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事件 平成 25年 (行ケ) 10035号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/10/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年10月16日判決言渡

平成25年(行ケ)第10035号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年9月25日

判 決



原 告 積水化学工業株式会社



訴訟代理人弁理士 安 富 康 男
同 諸 田 勝 保

同 岡 本 貴 夫



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 真 々 田 忠 博

同 豊 永 茂 弘

同 中 島 庸 子

同 大 橋 信 彦

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2011−18516号事件について平成24年12月20日

にした審決を取り消す。

第2 前提事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「合わせガラス用中間膜及び合わせガラス」とする発




明について,平成16年12月14日に特許出願(特願2004−36192

4号,優先権主張:平成15年12月26日)をしたが,平成22年4月26

日付けで拒絶理由通知を受けたので,同年7月8日,特許請求の範囲等につい

て補正をした(甲5)。

原告は,平成23年5月27日付けで拒絶査定を受けたので,同年8月26

日,これに対する不服の審判(不服2011−18516号)を請求するとと

もに,特許請求の範囲について補正をした(甲6。以下「本件補正」といい,

本件補正後の明細書(甲4,5)を「本願明細書」という。)。
特許庁は,平成24年12月20日,「本件審判の請求は,成り立たな

い。」との審決をし,平成25年1月8日,その謄本を原告に送達した。

2 特許請求の範囲の記載

(1) 平成22年7月8日付けの補正後の特許請求の範囲(請求項の数は1

5)の請求項1の記載は,次のとおりである(甲5。以下,請求項1の発明

を「本願発明」という。)。

「【請求項1】

少なくとも遮熱層と紫外線遮蔽層とをそれぞれ1層以上有することを特徴と

する合わせガラス用中間膜であって,

遮熱層は,遮熱性能のある金属酸化物を含有し,かつ,クリアガラス,グ

リーンガラス,高熱線吸収ガラス及び紫外線吸収ガラスからなる群より選択

される2枚のガラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,周波数

0.1MHz〜26.5GHzにおける電磁波シールド性能が10dB以

下,ヘイズが1.0%以下,可視光透過率が70%以上,かつ,300〜2

100nmの波長領域での日射透過率が可視光透過率の85%以下であり,

紫外線遮蔽層は,クリアガラス,グリーンガラス,高熱線吸収ガラス及び紫

外線吸収ガラスからなる群より選択される2枚のガラスの間に介在させて合

わせガラスとしたときに,SAE J1796に準拠して測定した紫外線透




過率が10%以下である

ことを特徴とする合わせガラス用中間膜。」

(2) 本件補正(平成23年8月26日付けの補正)後の特許請求の範囲(請

求項の数は13)の請求項1の記載は,次のとおりである(甲6。以下,請

求項1の発明を「本願補正発明」という。下線部は補正箇所を示す。)。

「【請求項1】

少なくとも遮熱層と紫外線遮蔽層とをそれぞれ1層以上有することを特徴と

する合わせガラス用中間膜であって,
遮熱層は,透明樹脂,可塑剤及び遮熱性能のある金属酸化物を含有し,か

つ,2枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,周波

数0.1MHz〜26.5GHzにおける電磁波シールド性能が10dB以

下,ヘイズが1.0%以下,可視光透過率が70%以上,かつ,300〜2

100nmの波長領域での日射透過率が可視光透過率の85%以下であり,

紫外線遮蔽層は,透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット剤を含有し,2枚のク
リアガラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,SAE J179

