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事件 平成 24年 (行ケ) 10350号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/08/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年8月9日判決言渡

平成24年(行ケ)第10350号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年8月7日

判 決




原 告 デュポン ニュートリション

バイオサイエンシズ エイピーエス
(審決上の名称:ダニスコ エイ/エス)




訴訟代理人弁理士 志 賀 正 武

同 渡 邊 隆

同 実 広 信 哉

同 渡 部 崇

同 堀 江 健 太 郎

同 浜 井 英 礼



被 告 特 許 庁 長 官



指 定 代 理 人 岩 下 直 人

同 横 尾 俊 一

同 瀬 良 聡 機

同 大 橋 信 彦

同 村 上 騎 見 高

主 文




1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定め

る。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2010−18740号事件について平成24年5月29日に

した審決を取り消す。

第2 前提事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「満腹化剤としてのバルク剤」とする発明について,

平成14年4月5日を国際出願日(パリ条約による優先権主張日:2001年

(平成13年)4月9日・米国)とする特許出願(特願2002−57888

9号。以下「本願」という。)をしたが,平成22年4月13日付けで拒絶の

査定を受けたので,同年8月19日に拒絶査定不服審判(不服2010−18

740号)を請求するとともに,同日付けで手続補正をした(以下「本件補

正」という。)。

特許庁は,平成24年5月29日,本件補正を却下した上で,「本件審判の

請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月12日にその謄本を原告に

送達した。

2 特許請求の範囲の記載

本件補正前後の特許請求の範囲(請求項の数は16である。)の請求項1の

記載は次のとおりである(以下,本件補正前の請求項1の発明を「本願発明」

といい,本件補正後の請求項1の発明を「本願補正発明」という。下線は,本

件補正による補正箇所を示す。)。

(1) 本件補正前の請求項1の記載




「【請求項1】

哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,食物摂取抑制有効量のポリ

デキストロースを含む組成物。」

(2) 本件補正後の請求項1の記載

「【請求項1】

哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,哺乳動物の食欲抑制に有効

な量のポリデキストロースを含む組成物。」

3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおり

である。

(1) 本件補正について

本件補正は,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条

1項の規定により却下すべきものである。

ア 補正の目的について

本願明細書(甲3)には,食欲を抑制する場合と抑制しない場合とで食

物摂取抑制有効量がどのように異なるのかについて何ら記載されていな

い。また,本願明細書の【0015】,【0016】,【0034】の記

載によれば,「食欲抑制に有効な量」は,「食物摂取抑制有効量」と何ら

異なるものではない。したがって,請求項1の特許請求の範囲は本件補正

により減縮されていないから,本件補正は特許請求の範囲減縮を目的と

する補正に該当しない。

また,本件補正は,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれに

も該当しない。

独立特許要件(本願補正発明の新規性)について

1993年(平成5年)出版の「筑波大学体育科学系紀要」第16巻8

3〜87頁掲載の論文「ポリデキストロースがラットの体脂肪蓄積に及ぼ




す影響」(吉岡真由美ほか,甲1。以下「引用例」という。)には,「ラ

ットの摂取量を低下させる作用を有する,ポリデキストロースを10%添

加した食餌。」(以下「引用例発明」という。)が記載されている。

本願補正発明は,「哺乳動物の食欲抑制に有効な量のポリデキストロー

スを含む組成物」である点において引用例発明と一致する。引用例には,

「哺乳動物の食欲抑制のための組成物」であることについて明記されてい

ないが,かかる限定事項の有無によって「哺乳動物の食欲抑制に有効な量

のポリデキストロースを含む組成物」の組成や用途は何ら変わるところは
ない。

したがって,本願補正発明は,その優先権主張日(平成13年4月9

日)の前に頒布された刊行物である引用例に記載された発明であるから,

特許法29条1項3号の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受け

ることができない。

(2) 本願発明の新規性について

本願発明も引用例発明と同一であるから,特許法29条1項3号の規定に

該当し,特許を受けることができない。

第3 原告主張の取消事由

審決には,補正の目的に係る判断の誤り(取消事由1),独立特許要件(本

願補正発明の新規性)に係る判断の誤り(取消事由2),本願発明の新規性

係る判断の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を与

えるものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。

1 取消事由1(補正の目的に係る判断の誤り)

審決は,本件補正は特許請求の範囲減縮を目的とする補正に該当しないと

判断しているが,以下のとおり,この判断は誤りである。

(1) 「食欲抑制」と「食物摂取抑制」が異なる概念であることは,本願の優

先日(平成13年4月9日)において,食物繊維分野における当業者の技術




常識であった(甲15,16)。したがって,食欲を抑制する場合と抑制し

ない場合とで食物摂取抑制有効量がどのように異なるのかについて本願明細

書に記載がなくても,優先日当時の当業者にとって,本願補正発明の「哺乳

動物の食欲抑制に有効な量」と本願発明の「食物摂取抑制有効量」が技術的

な意味の異なる量を意味することは明確であった。

(2) 食物摂取量を抑制する原因は,例えば食物が食べにくいものであること

や,食物が対象者の嗜好性に合わないことといった,食欲の抑制以外の因子

があり得ること,すなわち,「食欲抑制」が「食物摂取抑制」より狭い範囲
を示すことは当業者の技術常識であった。

(3) 現実にダイエットを行っている者において,食物摂取量は意図的に抑制

されているが,食欲は必ずしも抑制されていない。このように,「食物摂取

抑制」には,食欲も抑制されている場合と,食欲が抑制されていない場合の

両方が含まれる。

2 取消事由2(独立特許要件(本願補正発明の新規性)に係る判断の誤り)

