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関連審決 不服2000-6435
関連ワード 方法の発明 /  インターネット /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  周知技術 /  手続違反 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  ライセンス /  発明の要旨認定 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  具体的態様 /  侵害 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 549号 審決取消請求事件
原告X
訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 笹本摂
同 山口健司
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 吉岡浩
同 高橋泰史
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/08/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2000-6435号事件について平成13年7月24日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年2月28日,ドイツ連邦共和国において1989年3月1日にした出願に基づく優先権を主張して,発明の名称を「複数カードの利用を簡素化する方法および装置」とする発明(請求項の数は29である。)について,特許出願(平成2年特許願第45997号,以下「本件出願」という。)をし,平成12年1月19日付けで拒絶査定(以下「本件査定」という。)を受けたため,同年5月1日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2000-6435号として審理した。原告は,この審理の過程で,平成12年5月31日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付された明細書につき,特許請求の範囲の補正をした(以下,この補正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年7月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年8月7日,原告に送達された。なお,出訴期間として,90日が付加された。
2 特許請求の範囲〔請求項1〕 (a) 複数のクレジットカード,小切手カード,顧客カード,身分証明カード,文書,キー,アクセス手段,マスターキー等の利用を簡素化する方法において, (b) 複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセットを単一の多機能電子カードの記憶部に転送し,その際,前記データセットは単目的カードの発行者によって供給されるデータ保持手段によって転送され,且つ該データ保持手段及び前記多目的カードを転送装置にセットして該単目的カードのデータを前記多機能電子カードに転送し, (c) 前記多機能電子カードの記憶部に転送された各データセットを該多機能電子カードに記憶し, (d) 前記多機能電子カードを作動させるための暗号を選択し, (e) 前記多機能電子カードを作動させるために前記暗号を入力し, (f) 前記作動された多機能電子カードで一つのデータセットを選択し, (g) 選択されたデータセットのデータを前記多機能電子カードの表示部で表示する, (h) 複数カードの利用を簡素化する方法 (以下,「本願発明」といい,上記(a)〜(h)の各構成要件を,「構成要件(a)」などという。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭61-228567号公報(以下,審決と同じく「引用例1」といい,これに記載された発明を「引用発明」という。)及び特開昭63-56789号公報(以下,審決と同じく「引用例2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない,とするものである。
4 審決が認定した,引用例1の記載内容,本願発明と引用発明との一致点・相違点 (1) 引用例1の記載内容 「引用例1には,複数のクレジットカード,ライセンス用カード,キャッシュカード,個人証明カード等の利用を簡素化する方法が記載されているということができる。そして,複数個人証明カードに対応した個人証明情報を単一の電子式個人証明カードの個人証明情報メモリに転送して記憶し,前記電子式個人証明カードのPINメモリに暗証番号を設定し,前記電子式個人証明カードを作動させるために前記暗証番号を入力し,前記作動された電子式個人証明カードで一つの個人証明情報を選択し,選択された個人証明情報を個人証明カードの表示部で表示することが記載されている。」(審決書4頁) (2) 本願発明と引用発明との一致点 「複数のクレジットカード,小切手カード,顧客カード,身分証明カード,文書,キー,アクセス手段,マスターキー等の利用を簡素化する方法において,複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセットを単一の多機能電子カードの記憶部に転送し,前記多機能電子カードの記憶部に転送された各データセットを該多機能電子カードに記憶し,前記多機能電子カードを作動させるための暗号を選択し,前記多機能電子カードを作動させるために前記暗号を入力し,前記作動された多機能電子カードで一つのデータセットを選択し,選択されたデータセットのデータを前記多機能電子カードの表示部で表示する,複数カードの利用を簡素化する方法である点」(審決書5頁) (3) 本願発明と引用発明との相違点 「(相違点)データセット転送の際,本願発明では,複数の単目的カードのデータセットは,単目的カードの発行者によって供給されるデータ保持手段によって転送され,且つ該データ保持手段及び前記多目的カードを転送装置にセットして該単目的カードのデータを前記多機能電子カードに転送するのに対し,引用例1に記載された発明(判決注・引用発明)では,これらの構成を備えていない点。」(審決書5頁)
