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事件 平成 24年 (行ケ) 10272号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年3月28日判決言渡

平成24年(行ケ)第10272号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年3月19日

判 決



原 告 北京飛天誠信科技有限公司



訴訟代理人弁理士 水 野 清

北 村 仁

伊 丹 辰 男



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 石 井 茂 和

西 山 昇

田 部 元 史

田 村 正 明



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日

と定める。



事実及び理由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2011−6367号事件について平成24年3月13日にした審




決を取り消す。



第2 事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存

否である。

1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成18年(2006年)4月29日(中国)の優先権を主張して,平

成19年4月24日,名称を「銀行カードのコンピュータにおけるPKI応用の一

つの実現方法」とする発明について特許出願(特願2007−113826号,請

求項の数10)をしたが,平成22年11月19日付けで拒絶査定を受けた。そこ

で,原告は,平成23年3月24日,拒絶査定に対する不服審判請求(不服201

1−6367号)をするとともに,同日付けの補正(甲5,請求項の数9)をした

が,特許庁は,平成24年3月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と

の審決をし,その謄本は平成24年3月29日,原告に送達された。

2 本願発明の要旨

平成23年3月24日付けの補正(甲5)による特許請求の範囲の請求項1に係

る本願発明は,次のとおりである。

【請求項1】

銀行カードのコンピュータにおけるPKI応用の実現方法であって,銀行カード

をコンピュータと接続し,

被検証側は,その銀行カードの秘密鍵により,検証情報に対して署名するステッ

プ1と,

被検証側は,前記署名を検証側へ発送するステップ2と,

検証側は,被検証側の公開鍵を使用して,前記署名を検証するステップ3とを含

み,

前記銀行カードは,公開鍵による演算と秘密鍵による演算を行う機能を備え,C




Aセンターが発行したカード発行銀行のディジタル証書及びカード発行銀行が発行

したカードのディジタル証書を有し,

前記検証側は,カード発行銀行証書又はカード証書を取得することができ,また



前記検証側は,信頼できる第三者から,被検証側のカード発行銀行証書又はカー

ド証書をも取得することができ,

前記署名は,前記銀行カードが INTERNAL AUTHENTICATE コマンドを実行すること

により完成することを特徴とする銀行カードのコンピュータにおけるPKI応用の

実現方法。

3 審決の理由の要点

(1) 特開2003−58509号公報(引用例1,甲1)に記載された引用発

明,本願発明と引用発明との一致点,相違点は,次のとおりである。

【引用発明】

コンピュータに接続されたICカードとサーバとの間で認証処理を行う認証方法

であって,

ICカードは,相互認証処理を含む演算処理を行う機能を備え,認証局が発行し

たICカードの公開鍵証明書を有し,

ICカードとサーバとの間で実行される相互認証処理は,

(a) ICカードが,乱数Rc2を生成してサーバに送信し,

(b) 乱数Rc2を受信したサーバは,乱数Rs及び乱数Skを生成し,Rc2,

Rs,Sv(ここで,Sv=Sk×G)に対する電子署名S.Sigを生成し,サ

ーバの公開鍵証明書とともにICカードに返送し,

(c) サーバの公開鍵証明書,Rc2,Rs,Sv,電子署名S.Sigを受信し

