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関連審決 無効2002-35403
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事件 平成 15年 (行ケ) 453号 審決取消請求事件
原告 アップル医療機器株式会社
訴訟代理人弁護士 鈴木正勇
同 水上洋
被告 津久田喜代枝
被告 株式会社アシスト
両名訴訟代理人弁理士 西村教光
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/08/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2002−35403号事件について平成15年9月9日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告ら 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 被告らは,発明の名称を「加圧ベルト」とする特許第2101168号の特許(平成2年8月25日特許出願(以下「本件出願」という。),平成8年10月22日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
原告は,平成14年9月25日,本件特許を請求項2に関して無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2002-35403号事件として審理し,その結果,平成15年9月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本を同年9月19日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項2】織物状の広幅ゴム(6)を帯状に2枚(7a,7b)重ねあわせ両端(8a,8b)を縫合し,該広幅ゴムの両端表裏に面ファスナー(9a,9b)を設けたことを特徴とする腰部の加圧ベルト。」(以下,【請求項2】の発明を,審決と同様に「本件発明」という。別紙図面A参照。) 3 審決の理由 (1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,(ア)実願昭49-40386号(実開昭50-130198号)のマイクロフィルム(以下「甲3文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。別紙図面B参照)に,@実願昭63-63858号(実開平1-167221号)のマイクロフィルム(以下「甲4文献」という。),実願昭53-164307号(実開昭55-78322号)のマイクロフィルム(以下「甲5文献」という。),実願昭62-179288号(実開平1-83004号)のマイクロフィルム(以下「甲6文献」という。),実願昭63-111734号(実開平2-32814号)のマイクロフィルム(以下「甲7文献」という。),日本義肢装具学会監修,加倉井周一編,「装具学」第1版(医歯薬出版株式会社,1987年6月20日発行,99〜100頁。以下「甲8文献」という。),児玉俊夫監修,武智秀夫・明石謙著,「装具」第2版(株式会社医学書院,1975年5月1日発行,91〜93頁,165〜166頁。以下「甲9文献」という。)及び実願昭63-143825号(実開平2-66610号)のマイクロフィルム(以下「甲10文献」という)に記載された各発明を参酌しても,また,A甲4文献ないし甲10文献に記載された発明のみならず,本件の審判請求後に提出された,実開昭48-38695号公報(出願公開後の補正箇所を掲載した昭和50年7月31日発行の公報を含む。)及び実願昭46-82324号のマイクロフィルム(以下「甲11文献」という。),橋倉一裕・飯田卯之吉編,「新しい交付基準による義肢装具」第1版(株式会社医学書院,1974年11月15日発行,122頁。以下「甲12文献」という。),米国特許第3130731号明細書(以下「甲13文献」という。),実願昭60-155558号(実開昭62-64704号)のマイクロフィルム(以下「甲14文献」という。),「わたしの健康」(株式会社主婦の友社,昭和62年5月1日発行,第12巻第5号。以下「甲15文献」という。),五味雅吉著,「腰痛自分で治すバンドの本」初版(株式会社八広社,平成元年12月20日発行,112〜114頁。以下「甲16文献」という。),実願昭61-184443号(実開昭63-92614号)のマイクロフィルム(以下「甲17文献」という。),真田幸一・高橋悦二郎編,「最新赤ちゃん百科」(株式会社講談社,1988年2月22日発行,104頁,174〜175頁。以下「甲18文献」という。),毛利子来著,「ひとりひとりのお産と育児の本」初版(株式会社平凡社,1987年5月25日発行,43〜44頁,93頁。以下「甲19文献」という。)並びに実願昭57-3917号(実開昭58-108821号)のマイクロフィルム(以下「甲20文献」という。)に記載された発明を参酌したとしても,容易に想到することはできない,(イ)甲6文献に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に,甲3文献ないし甲5文献及び甲7文献ないし甲20文献に記載された発明を参酌しても,容易に想到することはできない,(ウ)甲4文献,甲5文献,甲7文献ないし甲10文献に記載された発明によっても,容易に想到することはできない,と認定判断して,【請求項2】について原告主張の無効理由をすべて排斥するものである。
(2) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明1との相違点として認定したところは,次のとおりである。