原告の主張の要点
審決は,本願発明の要旨の認定を誤り(取消事由1),引用発明の認定を誤った結果,本願発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由2ないし4),また,進歩性の判断を誤る(取消事由5)とともに,顕著な作用効果も看過し(取消事由6),さらには,特許法159条2項,50条違反の手続違背を犯した(取消事由7)ものであって,これらの誤りは,それぞれ審決の結論に影響することが明らかであるから,審決は,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り・相違点の看過) (1) 本願発明の特徴は,次のとおりである。
@ 単目的カードの発行者(信販会社や銀行など)が,必要なデータセットが保持されたデータ保持手段を,多機能電子カード の所持者 に供給し, A 上記多機能電子カードの所持者が,上記保持手段と転送装置を用いて,上記データセットを上記多機能電子カードの記憶部に転送し, B 上記@,Aの行為を,所持者が必要とする単目的カードの数だけ繰り返す。
(2) 複数のカード発行会社のデータセットを保持できる多機能電子カードがあっても,現実にそのカードに書き込まれるデータセットは,当該カードの発行会社ないしそのグループ会社のものに限られるのが現状である。それ以外の会社は,顧客データの漏洩を避けるために,他社にデータを渡す(データ保持手段を渡す)ことはないからである。
そこで,本願発明では,例えば複数のクレジット会社が,多機能電子カードの所持者にデータセットを渡し,当該所持者自らが,カードにデータセットを書き込むという構成をとることによって,顧客情報の漏洩という問題を回避しつつ,多数の会社のデータセットが書き込まれた多機能電子カードを実現することを可能にしたものである。顧客は,格納するデータセットの数,内容を自由に選択し,望むとおりの多機能電子カードを作ることができるのである。
(3) 本願発明の請求項には,「多機能電子カードの所持者」という文言(主語)はない。
ア しかし,「単目的カードの発行者によって供給されるデータ保持手段」という文言は,多機能電子カードの所持者にデータ保持手段が供給されることを当然の前提としている。供給の相手方は,多機能電子カードの所持者以外考えられないからである。
イ また,「転送」という語は,「他から送ってきたものを,さらに他へ送ること」であり,このことからも,多機能電子カードの所持者が介在することが当然に予定されているといえる。すなわち,本願発明において,データセットを最初に送る者は,単目的カードの発行者であり,最終的にデータセットが送られ格納される先は,多機能電子カードであることは請求項の文言から明らかであって,転送というためには,その間に何者かが存在する必要があり,それは,多機能電子カードの所持者以外にないのである。
ウ さらに,本件明細書の発明の詳細な説明中においても,多機能電子カードの所持者が,データセットを多機能電子カードに転送することが繰り返し述べられている。
方法の発明侵害において,侵害があったといえるためには,原則として,侵害者が構成要件のすべてを実施すること(他者を道具として実施すること,すなわち侵害者が全構成要件実施していると同視できる場合を含む。)が必要である。
このことから,方法の発明においては,すべての構成要件の行為主体は,原則として同一であると解釈すべきである。そして,本願発明の構成要件(d),(e),(f)の行為主体が多機能電子カードの所持者であることは明らかであり,構成要件(a),(h)の行為主体も,その性質上,多機能電子カードの所持者である。さらに,構成要件(c),(g)は,厳密には多機能電子カードがその主体といえるが,多機能電子カードの利用者が所持者であることからすれば,実質的には,この所持者が行為主体といえる。
そうすると,残る構成要件(b)についても,その行為主体は多機能電子カードの所持者である,といえる。
以上ア〜エからすれば,本願発明における「多機能電子カードの所持者が」複数の単目的カードの発行者が供給したデータ保持手段と転送装置を用いて該カードに転送する,という特徴が,本願発明の請求項に記載されていることは明らかである。
(4) これに対し,引用例1には,多機能電子カードの所持者が,自らデータセットを転送する構成は開示されていない。
審決は,本願発明の上記特徴を一切考慮しておらず,本願発明の要旨認定を誤り,本願発明と引用発明との相違点を看過したものである。
(5) なお,本件明細書の実施例には,本願発明において,多機能電子カードの所持者が,それを単目的カード発行者に送付し,その指示のもとに,当該カードのデータセットの転送をさせる態様も記載されているが,そのような場合も,カード所持者の意思に基づいて行われているから,実質的に,カード所持者が転送を行っているものと同視でき,本願発明にいう転送に該当する,というべきである(仮に請求項の文言から離れるとしても,均等の範囲内にあることは明らかである。)。
2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の1) 審決は,本願発明と引用発明とが,「複数カードの利用を簡素化する方法」である点で一致する,としている。しかし,引用発明は,複数カードの利用を簡素化する方法ではなく,複数カードを利用できるようにした結果である多機能電子カードの表示方法というべきものである。
すなわち,引用発明は,複数の単目的カードの情報が書き込まれていることを前提として,その情報をどのように表示するかという問題を扱っているに過ぎず,情報の書き込みの具体的態様(誰が,どのように書き込むか等)については,何も述べていないのである。このような引用発明を,本願発明と同じ意味において,複数カードの利用を簡素化する方法,ということはできない。
3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の2) 審決は,引用例1に「複数個人証明カードに対応した個人証明情報を単一の電子式個人証明カードの個人証明情報メモリに転送して記憶・・・することが記載されている。」(審決書4頁)としている。