たICカードは,サーバが送信してきたRc2がICカードが生成したものと一致

するか検証し,一致する場合は,サーバの公開鍵証明書内の電子署名を認証局の公

開鍵で検証し,サーバの公開鍵を用いて電子署名S.Sigを検証し,




(d) ICカードは,乱数Ck2を生成し,Rc2,Rs,Cv2(ここで,Cv

2=Ck2×G)に対する電子署名C.Sigを生成し,ICカードの公開鍵証明

書とともにサーバに返送し,

(e) ICカードの公開鍵証明書,Rc2,Rs,Cv2,電子署名C.Sigを

受信したサーバは,ICカードが送信してきたRsがサーバが生成したものと一致

するか検証し,一致する場合には,ICカードの公開鍵証明書内の電子署名を認証

局の公開鍵で検証し,ICカードの公開鍵を用い電子署名C.Sigを検証し,電

子署名の検証に成功した場合,サーバはICカードを正当なものとして認証するこ

とにより実行される,

認証方法。

【一致点】

ICカードのコンピュータにおけるPKI応用の実現方法であって,ICカード

をコンピュータと接続し,

被検証側は,そのICカードの秘密鍵により,検証情報に対して署名するステッ

プ1と,

被検証側は,前記署名を検証側へ発送するステップ2と,

検証側は,被検証側の公開鍵を使用して,前記署名を検証するステップ3とを含

み,

前記ICカードは,公開鍵による演算と秘密鍵による演算を行う機能を備え,I

Cカードのディジタル証書を有する,ICカードのコンピュータにおけるPKI応

用の実現方法。

【相違点1】

本願発明は,ICカードが銀行カードであるのに対し,引用発明は,ICカード

の用途が特定されていない点。

【相違点2】

本願発明のICカードは,CAセンターが発行したICカード発行機関のディジ




タル証書及びICカード発行機関が発行したICカードのディジタル証書を有する

のに対し,引用発明は,ICカードが,CAセンターが発行したICカードのディ

ジタル証書を有する点。

【相違点3】

本願発明は,「検証側は,ICカード発行機関証書又はICカード証書を取得す

ることができ」,又は「検証側は,信頼できる第三者から,被検証側のICカード

発行機関証書又はICカード証書を取得することができ」るのに対し,引用発明は,

当該構成について特定されていない点。

【相違点4】

本願発明は,被検証側の署名は,ICカードが INTERNAL AUTHENTICATE コマンド

を実行することにより完成するものであるのに対し,引用発明は,当該構成につい

て特定されていない点。

(2) 相違点に関する審決の判断

ア 相違点1について

サーバと相互認証を行うICカードに「銀行カード」が含まれることは,技術常

識であり,引用発明を銀行カードに適用することは,当業者が容易に想到し得たこ

とである。したがって,相違点1に係る本願発明の構成は,格別なことではない。

イ 相違点2について

ICカードの認証方法に関して,ICカードが,CAセンターが発行したICカ

ード発行機関のディジタル証書及びICカード発行機関が発行したICカードのデ

ィジタル証書を有することは,例えば,特開2003−303310号公報(甲3)

の段落【0056】に開示されるように,周知の技術手段である。

したがって,引用発明について,CAセンターが発行したICカードのディジタ

ル証書に換えて,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想

到し得たことである。

ウ 相違点3について




周知の公開鍵を利用した認証を行うに当たり,被検証側のICカード発行機関証

書又はICカード証書を,信頼できる第三者,例えば認証局(CAセンター)から

取得することは,技術常識である。

したがって,引用発明について,相違点3に係る本願発明の構成を備えるように

することは,当業者が容易に想到し得たことである。

エ 相違点4について

ICカードの認証処理において,「INTERNAL AUTHENTICATE コマンド」を用いる

ことは,例えば,特開2002−344438号公報(引用例2,甲2)に開示さ

れるように,周知技術である。

そして,引用発明のICカード(被検証側)は,サーバ(検証側)から乱数Rs

を受信し,乱数Rsに対する電子署名C.Sigを生成してICカード(被検証側)

