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関連審決 無効2010-800240
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事件 平成 24年 (行ケ) 10212号 審決取消請求事件

原告 イルジンマティリアルズ株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
訴訟代理人弁理士 片山健一
同 石井良夫
同 吉見京子
被告 ソニー株式会社
被告 古河電気工業株式会社
被告ら両名訴訟代理人弁護士 上山浩
同 小川直樹
同 井上拓
被告古河電気工業株式会社訴訟代理人弁理士 山ア京介
同 古川友美
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/04/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
-1-2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2010-800240号事件について平成24年2月9日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯被告らは,発明の名称を「非水電解液二次電池及び非水電解液二次電池用の平面状集電体」とする特許第3742144号(平成8年5月8日出願,平成17年11月18日設定登録,請求項の数4。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成22年12月28日,特許庁に対し,本件特許について無効審判を請求した(無効2010-800240号事件)。
被告らは,平成23年12月21日,特許庁に対し,本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)の訂正(以下「本件訂正」とい,本件訂正後の明細書を「本件訂正明細書」という。)を請求した(甲37)。
特許庁は,平成24年2月9日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月17日原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載(1) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載(甲37)「【請求項1】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項2】 非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって, 当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする平面状集電体。
【請求項3】 上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,防錆被膜によって被覆されていることを特徴とする請求項1記載の非水電解液二次電池。
【請求項4】 上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,シランカップリング剤によって被覆されていることを特徴とする請求項1記載の非水電解液二次電池。」(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載(甲15)(下線部が訂正箇所。以下,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された各発明を「本件発明1」「本件発明2」などといい,本件発明1〜4を併せて「本件発明」という。)「【請求項1】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さ にして1.3μm以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項2】非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする平面状集電体。
【請求項3】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であって,上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,防錆被膜によって被覆されていることを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項4】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であって,上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,シランカップリング剤によって被覆されていることを特徴とする非水電解液二次電池。」 3 審決の理由 審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1) 本件訂正(訂正事項1〜32)についてア 訂正事項2,6,11,14,17,20,23,25,27,30について上記訂正事項のうち,訂正事項25以外のものは,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差」を「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差」に訂正するものであり,訂正事項25は,「長さLだけだけ」を「長さLだけ」に訂正するものであるから,いずれも誤記の訂正を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
イ 訂正事項4,32について 上記訂正事項は,請求項1,2に記載された「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
ウ 訂正事項1,3,5,7〜10,12,13,15,16,18,19,21,22,24,26,28,29,31について訂正事項1,3,5,7は,請求項1,2に記載された「マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さい」を,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下」に訂正するものであり,訂正事項8,9は,請求項1の記載を引用して上記記載を含む独立請求項に書き改めるものであって,いずれも,請求項1〜4に係る発明の発明 特定事項であった「マット面の表面粗さ」「マット面と光沢面の表面粗さの差」さらにこの二つの発明特定事項から計算上発明特定事項となる「光沢面の表面粗さ」について,その数値範囲をより限定するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
訂正事項10,12,13,15,16,18,19,21,22,24,26,28,29,31は,発明の詳細な説明において上記と同様の訂正をするものであり,請求項の記載に発明の詳細な説明を整合させるものであるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
(2) 無効理由(サポート要件違反)について 本件訂正明細書に記載された発明の詳細な説明には,本件発明が解決しようとする課題が,市販の電解銅箔を負極集電体に使用した場合の充放電サイクル特性の悪化にあり(【0006】),当該課題が生じている原因が,市販の電解金属箔では,一方の主面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎるため,活物質の塗布後のプレス工程で,集電体が活物質に沿った変形をしないことにあることを見出し(【0007】,【0013】〜【0015】),その変形が容易になるように,電解銅箔の表面粗さを数値限定したこと(【0016】)が記載されている。
さらに,当該数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて当該数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
