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事件 平成 24年 (行ケ) 10452号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/08/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年8月6日判決言渡

平成24年(行ケ)第10452号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年7月23日

判 決



原 告 アサ電子工業株式会社



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 山 内 博 明

山 田 武 史



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 冨 岡 和 人

島 田 信 一

氏 原 康 宏

堀 内 仁 子



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2011−11215号事件について平成24年11月20日にし

た「本件審判の請求は成り立たない。」との審決を取り消す。



第2 事案の概要




本件は,拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決取消訴訟である。争点は,容

易想到性の判断の当否である。

1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成18年11月27日(優先権主張平成17年12月28日・日本)

国際出願日とし,発明の名称を「ジョイント」とする特許出願をしたが(特願2

007−509768号,甲1,6),平成23年3月18日に拒絶査定を受けたの

で,同年5月27日付けで拒絶査定不服審判を請求したところ(不服2011−1

1215号),平成24年6月25日に拒絶理由通知を受けた(甲7)のに伴い,同

年7月27日付けで手続補正をした(甲4。本件補正)。しかし,平成24年11月

20日,本件審判請求は成り立たない旨の審決があり,その謄本が同年12月3日

に原告に送達された。

2 本願発明の要旨

本件補正による請求項1の記載は以下のとおりである。

【請求項1】

複数の球体と,前記各球体を受ける半球状の窪部が頭部の側面に形成されていて

当該頭部に首部を介して円柱状の胴部が位置する部材と,前記部材の頭部及び首部
を収容する収容部と当該収容部と一体的に形成されていて前記各窪部で受けられた

球体が収容される複数の長手溝とを有するハブと,を備え,前記各長手溝は,半筒

状で直線的に延びる態様で形成されており,前記首部は,前記部材と前記ハブとに

それぞれ連結されるシャフトの曲がりを許容する部分として機能するジョイント。

3 審決の理由の要点

審決は,本願発明は,下記引用発明及び周知の技術手段に基づいて,容易に発明

することができたと判断した。

(1) 刊行物1(特公昭33−7908公報。甲5)に記載の発明(引用発明)

複数の鋼球7と,前記各鋼球7を受ける半球形凹部6が球形接合頭部5の側面に

形成されていて当該球形接合頭部5に細径部を介して円板状のフランジ部が位置す




る受動回転軸4と,前記受動回転軸4の球形接合頭部5及び細径部を収容する円形

接合腔部3と当該円形接合腔部3と別体に形成されていて前記各凹部6で受けられ

た鋼球7が収容される複数の曲面状部10,10’とを有する接合筺部2と,を備

え,前記各曲面状部10,10’は,下面視で長手方向に直線的に延びるとともに,

側面視で円弧状に延びる態様で形成されている廻転自在接手。

(2) 本願発明と引用発明との対比
<一致点>

複数の球体と,前記各球体を受ける半球状の窪部が頭部の側面に形成されていて当該頭部に

首部を介して円柱状の胴部が位置する部材と,前記部材の頭部及び首部を収容する収容部と前

記各窪部で受けられた球体が収容される複数の長手溝とを有するハブと,を備えているジョイ

ント。

(相違点1)

本願発明は,前記複数の長手溝が「当該収容部と一体的に形成されてい」るのに

対し,引用発明は,各曲面状部10,10’が「円形接合腔部3と別体に形成され

ている」点。

(相違点2)

本願発明は,前記各長手溝が「半筒状で直線的に延びる態様」で形成されている

のに対し,引用発明は,各曲面状部10,10’が「下面視で長手方向に直線的に

延びるとともに,側面視で円弧状に延びる態様で形成されている」点。
(相違点3)

