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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10387号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/09/19 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年9月19日判決言渡 平成24年(行ケ)第10387号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年9月5日 判 決 原 告 アルベマール・コーポレーション 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 長 沢 幸 男 矢 倉 千 栄 永 井 秀 人 稲 瀬 雄 一 弁 理 士 実 広 信 哉 被 告 株 式 会 社 カ ネ コ 化 学 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 津 國 肇 齋 藤 房 幸 安 藤 雅 俊 伊 藤 佐 保 子 弁 護 士 坂 田 洋 一 弁護士・弁理士 小 林 幸 夫 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 事 実 及 び 理 由 第1 原告の求めた判決 特許庁が無効2011−800120号事件について平成24年7月2日にした 審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,無効審判請求についての無効審決の取消請求訴訟である。争点は,@明 確性の有無についての判断の当否,Aサポート要件の具備の有無についての判断の 当否,B拡大先願発明との同一性の有無についての判断の当否である。 なお,以下,特許法のことを「法」と表記する。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「安定化された臭化アルカン溶媒」とする発明の本件特許第40 82734号の特許権者である。本件特許は,平成9年2月26日(パリ条約によ る優先権主張 外国庁受理 1996年3月4日 米国(US) を国際出願日とす ) る出願(特願平9−531832号)であり,平成20年2月22日,設定登録が なされた(請求項の数10)。 被告は,平成23年7月8日,本件特許の無効審判請求をし(無効2011−8 00120号),特許庁は,平成24年7月2日,「特許第4082734号の請求 項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする。 との審決をし, 」 同月12 日原告に送達された(出訴期間として90日付加。。 ) 2 本件発明の要旨 「【請求項1】 安定化された溶媒組成物であって,臭化n−プロピルを少なくと も90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドお よび1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部 分を含む溶媒組成物。 【請求項2】 該ニトロアルカンがニトロメタン,ニトロエタンまたはそれらの混 合物である請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。 【請求項3】該ニトロアルカンがニトロメタンである請求の範囲第1項記載の溶 媒組成物。 【請求項4】該溶媒部分が臭化n−プロピルを90から92重量%含有する請求 の範囲第1項記載の溶媒組成物。 【請求項5】該溶媒部分が臭化n−プロピルを94から98重量%含有する請求 の範囲第1項記載の溶媒組成物。 【請求項6】該安定剤系部分がニトロアルカンを0.045から1.0重量%, 1,2−ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1,3−ジオキ ソランを2.0−6.0重量%含む請求の範囲第1項記載の溶媒組成物。 【請求項7】該溶媒部分が臭化n−プロピルを90から92重量%含有する請求 の範囲第6項記載の溶媒組成物。 【請求項8】該溶媒部分が臭化n−プロピルを94から98重量%含有する請求 の範囲第6項記載の溶媒組成物。 【請求項9】物品を洗浄する方法であって,臭化n−プロピルを少なくとも90 重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン, 2−ブチレンオキサイドおよび1, 1, 3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む 室温から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法。 【請求項10】物品を洗浄する方法であって,臭化n−プロピルを少なくとも9 0重量%含有する溶媒部分とニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドおよび 1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分を 含む溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該物品をさらすことを含む方法。」 (以下,各請求項に係る発明は,請求項の数字に応じて「本件発明○」 (○は請求 項の数字)と表記する。) 3 被告が審判で主張した無効理由 (1) 無効理由1 本件発明1〜3,5,6,8〜10は,本件優先日前の出願を基礎とする優先権主張を伴う 出願であって,優先日後に公開された特許出願の願書に最初に添付した明細書(特開平8−3 37795号公報。甲1,先願明細書)及びその優先権主張の基礎となる特許出願の願書に最 初に添付された明細書(特願平7−86888号明細書。甲2,優先権明細書)に記載された 発明と同一である。 (2) 無効理由2 本件発明1〜10は,本件優先日前に頒布された甲3(特開平6−220494号公報) ,4 (米国特許第5,403,507号明細書),5(特開平7−292393号公報)に記載され た発明に基づいて,優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 無効理由3 本件発明1〜10は,本件優先日前に頒布された甲3, (特開昭49−87606号公報) 6 , 7(特開昭44−20082号公報)に記載された発明に基づいて,優先日前に当業者が容易 に発明をすることができたものである。 (4) 無効理由4 本件発明1〜3,5,6,8〜10は,本件優先日前に頒布された甲8(特開昭56−25 118号公報),3に記載された発明に基づいて,優先日前に当業者が容易に発明をすることが できたものである。 (5) 無効理由5 本件発明1〜10は,本件優先日前に頒布された甲9(米国特許第3,238,137号明 細書),3に記載された発明に基づいて,優先日前に当業者が容易に発明をすることができたも のである。 (6) 無効理由6 本件発明1〜5,9,10は,本件優先日前に頒布された甲10(米国特許第4,394, 284号明細書),3に記載された発明に基づいて,優先日前に当業者が容易に発明をすること ができたものである。 (7) 無効理由7 本件特許は,特許請求の範囲の記載が,法36条6項1号に適合せず,法36条6項に規定 する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 (8) 無効理由8 本件特許は,発明の詳細な説明の記載が,法36条4項に規定する要件を満たしていない特 許出願に対してされたものである。 (9) 無効理由9 本件特許は,特許請求の範囲の記載が,法36条6項2号に適合せず,法36条6項に規定 する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 ア 無効理由9−1 請求項1には「少なくとも90重量%含有する溶媒部分」と記載されているが,この「90 重量%」は, 「溶媒部分」に対する割合をいうのか,あるいは「溶媒組成物」全体に対する割合 をいうのかが不明確である。 イ 無効理由9−2 請求項1には「1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが,発明の 詳細な説明には, 「本溶媒系に1,4−ジオキサンを含めない,即ちこれが本溶媒組成物を構成 する量を不純物量のみ,即ち500ppm未満にする。少しの1,4−ジオキサンも本溶媒組 成物に存在させないのが好適である。」と記載されており,1,4−ジオキサンの含有量が50 0ppm未満まで許容されているのか不明である。 ウ 無効理由9−3 請求項1には「ニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドおよび1,3−ジオキソラン を含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが,本件発明1 は,溶媒部分と安定剤系部分を含む溶媒組成物に関するものであるところ,溶媒部分に1,4 −ジオキサンを含んでよいかが明らかでない。 エ 無効理由9−4 請求項1には「1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分」と記載されているが, 「1,4 −ジオキサンを含まない安定剤系部分」との記載では,1,4−ジオキサン以外にも毒性(発 がん性)は強いが,安定剤として有用な,アミン類等の化合物が他の成分として含まれてもよ いことになってしまい,この場合は,本発明の目的である「使用者および環境の両方に優しく て高い効果を示す脱グリ−ス用および洗浄用溶媒を提供すること」が達せられないことになっ てしまい,自己矛盾を来たすことになる。 オ 無効理由9−5 請求項1には,「安定化された溶媒組成物」と記載されている。 しかし,請求項にも発明の 詳細な説明にも「安定化」の定義について明確に記載した部分がなく, 「安定化」が何をどのよ うに安定化することを意味するのかが明確でない。 また,発明の詳細な説明の記載からは,安定化を受けさせた脱グリ−ス用および洗浄用溶媒 組成物が前提として存在し,これにさらに安定剤系を加えて安定化させるように解されるとこ ろ,安定剤系を加える前の「安定化」,及び安定剤を加えたことによる「安定化」のそれぞれの 意義,相互の意義の違いが明らかでない。 カ 無効理由9−6 請求項1には, 「ニトロアルカン」と記載されているが,当該アルカンにおける炭素原子数が 不明確である。 キ 無効理由9−7 請求項8には,溶媒部分が「臭化n−プロピルを94から98%含有する請求の範囲6項記 載の溶媒組成物」と記載され,請求項8が引用する請求項6には, 「ニトロアルカンを0.04 5から1.0重量%,1,2−ブチレンオキサイドを0.045から1.0重量%および1, 3−ジオキソランを2.0−6.0重量%含む」と記載されている。 ここで,請求項6に記載された範囲のうち,最低含有量を選択した場合,その合計が2.0 9重量%で, 「臭化n−プロピル」は97.91重量%を超える値をとることができず,請求項 8の記載と矛盾する。 4 審決の理由の要点 審決は,無効理由9に関し,9−1〜4,6,7は理由がないが,無効理由9− 5は本件発明1〜8について理由があると判断した。すなわち,請求項1における 「安定化された」との記載は不明確なので,請求項1及びこれを直接又は間接に引 用する請求項2〜8は明確性の要件を欠くと判断した。 そして,仮定的に原告の主張に沿って「安定化」の意義を「金属腐食の遅延」と 解釈した上で更に特許請求の範囲を検討した結果,無効理由7(法36条6項1号) は本件発明5,8〜10について理由があり,無効理由8はすべて理由がないと判 断した。 無効理由1(法29条の2)は,本件発明1〜3,5,9,10について理由が あり,本件発明6,8については理由がないと判断し,無効理由2〜6については, すべて理由がないと判断した。すなわち, 「安定化された溶媒組成物」との発明特定 事項を有しない請求項9及び10は,そのすべての範囲で課題を解決することがで きないし,また,請求項5及び8に係る発明である臭化n−プロピルを94から9 8重量%含有する点は発明な詳細に記載されていないので,サポート要件を欠く, さらに,本件発明1〜3,5,9,10は,甲1の願書に添付した明細書に記載さ れた拡大先願発明と同一であると判断した。 (1) 明確性の要件について 本件発明1における「安定化された溶媒組成物」との記載について,金属の種類 が異なれば,同じ溶媒組成物を用いて同一の使用条件で腐食試験を実施しても,金 属腐食が生じる場合と生じない場合があり,また,温度が異なれば,同じ溶媒組成 物を使用しても金属腐食が生じる場合と生じない場合があるので,使用条件が特定 されていない「安定化された溶媒組成物」との記載は明確ではなく,本件発明1及 びこの発明を直接又は間接的に引用する本件発明2〜8は明確性の要件を欠く。 (2) サポート要件について ア 本件発明9,10について 本件発明1〜8は,安定化された溶媒組成物」 「 との発明特定事項を有するところ, 安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲以外,特に下限値を下回 るもので,結果的に「金属腐食の遅延化をもたらす」との課題が解決できないもの は, 「安定化された溶媒組成物」ではなく,本件発明1〜8の範囲外になるものであ る。これに対して,本件発明9,10は, 「安定化された溶媒組成物」との発明特定 事項を含んでおらず,安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲以 外,特に好適範囲の下限値を下回るものを含むものであるから,そのようなものに あっては,必ずしも「金属腐食の遅延化をもたらす」との課題が解決できるとはい えない。したがって,本件発明9,10は,その範囲すべてにおいて発明の課題が 解決できるとはいえない。 イ 本件発明5,8について 本件発明5は,該溶媒部分が臭化n−プロピルを94から98重量%含有する請 「 求項1記載の溶媒組成物」であり,本件発明8は, 「該溶媒部分が臭化n−プロピル を94から98重量%含有する請求項6記載の溶媒組成物」である。一方,発明の 詳細な説明には,臭化n−プロピルが本溶媒組成物の94−97重量%になるよう 「 にしてもよい。」と記載されてはいるものの,臭化n−プロピルを「94から98重 量%含有」すること, 「97から98重量%含有」することの記載はない。発明の詳 細な説明には, 「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含む」ことについて記載 され, 「少なくとも90重量%含む」との数値範囲に「94から98重量%含む」と の数値範囲を包含し, 「94から98重量%含む」という技術思想が「少なくとも9 0重量%含む」という技術思想の下位概念には当たるものの,下位概念と上位概念 で表現された発明は,技術思想としては別のものといわざるを得ない。そうすると, 本件発明5,8において「該溶媒部分が臭化n−プロピルを94から98重量%含 有する」との発明特定事項が,そもそも発明の詳細な説明に一切記載されておらず, 本件発明5,8は「発明の詳細な説明に記載された発明」ということはできない。 (3) 拡大先願発明との同一性について 無効理由1に掲記の先願明細書及び優先権明細書の双方に記載されている事項に 基づいて,審決は,次のとおり拡大先願発明を認定した。 ア(ア) 拡大先願発明1 1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオ キサイド0.1〜1重量部を含有することを特徴とする安定化された1−ブロモプロパン組成 物であって,併用することが可能な安定剤として,1,4ジオキサン,1,3−ジオキソラン, 1,3,5−トリオキサン等の環状エ−テル類,1,2−ジメトキシエタン等の鎖状エ−テル, イソプロパノ−ル,tert−ブチルアルコ−ル,tert−アミルアルコ−ル等の飽和アル コ−ル類,2−メチル−3−ブチン−2−オ−ル等の不飽和アルコ−ル類,フェノ−ル,チモ −ル,2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾ−ル,カテコ−ル等のフェノ−ル類,チオ シアン酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含む 組成物 (イ) 拡大先願発明2 1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオ キサイド0.1〜1重量部を含有することを特徴とする安定化された1−ブロモプロパン組成 物であって,併用することが可能な安定剤として,1,4ジオキサン,1,3−ジオキソラン, 1,3,5−トリオキサン等の環状エ−テル類,1,2−ジメトキシエタン等の鎖状エ−テル, イソプロパノ−ル,tert−ブチルアルコ−ル,tert−アミルアルコ−ル等の飽和アル コ−ル類,2−メチル−3−ブチン−2−オ−ル等の不飽和アルコ−ル類,フェノ−ル,チモ −ル,2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾ−ル,カテコ−ル等のフェノ−ル類,チオ シアン酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含む 組成物を蒸気洗浄又は常温洗浄に用いる方法 イ 本件発明1と拡大先願発明1との一致点及び相違点 (一致点) 安定化された溶媒組成物であって,臭化n−プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン, 1,2−ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む溶媒組成物 (相違点) 相違点(@)「安定剤系部分」として,本件発明1が「1,3−ジオキソランを含んでいて : 1,4−ジオキサンを含まない」のに対し,拡大先願発明1が「1,4ジオキサン,1,3− ジオキソラン,1,3,5−トリオキサン等の環状エ−テル類,1,2−ジメトキシエタン等 の鎖状エ−テル,イソプロパノ−ル,tert−ブチルアルコ−ル,tert−アミルアルコ −ル等の飽和アルコ−ル類,2−メチル−3−ブチン−2−オ−ル等の不飽和アルコ−ル類, フェノ−ル,チモ−ル,2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾ−ル,カテコ−ル等のフ ェノ−ル類,チオシアン酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ば れる安定剤を含むことが可能である」点 相違点(A) :本件発明1は「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対し, 拡大先願発明1は「1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部及び1, 2−ブチレンオキサイド0.1〜1重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない 点 ウ 相違点(@)について 先願明細書に,併用することが可能な安定剤としていくつかの成分の例示があれ ば,それら例示成分の中から1つの成分のみを選択するのが通常の実施態様と考え られるので,1,3−ジオキソランを単独で添加するものも,拡大先願発明1の一 実施態様として記載されているということができる。そして,相違点(@)が実質 的な相違でないというためには,併用することが可能な安定剤として,1,3−ジ オキソランのみを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない態様が,@発明として 完成していること,及び,A先願明細書に実施例として記載されている,併用可能 な安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤(チオシアン酸メチ ル)を含むものと比べて顕著な効果を奏するものではないこと(選択発明でないこ と)が必要である。本件発明1の「安定化された溶媒組成物」とは,何らかの使用 条件において「安定剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化」という効果を もたらすものであればよいところ,併用することが可能な安定剤として,1,3− ジオキソランのみを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない態様は,少なくとも, 安定剤として1,3−ジオキソランを単独で含有する先願明細書の比較例13に記 載の組成物と同等である上記効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的に 先願明細書に記載されていたといえ,また,1,3−ジオキソランのみを含む態様 は,併用する安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤を含むも のと比べて顕著な効果を奏するということはできないし,1,4−ジオキサンによ る健康被害は当業者の技術常識で,1,4−ジオキサンを含まないことによる効果 は当業者にとって自明のものなので,相違点(@)は実質的な相違ではない。 エ 相違点(A)について チオシアン酸メチル以外の併用する安定剤であっても,チオシアン酸メチルの場 合と同程度の量を用いることは当業者に明らかなので,甲1におけるチオシアン酸 メチルを含む実施例に基づいて計算すると,臭化n−プロピルの含有量は少なくと も90重量%といえ,また,技術常識から,併用される安定剤の配合量はニトロメ タンや1,2−ブチレンオキサイドとかけ離れた量で含まれることはないと解され るから,併用される安定剤の量も1重量部を上限として含まれるものと解され,こ の点からも,臭化n−プロピルの含有量は少なくとも90重量%といえる。したが って,相違点(A)は実質的な相違ではない。 オ 本件発明2,3,5について 本件発明2,3は本件発明1を限定したものであるが,拡大先願発明1は安定剤 として「ニトロメタン」を用いているから,この点は新たな相違点にはならない。 また,本件発明5も本件発明1を限定したものであるが,この点も新たな相違点に ならない。よって,本件発明2,3,5は拡大先願発明1と同一と認められる。 カ 本件発明9について 本件発明9と拡大先願発明2とは, 「物品を洗浄する方法であって,臭化n−プロピルを含有 する溶媒部分とニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む室温 から55℃の範囲内の温度の溶媒組成物に該物品を浸漬することを含む方法」である点で一致 し,以下の2点で一応相違する。 (C) 「安定剤系部分」として,前者が「1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオ キサンを含まない」のに対して,後者が「1,4ジオキサン,1,3−ジオキソラン,1,3, 5−トリオキサン等の環状エーテル類,1,2−ジメトキシエタン等の鎖状エーテル,イソプ ロパノール,tert−ブチルアルコール,tert−アミルアルコール等の飽和アルコール 類,2−メチル−3−ブチン−2−オール等の不飽和アルコール類,フェノール,チモール, 2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾール,カテコール等のフェノール類,チオシアン 酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含むことが 可能である」点 (v)前者は「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して,後者は 「1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオ キサイド0.1〜1.0重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない点 上記相違点(C)(v)は,本件発明1と拡大先願発明1との相違点(i)(A) , , とそれぞれ同じものである。 そうすると,上記で述べたとおり,これらの相違点 は,実質的な相違ではない。 よって,本件発明9は拡大先願発明2と同一と認められる。 