6に準拠して測定した紫外線透過率が10%以下である

ことを特徴とする合わせガラス用中間膜。」

3 審決の理由

(1) 審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は,次の

とおりである。

本願補正発明は,特開2003−252657号公報(甲1。以下「引用

例1」という。)に記載された発明(以下「引用例1発明」という。)及び

周知技術に基づいて当業者が容易になし得るものであり,特許法29条2項

の規定による,特許出願の際に独立して特許を受けることができないもので

あるから,本件補正は却下されるべきものである。

本願発明も,同様の理由により,引用例1発明及び周知技術に基づいて当




業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項

規定により特許を受けることができないものである。

(2) 審決が認定した引用例1発明の内容,本願補正発明と引用例1発明との

一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用例1発明の内容

「2層の(A)層により(B)層を挟持した構造であり,該(A)層

は,ポリビニルアセタール樹脂,可塑剤,錫ドープ酸化インジウム粒子及

び紫外線吸収剤からなり,該(B)層は,ポリビニルアセタール樹脂,可
塑剤及び錫ドープ酸化インジウム粒子からなる合わせガラス用中間膜で

あって,

合わせガラスとしたときに,可視光透過率(Tv)が77.3〜85.

0%,日射透過率(Ts)が47.5〜64.3%,ヘイズ (Hz)が

0.5%,電磁波透過性(ΔdB)が0〜1dBである合わせガラス用中

間膜。」

イ 一致点

「少なくとも遮熱層と紫外線遮蔽層とをそれぞれ1層以上有することを

特徴とする合わせガラス用中間膜であって,

遮熱層は,透明樹脂,可塑剤及び遮熱性能のある金属酸化物を含有し,

かつ,2枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,

周波数0.1MHz〜26.5GHzにおける電磁波シールド性能が10

dB以下,ヘイズが1.0%以下,可視光透過率が70%以上,かつ,3

00〜2100nmの波長領域での日射透過率が可視光透過率の85%以

下であり,

紫外線遮蔽層は,透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット剤を含有すること

を特徴とする合わせガラス用中間膜。」

ウ 相違点




本願補正発明における紫外線遮蔽層は,2枚のクリアガラスの間に介在

させて合わせガラスとしたときに,SAE J1796に準拠して測定し

た紫外線透過率が10%以下であるのに対し,引用例1発明における紫外

線遮蔽層の紫外線透過率は,明記されていない点。

第3 原告主張の取消事由

審決には,引用例1発明の認定の誤り,及び,本願補正発明と引用例1発明

との対比の誤り(取消事由1),周知技術の認定の誤り(取消事由2),本願

補正発明の進歩性の判断の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の
結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきで

ある。

1 取消事由1(引用例1発明の認定の誤り,及び,本願補正発明と引用例1発

明との対比の誤り)

(1) 審決は,引用例1発明の(A)層は紫外線吸収剤を含んでおり,これは

本願補正発明における「紫外線遮蔽層」に相当するとして(審決書4頁28

〜30行),あたかも遮熱層と紫外線遮蔽層とが積層された構造が引用例1

に記載されているかのような認定をしている。

しかし,引用例1の【0046】には,必要に応じて(A)層に添加剤を

添加してもよいことが記載されており,紫外線吸収剤は,光安定剤,界面活

性剤,難燃剤,帯電防止剤,耐湿剤,熱線反射剤,熱線吸収剤等の各種の添

加剤の中の一例として記載されているにすぎない。引用例1には,添加剤の

中から特に紫外線吸収剤を選択すべきことについては記載されていない。ま

た,引用例1の【0080】には,(B)層についても同様に添加剤を添加

してもよいことが記載されており,添加剤の例として紫外線吸収剤も挙げら

れている。すなわち,引用例1には,任意成分として紫外線吸収剤を添加し

てもよいことが記載されているにすぎず,仮に紫外線吸収剤を添加するとし

ても,その添加位置は(A)層であっても,(B)層であっても,(A)層




と(B)層のいずれもであってもかまわないことが記載されているにすぎな

い。引用例1の実施例には,いずれの層にも紫外線吸収剤を含有しない合わ

せガラス用中間膜しか記載されていない。

したがって,引用例1発明に係る審決の上記認定は誤りである。

(2) 本願補正発明と引用例1発明とは,本願補正発明が,少なくとも遮熱層

と紫外線遮蔽層とをそれぞれ1層以上有するのに対し,引用例1発明は,こ

のような構造を有するものではない点で相違する。したがって,審決による

本願補正発明と引用例1発明との対比は誤りである。
2 取消事由2(周知技術の認定の誤り)

