審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成24行ケ10295審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10118審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10314審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10155審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10036審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10373号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/09/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年9月30日判決言渡 平成24年(行ケ)第10373号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年7月17日 判 決 原 告 シ ャ ー プ 株 式 会 社 訴訟代理人弁護士 永 島 孝 明 同 安 國 忠 彦 訴訟代理人弁理士 磯 田 志 郎 被 告 住友金属鉱山株式会社 訴訟代理人弁護士 舟 橋 定 之 訴訟代理人弁理士 伊 東 忠 彦 同 伊 東 忠 重 同 大 貫 進 介 同 山 口 昭 則 同 杉 山 公 一 主 文 1 特許庁が,無効2012−800006号事件について平成24年 9月19日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 主文同旨 第2 前提となる事実 1 特許庁における手続きの経緯 原告は,特許発明の名称を「半導体装置および液晶モジュール」とする特許第4 550080号(平成15年6月30日(以下「原出願日」という。)にした特許 1 出願の一部を平成19年3月26日に分割出願したもの。平成22年7月16日設 定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲1)。 被告は,平成24年1月30日,本件特許の請求項1ないし6に係る発明に係る 特許につき,特許無効審判(無効2012-800006号事件。以下「本件審 判」という。)を請求し,特許庁は,同年9月19日,「特許第4550080号 の請求項1なしい請求項6に係る発明についての特許を無効とする。」との審決 (以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は以下のとおりである(以下,請求項1な いし6に係る発明を順に「本件発明1」ないし「本件発明6」といい,あわせて 「本件発明」という。)(甲1)。 「【請求項1】絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成され たニッケル−クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層 の上に形成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配 線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に接続された突起電極を有 する半導体素子とを備える半導体装置であって, 前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が 複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の間に おいて,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105 〜2.7×106 V/mであり, 前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し, 前記バリア層におけるクロム含有率を15〜50重量%とすることにより,前記 バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することを特徴とする半導体装置。 【請求項2】前記半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる 箇所を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。 【請求項3】前記バリア層のクロム含有率が15〜30重量%であることを特徴 2 とする請求項1または2に記載の半導体装置。 【請求項4】前記バリア層の厚みが10〜35nmであることを特徴とする請求 項1から3の何れか一項に記載の半導体装置。 【請求項5】前記ベースフィルムの厚みが25〜50μmであることを特徴とす る請求項1から4の何れか一項に記載の半導体装置。 【請求項6】請求項1から5の何れか一項に記載の半導体装置を備えたことを特 徴とする液晶モジュール。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その概要は,本件発明は, 原出願日前に頒布された刊行物である特開平6−120630号公報(甲2。以下 「甲2文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知 技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたとするものである。 審決が認定した引用発明の内容,本件発明1と引用発明の一致点,相違点,本件 発明6と引用発明の相違点は以下のとおりである。 (1) 引用発明の内容 「厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1,支持基板1の上に形成された 厚さ200Å(20nm)のNi−Cr合金層2,Ni−Cr合金層2の上に形成 された銅層3,4を有するプリント配線基板を備え,Ni−Cr合金層2と銅層3, 4をエッチング処理により所定の配線パターンに形成した配線に半導体素子を接続 した半導体装置であって,該配線は,配線幅及び配線間距離がいずれも20μmの 配線パターンであり,Ni−Cr合金層2におけるCr含有率が18重量%である 半導体装置。」 (2) 本件発明1と引用発明の一致点 「絶縁性を有するベースフィルム,該ベースフィルム上に形成されたニッケル− クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層,および該バリア層の上に形成さ れた銅を含んだ導電物からなる配線層を有する半導体キャリア用フィルムと,前記 3 配線層に接続された半導体素子とを備える半導体装置であって,前記バリア層と前 記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり,前記半導 体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し,前記バリア層に おけるクロム含有率を15〜50重量%とする半導体装置。」の点。 (3) 本件発明1と引用発明の相違点 ア 相違点1 本件発明1は,配線層の表面にスズメッキが施されるのに対して,引用発明は, 銅層3,4の表面にスズメッキが施されていない点。 