運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (行ケ) 10245号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年3月25日判決言渡
平成24年(行ケ)第10245号 審決取消請求事件

平成25年2月6日 口頭弁論終結

判 決



原 告 本州化学工業株式会社



訴訟代理人弁理士 長谷 部 善太 郎

同 山 田 泰 之



被 告 特 許 庁 長 官

指定代理人 小 石 真 弓

同 新 居 田 知 生
同 瀬 良 聡 機

同 芦 葉 松 美

主 文

1 特許庁が不服2009−22810号事件について平成24年5月18日に

した審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1 請求

主文同旨

第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯等

原告は,発明の名称を「高純度1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,
3,5−トリメチルシクロヘキサンの製造方法」とする発明について,2000年

1
(平成12年)9月11日に国際出願をし,平成21年3月12日付け手続補正書
により補正をした(以下「本件補正」という。本件補正後の発明の名称「1,1−

ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンの製造

方法」
)が,同年8月18日付けで拒絶査定がされた。これに対し,原告は,平成2

1年11月24日,拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2009−22810

号)をしたが,特許庁は,平成24年5月18日,「本件審判の請求は,成り立た

ない。
」との審決をし,その謄本は,同年6月5日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲の記載

本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数8)の請求項1の記載は,次のとおり

である(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」といい,本件補正後の明

細書を「本願明細書」という。



【請求項1】

(a)フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを,酸触媒の存
在下に,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシク

ロヘキサンのフェノールアダクト結晶を含むスラリー中で反応させる反応工程と,

(b)反応終了後,得られたスラリー状の反応混合物をアルカリにてpH5〜8

の範囲に中和すると共に,加温して,反応混合物を溶液とする中和工程と,

(c)上記溶液を冷却し,得られた1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−

3,3,5−トリメチルシクロヘキサンのフェノールアダクト結晶を濾過する一次
晶析濾過工程と,

(d)上記一次晶析濾過工程で得られたアダクト結晶を晶析溶媒に加温溶解した

後,冷却して,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチ

ルシクロヘキサンの結晶を濾過する二次晶析濾過工程と,

(e)上記二次晶析濾過工程で得られた,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニ

ル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを含む濾液の少なくとも一部を上記
反応工程に循環する濾液循環工程と

2
を含むことを特徴とする1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−
トリメチルシクロヘキサンの製造方法。」

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開2

000−128820号公報(以下, 刊行物1」といい,刊行物1に記載された発


明を「引用発明」という。
)に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易

に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により特許を受けること

ができない,というものである。

審決が認定した引用発明の内容,同発明と本願発明との一致点及び相違点は以下

のとおりである。

(1) 引用発明の内容

「フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを,酸触媒の存在下

に反応させて1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチ
ルシクロヘキサンを製造する方法において,

酸触媒の存在下に,フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを

反応(前反応)させ,3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンの反応率が90モ

ル%以上に達したスラリー状態で,前記フェノール類(A)および/または芳香族

炭化水素類(C)を追加して後反応を行ない,

その反応液に,NaOH水溶液を添加してpH5〜6に中和し,
中和液から得られた,1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5

−トリメチルシクロヘキサンのアダクトを結晶としてろ過分離し,

さらにそのアダクト結晶を混合溶剤を使用して再結晶し,ろ過し,

再結晶ろ液を繰り返し使用する

1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘ

キサンの製造方法

一致点
(2)

3

(a)フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを,酸触媒の存
在下に,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシク

ロヘキサンのフェノールアダクト結晶を含むスラリー中で反応させる反応工程と,

(b)反応終了後,得られたスラリー状の反応混合物をアルカリにてpH5〜8

の範囲に中和する中和工程と,

(c)1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシク

ロヘキサンのフェノールアダクト結晶を濾過する一次晶析濾過工程と,

(d)上記一次晶析濾過工程で得られたアダクト結晶を晶析溶媒に溶解した後,

1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサ

ンの結晶を濾過する二次晶析濾過工程と,

(e)上記二次晶析濾過工程で得られた,濾液の少なくとも一部を循環する濾液

循環工程と

を含むことを特徴とする1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−
トリメチルシクロヘキサンの製造方法。」

(3) 相違点

ア 相違点1

中和工程において,得られたスラリー状の反応混合物を,本願発明においては,

「加温して,反応混合物を溶液」としているのに対し,引用発明においては,その

ような特定がなされていない点。
相違点2


一次晶析濾過工程において,本願発明においては,
「反応混合物を溶液」としたも

のを「冷却」しているのに対し,引用発明においては,そのような特定がなされて

いない点。

相違点3


二次晶析濾過工程において,一次晶析濾過工程で得られたアダクト結晶を,本願
発明においては,
「加温溶解した後,冷却して」いるのに対し, 用発明においては,


4
そのような特定がなされていない点。
相違点4


濾液循環工程において,濾液の少なくとも一部が,本願発明においては,
「1,1

−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを含

む」状態で「反応工程に循環」されるのに対し,引用発明においては,そのような

特定がなされていない点。

第3 当事者の主張

1 取消事由に係る原告の主張

(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り)