すなわち,発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段, その具体例において課題が解決されたことが記載されている。
してみると,本件発明は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものである。
取消事由に係る原告の主張
審決には,@訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ(取消事由1),A訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ(取消事由2),Bサポート要件の判断の誤り(取消事由3)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)) (1) 審決は,「マット面と共に集電体表面を構成する光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすることは,作用効果の観点から自明なことである」と認定している。
しかし,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の 観 点から 自 明なことではない。すな わち,本件発明の 作 用効 果 の 観点からは,「集電体と活物質との接触性」が問題となり,具体的には,「マット面と活物質との接触性」と「光沢面と活物質との接触性」の双方が問題となる。電解銅箔においては,マット面と光沢面とで表面性状が全く異なり(甲24,25),表面性状が異なれば,プレス工程での活物質と集電体表面との接触の状態も異なるから,マット面と光沢面とでは,たとえ表面粗度が同じであったとしても,活物質との接触性が全く異なる。したがって,「マット面と共に集電体表面を構成する光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の観点から自明なことではない。
(2) 審決は,「本件特許明細書の請求項1には,光沢面の表面粗さの上限が,計算上5.5μmになること,段落0051には,当該発明の実施例において,光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmであることが記載されていたから,該上限を3.0μmにすることが新たな技術的事項を導入することにはならない。」とし ている。
しかし,被告は,本件訂正請求書(甲15)において,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかである旨主張しており,この主張を前提として,審決の上記結論付けが妥当であるというためには,本件発明の実施例1〜3においては,「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」一方で,比較例1においては,「光沢面の表面粗さ」が「上限」である「3.0μm」を超えていることが必要である。しかるに,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」実施例1〜3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及がない。
したがって,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかないから,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものである。
(3) 審決は,「この訂正は,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであり,実質的に発明特定事項であった光沢面の表面粗さの上限をより限定するものにすぎない。」としている。
しかし,審決では,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載事項のうち,どの記載を参照して,どのように総合して,どのような技術的事項を導いたのか,全く示されておらず,その認定・判断には,理由を十分に示していないという点において違法がある。
(4) 被告は,本件訂正請求書(甲15)において,訂正事項1の訂正原因に関 し,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識」であり,「マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さい以上,光沢面の表面粗さも10点平均粗さにして3.0μmより小さいことは自明」であると説 明している。
しかし,ドラム表面に形成された電解銅箔では,通常の電解であって何の処理も施さなければドラム側の主面(光沢面)の表面粗さの方が電解液側の主面(マット面)の表面粗さより小さいとしても,本件出願時においては,電解銅箔に処理を施すことにより,マット面の表面粗さを小さくしたり,又は,光沢面の表面粗さを大きくすることは適宜行われている。本件発明も,表面粗さを変更する態様も含むものであり,実際,実施例2及び3においては,光沢面の表面粗さの方がマット面の表面粗さより大きい。
したがって,被告の「自明の事項を明示的に記載」したにすぎないとの主張は,本件特許また,本件発明が登録されるまでの審査経過からみても,訂正が容認されるべきでないことは明らかである。
(5) 本件発明の審査経過から見ても,本件訂正は容認されるべきではない。
すなわち,出願当初の請求項1の記載は,「電解金属箔は,一方の主面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」(下線は原告)であった(当初の【請求項1】)。この点に関して,特許法36条4項及び同条6項1号の記載要件違反であるとの拒絶理由が通知された(平成17年4月15日付け,甲26)。
これを受けて,被告は,「一方の主面」を「マット面」に補正し,「この補正により,本願の各発明を構成する電解銅箔の表面粗さは,表1の実施例1〜3に対応するものとなり,比較例1として記載された電池は,本願発明の技術的範囲から除外されたものなり,本願明細書には,本願の各発明を当業者が容易に実施できる程度に明確且つ十分に記載されたものになったと思慮する。」との主張をし(平成17年6月16日付け意見書,甲27),登録されるに至った。
上記審査経過によると,被告は,表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さくという要件を規定するのは光沢面ではなくマット面であると主張し,一方の主面である光沢面については3.0μmより小さくと 規 定することを 放 棄( 削除)したに等しいのであるから,今更,マット面だけでなく光沢面について「表面 粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」という要件を復活させるような行為は,信義則に反することであり,到底許されるべきではない。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ) 「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正した場合には,「マット面及び光沢面」は,「クロメート処理が施された」面となるから,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のは,クロメート処理後の電解銅箔である。しかるに,本件特許明細書には,クロメート処理前の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」が示されているにすぎず,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示はない。したがって,「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正する訂正事項は,「本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたもので」はなく,「実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するもの」である。
