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関連審決 異議2000-71871
関連ワード 物の発明 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  参酌 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  補助参加 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 392号 特許取消決定取消請求事件
原告 ユニチカ株式会社
訴訟代理人弁理士 森本義弘
同 板垣孝夫
同 笹原敏司
同 原田洋平
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 涌井幸一
同 一色由美子
同 宮坂初男
同 宮下正之
被告補助参加人 東洋紡績株式会社
訴訟代理人弁理士 植木久一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/08/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2000−71871号事件について平成13年7月12日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は,原告及び被告との間で生じた部分は被告の負担とし,参加によって生じた部分は補助参加人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 主文第1項と同旨 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 (1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「2軸配向ポリアミドフイルム及びその製造法」とする特許第2971306号の特許(平成5年10月18日出願(以下「本件出願」という。),平成11年8月27日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は4である。本件出願に係る願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。)の特許権者である。
平成12年5月1日,本件特許に対し,請求項1,3及び4について特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これを異議2000-71871号事件として審理し,その結果,平成13年7月12日,「特許第2971306号の請求項1,3,4に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月6日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 請求項1 ポリ-ε-カプラミド(N6という。)とポリメタキシリレンアジパミド(MXD6という。)との重量比80〜95/20〜5の混合物からなる2軸配向ポリアミドフイルムであって,N6中にMXD6がフィルム長手方向に長い島状に分散しており,フィルムの長手方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子断面のフィルム長手方向の長さの数平均値をLM(μm),フィルムの巾方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子断面のフィルム巾方向の長さの数平均値をLT(μm),さらにフィルムの巾方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子の個数をN(個/μm2)とするとき,次の式(1)〜(3)を満足することを特徴とする長手方向の引裂直進性を有する2軸配向ポリアミドフィルム。
0.1≦LT≦0.5 (1) LM/LT≧4 (2) N≧10 (3) (2) 請求項2 N6とMXD6とからなり,それらの重量比が80〜95/20〜5で,N6に対するMXD6の溶融粘度の比(R)が0.2〜2.5である混合物を口金孔の間隙とシートの厚さとの比(DR)が5以上となる条件で口金孔からシート状に吐出し,冷却して得られたシートを水分率1〜6重量%に調整した後,150〜220℃の温度で延伸倍率3.0〜4.0倍の範囲で同時2軸延伸し,続いて190〜220℃の温度で熱処理することを特徴とする長手方向の引裂直進性を有する2軸配向ポリアミドフィルムの製造法。
