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関連審決 不服2000-18410
関連ワード 発明者 /  考案者 /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 410号 審決取消請求事件
原告 株式会社モリタ製作所
原告X
両名訴訟代理人弁理士 水野喜夫
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 一色貞好
同 大元修二
同 立川功
同 大野克人
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/08/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が不服2000-18410号事件について平成15年7月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,平成6年12月9日,名称を「上辺側部に平面部を有する医療用ハンドピース」とする発明につき特許出願(平成6年特許願第330895号。以下「本件出願」という。請求項の数は3である。)をし,平成12年10月24日に拒絶査定を受けたので,平成12年11月20日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2000-18410号事件として審理した。原告らは,平成12年11月20日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細書の補正(以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書と図面とを併せて「本願明細書」という。)をした。特許庁は,審理の結果,平成15年7月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年8月23日,その謄本を原告らに送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(本件補正後のもの。以下「本願発明」という。別紙図面A参照) 「医療用治療工具を装着するヘッド部と前記ヘッド部の治療工具軸に対して略垂直方向に連接される把持部とからなる医療用ハンドピースにおいて, (1).前記把持部が前記ヘッド部の治療工具軸の方向にみて,上辺部,中辺部,及び底辺部に区分して構成され, (2).前記上辺部は治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,及び,前記上辺頂部の左右両側に拡開して連接される直線状の上辺側部,とを有するもので構成され, (3).前記中辺部は,前記治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,前記上辺側部の両端部から下方へ垂直または縮閉する方向に直線状または曲線状の中辺側部を有するもので構成され,かつ, (4).前記底辺部は,前記治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,前記中辺側部の両端部から下方に凸の直線状または曲線状の縮閉する底辺側部を有するもので構成されること, を特徴とする医療用ハンドピース」 (なお,審決は,「特許請求の範囲の請求項1には,「前記底辺部は,・・・前記上辺側部の両端部から・・」と記載されているが,「前記上辺側部」は「前記中辺側部」の誤記と認めて上記のように認定した。」(審決書2頁2段)。原告らもこの認定を争わないので,本判決も,これを誤記と認める。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,実願平4-80591号(実開平6-31709号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を記録したCD-ROM(以下,審決と同様に「引用例」という。)の図2に記載された発明(以下「引用発明」という。別紙図面B参照),並びに,引用例の図4に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