相違点 「本件発明の「腰部の加圧ベルト」とは,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであり,二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てるものであるのに対し,甲第1号証に記載の発明(判決注・引用発明1)は,妊婦などが使用する腹帯であり,二重になっている部分を腹部に当てるものである点」(審決書11頁4段)(以下「相違点A」という。) (3) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明2との相違点として認定したところは,次のとおりである。
相違点 「本件発明の「腰部の加圧ベルト」は,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであり,広幅ゴムが帯状に2枚重ねあわされているのに対し,甲第4号証に記載の発明(判決注・引用発明2)は,妊婦用のものであり,2枚重ねあわされた平ゴムの一方及び他方が妊婦帯の腰部カバーの正面中央の上部及び下部にそれぞれ縫い付けられたものである点」(審決書12頁3段)(以下「相違点B」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明と引用発明1との相違点ではないものを相違点と認定するなどして,本件発明と引用発明1との相違点Aについての判断を誤り(取消事由1),本件発明と引用発明2との相違点Bについての判断も誤り(取消事由2),本件発明と甲4文献,甲5文献,甲7文献ないし甲10文献に記載された発明との相違点についての判断も誤ったものであり(取消事由3),これらの誤りがそれぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点Aについての判断の誤り) (1) 本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義 審決は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義について,「特許明細書等には,上記(1)のとおり,従来技術の項に,腰痛のためのコルセットについての欠点に関することが記載されており,そして,特許明細書等全体を通してみても,腰部を加圧するものがコルセット以外のものであることが明記されていないこと,また,上記(3)のとおり,腰部の加圧ベルトの使用方法として,体の前部で結合部(8a,8b)を結合させ,二重になっている広幅ゴムを尻部に当てることが記載されており,そして,特許明細書等全体を通してみても,これ以外の使用方法が記載されていないことから,本件発明の「腰部の加圧ベルト」とは,腰痛のためのもの,換言すると,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであり,その結合部(8a,8b)を体の前部で結合し,その二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てて着用するものであると解すべきである。」(審決書11頁1段)と認定判断した。しかし,この認定判断は誤りである。
(ア) 本件明細書の【請求項2】においては,審決が認定したところの「腰痛防止用又は腰痛治療用のもの」との構成及び「その結合部を体の前部で結合し,その二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てて着用する」との構成について何ら記載されておらず,しかも「腰部の加圧ベルト」との記載の趣旨が不明確といった理由もないのであるから,本件発明を審決のように解する余地はない。
(イ) 本件出願の願書に添付した明細書(以下,この明細書と図面とを併せて「本件明細書」という。)の【産業上の利用分野】には,「本発明は,頭部,肩部,腰部に,それぞれの加圧ベルトを巻きつけ加圧し体のコンディションを整えることに関するもの」(甲2号証1欄12〜14行)と記載されており,上記「コンディションを整える」とは,腰痛防止,腰痛治療に限定されるものではなく,整形も含まれるものである。また,本件明細書に,本件発明の【効果】として記載されている「ヒップアップの効果」(甲2号証4欄12行)は,整形そのものである。
本件明細書には,本件発明の用途が,腰痛治療,腰痛防止であるとの記載は一切ないのであるから,本件発明の「腰部の加圧ベルト」の用途が腰痛治療,腰痛防止に限定されると解することはできない。
(ウ) 確かに,本件明細書の【従来の技術】には「腰部に関しては,従来,腰痛のための腰部を固定するコルセットはあったがコルセットを装着のままでは腰部の運動はできない欠点があった。」(甲2号証2欄8〜10行)と記載されている。しかし,上記記載は,単に身体を加圧する既存の技術を例示し,本件発明の加圧ベルトがそれらと異なるものであることを明らかにする趣旨でなされたものにすぎず,本件発明の「腰部の加圧ベルト」がコルセットの改良発明であることを示すものではない。コルセットとは,医療用具である「整形外科で患部の固定・安静を保つのに用いる装具」(広辞苑)であり,腰部を軽く押えるだけの本件発明の「腰部の加圧ベルト」とは,その機能,目的が異なる。
(エ) 審決は,「なお,請求人は,特許明細書等には,上記(3)のとおり,「腰部はかるく押さえられ」と記載されていることを挙げ,本件発明の「腰部の加圧ベルト」は,腰痛を阻止させるような大きな力で加圧するものではない旨主張している。上記「腰部はかるく押えられ」とは,その程度が明らかでないが,上記(1)の「従来,腰痛のための腰部を固定するコルセットはあったがコルセットを装着のままでは腰部の運動はできない欠点があった。」及び上記(2)の「腰部においては加圧ベルトを尻部に当てて尻回りを締めて腰部を安定させながら,どのような運動も可能とすることを目的とする。」の事項より,腰部の運動ができないぐらい固定する従来のコルセットの加圧力に比較して,加圧力が小さいというものであって,運動ができ且つ腰部を安定させることができる程度のもので腰痛を防止又は治療することができる程度の加圧力を有するものと解すべきであるので,上記主張は採用できない。」(審決書11頁2〜3段)とも認定判断した。
