運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (行ケ) 10374号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/07/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年7月25日判決言渡

平成24年(行ケ)第10374号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年7月11日

判 決



原 告 X



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 平 上 悦 司

山 崎 勝 司

窪 田 治 彦

堀 内 仁 子



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。


事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2012−6177号事件について平成24年8月28日にした

「本件審判の請求は成り立たない。」との審決を取り消す。



第2 事案の概要

本件は,拒絶査定不服審判請求について不成立とした審決取消訴訟である。争点

は,容易想到性判断の当否と手続違背の有無である。

1 特許庁における手続の経緯




原告は,平成20年8月25日に発明の名称を「生活排水の総合的活用システム」

とする本願発明に関する特許出願をし(特願2008−215599号,甲8),平

成24年2月18日に手続補正をしたが(甲9) 同年3月9日付けで拒絶査定を受


け(甲12),これに対し,同年4月6日に拒絶査定不服審判請求(不服2012−

6177号,甲11)をすると同時に手続補正をした(甲10。本件補正)。

2 本願発明の要旨

本件補正後の請求項1は以下のとおりである(甲10)。

【請求項1】

(21E)水と「圧縮性流体である冷媒2」とを熱交換させる湯沸熱交換器と,

(21T)前記湯沸熱交換器で前記冷媒2との熱交換によって生成した湯を貯留

する貯湯槽と,

(22W)前記冷媒2と「水,水溶液又はその他の不凍液である熱源媒体2」と

を熱交換させる室外熱交換器W2と,

(3)人が個人又は集団で生活する建屋(以下,「人が個人又は集団で生活する

建屋」を「生活建屋」と略記する。)のうち高汚濁排水発生箇所以外の箇所から排

出される生活排水(以下,「生活建屋のうち高汚濁排水発生箇所以外の箇所から排
出される生活排水」を「低汚濁生活排水」と略記する。)を収集して後記貯留水槽

に供給する低汚濁生活排水収集供給系統と,

(4’ 前記低汚濁生活排水収集供給系統から供給される低汚濁生活排水,
) 又は,

該低汚濁生活排水と水道水や井戸水等の生活用水(以下,「水道水や井戸水等の生

活用水」を「生活用水」と略記する。)とを受け入れて貯留する貯留水槽であって,

前記低汚濁生活排水,又は,前記低汚濁生活排水と前記生活用水との混合水(以

下,「前記低汚濁生活排水と前記生活用水との混合水」を「低汚濁生活排水用水混

合水」と略記する。)と前記熱源媒体2とを熱交換させる槽内熱交換器2と;

「前記低汚濁生活排水又は前記低汚濁生活排水用水混合水」を生活建屋内の前記

高汚濁排水発生箇所に供給するための低汚濁生活排水供給手段と;




「前記低汚濁生活排水又は前記低汚濁生活排水用水混合水」を下水道配管に放流

するための放流手段と;

を備える貯留水槽と,

(25)循環経路中に圧縮機構と膨張機構を備え,前記冷媒2を「圧縮機構→湯

沸熱交換器→膨張機構→室外熱交換器W2」の経路で循環させる冷媒循環系統2と,

(26)前記熱源媒体2を前記室外熱交換器W2と前記槽内熱交換器2との間で

循環させる熱源媒体循環系統2と,

を備えることを特徴とする生活排水の総合的活用システム。」

3 審決の理由の要点
(1) 引用刊行物(特開2003−214722号公報。甲1)記載の発明(引用発明)

「下水へ排水し,生活排水槽 1 の生活排水からの熱により循環媒体 9b を昇温する熱交換

2b を槽内に設置した,住宅排水(浴槽,台所,洗面所,トイレなどの排水)である生活排水を

一時的に蓄える生活排水槽 1 と,

交換器 2b との間で循環媒体 9b が循環され,循環媒体 9b が生活排水から回収した熱でヒー

トポンプB3b 内の循環媒体 10b を昇温するヒートポンプB3b 内の熱交換器と,

昇温したヒートポンプB3b 内の循環媒体 10b の熱により貯湯槽 7 内の循環媒体 12b を昇温す

るヒートポンプB3b 内の他の熱交換器と,

昇温された循環媒体 12b である熱水を内に蓄え,住宅等の給湯熱源として利用される貯湯槽

7 と,

暖房運転時,熱交換器 2b に接続される熱交換器から,圧縮機,貯湯槽7に接続される熱交換

器,膨張弁の順に循環する循環媒体 10b を有する,ヒートポンプB3b と,

を備える生活排水を給湯熱源として利用する給湯装置」の発明

(2) 補正発明と引用発明の対比

〈一致点〉

(21E)水と「圧縮性流体である冷媒2」とを熱交換させる湯沸熱交換器と,

(21T)前記湯沸熱交換器で前記冷媒2との熱交換によって生成した湯を貯留する貯湯槽と,





(22W)前記冷媒2と熱源媒体2とを熱交換させる熱交換器W2と,

(4’ 人が個人又は集団で生活する建屋から排出される生活排水を受け入れて貯留する貯留水


槽であって,

前記生活排水と前記熱源媒体2とを熱交換させる槽内熱交換器2と;

生活排水を下水道に放流するための放流手段と;

を備える貯留水槽と,

(25)循環経路中に圧縮機構と膨張機構を備え,前記冷媒2を「圧縮機構→湯沸熱交換器→

膨張機構→熱交換器W2」の経路で循環させる冷媒循環系統2と,

(26)前記熱源媒体2を前記熱交換器W2と前記槽内熱交換器2との間で循環させる熱源媒

体循環系統2と,

を備える生活排水の総合的活用システム。

(相違点)