審決が,上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「医療用治療工具を装着するヘッド部と前記ヘッド部の治療工具軸に対して略垂直方向に連接される把持部とからなる医療用ハンドピースにおいて, (1).前記把持部が前記ヘッド部の治療工具軸の方向にみて,上辺部,中辺部,及び底辺部に区分して構成され, (2).前記上辺部は治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,で構成され, (3).前記中辺部は,前記治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,前記上辺部の両端部から下方へ垂直または縮閉する方向に直線状または曲線状の中辺側部を有するもので構成され, (4).前記底辺部は,前記治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,前記中辺側部の両端部から下方に凸の直線状または曲線状の縮閉する底辺側部を有するもので構成されること, を特徴とする医療用ハンドピース」 相違点 「前者(判決注・本願発明)が,把持部の断面形状において,「前記上辺頂部の左右に拡開して連接される直線状の上辺側部を有する」のに対し,後者(判決注・引用発明)においては,その構成を備えていない点」(以下「相違点」という。)
原告ら主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ったことにより,相違点を看過し(取消事由1),また,相違点についての判断を誤り(取消事由2),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由3),これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点認定の誤りによる相違点の看過) 審決は,本願発明の上辺部と引用発明の上辺部は,「治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,で構成され」る点で一致し,「前者が,「前記上辺頂部の左右に拡開して連接される直線状の上辺側部を有する」のに対し,後者においては,その構成を備えていない点で相違する」,と認定した。しかし,この認定は誤っている。
(1) 本願発明の「上辺部」は,断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,及び,前記上辺頂部の左右両側に拡開して連接される直線状の上辺側部,を有するもので,「上辺部」は,上辺頂部,左右の上辺側部の三つに区分される。
そして,本願発明においては,「上辺部」の全体構造,すなわち,前記の特定の形状構造の上辺頂部,及び左右の上辺側部の三区分の存在により優れた作用効果を奏するものであり,その全体構造に技術的意義を有する。
これに対し,引用発明の「上辺部」は,断面形状において,単に上方に凸の曲線状の上辺部を有するもので,単一区分からなるものにすぎない。
審決は,本願発明の「上辺部」の全体構造が有する技術的意義を看過し,本願発明の三区分からなる「上辺部」のうちの一部でしかない「上辺頂部」と,引用発明の単一区分からなる「上辺部」とを対比して,これらが一致すると認定するものであり,審決の一致点の認定は,本願発明と引用発明における「上辺部」の全体構造を正しく対比しないものであり誤りである。
(2) 本願発明と引用発明の「上辺部」の全体構造を正しく対比すると,本願発明と引用発明の相違点は,「上辺部が,治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,本願発明においては,三つの区分に分割され,当該三つの区分は,治療工具軸に垂直な直線状(本願明細書の図2に示される実施態様)または上方に凸の曲線状(本願明細書の図3に示される実施態様)の上辺頂部,前記上辺頂部の左右に拡開して連接される直線状の上辺側部,により構成されるのに対し,後者は,そのような構成を備えていない点で(単に上方に凸の曲線状の構成である点で)相違する。」と認定されるべきである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点について,「引用例の,「付与する平面4に直交する平面7をさらに付与することによって,手指の感覚によって切削用バーの角度を知るための補助的作用を付加することができる。」の記載により,把持部の平面4のみでなく,他の部分にも平面部を設けるという技術思想が開示されているといえる。」(審決書3頁2段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
審決の上記記載は,引用例の図4の実施例について説明したものである。
