審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成23行ケ10445審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10299審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10037審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10274審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10153審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10321号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/04/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年4月16日判決言渡 平成24年(行ケ)第10321号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年3月19日 判 決 原 告 積水化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 小 松 陽 一 郎 辻 淳 子 藤 野 睦 子 弁理士 玉 井 敬 憲 諸 田 勝 保 被 告 株 式 会 社 ク ラ レ 訴訟代理人弁護士 井 窪 保 彦 北 原 潤 一 弁理士 日 野 真 美 主 文 特許庁が無効2011−800187号事件について平成24年8月 3日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告が求めた判決 主文同旨 第2 事案の概要 本件は,被告からの無効審判請求に基づき原告の特許を無効とした審決の取消訴 訟である。争点は,訂正後の請求項14ないし18に係る発明についてのサポート 要件違反,実施可能要件違反,明確性要件違反の有無等である。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「合わせガラス用中間膜及び合わせガラス」とする発明に係る特 許第2999177号の特許権者である(平成10年7月17日特許出願,優先日 平成9年7月17日,8月7日,20日,9月11日,18日,平成10年1月6 日,2月3日及び4月3日,優先権主張国 日本,登録日 平成11年11月5日, 登録時の請求項の数27)。 被告は,平成23年9月30日,サポート要件違反(特許法36条6項1号),補 正要件違反(同法17条の2第3項)実施可能要件違反 , (改正前の同法36条4項), 明確性要件違反(同条6項2号)を理由として,請求項14ないし27の発明に係 る特許につき特許無効審判を請求した(無効2011−800187号)。 原告が,請求項14ないし16,18,22ないし25を削り,請求項17,1 9,21,26,27を順次繰り上げ,繰り上げ後の請求項14ないし16の特許 請求の範囲の記載の一部を改めるなどの訂正請求をした(本件訂正)のに対し,被 告は,少なくともサポート要件違反,実施可能要件違反,明確性要件違反に関して は,本件訂正後の発明に係る特許も同様の理由で無効であると主張した。 特許庁は,平成24年8月3日,被告主張に係る実施可能要件違反,明確性要件 違反,サポート要件違反があるとして, 「訂正を認める。特許第2999177号の 請求項14ないし18に記載された発明についての特許を無効とする。との審決を 」 し(補正要件違反の無効理由は採用しなかった。,その謄本は同月16日に原告に ) 送達された。 2 訂正発明の要旨 本件の発明は,2枚のガラスを貼り合わせた合わせガラスに用いる中間膜等に関 する発明で,本件訂正後の請求項の数は18であるが,そのうち請求項14ないし 18(本件訂正前の請求項17,19,21,26,27)の特許請求の範囲は以 下のとおりである(下記訂正発明14ないし18を「本件発明」と総称する。。 ) 【請求項14(訂正発明14)】 「アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選択される少なくとも 1種を含有する可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜 であって,中間膜中のナトリウム濃度が50ppm以下であり,飛行時間型二次イ オン質量分析装置を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中の アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の粒子径が3μm以下である合わせガラス 用中間膜。」 【請求項15(訂正発明15)】 「アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選択される少なくとも 1種を含有する可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜 であって,中間膜中のカリウム濃度が100ppm以下であり,飛行時間型二次イ オン質量分析装置を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中の アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の粒子径が3μm以下である合わせガラス 用中間膜。」 