しかし,本件明細書においては,単に「広幅ゴムの伸縮によって腰部はかるく押えられ」(甲2号証3欄25〜26行)と記載され,従来のコルセットとの比較として記載されているのではないから,審決の上記認定判断は明らかに本件明細書の記載の趣旨を逸脱するものである。
(オ) 上記のように,審決における本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義についての認定判断は明らかに誤りであるから,それを前提とした審決の相違点Aの認定も誤りである。審決には,相違点ではないものを相違点と認定した誤りがある。
(2) 相違点Aについての判断の誤り 審決は,「甲第1号証に記載の発明(判決注・引用発明1)の妊婦などが使用する腹帯と本件発明の腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとは,その使用目的からみれば,一般的に,その加圧力が異なるものであり,また,二重になっている部分を当てる体の部位も異なっているので,甲第1号証に記載の発明の腹帯から本件発明のように二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てる腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトを想到することは,容易であるとすることはできない。」(審決書11頁5段)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
(ア) 甲5文献には,従来技術として「近年腰痛用,健康保持用或いは妊婦用腹帯としては弾性ゴム等の内蔵した布バンドを腰部に捲纏し,これを接着布によつて接合するなどの手段によつて腰部に着脱していた。」(甲5号証1頁下から6〜3行)と記載され,腰痛用バンドと妊婦腹帯とが併記されていることから明らかなように,引用発明1の腹帯(「中央部を二重とし,両端部を一重とするようにして,二重部分を上下に拡げうる構造となし・・・た腹帯」(甲3号証1頁下から4行〜2行))と本件発明の「腰部の加圧ベルト」は,同じ技術分野に属するものである。
(イ) 審決の,引用発明1の腹帯と本件発明の「腰部の加圧ベルト」とは加圧力が異なる,との判断は誤りである。
(a) 本件発明は,腰痛防止用又は腰痛治療用に限定されるようなものでないことは前記のとおりであるから,両者の加圧力の程度に差異はない。そもそも,腰痛防止や腰痛治療といっても,症状の程度は様々で,一律に加圧力が定まるようなものではなく,その程度に応じて適宜調整すれば足りるものであって,当業者にとっては単なる設計的事項にすぎない。
(b) 甲4文献に記載された弾性バンド及び甲5文献に記載された弾性ゴム等を内蔵した布バンドは,妊婦用腹帯にも腰痛用のベルトにも使用し得るものである。
(c) 本件発明は,装着したままでは腰部の運動ができないように腰部を固定するコルセットと異なり,どのような運動も可能なものである上,広幅ゴムによって腰部は軽く押えられるものであり,ヒップアップも同時にできるものであることから,甲4文献に記載された弾性バンド及び甲5文献に記載された弾性ゴム等を内蔵した布バンドを使用し得るものである。
(d) 甲3文献には,「帯本体あるいは補助帯としては,通常の厚地の布,芯入り布,ゴムなどの発泡体と一体化したものなどが用いられ,布地自体伸縮性を有しているものも有効である。」(甲3号証3頁下から9〜6行)と記載されており,引用発明1についても,甲4文献及び甲5文献に記載されたバンドを用いることが可能である。
(e) 妊婦用腹帯は,腰痛防止や腰痛治療のための加圧機能も備えているのであって(甲18文献及び甲19文献参照),本件発明が腰痛防止用又は腰痛治療用の加圧力を有するとしても,その使用目的において両者は重なっており,その加圧力も同程度のものが用いられることになる。
(f) 以上からすれば,引用発明1と本件発明とは,同じ弾性ゴムバンドを用いることができるものであり,帯やベルト自体の加圧力に格別の差異を認めることはできない。
(g) 仮に,引用発明1の腹帯と本件発明の腰ベルトの加圧力が相違していたとしても,そのこと自体は,当業者が引用発明1から本件発明を想到することを何ら困難にするものではない。すなわち,甲3文献に記載されている「帯の中央部を二重とし,両端部を一重とするようにして,二重部分を上下に拡げうる構造」自体は,極めて単純なものである上,甲5文献に記載された「伸縮性バンド帯」や甲6文献に記載された「平ゴム」においても同様の構造が採用されているように,腹帯に限定される技術ではなく,極めて汎用的な技術であり,腹部以外の身体の加圧にも当然に用いることができ,二重に加圧することが必要な身体の箇所に,容易に転用することが可能なものである。
そして,引用発明1の構成を腰痛防止用のものに転用する場合には,腰痛防止用等のベルトは周知であるから,腹帯の加圧力を腰ベルト用に調整することも,当業者は容易に想到し得るものである。
(ウ) 審決の,引用発明の腹帯と本件発明の加圧ベルトとは二重になっている部分を当てる体の部位も異なっている,との判断も誤りである。
腹帯も腰部に装着するものであり,本件発明と装着する位置は同じである。仮に,本件発明が二重になっている部分を尻部に当てるものであるとしても,尻部は,引用発明1の腹帯の二重になっている部分を当てる腹部と類似した部位である。さらに,甲15文献,甲16文献に示されるとおり,腰痛防止用等に,腰部と尻部を二重に加圧することは周知であるから,当業者は,引用発明1の腹帯の二重になっている部分を当てる体の部位を,腹部から腰部と尻部に変更することは容易に想到することができる。