イ 相違点2 本件発明1は,半導体素子が配線層に接続された突起電極を有するのに対して, 引用発明は,半導体素子が銅層3,4に接続される突起電極を有するか否か不明で ある点。 ウ 相違点3 本件発明1は,隣り合う二つの半導体素子接合用配線の間において,配線間距離 及び出力により定まる電界強度が3×105 〜2.7×106 V/mであるのに対 して,引用発明は,隣り合う二つの配線の間における電界強度が不明である点。 エ 相違点4 本件発明1は,バリア層におけるクロム含有率を15〜50重量%とすることに より,バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるのに対して, 引用発明は,Ni−Cr合金層2におけるCr含有率は18重量%であるが,バリ ア層の溶出によるマイグレーションを抑制するものであるか否か不明である点。 (4) 本件発明6と引用発明の相違点 前記相違点1ないし4で相違するほか,以下の点で相違する。 相違点5 本件発明6は,半導体装置を備えた液晶モジュールであるのに対して,引用発明 の半導体装置は,その用途が特定されていない点。 4 第3 取消事由に関する当事者の主張 1 原告の主張 審決には,判断遺脱又は理由不備(取消事由1),本件発明1の容易想到性の判 断の誤り(取消事由2),本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り(取消事 由3)があり,その結論に影響を及ぼすから,違法であるとして取り消されるべき である。 (1) 判断遺脱又は理由不備(取消事由1) 原告は,本件審判手続において,本件発明における課題は新規なものであること, 本件発明に係る半導体装置は本件発明の構成要件の全てを有機一体的に具備するこ とによって課題を解決することができること,本件発明と引用発明とは,発明の課 題,構成,効果のいずれも異なり,甲2文献及び甲3ないし13には本件発明の構 成を採用する動機付けがないこと,本件発明の効果は予測できるものではないこと 等を主張立証した。しかし,審決では,原告の主張に対する判断が示されていない。 審決には,判断遺脱又は理由不備の違法が存在する。 (2) 本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由2) 以下のとおり,本件発明1と引用発明とは,発明の課題,構成,効果のいずれも 異なり,さらに,甲2文献及び甲3ないし13には,引用発明から本件発明1の構 成に至る動機付けが存在せず,また,本件発明1の効果は当業者が予測し得ないも のである。したがって,本件発明1が容易想到であるとした審決の判断には誤りが ある。 ア 本件発明1の認定の誤り 審決は,本件発明1の構成としての特許請求の範囲の記載を形式的に認定しただ けであり,以下のような本件発明1の課題及び効果,本件発明1の技術的意義の認 定判断を怠っている。 (ア) 本件発明は,従来のメタライジング法で形成された半導体キャリア用フィ ルムでは,端子間距離を小さくした場合又は端子間電圧を大きくした場合に,高温 5 高湿環境下で,端子間にマイグレーションが発生するという問題が生じ易かったこ とから,かかる問題を解決し,高温高湿環境下であっても,端子間の絶縁抵抗が劣 化しにくい半導体装置を提供するものである。このマイグレーションは,エッチン グ条件の不良によるバリア層の残渣によるものではなく,バリア層の一部がバリア 層の中に進入した水の中にイオンとして溶出し,さらに配線を構成する銅が析出し て発生することにより生じるものである。 (イ) 原出願日当時,一般的に使用されていたクロム7重量%,ニッケル93重 量%の組成比を持つニッケル−クロム合金のバリア層を有する半導体キャリア用フ ィルムは,40μmピッチで,ライン反転駆動方式のCOF用として使用すること に何ら問題はなく,その構成を変更する必要性又は動機付けは存在しなかった。ま た,クロムは,耐食性が比較的良い金属であることから,クロムの重量%が増加す るとエッチングが難しくなるのは自明である。 このような状況において,原告は,上記問題の存在及びその原因を解明し,本件 発明1に至ったのである。本件発明1では,半導体装置が本件発明1に係る構成要 件の全てを有機一体的に具備することにより,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率 が向上するため,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食 を抑制することができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため,バ リア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ,その結果,端 子間のマイグレーションの発生をなくし,高温高湿環境下であっても,従来より端 子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供することができる。 イ 引用発明の認定の誤り (ア) 引用発明は,従来のプリント配線基盤においては,中間層としてクロム層 が設けられていたため,クロム層及び銅層を1種類のエッチング溶液で連続的にエ ッチング処理することができず,エッチング処理が2工程となり,複雑かつ長時間 となるため,クロム層へのエッチング処理時に銅層の側壁にオーバーエッチングが 進行して配線パターンに欠陥部が生じて断線に至るという問題があったことから, 6 この問題を解決するために,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成するこ とができ,かつ,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密着強度を有す るプリント配線基板を提供することを課題としたものである。そして,引用発明で は,支持基板と銅層との間に中間層としてNiが5at%〜80at%のNi−C r合金層を設けることによって,上記課題を解決したものである。 (イ) 審決の引用発明の認定には,以下のとおり誤りがある。 本件発明1の半導体素子は「突起電極を有する半導体素子」であり,ハンダ付け によって接続されるものではないので,甲2文献の「ハンダ付けを必要とする素 子」は本件発明1の半導体素子には該当しない。また,甲2文献の実施例には「プ リント配線基板の銅箔」について説明されており,「半導体キャリア用フィルムと, 半導体素子とを備える半導体装置」を開示するものではない。また,引用発明は, 単なるプリント配線基板に関するものであり,具体的にどのような目的,条件で使 用するかについての特定はなく,半導体素子を実装させた半導体装置とは異なる。 なお,本件発明1の半導体装置はCOF(別称SOF)を用いたものであり,TA B(TCP)を用いた半導体装置とは異なるので,甲2文献に従来技術としてTA Bを用いた半導体装置が開示されていたとしても,本件発明1の「半導体キャリア 用フィルムと,半導体素子とを備える半導体装置」を開示するものではない。 また,引用発明では,Ni−Cr合金層においてNiを5at%〜80at% (クロム含有率を94〜18重量%)とすることが開示されているのであり,Ni の含有率を80at%(クロム含有率が18重量%)とすることに限定されていな い。 (ウ) 甲2文献に開示されているのは,以下のプリント配線基板の発明である。 