ア 刊行物1においては, 繰り返し使用」することと, 収率が5〜10%程度
「 「

向上」することが関連付けられているから,引用発明の認定において, 収率が5〜


10%程度向上」を排除することは許されない。

したがって,引用発明は,
「さらにそのアダクト結晶を芳香族炭化水素類(C)

もしくはアルコール類と水との混合溶剤等を使用して再結晶し,ろ過し,再結晶ろ

液を繰り返し使用することにより,上記収率よりさらに5〜10%程度の収率向上

が見込める」と認定すべきである。

イ 刊行物1において, 再結晶ろ液を繰り返し使用すれば」とは,再結晶する工


程を一度もしくは何度も行うことを意味するのであって,再結晶濾液を反応系に循

環させる可能性を示唆するものではない。
また,刊行物1の記載によれば,引用発明は,中和液に含有される1,1−ビス

(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン90モル%

程度の分のうち,70〜75モル%程度の分がアダクト結晶化及び再結晶により得

られるものといえ,アダクト結晶以外の分離層である,アダクト結晶を濾過分離し

て得た濾液と再結晶により得られた濾液には,合わせて15〜20モル%程度(9

0モル%−70〜75モル%程度=15〜20モル%程度)の1,1−ビス(4−
ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンが含有されている

5
ものと理解されるところ, 再結晶ろ液を繰り返し使用」 再結晶濾液を反応系に循
「 を
環させることと解すると,90モル%程度からほぼ100モル%に収率を向上し,

副生成物をほとんど生成しないことを意味することとなり,刊行物1記載の範ちゅ

うを超えることとなる。

したがって,引用発明は, 再結晶濾液を反応系に返送するものではなく,再度再


結晶に用いることにより,再結晶濾液を繰り返し使用することができる」と認定す

べきである。

(2) 取消事由2(相違点4の認定の誤り)

審決は,上記(1)のとおり,引用発明の認定を誤った結果,相違点4の認定を誤っ

た。相違点4は,
「本願発明は,一次晶析濾過工程で得られたアダクト結晶を晶析溶

媒に加温溶解した後,冷却して,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,

3,
5−トリメチルシクロヘキサンの結晶を濾過する二次晶析濾過工程で得られた,

1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサ
ンを含む濾液の少なくとも一部を上記反応工程に循環する濾液循環工程を含むのに

対し,引用発明は,中和液から1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,

5−トリメチルシクロヘキサンのアダクト結晶を濾過分離し,そのアダクト結晶を

再結晶し,その再結晶濾液を繰り返し使用する,つまり,該再結晶濾液が含有する

固形分をさらに再結晶するのであって,反応工程に循環させない点」と認定すべき

である。
(3) 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)

周知技術の認定の誤り

審決は,相違点4についての判断の前提として,周知例4(特表平8−5056

44号公報。甲11) 周知例5(特開平6−9468号公報。甲12) 周知例6
, ,

(特開平6−25043号公報。甲13)に基づいて,フェノールと,3,3,5

−トリメチルシクロヘキサノンやアセトン等のカルボニル化合物を反応させてビス
フェノール類を製造する技術において,分離された濾液を製造目的化合物であるビ

6
スフェノール類を含んだ状態で上記「反応」を行う工程に「循環」させることは周
知であると認定した。

しかし,周知例4〜6には,以下のとおり,特定の化合物を合成するために特定

の処理を行う循環使用手段を採用することが記載されているにすぎない。

(ア) 周知例4

審決は,周知例4には,カルボニル化合物である3,3,5−トリメチルシクロ

ヘキサノンをフェノールと反応させる,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)

