審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成24行ケ10425審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10332号
審決取消請求事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/07/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年7月16日判決言渡 平成24年(行ケ)第10332号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年7月2日 判 決 原 告 NUエコ・エンジニアリング株式会社 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 藤 谷 修 一 色 昭 則 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 北 川 清 伸 樋 口 信 宏 堀 内 仁 子 主 文 特許庁が不服2010−24728号事件について平成24年8月6日に した審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 原告の求めた判決 主文同旨 第2 事案の概要 本件は,拒絶査定不服審判請求について不成立とした審決取消訴訟である。争点 は,サポート要件の充足の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成16年3月30日,発明の名称を「アーク放電陰極,アーク 放電電極及びアーク放電光源」とする特許出願をした(特願2004−10092 8。甲1,17)。 (2) 本件出願につき,特許法37条,29条1項3号,29条2項,36条6 項2号違反を趣旨とする平成21年6月30日付け拒絶理由通知書(甲2)が発送 され,原告は,平成21年9月3日付け手続補正書(甲3)及び意見書(甲4)を 特許庁に提出した。 (3) それに対し,特許法17条の2第3項及び36条6項2号違反を趣旨とす る平成22年2月15日付け拒絶理由通知書(甲5)が発送され,原告は,平成2 2年4月23日付け手続補正書(甲6)及び意見書(甲7)を提出した。 (4) 原告は,特許法17条の2第4項違反を理由とする平成22年7月28日 付け補正の却下の決定(甲8)及び拒絶査定(甲9)を受けた。 (5) 原告は,補正の却下の決定及び拒絶査定を不服として平成22年11月3 日に拒絶査定不服審判を請求した(不服2010−24728号。甲18)。 (6) 原告は,平成24年2月9日,特許庁の審判官と電話をした際,補正の意 向の有無について質問され,補正しない旨回答したところ(甲20),審査官がな した補正の却下の決定は違法だが,審査において通知されていない新たな拒絶理由 である特許法36条6項1号違反を趣旨とする平成24年3月7日付け拒絶理由通 知書(甲11)が発送された。 (7) 原告は,それに対して,平成24年5月14日付け意見書(甲12)を提 出した。 (8) 特許庁は,平成24年8月6日,平成22年7月28日付け補正の却下の 決定を取り消した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平 成24年8月28日に原告に送達された(甲19)。 2 本願発明の要旨 補正後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである(甲6)。 【請求項1】 a 第1面と第1側面を有する平面又は曲面状の金属体において, b 前記第1面から前記金属体の裏面にかけて前記金属体の厚さ方向に貫通し, 長さ方向において前記第1側面に開口された第1スリットを形成した陰極と, c 第2面と第2側面を有する平面又は曲面状の金属体において,前記第1ス リットの位置に対応して配置され,前記第2面から前記金属体の裏面にかけて金 属体の厚さ方向に貫通し,長さ方向において前記第2側面に開口された第2スリ ットを有した陽極と, d 第3面と第3側面を有する平面又は曲面状の絶縁体において,前記第1ス リット及び前記第2スリットの位置に対応して配設され,前記第3面から前記絶 縁体の裏面にかけて,前記絶縁体の厚さ方向に貫通し,長さ方向において前記第 3側面に開口されたスペーサスリットを有し,少なくとも前記第1スリットの貫 通部分には存在せず,前記スペーサの前記第3面が前記陰極の前記裏面と接合し, 前記スペーサの裏面が前記陽極の前記裏面と接合して,前記陰極と前記陽極とを 絶縁して保持するスペーサと, から成り, e 前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,前記第2側面におけ る前記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となる f ことを特徴とするアーク放電電極。 3 審決の理由の要点 請求項1に記載のスリットの構成要件は, 「電子を供給する」という機能的表現に より修飾されていないので,請求項1の発明は, 「電子を供給する」という機能を有 しない単なるスリットを備えた電極を含むが,明細書には「電子を供給する」とい う機能を有したスリットを備える電極は記載されているものの,その機能を有さな いスリットを備えた電極の開示がないので,特許法36条6項1号に規定する要件 に違反する。 (1) 本願発明は,陰極に形成した「第1スリット」,陽極に形成した「第2スリット」,及び, 陰極と陽極を絶縁して保持するスペーサに形成された「スペーサスリット」について, 「第2ス リット」が, 「第1スリットの位置に対応して配置」されること, 「スペーサスリット」が, 「第 1スリット及び第2スリットの位置に対応して配設され」 「少なくとも前記第1スリットの貫通 部分には存在しない」ことを特定するとともに,「第1側面における第1スリットの開口部と, 第2側面における第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となる」ことを特定している ものの,それらスリットがどのような大きさに形成されたものであるか,あるいは,どのよう な機能を果たすべく形成されたものであるかについて特定をするものではなく,また,第1側 面における第1スリットの開口部と,第2側面における第2スリットの開口部との間のみが, アーク放電領域となることを特定するものでもない。 