キ 本件発明10について 本件発明10と拡大先願発明2とを対比すると,本件発明10と拡大先願発明2とは, 「物品 を洗浄する方法であって,臭化n−プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン,1,2− ブチレンオキサイドを含む安定剤系部分を含む溶媒組成物の沸騰体から発散して来る蒸気に該 物品をさらすことを含む方法」である点で一致し,以下の2点で相違する。 (E) 「安定剤系部分」として,前者が「1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオ キサンを含まない」のに対して,後者が「1,4ジオキサン,1,3−ジオキソラン,1,3, 5−トリオキサン等の環状エーテル類,1,2−ジメトキシエタン等の鎖状エーテル,イソプ ロパノール,tert−ブチルアルコール,tert−アミルアルコール等の飽和アルコール 類,2−メチル−3−ブチン−2−オール等の不飽和アルコール類,フェノール,チモール, 2,6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾール,カテコール等のフェノール類,チオシアン 酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含むことが 可能である」点 (F)前者は「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する」のに対して,後者は 「1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオ キサイド0.1〜1.0重量部を含有」し,その他の安定剤の含有量が明確でない点 上記相違点(E)(F)も,本件発明1と拡大先願発明1との相違点(i)(A) , , とそれぞれ同じものである。そうすると,これらの相違点は,実質的な相違ではな い。 よって,本件発明10は拡大先願発明2と同一と認められる。 第3 原告主張の審決取消事由 1 明確性について (1) 「安定化された」との用語の解釈 原告は,審判における上申書で,請求項1記載の「安定化された」との用語を, その通常の意味に即して,「本件発明における『安定化』とは,正確には,ある溶 媒と接触する金属が,当該溶媒への安定剤の添加により,安定剤を添加しない場合 に比べてより腐食しにくくなることを意味します。端的に述べれば,本件発明にお ける『安定化』とは金属腐食の遅延化です。」(甲62・3頁10〜13行目)と 解している。かかる解釈は,「安定化された」との用語をよく用いる当業者の一般 的な理解にも合致するものである。 (2) 審決における明確性判断の誤り ア 「安定化された」の意味は当業者にとって明確である 本件発明における「安定化」の意味をより正確に定義すれば,「ある溶媒と接触 する金属が,当該溶媒への安定剤の添加により,安定剤を添加しない場合に比べて より腐食しにくくなること」である。 審決は,「本件明細書のその他の記載をみても,安定剤を含まないものよりも含 むものの金属腐食時間が延びれば,それが『安定化された溶媒組成物』であること を意味する趣旨の記載はなく」と述べて,本件明細書において「安定化された」の 用語が定義されていないことを指摘した。 確かに,本件明細書において一義的に明確な「安定化された」の定義がなされて いないが,それは,ハロゲン化炭化水素溶媒の技術分野において,一般に,「安定 化」が金属腐食の遅延化を意味するものとして理解されており,当業者にとってそ の意味が明確であったからである。それゆえ,「安定化」という用語は,特許明細 書の中でわざわざ定義せずに用いるのが通常であり,このことは,n−臭化プロピ ル(1−ブロモプロパン)の安定化を目的とする発明を開示する特開平8−337 795号公報(甲1),特開平6−220494号公報(甲3)や,ハロゲン化炭 化水素溶剤の安定化を目的とする発明を開示する特開昭49−87606号公報 (甲6)において,「安定化」や「安定化された」といった用語が定義されずに用 いられていることに照らしても明らかである。また,特公昭58−51996号公 報(甲67),特開昭61−183399号公報(甲68)及び特開昭63−63 797号公報(甲69)でも「安定化」という用語は用いられている。 以上のとおり,本件発明における「安定化」との用語は,当該技術分野において, 金属腐食の遅延化を意味するものと一般に理解されており,当業者にとってその意 味は明確であるから,本件明細書に「安定化された」の定義が記載されていないか らといって,そのことを根拠に,「安定化された溶媒組成物」の記載が不明確とい うことはできない。 さらに言えば,請求項1は,安定化された溶媒組成物であって, 「 ・・・溶媒部分と・・・ 安定剤系部分を含む溶媒組成物」と規定しているところ,「安定剤」あるいは「安 定剤系」という用語は,「安定化された」と同じ意味内容を表している。しかし, これらの用語の明確性については,被告は全く争っておらず,審決においても一切 議論されていない。そうすると,「安定剤」あるいは「安定剤系」が当業者にとっ て不明確とはいえないことに疑問の余地はないから,「安定化された」も同様に, 不明確とはいえないというべきである。 イ 「安定化された」が金属腐食の遅延化を意味することが本件明細書に記 載されていないとはいえない 本件明細書には,「安定化」,「安定である」,「安定剤」といった用語が繰り 返し登場する。これらの用語は,一般的に使用されるものであり,当業者にとって その意味は明確であるため,本件明細書及び前述した各特許明細書においても,定 義されることなく使用されている。これらの用語が,「安定化された」とは切り離 せない関係にあり,同じ意味内容を表している。そして,本件明細書において上記 の各用語がどのように用いられているかを見れば,「安定化された」との用語が, 金属腐食を遅延させる状態にあることを意味するのは明らかである。 本件明細書(2頁32行目〜3頁8行目)によれば,安定剤を添加していない臭 化n−プロピルを低い温度で用いる場合は,「かなり安定である」が,69−71℃ という高い温度で用いる場合は, 「金属の腐食がもたらされる可能性がある」ため, 「安定化が必要である」。そのような金属の腐食がもたらされるのは,「金属が臭 化n−プロピルの脱臭化水素化反応の触媒になることでHBrが生じ,今度はそれ が上記金属の腐食で利用され得る」ためであるところ,「上記金属の触媒活性を低 くしそして/または生じる全てのハロゲン化水素を失活させる」のが「安定剤」で ある。言い換えれば,「安定剤」とは,金属の腐食をもたらす原因を弱めることに よって,金属の腐食を遅延させるものである。そして,本件発明は,溶媒部分と「安 定剤系」により構成される,「安定化を受けさせた」脱グリ−ス用及び洗浄用溶媒 組成物に関するものであり,本件発明の目的は,「臭化溶媒と安定剤系の最良組み 合わせ」を見付けることにある。 以上によれば,審決が「本件明細書のその他の記載をみても,安定剤を含まない ものよりも含むものの金属腐食時間が延びれば,それが『安定化された溶媒組成物』 であることを意味する趣旨の記載はなく」と述べたのは,誤りというほかない。本 件明細書の記載によれば,本件発明における「安定化された」が,臭化n−プロピ ルに「安定剤」又は「安定剤系」を添加して臭化n−プロピルを「安定化」させる ことにより,金属腐食を遅延させることを意味しているのは明らかである。 ウ 「安定化された」が溶媒組成物の物性を規定するものではないことを理 由に原告の解釈を否定したのは誤りである 審決は,本件発明における「安定化された」が,原告の主張する意味も含み得る ことを認めたにもかかわらず,「『安定化された』との用語を,上記のように解す ることができるとしても,・・・『溶媒組成物』そのものの物性を規定するものではな い」ことを理由に,結論として原告の解釈を否定した。 しかし,原告の解釈によれば,「安定化された」との用語は,金属腐食を遅延さ せる状態にあることを意味し,溶媒に安定剤を添加して得られた溶媒組成物の物性 を規定していることは疑いようがない。したがって,「安定化された」が「『溶媒 組成物』そのものの物性を規定するものではない」とする審決の見解は誤っている。 エ 使用条件が特定されていないことだけを理由に,「安定化された」の明 確性を否定することはできない 審決は,「金属の種類によって腐食しやすさが異なるとの一般的な技術常識」が あり,また,同じ溶媒組成物であっても,「温度を高くすると低い場合よりも金属 腐食が起きやすくなる」から,「同一の溶媒組成物を用いても,使用条件によって は『安定化された』場合とそうでない場合が存在し得る」ということを理由に,「使 用条件が特定されていない『安定化された溶媒組成物』との記載は明確であるとは いえない」と判断した。 確かに,金属の種類や溶媒組成物の温度によって腐食しやすさが異なるというこ とはよく知られているが,それだけを理由に「安定化された」との記載が不明確で あると断じるのは間違っている。以下に述べるとおり,「安定化された」は,使用 条件が特定されていなくとも明確性に欠けるところはない。 まず,審決は,「安定化された」に係る原告の解釈を正しく理解できていない。 「安定化」が,金属腐食の遅延化を意味するという原告の解釈において,金属が同 一の種類であること,及び,安定剤の添加の前後で溶媒の温度が一定であることは 当然の前提とされているのであり,そのことは当業者にとっては自明である。そう しなければ,金属腐食の遅延が安定剤の添加によってもたらされたのかどうかを判 断できないためである。「安定化された」との用語を解釈する際に,同一種類の金 属と一定温度の溶媒を使用することが前提となっているのは当業者にとって自明で ある以上,金属の種類や溶媒組成物の温度によって腐食しやすさが異なるというこ とだけを理由に,「安定化された」の意味が不明確ということはできない。 また,本件発明1ないし8は,方法の発明ではなく,溶媒と安定剤とによって構 成される溶媒組成物の発明である。したがって,それらがどのような条件の下で使 用されるかということは,それによってその溶媒組成物自体が異なるものになるわ けではないから,請求項の記載が明確かどうかを判断するに当たっては無関係な事 項である。 オ 本件明細書の実施例に記載された使用条件下で金属腐食が観察されない 場合にのみ,「安定化された」が明確であるとする誤った前提に基づいている 審決は,原告の解釈が誤っている理由を,以下のように述べて,「安定化された」 が不明確であるとの結論を導いた。すなわち,審決によれば,「本件明細書の記載 からみて,その実施例に記載される使用条件下で金属腐食が観察されない溶媒組成 物は『安定化された』ものとし,金属腐食が観察されるものは『安定化されていな い』とする判断基準として解し得る」のであって,「『安定化された溶媒組成物』 とは何らかの使用条件では『安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点 であっても,安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が腐食し ない』との現象が生じる『溶媒組成物』をすべて含むものの意味には解することは できない」。そして,「安定化された」との用語が明確であるといえるのは,上記 のような解釈をした場合に限られ,それ以外の解釈によった場合には「安定化され た」は不明確であるところ,原告の解釈は後者の場合に当たるため,「安定化され た溶媒組成物」との記載が不明確であるという。 しかし,かかる立論には,いくつかの誤りが含まれている。第一に,実施例に記 載された使用条件の下で金属腐食が観察されなかった場合のみ,溶媒組成物が「安 定化された」といえるとする審決の考え方は,「使用条件が特定されていない『安 定化された溶媒組成物』との記載は明確であるとはいえない」という誤った前提に 基づいている。また,本件明細書には,「安定化された」との用語に係る審決の理 解を裏付ける記載は一切存在せず,審決が採った解釈は,本件発明が属する技術分 野における技術常識にも反する。第二に,審決において挙げられている「安定化さ れた」に係る原告の解釈を採るべきでない理由は,いずれも合理的といえないばか りか,「安定化された」が明確であるかどうかという問題とは無関係である。例え ば,審決は,「本件明細書のその他の記載をみても,安定剤を含まないものよりも 含むものの金属腐食時間が延びれば,それが『安定化された溶媒組成物』であるこ とを意味する趣旨の記載はなく」というが,本件明細書に「安定化された」の定義 が記載されていないのは,それが金属腐食を遅延化させることを意味することが当 業者には明らかであったためであり,このことは,むしろ原告の解釈が正しいこと を裏付けている。また,審決は,本件明細書の実施例が「安定剤を含まない溶媒組 成物との金属腐食時間の差を比較するものではない」ともいうが,臭化n−プロピ ルが10〜20分の短時間のうちにアルミニウムを腐食することは既によく知られ ていたのであるから(甲3【0004】参照),臭化n−プロピルを単独で用いた 場合の実験データが本件明細書の実施例において示されていないからといって,当 該実施例が「安定剤を含まない溶媒組成物との金属腐食時間の差を比較するもので はない」ということはできない。第三に,審決は,「安定化された」に係る原告の 解釈が,審決が採用した解釈とは異なっていることだけを理由に,請求項1〜8が 不明確であると結論付けたが,クレーム解釈の違いを理由に,当該クレームが明確 性の要件を満たすかどうかを論じるのは適切でない。 したがって,本件明細書の実施例に記載された使用条件下で金属腐食が観察され ないことを意味する場合にのみ,「安定化された」の用語が明確であるとした審決 の判断は,誤っている。 カ 「安定化された」を,本件明細書の実施例の実験条件に基づいて限定解 釈すべき理由はない 審決は,「実施例の使用条件下において,金属腐食が観察される溶媒組成物であ れば『安定化された溶媒組成物』ではな」いと述べた。しかし,本件明細書の実施 例は,あくまで,臭化n−プロピルに安定剤を添加した溶媒組成物にアルミニウム 等の金属を24時間浸漬しても腐食が全く観察されなかったことを実証することに より,請求項記載の発明が,本件明細書に記載された発明の目的を達成することが できるものであることを示すための例にすぎない。現に,本件明細書においても, 実施例は「本発明の溶媒組成物が有する効果的性質を説明する」ものとして記載さ れているのであり,「本実施例は本明細書に記述する発明の範囲を限定するとして 決して解釈されるべきでないことを意図する」ということが明記されている(4頁 8〜9行目)。 したがって,本件発明における「安定化された」との用語を,本件明細書の実施 例の実験条件に基づいて限定解釈する理由はないのであり,そのような解釈を前提 とする審決の判断は,誤っているというべきである。 キ 小括 以上のとおり,審決における明確性要件についての判断には,誤りがある。 2 サポート要件について (1) 請求項5,8 請求項5及び8は,それぞれ請求項1及び6に, 「該溶媒部分が臭化n−プロピル を94から98重量%含有する」という限定を加えた従属クレームである。審決は, 「発明の詳細な説明には,臭化n−プロピルが本溶媒組成物の94−97重量%に 『 なるようにしてもよい。 公報第5欄第30〜32行) ( 』 と記載されてはいるものの, 『臭化n−プロピルを94から98重量%含有する』ことについては一切記載がな い」と述べて,請求項5及び8がサポート要件を充足しないと判断した。 しかし,本件明細書に記載された3つの安定剤の含有量の範囲に照らせば,臭化 n−プロピルの含有量の上限は,請求項記載の「98重量%」を上回る99.81 重量%となる。すなわち,本件明細書には, 「このニトロアルカンの使用量は一般に 0.045から1.0重量%の範囲内である。好適な量は0.25から1.0重量% の範囲,最も好適には0.3から0.6重量%の範囲内である。1,2?ブチレンオ キサイド成分を一般に0.045から1.0重量%の範囲内の量で存在させ,好適 には0.25重量%から1.0重量%,最も好適には0.3から0.6重量%の範 囲内の量で存在させる。1,3?ジオキソラン成分の適切な量は0.1から10.0 重量%の範囲内の量である。好適な量は2.0から6.0重量%の範囲内である。」 (3頁27〜34行目)と記載されており,臭化n−プロピルと安定剤の量を全て 足せば,当然100重量%となる。したがって,ニトロアルカン,1,2?ブチレン オキサイド及び1,3?ジオキソランの含有量として,本件明細書記載範囲の下限値 をとった場合(ニトロアルカンを0.045重量%,1,2−ブチレンオキサイド を0.045重量%,そして,1,3−ジオキソランを0.1重量%とした場合), 臭化n−プロピルの含有量は99.81重量%となる。 このように,本件明細書は,臭化n−プロピルを「94から98重量%」含有す る構成を全て開示しているから,本件発明5及び8が明細書の発明の詳細な説明に 記載された発明とはいえないとする審決の判断は誤っている。 (2) 請求項9,10 請求項9及び10は,臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部 「 分とニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドおよび1,3−ジオキソランを 含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」を用い て,物品を洗浄する方法を記載しており,請求項1に記載されたものと同じ溶媒組 成物を用いて,物品を洗浄する方法の発明である。 審決は,請求項9及び10がサポート要件に違反する理由として,これらの請求 項が,請求項1における「安定化された溶媒組成物」という発明特定事項を含んで おらず, 「請求項1〜8に記載される『溶媒組成物』を引用して記載するものでもな い」ことを挙げた。また,審決は, 「請求項9及び10の特許を受けようとする発明 は,安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲以外,特に好適範囲 の下限値を下回るものを含むものであるから,そのようなものにあっては,必ずし も『金属腐食の遅延化をもたらす』との課題が解決できるといえない」とも述べた。 しかし,請求項1と請求項9及び10には,全く同じ溶媒部分と安定剤系部分と を同じ含有量比で組み合せた溶媒組成物が記載されている以上,請求項9及び10 に係る発明において使用される溶媒組成物が,請求項1に係る溶媒組成物と同じも のを指し,それゆえ「安定化された」ものであることは明らかである。そうすると, 本件発明9及び10が,安定剤の含有量の好適範囲として記載されている数値範囲 「 以外」を含むとする審決の判断は誤っており,本件発明1と本件発明9及び10は, 安定剤の含有量の好適範囲を同じくしているというべきである。審決は,請求項1 が本件明細書によって完全にサポートされていると判断したのであるから,それと 同じ溶媒組成物を使用する請求項9及び10が, 「安定化された」との用語を含んで いないからといって,それだけを理由に,サポート要件に違反しているとの結論を 導くことは許されない。 加えて,審決が前提とした,請求項9及び10で使用される溶媒組成物に「安定 化」されていない溶媒組成物が含まれるとの考え方は,本件明細書の記載にも反し ている。すなわち, 「本発明は安定化を受けさせた(stabilized)脱グリ −ス用および洗浄用溶媒組成物に関し」 (3頁4〜6行目)との記載に表れていると おり,本件明細書には,本件発明は,金属の腐食を妨げることを目的として臭化n −プロピルを安定化させることに関するものであるということが,終始一貫して記 載されている。したがって,当業者であれば,請求項9及び10が,請求項1と同 じように,金属腐食の遅延化を達成することのできる,安定化された溶媒組成物を 使用するものであることを,当然に理解することができる。 (3) 小括 以上のとおり,本件発明5及び8ないし10がサポート要件に違反するとした審 決の判断は誤りである。 3 同一性について 審決は,本件発明1〜3,5,9及び10は,拡大先願発明と同一であるとして, 当該特許を無効と判断したが,かかる判断は誤っている。 (1) 甲1記載の発明の認定 審決は,甲1記載の発明として,2つを認定した。 審決が認定した拡大先願発明1は,甲1の段落【0015】の記載に基づく組成 物であり,審決において,本件発明1〜3,5,6及び8との異同が検討された。 なお,甲1の段落【0015】の記載は,単に,ニトロメタン及び1,2−ブチレ ンオキサイドを含有する1−ブロモプロパン(臭化n−プロピル)組成物が,当該 段落に列挙された多数の化合物の中から選ばれる「安定剤と併用することも可能で ある」ことを述べているにすぎない。他方,拡大先願発明2は,拡大先願発明1の 組成物を洗浄に用いる方法であり,審決において,本件発明9及び10との異同が 検討された。 (2) 拡大先願発明1について 審決は,まず,本件発明1と拡大先願発明1が,『安定化された溶媒組成物であ 「 って,臭化n−プロピルを含有する溶媒部分とニトロアルカン,1,2−ブチレン オキサイドを含む安定剤系部分を含む溶媒組成物』である点で一致し」ている一方 で,上記第2の4(3)イで指摘した2点において相違していると述べた。 原告は,拡大先願発明1が,甲1に文言上記載されている発明を意味する限りに おいて,本件発明1との間に上記のような相違点があることを否定するものではな いが,審決が,上記相違点が実質的な相違ではないと判断したのは,明らかに誤っ ている。 (3) 相違点(@)について 審決は,相違点(@)につき,甲1の段落【0015】が,本件発明1の構成の うち,安定剤系部分がニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイド及び1,3− ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない態様を開示していると述 べた。そして,相違点(@)が実質的な相違点でないというためには, (a)併用す ることが可能な安定剤として「1,3−ジオキソランのみを含む(1,4−ジオキ サンを含まない)」拡大先願発明1の態様が,発明として完成していること,(b) 併用することが可能な安定剤として「1,3−ジオキソランを含んでいて,1,4 −ジオキサンを含まない」態様が, (b−1)ニトロアルカンと1,2−ブチレンオ キサイドのみを含む(他の安定剤を併用しない)場合や, (b−2)甲1の段落【0 015】に記載されている併用可能な安定剤のうち,1,3−ジオキソラン以外の もの(例えばチオシアン酸メチル)を含む場合と比べて,顕著な効果を奏するもの ではないことという2点を満たす必要があるとした上で,上記(a)については, 発明として完成しており, (b)については,顕著な効果を奏するものではないとし て,相違点(@)は実質的な相違点でないと結論付けた。しかし,かかる審決の判 断は,以下のとおり誤りである。 ア 1,3−ジオキソランのみを含み1,4−ジオキサンを含まない拡大先願 発明1の態様は,完成された発明として甲1に開示されていない 審決が,追加の安定剤として「1,3−ジオキソランのみを含む(1,4−ジオ キサンを含まない) 拡大先願発明1の態様が, 」 法29条の2における拡大先願の地 位を有する発明として甲1に記載されているというためには,当該態様が「発明と して完成している」必要があるとした点には,特に異論はない。しかし,審決が, 上記態様が完成された発明として甲1に開示されていると認定したのは誤りである。 (ア) 甲1において,1,3−ジオキソランのみを併用する態様は,本件発 明1が目的とする効果を達成できるものとして開示されていない 拡大先願発明が「発明として完成している」といえるためには,先願に係る特許 出願明細書において,当該発明の目的とする効果を達成できるものとして開示され ていなければならない。 東京高裁昭和52年1月27日判決(無体集9巻1号16頁)は,発明が完成し たといえるためには,その作用効果が実験結果によって確認されなければならない とした。化学技術の分野は予測可能性に極めて乏しく,実験してみなければ,作用 効果を確認することが困難であることにかんがみれば,これは当然といえる。 しかし,本件では,甲1に,1,3−ジオキソランをニトロメタン及び1,2− ブチレンオキサイドと併用した場合の作用効果を確認した実験結果は,全く記載さ れていない。比較例13は,1,3−ジオキソランを単独で使用した例にすぎず, 1,3−ジオキソランをニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用した 場合に1−ブロモプロパンに与える効果について開示するものではない。