審決は,本願補正発明は引用例発明と同一であると判断しているが,以下の

とおり,引用例に本願補正発明が開示されているとはいえない。

(1) 食欲を抑制するという本願補正発明の用途は,食物摂取を抑制する引用

例の組成物の用途とは明確に異なるものであるから,引用例には,食欲抑制

量のポリデキストロースを含む,食欲抑制のための組成物という,本願補正

発明の技術的概念は開示されていない。

(2) 満腹感を増大する物質が同時に空腹感も抑制することが自明でないこと

は,本願の優先日当時の当業者にとって技術常識であったから(「満腹感増

大と空腹感抑制,ならびに食物摂取における繊維の作用」

( Satisfaction,Satiety and the action of Fibre on Food Intake ) ,

International Journal of Obesity, 1987年,11号,甲17。以下

「甲17文献」という。),引用例には,ポリデキストロースを使用して,




満腹感を増大すると同時に空腹感を抑制することによって食欲を抑制するこ

とを特徴とする本願補正発明は開示されていない。

(3) 引用例には,ポリデキストロースを10%に増大させると重篤な下痢を

引き起こすことが記載されており,引用例は,ポリデキストロースを当業者

が使用することを妨げることを開示している。また,引用例における摂食量

の低下は,この重篤な下痢に起因する可能性があり,食物摂取量の低下がラ

ットの食欲低下によるものであると明確に判断することはできない。

(4) 引用例は,ポリデキストロースを投与しない場合と比較した,ポリデキ
ストロースを投与した場合の摂食量を示しておらず,ポリデキストロースの

投与により摂食量が低下したことを明確に示すものではない。

(5) 本願補正発明の食欲抑制剤は,食事又は間食と同時に投与ないし摂食す

る際に食物摂取量を低下させるだけではなく,食事又は間食の前に投与ない

し摂食することにより,その後の本願補正発明の食欲抑制剤を含まない食事

又は間食を摂取する際に食物摂取量を低下させるという効果を奏している

(【0036】,【0057】)。そして,このような食欲抑制剤を含まな

い食事又は間食を摂取する際に食物摂取量を低下させるという本願補正発明

の食欲抑制剤の効果は,引用例には記載されていない。かかる効果は,本願

補正発明における有利な効果として参酌されるべきものである。

3 取消事由3(本願発明の新規性に係る判断の誤り)