すなわち,各スリットは,上述の相対的位置関係を充足するように設けられていれば足りる ものであって,各スリットがグロー放電を生起させるために設けられていて,ひいては,その グロー放電によって放出された電子が供給されて,上述のアーク放電領域と結びつくことにつ いて,何ら特定するものではなく,結局,本願発明は,特別の作用を果たさないスリットの開 口部にアーク放電領域が形成されているアーク放電電極,にすぎないということができる。 (2) 一方,本件出願の発明の詳細な説明の【発明が解決しようとする課題】の欄,【発明の 効果】の欄,及び,【産業上の利用可能性】の欄には,それぞれ,「【0005】一方,昨今, 点光源や微小ギャップ間で発生するマイクロアークの応用が要請されている。例えば,マイク ロアークは,プラズマ中のラジカルの量を測定する用途が期待されている。プラズマ中の例え ば,CFやCF2 などの分子ラジカルは,200〜250nmの範囲の幅広いスペクトルでの 吸収があるので,その光源には,スペクトル幅の広い紫外線領域で発光する光源が必要となる。 アーク放電はグロー放電に比べて発光スペクトルが広くなるので,アーク放電による光をプラ ズマ診断に用いることができる可能性がある。また,プラズマ状態に影響を与えないためには, 点光源である方が望ましい。これらのことから,マイクロアークを発生する電極や高効率のア ーク光源の実現が要請される。【0006】本発明は,これらの課題を解決するために成され たものであり,アークの発生が容易な電極を提供することである。また,マイクロアークの発 生の容易な光源を実現することである。」,「【0024】本発明のアーク電極の陰極の構造, アーク電極の構造によれば,グロー放電時にスリットにおいて陽イオンの密度を向上させるこ とができる。この結果,陰極からの電子が多量に放出し得る状態となり,アーク放電に転移し 易く,アーク放電が安定して継続することができる。また,発光点はスリットの端点からの発 光となるため,極微小な点光源となる。」,「【0046】本発明の電極は,アーク光源に用 いることができる。また,アーク光源は,プラズマにおけるラジカル濃度の測定などのプラズ マ状態の診断に用いることができる。プラズマ状態の測定をすることで,プラズマを用いた半 導体プロセスを精度良く制御することが可能となり,プロセスの精度や半導体の品質が向上す る。また,本発明の陰極は,マイクロアークを用いていることから微細溶接に用いることがで きる。…(以下略)」と記載され,これらの記載からして,本件出願の発明の詳細な説明に記 載された電極は,スリットの端点にマイクロアークを形成して発光せしめることにより微小な 点光源を得るためのものであるといえる。 本件出願の発明の詳細な説明の【課題を解決するための手段】の欄には,各スリットの幅や 長さ等に自由度があることは記載されているものの,各電極に設けられたスリットで形成され る空間内でグロー放電が生起し,スリット部分から電子が電離用気体に向けて供給されること によってスリット開口付近の微小部分からアークが発生し,点光源として用いることができる 電極についての記載がなされているといえる。 また,本件出願の発明の詳細な説明の【発明を実施するための最良の形態】の欄には,陰極, 陽極,スペーサの材料,スリットのサイズ,電離用気体の種類と圧力等の具体的な例示ととも に,陽極と陰極間の電圧の印加によってグロー放電が開始されて第1スリット内の陽イオン密 度が高くなり,電流を増加することによりスリットの開口付近の陰極と陽極の側面でアーク放 電が開始することが記載されている。 (3) 以上の記載事項からして,本件出願の発明の詳細な説明には,アーク放電による微小な 点光源を得るため,グロー放電を生起することができて,生起したグロー放電によって生成さ れた電子を供給するためのスリットを設け,前記スリットの開口部の近傍にアーク放電領域を 形成したアーク放電電極に関する技術的思想が記載されているものの,そのような機能を達成 しないスリットが設けられているアーク放電電極,例えば,第1スリット,スペーサスリット, 第2スリットが階段状に形成され,第2スリットの側壁間の隙間が大きく,スペーサの介在に よって,第2スリットから第1スリットを見通せないような態様など,陰極側壁から陽極側壁 までの距離が長く,アーク放電に先だってスリット内でグロー放電が生起しないようなアーク 放電電極や,大きさや機能を問わないスリット一般が設けられたアーク放電電極に関する技術 的思想が記載されているとはいえない。 そうすると,本件出願の発明の詳細な説明には,特別の作用を果たさないスリットの開口部 にアーク放電領域が形成されているアーク放電電極について記載されていない,すなわち,上 記(1)で述べたとおりの,各スリットがグロー放電を生起させるために設けられていて,ひいて は,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,上述のアーク放電領域と結びつく ことについて何ら特定されないスリットを有するアーク放電電極について記載されていないと いわざるを得ない。 (4) したがって,本件出願の請求項1に係る発明は,本件出願の発明の詳細な説明に記載し たものでなく,特許法36条6項1号の規定に違反している。 第3 原告主張の審決取消事由 1 電極構造に関する明細書の記載 まず,図に基づいて特許請求の範囲の構成の用語を説明する。 「側面」とは,下記図面1における電極の前面(全体が表示されている手前の面) をいい,「第1側面」は,陰極の側面,「第2側面」は陽極の側面,第3側面はスペ ーサの側面をいう。 また,スリットに関して,陰極のスリットを「第1スリット」,陽極のスリットを 「第2スリット」,スペーサのスリットを「スペーサスリット」という。 さらに, 「側壁」とは,それぞれのスリットを,その長さ方向に見て,スリットの 左右の一対の壁面をいい,第1スリットの一対の壁面を「第1スリットの側壁」,第 2スリットの一対の壁面を「第2スリットの側壁」 スペーサスリットの一対の壁面 , を「スペーサスリットの側壁」という。 【図面1】 (1) 本件明細書の段落【0009】には,電極の構造に関して, 「スリットの 幅は,環境のガスの圧力にもよるが,2気圧〜10気圧の圧力範囲においては, 0.5mm〜0.01mmの範囲が望ましい。さらに,望ましくは,0.08m m〜0.4mm,最も望ましくは,0.1mm〜0.3mmである。スリットの 長さは,2mm〜10mmが望ましい。さらに,望ましくは,3mm〜8mm, 最も望ましくは,4mm〜7mmである。」と記載され,スリットの幅と長さが, 明確に記載されている。 また,段落【0010】には,「スリットの幅を0.5mm以下とすることで, スリットにおける陽イオンの密度を向上させることができ,安定したアーク放電 を得ることができる。」