したがっ て,甲1において,1,3−ジオキソランをニトロメタン及び1,2−ブチレンオ キサイドと併用して1−ブロモプロパンを安定化する態様が発明として完成されて いないのは,甲1に接した当業者にとっては明らかである。 審決は,甲1の段落【0015】において,1−ブロモプロパンを安定化させる ために,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドを使用するにあたって,段 落【0015】に列挙された「他の種々の安定剤と併用することも可能である」と 記載されていること,甲1の実施例37及び38において, 「他の種々の安定剤」の 一例としてチオシアン酸メチルを併用した場合に,甲1記載の発明が目的とする効 果を達成可能であることが記載されていることを理由に,本件発明1の上記態様が, 目的とする効果を達成できるものとして甲1に開示されていると判断した。しかし, 甲1には,それ以外の安定剤を併用することによって,甲1記載の発明が目的とす る効果を達成可能であるということは,記載されていない。それにもかかわらず, 審決は,甲1の段落【0015】に, 「併用することも可能」な「他の種々の安定剤」 の他の一例として1,3−ジオキソランも挙げられていることから,それをニトロ メタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用する拡大先願発明1の態様について も,完成された発明として甲1に開示されていると判断した。 しかし,かかる審決の認定・判断は,甲1【0015】に記載されているいずれ の「他の種々の安定剤」を併用したとしても,自動的に拡大先願発明1が目的とす る効果を達成することができるという誤った前提に基づいている。拡大先願発明1 が目的とする効果とは,1−ブロモプロパンにニトロメタン及び1,2−ブチレン オキサイドのみを組み合わせた場合に達成されるのと同じレベルの安定化である。 しかし,甲1【0015】には, 「併用することも可能」な「他の種々の安定剤」の 一例として1,4−ジオキサンも挙げられているところ,1,4−ジオキサンをニ トロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用した場合に,かえって安定化効 果が損なわれてしまい,拡大先願発明1が目的とする効果が達成されないことは, 甲1の比較例41において実験結果をもって実証されている。すなわち,比較例4 1は,段落【0015】における「本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と 併用することも可能である」との記載と明らかに矛盾している。 加えて,原告は,甲1【0015】に「他の種々の安定剤」として記載されてい るイソプロパノ−ルについても,甲50の実験により,ニトロエタン及び1,2− ブチレンオキサイドと併用した場合に,臭化n−プロピルを安定化させる効果をか えって損ない,拡大先願発明1が目的とする効果が達成されないことを実証してい る。 したがって,「他の種々の安定剤」としてチオシアン酸メチルを併用した場合に, 拡大先願発明1が目的とする効果を達成可能であるからといって,他の種々の安定 「 剤」として1,3−ジオキソランを併用した場合にまで,自動的に拡大先願発明1 が目的とする効果が達成されることにはならない。 そして,当業者であれば,1,3−ジオキソランを併用することにより,拡大先 願発明1が目的とする効果が達成されると理解したはずであるということもできな い。甲1には,ニトロエタン+1,2−ブチレンオキサイド+1,3−ジオキソラ ンの組合せによる実験結果は記載されておらず,そのような組合せの組成物が製造 されたことを示す記載もない。 このように,比較例41や甲50は,甲1【0015】の記載が,そこに列挙さ れた安定剤のうちどれを用いることができるか,あるいは用いるべきかということ について,当業者に何らの指針も提供していない。このことは,ハロゲン化炭化水 素の安定剤の分野における予測可能性が非常に乏しいため,問題となる。 1,3−ジオキソランの化学構造が,チオシアン酸メチルのそれとは大きく異な っていることにも照らせば,当業者が甲1の実施例37及び38(チオシアン酸メ チルを併用した場合)の実験結果を見ても,1,3−ジオキソランを併用した場合 に拡大先願発明1が目的とする効果を達成できると予測することができるとはいえ ない。しかも,1,3−ジオキソランの化学構造は,チオシアン酸メチルよりも, むしろ同じエ−テル類に属する1,4−ジオキサンに近いから,当業者であれば, 1,3−ジオキソランを併用しても,1,4−ジオキサンを併用した場合(比較例 41)と同様に,拡大先願発明1が目的とする効果を達成できないと考えるのが自 然である。 この点につき,審決も,比較例41の存在を考慮して, 「先願明細書に併用可能な 安定剤として例示されるものを選択しても,実施例19,37及び38と同様の結 果が得られない可能性があることも理解できる」と述べた。ところが,審決は,ニ トロメタン+1,2−ブチレンオキサイドの組合せに1,3−ジオキソランを添加 することによって,それを添加しない場合よりも金属腐食の遅延化という点で劣っ た効果しか示していない比較例13を引き合いに出して,1,3−ジオキソランを 単独で併用した場合に, 「他の安定剤とは異なり,酸性ガスは発生するものの,少な くとも,アルミニウムの『安定剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延化』と いう効果が得られることは明らかである」と述べ,「安定剤として『ニトロメタン』 と『1,2−ブチレンオキサイド』のほかに併用可能な安定剤として『1,3−ジ オキソランのみ』を加えた『1−ブロモプロパン組成物』の場合は,少なくとも, 比較例13に示される程度の金属腐食を防ぐ効果,すなわち,本件発明1と同様の 『安定剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延化』という目的とする効果を実 際に挙げることは,技術常識からみて,具体的,客観的に裏付けられているという ことができる。…したがって,本件発明1の『安定化された溶媒組成物』とは,何 らかの使用条件において『安定剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化』と いう効果をもたらすものであればよく,酸性ガスが発生しないことまでも要件とす るものではないから,安定剤として『ニトロメタン』『1,2−ブチレンオキサイ , ド』の他に『1,3−ジオキソランのみ』を加えた『1−ブロモプロパン組成物』 (この組成物は1,4−ジオキサンを含まない。)が,反復実施してこのような効果 を挙げることができる程度まで具体的・客観的に先願明細書に記載されていたとい える。」と続けた。 このように,審決は,1,3−ジオキソランのみを併用した拡大先願発明1の態 様が完成された発明として甲1に開示されているというために,拡大先願発明1が 目的とする効果を,1−ブロモプロパンにニトロメタン及び1,2−ブチレンオキ サイドのみを組み合わせた場合に達成されるのと同じレベルの安定化効果ではなく, 「安定剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化」と解した。しかし,審決の 上記判断は, 「発明として完成している」といえるための要件を正しく理解していな い。 最高裁昭和52年10月13日判決(民集31巻6号805頁)によれば,ある 刊行物に記載された発明が「発明として完成している」か否かは,「その技術内容」 によって判断されるのであるから, 「目的とする技術効果」が何であるかということ も「その技術内容」によって決まると解するのが自然である。そうすると,甲1に 文言上記載されている発明が「発明として完成している」か否かは,甲1の記載内 容に基づいて判断されなければならない。 この点につき,審決は,『完成された発明』とは,先願明細書に記載された技術 「 手段で目的とする効果が得られるものであれば,実施例として記載されているもの のみならず,比較例として記載されているものや先願明細書の記載全体から,目的 とする効果を挙げることが当業者に理解できるものも含まれると解される。さらに, 『目的とする効果』とは必ずしも実施例の水準に達しなくても,何らかの効果があ るものであれば, 『目的とする効果』ということができると解される。なぜなら,先 願明細書に当初は実施例ではなく比較例等として記載された発明であっても補正に より,特許請求の範囲の特許を受けようとする発明とすることは可能であり,比較 例等として記載されているからといって, 『完成された発明』として認めないとすれ ば,そのような発明がその後出願された場合に,当該先願を先の出願とする法29 条の2の適用を受けないことになり,法の趣旨に反するからである。」と述べたが, このような考え方は誤っている。まず,仮に「目的とする効果」が「何らかの効果 があるものでよい」のであれば,およそいかなる発明でも完成しているということ ができてしまい,目的とする効果を挙げることができるかどうかを発明の「完成」 の要件とする意味はなくなってしまうから,上記最高裁昭和52年10月13日判 決の意図に明らかに反している。次に,審決が「先願明細書に記載された技術手段 で目的とする効果が得られるのであれば,実施例として記載されているもののみな らず,比較例として記載されているもの…も含まれる」としている点も誤りである。 特許出願明細書に比較例として記載されている態様では,当該明細書の発明の目的 を達成することができないからこそ「実施例」ではなく「比較例」とされていると いうことは,特許出願実務に携わる者にとっては常識であり,当業者にも容易に理 解でき, 「比較例」として記載されている発明の態様は,完成された発明と理解され ることがないのが通常であり,審決が,比較例13(1,3−ジオキソランのみを 併用した場合)の態様をもって完成発明というのは,誤りである。 なお,仮に,甲1の比較例において示されている態様が,完成された発明といえ るとしても,本件発明1と同一の構成を有する発明は,甲1の比較例としては記載 されていないし,甲1記載の比較例は,いずれもニトロエタン及び1,2−ブチレ ンオキサイドを組み合わせただけの場合と比べて,劣った効果しか示していない。 したがって,甲1の比較例が完成発明といえるか否かという点と,本件発明1と同 一の構成を有する発明が甲1に完成された発明として記載されているか否かという 点は,全く異なる問題であり,無関係である。 以上によれば,1,3−ジオキソランを単独で併用する拡大先願発明1の態様が 完成された発明として甲1に開示されているとする審決の認定・判断は,上記最高 裁昭和52年10月13日判決の判示を正しく理解せずになされたものというほか ない。 (イ) 知財高裁平成18年(行ケ)第10346号判決(甲70)に照らせ ば,甲1は,ニトロメタン,1,2−ブチレンオキサイド及び1,3−ジオキソラ ンを含み1,4−ジオキサンを含まない組合せを開示しているとはいえない 審決が,本件特許の請求項1に係る安定剤の組合せが甲1に開示されていると判 断したのは,知財高裁平成18年(行ケ)第10346号判決が示した判断と明ら かに矛盾している。同判決は,複数の特定のモノマ−から構成される共重合体が刊 行物に記載されているというためには,当該刊行物に当該特定のモノマ−を含む選 択肢が存在することが示されるだけでは足りず,選択肢の中から当該特定のモノマ −を選択して実際に組み合わせて共重合させた共重合体が,当該刊行物に具体的に 記載される必要があると判断したが,当該判断は,化学物質では一般に化学構造が 異なれば物性が異なるという常識を土台として,かつ,有機化学の分野における予 測可能性が低いことを考慮したものであり,当該事案のみならず,化学分野一般に 適用されるべきものである。そこで,上記判決の判示を一般化すれば,複数の特定 の技術的要素の組合せによって構成される発明が刊行物に記載されているというた めには,当該刊行物において,当該特定の技術的要素を含む選択肢が存在すること が示されるだけでは足りず,選択肢の中から当該特定の技術的要素を選択して実際 に組み合わせた発明が,当該刊行物に具体的に記載される必要があることになる。 そして,法29条の2における拡大先願発明の認定に際しては,先願明細書に記 載された発明をありのままに認定すべきであり,先願明細書に様々な技術的要素が 選択肢として記載されている場合に,その中から自己に都合よく選択した技術的要 素を組み合わせたものを拡大先願発明と認定することは許されない。 以上を本件についてみると,甲1には,段落【0015】に,ニトロメタン及び 1,2−ブチレンオキサイドと併用可能な安定剤が多数記載されているものの,そ れらの中から1,3−ジオキソランのみを選択し,1,4−ジオキサンは選択せず に,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと実際に組み合わせることは, 何ら具体的に記載されていない。 そうすると,甲1は,知財高裁平成18年(行ケ)第10346号判決に照らせ ば,ニトロメタン,1,2−ブチレンオキサイド及び1,3−ジオキソランを含み 1,4−ジオキサンを含まない組合せを開示しているとはいえない。 (ウ) 審決は,甲1が「1,4−ジオキサンを含まない」という技術思想を 開示していないことを看過している 本件発明1は,安定剤系部分が「1,4−ジオキサンを含まない」という構成要 件を備えているが,この点は,甲1には開示されていない。 甲1【0015】には,1,4−ジオキサンと1,3−ジオキソランが,いずれ もニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用「可能」である旨が記載さ れているにとどまり,1,4−ジオキサンを併用すべきでないとは記載されていな い。したがって,審決が,甲1【0015】の記載が,1,3−ジオキソランを含 み1,4−ジオキサンを含まない態様を開示していると判断したのは,恣意的とい わざるを得ず, 「後知恵」に基づいて【0015】に列挙された物質の中から自己に 都合のよいものだけを選択して組み合わせている点で違法である。 知財高裁平成22年(行ケ)第10245号判決(甲54)は,ある発明が「○ ○を含まない」との構成を有する場合に,当該発明が先行技術文献に対して新規性 を欠くというためには,当該先行技術文献に「○○を含まない」との技術思想につ いての記載又は示唆の存在が必要であると判示したが,同判決に照らせば,拡大先 願発明1が「1,4−ジオキサンを含まない」という構成要件を備えているという ためには,甲1自体に, 「1,4−ジオキサンを含まない」という技術思想が開示さ れていなければならない。 請求項1には,本件発明における安定剤系部分が「1,4−ジオキサンを含まな い」点が明確に規定されているから,本件発明が甲1に記載されているというため には, 「1,4−ジオキサンを含まない」との技術思想が甲1において開示されてい る必要がある,しかし,甲1【0015】には,1,4−ジオキサンと1,3−ジ オキソランが共に併用「可能」である旨が記載されているだけで,1,4−ジオキ サンを単独で使用すべきでないとも,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイ ドと併用すべきでないとも記載されていない。また,甲1は,比較例10,33及 び41において1,4−ジオキサンを使用することを記載している一方,1,4− ジオキサンが使用者の健康や環境に悪影響を与える点で望ましくないということに ついては全く言及していない。そうすると,甲1には,本件発明の構成である「1, 4−ジオキサンを含まない」という技術思想についての記載も示唆も存在していな いのは明らかである。したがって,本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとは いえない。 この点につき,審決は, 「1,4−ジオキサンによる健康被害は当業者の技術常識 であって,1,4−ジオキサンを含まないことによる効果は当業者にとって自明の ものと認められる」と述べたが,ここで問題とすべきは, 「1,4−ジオキサンを含 まない」安定剤系が当業者に自明であるか否かではなく,甲1が上記の技術思想を 開示しているか否かである。 加えて,本件特許の優先日当時,1,4−ジオキサンは安定剤として当業者に広 く使用されていた(甲3,6〜8,11参照)。したがって,たとえ1,4−ジオキ サンが使用者の健康や環境に悪影響を与えることが当時知られていたとしても,安 定化されたハロゲン化炭化水素溶媒の技術分野において,1,4−ジオキサンの使 用を回避すべきことは周知ではなかった。しかも,当時は,臭化n−プロピルに対 する優れた安定化効果を発揮しつつも毒性の低い安定剤を使用すべきとの考え方が, まだ当業者に浸透していなかった。1,4−ジオキサンの使用を回避するのが容易 であれば,当業者の誰かがもっと早くにそうしていたはずであるが,現実には誰も そうしなかった。要するに,甲1の段落【0015】は,併用可能な安定剤として 1,4−ジオキサンを例示しているのであって,甲1が,1,4−ジオキサンの使 用を回避すべきとの技術思想を開示していないにもかかわらず,審決はこの点を看 過した。 イ 本件発明1と甲1に記載されている「完成された発明」とは,効果の点 においても,実質的に異なっている 審決は,相違点(@)が実質的な相違と認められるかどうかを判断するに当たり, 本件発明1が,ニトロアルカンと1,2−ブチレンオキサイドのみを含む(他の安 定剤を併用しない)拡大先願発明1の態様や,甲1の段落【0015】に記載され ている併用可能な安定剤のうち,1,3−ジオキソラン以外のもの(例えばチオシ アン酸メチル)を含む拡大先願発明1の態様と比べて,顕著な効果を奏するといえ るかどうかを検討した。そして,審決は,本件発明1が,拡大先願発明1の上記各 態様に対して顕著な効果を有しているとはいえない(すなわち,本件発明1は拡大 先願発明1に対して選択発明とはいえない。 と結論付けたが, ) 以下のとおり誤りで ある。 本件発明1と拡大先願発明1は,1,3−ジオキサンの使用の有無という点で, 明らかに異なっている。ニトロメタンと1,2−ブチレンオキサイドの組合せに1, 3−ジオキサンを加えることにより,臭化n−プロピルに対する安定化効果が高ま ることは科学的見地から疑いようがなく,だからこそ被告が製造・販売する臭化n −プロピル,ニトロアルカン及び1,2−ブチレンオキサイドを含む工業用洗浄剤 にも,1,3−ジオキサンが添加されている。原告は,本件無効審判において,1, 3−ジオキサンを加えることにより安定化効果が高まることを示す実験結果を提出 した。それにもかかわらず,審決は,かかる実験結果について,何らの法的根拠も 示すことなく,独自の見解に基づき誤った評価を下し,本件発明1が優れた安定化 効果を発揮することを認めなかった。 また,審決は,本件発明1が「1,4−ジオキサンを含まない」という構成によ り溶媒組成物の安全性を向上させることができるという点も見落とした。 まず,甲1記載の実際に「完成された発明」と本件発明1とは,1,3−ジオキ ソランの使用の有無の点で,明らかに異なるものである。拡大先願発明1において, 実験によって作用効果が確認されている態様は,@1−ブロモプロパン100重量 部に対して0.1〜1重量部のニトロメタン及び0.1〜1重量部の1,2−ブチ レンオキサイドの組合せ(甲1の請求項3(特許法29条の2の拡大先願の地位を 有する甲2の請求項1に対応)を参照)及びA0.2重量部のニトロメタン,0. 5重量部の1,2−ブチレンオキサイド及び0.01重量部又は0.1重量部のチ オシアン酸メチルの組合せ(実施例37及び38)だけである。そうすると,甲1 記載の発明のうち,実際に「完成された発明」ということができるのは,上記2つ の組合せに限られるといわなければならない(以下,実際に「完成された」発明と いうことのできる上記@及びAの発明を,それぞれ「実際の完成発明@」及び「実 際の完成発明A」といい,両者を総称して「実際の完成発明」という。。これに対 ) し,本件発明1は,ニトロアルカン及び1,2−ブチレンオキサイドに加えて,1, 3−ジオキソランをも臭化n−プロピルの安定剤として使用するものである。この ように,甲1に記載されている実際の完成発明と本件発明1とは,1,3−ジオキ ソランの使用の有無の点で,明らかに異なっている。 次に,本件発明1の効果は,甲1記載の実際の完成発明の効果とは,実質的に異 なるものである。原告は,甲1記載の実際の完成発明に対する本件発明1の効果上 の差異を検証すべく,様々な実験を行い,その結果を甲42(審判乙15) 43 , (審 判乙16)及び50(審判乙28)として提出した。このうち,甲50によれば, 甲1記載の実際の完成発明@に対応する「比較例1」の腐食開始時間は52分であ った。他方,実際の完成発明@に1,3−ジオキソランを添加した本件発明1に対 応する「実施例1」〜「実施例3」の腐食開始時間は,それぞれ68分,82分及 び156分であった(表2参照)。これらによれば,甲1記載の実際の完成発明@よ りも本件発明1の方が,金属腐食をより遅延させており,より優れた安定化効果を 発揮しているということができる。また,甲50によれば,甲1記載の実際の完成 発明Aに対応する「比較例2」〜「比較例4」の腐食開始時間は,それぞれ55分, 72分及び134分であった。これに対し,実際の完成発明Aにおけるチオシアン 酸メチルを1,3−ジオキソランに置き換えた本件発明1に対応する「実施例1」 〜「実施例3」の腐食開始時間は,それぞれ68分,82分及び156分であった (表3参照)。したがって,甲1記載の実際の完成発明Aと比べると,本件発明1の 方が,金属腐食をより遅延させており,より優れた安定化効果を発揮しているのは 明らかである(甲50の図2も参照)。このように,本件発明1は,甲1記載の実際 の完成発明のいずれに対しても,優れた安定化効果を発揮しているため,本件発明 1の効果は,甲1に記載された実際の完成発明の効果とは実質的に異なるものとい うべきである。そして,甲1に記載された実際の完成発明は,審決における「先願 明細書に実施例として記載されている併用可能な安定剤を含まないものや1,3− ジオキソラン以外の安定剤(チオシアン酸メチル)を含むもの」に対応している。 したがって,甲1記載の実際の完成発明と比べて優れた安定化効果を発揮する本件 発明1は,当然に, 「先願明細書に実施例として記載されている併用可能な安定剤を 含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤(チオシアン酸メチル)を含む もの」に対しても顕著な効果を発揮するといえるから,これを否定した審決の認定・ 判断には誤りがある。 さらに,本件明細書の実施例の実験条件のみに基づいて,甲1記載の発明に対す る本件発明の優れた効果を実証しなければならない必要性は存在しない。原告が行 った追加実験の結果(甲42,43及び50)は,本件発明が甲1記載の発明に対 して優れた効果を有していることを示している。それにもかかわらず,審決は,そ れらの追加実験において,本件明細書の実施例に記載されているのと同じアルミニ ウム合金(2024)が使用されていないこと,及び,24時間の観測時間が採用 されていないことを理由に,その実験結果をもって,本件発明1が甲1記載の発明 に対して顕著な効果を有していると認めることはできないと判断した。すなわち, 審決は,請求項1における「安定化された」が,本件明細書の実施例に記載された 実験条件の下で金属腐食がないことを意味するとの極めて限定的な解釈を採用し, 本件発明1が甲1記載の発明に対して顕著な効果を有しているかどうかは,当該実 施例に記載された実験条件の下で(つまり,アルミニウム合金2024を溶媒組成 物に24時間浸漬した後に腐食が観察されるかどうかを基準として)検証しなけれ ばならないとした。 しかし,審決では,上記のように解すべき法的根拠は示されていない。そもそも, 本件明細書に記載された実施例は,本件発明を実施するための例にすぎず,それ自 体は発明の実施態様ではあるが,発明そのものではない。また,実施例における実 験は,甲1のような先行文献において開示されている特定の組成物に対して本件発 明が優位な効果を示すことを実証することを意図したものではない。したがって, 追加実験において特許請求の範囲に規定された溶媒組成物を比較対象とする限り, その実験の条件が本件明細書の実施例における実験条件と逐一同一でないからとい って,何ら問題はない。むしろ,比較実験において重要なのは,比較の対象物を同 一の実験条件で比較することである。この観点からは,原告が行った追加実験にお いては,本件発明1に対応する組成物を甲1記載の発明に対応する組成物と同一の 実験条件の下で比較しているのであるから,原告が行った実験には何らの不備もな い。