審決は,本願発明は引用例発明と同一であると判断しているが,以下のとお

り,本願発明は引用例に開示されているとはいえない。

すなわち,前記1(1)のとおり,「食欲抑制」と「食物摂取抑制」とが異な

る概念であったことは,食物繊維分野における当業者の技術常識であった。そ

して,前記2(4)のとおり,引用例は,食物繊維を含まない対照群の結果は開

示しておらず,引用例に開示されたデータからポリデキストロースの投与によ

り摂食量が低下したと結論付けることはできない。なお,前記2(3)のとお




り,引用例では,10%ポリデキストロース投与群のラットでは重篤な下痢が

確認されているので,ポリデキストロースの投与量を5%から10%に増大さ

せたことにより,食欲が抑制されてラットの摂食量が低下したと結論付けるこ

ともできない。

第4 被告の反論

1 取消事由1(補正の目的に係る判断の誤り)に対し

本願明細書には,「食欲抑制有効量」という用語について,「…上記の食欲

抑制有効量で投与される。好ましい量はポリデキストロースについて既述した

量である。」(【0068】)と記載されているが,具体的な食欲抑制有効量

の数値については何ら記載されていない。一方,本願明細書の記載によれば,

本願補正発明における「食欲抑制に有効な量」とは,食物摂取を抑制するため

に投与されるポリデキストロース等から選択される満腹化剤の量であって,食

物摂取抑制有効量と異なるものではない(【0015】,【0016】,【0

034】,【0035】)。

また,本願明細書には,ポリデキストロースを含む組成物について,摂食量

と食欲以外に,食べやすさや嗜好など,食欲抑制以外の因子による食物摂取抑

制作用については記載されていない。

したがって,「食欲抑制」が「食物摂取抑制」より狭い意味の用語であると

しても,本件補正によって,本願発明が実質的に減縮されたことにはならず,

本件補正は,特許請求の範囲減縮を目的とする補正には該当しない。

2 取消事由2(独立特許要件(本願補正発明の新規性)に係る判断の誤り)に

対し

(1) 原告は,食欲を抑制するという本願補正発明の用途は,食物摂取を抑制

する引用例の組成物の用途とは明確に異なるものであるから,引用例には,

食欲抑制量のポリデキストロースを含む,食欲抑制のための組成物という,

本願補正発明の技術的概念は開示されていないと主張する。




しかし,本願明細書の記載(【0015】,【0016】,【003

4】,【0036】)によれば,本願補正発明におけるポリデキストロース

による「食欲抑制」とは,ポリデキストロースを満腹化剤として満腹感を与

える有効量で動物に投与されるものであり,食欲抑制を可能とする食物摂取

抑制有効量で対象者に投与されるものである。すなわち,本願補正発明で

は,「哺乳動物の食欲抑制に有効な量」とは,「食物摂取抑制有効量」であ

る。一方,引用例の記載によれば,引用例におけるポリデキストロースによ

る食物摂取量の低下作用は,そのかさ効果に基づく満腹化効果によるもの
で,本願補正発明におけるポリデキストロースによる食物摂取量の抑制(低

下)と異なるものではない。そうすると,本願補正発明も引用例に記載され

た組成物も,食物摂取を抑制するために用いられるものであり,両者の用途

は一致している。

(2) 原告は,満腹感を増大する物質が同時に空腹感も抑制することが自明で

ないことは,本願の優先日当時の当業者にとって技術常識であったから(甲

17文献),引用例には,ポリデキストロースを使用して,満腹感を増大す

ると同時に空腹感を抑制することによって食欲を抑制することを特徴とする

本願補正発明は開示されていないと主張する。

しかし,本願明細書では,ポリデキストロースによる満腹化効果につい

て,空腹感の抑制による食欲抑制効果と満腹感の増大による食欲抑制効果と

を区別していない(【0052】)。一方,上記(1)のとおり,引用例に

は,本願補正発明と同じポリデキストロースのかさ効果によって食物摂取抑

制効果があることが記載されている。したがって,本願補正発明におけるポ

リデキストロースによる食欲抑制効果が,空腹感抑制効果によって生ずるも

のであれば,引用例においても空腹感抑制効果によって食物摂取抑制効果が

生じているものということができる。そうすると,引用例に,ポリデキスト

ロースを使用して満腹感を増大すると同時に空腹感を抑制することが明記さ




れていないことをもって,引用例に本願補正発明が記載されていないとする

ことはできない。

原告は,甲17文献における「satiation」,「satiety」を,それぞれ,

「満腹感増大」,「空腹感抑制」と訳しているが,「satiation」の一般的

意味は「飽満」であり,また,「satiety」の一般的意味は「満腹」であっ

て(乙1〜3),特に,「satiety」には「空腹」の側面に着目するような

意味はない。一方,甲17文献には,(食物)繊維には,飽満と満腹の両方

に対して効果があることが記載されている(23頁下から17〜13行)。
したがって,「満腹感を増大する物質が同時に空腹感を抑制すること」が自

明でないことは当業者にとって技術常識であったとの原告の主張は失当であ

る。

(3) 原告は,引用例には,ポリデキストロースを10%に増大させると重篤

な下痢を引き起こすことが記載されており,引用例は,ポリデキストロース

を当業者が使用することを妨げることを開示していると主張する。

しかし,ポリデキストロースが下痢を生じることは周知の事項であり(例

えば,乙4の【0018】),引用例の著者は,「食物繊維(様)物質」が

下痢を生じる傾向があることをあらかじめ認識し,その前提で実験を行って

いる。引用例には,ポリデキストロースが下痢の原因であるとしても,ポリ

デキストロースが「かさ効果」を示し,摂食量の低下をもたらしたことが記

載されていると解すべきである(甲1の86頁左欄10〜14行,24〜2

6行)。

(4) 原告は,引用例は,ポリデキストロースを投与しない場合と比較した,

ポリデキストロースを投与した場合の摂食量を示しておらず,ポリデキスト

ロースの投与により摂食量が低下したことを明確に示すものではないと主張

する。

しかし,引用例1では,食物繊維が摂食量の低下等のかさ効果を有するこ




とを前提として,ポリデキストロースのかさ効果が体脂肪蓄積に及ぼす影響

を調べたものであり,表2には,ポリデキストロースを投与した場合に,少

なくとも他の食物繊維と同程度に摂食量を低下させたことが明確に示されて

いる。また,表2におけるポリデキストロース5%添加食群と10%添加食

群の摂食量を比較すると,10%添加食群の方が摂食量の低下効果が強いこ

とが読み取れるので,引用例でポリデキストロースや他の食物繊維を含まな

い対照群の結果が記載されなくても,ポリデキストロースの摂食量低下効果

が示されていることは明らかである。
(5) 原告は,本願補正発明の食欲抑制剤は,食事又は間食と同時に投与ない

し摂食する際に食物摂取量を低下させるだけではなく,食事又は間食の前に

投与ないし摂食することにより,その後の本願補正発明の食欲抑制剤を含ま

ない食事又は間食を摂取する際に食物摂取量を低下させるという効果を奏し

ているが,引用例にはこのような効果は記載されていないと主張する。

原告の主張する効果は,食事又は間食の前に投与ないし摂食した場合に奏

されるものであるが,本願補正発明では,「食事又は間食の前に投与ないし

摂食する」との限定はない。原告の主張は,請求項の記載に基づかないもの

であり失当である。

3 取消事由3(本願発明の新規性に係る判断の誤り)に対し

原告は,「食欲抑制」と「食物摂取抑制」とが異なる概念であったことは,