相違点A:熱源媒体2に関して,補正発明が「水,水溶液又はその他の不凍液」であるのに

対して引用発明はその材質が不明である点。

相違点B:熱交換器W2に関し,補正発明が「室外熱交換器W2」であるのに対し引用発明

は「ヒートポンプB3b 内の熱交換器」である点。

相違点C:貯留する貯留水槽に受け入れる生活排水に関して,補正発明が「低汚濁生活排水」

であるのに対して引用発明は「住宅排水(浴槽,台所,洗面所,トイレなどの排水)である生

活排水」である点。

相違点D:貯留水槽への生活排水の供給について,補正発明が生活排水を収集して供給する

収集供給系統を有するのに対して引用発明は収集供給系統を有するのか否か不明である点。

相違点E:貯留水槽に関して,本願発明が貯留する「生活排水」
「を生活建屋内の高汚濁排水

発生箇所に供給するための低汚濁生活排水供給手段」を備えているのに対して引用発明は備え

ていない点。

相違点F:放流手段に関し,補正発明が「下水道配管に放流」するのに対し,引用発明は「下

水へ排水」するものの下水道配管か否か不明である点。





(3) 補正発明についての判断

ア 相違点Aについて

交換器に用いる媒体を水や不凍液とすることは,例えば車両の冷却液等において従来より

周知のことにすぎず,単に上記周知の事項に倣って,引用発明の循環媒体 9b を水や不凍液とす

ることは,当業者が適宜なし得た設計的事項にすぎない。そしてそのことによる格別の効果も

ない。

イ 相違点Dについて

引用発明は住宅排水(浴槽,台所,洗面所,トイレなどの排水)である生活排水を生活排水

槽1に蓄えるものである。そして多数の個所から排水を貯留水槽に供給する,管等により収集

するような収集供給系統とすることは,例えば,実願昭55−54859号(実開昭56−1

55229号)のマイクロフイルム(乙1)や特開2008−64330号公報(甲3)等に

も示されているように,当業者にとって従来より慣用される手段であるといえるから,管等に

より収集するような収集供給系統を設けて生活排水槽1に供給するようなすことは,当業者が

適宜なし得た設計的事項であり,そのことによる格別の効果もない。

ウ 相違点Bについて

生活排水を収集・貯留するのに,その生活排水を発生する室外へ管により導出することは上

記で述べたように従来より慣用されたことであるとともに,その排水の熱を再利用するための

装置を室外に設置することも,上記乙1や甲3,特開2003−42539号公報(甲4)に

示されるように,従来より周知であって,当該周知の事項に倣って,引用発明のヒートポンプ

B3b 内の熱交換器を室外に設けることは当業者が適宜なし得た設計的事項にすぎない。そして

そのことによる格別の効果もない。

エ 相違点Fについて

下水道管を用いた下水は,従来より周知のことであって,単に当該周知の下水道管に流すよ

うなすことは,設置場所に応じて,当業者が適宜なし得た設計的事項といわざるを得ない。そ

してそのことによる格別の効果もない。

オ 相違点C及びEについて





(ア) 排水を加熱源として利用するにあたり,収集する排水として,温水を用いる浴室,

洗面所及び台所等の温排水を用いることは,例えば,上記乙1,甲3,4及び特開昭57−5

5333号公報(甲5)等に示されるように,従来周知のことである(この周知技術につき,

原告は本件訴訟で周知技術1としている。。


引用発明のヒートポンプB3b は住宅等の給湯熱源として利用される貯湯槽7の熱水を作るも

のであり,そのための加熱源として用いる,生活排水槽1の生活排水を,より効率的となるよ

うに,上記周知の事項に倣って,温水を用いる浴室,洗面所及び台所等の温排水を用いるよう

なすことは,当業者が格別の困難性を要することなくなし得たことといえる。そしてその場合,

温排水ではないトイレの水洗の排水を用いることはない。

引用発明には生活排水の例としてトイレの排水が例示されるものの,一例として示されるに

すぎず,上記したように排水を加熱源として利用するべく,トイレの排水を用いないことは当

業者が容易に想到し得たことである。

さらに,特に上記甲5には収集されて貯留された排水の熱源としての利用とともにトイレの

水洗用として再利用することも示されており,上記の様に判断することができないということ

もない。

(イ) 生活排水のトイレ以外の排水を貯留水槽に収集し,トイレに当該排水を供給する

こと(この周知技術につき,原告は本件訴訟で周知技術2としている。
)は,例えば,甲5,特

開2001−56163号公報(甲6。段落【0015】参照)や特開2000−55413

号公報(甲7)等に示されるように,従来周知の事項である。

上記周知の事項は,水資源の再利用としてよく知られ,通常行われていることであるから,

引用発明の生活排水槽1においても,上記周知の事項を適用し,生活排水槽1へ蓄えた生活排

水をトイレの水洗用として供給して再利用することは当業者にとって容易である。

そして上記周知の事項は,生活排水のトイレ以外の排水を貯留水槽に収集することを同時に

含むものであるから,生活排水の水資源としての再利用として上記周知の事項を適用するに際

し,トイレ以外の,浴槽,台所,洗面所からの排水を蓄えるようなすことも容易である。

上記で述べた生活排水を加熱源として用いる場合でも,上記で述べたように生活排水を水資





源の再利用のために用いる場合でも,トイレの排水を用いないことが一般的であり,引用発明

の生活排水に一例としてトイレが例示されているとしても,収集する生活排水を,トイレの洗

浄水以外の生活排水とすることが当業者にとって格別困難ということはない。

したがって,相違点C及びEに係る補正発明の構成とすることは,当業者が容易になし得た

ことであり,そのことによる格別の効果もない。

カ 補正発明についてのまとめ

以上のように,補正発明は,引用発明及び上記周知の事項に基づいて当業者が容易に発明