(エ) 以上から明らかなように,審決の相違点Aについての判断は誤りである。
(3) 被告らが主張するその余の相違点について 被告らは,本件発明は織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ね合わせ両端を縫合する構成となっているのに対し,引用発明1は,このような構成を備えていない,と主張する。
しかし,本件発明の両端を縫合する構成は,単なる設計事項にすぎないものであり,甲5文献の「伸縮性バンド」や甲6文献の「平ゴム」,さらには甲11文献の「づり落ちない妊婦の安全サラシ腹帯」から,当業者であればきわめて容易に想到することができるものである。
2 取消事由2(相違点Bについての判断の誤り) 審決は,本件発明と引用発明2との相違点Bについて「・・・甲第1号証に記載の発明(判決注・引用発明1)の妊婦帯と本件発明の腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとは,その使用目的からみれば,一般的に,その加圧力が異なり,また,甲第4号証に記載の発明(判決注・引用発明2)の平ゴムは,上記腰部カバーに縫い付けられて使用されるものであるので,腰部カバーから平ゴムを取り外し,単独で腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとして使用することは,容易に想到できることとすることはできない。また,上記腰部カバーから平ゴムを取り外して,単独で腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとすることは,甲第1乃至3及び5乃至18号証(判決注・甲3文献ないし甲5文献及び甲7文献ないし甲20文献)記載の事項を参酌しても,容易に想到できることとすることはできない。」(審決書12頁4段〜5段)と判断した。しかし,審決の判断は誤りである。
(1) 引用発明2の妊婦帯は,単なる腹帯ではなく,「骨盤を固定するために用いるコルセットとしての機能も併せ持つもの」(甲6号証6頁6〜7行)であるから,本件発明の「腰部の加圧ベルト」と加圧力が異なるものではない。また,腰部を幅広く二重加圧する必要がある場合に,引用発明2の妊婦帯から「平ゴム」を取り外し,これを単独で使用できないとする理由はない。
(2) 腰痛防止用又は腰痛治療用に,腰部と尻部を二重に加圧することが周知であり(甲15文献ないし甲17文献参照),これらの二重の加圧のために,引用発明2の妊婦帯から平ゴムの構成を取り外し,単独で腰痛防止用又は腰痛治療用に,これを転用することは,当業者が容易に想到し得るものである。
3 取消事由3(甲4文献等に基づく進歩性の判断の誤り) 審決は,「本件発明と甲第2,3,5乃至8号証(判決注・甲4文献,甲5文献,甲7文献ないし甲10文献)に記載の事項とを対比しても,本件発明の「帯状に2枚重ねあわせ両端を縫合」した「腰部の加圧ベルト」の点については,甲第2,3,5乃至8号証のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。以上のとおりであるので,本件発明は,甲第1乃至8号証(判決注・甲3文献ないし甲10文献)に記載の事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものとすることはできず,さらに,甲第1乃至8号証に記載の事項に加え,甲第9乃至18号証(判決注・甲11文献ないし甲20文献)に記載の事項を参酌したとしても,当業者が容易に想到することができたものとすることはできない。」(審決書12頁末段〜13頁2段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
(1) 甲5文献に記載された「伸縮性バンド帯」は,同文献の第1図ないし第3図から明らかなように,帯状に2枚重ねあわせて,両端を縫合し,腰部を加圧するベルトであることは明らかである。しかも,本件発明の「腰部の加圧ベルト」は単独で腰部に着脱するとの限定はないから,甲5文献の「伸縮性バンド帯」のように腹帯本体に縫合して装着する場合をも含むものである。したがって,甲5文献に記載された「伸縮性バンド帯」は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」に相当するものである。
(2) 本件発明の「腰部の加圧ベルト」が単独で用いるものであったとしても,甲5文献に記載された「伸縮性バンド帯」を単独で用いることに何らの困難もなく,当業者は甲5文献の「伸縮性バンド帯」から本件発明の「腰部の加圧ベルト」を容易に想到することができるものである。
被告らの反論の要点
審決の認定判断に誤りはなく,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点Aについての判断の誤り)について (1) 本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義について (ア) 本件明細書には,特許請求の範囲の請求項1の頭部の加圧ベルトに関する記載と,同請求項2の本件発明に係る「腰部の加圧ベルト」に関する記載と,特許請求の範囲には記載されていない肩部の加圧ベルトに関する記載とが,分けて記載されている。原告が挙げる本件明細書の「産業上の利用分野」の記載は,本件発明とは直接関係がない,頭部の加圧ベルト,肩部の加圧ベルトを含めた加圧ベルトに関する概括的一般的な記載であり,本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義を解釈すべき根拠とはならないものである。本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義を解釈すべき根拠となる本件明細書の記載は,審決が具体的に挙げた記載だけである。原告の主張は,根拠がなく,成り立たない。