食物繊維分野における当業者の技術常識であり,また,引用例は,食物繊維を

含まない対照群の結果は開示しておらず,引用例に開示されたデータからポリ

デキストロースの投与により摂食量が低下したと結論付けることはできない

し,さらに,引用例では,10%ポリデキストロース投与群のラットでは重篤

な下痢が確認されているので,ポリデキストロースの投与量を5%から10%

に増大させたことにより,食欲が抑制されてラットの摂食量が低下したと結論

付けることもできないとして,引用例に本願発明が開示されているとはいえな




いと主張する。

しかし,前記のとおり,食欲抑制が食物摂取抑制と異なるということはでき

ないし,引用例には,ポリデキストロースや他の食物繊維を含まない対照群の

結果が開示されていなくても,ポリデキストロース5%添加食群と10%添加

食群との比較から,ポリデキストロースが摂食量低下効果を有することは明示

されているといえるし,また,引用例にポリデキストロースが下痢を生じるこ

とが記載されるとしても,ポリデキストロースによる摂食量低下効果がないと

いうことはできない。原告の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。そ

の理由は以下のとおりである。

1 取消事由1(補正の目的に係る判断の誤り)について

(1) 「食物摂取抑制有効量」と「食欲抑制に有効な量」の関係について

本件補正は,食欲抑制のための組成物中の有効成分であるポリデキスト

ロースの量について,本願発明では「食物摂取抑制有効量」とされていたも

のを,本願補正発明では「哺乳動物の食欲抑制に有効な量」とするものであ

る。

本願補正発明の「食欲抑制に有効な量」と本願発明の「食物摂取抑制有効

量」の意義は,一義的に明確に理解することはできないため,本願明細書の

記載を検討する。

本願明細書(甲3)には,「食欲抑制有効量」という用語について,「…

上記の食欲抑制有効量で投与される。好ましい量はポリデキストロースにつ

いて既述した量である。」(【0068】)との記載はあるが,食欲抑制有

効量の具体的な数値については何ら記載されていない。

一方,本願明細書(甲3)には,「食物摂取抑制有効量」に関して,以下

の記載がある(下線は裁判所が付した。以下同じ。)。




「【0015】したがって,本発明は,水素化ポリデキストロースを含む

ポリデキストロース,又は,その組み合わせからなる群から選択される満腹

化剤の食物摂取抑制有効量を,動物,例えば哺乳動物の食事又は間食時にお

ける食物摂取を抑制するために,動物,例えば哺乳動物に投与することを含

む,動物の空腹抑制方法を指向するものである。・・・

【0016】また,本発明は,動物に満腹感を与える有効量で上記に定義
される満腹化剤を投与することを含む,動物の満腹化方法をも指向するもの

である。」
「【0034】・・・満腹化剤は食欲抑制を可能とする食物摂取抑制有効

量で対象者に投与される。・・・

【0035】ここで使用される「食物摂取抑制有効量」又はこの同義語は

単独で又はポリオールの相乗有効量と組み合わされたポリデキストロース等

の食物摂取を抑制するために投与されるべき満腹化剤の量を称するものであ
り,体重1kg当たりの乾燥重量ベースである。投与方向を考慮してそのよ

うな量を計算するには当業者の設計事項である。満腹化剤は約15から約7

00mg/kg/日,好ましくは約200から約450mg/kg/日の範囲の量で

投与されることが好ましい。かくして,満腹化剤は約1から約50g/日,

好ましくは約15から約30g/日の範囲の量で動物(例えばヒト)に投与

されることが好ましい。」

上記によれば,本願補正発明における「食欲抑制に有効な量」とは,食物

摂取を抑制するために投与されるポリデキストロース等から選択される満腹

化剤の量であって,「食物摂取抑制有効量」と何ら異なるものではないと認

められる。

したがって,「食物摂取抑制有効量」を「哺乳動物の食欲抑制に有効な

量」と補正する本件補正は,特許請求の範囲減縮を目的とする補正に該当

しない。




(2) 原告の主張について

ア 原告は,「食欲抑制」と「食物摂取抑制」が異なる概念であることは,

本願の優先日(平成13年4月9日)において,食物繊維分野における当

業者の技術常識であった(甲15,16)として,食欲を抑制する場合と

抑制しない場合とで食物摂取抑制有効量がどのように異なるのかについて

本願明細書に記載がなくても,優先日当時の当業者にとって,本願補正発

明の「哺乳動物の食欲抑制に有効な量」と本願発明の「食物摂取抑制有効

量」が技術的な意味の異なる量を意味することは明確であったと主張す
る。

しかし,「食欲抑制」と「食物摂取抑制」が異なる概念であることが当

業者の技術常識であったとしても,当業者が上記(1)で認定した本願明細

書の記載に接した場合,本願補正発明における「食欲抑制に有効な量」と

は,食物摂取を抑制するために投与されるポリデキストロース等から選択

される満腹化剤の量であって,「食物摂取抑制有効量」と異なるものでは

ないと理解するものと認められる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 原告は,食物摂取量を抑制する原因は,例えば食物が食べにくいもので

あることや,食物が対象者の嗜好性に合わないことといった,食欲の抑制

以外の因子があり得ること,すなわち,「食欲抑制」が「食物摂取抑制」

より狭い範囲を示すことは当業者の技術常識であったと主張する。

しかし,「食欲抑制」が「食物摂取抑制」より狭い範囲を示すことが当

業者の技術常識であったとしても,当業者が上記(1)で認定した本願明細

書の記載に接した場合,本願補正発明における「食欲抑制に有効な量」と

は,食物摂取を抑制するために投与されるポリデキストロース等から選択

される満腹化剤の量であって,「食物摂取抑制有効量」と異なるものでは

ないと理解するものと認められる。




したがって,原告の上記主張は理由がない。

ウ 原告は,現実にダイエットを行っている者において,食物摂取量は意図

的に抑制されているが,食欲は必ずしも抑制されていないように,「食物

摂取抑制」には,食欲も抑制されている場合と,食欲が抑制されていない

場合の両方が含まれると主張する。

しかし,「食物摂取抑制」に食欲も抑制されている場合と,食欲が抑制

されていない場合の両方が含まれるとしても,上記(1)で判示したとお

り,本願明細書の記載によれば,本願補正発明における「食欲抑制に有効
な量」とは,食物摂取を抑制するために投与されるポリデキストロース等

から選択される満腹化剤の量であって,「食物摂取抑制有効量」と異なる

ものではないと認められる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(3) 小括

よって,原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(独立特許要件(本願補正発明の新規性)に係る判断の誤り)に

ついて

(1) 本願補正発明について

ア 本願明細書の記載

本願明細書(甲3)には,以下の記載がある。

(ア) 【技術分野】

「本発明は,ヒトの食欲抑制のためのポリデキストロースと他の糖ポ

リマーの使用に関する。」(【0001】)

(イ) 【発明が解決しようとする課題】

「本発明者らは,特に,ポリデキストロース又は水素化ポリデキスト

ロースが単独で又は組み合わされて,動物,特に哺乳動物の食欲抑制に

使用可能であり,これまでに使用されてきた満腹化剤に伴う副作用及び




不利な点を回避することを見出した。」(【0014】)