することができたものであり,相違点A〜Fを合わせ考えても,その効果が格別とはいえない。

(4)補正前発明についての判断

本件補正は,補正前の請求項3(甲8)における発明(補正前発明)を特定するための事項

である,「低汚濁生活排雨水」を「人が個人又は集団で生活する建屋(以下,「人が個人又は

集団で生活する建屋」を「生活建屋」と略記する)のうち高汚濁排水発生箇所以外の箇所から

排出される生活排水(以下,「生活建屋のうち高汚濁排水発生箇所以外の箇所から排出される

生活排水」を「低汚濁生活排水」と略記する) 」又は「低汚濁生活排水」と補正し,「排雨水

収集供給系統」を「低汚濁生活排水収集供給系統」と補正し,「該低汚濁生活排雨水と生活用

水」を「該低汚濁生活排水と水道水や井戸水等の生活用水(以下,「水道水や井戸水等の生活

用水」を「生活用水」と略記する)」と補正し,「生活排水・雨水」を「生活排水」と補正し

たものである。

そうすると,補正前発明の発明特定事項において,補正前発明が複数の場合を含んでいるの

に対して,その一つの場合に相当する補正発明が,前記のとおり,引用発明及び上記周知の事

項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,補正前発明も,同様

に,引用発明及び上記周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので

ある。



第3 原告主張の審決取消事由

1 相違点Cに関する判断の誤りの有無(取消事由1)




審決は,引用発明に周知技術1(甲3ないし5,乙1:排水を加熱源として利用

するにあたり,収集する排水として,温水を用いる浴室,洗面所及び台所等の温排

水を用いること)を適用することによって,相違点Cに係る構成が容易に想到でき

るとの論理付けを行っている。そして,その論理付けにおいては,以下の三段論法

における結論Bに基づいて,相違点Cに係る構成の容易想到性が導かれている。

@熱水を作ることがより効率的になるように,温水を用いる浴室,洗面所及び台

所等の温排水を用いる場合,「温排水でない水」を用いることはない(大前提)。

Aトイレの排水は温排水ではない(小前提)。

Bしたがって,熱水を作ることがより効率的になるように,温水を用いる浴室,

洗面所及び台所等の温排水を用いる場合,トイレの排水を用いることはない(結論)。

しかし,大前提となっている命題@は,全く根拠のないものであり,それに基づ

く結論Bは失当であり,そこから導かれている容易想到性の結論も失当である。

貯留水槽に「温排水ではない水」を供給しないとすると,貯留された排水の温度

が低下することで熱交換効率が低下する問題が生じる。このような問題を避けるた

めには,貯留水槽には,「温排水ではない水」であっても,一定の温度以上の水を

貯留水槽に供給する構成とすることが必要なのである(補正発明が貯留水槽に供給
する排水を温排水に限定せず,水道水や井戸水等の生活用水をも供給しているのは

その理由による。)。

このように,命題@は単なる憶測に過ぎないのであるから,これを大前提とする

本件審決の容易想到性の論理付けは失当である。

2 相違点Eに関する判断の誤りの有無(取消事由2)

引用発明は,個別住宅あるいは集合住宅で発生する排水を,住宅あるいは各種熱

消費設備の空調および給湯熱源として利用する,高効率・省エネルギー空調・給湯

方法およびその装置であり,水資源の再利用である周知技術2(甲5ないし7:生

活排水のトイレ以外の排水を貯留水槽に収集し,トイレに当該排水を供給すること)

とは技術分野の関連性が希薄である。




また,引用発明は,水熱源ヒートポンプを用いた,安定した熱供給を高い効率で

維持して運転できる空調・給湯方法と装置の提案を目的とし,廃棄エネルギーを有

効に利用できるとの作用効果が実現されるのに対して,生活排水のトイレ以外の排

水を貯留水槽に収集し,トイレに当該排水を供給するとの周知技術2にはそのよう

な解決課題や作用効果はなく,引用発明に周知技術2を適用することへの動機付け

は存在しない。

以上から,引用発明に上記周知技術2を適用する動機付けは存在せず,相違点E

に係る構成が容易に想到するとの論理付けは失当である。

3 相違点Eに係る構成の欠如の有無(取消事由3)

引用発明に周知技術2を適用することへの動機付けが存在したとしても,引用発

明と周知技術2を組み合わせるだけでは,熱交換用の「排水収集供給系統+貯留水

槽」と排水再利用用の「排水収集供給系統+貯留水槽」が併存することになるに過

ぎず,相違点Eに係る構成に想到することはできない。

4 本願発明の有利な効果の看過の有無(取消事由4)

(1) 補正発明には,相違点Cについて,(A)貯留水槽内に設置される槽内熱

交換器の表面に汚濁物が付着して熱交換効率が低下したり,槽内熱交換器が腐食し
たりすることを回避するとの効果があり,相違点Eについて,(B)貯留水槽に貯

留された汚濁度の低い生活排水・雨水をトイレなどの高汚濁排水発生箇所で再利用

することによって,生活建屋全体としての生活用水の使用量を低減するとの効果が

あり,上記効果(A)は,相違点C及び相違点Dを記載しているとする乙1,甲3

〜7には想定されていないものであり,効果(B)については,低汚濁排水供給手

段を追加するだけで実現できる点が重要である。

(2) 相違点Cに係る構成を採用して,貯留水槽に高汚濁排水(トイレの排水な

ど)を供給しないようにすることは,熱交換効率の低下のリスクが伴うにもかかわ

らず,効果(A)を期待して相違点Cに係る構成を採用し,さらに相違点Eに係る

構成を採用することで,追加の設備投資をあまり行わずに効果(B)を実現するこ




とに補正発明の技術的意義が存在するのであって,審決は上記有利な効果の存在を

看過している。

5 手続違背(取消事由5)