と記載されていることから,スリットの幅はなるべく狭い 方が望ましいことも記載されている。 さらに,実施例1に関する記載の段落【0029】には,電極の構造に関して, 「第1スリットの幅dは0.1mm,第1スリットの長Lは3mmとした。陰極 10,スペーサ30,陽極20の基本形状は長方形とし,幅は5mm,長さは7 mm(スリットの長さ方向)とした。スペーサスリット32の幅は0.3mm, 長さは3mm,第2スリット23の幅は0.3mm,長さは3mmとした。」と記 載されている。 このように,具体的な実施例において,各スリットの幅と長さ,及び,陰極と 陽極の各辺の長さが具体的に記載されている。 また,段落【0012】には, 「このアーク放電電極は,平板状の2つの金属体 を絶縁体であるスペーサを挟んで設けたもので,陰極には第1スリットが形成さ れており,陽極には第1スリットと対応する位置に第2スリットが形成されてい る。第1スリットの貫通部分にはスペーサは存在しないことから,組み立てられ たアーク放電電極においては,第1スリットの貫通部分は,陽極まで貫通してい ることになる。スペーサは,第1スリットの貫通部分を邪魔しないように設けれ ば良いので,必ずしも第1スリットと同様なスリットを有している必要はない。 結果的に,第1スリットが第2スリットの形成されている面に障害なく投影され るように,スペーサは構成されていれば良い。」と,第1スリット,スペーサスリ ット,第2スリットの相対的関係,特に,幅の関係が明確に記載されている。段 落【0013】には, 「スペーサは,第1スリット,第2スリットと形状や寸法を 一致させたスリットとすることが望ましい。スペーサにスリットを設ける場合に は,そのスリットの幅と長さを第1スリットの幅と長さよりも,それぞれ,大き くすることが望ましい。また,陽極に形成される第2スリットの幅と長さは,第 1スリットの幅と長さよりも,それぞれ,大きくすることが望ましい。すなわち, 第1スリットが第2スリットの内部に完全に包含されて,スリットの貫通面積が 第1スリットで規制されるように構成するのが望ましい。」と記載されており,第 1スリット,スペーサスリット,第2スリットの相対的関係が記載されており, 特に,陽極の第2スリットが陰極の第1スリットよりも幅と長さにおいて大きい ことが望ましいことが,明確に記載されている。また,段落【0014】には, 「しかしながら,組み立てられた後のアーク電極として構成される全体としての スリットは,同一幅,同一長さでも良いし,陰極から陽極に向かうに連れて,幅 と長さが大きくなるようなテーパ形状としても良い。また,第1スリットと第2 スリットとは同一形状及び同一寸法として,スペーサにおけるスリットだけ幅と 長さを大きくしても良い。逆に,第1スリットとスペーサのスリットは同一形状 にして,第2スリットだけ幅と長さを第1スリットよりも大きくしても良い。 と, 」 記載されている。 すなわち,テーパ状に形成しても良いことから,第1スリットの側壁,スペー サスリットの側壁,第2スリットの側壁が,階段状に,第2スリットに向けて, その幅を広くする構造は,明細書に明確に記載されている。 このように,第1スリット,スペーサスリット,第2スリットが階段状に形成 され,第2スリットの側壁間の隙間が大きく,スペーサの介在によって,第2ス リットから第1スリットを見通せない態様は,明確に記載されている。また, 「第 1スリットとスペーサのスリットは同一形状にして,第2スリットだけ幅と長さ を第1スリットよりも大きくしても良い。」との記載から,陽極の第2スリットの 側壁だけが後退し,後退位置によっては,容易に見通せない態様となる構成も明 確に記載されている。 しかも,段落【0015】には, 「上述したように,グロー放電時には,陰極に 形成されているスリット内において陽イオンの密度が高くなり,さらに電流を増 加させることで,スリット部分から容易に電子が多量に電離用気体に向けて供給 されることになり,容易に安定したアーク放電を得ることができる。」と記載され ていることから,見通せない態様を含む電極構成において,スリットの作用効果 が明確に記載されている。 (2) 本願発明の構成e「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と, 前記第2側面における前記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域とな る」を有した見通せない態様を本願発明は含んでいるし,本件明細書に明確に記 載されている。他方,本願発明の構成eを満たさないような上記「見通せない態 様」,すなわち,第1スリットや第2スリットの幅が広く,第1スリットにおける 側壁方向に向かう電界成分が小さく,陰極の第1スリットの側壁から電子が放出 されず,第1スリットでの電子密度や陽イオン密度が他の領域に比べて高くない ような構造を本願発明は含んでいない。 審決が対象としているような態様は,本願発明は含んでいないのであるから, 審決の認定は失当である。 そもそも,「電子を供給する」機能を有さないスリットを備えた電極において, 「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,前記第2側面における前 記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となる」構成を実現する技術的 思想など存在し得ない。存在し得えず発明として成立していない技術的思想が明 細書に記載されないのは当然であって,審決の判断に合理性があるとはいえない。 また,かかる場合に,特許請求の範囲が過大に広くなり,公開の代償として与え られる独占権の範囲を越えて,第三者に不利益を及ぼすことはあり得ない。 2 スリットの大きさの特定,機能の特定がない点について 本願発明の構成eは,上述したように,第1スリットが「電子を供給する」機 能を有する場合に実現され,その機能を有さない構造の場合には,構成eが存在 しない。 換言すれば,スリットが「電子を供給する」機能を有さずして,構成a〜dを 有する構造において,構成eとなる具体的な構成は,想起し得ないし,審決はそ の具体的構成を提示していない。 したがって,本願発明は,スリットが,上記のような見通せない態様であって, かつ,「電子を供給する」機能を有さない構造を含んでいない。 また,「スリット」は,その用語自体に,「細長い切れ目」の意味を有している ので,幅は,用語自体により制限されている。しかも,スリットの幅が,大き過 ぎれば,上記したように,マイクロホローカソードによるマイクロホロー効果を 奏しないことは当業者により明らかである。 