本願発明は,前記首部が「前記部材と前記ハブとにそれぞれ連結されるシャフトの曲がりを

許容する部分として機能する」のに対し,引用発明は,細径部がそのような機能を具備してい

るかどうか特定されていない点。

(3) 判断

ア 相違点1について

ジョイントにおいて,ハブの収容部に複数の長手溝を一体的に形成することは,




従来周知の技術手段(例えば,刊行物2(特開昭59−113322号公報(甲8))に

は,FIG.4及び5とともに,
「軸20,21は,共に軸方向円筒形通路19の周

囲に半径方向へ星形に配列された3つの平行通路10,11,12からなる雌型ハ

ウジングを形成するためにくり抜かれており,軸方向横断面における完成アセンブ

リはクローバーの葉形を有している。[第4頁右上欄第7〜12行]と記載されて


いる。刊行物3(特公昭48−17430号公報(甲9))には,第1図とともに,「外

輪1は第1図に示すように筒壁2と底壁3を有し,筒壁2の内周にはボール5が嵌

合する数本の溝4が設けられる。[第1頁第1欄第34〜36行]と記載されてい


る。刊行物4(実願昭54−95908号(実開昭56−14224号)のマイクロフィル

)には,第2図とともに,
ム(甲10) 「これら回転体(11),(12)間に亘って,前

記軸心(X)から径方向に離れた位置において鋼球を用いた伝動子(13)・・が係合

保持され」[第5頁第3〜6行]と記載されている。)にすぎない。

してみれば,引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用すること

により,各曲面状部10,10’を円形接合腔部3と一体的に形成し,相違点1に

係る本願発明の構成とすることは,技術的に格別の困難性を有することなく当業者

容易に想到できるものであって,これを妨げる格別の事情は見出せない。
イ 相違点2について

ジョイントにおいて,偏角変位に加えて,軸方向変位を許容するために,各長手

溝を半筒状で直線的に延びる態様で形成することは,従来周知の技術手段(例えば,

刊行物2のFIG.4及び5から,軸21の内周面に形成された略半筒状で直線的

に延びる各平行通路10,11,12とボール16の関係が看取できる。刊行物4

の第2及び3図から,受動回転体12の内周面に形成された半筒状で直線的に延び

る各長手溝と伝動子13の関係が看取できる。)にすぎない。

してみれば,引用発明の曲面状部10,10’と鋼球7による偏角変位を許容す

る関係に,様々な用途における必要性に応じて軸方向変位の機能を付加するために,

偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイントの長手溝と球体の




関係を適用することにより,偏角変位及び軸方向変位の両方の機能を持たせ,各長

手溝を半筒状で直線的に延びる態様で形成し,相違点2に係る本願発明の構成とす

ることは,技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到できるもの

であって,これを妨げる格別の事情は見出せない。
ウ 相違点3について

相違点3は実質的な相違点ではない。



第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

(1) 審決は,本願発明と引用発明との内容を的確に認定しておらず,その

結果,相違点1の容易想到性に関して誤った判断をしており,失当である。

審決は「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用すること

により,各曲面状部10,10’を円形接合腔部3と一体的に形成し,相違点

1に係る本願発明の構成とすることは,技術的に格別の困難性を有することな

く当業者が容易に想到できるものであって,これを妨げる格別の事情は見出せ

ない」と判断したが,引用発明に対して従来の周知技術を適用しようという動
機付けがないから「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用

する」はずがなく,したがって,各曲面状部10,10’を円形接合腔部3と

一体的に形成しないし,仮に当該一体的に形成しようとしても,技術的に格別

の困難性を有することから動機付けの阻害要因があるので,審決における相違

点1についての判断には誤りがある。

(2) まず,審決は,刊行物1に記載されているジョイントの組立手法につ

いて全く検討していないが,刊行物1には,@「接合筺部2内の円形接合腔部

3中に受動廻転軸4の球形接合頭部5を嵌入せしめ」 しかして球形接合頭部5


の全周面に渡って一定間隔毎に2列状に半球形凹部6の所要数組を穿設し,A

「その各半球形凹部6中にそれぞれ鋼球7の下半部分を嵌入せしめ」ることに




よって,ジョイントを組み立てることが記載されている。刊行物1に記載され

ているジョイントは,@の工程を行った後に,Aの工程を行うという順序を経

る点が非常に重要である。

(3) 審決に示されている「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術

手段を適用する」ということは,引用発明の接合筺部2の円形接合腔部3に曲

面状部10,10’を一体的に形成するということになるが,引用発明のジョ

イントは,その組立てのために,鋼球7を通すための透孔部8を円形接合腔部

3に穿設しなければならない。

そして,刊行物1の1頁左欄の17行目〜20行目の記載によれば,透孔部

8の穿設箇所には,その後に曲面状部10,10’が位置することになるため,

仮に,円形接合腔部3における透孔部8の穿設箇所に曲面状部10,10’を

一体的に形成したとしても,その後に,曲面状部10,10’はおろか,先端

部10そのものも,鋼球7を通すために穿設されることになってしまう。

そうだとすると,その後の工程において穿設により滅失してしまう先端部1

0,更には,曲面状部10,10’を,円形接合腔部3における透孔部8の穿

設箇所に一体的に形成するといった無駄な工程を,当業者が採用するはずがな
いから,
「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用」しようと