拒絶査定は,請求項2ないし18に係る発明に含まれている補正前発明は,引用

発明と乙1に記載された発明に周知技術2を適用することによって容易想到である

と論理付けている。

審決は,補正前発明が容易想到であると判断するにあたって,引用発明に乙1に

記載された発明及び周知技術2を適用することによって容易想到とした拒絶査定

理由とは異なり,引用発明に,周知技術1及び周知技術2を適用することによって

容易想到であるとの理由によって結論を導いたことがわかる。

しかも主題としている相違点Cと相違点Eについては審判請求において争点とし

て設定されていた相違点であり,特に慎重な手続が求められていた。

以上の理由から,審判手続において,原告に対して拒絶の理由を通知し,意見を

提出する機会を与えるべきあったのに,その機会を付与しなかったのであるから,

特許法159条2項で準用する同法50条に違反する手続違背があり,この手続違

背は審決の結論に影響を及ぼすから,本件審決は取り消されるべきである。


第4 被告の反論

1 相違点Cに関する判断の誤りの有無(取消事由1)

(1) 審決は,貯留水槽に受け入れる生活排水に関して,補正発明が「低汚濁生

活排水」であるのに対して,引用発明は「住宅排水(浴槽,台所,洗面所,トイレ

などの排水)」である点で相違するとしている。すなわち,貯留水槽を満たしてい

る生活排水が,補正発明では「低汚濁生活排水」であるのに対し,引用発明では,

浴槽,台所,洗面所からの「低汚濁生活排水」のほかに,単なる例示ではあるが,

トイレからの「高汚濁生活排水」を含み得る点が相違している。

引用刊行物(甲1)の記載では,「住宅排水」の利用について,どのような温度




の排水を用いるのか,浴槽,台所,洗面所等の給湯設備から出された排水,いわゆ

る「温排水」を用いるのかどうか不明である。

しかしながら,一般に,生活排水を熱源として利用する場合,効率的な熱回収を

前提とするならば,貯留水槽が高温,少なくとも一定以上の温度に維持されること

が必要であり,一定以上の温度を有する「温排水」を優先的に導入することは,ご

く自然に想定されるものである。なぜならば,貯留水槽を高温に保つことにより熱

源としての機能を安定させることが重要であり,貯留水槽の温度より低温の排水が

導入されると,貯留水槽の温度が低下し,熱源としての機能が低下するからである。

周知技術1(乙1,甲3ないし5)には,「排水を加熱源として利用するにあた

り,収集する排水として,温水を用いる浴室,洗面所及び台所等の温排水を用いる

こと」が開示されている。これは,熱源としての一定以上の温度を有する「温排水」

を優先的に導入することが周知技術であることを裏付けるものであり,生活排水を

熱源として利用する方法として一般的なものであることが理解される。

してみると,引用発明において,貯留水槽を熱源として十分に機能させるために,

一定以上の温度を有する「温排水」を優先的に導入すべく,住宅排水のうち,給湯

設備からの大量の温水を用いる「浴槽,台所,洗面所」からの排水を選択して貯留
水槽に導入し,大量の温水を用いるものとはいえない「トイレ」からの排水を用い

ないようにすることは,当業者ならば周知技術1に基づいて容易に想到し得るもの

である。

また,一般に,「トイレ」からの排水は,汚物(し尿,トイレットペーパーなど)