3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り) (1) 本件訂正明細書の【0016】には,本件発明が解決しようとする課題について,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程で,その変形が容易になるように,電解銅箔の表面粗さを数値限定したとの記載があるとしても,実際,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程でその変形が容易になることと,表面粗さの数値とが関連性を有することは確認されておらず,また,原理的にも推測できるものではないから,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されているとはいえない。
そもそも,本件特許明細書には,活物質が負極集電体に塗布されてプレスされる際に,集電体が活物質の表面に沿って十分変形するためには,マット面の表面粗さが特定である必要があることは記載されているものの,光沢面の表面粗さとプレス の際の集電体の変形との関係は記載されていなかった。
(2) 審決は,「数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて当該数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池において,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(段落0050〜0055)が記載されている。」として,本件発明がサポート要件を満たすものである判断している。
しかしながら,審決は,上記のように「マット面」の表面粗さに 関しての認定・判断しか行なっておらず ,「光沢面」の表面粗さに関して何ら認定・ 判断をしていないから,まず,この点において,判断遺脱の違法がある。
そもそも,実施例1〜3と比較例とは,いずれも,光沢面の表面粗さは3.0μm未満のものであり,光沢面の表面粗さが3.0μmより小さい場合に,容量維持率やインピーダンス変化において優れているかどうか不明であるから,本件訂正明細書には,光沢面の表面粗さと作用効果との関連性は記載されていない。
(3) 本件訂正明細書において,実施例によってその効果が確認されているのは,実施例1〜3の3点のみであり,この3点から,本件発明の広い領域全てについて,サイクル特性などの本件発明の効果が奏されるとはいえない。
(4) 本件訂正明細書の図3,図4では容量維持率が,図5,図6では100サイクル後のインピーダンスが,それぞれ評価されているものの,本件訂正明細書には,これらの評価項目がどの範囲であれば,本件発明の効果が得られ,あるいは本件発明の課題が解決されたといえるのかについて記載されておらず,本件訂正明細書の記載から,当業者は,マット面と光沢面の表面粗さを「3.0μmより小さく」することの技術的意義を理解することができない。
(5) 審決は,容量維持率60%(比較例)では,充放電でのサイクル特性の悪化という従来技術の課題を解決していないが,容量維持率70〜95%(実施例)では,本件発明の課題が解決されていると判断しているところ,本件特許出願当時に おいては,少なくとも80%以上の容量維持率が達成できていなければ,従来技術の課題を解決していたとはいえない(甲31)から,容量維持率70%である実施例3のマット面の表面粗さが0.7μmであることをもって,従来技術の課題を解決したとはいえない。
(6) 本件訂正明細書には,容量維持率などのサイクル特性をどのように測定したのか具体的に記載されていない。電池の放電特性が充電や放電の仕方によって異なることは,技術常識である(甲8の615頁)から,サイクル特性の測定条件を明記しなければ,サイクル特性を評価することができないことは自明であるから,本件特許明細書の記載では,本件発明がサイクル特性の向上という課題を解決できているのか不明である。
(7) 本件発明は,「マット面及び光沢面の表面粗さ」と「マット面と光沢面との表面粗さの差」という二つの因子が構成要件となっている発明であるところ,それぞれの因子の適正値を検討しようとする場合には,一方の因子を固定しておいて,他方の因子を変動させた試験を行い,それぞれの適正値を決定するのが通常である。
しかるに,実施例1〜3及び比較例1は,そのような試験になっていないから,本件発明の「マット面及び光沢面の表面粗さ」が「3.0μmより小さい」という要件は,本件訂正明細書発明の詳細な説明において裏付けられたものとはいえない。
(8) 本件訂正明細書の図3,図5において,それらの点を仮想線で結んでみると,実施例3から延伸させて,マット面の表面粗さを実施例3よりも小さくした場合,容量維持率が低下し,100サイクル前後でのインピーダンス変化も大きくなるから,本件発明には,比較例1よりも効果の劣る範囲が含まれている。
(9) 非水電解液二次電池の負極集電体に用いる電解銅箔の表面粗度を調整する発明は,本件出願前に公知である(甲19,20)から,本件発明が進歩性を有するというためには,表面粗さの数値限定に臨界的意義がなければならず,本件訂正明細書において,かかる数値限定について臨界的意義が明確に示されない限り,本件発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
(10) 非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるためには,負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲には下限があることが,本件特許出願当時において既に知られていた(甲18〜20)。したがって,電解銅箔の各主面の表面粗さが小さすぎる場合には,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との良好な接触性が実現されず,充放電サイクル特性の向上を図ることができないことは技術常識であった。このような技術常識に照らせば,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が,本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか否かは不明というほかない。
被告の反論
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)に対し (1) 原告は,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は作用効果の観点から自明なことではないから,光沢面の表面粗さの上限に関する限定をすることは,「新たな技術的事項」に当たる旨主張する。
しかしながら,本件訂正前の明細書の【発明が解決しようとする課題】に記載のとおり,本件訂正前の本件各特許発明は,「電解金属箔の一方の主面(マット面)に大きな凹凸が形成されて,電解金属箔の両主面の表面粗さの差が大きすぎる」ことを電池特性悪化の原因として把握し,マット面の表面粗さを所定の数値より小さい値に限定したものである。すなわち,電解銅箔において,従来の圧延銅箔に比して電池特性が悪化する原因が電解銅箔特有の表面粗さの大きさにあるという知見を得て,これにより電解銅箔の主面の粗さを所定の数値範囲に制御することで,電池特性の改善を実現するというのが本件発明の作用効果である。
そして,本件訂正前の請求項において「マット面」のみが記載され,「光沢面」が記載されていなかったのは,本件発明出願当時の一般的な電解銅箔においては,光沢面よりもマット面の表面粗さの方が大きいためであり,そこでは光沢面の表面 粗さもマット面同様の数値範囲に制御されることが,当然の前提とされていたことは自明の事項である。
訂正事項1及び5並びに8及び9は,この自明の事項を請求項に明示的に記載することとしたものにすぎないから,新たな技術的事項を導入することにならないとした審決の判断は,妥当である。
原告は,光沢面と活物質の接触性に関して縷々主張するが,同主張は取消事由の有無とは関連性を有しないものであって,失当である。
なぜなら,原告の主張する電解銅箔の表面粗さと活物質の接触性の関係の問題は,発明の機序に関する事項である。しかしながら,発明は,自然法則を結果として利用するものであれば十分であり,発明者においてその法則についての正確かつ完全な認識を持つことは必要でない。すなわち,発明がどのような理論によって効果をもたらすかについての説明が不十分もしくは誤りであっても,発明性には何ら影響を与えないからである(東京高判昭62.10.29(乙1),東京高判平5.9.28(乙2))。