する動機付けが働くはずがなく,審決の考え方には無理がある。

(4) それでも,先端部10及び曲面状部10,10’の滅失はやむを得な

いものとして,あるいは原告が思いつかないような手法によって,円形接合腔

部3における透孔部8の穿設箇所に曲面状部10,10’を一体的に形成する

ということを当業者が採用したと仮定してみても,以下に述べるように,円形

接合腔部3に曲面状部10,10’を一体的に形成することは技術的観点から

非常に困難であるので,動機付けには阻害要因があるといえるから,審決は失

当である。

ア まず,本願明細書添付の図3(c)を見ると,本願発明の場合には,




ハブ10に円筒状の収容部17が形成されていて,さらに,収容部17には,

これと一体的に長手溝12a〜12dが形成されていることがわかる。

収容部17及び長手溝12a〜12dは,典型的には,本願明細書の【00

24】段落記載のように,ダイカスト成型によって収容部17を有するハブ1

0を製造し,ついで,収容部17の所要の位置に長手溝12a〜12dをドリ

ルあるいはエンドミルと称される製造装置等を用いて切削することによって形

成する。この場合,長手溝12a〜12dの形成は,ハブ10を切削するだけ

でよい。

イ これに対して,引用発明の場合には,刊行物1の第3図のとおり,

各曲面状部10,10’を構成するための先端部10は,円形接合腔部3の内

壁に対して突出している。つまり,先端部10を形成するためには,長手溝1

2a〜12dを形成する場合とは異なり,円形接合腔部3に対して先端部10

となる部分だけを残して,その周辺を掘削するという作業を行い,ついで,先

端部10に対して各曲面状部10,10’を形成しなければならない。

しかも,先端部10は,円形接合腔部3の開口部から底面に向けて全体的に

形成されているわけではないので,先端部10の周辺のうち開口部側の掘削は
まだ容易だとしても,底面側の掘削は非常に困難である。

さらに,引用発明のジョイントは,先端部10の先端を加工して各曲面状部

10,10’を形成するところ,この作業は,円形接合腔部3内に先端部10

の先端を加工するための装置を差し込んで行う必要があるので,尚更,技術的

困難性がある。

ウ してみれば,曲面状部10,10’を円形接合腔部3に一体的に形

成することは,長手溝12a〜12dを収容部17に一体的に形成することと

は異なり,これを安易に技術的な格別の困難性を有しないと判断したのは誤り

である。

2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)