(ウ) 【課題を解決するための手段】

「したがって,本発明は,水素化ポリデキストロースを含むポリデキ

ストロース,又は,その組み合わせからなる群から選択される満腹化剤

の食物摂取抑制有効量を,動物,例えば哺乳動物の食事又は間食時にお

ける食物摂取を抑制するために,動物,例えば哺乳動物に投与すること

を含む,動物の空腹抑制方法を指向するものである。…別の態様では,

本発明は,水素化糖ポリマーを含む糖ポリマー又はこれらの混合物の食
欲抑制剤としての使用を指向する。…また,本発明は,動物に満腹感を

与える有効量で上記に定義される満腹化剤を投与することを含む,動物

の満腹化方法をも指向するものである。」(【0015】〜【001

6】)

(エ) 【発明を実施するための最良の形態】

「ここで使用される『食物満腹化剤』又は『満腹化剤』とは,水素化

糖ポリマーを含む糖ポリマー又はこれらの組み合わせを称するものであ

り,例えば,ポリデキストロース,水素化ポリデキストロース又はこれ

らの混合物である。

更に,ここで使用される『ポリデキストロース』とは,胃中の酵素に

よる消化に耐性であるグルコースの低カロリーポリマーである。それ

は,グルコース,マルトース,グルコースのオリゴマー又は澱粉の加水

分解物から調製されるグルコースのポリマー製品を含み,…

…更に,『ポリデキストロース』の用語は,水素化ポリデキストロー

スを含み,ここで使用されるように,当業者に知られた技術によって調

製された水素化すなわち還元されたポリデキストロース製品を含む。

…『糖ポリマー』の用語はポリデキストロースを含むが,上記の重縮

合反応においてグルコースの代わりに糖が使用された,食物として許容




可能な他の製品をも含む。…それはまた,ここに定義される糖ポリマー

を…当該技術分野で知られた技術で還元すなわち水素化された水素化糖

ポリマーをも含む。」(【0018】〜【0023】)

「ここで使用される『食物摂取抑制有効量』又はこの同義語は単独で

又はポリオールの相乗有効量と組み合わされたポリデキストロース等の

食物摂取を抑制するために投与されるべき満腹化剤の量を称するもので

あり,体重1kg当たりの乾燥重量ベースである。投与方向を考慮して

そのような量を計算するには当業者の設計事項である。」(【003
5】)

「…本発明の満腹化剤を投与するタイミングは重要ではなく,個人の

必要に応じて設定することができる。例えば,…満腹化剤はあるスケジ

ュールにおいて空腹感を感じるときに,例えば,1日に少なくとも1回

又は少なくとも2回,摂取することができる。しかし,…満腹化剤は食

事時に基づいて投与されることが有益である。例えば,…満腹化剤は,

1日の1,2又は3回の食事の前,あるいは,4回以上の食事又は間食

が1日に食される場合は各食事又は間食の前に投与されうる。食事又は

間食の前に満腹化剤が空腹を抑制し及び/又は満腹を誘起しうる十分な

時間をかけて…満腹化剤を摂取すると,ヒト等の哺乳動物は食事の間及

び/又は食事中により少ない食物を摂取するようになる。本発明の満腹

化剤は食事又は間食の約15分から約12時間前…までに動物,例えば

哺乳動物に投与されることが好ましい。…典型的には,…本発明の満腹

化剤は,ときには食事前の期間に,または日常の食事の時間に摂取さ

れ,食事中の食物摂取を低減し,あるいは,食事自体を省略しうる。こ

れは,…前記満腹化剤(例えばポリデキストロース)が通常摂取されて

いる食事又は間食の一部を排除する十分な満腹感を提供するからであ

る。」(【0036】)




イ 本願補正発明の概要

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載及び上記アの本願明細書

の記載(特に,【0036】の「食事又は間食の前に満腹化剤が空腹を抑

制し及び/又は満腹を誘起しうる十分な時間をかけて…満腹化剤を摂取す

ると,ヒト等の哺乳動物は食事の間及び/又は食事中により少ない食物を

摂取するようになる。」との記載)によれば,本願補正発明は,哺乳動物

の食欲抑制に有効な量のポリデキストロースを含む,哺乳動物の食欲抑制

のための組成物であり,ポリデキストロースの服用により食欲が抑制さ
れ,その結果,食物摂取が抑制されるというものであることが認められ

る。

(2) 引用例発明について

ア 引用例の記載

引用例(甲1)は,「ポリデキストロースがラットの体脂肪蓄積に及ぼ

す影響」という表題の学術論文である。引用例には以下の記載がある。

(ア) 「要旨訳」の項

「ポリデキストロースが体脂肪蓄積に及ぼす影響について,ポリデキ

ストロ ース のか さ効 果が体 脂肪 蓄積 を抑 制する か否 かを ,Sprague-

Dawley 系雄ラットを用いて検討した。ラットに,ポリデキストロース,

セルロース,難消化性デキストリンおよびガラクトマンナン分解物を,

それぞれ5および10%添加した食宸52日間自由摂取させた。ラッ
トの体重増加は,ポリデキストロース10%食群で他の食物繊維10%

食群に比べ有意に小さかった。体脂肪量と摂食量は,セルロース10%

食群に比べてポリデキストロース10%,難消化性デキストリン10%

およびガラクトマンナン分解物10%群で小さかった。また食 効率

は,5%および10%食群とも,難消化性デキストリンおよびガラクト

マンナン分解物食群に比べて,ポリデキストロース食群で小さかった。




以上のことから,食物繊維と比較してポリデキストロースは,摂食量を

低下させることと食寥果が小さいことにより,体脂肪蓄積を小さくす

ることがわかった。」(83頁左欄2行〜右欄2行)