「厚さ50μmのポリイミドから成る支持基板1,支持基板1の上に形成された 厚さ200Å(20nm)のNi−Cr合金層2,該Ni−Cr合金層2上に形成 された厚さ2000Åの銅層3及び厚さ20μmのメッキ銅層4を有するプリント 配線基板であって, 7 Ni−Cr合金層2及び銅層3,4をエッチング処理により所定の配線パターン に形成した配線が複数あり, 配線はラインスペース20μmの配線パターンであり, Ni−Cr合金層2におけるNiが5at%〜80at%(クロム含有率を94 〜18重量%)とすることにより,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ 1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成することを特徴とするプリント配線 基板。」 ウ 相違点の認定の誤り 甲2文献に記載された発明の内容が上記のとおりであるとすると,本件発明1と 引用発明との相違点は,以下のとおりである。 (ア) 相違点A:本件発明1が,「半導体キャリア用フィルムと,前記配線層に 接続された突起電極を有する半導体素子とを備える半導体装置」を対象とするのに 対し,引用発明は単なる「プリント配線基板」を対象とする点。(強いて対比すれ ば,相違点Aの一部が審決の相違点2に対応する。) (イ) 相違点B:本件発明1の半導体キャリア用フィルムが「バリア層の上に形 成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層」を 有し,「前記バリア層と前記配線層とを所定パターンに形成した半導体素子接合用 配線が複数あり,そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線 の間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3 105〜2.7 1 06 V/mであり,前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる 箇所を有する」のに対し,引用発明のプリント配線基板では,「該Ni−Cr合金 層2上に形成された厚さ2000Åの銅層3及び厚さ20μmのメッキ銅層4」を 有し,「Ni−Cr合金層2及び銅層3,4を所定の配線パターンに形成した配線 が複数あり,配線はラインスペース20μmの配線パターンを有する」点。(強い て対比すれば審決の相違点1,3に対応する。) (ウ) 相違点C:本件発明1では,「前記バリア層におけるクロム含有率を15 8 〜50重量%とすることにより,前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑 制する」のに対し,引用発明では,「Ni−Cr合金層2におけるNiが5at% 〜80at%(クロム含有率を94〜18重量%)とすることにより,1000g /cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で形成する」点におい て相違する。(強いて対比すれば審決の相違点4に対応する。) エ 容易想到性の判断の誤り (ア) 相違点Aについて 甲2文献並びに甲3及び4には,引用発明のプリント配線基板を「半導体キャリ ア用フィルムと,前記配線層に接続された突起電極を有する半導体素子とを備える 半導体装置」として利用する積極的な動機付けは存在しない。 (イ) 相違点Bについて 甲2文献には,配線パターンの表面にスズメッキを施すことの動機付けの記載は ない。 また,引用発明には,電界強度が3×105 〜2.7×106 V/mとなるよう な半導体素子を接続する動機付けは存在しない。甲3ないし5には電界強度は示さ れておらず,引用発明において「複数の半導体素子接合用配線の少なくとも隣り合 う二つの間において,配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×105 〜2. 7×106 V/mとすること」の動機付けとなる記載はない。むしろ,甲6ないし 8及び11によると,マイグレーションが発生する虞のある大きな電界強度を採用 することには阻害要因がある。 (ウ) 相違点C 甲2文献には,マイグレーションを抑制することについての記載も示唆もなく, スズメッキを施すか否かにかかわらず,当業者は,引用発明及び周知技術から本件 発明の「バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」との構成を想到でき ない。 甲6ないし13には,引用発明において「前記バリア層におけるクロム含有率を 9 15〜50重量%とすることにより,前記バリア層の溶出によるマイグレーション を抑制する」ことの動機付けとなる記載はない。 (エ) 以上のとおり,甲2文献及び甲3ないし13には,引用発明において相違 点AないしCに係る構成を採用する動機付けは存在せず,本件発明1は,当業者が 容易に想到できたものではない。さらに,本件発明1は,本件発明1の構成要件の 全てを有機一体的に具備することにより発明の効果が得られるものであるから,本 件発明の容易想到性の判断は,引用発明において相違点AないしCに係る構成の全 てを一体として採用することが容易であるか否かについても判断する必要があると ころ,甲2文献及び甲3ないし13には,引用発明において相違点AないしCに係 る構成の全てを同時に採用することについての動機付けも存在せず,この点におい ても,本件発明1は,当業者が容易に想到できたものではない。 オ 予測できない効果 本件発明1は,半導体装置が本件発明1の構成要件全てを有機一体的に具備する ことにより,端子間のマイグレーションの発生をなくし,高温高湿環境下であって も,従来より端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供するものである。 これに対し,引用発明は,支持基板と銅層との間に中間層をNiが5at%〜8 0at%(クロム含有量を94〜18重量%)のNi−Cr合金層とすることによ って,1000g/cmの高い密着強度を有し,かつ1種類のエッチング溶液で配 線パターンを形成することができるものである。 このように,本件発明1と引用発明とでは,その効果が異なる。また,引用発明 は本件発明1の課題を認識しておらず,各相違点に係る構成を具備していないので, 本件発明1の効果を予測することができない。よって,本件発明1は,引用発明に 比べ,予測できない異質な効果を奏する。 カ 以上のとおり,本件発明1は,甲2文献及び甲3ないし13に基づいて,当 業者が容易に発明することができたものではない。 (3) 本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り(取消事由3) 10 上記のとおり,本件発明1は,甲2文献及び甲3ないし13に基づいて,当業者 が容易に発明することができたものではない。本件発明2ないし6は,本件発明1 を直接または間接的に引用するものであるから,本件発明2ないし6も,甲2文献 及び甲3ないし13に基づいて,当業者が容易に発明することができたものではな く,この点に関する審決の判断には,誤りがある。 2 被告の反論 (1) 判断遺脱又は理由不備(取消事由1)に対して 審決は,本件発明の課題が隣り合う端子間のバリア層の溶出によるマイグレーシ ョンを抑制することであると,相違点4として認定した上で,容易想到性の判断を している。また,審決は,「端子間距離を小さくした場合」「端子間電圧を大きく した場合」「高温高湿環境下」についても,認定した上で,判断している。 本件発明の課題は新規なものではなく,審決はそのことも認定判断している。 審決は,原告の主張に対する必要な判断を尽くしており,審決に,原告主張のよ うな判断遺脱や理由不備はない。 (2) 本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)に対して ア 本件発明1の認定の誤りに対して 審決は,本件発明1の解決課題を「バリアー層の溶出によるマイグレーションを 抑制する」ことであると正確に把握した上で判断をしており,本件発明1の認定に 誤りはない。 原告は,本件発明1は,半導体装置が本件発明1の構成要件全てを有機一体的に 具備することにより,特定の課題を解決することができるものであると主張するが, 審決は,本件発明1の全ての構成要件を理解・把握した上で,特定の端子間距離及 び電界強度の条件下でクロム含有率を18重量%とすることにより,バリア層の溶 出によるマイグレーションが抑制されることについて,認定判断している。 イ 引用発明の認定の誤りに対して 甲2文献には,半導体キャリア用フィルムと,配線層に接続された半導体素子と 11 を備える半導体装置が記載されている。また,審決は,引用発明について,半導体 素子が「突起電極」を有するとしたのではなく,「突起電極」については相違点2 としている。さらに,甲2文献には,プリント配線基板の使用目的について,プリ ント配線基板の配線パターンを素子(半導体素子)に接続するとの事項が記載され ている。なお,本件特許に係る明細書(以下,図面も含めて「本件明細書」とい う。)の実施例には,半導体素子を実装していない半導体キャリア用フィルムも記 載されており,その電界強度値に基づいて本件発明1の電界強度範囲が定められて いる。したがって,半導体装置とプリント配線基板とは異なるものであるとの原告 の主張は失当である。 ウ 相違点の認定の誤りに対して 審決の本件発明1,引用発明の認定に誤りはなく,相違点の認定にも誤りはない。 エ 容易想到性の判断の誤りに対して (ア) 相違点1について スズメッキは周知な技術であり,引用発明において銅層の表面にスズメッキを施 すことは,当業者が容易になし得ることである。 (イ) 相違点2について 突起電極は周知な技術であり,相違点2に係る構成は,引用発明に単に周知技術 を適用したにすぎず,容易に想到し得る。 (ウ) 相違点3について 甲2文献には,配線の端子間距離が20μmの配線パターンを備える半導体装置 が記載されており,これを液晶ドライバに用いた場合には,その駆動電圧を甲4に 示された通常の電圧値である12〜15Vに設定することは通常行われることであ る。 甲3ないし5に示された周知又は標準的な印加電圧値及び配線間距離から計算し た電界強度は,いずれも本件発明1の電界強度の範囲内である。また,甲6に記載 された加速試験における電界強度は1×106 V/m,6×105 V/m,4×1 12 05 V/mとなり,いずれも本件発明1の電界強度の範囲内であり,甲6には,本 件発明1と同様な構成において,本件発明1で特定された電界強度の場合に,バリ ア層の溶出によるマイグレーションの発生を抑制するという課題が明示されている。 以上のとおり,本件発明1で特定された電界強度の数値範囲は周知又は標準的な 範囲であり,当業者は容易想到である。 (エ) 相違点4 本件発明の構成は,引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものであり, Cr含有量を18重量%とした引用発明の構成から,相違点4に係るマイグレーシ ョン抑制の効果は自ずから生じる。したがって,マイグレーション抑制効果は引用 発明の構成中に必然的に内在しており,相違点4は実質的な相違点ではない。 Ni−Cr合金層におけるマイグレーション抑制の課題は,周知の技術課題であ り,原出願日当時,当業者において,引用発明におけるNi−Cr合金層について, マイグレーションを抑制する課題は認識されていた。さらに,バリア層の溶出成分 がNiであることも周知であり,マイグレーションの発生を抑制するために,バリ ア層としてクロムの含有量を高めた抵抗値の高いNi−Cr層材料を選択する技術 事項も周知であった。そして,マイグレーション抑制のためにバリア層におけるク ロム含有量を15〜50重量%とすることは,当業者が容易に選択できる事項であ る。 したがって,相違点4に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到できる 技術的事項である。 オ 予測できない効果に対して 引用発明に基づいて,本件発明1の構成を採用することは容易であり,その構成 を備えれば本件発明1の効果は得られるのであるから,本件発明1の効果は,容易 に予測できる。 (3) 本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り(取消事由3)に対して 本件発明2ないし6は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明 13 することができたものである。 第4 当裁判所の判断 当裁判所は,原告の取消事由2のうち,「予測できない効果」に係る主張は,理 由があるものと判断する。 その理由は,以下のとおりである。 1 認定事実 (1) 本件明細書の記載 本件明細書には以下の記載がある(甲1)。なお,本件明細書の図3,図4,図 7及び図9は別紙図3,同図4,同図7及び同図9のとおりである。 「【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】本発明は,例えば液晶表示装置を駆動させる半導体チップや受動部 品などを搭載するための半導体キャリア用フィルムを用いた半導体装置に関するも のである。 【背景技術】 【0002】近年,液晶ドライバを搭載するキャリアテープは多機能及び高性能 化が進む液晶ドライバの多出力に伴い,ファインピッチ化が急速に進んでいる。現 在,キャリアテープとしては,液晶ドライバを実装するTCP(Tape Carrier Package)よりファインピッチ化が可能な半導体キャリア用フィルムであるCOF (Chip On Film)が主流を占めつつある。 【0003】このCOFを用いた半導体装置の一般的な組立方法(製造方法)は 次の通りである。ポリイミドからなるベースフィルム上に銅からなる配線をエッチ ングにてパターニングし,その配線の上にスズメッキを施すことによって形成され た半導体キャリア用フィルムに,突起電極を形成した半導体チップを熱圧着により 接合する。」 「【発明の開示】 14 【発明が解決しようとする課題】 【0006】しかしながら,上述のような従来のメタライジング法で形成された 半導体キャリア用フィルムでは,電位差の生じる配線(端子)間の距離を小さくし た場合や,高出力によって端子間に生じる電位差が大きくなった場合に,高温高湿 環境下で電位差の生じた隣り合う端子間にマイグレーションが発生して,該端子間 の絶縁抵抗が劣化しやすかった。特に,配線に金メッキを施している場合には,メ ッキ液としてシアン系の溶剤を使用しているため,微量に残る該溶剤のため,より 顕著にマイグレーションが発生していた。これにより,更なるファインピッチ化や 高出力化を図ることができないという問題があった。 【0007】ここで,マイグレーションの発生の機構(メカニズム)について検 討したところ,以下のような知見を得たので,図9を用いて説明する。 【0008】図9は,従来例の半導体キャリア用フィルムの断面図である。ポリ イミドからなるベースフィルム110の上にバリア層102および銅の配線層10 3a,103bが形成されている。バリア層102および配線層103a,103 bの表面には,スズメッキ104が形成され,さらに,その上層には金メッキ10 5が形成されている。