−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンの製造方法において,上記反応の反応混

合物から,製造目的化合物を含む固体と濾液とに分離し,製造目的化合物を含む濾

液の一部を上記反応に再循環させることが記載されていると認定する。

しかし, 知例4において再利用されるのは,一次濾過後の濾液の有機相部分で,


目的物質である1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチ

ルシクロヘキサン以外の成分を多く含有し,本願発明で循環される濾液のように不
純物がわずかなものではない上,濾液を単に反応系に循環させるのではなく,触媒

と接触させる工程を経ることを必須とする。

したがって,周知例4には,濾液が含有する成分及びその処理に特徴を備えた方

法が記載されているにすぎず,審決の周知例4の認定には誤りがある。

(イ) 周知例5

審決は,周知例5には,フェノールと,カルボニル化合物を反応させてビスフェ
ノールを得る方法において,ビスフェノールを含む固体から濾過や遠心分離して分

離した母液,すなわち濾液を製造目的化合物であるビスフェノールを含んだ状態で

上記反応に循環させることが記載されていると認定する。

しかし,周知例5に記載された発明は,ビスフェノールAの合成に関し,蒸留時

のビスフェノールAの分解を低減させるものであり,本願発明とは反応及び生成物

が全く異なる。また,周知例5において,反応工程に循環させる母液は,生成物混
合物から目的物を濾過して得た濾液に由来し,本願発明で循環される濾液のように

7
不純物の少ないものではない上,強酸性カチオン交換樹脂及び強塩基性アニオン交
換樹脂と接触させた後に反応系に循環されるものである。

したがって,周知例5により,ビスフェノールAの製造に関して生成物混合物を

濾過して得られた母液を特定のイオン交換樹脂にて処理することが周知事項である

としても,そのような母液以外の別の濾液やイオン交換樹脂による処理以外の処理

まで周知事項であるとはいえず,審決の周知例5の認定には誤りがある。

(ウ) 周知例6

審決は,周知技術の認定に関して,周知例6には,フェノールと,アセトンを反

応させてビスフェノールAを得る方法において,
ビスフェノールAを含む固体から,

濾過により分離した母液,すなわち濾液を製造目的化合物であるビスフェノールA

を含んだ状態で上記反応に循環させることが記載されていると認定する。

しかし,周知例6には,ビスフェノールAの製造において,反応混合物を濾過し

て得た母液を特定の酸濃度になるよう処理して反応工程に戻すことが記載されてい
るにすぎず,周知例6に記載された実施例の追試結果によれば,最初の反応により

得られた濾液を次の反応に循環させると,生成するビスフェノールAの反応収率は

低下する。したがって,審決の周知例6の上記認定には誤りがある。

(エ) 以上のとおり, 知例4ないし6により濾液を循環使用することが周知であ


るとはいえず,審決の周知技術の認定には誤りがある。

イ 引用発明への周知技術の適用の動機付けの欠如
仮に,周知例4〜6に基づいて,濾液を循環させることが周知であるとしても,

引用発明は,出発物質の転化率が既にほぼ100%であることから,上記周知技術

を採用する必要がない。また,周知例4〜6において,反応系で再度使用する濾液

は,二次晶析して得られたものではないので各種不純物を含有し,むしろ不純物を

含有することを要するものである。さらに,周知例6は,上記のとおり,濾液を循

環させることによって反応収率が低下するものである。
したがって,相違点4に関して,引用発明と周知例4〜6とを組み合わせる動機

8
付けがない。
ウ 以上のとおり,引用発明に周知技術を適用することにより,相違点4に係る

構成に容易に想到できたとはいえない。

(4) 取消事由4(効果の判断についての誤り)

審決には,以下のとおり,引用発明や周知例4〜6から予測し得ない本願発明の

顕著な効果を看過した誤りがある。

すなわち,本願発明は,フェノールと製造目的物質である1,1−ビス(4−ヒ

ドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンとを比較的多量に含

む二次晶析濾液を反応工程に循環させることにより,単に再結晶を繰り返すことと

比較して,高純度の1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリ

メチルシクロヘキサンを高収率で得ることができるという当業者が予測し得ない顕

著な効果を奏する。

これに対し,引用発明は,出発物質及び製造目的物質の点で本願発明と共通する
ものの,その目的は本願発明とは異なり収率の向上であって,純度向上のために反

応工程を検討することまでは意図されていない。また,刊行物1の各実施例には,

原料である3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンの転化率が99.9モル%以

上であることが記載されており,濾液を反応系に循環させても,転化率が向上する

余地はないから,引用発明において周知例4〜6のように濾液を反応系に戻したと

しても,収率が向上することはない。
以上のとおり,審決には,本願発明の顕著な効果を看過した誤りがある。

(5) 取消事由5(手続違背)

原告は,本件の審査段階で示された引用文献が刊行物1のみであったことから,

二次晶析の濾液を反応工程に循環させることについて,刊行物1には記載も示唆も

ない旨主張したのに対し,審決は,周知例4〜6という新たな証拠を引用し,原告

の意見を聴取することなく審決をした。
これに対し,被告は,周知例4〜6は,審査段階における拒絶理由及び拒絶査定

9
の前提であり,根拠を示すまでもない周知技術に関して,審決で念のため根拠を示
したものであると主張する。しかし,新たな証拠が周知例に関するものであったと

しても,重要な相違点に関するものについては,原告の意見を聴取する機会を設け

るべきであった。

以上のとおり,審決は,周知例4〜6について,原告に意見を述べる機会を与え

ることなくなされたものであるから,本件審判手続には手続違背がある。

2 被告の反論

(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して

ア 原告は,引用発明は,
「さらにそのアダクト結晶を芳香族炭化水素類(C)