(1) 審決は「引用発明の曲面状部10,10’と鋼球7による偏角変位を

許容する関係に,様々な用途における必要性に応じて軸方向変位の機能を付加

するために,偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイント

の長手溝と球体の関係を適用することにより,偏角変位及び軸方向変位の両方

の機能を持たせ,各長手溝を半筒状で直線的に延びる態様で形成し,相違点2

に係る本願発明の構成とすることは,技術的に格別の困難性を有することなく

当業者が容易に想到できる」と判断したが,当業者であれば,引用発明に対し

て偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイントの長手溝と

球体の関係を適用しようという動機付けがないから「様々な用途における必要

性に応じて軸方向変位の機能を付加」することはあり得ないし,仮に当該付加

をしようとした場合にも技術的に格別の困難性を有することから上記動機付け

には阻害要因があるので,審決における相違点2についての判断には誤りがあ

る。

(2) まず,刊行物1のどこを見ても,引用発明のジョイント自体に対して,

偏角及び軸方向変位の両方の機能を持たせるといった技術的事項についての記

載は存在しないから,引用発明に接した当業者は,様々な用途における必要性
に応じて軸方向変位の機能を付加しようなどとは,思い至らないはずである。

(3) 仮に,引用発明に対して,様々な用途における必要性に応じて軸方向

変位の機能を付加しようとの考えに至ったとしても,軸方向変位の機能は,ジ

ョイントシステムとして見れば,ジョイント自体の構成を変更することによっ

て付加することが唯一の手法であるわけではなく,当該付加は「はめあい部」

によってあるいは「スプライン等とを組み合わせる」ことによって実現するこ

とができる。

引用発明のように偏角の許容のみを対象としたタイプのジョイントに対して,

偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイントの長手溝と球

体の関係を適用した場合には,その許容される偏角が小さくなる,つまり「最




大許容角度」が犠牲になるという欠点が生ずる。

したがって,当業者の視点で考えれば「最大許容角度」を犠牲にしてまでも

「軸方向の動き」のないジョイント自体に対して「軸方向の動き」のあるジョ

イントの一部を適用することを肯定するかのような発想は非常に奇異である。

なぜなら,引用発明のように偏角の許容のみを対象としたタイプのジョイン

トに対して,極めて周知の技術であるスプライン等を組み合わせた場合には,

「最大許容角度」を犠牲にするといった欠点が生じないから,当業者であれば,

同じ機能を発揮できる前提では,普通,当該ジョイント固有の効果である「最

大許容角度」を犠牲にするような対処をせず,この種の欠点が生じない態様の

対処をするはずである。そう考えると,引用発明のジョイントに対して,あえ

て長手溝を設ける必然性がない。

してみれば,審決が示す「引用発明の曲面状部10,10’と鋼球7による

偏角変位を許容する関係に,様々な用途における必要性に応じて軸方向変位の

機能を付加するために,偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプの

ジョイントの長手溝と球体の関係を適用する」という点については,その理由

がない。
そればかりか,この適用をすれば引用発明の利点を損なうことになり,仮に

同じ機能をジョイントシステムで実現しようとする場合には,スプライン等と

の組合せといった合理的な対応が可能であるのだから,動機付けには阻害要因

があるといえる。



第4 被告の反論

1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対して

(1) 審決は,相違点1について,刊行物2ないし4に例示される周知の技術手

段を踏まえて,「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用するこ

とにより,各曲面状部10,10’を円形接合腔部3と一体的に形成し,相違点1




に係る本願発明の構成とすることは,技術的に格別の困難性を有することなく当業

者が容易に想到できるものであって,これを妨げる格別の事情は見出せない。」と

した。

ここで,審決中の「各曲面状部10,10’を円形接合腔部3と一体的に形成し,

相違点1に係る本願発明の構成とする」との記載は,「3.対比・判断」において

「『円形接合腔部3』は『収容部』に,『曲面状部10,10’』は『長手溝に』」

相当するとしており,この相当関係からすると,長手溝を収容部と一体的に形成す

ることを述べたものであって,各曲面状部10,10’の具体的な構造(「下面視

で長手方向に直線的に延びるとともに,側面視で円弧状に延びる態様で形成されて

いる」構造)を円形接合腔部3と一体的に形成することを意図していないことが分

かる。

(2) また,審決において,相違点1に係る周知の技術手段として例示した刊行

物2ないし4には以下の継手構造及びその機能・用途が記載されている。

ア 刊行物2には,軸21において,中間軸50に120°間隔で配置され

た対称アーム13,14,15の先端をくり抜いて設けた円筒形ハウジング24,

26,28に3個のボール16,17,18をはめ込み,軸21の軸方向円筒形通
路19の周囲に3つの半筒状で直線的に延びる平行通路10,11,12を設けて

継手構造とし,前記ボール16,17,18を前記平行通路10,11,12内で

すべらせて偏角変位及び軸方向変位の許容すること(第4頁右上欄2行ないし同頁

右下欄6行及びFIG.4ないし8),及び,その用途として自動車が示唆され,

角度差の大きい軸の結合及び自動車に用いられる程度の比較的大きな動力の伝達が

可能であることが記載されている。

イ 刊行物3には,軸(第1図で左方から水平に延びる棒状部材)の周囲に

樽状部材(当該棒状部材の先端に嵌合する部材)を設け,当該樽状部材の周囲をく

り抜いて設けた孔にボール5をはめ込み,外輪1の筒壁2の内周に数本の直線的に

延びる溝4を設けて継手構造とし,前記ボール5を前記溝4に嵌合させて偏角変位




及び軸方向変位の許容することが記載されている。

ウ 刊行物4には,出力軸7に固着した駆動回転体11に形成された伝動子

係合孔14に伝動子13を入れ,入力軸9(なお,第2図の図番8は図番9の誤記)