そうすると,原告が行った追加実験によって本件発明の優れた効果を実証する ことは,許されて然るべきである。 このことは,知財高裁平成21年(行ケ)第10238号判決(甲51)によっ ても裏付けられる。同判決は, 「当初明細書に『発明の効果』に関し,何らの記載が ない場合はさておき,当業者において『発明の効果』を認識できる程度の記載があ る場合や,これを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出 願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるべき」 (甲51・22頁)と 判示した上,出願当初明細書(甲52)の実施例と同一ではない実験条件を採用し た追加比較実験(甲51中の「別紙」参照)に基づいて,発明の進歩性を認めた。 本件明細書においては,出願当初から,本件発明1における安定剤の組合せが,臭 化n−プロピルによる金属腐食を遅延させることが開示されており,実施例の実験 においても,この点は実証されている。審決も,本件発明が臭化n−プロピルを「安 定化」する(金属腐食を遅延させる状態にする)効果を有することが本件明細書に 開示されていること自体を否定しないはずである。そうすると,本件明細書は,上 記判決のいう「当業者において『発明の効果』を認識できる程度の記載…や,これ を推論できる記載」を備えているといえるから,原告が行った追加実験の結果(甲 42,43及び50)を参酌することは,許されるべきである。 さらに言えば,仮に前述した審決の考え方が否定されないとすれば,今後特許を 出願する者は,将来どのような先行技術に基づいて無効主張がなされることになる かを知ることは不可能であるにもかかわらず,およそあらゆる潜在的な先行技術に 対して有利な効果を発揮することを実験により実証し,それを特許出願明細書に記 載しておかなければならないこととなる。すなわち,前述した審決の考え方は,不 可能を強いるものであり,明らかに誤りである。 したがって,本件発明1と先願発明1(又は甲1記載の実際の完成発明)との比 較が同一の実験条件下でなされている限り,その実験条件が本件明細書の実施例に 記載された実験条件と完全に同一ではないとしても,当該実験の結果によって,本 件発明1が優れた効果を奏することを実証することは許されるべきである。 さらに,審決が同一性判断の文脈において採用した「安定化された溶媒組成物」 の定義は,本件明細書の実施例の実験条件のみに基づいて本件発明の優れた効果を 実証しなければならないとする審決の考え方と矛盾する。審決は,同一性判断の文 脈において,『安定化された溶媒組成物』とは, 「 『金属腐食の遅延化』が何らかの使 用条件では生じる『溶媒組成物』を意味するものとして判断する」と述べた。かか る「安定化された溶媒組成物」の定義を前提とすれば,本件発明が優れた効果を発 揮するか否かを判断する際にも, 「何らかの使用条件で」金属腐食をより遅延させる かどうかを問題とすればよいはずである。そうすると,本件発明の顕著な効果を実 証するための実験が,本件明細書の実施例に記載された実験条件と同一の条件下で 行われたものである必要があるとする審決の考え方は,同一性判断の文脈において 自ら採用した「安定化された溶媒組成物」の定義と矛盾している。 原告の提出した実験成績証明書に記載の実験結果は真実であり,科学的にも正確 である。審決は,原告が行った追加実験に係る実験成績証明書(甲42,43及び 50)に,腐食開始時点の金属片の写真が掲載されていないことを根拠に,実験結 果の正確性に疑義があるとして,それらに基づいて本件発明1が顕著な効果を有し ていると認めることはできないと述べた。しかし,上記実験成績証明書に記載の実 験結果は紛れもない真実であり,審決がその信用性に疑問を抱いた理由は,理解に 苦しむ。原告が追加実験に用いたアルミニウム金属片は,本件明細書の実施例に記 載されたアルミニウム合金2024ではなく,アルミニウム合金ADC14であっ た。しかし,その意図するところは,2024よりも腐食しやすいADC14を用 いることにより,安定剤の組合せの違いによる効果の差異をより短い時間で示すこ とにすぎない。実験条件が同一である限り,ある溶媒組成物が,他の溶媒組成物よ りも短い時間でアルミニウム合金2024を腐食させるのであれば,同じアルミニ ウム合金であるADC14を腐食させるのに要する時間も,前者の方が後者よりも 短くなるはずであり,これと別異に解すべき科学的根拠はない。原告は,追加実験 において,本件発明に対応する組成物と甲1記載の組成物との比較実験を,試験片 のアルミニウム合金の種類を含めて同一の実験条件下で行っている以上,そこに示 される実験結果は科学的に正確なものである。 また,審決は, 「平成24年5月30日付け上申書で示した追試1の条件で,すべ て金属の腐食が観察されなかったという実験結果は,追試1の実施例,比較例1, 2の安定効果の優劣について何も示さないというだけで,実施例に係る安定剤の組 み合わせの効果は,比較例1,2に係る安定化剤の組み合わせよりも悪い場合もあ り得るのであるから,本件発明が拡大先願発明に対して顕著な効果を奏する根拠と はならない」とも述べた。しかし,上記各実験成績証明書には,本件発明に対応す る安定剤の組合せの効果が,甲1記載の発明に係る安定剤の組合せよりも悪い場合 もあり得るとする審決の立場を裏付ける記載は存在しない(甲42,43及び50)。 そして,平成24年5月30日付け上申書(甲65)で示した追試1の条件は, 被告が別途行った追試の条件と同一である以上,原告の追試1の結果をもって実施 例,比較例1,2の安定効果の優劣について何も示さないというのであれば,被告 の追試結果も,実施例,比較例1,2の安定効果の優劣について何も示していない というべきである。それにもかかわらず,審決は,被告の追試結果を踏まえて, 「腐 食遅延の効果に差がない」と判断した。このように,審決における原告と被告の実 験結果に関する取扱いは,一貫していない。また,原告による実験によって本件発 明の効果が劣っていることが示されていると解すべき理由もない。 以上によれば,相違点(@)が実質的な相違ではないとした審決の判断は,明ら かに誤っているというほかない。 (4) 相違点(A)について 審決は,甲1の実施例37及び38において,臭化n−プロピルが溶媒組成物全 体に対して99.3重量%又は99.2重量%含まれていることを根拠に,本件発 明1における「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する」との構成が甲 1に開示されているとの判断を示した。しかし,甲1の実施例37及び38は,ニ トロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドの組合せに,チオシアン酸メチルを併 用した例であり,本件発明1の必要不可欠な要素である1,3−ジオキソランは併 用されていない。また,チオシアン酸メチルは,1,3−ジオキソランとは全く異 なる化合物であるが,化学分野の予測可能性が非常に乏しいことに鑑みると,安定 剤系を構成する一つの化合物を全く別のものに置き換えた場合に,置き換える前と 同じ結果が得られると想定するのは,安易に過ぎるといえる。したがって,甲1の 実施例37及び38に記載された各化合物の含有量比を根拠として,本件発明1に おける各化合物の含有量比が甲1に開示されていると判断するのは,誤りである。 また,審決は, 「技術常識からして併用される安定化剤が必須とされるニトロメタ ンや1,2−ブチレンオキサイドとかけ離れた配合量では含まれることはないと解 される」と述べた上で,甲1の請求項3に,1−ブロモプロパン100重量部に対 するニトロメタンと1,2−ブチレンオキサイドの配合量の上限が,それぞれ1重 量部と記載されていることから,併用される安定化剤の量は1重量部を上限として 「 含まれるものと解され,これによれば,臭化n−プロピルは97.1%以上となる」 として,本件発明1の「臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する」との 構成が甲1に記載されていると結論付けた。しかし,甲1は,1,3−ジオキソラ ンを併用する場合に,その配合量の上限が,臭化n−プロピル100重量部に対し て1重量部となることを,何ら記載も示唆もしていない。例えば,甲1の請求項1 には,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドがともに0.1〜5重量部ず つ含有されることが記載されている。したがって,1,3−ジオキソランが「ニト ロメタンや1,2−ブチレンオキサイドとかけ離れた配合量では含まれることはな い」という審決の仮定を前提とするならば,甲1は,1,3−ジオキソランの配合 量の上限が5重量部となることをも開示しているといえる。そうすると,甲1記載 の発明には,ニトロメタン5重量部, 2−ブチレンオキサイド5重量部及び1, 1, 3−ジオキソラン5重量部が配合される場合も当然にあり得るのであり,この場合, 甲1における臭化n−プロピルの配合量は,本件発明1における「臭化n−プロピ ルを少なくとも90重量%含有する」との構成を満たさないこととなる。 そうすると,相違点(A)が実質的な相違とは認められないとした審決の認定・ 判断は,恣意的かつ不当な前提に基づくものであり,誤りである。 (5) 小括 以上のとおり,法29条の2を適用するにあたって,本件発明1が甲 1 記載の発 明と同一であるということはできない。 (6) 本件発明2,3及び5について 審決は,本件発明2,3及び5についても,本件発明1と同様の理由により,拡 大先願発明1と同一であると判断した。 したがって,本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断が誤り であるのと同じ理由により,本件発明2,3及び5が拡大先願発明1と同一である とした審決の判断も誤りである。 (7) 本件発明9について 審決は,本件発明1が拡大先願発明1と同一であると判断したのと同じ理由によ り,本件発明9が拡大先願発明2と同一であると判断した。審決が認定した拡大先 願発明2と本件発明9との相違点(C)及び(D)は,拡大先願発明1と本件発明 1との相違点(@)及び(A)と同一である。したがって,本件発明1が拡大先願 発明1と同一であるとした審決の判断が誤りであるのと同じ理由により,本件発明 9が拡大先願発明2と同一であるとした審決の判断も誤りである。 (8) 本件発明10について 審決は,本件発明1が拡大先願発明1と同一であると判断したのと同じ理由によ り,本件発明10が拡大先願発明2と同一であると判断した。審決が認定した拡大 先願発明2と本件発明10との相違点(E)及び(F)は,拡大先願発明1と本件 発明1との相違点(@)及び(A)と同一である。したがって,本件発明1が拡大 先願発明1と同一であるとした審決の判断が誤りであるのと同じ理由により,本件 発明10が拡大先願発明2と同一であるとした審決の判断も誤りである。 第4 被告の反論 1 「安定化された」の意味は当業者にとって明確である』に対して (1) 「安定化」が金属腐食の遅延化を意味するものとして理解されておらず, また当業者にとってその意味が明確であったとはいえない。 ア 甲1,3及び6において, 「安定化」や「安定化された」が定義されてい ないことが, 「安定化」が金属腐食の遅延化を意味するものとして当業者に明確であ ったことの理由とはならないこと 甲1,3及び6は, 「安定化された」の明確な定義が記載されていないことを示す のであって, 「安定化された」について,原告の主張する意味として一義的に明確で あったことを示すものではない。よって,甲1,3及び6において「安定化」や「安 定化された」が定義されていないことが, 「安定化」が金属腐食の遅延化を意味する ものとして当業者に明確であったことの理由とはならない。 イ 甲67〜69において「安定化」が金属腐食の遅延化を意味するものと して使用されているとはいえないこと 甲67〜69において「安定化」が金属腐食の遅延化,すなわち「ある溶媒と接 触する金属が,当該溶媒への安定剤の添加により,安定剤を添加しない場合に比べ てより腐食しにくくなること」を意味するものとして使用されているとはいえない。 (ア) 甲67について 甲67には,フロン113系混合溶剤の「安定化法に関するものであり,さらに 詳しくは該溶剤の分解を防止するとともに金属材料への腐食防止を目的とするもの である」ことが記載されており,甲67の安定化は,溶剤の分解防止及び金属材料 の腐食防止の両方の意味を含むことが読みとれる。甲67の第1表及び第2表には, 金属腐食の遅延化に関して,比較例として,安定剤を添加しない場合(比較例1) に加えて,2つの安定剤のいずれかを単独で添加した場合(比較例2〜5)が記載 されており,甲67において,金属腐食が, 「安定剤を添加しない場合に比べて遅延 すること」及び/又は「2つの安定剤のいずれかを単独で添加した場合に比べ遅延 すること」の複数の結果が示されていることになる。よって,甲67には,金属腐 食の遅延化についての複数の定義が存在する。さらに,甲67について,安定剤を 含まない比較例7と,安定剤を含む実施例10及び11との比較によれば, 「アルミ ニウム」の「15日経過後の腐食状況」は,いずれも「◎:変化なし」であり, 「表 面の光沢減などの変色が認められるまでの日数」が「15日以上」である。これら の結果に基づけば, 「安定化剤の添加により,金属が腐食するまでに多くの日数を要 する(つまり,金属の遅延化が生じる)」ことは示されていない。同様の現象は,金 属が「アルミニウム」及び「真鍮」の場合について,比較例11及び実施例18と の比較によっても理解できる。したがって,甲67の実施例及び比較例に開示され た比較に基づいたとしても, 「安定化」の意味は,対象金属が特定されていない場合 を含む, 「安定剤を添加しない場合に比べて金属腐食が遅延すること」として,一義 的であったとはいえない。 (イ) 甲68について 甲68には「本件発明のフロン系溶剤組成物はその使用時に溶剤に部分的に加水 分解が生じても,前記添加物が洗浄機器や被洗浄材料の金属表面に吸着されてそれ らの腐食が的確に防止される。」こと,「フロン系溶剤の改質は前記のように従来で はもっぱらその分解,変質に対する安定化について試みられており,加水分解に伴 って生じる金属の腐食を抑止するために防錆剤を添加してなる溶剤組成物は本件発 明によってはじめて具体化されたものである。 ことが記載されており, 」 甲68にお ける安定化は,溶剤が加水分解を生じたとしても,安定剤が金属表面に吸着される ことにより,金属の腐食を防止する意味であることが読み取れる。甲68には,金 属腐食の遅延化の判断の際の比較として,安定剤を含まない例が記載されている(表 1)。甲68には,溶剤組成物に金属の試料を入れて,8時間放置した後の金属の試 料の腐食減量を測定して,防錆効果を判定している。具体的には,甲68では, 「8 時間」という一定時間後の腐食量の積算値から,単位時間・単位面積あたりの腐食 量が測定されているのであって,いつ腐食が開始するか及び腐食減量がどの程度で あれば腐食が開始したと判断できるのかについての判断基準が示されていない。例 えば,実施例1では,鉄(Fe)の腐食減量が「0.045mg/cm?/day」 であるが,腐食減量がいつ検出されるかが不明である。加えて,甲68には,腐食 減量と腐食開始時間との関係は記載されていないから,安定剤を添加しない場合に 「 比べて金属腐食が遅延すること」が示されているとはいえない。 (ウ) 甲69について 甲69には「煮沸洗浄,蒸気洗浄等の高温下での使用,さらには高温かつ金属共 存下での使用に当たっても,本発明の洗浄溶剤組成物は安定である」ことが記載さ れているが, 「安定化」に関する具体的な記載はない。甲69には,金属腐食の判断 の際の比較として,3つの安定剤のうちの2つ(sec−ブタノ−ル及びニトロメ タン)を添加した比較例1のみが記載されているから, 「安定剤を含まない溶媒組成 物」を用いた比較例が示されておらず, 「安定剤を添加しない場合に比べて金属腐食 が遅延すること」は示されていない。また,甲69の「第1表」において,金属腐 食の有無が確認されているが,甲69には,いつ腐食が開始するかという結果は示 されていない。甲69の比較例について金属腐食速度が,「3.2mg/cm?/d ay」であることが記載されている。しかし,この単位は,甲68と同じであり, いつ金属腐食が開始するかを示すものではない。 (エ) まとめ 甲67〜69の記載から,複数の安定剤の組合せによる安定化に関して,比較対 象として,安定剤を含まない場合のみならず,安定剤の組合せの一部を含む場合が 採用されており,何を比較対象とするかに関して当業者に明確な基準はない。また, 甲68,69には,いつ金属腐食が開始するかは記載されていない。よって,甲6 7〜69において, 「安定化」が金属腐食の遅延化を意味するものとして使用されて いるとはいえない。 ウ 結論 ハロゲン化炭化水素溶媒の技術分野において, 「安定化」が金属腐食の遅延化を意 味するものとして理解されているとはいえず,また当業者にとって「安定化」の意 味が明確であったとはいえない。 (2) 本件明細書の記載によっても,本件発明における「安定化された」が,臭 化n−プロピルに「安定剤」又は「安定剤系」を添加して臭化n−プロピルを「安 定化」させることにより,金属腐食を遅延させることを意味しているのは明らかで あるとはいえない。 ア 本件明細書に,安定剤の添加によって,金属腐食を遅延させることは記 載されているとはいえないこと 本件明細書には, 「臭化n−プロピルはそれを低い温度,即ち55℃以下の温度で 用いる時にはかなり安定であることを確認した。冷洗浄系の場合,臭化n−プロピ ルに安定化を受けさせるとしても必要な安定化は僅かのみであることが試験で示さ れた。しかしながら,臭化n−プロピルを蒸気洗浄系で用いる場合には安定化が必 要である。温度をより高くする,即ち69〜71℃にすると,鋼,アルミニウム, チタンおよびマグネシウムなどのごとき金属の腐食がもたらされる可能性がある。 この金属が臭化n−プロピルの脱臭化水素化反応の触媒になることでHBrが生じ, 今度はそれが上記金属の腐食で利用され得ると考えている。」なる記載,及び「上記 金属の触媒活性を低くしそして/または生じる全てのハロゲン化炭化水素を失活さ せる安定剤が従来技術に豊富に記載されている」なる記載がある。これらの記載は, 安定剤の添加により生じる金属の腐食の現象について,生じる全てのハロゲン化水 「 素を失活させる」場合は,金属の腐食で利用される「HBr」がないことを意味す る。よって,この場合は「金属腐食が生じない」ことになるといえる。 「金属の触媒活性を低く」する場合は,触媒活性が低くなるのみであって,依然 として金属の触媒活性はあるのだから,脱臭化水素化反応が生じないわけではなく, 脱臭素化水素反応の反応開始時間が遅くなるわけでもない。そして,脱臭化水素化 反応により生じたHBrは,金属腐食に利用されるのであるから,腐食開始時間が 遅くなるとはいえない。ここで,本件明細書には,触媒活性が低くなることと,金 属腐食が遅延化することの関係は説明されていない。よって,金属の触媒活性が低 くなることが,必ずしも金属腐食の遅延化につながるものとはいえない。 加えて,本件明細書には,腐食開始時間が,どのような条件下で,どのような金 属に対し,どの程度長くなることは記載されていない。 したがって,本件明細書の記載によっても,本件発明における「安定化された」 が,臭化n−プロピルに「安定剤」又は「安定剤系」を添加して臭化n−プロピル を「安定化」させることにより,金属腐食を遅延させることを意味しているとは, 必ずしもいえない。 イ 実施例において金属腐食の遅延化が確認されていることが開示されてい るとはいえないこと 本件実施例では,試験ク−ポンとして,アルミニウム合金(2024),マグネシ ウム(AZ−31B)及びチタン(MIL−T−9046)を用い, 「ク−ポンを上 記溶媒組成物に24時間浸漬した。この浸漬期間中,上記溶媒組成物を還流に維持 した。24時間後,上記ク−ポンを回収し,冷却した後,腐食を目で検査した。腐 食は全く観察されなかった。」ことのみが記載されている。 本件実施例には,安定剤を含まない溶媒組成物を用いた場合に,アルミニウム合 金(2024),マグネシウム(AZ−31B)及びチタン(MIL−T−9046) の腐食開始時間がいつであるかを実証する比較例は記載されていない。また,本件 実施例の組成物について,アルミニウム合金(2024),マグネシウム(AZ−3 1B)およびチタン(MIL−T−9046)の腐食開始時間がいつであるかは実 証されていない。すなわち,本件明細書の実施例に開示された結果によれば,安定 剤を含まない溶媒組成物に対して,安定剤を含む溶媒組成物が「金属腐食の遅延化」 を生じさせることが示されているとはいえない。 なお,甲3には,アルミニウムとして「アルミニウム片(JIS−H−4000, A1100P)」が記載されているが(段落【0008】,アルミニウム合金(20 ) 24)は記載されていない。原告の提出した甲50等の結果によれば,アルミニウ ム合金であっても腐食の程度の相違があるから,甲3の記載に基づいて,本件明細 書の実施例で用いられた「アルミニウム合金(2024)」について,安定剤を含ま ない溶媒組成物を用いたときの金属の腐食の開始時間とすることはできない。 したがって,本件明細書の実施例において金属腐食の遅延化が確認されているこ とが開示されているとはいえない。 ウ 本件発明の目的とする溶媒組成物の「安定化」の意味は,原告の主張す る定義を裏付けるものではないこと 原告は,「本件発明の目的は,『臭化溶媒と安定剤系の最良組み合わせ』を見付け ることにある。」と主張する。また,本件明細書には,「特別な臭化溶媒と特別な安 定剤系の間の理想的な適合を見付け出した人には利益が与えられるであろう」と記 載されている。 しかしながら,本件明細書には,本件発明の溶媒組成物の効果に関し, 「高性能溶 媒組成物」「高い効果」などの記載があるものの,本件発明の目的を達成する「安 , 定化された溶媒組成物」における「安定化された」の意味として, 「安定剤を含まな い溶媒組成物」に対する金属腐食の遅延化であることを示す記載はない。 このように,本件明細書には,原告の主張する「安定化された」の定義を裏付け る記載はない。 エ まとめ 本件明細書には,本件発明における「安定化された」が,臭化n−プロピルに「安 定剤」又は「安定剤系」を添加して臭化n−プロピルを「安定化」させることによ り,金属腐食を遅延させることを意味しているのは明らかとはいえない。 (3) 「安定化された」が溶媒組成物の物性を規定するものではないことを理由 に,「安定化された」の明確性を否定することはできない』に対して 「金属腐食を遅延させる状態にあること」 すなわち , 「安定剤を含まない溶媒にお いて金属腐食が始まる時点であっても,安定剤を溶媒に添加することによって当該 時点において金属が腐食しない」との現象は, 「溶媒組成物」を適用する対象である 「金属」から生じる現象であって, 「安定化された」との定義は溶媒組成物が達成す べき結果によって定義されている。 (4) 「金属腐食を遅延させる状態にあること」との現象が,安定剤が添加され た溶媒組成物によって必ず達成されるとはいえないから,金属腐食を遅延させる状 「 態にあること」との現象は,安定化された溶媒組成物が有する物性を定義するもの とはいえないこと 審決は, 「対象金属や温度等の溶媒組成物の使用条件がどのような場合でも,安定 剤を含む溶剤組成物を使用すると,安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始ま 『 る時点であっても,安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属が 腐食しない』という現象が生じるという技術常識もあるとはいえない。と認定した。 」 例えば,本件実施例において用いられた「チタン」は,安定剤を含まない溶媒組 成物と安定剤を含む溶媒組成物とで,実施例の条件において金属腐食の有無が観察 されず(甲15参照),実施例に開示された条件において,チタンの金属腐食の遅延 効果によって「安定化された」を判断するに当たり,必ずしも「安定化された溶媒 組成物」であるとはいえない。同様のことは,甲67の比較例7及び実施例10に おける「鉄」 「アルミニウム」 と との比較によっても理解できる(7頁第2表参照)。 