(3) 請求項3 請求項1記載の2軸配向ポリアミドフィルムを少なくとも1層に使用した引裂直進性を有する積層フィルム。
(4) 請求項4 請求項3記載の積層フィルムを使用し,2軸配向ポリアミドフィルムの長手方向が引裂方向となるように製袋した易開封性包装袋。
(以下,それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明3」,「本件発明4」という。また,本判決の以下の文中では,上記請求項におけるのと同じ意味で,「N6」,「MXD6」,「LM」,「LT」,「N」,「R」,「DR」の語を用いることとする。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明1は,特公昭57-8646号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるから,特許法29条1項3号に該当し,本件発明3及び4は,引用発明及び周知技術に基づき,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条1項3号の規定に該当するものであり,いずれも,拒絶の査定をしなければならない発明に対してなされたものである,とするものである。
4 決定が認定した,引用例の記載内容,本件発明1と引用発明との一致点・一応の相違点 (1) 引用例の記載内容 「(a)「脂肪族ポリアミド97〜80(重量)%,およびメタキシリレンジアミンと,もしくはメタキシリレンジアミンおよび全量の30%以下のパラキシリレンジアミンを含む混合キシリレンジアミンと,炭素数6〜10のα,ω脂肪族ジカルボン酸の1種以上からなるジカルボン酸とから得られる構成単位を分子鎖中に少なくとも70モル%以上含有するポリアミド3〜20(重量)%とを含有する混合ポリアミドを膜状で押出して未延伸フィルムを得,次いで4万%/分から6千万%/分の変形速度で縦方向に2〜6倍延伸し,しかる後横方向に500%/分から10万%/分の変形速度で2〜6倍延伸することを特徴とする二軸延伸ポリアミドフィルムの製造法。」(特許請求の範囲) (b)「本発明方法で使用する脂肪族ポリアミドとしてはナイロン6,・・・あげられる。またメタキシリレン基を含有するポリアミドとしては,例えばポリメタキシリレンアジパミド・・・があげられる。」(第3欄最終行〜第4欄第23行) (c)「このようにして得られたフィルムは・・・すぐれた抗張力,ヤング率,耐熱性,寸法安定性,透明性並びにガス遮断性を有し,食料品,繊維類の包装などの種種の用途に使用される。」(第6欄第36〜41行) (d)「実施例2. 比較例2. 脂肪族ポリアミドとしてポリ-ε-カプロラクタム(ηrel=2.8)85部とメタキシリレン基含有ポリアミドとしてポリメタキシリレンアジパミド(ηrel=2.1)15部とからの混合ポリマーから,260℃で溶融してTダイ上り冷却ロール上に押出して,厚さ200μの未延伸フィルムを得た。この未延伸フィルムを第3表に示す条件下で逐次二軸延伸した。ただし,縦延伸倍率=3.5倍,横延伸倍率=3.7倍。比較例に示すように特許請求の範囲外では逐次二軸延伸性は不良であった。」(第8欄第27行〜最終行) (e)「実施例3. 実施例2と同様に,厚さ200μの未延伸フィルムを得,このフィルムを第4表に示す条件下で逐次二軸延伸した。」(第11欄第2行〜第12欄第2行) (f)「 (第6頁第4表)」 (2) 本件発明1と引用発明との一致点 「ポリ-ε-カプラミド(N6という。)とポリメタキシリレンアジパミド(NXD6(判決注・「MXD6」の誤記と認める。)という。)との重量比80〜95/20〜5の混合物からなる2軸配向ポリアミドフィルムの点」 (3) 本件発明1と引用発明との一応の相違点 「フィルム性状について,前者(判決注・本件発明1)では,「N6中にNXD6(判決注・MXD6の誤記と認める。)がフィルム長手方向に長い島状に分散しており,フィルムの長手方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子断面のフィルム長手方向の長さの数平均値をLM(μm),フィルムの巾方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子断面のフィルム巾方向の長さの数平均値をLT(μm),さらにフィルムの巾方向断面上に観察されるMXD6の分散粒子の個数をN(個/μm2)とするとき,次の式(1)〜(3)を満足することを特徴とする長手方向の引裂直進性を有する2軸配向ポリアミドフィルム。