(イ) 審決の「本件発明の「腰部の加圧ベルト」とは,腰痛のためのもの,換言すると,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであり」(審決書11頁8〜9行)との認定は,本件発明は,「腹帯」とはその構成及び作用効果において基本的に相違する旨を説示したものであり,適正な指摘である。本件発明の「腰部の加圧ベルト」から腰痛防止用等以外のヒップアップなどの用途や効果が得られるからといって,審決の認定が誤りであるということにはならない。
審決の「その結合部(8a,8b)を体の前部で結合し,その二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てて着用するものであると解すべきである。」(審決書11頁9〜11行)との認定は,本件発明の構成から必然的に生じる用法に関する説明であって,本件発明の技術的範囲を判断する上において重要かつ適正な指摘である。
(ウ) 本件明細書に「腰部はかるく押さえられ」と記載されている趣旨は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」の加圧力は,従来のコルセットの加圧力に比較して小さいということを記載したものである。本件発明の「腰部の加圧ベルト」は,運動ができかつ腰部を安定させることができる程度のもので,腰痛を防止又は治療することができる程度の加圧力を有するものと解すべきである。
(エ) 審決の本件発明と引用発明1との相違点Aの認定に誤りがないことは,上記(1)から明らかである。
(2) 相違点Aについての判断の誤りについて (ア) 本件発明に係る「腰部の加圧ベルト」は,二重になっている広幅ゴムで腰部を加圧する構成であるのに対し,引用発明1の腹帯は,「本考案は妊婦などの腹部に十分にフィットし全体を被覆支持しうる腹帯に関するものである。」(甲3号証1頁13〜14行)から,その二重部分で腹部を支持するものであり,本件発明とは,その基本的構成と機能が相違している。
そもそも,引用発明1の腹帯は,妊婦の腹部(胎児)が不安定とならないように,腹部にフィットさせて保持するもので,腹部を加圧するものではない。
仮に,妊婦の腹部を,本件発明のように,二重の広幅ゴムの伸縮力により加圧する構造としたときには,胎児に悪影響を与えることは明らかである。
審決が,引用発明1の腹帯と本件発明とは,その使用目的からみれば,一般的に,その加圧力が異なるものであり,また,二重になっている部分を当てる体の部位も異なっていると認定しているのは,上記のような点を踏まえた判断であって,適切な判断である。
(イ) 原告は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」と「腹帯」とは同じ技術分野に属すると主張する。しかし,問題は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」と引用発明1の腹帯とが転用容易か否かである。引用発明1の腹帯から,本件発明のように二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てる,腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトを想到することは,容易ではない。
(ウ) 原告は,甲15文献及び甲16文献を引用して,当業者は引用発明1の腹帯の二重になっている部分を当てる体の部位を,腹部から腰部と尻部に変更することを容易に想到することができる,と主張する。しかし,甲15文献及び甲16文献に記載のものは,一本の長尺のゴム帯を体に巻いて締めつける構造であって,本件発明とはその構成と目的・作用効果が全く相違しているものであり,これらのものを根拠として,本件発明の容易想到性を主張することはできない。
(3) その余の相違点について 本件発明では「織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせ両端を縫合し,」との構成を必須とするのに対し,引用発明1の腹帯は,このような構成を備えていない。
引用発明1の腹帯は,甲3文献に示されているとおり,帯本体よりも補助帯が短い構成であり,本件発明のように,2枚の広幅ゴムの両端を縫合するものではない。また,甲3文献には,「帯本体あるいは補助帯としては,通常の厚地の布,芯入り布,ゴムなどの発泡体と一体化したものなどが用いられ,布地自体伸縮性を有しているものも有効である。」(甲3号証3頁12〜15行)との記載はあるものの,本件発明において必須の「織物状の広幅ゴム」を素材として用いることについては示されていない。甲3文献に記載された「伸縮性」とは,同文献の他の記載からも,不必要なゆるみ,しわを矯正し,あるいはフィット感を得る程度の伸縮性があることを示すものであり,本件発明のような「腰部を加圧」する構成を示すものではない。また,本件発明に係る腰部の加圧ベルトは,広幅ゴムの両端を縫合しているところから,その中間部のみならず端部においても,二重の比較的強い伸縮加圧性と上下方向へのズラシによる広がりが可能となり,腰部の背部のみならず,腰部の前部,特に骨盤や股関節を強くかつ上下に広く加圧して骨盤の安定を図るとともにヒップアップも同時にできる。これに対し,引用発明1の腹帯のように両端側が一重であると,装着したときに,一重部分が先に伸び二重部分の伸長加圧は不完全となるばかりか,この一重部分での加圧は,圧力面積及び伸縮圧力ともに本件発明に比較し不十分で,本件発明の優れた作用効果は得られない。
(4) 本件発明の顕著な効果 本件発明については,本件明細書に記載されたとおり,使用者の体形と要望に応じて,a.腰部尻部を安定させる効果,b.ヒップアップ効果,c.加圧ベルトの装着時のズレ上がり防止効果,d.腰痛防止効果,e.ギックリ腰の防止効果,f.骨盤のゆがみ防止効果,g.腰の安定保護効果など多数の優れた効果が期待できる。これに対し,引用発明1の腹帯からは,係るaないしgの作用効果は得られない。