したがって,当業者は,マイクロホーの原理や穴径の適切なオーダを知ってお り,しかも,スリット幅の望ましい範囲も本願明細書には例示されているのであ るから,当業者は,本願発明の課題である安定したマイクロアーク放電を実現す るための第1スリット,第2スリットの幅の上限値を,本願発明の構成要件から 直接,認識できる。 さらに,第1スリット及び第2スリットの幅の上限値は, 「電子を供給する」機 能を有さなくなる結果,本願発明の構成eの「前記第1側面における前記第1ス リットの開口部と,前記第2側面における前記第2スリットの開口部との間がア ーク放電領域となる」ことが実現されなくなる値であると,明細書を読む当業者 は,明確に認識できる。 したがって,大きさや機能を明示的に特定しないスリットを有した発明であっ ても, 「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業 者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであり」 「また,その , 記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決 できると認識できる範囲である」ことは,明らかである。 3 アーク放電領域の特定について アーク放電が一箇所で発生すれば,その経路における電気抵抗は極度に低下す る。したがって,電源と電極間に挿入されている負荷抵抗(電流制限抵抗)に応 じて,陰極と陽極との間の電圧は低下する。本実施例では20Vに低下する(段 落【0030】 。一旦,陰極と陽極との間がこのような低電圧に低下すると,他 ) の箇所では,アーク放電は発生しない(陽極と陰極との間が20Vでは放電しな い)(段落【0043】 。 ) 本願発明の構成eには,アークの一方の起点が, 「前記第1側面における前記第 1スリットの開口部」と規定され,他方の起点が「前記第2側面における前記第 2スリットの開口部」と規定されている。よって,この両起点間でアーク放電が 発生することを明確に本願発明は規定しており,一旦,この両起点間でアーク放 電が発生すると,原理的に他の箇所ではアーク放電は発生しないのであるから, 審決のいう「のみ」と記載されていないとの指摘は,失当といわざるを得ない。 4 スリットでのグロー放電の発生について 審決のいう「各スリットがグロー放電を生起させるために設けられていて,ひい ては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,上述のアーク放電領 域と結びつくこと」は,発明の作用である。 当業者は,マイクロホーが電子密度を高くするマイクロホロー効果を有すること に関する知識を十分に有している。しかも,このような作用効果は明細書に明確に 記載されている。 したがって,スリットが審決の指摘する上記の作用を奏する結果,実現される本 願発明の発光の両起点を客観的に特定した構成e「前記第1側面における前記第1 スリットの開口部と,前記第2側面における前記第2スリットの開口部との間が アーク放電領域となる」が,本願発明において特定されている以上,本願発明の スリットが「電子を供給する」機能を有する点は,特定され,本願発明に当然に 内在している事項である。 したがって,審決の認定は失当といわざるを得ない。 5 特別の作用を果たさないアーク放電電極について 審決のいう「特別の作用を果たさないスリットの開口部にアーク放電領域が形成 されているアーク放電電極」における「特別の作用を果たさない」とは, 「電子を供 給する」機能を有しないと等価である。 したがって,上述したように, 「電子を供給する」機能を有しないスリットは,本 願発明の構成eを実現しないのであるから,この認定は失当である。そのような構 造は,スリットの幅が広くなり,もはやスリットとはいえない凹部を有する構造を 想定しているのであろうが,その構造では,スリットに対応する凹部の開口部にお いてアーク放電が発生することがないことは,マイクロホローの知識を有する当業 者であれば明らかである。 6 まとめ 審決は,本願発明において,スリットが「電子を供給する」という機能表現で 修飾されていないため, 「電子を供給する」という機能を有さない構造を含むこと になるが,明細書には「電子を供給する」機能を有するスリットを備えた構造に つき記載があるものの, 「電子を供給する」機能を有さない構造は記載されていな いという。 しかしながら,そもそも,審決がいうところの, 「電子を供給する」機能を有さ ないスリットを備える電極は,本願発明の構成eを具備しないのであるから,本 願発明から除外されている。 一方,本願発明は,構成eを有する結果,本願発明におけるスリットが「電子 を供給する」機能を有していることは明らかである。 したがって,審決が認めるように「電子を供給する」機能を有したスリットを 備える構造的構成a〜fからなる本願発明は,明細書に明確に記載されている。 よって,本願発明は,サポート要件を満たす。 物の発明の場合には,特許請求の範囲には,視認できる要素の構造,配置関係 などで特定された発明の構成を記載すべきものであり,その構成が内在する作用 効果,機能は,明細書において,当業者が発明の技術上の意義を理解でき,実施 可能に記載されていれば足りるにもかかわらず(特許法36条4項1項,特許法 施行規則24条の2),審決の論理は,発明の構成を,それが奏する機能を特定せ ずに規定した場合には,その機能を奏しない場合を含み,その機能を奏しない場 合の構成が明細書に記載されていないというものであって,いかなる発明でもサ ポート要件違反となるような不当なものである。 第4 被告の反論 1 本願発明について (1) 原告主張の用語説明は争わない。 請求項1では,各スリットの相対的位置関係が特定されており,また,電極とア ーク放電との関係について,「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と, 前記第2側面における前記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となる」 と特定されている。ただし,それらスリットがどのような大きさに形成されたもの であるか,あるいは,どのような機能を果たすべく形成されたものであるかについ て特定をするものではない。 すなわち,請求項1の記載は,各スリットがグロー放電を生起させるために設け られていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,上 述のアーク放電領域と結びつくことについて,何ら特定するものではない。 (2) 次に,本件出願の発明の詳細な説明(甲6)の, 「発明が解決しようとする課 題」(段落【0005】及び【0006】, )「発明の効果」(段落【0024】)及び 「産業上の利用可能性」(段落【0046】【0047】 , )の記載によると,本件出 願の発明の詳細な説明に記載されたアーク放電電極は,スリットの端点にマイクロ アークを形成して発光せしめることにより微小な点光源を得るためのものである。 同様に,本件出願の発明の詳細な説明の,「課題を解決するための手段」(段落【0 007】ないし【0023】)の記載によると,本件出願の発明の詳細な説明に記載 されたアーク放電電極は,各電極に設けられたスリットで形成される空間内でグロ ー放電が生起し,スリット部分から電子が電離用気体に向けて供給されることによ って,スリット開口付近の微小部分からアークが発生し,点光源として用いること ができるものである。また,本件出願の発明の詳細な説明の, 「発明を実施するため の最良の形態」(段落【0025】ないし【0045】)には,陰極,陽極,スペー サの材料,スリットのサイズ,電離用気体の種類と圧力等の具体的な例示とともに, 陽極と陰極間の電圧の印加によってグロー放電が開始されて第1スリット内の陽イ オン密度が高くなり,電流を増加することによりスリットの開口付近の陰極と陽極 の側面でアーク放電が開始することが記載されている。 模式図1を用いて,具体的に考察する。 模式図1 模式図1は,本願発明の要旨に含まれるアーク放電電極であり,模式図1から見 て取れる構成に加えて,電離用ガス圧力や印加電圧等についても本件出願の発明の 詳細な説明の段落【0008】及び【0015】に開示されている動作及び効果を 奏するように適切に制御されている。 模式図1において,陰極と陽極の間に印加する電圧を大きくしていくと,やがて 放電が開始する。ここで,放電が開始する箇所は,電界が最も大きくなる箇所,す なわち角部であって,かつ,陰極と陽極の間隔が最も狭い箇所であるから,アーク 放電電極の4隅(赤い矢印で示した箇所,左上の1箇所は電極に隠れて見えない。) である。 ただし,陰極のスリットの側壁には,放電が起きやすいようにセシウム等の電子 を放出しやすい材料(段落【0009】)をコーティングすることができる。また, それ以外の箇所については,放電が起きないように絶縁被覆を施したり,陰極と陽 極を離したりすることもできる。あるいは,電極を円筒状とすれば前記4隅を無く すこともできる。このような適宜の手段を講じることにより,スリット位置から放 電が開始されるように適切にコントロールされた電極が実現できる。 ここで,アーク放電電極付近の気体圧力は,グロー放電が通常観測されるような 低い気圧ではなく,2ないし10気圧である(段落【0009】)から,放電は, 通常であれば,火花放電を経てアーク放電に移行する。ただし,模式図1のアーク 放電電極の場合は,スリットの寸法等が,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0 008】及び【0015】に開示されている動作原理にしたがって動作するよう, 適切に構成されている。したがって,たとえアーク放電電極付近の気体圧力が2な いし10気圧であるとしても,陰極のスリット内に拘束される陽イオンの密度が十 分に高くなり,陰極のスリットで形成される空間内でグロー放電が生起して,生起 したグロー放電によって生成された電子が陰極のスリットから多量に供給され続け る状態となり,この状態からさらに電流を増加させればアーク放電に移行する。そ の結果,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0008】及び【0015】に開示 されているような動作原理に基づくアーク放電電極が実現できる。 本件出願の発明の詳細な説明には,以上述べたような,「アーク放電による微小 な点光源を得るため,グロー放電を生起することができて,生起したグロー放電に よって生成された電子を供給するためのスリットを設け,前記スリットの開口部の 近傍にアーク放電領域を形成したアーク放電電極」に関する技術的思想が開示され ている。 他方,本件出願の発明の詳細な説明には,以上述べたような機能を達成しないス リットが設けられているアーク放電電極,例えば,陰極のスリット,スペーサのス リット,陽極のスリットが階段状に形成され,陽極のスリットの側壁間の隙間が大 きく,スペーサの介在によって,陽極のスリットから陰極のスリットを見通せない ような態様など,陰極側壁から陽極側壁までの距離が長く,アーク放電に先だって スリット内でグロー放電が生起しないようなアーク放電電極や,大きさや機能を問 わないスリット一般が設けられたアーク放電電極に関する技術的思想は開示されて いない。 模式図2を用いて,具体的に考察する。 模式図2 模式図2は,本願発明の要旨に含まれるアーク放電電極を図示したものである。 また,模式図1の場合と同様の適宜の手段により,スリット位置から放電が開始さ れるように,適切にコントロールされている。このような場合,放電が開始する箇 所は,スリット周辺で電界が最も集中し,かつ,陰極と陽極の間隔が最も狭い箇所 であるから,「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,前記第2側面 における前記第2スリットの開口部との間」(赤い矢印で示した箇所)となる。 ここで,アーク放電電極付近の気体圧力は2ないし10気圧であるから,通常で あれば,放電は,火花放電を経てアーク放電に移行する。また,模式図2の構成で は,陽極のスリットから陰極のスリットを見通すことができず,放電経路がスペー サによって遮られているため,放電がグロー放電に成長することの障害となる。さ らに,放電によって生成された電子等がスペーサに衝突して,スペーサが帯電する。 その結果,放電は,スペーサ表面近傍における火花放電を過渡状態として,アーク 放電に移行する。 すなわち,模式図2のような場合,陰極のスリットの側壁間に拘束される陽イオ ンの密度は十分に高くならず,スリットで形成される空間内でグロー放電は生起せ ず,グロー放電によって生成された電子が陰極のスリットから多量に供給され続け るようなことにはならず,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0008】及び【 0015】に開示されている動作原理以外の動作原理でアーク放電に至る。アーク 放電が発生する箇所は,スリットの開口部の一方(赤い矢印を付した2箇所の一方 )となるから,放電箇所が冗長化される。