(1) 審決は,国際公開03/18502号公報(以下「周知例」という。)

の記載のみに基づいて,その記載事項の全てが周知技術であるかのような認

定をしているが,このような認定が誤りであることは明らかである。

(2) 審決は,周知例の記載に基づき,「紫外線吸収剤としてマロン酸系化合

物を含有することにより,紫外線によるITO微粒子の化学変化や,該化学

変化による周辺のポリビニルアセタールへの影響を抑制できるとしており,

これは,本願補正発明が解決するのと同じ課題を解決するものである。」

(審決書7頁26〜29行)と認定している。

しかし,審決において判断の根拠とされた「マロン系化合物を使用するこ

とにより,紫外線によるITO粒子の化学反応に起因する耐候性低下を防

ぐ」との効果は,マロン酸系化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物と

インジウム・錫等の金属とが同一の層中に含有される場合に,はじめて発揮

される効果である。したがって,周知例から把握される周知技術は,「可塑

化ポリビニルアセタール樹脂組成物からなる合わせガラス用中間膜であっ

て,遮熱性金属酸化物としてITO微粒子,紫外線カット剤としてマロン酸

系化合物を同一の層中に含有することで,紫外線によるITO粒子とマロン

酸系化合物との反応,及び,該反応に起因する周辺樹脂への作用を抑制し,




もって紫外線に対する優れた耐候性を有する合わせガラス用中間膜。」であ

るといえる。

審決は,周知例に記載された上記作用機序を見落として,あたかもマロン

酸系化合物が紫外線によるITO粒子への作用と周辺樹脂への作用を抑制し

ているかのように認定したものであり,誤りである。

3 取消事由3(本願補正発明の進歩性の判断の誤り)