に固着した受動回転体12の内周に4つの半筒状で直線的に延びる溝(第2図で伝

動子13の上端が接する受動回転体12の直線状部分及び第3図で受動回転体12

の内周面で伝動子13が接する円弧状部分)を設けて継手構造とし,前記伝動子1

3を前記溝にはめ込んで偏角変位及び軸方向変位の許容すること,及び,その用途

がトラクタの伝動構造であることが記載されている。

ここで,引用発明と刊行物2ないし4に記載された周知の継手構造とを対比する

と,刊行物2の中間軸50の先端をくり抜いて設けた円筒形ハウジング24,26,

28に3個のボール16,17,18をはめ込む点,刊行物3の軸の樽状部材に設

けた孔にボール5をはめ込む点,及び刊行物4の出力軸7に固着された駆動回転体

11に形成された伝動子係合孔14に伝動子13を入れる点は,いずれも引用発明

における,受動回転軸4に形成された半球形凹部6に複数の鋼球7を受けさせる点

と構造が一致している(以下,「特徴的構造」という。)。

そして,当該特徴的構造を,刊行物2の「軸21の軸方向円筒形通路19の周囲
に3つの半筒状で直線的に延びる平行通路10,11,12」,刊行物3の「外輪

1の筒壁2の内周に数本の直線的に延びる溝4」,及び刊行物4の「受動回転体1

2の内周に4つの半筒状で直線的に延びる溝」で示され,審決において周知の技術

手段とした「ハブの収容部に複数の長手溝を一体的に形成する」構造と組み合わせ

て継手とすることが刊行物2ないし4に記載されている。

(3) 審決は,当該「ハブの収容部に複数の長手溝を一体的に形成する」構造を

踏まえて,「引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用する」とし

ているから,審決の相違点1の判断は,実質的に,引用発明の接合筺部2に「複数

の長手溝を一体的に形成」した「ハブ」を適用することを意図していることが分か

る。




(4) そうすると,このような審決の判断には,原告が述べる「引用発明の接合

筺部2の円形接合腔部3に曲面状部10,10’を一体的に形成する」ことや,「円

形接合腔部3に対して先端部10となる部分だけを残して,その周辺を掘削すると

いう作業を行い,ついで,先端部10に対して各曲面状部10,10’を形成しな

ければならない」ということは含まれておらず,原告の上記主張には前提において

誤りがある。

(5) そして,引用発明に刊行物2ないし4に記載された継手構造を適用しよう

とする動機付けがあるから,それに基づいて,引用発明に上記周知の技術手段を適

用して,長手溝を収容部と一体的に形成することが当業者において容易想到である

とした審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対して

(1) 審決が相違点2に係る周知の技術手段として例示した刊行物2,4には,

前述の継手構造及びその機能・用途が記載され,引用発明と刊行物2,4に記載さ

れた周知の継手構造とを対比すると,いずれも引用発明における特徴的構造で一致

している。

また,本願発明には,引用発明の用途に自動車が含まれることが記載され(甲5・

1頁右欄15行),刊行物2,4にも自動車やトラクタを用途とすることが記載さ

れているから,引用発明と刊行物2,4に記載された周知の継手構造とは,用途に

おいて共通性がある。そして,原告が提出したジョイントカタログ(甲12の2。

下方の「用途例」の「しゅう動式」の欄)及び刊行物4によれば,自動車(乗用車,

トラック)の駆動軸にはしゅう動式の等速ジョイントが用いられることも記載され

ている。

さらに,刊行物2には,「本発明の目的は従来の自在継手の欠点を伴わず,機械

加工および組立てが容易であって,良好なすべり性を有し,大きな動作角度(例え

ば20°)が可能であり,特に等速型継手の構成に適したボール型伝動装置を提供

することにある。」との記載があり(2頁右下欄9行ないし14行),当該記載に




示された技術的課題は,本願発明の「このように,上記ジョイントは,部品数が多

いという点と,製造段階で面倒な噛み合わせ工程を経る必要があるといった点とに

問題があった。そこで,本発明は,上記各課題を解決したジョイントを提供するこ

とを課題とする。」ことに符合し(甲6の段落【0005】及び段落【0006】),

本願の優先日前に既に知られていたといえる。

そして,引用発明は,甲5の「発明の詳細なる説明」の記載及び図面からみても

明らかなように,複雑な穿設加工と組立てを要するものであるから,前記技術的課

題が内在し,当該技術的課題を解決する刊行物2,4に記載された継手構造を適用

しようとする契機があるといえる。

さらにまた,引用発明と刊行物2,4に記載された周知の継手構造とは,原告も

認めるとおり,等速ジョイントである点で共通し,当該技術分野では,車両用のジ

ョイントについて,固定式の等速ジョイントに用いられる技術を,スライド式の等

速ジョイントにも適用することが普通に行われている。