引用例の図4の平面7は,平面4に直交する平面であるから,図4においては,平面4と直交する平面のみが示されているのであり,平面4と他の角度で交わる平面を設けることを示唆しているということはできない。したがって,審決が説示するように,引用例に,「把持部の平面4のみでなく,他の部分にも平面部を設けるという技術思想が開示されている」ということはできない。そもそも,引用例は,断面形状が円形の把持部に,切削軸に平行な平面4を設けることを最大の特徴とするものである(甲2号証,請求項1,図2参照)。引用例には,平面4のほかに他の平面を設ける変形例としては,平面4に直交する平面7を設けたものが,例示されているにすぎない(請求項3,図4)。引用例には,他の変形例として,平面4の両端に凹溝6を設けたもの(請求項2,図3),平面4を大きく設けたもの(図5),平面4に鋸歯状などの滑り止め部を設けたもの(図6)が記載されており,いずれも,平面4を設けることを基本としたものであることからみても,引用発明は,断面形状が円形の把持部に,切削軸に平行な平面4を設けることを特徴とするものであることは明らかである。
引用発明が,平面4を設けることを最大の特徴とするものである以上,引用例における平面4のほかに他の平面7を配設することを示す,一つの実施例に基づいて,引用例から,平面4以外の他の平面の配設角度や配設個数などが当業者にとって無原則に決定し得る,とすることはできない。
(2) 審決は,「上辺頂部から左右に拡開するように平面部を設ける形状は筆記用具の把持部等において従来より周知のものであり,医療用ハンドピースの把持部において上辺頂部の左右に拡開するように平面部を設けることに格別の意義,あるいは効果を認めることができないから,この相違点は当業者が容易に想到しうる設計上の変更であるといえる。」(審決書3頁2段)と判断した。しかし,この判断も誤りである。
本願発明は,把持部の断面形状が,「上辺部」,「中辺部」,「底辺部」を有する医療用ハンドピースに係るものである。審決は,上辺頂部から左右に拡開するように平面部を設けた筆記用具の外観形状が,本願発明に係る医療用ハンドピースの形状と同様の形状であるとしているが,筆記用具のどの部分が,本願発明の「上辺部」,「中辺部」,「底辺部」に対応するのかさえ明らかではなく,両者が,同様の形状であるとする理由も証拠も示していない。常識的にみても,筆記用具には,本願発明で規定する三つの区分からなる「上辺部」は存在しない。
鉛筆等の筆記用具は,例えば360°の全域の所望部位を把持して手指で筆記するための用具であって,その外観形状は把持性を第一義的に考慮して決められているものであり,これを全く産業分野(技術分野)が異なり,かつ,把持性はもとよりそれ以外の特性をも考慮しなければならない医療用ハンドピースに適用することが,当業者において容易に想到し得る,とするのは全く妥当性に欠ける。
被告は,乙1,乙2号証に示されるとおり,筆記用具と医療用ハンドピースの把持部に関する技術には共通性があり,しばしば同様に扱われているから,筆記用具の外観形状を,医療用ハンドピースに適用することは,当業者が容易に想到し得る,と主張する。しかし,前記のとおり,筆記用具の把持部の構造と本願発明の医療用ハンドピースの把持部の構造は全く異質のものであり,共通性がないことは明らかである。乙1,乙2号証は,本願発明における把持部の特定構造(特定の断面形状)について,何等,開示も示唆もしていない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 本願発明は,引用発明と比較して顕著な作用効果を奏する。
本願明細書の図2及び図3に示される特定の断面形状の把持部を有する医療用ハンドピースは,本願明細書(甲3,甲4号証)の【0018】ないし【0020】で説明されているように,医療用ハンドピース自体の高性能化(従来の20万ないし35万rpmの低速回転領域から35万ないし50万rpmの高速回転領域へのシフト)や治療の高度化などの進展に対応して要求される医療用ハンドピースの安全,確実な操作性,具体的には,より高度の,より正確な操作性,把持性,工具角度の設定性を提供できるものである。
これに対して,引用発明(引用例の図2で示されるもの)は,単に上辺部を上方に凸の曲線状に構成しただけのものであり,医療用ハンドピース自体の高性能化(従来の低速領域から高速領域へのシフト)や治療の高度化などの進展に対応して要求される,より高度の,より正確な操作性,把持性,工具角度の設定性が明らかに劣るものである。また,引用例の図4で示されるものは,上辺(頂)部においては,平面7の左右側の部位が曲面形状をしていることから,高度の把持性や正確な工具角度の設定性の点で,また,下辺部は前記上辺(頂)部と同じ形状であるため,ハンドピース全体としての操作性や把持性の点及び工具角度の設定性の点で,明らかに劣るものである。