【請求項16(訂正発明16)】 「アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選択される少なくとも 1種を含有する可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜 であって,中間膜中のナトリウム濃度が50ppm以下であり,中間膜中のカリウ ム濃度が100ppm以下であり,飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いた二 次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中のアルカリ金属塩及びアルカリ 土類金属塩の粒子径が3μm以下である合わせガラス用中間膜。」 【請求項17(訂正発明17)】 「アルカリ金属塩は,炭素数5〜16の有機酸のアルカリ金属塩であって,アル カリ土類金属塩は,炭素数5〜16の有機酸のアルカリ土類金属塩である請求項1 4,15又は16記載の合わせガラス用中間膜。」 【請求項18(訂正発明18)】 「少なくとも一対のガラス間に,請求項14,15,16又は17記載の合わせ ガラス用中間膜を介在させてなることを特徴とする合わせガラス。」 3 審判で主張された無効理由 (1) 無効理由1 本件発明(請求項14〜18)の特許請求の範囲にも,訂正明細書の発明の詳細 な説明にも, 「厚さ0.3〜0.8mmの中間幕を23℃の水に浸漬したとき,24 時間後のヘイズが50%以下である」とのヘイズ要件の構成を備えなくても,合わ せガラスに必要な基本性能を損なうことなく,湿度の高い雰囲気中に置かれたとき でも周縁部の白化が少ないという作用効果を奏するための構成が記載されていない。 したがって,本件発明(請求項14〜18)の特許請求の範囲の記載は訂正明細書 の発明の詳細な説明の記載内容を超えるものであり,サポート要件違反(特許法3 6条6項1号)がある。 本件発明の作用効果を奏するためには,有機酸とアミンを含有することが必須で あるが,本件発明の特許請求の範囲にはかかる構成が記載されていない。そうする と,本件発明の特許請求の範囲の記載は,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を 超えるものであり,サポート要件違反がある。 本件発明の特許請求の範囲では「アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の粒子 径が3μm以下」とされているが,訂正明細書の発明の詳細な説明にはカリウム元 素の粒子径が3μm,ナトリウム元素の粒子径が2μmであった旨の記載があるだ けで,アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の粒子径に係る記載は存しない。そ うすると,本件発明の特許請求の範囲の記載は,訂正明細書の発明の詳細な説明の 記載を超えるものであり,サポート要件違反がある。 (2) 無効理由2 前記(1)のとおり,「厚さ0.3〜0.8mmの中間幕を23℃の水に浸漬したと き,24時間後のヘイズが50%以下である」との構成を備えなくても,合わせガ ラスに必要な基本性能を損なうことなく,湿度の高い雰囲気中に置かれたときでも 周縁部の白化が少ないという作用効果を奏するための構成が,本件発明(請求項1 4〜18)の特許請求の範囲には記載されていない。そうすると,請求項14ない し18(本件訂正前の請求項14ないし27の一部)等を追加する補正は新規事項 を追加するものであって,補正要件違反(特許法17条の2第3項)がある。 (3) 無効理由3 訂正明細書の発明の詳細な説明には,塩の粒子径の測定につき,当業者が発明を 実施できる程度に明確かつ十分な記載がされていない。また,形状,大きさが異な る粒子につき,何をもって粒子径とし,粒子の大きさをどう表現するか(代表径の 取り方) 粒子の大きさに分布がある粒子群をどう表現するか, , 粒子群を代表する粒 子の平均的な大きさをどのように選ぶかにつき,訂正明細書の発明の詳細な説明に は記載がない。 したがって,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載には実施可能要件違反(改正 前の特許法36条4項)があり,特許請求の範囲の記載には明確性要件違反(特許 法36条6項2号)がある。 また,仮にTOF−SIMS以外の方法で塩の粒子径を測定するのであれば,係 る測定法は訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されていないから,サポート要件 を欠く。 4 審決の理由の要点 (1) 無効理由1について 本件発明は,ヘイズ要件に関する被告の主張,特定の有機酸とアミンに関する被告の主張, 「カリウム元素の粒子径」についての被告の主張に関しては,発明の詳細な説明に記載されて いたものであり,訂正発明17についても,炭素数5〜16の有機酸のアルカリ(土類)金属 塩として具体的な化合物が明記されているので,当業者であれば,実施例や比較例の記載がな くとも,当該記載により当該化合物を使用して本発明の課題を解決できるように記載されてい ると認識することができるから,本件発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたもの であり,特許法36条6項1号の規定に適合するものであるので,被告の無効理由1について の主張は採用できない。 (2) 無効理由2について 「被告は,請求項14〜27を追加した平成11年5月13日付け手続補正書による補正は, 当初明細書に記載されていなかった『本件ヘイズ要件を必須の要件としない発明』を追加する ものであり,これは新規事項の追加にあたる旨を主張する。 しかし,無効理由1について検討したとおり,本件発明は当初明細書の発明の詳細な説明に 記載されたものである。 したがって,上記手続補正による補正は新規事項の追加にあたらず,特許法17条の2第3 項に違反するものではないので,被告の無効理由2についての主張は採用できない。」 (3) 無効理由3について 「被告は, 『飛行時間型二次イオン質量分析装置(以下『TOF−SIMS』という)を用い た二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の粒子径』 について,具体的測定方法及び測定条件が記載されていないので実施可能要件違反(特許法3 6条4項)であり,発明の詳細な説明には,粒子径の測定についてTOF−SIMSを用いる 以外の方法が記載されていないのでサポート要件違反(同条6項1号)であり, 『粒子径』の意 義が不明確であるので明確性要件違反(同条6項2号)である旨を主張する。 ・・・ そこで,まず,アルカリ(土類)金属塩の粒径の測定が,本件明細書の記載に基づいて当業 者が実施可能であるか(特許法36条4項)について検討する。 (3)−1 実施可能要件(特許法36条4項) ・・・ (ア)本件発明におけるTOF−SIMSによるアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定に おいては,当該金属塩ばかりでなく当該金属イオンをも検出しており, (イ)当該金属塩の粒子 径の測定自体に定量性があるとはいえず, (ウ)TOF−SIMSの測定条件により粒子径が変 化してしまうにも拘わらず,測定条件の詳細が明示されていない。 したがって,発明の詳細な説明には,明細書及び図面に記載された発明の実施に関する教示 と出願時の技術常識に基づいて,当業者が本件発明を実施できる程度に記載されているとする ことはできない。このため,本件発明は特許法36条4項の規定を満たさない。 (3)−2 明確性要件(特許法36条6項2号)について (1)粒子径の意義 被告は,特許請求の範囲の『粒子径』の文言について,代表径の取り方,粒子の大きさに分 布がある粒子群をどのようにあらわすか,粒子群を代表する平均的な大きさをどのように選ぶ かが不明であるので,その意義が不明確である旨を主張する・・・。 ・・・ 本件発明における粒子径は, 『飛行時間型二次イオン質量分析装置(TOF−SIMS)を用 いた二次イオン像のイメージングにより測定することができる。』 (0044段落)としている。 そして,TOF−SIMSは物質の表面の非常に浅い部分(数nm)について分析が可能であ るので(甲第1号証2頁下から3行),測定の対象は,合わせガラス用中間膜の表面に表れた粒 子の粒径であるとすることができる。 また,本件発明においては,アルカリ(土類)金属塩の粒子径が3μmを超えると,当該ア ルカリ(土類)金属塩の周辺に水分子が集合して白化が顕著になることを防ぐために,当該金属 塩の粒子径を3μm以下に限定している(0094段落)。このため,本件発明の課題解決のた めには,アルカリ(土類)金属塩の粒子径が特定値以下であることが必要であるので,粒子径と は当該粒子の最大粒子径をいうと解することが合理的である。 ・・・ したがって,本件発明における粒子径の意義が不明確であるとする,明確性要件に関する被 告の主張は採用できない。 (2)アルカリ(土類)金属塩の粒子径について 原告は,本件発明において『粒子径』とは, 『TOF−SIMSを用いた二次イオン像のイメ ージングにより測定した中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の粒子径』であると定義できると 主張する・・・。・・・ しかし,発明の詳細な説明中に請求項の用語についての定義又は説明がある場合であって, 請求項の用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義又は説明がある場合には,その 定義又は説明により請求項の記載が不明確になると認める。これは,請求項の記載に基づくこ とを基本としつつ,発明の詳細な説明の記載をも考慮するという請求項に係る発明の認定の運 用からみて,いずれと解すべきかが不明となり,結果として,当該発明を明確に把握すること ができないからである。 本件においては,上記(3)−1で検討したとおり,本件発明におけるTOF−SIMSによる アルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定においては,当該金属塩に由来する二次イオンばかり でなく,当該金属イオンに由来する二次イオンをも検出していることになる。このため,二次 イオン像のイメージングにより測定した輝点の大きさは,必ずしもアルカリ(土類)金属塩の 粒子径を測定したものではなく,この点で,請求項における用語である『粒子径』が有する通 常の意味とは異なる意味を持つことになる。 したがって,本件発明は明確であるとすることはできず,特許請求の範囲の記載は特許法3 6条6項2号の規定に適合しないものである。 (3)−3 サポート要件(特許法36条6項1号)について (1)被告の主張 被告の主張する粒子径の意義に関するサポート要件違反は,本件訂正前の特許請求の範囲に 記載された『粒子径』に関するものであり,これは本件補正により『飛行時間型二次イオン質 量分析装置を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した』ものであることが明確にさ れた。 このため,サポート要件に関する被告の主張は採用できない。 (2)アルカリ(土類)金属塩の粒子径 ・・・ 本件発明は,アルカリ(土類)金属塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する 可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜からなる合わせガラス用中間膜において,TOF−SIM Sを用いた二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の 粒子径を一定値以下に規定したこと,を1つの特定事項とするものである。 