ここで,バリア層102は,クロム含有率が7重量%であり, ニッケル含有率が93重量%であるニッケル−クロム合金からなり,その厚みは7 nmである。また,配線層103aと配線層103bとの間には電位差が生じてお り,配線層103aは正電位,配線層103bは負電位もしくはGND電位を帯び ている。 【0009】このような従来の半導体キャリア用フィルムが高温高湿のような環 境下におかれると,水分106が半導体キャリア用フィルム上に付着する。水分1 06は塩素等の不純物を含んでおり,正電位を帯びた配線層103a側のバリア層 102に存在するポーラス部分から該水分106が浸入する。これによりバリア層 102の一部が水分中にイオンとして溶出し,負電位もしくはGND電位を帯びて いる配線層103bに向けて移動する。該バリア層溶出部分107を通じて配線と 15 なる銅が腐食し,腐食部109が発生する。さらに,配線層103aを形成してい る銅も,負電位もしくはGND電位を帯びた配線層103bに向けて溶出する。特 に,金メッキ105が施されるときに,通常シアン系の溶剤が使用されるが,洗浄 しきれずに残存している該シアン系の溶剤により銅の腐食や,配線層103aの成 分である銅およびバリア層102の成分の溶出が発生しやすくなっている。このよ うにして,上記銅溶出部分108やバリア層溶出部分107によって,マイグレー ションが発生し,端子間の絶縁抵抗が劣化する。 【0010】本発明は,上記の問題点に鑑みてなされたものであり,その目的は, ファインピッチ化や高出力化に適用できるように,高温高湿環境下であっても,従 来よりも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置,液晶モジュールを提供する ことにある。」 「【発明の効果】 【0024】本発明の半導体キャリア用フィルムは,以上のように,絶縁性を有 するベースフィルムと,ベースフィルムの上に形成されたクロム合金からなるバリ ア層と,バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層とを有する半 導体キャリア用フィルムであって,前記バリア層におけるクロム含有率が15〜5 0重量%である構成である。 【0025】それゆえ,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向上するため,バ リア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を抑制することがで きる。また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため,バリア層を形成して いる成分の水分中への溶出を抑制することができる。これにより,端子間のマイグ レーションの発生がなくなる。 【0026】以上により,ファインピッチ化や高出力化に適用でき,高温高湿環 境下であっても,従来よりも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供す ることができるといった効果を奏する。」 「【0037】ここで,本実施の形態に特徴的な部分は,バリア層2を形成して 16 いるニッケル−クロム合金のクロム含有率を従来の7重量%から15〜50重量% に増加させたことである。これにより,従来のクロム含有率が7重量%であるバリ ア層と比較して,バリア層2の表面抵抗率および体積抵抗率を増大させ,半導体キ ャリア用フィルム1における配線(端子)間のマイグレーションの発生を抑制し, 端子間の絶縁劣化を防止している。 【0038】図3は,異なるクロム含有率におけるニッケル−クロム合金で形成 されたバリア層の表面抵抗率および体積抵抗率を示したグラフである。なお,図3 で示しているバリア層の厚みは30nm(300Å)である。図3で示されるよう に,バリア層の表面抵抗率および体積抵抗率は,クロム含有率が30重量%におい て極大値を示す。ここで,クロム含有率は15〜55重量%が望ましい。これによ り,表面抵抗率が30Ω/□以上となり,従来の7重量%のときに比べ,1.3倍 以上となる。このように,表面抵抗率および体積抵抗率が増大すると,バリア層2 に流れる電流が小さくなるので,配線層3の銅と侵入した水分中の不純物との化学 反応が抑制される。これにより,銅の腐食や銅イオンの溶出を抑制することができ るため,マイグレーションの発生を抑制することができる。」 「【0040】また,図4は,異なるクロム含有率を有する各バリア層における シアン水溶液中での表面電位を示したグラフである。なお,縦軸は飽和カロメル電 極(SCE)の電極電位を0Vとしたときの電位である。図4で示されるように, クロム含有率が従来の7重量%のときは約−0.4V vs.SCEであるが,クロム 含有率を増やすことで約−0.2V vs.SCE付近に近づく。標準水素電極の電極 電位は,約−0.2V vs.SCEであるため,クロム含有率を増やすことで,バリ ア層の表面電位を標準水素電極の電位とほぼ同じにすることができる。これにより, 水分中へのバリア層の金属イオンの溶出量を抑制することができ,つまりは,マイ グレーションの発生をより一層抑制することができる。図4で示したように,クロ ム含有率の増大による表面電位の絶対値の低下はシアン水溶液で確認されており, 上記クロム含有率が15〜55重量%のバリア層を有する半導体キャリアフィルム 17 は,通常のシアン系溶剤を用いた金メッキを配線に施す場合にも適していることが わかる。」 「【0048】〔実施例1〜11および比較例1〜2〕 厚み38μmのポリイミドのベースフィルム(住友金属鉱山製,品名:エスパー フレックス)上に,下表1に示すクロム含有率および厚みを有するニッケル−クロ ム合金を主成分とするバリア層をスパッタ法により形成した。なお,表1には,後 述する他の実施例および比較例についても合わせて記載している。」 「【0050】次に,該バリア層の上に銅からなる配線層を厚み8μmになるよ うに電解銅メッキにより形成した。次に,100μmの端子間ピッチ(配線幅50 μm,配線間距離50μm)を有する配線パターンになるように,フォトレジスト を用いて,銅の配線層の上に塗布して乾燥・硬化させた。次に,ガラスフォトマス クで露光を行った後,現像した。さらに,銅の配線層およびバリア層の不要部分の エッチング除去を行った。バリア層および配線層の表面には,スズメッキ0.2μ mおよび金メッキ0.2μmを施し,該半導体キャリア用フィルムの配線パターン の上に,半導体チップをILB方式により接合させた信頼性評価用の半導体装置を 作製した。 【0051】この半導体装置を,85℃,85%RHの環境条件に設定された恒 温恒湿槽(ETAC製,品名FH13)の中に置き,隣り合う配線(端子)間に1 5Vの直流電圧を印加させ,所定時間経過後におけるマイグレーションの発生の有 無を確認した。なお,マイグレーションの発生の有無は,顕微鏡による評価であ る。」 「【0055】表2より,クロム含有率が15〜50重量%の実施例1〜4では, 100h経過後においてもマイグレーションの発生が無く,クロム含有率が7重 量%および10重量%の比較例1,2に比べて信頼性が向上していることがわかる。 これは,上述したように,バリア層の表面抵抗率が比較例1に比べて1.3倍以上 になったことと関係している。さらに,クロム含有率が20〜30重量%の実施例 18 2および実施例3では,500h経過後においてもマイグレーションの発生が無く, より一層端子間の絶縁抵抗の劣化を抑制できることがわかる。 