(5) 以上からすれば,引用発明1の腹帯には,本件発明に必須の「織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせ両端を縫合し,」及び「腰部の加圧ベルト」との構成が示されておらず,その目的・作用効果の点についても大きな差異がある。したがって,本件発明は,引用発明1の腹帯から,又は,引用発明1の腹帯に甲4文献ないし甲20文献に記載された発明を適用しても,当業者が容易に想到し得るものではない。
2 取消事由2(相違点Bについての判断の誤り)について 引用発明2の妊婦帯は,甲6文献の第1図及び第2図から判るとおり,本件発明のような帯状の構成ではなく,中間部に1枚の広幅腰部カバーがあり,その一方の側には広幅の腹部カバーが,また他方の側には比較的細幅の複数枚の締着帯が枝状に延出されており,本件発明の「織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせ両端を縫合し」との構成あるいはこれと類似の構成は全くなく,使用方法の点でも共通性はない。引用発明2から本件発明を想到し得るものではない。
3 取消事由3(甲4文献等に基づく進歩性の判断の誤り)について 甲5文献に示される「腰部保護腹帯」は,1重の広幅腹帯本体を人体の背部から前部に巻いて,その端部の接着布を表面のパイル部に係止して固定して使用するものである。甲5文献に記載された広幅腹帯本体は,1重の構成であって,表面にパイル部を有する通気性の生地で形成され,それ自体伸縮力がない。このため,補助部材として,その背部に倒X形の伸縮性バンド帯を対象に設け,これにより腰部の背面を圧して,プラスチック板よりなる腰板を身体に圧着せしめている。甲5文献の第1図,第3図を見ても,左右の倒X形のバンド帯が,それぞれ分離された別部材により構成され,その分離側両端が腹帯本体の背部に若干の間隔をあけて上下にX形に開いた状態で縫合されている。このように,倒X形の伸縮性バンド帯は,左右に分離されて固定されており,全体として二重の構造ではなく,腹帯本体と一体のもので,腹帯本体と分離されて使用されるものではない。また,伸縮性バンド帯の両端の接着布は,広幅腹帯本体表面のパイル部に係合し,接着布同志が結合されるものではない。
甲5文献に記載された広幅腹帯本体,倒X形の伸縮性バンド帯,又は,それらの結合にかかる「腰部保護腹帯」には,本件発明に必須の「織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせ両端を縫合し」との構成及びこれと類似の構成は全く開示されていない。甲5文献に記載された伸縮性バンド帯は,左右にX形に延出された中間部が,腹帯本体に縫い付けて使用されるものであるため,腹帯本体から取り外してこれを使用することを容易に想到することはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点Aについての判断の誤り)について (1) 本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義について 審決は,本件発明の「腰部の加圧ベルト」の意義について,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであり,その結合部を体の前部で結合し,その二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てて着用するものである,と判断した。
(ア) しかし,本件明細書の【請求項2】は,「織物状の広幅ゴム(6)を帯状に2枚(7a,7b)重ねあわせ両端(8a,8b)を縫合し,該広幅ゴムの両端表裏に面ファスナー(9a,9b)を設けたことを特徴とする腰部の加圧ベルト。」というものである。
【請求項2】の上記記載からすれば,本件発明は,広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせて両端を縫合したものであり,両端表裏に面ファスナーを設けているものであるから,腰部に巻いて面ファスナーで固定し,腰部を加圧するベルトであると解することはできるものの,2枚の重ね合わせた部分をどのように着用するのかとの点,及び,腰痛防止用又は腰痛治療用のものであるかとの点についてまで明確に規定するものではない。
(イ) 本件明細書の発明の詳細な説明には,「腰部の加圧ベルト」に関して,次の記載がある。
「【産業上の利用分野】本発明は,頭部,肩部,腰部に,それぞれの加圧ベルトを巻きつけ加圧し体のコンディションを整えることに関するものである。」(甲2号証1頁左欄11〜14行) 「腰部に関しては,従来,腰痛のための腰部を固定するコルセットはあったがコルセットを装着のままでは腰部の運動はできない欠点があった。」(同1頁右欄8〜10行), 「腰部においては加圧ベルトを尻部に当てて尻回りを締めて腰部を安定させながら,どのような運動も可能とすることを目的とする。」(同1頁右欄14行〜2頁左欄1行), 「二重に設けられている腰用広幅ベルトの両端を両手で持ち,広幅ゴムは二重のまま尻部中央に当て,広幅ゴムを引き伸しながら結合部(8a,8b)を体の前部の恥骨上で結合させ,広幅ゴムの一枚(7a)を尻部下方に下ろし当てる。広幅ゴムの伸縮によって腰部はかるく押さえられ骨盤の安定をはかるとともに尻を下方より上に持ち上げているのでヒップアップも同時にできる。」(同2頁左欄21〜28行), 「腰部加圧ベルトについては1.広幅ゴム(7a)で尻部下辺をささえ,広幅ゴム(7b)で尻部外周を押さえているので腰部尻部を安定させる効果がある。2.広幅ゴム(7a)によって尻部の下方を上方に押し上げる形となるのでヒップアップの効果がある。」(同2頁右欄7〜12行) 本件明細書の上記記載によれば,本件発明は,腰部に加圧ベルトを巻きつけ加圧し体のコンディションを整えることに関するものであり,従来は腰痛のための腰部を固定するコルセットはあったものの,運動ができないという欠点があったため,加圧ベルトを尻部に当てて腰部を安定させながら,どのような運動も可能とすることを目的とし,広幅ゴムは二重のまま尻部中央に当てて結合部を体の前部で結合させ,広幅ゴムの一枚を下げて尻部下方に当てることにより,腰部を軽く押さえて腰部及び尻部を安定させると共にヒップアップの効果を奏するものと認められる。