しかし,上記(3)−1で検討したとおり,本件発明におけるTOF−SIMSを用いた二次イ オン像のイメージングにより測定した輝点の大きさは,アルカリ(土類)金属塩の粒子径に必 ずしも対応していない。すなわち,出願時の技術常識に照らせば,TOF−SIMSによる分 析においては,アルカリ(土類)金属塩ばかりでなく同金属イオンをも検出する。 このため,TOF−SIMSによる二次イオン像のイメージングにより測定した輝点の大き さをもって粒子径とすることは,発明の詳細な説明の記載の範囲を超えるものである。 したがって,本件発明は発明の詳細な説明に記載されたものとすることはできず,特許請求 の範囲の記載は特許法36条6項1号の記載に適合しないものである。」 第3 原告主張の審決取消事由 1 取消事由1(実施可能要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係) (1) TOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析装置)は,超真空下で 試料に対してガリウムイオン(Ga+)等の一次イオンのビームを入射,衝突させ, 衝突の結果,試料の表面から放出される二次イオンをその飛行時間に応じて質量を 計測する質量分析計で分析し,同表面の化学構造を測定する装置であるところ,高 い質量精度,質量分解能を有し,本件優先日以前の時点においても,既に0.2μ m程度の分解能を有していたものである。 したがって,本件優先日当時,合わせガラス用中間膜につき,一次イオン(源) としてガリウムイオンを選択し,技術常識に基づいて測定条件を微調整し,TOF −SIMSを用いて二次イオンのイメージングを行うことにより,中間膜中のアル カリ金属,アルカリ土類金属の測定をμmのオーダー(単位)で行う上で,当業者 には特に技術的な困難はなかった。 (2) 本件発明の中間膜である可塑化ポリビニルアセタール樹脂膜は,ほとんど 水分を含有しないし(0.5重量%以下),酸に由来する陰イオンを十分量含有する から,膜中でアルカリ(土類)金属塩は解離せず,安定な塩を形成しているものと 考えられる(本件明細書(甲51)の段落【0019】【0024】【0088】 , , , 【0093】参照)。そうすると,本件発明の中間膜でTOF−SIMSを用いた二 次イオンイメージングによって測定されるアルカリ(土類)金属は,中間膜中に存 在するアルカリ(土類)金属塩を意味する。 ところで,本件発明においては,中間膜に対しTOF−SIMSを用いてアルカ リ(土類)金属の二次イオン像をイメージングし,イメージ上で見い出される粒子 像を測定して得られる値をアルカリ(土類)金属塩の「粒子径」とするものである から,本件発明にいう「粒子径」も,TOF−SIMSを用いた二次イオン像のイ メージングにおいて測定したアルカリ(土類)金属塩の粒子径を意味する。 そうすると,当業者は,TOF−SIMSを用いてアルカリ(土類)金属の二次 イオン像をイメージングし,上記「粒子径」が3μm以下となるようにすること等 により,本件発明の中間膜を作成することができるのであって,本件発明は実施可 能要件を充足する。 なお,本件発明の中間膜中において,アルカリ(土類)金属イオンがイオン濃度 の高い部分を形成するほど十分に存在するとは考えられないし,プラスの電荷を有 するアルカリ(土類)金属イオンは互いに静電気的に反発するから凝集することも 考えられない。FE−TEM(電界放射型透過電子顕微鏡)を用いた観察でも,T OF−SIMSの二次イオンイメージングで粒子と理解されるような,アルカリ(土 類)金属イオンは観察されなかった(甲28)。酢酸マグネシウムを用いたFT−I Rの実験でも,中間膜中で塩として存在することが示されている(甲64)。他方, 甲第4,第5,第10号証も,中間膜中にアルカリ(土類)金属塩が解離してイオ ンの状態で存在することを裏付けるものではない。 そして,本件発明の中間膜中にアルカリ(土類)金属イオンが存在するとしても, 同イオンが二次イオンイメージングで示す輝点は小さく,アルカリ(土類)金属塩 の粒子径の測定に影響を及ぼすことはない。 そうすると, 「中間膜中には,中和剤や接着力調整剤等から由来する金属イオンが 存在するのであるから,本件発明において消滅あるいは溶解したアルカリ(土類) 金属塩のうちの少なくとも一部は,解離してイオンの形態で存在していると理解す ることができる。したがって,本件発明における中間膜中には,アルカリ(土類) 金属イオンが存在しているといえる。(14頁)として, 」 「本件発明におけるTOF −SIMSによるアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定においては,当該金属塩 ばかりでなく当該金属イオンをも検出して」いるとし,当業者において発明を実施 することができないとする審決の判断(20頁)は誤りである。 (3) そもそも,上記のとおり,本件発明は中間膜中のアルカリ(土類)金属塩 の「粒子径」を測定するものにすぎず,アルカリ(土類)金属塩の量(金属量)を 測定しているわけではない。したがって,審決が実施可能要件違反の有無の判断に おいて,TOF−SIMSによる金属量測定の定量性を問題としたのは誤りである。 TOF−SIMSによる測定は,バックグラウンドが極めて低く,絶対感度,面 分解能が高い測定方法で,極めて高い解析精度を有する。測定の再現性にも優れ, 得られる数値の信頼性も高い。 SIMSを用い,ほぼ同一ないし均一な材料について定量を行う場合には,マト リックス効果は問題になりにくいところ,本件発明の中間膜のマトリックスは可塑 化ポリビニルアセタール樹脂中にあり,試料の種類,組成はごく限定されている。 