(イ) 「T.緒言」の項

「食物繊維は消化管に対して,消化吸収機能の亢進作用,食物繊維の

発酵作用,腸内最近叢(判決注・「細菌叢」の誤記と認められる。)の

変化,かさ効果,イオン交換作用,水分吸着作用および栄養素の吸収阻

害作用などをもたらすとされている(15)。一般に食物繊維含量の多い食
事を摂取すると,そしゃく回数が自然に増加し,唾液や胃液の分泌が促

進され,消化管中の食物繊維のかさが増大する。これによって食後の飽

満感が得られることと併せて(7),食物繊維はそれ自体のエネルギー価

が小さいことにより(3),体脂肪蓄積を抑制すると考えられている。

一方,ポリデキストロースは,人工の難消化性多糖類なので(12),腸

内で発酵を受けるが(4,13),大部分は吸収されずに糞中へと排泄される

ため(5,6),エネルギー価が小さく(1,16),食物繊維と同様に,体脂肪

蓄積を抑える可能性が考えられる。しかし,ポリデキストロースが体脂

肪蓄積に及ぼす影響について検討した研究は見当たらない。

さらに食物繊維には,摂食量の低下や糞量の増大など,その食物繊維

特有のかさ効果が存在し,それらがエネルギーの過剰摂取を防止するこ

とによって,体脂肪蓄積を抑制すると考えられているが(2,14,17),ポ

リデキストロースのかさ効果についての研究は,栄養素の消化管通過時

間の短縮作用の報告(16)のみである。

そこで本実験では,ポリデキストロースのかさ効果と体脂肪蓄積との

関係について,ポリデキストロースと不溶性食物繊維であるセルロース

および水溶性食物繊維である難消化性デキストリンとガラクトマンナン

分解物をそれぞれ比較検討した。」(83頁右欄4行〜84頁左欄18




行)

(ウ) 「U.方法」の項

「1.ラットの飼育および食

実験動物として,5週齢の体重128−144gの…Sprague-Dawley

系雄ラット82匹…を用い,52日間飼育した。…水は24時間自由に

摂取させた。ラットを個別ケージに入れ,市販飼料CE−2を与えて3

日間予備飼育した後,各食物繊維(様)物質5および10%添加食群に

分た。投与した食物繊維(様)物質は,水溶性の食物繊維様物質のポリ

デキストロース(PD食群),不溶性食物繊維のセルロース(C食群)

および水溶性食物繊維である難消化性デキストリン(D食群)とガラク

トマンナン分解物(G食群)である。

実験食の 組成を Tablelに示 した。 食 は24時間 自由摂 取(ad

libitum)させたが,実験最終1週間前には,食 を1日2食制(8−
9時と20−21時)の meal-feeding 下に等量給 した。食物繊維

(様)物質の食宸ヨの添加は,便の状態を観察しながら下痢を起こさな

いように,添加目標に達するまで摂食量の5%ずつ漸増する方法で行っ

たが,PD10食群の全てのラットで下痢が確認された。

2.測定項目および測定方法

体重を週に2回,摂食量を毎日測定し,実験期間中の体重増加量を総

摂食量で除して食寥率を算出した。また,糞を meal-feeding 期間の
4日間採集し,80℃で24時間乾燥して乾燥重量を求めた。

実験最終日に,ラットを断頭屠殺した後,消化管を取り出しその残り

を屠体とし,腹腔内脂肪組織を摘出して秤量した。屠体は,蛋白質含量

をケルダール法(9)で,脂肪含量をソックスレー抽出法(9)でそれぞれ分

析した。

3.統計処理法




測定数値は,平均値±標準誤差で表した。…」(84頁左欄20行〜

85頁左欄6行)

(エ) 「V.結果および考察」の項

「2.食物繊維(様)物質10%添加食における比較検討

ラットの体重増加量および腹腔内脂肪組織含量は,食物繊維食群に比

べてPD食群で有意に小さかったが,屠体蛋白質含量と重量は,各食群

間に差が認められなかった(Table2)。また屠体脂肪含量と重量,腹

腔内脂肪組織含量および摂食量は,C食群に比べてPD,DおよびG食
群で有意に小さく,食寥率は,G食群に比べてPD食群で有意に小さ

かった(Table2)。乾燥糞重量は,C食群に比べてDおよびG食群で

有意に小さかった(Table2)。

これらの結果から,食將の食物繊維添加量を10%レベルに高める

と,ポリデキストロースは,不溶性の食物繊維であるセルロースに比べ

て,水溶性食物繊維である難消化性デキストリンやガラクトマンナン分

解物と同程度に体脂肪蓄積を抑制し,特に体重増加の抑制作用において

は,これらの水溶性食物繊維よりも強いことが認められた。このこと

は,ポリデキストロースが,難消化性デキストリンやガラクトマンナン

分解物と同程度に摂食量の低下作用,つまりかさ効果を示したことが関

係していると思われる。またポリデキストロースの食寥率は,他の食

物繊維より小さいことから,ポリデキストロースのエネルギー価は,他

の食物繊維より小さいと推察され,このこともポリデキストロースが食

物繊維と比べて,体重増加を抑制した要因の一つであると思われる。」

(86頁左欄5〜32行)

(オ) 「W.要約」の項

「ポリデキストロースがラットの体脂肪蓄積に及ぼす影響について,

ポリデキストロースのかさ効果に着目して検討した。




その結果,ポリデキストロースは,本研究に用いた3つの食物繊維に

比べてエネルギー価が小さいと考えられるうえに,水溶性の食物繊維と

同等に摂食量を低下させるなどの理由で,食物繊維よりも体脂肪蓄積を

小さくしたものと推察された。」(86頁左欄34〜41行)