0.1≦LT≦0.5 (1) LM/LT≧4 (2) N≧10 (3)」 と規定されているのに対し,後者(判決注・引用発明)では,それらについて特に記載されていない点」 (以下,「一応の相違点」という。)
原告の主張の要点
1 取消事由1(本件発明1と引用発明との同一性の判断の誤り) (1) 証拠の採用の判断の誤り ア 決定は,A作成の実験成績報告書(甲第4号証の3,以下「甲4の3報告書」という。)を参照して,結論を導いている。
しかし,同報告書は,著しく信憑性を欠くものである。
イ 甲4の3報告書には,「5.実験の結果」として,LMが1.7μm,LTが0.4μm,LM/LTが4.25であったことが記載されている。しかし,同報告書は,これらの数値が真正なものであると認めさせるものではない。
同報告書には,上記の数値を計測する方法として,電子顕微鏡で写真を撮影し,この写真を用いて,ポリアミドフィルムの縦方向(MD)及び横方向(TD)を観察した,としている。しかるに,肝心な電子顕微鏡写真が添付されていない。写真の画像データが不鮮明であるというならば,観察した各分散粒子ごとの寸法の測定結果を記載するのが常識であるにもかかわらず,そのような記載もない。
分散粒子の数Nについても,同様に,それを数えたとする写真が添付されていない。
要するに,同報告書には,詳細な測定方法は記載されているものの,元データである写真や個別の観察結果が一切記載されていないのであって,このように結果の正確性を検証することができないような報告書を,信憑性あるものとすることはできないというべきである。
異議申立ての審理においては,実務上,そのような不明瞭な実験報告書は証拠として採用されていない(甲第10号証の1ないし3,第11号証)。
ウ 後記(2)のとおり,引用発明の二軸配向ポリアミドフィルムの物性は,本件発明1のそれとは異なる。実体においても,甲4の3報告書は,信憑性を欠くものである。
エ 以上のとおり,実験データの記載がなく信憑性のない甲4の3報告書を,特許異議申立ての審理において証拠として採用することは許されないというべきである。
(2) 本件発明1と引用発明の,二軸配向ポリアミドフィルムの同一性の判断の誤り 決定は,本件発明1の二軸配向ポリアミドフィルムは,引用例に記載された方法で製造された二軸配向ポリアミドフィルムと同一である,としている。
しかし,引用例の実施例3-1に記載された方法により製造された二軸配向ポリアミドフィルムは,本件発明1の物性を具えた二軸配向ポリアミドフィルムではない。
ア 本件発明1は,本件発明2の製造方法により製造されるものである。これにより,長手方向の引裂直進性等に優れた二軸配向ポリアミドフィルムの,安定した製造に成功したものである。
本件発明1と同一の組成物から成る二軸配向ポリアミドであっても,R,LT,N等が不適切なため,良好な引裂直進性が得られないものがあることは,本件明細書の表1,表2から明らかである(比較例3,4)。
引用例の実施例3-1に基づいたとする甲4の3報告書には,製造において採用されるDRの値が記載されていない。これでは,引裂直進性に優れたものになるかどうか分からない。引用例1に記載された方法で製造したのでは,後記イのとおり,本件発明1の(1)ないし(3)を満たし,引裂直進性に優れた二軸配向ポリアミドフィルムを,工業的に安定して生産できるとはいえない。
したがって,引用発明が,本件発明1と同一である,とはいえない。
イ 原告は,甲4の3報告書と,可能な限り同一の条件のもとで,実験を行い,引用例の実施例3の二軸配向ポリアミドフィルムを製作した。
甲第7号証及び第8号証は,その実験報告書であるが,これらによると,LT=0.56,LM=1.04,LM/LT=1.9,N=4.9となり,本件発明1の(1)ないし(3)の条件をいずれも満たさないし,引裂直進性も不良であった。