の公開鍵証明書とともに検証側(サーバ)に返送するものであるから,上記周知技

術に鑑みると,引用発明においても,引用例1に明示はないものの,「INTERNAL

AUTHENTICATE コマンド」に相当する処理が行われているといえる。

したがって,相違点4に係る本願発明の構成は,格別なことではない。



第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について

(1) 本 願 発 明 は , ス マ ー ト 銀 行 カ ー ド に よ る P K I ( “ Public Key

Infrastructure”,「公開鍵基盤」)応用の実現方法を開示するものである。

スマート銀行カードでは,使用可能なコマンドがすべて既定の金融取引標準に合

致する必要がある。金融取引標準であるEMV2000標準は,金融取引を実現す

るためのコマンドを定義するものであって,そこにはPKIに関する専門的なコマ

ンドはない。本願発明は,このEMV2000標準を分析し,金融取引のための機

能を有するコマンドの中からその一部を抽出して,PKI機能を実現するものであ

る。




引用例1(特開2003−58509号公報)には,スマート銀行カードを用い

てPKI応用を実現するという課題について開示等はないから,相違点1に関する

審決の判断は誤りである。

(2) 公知技術のPKI応用を実現するカードには,インターネットでユーザの

身元を検証するためのユーザの認識情報しか記録されておらず,1段階認証を行う

ものである。これに対し,本願発明は,3段階認証,すなわち,請求項2の「検証

側は,CAセンター公開鍵を使用してカード発行銀行証書を検証し,カード発行銀

行の公開鍵を使用してカード証書を検証して,最終的に被検証側の公開鍵を使用し

て署名を検証する」ことを行う必要がある。このように,公知技術のPKI応用を

実現するカードと本願発明の銀行カードとは技術内容が異なる。

2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について

引用発明のような一般のICカードについて,ICカードのディジタル証書とし

て,CAセンターが発行したICカードのディジタル証書に換えて,CAセンター

が発行したICカード発行機関のディジタル証書及びICカード発行機関が発行し

たディジタル証書を有する構成とすることは,当業者が容易に想到し得るかもしれ

ない。しかしながら,取消事由1で主張したように,本願発明の銀行カードについ

ては,金融取引標準による規制があるので,相違点2に係る本願発明の構成とする

ことが容易であるとはいえない。



第4 被告の反論

1 取消事由1に対し

(1) 本願明細書(甲5,9)の段落【0002】の記載によれば,本願発明に

おける「銀行カード」は,少なくともクレジットカードを含むものである。

他方で,引用発明の「ICカード」は,審決が認定するように,「PKI応用技

術を実現するためのICカード」であるところ,引用例1(特開2003−585

09号公報)の段落【0085】の記載によれば,引用発明の「ICカード」は,




「クレジットカード番号」を格納したものであるから,「クレジットカード」とし

て機能することは明らかである。

したがって,「サーバと相互認証を行うICカードに「銀行カード」が含まれる

ことは,技術常識であり,引用発明を銀行カードに適用することは,当業者が容易

に想到し得たものである。」とした審決の判断に誤りはない。

(2) 原告は,銀行カードについて,金融取引標準であるEMV2000標準に

合致する必要があるから,銀行カードを用いてPKI応用を実現することは容易で

はない旨主張する。

しかしながら,本願明細書の記載を斟酌したとしても,本願発明の銀行カードが

EMV2000標準に準拠したものであるとはいえない。

また,EMV2000標準について説明した「EMV2000 Integrated

Circuit Card Specification for Payment Systems Book1 Version 4.0」(200

0年12月発行,乙1)によれば,EMV2000標準の定める仕様は,「ユーロ

ペイ・インターナショナル」,「マスターカード・インターナショナル」又は「V

ISAインターナショナル」のためのもの,すなわち,クレジットカードの決済シ

ステムのためのICカードの仕様を定めたものである。そして,引用発明のICカ

ードは,上記(1)で主張したとおり,「クレジットカード」として機能するものであ

り,EMV2000標準が金融取引標準として規定されていたことからすれば,引

用発明のICカードが,クレジットカードに係る仕様であるEMV2000標準に

準拠したICカードを含むことは,技術常識である。

このように,引用発明のICカードには,EMV2000標準の仕様に準拠する

クレジットカードが含まれるのであるから,引用発明のICカードにおけるPKI

応用技術を,EMV2000標準の仕様に準拠した銀行カードに適用することを妨

げる要因はない。

(3) 原告は,本件出願の請求項2に係る,「検証側は,CAセンター公開鍵を

使用して発行銀行証書を検証し,カード発行銀行の公開鍵を使用してカード証書を




検証して,最終的に被検証側の公開鍵を使用して署名を検証」との記載を引用し,

本願発明の銀行カードは,3段階認証を行うものであると主張している。

しかしながら,本願発明は請求項1に記載された発明であるから,原告の主張は,