(カ) 表2(85頁)は以下のとおりである。





- 22 -
イ 引用例に記載された発明の概要

上記アの引用例の記載によれば,ポリデキストロースは人工の難消化性

多糖類であることから,大部分は吸収されずに糞中へと排泄され,食物繊

維と同様に体脂肪蓄積が抑制されると考えられるが,ポリデキストロース

の体脂肪蓄積に及ぼす影響について研究は見当たらないこと,また,ポリ

デキストロースのかさ効果についての研究も,栄養素の消化管通過時間の

短縮作用の報告のみであったこと,引用例は,ポリデキストロースのかさ

効果と体脂肪蓄積との関係について,ポリデキストロースと不溶性食物繊
維であるセルロース並びに水溶性食物繊維である難消化性デキストリン及

びガラクトマンナン分解物をそれぞれ比較検討し,その結果を報告したも

のであることが認められる(上記ア(イ)の緒言の項)。

そして,上記ア(カ)の表2には,ラットに,ポリデキストロース,セル

ロース,難消化性デキストリン及びガラクトマンナン分解物を,それぞれ

5%及び10%添加した食餌を52日間自由摂取させた際の摂食量が示さ

れており,10%のポリデキストロースが添加された食餌で飼育されたラ

ットの摂食量は,10%のセルロースが添加された食餌で飼育されたラッ

トと比較して,有意に少ないことが理解できる(ポリデキストロース食群

が905±16

gであるのに対し,セルロース食群が1008±16gである。)。こ

の点については,引用例の著者らも,「摂食量は,C食群に比べてPD…

食 群 で 有 意 に 小 さ … か っ た ( Table 2 ) 。 」 ( 8 6 頁 左 欄 1 1 〜 1 4

行),「ポリデキストロースが…摂食量の低下作用,つまりかさ効果を示

した」(86頁左欄24〜26行)と述べている。

したがって,引用例には,ポリデキストロースが10%添加された食餌

が,かさ効果を示し,ラットの摂食量を低下させる作用を有すること,す

なわち,審決が認定した引用例発明(ラットの摂食量を低下させる作用を




有する,ポリデキストロースを10%添加した食餌)が記載されていると

認められる。

(3) 本願補正発明の新規性について

上記(1)のとおり,本願補正発明は,哺乳動物の食欲抑制に有効な量のポ

リデキストロースを含む,哺乳動物の食欲抑制のための組成物であって,ポ

リデキストロースの服用により食欲が抑制され,その結果,摂食量が抑制さ

れるというものである。一方,上記(2)のとおり,引用例発明は,ラットの

摂食量を低下させる作用を有する,ポリデキストロースを10%添加した食

餌であり,これは,ポリデキストロースを含む組成物の効果が食欲抑制に有

効な量であるため,ラットの摂食量を抑制することを意味するものである。

したがって,本願補正発明の「哺乳動物の食欲抑制のための組成物であっ

て,食物摂取抑制有効量のポリデキストロースを含む組成物」と,引用例発

明の,ポリデキストロースを10%添加した食餌が,そのかさ効果によりラ

ットの食欲を抑制し,その摂食量を抑制するという点において一致している

から,本願補正発明は引用例に記載された発明であるといえる。

(4) 原告の主張について

ア 原告は,食欲を抑制する本願補正発明の用途は,食物摂取を抑制する引

用例の組成物の用途とは明確に異なるものであるから,引用例には,食欲

抑制量のポリデキストロースを含む,食欲抑制のための組成物という,本

願補正発明の技術的概念は開示されていないと主張する。

しかし,食物摂取は,食欲という欲求を満たす行為であるから,食欲を

抑制するということは,食物摂取を抑制することにほかならない。本願補

正発明は,ポリデキストロースを有効成分とする食欲抑制のための組成物

であり,具体的には,ポリデキストロースが食欲を抑制し,食物摂取を抑

制するものである。これは,引用例に開示されたポリデキストロースを1

0%添加した食餌が,そのかさ効果により,ラットの食欲を抑制し,食物




摂取を抑制することと実質的に同一である。すなわち,本願補正発明と引

用例発明におけるポリデキストロースの用途は,表現は相違するものの,

実質的には相違しない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

イ 原告は,満腹感を増大する物質が同時に空腹感も抑制することが自明で

ないことは,本願の優先日当時の当業者にとって技術常識であったから

(甲17文献),引用例には,ポリデキストロースを使用して,満腹感を

増大すると同時に空腹感を抑制することによって食欲を抑制することを特
徴とする本願補正発明は開示されていないと主張する。

しかし,本願補正発明におけるポリデキストロースの食欲抑制効果につ

いては,本願明細書に,「1日目及び10日目の試験日に,ヨーグルトの

消費直前及び直後に,各被験者はその主観的状態を評価したところ,4つ

のヨーグルトの満腹化効果(空腹抑制即ち満腹感の増大)を決定すること

ができた。図3に示すように,XylPDXh 及び PDXh ヨーグルトは最も強い空

腹抑制を示した。」(甲3の【0052】)との記載があるように,本願

補正発明は,ポリデキストロースによる満腹化効果について,空腹感の抑

制による食欲抑制効果と満腹感の増大による食欲抑制効果とを区別してい

ない。本願補正発明は,ポリデキストロースにより食欲を抑制して食物摂

取を抑制しようとする発明であるから,引用例にポリデキストロースがそ

のかさ効果により食物摂取を抑制することが開示されている以上,本願補

正発明は引用例に記載された発明と相違しないものであり,このことは,

満腹感を増大する物質が同時に空腹感も抑制することが自明でないことが

本願優先日当時の当業者にとって技術常識であったとしても,変わりはな

い。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

ウ 原告は,引用例には,ポリデキストロースを10%に増大させると重篤




な下痢を引き起こすことが記載されており,ポリデキストロースを当業者

が使用することを妨げることを引用例は開示しているし,引用例における

摂食量の低下は,この重篤な下痢に起因する可能性があり,食物摂取量の