【0056】また,表3より,クロム含有率20重量%の実施例2および実施例 5〜10において,バリア層の厚みに関係せず,マイグレーションの発生が見られ なかった。なお,バリア層の厚みが50nmの実施例11では,後述するように, 層の厚みが厚すぎたために,配線パターニングにおいて,エッチング除去すべきバ リア層および配線層が除去しきれずに残存していたためマイグレーション評価がで きなかった。」 「【0059】このように,比較例1では,240h経過後において,すでにマ イグレーションの発生確率が20%であるが,実施例2では,1000h経過後に おいても,マイグレーションの発生確率が0%であることがわかる。」 「【0064】〔実施例12,13および比較例3,4〕 実施例1〜11と同様の方法で,ベースフィルム上に,上表1に示すクロム含有 率および厚みを有するニッケル−クロム合金からなるバリア層を形成した後,該バ リア層の上に銅からなる配線層を形成した。次に,40μmの端子間ピッチ(配線 幅20μm,配線間距離20μm)を有する櫛型配線パターンになるように,実施 例2と同様の方法で,エッチング処理を施し,半導体キャリア用フィルムである実 施例12,13および比較例3,4を作製した。なお,櫛型部にはその一部のみを 露出させた状態でソルダーレジストを塗布した。 【0065】該半導体キャリアフィルムを,まず常温常湿(20℃,25%R H)において端子間に40Vの直流電圧を印加し,端子間のリーク電流値を電流計 により測定した。次に,各サンプルを85℃の恒温槽(ETAC製,品名KEYLES S)の中に置き,かつ,隣り合う端子間に40Vの電圧を印加させた状態で約1h 保持した後,湿度を常湿(25%RH)から段階的に上げて,端子間に流れるリー ク電流値を測定した。 【0066】測定結果を図7に示す。図7において,横軸は測定時における温度, 19 湿度の環境条件であり,縦軸は端子間に流れるリーク電流値である。図7に示され るように,クロム含有率7重量%の比較例3および100重量%の比較例4では, 湿度60%RHを超えると,リーク電流値が上昇している。これに対し,クロム含 有率が20重量%である実施例12,13では,湿度が95%RHまで上昇しても リーク電流値に変化はなく,湿度上昇による端子間の絶縁抵抗の劣化はみられなか った。これは,上述したように,バリア層の表面抵抗率が比較例よりも高いためで ある。 【0067】〔実施例14および比較例5,6〕 実施例12と同様の方法で,上表1に示したクロム含有率およびバリア層の厚み を有し,櫛型電極配線パターンの端子間ピッチが30μm(配線幅15μm,配線 間距離15μm)になるように,半導体キャリア用フィルムである実施例14およ び比較例5,6を各々3個づつ作製した。該半導体キャリア用フィルムを85℃, 85%RHに設定された恒温恒湿槽の中に置き,端子間に40Vの直流電圧を印加 させた状態で,100h,240h,500h,1000h経過後における配線銅 の腐食発生の有無を顕微鏡によりベースフィルムの裏面側より確認した。測定結果 を下表5に示す。なお,表5において,分母はサンプル全数を表しており,分子は 腐食の発生が確認されたサンプル数を表している。」 「【0069】上表5に示されるように,クロム含有率が7重量%の比較例5お よび100重量%の比較例6においては,100h経過後で全サンプルに腐食が確 認されたが,クロム含有率20重量%の実施例14では1000h経過後において も全サンプルで腐食が見られなかった。」 (2) 甲2文献の記載 甲2文献は,発明の名称を「プリント配線基板用の銅箔」とする発明に係る公開 特許公報であり,以下の記載がある(甲2)。 「【特許請求の範囲】 【請求項1】プリント配線基板用の銅箔において,支持基板と銅層との間に中間 20 層としてNiが5at%〜80at%のNi−Cr合金層を設けたことを特徴とす るプリント配線基板用の銅箔。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は,プリント配線基板用の銅箔に関し,更に詳しく は,配線パターンを形成するためのエッチング処理を容易に行うことが出来,支持 基板に対して優れた密着性を有するプリント配線基板用の銅箔に関する。 【0002】 【従来の技術】従来,プリント配線用の銅箔を被覆するための支持基板としては, テープ自動ボンデイング(TAB)用,フレキシブルプリント配線板(FPC)用 には,配線パターンと素子をハンダ付けを必要とする場合は耐熱性の要求性からポ リイミド,ポリアミド等の耐熱性の高分子フィルムが,またハンダ付けを必要とし ない場合はポリエチレンテレフタレート,ポリエチレンナフタレート等の高分子フ ィルムが知られており,また,リジット配線用にはアルミナ(Al2 O3 ),ガラ スエポキシ等のセラミックが知られている。」 「【0005】また,高分子フィルム,セラミック等の支持基板と,その表面に 被覆せる銅層との密着性は,その界面に酸化銅(CuO,Cu2 O)等の脆弱層が 発生するために非常に弱く,プリント配線基板に要求される銅層との密着強度10 00g/cmを維持するために通常,支持基板と銅層との間に中間層としてクロム 層を設けていた。」 「【0011】 【発明が解決しようとする課題】前記構成の支持基板a上に被覆された銅層c, d(銅箔)およびクロム層bに配線パターンを形成するために,レジスト材の塗布, パターン露光,エッチング処理,洗浄処理を行うが,銅層c,dは塩化第2鉄系の エッチング溶液で容易に配線パターンを形成することが出来る。 【0012】しかしながら,クロムは耐食性に優れているから銅層と同じエッチ 21 ング溶液ではパターンを形成することが出来ず,塩化第2鉄と塩酸との混合液で行 うようにしているので,1種類のエッチング溶液で銅箔とクロム層のエッチング処 理を連続的に行えず,従って,エッチング処理が2工程となり,しかもクロム層へ のエッチング処理は短時間で行わなければならないから,エッチング処理は複雑と なるばかりではなく,全体のエッチング処理が長時間となるため,クロム層bへの エッチング処理時に既にエッチングされている銅層c,dの側壁にオーバーエッチ ングが進行して配線パターンに欠陥部が生じて断線に至るという問題がある。 【0013】また,支持基板と銅層との密着性を確保するために中間層としてク ロム層を介在させる必要不可欠なことから,製品の歩留まりの低下と,コストアッ プの原因となっていた。 【0014】本発明はかかる問題点を解消し,1種類のエッチング溶液で配線パ ターンを形成することが出来,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密 着強度を有するプリント配線基板用の銅箔を提供することを目的とする。 【0015】 【課題を解決するための手段】本発明らは前記目的を達成すべく鋭意検討した結 果,支持基板と銅層との中間層としてクロム層の代わりにクロムにニッケルを添加 したNi−Cr合金層を用いることにより,1種類のエッチング溶液で銅層とNi −Cr合金層を連続してエッチング処理することが出来,従来のクロム層を中間層 とした場合と同等の密着性を有することを知見した。」 「【0022】本発明の銅箔構成において,Ni−Cr合金層2と支持基板1の 界面に形成されるNi−Cr−Ox の酸化物は酸化クロム(Cr2O3 ,CrO2 ) と同様に緻密で密着性が高く,これによりNi−Cr合金層2と,その上に形成さ れた銅層3,4との界面は金属−金属の強い結合となる。よって,中間層としてN i−Cr合金層2が形成された銅層3,4は支持基板1との密着強度が1000g /cmの高い値となる。」 