甲第9号証は,甲第7号証及び第8号証と同じポリアミドフィルムにつき,より鮮明な写真に基づき測定した結果に関する報告書である。この測定でも,LT=0.56,LM=1.27,N=5.5となり,やはり,上記(1)ないし(3)の条件を満たさない。
所定の観測範囲(50μm2)におけるMXD6粒子の測定(一端が上記範囲からはみ出したものも対象とする。)を行った結果でも,LM=1.35.LT=0.56,N=5.9と,本件発明1の構成要件に該当しない。
ウ 被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)は,甲4の3報告書の信用性を補強するものとして,丙第1号証を提出する。しかし,以下のとおり,丙第1号証によっては,甲4の3報告書を補強することはできない。
(ア) 甲第7,第8号証において,ポリアミドフィルム製造の際採用したDRは4であるのに対し,丙第1号証のDRは5であって,測定の対象となったポリアミドフィルムが異なるものとなったため,異なる測定結果が出たものである。
そして,引用例の実施例3には,N6中のMXD6粒子の分散形態に大きく影響するDRが記載されておらず,同実施例において,DRの値として5を採用することは適切でないから,丙第1号証の測定結果は,LM等に関し,引用発明の性質を示したものとはいえない。。
(イ) 被告及び補助参加人(以下「被告ら」という。)は,DRを5とすることは,丙第2号証(「新版高分子辞典」(高分子学会高分子辞典編集委員会編,1991年8月10日第3刷発行(1988年11月25日初版発行))に基づき,当業者が自然に想到できることである,と主張する。
そもそも,決定は,DR=5の条件を採用することが,引用例の出願日における技術常識であったなどとは説示してはいない。そのことを立証するものであると被告らが主張する丙第2号証は,1991年(平成3年)8月に刊行されたものであるから,これが,引用例の出願日である昭和50年10月の時点での技術常識になることはあり得ない。
(ウ) 仮に,引用例の頒布時において,DRとして3〜25の範囲の値を採用することが新規なことではなかったとしても,なお,5の値を採用することが,引用例に記載されているに等しい事項ということはできない。
引用発明は,良好な機械的性質,耐熱性,耐寒性,透明性,ガス遮断性等を有するフィルムを提供するものであり,フィルム長手方向への優れた引裂直進性を実現することについて,何ら示唆するものではない。DRを5とすることにより,引裂直進性を向上させることは,引用例頒布当時の技術常識ではなく,引用例に開示されてもいない。
(エ) 以上のとおり,引用発明の製造において,DR=5の条件を採用することはできない。その条件を採用した丙第1号証の二軸配向ポリアミドフィルムが,本件発明1と同一のものであるとしても,引用発明がそうであるということはできない。
エ 本件で,本件発明1と引用発明が同一であり,新規性がない,とする結論を採ることは,N6とMXD6との混合ポリマーを材料とするフィルムであれば,それが特定の条件を選定することで新規かつ有用な性能を発揮するものであっても,引用例に照らし新規性がないということになってしまう。そのような結果をもたらす法運用は,適正なものであるとはいえない。
2 取消事由2及び3 決定は,本件発明1と引用発明が同一であることを前提に,本件発明3及び4の進歩性を否定しているから,取り消されるべきである。
被告らの反論の要点
1 取消事由1(本件発明1と引用発明との同一性の判断の誤り)に対して (1) 証拠の採用の誤りに対して 甲4の3報告書は,学術論文ではないのであり,裏付けとなる実験資料を添付することが必要であるとはいえない。
本件明細書においても,電子顕微鏡写真や,個々の分散粒子の測定値は示されていない。測定方法が明記されていれば,中間段階の作業の詳細まで開示する必要はない,との共通の認識があるからである。
(2) 本件発明1と引用発明の,二軸配向ポリアミドフィルムの同一性の判断の誤りに対して ア 本件発明1は,物の発明であるから,特定の製造方法(本件発明2の製造方法)により製造されたものに限定して解する必要は全くない。DRの値は,本件発明1の構成要件に含まれていないのであるから,それがどうであろうと,本件発明の新規性の判断には関係ない。