しかし,引用例1は,「個人証明情報が書き込まれる」としているだけであり,転送して記憶する,とはしていない。
4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の3) 審決は,「引用例1に記載された発明の「個人証明情報」は,「例えばカード使用者が加入しているクレジットカードに関する個人情報」であり,「クレジットカードの会社名」や「各クレジットカード会社の口座番号」であることも明示されているから,本願発明の「複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセット」に相当する。また,引用例1に記載された発明の「電子式個人証明カード」,「個人情報メモリ」及び「暗証番号」は,それぞれ本願発明の「多機能電子カード」,「記憶部」及び「暗号」に相当する。」(審決書5頁)としている。
しかし,引用発明は,個人証明情報として,「クレジットカードの会社名」,「クレジットカード会社の口座番号」しか挙げていない。また,検査端末で読み取るための構成(検査端末への接続部分等)も記載されていないから,そのような使用を想定しているものではないと理解される。そうすると,引用発明は,結局,複数の会社の名称と口座番号を表示できるカードに過ぎない,と解すべきである。
これに対し,本願発明の「複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセット」とは,検査端末が読み取れるものも含んだ,単目的カードの利用に必要な一切の情報を意味するものである。このことは,「機械で読み取り可能なデータ等を再生する。」等の,本件明細書の記載からも明らかである。
したがって,引用発明の「個人証明情報」が,本願発明の「複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセット」に相当する,とした審決の認定は誤っている。
5 取消事由5(進歩性判断の誤り) (1) 審決は,引用例2の記載内容について,「引用例2には,ICカード等の携帯可能記憶媒体にデータを書込むに際して,磁気テープやフロッピィディスクなどのデータ保持手段からデータを読み出し,カードリーダ・ライタにセットされた未発行のICカードに書き込みことが従来から行われていたことが記載されている。」(審決書4頁)と認定している。
しかし,引用例2は,本願発明にいう「単目的カードの発行者」がICカード等を発行する際に用いる発行処理装置に関するものであり,データを書き込むのは,単目的カードの発行者であって,本願発明の特徴である「単目的カードの発行者がデータ保持手段を供給し,多機能電子カードの所持者が該カードの記憶部に転送する」という技術思想を一切開示していない。
したがって,引用例2において,データの「転送」があるとした審決の認定は,誤っている。
(2) 特開昭61-48089号公報(以下「甲6公報」という。)及び特開昭62-93779号公報(以下「甲7公報」という。)に関して,審決は,「また,ICカードにデータを転送し記憶させる際に転送装置を用い,転送記憶するデータを保持するICカード等のデータ保持手段からデータ転送を行うことは,周知である(例えば,特開昭61-48089号公報,特開昭62-93779号公報参照)。」(審決書5頁)としている。
しかし,甲6公報は,複数人数分のデータを書き込んだ親ICカードから,子ICカードに個別のデータを転送する方法を,甲7公報は,ICカードからICカードへのデータの複写を開示しているに過ぎないのであって,両者とも,一般的なデータの転送方法を示しているに過ぎず,本願発明の特徴である上記技術思想を開示するものではない。
(3) また,引用例1,2にも,本願発明の特徴である上記技術思想が開示されていないことは前記のとおりであるから,引用例1,2,甲6公報及び甲7公報に基づいて,本願発明の進歩性を否定した審決の判断は,誤りである。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過) (1) 本願発明のデータセットには,多機能電子カードの所持者の署名も含めることができる。そのため,現在流通しているクレジットカードと同様の方法で使用することができ,また,同等の安全性を提供し得る。
これに対し,引用発明は,暗証番号による照合しか行っていない。
(2) 本願発明では,その表示部に,カード発行者のロゴ,有効期限等,通常のクレジットカードにおいて表示される情報を表示できる。そのため,外観上も,通常のクレジットカードと同一となり,かつ,現在どの種類のカードとして使用しているかを容易に識別できる。
引用発明には,そのような技術思想は一切開示されていない。
(3) 本願発明では,偽造のデータが入力される可能性を考慮して,データの真正を証明する情報(「カードの指定」)も,データセットに含めることができる。
このようなことは,引用発明には開示されていない。
なお,そのようなことが可能となるのは,単目的カードの発行者がデータ保持手段を多機能電子カードの所持者に供給し,同人がデータセットを当該カードに転送する,という本願発明の構成のためである。
7 取消事由7(手続上の法令違背) 甲6公報及び甲7公報について,原告は,意見を述べる機会を与えられていない。手続的正義の観点から,周知事項であると否とに関わらず,意見を述べる機会が与えられるべきである。したがって,審決には,特許法159条2項,50条手続違反がある。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り・相違点の看過)に対して (1) 原告の主張は,本願発明において,単目的カードの発行者が,データ保持手段を多機能電子カードの所持者に供給し,多機能電子カードの所持者が転送装置を用いてデータセットを多機能電子カードの記憶部に転送し,これを所持者が必要とする単目的カードの数だけ繰り返す,という構成を備える,というものである。
しかし,そのような構成は,請求項に記載されていない。請求項に記載されてもいないことを,発明の詳細な説明から読み込むこともできない。