もしくはアルコール類と水との混合溶剤等を使用して再結晶し,ろ過し,再結晶ろ

液を繰り返し使用することにより,上記収率よりさらに5〜10%程度の収率向上

が見込める」と認定すべきであると主張する。

しかし,収率に関する事項は,本願発明の発明特定事項ではない。審決は,本願
発明との対比において必要な限度において,収率に関する事項を含まないものとし

て,刊行物1から引用発明の認定を行ったものであり,引用発明の認定に誤りはな

い。

イ 原告は,引用発明は, 再結晶濾液を反応系に返送するものではなく,再度再


結晶に用いることにより,再結晶濾液を繰り返し使用することができる」と認定す

べきであると主張する。
しかし,審決は,刊行物1記載の「再結晶ろ液を使用する」について,
「反応系に

返送する」と認定したわけではない。刊行物1には, 繰り返し使用」することにつ


いて具体的記載はないから,濾液を反応から再結晶までのいずれかの工程に循環さ

せることであると解すべきである。また,物の生成を伴うプロセスにおいては,繰

り返し使用する方法として,循環(recycle),すなわち,以前に行った工程

のいずれかにおいて利用することは一般的であるから, 用発明の 繰り返し使用」


するとは, 結晶以前に行った工程へ濾液を「循環」させることを意味する。なお,


10
再結晶濾液に含まれる目的物質の量を根拠に, 繰り返し使用」
「 するが再度の再結晶
を意味するとはいえないし,刊行物1において「単離収率」と「存在収率」とは異

なるものであるところ,原告はこれらを混同している。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 取消事由2(相違点4の認定の誤り)に対して

上記(1)のとおり,引用発明の「再結晶ろ液を繰り返し使用する」とは,その反応

工程から精製工程のいずれかにおいて, 繰り返し使用する」
「 こと,すなわち「循環」

させることを意味する。また,
「反応工程に循環」させる点については,審決におい

ても,相違点4として挙げている。

したがって,審決における本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定には

誤りがない。

(3) 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)に対して

周知技術の認定について
乙2(矢木栄著「化学プロセス工学」 丸善株式会社,1969)において多数示


されるとおり,化合物の製造技術分野において,反応後に,製造目的物質を含む画

分と,それ以外の画分に分離する操作を行った際,
「それ以外の画分」が,反応に有

用な物質を含む場合,反応操作に戻して「リサイクル」すなわち「再循環」させて

原料を無駄なく利用することは, 知の技術である。 た,上記周知技術において,
周 ま

反応後の分離操作が「ろ過」であり,かつ,結晶等の固体画分が「製造目的物質を
含む画分」で,濾液が「それ以外の画分」である場合において,濾液に反応原料等

の反応に有用な物質が含まれる場合,濾液を反応工程において再利用することも,

同様に周知の技術といえる。さらに,
上記濾液に製造目的物質が混入している場合,

製造目的物質,すなわち製造目的化合物も含めて,反応工程に戻した上で,製品と

して最終的に回収することも,通常行われていることである。

そして,審決で引用した周知例4〜6は,製造目的とする化学物質が個々に異な
り,個別の事情による濾液の処理を必須とするものではあるが,以下のとおり,審

11
決認定のとおりの周知技術が開示されている。
(ア) 周知例4

周知例4には,触媒を再生して利用することのみについて記載されているのでは

なく,ジチオケタールから再生されたアルカンチオール共触媒とともに,濾液中か

ら得られた製造目的物質であるBPTMC(1,1−ビス(4−ヒドロキフェニル)