を含むものであり,そのまま熱源として貯留水槽に導入することは通常想定できな

い。当該排水の利用にあたっては,汚物を除去あるいは処理する設備が必要となる。

仮に,「トイレ」からの排水が,一定以上の温度を有し,熱源として利用価値のあ

るものであったとしても,汚物を除去あるいは処理する設備を新たに設けてまで当

該排水を利用しなければならない理由は,通常想定できない。よって,一般に「ト

イレ」からの排水を熱源として利用することは,通常想定し得ないものであり,引




用発明において,利用し得る住宅排水の例示として「トイレ」からの排水の記載が

あるものの,これは単なる例示にすぎず,選択的にこれを用いないとすることは容

易に想到し得るものである。

(2) 原告は,審決の相違点Cに係る容易想到性の判断が三段論法による論理付

けであることを示し,「大前提となっている命題@は,全く根拠のないものであり,

それに基づく結論Bは失当であり,そこから導かれている容易想到性の結論も失当

である。」としている。

しかしながら,審決の相違点Cに係る容易想到性の判断は,上記(1)のとおり「一

般に,生活排水を熱源として利用する場合,効率的な熱回収を前提とするならば,

貯留水槽が高温,少なくとも一定以上の温度を有する「温排水」を優先的に導入す

ることは,ごく自然に想定されるものである」ことを前提にしたものであり,この

前提は,周知技術1に裏付けられている。そして,審決の言うところの「温排水で

はないトイレの水洗の排水を用いることはない」とは,貯留水槽の温度より低温の

排水が導入されると,貯留水槽の温度が低下し,熱源としての機能が低下するので,

積極的に「温排水」より低温の「温排水ではない水」を導入するインセンティブは

ないということを意味しているものである。
また,「温排水ではない水」ではあっても,貯留水槽の温度より高温であれば,

導入するインセンティブはあるものといえるが,浴槽,台所,洗面所の「温排水」

と比較して低温である蓋然性の高い「トイレの排水」について,そのようなことを

想定することは難しいものといえる。

さらに,貯留水槽の熱源としての利用が増え,貯留水槽の温度が低下して,「温

排水」以外の水の利用が望まれるような事態が生じたとしても,水道水や井戸水は

想定できるものの,汚物を含む「トイレの排水」を積極的に利用することは,上記

(1)のとおり,想定できないものである。

以上のことから,引用発明において,貯留水槽を熱源として十分に機能させるた

めに,熱源として「トイレの排水」を用いないように構成することは容易に想到




得るものであり,その論理付けの前提は周知技術1に基づくものであって根拠のあ

るものであり,結論においても誤りがないことは明らかである。

(3) 原告は,トイレの水を含む温排水でない水を供給しないと貯留水槽排水の

温度が下がり問題が生じると主張するが,これは,貯留水槽の熱源としての利用が

増え,貯留水槽の温度が低下し,かつ,「温排水」の供給が十分でなく,温排水以

外の排水を熱源として用いざるを得ない状態に限っていえることであり,「温排水」

の供給を前提とする通常の使用状態では,トイレの水を含む温排水以外の水を必ず

用いなければならないものではない。

2 相違点Eに関する判断の誤りの有無(取消事由2)

引用発明は,生活排水を貯留水槽(生活排水槽1)に収集し,熱源として利用す

るものであり,また,周知技術2(甲5ないし7)は,トイレ以外の生活排水を貯

留水槽に収集し,収集された当該生活排水をトイレに供給するものである。

そうすると,両者は,生活排水を熱源として利用するか水資源として利用するか

の相違はあるものの,生活排水の有効利用という点で課題が共通すると共に,生活

排水を貯留水槽に蓄えて利用するという構成の点でも共通するものであって,両者

を結びつける動機付けは存在する。
また,特に,甲5には,風呂等の温排水を中水タンク7に蓄え,当該中水タンク

7の排水を熱源として利用すると共に,熱回収後の当該温排水をトイレの水洗用に

再利用することが示されている。これは,排水の熱源としての利用と水資源として

の利用を共に行うという,両方の課題を同時に解決するものであり,生活排水を熱

源とする引用発明と水資源として再利用する周知技術2を結びつける動機付けは存

在するものといえる。

よって,引用発明において,生活排水の有効利用をより進めるべく,周知技術

を適用し,トイレ以外の生活排水を貯留水槽(生活排水槽1)へ蓄え,トイレの水

洗用として供給して再利用することは当業者にとって容易に想到し得るものであ

る。




3 相違点Eに係る構成の欠如の有無(取消事由3)

上記2で検討したように,生活排水を熱源として利用する引用発明と,生活排水

をトイレの水洗用の水資源として再利用する周知技術2とは,同じく生活排水を貯

留水槽に蓄えるものであるから,共通の設備である貯留水槽等を共用することは当

業者が格別の困難性を要することなく想到できたことである。

そして,引用発明において,貯留水槽等を共用するために,貯留水槽にトイレの

排水以外の生活排水を受け入れるようにすることも当業者が必要に応じて容易にな

し得たことである。このことは,上記1で検討したように,温排水を優先的に導入

することを前提とする周知技術1を引用発明に適用する場合も同様であり,貯留水

槽にトイレの排水以外の生活排水を導入することは容易になし得た。

また,甲5には,トイレの排水でない風呂等の温排水を中水タンク7に蓄え,当

該中水タンク7の温排水を熱源として利用すると共にトイレの水洗用に利用するこ

とが記載されている。これによれば,トイレ以外の生活排水を収集する貯留水槽の

生活排水を,熱源として利用すると共にトイレの水洗用の水資源として再利用する

ことは当業者が容易にできたことであったといえ,審決の判断に誤りはない。

4 本願発明の有利な効果の看過の有無(取消事由4)
(1) 生活排水の熱源としての利用において,トイレなどの高汚濁排水発生箇所

からの排水を利用しないことは,周知技術1に示されているように周知である。一

般に,トイレの排水は通常の風呂水等とは異なり,汚物(し尿やトイレットペーパ

ーなど)を含むものであり,配管や貯留槽等の施設を汚染することは当業者でなく

とも想定し得る程度のことにすぎず,熱源としてトイレなどの高汚濁排水発生箇所

からの排水を用いないように回避することの効果(原告のいうところの効果(A))

は格別なものとはいえない。

また,トイレ以外の生活排水を貯留水槽に収集しトイレに当該生活排水を供給す

ることは,周知技術2に示されているように周知であり,原告の言うところの効果

(B)は,周知技術2が有する効果にすぎず,格別なものではない。




(2) 相違点Cに係る構成(トイレの排水を用いないこと)を採用したことによ

り,熱交換効率の低下が生じるという事態について検討すると,上記で述べたよう

に,上記事態は,貯留水槽の熱源としての利用が増え,貯留水槽の温度が低下し,

かつ,「温排水」の供給が十分でなく,温排水以外の排水を熱源として用いざるを

得ない状態という限定的なものであって,なおかつ熱源としての「温排水以外の排

水」がトイレの排水以外に想定できない場合に限って,熱交換効率が低下するとい

うことが生じることを言っているのみである。このように,トイレの排水を熱源と

して使えない状態における熱交換効率の低下については,限定的に発生するもので

あって,「リスク」と呼べるようなものではない。仮に,温排水以外の水を熱源と

して用いざるを得ない状態であれば,トイレの排水よりもむしろ水道水や井戸水を

用いるのが自然といえる。汚物を含むトイレの排水の利用は取扱いが困難で避けら

れるべきものであり,それを積極的に熱源として利用する動機付けは通常存在しな

い。

また,引用発明に相違点Eに係る構成を採用するにあたっては,貯留水槽(生活

排水槽1)の排水をトイレの水洗用の水資源に用いるように配管するだけなので,

追加の設備投資をあまり必要としないことは想定し得る範囲のものにすぎない。
そして,甲5には,トイレ以外の生活排水を貯留水槽に収集し,収集されて貯留

された排水を加熱源として利用するとともにトイレの水洗用の水資源として再利用

することが開示されており,トイレに生活排水を供給する「低汚濁生活排水供給手

段」を追加することに格別の顕著性があるものではなく,その効果も格別とはいえ

ない。

してみると,相違点C及びEに係る補正発明の効果は,当業者にとって引用発明

及び周知技術に基づいて想定できた範囲内のものである。

5 手続違背の有無(取消事由5)