(2) 転送という語が,「他から送ってきたものを,さらに他へ送ること」を一般的に意味するとしても,情報・通信の分野では,「情報を一つの場所から他の場所に移すこと,たとえば記憶装置のあるアドレスに記憶されているデータを他のアドレスに移したり,ある計算機から他の計算機にデータを送ること」も意味する。
本願発明にいう「転送」とは,データあるいはデータセットを,データ保持手段から多機能電子カードに移すことである。
その主体が多機能電子カードの所持者に限定されているものではない。
(3) 「単目的カードの発行者によって供給されるデータ保持手段」との文言からは,データ保持手段が単目的カードの発行者によって用意されることが特定されるにとどまる。このデータ保持手段が,多機能電子カードの所持者の手元に供給されることまで特定されているものではない。
また,本件明細書には,実施例として,多機能電子カードの所持者が,当該カードを単目的カードの発行者に送付あるいは持参して,データを記憶させる方法も記載されている。多機能電子カードの所持者が,自ら転送装置を用いて,データを転送する構成に限定されてはいない。
原告の主張するとおり,多機能電子カードの所持者が,当該カードを単目的カードの発行者に送付し,その指示のもとにデータセットの記憶をさせることも,本願発明の転送に該当する,というのであれば,引用発明にもそのことは開示されていることになる。
(4) 本願発明の構成要件(a)から(c)までは,構成要件(d)ないし(h)より,時間的に先行するものとはいえても,その主体に制限はない。構成要件(d)以降とそれより前とで,行為者が同一であると解すべき理由はない。
2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の1)に対して 審決が認定するとおり,引用例1は,従来,多い人で20〜30枚のクレジットカードを持つことがあることを指摘した上で,一枚のカードでクレジットカード等の複数の個人証明カードの機能を持たせることができる電子式個人証明カードを提供する,としている。これが,複数の単目的カードの利用を簡素化する方法に該当することは明らかである。
3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の2)に対して 引用例1には,個人証明カードとして,ICカードを用いることが開示されている。ICカードは,一般的に,マイクロコンピュータ,メモリ等のICチップを内蔵し,外部との接続端子を持ち,その端子を介して端末装置とのインターフェース制御等を行うものである。そして,このICカードのうち,表示機能,データ入力機能(キーボード等)を備えるものも,引用発明の出願当時周知であった。
引用発明は,個人証明情報のうち,カード所有者が任意に設定できる,各クレジットカード会社を表象する数値コードの入力について述べているに過ぎない。
それ以外の必要な情報で,発行者やカード所有者を特定する重要なものは,カードのキーボードから入力するとは考えられないから,端末装置を用いて書き込まれると解釈すべきである。
したがって,引用発明においても,端末装置を介して,個人証明情報が転送され記憶されているのであって,審決の認定に誤りはない。
4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の3)に対して 引用例1には,例えば,「商店側では,上記表示部12に表示されたクレジットカード会社名及びその口座番号を確認し,それ以降,従来の場合と同様にして商品の売上処理を行なう」(甲第2号証3頁右上欄〜左下欄)との記載があり,通常のクレジットカードによる売上処理と同様の処理が行われるものと解される。
すなわち,個人証明カードを検査端末で読み取り,この信頼性を確認し,処理が行われているのであるから,カード番号,有効期限等のデータが個人証明情報として記憶されているのは明らかであり,引用発明の個人証明情報は,本願発明の複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等のデータセットに相当する。
なお,インターネットや通信販売での決済では,検査端末を用いないこともあり,引用発明は,そのような形での使用も意図している。しかし,本願発明も,検査端末を用いることは請求項に記載されていないし,検査端末が用いられない使用態様も含まれている。このことからも,両者に相違はない。
5 取消事由5(進歩性判断の誤り)に対して (1) 1において述べたとおり,本願発明の転送とは,情報を一つの場所から他の場所に移す,という程度の意味である。転送を行う主体を,多機能カードの所持者に限定する理由はない。
引用例2は,磁気ディスク等のデータ保持手段からデータセットを読み出して,ICカードに記憶させているのであり,これは,転送に該当する。
(2) 甲6公報及び甲7公報には,転送装置を用いて,ICカードからICカードにデータを転送することが開示されており,データの転送が周知であることは明らかである。
なお,甲6公報及び甲7公報は,ICカードの所持者がデータの転送に介在することを排除するものではなく,そのようなことも,周知のことである。
(3) 引用発明は,個人証明情報メモリの内容を変更して,異なる種類のカードとして使用することができるものである。そして,引用例2には,単目的カードの発行者によって供給されたデータ保持手段からデータを転送することが開示されているから,この技術を引用発明に適用して,上記データ保持手段からデータセットを多機能電子カードに転送して,複数の単目的カードのデータセットを単一の多機能電子カードの記憶部に記憶させて,異なる種類のカードとして使用するようにすることは,当業者が容易に推考できることである(多機能ICカードにおいて,複数のカード情報を追加記憶できることは,特開昭63-73388号公報(乙第5号証)に開示されている。
審決の進歩性の判断に,誤りはない。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過)に対して 本願発明において,複数の単目的カードの発行者の名称,その指定,ロゴ・有効期限,カード番号等は,データセットの例示として記載されているに過ぎないのであって,必須のものではない構成要件に基づく作用効果の主張は,失当である。