本願発明の構成に基づかないものである。

2 取消事由2に対し

取消事由1で主張したとおり,引用発明のICカードは,EMV2000標準の

仕様に準拠するクレジットカードを含むのであるから,相違点2に関する審決の判

断に誤りはない。



第5 当裁判所の判断

1 取消事由1(相違点1の判断の当否)について

(1) 本願発明について

本願明細書(甲5,9)によれば,本願発明について次のとおり認められる。

本願発明は,銀行カードのコンピュータにおけるPKI応用の実現方法に関する

ものである(段落【0001】)。本願発明の背景技術として,銀行カードが世界

中に広範囲で急速に普及することに伴い,多発する偽造カード詐欺のリスクを抑え

るため,EUROPAY,VISA,MASTER CARD 等の国際的な金融組織が,既存のデビットカ

ードやクレジットカードなどの磁気カードをスマートカードへ移行することを計画

しており,移行完了後の銀行カードは,高い安全性を有し,内蔵のマイクロプロセ

ッサーが演算能力を有し,暗号化と復号化の演算ができる,という状況にあった(段

落【0002】)。そこで,本願発明は,コンピュータ情報分野におけるセキュリ

ティ問題に対して,銀行カードが暗号化演算のできる高い安全性と使用の普及性を

有するという特性を十分に利用して,銀行カードをコンピュータ情報セキュリティ

分野に利用し,そのPKI演算機能を利用してコンピュータ情報の安全性を高める

一つの実現方法を提供することを目的として(段落【0008】),請求項1の構

成を採用し,これによって上記の目的を達成するというものである。




(2) 上記(1)で認定したところによれば,本願発明は,「VISA,MASTER CARD

などのクレジットカード会社を含む国際的な金融組織によって,スマートカードに

移行された銀行カード」を背景技術として,その銀行カードの安全性を高めること

などを目的とする発明であると認められるから,本願発明の「銀行カード」は,少

なくともクレジットカード機能を有する銀行カードを含むものと認められる。

他方で,引用例1(特開2003−58509号公報)には,上記第2の3(1)

で審決が認定したとおり,ICカードとサーバとの間の認証方法に係る引用発明が

開示されていると認められるところ(この点については原告も争っていない。),

引用例1に,「次に,本発明の認証処理シーケンスを利用し,クレジットカード番

号などの個人情報をメモリに格納したICカードを第1の外部機器とし,ICカー

ドと認証デバイス間で認証を実行し,さらに第2の外部機器とICカード間で認証

を実行するデータ処理構成について説明する。」(段落【0085】)と記載され,

その後の段落において,クレジットカードを用いた場合の実施例が記載されている

ことに照らすと,引用発明の「ICカード」にクレジットカードが含まれることは

明らかである。

したがって,クレジットカードを含む「ICカード」に係る引用発明を,同じく

クレジットカード機能を含む「銀行カード」に適用し,相違点1に係る本願発明の

構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得るというべきであり,相違点1

に係る審決の判断に誤りはない。

(3) 原告は,本願発明について,金融取引に係るコマンドを定義したEMV2

000標準を分析し,その一部を抽出してPKI機能を実現するものであって,引

用発明とは異なる旨主張する。

しかしながら,本願発明には,EMV2000標準に準拠することを示す構成は

含まれておらず,本願明細書の記載を斟酌しても,本願発明がEMV2000標準

に準拠したものであると認めることはできない。また,仮に,本願発明がEMV2

000標準に準拠したものであるとしても,EMV2000標準について説明した




文献である「EMV2000 Integrated Circuit Card Specification for Payment

Systems Book1 Version 4.0」(乙1)に,「決済システム−この仕様は,ユーロペ

イ・インターナショナル,マスターカード・インターナショナル,あるいは,VISA

インターナショナルのためのものである。」との記載(「General」の項x頁12行

〜14行,原文は英語)があることに照らすと,EMV2000標準はクレジット

カードに適用される仕様であると認められるから,この仕様に準拠することは,本

願発明の銀行カードが,クレジットカードを含む引用発明のICカードと異なるこ

との根拠にはならないというべきであり,原告の上記主張は採用することができな

い。

また,原告は,本願発明について,請求項2に記載されるような3段階認証を行

うものであり,引用発明とは異なる旨主張する。しかしながら,本願発明の構成は,

上記第2の2で認定したとおりであって,そこには,原告の主張するような3段階

認証に係る構成は含まれていない。したがって,原告の上記主張は,本願発明の構

成に基づかない主張であって,採用することができない。

2 取消事由2(相違点2の判断の当否)について

原告の取消事由2の主張は,取消事由1の主張を前提とするものであり,取消事

由1の主張に理由がないことは,上記1で説示したとおりであるから,取消事由2

も理由がない。



第6 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部





裁判長裁判官

塩 月 秀 平




裁判官

池 下 朗




裁判官

古 谷 健 二 郎