そうしてみると,引用発明と刊行物2,4に記載された周知の継手構造とは,前

述の特徴的構造で一致し,当該構造によって偏角変位を許容すること,また,両者

は,自動車に用いられる等速ジョイントという技術分野において共通性があり,自
動車の駆動軸にはしゅう動式の等速ジョイントが用いられることが知られているこ

と,そして,そもそも,引用発明には,機械加工および組立てを容易とする技術的

課題が内在していること,これらを総合すると,当業者において,引用発明に刊行

物2ないし4に記載された周知の継手構造を適用しようとする動機付けがあるとい

うべきである。

さらに,引用発明は,「自動車その他受動廻転軸4の少許の偏位することを必要

とする処の廻転自在継手としては大なる負荷を要する場合に於ても強力なる力を克

く伝達せしめ得る効果を発揮し得る」(甲5・1頁右欄15行ないし19行)もの

であるところ,刊行物2ないし4に記載された周知の継手構造も,前述したとおり

比較的大きな動力を偏角変位を許容して伝達し得るものであるから,機能・作用も




共通し,その適用を妨げるものではない。

審決は,当該継手構造を踏まえて,「各長手溝を半筒状で直線的に延びる態様で

形成すること」を周知の技術手段とし,引用発明に「偏角変位及び軸方向変位の許

容を対象としたタイプのジョイントの長手溝と球体の関係」を適用することにより,

偏角変位及び軸方向変位の両方の機能を持たせ,各長手溝を半筒状で直線的に延び

る態様で形成するのは当業者が容易に想到できると判断したのであるから,動機付

けがないとする原告の主張は失当であり,審決の判断に誤りはない。

(2) 原告は,引用発明のように偏角の許容のみを対象としたタイプのジョイン

トに対して,偏角変位及び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイントの長

手溝と球体の関係を適用した場合には,許容される偏角が小さくなる,つまり「最

大許容角度」が犠牲になるという欠点が生じるから,引用発明に偏角変位及び軸方

向変位の許容を対象としたタイプのジョイントを適用する動機付けには阻害要因が

あると主張する。

しかしながら,引用発明と刊行物2,4に記載された周知の継手構造とは,前述

したとおり,特徴的構造で一致するとともに,自動車等の比較的大きな動力の伝達

に用いられ,軸同士の偏角変位に対応した等速ジョイントとして,その用途,機能
においても共通するものであるから,その適用を妨げるものではないことは当業者

には明らかである。

また,引用発明の継手構造が,刊行物2,4に記載された周知の継手構造に比し

て,より大きな「最大許容角度」が要求されていると解すべき合理性はないし,仮

に原告の主張する「最大許容角度」が犠牲になるという欠点が生じ得るとしても,

原告の提出するジョイントカタログ(甲12の2)にも明記されているように「し

ゅう動式」の継手構造は,「自動車」に適用可能な継手構造というべきものである

から,引用発明の継手構造として,「しゅう動式」の継手構造(偏角変位及び軸方

向変位を許容)を適用することの阻害要因があると解すべき理由はない。





第5 当裁判所の判断

1 本願発明について

本願発明は,自動車,航空機,船舶や産業機械などの動力伝達部に用いられるジ

ョイントに関し(甲6(本願再公表公報)【0001】),従来のしゅう動式等速

ジョイントは,外輪部材及び内輪部材に加えて,トルク伝達部を備えており,その

トルク伝達部は,ギア部を備えたジャーナル部材と,ジャーナル部材に回転自在に

担持されたローラーとで構成するとともに,ジャーナル部材のギア部は,内輪のギ

ア部と噛み合わせるという製造工程を経ているため(【0004】),上記ジョイ

ントは,部品数が多いという点と,製造段階で面倒な噛み合わせ工程を経る必要が

あるといった点とに問題があったので(【0005】),上記各課題を解決したジ

ョイントを提供することを課題とし(【0006】),上記課題を解決するための

手段として,複数の球体(例えば,図1の符号29a〜29d)と,前記各球体を

受ける半球状の窪部(例えば,図2の符号22a〜22d)が頭部(例えば,図2

の符号21)の側面に形成されていて当該頭部に首部(例えば,図2の符号23)

を介して円柱状の胴部(例えば,図2の符号24)が位置する部材(例えば図1の

符号20)と,前記部材を収容する収容部(例えば,図1の符号17)と当該収容
部と一体的に形成されていて前記各窪部で受けられた球体が収容される複数の長手

溝(例えば,図2の符号12a〜12d)とを有するハブ(例えば,図1の符号1

0)とを備える(【0007】)構成を採択したものと認められる。

2 引用発明(刊行物1)について

引用発明は審決が認定したとおりであり,本願発明との間の一致点,相違点の認

定も含め,原告は争っていない。

周知技術について

刊行物2(甲8)に,ボール型伝動装置(ジョイント)において,軸21(ハブ)