加えて,本件発明のTOF−SIMSで測定の対象となるアルカリ(土類)金属は, イオン化率がごく高く,マトリックス効果の影響をほとんど受けない。 のみならず,TOF−SIMSには,検量線が不要な定量法があり,定量性が高 いことを裏付けている。 そうすると,本件発明の中間膜をTOF−SIMSを用いて測定する場合には, マトリックス効果の影響を考慮する必要はなく,十分な解析精度,再現性があるの であって, 「輝点として検出される二次イオンとサンプル中の金属量は,試料の種類 と組成が同じ場合を除いて,一般的には比例しないことになる。このため,存在す る元素の分析に定量性がないので,さまざまな種類と組成の合わせガラス用中間膜 中のアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定は,一般的には定量性を持たないとす ることができる。(18頁)として,実施可能要件違反があるとした審決の判断は 」 誤りである。 (4) 本件発明では,高分子フィルムである中間膜の表面に存在し,微量のアル カリ(土類)金属塩(低分子量)を測定する方法としてTOF−SIMSが採用さ れているものであって,バックグランドがごく低い。そうすると,バックグラウン ドが低く,絶対感度が高いというTOF−SIMSの特徴や,閾値を0(ゼロ)に して測定を行う(正確には,二次イオンの質量スペクトルデータを画像に変換(イ メージング)する場合の閾値を0として,かかる画像変換を行う)というTOF− SIMSにおける通常の取扱いは,本件発明の測定においても当然妥当するのであ って,閾値を上げる必要はない。 そうすると,ポリマーのTOF−SIMS分析では閾値をゼロにすることが当業 「 者の技術常識であるとしても,合わせガラス用中間膜中のアルカリ(土類)金属塩 の粒子径の測定において,閾値をゼロとすることが当業者にとって技術常識である とすることはできない。」として,「TOF−SIMSの測定条件により粒子径が変 化してしまうにも拘わらず,測定条件の詳細が明示されていない。(20頁)との 」 理由で実施可能要件違反があるとした審決の判断は誤りである。 (5) 結局,審決は,TOF−SIMSの測定能力については問題とすることな く, 「検討の課題」として問題点を指摘し,過重なハードルを課すもので,実施可能 要件に係る審決の判断は誤りである。 2 取消事由2(明確性要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係) 原告は,本件訂正により,本件明細書の段落【0044】の記載内容をそっくり 特許請求の範囲の記載に取り込んで発明特定事項としたから,上記段落の記載に照 らせば,本件発明にいう「粒子径」も,TOF−SIMSを用いた二次イオン像の イメージングにより測定した中間膜中のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩の 粒子径であり,実質的には最大粒子径を意味することが一義的に明らかである。 そうすると,本件発明には明確性要件違反は存しない。 なお,前記1のとおり,本件発明の中間膜中ではアルカリ(土類)金属は塩の形 で存在すると考えられるし,仮にごく微量のアルカリ(土類)金属イオンが存在し たとしても,塩の粒子によるμmサイズ(オーダー)の像に影響を与えない。そう すると,仮にごく微量のアルカリ(土類)金属イオンが中間膜中に存在し,粒子像 がやや大きく検出されたとしても,塩の粒子径の測定に支障はないのであって, 「本 件発明におけるTOF−SIMSによるアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定に おいては,当該金属塩に由来する二次イオンばかりでなく,当該金属イオンに由来 する二次イオンをも検出していることになる。このため,二次イオン像のイメージ ングにより測定した輝点の大きさは,必ずしもアルカリ(土類)金属塩の粒子径を 測定したものではなく,この点で,請求項における用語である『粒子径』が有する 通常の意味とは異なる意味を持つことになる」 (21頁21〜27行)との審決の判 断は誤りである。 3 取消事由3(サポート要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係) 本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0044】や実施例等に係る段落【01 44】【0197】【0219】【0335】【0354】及び各表の記載に基づ , , , , けば,本件発明にいうアルカリ(土類)金属塩の粒子径がTOF−SIMSを用い た二次イオン像のイメージングにより測定されたアルカリ(土類)金属塩の粒子径 を意味し,解決すべき技術的課題とその解決方法を認識することができる。 したがって,本件発明にサポート要件違反はなく,これに反する審決の判断は誤 りである。 第4 取消事由に対する被告の反論 1 取消事由1に対し (1) 本件発明の中間膜の含水率0.4〜0.5重量%(5000ppm)はナ トリウム(Na)の含有率50ppm以下,カリウム(K)の含有率100ppm 以下に比して十分に大きく(大過剰),ナトリウム等のアルカリ(土類)金属塩は溶 解,解離してイオンの形で高濃度で存在し得る。 原告が提出する特許公報(甲68〜71)の記載も,原告の仮説を記載したもの にすぎず,中間膜中のアルカリ(土類)金属イオンの存在を否定する裏付けとはな らない。原告が提出する実験成績証明書(甲64)も,本件発明とはかけ離れた多 量の酢酸マグネシウムを添加するもので,かかる場合の酢酸マグネシウムの大部分 が溶解,解離しないことは当然であるし,同書証の実験例3のピークは微小で解離 の有無を判定することはできない。 そして,このようなアルカリ(土類)金属イオンが連続(隣接)する領域にまた がって存在すれば,より大きな輝点として検出されることになり,同イオンが凝集 している必要はない。