また,陰極及び陽極の少なくとも一方を 分離する程度にスリットを深くすれば,発光点の数を増やしたり,独立に制御した りすることが可能となる。 模式図2に替えて,以下の模式図3の場合も,同様である。 模式図3 以上のとおり,本件出願の発明の詳細な説明には,「各スリットがグロー放電を 生起させるために設けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された 電子が供給されて,アーク放電領域と結びつくことについて何ら特定されないスリ ットを有するアーク放電電極」は記載されていないにもかかわらず,本願発明は, このようなアーク放電電極を発明の要旨とするものであるから,本件出願は,特許 法36条6項1号の規定に違反しており,特許を受けることができない。 2 電極構造に関する明細書の記載 「テーパ形状」は以下のような形状のことを意味するから,審決のいう「見通せ ない態様」ではない。 また,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0014】の最後の一文の,「第1 スリットとスペーサのスリットは同一形状にして,第2スリットだけ幅と長さを第 1スリットよりも大きくしても良い。」の態様は,第2スリットの幅の程度によっ ては「見通せない態様」と考えられなくもないが,その直後の一文である「上述し たように,グロー放電時には,陰極に形成されているスリット内において陽イオン の密度が高くなり,さらに電流を増加させることで,スリット部分から容易に電子 が多量に電離用気体に向けて供給されることになり,容易に安定したアーク放電を 得ることができる。」(段落【0015】)との整合を考えるならば,審決のいう 「見通せない態様」ではない。 3 スリットの大きさの特定,機能の特定がない点について 審決は,本願発明が「見通せない態様」を例示とする「各スリットがグロー放電 を生起させるために設けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出され た電子が供給されて,上述のアーク放電領域と結びつくことについて何ら特定され ないスリットを有するアーク放電電極」を発明の要旨とすることを問題としている。 「スリット」が「細長い切れ目」の意味を有していることは被告も承知している が,「細長い切れ目」であるからといって,その幅が,本件出願の発明の詳細な説 明の段落【0008】及び【0015】に開示されている動作原理にしたがって動 作するよう,適切に構成された幅であるとはいえない。 4 アーク放電領域の特定について 審決は,アーク放電の箇所が一箇所のみとなることが特定されていないと指摘し たのではなく,本願発明の構成eの箇所のみがアーク放電領域となることが特定さ れていないと指摘したものである。 本願発明のスリットは,本件出願の発明の詳細な説明の段落【0008】及び【 0015】に開示されている動作原理にしたがって動作するとは限らないのである から,構成eの箇所が安定的にアーク放電領域になるとは限らない。 5 本願発明の作用 模式図2及び3を用いて説明したとおり,本願発明の構成のすべてを具備すると しても,スリットが「各スリットがグロー放電を生起させるために設けられていて, ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,上述のアーク放 電領域と結びつく」作用を奏するとはいえない。 6 特別の作用を果たさないこと (1) 模式図2及び3を用いて説明したとおり,本願発明の構成のすべてを具備 しても,スリットが「各スリットがグロー放電を生起させるために設けられていて, ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,上述のアーク放 電領域と結びつく」作用を奏するとはいえない。 (2) 本件出願の発明の詳細な説明に,「アーク放電による微小な点光源を得る ため,グロー放電を生起することができて,生起したグロー放電によって生成され た電子を供給するためのスリットを設け,前記スリットの開口部の近傍にアーク放 電領域を形成したアーク放電電極に関する技術的思想」が多数の具体例とともに記 載されているからといって,本願発明の要旨がそれのみに限定解釈されるわけでは ない。審決は特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明の要旨を認定している。 第5 当裁判所の判断 1 本件の争点 請求項1中の構成eは「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,前 記第2側面における前記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域」と特定さ れている。他方,本件出願の発明の詳細な説明において, 「アーク放電による微小な 点光源を得るため,グロー放電を生起することができて,生起したグロー放電によ って生成された電子を供給するためのスリットを設け,前記スリットの開口部の近 傍にアーク放電領域を形成したアーク放電電極」に関する技術的思想が開示されて いることは当事者間で争いがないが,各スリットがグロー放電を生起するために設 「 けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて, アーク放電と結びつくことについて何ら特定されないスリットを有するアーク放電 電極」との技術的事項について,本願発明がこのようなアーク放電電極をその構成 に含むものか,すなわち請求項1に係る発明である本願発明が,この技術的事項に まで及んでいるかで当事者間に争いがある。すなわち,被告はこれを肯定すること でサポート要件違反と主張し,原告はこれを否定していることから,この点が争点 となっている。 2 特許請求の範囲,明細書及び図面の記載 本願発明の請求項1は前記のとおりであるところ,本願明細書(甲6)の詳細な 発明には, 「【技術分野】 【0001】本発明は,アーク放電のための効率の良い電子供給源とな る陰極,効率の良い電子供給源を有した電極,及び,アーク光源に関する。, 」 「【背景技術】 【0002】従来から,アーク放電を用いた光源が知られている。例え ば,下記特許文献1,2に記載の光源が知られている。これらの光源は,水銀や加圧 された不活性ガスが充填されたガラス管の内部で,陰極と陽極を微小ギャップだけ隔 てて対向させて,この両電極間で放電を行うようにしたものである。, 」 「【発明が解決しようとする課題】 【0005】一方,昨今,点光源や微小ギャップ間 で発生するマイクロアークの応用が要請されている。