の雌型ハウジング(収容部)にボール16,17,18,30,31(球体)が収

容される複数の平行通路10,11,12(長手溝)を一体的に形成することや,




各平行通路(長手溝)を半筒状で直線的に延びる態様で形成し,偏角変位と軸方向

変位を許容することが記載されていること,刊行物3(甲9)に,自在継手(ジョ

イント)において,外輪1(ハブ)の収容部にボール5(球体)が嵌合(収容)さ

れる複数の溝4(長手溝)を一体的に形成することが記載されていること,刊行物

4(甲10)に,伝動構造(ジョイント)において,受動回転体12(ハブ)の収

容部に伝動子13(球体)が収容される複数の長手溝を一体的に形成することや,

各長手溝を半筒状で直線的に延びる態様で形成することが記載されていることが認

められる。また,刊行物4記載の伝動構造は,偏角変位と軸方向変位を許容するも

のと解することができる。

このように,動力を伝達するジョイントにおいて,ハブの収容部に球体が収容さ

れる複数の長手溝を一体的に形成することや,偏角変位に加えて,軸方向変位を許

容するために,各長手溝を半筒状で直線的に延びる態様で形成することは,本願優

先日において周知の技術手段であるといえる。

4 取消事由1(相違点1)について

一般に,共通又は同一の技術分野における周知技術の付加又は置換は,当業者が

ごく普通に着想することであるところ,上記3で認定したとおり,動力を伝達する
ジョイントにおいて,ハブの収容部に球体が収容される複数の長手溝を一体的に形

成することは,本願優先日において周知の技術手段であり,ハブの収容部に複数の

長手溝を一体的に形成することは,構造の簡略化といえる。構造の簡略化は装置や

器具において共通する課題であるから,引用発明の接合筺部2に,上記周知の技術

手段を適用することにより,引用発明との相違点1に係る本願発明の構成である各

曲面状部10,10’を円形接合腔部3と一体的に形成することは,当業者が容易

に想到し得ることであるといえる。

原告は,引用発明の接合筺部2に,上記従来周知の技術手段を適用しようとする

動機付けがなく,また,先端部10の先端加工作業は,円形接合腔部3内に加工

置を差し込んで行う必要があるので,技術的困難性があるから,審決の相違点1に




係る容易想到性判断には誤りがある旨主張する。

しかしながら,引用発明の接合筺体2(ハブ)と受動回転軸4(部材)と鋼球7

(球体)の構造を上記周知の技術手段に置換することは,当業者が容易に想到し得

ることである。一般的に,構造を簡略化して,装置や器具の製造や取扱いを容易に

することは,ごく普通に行われているから,引用発明の複雑な構造に代えて刊行物

2ないし4に記載のごとく簡単な構造とすることは,当業者が通常考えることであ

り,採用することであるといえる。

また,刊行物2には,「本発明の目的は従来の自在継手の欠点を伴わず,機械加

工および組立てが容易であって,良好なすべり性を有し,大きな動作角度(例えば

20°)が可能であり,特に等速型継手の構成に適したボール型伝動装置を提供す

ることにある。」(2頁右下欄9〜14行)と記載されているように,機械加工

よび組立てを容易にするという課題はジョイント(伝動継手)に共通するから,引

用発明に上記各刊行物に記載の周知技術を適用することは,動機付けがあるといえ

る。

以上のとおり,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想

到し得ることであって,原告の取消事由1に関する主張は理由がない。
5 取消事由2(相違点2)について

一般に,共通又は同一の技術分野における周知技術の付加又は置換は,当業者が

ごく普通に着想することであるところ,上記3で認定したとおり,動力を伝達する

ジョイントにおいて,偏角変位に加えて,軸方向変位を許容するために,各長手溝

を半筒状で直線的に延びる態様で形成することは,本願優先日において周知の技術

手段である(刊行物2,4)。動力を伝達するジョイントにおいて,偏角変位や軸

方向変位を許容するように構成することは,用途に応じて適宜採用するものであり,

内在している課題であるといえるので,引用発明の接合筺部2に,上記周知の技術

手段を適用することにより,曲面状部10,10’と鋼球7による偏角変位を許容

する関係に軸方向変位の機能を付加するために,偏角変位及び軸方向変位の許容を




対象としたタイプのジョイントの長手溝と球体の関係を適用することで,偏角変位

及び軸方向変位の両方の機能を持たせ,各長手溝を半筒状で直線的に延びる態様で

形成すること,すなわち,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が