また,そのようなデータがICカードに保持されることは,周知のことであるから,明示されていないとしても,引用発明においてそれらが個人証明情報の内容になっていないとはいえない。
所持者の署名,データの真正を証明する情報は,そもそも本件明細書に記載されていないのであり,明細書に記載されていない構成に基づく作用効果の主張は,失当である。
7 取消事由7(手続上の法令違背)に対して 審決は,本件査定と異なる理由により,審判請求が成り立たないとしたものではなく,また,周知技術に関する証拠を用いることは,新たな拒絶理由の通知に該当しない。
甲7公報は,審査の段階において,原告に対し既に通知されたものである。
甲6公報は,周知技術の参照例として示したものであり,原告に対し意見を述べる機会を与えるまでもない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り・相違点の看過)について (1) 本願発明の請求項の文言は,第2の2記載のとおりであり,原告自身認めるとおり,特許請求の範囲には,「多機能電子カードの所持者」という文言(主語)は記載されていない。
本願発明における「転送」という語の意義について,例えば,本件明細書中には,次のような記載がある。
「[課題を解決するための手段]・・・ 多機能電子カードは電子カードまたはコンピュータカードであり,1枚のカードのデータだけでなくその所持者が所持する全カードのデータセットを電子的な形態で記憶できる。・・・ 単一の多機能電子カードを使用してその所持者が必要に応じて所有する全カードのデータをその多機能電子カードに順次にまたは一括で転送しておけば,所持者はその多機能電子カード1枚を持ち歩くだけでよい。・・・」(甲第4号証の1の12頁ないし13頁) 以上のとおり,本件明細書において,多機能電子カードの所持者が既に所有している複数の単目的カードのデータセットを,多機能電子カードに移すということが,本願発明における転送の一態様とされている。
原告の主張するとおり,転送が,「他から送ってきたものを,さらに他へ送ること」を意味するものとしても,単目的カードから,あるいはこれにデータを送った他のコンピュータ等から,データセットをデータ保持手段に送り,そのデータをさらに多機能電子カードに送ることは,まさに,本願発明の転送といえるものである。
(2) 原告は,この転送を行う者は,多機能電子カードの所持者以外にないと主張する(原告は,単目的カードの発行者及び多機能電子カードの発行者以外の者,例えばカードの名義人,利用者のことを所持者としているものと解される。)。転送を行うためには,データ供給手段と多機能電子カードの双方(正確には,転送装置も必要である。)を現に所持していることが必要であることは当然である。しかし,本願発明において,その所持者が,カードの名義人,利用者であると限定して理解することはできない。その理由は,以下のとおりである。
ア 転送という言葉自体は,データ保持手段に送られたデータセットを,さらに,多機能電子カードに送ることを意味するにとどまるものであって,その行為主体がカードの所持者であることまでを意味するものではない。。
イ 本願発明の請求項には,「・・・前記データセットは単目的カードの発行者によって供給されるデータ保持手段によって転送され,・・・」との文言がある。
このデータ保持手段を供給される相手方は,直後に続く「且つ該データ保持手段及び前記多目的カードを転送装置にセットして,該単目的カードのデータを前記多機能電子カードに転送」する者であると解することができるが,請求項の文言からは,その者(転送装置を操作する者)が,カードの所持者に限定されていると解すべき理由はない。例えば,多機能電子カードの発行会社や単目的カードの発行会社のオペレータ(操作者)が,データ保持手段の供給を受けて,転送を行うことも可能であり,それは,カード所持者自らが行うより,ごく自然なことであるということができる。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明書中に,多機能電子カードの所持者自らがデータセットを転送する態様が記載されているとしても,本願発明が,そのような態様のものに限定されるものではないことは,当然である。
エ 原告は,方法の発明においては,すべての構成要件の行為主体が同一であると解すべきであるから,構成要件(b)の転送の行為主体も,カード所持者となる,と主張する。
原告の主張するとおり,構成要件(d)の「作動」及び「選択」,(e)の「作動」及び「入力」,(f)の「選択」の行為主体は多機能電子カードの所持者であるといえるが,他方,構成要件(b)における,単目的カードのデータセットを供給するのは,単目的カードの発行者であることは明らかである。このように,本願発明の構成要件は,もともと複数の行為主体が存在することを前提としているのであるから,一般的に,方法の発明において,その行為主体が同一であることが多いとしても,そのことから直ちに本願発明もそうであると理解することはできない。
オ 原告は,本願発明は,単目的カードの発行会社のデータセットが他社に漏洩することがないようにするため,多機能電子カードの所持者が,自ら単目的カード発行会社から供給されたデータセットを多機能電子カードに転送するという構成を備えていると主張する。
しかし,そのような効果は,本件明細書に何ら記載されていないものである。しかも,多機能電子カードを単目的カードの発行会社に送付し,当該カードのデータセットを書き込ませるようにすれば,原告が主張するような態様で,当該データセットの保持手段が社外に漏洩することを防止できるから,上記効果を達成するためには,カードの所持者が自らデータセットの転送を行うことが必須の構成となる,とはいえない。そして,そのような態様で情報の転送を行うことは,実施例中の記載ではあるものの,本件明細書にも記載されている(「あるいは多機能電子カード10の所持者が該カード10を単目的カードの発行者に送付あるいは持参し,必要なデータを多機能電子カード10のメモリにロードする方法も考えられる。」(甲第4号証の1の20頁〜21頁))。