甲67について,金属が「鉄」の場合は,安定剤を含まない比較例7では, 「15日 経過後の腐食状況」が「×:腐食大」(2頁右欄14行)であり,「表面の光沢減な どの変色が認められるまでの日数」が「1日以下」であるが,安定剤を含む実施例 10では,「15日経過後の腐食状況」が「◎:変化なし」(2頁右欄13行)であ り, 「表面の光沢減などの変色が認められるまでの日数」 「15日以上」 が である(5 頁第2表参照)。よって,「鉄」の場合は,安定剤の添加によって,金属腐食が観察 されない(金属腐食の遅延化を含む)ことが理解できる。 一方,金属が「アルミニウム」の場合は, 「15日経過後の腐食状況」がいずれも 「◎:変化なし」(2頁右欄13行)であり,「表面の光沢減などの変色が認められ るまでの日数」がいずれも「15日以上」である(5頁第2表参照)。よって,「ア ルミニウム」の場合は,安定剤の添加によって, 「安定化剤の添加により,金属が腐 食するまでに多くの日数を要する」こと(つまり,金属の遅延化が生じること)は 示されていないことが理解できる。 以上の比較によれば,同一の溶媒組成物であっても,対象とする金属を「鉄」又 は「アルミニウム」とした場合に,一方では「安定化された溶媒組成物である」と 判断され,もう一方では「安定化された溶媒組成物ではない」と判断される。なお, 同様の現象は,金属が「アルミニウム」及び「真鍮」の場合について,比較例11 及び実施例18との比較によっても理解できる(7頁第2表参照)。 なお,甲1において,安定剤(ニトロメタン,1,2−ジメトキシエタン)を添 加した組成物は,「アルミニウム」は「◎」(全く変化がない(段落【0037】) ) であり, 「鉄」は「×」 (全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる(段落【0 040】) ) であるが(段落【0035 】 比較例35) 安定剤を含まない組成物は, , , 「アルミニウム」は「×」であり, 「鉄」は「△」 (全体的に光沢が落ちる(段落【0 039】)である(段落【0035】 ) ,比較例28)。この比較によれば,同一の溶 媒組成物であるにもかかわらず,金属が「アルミニウム」である場合は「安定化さ れた溶媒組成物」といえるが,金属が「鉄」である場合は「安定化された溶媒組成 物」とはいえない。 以上をまとめると,ある金属(例えば,アルミニウム)には安定剤を含まない溶 媒の方が安定剤を含む溶媒よりも早く腐食するという現象が生じる溶媒組成物があ ったとしても,その溶媒組成物を別の金属(例えば,チタン)に用いた場合に,必 ずしも安定剤を含まない溶媒の方が安定剤を含む溶媒よりも早く腐食するという現 象が生じるとは限らない。すなわち, 「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始 まる時点であっても,安定剤を溶媒に添加することによって当該時点において金属 が腐食しない」との現象を必ず生じさせる性質(物性)を, 「安定化された溶媒組成 物」が有しているとはいえない。 (5) まとめ 原告の解釈に従えば,同一の溶媒組成物であっても,使用条件によっては, 「安定 化された」場合とそうではない場合とが存在し得る」のであるから, 「安定化された 溶媒組成物」の記載は明確ではない。よって,「安定化された」が,「溶媒組成物そ のものの物性を規定するものではない」といえるから,それを根拠として「安定化 された溶媒組成物」の記載は不明確であるとした審決の判断に誤りはない。 2 サポート要件について (1) 請求項5,8について 本件明細書には,臭化n−プロピルの含有量について「94〜97重量%」と記 載されているのであって, 「94〜98重量%」であることは記載されていない。ま た,本件明細書には,臭化n−プロピルについて「97〜98重量%」の範囲を補 完する記載もない。加えて,本件明細書には,安定剤の含有量を計算して,残余を 「臭化n−プロピル」の数値範囲を限定するための量とすることは記載されていな い。 よって,審決の判断に誤りはない。 (2) 請求項9,10について 請求項9及び10には,安定剤の含有量として好適範囲として記載されている数 「 値範囲以外」を含まないとすることは定義されていない。請求項9及び10は,独 立請求項であり,請求項1に定義された「安定化された」の定義を有していないた め, 「安定化されていない組成物」も対象となる。すなわち,請求項9及び10にお ける溶媒組成物は,請求項1における「安定化された」溶媒組成物と同じではない。 よって,本件明細書において,安定剤の含有量の好適範囲として記載された,ニ トロアルカン,1,2−ブチレンオキサイド及び1,3−ジオキソランの含有量に ついて,特に,ニトロアルカンが0.045重量%未満であり,1,2−ブチレン オキサイドが0.045重量%未満であるような,極めて低い含有量である組成物 であっても,請求項9及び10は対象としている。 そして,このような組成物を用いた場合に,必ずしも, 「金属腐食の遅延化」とい う課題を解決できるとはいえないから,審決の判断に誤りはない。 (3) まとめ 以上のとおり,本件発明5,8〜10がサポート要件に違反するとした審決の判 断に誤りはない。 3 同一性について (1) 審決の判断の妥当性−審決の認定する一致点及び相違点 審決は,同一性の判断において,『安定化された溶媒組成物』とは, 「 『金属腐食の 遅延化』が何らかの使用条件では生じる『溶媒組成物』を意味するものとして判断 する」としている。なお,審決は,仮定的に原告の主張に沿って,「安定化された」 とは, 「安定剤を含まない溶媒において金属腐食が始まる時点であっても,安定剤を 溶媒に添加することによって当該時点において金属腐食しない」という意味と解し, 「安定化された溶媒組成物」とは,このような現象が何らかの使用条件では生ずる 「溶媒組成物」を意味するとしている。 審決は,同一性の判断に先立ち,本件の特許請求の範囲の明確性について判断し ており, 「安定化された組成物」について,不明確であるとの結論を導いている。本 来,不明確な文言を含みながら同一性の判断を行なうことは不可能ともいえるとこ ろ,原告の主張に沿った前提をおいて,審決は同一性を判断しているから,原告が これを覆すことは許されない。 原告は,審決の認定した本件発明1と拡大先願発明1との間の相違点を認めてお り,一致点も認めていると理解される。一致点には, 「安定化された溶媒組成物」で あることも包含され,原告は,拡大先願発明1が金属腐食の遅延化を生ずる溶媒組 成物であることを認めている。 (2) 相違点(@)について ア 相違点(@)に関する審決の判断手法 審決は,相違点(@)が実質的な相違ではないための要件について, (@−1)先 願発明1の併用することが可能な安定剤として, 「1,3−ジオキソランのみを含む (1,4−ジオキサンを含まない) との態様が, 」 発明として完成していること, (@ −2)併用することが可能な安定剤として,1, 「 3−ジオキソランを含んでいて1, 4−ジオキサンを含まない」ものが,先願明細書に実施例として記載されている併 用可能な安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤(チオシアン 酸メチル)を含むものと比べて顕著な効果を奏するものではないことを示した。 原告は, (@−1)の要件については,明確に「当該態様が『発明として完成して いる』必要があるとした点には,特に異論はない」とし, (@−2)の要件について も,要件に関する認定・判断は誤りであるとはするものの,要件自体を否定する主 張はなく,要件としては認めていると解される。 イ 相違点(@)に関する審決の判断 (ア) (i−1)の点について 審決は(i−1)の点について,以下のとおり判断し,拡大先願発明1の併用す ることが可能な安定剤として, 「1,3−ジオキソランのみを含む(1,4−ジオキ サンを含まない)」との態様が,発明として完成していると認定した。 甲1において,記載された発明における必須の2成分の安定剤(ニトロメタン及 び1,2−ブチレンオキサイド)の組合せについて, 「ニトロメタンが金属との接触 による分解反応を抑え,1,2−ブチレンオキサイド・・が臭化水素ガスを捕捉し 安定化するのと考えられる」との記載があるから(段落【0013】,甲1には, ) ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドの2成分系の安定剤を組み合わせる ことによって初めて安定化効果が現れることが記載されているといえる。さらに, 甲1には,本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能であ 「 る。」と記載されており,その具体的な化合物として,「1,3−ジオキソラン」が 「チオシアン酸メチル」と共に挙げられている(段落【0015】。そして,甲1 ) には,必須の2成分系の安定剤に,併用可能な安定剤として「チオシアン酸メチル」 を加えた場合においても,必須の2成分系の安定剤を用いた場合と同様の効果を奏 していることが開示されている(甲1。実施例37及び38と,実施例19との比 較参照)。よって,これらの甲1の記載によれば,当業者は,必須の2成分系の安定 剤に,段落【0015 】において「併用することも可能である」と記載されている 「1,3−ジオキソラン」を加えても,必須の2成分系の安定剤による安定化効果 と変わらない効果が得られると認識することができると判断した。 さらに,審決は,甲1の「比較例41」を考慮したとしても,1,3−ジオキソ ランをニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用して1−ブロモプロパ ンを安定化する態様が発明として完成されているといえると判断した。審決は,比 較例41を指摘して,併用することが可能な安定剤として,「1,4−ジオキサン」 を選択した場合に,先願明細書に併用可能な安定剤として例示されるものを選択し 「 ても,実施例19,37,38と同様の結果が得られない可能性があることも理解 できる」との考えを示した。しかし,比較例13には, 「1,3−ジオキソラン」を 単独で用いた例が記載されているが,金属試験片は「◎」「全く変化がない」 ( (段落 【0021】)である。すなわち,1,3−ジオキソランは併用可能とされる安定 ) 剤の中でも,金属腐食が観察されないとの効果が示されている。このような効果に 基づけば, 「ニトロメタン,1,2−ブチレンオキサイドで安定化された1−ブロモ プロパン組成物」に併用される安定剤として, 「1,3−ジオキソラン」を併用した 場合は,少なくとも「1,3−ジオキソラン」を単独で用いた例である比較例13 程度の金属腐食を防ぐ効果を実際に挙げることは,技術常識からみて具体的,客観 的に裏付けられているといえると判断した。 そして,本件発明1の効果は, 「安定剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延 化」であるから,甲1には,安定剤として, 「ニトロメタン」「1,2−ブチレンオ , キサイド」,及び「1,3−ジオキソラン」を含む「1−ブロモプロパン組成物」と の態様が,本件発明1の目的とする効果を実際に挙げることができる程度に,具体 的,客観的に記載されていると判断した。 (イ) (i−2)の点について 審決は, (i−2)の点について,以下のとおり,併用することが可能な安定剤と して, 「1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない」ものが, 併用する安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤を含むものと 比べて顕著な効果を奏するとはいえないと判断した。 審決は,本件明細書において,試験片として「アルミニウム合金(2024)」を 用いて本件発明1の溶媒組成物を24時間の沸騰条件で洗浄を行ったときに金属腐 食が観察されないという結果しか記載されていないことに基づいて,本件発明1の 効果として,本件発明1の溶媒組成物が安定剤を添加しない溶媒組成物に対して金 属腐食の遅延化をもたらすという効果以上のものが記載されているとは認められな いとした。このように,本件明細書の実施例に開示された条件に基づいて,本件発 明1が拡大先願発明1に対して選択発明であるか否かが,原告及び被告双方の実験 結果によって判断された。 原告及び被告双方が提出した追試において,「臭化n−プロピル96.5重量%, ニトロメタン0.5重量%,1,2−ブチレンオキサイド0.5重量%,1,3− ジオキソラン2.5重量%を含む溶剤組成物」 (本件発明1に相当する)「1,3− , ジオキソランに代え臭化n−プロピルを99.0重量%まで増加させた溶剤組成物」 (拡大先願発明1に相当する)「1,3−ジオキソランに代えチオシアン酸メチル , を2.5重量%含む溶剤組成物」(拡大先願発明1に相当する)の3種類について, 本件明細書の実施例に記載されたものと同じ条件では,いずれも効果に相違がなく, 「1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない」ものが,併 用する安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤を含むものと比 べて顕著な効果を奏するということはできないと判断した。 さらに,「1,4−ジオキサン」を含まない点について,「甲11には『1,4− ジオキサンのがん原性に着目し,指針において,現行の有機則の規定による措置以 外に,1,4−ジオキサンを含有するものを製造し,又取り扱う業務全般を対象と して,労働者の健康障害を防止するために講ずべき措置を定めることとした』と記 載されており,このことが,指針として『事業者及び関係事業団体等に対して』 『周 知』が図られたことから,1,4−ジオキサンによる健康被害は当業者の技術常識 であって,1,4−ジオキサンを含まないことによる効果は当業者にとって自明の ものと認められる。」と認定した。 (ウ) 相違点(i)についての審決の判断のまとめ 以上により,相違点(i)が実質的な相違点ではないと判断した審決の判断に誤 りはない。 ウ 原告の完成発明であることに関する主張に対する反論 (ア) 審決の完成発明であることの判断が正しいこと 原告は, 「甲1に,1,3−ジオキソランをニトロメタン及び1,2−ブチレンオ キサイドと併用して1−ブロモプロパンを安定化する態様が発明として完成されて いないのは,甲1に接した当業者にとっては明らか」と主張するが,理由がない。 法29条の2の条文からいって,発明の完成は,本件発明1の目的とする効果に 基づき論ぜられるべきである。法29条の2が採用された理由の一つは,「後願が, 先願と同一内容の発明である以上さらに出願公開等をしても,新しい技術を何ら公 開するものではない」 (乙1・90頁7行〜11行)点にあることからすれば,法2 9条の2が適用されるか否かの判断は,先願明細書等(甲1)の中に,後願に係る 発明(本件発明1)と同一内容の発明が記載されているかどうかでなされるのであ り,効果として問われるのは,本件発明1の目的とする効果であることは当然であ る。審決が,本件発明1の目的とする効果に基づき,発明の完成を論じたのは,正 当なやり方であって,これに基づき,拡大先願発明1の併用することが可能な安定 剤として,「1,3−ジオキソランのみを含む(1,4−ジオキサンを含まない)」 との態様が,発明として完成しているとしたことに誤りはない。 (イ) 原告の主張する効果に基づいても完成発明であるといえること 拡大先願発明1が目的とする効果に基づき,発明の完成を論ずるという原告のや り方は正当ではないが,仮に,拡大先願発明1が目的とする効果に基づいても,拡 大先願発明1の併用することが可能な安定剤として, 「1,3−ジオキソランのみを 含む(1,4−ジオキサンを含まない)」との態様は,発明として完成している。 ここで,原告が主張する拡大先願発明1が目的とする効果とは, 「1−ブロモプロ パンにニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドのみを組み合わせた場合に達 成されるのと同じレベルの安定化である」。 審決が指摘したように,甲1には, 「ニトロメタンが金属との接触による分解反応 を抑え,1,2−ブチレンオキサイド・・が臭化水素ガスを捕捉し安定化するのと 考えられる。したがって,1−ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合 わせることによってはじめてアルミニウムは勿論のこと亜鉛,鉄,銅等の金属に対 して安定化効果が現れ,蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用される条件 下で特に有効な安定性を保つ」との記載があり(段落【0013】,引き続き「本 ) 発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である。との記載 」 があり,その具体的な化合物として, 「1,3−ジオキソラン」が「チオシアン酸メ チル」と共に挙げられている(段落【0015】。そして,チオシアン酸メチルを ) 安定剤として併用した場合には,1−ブロモプロパンにニトロメタン及び1,2− ブチレンオキサイドのみを組み合わせた場合に達成される効果と同様の効果を奏す ることが開示されている(実施例37及び38と,実施例19との比較参照)。して みれば,甲1の段落【0015】において「併用することも可能である」と記載さ れている「1,3−ジオキソラン」を加えても,必須の2成分系の安定剤による安 定化効果(すなわち,拡大先願発明1が目的とする効果)と変わらない効果が得ら れると認識することができる。 (ウ) 甲1の「比較例41」は,発明の完成に影響しないこと 「比較例41」を考慮したとしても,甲1において,1,3−ジオキソランをニ トロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用して1−ブロモプロパンを安定 化する態様が発明として完成されているといえる。比較例41における「アルミニ ウム」の試験片の結果は「○」「わずかに一部の光沢が落ちる」 ( (段落【0038】) ) であることから,比較例41は,各実施例に対して,拡大先願発明1の目的とする 効果という意味において,わずかに安定化効果の程度が及ばなかった例とみること ができるが,他方,上記の結果から,本件発明1の目的とする効果という意味にお いて,安定化効果がみられたことは明らかである。なお,比較例41では,ニトロ メタンが0.2重量部,1,2−ブチレンオキサイドが0.5重量部で使用されて おり,これは,実施例1〜9(1−ブロモプロパンにニトロメタン及び1,2−ブ チレンオキサイドのみを組み合わせた場合)におけるニトロメタンの使用量を下回 っており,このため,拡大先願発明1の目的とする効果という意味で,安定化効果 の程度が及ばなかった例とみることができる。また,甲1の比較例10には,「1, 4−ジオキサン」を単独で用いた例が記載されており,金属試験片は「×」「全体 ( 的に変色もしくは腐食が明らかに認められる」 (段落【0024】)である。すなわ ) ち,比較例41においても,甲1に記載された発明におけるニトロメタンと1,2 −ブチレンオキサイドによる安定化効果は十分にあるといえる。 以上のように,1,4−ジオキサンを添加することによるメリットがないとも, 添加することによりかえって効果が損なわれるとも,この比較例41を見ただけで いうことはできない。 よって,比較例41は,甲1の段落【0015】における「本発明で提案する安 定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である」との記載と明らかに矛盾し ているとはいえない。また,甲1の「比較例41」を考慮したとしても,1,3− ジオキソランをニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドと併用して1−ブロ モプロパンを安定化する態様は,依然として,発明として完成されているといえる。 (エ) 甲50により発明の完成を否定できないこと 甲50は,イソプロパノ−ルを添加した系については何ら記載しておらず,原告 の主張は失当である。 (オ) 比較例であっても完成された発明であり得ること 原告が引用する最高裁昭和52年10月13日判決は,法29条の2の拡大先願 発明の認定に当たって,その効果を,先願明細書に記載されている効果とすべきで あることを判示するものではなく,また,実施例として記載されているもののみが 目的とする効果を達成するということを判示するものでもない。よって,審決にお ける「完成された発明」の考え方に誤りはない。 また,原告は,『比較例』として記載されている発明の態様は,完成された発明 「 と理解されることがないのが通常であり,審決が,比較例13(1,3−ジオキソ ランのみを併用した場合)の態様をもって完成発明というのは,誤りである。」とも 主張する。しかし,以下に述べるように, 「比較例」として記載されている発明の態 様は,完成された発明と理解されることがないのが通常とはいえず,審決が,比較 例13(1,3−ジオキソランのみを併用した場合)の態様をもって完成発明とい うのは,誤りではない。まず,法29条の2第1項は,先願として後願を排斥でき る発明は,先願の「願書に最初に添付した明細書又は図面」に記載されたものとし ており,必ずしもその「特許請求の範囲」に記載された発明だけにとどまらない。 むしろ,先願において比較例の態様について,後願排除効を有さないものとして取 り扱うことは,法29条の2の規定の趣旨,すなわち,後願が, 「先願と同一内容の 発明である以上さらに出願公開等をしても,新しい技術を何ら公開するものではな い」に反し,妥当ではない。また,東京高裁昭和63年(行ケ)第86号判決では, 「比較例1に記載されたものも,前記のとおり,一つの発明であるから,実用新案 法3条の2により後願を排斥できる発明に当たると解される。」と判断されている (乙2)。よって,法29条の2の適用にあたり,「比較例」として記載されている 発明の態様が,完成された発明として判断されないという原告の主張は誤りである。 比較例13については,甲1に,「1−ブロモプロパン100重量部に対して1, 3−ジオキソラン3重量部の安定剤を含む組成物」を「加熱還流し」「アルミニウ , ム試験片」を「気液両相にまたがるように位置させ」「96時間加熱還流後室温ま , で冷却して試験片を取り出し,その腐食状況および液相の着色度を観察し」たとこ ろ,「試験片」は試験の状態が「◎:全く変化がない」こと,「酸性ガスの発生」が 「×:発生有り」であり(甲1, 【0032】,少なくとも,アルミニウムの「安定 ) 剤を添加しないものに対する腐食時間の遅延化」という効果が得られることは明ら かである。すなわち,甲1の比較例13の態様であっても, 「金属の遅延化」という 効果を奏する一つの発明であるといえるから,完成された発明に当たると解される。 (カ) 原告の主張に対する反論 a 原告は,知財高裁平成18年(行ケ)第10346号判決(甲70) を一般化すれば,複数の特定の技術的要素の組合せによって構成される発明が刊行 物に記載されているというためには,当該刊行物において,当該特定の技術的要素 を含む選択肢が存在することが示されているだけでは足りず,選択肢の中から当該 特定の技術的要素を選択して実際に組み合わせた発明が,当該刊行物に具体的に記 載されている必要があることになる旨主張するが,上記主張は,無効審判事件にお いて,原告が撤回した主張である。このことは,無効審判の「第1回口頭審理調書」 (甲60)に記載されているとおりである。よって,原告が,一旦撤回した主張を 再度翻すことは許されない。 また,上記判決は,特定の共重合体に対して示した判断であり,共重合体一般に 対して適用できるように概念化することはもちろん,複数の特定の技術的要素によ って構成される発明に対して適用できるように概念化することもできない。さらに, 甲70に,何らかの事項が判示されているとしても,これを本件発明に適用するこ とはできない。甲70の特定の共重合体は,新規な物質(共重合体)であって,こ れに関する判示事項が,本件発明のように,公知の物質(成分)の組み合わせであ る組成物をも射程範囲にしているとはいえないからである。 甲1において,先願明細書に記載された発明をありのままに認定すれば,1,3 −ジオキソランを併用可能な安定剤として添加した態様が記載されていることは, 既に述べたとおりであり,1,3−ジオキソランを単独で添加すれば, 「1,4−ジ オキサン」は含まれないことは明らかである。 以上のとおり,甲70に基づく原告の主張は失当である。 b 知財高裁平成22年(行ケ)第10245号判決(甲54)は, 「C MITを含まない」という構成の判断で, 「出願日(優先日)当時『CMITとMI T』が混合したものしか市販されておらず,引用刊行物に実施例として記載された 『MIT』が,純粋な『MIT』であるかは明確でなく, 『CMIT』を含みうるも のであったことなどを総合的に判断した」ものと審決が認定した事案に関する。