このように,本件発明は,腰部を安定させながら,どのような運動も可能とすることを目的とするものであるから,腰痛のための腰部を固定する従来のコルセットとは異なるものであることは明らかである。また,本件明細書全体をみても,腰部を安定させることが腰痛防止や腰痛治療のみに関係しているとは記載されておらず,ヒップアップなどの効果も奏するのであるから,本件発明が腰痛防止用又は腰痛治療用のものに限定されるということはできないことも明らかである。
(ウ) そうすると,審決が,本件発明の「腰部の加圧ベルト」を腰痛防止用又は腰痛治療用のものに限定して解釈したことは,明らかに誤りである(なお,審決が,本件発明の「腰部の加圧ベルト」を,その結合部を体の前部で結合し,その二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てて着用するものであると解した点は,本件発明の腰部の加圧ベルトに関する,使用者の使用態様の典型例を明示し,これを相違点Aについての判断の一資料としたのであれば,誤りとはいえないものの,これを本件発明の構成と解したとすれば誤りであるといわざるを得ない。)。したがって,審決がこれを前提としてなした本件発明と引用発明1との相違点Aの認定は,本来相違点ではないものも含めて相違点として認定したものであるから誤りである。この相違点認定の誤りが,相違点Aの判断の誤りの理由の一つとなっていることは,次に述べるとおりである。
(2) 相違点Aについての判断の誤りについて 審決は,本件発明と引用発明1とを対比して,妊婦などが使用する引用発明1の腹帯と本件発明の腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとは,その加圧力が異なり,また,二重になっている部分を当てる体の部位も異なっていることから,引用発明1の腹帯から,本件発明のように二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てる腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトに想到することは容易ではない,と判断した。しかし,審決のこの判断は,次に述べるとおり,誤りである。
(ア) 甲3文献には次の記載がある。
「本考案は,妊婦などの腹部に十分にフイツトし全体を被覆支持しうる腹帯に関するものである。腹帯の中央部を二重とし,両端部を一重とするようにして,二重部分を上下に拡げうる構造となし,幅広く腹部を包み込み得るようにした腹帯について検討したが,例えば,二重部分5,5’と一重部分6とを縫着7したものは第1図に示すように縫着部分の上下において着用時一方の帯体5’がゆるみを生じ,不要なしわや折り目を形成し,着用感を悪くし,帯体5による締めつけ効果が少なく,しかも外観も損われ易い。本考案は,このような欠点をなくしたもので,第2図に示すように,両側に係着具2,2’を有する腹帯本体1において,その一面において着用時の両端部に相当する部分に取りつけられた枢着部材・・・の一方の部材3と,本体1より短かい補助帯4の両端部に取りつけられた枢着部材または着脱自在係着具の他方の部材・・・とを係着することにより帯本体1上に補助帯4を支持してなる腹帯である。この構造によれば,枢着部材の場合,補助帯4が両端の枢着部材を中心として回転しうるため,帯本体1と補助帯4とを無理なく幅方向に分離するように拡げ,第3図のように着用しうる。」(甲3号証1頁下から6行〜2頁末行), 「帯本体あるいは補助帯としては,通常の厚地の布,芯入り布,ゴムなどの発泡体と一体化したものなどが用いられ,布地自体伸縮性を有しているものも有効である。」(同3頁12〜15行), 審決が認定した引用発明1は,甲3文献に従来技術として記載された腹帯であり(審決書3頁第3・1参照),甲3文献の上記記載によれば,伸縮性を有する腹帯の中央部を二重とし,両端部を一重として,二重部分を上下に拡げうる構造となした腹帯であって,補助帯の両端を帯本体に縫着したものであり,ゴムなどを用いた伸縮性を有する布地を使用するものである。
(イ) 甲4文献には,「本考案は,姿勢を正したり股関節亜脱臼などの股関節部組織の異常を匡正して神経痛,腰痛などの各種障害の治療に用いるべく股関節部のある位置のヒトの腰部及び下腹部の周りを緊締できるようにされた弾性バンドとか,ヒトの容姿を端正に保つべくウエスト部の周りを緊締できるようにされた弾性バンドといつたようなヒトの胴部を押圧状に緊締すべき弾性バンド用のバンド地」(甲4号証1頁下から9行〜末行)と記載され,甲5文献にも,「近年腰痛用,健康保持用或いは妊婦用腹帯としては弾性ゴム等の内蔵した布バンドを腰部に捲纏し,これを接着布によって接合するなどの手段によつて腰部に着脱していた。」(甲5号証1頁下から6〜3行)と記載されていることから明らかなように,弾性バンドあるいは弾性ゴム等を内蔵した布バンドは,腰痛用にも,妊婦用の腹帯用にも使用し得るものである。
また,甲18文献(「最新赤ちゃん百科」)に,「いちだんと大きくなるおなかを保護し,冷えを防ぐということや,腹帯を巻くことによってなんとなく安心したり,妊婦としての自覚が促されるということから,巻く人も多いようです。また,姿勢の変化からおこる腰痛の防止や改善にも役立ち,腹部を固定して支えるので,姿勢が正しくなって動きやすくなるという効用があります。」(甲18号証104頁上段)と記載されているように,腹帯が,妊婦の腰痛の防止や改善にも役立つものであることは技術常識であると認められる。