前記1のとおり,本願補正発明と引用例1発明とは,本願補正発明が,少な

くとも遮熱層と紫外線遮蔽層とをそれぞれ1層以上有するのに対し,引用例1
発明は,このような構造を有するものではない点で相違している。そうである

とすると,引用例1発明に周知例から把握される周知技術を組み合わせても,

本願補正発明の進歩性を否定することはできない。

仮に,本願補正発明と引用例1発明との相違点が,審決が認定したとおりの

ものであったとしても,前記2のとおり,審決は周知技術の認定を誤ってお

り,引用例1発明に周知例から把握される周知技術を組み合わせても,本願補

正発明の進歩性を否定することはできない。

したがって,本願補正発明の進歩性に係る審決の判断は誤りである。

第4 被告の反論

1 取消事由1(引用例1発明の認定の誤り,及び,本願補正発明と引用例1発

明との対比の誤り)に対し

(1) 引用例1には,紫外線吸収剤を(A)層に添加する場合,(B)層に添

加する場合,及び,(A)層と(B)層の両層に添加する場合の発明のいず

れもが記載されており,審決は,このような多数の態様の発明の中から

(A)層に紫外線吸収剤を添加した態様の合わせガラス用中間膜に関する発

明を引用例1発明として認定したものであり,その認定に誤りはない。

(2) 本願明細書には,本願補正発明の遮熱層には遮熱剤の他に各種添加剤を

添加できることが記載されている(甲4【0021】〜【0030】,【0




035】〜【0043】)。また,紫外線遮蔽層にも紫外線吸収剤の他に各

種添加剤を添加することができることが記載され,具体的な添加剤として熱

線反射剤,熱線吸収剤などが挙げられている(甲4【0062】)。この

「熱線反射剤,熱線吸収剤」と,ITO粒子のような「遮熱性能のある金属

酸化物」とは,技術的に見て区別できるものではない。そうすると,本願補

正発明の紫外線遮蔽層は,ITO粒子のような遮熱剤の添加を排除しておら

ず,本願補正発明の遮熱層は,引用例1発明の(A)層のような,紫外線吸

収剤とITO粒子のような遮熱剤の両者を含有する態様を含んでいる。
したがって,審決において引用例1発明を上記のとおり認定し,本願補正

発明と対比したことは妥当である。

2 取消事由2(周知技術の認定の誤り)に対し

周知例は,マロン酸系化合物,シュウ酸アニリド系化合物等のような紫外線

吸収剤は,ITO粒子と同じ層に添加されても問題が起こらない化学構造を有

していることを説明しているにすぎず,原告が主張するような,紫外線吸収剤

としてのマロン酸系化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物の効果が,

「マロン酸系化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物とインジウム・錫等

の金属とが同一の層中に含有される場合に,はじめて発揮される効果である」

などということを説明するものではない。審決の周知技術の認定に誤りはな

い。

3 取消事由3(本願補正発明の進歩性の判断の誤り)に対し

引用例1に記載された中間膜の各層,特に紫外線に晒される外側の(A)層

に紫外線吸収剤を含有させることは,当業者が容易になし得るといえる。した

がって,仮に,審決における引用例1発明の認定が適切でないとしても,本願

補正発明の進歩性に係る審決の判断に誤りはない。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の各取消事由にはいずれも理由がなく,その他審決に




はこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりで

ある。

1 取消事由1(引用例1発明の認定の誤り,及び,本願補正発明と引用例1発

明との対比の誤り)について

(1) 引用例1の記載について

ア 引用例1(甲1)の特許請求の範囲の請求項1には,以下の発明が記載

されている。

「少なくとも,2層の(A)層と前記(A)層の間に挟着される(B)
層との3層からなる積層構造を有する合わせガラス用中間膜であって,前

記(A)層は,ポリビニルアセタール樹脂(P),可塑剤(W)及び錫

ドープ酸化インジウム粒子からなり,前記(B)層は,ポリビニルアセ

タール樹脂(Q),可塑剤(X)及び錫ドープ酸化インジウム粒子からな

り,前記錫ドープ酸化インジウム粒子は,前記(A)層中及び前記(B)