例えば,マイクロアークは,プ ラズマ中のラジカルの量を測定する用途が期待されている。プラズマ中の例えば,C FやCF2 などの分子ラジカルは,200〜250nmの範囲の幅広いスペクトルで の吸収があるので,その光源には,スペクトル幅の広い紫外線領域で発光する光源が 必要となる。アーク放電はグロー放電に比べて発光スペクトルが広くなるので,アー ク放電による光をプラズマ診断に用いることができる可能性がある。また,プラズマ 状態に影響を与えないためには,点光源である方が望ましい。これらのことから,マ イクロアークを発生する電極や高効率のアーク光源の実現が要請される。, 」 「【0006】本発明は,これらの課題を解決するために成されたものであり,アー クの発生が容易な電極を提供することである。また,マイクロアークの発生の容易な 光源を実現することである。, 」 「【0008】陰極と陽極が平板状(平面,曲面含む)であれば,スリットはこの平 板に設けられる。陽極と陰極との間に電界が印加される時,電離した陽イオンがこの スリットを形成する側壁に衝突して,側壁から電子が放出され,その放出された電子 が気体原子と衝突して陽イオンを生成する。そして,その陽イオンが,再度,スリッ トの側壁に衝突して電子を放出させるという過程が繰り返されて,グロー放電に至る。 このグロー放電の状態の時に,陽イオンはスリットに拘束され,スリットにおける陽 イオンの密度が高くなり,陰極から電子が多量に供給され続け得る状態となる。その 状態からさらに電流を増加させることにより,陰極から陽極に向けてアーク放電を容 易に且つ安定して発生させることができる。, 」 「【0009】スリットの幅は,環境のガスの圧力にもよるが,2気圧〜10気圧 の圧力範囲においては,0.5mm〜0.01mmの範囲が望ましい。さらに,望 ましくは,0.08mm〜0.4mm,最も望ましくは,0.1mm〜0.3mm である。スリットの長さは,2mm〜10mmが望ましい。さらに,望ましくは, 3mm〜8mm,最も望ましくは,4mm〜7mmである。 , 」 「【0010】スリットの幅を0.5mm以下とすることで,スリットにおける陽 イオンの密度を向上させることができ,安定したアーク放電を得ることができる。 , 」 「【0015】上述したように,グロー放電時には,陰極に形成されているスリット 内において陽イオンの密度が高くなり,さらに電流を増加させることで,スリット部 分から容易に電子が多量に電離用気体に向けて供給されることになり,容易に安定し たアーク放電を得ることができる。」, 「【0019】スリットの一端が陰極の側面に開放されているので,アーク放電は, 陰極のスリットの開放された側面部から陽極の側面部に向けて発生する。すなわち, アーク放電電極は,陰極,スペーサ,陽極の端面が開放されて,開放された広い空間 を外部に有することになる。アークの成長を可能とする広い空間があるため,アーク が容易に発生することになる。」, 「【0021】第2スリットの一端が陽極の側面側に開口しているので,アーク放電 電極全体としてみれば,全体としてのスリットは電極の側面側に開口していることに なる。この場合にも,アークを生じる空間が確保されるので,アークの成長する空間 が確保でき安定したアークを得ることができる。」, 「【発明の効果】 【0024】本発明のアーク電極の陰極の構造,アーク電極の構造に よれば,グロー放電時にスリットにおいて陽イオンの密度を向上させることができる。 この結果,陰極からの電子が多量に放出し得る状態となり,アーク放電に転移し易く, アーク放電が安定して継続することができる。また,発光点はスリットの端点からの 発光となるため,極微小な点光源となる。, 」 「【0026】〜【0029】図1は,実施例1に係るアーク放電電極100の構造 を示した図である。平板上の陰極10と,平板状の絶縁体からなるスペーサ30と, 平板状の陽極20とが,それぞれ接合されている。第1スリット12に対応する位置 において,ほぼ同一形状にスペーサスリット32,第2スリット22が,それぞれ, スペーサ30,陽極20に形成されている。また,第1スリット12,スペーサスリ ット32,第2スリット22の一端13,33,23は開口されている。そして,ス リットの開口端と同一面上に,陰極10,スペーサ30,陽極20の開放された側面 14,34,24が設けられている。アーク電極100の環境を希ガス中において, 陽極20と陰極10間に電圧を印加すると,グロー放電が開始され,第1スリット1 2内は陽イオンの密度が高い状態となる。次に電流を増加させると,スリットの開放 付近における,陰極10の側面141a,141bと,陽極20の側面201a,2 01bとの間でアーク放電が開始される。・・・第1スリットの幅dは0.1mm, 第1スリットの長Lは3mmとした。陰極10,スペーサ30,陽極20の基本形状 は長方形とし,幅は5mm,長さは7mm(スリットの長さ方向)とした。スペーサ スリット32の幅は0.3mm,長さは3mm,第2スリット23の幅は0.3mm, 長さは3mmとした。, 」 「【実施例3】 0040】 【 実施例1では,アーク電極100を平面形状で構成したが, 図10に示すように,アーク電極200を曲面で構成することも可能である。平板か 曲面かの相違であるので,実施例1と同一番号を付して,その説明を省略する。第1 スリット12の開口部の陰極10の側面から第2スリット23の開口部の陽極20 の側面24へとアーク放電が発生する。, 」 「【実施例4】 【0041】本実施例は図11に示すように,図10に示す実施例3の アーク電極を200を円筒を軸に平行に4分割した円筒曲面で構成して,これを絶縁 体を介在させて,円筒形状に接合したアーク電極である。実施例1及び3と同一番号 を付し,4つの素子は,末尾のアルファベットで区別する。すなわち,円筒側面形状 の陰極10a,10b,10c,10d,絶縁体からなるスペーサ30a,30b, 30c,30dと,陽極20a,20b,20c,20dとから成る。第1スリット 12a,12b,12c,12dと,第2スリット22a,22b,22c,22d とが形成されている。この実施例でも,第2スリットの幅と長さは,第1スリットの 幅と長さよりも多少大きくなっている。また,そのスリットの介在する箇所にはスペ ーサは存在しない。このような4つのアーク電極を絶縁体45a,45b,45c, 45dでそれぞれのアーク電極を絶縁して機械的に接合する。, 」 「【実施例5】 【0044】本実施例は実施例1の陰極,スペーサ,陽極のそれぞれに 形成されるスリットを同一形状にしたものである。