−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン)を,反応に戻して最後に回収すること

によって,BPTMCの収率を向上させることも記載されており,反応に有用な物

質や製造目的物質を含む濾液を反応工程に循環させる周知の技術が開示されている。

したがって,審決の周知例4の認定に誤りはない。

(イ) 周知例5

周知例5には,アルデヒドやケトンといったカルボニル化合物とフェノールとを

反応させてビスフェノール一般を製造する方法が開示されているところ,生成物混

合物からビスフェノール分離後,残っている母液の少なくとも一部を更に使用する
ため反応混合物に循環すること,母液は主にフェノール化合物,一部のビスフェノ

ール及び副生成物を含むことが記載されており,上記分離後の母液は,製造目的物

質(化合物)であるビスフェノールを含むものと解される。

したがって,周知例5は,濾液を強酸性カチオン交換樹脂及び強塩基性アニオン

交換樹脂と接触させることを必須とするものではあるが,反応に有用な物質や製造

目的物質を含む濾液を,反応工程に循環させる技術が周知であることを示すもので
あり,審決の周知例5の認定に誤りはない。

(ウ) 周知例6

周知例6には,フェノールとアセトンを反応させてビスフェノールAを得る方法

において,ビスフェノールAを含む固体から,濾過により分離した母液,すなわち

濾液を製造目的化合物であるビスフェノールAを含んだ状態で上記反応に循環させ

るという技術における改良が記載されているところ,この改良は,母液中の酸濃度
を3.5ミリ当量/kg以下となるように制御することを必須とするものではある

12
が,反応に有用な物質や製造目的物質を含む濾液を,反応工程に循環させる技術が
周知であることを示すものであり,審決の周知例6の認定に誤りはない。

(エ) 以上のとおり, 知例4〜6記載の製造方法の目的化学物質は, ずれもビ



スフェノール類に属し,製造においてフェノールと反応させる原料は,いずれもカ

ルボニル化合物に属するものであり,濾液がジチオケタールを必須とする,あるい

は,不純物を含有することを前提とするものであるとしても,濾液に反応に有用な

物質が含まれる場合において,分離された濾液を製造目的化合物であるビスフェノ

ール類を含んだ状態で,反応を行う工程に循環させることは周知といえる。

したがって,審決の周知技術の認定に誤りはない。

イ 引用発明への周知技術の適用の動機付けについて

原告は,@引用発明は,出発物質の転化率が既にほぼ100%であることから,

上記周知技術を採用する必要がない,A周知例4〜6において,反応系で再度使用

する濾液は,不純物を含有することを要するものであるとして,引用発明に周知技
術を適用する動機付けがないと主張する。

しかし,引用発明の再結晶濾液には結晶化されなかった製造目的物質である1,

1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン及

び原料物質であるフェノールが含有されており,当業者ならば,それらの有用な物

質の再利用を積極的に図ることは容易に想到し得ることである。また,周知例4〜

6記載の濾液は,不純物が多いことから反応工程に循環させるのではなく,製造目
的物質等,有用な物質を含むことから反応工程に循環させるものであり,反応に有

用な物質及び製造目的物質等, 用な物質が含まれるものを再利用する点において,


引用発明と同じ技術に属する。

したがって,原告の上記主張は失当であり,引用発明と周知技術を組み合わせる

動機付けは存在する。

ウ 以上のとおり,引用発明に周知技術を適用することにより,相違点4に係る
構成に容易に想到できたといえる。

13
(4) 取消事由4(効果の判断についての誤り)に対して
ア 原告は,引用発明の目的は収率の向上であって,生成物の純度の向上ではな

い,刊行物1の実施例では3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンの転化率が9

9. モル%程度であることから, 用発明において収率は向上しないと主張する。
9 引

しかし,化合物の製造技術において生成物の純度向上は自明な目的であり,引用

発明においても純度向上を目的としているといえる。また,引用発明の再結晶濾液

には,フェノールと1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリ

メチルシクロヘキサンが含まれていると解されるから,それを反応工程に循環させ

ることにより有効利用できることは容易に予測し得ることである。さらに,再結晶

濾液は,アダクト結晶をそのまま分離した濾液よりも不純物含量が低いから,純度

の高い生成物が得られることも当然である。

そして,刊行物1の再結晶濾液は,原料であるフェノールや製造目的物質である

1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサ
ンを含有するのだから,反応工程に戻して再利用することにより収率が向上するこ

とは,当業者に自明である。

イ 原告は,周知例4における純度は,高くても99.7%であって,本願発明

に比較して明らかに低いと主張する。

しかし, 知例4では精製等を行っていないのであるから,
本願発明の純度99.


9%は,1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシク
ロヘキサンの製造において顕著なものとはいえない。また,周知例4は,濾液を廃

棄することなく製造目的物質に変換して回収することにより全収率が向上するとい

う当然の効果を示すものであって,原料であるフェノールや製造目的物質を含む,

引用発明の再結晶濾液を反応工程に戻せば収率が向上することは当業者であれば予

測し得ることである。

ウ 引用発明の1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメ
チルシクロヘキサンは,再結晶や濾過による精製により純度が上昇すれば不純物含

14
有量が減少すると解される。 た, 知例5には,ビスフェノールの製造において,
ま 周
結晶から分離された母液に着色体のような不純物が含まれることが示唆されており,

引用発明の「アダクト結晶」の色相が低下することも当業者が予測し得るものであ

る。

エ 原告は,本願明細書の実施例1,2と比較例1との比較により,本願発明に

よる純度と収量の効果は,単に再結晶を繰り返しても達成できるものではないと主

張する。

しかし,比較例1において得られたBPTMC結晶は,精製工程を経ないで得ら

れたものであり,それと比較して実施例の精製度が高いのは当然である。また,収

量に関しては,実施例という特定の実験条件においてたまたま比較例よりもよい結

果が得られたにすぎず,本願発明全体において同様の結果が得られるとはいえない。

オ 以上のとおり,審決には,本願発明の顕著な効果を看過した誤りはない。

(5) 取消事由5(手続違背)に対して
原告は,審決は,周知例4〜6について,原告に意見を述べる機会を与えること

なくなされたものであるから,本件審判手続には手続違背があると主張する。

しかし,審査段階の拒絶理由通知及び拒絶査定において,再結晶濾液にはフェノ

ールや製造目的物質である1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5

−トリメチルシクロヘキサンが含まれるので反応工程に戻すことは容易になし得る

ことであると,容易想到性判断の具体的根拠が示されていた。上記判断は,分離操
作で得られた,反応に有用な物質や製造目的物質を反応工程に戻すことが,根拠を

示すまでもなく周知技術であることを前提とするものであるが,審決においては,

念のためその根拠を周知例4〜6として示したにすぎない。 た,
本願明細書には,


原告が本願出願前から既に上記周知技術を認識していたことをうかがわせる記載が

ある。

したがって,原告は,周知例4〜6に基づく周知技術の認定を予想することがで
き,その予測に基づいて実質的に対応したということができるから,本件審判手続

15
に手続違背はない。
当裁判所の判断
第4

当裁判所は,審決の引用発明及び相違点の認定には誤りがないが,相違点4に係

容易想到性判断に誤りがあり,これを取り消すべきものと判断する。
その理由は,

以下のとおりである。

1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について

(1) 事実認定

刊行物1(甲7)には,次の記載がある。


【0011】

本発明は, ・ 反応液の粘度上昇を抑制することができ, つ,
・・
【発明の目的】 3,


3,5−トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノール類が高収率で得られる,バ

ッチプロセスでの生産効率向上のみならず,連続反応プロセスにも適用可能な3,

3,5−トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノール類の製造方法を提供するこ
とを目的としている。