極めて細かいアルカリ(土類)金属塩が連続する領域にまた がって存在する場合でも,アルカリ(土類)金属塩とアルカリ(土類)金属イオン とが隣接して存在する場合でも,アルカリ(土類)金属イオンが連続する領域にま たがって存在する場合でも,TOF−SIMSの二次イオン像のイメージング画像 上ではいずれも着色されたピクセル(輝点)の塊として表示されるのであって,実 際に大きなアルカリ(土類)金属塩の粒子が存在する場合と区別することができな い。これは,TOF−SIMSの二次イオン像のイメージング画像における輝点か ら,アルカリ(土類)金属塩の粒子の有無を判定することができないことを意味す るものである。 結局,本件発明の中間膜中にアルカリ(土類)金属イオンが存在し,TOF−S IMSではアルカリ(土類)金属塩の粒子径を測定できないとした審決の判断に誤 りはない。 (2) 本件発明の中間膜は,その主要な成分を可塑化ポリビニルアセタール樹脂 とするものであり,アルカリ(土類)金属については限定があるが,その他の組成 については限定がない。したがって,試料の組成の違いによるマトリックス効果の ため,TOF−SIMSを用いて中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測 定を行うことには一般に定量性がない。 一次イオンの照射回数(積算回数)いかんで輝点が変化することに照らしても, TOF−SIMSには定量性があるとはいえない。 (3) そもそも,本件発明にいう「粒子径」は,通常の意味である(アルカリ(土 類)金属塩の)粒子の大きさを意味するものと解すべきところ,閾値の情報がなけ れば,さまざまな閾値により得られるさまざまな画像のうちどれを測定すべきか分 からず, 「粒子径」を測定することはできない。また,TOF−SIMSの2次イオ ン像のイメージ画像は,1次イオンの照射回数,すなわち積算回数のいかんによっ て異なるから,積算回数の情報がなければ,当業者はどの画像に基づいて「粒子径」 を測定すべきか分からない。また,TOF−SIMSは,試料のごく浅い表面部分 を分析する方法にすぎないから,中間膜の内部の状況は分析することができない。 そうすると,閾値や積算回数の特定がなければ,中間膜のアルカリ(金属)塩の 「粒子径」の測定はできないところ,審決が認定するとおり,TOF−SIMSに おいて閾値を0とするのが通常であるとする技術常識は存しない。 したがって,TOF−SIMSの測定条件のいかんにより粒子径が変化してしま うにも拘わらず,測定条件の詳細が明示されていないとする審決の判断に誤りはな い。 (4) 結局,本件優先日当時の当業者の技術常識に基づいても,本件明細書の発 明の詳細な説明に当業者が発明を実施できる程度の記載がされていないとした審決 の判断に誤りはない。 2 取消事由2に対し 本件発明にいう「粒子径」の意義は,原告主張に係るものと審決が認定した通常 のものの2通りがあるのであって,その意味内容は一義的に明らかとはいえない。 そうすると,本件発明の特許請求の記載は明確性を欠くから,この旨の審決の判断 に誤りはない。 3 取消事由3に対し 本件明細書の段落【0044】には,原告主張に係る「粒子径」の定義は記載さ れていないし,審決が認定するとおり, 「TOF−SIMSを用いた二次イオン像の イメージングにより測定した輝点の大きさをもって粒子径とすることは,発明の詳 細な説明の範囲を超える」から,サポート要件違反をいう審決の判断に誤りはない。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1(実施可能要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係)につ いて (1) 審決は,無効理由3のうちの実施可能要件違反につき,(ア)TOF−SI MSによるアルカリ(土類)金属塩の粒子径の測定では,金属塩ばかりでなく金属 イオンをも検出している,(イ)上記金属塩の粒子径の測定自体に定量性があるとは いえない,(ウ)TOF−SIMSの測定条件により粒子径が変化してしまうにもか かわらず,測定条件の詳細が明示されていない,との3点を根拠に,本件訂正後の 請求項14ないし18の発明(本件発明)に係る発明の詳細な説明の記載は当業者 において実施可能な程度に明確かつ十分でないと判断した。 本件発明の特許請求の範囲には,いずれも, 「飛行時間型二次イオン質量分析装置 を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した中間膜中のアルカリ金属塩及 びアルカリ土類金属塩の粒子径が3μm以下である」との発明特定事項があるとこ ろ,訂正明細書(甲52)の発明の詳細な説明には,かかる発明特定事項に関し, 次のとおりの記載がある。 ・段落【0044】 「上記中間膜中のナトリウム塩及びカリウム塩の粒子径は,飛行時間型二次イオ ン質量分析装置(TOF−SIMS)を用いた二次イオン像のイメージングにより 測定することができる。」 ・段落【0144】 「・・・中間膜中のナトリウム塩及びカリウム塩の粒子径を飛行時間型二次イオ ン質量分析(TOF−SIMS) (PHIEVANS社製 TFS−2000型) 装置 を用いた二次イオン像のイメージングにより測定した結果,中間膜中のナトリウム 塩の粒子径は1μm,カリウム塩の粒子径は0.5μm未満であった。」 ・段落【0197】 「・・・また,中間膜中に存在するマグネシウム塩の粒子径を飛行時間型二次イ オン質量分析装置(TOF−SIMS)を用いて測定したところ,0.9μmであ った。」 