(2) 原告は,「本件特許明細書の請求項1には,光沢面の表面粗さの上限が,計算上5.5μmになること,段落0051には,当該発明の実施例において,光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmであることが記載されていたから,該上限を3.0μmにすることが新たな技術的事項を導入することにはならない」という認定に関して,取消事由がある旨の主張を縷々展開している。
原告の上記主張は,何をもって法律上の取消事由に当たるというのか理解不能であり,論旨不明といわざるを得ないが,原告の主張がいかなる論旨であるとしても,審決の上記認定が妥当であることは明らかで,原告の主張は失当である。
すなわち,審決の上記認定は,本件訂正前から,本件特許明細書の請求項1及び発明の詳細な説明においては,光沢面の表面粗さに関して5.5μmや1.58〜2.00μmという数値が記載されていたことから,本件訂正前においても光沢面の表面粗さを一定の範囲にするという技術的事項は含まれていたと認められ,した がって本件訂正により光沢面の表面粗さの上限を3.0μmとするという事項を付加しても,それにより訂正前の発明には含まれていなかった新たな技術的事項を導入することにはならない,と判断したものであり,訂正の可否判断における新たな技術的事項を導入するものか否かの判断基準として,ごく当然の判断をしたものにすぎないからである。
(3) 原告は,審決の「この訂正は,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであり,実質的に発明特定事項であった光沢面の表面粗さの上限をより限定するものにすぎない」の判断について,「理由を十分示していないという点において違法がある」と主張している。
しかし,審決は,「2-2.訂正要件の検討」(7〜8頁)の部分において理由を十分に示しており,原告の主張は,要するに原告の望むような判断が示されていないというにすぎない。
したがって,この点の原告の主張も失当である。
(4) 原告は,本件訂正請求書(甲15)における,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識でした」等の被告の主張に関し,本件特許出願当時,光沢面の表面粗さの方がマット面よりも大きい電解銅箔が知られていた等と主張している。しかし,原告の主張は,被告の主張を曲解したものであって,失当である。
すなわち,被告の上記主張は,例外的な場合を除き通常は,光沢面の表面の方がマット面よりも滑らかであることを述べたものであって,本件特許出願当時に光沢面の表面粗さの方がマット面よりも大きい電解銅箔が一切存在していなかったなどということは,一切主張していない。
「マット面」,「光沢面」という呼称自体,光沢面の表面の方がマット面よりも滑らかであることを表しているのであるから,被告の上記主張に訂正を妨げる理由 など何ら認められない。
よって,この点の原告の主張も失当である。
(5) 原告は,本件発明の審 査 経 過 において,被告が「光沢面については3.0μmより小さくと規定することを放 棄(削除 )したに等しい」から,訂正が認められるべきでないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,審査経過における補正の趣旨を誤って把握したものであり,失当である。
電解銅箔は,その製法上,一般にマット面の表面粗さが大きくなる。本件訂正は,訂正前の本件各特許発明が,マット面の表面粗さが大きすぎることが電池特性を悪化させている原因であるとの認識に基づき,その表面粗さを所定値未満とするようにしたものである。
したがって,出願当 初明細書の請求項1の「一方の主面」は元々 「マット面」を意味していたものであり,補正ではその点を明確にすべく「マット面」に修正したものであって,補正によって「光沢面」を除外したものでないことは明らかである。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ)に対し 原告は,本件訂正後のクレームの表面粗さは,クロメート処理後のものであるという解釈を前提として,本件特許明細書にはクロメート処理前の開示しかないから,クロメート処理後の表面粗さを請求項の記載に追加することは,「新たな技術的事項」に当たる旨主張する。
しかし,そもそもクロメート皮膜の厚みは極めて薄く,本件発明における電解銅箔の表面粗さの測定に影響を及ぼすものではない。すなわち,一般的に電池用の電解銅箔のクロメート皮膜は,ナノメートルレベル(1nm=0.001μm)と極めて薄い(本件特許明細書の【0032】,乙3の【0015】,【0018】,甲29)。これは,集電体用銅箔の場合には防錆皮膜を経由して銅箔と活物質の間に電流が流れるため,集電体用銅箔においては防錆皮膜の電気的絶縁特性が性能に 大きな影響を与えることになり,防錆皮膜が必要以上に厚いと電流が流れにくくなり,電池特性を悪化させるためである。
したがって,クロメート処理前の電解銅箔の表面粗さも,クロメート処理後の電解銅箔の表面粗さも,本件発明との関係においては,何ら差異はないということができる。
よって,この点で既に原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)に対し (1) 原告は,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程での変形が容易になることと,表面粗さの数値とが関連性を有することは確認されておらず,原理的にも推測できるものではないとして,この点が本件特許明細書に記載されていないことをもって,サポート要件に違反していると主張しているようである。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,原告の主張は,両主面の表面粗さの差が小さい場合にも,本件発明の機序が生ずることが本件特許明細書に記載されていなければならないというものであるが,発明は,自然法則を結果として利用するものであれば十分であり,発明者においてその法則についての正確かつ完全な認識を持つことは必要でなく,したがって,発明がどのような理論によって効果をもたらすかについての説明が不十分もしくは誤りであっても,発明性には何ら影響を与えない(乙1,乙2)。
したがって,原告の主張するような記載が本件特許明細書にないとしても,サポート要件を欠くことはあり得ない。
(2) 原告は,審決は,「マット面」の表面粗さに関しての認定・判断しか行なっておらず,「光沢面」の表面粗さに関して何ら認定・判断をしていないから,判断遺脱の違法があると主張する。
しかし,当該主張も失当である。すなわち,本件発明は,本件特許明細書の記載から明らかなとおり,電解銅箔の両主面の表面粗さに着目した発明であり,一般にはマット面の表面粗さの方が大きくなることから,本件訂正前はマット面の表面粗 さについてのみ数値範囲を規定していたが,当然の前提として光沢面の表面粗さも同様の数値範囲に制御することを前提としていたものである。そのため,本件発明においては,原告の主張するような,電子顕微鏡で観察した際に観察されるレベルの両主面の性状の微細な差異などは,発明の内容と関連性を有しない問題にすぎない。
したがって,本件発明においては,「光沢面」の表面粗さだけを取り出して明示的に論じなければならない理由などなく,審決の判断は適切である。
(3) 原告は,サポ ート要件を 満たすといえるためには,比較例1との比較だけでは不十分である旨主張する。
しかし,本件特許明細書の図3 ,図4 及び表1,表2等の記載から,実施例1〜3と比較例1との比較から,クロメート処理を施した電解銅箔を非水電解液二次電池の負極集団体に使用した場合に,両主面の表面粗さを本件発明の数値範囲に制御することで,電池特性の向上という発明の課題が解決できることが明確に記載されていることは明らかであり,原告の主張には理由がない。
(4) 原告は,本件出願当時の二次電池の容量維持率は少なくとも80%以上が達成できないと,従来技術の課題を解決していたといえないと主張し,これをもってサポート要件に違反すると主張するようである。