なお,本願発明は,特許請求の範囲の記載において,その回転数領域を特定するものではない。しかし,本願明細書(甲3〜甲6号証)の全部の記載,具体的には従来技術に関する【0004】ないし【0007】の記載(甲3号証)及び本願発明が解決しようとする課題に関する【0008】の記載(甲3号証),更には本願発明の作用効果に関する【0018】ないし【0020】の記載(甲3,甲4号証)に照らして,本願発明は,回転数領域が35万ないし50万rpmの高速回転レベルであって,そのためにより高度のより正確な操作性,把持性,工具角度の設定性の確保が強く求められている医療用ハンドピースを提供しようとするものであることは明らかである。上記のことを前提にして開発された医療用ハンドピースの技術的構成が,従来技術の技術的構成と明確に区別化(差別化)できる場合,特段,特許請求の範囲に回転数領域を規定する必要はないというべきである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断は正当であり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(一致点認定の誤りによる相違点の看過)について 本願発明と引用発明には,上方に凸の曲線状の上辺部が存在するのであるから,上辺頂部に関しては,本願発明と引用発明との間に相違点がなく,一致していることは明らかである。原告らの主張は,本願発明と引用発明との相違点は上辺側部である,との主張にほかならず,審決の相違点の認定と同趣旨の主張にすぎない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 引用例には,歯の切削にも,より精密なものが要求されるようになってきたことから,術者がより精密に切削用バーの角度の設定をより容易にできるようにとの観点(甲2号証【0003】)から,切削バーの角度を知るために,指が触れる平面4を設けること(請求項1,【0006】),平面4に平面7をさらに付与すること(請求項3,【0006】)が記載されている。
引用例の図4においては,平面4と平面7とは直交するものであるものの,いずれの平面も切削用バーの角度を知ることを目的として設けられたものであるから,平面4にさらに付与する平面が平面4に直交するものに限定される必要がないことは当業者にとって明らかである。
したがって,審決が,引用例には「把持部の平面4のみでなく,他の部分にも平面部を設けるという技術思想が開示されている」と認定したことに誤りはない。
(2) 審決は,周知の筆記用具の断面は,6角形であり,その上辺部の形状は,上辺頂部から左右に拡開するように平面部を設けたものであることを述べたのである。筆記用具の断面形状については,証拠を提出するまでもなく,本願発明の把持部の断面形状に対応するものであることは明らかである。また,乙1,乙2号証に示されるとおり,筆記用具と医療用ハンドピースの把持部に関する技術には共通性があり,しばしば同様に扱われているから,筆記用具の外観形状を,医療用ハンドピースに適用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,筆記用具の把持部の形状を引用して,本願発明を容易に想到し得るものとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 引用発明は,手指によって面として触知可能な平面を付与することによって,手指の感覚によって切削用バーの角度を知るようにしたものである(甲2号証【0004】〜【0006】)。このことにより,精密さが要求される切削であっても,切削用バーの角度の設定が容易になり,術者の疲労も軽減される(【0007】)のであるから,本願発明と引用発明とは課題,作用,効果等において基本的に異なるところはない。
本願発明が,引用発明及び筆記用具等における周知の外観形状に基いて容易に構成されるものと比較して,より高度の,より正確な操作性,把持性,工具角度の設定性を有する作用効果を奏するとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点認定の誤りによる相違点の看過)について 原告らは,審決は,本願発明の「上辺部」の全体構造が有する技術的意義を看過し,本願発明の三区分からなる「上辺部」のうちの一部でしかない「上辺頂部」と,引用発明の単一区分からなる「上辺部」とを対比して,これらが一致すると認定するものであり,審決の一致点の認定は,本願発明と引用発明における「上辺部」の全体構造を正しく対比しないもので誤っている,また,その結果,相違点の認定も誤っている,と主張する。