原 告も「確かに,上記判決の事案において,先行技術文献に記載された資料No.1 07が,純粋なMITではなくCMITを含み得るものであったことは,審決が指 摘するとおりである」と認めている。これを本件について検討すると,甲1に記載 された「1,3−ジオキソラン」が,純粋な「1,3−ジオキソラン」であること は明確であり, 「1,4−ジオキサン」を含み得るものであったという当業者の技術 常識はない。よって,本件と上記判決の事例とは事情を異にするとして,上記判決 を本件への適用を否定したのは誤りであるとする審決の判断に誤りはない。 さらに,甲1が, 「1,4−ジオキサンの使用を回避すべき」との技術思想を開示 していないことが,本件発明と拡大先願発明1との相違点となるとはいえない。甲 1には,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドに併用可能な安定剤として 「チオシアン酸メチル」を単独で添加した実施例37及び38が開示されている。 そして,甲1の段落【0015】には,併用可能な安定剤として,14の具体的な 化合物が記載されており,当業者であれば,これらの安定剤を併用する際に,14 の具体的な安定剤の混合物として併用するのではなく,1つの安定剤のみを選んで 併用することが,通常の実施態様であるといえる。 ここで, 「ニトロアルカン」「1,2−ブチレンオキサイド」を必須の2成分の安 , 定剤として含む「1−ブロモプロパン組成物」に,さらに併用可能な安定剤として 「1,3−ジオキソラン」を単独で使用すれば,「1,4−ジオキサンを含まない」 溶媒組成物であることは当業者にとって明確であり,この場合において,本件発明 1における「1,4−ジオキサンを含まない」との発明特定事項を満たす。 なお,原告は, 「1,4−ジオキサンを含まない」との技術思想について,甲1に は, 「1,4−ジオキサンが使用者の健康に悪影響を与える点で望ましくないという ことについては全く言及していない。」と主張するが,そのような言及がなければ, 「1,4−ジオキサンを含まない」との構成が,甲1に記載されているといえない わけではない。 したがって,甲1が「1,4−ジオキサンを含まない」という技術思想を開示し ていないとはいえないことに基づく原告の主張は失当である。 c 甲1には,原告が実際の完成発明と称する「@1−ブロモプロパン 100重量部に対して0.1〜1重量部のニトロメタン及び0.1〜1重量部の1, 2−ブチレンオキサイドの組合せ(甲1の請求項3(法29条の2の拡大先願の地 位を有する甲2の請求項1に対応)」及び「A0.2重量部のニトロメタン,0.5 重量部の1,2−ブチレンオキサイド及び0.01重量部又は0.1重量部のチオ シアン酸メチルの組合せ(実施例37及び38)」以外についても,完成した発明と して記載されている。そして,1,3−ジオキソランのみを含み1,4−ジオキサ ンを含まない先願発明1の態様が完成された発明として甲1に開示されていること は,これまで述べてきたとおりである。 甲42,43及び50に基づく効果の主張は認められるべきではない。審決は, 同一性判断の判断において「安定化された溶媒組成物」における,「安定化された」 の構成を満足するか否かについての対比判断において,原告の主張した「安定化さ れた溶媒組成物」の定義を用いた。これは, 「安定化された溶媒組成物」の意味が不 明確であることによるものであり,不明確のままでは「安定化された溶媒組成物」 との構成が,甲1に記載されているか否かの対比ができないからである。しかしな がら,本件明細書には,安定化された組成物が,何らかの使用条件において「安定 剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化」という効果をもたらすものである ことは記載されておらず,腐食開始時間によって効果を比較し得ることもまた,記 載されていない。よって,甲42,43及び50に基づく主張は,本件明細書に記 載されていない効果に基づく主張になり,許されない。 知財高裁平成21年(行ケ)第10238号判決(甲51)には, 「本願当初明細 書において明らかにしていなかった『発明の効果』について,進歩性の判断におい て,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を 害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである」 (22頁4行〜7行)との記載があり,特段の事情のない限り,効果を立証するた め出願後に補充した実験結果を参酌することは許されないとし,例外的に許される 場合についても,「記載の範囲を超えない限り」(22頁13行)という厳しい限定 を加えている。これを本件について当てはめると,原告が提出した甲50等は,腐 食開始時間という効果に基づいて安定化の効果を比較するという,本件明細書の記 載の範囲を超えるものであって,参照することが許されない実験結果というべきで ある。なぜなら,本件明細書には,甲50等に記載された実験条件の記載は全くな いし,腐食開始時間によって, 「安定化された溶媒組成物」に優劣をつけて比較する といったことは一切記載されていないからである。よって,甲42,43及び50 に示された結果は,本件明細書の記載によるものではなく,後出しの実験結果に基 づいて,本件発明の効果の顕著性を主張することはできない。 したがって,本件明細書の実施例の実験条件のみに基づいて,甲1記載の発明に 対する本件発明の優れた効果を実証しなければならないとの判断に基づいて,本件 発明1が甲1記載の発明に対して顕著な効果を有しているとは認められないとした 審決の判断に誤りはない。 原告は, 「本件発明の顕著な効果を実証するための実験が,本件明細書の実施例に 記載された実験条件と同一の条件下で行われたものである必要があるとする審決の 考え方は,同一性判断の文脈において自らが採用した『安定化された溶媒組成物』 の定義と矛盾している。」と主張する。しかし,審決は,同一性判断の判断において 「安定化された溶媒組成物」における, 「安定化された」という構成を満足するか否 かについての対比判断において,原告の主張した「安定化された溶媒組成物」の定 義を用いた。これは, 「安定化された溶媒組成物」の意味が不明確であることによる ものであり,不明確のままでは「安定化された溶媒組成物」との構成が,甲1に記 載されているか否かの対比ができないからである。他方,本件発明が拡大先願発明 に対して,顕著の効果を有するか否かの判断においては,本件明細書に記載された 効果に基づいて判断されるべきである。ここで,本件明細書には,本件発明が有す る「安定化された」の効果について,原告が主張する「『安定化された溶媒組成物』 とは, 『金属腐食の遅延化』が何かしらの使用条件では生じる『溶媒組成物』を意味 する」ことは読み取れず,実施例に具体的に開示された効果のみが読み取れるので あって,腐食開始時間によって安定化効果を比較することは,明らかに当初明細書 の記載の範囲を超えるものというべきである。よって,本件発明の実施例に記載さ れた実験条件と同一の条件下で行われたものである必要があるとする審決の考え方 は,同一性判断の文脈において自らが採用した「安定化された溶媒組成物」の定義 と決して矛盾するものではない。 原告は,自らした実験の信用性を否定した審決の判断に疑問を呈しているが,甲 43は,腐食開始時間はチオシアン酸メチルの添加によってむしろ腐食時間が短く 「 なる場合もあって不自然なものであり,腐食開始時間の測定の正確性について疑義 を生じせしむるものである」ことから,審決は原告の「腐食開始時間」の測定の信 用性に疑問を抱いた。また,甲50等に開示されている実験成績証明書において, 原告の測定条件である「腐食開始時間」について,金属試験片がどのような状態に なれば「腐食が開始した」と判断できるのか疑問である。甲1,3及び67では, 所定の時間の経過後の金属試験片の表面を観察して腐食の程度を「◎」 ○」 △」 「 , 「 , , 「×」等を用いて判断しており,甲68及び69では所定の時間の経過後の金属腐 食減量から,腐食速度を測定している。これらの甲号証には, 「腐食開始時間」によ って安定化の効果を比較することは記載されていない。すなわち,当業者において, 腐食開始時間の測定方法が明確であるとはいえず, 「腐食開始時間」の実験結果の正 確性に疑義が生じるとする審決の認定に誤りがあるとはいえない。 また,原告は「審決における原告と被告の実験結果に関する取扱いは,一貫して いない。」と主張するが,審決は,原告の追試1及び被告が提出した甲23の実験に 基づいて,「本件明細書の実施例と同じ条件で比較すると,『1,3−ジオキソラン を含んでいて1,4−ジオキサンを含まない』ものが,併用する安定剤を含まない ものや1,3−ジオキソラン以外の安定剤を含むものと比べて顕著な効果を奏する ということはできない。 と認定しているのであるから, 」 原告及び被告の提出した実 験結果の取扱いは一貫している。 (3) 相違点(A)に対して 相違点(A)について,審決は,甲1の実施例37及び38において,臭化n− プロピルが溶媒組成物全体に対して99.3重量%又は99.2重量%含まれてい ることを根拠に,本件発明1における「臭化n−プロピルを少なくとも90重量% 含有する」との発明特定事項が甲1に開示されているとの判断を示した。 これに対し,原告は, 「相違点(A)が実質的な相違とは認められないとした審決 の認定・判断は,恣意的かつ不当な前提に基づくものであり,誤りであるといわな ければならない。」と主張するが,いずれも失当である。 ア 甲1には,併用することが可能な安定剤の含有量について,安定剤ごと に含有量を変化させることが記載されていないこと 原告は「甲1の実施例37及び38に記載された各化合物の含有量比を根拠とし て,本件発明1における各化合物の含有量比が甲1に開示されていると判断するの は誤りである。」と主張する。しかし,甲1の段落【0015】には,「1,3−ジ オキソラン」と実施例37及び38で用いられている「チオシアン酸メチル」が併 用することが可能な安定剤として記載されている。ここで,甲1には,併用するこ とが可能な安定剤の量について,安定剤の種類が異なる場合に,含有量を変えなけ ればならないことは明記されていない。すなわち,甲1に接した当業者であれば, 併用することが可能な安定剤として「1,3−ジオキソラン」を用いるに当たり, 実施例37及び38に記載された「チオオシアン酸メチル」の含有量と同じ含有量 とすることで,実施例37及び38と同様の効果を奏することが当然に予測できる。 したがって,甲1の実施例37及び38に記載された各化合物の含有量比を根拠 として,本件発明1における各化合物の含有量比が甲1に開示されているとの判断 に基づく,審決の判断に誤りはない。 イ 甲1の優先権基礎出願である甲2には,ニトロメタン及び1,2−ブチ レンオキサイドの含有量が,最大で「5重量部」であることは記載されていないか ら,甲1の発明を認定するにあたり「ニトロメタン」及び「1,2−ブチレンオキ サイド」の含有量を「0.1〜5重量部」とすることは認定できないこと 原告は,甲1の請求項1には,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドが ともに0.1〜5重量部ずつ含有されると記載されているから, 「甲1記載の発明に は,ニトロメタン5重量部,1,2−ブチレンオキサイド5重量部及び1,3−ジ オキソラン5重量部が配合される場合も当然にあり得るのであり,この場合,甲1 における臭化n−プロピルの配合量は,本件発明1における「臭化n−プロピルを 少なくとも90重量%含有する」との構成を明らかに満たさないこととなる。 と主 」 張する。しかし,甲1の優先権主張の基礎出願である甲2には,ニトロメタン及び 1,2−ブチレンオキサイドがともに「0.1〜1重量部」ずつ含有されることが 記載されていて(甲2,請求項1)「0.1〜5重量部」であることは記載されて , いない。よって,法29条の2における拡大先願発明の認定にあたり,甲1におい て, 「ニトロメタン」及び「1,2−ブチレンオキサイド」の含有量を「0.1〜5 重量部」と認定することはできない。 したがって, 「併用される安定化剤が必須とされるニトロメタンや1,2−ブチレ ンオキサイドとかけ離れた配合量では含まれることはないと解されるから,併用さ れる安定化剤の量は1重量部を上限として含まれるものと解され」るとの判断に基 づく,審決の判断に誤りはない。 (4) 審決が非同一性に関する原告のその他の主張も排斥したのは誤りであるに 対して ア 甲1は,臭化n−プロピル,ニトロメタン,1,2−ブチレンオキサイ ド及び1,3−ジオキソランを含む組成物を開示していないに対して 原告は, 「甲1【0015】は,そこに列挙された化合物を,どのように,あるい はいくつ選択すればよいかにつき,何らの指針も提供していない」と主張する。し かし,甲1の実施例37及び38には,甲1の明細書【0015】に1,3−ジオ キソランと同列に記載された「チオシアン酸メチル」を単独で使用した例が記載さ れている。すなわち,甲1の【0015】に記載された化合物を,ニトロメタン及 び1,2−ブチレンオキサイドと併用して1−ブロモプロパンを安定化するために 使用する際に,1つだけ選択することが開示されているといえる。 また,当業者であれば,実施例37及び38を参考にして,甲1の【0015】 に具体的に記載された14の化合物を併用することが可能な安定剤として用いると きに,14の化合物をまとめて加えるのではなく, 「1つの化合物」のみを選んで用 いることは通常の実施態様である。 よって,原告の主張は認められない。 イ 甲1は,「1,4−ジオキサンを含まない」組成物を開示していないに 対して 上記(2)ウ(カ)bのとおり,本件と知財高裁平成22年(行ケ)第10245号判 決の事例とは事情を異にするとして,上記判決を本件へ適用することを否定したの は誤りであるとした審決の判断に誤りはない。 ウ 比較例13の不十分な安定化効果に依拠して,先願発明1が目的とする 効果を達成できるということはできないに対して 比較例13は,「金属腐食の遅延化」という,本件発明1と同じ,「安定化された 溶媒組成物」の効果を開示しているのであり,ニトロメタン及び1,2−ブチレン オキサイドに,1,3−ジオキソランを単独で添加した場合に,少なくとも比較例 13の効果である「安定剤を添加しないものに対する金属腐食の遅延化」の効果が 得られるといえる。また,法29条の2第1項の記載に基づけば,後願排除効を有 する事項は,先願の「明細書又は図面」であり,必ずしも特許請求の範囲に記載さ れた事項に限られないことも上記(2)ウ(オ)で述べたとおりである。 したがって,1,3−ジオキソランのみを併用した先願発明1の態様が,完成さ れた発明として甲1に開示されているとの審決の判断に誤りはない。 (5) 本件発明2,3及び5について 本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断に誤りはなく,本件 発明2,3及び5が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断にも誤りはない。 (6) 本件発明9について 本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断に誤りはなく,本件 発明9が拡大先願発明2と同一であるとした審決の判断にも誤りはない。 (7) 本件発明10について 本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断に誤りはなく,した がって,本件発明10が拡大先願発明2と同一であるとした審決の判断にも誤りは ない。 第5 当裁判所の判断 1 本件発明について (1) 本件明細書(甲28)には,次の記載がある。 ア 発明の背景 「本発明は,1,4−ジオキサンを含まない安定剤系と臭化アルカン溶媒を基とす る新規な高性能溶媒組成物に関する。 脱グリ−スおよび洗浄産業では,現在,1,1,1−トリクロロエタン(TCE) の洗浄用溶媒としての使用が禁止されると言ったことに直面している。この禁止は1, 1,1−トリクロロエタンが比較的高いODP(オゾンを枯渇させる可能性)を有す ることを基にしている。代替物がいくつか提案されてはいるが,溶媒機能が高くない こと,コスト,毒性および可燃性が理由でその多くは不合格であった。1つの代替品 である臭化n−プロピルは理想的であるように見える。これがオゾンを枯渇させる可 能性は低くて容認され得る。これが示す溶媒機能は1,1,1−トリクロロエタンの それに類似しておりかつそれの製造を容認されるコストで比較的高い純度,即ち99 +重量%の純度で行うことができることが示された。更に,臭化n−プロピルは毒性 試験で有望さを示している。本技術分野では,それが示す可燃性に関していくらか混 乱があるが,最近の試験でそれは不燃性であると見なすことができることが示された。 臭化n−プロピルは冷洗浄系および蒸気洗浄系の両方で使用可能であることが実 験研究で示されている。驚くべきことに,臭化n−プロピルはそれを低い温度,即ち 55℃以下の温度で用いる時にはかなり安定であることを確認した。冷洗浄系の場合, 臭化n−プロピルに安定化を受けさせるとしても必要な安定化は僅かのみであるこ とが試験で示された。しかしながら,臭化n−プロピルを蒸気洗浄系で用いる場合に は安定化が必要である。温度をより高くする,即ち69−71℃にすると,鋼,アル ミニウム,チタンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食がもたらされる可能性が ある。この金属が臭化n−プロピルの脱臭化水素化反応の触媒になることでHBrが 生じ,今度はそれが上記金属の腐食で利用され得ると考えている。 上記金属の触媒活性を低くしそして/または生じる全てのハロゲン化水素を失活 させる安定剤が従来技術に豊富に記述されている。この従来技術が最も利用できる分 野は,高い興味が持たれていた分野,即ちクロロヒドロカ−ボン溶媒に関する分野で ある。ブロモヒドロカ−ボン溶媒の分野で利用できる技術はずっと少ない。この技術 分野で臭化溶媒が魅力的であることが見い出されたのは新しいことからようやく今 活発に臭化溶媒と安定剤系の最良組み合わせの選択が調査されるようになったとこ ろである。このような組み合わせの可能性は無数であるが,特別な臭化溶媒と特別な 安定剤系の間の理想的な適合を見付け出した人には利益が与えられるであろう。今日 の健康および環境に関する懸念から,現在では,古い従来技術の溶媒系に含まれる成 分の必ずしも全部が容認され得る候補品であるとは見なされない。例えば,昔から使 用されている非常に一般的な安定剤成分である1,4−ジオキサンは,健康の懸念か ら,現在では好ましいものではない。 従って,本発明の目的は,使用者および環境の両方に優しくて高い効果を示す脱グ リ−ス用および洗浄用溶媒を提供することにある。」 イ 本件発明 「本発明は安定化を受けさせた(stabilized)脱グリ−ス用および洗浄 用溶媒組成物に関し,これに,臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含む溶媒部 分を含有させ,かつニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドおよび1,3−ジ オキソラン組成物を含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系を含有させる。 特に明記しない限り,本明細書で用いる重量%およびppm値は本溶媒組成物の全重 量を基にした値である。…… 前述したように,本溶媒系に1,4−ジオキサンを含めない,即ちこれが本溶媒組 成物を構成する量を不純物量のみ,即ち500ppm未満にする。少しの1,4−ジ オキサンも本溶媒組成物に存在させないのが好適である。 本溶媒系に含めるニトロアルカン成分は好適にはニトロメタン,ニトロエタンまた はそれらの混合物である。ニトロメタンが最も好適である。このニトロアルカンの使 用量は一般に0.045から1.0重量%の範囲内である。好適な量は0.25から 1.0重量%の範囲,最も好適には0.3から0.6重量%の範囲内である。 1,2−ブチレンオキサイド成分を一般に0.045から1.0重量%の範囲内の 量で存在させ,好適には0.25重量%から1.0重量%,最も好適には0.3から 0.6重量%の範囲内の量で存在させる。 1,3−ジオキソラン成分の適切な量は0.1から10.0重量%の範囲内の量で ある。好適な量は2.0から6.0重量%の範囲内である。…… 本発明の溶媒組成物に含有させる臭化n−プロピルの量は,前述したように,定量 的に少なくとも90重量%であり,その残りに不純物,例えば臭化イソプロピルなど, 本発明の安定剤系,および実施者が望む他の任意添加剤が含まれる。使用する臭化n −プロピルが特に高純度ではない典型的な溶媒組成物は臭化n−プロピルを90− 92重量%および臭化イソプロピルを4−6重量%含有し,それにニトロメタンを0. 25−1.0重量%,1,2−ブチレンオキサイドを0.25−1.0重量%および 1,3−ジオキソランを2.0−6.0重量%含有させる。臭化n−プロピルが高純 度の場合には,臭化n−プロピルが本溶媒組成物の94−97重量%になるようにし てもよい。 本発明の溶媒組成物は冷洗浄用途および蒸気洗浄作業で用いるに適切である。前者 は,一般に,洗浄すべき物品を通常は室温から55℃の範囲内の温度の本溶媒組成物 に浸漬することを特徴とする。蒸気洗浄は洗浄すべき物品を本溶媒組成物の蒸気の中 に通すことを特徴とし,ここでは,上記物品の温度をそれの表面に蒸気が凝縮するよ うな温度にする。この凝縮物はそれの洗浄機能を果した後に落下する。この蒸気の温 度は一般に本溶媒組成物の沸点に近い温度であり,このインスタントケ−ス…におけ る温度は,使用する溶媒組成物の特別な定量的および定性的同定に応じて約65から 75℃である。臭化n−プロピル含有量が非常に高い,即ち95重量%以上の溶媒組 成物の場合の沸点は約69−72℃であろう。 以下に本発明の溶媒組成物が有する効果的性質を説明する。本実施例は本明細書に 記述する発明の範囲を限定するとして決して解釈されるべきでないことを意図す る。」 ウ 実施例 「以下に示す材料を一緒に混合することによって溶媒組成物を調製した: 臭化n−プロピルを96.5重量% 1,3−ジオキソランを2.5重量% 1,2−ブチレンオキサイドを0.5重量% ニトロメタンを0.5重量%。 試験ク−ポン…であるアルミニウム合金(2024),マグネシウム(AZ−31 B)およびチタン(MIL−T−9046)を布やすりで曇りがなくなって明るく輝 くまで磨いた。次に,この磨いたク−ポンを石鹸で洗浄した後,蒸留水で濯いだ。こ の濯いだク−ポンを素手で取り扱わないようにしてアセトンで乾燥させた。次に,こ の乾燥させたク−ポンを上記溶媒組成物に24時間浸漬した。この浸漬期間中,上記 溶媒組成物を還流に維持した。24時間後,上記ク−ポンを回収し,冷却した後,腐 食を目で検査した。腐食は全く観察されなかった。」 (2) 前記(1)に摘記した本件明細書の記載によれば,臭化n−プロピルは,オゾ ン層を枯渇する可能性が低く,溶媒機能,コスト,毒性及び可燃性の問題において 有望な洗浄用溶媒であるが,より高い温度で使用した場合に金属の腐食がもたらさ れる可能性があるという発明の背景の下,臭化n−プロピルとその安定剤系の最良 の組合せを調査することにより,使用者及び環境に優しく,かつ,より高い温度で 使用した場合に金属が腐食されないという安定化効果を示す脱グリ−ス及び洗浄用 溶媒を見出したというのが,本件発明である。そして,本件発明の課題は,臭化n −プロピル溶媒とその安定剤系の最良の組合せを調査することにより,使用者及び 環境に優しく,かつ,より高い温度で使用した場合に金属が腐食されないという安 定化効果を示す脱グリ−ス及び洗浄用溶媒を提供することであり,本件発明1の構 成は,臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロアルカ 「 ン,1,2−ブチレンオキサイドおよび1,3−ジオキソランを含んでいて1,4 −ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む」「安定化された溶媒組成物」であり, また,本件発明の効果は,使用者及び環境に優しく,かつ,高い安定化効果を示す 脱グリ−ス及び洗浄用溶媒が得られたことと理解できる。 