引用例に記載された方法で,本件発明1と同じものが,工業的に安定してできるか否かは,本件の二軸配向ポリアミドフィルムの発明の新規性の判断とは,無関係である。
本件明細書の比較例3及び4と引用例の実施例3とは,同一のものではない。前者に引裂直進性がないからといって,後者もそうである,とはいえない。
イ 引用発明について,補助参加人が追試したところ(DRは5を採用している。),LTの平均値は0.45,LTの平均値は3.3以上,Nの平均値は13.5,LM/LT≧7.3となり,本件発明1の(1)ないし(3)の条件を満たし,引裂直進性も良好であった(丙第1号証)。
引用発明が,本件発明1と同一のものであることは,明らかである。
補助参加人は,引用例に開示された製造条件については全てそれに準拠することとし,引用例に記載のない条件については,技術常識及び汎用性に照らして妥当と思われる条件を採用したものである。
これに対し,原告は,引用例の実施例3には,N6中のMXD6粒子の分散形態に大きく影響するDRが記載されておらず,DR=5で追試することは上記実施例3-1の追試に当たらない旨主張する。
しかし,丙第2号証のTダイ[T die]の項には「フィルムまたは薄物シート成形では,0.5〜1.5mm程度のダイリップ間隙から流出した樹脂はロールと接触するまでの空間で0.02〜0.5mmに引落とし[draw down]を行う。」(290頁左欄16行目〜19行目)と記載されており,このダイリップ間隙,引落とし後のフィルム(シート)の厚さは,本件発明1の口金孔の間隙,シートの厚さにそれぞれ相当するから,これらに基づけば,口金孔の間隙とシートの厚さの比(DR)を求めることができる。
この際,薄いフィルム(例えばフィルム厚み0.02mm)を得るときは口金孔の間隙を小さくし(例えば0.5mm),厚いフィルム(例えばフィルム厚み0.5mm)を得るときは口金孔の間隙を大きくする(例えば1.5mm)というのが実用的であると考えられる。そこで,この考えに基づいて通常考えられるDR値を計算すると, フィルム厚さが0.02mmのときは, DR=(0.5/0.02)=25 フイルム厚さが0.5mmのときは, DR=(1.5/0.5)=3 となり,「3〜25」という範囲が選択されることになる。
つまり丙第2号証からは,当業者であれば,DRとして「3〜25」程度にするのが通常であることが分かる。
引用例の実施例3-1には,口金孔の間隙は記載されていない。しかし,丙第2号証のダイリッブ間隔に関する記載から,その口金孔の間隙は0.5〜1.5mm程度と考えるのが通常である。そして引用例の実施例で得られる未延伸フィルムの厚みは200μm(0.2mm)であるから,これらの値からDRを計算すると, DR=(0.5〜1.5/0.2)=2.5〜7.5 という値が得られるのである。
引用例にはDRについて記載されていないものの,上記考察から明白であるように,当業者にとっては,DR=2.5〜7.5という技術内容を極く自然に読み取ることが可能なのである。引用発明を追試する場合にも,極く自然に,まさにその中間値であるDR=5の条件を採用することが想起されるのである。
2 取消事由2及び3に対して 本件発明1と引用発明の同一性を肯定した決定の判断に誤りはないから,その誤りがあることを前提にする原告の主張は,成り立たない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と引用発明の同一性の判断の誤り)について (1) 証拠の採用の判断の誤りについて 原告は,実験データを掲載せず,測定結果だけを掲載した甲4の3報告書を証拠として採用することは許されない,と主張する。
しかし,特許法等には,特許異議の審理手続において,証拠として提出される実験報告書等の記載内容を定めた規定はなく,実験データ等の記載がないからといって,そのことを理由に,証拠となり得ないとか,あるいは証拠から排除しなければならないと解すべき根拠はない。最終的な結果を導く前提となるデータの記載を欠く実験報告書は,当該結果の客観性,正確性を第三者が検証することが困難ないし不可能となり得るという点で,その証拠価値ないし証明力の評価について留意すべきであるということはいえても,そのような報告書が,当然に証拠として採用することができないとか,これに基づいて判断することが許されないとまでいうことはできない。原告主張の点は,あくまで当該実験報告書の証拠価値ないし証明力の問題として,その報告書に基づく決定の判断の適否の問題として検討すれば足りるというべきである。このことは,仮に,実務上,前提となるデータを記載している実験報告書が多いということがあるとしても,何ら左右されるものではない。