補正発明は出願当初の請求項3に係る発明に対応し,上記相違点C及びEは,出

願当初の特許請求の範囲の請求項18に記載される事項に対応している。




これに対し,拒絶理由通知書(甲13)は,補正前発明に対して引用刊行物に基

づいて当業者が容易に発明をすることができたとするとともに,「請求項18に関

しては,・・・高汚濁排水を熱交換用に貯留しないことや,高汚濁排水に給水する

ことは,当業者が適宜なし得たことである。」と指摘している。

また,拒絶査定(甲12)でも「風呂等からの生活排水をトイレの洗浄水に使用

し,使用した水を下水道配管に流すことは広く行われている・・・ことから,拒絶

理由通知書で示した引用文献2(判決注:乙1)に記載された発明において,低汚

濁生活排雨水を高汚濁排水発生箇所に供給し,高汚濁排水発生箇所からの排水を貯

留せずに下水道配管に放流することは,当業者が適宜なし得たことである。/請求

項2ないし18に係る発明についても,請求項1と同様の理由により,拒絶理由通

知書で示したとおり当業者が容易に発明をすることができたものである」と述べて

いる。

なお,拒絶理由通知書で,出願当初の請求項1に係る発明について乙1を,補正

前発明について引用刊行物を引用するところ,拒絶査定は,出願当初の請求項1に

ついて,乙1に記載された発明において周知技術2の適用を述べるとともに,補正

前発明について請求項1と同様の理由により,と述べるものであるから,補正前発
明については,引用刊行物に記載された発明において,周知技術2を適用すること

を述べるものである。

つまり,補正前発明について,引用刊行物に記載の引用発明に,生活排水のトイ

レ以外の排水を貯留水槽に収集しトイレに当該排水を供給するという周知技術2を

適用することで,当業者が容易に想到できたとしている。そうすると,上記拒絶の

理由に明記はされていないが,引用刊行物記載の「トイレ」を単に一例として判断

していることが,明白である。さらにいえば,拒絶査定は,請求項1に対して,特

に乙1に記載した発明が論じられていることから,その理由は,乙1に示された当

該技術分野のトイレが含まれない排水を貯留するという技術常識をふまえて,引用

刊行物の「トイレ」は一例として記載されるものと判断していることが明らかであ




る。

審決は,@引用発明と同じく排水を加熱源とする場合でも,A水資源の再利用と

いう周知の技術(周知技術2)からみた場合でも,トイレの排水を用いないことが

一般的であることから,引用発明に周知技術2を適用して相違点C及びEに係る構

成とすることは容易であるというのであって,拒絶理由通知及び拒絶査定の理由と

基本的に変わっていない。周知技術1については,引用発明に周知技術2が適用で

きることについて,合理性があることを説明するために補助的に示したものである。

周知技術2を適用すれば,必然的に相違点C及びEの構成を容易に想到するもの

である。

周知技術1は,拒絶理由通知書で提示された甲2,3や拒絶査定時に提示された

甲5に記載された事項であるとともに,当業者にとって技術常識といえるものであ

る。

したがって,周知技術1について,審判の手続において改めて拒絶の理由を通知

していないことが,審決の結論に影響することはなく,かつ,審判の手続に違背は

ない。



第5 当裁判所の判断

1 取消事由1(相違点Cの判断誤り)について

審決は,相違点Cについて,@加熱源として用いる,生活排水槽1の生活排水を,

より効率的となるように,周知の事項に倣って,温水を用いる浴室,洗面所及び台

所等の温排水を用いるようにすることは,当業者が格別の困難性を要することなく

なし得たことといえ,その場合,温排水ではないトイレの水洗の排水を用いること

はない,A生活排水を加熱源として用いる場合でも,生活排水を水資源の再利用の

ために用いる場合でも,トイレの排水を用いないことが一般的であり,引用発明の

生活排水に一例としてトイレが例示されているとしても,収集する生活排水を,ト

イレの洗浄水以外の生活排水とすることが当業者にとって格別困難ということはな




いという2つの理由を示し,引用発明の構成を相違点Cに係る補正発明の構成のよ

うにすることは,当業者が容易になし得たことと判断した。

(1) 上記Aによって示された理由について検討する。

この点,まず,相違点C及びEの判断において提示された乙1及び甲3ないし7

の文献についてみると,乙1には,蓄熱タンク12が風呂の水,調理するときの水,

湯沸器から出る湯水等を受け入れて貯留することが記載されている。甲3には,浴

室51,洗面所52,台所53で使用された湯や水は,排水管60を介して排水さ

れ,この湯や水が所定の温度以上であることが検出された場合に,排湯タンク70

に供給されることが記載されている。甲4には,浴室,洗面化粧室又は台所等の湯

を用いる設備から排出される暖かい排水から排熱を回収し,回収した排熱で給水を

加熱する温排水熱回収装置が記載されている。甲5には,風呂等の温排水を貯溜す