2 取消事由1(明確性についての判断の誤り)について 本件明細書には,本件発明1の発明特定事項である「安定化された」を定義する 記述はない。そこで, 「安定化」についての意味を検討すると,甲1の段落【000 8】における「本発明…の目的は,アルミニウムは勿論のこと亜鉛,鉄,銅等の金 属製品を初めとした各種工業材料の洗浄等に使用することができる,特に高温度で 長時間使用しても被洗浄物や洗浄装置等を腐食しない,安定化された1−ブロモプ ロパン組成物を提供することにある。」との記載,甲3の段落【0004】における 「本発明者らは,…n−臭化プロピル…だけでは,金属,特にアルミニウムまたは その合金との反応性が非常に大きいという欠点があり,この反応は常温においても 起るが,特に蒸気洗浄のために温度を上げると顕著となり…アルミニウムも…完全 に溶解するとの問題を見いだした。しかしながら,蒸気洗浄を行なっても長期間安 定に作業可能な安定剤について種々研究を重ねた結果,特定の安定剤を添加すると 金属との反応性を大幅に改良できるとの知見を得た。本発明は,このような知見に 基づいてなされたのである。すなわち,本発明は,n−臭化プロピル…を含有する ことを特徴とする…洗浄用溶剤組成物に…少なくとも1種の安定剤を含有させた安 定な洗浄用溶剤組成物を提供する。」との記載より,本件発明の技術分野では,安定 化とは,洗浄に使用する組成物を金属と高温又は長時間接触させた場合に金属を腐 食させないようにすることを意味するものということができる。 そして,本件明細書の2頁33〜46行には,「臭化n−プロピルはそれを…5 5℃以下の温度で用いる時にはかなり安定であることを確認した。冷洗浄系の場合, 臭化n−プロピルに安定化を受けさせるとしても必要な安定化は僅かのみであるこ とが試験で示された。しかしながら,臭化n−プロピルを蒸気洗浄系で用いる場合 には安定化が必要である。温度を…69−71℃にすると,鋼,アルミニウム,チ タンおよびマグネシウムなどの如き金属の腐食がもたらされる可能性がある。この 金属が臭化n−プロピルの脱臭化水素化反応の触媒になることでHBrが生じ,今 度はそれが上記金属の腐食で利用され得ると考えている。上記金属の触媒活性を低 くしそして/または生じる全てのハロゲン化水素を失活させる安定剤が従来技術に 豊富に記述されている。…この技術分野で臭化溶媒が魅力的であることが見い出さ れたのは新しいことからようやく今活発に臭化溶媒と安定剤系の最良組み合わせの 選択が調査されるようになったところである。 と記載されており, 」 本件明細書にお いても,安定という用語が,洗浄に使用する組成物を金属と高温で接触させた場合 に金属を腐食させないようにすることを意味するものとして使用されていると理解 できる。 原告は,本件発明における「安定化」とは, 「ある溶媒と接触する金属が,当該溶 媒への安定剤の添加により,安定剤を添加しない場合に比べてより腐食しにくくな ること」,端的には「金属腐食の遅延化」であり,本件発明が属する技術分野では, 安定化が金属腐食の遅延化を意味するものと一般に理解されており(甲1, 6, 3, 39,67〜69),当業者にとって「安定化」の意味が明確であり,また,本件明 細書の記載は,安定化」 「 が上記の意味であることを裏付けるものとなっているので, 「安定化された溶媒組成物」との記載が明確性を欠くとした審決の判断は誤りであ ると主張する。 しかし,臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する溶媒部分とニトロア 「 ルカン, 2−ブチレンオキサイドおよび1, 1, 3−ジオキソランを含んでいて1, 4−ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」について,使用する条 件によって,金属腐食が生じる場合と生じない場合があることとなり,原告が主張 する安定化の意味に従えば,臭化n−プロピルを少なくとも90重量%含有する溶 「 媒部分とニトロアルカン,1,2−ブチレンオキサイドおよび1,3−ジオキソラ ンを含んでいて1,4−ジオキサンを含まない安定剤系部分を含む溶媒組成物」と いう物が存在しても,この組成物の使用条件が定まるまでは,この物が「安定化さ れた溶媒組成物」に該当するのか否かを特定できないということになる。 したがって,審決の判断,すなわち,『安定化された』とは, 「 『安定剤を含まない 溶媒において金属腐食が始まる時点であっても,安定剤を溶媒に添加することによ って当該時点において金属が腐食しない』という意味として理解できるとしても, 『安定化された溶媒組成物』との記載は,…同一溶媒組成物を用いても,使用条件 によっては『安定化された』場合とそうでない場合が存在し得るのであるから,使 用条件が特定されていない『安定化された溶媒組成物』との記載は明確であるとは いえない。」との判断に誤りはない。 (なお,原告は, 「確かに,金属の種類や溶媒組 成物の温度によって腐食しやすさが異なるということはよく知られている。と述べ, 」 「同一溶媒組成物を用いても,使用条件によっては『安定化された』場合とそうで ない場合が存在し得る」点については,争っていない。) すなわち,上記のような「安定化」との用語を使用して特許発明を特定すること は不適切であって,このような用語を使用して特定された発明は,特許請求の範囲 の明確性の要件を欠くといわざるを得ず,この点で審決の判断に誤りはない。 この点について,原告は,本件発明1〜8は溶媒組成物の発明なので,組成物が どのような条件の下で使用されるかということは,それによってその溶媒組成物自 体が異なるものになるわけではないので,請求項の記載が明確かどうかを判断する に当たっては無関係であると主張する。しかし,組成物の使用条件により溶媒組成 物自体は変化するものではないものの,溶媒組成物が「安定化された溶媒組成物」 に該当するか否かが変化するので,組成物がどのような条件の下で使用されるかと いうことが,請求項の記載の明確性判断に関係するのであって,原告の主張を採用 することはできない。 以上のとおりであるから,本件発明1及びこの発明を直接又は間接的に引用する 本件発明2〜8が明確性の要件を欠くとした審決の判断に誤りはない。 3 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について (1) 本件発明9,10について 審決は,特許請求の範囲における「安定化された溶媒組成物」との発明特定事項 の有無により,課題が解決できない範囲が特許請求の範囲に含まれるか否かを判断 し,本件発明9及び10は,発明の詳細な説明に記載された安定剤の含有量の好適 範囲の下限値を下回る場合には,本件発明の効果を奏さない蓋然性が高いので,本 件発明1〜10はサポート要件を満たさないと判断した。 しかし,本件発明は,臭化n−プロピル溶媒とその安定剤系の最良の組合せを調 査することにより,使用者及び環境に優しく,かつ,より高い温度で使用した場合 に金属が腐食されないという安定化効果を示す脱グリ−ス及び洗浄用溶媒を提供す るという課題を解決しようとする発明であることから,発明の詳細な説明に開示さ れた課題を解決するために使用する臭化n−プロピルの安定剤にかかる化学物質が, 過不足なく特許請求の範囲に記載されていれば,サポート要件を満たすというべき である。 そして,本件発明1及び4〜10は,安定剤系部分を「ニトロアルカン,1,2 −ブチレンオキサイドおよび1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサ ンを含まない」と特定し,また,本件発明2は,上記安定剤系部分におけるニトロ アルカンを「ニトロメタン,ニトロエタンまたはそれらの混合物」と特定し,さら に,本件発明3は,上記安定剤系部分におけるニトロアルカンを「ニトロメタン」 と特定するものであるが,これらの安定剤系部分は,発明の詳細な説明に実施例に より開示された安定剤系に一致するので,本件発明1〜10はサポート要件を満た すといえる。 審決は,特許請求の範囲に臭化n−プロピルと組み合わせる安定剤の下限値が記 載されておらず,当然にその効果を奏さないような,安定剤をごくわずかしか含ま ないような配合量についての発明が本件発明9及び10の範囲に形式上含まれるこ とをもって,本件発明9及び10がサポート要件を満たさないと判断した。しかし, 本件発明は,臭化n−プロピルを安定化する臭化n−プロピルと安定剤の最良の組 合せを見出すことを発明の課題とするものであって,臭化n−プロピルと安定剤の 配合比の最適化を発明の課題とするものではないので,特許請求の範囲に,安定剤 系として選択される物質の配合量の下限値が特定された記載されていないことを根 拠に,本件発明9及び10がサポート要件を満たさないとすることはできない。 (2) 本件発明5,8について 審決は,臭化n−プロピルの含有量が「94〜98重量%」であることは本件明 細書には記載されておらず,「97〜98重量%」の範囲を補完する記載もないし, 安定剤の含有量を計算して,残余を臭化n−プロピルの数値範囲を限定するための 量とすることは記載されていないので,臭化n−プロピルの含有量が「94〜98 重量%」であることは明細書に記載されていないと判断した。 しかし,上記(1)のように,本件発明は,臭化n−プロピルとその安定剤系の組合 せを特徴とする発明であり,臭化n−プロピルの組成物中の配合量を特徴とする発 明ではない。しかも,本件明細書中には,前記1(1)イ記載で認定したとおり,ニト ロアルカン,1,2−ブチレンオキサイド,1,3−ジオキソランの使用量の下限 の記載があり,3つの安定剤の重量%を足した場合の残余が溶媒である臭化n−プ ロピルの上限値になるのは明細書中に計算方法の記載がなくとも自明というべきで あって,その場合は臭化n−プロピルの上限値は99.81重量%となり,一方, その下限値は請求項1に記載のとおり90重量%である。そうしてみると,この範 囲は請求項5,8に記載された「94〜98重量%」の数値範囲を含むことになる し,前記1(1)ウで認定したとおり,実施例において使用された臭化n−プロピルは 96.5重量%であるところ,この数値を拡張できない根拠を審決は示していない。 そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明中に臭化n−プロピルの含有量につい て「94〜98重量%」という数値範囲の具体的な記載がないことを根拠に,本件 発明5及び8がサポート要件を満たさないとすることはできない。 (3) 小活 以上のとおりであるから,審決が,本件発明5及び8〜10がサポート要件を満 たさないと判断したのは誤りである。 4 先願明細書記載の発明について (1) 甲1は,発明の名称を「安定化された1−ブロモプロパン組成物」とし, 平成8年4月8日を出願日とする特許出願(特願平8−85268号,国内優先権 主張日:平成7年4月12日(特願平7−86888号(甲2))の公開特許公報で あり,甲1には以下の記載がある。 ア 甲1の特許請求の範囲の記載 【請求項1】 1−ブロモプロパン100重量部に対し,ニトロメタンを0.1〜 5重量部と,1,2−ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタン0.1〜5重量部 を含有することを特徴とする安定化された1−ブロモプロパン組成物。 【請求項3】 1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1重量部 及び1,2−ブチレンオキサイド・・・0.1〜1重量部を含有することを特徴とする 請求項1に記載の安定化された1−ブロモプロパン組成物。 イ 甲1の発明の詳細な説明の記載 (ア) 【発明の属する技術分野】 「本発明は,安定化された1−ブロモプロパン組成物に関するものである。(段落 」 番号【0001】) (イ) 【従来の技術】 「従来から,鉱物性の油脂分が多量に付着した加工部品,精密部品,しみや錆の発 生しやすい金属部品,洗浄篭に多数の部品を入れて扱う小物部品等の脱脂洗浄につい ては,非水系で高脱脂力,不燃性等の優れた特性を備えた1,1,1−トリクロロエ タンを中心とする塩素系溶剤が主体に使用されてきている。 しかしながら,近年,地球環境問題に対する社会的意識が高まり,環境破壊性物質 の大気及び水系への排出規制の動きが出ている。例えば,優れた脱脂洗浄剤として大 量に使用されてきた1,1,1−トリクロロエタンは,成層圏のオゾン層を破壊する 物質として規制されており,1995年末までに全廃が決定している。また,トリク ロロエチレンやパ−クロロエチレン等の他の塩素系溶剤も,毒性問題や,地下水汚染 等の大きな環境問題を有しており,その使用が制限されつつある。従って,これらの 塩素系溶剤にかわる環境汚染の少ない代替洗浄剤が強く求められている。 ある種の臭化炭化水素が,各種油に対して優れた溶解力を有していることは,すで に公知である。例えば,トリブロモメタン,1,2−ジブロモプロパンについては特 公昭44−20082号公報に,2,3−ジブロモブタン,n−ブチルブロマイドに ついては米国特許第3730904号明細書に,1−ブロモプロパン,2−ブロモプ ロパンについては特開平6−220494号公報に記載がある。(段落番号【000 」 2】〜【0004】) (ウ) 【発明が解決しようとする課題】 「臭化炭化水素の中で1−ブロモプロパンは,不燃性で,1,1,1−トリクロロ エタンと同等以上の洗浄性能を有しているが,アルミニウム,亜鉛,鉄,銅等の各種 金属によって誘発される分解反応を起こしやすい欠点を有する。 この1−ブロモプロパンの金属との接触による分解反応は,金属の種類によって内 容が異なるが,特にアルミニウムの場合が著しく,また常温においては非常に緩やか に進行するが,加温条件下では臭化水素を発生しながら連鎖反応的に分解が進行し, 最終的にはアルミニウムを激しく腐食させ,黒褐色のタ−ル状物質に変化する。従っ て,1−ブロモプロパンを各種金属部品の洗浄等に使用する場合には各種金属,特に アルミニウムにより誘発する1−ブロモプロパンの分解反応を抑制し,被洗浄物や洗 浄装置を腐食させない1−ブロモプロパンの安定化が必須の要件である。 アルミニウムにより誘発する1−ブロモプロパンの分解反応を抑制するために,安 定剤としてニトロアルカン類,エ−テル類,エポキシド類,アミン類を単独又は2種 類以上組み合わせて添加する方法が,特開平6−220494号公報に記載されてい る。しかしながら,特開平6−220494号公報において実施例として示された安 定剤組成物は,工業金属材料として一般に広く使用されている亜鉛,鉄,銅等の金属 に対しても充分に安定であるとは必ずしも言えないものであり,蒸気洗浄のような高 温度で高温度で長時間使用される条件下で使用する場合,被洗浄物や洗浄装置等を腐 食する等の問題があった。 本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり,その目的は,アルミニウムは勿 論のこと亜鉛,鉄,銅等の金属製品を初めとした各種工業材料の洗浄等に使用するこ とができる,特に高温度で長時間使用しても被洗浄物や洗浄装置等を腐食しない,安 定化された1−ブロモプロパン組成物を提供することにある。 段落番号 」( 【0005】 〜【0008】) (エ) 【課題を解決するための手段】 「かかる事情をふまえ,本発明者らは,前述の問題点を解決すべく種々の検討を重 ねた結果,目的の安定化された1−ブロモプロパン組成物を見いだし,本発明を完成 するに至ったものである。 すなわち,本発明は,1−ブロモプロパン100重量部に対し,ニトロメタンを0. 1〜5重量部と,1,2−ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタンを0.1〜5 重量部含有することを特徴とする安定化された1−ブロモプロパン組成物を提供す るものである。(段落番号【0009】〜【0010】 」 ) (オ) 【発明の実施の形態】 「以下,本発明についてさらに詳細に説明する。 本発明で用いる安定剤は,ニトロメタンと,1,2−ブチレンオキサイド又はトリ メトキシメタンの二成分系であり,これら二成分のうちいずれか一成分が欠けても満 足すべき効果が得られない。 例えば,ニトロメタンを単独で用いた場合,金属との接触による分解反応は抑えら れるが,蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用される条件下では1−ブロモ プロパン中の水分と1−ブロモプロパンが反応することにより臭化水素ガスが発生 し,金属を腐食することとなる。また,1,2−ブチレンオキサイド又はトリメトキ シメタンを単独で用いた場合には,全く安定化の効果は認められない。即ち,ニトロ メタンが金属との接触による分解反応を抑え,1,2−ブチレンオキサイド又はトリ メトキシメタンが臭化水素ガスを捕捉し安定化するものと考えられる。従って,1− ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を組み合わせることによってはじめてア ルミニウムは勿論のこと亜鉛,鉄,銅等の金属に対して安定化効果が現れ,蒸気洗浄 のように高温度で長時間繰り返し使用される条件下で特に有効な安定性を保つ。また, 常温洗浄においても有効な安定性を保つ。 本発明で用いる安定剤の添加量は,1−ブロモプロパン100重量部に対し,ニト ロメタン0.1〜5重量部と,1,2−ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタン 0.1〜5重量部であり,少なくとも1−ブロモプロパン100重量部に対しニトロ メタンを0.1〜1重量部と,1,2−ブチレンオキサイド又はトリメトキシメタン を0.1〜1重量部添加すれば十分な安定効果を得ることが可能となる。各安定剤で 設定した下限量よりも少なくては効果が維持できず,上限量よりも多くては効果自体 に問題はないが更なる効果の期待はできず経済的ではない。 また,本発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である。 例えば,1,4−ジオキサン,1,3−ジオキソラン,1,3,5−トリオキサン等 の環状エ−テル類, 2−ジメトキシエタン等の鎖状エ−テル, 1, イソプロパノ−ル, tert−ブチルアルコ−ル,tert−アミルアルコ−ル等の飽和アルコ−ル類, 2−メチル−3−ブチン−2−オ−ル等の不飽和アルコ−ル類,フェノ−ル,チモ− ル, 6−ジ−tert−ブチル−p−クレゾ−ル, 2, カテコ−ル等のフェノ−ル類, チオシアン酸メチル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる 安定剤とともに用いられる。(段落番号【0011】〜【0015】 」 ) (カ) 【発明の効果】 「本発明によって得られる1−ブロモプロパン組成物は,蒸気洗浄のように高温度 で長時間繰り返し使用される条件下で,特に有効な安定性を保ち被洗浄物や洗浄装置 等を腐食せず,かつ被洗浄物の着色汚染等もなく好適な洗浄剤である。 段落番号 」( 【0 016】) (キ) 【実施例】 「以下,実施例により本発明をさらに詳細に説明するが,本発明は,これらに限定 されるものではない。 実施例1 50mlのガラス製試験管に,1−ブロモプロパン100重量部に対し,ニトロメ タンを0.5重量部,1,2−ブチレンオキサイドを0.5重量部添加した1−ブロ モプロパン組成物10mlを入れ,この中に表面を良く研磨して十分洗浄乾燥したア ルミニウム試験片(規格:JIS A−1100P,寸法:13mm×65mm×3 mm)1枚を気液両相にまたがるように位置させる。この試験管の上部に空冷器を取 り付けて油浴中で加熱還流する。空冷管にはpH試験紙を取り付けておき,96時間 加熱還流後室温まで冷却して試験片を取り出し,その腐食状況および液相の着色度を 観察しさらに発生した臭化水素ガスをpH試験紙で確認した。1−ブロモプロパン1 00重量部に対する安定剤の組成及び試験結果を表1に示す。 【表1】 なお,アルミニウム試験片の外観及び試験液の着色の判定基準は次のとおり標示 する。 <金属試験片の判定基準> ◎:全く変化がない。 ○:わずかに一部の光沢が落ちる。 △:全体的に光沢が落ちる。 ×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる。 <試験液の着色の判定基準> ◎:無色透明。 ○:わずかに着色する。 △:明らかに着色が認められる。 ×:著しく着色する。 また,臭化水素ガスの発生については, ○:発生無し ×:発生有りとした。 実施例2〜18,比較例1〜9 本発明で提案する安定剤の組成及び添加量を変えた以外は実施例1と同様に1− ブロモプロパン組成物の試験を行った。1−ブロモプロパン100重量部に対する安 定剤の組成及び試験結果を表1に合わせて示す。 比較例10〜27 安定剤を変えた以外は実施例1と同様に1−ブロモプロパン組成物の試験を行っ た。1−ブロモプロパン100重量部に対する安定剤の組成及び試験結果を表2に合 わせて示す。 【表2】 実施例19 100mlのガラス製三角フラスコに,1−ブロモプロパン100重量部に対し, ニトロメタンを0.5重量部,1,2−ブチレンオキサイドを0.5重量部添加した 1−ブロモプロパン組成物50mlを入れ,この中に表面を良く研磨して十分洗浄乾 燥した金属試験片(寸法:13mm×65mm×3mm)1枚を気液両相にまたがる ように位置させる。この三角フラスコの上部に還流冷却器を取り付けて湯浴上で沸騰 温度まで加熱し,還流しながら試験片を気液両相に接触させる。140時間加熱還流 後,室温まで冷却して試験片を取り出し,その腐食状況および液相の着色度を観察し, さらに発生した酸分(臭化水素)を滴定により定量した。1−ブロモプロパン100 重量部に対する安定剤の組成を表3に,試験結果を表4に示す。 【表3】 【表4】 なお,使用した金属試験片の材質は下記のとおりである。 アルミニウム片:JIS A1100P 亜鉛片 :JIS 第2種(平板用) 鉄片 :JIS 冷間圧延鋼板 SPCC 銅片 :JIS 銅板1種(普通級) また,金属試験片の外観及び試験液の着色の判定基準は次のとおり標示する。 <金属試験片の判定基準> ◎:全く変化がない。 ○:わずかに一部の光沢が落ちる。 △:全体的に光沢が落ちる。 ×:全体的に変色もしくは腐食が明らかに認められる。 <試験液の着色の判定基準> ◎:無色透明。 ○:わずかに着色する。 △:明らかに着色が認められる。 ×:著しく着色する。 実施例20〜実施例38,比較例28〜比較例44 本発明で提案する安定剤の組成及び添加量を変えた以外は実施例19と同様に1 −ブロモプロパン組成物の試験を行った。1−ブロモプロパン100重量部に対する 安定剤の組成を表3に,試験結果を表4に合わせて示す。 表3及び表4から明らかなように,本発明の1−ブロモプロパン組成物はアルミニ ウム,亜鉛,鉄及び銅について十分な安定化効果を示した。しかしながら,比較例で 示したような安定剤の組み合わせでは,ある金属については安定化効果が認められる がその他の金属では安定化効果が認められないといった不十分な安定化効果を示し た。(段落番号【0017】〜【0046】 」 ) (2) 甲1の特許請求の範囲の請求項3には,1−ブロモプロパン100重量部, ニトロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオキサイド0.1〜1重量部 を含有する安定化された1−ブロモプロパン組成物が記載されており,また,段落 【0014】には,本発明で用いる安定剤の添加量は,少なくとも1−ブロモプロ パン100重量部に対しニトロメタンを0.1〜1重量部と,1,2−ブチレンオ キサイドを0.1〜1重量部添加すれば十分な安定効果を得ることが可能となる旨 記載されている。そして,実施例1ないし4及び6には,1−ブロモプロパン10 0重量部に対し,安定剤としてニトロメタンを0.25〜1重量部,及び1,2− ブチレンオキサイドを0.1〜1重量部添加した1−ブロモプロパン組成物にアル ミニウム片を気液両相にまたがるように浸漬させ,96時間加熱還流した試験の結 果が記載され,また,実施例19ないし22及び24には,1−ブロモプロパン1 00重量部に対し,安定剤としてニトロメタンを0.25〜1重量部,及び1,2 −ブチレンオキサイドを0.1〜1重量部添加した1−ブロモプロパン組成物にア ルミニウム,亜鉛,鉄又は銅の金属片を気液両相にまたがるように浸漬させ,14 0時間加熱還流した試験の結果が記載されているところ,これらの実施例に記載の 1−ブロモプロパン組成物は,所定の時間の加熱環流後も,アルミニウム,亜鉛, 鉄及び銅に変化がなかったことが記載されており,上記の安定剤を含有する1−ブ ロモプロパン組成物は,金属の腐食に対して安定化されているということができる。 