このように,弾性バンドあるいは弾性ゴムを使用した布バンドは,腰痛用にも腹帯用にも使用し得るものであり,また,腹帯といっても,妊婦の腰痛の防止や改善にも役立つものであるから,腰痛防止用の加圧ベルトと腹帯とはその技術分野として極めて密接な関係にあることが認められる。したがって,引用発明1の腹帯の構成を「腰部の加圧ベルト」に用いることを考えることは,当業者にとって,何ら困難なことではないというべきである。
(ウ) 審決は,妊婦などが使用する引用発明1の腹帯と,本件発明の腰痛防止用又は腰痛治療用の腰部の加圧ベルトとは,加圧力が異なると判断した。
しかし,前記のとおり,本件発明の「腰部の加圧ベルト」を腰痛防止用又は腰痛治療用のものに限定することができないこと,本件発明は,「織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ねあわせ」たものであり,引用発明1は,ゴムなどを用いた伸縮性のある布地を使用するものであるから,その材質においても類似していること,並びに,甲4文献及び甲5文献において,上記のとおり,弾性ベルトあるいは弾性ゴム等を内蔵した布バンドは,腰痛用にも,妊婦用の腹帯用にも使用し得るものであることが記載されており,腰痛用ベルトと妊婦用の腹帯のベルトに使用する材料に共通性があることからしても,本件発明の「腰部の加圧ベルト」と引用発明1の腹帯とが,加圧力において異なるということは当然には断定し得ないことである。
(エ) 被告らは,引用発明1の腹帯は,妊婦の腹部(胎児)が不安定とならないように腹部にフィットさせて保持するもので,腹部を加圧するものではなく,仮に,妊婦の腹部を,本件発明のように,二重の広幅ゴムの伸縮力により加圧する構造としたときには,胎児に悪影響を与えることは明らかであるから,本件発明と引用発明1の腹帯とでは加圧力は異なると主張する。
しかしながら,本件発明の「腰部の加圧ベルト」と引用発明1の腹帯とがその加圧力において異なると断定し得ないことは上記のとおりである。また,腰部の加圧ベルトも腹帯も,腰痛等の程度や母体や胎児の状況に応じて様々な加圧力が必要とされるものであり,その使用者が腰部の加圧ベルトや腹帯を着用する際に,面ファスナー等でその加圧力を調整しながら着用するものであることは自明の事項であるから,被告らの上記主張は理由がないというべきである。
(オ) 審決は,本件発明は,二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てるものであるのに対し,引用発明1の腹帯は,二重になっている部分を腹部に当てるものであるから,引用発明1の腹帯と本件発明とでは,二重になっている部分を当てる体の部位も異なっていると判断した。
しかしながら,本件明細書の【請求項2】では,前記のとおり,本件発明の「腰部の加圧ベルト」を,使用者がどのように着用すべきかを規定してはいない。二重になっている広幅ゴムの部分を尻部に当てるというのは,本件明細書の発明の詳細な説明における発明の作用や効果の欄に記載されている,使用者による典型的な使用例にすぎないものである。
また,その典型的な使用例として,本件発明が,二重になっている広幅ゴムの部分を腰部と尻部に当てるものであり,引用発明1が,二重になっている部分を腹部に当てるものであるとしても,それは単に本件発明が腰部の加圧ベルトであり,引用発明1が妊婦用の腹帯であるからである。腰部の加圧ベルトと腹帯が極めて密接な関係を有する技術分野に属するものであることは前記のとおりであるから,引用発明1の腹帯の,腹帯の中央部を二重とし,両端部を一重とするようにして,二重部分を上下に拡げ得るものを,腰痛用やヒップアップ用に転用し,使用者が二重になっている部分を上下に拡げて,腰部と尻部に着用し得るものとすることは,当業者にとって何ら困難なことではないというべきである。
(3) 被告らが主張するその余の相違点について 被告らは,本件発明は織物状の広幅ゴムを帯状に2枚重ね合わせ両端を縫合する構成となっているのに対し,引用発明1の腹帯は,帯本体よりも補助帯が短い構成であり,また,織物状の広幅ゴムを用いることが示されておらず,容易想到性がない,と主張する。
しかし,審決は,前記のとおり,本件発明と引用発明1との相違点として,相違点Aのみを認定した上で,これについて本件発明の容易想到性の有無を検討し,容易に想到することができないと結論づけたものであって,被告らが主張する本件発明と引用発明1との上記相違点については,これを相違点として認定すらしておらず,これについての判断もしていない。このような審決の内容からすれば,本件においては,上記のとおり,審決のした相違点Aについての審決の判断が誤りである以上,審決において全く判断されていない上記被告ら主張の点について判断するまでもなく,審決を取り消すのが相当であって,被告ら主張の点については,本判決による審決取消し後に行われる審判手続において改めて審理,判断されるべき事項であるというべきである。
(4) 本件発明の顕著な効果について 被告らは,本件発明は顕著な効果を奏すると主張する。
しかし,審決は,この点について判断していない。したがって,この点についても,上に述べたところと同様に,本判決による審決取消し後に行われる審判手続において審理,判断されるべき事項であるというべきである。
2 結論 以上に検討したところによれば,審決がした本件発明と引用発明1との相違点Aの認定は誤りであり,これを前提としてされた相違点Aについての判断も誤りである。これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,取消しを免れない。
そうすると,原告の本訴請求は,理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 瀬順久