層中における平均2次凝集粒子径が80nm以下であり,2次凝集粒子径

100nm以上の粒子が前記(A)層中及び前記(B)層中に1個/μm

以下の密度となるよう分散されており,かつ,前記(A)層中及び前記

(B)層中に前記ポリビニルアセタール樹脂(P)及び前記ポリビニルア

セタール樹脂(Q)100重量部に対して0.01〜3.0重量部含有さ

れており,前記ポリビニルアセタール樹脂(Q)は,粘度平均重合度が1

000〜3000のポリビニルアセタール樹脂(R)と,前記ポリビニル

アセタール樹脂(R)との粘度平均重合度の差が1500以上であって粘

度平均重合度が3000〜5000のポリビニルアセタール樹脂(S)と

からなるものであり,かつ,アセタール化度が60〜85モル%,アセチ

ル基量が8〜30モル%,アセタール化度とアセチル基量との合計が75

モル%以上であり,前記可塑剤(X)100重量部に前記ポリビニルアセ

タール樹脂(Q)8重量部を溶解させた溶液の曇り点は50℃以下である




ことを特徴とする合わせガラス用中間膜。」

イ 引用例1(甲1)には,特定のポリビニルアセタール樹脂(Q)を用い

ることにより,(B)層は,広い温度領域において優れた遮音性を有する

ものとなること(【0062】,【0067】〜【0069】),さらに

積層構造とすることにより,各層の遮音性における温度依存性を重なり合

わせることができ,広い温度範囲での良好な遮音性を有する中間膜を得る

ことができること(【0025】)が記載され,また,遮音性を有する層

((A)層及び(B)層)中に遮熱性を有する粒子(ITO粒子)を均一
に分散させることにより,遮音性のほか遮熱性をも兼ね備えた中間膜を得

ることができること(【0025】)が記載されている。

(2) 引用例1発明の認定について

ア 審決は,引用例1には,2層の(A)層により(B)層を挟持した構

造を有し,(A)層には紫外線吸収剤を含み,(B)層には紫外線吸収

剤を含まないという特定の合わせガラス用中間膜が記載されていると認

定している。

確かに,引用例1には,「上記(A)層には,更に,必要に応じて,

押出機中での熱による変質を防止するための酸化防止剤,耐候性や耐光

性を改善するための紫外線吸収剤や光安定剤,界面活性剤,難燃剤,帯

電防止剤,耐湿剤,熱線反射剤,熱線吸収剤等の添加剤が添加されてい

てもよい。」(【0046】)と記載されており,(A)層には,必要

に応じて,紫外線吸収剤等の添加剤が添加されてもよいことが記載され

ているといえる。

しかし,上記(1)によれば,引用例1に記載された発明の技術的意義

は,特定のポリビニルアセタール樹脂(Q)を用いることにより,

(B)層は,広い温度領域において優れた遮音性を有するものとなるこ

と,さらに積層構造とすることにより,各層の遮音性における温度依存




性を重なり合わせることができ,広い温度範囲での良好な遮音性を有す

る中間膜を得ることができること,また,遮音性を有する層((A)層

及び(B)層)中に遮熱性を有する粒子(ITO粒子)を均一に分散さ

せることにより,遮音性のほか遮熱性をも兼ね備えた中間膜を得ること

ができることにあるものと認められる。

このような技術的意義を踏まえ,さらに,引用例1には,(B)層に

も,必要に応じて紫外線吸収剤等の添加剤が添加されてもよいことが記

載されていること(【0080】),及び,引用例1には,(A)層で
あるか(B)層であるかにかかわらず,そもそも紫外線吸収剤を添加し

たものが実施例として記載されていないことも併せ考慮すれば,引用例

1において(A)層及び(B)層に添加されてもよいとされる紫外線吸

収剤は,必要に応じてさらに添加されてもよいとして例示されている複

数の添加剤の一つとして記載されているにすぎないものであって,例示

されている複数の添加剤のうち,特に紫外線吸収剤を,(B)層ではな

く(A)層のみに添加するという特定の発明が記載されていると解する

ことはできない。

したがって,引用例1には,2層の(A)層により(B)層を挟持し

た構造を有し,(A)層には紫外線吸収剤を含み,(B)層には紫外線

吸収剤を含まないという特定の合わせガラス用中間膜が記載されている

とした審決の認定は誤りである。

イ 被告は,引用例1には,紫外線吸収剤を(A)層に添加する場合,

(B)層に添加する場合,及び,(A)層と(B)層の両層に添加する場

合の発明のいずれもが記載されており,審決は,このような多数の態様の

発明の中から(A)層に紫外線吸収剤を添加した態様の合わせガラス用中

間膜に関する発明を引用例1発明として認定したものであり,その認定に

誤りはない旨主張する。しかし,上記に説示したところに照らし,被告の




上記主張を採用することはできない。

(3) 本願補正発明と引用例1発明との対比について

ア 引用例1発明について

上記(1)及び(2)によれば,引用例1には,以下の発明が記載されている

ものと認められる。

「少なくとも,2層の(A)層と,その(A)層の間に挟着される

(B)層との3層からなる積層構造を有し,(A)層は,ポリビニルア

セタール樹脂(P),可塑剤(W)及び錫ドープ酸化インジウム粒子か
らなり,(B)層は,ポリビニルアセタール樹脂(Q),可塑剤(X)