カ なお,原告は,上記のような態様での転送も,カード所持者の意思に基づいて行われているから,実質的に,カード所持者自ら転送を行っているものと同視できる,と主張している。しかし,本願発明のような,複数のカードとして機能する多機能電子カードにおいて,どのようなデータセットを転送し記憶させるか(すなわち,どのような種類のカードとして機能させるか)は,ひとえにカード所持者が自由に決定できることは当然である。そうすると,原告の上記主張を採用するならば,引用発明(これが,複数の単目的カードの利用を簡素化する方法であるといえることは,後記2のとおりである。)も,そのデータセットの転送・記憶は,その具体的な態様(行為主体,方法等)がいかなるものであれ,当然カード所持者の意思に基づいてなされることは明らかであって,カード所持者自らがデータセットの転送を行っていると同視できることになり,結局,本願発明の特許性を判断するための引用発明との対比という点において,本願発明の要旨の認定には誤りがない,ということになる。 (3) 以上のとおりであるから,本願発明を,多機能電子カードの所持者が,単目的カードのデータセットを受け取り,自らそれを多機能電子カードに転送する,という構成に限定されている,と解することはできない。
したがって,審決に,原告が主張するような,本願発明の要旨認定の誤りや相違点の看過はない。
2 取消事由2(一致点認定の誤り・相違点の看過の1)について (1) 原告は,引用発明は,複数の単目的カードの利用を簡素化する方法ではなく,複数のカードを利用できるようにした結果としての多機能電子カードの表示方法に過ぎない,と主張する。
本件明細書には,以下の記載がある。
ア「[産業上の利用分野] 本発明は複数のクレジットカード等の利用を簡素化する方法および装置に関する。」(甲第4号証の1の10頁) イ「[従来の技術]・・・米国や英国などカードの歴史が長い国では,利用者は多数のカードを所有している。・・・ [発明が解決しようとする課題] このような状況における問題点は,・・・多数のカードをいつも持ち歩かねばならない面倒や,必要な1枚のカードを家に忘れるという不都合に加え,カードの紛失や不正使用の危険がますます大きくなる。
本発明の課題はこのような問題点を解決することであり,様々な発行者が発行する実質的に無制限の数のカードや身分照明(判決注・「証明」の誤記と認める。)カードの所持と使用とを可能にすることである。カードの利用者は単一のカードを持ち歩くだけでよく,しかもこのカードの安全性は極めて高い。」(同11頁〜12頁) ウ「[課題を解決するための手段] 前記課題を解決するため,本発明は・・・所持および利用するカードの枚数に関わらず,また各カードの特定の形態や目的(身分証明など)に関わらず,それらを単一のカードで扱う。以下においてこのカードを多機能電子カードと呼ぶ。・・・ 多機能電子カードは電子カードまたはコンピュータカードであり,1枚のカードのデータだけでなくその所持者が所持する全カードのデータセットを電子的な形態で記憶できる。」(同12頁〜13頁) エ「多機能電子カードのキーを操作すると前記表示部に所定のデータセットが表示され,それによって該多機能電子カードは要求の単目的カードに変わる。」(同15頁) (2) 引用例1には,以下の記載がある。
ア「2.特許請求の範囲 (1) 複数の個人証明情報及び個々の個人証明情報に対応するコードを記憶する個人証明情報メモリと,暗証番号が記憶設定される暗証番号メモリと,外部入力される暗証番号と上記暗証番号メモリに記憶している暗証番号との比較により本人照合を行なう照合手段と,この手段による本人照合の後,外部入力されたコードに対応する上記個人証明情報メモリ内の個人証明情報のアクセスを可能とする手段とを具備したことを特徴とする電子式個人証明カード。
(2) 複数の個人証明情報及び個々の個人証明情報に対応するコードを記憶する個人証明情報メモリと,外部入力される暗証番号により本人照合を行なう照合手段と,この手段による本人照合の後,外部入力されたコードに対応する個人証明情報を上記個人証明情報メモリより読出して表示部に表示する手段とを具備したことを特徴とする電子式個人証明カードの表示方式」(甲第2号証1頁左下欄〜右下欄) イ「[発明の技術分野] 本発明は,複数の個人証明情報を記憶してなる電子式個人証明カード及びその表示方式に関する。」(同1頁右下欄) ウ「[従来技術とその問題点] ・・・現在・・・客は各クレジットカード会社のカードを別々に作り,これを専用のカードホルダ等に保管している。従って,多い人は,一人で20〜30枚のカードを持つことになる。
しかしながら,上記従来のように各クレジットカード会社別のカードを持つことは, a.カードの取扱いが面倒である。
b.カード枚数が多くなり,重くなると共にかさばる。
c.所望のカードを探すのが面倒である。
等の問題がある。」(同1頁右下欄〜2頁左上欄) エ「[発明の目的] 本発明は上記の点に鑑みてなされたもので,1枚のカードでクレジットカード等の複数の個人証明カードの機能を持たせることができる電子式個人証明カード及びその表示方式を提供することを目的とする。」(同2頁左上欄) オ「[発明の要点] 本発明は,複数の個人証明情報を記憶し,任意読出し操作により,暗証番号等による本人照合の後,所望の個人証明情報を読出せるようにしたものである。」(同号証2頁左上欄) カ「[発明の実施例] テンキー13の操作により,所望のクレジットカード会社に対応する数値コードを入力する。・・・該当数値に対応するクレジットカード会社名及び口座番号を・・・表示部12に表示する。」(同3頁右上欄) (3) 上記各記載によれば,本願発明及び引用発明は,いずれも,1枚のカードに複数のカードの機能を持たせて,1枚のカードを所持するだけで複数のカードを所持したときと同じ利用性を可能とするとともに,複数のカードを所持したときの不便を解消することにより,「複数カードの利用を簡素化する」ことを目的とすることが,認められる。
この点についての審決の一致点の認定に誤りはない。
(4) 原告は,引用例1には,情報の書き込みの具体的態様(誰が,どのように書き込むか等)が記載されていない,と主張する。しかし,審決は,この点を相違点として摘示しており,相違点の看過はない。