(2) 本件発明1と引用発明の,二軸配向ポリアミドフィルムの同一性の判断について ア 原告は,本件発明1は本件発明2の製造方法(これは,DR≧5を,製造条件の一つとするものである。)により製造されるものである,と主張する。
しかし,本件発明1は物の発明であり,製造方法がどのようなものであろうとも,本件発明1の物性を具えるものが本件発明1に含まれることは明らかである。本件発明2の製造方法によって製造された物だけが,本件発明1であるとする原告の主張は,採用できない。
イ 引用例には,引用発明のLM,LT,Nの値の記載がないから,引用例の記載だけからは,直ちに引用発明が本件発明1と同じ物性を具えたものであるかどうかを判断することはできない。
@ 甲4の3報告書は,引用例の実施例3-1に準じて二軸延伸ポリアミドフィルムを作製し,引用発明の物性として,LM=1.7,LT=0.4,LM/LT=4.25,N=20という測定結果(これらは,本件発明1の(1)ないし(3)の条件式を満たすものである。)と,引裂直進性が極めて良好である旨の実験結果とが得られた,とする(ただし,原告が主張するとおり,DRの値は明らかではない。甲第4号証の3)。
A また,丙第1号証は,未延伸フィルムの製造においてDR=5の条件を使用することを明らかにした上で,LM=3.3以上,LT=0.45,LM/LT=7.3以上,N=15.1という結果(これも,上記各条件式を満たす。)と,引裂直進性について測定した20片全てについて,対向辺まで引き裂くことができた,との実験結果が得られたとしている。
しかし,丙第1号証の実験結果と甲4の3報告書の実験結果とを比較すると,前者のLTが0.45であるのに対し,後者のそれが0.4で近い数値であるものの,LMは,前者が3.3以上に対し後者が1.7,Nは,前者が15.1に対し後者は20と,両者の間にかなりの差があることが認められる。したがって,丙第1号証が,甲4の3報告書に係る実験の正確な追試であるとは断言できず,前者が,後者の実験結果そのものの信憑性を補強するものである,ということはできない。
B 他方,甲第7ないし第9号証によれば,引用例の実施例3-1に準じて二軸延伸ポリアミドフィルムを製作したところ,LM=1.27,LT=0.56,LM/LT=2.3,N=5.5という結果(これらは,上記各条件式を満たさないものである。)と,フィルムのMD方向の引裂直進性がなかった,との実験結果が得られた,としている。なお,この実験では,DR=4の条件が採用されている(弁論の全趣旨)。
甲第12号証は,甲第9号証の電子顕微鏡写真について,丙第1号証の測定方法にならい,完結型分散粒子と未完結型分散粒子(粒子の両端の片方ないし双方が,測定範囲に含まれないもの)を共に測定対象としたものであり(甲第9号証は,完結型分散粒子のみ),その結果は,LM=1.35,LT=0.56,LM/LT=2.4,N=5.9となっており,甲第9号証のものとほぼ同じである。
しかし,本件で問題となるのは,本件発明1と引用発明の方法により得られた二軸配向ポリアミドフィルムとの同一性であり,その同一性を判断するために,引用例記載の技術内容を理解するための証拠として,審判手続におけるものと異なるものを提出できない,とする理由はないから,丙第1号証あるいは上記各甲号証を用いて,本件発明1と引用発明の同一性を認定することは当然許される。
上記A,Bからすると,DRの条件が二軸延伸ポリアミドフィルムの物性に影響を与えていることが窺われる。そして,甲4の3報告書では,実験において採用したDRの条件が不明であるが,丙第1号証によれば,引用例に開示された製造方法において,DR=5の条件を採用すれば,その製造方法により製造された引用発明は,本件発明1の物性を具えるものであることが認められる。他方,DR=4の条件では,甲第7号証ないし第9号証,第12号証に見られるとおり,引用例に開示された製造方法により製造された引用発明は,本件発明1の物性を具えないことが認められ,また,引用例に開示された製造方法において,その他の値,例えばDR=5を超える条件の下で本件発明1と同じ物性を具えることができるかどうかを明らかにする証拠は存在しない。