「【0025】実験例」 22 「【0030】そして,各基板用銅箔の支持基板1と銅層3,4との密着強度 (g/cm)を180°反転剥離法(JPCA−FC01−4.4に準拠)により 測定し,その測定結果を図2に示す。 【0031】また,配線パターンが形成された各基板用銅箔の断面形状を走査電 子顕微鏡(SEM)で観察し,その模式を図3に示した。尚,図3にはNi−Cr 合金層中のNi含有量が0at%,4at%,5at%並びに80at%の場合の みを示した。 【0032】図2から明らかなように,Ni−Cr合金層中のNiが1at%〜 80at%の範囲で,Niを全く含まないクロム層のみの場合と同等の密着強度が 得られることが確認された。また,図3から明らかなように,Ni−Cr合金層中 のNiが4at%の場合,Niを全く含まないクロム層の場合は,エッチング処理 時に中間層であるクロム層またはNiが4at%のNi−Cr合金層がエッチング されることなくそのまま残渣として残存するが,Niが5at%,80at%のN i−Cr合金層はエッチング時に,その上に形成されている銅層と一緒に除去され て配線パターンが確実に形成出来ることが確認された。」 「【0034】 【発明の効果】本発明のプリント配線基板用の銅箔によるときは,支持基板と銅 層との間にNiが5at%〜80at%のNi−Cr合金層の中間層を設けるよう にしたので,支持基板と銅層との密着強度は1000g/cmと高く,また,1種 類のエッチング溶液でラインスペース20μm程度の微細パターンの形成が出来る ため,プリント配線基板用の銅箔に配線パターンを形成する際,工程の簡略化,製 品の歩留まりアップ,コスト削減に寄与することが出来る等の効果がある。」 2 本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について (1) 相違点4に係る構成の技術的意義 本件発明1は,高温高湿環境下であっても,マイグレーションの発生を抑制して, 端子間の絶縁抵抗を劣化しにくくすることにより,ファインピッチ化や高出力化に 23 適用できる半導体装置を提供することを課題とし,その課題解決手段として,ニッ ケル−クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15〜50重量%とす ることとしたものであり,これによって,バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向 上して,バリア層を流れる電流が小さくなり,配線層を形成する銅の腐食を抑制す ることができ,また,バリア層の表面電位が標準電位に近くなり,バリア層を形成 している成分の水分中への溶出を抑制することができ,マイグレーションの発生を 抑制するとの効果を奏する。 これに対し,引用発明は,1種類のエッチング溶液で配線パターンを形成するこ とができ,さらに,中間層としてクロム層を介在させた場合と同等の密着強度を有 するプリント配線基板用の銅層(銅箔)を提供することを課題とし,その課題解決 手段として,支持基板と銅層との中間層にクロム層の代わりにCrを一定割合含有 するNi−Cr合金層を用いた発明である。また,甲2文献には,マイグレーショ ンの発生の抑制に関する事項については,記載及び示唆はない。 (2) 原出願日前に頒布された各刊行物の記載 そこで,原出願日前に頒布された各刊行物の記載等について検討する。 ア 平成15年に開催された,「モバイル用液晶モジュールにおけるCOF実装 技術のファインピッチ/高信頼性化」に関するセミナーのテキスト(甲3) 上記文献には,@COFテープの開発課題として高信頼性化対応があり,高信頼 性化対応とは耐マイグレーション性を含むこと(スライド5),A基板・パッケー ジの長期絶縁信頼性における主な劣化要因のうち,環境条件として電界(バイアス 電圧)があり,その主な作用がイオン(銅)マイグレーションであること(スライ ド20),BCOF用2層テープの絶縁信頼性試験が,「評価パターン:櫛形電極, L/S=25/25μm,Snめっき厚:0.5μm,ソルダーレジスト:ポリイ ミド系,試験条件:85℃/85%RH,DC55V印加」の条件の下で行われた こと(スライド21),が記載されている。 上記文献には,モバイル用液晶モジュールにおけるCOFにおいて,絶縁信頼性 24 を維持する上でマイグレーションが問題となることは記載されているが,その機序 や発生抑制方法等に関しては記載も示唆もない。 イ 平成15年に発行された雑誌に掲載された「プリント配線板の耐イオンマイ グレーション性に関する研究」と題する論文(甲6) 上記文献には,@隣接配線間においてイオン化した金属が絶縁間隙を移行・析出 するイオンマイグレーション(IM)現象による絶縁劣化が,電子機器の信頼性低 下を招いていること,Aイオンマイグレーションの発生原理は電気化学反応に基づ く電極金属のイオン化であり,具体的には,電解質(多くの場合は水)を介した二 つの電極間に直流電圧が印加されると,陽極から電極の金属イオンが溶出し,電界 の作用により,電解質中を陰極に向かって移行し,その間に,酸化・還元反応を繰 り返しながら金属として析出すること,BポリイミドフィルムにNi−Cr接着層 を約7nm付着させ,銅メッキを施し,配線パターンを形成し,エッチング処理に より電極幅/電極間隙(L/S)が20/20,30/30,50/50(μm/ μm)の3水準の櫛形電極を作成し,イオンマイグレーション抑制手法として吸湿 防止のためのエポキシ係樹脂を電極にコーティングして,温度85℃,湿度85% RH,印加電圧を加速のため20Vとして,定常試験法により評価試験を実施した ところ,1000時間後においても107 Ωを下回る絶縁抵抗低下は確認されなか ったが,表面観察により全ての試験片で析出物が確認されたこと,さらに,この試 験により,狭ピッチ配線では,イオンマイグレーションによる析出物の成長速度が 急激に加速されることや,Ni−Cr層からNiも溶出したことが判明したこと, が記載されている。 上記文献には,イオンマイグレーションの発生メカニズムについて説明されてお り,イオンマイグレーション現象による絶縁劣化が電子機器の信頼性低下を招いて いることや,狭ピッチ配線ではイオンマイグレーションによる析出物の成長速度が 急激に加速されること,イオンマイグレーション抑制手法として吸湿防止のために 樹脂コーティングを行うことは記載されているが,Ni−Cr接着層(バリア層) 25 におけるクロム含有率を調整することによってマイグレーションの発生を抑制する ことができることについては記載も示唆もない。 ウ 平成15年発行の雑誌に掲載された「TAB材料の現状と今後」と題する論 文(甲7) 上記文献には,スパッタ材では銅の下のニッケルやクロムのシード層を完全に除 去できないことがあり,特にファインピッチになるとその部分は残りやすく,マイ グレーションの原因となることが記載されているが,高温高湿下において電位差の 生じた隣り合う端子間に発生するマイグレーションに関しては,記載も示唆もない。 エ 平成12年発行の「腐食・防食ハンドブック」(甲8) 上記文献の「第6章電子機器」には,「6.1.1電子材料の腐食メカニズム 電子材料の腐食は,水溶液中での腐食と同様に水と酸素の存在下で電気化学的に生 じる。空気中の水分が材料表面で結露し,表面に薄い水膜を形成し,空気中の酸素 やSO2 ,H2 Sなどの微量の腐食性ガス成分,さらには表面に付着した塩微粒子 がこの水膜中に溶け込み腐食環境を構成する。」「銅,銀などではアノードで溶出 した金属イオンがカソードに移行,還元,再析出し,デンドライト成長が起こる。 