・・・

【0046】

3,3,5−トリメチルシクロへキシリデンビスフェノール類

本発明では,上記のような前反応および後反応を行なうことにより,3,3,5−

トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノール類−フェノール類(A)アダクトを

・・・」
含む反応液が得られる。
【0049】一般式[II]で表わされる3,3,5−トリメチルシクロヘキシリデ


ンビスフェノール類の具体例としては,1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)

−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン・・・などが挙げられる。

精製

上記の前反応および後反応により得られた3,3,5−トリメチルシクロヘキシリ

デンビスフェノール類−フェノール類(A)アダクトを含む反応液から,本発明の
目的物である3,3,5−トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノール類の精製

16
は,たとえば次のようにして行なうことができる。
【0050】先ず,反応終了液をカセイソーダ等のアルカリ水溶液で中和する。そ

の後, 反応フェノール類 A) 減圧蒸留で回収した後,
未 ( を 芳香族炭化水素類 C)
( ,

もしくはアルコール類と水との混合溶剤等を使用して再結晶し,ろ過および乾燥し

て目的物を得ることができる。

【0051】また,目的物が原料フェノール類(A)とアダクトを形成するものに

ついては,中和液からアダクトを結晶としてろ過分離し,さらにそのアダクト結晶

を芳香族炭化水素類 C) もしくはアルコール類と水との混合溶剤等を使用して再
( ,

結晶し, 過および乾燥してフェノール類 A) 殆ど含有しない高純度の3,
( を 3,


5−トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノール類を得ることができる。

【0052】上記のようにして精製された3,3,5−トリメチルシクロヘキシリ

デンビスフェノール類の単離収率は,3,3,5−トリメチルシクロヘキサン(判

決注・
「3,3,5−トリメチルシクロヘキサノン」の誤記と解される。(B)に対

し,70モル%以上,通常は70〜75モル%である。ただし,再結晶ろ液を繰り

返し使用すれば,上記収率よりさらに5〜10%程度の収率向上が見込める。」

判断
(2)

原告は,引用発明は,
「さらにそのアダクト結晶を芳香族炭化水素類(C)
,もし

くはアルコール類と水との混合溶剤等を使用して再結晶し,濾過し,再結晶濾液を

繰り返し使用することにより,上記収率よりさらに5〜10%程度の収率向上が見
込める」 又は, 再結晶濾液を反応系に返送するものではなく,再度再結晶に用い
, 「

ることにより, 結晶濾液を繰り返し使用することができる」 認定すべきである,



と主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,採用することができない。

ア 上記によれば,刊行物1には,フェノールと3,3,5−トリメチルシクロ

ヘキサノンとを前反応及び後反応により反応させて得た,1,1−ビス−(4−ヒ
ドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン−フェノールアダク

17
トを含む反応液から,目的物質である1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)
−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを精製する方法として,反応終了液をカ

セイソーダ等のアルカリ水溶液で中和し,中和液からアダクトを結晶として濾過分

離し,さらに,そのアダクト結晶を芳香族炭化水素類(C) 若しくはアルコール類


と水との混合溶剤等を使用して再結晶し,濾過及び乾燥してフェノール類(A)を

殆ど含有しない高純度の3,3,5−トリメチルシクロヘキシリデンビスフェノー

ル類を得る方法が開示されており,このようにして精製された3,3,5−トリメ

チルシクロヘキシリデンビスフェノール類の単離収率は,3,3,5−トリメチル

シクロヘキサノン(B)に対し,70モル%以上,通常は70〜75モル%である

こと,再結晶濾液を繰り返し使用すれば,上記収率よりさらに5〜10%程度の収

率向上が見込めることが記載されていることが認められるが,再結晶ろ液を繰り返


し使用」する具体的方法については,開示されていない。

これに対し,原告は,再結晶濾液に含まれる目的物質である1,1−ビス−(4
−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサンの総量を試算し

た結果が5〜10%程度の収率向上と概ね一致することを根拠として,再結晶ろ液


を繰り返し使用」するとは,再結晶する工程を何度も行うことを意味すると主張す

る。

しかし,濾液から目的物質である1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−

3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを回収する方法には,再結晶のみならず,
各種クロマトグラフィー,溶媒抽出,各種手法の組合せなど様々な方法が想定され