そうしてみると,甲1には,1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0. 1〜1重量部及び1,2−ブチレンオキサイド0.1〜1重量部を含有する安定化 された1−ブロモプロパン組成物が記載されているということができる。 また,甲1の段落【0015】の記載からから,上記1−ブロモプロパン組成物 に段落【0015】に例示された安定剤を併用する発明も,甲1に記載されている ということができる。すなわち,甲1には,1−ブロモプロパン100重量部,ニ トロメタン0.1〜1重量部及び1,2−ブチレンオキサイド0.1〜1重量部を 含有する安定化された1−ブロモプロパン組成物であって,1,4−ジオキサン, 1,3−ジオキソラン,1,3,5−トリオキサン等の環状エ−テル類,1,2− ジメトキシエタン等の鎖状エ−テル,イソプロパノ−ル,tert−ブチルアルコ −ル,tert−アミルアルコ−ル等の飽和アルコ−ル類,2−メチル−3−ブチ ン−2−オ−ル等の不飽和アルコ−ル類,フェノ−ル,チモ−ル,2,6−ジ−t ert−ブチル−p−クレゾ−ル,カテコ−ル等のフェノ−ル類,チオシアン酸メ チル,チオシアン酸エチル等のチオシアン酸エステル類から選ばれる安定剤を含む 1−ブロモプロパン組成物についての発明(拡大先願発明)が記載されているとい うことができる。 5 取消事由3(法29条の2についての判断の誤り)について (1) 本件発明1に関する相違点(@)の判断について ア 審決は,甲1の段落【0013】に「ニトロメタンが金属との接触によ る分解反応を抑え,1,2−ブチレンオキサイド…が臭化水素ガスを捕捉し安定化 するものと考えられる。従って,1−ブロモプロパンに本発明の2成分の安定剤を 組み合わせることによってはじめてアルミニウムは勿論のこと亜鉛,鉄,銅等の金 属に対して安定化効果が現れ,蒸気洗浄のように高温度で長時間繰り返し使用され る条件下で特に有効な安定性を保つ。」と記載され,続いて段落【0015】に「本 発明で提案する安定剤を他の種々の安定剤と併用することも可能である。例えば, …1,3−ジオキソラン,…チオシアン酸メチル,…から選ばれる安定剤とともに 用いられる。」と記載されている点,そして,安定剤としてニトロメタン及び1,2 −ブチレンオキサイドを使用する実施例19,並びに,ニトロメタン及び1,2− ブチレンオキサイドにチオシアン酸メチルを併用する実施例37,38がある点を 根拠に,安定剤としてニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドの他に1,3 −ジオキソランを加えた1−ブロモプロパン組成物が先願明細書に記載されていた といえるとし,例示成分の中から1つの成分のみを選択し,1,3−ジオキソラン を単独で添加するものも拡大先願発明の一実施態様であると認定しており,この認 定は甲1の上記各記載から是認することができる。そして,この認定を原告の主張 によって誤りとすることができない点は,次のイ,ウで判断するとおりである。 イ 原告は,甲1の段落【0015】には,併用可能な他の安定剤として1, 4−ジオキサンが挙げられているが,この安定剤をニトロメタン及び1,2−ブチ レンオキサイドと併用した場合,安定化効果が損なわれ,拡大先願発明が目的とす る,1−ブロモプロパンにニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドのみを組 み合わせた場合に達成されるのと同じレベルの安定化という効果が達成されない (甲1の比較例41)ので,審決が,甲1の段落【0015】の記載や,併用する 安定剤としてチオシアン酸メチルの使用する実施例の記載を根拠に,他の安定剤と して1,3−ジオキソランを併用した場合に,拡大先願発明1が目的とする効果が 達成されると判断したのは誤りである旨主張する。 甲1には,比較例41として,1−ブロモプロパン100重量部に対し,ニトロ メタンを0.2重量部,1,2−ブチレンオキサイドを0.5重量部及び1,4− ジオキサンを3重量部添加した1−ブロモプロパン組成物について,アルミニウム, 亜鉛,鉄又は銅の金属片を気液両相にまたがるように浸漬させ,140時間加熱還 流した試験の結果,ある金属については安定化効果が認められるがその他の金属で 「 は安定化効果が認められないといった不十分な安定化効果を示した。ことが記載さ 」 れている。しかし,本件発明は,甲1に係る特許出願の優先権主張日(平成7年4 月12日)とその出願日(平成8年4月8日)の間の優先権主張を伴って出願(平 成9年2月26日)されたものであるところ,先願明細書に記載された拡大先願発 明を認定する際に参酌することが可能な技術常識は,その優先権主張日におけるも のにとどまるところ,この比較例41は,甲1の優先権主張の基礎出願の明細書(甲 2)には記載されておらず,比較例41として記載のされた技術内容は,甲1の優 先権主張日における技術常識と直ちにいうことはできない。そうすると,甲1に記 載の比較例41を拡大先願発明1の認定において参酌することは不適切である。 また,原告は, 3−ジオキソランの化学構造はチオシアン酸メチルよりも1, 1, 4−ジオキサンに近いので,当業者であれば,1,3−ジオキソランを併用した場 合には,甲1で比較例41として記載された1,4−ジオキサンを併用した場合と 同様に拡大先願発明1が目的とする効果を達成できないと考えるのが自然であると も主張するが,上記のとおり,甲1に記載の比較例41を拡大先願発明1の認定に おいて参酌するのは不適切なので,原告の主張を採用することはできない。 ウ 原告は,2012年4月4日付け実験成績証明書3(甲71)を提出し, 安定剤としてニトロエタン0.5重量%及び1,2−ブチレンオキサイド0.5重 量%に,イソプロパノ−ルを0〜1.0重量%配合し,これに臭化n−プロピル(1 −ブロモプロパン)を加えて100重量%とした洗浄液を使用してアルミニウム合 金を蒸気洗浄した試験の結果, 「イソプロパノ−ルは,ニトロアルカン及び1,2− ブチレンオキサイドを含む臭化n−プロピル系組成物によるアルミニウム合金の腐 食の抑制に寄与しない。」と述べ,イソプロパノ−ルをニトロメタン及び1,2−ブ チレンオキサイドと併用した場合,安定化効果が損なわれ,拡大先願発明1が目的 とする安定化効果が達成されないとも主張する。しかし,甲71に記載の実験は平 成24年に行われた実験であって,この結果は,先願明細書の優先権主張日におけ る技術常識ということはできないので,甲71の記載を拡大先願発明1の認定にお いて参酌することは不適切である。そこに示された実験についてみても,安定剤と してニトロエタン及び1,2−ブチレンオキサイドに1,3−ジオキソランを併用 して,1,3−ジオキソランの効果を確認した実験成績証明書(甲42),及び,安 定剤としてニトロエタン及び1,2−ブチレンオキサイドにチオシアン酸メチルを 併用して,チオシアン酸メチルの効果を確認した実験成績証明書2(甲43)に記 載の実験と同じ方法で,アルミニウム合金の腐食開始時間を測定するものであり, いずれの実験も同じ実験者が行った実験であるところ,甲71において,臭化n− プロピル(1−ブロモプロパン)99.0重量%,ニトロエタン0.5重量%及び 1,2−ブチレンオキサイド0.5重量%の洗浄液(ブランク)の腐食開始時間は 280分であるのに対して,これと同じ組成の洗浄液で洗浄した場合の腐食開始時 間が,甲42及び甲43に示された実験では75分と,甲71記載の実験結果のみ 大きく異なっている。したがって,この実験内容を採用して,先願明細書に記載さ れた発明の判断に使用することはできない。 エ 以上のとおり,甲1の段落【0015】の記載や,併用する安定剤とし てチオシアン酸メチルの使用する実施例の記載を根拠に,他の安定剤として1,3 −ジオキソランを併用した場合の発明が拡大先願発明1として記載されていると認 定・判断した審決に誤りはない。 オ 原告は,複数の特定の技術的要素の組合せによって構成される発明が刊 行物に記載されているというためには,当該刊行物において,当該特定の技術的要 素を含む選択肢が存在することが示されているだけでは足りず,選択肢の中から当 該特定の技術的要素を選択して実際に組み合わせた発明が,当該刊行物に具体的に 記載されている必要があるところ,甲1には,段落【0015】にニトロメタン及 び1,2−ブチレンオキサイドと併用可能な安定剤が多数記載されているものの, それらの中から1,3−ジオキソランのみを選択し1,4−ジオキサンを選択しな いことは,何ら具体的に記載されていないので,審決が本件発明1の安定剤の組合 せが甲1に開示されていると判断したのは,誤りであると主張する。 しかし,拡大先願発明1は,甲1に具体的に記載された1−ブロモプロパン組成 物(これは,1−ブロモプロパン,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイド を含有する)に,甲1の段落【0015】に記載の安定剤を併用する発明であり, このような発明は,甲1の段落【0015】を参酌することにより甲1に記載され ているということができる。そして,この拡大先願発明1が複数の技術的要素の組 合せによって構成される発明であるといっても,複数の技術的要素の組合せのうち, 1−ブロモプロパン,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドの組合せから なる1−ブロモプロパン組成物は,既に甲1に具体的に記載されていることから, 拡大先願発明1の認定で組み合わせることを考慮する技術的要素の数は,上記1− ブロモプロパン組成物と段落【0015】に記載された併用可能な安定剤のわずか 2種である。また,拡大先願発明1は組成物の発明であり,段落【0015】に記 載された安定剤を含め,組み合わせるべき個々の技術的要素はいずれも公知の化学 物質である。原告の主張は理由がない。 カ 原告は,甲1は「1,4−ジオキサンを含まない」という技術思想を開 示していないにもかかわらず,審決が,甲1の段落【0015】の記載が,1,3 −ジオキソランを含み1,4−ジオキサンを含まない態様を開示していると判断し たのは,段落【0015】に記載された物質の中から自己に都合のよいものだけを 選択して組み合わせている点で違法であると主張する。 本件明細書には,本件発明が「1,4−ジオキサンを含まない」点について, 「今 日の健康および環境に関する懸念から,現在では,古い従来技術の溶媒系に含まれ る成分の必ずしも全部が容認され得る候補品であるとは見なされない。例えば,昔 から使用されている非常に一般的な安定剤成分である1,4−ジオキサンは,健康 の懸念から,現在では好ましいものではない。(2頁48行〜3頁1行)と説明さ 」 れている。 他方,平成4年12月21日付けの官報公示である「1,4−ジオキサンによる 健康障害を防止するための指針について」(甲11)には,「指針は,1,4−ジオ キサンによる労働者の健康障害の防止に資するため,その製造,取扱い等に際し事 業者が講ずべき措置に関する留意事項について定めたものである。ついては,…指 針(全文)を送付するので,下記事項に留意の上,あらゆる機会をとらえて事業者 及び関係事業者団体等に対して,指針の周知を図るとともに,指針の趣旨を踏まえ 各事業場において1,4−ジオキサンによる健康障害の防止対策が適正に行われる よう指導されたい。(1頁7〜11行)「このようなことから1,4−ジオキサン 」 , のがん原性に着目し,指針において,現行の有機則の規定による措置以外に,1, 4−ジオキサンを含有するものを製造し,又は取り扱う業務全般を対象として,労 働者の健康障害を防止するために講ずべき措置を定めることとしたものである。」 (1頁31〜33行)と記載されており,甲1の優先権主張日において,1,4− ジオキサンを含有するものを取り扱う業務では,1,4−ジオキサンのがん原性に 基づく労働者の健康障害を防止するための特別な措置が必要とされていたことは, 当業者であれば知っておかなければならない事項ということができる。そうすると, 上記甲11の官報公示を踏まえて先願明細書の段落【0015】の記載に接した当 業者であれば,そこに併用可能な安定剤として例示された1,4−ジオキサンにつ いては,健康障害の観点から1−ブロモプロパン組成物の安定剤として使用できな いということを直ちに想起するものである。したがって,甲1に1,3−ジオキソ ランを含み1,4−ジオキサンを含まない態様が開示されているとした審決の判断 が,段落【0015】に記載された物質の中から自己に都合のよいものだけを選択 して組み合わせたものとすることはできない。 この点について,原告は,本件発明の優先日当時,1,4−ジオキサンは安定剤 として当業者に広く使用されており(甲3,6〜8,11),安定化されたハロゲン 化炭化水素溶媒の技術分野で,1,4−ジオキサンの使用を回避すべきことは周知 でなかったとも主張する。しかし,特開平6−220494号公報(甲3)は,洗 浄用溶剤組成物について,その洗浄効果や安定性の観点で記述された文献である。 そこに,使用する化学物質の健康上の観点についての記述が存在しないとしても, 1,4−ジオキサンが,健康障害の観点から問題のある化学物質であることを否定 することにはならない。また,特開昭49−87606号公報(甲6),特開昭44 −20082号公報(甲7),特開昭56−25118号公報(甲8)は,甲11の公 表よりも相当以前に作成された特許文献にすぎない。したがって,原告の主張を採 用することはできない。 キ 原告は,甲1の比較例13は,1,3−ジオキソランを単独で用いた場 合に,金属を腐食する酸性ガスの発生が避けられないことを開示しているので,甲 1に接した当業者は,1,3−ジオキソランは,ニトロメタン及び1,2−ブチレ ンオキサイドと併用するのに相応しくないと考えると主張する。 甲1の比較例13は,1−ブロモプロパンの安定剤として,1,3−ジオキソラ ンを単独で使用した場合に酸性ガスが発生したことを記載するものであるが,甲1 には,拡大先願発明1の安定剤であるニトロメタンを単独で使用した場合(比較例 2及び3)や,1,2−ブチレンオキサイドを単独で使用した場合(比較例6)に も,酸性ガスが発生したことが記載されている。そうすると,甲1には,1−ブロ モプロパンの安定剤としてニトロメタン又は1,2−ブチレンオキサイドを単独で 使用する場合には,組成物が安定化されないが,ニトロメタン及び1,2−ブチレ ンオキサイドを組み合わせて使用した場合に,組成物が安定化されることが記載さ れているということができる。そして,組成物中にニトロメタン及び1,2−ブチ レンオキサイドが含まれている場合には,更に,1,3−ジオキソランを併用する ことにより,その安定化効果が消滅すると当業者は理解しないので,たとえ,1− ブロモプロパンの安定剤として1,3−ジオキソランを単独で使用した場合に酸性 ガスが発生したことが甲1に記載されているとしても,当業者は1,3−ジオキソ ランの併用を諦めるということはないはずであって,原告の主張は採用できない。 ク 審決は,拡大先願発明1に相当する溶剤組成物を本件明細書の実施例と同 じ条件で比較すると, 「1,3−ジオキソランを含んでいて1,4−ジオキサンを含 まない」ものが,併用する安定剤を含まないものや1,3−ジオキソラン以外の安 定剤を含むものと比べて顕著な効果を奏することはできないと認定判断した。これ に対し,原告は,2012年5月30日付け実験成績証明書3(甲50)を提示し, 本件発明1は甲1で実施例として示された組成物と比較して優れた安定化効果を有 するので,本件発明1の優れた安定化効果を認めなかった審決の判断は誤りである と主張する。 原告が審判で乙28として提出した甲50について,審決は,そこに示された結 果は本件明細書から推認できる範囲のものではないとした。当裁判所としてその内 容を検討するに,そこには,臭化n−プロピル(1−ブロモプロパン)100重量 部,ニトロメタン0.2重量部及び1,2−ブチレンオキサイド0.5重量部の組 成を有する洗浄液(比較例1,以下,この洗浄液を「ブランク」という場合がある。) のアルミニウム合金試験片腐食開始時間が52分であるのに対し,ブランクにチオ シアン酸メチル0.01重量部が配合された組成を有する洗浄液(比較例2)のア ルミニウム合金試験片腐食開始時間が55分であることが示されている。この結果 から,併用する安定剤として,甲1の段落【0015】に記載され,かつ,甲1の 実施例に記載されたチオシアン酸メチルを使用した場合には,その併用効果によっ て組成物を安定化する作用が増大し,金属試験片の腐食開始時間が長くなったとい うことができる。他方,甲50には,ブランクに1,3−ジオキソラン0.01重 量部が配合された組成を有する洗浄液(実施例1)のアルミニウム合金試験片腐食 開始時間は68分であることが示されているところ,この結果から,併用する安定 剤として,甲1の段落【0015】に記載された1,3−ジオキソランを使用した 場合にも,その併用効果によって組成物を安定化する作用が増大し,金属試験片の 腐食開始時間が長くなったということができる。このように,甲50に示された安 定化効果は,甲1の段落【0015】における「本発明で提案する安定剤を他の種々 の安定剤と併用することも可能である。」との記載に基づき,段落【0015】に記 載の他の安定剤を併用した場合に,併用により安定化効果が増加すると考える当業 者の理解を裏付けるものということができ,また,併用する安定剤が1,3−ジオ キソランであっても,チオシアン酸メチルであっても,臭化n−プロピル(1−ブ ロモプロパン)の安定剤としてニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドを既 に含む組成物の安定化効果が大きく異なるものでもない。したがって,甲50の実 験結果に基づいて,本件発明1が,甲1で実施例として示された組成物と比較して, 当業者の予測できない格別顕著な安定化効果を有するということはできない。 また,甲50には,ブランクに配合するチオシアン酸メチル又は1,3−ジオキ ソランの配合量を0.1重量部に増加させた場合の腐食開始時間が,それぞれ,7 2分(比較例3),82分(実施例2)であり,0.5重量部に増加させた場合の腐 食開始時間が,それぞれ,134分(比較例4),156分(実施例3)であること も示されている。しかし,これらの結果からは,併用する安定剤が,1,3−ジオ キソランであっても,また,チオシアン酸メチルであっても,その配合量を増大さ せれば,組成物の安定性は増大するということができるものの,併用する安定剤が 1,3−ジオキソランである場合に,甲1の実施例に記載されたチオシアン酸メチ ルの場合と比較して,当業者の予測できない格別顕著な効果を有するということは できない。 以上のとおりであるから,甲50に示された実験結果からは,本件発明1が先願 明細書に実施例として記載された組成物と比較して,当業者の予測できない顕著な 安定性を有するということはできないので,審決が,甲50(審判乙28)に示さ れる実験結果をもって,本件発明1が拡大先願明細書の実施例に対して顕著な効果 を有しているとは認めることができないとした点を,誤りとすることはできない。 また,甲42(審判乙15)及び43(審判乙16),それに,甲71(審判で原 告が平成24年6月21日に提出した上申書(甲66)添付の参考資料)では,臭 化n−プロピルの安定剤としてニトロエタンを使用して,併用する安定剤(1,3 −ジオキソラン(甲42),チオシアン酸メチル(甲43),及びイソプロパノ−ル (甲71))についての,安定化効果を確認する実験が記載されている。しかし,甲 1に示された臭化n−プロピルの安定剤はニトロメタンであって,ニトロエタンで はないことから,甲42,43及び71の実験結果を根拠に,本件発明1が拡大先 願明細書に実施例として記載された組成物と比較して,当業者の予測できない顕著 な安定性を有するということはできない。 以上のとおりであるから,本件発明1が,先願明細書に実施例として記載されて いる,併用可能な安定剤を含まないものやチオシアン酸メチルを含むものと比べて 顕著な効果を奏するものではないとした審決の判断に誤りはない。 (2) 本件発明1に関する相違点(A)の判断について ア 審決が,甲1の実施例に記載されたチオシアン酸メチルの含有量比を根 拠に,相違点(A)が実質的な相違点ではないと判断したのに対し,原告は,チオ シアン酸メチルは1,3−ジオキソランとは異なる化合物で,化学分野の予測可能 性が非常に乏しいことに鑑みると,安定剤を別のものに置き換えた場合に,置き換 える前と同じ結果が得られると想定するのは安易に過ぎ,審決の判断には誤りがあ ると主張する。 しかし,甲1には,1−ブロモプロパン100重量部,ニトロメタン0.1〜1 重量部及び1,2−ブチレンオキサイド0.1〜1重量部を含有する安定化された 1−ブロモプロパン組成物であって,1,3−ジオキソラン及びチオシアン酸メチ ルを含む各種安定剤を併用する1−ブロモプロパン組成物についての発明が記載さ れているということができる点は,前記4(2)で判断したとおりであるところ,甲1 の段落【0015】の記載に接した当業者は,同段落記載の安定剤を併用した場合 の安定化効果は,併用する安定剤の種類によって大きく変化するものではないと考 えるはずである。そして,臭化n−プロピル(1−ブロモプロパン)の安定剤とし てニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドを含む組成物に1,3−ジオキソ ランを併用した場合又はチオシアン酸メチルを併用した場合のいずれの場合も,そ の安定化効果が大きく変化するものではない点は前記(1)クのとおりである。そうす ると,原告の,安定剤をチオシアン酸メチルから1,3−ジオキソランに置き換え た場合に,置き換える前と同じ結果が得られると想定するのは安易に過ぎるとの主 張は根拠を欠き,審決が,チオシアン酸メチルを併用する安定剤とした場合の甲1 の実施例における各成分の含有量比を根拠に,1,3−ジオキソランを併用した場 合の臭化n−プロピルの配合量を算出し,相違点(A)が実質的な相違点ではない とした判断に誤りはない。 イ 原告は,審決が,技術常識から,併用される安定剤の配合量はニトロメ タンや1,2−ブチレンオキサイドとかけ離れた量で含まれることはないと解され るから,併用される安定剤の量も1重量部を上限として含まれるものと解され,こ の点からも,相違点(A)は実質的な相違点ではないと判断したのに対し,甲1は, 1,3−ジオキソランの配合量の上限が1重量部となることを記載も示唆もしてお らず,甲1の請求項1には,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドがとも に0.1〜5重量部ずつ含有されることが記載されているので,審決の技術常識を 前提とすると,ニトロメタン,1,2−ブチレンオキサイド及び1,3−ジオキソ ランのそれぞれが5重量部配合される場合も当然にあり得,この場合,甲1におけ る臭化n−プロピルの配合量は,本件発明1の構成を満たさないとも主張する。 しかし,ニトロメタン及び1,2−ブチレンオキサイドの配合量の上限が5重量 部であることは,甲1の優先権主張の基礎となる出願の明細書(甲2)には記載さ れていないから,本件発明1が法29条の2の規定に違反してされたか否かの判断 でかかる記載を判断の根拠とすることはできない。したがって,原告の主張は失当 である。そして,拡大先願発明1におけるニトロメタン及び1,2−ブチレンオキ サイドの配合量の上限値を根拠とする,併用する安定剤の配合量の上限値の推定に 不合理な点を見出すことはできず,併用する安定剤の配合量の上限を根拠に,相違 点(A)が実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。 (3) 本件発明1の小括 以上のとおり,本件発明1は,先願の願書に最初に添付された明細書に記載され た拡大先願発明1と同一の発明というべきであって,審決の結論に誤りはない。 (4) 本件発明2,3,5,9及び10について 原告は,本件発明1が拡大先願発明1と同一であるとした審決の判断が誤りであ るのと同じ理由により,本件発明2,3,5,9及び10が拡大先願発明1又は2 と同一であるとした審決の判断も誤りであると主張する。しかし,前記(3)のとおり, 本件発明1における審決の結論に誤りはないので,原告が主張する理由によって, 本件発明2,3,5,9及び10についての審決の判断に誤りがあるということは できない。 第6 結論 以上より,原告の請求は理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判官 池 下 朗 裁判官 新 谷 貴 昭 裁判長裁判官塩月秀平は,退官につき,署名押印することができない。 裁判官 池 下 朗 |