3 取消事由3(一致点認定の誤り・相違点の看過の2)について (1) 原告は,引用発明は,転送して記憶するという構成を備えていない,と主張する。
しかし,2で認定したとおり,引用発明は,複数の単目的カードが既に存在することを前提に,それら複数の単目的カードの機能を兼ね備える一枚のカード(及びその表示方法)を提供する,というものである。したがって,個々の単目的カードが保持するデータセットを,引用発明の一枚のカードに転送し,記憶させる構成を備えていることは,当然である。
転送という語には,「情報を一つの場所から他の場所に移すこと」という意味もあるから(乙第1号証),単目的カードから直接,引用発明のカードにデータセットを移すにせよ,何らかの媒体(磁気ディスクや半導体メモリ等)を介して送るにせよ,そのことを,「転送」という語をもって表現すること自体は適切である。
(2) そのように理解できる引用発明の転送は,本願発明における態様の転送(データ保持手段を用いる)とは異なり得るものであり,データ保持手段を用いる転送が引用例1に明示に記載されていないことは,原告が指摘するとおりである。
しかし,この点について,審決は相違点として摘示している。
したがって,審決に,原告主張の一致点認定の誤り・相違点の看過はない。
4 取消事由4(一致点認定の誤り・相違点の看過の3)について (1) 原告は,引用発明は,本願発明が備えるデータセットをすべて備えるものではなく,また,検査端末で読み取られるものでもない,と主張する。
本願発明におけるカードとは,本願発明の請求項に記載されているとおり,「クレジットカード,小切手カード,顧客カード,身分証明カード,文書,キー,アクセス手段,マスターキー等」である。このうち,文書は,ロゴ,有効期限,カード番号を必須の要素としないものもある。
そうすると,本願発明が,データセットとして挙げている「発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等」は,単なる例示であって,これらの各データが必須のものでないことは,明らかである。
(2) 本願発明のカードには,例えば自動車の運転免許証等,各種免許証も含まれると解される(これは,身分証明カードの一種であると考えられる。) 他方,引用発明も,「個人証明カード」に関するものであり,その種類について限定はない。クレジットカードのほか,例えば,実施例の記載にある, 「1) ライセンス用として @ 自動車運転免許証 A 船舶免許 B 航空機免許 C その他,ライセンスに関する一般のもの 2)キャッシュカードとして 3)個人証明カード @ 健康保険証に準ずるもの (国民年金等も含む) A ビザ(国籍等)→全世界的な対応 B その他」(甲第2号証3頁左下欄) も含まれる。
したがって,引用発明の中には,各種免許証も含まれることは明らかであり,その場合,免許証として必要なデータセットをすべて保持することは当然である。
そうすると,引用発明の中には,まさに本願発明のカードと同一のデータセットを保持するものが存在するということができる。
原告の主張は,本願発明の多機能電子カードのうち,クレジットカードをとりあげ,それに関する機能のみをとらえて主張するものであって,失当である。
(3) なお,クレジットカードとして機能させる場合に着目しても,前記のとおり,本願発明の請求項の「発行者の名称,その指定,ロゴ,有効期限,カード番号等」は,クレジットカードとして一般的に持つ情報(データセット)を列挙したものであり,そのことは周知の事項であると解される。引用発明のカードも,クレジットカードとして使用されるものである以上,クレジットカードが一般的に保持するデータセット(実施例で例示されている各クレジットカード会社に対応させた数値コード,クレジットカード会社名,口座番号以外も含めたもの)を備えていることは,そのことが明細書中に具体的に記載されていなくても,当然のこととして肯定することができる。
したがって,複数のクレジットカードを兼ねる多機能電子カードとして,本願発明のカードと引用発明のカードは,同じデータセットを保持するものと認めることができるのである。
(4) また,本願発明のカードの使用態様は,検査端末で読み取られるものに限定されるものではない。例えば,文書や身分証明カードは,人間に提示するだけという使用態様もあり得る。このことは,本願発明の請求項の文言には,検査端末などという言葉がないのに対し,本願発明に従属する請求項6ないし12において,「・・・検査端末に・・・多機能電子カードを挿入し・・・」などという語が用いられている(甲第4号証の3)ことからも明らかである。
したがって,本願発明のデータセットが,検査端末で読み取られるものである,として,相違点の看過をいう原告の主張も,失当である。
(5) 以上のとおりであるから,引用発明の個人証明情報が,本願発明のデータセットに相当することは明らかであり,取消事由4の主張も,理由がない。
5 取消事由5(進歩性判断の誤り)について (1) 引用例1には,既に引用してある箇所に加え,次の記載がある。
「また,上記個人証明情報メモリ28には,例えばカード使用者が加入しているクレジットカードに関する個人証明情報が書込まれる。例えば上記個人証明情報メモリ28には,第3図に示すように3つのエリアa1,a2,a3が設けられており,エリアa1には各クレジットカード会社に対応させた数値コード(このコードはカード所有者が任意設定可能とする),エリアa2にはクレジットカード会社名,エリアa3には上記各クレジットカード会社の口座番号が予め書込まれる。」(甲第2号証2頁左下欄) (2) 上記記載によれば,引用発明の個人証明カードには,単目的カードのデータセットが予め書き込まれることが明らかであるが,引用例1には,データセットを予め書き込む方法についての記載はない。しかし,予め書き込むためには,各クレジットカード会社等,単目的カードの発行者が,何らかの形で,データセットを事前に用意していることが必要である。そうすると,引用例1でも,複数の単目的カードの機能を持つ個人証明カードを作成する際に,単目的カードのデータセットが用意される過程と,そのデータセットを個人証明カードに書込む過程とを経ることになるということができる。