(1) 本願発明における「上辺部」とは,本願明細書の特許請求の範囲【請求項1】に記載されているとおり,「治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,及び,前記上辺頂部の左右両側に拡開して連接される直線状の上辺側部,とを有するもので構成され」るものである。
本願明細書においては,この「上辺部」に関して,次の記載がある(甲3,甲4号証)。
(ア) 「【0006】前記実開平6-31709号公報に開示された具体的な把持部の断面形状は,図4に示されている。図4(1)〜(3)には種々の断面形状のものが示されている。即ち,前記した工具の軸方向に対して平行な平面は図中4で示されるものである。なお,前記公報において,上面部(5)の形状として,上方に凸の曲線状のもの(・・・),及びその一部が水平であるもの(・・・)がそれぞれ開示されている。」 (イ) 「【0008】【発明が解決しようとする問題点】本発明は,前記した従来技術の問題点を解消するものである。本発明者らは,前記問題点を解消するために検討を加えた。その結果,特に高速回転レベルの医療用ハンドピースにおいて,治療具(工具)の設定位置を確実に所望の角度に設定,維持するためには把持部の上辺頂部の両側に平面状傾斜部を配設すること,より正確には把持部の断面形状において上辺頂部の左右両側に拡開して確実に指先を載置保持することができる直線状の上辺側部を配設することが極めて重要であることを見い出した。本発明は前記知見をベースにして完成されたものであり,本発明により把持性はもとより工具の角度を所望する位置に設定かつ確実に保持することができ,ひいては使用者の疲労度を低減できる優れた医療用ハンドピースが提供される。」 (ウ) 「【0013】そして,本発明の把持部(G)における重要な技術的構成は,上辺部(1)の領域にある。即ち,本発明において,把持部(G)の上辺部(1)は,その断面形状において,治療工具(T)の軸線に対して垂直な直線状の上辺頂部(11)と前記上辺頂部(11)の左右両側に拡開して連接される直線状の上辺側部(12,13)とにより構成される。別言すれば,上辺部(1)の断面が台形状に構成される。通常,この種の歯科用ハンドピースは,ペングリップで把持されたものである。そして,治療部位に応じて歯科用ハンドピースは,把持部(G)の軸回りにヘッド(H)を所望角度に変位された状態で使用されるものである。前記した使用態様からみて,本発明の歯科用ハンドピースは,前記直線状の上辺側部(12,13)の存在により,ヘッド部(H)の角度を変位させる時(従って工具角度を変位させるとき),前記上辺側部の上に例えば人差し指の指先を確実に固定保持させることが出来るためハンドピースの操作性が大幅に向上する。また,該部位の傾斜角度を目安にして工具角度を一定に保持させることが出来る。」 (2) 上記記載からすれば,本願発明における「上辺部」は,従来技術において,上面部(すなわち上辺部)の断面形状が,上方に凸の曲線状,及び,その一部が水平であったのを改良したものであって,断面における上辺頂部の左右両側に拡開して直線状の上辺側部を配設したことにその形状的特徴を有し,この直線状の上辺側部により,確実に指先を載置保持することができるようにし,また,当該部位の傾斜角度を目安にして工具角度を一定に保持させるようにしたものと認められる。
本願発明における「上辺頂部」は,その断面形状が,「治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状」と規定されているものの,この断面形状自体は,従来技術が有している特徴であり,上記認定のとおり,指先の確実な載置保持,工具角度を一定に保持するという作用効果は,「上辺部」に「上辺側部」を配設することによって初めて実現されるものである。そうすると,本願発明における上記作用効果の実現のために,上記「上辺頂部」が,格別に関与しているということはできず,上記「上辺頂部」の形状と上記「上辺側部」の形状とが相俟って,上記作用効果を奏しているものでもない。
そうすると,本願発明における「上辺頂部」は,従来技術における上面部(上辺部)と異なる機能を有しているということはできず,本願発明は,「上辺部」に「上辺側部」を設けることに,その技術的意義を有するものであると認められる。
(3) 審決が,本願発明との対比に用いた引用発明(引用例の第2図に記載のもの)は,上面部(すなわち上辺部)の断面形状が,上方に凸の曲線状のものであり,本願明細書に記載された従来技術にほかならない。