る中水タンクの吸熱コイル(10b)部分で冷媒が蒸発され,圧縮機(10a)の働き

により加熱コイル(10d)に移送され,ここで凝縮熱を上水タンク(1)に伝え上

水を加熱することが記載されるとともに,トイレ用の浄化水を熱回収した後の温排

水から作ることも記載されている。甲6には,厨房排水の他,洗面・手洗い,湯沸

かし,冷却塔等の排水を用いてトイレの便器洗浄に用いることにより,ビルディン
グ等の排水の再利用をはかることが記載されている。甲 7 には,風呂22で出る残

り湯等の生活排水を予備タンク3へ導入したり,雨樋23等から回収する雨水等の

天然の廃棄水を予備タンク3へ導入したり,予備タンク3から熱交換タンク4へ取

り出した貯水をトイレ水等の生活用水として使用することが記載されている。

(2) 上記乙1,甲3ないし5の記載内容からみて,浴室,台所,洗面所からの

排水をタンク等に貯留し,熱を回収することは,従来から一般に行われていること

であると認められる。もっとも,これらの文献には,トイレなどの一般に汚染度の

高い水(またはお湯)が排出される箇所からの排水から熱を回収することは記載さ

れていない。その理由につきこれらの文献には明記されていないが,技術常識から

して,排水から熱を回収するためには,熱回収のための熱交換器を設ける必要が一




般にあり(甲1の熱交換器2a,2b,甲3の熱回収用熱交換器18,甲4の熱回収

交換器10,甲5の吸熱コイル10b参照。なお,乙1記載の発明においては,

交換器が明記されていないが,蓄熱タンク12で熱交換も行っていると考えられ

る。,この熱交換器は高い熱交換効率を得るために貯溜した排水との接触面積を大


きくし,熱伝導の効率のよい素材を用いる必要があるが,汚染度の高い水と熱交換

器が接触すると,熱交換器表面に水中の汚染物質が付着,堆積し,その結果熱交換

効率が低下するため,汚染度が高い水(及びお湯)を用いることができないためで

あることがうかがわれる。これらのことは,甲5発明がトイレ(17)で使用した水

を再度熱回収のために用いていないこととも一致する。

原告は,トイレからの排水が熱源として利用されている技術も実用化されている

ことの証拠として甲16(嵐紀夫ほか「下水熱利用地域冷暖房と空気熱利用地域冷

暖の投入エネルギー解析」日本エネルギー学会誌79巻5号所収(2000年))を

提出する。この甲16に示された下水熱利用地域冷暖房のプラントは,その概要が

Fig.1 に示されるだけであるので,詳細は不明であるが,上述の熱交換器に関する

技術常識からみて,下水道幹線から熱交換器に下水を取り込む前に下水に含まれる

夾雑物を取り除く装置や,熱交換器に堆積物が生成し,熱交換効率の低下を防止す
るために定期的な洗浄を行う装置が必要と考えられ,そのような装置を設けること

について否定的な事項の記載はない。乙1,甲3ないし5には,これらの装置を設

けることが記載されておらず,またこのような装置を熱交換器に設けることが一般

的でもないことから,トイレからの排水などの汚染度の高い水を熱交換器に供給す

ることは想定していないと考えられる。

このようにみてくると,生活排水を加熱源として用いる場合に,トイレの排水を

用いないことが一般的であるとした審決の認定判断に誤りはない。

また,甲5ないし7の記載からみて,風呂等からの排水を再利用することがこれ

らの文献に記載され,さらに,再利用された排水はトイレ等の汚染度の高い排水が

発生する箇所に供給されているといえる。また,いずれの文献にもこのトイレ等の




汚染度の高い排水が発生する箇所からの排水を再利用することは記載されていない。

したがって,審決において生活排水を水資源の再利用のために用いる場合に,トイ

レの排水を用いないことが一般的であるとした点に誤りはない。

以上のことからみて,生活排水を加熱源として用いる場合でも,生活排水を水資

源の再利用のために用いる場合でも,汚染度の高い水であるトイレの排水を用いな

いことが一般的であるとした審決の認定判断に誤りはない。

(3) 次に,引用刊行物についてみると,そこには,生活排水貯水槽1に蓄えら

れる前に住宅排水の汚染度を低くする手段や,生活排水貯水槽1に設けられた熱交

換器の洗浄を行う手段を設けることは明記されていない。そしてこれらの手段を設

け,トイレなどの排水を生活排水貯水槽1に設けるようにすることも当業者が容易

に想到し得た事項であるが,上記一般的な事項からみて,トイレ等からの排水であ

る汚染度の高い水については,生活排水貯留槽1に蓄えないようにすること,すな

わち収集する生活排水を,汚染度の高い排水以外の生活排水とすることは当業者に

とって格別困難ということはない。

(4) したがって,審決における理由@の点について検討するまでもなく,理由

Aにより引用発明の構成を相違点Cに係る補正発明の構成のようにすることは,当
業者が容易になし得たこととした審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(相違点Eにおける論理付けの失当性)について