このとおり,訂正明細書では,吸湿による中間膜の白化の原因となるアルカリ(土 類)金属塩の「粒子径」を一定値以下に保つことや(段落【0024】, 【0042】, ) この「粒子径」をTOF−SIMS(Time of flight secondary ion mass spectrometry, 飛行時間型二次イオン質量分析装置)の二次イオン像イメージングで計測すること が記載されているだけで,測定条件等の詳細は開示されていない。 しかしながら,A大学理工学部物質生命理工学科教授B作成の意見書(甲1)に よれば,TOF−SIMSは,超真空下に試料を置き,この試料に対してガリウム イオン等の一次イオンのパルス化されたビームを照射し,一次イオンが試料表面の 原子等と衝突した結果,試料表面から空間に向けて発生,放出される二次イオン(試 料表面の原子によるイオン)を質量分析計にかけ,二次イオンが検出器に到達する までの飛行時間に応じて,二次イオンの質量を測定した上で,一次イオンビームの 被照射位置の情報に照らして二次イオンの質量分布(質量スペクトル)を画像処理 し,地図状の画像データを得る装置であると認められるところ,0.1μm(原告 主張によると,本件優先日当時でも0.2μm)の面的解像度を有しているもので あって,本件発明の「粒子径」の上限3μmに比して十分に細かな分析ができるも のである。 そして,訂正明細書の段落【0093】には,炭素数6ないし10のカルボン酸 等のマグネシウム塩は,中間膜中で電離せず塩の形で存在し,かつ凝集することな く膜表面に高濃度で分布していることが記載されている。そうすると,訂正明細書 に接した当業者において,TOF−SIMSを用いて中間膜表面のアルカリ(土類) 金属塩の粒子の大きさを測定すること,より具体的には二次イオン像のイメージン グにより粒子の最大径を測定することが可能であったことは明らかである。 (2) 審決は,TOF−SIMSでアルカリ(土類)金属塩ばかりでなくアルカ リ(土類)金属イオンをも検出していることを実施可能要件違反の根拠の1つとす るが,まず,前記のとおり,訂正明細書の段落【0093】では,例えばアルカリ 土類金属塩の1種であるマグネシウム塩が中間膜中で電離せず塩の形で存在するこ とが示されているから,本件発明において,アルカリ(土類)金属塩が相当程度(相 当割合)電離してイオンを生成することが予定されているものではない。そして, 原告のグローバルテクニカルセンターのC作成の実験成績証明書(甲64)によれ ば,中間膜表面の赤外線分光法測定で,本件発明の技術的範囲に属する中間膜(実 験例3)では,遊離している酢酸(イオン)に特有の吸収スペクトルが確認されな かったから,添加された酢酸マグネシウムの電離(解離)の度合いはごく低水準で あったものと認めることができる(なお,添加された酢酸マグネシウムの量が多か ったとしても,解離する酢酸マグネシウムの絶対量が少なくなるわけではないから, 検出すべき吸収スペクトルの観点では問題がない。。そして,上記Cが作成した別 ) の実験成績証明書(甲28)によれば,中間膜をFE−TEM(電界放射型透過電 子顕微鏡)で撮影した写真でみられる凝集物の像とEDS(エネルギー分散型X線 分析)で撮影した写真でみられるマグネシウム,酸素の像とが位置的に符合するか ら,酢酸マグネシウムは中間膜表面で凝集していることが認められる。これらのと おり,本件発明の中間膜,とりわけその表面では,ポリビニルアセタール樹脂を製 造するときに中和工程に用いる薬剤あるいは接着力調整剤に起因する残留アルカリ (土類)金属塩の大部分が電離せず塩の形で残っており,電離してアルカリ(土類) 金属イオンとなる割合はごく小さい。そうすると,TOF−SIMSの二次イオン 像のイメージングの分析において,アルカリ(土類)金属イオンの存在を考慮外と しても差し支えないというべきである。したがって,TOF−SIMSがアルカリ (土類)金属イオンをも検出していること,ないしその可能性があることを根拠に, 当業者において本件発明を実施可能でないとはいえない。 この点,被告は,本件発明の中間膜の含水率がナトリウム等の含有率に比して十 分大きいことから,アルカリ(土類)金属塩は溶解,電離(解離)してイオンの形 で高濃度に存在し得ると主張する。しかしながら,本件発明のような合わせガラス 用中間膜は,吸湿による白化の問題を解決するために,耐湿性を確保することが課 題とされており(段落【0003】〜【0019】,含水率を小さくすることが予 ) 定されている。本件発明の中間膜も,その水分の含有率(含水率)は,ナトリウム やカリウムの含有率よりは相当大きいが, 5重量%以下にすぎないのであって, 0. ごく微量のものと評価することができる。したがって,製造時の含水率で考えれば, 中間膜中の水分がアルカリ(土類)金属塩の電離に与える影響は必ずしも大きいも のとはいえない。また,上記Cが作成した実験成績証明書(甲82)では,酢酸マ グネシウムを添加した中間膜と酢酸マグネシウムを添加していない中間膜とで,電 気伝導度に差がみられないことが示されているが,この実験結果は,中間膜中のア ルカリ(土類)金属塩が電離する割合がごく小さいことを裏付けるものである。 なお,アルカリ(土類)金属イオンがTOF−SIMSの二次イオンイメージン グ画像上の連続した領域にまたがるように存在するときに,この連続した領域分の 大きさの輝点として検出されることが原理的にあり得るとしても,本件発明の中間 膜のアルカリ(土類)金属塩の含有率程度の含有率でも,本件発明で特定される「3 μm」との最大径の基準に比して,上記イオンが有意な大きさを占める輝点の像を 実際に示すことを認めるに足りる証拠はない。アルカリ(土類)金属塩とそのイオ ンとが,2次イオンイメージング画像の連続した領域にわたって接続して存在し, 両者があたかも1つの粒子のようにみえる可能性に関しても,実際にかかる事態が 生じ,凝集物の大きさが相当の規模において過大に大きくみえる事態が生ずる蓋然 性(なお,小さな輝点が塩粒子の周囲に付着してみえる程度であれば,粒子の最大 径の測定に影響を与えない。)