容易に想到し得ることであるといえる。

原告は,当業者であれば,引用発明に対して偏角変位及び軸方向変位の許容を対

象としたタイプのジョイントの長手溝と球体の関係を適用しようという動機付けが

ないのであるから「様々な用途における必要性に応じて軸方向変位の機能を付加」

することについてはあり得ないし,仮に当該付加をしようとした場合にも技術的に

格別の困難性を有することから上記動機付けには阻害要因があるので,審決におけ

る相違点2についての判断には誤りがあり,また,「凹部及び鋼球が2列」に配列

されている引用発明のジョイントに対して,単に,長手溝が「半筒状で直線的に延

びる態様」の刊行物2等に記載された構造を適用しようとすると,引用発明の主機

能ともいうべき偏角変位が実質的に全く許容できなくなり,さらに,鋼球7が1列

の場合に,最大許容角度が大きくなれば長手溝から鋼球7が外れてしまうという重

大な欠点にもつながりかねないので,いくら当業者といえども,2列に配列されて

いる凹部6及び鋼球7を,勝手に1列にすることはない旨主張する。
しかしながら,本願発明や引用発明のような動力を伝達するジョイントにおいて,

偏角変位や軸方向変位を許容しようとする課題があることは本願優先日前から知ら

れているところであり,偏角変位と軸方向変位をともに許容する構造も種々知られ

ているから,様々な用途における必要性に応じて軸方向変位の機能を付加すること

は,当業者が容易に着想し得ることであるといえる。

また,鋼球(球体)を1列にすることは,刊行物2等に記載のように周知であり,

許容角度を考慮して長手溝から鋼球(球体)が外れないように設計することは,当

業者が適宜に成し得る程度のことである。

原告は,仮に,引用発明に対して,様々な用途における必要性に応じて軸方向変

位の機能を付加しようとの考えに至ったとしても,軸方向変位の機能は,ジョイン




トシステムとして見れば,ジョイント自体の構成を変更することによって付加する

ことが唯一の手法であるわけではなく,「はめあい部」によってあるいは「スプラ

イン等とを組み合わせる」ことによって実現することができるのであって,引用発

明のように偏角の許容のみを対象としたタイプのジョイントに対して,偏角変位及

び軸方向変位の許容を対象としたタイプのジョイントの長手溝と球体の関係を適用

した場合には,許容される偏角が小さくなる,つまり「最大許容角度」が犠牲にな

るという欠点が生じるから,引用発明に偏角変位及び軸方向変位の許容を対象とし

たタイプのジョイントを適用する動機付けには阻害要因がある旨主張する。

しかしながら,上記のとおり,本願発明や引用発明のような動力を伝達するジョ

イントにおいて,偏角変位や軸方向変位が問題となることがあることは本願優先日

前から知られているところであり,偏角変位と軸方向変位をともに許容する構造と

することも種々知られているから,様々な用途における必要性に応じて軸方向変位

の機能を付加することは,当業者が容易に着想し得ることであるといえる。

また,先に説示したように,引用発明の接合筺体2(ハブ)と受動回転軸4(部

材)と鋼球(球体)の構造を上記周知の技術手段に置換することは,当業者が容易

に想到し得ることであり,そのような構造とすることに技術的に困難な事情はなく,
阻害要因があるとはいえない。なお,原告が主張するように,軸方向変位の機能が,

ジョイント自体の構成を変更することによって付加することが唯一の手法であるわ

けではなく,「はめあい部」によってあるいは「スプライン等とを組み合わせる」

ことによって実現することができるとしても,そのような手法を採用しなければな

らない事情はなく,ジョイント自体の構成を変更することが阻害されるものではな

い。

さらに,引用発明の継手構造が,刊行物2,4に記載された周知の継手構造に比

して,より大きな最大許容角度が要求されていると解すべき合理性はないし,仮に

原告が主張する最大許容角度が犠牲になるという欠点が生じるとしても,引用発明

の用途が何ら限定されているわけではないから,大きな許容角度が要求されない用




途も想定し得るのであって,引用発明に周知の技術手段を適用することが阻害され

るとはいえない。

以上のとおり,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想

到し得ることであって,原告の取消事由2に関する主張は理由がない。



第6 結論

以上より,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

塩 月 秀 平




裁判官
池 下 朗




裁判官

新 谷 貴 昭