しかし,当該主張も失当である。すなわち,審決が「本件発明の課題は,市販の電解鋼箔を負極集電体に使用した場合に充放電サイクル特性が悪化すること(段落【0006】)であり,容量維持率の目標値が達成できないことではない」(審決書13頁末行から14頁1行)と正しく認定しているように,本件発明の課題は,従来技術の二次電池よりも優れた容量維持率を達成することではない。
(5) 原告は,本件訂正明細書には,容量維持率などのサイクル特性をどのように測定したのかの具体的な記載が何らなされていないと主張する。
しかし,本件訂正明細書には,段落【0030】〜【0053】に測定方法及び測定結果に関する詳細な記載があり,この記載から,両主面の表面粗さを本件発明 の数値範囲に制御することで,電池特性の向上という発明の課題が解決できることは十分に理解可能である。
よって,原告の主張には理由がない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)について (1) 訂正の適否について ア 本件訂正における訂正事項5は,訂正前の請求項2に「マット面」とあるのを「マット面及び光沢面」と訂正するものであり,訂正前の請求項2において,電解銅箔の「マット面」について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」と特定していたものを,「マット面」に加えて「光沢面」についても同様に「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」と特定するものである。訂正事項1,8〜10,13,16,19,22,26,29も,これと同様の特定をするものである。
イ 本件特許明細書(甲37)には,@従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】〜【0008】),Aこのような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0009】,【0011】,【0016】),B上記数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が 形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
上記記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」するのは,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れたものとするためであるということが記載されているものと認められる。
また,本件特許明細書には,電解銅箔からなる負極集電体は,その両面に活物質が塗布されるものであること(【0034】)が記載されており,この記載によれば,電解銅箔の光沢面についても表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つようにすべきことは,当業者にとって自明のことであるといえる。
そうすると,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないから,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである。
また,本件特許明細書には,上記のとおり,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0011】,【0016】)が記載されているところ,この記載は,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さを同程度とすることを意味するものといえるから,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値を,マット面の表面粗さに係る上限値と同程度とすることは自然なことともいえる。
以上によれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認めるのが相当である。
ウ したがって,訂正事項1,5,8〜10,13,16,19,22,26,29は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。
(2) 原告の主張について 原告は,本件発明の 作 用効 果 の 観 点からは,「マット面と 活 物質との 接触 ア性」と「光沢面と活物質との接触性」の双方が問題となるところ,電解銅箔においては,マット面と光沢面とで表面性状が全く異なり(甲24,25),表面性状が異なれば,プレス工程での活物質と集電体表面との接触の状態も異なるから,マット面と光沢面とでは,たとえ表面粗度が同じであったとしても,活物質との接触性が全く異なり,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の観点から自明なことではないと主張する。
しかし,本件特許明細書には,以下のとおり,様々な表面性状を有するマット面について,その表面性状によらず,表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つことが記載されており,そもそも,本件発明は,表面性状の相違を問題とするものではないと認められる。
すなわち,本件特許明細書には,一般に,電解銅箔は,銅を主成分とする溶液を電解液とし,回転ドラムを電極として,ドラム表面に形成されるものであるところ,ドラム側の主面を光沢面と称し,電解液側のもう一方の主面をマット面と称すること(【0018】)が記載されている。また,通常の電解によれば,マット面の表面粗さの方が,光沢面の表面粗さよりも大きくなることは,技術常識である。
また,本件特許明細書には,実施例1として,通常の電解により,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも大きくしたもののほか,実施例2として,光沢剤(1-メルカプト3-プロパンスルホン酸ナトリウム)を添加した電解液を用いることにより,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも小さくしたもの,実施例3として,まず,通常の電解により,マット面の表面粗さが光沢面の表面粗さよりも大きくした電解銅箔を得て,その電解銅箔のマット面に光沢銅メッキを施すことにより,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも小さくしたものが記載さ れている。
これらの記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面として,上記のような様々な態様のものを包含することが記載されているといえ,そのマット面は,製造方法の相違により,様々な表面性状を有するものと解される。そして,このような様々な表面性状を有するマット面について,本件特許明細書には,上記のとおり,その表面性状によらず,表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つことが記載されている。
そうすると,そもそも,本件発明は,表面性状の相違を問題とするものではないと認められ,このことは,光沢面についても同様であると解される。
したがって,電解銅箔のマット面と光沢面とで表面性状が相違することを根拠とする原告の上記主張は,前提において失当であり,採用することができない。
イ 原告は,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」実施例1〜3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及されていないから,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかなく,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものであると主張する。
しかし,前示のとおり,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値は,マット面に係る上限値と同程度とすべきであること等からすれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められる。
したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
ウ 原告は,審決では,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載事項のうち,どの記載を参照して,どのように総合して,どのような技術的事項を導いたのか,全く示されておらず,その認定・判断には,理由を十分に示していないと いう点において違法があると主張する。
しかし,審決は,「2-2.訂正要件の検討」(6〜8頁)において,理由を示している。原告の主張は理由がない。
エ 原告は,被告は,本件訂正請求書(甲15)において,訂正事項1の訂正原因に関し,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識」であり,「マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さい以上,光沢面の表面粗さも10点平均粗さにして3.0μmより小さいことは 自明」であると説明しているが,ドラム表面に形成された電解銅箔では,通常の電解であって何の処理も施さなければドラム側の主面(光沢面)の表面粗さの方が電解液側の主面(マット面)の表面粗さより小さいとしても,本件発明においては,電解銅箔に処理を施すことにより,マット面の表面粗さを小さくしたり,又は,光沢面の表面粗さを大きくするなど,表面粗さを変更する態様も含むものであり,被告の「自明の事項を明示的に記載」したにすぎないとの主張は,本件特許明細書の記載と矛盾すると主張する。
しかし,前 示 のとおり,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められ,この認定は,訂正原因 に 関 する被告の 説 明 内容のいか ん によって左右されるものではない。原告の主張は理由がない。
オ 原告は,審査経過において,被告は,表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さくという要件を規定するのは光沢面ではなくマット面であると主張し,一方の主面である光沢面については3.0μmより小さくと規定することを放棄(削除)したに等しいから,マット面だけでなく光沢面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」という要件を復活させるような訂正は,信義則に反し,許されないと主張する。
しかし,審査経過における被告の上記主張が,光沢面について3.0μmより小 さくと規定することを放棄したものとは認めるに足りる証拠はない。かえって,被告によれば,本件訂正は,訂正前の本件各特許発明が,マット面の表面粗さが大きすぎることが電池特性を悪化させている原因であるとの認識に基づき,その表面粗さを所定値未満とするようにしたものであり,本件特許明細書の請求項1の「一方の主面」は元々「マット面」を意味していたところ,この点を明確にすべく「マット面」に訂正したものであって,本件訂正によって「光沢面」を除外したものではないことが認められる。
したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(3) よって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ)について (1) 原告は,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のは,クロメート処理後の電解銅箔であるとの理解を前提として,本件特許明細書には,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示はないから,「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正する訂正事項は,「本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたもので」はなく,「実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するもの」であると主張する。
確かに,本件発明2の電解銅箔は「クロメート処理が施された」ものであるから,その電解銅箔のマット面及び光沢面は,クロメート処理が施されたものである。
しかし,マット面及び光沢面の表面粗さの特定との関係では,後記(2)のとおり,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2の記載は,クロメート処理前の電解銅箔について,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定しているものと認められる。このような理解は,後記(3)のとおり,本件特許明細書には,マット面及び光沢面の 表面粗さが,クロメート処理前の電解銅箔についてのものであることが記載されていることとも整合する。
したがって,原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2には,「当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」と記載されている。このように,平面状集電体が,クロメート処 理が 施 された電解銅箔からなるものである 旨 の記載に続いて,「上記電解銅箔は,」として,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定する記載がなされている。
そうすると,マット面及び光沢面の表面粗さを特定する「上記電解銅箔は,」における「電解銅箔」は,その直前に記載されている「クロメート処理が施された電解銅箔」における「電解銅箔」,すなわち,クロメート処理を施す対象としての電解銅箔自体,換言すれば,クロメート処理前の電解銅箔を指すことは明らかである。
したがって,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2の記載は,クロメート処理前の電解銅箔について,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定しているものと解される。
(3) 上記のような理解は,本件特許明細書における以下の記載とも整合する。
実施例1について 本件特許明細書には,実施例1について以下の記載があり,これによれば,実施例1において,電解により得た電解銅箔の表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロメート処理を施したことが記載されていると認められる。
「【0031】 ・・・組成1で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温50℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を得た。この電解銅箔の 表面粗さについては,後述する測定法により測定し,表1に示した。
【0032】 ・・・ 次いで,この電解銅箔をCrO3;1g/l水溶液に5秒間浸漬して,クロメート処理を施し,水洗後乾燥させた。」 イ 実施例3について 本件特許明細書には,実施例3について以下の記載があり,これによれば,実施例3において,電解により得た電解銅箔のマット面に光沢銅メッキを施したものについて表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロメート処理を施したことが記載されているものと認められる。
「【0043】 ・・・組成3で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温58℃の条件で電解することによって,厚み9μmの電解銅箔を得た。
【0044】 ・・・ この電解銅箔の表面粗さは,後述する測定方法により測定した結果,光沢面がRZ=2.00μm,マット面がRZ=3.52μmであった。
【0045】 次いで,この電解銅箔に,組成4で示される電解液からなる銅電解浴を用いて,電流密度6A/dm2,液温58℃でマット面に光沢銅メッキを施し,この電解銅箔の表面粗さを後述する測定方法により測定し,表1に示した。・・・そして,この銅メッキが施された電解銅箔に同様にクロメート処理を施した。」 ウ 比較例1について 本特許明細書には,比較例1について以下の記載があり,これによれば,比較例1おいて,電解により作成した電解銅箔の表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロ メート処理を行ったことが記載されているものと認められる。