及び錫ドープ酸化インジウム粒子からなる合わせガラス用中間膜であっ

て,

合わせガラスとしたときに,可視光透過率(Tv)が77.3〜8

5.0%,日射透過率(Ts)が47.5〜64.3%,ヘイズ (H

z)が0.5%,電磁波透過性(ΔdB)が0〜1dBである合わせガ

ラス用中間膜。」

イ 本願補正発明と引用例1発明との対比について

(ア) 引用例1発明における(A)層及び(B)層は,いずれも遮熱性能

を有するITO粒子を均一に分散させるものであり,本願補正発明にお

ける遮熱層に相当する(引用例1の【0025】)から,一致点及び相

違点は,以下のとおりとなる。

a 一致点

「少なくとも遮熱層を1層以上有する合わせガラス用中間膜であっ

て,遮熱層は,透明樹脂,可塑剤及び遮熱性能のある金属酸化物を含

有し,かつ,2枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとし

たときに,周波数0.1MHz〜26.5GHzにおける電磁波シー

ルド性能が10dB以下,ヘイズが1.0%以下,可視光透過率が7




0%以上,かつ,300〜2100nmの波長領域での日射透過率が

可視光透過率の85%以下である,合わせガラス用中間膜。」

b 相違点

本願補正発明は,透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット剤を含有する

紫外線遮蔽層を少なくとも1層以上有するものであり,その紫外線遮

蔽層は,2枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとしたと

きに,SAE J1796に準拠して測定した紫外線透過率が10%

以下であるのに対して,引用例1発明は,このような紫外線遮蔽層を
有するものでない点。

(イ) 以上のとおりであるから,審決が,本願補正発明と引用例1発明と

が,「少なくとも紫外線遮蔽層を1層以上有する」点,その紫外線遮蔽

層が,「透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット剤を含有する」ものである

点で一致すると認定したことは誤りである。審決は,本願補正発明と引

用例1発明とが上記の点において相違することを看過したものである。

(4) 小括

よって,原告主張の取消事由1には一応理由があるといえる。そこで,次

に,本願補正発明と引用例1発明との上記認定の一致点及び相違点を前提と

して,審決の容易想到性の判断に誤りがあるか否かを検討する。

2 取消事由2(周知技術の認定の誤り)について

(1) 原告は,審決は,国際公開03/18502号公報(周知例)の記載の

みに基づいて,その記載事項の全てが周知技術であるかのような認定をして

いるが,このような認定は誤りであると主張する。しかし,周知例として1

つの文献しか挙げていないからといって,そこに記載された事項が周知技術

でないとはいえない。原告の主張を採用することはできない。

(2)ア 原告は,周知例から把握される周知技術は,「可塑化ポリビニルアセ

タール樹脂組成物からなる合わせガラス用中間膜であって,遮熱性金属酸




化物としてITO微粒子,紫外線カット剤としてマロン酸系化合物を同一

の層中に含有することで,紫外線によるITO粒子とマロン酸系化合物と

の反応,及び,該反応に起因する周辺樹脂への作用を抑制し,もって紫外

線に対する優れた耐候性を有する合わせガラス用中間膜。」であるのに,

審決は,周知例に記載された上記作用機序を見落として,あたかもマロン

酸系化合物が紫外線によるITO粒子への作用と周辺樹脂への作用を抑制

しているかのように認定したものであり誤りであると主張する。

イ しかし,周知例(甲2)には以下の記載があり,これに照らし,原告の
主張を採用することはできない。

周知例には,遮熱性を有するITO等の金属酸化物を含有する合わせガ

ラス用中間膜において,熱,光(特に紫外線領域)等による耐久性試験に

より,ITO微粒子等が化学変化を起こしたり,それが周辺のポリビニル

アセタール樹脂マトリックスにまで影響を与えたりして,可視光透過率が

大きく低下し,黄色味が大きく増加することが記載されている(4頁5〜

11行,21頁28行〜22頁2行,22頁14〜17行)。

そして,周知例には,上記の黄色味が大きく増加すること(着色)に関

して,その原因として,@従来の紫外線吸収剤(ベンゾトリアゾール系化

合物)は,それ自体が黄色に着色するものであること,A従来の紫外線吸

収剤は,インジウム等と反応し,錯体(黄色)を形成すること,B従来の