審決は,相違点Eを,貯留水槽に関して,補正発明が貯留する「生活排水」
「を生

活建屋内の高汚濁排水発生箇所に供給するための低汚濁生活排水供給手段」を備え

ているのに対して,引用発明は備えていない点と認定した。そして,審決はトイレ

以外の生活排水を貯留水槽に収集し,トイレに当該排水を供給することという周知

技術2を認定し,引用発明に適用することは容易であると判断した。

この点,原告は,相違点Eにつき,高効率・省エネルギー空調・給湯装置である

引用発明と水資源の再利用である周知技術2との技術分野の関連性は希薄であるし,

引用発明に周知技術2を適用する動機付けも存在しないと主張する。




審決が甲5〜7から認定した周知技術2は,生活排水の有効利用に関するもので

あり,同じ生活排水の有効利用発明である引用発明に適用できる阻害要因はない。

しかも,熱源として利用した後の生活排水を水資源として利用することが可能であ

ることは,引用刊行物に生活排水槽1の水を排水として下水に流すことが図1に示

唆されていることから明らかであり,この生活排水槽1からの排水を周知技術2に

基づいて,高汚濁排水発生箇所であるトイレに供給するようにし,補正発明の相違

点Eにかかる構成を得ることは当業者が容易になし得たことである。

したがって,生活排水の有効利用という観点から,引用発明に周知技術2を適用

することは当業者にとって容易であったということができ,審決の判断に誤りはな

い。

3 取消事由3(相違点Eに係る補正発明の構成の容易想到性の判断誤り)につ

いて

上記2で検討したように,周知技術2は生活排水を貯留水槽に収集する点で引用

発明と共通の技術である。さらに,引用刊行物の図1には生活排水槽1から熱源と

して利用した後の生活排水を下水に排水することが示唆されているので,引用発明

周知技術2を適用して,生活排水を下水に排水することに代え,トイレ等の高汚
濁排水発生箇所に供給するようにすることは,当業者が容易になし得た事項である。

そうすると,この場合,補正発明の相違点Eにかかる構成である低汚濁生活排水

供給手段が得られることとなるのであって,原告が取消事由3で主張するような熱

交換用の「排水収集供給系統+貯留水槽」と排水再利用用の「排水収集供給系統+

貯留水槽」が併存する構成とはならないから,原告の主張は失当である。

4 取消事由4(有利な効果の存在の看過)について

まず,上記1で検討したように,熱交換器表面に汚染物質が付着,堆積すると熱

交換効率が低下することは,技術常識であるといってよい。そして,引用発明にお

いては,高汚濁排水発生箇所であるトイレからの排水をも熱交換器が設置される生

活排水貯留槽に供給されることから,汚濁した排水により熱交換器表面に汚染物質




が付着,堆積することにより,熱交換効率の低下が発生することは上記技術常識

照らして当業者が容易に想到し得た事項であり,そのために乙1,甲3ないし5に

は,トイレなどの一般に汚染度の高い水(またはお湯)が排出される箇所からの排

水から熱を回収することが記載されておらず,想定されていないこともまた上記1

で判示したとおりである。

そして,上記1で検討したとおり,トイレ等からの排水である汚染度の高い水に

ついては,生活排水貯留槽1に蓄えないようにすること,すなわち収集する生活排

水を,汚染度の高い排水以外の生活排水とすることは当業者にとって格別困難とい

うことではなく,このように構成した場合に原告が主張する効果(A)すなわち,

貯留水槽内に設置される槽内熱交換器の表面に汚濁物が付着して熱交換効率が低下

したり,槽内熱交換器が腐食したりすることを回避する効果が得られることは自明

であるから,効果(A)は,乙1,甲3ないし5に記載された事項より得られるも

のであり,格別なものとはいえない。

また,上記2で検討したように,トイレ以外の生活排水を貯留水槽に収集し,ト

イレに当該排水を供給することが周知技術2であり,これを引用発明に適用するこ

とは,当業者にとって容易である。そして,この場合に原告が主張する効果(B)
すなわち貯留水槽に貯留された汚濁度の低い生活排水・雨水をトイレなどの高汚濁

排水発生箇所で再利用することによって,生活建屋全体としての生活用水の使用量

を低減する効果がえられることも自明であり,効果(B)は,周知技術2が有する

効果であるといえるから格別なものであるとはいえない。

したがって,原告の主張する効果はいずれも格別有利な効果であるとはいえず,

原告の主張は失当である。

5 取消事由5(手続違背)について

原告は,審決には,特許法159条2項で準用する同法50条に違反する手続違

背があった旨主張する。

この点,審決は,補正前発明の請求項3は,引用発明及び周知の事項に基づいて




当業者が容易に発明をすることができたものであると判断した。ここでの周知の事

項とは,乙1,甲3ないし5に示される周知技術1及び甲5ないし7に示される周

知技術2である。

一方,拒絶査定(甲12)は,「請求項2ないし18に係る発明についても,請

求項1と同様の理由により,拒絶理由通知書で示したとおり当業者が容易に発明

することができたものであるから,・・・・」とし,請求項1については,甲5な

いし7を示して「風呂等からの生活排水をトイレの洗浄水に使用し,使用した水を

下水道配管に流すことは広く行われている・・・」としており,周知技術2を示し

ている。他方,拒絶査定で引用した拒絶理由通知(甲13)は,補正前発明の請求

項3について甲1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたも

のとするとして引用発明を引くと共に,「なお,雨水や生活用水からも熱を収集す

ることについては,引用文献2(判決注:乙1)に示唆されている。」として周知

技術1をも示唆している。さらに,この請求項3を含む複数の請求項を引用する請

求項18は「排水・雨水収集供給系統は,生活用建屋における高汚濁排水発生箇所

から排出される排水を収集対象から除外し,
・・・請求項1乃至17に記載のいずれ

か一項に記載の・・・システム。」と特定する請求項であるところ,この請求項18
に対して上記拒絶理由通知では,「・・・高汚濁排水を熱交換用に貯留しないこと

や,・・・は,当業者が適宜なし得たことである。」と判断を示しているが,これも実

質的に周知技術1を示したものといえる。

以上のとおり,拒絶理由通知では,高汚濁排水を熱交換用に貯留しないことは,

当業者が適宜なし得たことであることを明記しており,拒絶査定においてもこの判

断を維持しているところ,審決は,この当業者が適宜なし得たこととして,引用発

明に周知技術 1 を適用できることを,入念に周知例(乙1,甲3ないし5)を提示

して説示したものである。したがって,審決の理由と拒絶査定の理由とで,原告が

主張するような相違はなく,手続違背をいう原告の主張は前提を欠く。





第6 結論

以上より,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

塩 月 秀 平




裁判官

池 下 朗




裁判官
新 谷 貴 昭