ウ ところで,引用例には,製造の際採用されるDRの値についての記載がなく,決定が言及する実施例3-1においても,どのような値のDRを採用して未延伸フィルムを製造したかは不明である。
そこで,引用例において,DR=5の条件が引用発明の内容となっているか,すなわち,そのような製造方法を含むことが開示されているといえるかどうかについて,検討する。
本件発明1が本件出願前に頒布された引用例に記載されているといえるためには,引用例に接した当業者が,一般的な技術水準(後記のとおり,この技術水準は本件出願当時のものである。)に基づいて,容易にその発明を実施し得る程度に,引用例において,本件発明1の物性を持つ二軸配向ポリアミドフィルムの製造方法が開示されていることが必要である。そうでなければ,本件発明1が引用例に記載された発明であるとして,特許法29条1項3号に該当するということはできないからである。
エ 被告らは,丙第2号証に記載された技術常識に基づいて,DR=5の条件は,当業者が自然に採用できる,と主張する。
これに対し,原告は,丙第2号証は,引用例の頒布時(公開時)より後に刊行されたものであり,引用例の出願時における技術常識ではない,と主張する。
確かに,丙第2号証(1991年8月発行)その他本件全証拠によっても,丙第2号証に記載されたDR計算の基礎となる数値が,引用発明出願時の技術常識であったと認めることはできない。
しかし,本件発明1の新規性を否定する根拠となるべき刊行物としての引用例の理解自体は,これに接した当業者がそれをどのように把握するか,という観点からなされるべき事柄であり,本件におけるように,引用例において限定がなく,自由に選択し得る製造条件については,当業者は,本件出願時における周知技術を前提に,それを選択することになることは当然である。したがって,丙第2号証が,本件出願時には既に刊行されたものである以上,そこに記載された技術常識参酌して,引用例の内容を理解することができることはいうまでもない。
オ しかし,本件においては,丙第2号証を参酌しても,DR=5の条件を採用することが技術常識であり,引用発明において,DR=5の条件による製造方法を含むことがその内容となっている,とまでは認めることはできない。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 引用例は,「本発明方法は混合ポリアミドから逐次二軸延伸法により良好な機械的性質,優れた透明性を有する配向されたフイルムを得ることを目的とする。」(甲第4号証の2の1頁2欄7行目〜9行目),「このようにして得られたフイルムは・・・すぐれた抗張力,ヤング率,耐熱性,寸法安定性,透明性並びにガス遮断性を有し・・・」(同3頁6欄36行目〜40行目),としている。このように,引用例に記載されている製造方法は,そもそも,二軸配向ポリアミドフィルムの引裂直進性の向上を目的とするものではなく,引用例においては,DRの条件,あるいはDRとの関係について,何ら記載されてはいないし,引用発明の製造方法においてDR=5の条件を採用する技術思想の開示も示唆もない。
(イ) 被告らは,丙第2号証の「0.5〜1.5mm程度のダイリップ間隙から流出した樹脂はロールと接触するまでの空間で0.02〜0.5mm程度に引落とし[draw down]を行う。」(290頁左欄)との記載をとらえて,これによれば,DRとしては3〜25程度にするのが通常であることがわかり,引用例の実施例では未延伸フィルムの厚みは200μm(0.2mm)であるから,これらから計算されるDR値は2.5〜7.5となり,その中間値であるDR=5の条件を採用するのはごく自然である,と主張する。この被告らの主張は,引用例には,口金孔の間隙の記載はないものの,丙第2号証に開示されている,0.5mm〜1.5mm程度である,と考えるのが通常である,ということに基づくものである。
しかし,引用発明のフィルムの素材と,丙第2号証で想定しているフィルムの素材の異同・類似性等は明らかでなく,そもそも,この丙第2号証の開示内容であるダイリップ間隙と未延伸フィルムの厚さとの関係が,引用発明の製造過程にも当然にあてはまるとか,採用されるのが普通である,と認めるに足りる具体的な根拠は存在しないのである。