紫外線吸収剤は,ITO微粒子分散系に適していないため,ITOが還元

して周辺マトリクス樹脂の酸化を招いたり,ITOが酸化したりして,黄

色に着色することが記載されており(21頁20行〜22頁2行),上記

@に関連して,「マロン酸系化合物及びシュウ酸アニリド系化合物等の吸

収域は可視光と重ならないので,着色を引き起こすこともない。」(22

頁22〜23行)と記載され,上記Aに関連して,「上記マロン酸系化合

物及びシュウ酸アニリド系化合物等は,重金属との錯体形成の要因となり




うるOH基等の官能基を有していないため,インジウム・錫等の金属を含

有する本発明の中間膜を作製する際の混合時や耐久性試験でのエネルギー

印加によっても錯体を形成することがなく,錯体形成による黄色着色や黄

変が起こりにくく,可視光透過率の低下を抑制できる。」(22頁27行

〜23頁2行)と記載され,上記Bに関連して,「上記紫外線吸収剤とし

てマロン酸系化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物等を含有するこ

とにより,熱や光(特に紫外線領域)等のエネルギーによりITO微粒子

等自体や分散安定剤が化学変化を起こしたり,それが周辺のポリビニルア
セタール樹脂マトリクスにまで影響を与えたりすることを抑制できる。」

(22頁14〜17行)と記載されている。

以上の記載によれば,周知例には,遮熱性を有するITO等の金属酸化

物を含有する合わせガラス用中間膜において,合わせガラス用中間膜に用

いる可塑化ポリビニルアセタール樹脂組成物に,紫外線吸収剤として,マ

ロン酸系化合物を含有させることにより,熱や光(特に紫外線領域)等の

エネルギーによりITO微粒子等自体や分散安定剤が化学変化を起こした

り,それが周辺のポリビニルアセタール樹脂マトリクスにまで影響を与え

たりすることを抑制でき,その結果,黄色に着色することや可視光透過率

の低下が抑制できることが記載されているといえる。

審決が認定した周知技術は,これと同旨であると認められ,その認定に

誤りはない。

(3) 小括

よって,原告主張の取消事由2は理由がない。

3 取消事由3(本願補正発明の進歩性の判断の誤り)について

(1) 本願補正発明の進歩性について

ア 周知例(甲2)には,@遮熱性を有するITO等の金属酸化物を含有

する合わせガラス用中間膜において,熱,光(特に紫外線領域)等によ




る耐久性試験により,ITO微粒子等が化学変化を起こしたり,それが

周辺のポリビニルアセタール樹脂マトリックスにまで影響を与えたりし

て,可視光透過率が大きく低下し,黄色味が大きく増加すること,Aこ

れを抑制するために,合わせガラス用中間膜に用いる可塑化ポリビニル

アセタール樹脂組成物に,紫外線吸収剤として,マロン酸系化合物及び

/又はシュウ酸アニリド系化合物を含有させることが記載されている

(4頁5〜11行,15頁26行〜16頁2行,21頁28行〜22頁

2行,22頁14〜17行)。
前記1(3)イのとおり,引用例1発明における(A)層及び(B)層

は,いずれもITO粒子を含有する遮熱層であるから,引用例1発明に

係る合わせガラス用中間膜においても,上記@の課題を有しているもの

と認められる。また,引用例1には,(A)層及び(B)層には必要に

応じて紫外線吸収剤等の添加剤が添加されてもよいことが記載されてい

ることは,前記1(2)のとおりである。したがって,周知例の記載に従

えば,引用例1発明における(A)層及び(B)層の各層に用いる各ポ

リビニルアセタール樹脂組成物に,紫外線吸収剤として,マロン酸系化

合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物を含有させることは,当業者

容易に想到することといえる。

そして,引用例1発明の(A)層及び(B)層に上記周知例のマロン

酸系化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物を含有させると,同

(A)層及び(B)層はいずれもITO粒子と上記周知例のマロン酸系

化合物及び/又はシュウ酸アニリド系化合物(紫外線吸収剤)とを含有

するものとなり,この周知例の紫外線吸収剤を含有させることにより,

(A)層が(B)層への紫外線遮蔽層として機能することになり,か

つ,(A)層を2枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとし

たときに,SAE J1796に準拠して測定した紫外線透過率を10




