具は周知のものであった。そして,乙1発明もバネの付勢力 に抗して対向するハンドル操作によって押し出し,引き戻しの動きを与える手動工 具である点で技術分野が共通するものであり,一対のレバー間にバネにより付勢力 を与える点で作用及び機能も共通する。したがって,相違点2に係る構成について は,乙1発明に乙9ないし13の技術を適用することに障害はなく,これにより, 当業者が容易に想到し得たものということができる。 3 結論 よって,控訴人の本訴請求は理由がなく,原判決は相当であって,本件控訴は理 由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 富 田 善 範 裁判官 田 中 芳 樹 裁判官 荒 井 章 光 |