(3) 引用例2には, 「(産業上の利用分野) 本発明は,たとえばICカードなどの携帯可能記憶媒体を発行する携帯可能記憶媒体処理装置に関する。」(甲第3号証1頁右下欄) 「この種のICカードは,通常,カード製造者から未発行の状態でカード発行者に渡され,カード発行者において所定のデータを書込むことにより発行され,使用者に渡されるようになっている。」(同2頁左上欄) との記載があるほか,実施例として,装置の動作状況の説明が記載されている(同2頁左下欄〜13頁右下欄)。
これらの記載によれば,引用例2には,ICカード発行者に関するデータセットとして発行者名,発行者コード及び発行者暗証番号を,カードに共通する固定データセットとしてプログラム及びエリア区分などを,並びにカード携帯者に関する可変データセットとして携帯者の氏名及び口座番号などを含むICカードに書込むべきデータセットを,それぞれ,キーカードKC,フィックストデータカードFC及びフロッピィディスクに事前に記録しておき,キーカードKC,フィックストデータカードFC及びフロッピィディスクと,未発行ICカードを処理装置にセットした後,ICカードに書込むべきデータセットを,キーカードKC,フィックストデータカードFC及びフロッピィディスクから,未発行ICカードに書込むことが開示されていることが分かる。そのうち,少なくともICカード発行者に関するデータセットが記録されているキーカードKCが,ICカード発行者から,処理装置の操作者に供給されたものであることは,明らかである。
すなわち,引用例2には,データセットは単目的カード(ICカード)の発行者によって供給されるデータ保持手段(少なくともキーカードKCが対応)によって転送され,且つ,該データ保持手段及び前記多目的カード(未発行カード)を転送装置(処理装置)にセットして該単目的カードのデータを前記多機能電子カードに転送し,という,審決が相違点として指摘した2過程が開示されているということができる。
(4) そうすると,前記のとおり,引用例1において経ることとなる単目的カードのデータセットが用意される過程と,そのデータセットを書込む過程という二つの過程に,引用例2に開示された上記二つの過程を採用することは,当業者が容易になし得ることであるというべきである。
したがって,審決の,相違点についての判断に誤りはない。
(5) 原告は,引用例1,2,甲6公報及び甲7公報には,単目的カードの発行者がデータ保持手段を供給し,多機能電子カードの所持者が該カードの記憶部に転送する技術思想は開示されていない,と主張する。
しかし,本願発明において,データ保持手段が供給される相手が,カード所持者であり,カード所持者が自らデータの転送を行う態様のものに限定されていないことは,既に述べたとおりであり,原告の主張は,その前提を欠くものであって,失当である。
そして,引用例2に,単目的カードの発行者がデータ保持手段を供給し,処理装置の操作者がカードの記憶部に転送する技術思想が開示されていることは,前記のとおりであり,引用例1にこれを適用して,転送装置にセットしデータを転送する本願発明に至ることが容易であることも前記のとおりである。
(6) なお,引用例2は,原告が主張するように,「単目的カードの発行処理装置」に関するものであるが,多目的カードに単目的カードのデータセットを複数回書込むことにより,多機能電子カードを得ること自体は,すでに引用例1に開示されており,引用例1の予定している複数回の書込みの各々に,引用例2の「単目的カードの発行処理装置」の書込み過程を適用することは容易になし得ることであるから,引用例2が「単目的カードの発行処理装置」であることは,引用例1への適用の妨げとなるものではない。
6 取消事由6(顕著な作用効果の看過)について 原告の主張は,所持者の署名,カード発行者のロゴ,有効期限,カードの指定(データの真正を証明する情報)が,データセットの必須の要素であることを前提とし,また,本願発明が,クレジットカードとして使われる場合に発揮される顕著な作用効果をいうものである。
しかし,本願発明における,データセットの記載が,例示に過ぎないこと(署名が必須の要素でないことは,「【請求項2】前記多機能電子カードの利用時に該多機能電子カードの所持者によってなされる署名と前記記憶部に格納された署名とを比較して照合する,請求項1に記載の方法。」(甲第4号証の3・2頁)との対比から,明らかである。),本願発明が,クレジットカードとしてだけ機能するものでないことは,前記のとおりである(なお,「カードの指定」が,原告のいうように,「データの真正を証明する情報」を指すと解釈すべき理由はない。)から,原告の上記主張は,その前提を欠き,失当である。
7 取消事由7(手続上の法令違背)について 審決は,相違点についての判断に関して,「クレジットカードや身分証明等の目的で発行されるICカードでは,該ICカードに転送されるデータを磁気ディスクやフロッピーディスク等のデータ保持手段から読み出して該ICカードに記憶させることは,引用例2に記載されるように従来から行われてきたことである。また,ICカードにデータを転送し記憶させる際に転送装置を用い,転送記憶するデータを保持するICカード等のデータ保持手段からデータ転送を行うことは,周知である(例えば,特開昭61-48089号公報(判決注・甲6公報),特開昭62-93779号公報(判決注・甲7公報)参照)。」(審決書5頁〜6頁)と説示している。
審決の上記説示からすれば,審決がかっこ書きで引用する甲6公報及び甲7公報は,いずれも当業者が当然知っているべき周知技術であることを示すものとして,例示されているに過ぎないことが明らかである。
したがって,審決が甲6公報及び甲7公報を引用したことは,新たな拒絶理由に基づき判断したことになるものでないことはいうまでもないし,また,本件においては,前記のとおり,甲6公報及び甲7公報を用いるまでもなく,本願発明の容易想到性を認めることができるのであって,これらの文献について原告に意見を述べる機会が与えられなかったからといって,審決に特許法159条,50条の手続違背があるということはできない。
8 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは認められない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久