%以下とすることは,当業者が容易に達成し得るものと推認することが

できる。すなわち,引用例1発明に上記周知技術を組み合わせること

は,当業者が容易に想到するものであり,これにより本願補正発明の構

成及び性能を備えた「紫外線遮蔽層」が容易に得られるものと認められ

る。

また,引用例1発明に上記周知技術を組み合わせると,(B)層も,

遮熱性能のある金属酸化物と上記周知例の紫外線吸収剤を含有するもの

となるが,これも本願補正発明の「遮熱層」に該当するものである。
イ これらの点について,原告は,本願補正発明における「紫外線遮蔽

層」には,遮熱性能のある金属酸化物を含有せず,また,本願補正発明

における「遮熱層」には,紫外線吸収剤を含有しない旨主張しているよ

うにも解されるので,この点について念のため判断する。

まず,本願補正発明における「紫外線遮蔽層」の発明特定事項として

は,「透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット剤を含有し,2枚のクリアガ

ラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,SAE J1796

に準拠して測定した紫外線透過率が10%以下であること」と規定する

のみであり,「紫外線遮蔽層」が「遮熱性能のある金属酸化物を含有し

ないもの」であることを規定してはいない。したがって,本願補正発明

における「紫外線遮蔽層」には,「透明樹脂,可塑剤及び紫外線カット

剤を含有し」,上記準拠の「紫外線透過率が10%以下である」紫外線

遮蔽層であれば,「遮熱性能のある金属酸化物」をも含有するもので

あっても,これに包含されるものであると解するしかないところであ

る。

また,本願補正発明における「遮熱層」の発明特定事項としては,

「透明樹脂,可塑剤及び遮熱性能のある金属酸化物を含有し,かつ,2

枚のクリアガラスの間に介在させて合わせガラスとしたときに,周波数




0.1MHz〜26.5GHzにおける電磁波シールド性能が10dB

以下,ヘイズが1.0%以下,可視光透過率が70%以上,かつ,30

0〜2100nmの波長領域での日射透過率が可視光透過率の85%以

下であり,」と規定するのみであり,「遮熱層」が「紫外線カット剤を

含有しないもの」であることを規定してはいない。

したがって,本願補正発明における「遮熱層」には,「透明樹脂,可

塑剤及び遮熱性能のある金属酸化物を含有し」,上記電磁波シールド性

能等を備えたものであれば,「紫外線カット剤」をも含有するもので
あっても,これに包含されるものであると解するしかないところであ

る。

特に,本願補正発明については,平成22年4月26日に拒絶理由が

通知された後に,特許請求の範囲等について補正がなされ,平成23年

5月27日付けで拒絶査定された後,同年8月26日付けで拒絶査定

服審判が請求された際にも,特許請求の範囲について本件補正がされた

ことは前記第2の1に認定したとおりであり,このように2度にわたる

補正の機会があったのであるから,出願人である原告は,本願補正発明

について前記のような主張をするのであれば,本願補正発明における

「紫外線遮蔽層」が「遮熱性能のある金属酸化物を含有しないもの」で

あること等を特許請求の範囲に記載することは可能であったものであ

る。

このように,原告は,二度にわたる補正の機会がありながらも,その

特許請求の範囲に規定せずに,より広範な範囲を特許請求の範囲に記載

したままで拒絶査定不服審判を求めたのであるから,その特許請求の範

囲の記載どおりの広範な範囲のものとして,本願補正発明の要旨を認定

するほかない(最高裁第二小法廷平成3年3月8日判決民集45巻3号

123頁参照)。




ウ したがって,審決が,本願補正発明が引用例1発明及び周知技術に基

づいて当業者が容易に想到し得るものと判断したことは,その結論にお

いて誤りはない。

(2) 小括

よって,原告主張の取消事由3は理由がない。

4 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があるが,取消事由2及び3

にはいずれも理由がないことからすれば,審決には結論において誤りはなく,
これを取り消すべき違法はない。

よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお

り判決する。

知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 西 理 香




裁判官 田 中 正 哉