審決は,本願発明と引用発明とを対比して,本願発明と引用発明との一致点を,「上辺部は治療工具軸に平行な直線を通る平面で切断したときの断面形状において,治療工具軸に垂直な直線状または上方に凸の曲線状の上辺頂部,で構成され」と認定し,また,相違点を,「前者が,把持部の断面形状において,「前記上辺頂部の左右に拡開して連接される直線状の上辺側部を有する」のに対し,後者においては,その構成を備えていない点」と認定しているのである。上述のとおり,本願発明は,従来技術における「上辺部」に,「上辺頂部」に加え「上辺側部」を設けることに技術的意義を有すると認められるのであるから,審決の相違点の認定は,本願発明が有する技術的意義を正しく解したうえで,本願発明の「上辺側部を有する上辺部」と引用発明の「上面部(上辺部)」とを対比した結果なされたものということができる。
審決の一致点の認定は,両発明とも,「上辺部」は,「上辺頂部」から構成されているかのように表現されているものの,本願発明の「上辺部」から「上辺頂部」のみを取り出し,本願発明の「上辺頂部」と,引用発明の「上面部(上辺部)」とを対比してなされたのではなく,本願発明における「上辺部」と,引用発明における「上面部(上辺部)」とを対比して,本願発明における「上辺頂部」については,引用発明の「上辺部」の頂部と異なるところはなく,本願発明の「上辺側部」と引用発明の「上辺部」の側部とは異なるとの趣旨でなされたことは明らかである。
審決の一致点及び相違点の認定に原告ら主張の誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告らは,審決が,相違点について,「引用例の,「付与する平面4に直交する平面7をさらに付与することによって,手指の感覚によって切削用バーの角度を知るための補助的作用を付加することができる。」の記載により,把持部の平面4のみでなく,他の部分にも平面部を設けるという技術思想が開示されているといえる。」(審決書3頁2段)と判断したのは,誤りである,引用例には,このような技術思想は開示されていない,と主張する。
引用例には,次のような記載がある(甲2号証)。
(ア) 「従来の歯科用回転切削器具の把持部の断面形態は,切削用バーの角度を,把持部を回転させることによって任意に変える必要が有るため,基本的には円形のものしかなかった。」(【0002】【従来の技術】), (イ) 「したがって,術者がその切削器具の切削用バーの角度を変える場合,手指の感覚からその切削用バーの角度を知ることは不可能で,術者は切削器具の頭部及び切削用バーを目視することによってのみ,切削用バーの角度を判断していた。狭い口腔内で歯を切削する際,様々な方向から切削する必要が有り視覚による情報のみで切削用バーの角度を把握するのは困難な場面も多い。
歯科技術の進歩により,より精密な歯の修復物,補綴物が可能になった現在,歯の切削にも,より精密なものが要求されるようになってきた。考案者は,術者がより精密に切削用バーの角度の設定を,より容易にできるようにと切削器具の把持部の形態について研究を重ねてきた。」(【0003】【考案が解決しようとする問題】), (ウ) 「その結果,歯科用回転切削器具の把持部に,切削用バーの軸方向(以下切削軸とする)と平行に,手指によって面として触知可能な平面形態を付与することを考案した。」(【0004】【課題を解決するための手段】), (エ) 「上記構成によれば,回転切削器具の把持部を把持すると,付与した切削軸と平行な平面が手指によって触知できて,術者は切削用バーの角度を手指の感覚からも知ることができる。」(【0005】【作用】), (オ) 「歯科用回転切削器具の把持部1に,切削軸3と平行に,手指によって面として触知可能な平面形態4を付与することによって,切削器具の把持部を把持すると,付与した切削軸と平行な平面4が手指によって触知できて,術者は切削用バー2の角度5を手指の感覚から知ることができる。」(【0006】【実施例】), (カ) 「図4に示される実施例では,付与する平面4に直交する平面7をさらに付与することによって,手指の感覚によって切削用バーの角度を知るための補助的作用を付加することができる。」(【0006】【実施例】), (キ) 「以上述べたように,本考案によれば,術者は回転切削器具の切削用バーの角度を視覚によって知るだけでなく,把持部を把持することによって手指の感覚からも知ることができる。本考案に基づく切削器具を使用すると,より精密さが要求される切削でもその切削用バーの角度の設定が容易になり,術者の疲労も軽減される。」(【0007】【考案の効果】) 引用例の上記記載によれば,従来は,切削用バーの角度を,切削器具の頭部及び切削用バーを目視することでしか判断できず,手指の感覚から知ることは不可能であったのに対し,引用発明においては,切削軸3と平行に,平面形態4を付与することによって,切削軸と平行な平面4を手指によって触知できるようにし,切削用バー2の角度5を,視覚によるだけでなく,手指の感覚からも知ることができるようにしたものと認められる。