低下がラットの食欲低下によるものであると明確に判断することはできな

いと主張する。

しかし,引用例では,10%のポリデキストロースが添加された食餌を

与えられたラットで下痢が確認されたことを根拠に実験が中止されている

ものではないし,引用例には,ポリデキストロースが哺乳動物の摂食量の
低下に利用できないことを示す記載はない。

かえって,引用例では,10%のポリデキストロースが添加された食餌

を与えられたラットで下痢が確認されたにもかかわらず,「このことは,

ポリデキストロースが,難消化性デキストリンやガラクトマンナン分解物

と同程度に摂食量の低下作用,つまりかさ効果を示したことが関係してい

ると思われる。またポリデキストロースの食餌効率は,他の食物繊維より

小さいことから,ポリデキストロースのエネルギー価は,他の食物繊維よ

り小さいと推察され,このこともポリデキストロースが食物繊維と比べ

て,体重増加を抑制した要因の一つであると思われる。」(甲1の86頁

左欄24〜32行)との考察がされており,当業者である引用例の著者

は,下痢の影響を考慮しても,ポリデキストロースを他の食物繊維と比較

することが可能であり,また,ポリデキストロースによる摂食量の低下

が,ポリデキストロースのかさ効果によると推測することが可能であると

判断していることが認められる。

そうすると,引用例に記載されたポリデキストロース10%添加食にお

ける摂食量のデータをもって,当業者がポリデキストロースの使用を妨げ

るものとはいうことはできず,同データは,ラットにおけるポリデキスト

ロースによる食物摂取量の低下を示すものと認められる。




したがって,原告の上記主張は理由がない。

エ 原告は,引用例は,ポリデキストロースを投与しない場合と比較した,

ポリデキストロースを投与した場合の摂食量を示しておらず,ポリデキス

トロースの投与により摂食量が低下したことを明確に示すものではないと

も主張する。

しかし,引用例には,その緒言の項に,「食物繊維には,摂食量の低下

や…など,その食物繊維特有のかさ効果が存在し」と記載されているよう

に,そもそも,食物繊維が摂食量を低下させることを前提として,ポリデ
キストロースと不溶性食物繊維であるセルロース等と比較検討しているも

のである。そして,前記(2)イで判示したとおり,引用例の表2の記載か

ら,10%のポリデキストロースが添加された食餌で飼育されたラットと

10%のセルロースが添加された食餌で飼育されたラットについて比較し

た場合に,ポリデキストロース添加食群において摂取量が有意に少ないこ

とが理解できる。すなわち,引用例には,摂食量低下作用を有する食物繊

維に属するセルロースと比較して,ポリデキストロースが摂食量を低下さ

せる作用を示すことが記載されている以上,たとえ,引用例に食物繊維を

含まない対照群についての摂食量の結果が示されていないとしても,引用

例は,ポリデキストロース10%添加食が食物摂取を抑制することを示す

ものと認められる。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

オ 原告は,本願補正発明の食欲抑制剤は,食事又は間食と同時に投与ない

し摂食する際に食物摂取量を低下させるだけではなく,食事又は間食の前

に投与ないし摂食することにより,その後の本願補正発明の食欲抑制剤を

含まない食事又は間食を摂取する際に食物摂取量を低下させるという効果

を有していると主張する。

しかし,本願補正発明は,その特許請求の範囲において,組成物を服用




する時期を特定するものではない。本願補正発明と引用例発明は,組成物

を構成する物質とその用途において相違しない以上,たとえ,本願補正発

明の組成物が,食事又は間食の前に投与ないし摂食することにより,その

後の食事又は間食を摂取する際に食物摂取量を低下させるという効果を奏

するものであるとしても,本願補正発明と引用例発明が相違するというこ

とはできない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(5) 小括
よって,原告主張の取消事由2は理由がない。

3 取消事由3(本願発明の新規性に係る判断の誤り)について

(1) 本願発明は,食物摂取抑制有効量のポリデキストロースを含む,哺乳動

物の食欲抑制のための組成物である。一方,前記2(2)イのとおり,引用例

発明は,ラットの摂食量を低下させる作用を有する,ポリデキストロースを

10%添加した食餌であり,これは,ポリデキストロースを含む組成物が,

そのかさ効果によりラットの摂食量を抑制することを意味するものである。

したがって,本願発明と引用例発明は,ポリデキストロースがラットの食欲

抑制効果ないしかさ効果により摂食量を抑制するという点において一致して

いるから,本願発明は引用例に記載された発明であるといえる。

(2) 原告は,「食欲抑制」と「食物摂取抑制」とが異なる概念であったこと

は,食物繊維分野における当業者の技術常識であったこと,引用例は,食物

繊維を含まない対照群の結果は開示しておらず,引用例に開示されたデータ

からポリデキストロースの投与により摂食量が低下したと結論付けることは

できないこと,引用例では,10%ポリデキストロース投与群のラットでは

重篤な下痢が確認されているので,ポリデキストロースの投与量を5%から

10%に増大させたことにより,食欲が抑制されてラットの摂食量が低下し

たと結論付けることもできないことを指摘し,本願発明は引用例に開示され




ているとはいえないと主張する。

しかし,前記2において判示したとおり,原告の指摘する点はいずれも理

由がないか採用することができない。

(3) 小括

よって,原告主張の取消事由3は理由がない。

4 まとめ

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消す

べき違法はない。
第6 結論

よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと

おり判決する。

知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 西 理 香




裁判官 田 中 正 哉