図12に示すように,アーク電極 400は,平板状の陰極10,スペーサ30,陽極20を有し,同一形状のスリット 12,32,22を有している。このように構成しても,スリットの開口付近の陰極 10の開口側面から陽極20の開口側面へ掛けて,矢印A,Bで示すアークが発生す る。」 と記載されている。 そして,本願図面のうち図1は次のとおりである。 【図1】 3 争点についての判断 (1) 上記のとおり,本願発明において,第1スリットを形成した陰極と,この 第1スリットに対応して配置した第2スリットを有した陽極と,スペーサスリット を有し,第1スリットの貫通部分には少なくとも存在しない前記陰極と前記陽極と を絶縁して保持するスペーサとからなり,第1スリットの開口部と第2スリットの 開口部との間がアーク放電領域となることが請求項1において記載されている。 (2) この点,審決は,本願発明について「第1側面における第1スリットの開 口部と,第2側面における第2スリットの開口部との間のみが,アーク放電領域と なることを特定するものではない」と判断した。 構成eは,一見すると,第1側面における第1スリットの開口部と,第2側面に おける第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となれば,そこに包含される ことになり,アーク放電領域に限定がないといえなくもない。すなわち,構成eに は,他の領域もアーク放電領域となっていながら,これに加えて当該領域がアーク 放電領域となる場合と,当該領域のみがアーク放電領域となる場合両方が含まれて いると解される余地がないではないが,一般的には当該領域がアーク放電領域にな った場合に同時に他の領域でアーク放電が起きることは考えにくい。また,他の領 域がアーク放電領域になった場合には当該領域はアーク放電領域とならないから, 発明の詳細な説明に照らすと,【0015】スリット部分から容易に電子が多量に 「 電離用気体に向けて供給されることになり,容易に安定したアーク放電を得ること」 により,アーク放電が安定して継続したアーク放電を得るとともに,発光点をスリ ットの端点からの発光とすることで,ごく微少な点光源を得るという課題を解決す ることにならない。したがって,構成eはアーク放電領域を限定したものというべ きである。 また,なるほど,被告の指摘するとおり,本願発明の請求項1はスリットの幅や 長さ等を数値によって特定していない。しかしながら, 「スリット」という用語自体 に「細長い切れ目」という意味が存在するし,技術的思想として,第1側面におけ る第1スリットの開口部と,第2側面における第2スリットの開口部との間でアー ク放電が安定的に得ることが,本願明細書の発明な詳細な説明に記載されているか ら,本願発明におけるスリットは,そのような目的を実現できるだけの幅や長さに 自ずと限定されるものと解すべきである。すなわち,請求項1における「スリット」 とは,基本的には,グロー放電を生起させるために設けられていて,ひいては,そ のグロー放電によって放出された電子が供給されて,アーク放電電極となる幅や長 さを有するスリットと解すべきであって,このことは当業者が出願時の技術常識に 照らして実施可能である。 したがって,本願発明が上記争いある技術的事項を含むもの,すなわち,その技 術的事項にまで及んでいるものであるとする被告の主張は採用できない。 (3) 他方,本願発明の詳細な発明には,発明が解決しようとする課題の記載等 から,本願発明は,発光スペクトルの範囲が幅広いアーク放電を用いて,プラズマ 中のラジカル量の測定ができるようにマイクロアークを発生させる電極を得ること を目的としていることがわかるととともに,第1スリットが形成された陰極と,第 1スリットに対応する位置にスペーサスリットと第2スリットがそれぞれ形成され たスペーサと陽極に電圧を印加すると,電離した陽イオンがこのスリットを形成す る側壁に衝突して,側壁から電子が放出され,その放出された電子が気体原子と衝 突して陽イオンを生成し,その陽イオンが,再度,スリットの側壁に衝突して電子 を放出させるという過程が繰り返されて,グロー放電に至り,その後電流を増加さ せると,スリットの開放付近における,陰極10の側面141a,141bと,陽 極20の側面201aと201bとの間でアーク放電が開始されることが記載され ているといえる。 前述のとおり,特許請求の範囲の請求項1に記載された本願発明は,陰極と陽極 とスペーサにスリットを設け,陰極のスリットの開口部と陽極のスリットの開口部 との間がアーク放電領域となるアーク放電電極であるところ,発明の詳細な説明に も,同様に陰極に第1スリットを設け,陽極に第2スリットを設け,スペーサにス ペーサスリットを設けたアーク電極について記載されており,この第1スリットの 開口部と第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となることが記載されてい るから,本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,発明の詳細な説明に記載 されている。さらに,陰極のスリットの開口部と陽極のスリットの開口部との間が アーク放電領域となるアーク放電電極という本願発明においては,マイクロアーク を発生させることが発明の詳細な説明からわかることから,本願発明の課題を解決 するものであるといえる。すなわち,本願発明の詳細な説明には「アーク放電によ る微少な点光源を得るため,グロー放電を生起することができ,生起したグロー放 電によって生成された電子を供給するためのスリットを設け,前記スリットの開口 部の近傍にアーク放電領域を形成したアーク放電」に関する技術的思想の開示はあ るものの,争いある「各スリットがグロー放電を生起するために設けられていて, ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,アーク放電と結 びつくことについて何ら特定されないスリットを有するアーク放電電極」との技術 的事項までを,本願発明が含むものとは認められない。 したがって,これに関する記載が発明の詳細な説明になされていなくとも,サポ ート要件違反があるということにはならず,請求項1に記載された本願発明は,発 明の詳細な説明に記載されたものとして,本願明細書の記載は特許法36条6項1 号の要件を充足するものであるといえる。 第6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がある。 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官 池 下 朗 裁判官 新 谷 貴 昭 |