るところ,再結晶の繰返しのみが回収率を100%に近づける方法とはいえず,濾

液に含まれる目的物質の量と収率向上の量の関係のみから,濾液からの目的物質の

回収方法が再結晶の繰返しであると特定することはできない。

したがって,刊行物1には,濾液の循環に関し,単に「再結晶ろ液を繰り返し使

用する」ことが記載されているとした審決の認定に誤りはない。
イ また,審決は,本願発明との対比に必要な限度で引用発明の認定を行ってい

18
るところ,収率は本願発明の発明特定事項ではないから,引用発明について「上記
収率よりさらに5〜10%程度の収率向上が見込める」と認定する必要はない。

ウ 以上のとおり,審決の引用発明の認定には誤りがなく,取消事由1には理由

がない。

2 取消事由2(相違点4の認定の誤り)について

原告は,審決は,引用発明の認定を誤った結果,本願発明との相違点4の認定を

誤ったと主張する。しかし,上記1のとおり,審決の引用発明の認定には誤りがな

く,これを前提とする相違点4の認定にも誤りはない。

したがって,取消事由2には理由がない。

3 取消事由3(相違点4についての判断の誤り)について

(1) 事実認定

ア 周知例4

周知例4(甲11)には,以下の記載がある。

【特許請求の範囲

1.フェノールとの付加物の形で1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−

3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを含有する反応混合物を得るため,酸縮合

触媒および式 R1R2CHSH(式中,R1は1〜約20個の炭素原子を有するアルキル,

アリール又はアルカリール基でありそして R2は H 又は R1である)のアルカンチオ

ールの存在下,3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンをフェノールと反応させ
る,フェノールとの付加物の形で1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,

3,5−トリメチルシクロヘキサンの製造方法において,水を該反応混合物に添加

してスラリーを得,該スラリーを濾過し固体として,1,1−ビス−(4−ヒドロ

キシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン フェノール付加物並び

に有機相および水性相を有する濾液を得,該有機相を回収し,該有機相を酸性縮合

触媒と約0℃〜約150℃の温度で接触させ,次いでフェノールおよび3,3,5
−トリメチルシクロヘキサノンを,そのように処理された有機相に添加し,追加の

19
1,1−ビス−(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキ
サンを製造することを含んでなる,前記方法。

2.酸縮合触媒が塩酸である,請求の範囲第1項記載の方法。」

「従って,本発明はフェノールおよび TMC からビスフェノールの製造における改

善であり,ここにおいて水で処理後のビスフェノール TMC は濾過により反応混合物

(1)ビスフェノール TMC を含む固体,
から分離され, (2)水性濾液および(3)

有機濾液を得るものであり,前記改善は塩酸の如き酸を該有機濾液に加えることお

よび約0℃〜約150℃の温度で加熱し追加のビスフェノール TMC(これは濾過に

より分離できる)を製造することを含んでなる。次いで残りの有機濾液を元の反応

に再循環させることができ;択一的にそのように処理された有機濾液は,BPTMC を

濾別することなくその触媒含量に対して再使用できる。(5頁26行〜6頁5行)