また,上記(カ)の記載によれば,引用例には,付与する平面4に直交する平面7をさらに付与することによって,手指の感覚によって切削用バーの角度を知るための補助的作用を付加することができることが開示されている。
引用例に記載された,上記平面4は切削軸と平行に,また,上記平面7は平面4と直交して設けられていることからすると,これらは,単なる平面ではなく,切削用バーの断面形状でみて,切削軸の軸方向と一定の角度をなすように設けられている平面であることは明らかである。切削軸と一定の角度関係で設けられた平面であるからこそ,手指がどの平面に触っているかにより,切削軸の軸方向,すなわち,切削用バーの角度を知り得るものであるといえる。
このように,切削軸と一定の角度で関係付けられた平面を設けることにより,切削用バーの角度を知り得るのであるから,平面4あるいは平面7に止まらず,切削軸の軸方向に対して,特定の角度をもつ平面を形成すれば,より細かく切削バーの角度を触知かつ視認することができることは明らかである。
そうすると,審決が,上記(カ)の記載を根拠に,引用例には,把持部の平面4のみでなく,他の部分にも平面部を設けるという技術思想が開示されているといえる,と判断したことに誤りはない。
(2) 原告らは,審決が,「上辺頂部から左右に拡開するように平面部を設ける形状は筆記用具の把持部等において従来より周知のものであり,医療用ハンドピースの把持部において上辺頂部の左右に拡開するように平面部を設けることに格別の意義,あるいは効果を認めることができないから,この相違点は当業者が容易に想到しうる設計上の変更であるといえる。」(審決書3頁2段)と判断したのは誤りである,と主張する。
引用例(甲2号証)の記載及び図2からすれば,引用発明は,「切削用バーを設けた頭部と,その頭部の切削用バーに対して略垂直方向に連接される把持部からなる歯科用回転切削であって,その把持部の断面形状が上方に凸の曲線状からなる上辺部と,垂直な直線部からなる中辺部と,下方に凸の曲線状からなる下辺部からなるもの」というものであり,また,引用例の図4に示されたものは,引用発明において,切削用バーの断面において,上方に凸の曲線状からなる上辺部を,凸曲線の頂部が中辺部の直線(平面4)に垂直な直線(平面7)を呈するように変更したものであり,切削用バーの断面において,上,中辺部の直線の間は,凸曲線状を呈するものである。
上述のとおり,引用例において,切削軸の軸方向に対して,平面4に加え,特定の角度をもつ平面を形成すれば,さらに,細かく切削バーの角度を触知かつ視認し得ることが開示されているのであるから,引用発明において,上辺部のうち,手指を置きやすい部分の凸曲線を直線とすること,すなわち,直線状の上辺側部を設けることは,当業者ならば容易に想到することができることというべきである(引用例の図4に記載のものにおいても,切削バー断面における,上,中辺部の直線間に位置する凸曲線を直線とすること(直線状の上辺側部とすること)は,この部分が,上,中辺部の間にあり,手指が掛かることが十分想定できる部分であることからすると,当業者ならば容易に想到することができることというべきである。)。
加えて,本願明細書に,「通常,この種の歯科用ハンドピースは,ペングリップで把持されたものである。」(甲3号証【0013】)と記載されているように,歯科用ハンドピースにおいては,筆記用具を把持する場合と同様のグリップで把持されること,すなわち,把持部の上辺部に人差指がかかることは明らかである。そして,手指がかかる部分が曲面であるより,平面を呈する方が,安定的に把持できることは,経験則上明らかであり,筆記用具において,手指がかかる上半部が,三つの平面部から形成されていることは周知である。そうすると,歯科用ハンドピースを安定的に把持するために,筆記用具と同様の構造を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであり,引用例の図4に記載されたものにおいて,手指がかかることの明らかな,上記両辺部の直線間の凸曲線を直線とすること(直線状の上辺側部とすること)は,当業者ならば容易に想到することができることといえるのである。