「【0048】・・・組成5で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温58℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を作成し,この電解銅箔の表面粗さを後述する測定方法により測定し,表1に示した。そして,この電解銅箔にクロメート処理を行った。」 エ 実施例2について 本件特許明細書には,実施例2について,以下のとおり,「電解銅箔を作成し,この電解箔にクロメート処理を行った。」との記載に続いて,「電解銅箔の表面粗さについては,後述する測定方法により測定し」との記載がある。しかし,「電解銅箔の表面粗さ」を測定した旨記載されていること,また,実施例1,3,比較例1との整合性の点から,電解により作成した電解銅箔の表面粗さを測定したものと解するのが相当である。
「【0041】 ・・・組成2で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温50℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を作成し,この電解箔にクロメート処理を行った。なお,この電解銅箔の表面粗さについては,後述する測定方法により測定し,表1に示した。」(4) 以上のとおりであるから,原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(5) よって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について (1) 本件訂正明細書(甲15)の発明の詳細な説明には,@従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の 電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】〜【0008】),Aこのような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下とすること(【0009】,【0011】,【0016】),B上記数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
以上のとおり,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。
したがって,本件発明は,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されたものであり,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たすものである。
(2) 原告の主張についてア 原告は,本件訂正明細書の【0016】には,本件発明が解決しようとする課題について,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程で,その変形が容易になるように,電解銅箔の表面粗さを数値限定したとの記載があるとしても,実際,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程でその変形が容易になることと,表面粗さの数値とが関係を有することは確認されておらず,また,原理的にも推測できるものではないから,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されて いるとはいえないと主張する。また,原告は,そもそも,本件訂正明細書には,活物質が負極集電体に塗布されてプレスされる際に,集電体が活物質の表面に沿って十分変形するためには,マット面の表面粗さが特定である必要があることは記載されているものの,光沢面の表面粗さとプレスの際の集電体の変形との関係は記載されていなかったとも主張する。
しかし,原告の主張はいずれも採用することができない。すなわち,原告の主張は,本件発明がサポート要件を満たすためには,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程でその変形が容易になることと,表面粗さの数値とが関係を有することが明らかにされていることが必要であるとの前提に立つものであるが,電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程でその変形が容易になることは,本件発明の機序にすぎない。電解銅箔における活物質塗布後のプレス工程でその変形が容易になることと,表面粗さの数値とが関係を有することが明らかにされていないとしても,上記のとおり,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている以上,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。
イ 原告は,審決は,「マット面」の表面粗さに関しての認定・判断しか行なっておらず,「光沢面」の表面粗さに関して何ら認定・判断をしていないから,判断遺脱の違法があると主張する。
しかし,原告の主張は採用することができ ない。すなわち ,前記1(1)において説示したとおり,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められるところ,このことは本件訂正明細書についてもいえることである。審決の認定・判断は,このような理解を前提とするものであり,「光沢面」の表面粗さについて殊更明示的に取り上げていないからといって,判断遺脱となるものではない。
また,原告は,そもそも,実施例1〜3と比較例1とは,いずれも,光沢面の表 面粗さは3.0μm未満のものであり,光沢面の表面粗さが3.0μmより小さい場合に,容量維持率やインピーダンス変化において優れているかどうか不明であるから,本件訂正明細書には,光沢面の表面粗さと作用効果との関連性は記載されていないとも主張する。
しかし,光沢面の表面粗さが3.0μmよりも大きい場合に,所定の作用効果が得られないことは,比較例1(光沢面の表面粗さは3.0μmよりも小さいが,マット面の表面粗さは3.0μmよりも大きい。)の結果から予測される。そして,本件訂正明細書の発明の詳細な説 明には,前記(1)のとおり,本件発明の数値限定を満足する実施例1〜3と,本件発明の数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであることが記載されている。そうである以上,光沢面の表面粗さが3.0μmより小さい場合も含めて,本件発明の数値限定を満足することにより,所定の作用効果が得られることは明らかというべきである。
ウ 原告は,本件訂正明細書において,実施例によってその効果が確認されているのは,実施例1〜3の3点のみであり,この3点から,本件発明の広い領域全てについて,サイクル特性などの本件発明の効果が奏されるとはいえないと主張する。
しかし,前記(1)のとおり,本件発明は,集電体として市販 の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性が悪くなるという問題を解決するために,マット面及び光沢面の表面粗さの上限値と,マット面と光沢面との表面粗さの差の上限値を特定したものである。マット面及び光沢面の表面粗さ,及びマット面と光沢面との表面粗さの差が,一定程度以下に小さければ,電池特性が悪くなるという問題が生じないことは明らかである。
したがって,本件発明の数値限定を満足することにより優れた電池特性が得られることが,実施例1〜3によって裏付けられている以上,実施例が3点しかないか らといって,本件発明がサポート要件を満たさないということはできない。
エ 原告は,本件訂正明細書の図3,図4では容量維持率が,図5,図6では100サイクル後のインピーダンスが,それぞれ評価されているものの,本件訂正明細書には,これらの評価項目がどの範囲であれば,本件発明の効果が得られ,あるいは本件発明の課題が解決されたといえるのかについて記載されておらず,本件訂正明細書の記載から,当業者は,マット面と光沢面の表面粗さを「3.0μmより小さく」することの技術的意義を理解することができないと主張する。