イ 周知例5

周知例5(甲12)には,以下の記載がある。

【特許請求の範囲

【請求項1】以下の工程

a)カルボニル化合物,理論過剰のフェノール化合物及び触媒を含む反応混合物内で

フェノール化合物をカルボニル化合物と反応させ,ビスフェノールを含む生成物混

合物を形成すること,

b)生成物混合物からビスフェノールを分離し母液を残すこと,そして
c)母液の少なくとも一部を反応混合物に循環することを含み,

i)反応工程 a)においてフェノール化合物を用いる前にフェノール化合物の少なく

とも一部を強酸性カチオン交換樹脂及び強塩基性アニオン交換樹脂と接触させ,及

び/又は

ii)母液を反応混合物に循環させる前に生成物混合物の少なくとも一部及び/又は

母液の少なくとも一部を強酸性カチオン交換樹脂及び強塩基性アニオン交換樹脂と
接触させることを特徴とするビスフェノールの製造方法。」

20

【0038】
製造したビスフェノールを生成物混合物から分離する方法は公知で
・・・ビスフェノールAの主要部は,1:1のモル比のフェノールとの付加物
ある。

として結晶化する。ビスフェノールA/フェノール付加物は通常,固体/液体分離

及び洗浄システムにおいて生成物混合物より分離される。有効な固体/液体分離法

は,例えば遠心又は濾過である。・・・」

【0040】本発明の方法の工程 c)により,生成物混合物からのビスフェノー


ルの分離後残っている母液の少なくとも一部を,さらに使用するため反応混合物に

循環する。母液は主にフェノール化合物,一部のビスフェノール及び副生成物を含

・・・」
む。

ウ 周知例6

周知例6(甲13)には,以下の記載がある。


【特許請求の範囲

【請求項1】アセトンと過剰量のフェノ−ルを,酸性陽イオン交換樹脂を存在させ
た反応器へ装入して反応させてビスフェノ−ルAを含む反応混合物を得る反応工程,

反応混合物からビスフェノ−ルAとフェノ−ルの付加物の結晶と母液を分離する分

離工程を含む精製工程並びに該母液の少なくとも一部を反応工程に戻す循環工程を

有するビスフェノ−ルAの製造方法において,反応器を出る反応混合物中又は該母

液中の酸濃度を3.5ミリ当量/kg以下とすること又は3.5ミリ当量/kg以

下となるように制御することを特徴とするビスフェノ−ルAの製造方法。」

【0002】

【従来の技術】ビスフェノ−ルAは,すなわち2,2−ビス(4−ヒドロキシフェ

ニル)プロパンは,アセトンと過剰量のフェノ−ルを酸性イオン交換樹脂等の酸性

触媒の存在下に反応させることにより得られる。反応混合物は精製工程へ送られ,

アセトン,水等の低沸点物を除去したのち,これを冷却してビスフェノ−ルAとフ

ェノ−ルとのアダクツの結晶を析出させ,この結晶を母液と分離し,次いで脱フェ
ノ−ル処理して精製されたビスフェノ−ルAを回収する方法が一般的である。この

21
ような方法では,過剰のフェノ−ルは主に母液として分離されるので,これを再使
用することが行われる。この母液はフェノ−ルだけでなく,ビスフェノ−ルA,ビ

スフェノ−ルA異性体,その他の副生物を含む他,触媒に起因する酸を含むことが

知られている。そこで,循環される母液の一部を吸着処理したり,パ−ジしたりす

・・・」
ることが行われている。

エ 乙2

乙2(矢木栄著「化学プロセス工学」 丸善株式会社,1969)には,以下の記


載がある。

「5・4・1 単位反応プロセス

・・・・
つぎのような反応を例にとる。

このときプロセスの基本的構成は一般的には次のように表される。




このような例としては表5・4のハイディール法ベンゼン(No.2)がある。

上では原料1,2は分離したのち別々にリサイクルしているが,もし原料1,2を

まとめて分離できるなら,それをそのままリサイクルすればよい。(90頁)


「5・4・2 多段反応プロセス

多段反応プロセスの構成は,基本的には単位反応プロセスのカスケードである。
たとえばSDイソプレン(No.22)はつぎのような構成をもっている。

22
(91頁)


「5・4・3 組合わせ反応プロセス

組 合 わ せ反応 プ ロ セ スの 基 本 構 成は上に 述べ たことの応用である。たと えば

Kureha法塩化ビニル(No.28)ではつぎのようになる。




(91頁)


判断
(2)
審決は,相違点4について, 知例4〜6の記載からみて,フェノールと3,3,


5−トリメチルシクロヘキサノンやアセトン等のカルボニル化合物を反応させてビ

スフェノール類を製造する技術において,分離された濾液を製造目的化合物である

ビスフェノール類を含んだ状態で上記「反応」を行う工程に「循環」させることが

周知であることを前提として, 用発明における 再結晶ろ液を繰り返し使用する」



工程において,再結晶濾液の少なくとも一部を,製造目的物である「1,1−ビス
−(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン」を含む

23
状態で,フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工
程に循環させることは,当業者が容易になし得たものであると判断する。

この点,確かに,上記周知例4ないし6,乙2によれば,一般に,化学物質の製

造工程において,目的物質を主に含む画分以外の画分にも目的物質や製造反応に有

用な物質が含まれる場合には,それをそのまま,あるいは適切な処理をした後に製

造工程で再利用して無駄を減らすことは周知の技術思想であって,実際,フェノー

ルとカルボニル化合物からビスフェノール類を製造する場合においても,さまざま

な具体的製造方法において,途中工程で得られた有用物質を含む画分が再利用され

ているものと認められる。

しかし,ある製造方法のある工程で得られた,有用物質を含む画分を,製造方法

のどの工程で再利用するかは,製造方法や画分の種類に応じて異なるものと認めら

れる。この点,引用発明においては,再結晶濾液を再利用できる工程として,フェ

ノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる前反応及び後反
応のみならず,中和後の結晶化工程や再結晶工程が想定されるところ,審決には,

フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工程に循環

させるという構成に至る理由が示されていない(なお,乙2を参照してもこの点が

明らかになるとはいえない。。


これに対し,被告は,周知例4〜6が引用発明と目的物質や反応に有用な物質が

同様であることから,引用発明における「再結晶ろ液を繰り返し使用する」工程に
おいて,再結晶濾液の少なくとも一部を,製造目的物である「1,1−ビス−(4

−ヒドロキシフェニル)−3, 5−トリメチルシクロヘキサン」
3, を含む状態で,

フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノンとを反応させる工程に循環

させることは,当業者が容易になし得たものであると主張する。

しかし,目的物質や反応に有用な物質が同様であったとしても,具体的な製造方

法が異なれば,再利用すべき画分も,その再利用方法も異なり,それぞれの場合に
応じた検討が必要となるから,被告の上記主張は採用することができない。

24
(3) 以上のとおり, 用発明に周知例4〜6に示されるような周知技術を適用す

ることにより,相違点4に係る構成に容易に想到できたとはいえず,審決の相違点

4に係る容易想到性判断には誤りがある。

4 結論

以上のとおり,原告が主張する取消事由1,2には理由がないが,取消事由3に

は理由があるので,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由

がある。よって,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官
芝 俊
田 文




裁判官

西 理 香




裁判官

知 明





25