これがメタルマイグレーションで,短絡・絶縁不良を起こす。」「6.1.3電子 部品の腐食防止技術 前述したように,電子材料の腐食は水分,塵埃,腐食性ガス が共存する環境下で進行する。したがって雰囲気からの水分や腐食性ガスの除去, および塵埃や水分の電子部品内への浸入を遮断することが有効である。さらに耐食 材料を使用することにより腐食損傷を低減することが期待できる。 a.材料制御 による腐食防止・・・電子材料はそれ自身きわめて微細化しており腐食許容量も非 常に小さい。したがって合金化や組織制御などでは大幅な信頼性の向上は期待でき ないことがわかる。」との記載,さらに,環境制御と構造制御による腐食防止技術 についての記載がある。 上記のとおり,上記文献には,マイグレーションの発生メカニズム及びその防止 技術について記載されているが,マイグレーション一般について記載されたもので 26 あって,半導体キャリア用フィルムにおいて生じるマイグレーションについての記 載はない。また,上記文献には,ニッケル−クロム合金からなるバリア層における クロム含有率を調整することによってマイグレーションの発生を抑制することがで きることについては記載も示唆もない。 オ 発明の名称を「マイグレーション防止方法」とする発明に係る特開平7−2 83525号公報(甲11) 上記文献には,電子回路基板上のハンダ表面に,絶縁体で水に難溶な不動態皮膜 を形成することにより,マイグレーションの発生を防止することが記載されている が,ニッケル−クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整すること によってマイグレーションの発生を抑制することができることについては記載も示 唆もない。 カ 昭和48年発行の「ステンレス鋼便覧」(甲12) 上記文献の「3.耐食性」の項には,「環境の酸化性が高くなれば金属の腐食は 起こりやすくなることが一般である。」「不動態になりやすい金属としては,Fe, Ni,Crおよびその合金のほかMo,Ti,Zrなどがある。」「(Feに添加 する)Cr%が増すとともに・・・不動態は起こりやすくなっていて,酸化性のさ ほど強くない環境中でも不動態化することがわかる。」「中性からpH=0くらい までの多くの環境中ではCr12〜14%以上で自己不動態化するようになる。」 「FeやNiと比べてCrは不動態化電位ははるかに低く,山も低いのであるから 弱い酸化力でも容易に不動態化するうえに,不動態になってからの保持電流もFe やNiの数百分の一で,きわめて安定な不動態を生ずる。FeにCrを13%以上 添加した合金は純Crほどではないが,Feに比べて不動態化電位ははるかに低く, また保持電流も小さくなること,またCrを18%に増せばさらにその程度が大き くなることはすでに述べた・・・。」との記載がある。 上記文献には,一般的にCrが腐食性に優れていることや,FeにCrを添加し た場合の不動態化のことは記載されているが,半導体キャリア用フィルムにおいて, 27 ニッケル−クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整することによ ってマイグレーションの発生を抑制することができることについては記載も示唆も ない。 キ 昭和41年発行の「非鉄材料の選定と加工」と題する書籍(甲13) 上記文献には,Ni−Cr合金はCrの含有量が15〜50%のときに比抵抗が 大きいことを示すグラフが記載されている。しかし,上記文献には,半導体キャリ ア用フィルムにおけるマイグレーションの発生防止方法に関する記載はなく,ニッ ケル−クロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15〜50重量%とす ることにより,マイグレーションの発生を抑制することができることについては記 載も示唆もない。 ク 平成11年発行の「金属の百科事典」(甲9)には,ニッケル−クロム合金 に関する項に,「NiにCrを添加していくと,@電気抵抗が急増するがその温度 変化は小さい,A耐酸化性・耐食性が向上する,B純Niに対する熱起電力が急増 する,などの変化が起こる。」との記載がある。 また,平成13年発行の「岩波理化学辞典第5版」(甲10)の耐食合金の項に は,耐食合金として,ニッケル合金ではニクロムがあることが,ニクロムの項には, 高温でも酸化されにくく,耐食性に富んでいることが記載されている。 平成8年(1996年)発行の「イオンマイグレーションの試験方法ノウハウ 集」(甲14)にはイオンマイグレーションの試験方法について記載されている。 上記各文献には,半導体キャリア用フィルムにおけるマイグレーションの発生防 止方法に関する示唆はない。 原告の液晶用LSIカタログ(甲4),平成13年発行の雑誌「M&E」(甲 5)にも,マイグレーションに関する記載はない。 (3) 小括 以上によれば,原出願日当時,当業者において,半導体キャリア用フィルムにお いて,端子間の絶縁抵抗を維持するため,マイグレーションの発生を抑制する必要 28 があると考えられていたこと,マイグレーションの発生を抑制するため,吸湿防止 のための樹脂コーティングを行ったり,水に難溶な不動態皮膜を形成したり,半導 体キャリア用フィルムを高温高湿下におかないようにしたりする方法が採られてい たことは認められる。しかし,原出願日当時,本件発明1のように,ニッケル−ク ロム合金からなるバリア層におけるクロム含有率を調整することにより,バリア層 の表面抵抗率・体積抵抗率を向上させ,また,バリア層の表面電位を標準電位に近 くすることによって,マイグレーションの発生を抑制することについて記載した刊 行物,又はこれを示唆した刊行物は存在しない。そうすると,甲2文献に接した当 業者は,原出願日当時の技術水準に基づき,引用発明において本件発明1に係る構 成を採用することにより,バリア層の溶出によるマイグレーションの発生を抑制す る効果を奏することは,予測し得なかったというべきである。したがって,本件発 明1が容易想到であるとした審決の判断には誤りがある。 (4) 被告の主張に対する判断 この点,被告は,ニッケル−クロム合金層におけるマイグレーションの課題は周 知ないしは技術課題であり,また,バリア層の溶出成分がNiであることも周知で あり,マイグレーションの発生を抑制するために,バリア層としてクロムの含有量 を高めた抵抗値の高いニッケル−クロム層材料を選択するという技術事項も周知で あったと主張する。 しかし,上記認定のとおり,原出願日当時,半導体キャリア用フィルムにおいて マイグレーションの問題があることは,当業者に周知であったと認められるが,マ イグレーションの発生を抑制するために,バリア層としてクロムの含有量を高めた 抵抗値の高いニッケル−クロム層材料を選択するという技術が周知であったと認め るに足りる証拠はない。したがって,上記のとおり,当業者が,ニッケル−クロム 合金からなるバリア層におけるクロム含有率を15〜50重量%とすることにより, マイグレーションの発生を抑制する効果を奏すると予測し得たとは認められない。 3 結論 29 以上によると,原告主張の取消事由2は理由があり,また,原告主張の取消事由 3(本件発明2ないし6の容易想到性の判断の誤り)も同様に理由があり,その余 の点を判断するまでもなく,審決にはその結論に影響を及ぼす誤りがある。よって, 審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官 飯 村 敏 明 裁判官 八 木 貴 美 子 裁判官 小 田 真 治 30 別紙 図3 図4 31 図7 図9 32 |