しかし,前記(1)のとおり,本件訂正明細書には,本件発明の数値限定を満足する実施例1〜3と,本件発明の数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであることが記載されている。そうである以上,容量維持率や100サイクル後のインピーダンスがどの範囲であれば,本件発明の課題が解決されたといえるのかについて明記されていないからといって,本件発明がサポート要件を満たさないということはできない。容量維持率や100サイクル後のインピーダンスの要求レベルは,非水電解液二次電池の具体的な用途やコスト等を考慮して,当業者が適宜設定し得る事項というべきである。
オ 原告は,審決は,容量維持率60%(比較例)では,充放電でのサイクル特性の悪化という従来技術の課題を解決していないが,容量維持率70〜95%(実施例)では,本件発明の課題が解決されていると判断しているところ,本件特許出願当時においては,少なくとも80%以上の容量維持率が達成できていなければ,従来技術の課題を解決していたとはいえない(甲31)から,容量維持率70%である実施例3のマット面の表面粗さが0.7μmであることをもって,従来技術の課題を解決したとはいえないと主張する。
しかし,上記エのとおり,容量維持率の要求レベルは,非水電解液二次電池の具体的な用途やコスト等を考慮して,当業者が適宜設定し得る事項である。また,ど の程度の容量維持率が達成されるかは,マット面及び光沢面の表面粗さのみで決まるものではなく,その他の様々な要因により決まるものであることは明らかである。
実施例3の容量維持率が70%であることをもって,本件発明の課題が解決されていないということはできない。
カ 原告は,本件訂正明細書には,容量維持率などのサイクル特性をどのように測定したのか具体的に記載されていないが,電池の寿命が,電池の放電特性が充電や放電の仕方によって異なることは,技術常識である(甲8)から,サイクル特性の測定条件を明記しなければ,サイクル特性を評価することができないことは自明であり,本件訂正明細書の記載では,本件発明がサイクル特性の向上という課題を解決できているのか不明であると主張する。
なるほど,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,サイクル特性をどのように測定したのかは具体的に明記されていない。しかし,そうであれば,むしろ,特殊な条件によって測定しているのではなく,当業者が通常採用する条件によって測定していること,実施例と比較例とで同一の条件によってサイクル特性を測定し,その結果を比較しているものと推認される。したがって,本件訂正明細書発明の詳細な説明にサイクル特性をどのように測定したのか具体的に明記されていないからといって,本件発明がサポート要件を満たさないということはできない。
キ 原告は,本件発明は,「マット面及び光沢面の表面粗さ」と「マット面と光沢面との表面粗さの差」という二つの因子が構成要件となっている発明であるところ,それぞれの因子の適正値を検討しようとする場合には,一方の因子を固定しておいて,他方の因子を変動させた試験を行い,それぞれの適正値を決定するのが通常であるが,実施例1〜3及び比較例1は,そのような試験になっていないから,本件発明の「マット面及び光沢面の表面粗さ」が「3.0μmより小さい」という要件は,本件訂正明細書発明の詳細な説明において裏付けられたものとはいえないと主張する。
しかし,前示のとおり,マット面及び光沢面の表面粗さ,及びマット面と光沢面 との表面粗さの差が,一定程度以下に小さければ,電池特性が悪くなるという問題が生じないことは明らかである。
したがって,本件発明の数値限定を満足することにより優れた電池特性が得られることが,実施例1〜3によって裏付けられている以上,実施例1〜3及び比較例1が,一方の因子を固定しておいて,他方の因子を変動させた試験になっていないからといって,本件発明の「マット面及び光沢面の表面粗さ」が「3.0μmより小さい」という要件が,本件訂正明細書発明の詳細な説明において裏付けられていないとはいえない。
ク 原告は,本件訂正明細書の図3,図5において,それらの点を仮想線で結んでみると,実施例3から延伸させて,マット面の表面粗さを実施例3よりも小さくした場合,容量維持率が低下し,100サイクル前後でのインピーダンス変化も大きくなるから,本件発明には,比較例1よりも効果の劣る範囲が含まれていると主張する。
しかし,図3及び図5において点で示されるデータは,それぞれ,実施例1〜3及び比較例1に基づくものであるところ,実施例1〜3及び比較例1で用いられた電解銅箔は,そのマット面及び光沢面の表面粗さがいずれも異なるものである(本件訂正明細書の表1)。すなわち,図3及び図5において点で示されるデータは,例えば,光沢面の表面粗さを一定とし,マット面の表面粗さを変化させて得られたデータではない。したがって,図3及び図5の点を仮想線で結ぶことに技術的な意味はない。
原告の主張は,前提において失当であり,採用することができない。
ケ 原告は,非水電解液二次電池の負極集電体に用いる電解銅箔の表面粗度を調整する発明は,本件出願前に公知である(甲19,20)から,本件発明が進歩性を有するというためには,表面粗さの数値限定に臨界的意義がなければならず,本件訂正明細書において,かかる数値限定について臨界的意義が明確に示されない限り,本件発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないと主張する。
しかし,進歩性の判断とサポート要件の判断とは,それぞれ別の判断であり,本件訂正明細書発明の詳細な説明に,数値限定について臨界的意義が示されていないからといって,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。
コ 原告は,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるためには,負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲には下 限 があることが,本件特許出願当 時 において 既 に 知られていた(甲18〜20)から,電解銅箔の各主面の表面粗さが小さすぎる場合には,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との良好な接触性が実現されず,充放電サイクル特性の向上を図ることができないことは技術常識であり,このような技術常識に照らせば,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が,本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか不明であると主張する。
しかし,本件発明は,マット面及び光沢面の表面粗さが小さすぎることにより生じる問題を解決するものではない。したがって,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を特定していないとしても,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。
なお,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値は,電解銅箔の製造方法やコスト等の点から自ずと定まるものであり,極端に小さな値をとることはないと考えられる。そして,活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下 限 )があることが 知 られていたのであれ ば ,当業者は,そのような範囲(下限)も考慮して,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を適宜設定して,本件発明を実施するものと考えられる。
(3) よって,原告主張の取消事由3には理由がない。
4 まとめ 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない。
結論
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 芝田俊文
裁判官 西理香
裁判官 知野明