また,丙第2号証には,0.5mm〜1.5mmのダイリップ間隙から流出した樹脂が,0.02〜0.5mmに引き落とされる,ということが記載されているに過ぎないのであって,樹脂が,0.5mmのダイリップ間隙から流出した場合は,当然に0.02mmに引き落とされ,1.5mmのダイリップ間隙から流出した場合は,当然に0.5mmに引き落とされる,ということまで記載されていると読み取ることは,必ずしもできない。仮に,0.5mmのダイリップ間隙と0.5mmの引き落とし,1.5mmのダイリップ間隙と0.02mmの引き落としとを対応させれば,DRは1〜75の範囲となるのであって,これは,被告らの主張するDRの範囲とは,大きく異なる。
この点はさておき,もし,被告らが主張するような対応関係が成立するというのなら,0.2mm(200μm)の場合のみ,0.5mm〜1.5mmの全範囲に対応する必然性は認められないはずである。そうすると,引用例の実施例3-1において,DRが2.5〜7.5の範囲内にあるとする被告らの主張の前提が成り立たないことになる。
少なくとも,DR=5の条件が周知であるというために必要な,200μmの未延伸フィルムとダイリップ間隙1mmの対応関係について,それに多少の幅を持たせたものを含めても,それが一般的な技術常識であるということまでを,丙第2号証から読み取ることはできないというべきである。
(ウ) 以上のとおり,本件出願時において,DR=5の条件を採用することが一般的な技術常識であったと認めるに足りる証拠はなく,前記引用例の記載内容からしても,引用例において,DR=5の条件で製造することがその内容に含まれているとか,そのことが実質的に開示されていると認めることはできないというべきである。
カ もっとも,引用発明において,DR=5の条件を採用することが排除されているとまで認めることはできないから,当業者が,引用例の記載に基づいて製造したものが,本件発明1の物性を具えるものとなる可能性が零であるといえないことも事実である。
しかし,前記のとおり,引用例には,DR=5はもちろん,どのような範囲の値を採るのが好ましいかの開示も示唆もないことからすれば,引用発明の製造方法において,採り得るDRの値の幅は相当に広いものというべきであるから,本件発明1の物性を具えないものもまた,多数製造され得ることは明らかである。
このように,引用発明において,特段の意図に基づくことなく,たまたま本件発明1の物性を具えるものが製造されることがあり得るからといって,当業者が容易に実施し得る程度に本件発明1の物性を持つ物の製造方法が引用例に開示されているとはいえないことはいうまでもない(もとより,必ずしも工業的に安定して製造できる方法が開示されていなければならないわけでないことは,被告らの主張するとおりであるが,上記のとおり,たまたま本件発明1の物性を具えるものが製造されることがあり得るということだけで,本件発明1が引用例に開示されているとか,本件発明1に新規性がないとすることはできない,というべきである。)。
キ 以上のとおりであって,DR=5の条件は引用例に記載された方法に係るものとはいえないから,引用例の方法により作製されたとする甲4の3報告書や丙第1号証の実験結果をもって,本件発明1が引用発明と同一のものであり,本件発明1が引用例に記載された発明に当たると認めることはできない。
したがって,両者が同一であり,一応の相違点は実質的な相違点ではないとした決定の認定判断は,誤りであるといわざるを得ない。
2 取消事由2及び3について 決定は,本件発明1が,引用発明と同一であることを前提に,本件発明3及び4の容易推考性を肯定している。本件発明1と引用発明とが同一であるとする判断が誤っているのであるから,決定は,本件発明3及び4と対比すべき引用例の認定を誤り,相違点を看過したことになるものであって,容易推考性についての判断の当否を検討するまでもなく,本件発明3及び4についての決定の結論は,誤っていることになる。
3 結論 以上のとおりであるから,原告が主張する取消事由は,いずれも理由がある。
よって,原告の本訴請求を認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,66条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久