審決の上記判断に誤りはない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告らは,本願発明の医療用ハンドピースは,高速回転領域において,医療用ハンドピースの安全,確実な操作性,具体的には,より高度のより正確な操作性,把持性,工具角度の設定性を提供できるという顕著な作用効果を奏する,と主張する。
本願明細書には,本願発明の効果として,次のように記載されている(甲3号証)。
「【0018】【発明の効果】本発明の医療用ハンドピースにおいて,その主要な構成要素である把持部は,使用者の疲労度を低下させるとともに,把持性を向上させるために,更に治療工具の角度を所望なものに容易に設定しやすくさせるとともに,軽い力で保持しやすくさせるために,特定の外観構造を有するもので構成される。特に,把持部の上辺部は,上辺頂部と前記上辺頂部に連接する上辺側部に区分されるとともに,前記上辺頂部は工具の軸線に対して垂直な平面または曲面をもって構成され,かつ前記上辺側部は前記上辺側部の両側に平面状傾斜面を連接させることにより構成されるものである。
【0019】このため,把持部をグリップし人差し指の指先を前記平面状傾斜面(上辺側部)上に配置させることにより,工具軸の角度を左右両方向に容易に認識して変位させることが出来る。また,前記平面状傾斜面(上辺側部)の傾き角度を目安として工具軸の角度を微調整することが出来る。更に,上辺部を前記したように上辺頂部とこれに連接する上辺側部に区分したことにより把持性が大幅に向上する。」 上記記載からすると,本願発明の効果は,「上辺部」に,「上辺側部」を設けることにより,指先の確実な載置保持ができ,「上辺側部」の傾き角度を目安として,工具角度を一定に保持することが可能であるというものであり,この効果は指先が当たる位置(「上辺部」の「上辺側部」)に平面部を設けることにより奏されるものと認められる。
これに対し,引用例には,「以上述べたように,本考案によれば,術者は回転切削器具の切削用バーの角度を視覚によって知るだけでなく,把持部を把持することによって手指の感覚からも知ることができる。本考案に基づく切削器具を使用すると,より精密さが要求される切削でもその切削用バーの角度の設定が容易になり,術者の疲労も軽減される。」(甲2号証【0007】【考案の効果】)と記載されており,引用発明及び引用例の図4においても,把持部の上辺部及び中辺部に平面を設けることにより,手指で平面を触知し,またこれを視認することで,切削用バーの角度の設定が容易になるという効果が奏されることが認められる。また,平面に手指を載置すれば,指先の載置保持が確実になるという効果が奏されることは技術常識である。そして,このような効果は,平面を設ける位置に応じて奏されるというものではなく,平面であるが故に,把持し易く,視認し易いということに基づくものであることも,上述のとおりである。
そうすると,本願発明において,「上辺部」に,直線状の「上辺側部」を設けることによる効果は,まさしく,平面が奏する効果であって,本願発明の構成から,当業者が容易に予測できるものであり,格別のものではない。
原告らは,本願発明は,高速回転領域において,より高度のより正確な操作性,把持性,工具角度の設定性を提供できるという,格別の作用効果を奏する,と主張している。しかしながら,そもそも,本願明細書の特許請求の範囲には,使用する回転領域が特定されておらず,本願発明は,ハンドピースを高速回転領域で使用することをその構成とするものではない。しかも,原告ら主張の作用効果は,直線状の「上辺側部」を設けることによって,指先の確実な載置保持,工具角度を一定に保持することが可能となることから生じるものであり,ハンドピースの高速回転領域あるいは低速回転領域にかかわらず奏される効果であるから,原告らの主張が理由がないことは明らかである。
原告らは,本願発明は,回転数領域が35万ないし50万rpmの高速回転レベルで使用することを目的とするものであり,従来技術とは,目的において相違し,本願明細書の特許請求の範囲に,使用する回転領域が特定されてなくても,本願発明の技術的構成は,従来技術の技術的構成と明確に区別化(差別化)できる,と主張する。
しかし,「上辺部」に直線状の「上辺側部」を設けることが,高速回転レベルであるがゆえに生じる特有の技術的課題を解決するものであると認めることができないことは上記のとおりであるから,高速回転レベルでの使用を目的とした本願発明の技術的構成が,低速回転レベルで使用する従来技術の技術的構成と明確に区別化(差別化)できるとはいえず,原告らの上記主張は,前提を欠いたものであり失当である。
4 結論 以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 若林辰繁