があることを証拠上認めることができない。 結局,TOF−SIMSがアルカリ(土類)金属イオンをも検出していることを 根拠に,本件発明に実施可能要件違反があるとした審決の判断は誤りである。 (3) 審決は,輝点として検出される二次イオンとサンプル中の金属量とが一般 には比例せず,中間膜のTOF−SIMSによる粒子径の測定には定量性がないこ とを実施可能要件違反の根拠の1つとするが(17,18頁),本件発明の特許請求 の範囲上,アルカリ(土類)金属(塩)の量(金属量)が特定事項となっているわ けではなく,アルカリ(土類)金属塩の粒子の大きさが特定されているにすぎない から,上記の定量性をもって本件発明に係る実施可能要件違反の裏付けとすること はできない。 (4) 審決は,閾値の設定により測定値が変化すること等を根拠に,本件発明に は実施可能要件違反があると判断するが,前記甲第1号証の資料1や,甲第35な いし第43,第76号証によれば,TOF−SIMSを用いた測定は,一般にバッ クグラウンド(1次イオンビームを照射しないときに検出される値)が低く,絶対 感度がごく高いため,通常,2次イオンビームの測定結果(カウント数)を輝点と 評価するかに関する設定値である閾値をゼロにして測定することは,当業者に広く 行われている取扱いであると認められる(技術常識。審決も19頁でこの旨認定す る。。そして,本件発明の中間膜のTOF−SIMSを用いた測定では,かかる通 ) 常の取扱いと異なる取扱いを採用する理由は存しない。そうすると,訂正明細書に TOF−SIMSの閾値に関する記載がないからといって,当業者が本件発明を実 施することができないとすることはできず,閾値を変化させたときに2次イオンの イメージング画像が異なり得る可能性をもって実施可能要件違反があるということ はできない。 なお,TOF−SIMSの2次イオンの検出には,2次イオンの個数をカウント する上限である飽和点があるところ,TOF−SIMSでは試料の損傷を抑えるた めに,単位時間当たりに照射する1次イオンビームの強度を大きくしないのが通常 であるから,かような飽和点は問題となりにくい(乙4)。仮に飽和点が問題となる としても,当業者であれば,可能な限り飽和点に近いが,飽和点を超えない積算回 数を採用して試験を実施することが容易であり,かつかような手法で試験すること が当業者に一般的である(甲79)。したがって,訂正明細書にTOF−SIMSの 1次イオンビームの照射回数ないし積算回数に関する記載がないからといって,当 業者が本件発明を実施することができないものではない。また,被告のPVB研究 開発グループのD作成に係る実験報告書(甲18)は,2次イオンイメージングの ドット(輝点)の大きさが1μmと大きすぎ,積算回数等に係る発明の実施の困難 性の論拠として採用し難い。 結局,ポリマーのTOF−SIMS分析では閾値をゼロにすることが当業者の技 「 術常識であるとしても,合わせガラス用中間膜中のアルカリ(土類)金属塩の粒子 径の測定において,閾値をゼロとすることが当業者にとって技術常識であるとする ことはできない。」との審決の認定,判断は誤りであり,測定条件の詳細が訂正明細 書に明示的に記載されていないことを根拠に,本件発明に実施可能要件違反がある とした審決の判断は誤りである。 (5) 以上のとおり,審決がした実施可能要件違反の判断には誤りがあり,原告 が主張する取消事由1は理由がある。 2 取消事由2(明確性要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係) 請求項14ないし18(本件発明)の特許請求の範囲の文言上, 「粒子径」が,T OF−SIMSを用いて中間膜のアルカリ(土類)金属塩の粒子の大きさを計測し たときの,当該粒子の大きさを意味することは明らかであり, 「3μm」と上限が画 されているところからみて,実際には当該粒子を各方向で計測したときに最大とな る大きさを意味するものということができる。 このことは,訂正明細書の発明の詳細な説明のうち段落【0044】において, 上記「粒子径」は,TOF−SIMSの2次イオン像のイメージング画像で中間膜 表面の粒子(凝集物)を計測したときの当該粒子の大きさ(実際には最大の大きさ) としていることからも明らかである。 審決は,アルカリ(土類)金属イオンに由来する二次イオンをも検出しているこ とをもって,上記「粒子径」が通常の意味とは異なると認定するが,この前提が誤 りであることは,前記1の(2)で判断したとおりである。 本件発明の特許請求の範囲にいう「粒子径」の技術的な意義は当業者にとり明確 であって,明確性要件違反をいう審決の判断は誤りである。したがって,原告が主 張する取消事由2は理由がある。 3 取消事由3(サポート要件違反の有無の判断の誤り,無効理由3関係)につ いて 前記1のとおり,本件発明の中間膜のアルカリ(土類)金属塩のTOF−SIM Sを用いた粒子径の計測において,上記金属塩の電離の蓋然性を考慮外として差し 支えないから,これに反する判断を前提にして, 「TOF−SIMSによる2次イオ ン像のイメージングにより測定した輝点の大きさをもって粒子径とすることは,発 明の詳細な説明を超えるものである。」とした審決の判断(22頁)は誤りである。 したがって,審決がしたサポート要件違反の判断には誤りがあり,原告が主張する 取消事由3は理由がある。 第6 結論 以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由があるから,主文のとお り判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官真辺朋子及び田邉実は,転任のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 |