運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (行ケ) 10324号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年3月25日判決言渡

平成24年(行ケ)第10324号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年2月18日

判 決

原 告 ジェリジーン メディカル コーポレーション

訴訟代理人弁理士 齋 藤 和 則

被 告 特 許 庁 長 官

指定代理人 星 野 紹 英

同 天 野 貴 子

同 瀬 良 聡 機

同 田 村 正 明

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 本判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を3

0日と定める。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2009−6220号事件について,平成24年5月7日にした審

決を取り消す。

第2 前提となる事実

1 特許庁における手続の概要

原告は,発明の名称を「真皮,皮下,および声帯組織欠損の増大および修復」と

する発明について,平成10年2月20日に特許出願(平成10年特許願第539

578号。以下「本願」という。)をしたが,平成20年12月24日,拒絶査定

受け,平成21年3月23日,これに対する不服審判(不服2009−6220号)

1
を請求した。

これに対し,特許庁は,平成24年5月7日,
「本件審判の請求は,成り立たない。」

との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月23日,原告に送達され

た。

2 審決の概要

(1) 審決の理由は,別紙審決書写に記載のとおりである。要するに,本願の請求

項4に記載の発明(以下「本願発明」という。) は,甲4(国際公開第97/47

20号。以下「引用刊行物A」という。)に記載の発明(以下「引用発明」という。)

と周知事項に基づいて容易に発明することができたから,特許法29条2項の規定

により特許を受けることができないとするものである。

(2) 審決が判断の前提とした本願発明の内容は,次のとおりである。

患者の欠損を矯正する医療組成物の製造に,試験管内培養自己由来細胞を使用す

る方法であって,該医療組成物は該患者の欠損に導入するためのものであり,該試

験管内培養自己由来細胞は,試験管内で培養されて,非自己由来血清に暴露される

ことなく,自己由来血清を含む少なくとも1つの培地中で細胞数を増やす,方法。

(3) 審決が認定した引用発明の内容は,次のとおりである。

被験体のしわ等の欠損部に注入することにより該欠損を修復するための,自己細

胞の懸濁物を製造する方法であって,非ヒト血清を含む培地中で継代培養した後,

無血清培地中で培養する工程を含む,細胞懸濁物を製造する方法。

(4) 審決が認定した本願発明と引用発明の一致点は,次のとおりである。

患者の欠損を矯正する医療組成物の製造に,試験管内培養自己由来細胞を使用す

る方法であって,該医療組成物は該患者の欠損に導入するためのものであって,該

試験管内培養自己由来細胞は,試験管内で培養されて,血清を含む少なくとも1つ

の培地中で細胞数を増やす,方法である点。

( 5) 審決が認定した本願発明と引用発明の相違点は,次のとおりである。

「非自己由来血清に暴露させることなく,
本願発明では, 自己由来血清を含む少な

2
くとも1つの培地中で細胞数を増やす」と特定されているのに対して,引用発明で

は「非ヒト血清を含む培地中で継代した後,無血清培地で培養する」としている点。

取消事由に関する当事者の主張
第3

原告の主張


甲14によれば,本願出願時の従来技術では,自己由来の血清は生体外の細胞増

殖には適さないという考えが示されていたといえる。すなわち,自己由来血清では

増殖が見られなかったがウシ科の胎児性血清では良好な結果が得られたことが発表

されている。ここで自己由来血清は非胎児の人間由来であるが,成人ではなく胎児

由来が最適であることは文献で明らかになっている。

また,甲15によれば,本願出願時の従来技術では,細胞が表現型を失い,欠陥

の修復には有用でないという理由から,自己由来血清は細胞の増殖に使うべきでな

いという考えが示されていたといえる。

引用刊行物Aでは自己由来血清を細胞の増殖用に使用せず,その代わりに細胞の

増殖に使用したウシ血清を洗い流すのに使用している。この非増殖プロセスにおい

細胞の増殖が行われないため自己由来血清は細胞の表現形に影響を与えない。
ては,

以上によれば,本願出願時点の当業者は,細胞の治療用に細胞を増殖するのに,

引用刊行物Aで使用されたウシ血清のような細胞表現形の変化なく細胞増殖を図る

ことが証明された方法以外に他の手段を選択することはないというべきである。し

たがって,本願発明は,引用刊行物A及び周知事項により,容易に想到するものと

はいえない。

被告の反論


原告は,甲14の記載によれば,本願出願時,自己由来の血清は生体外の細胞増

殖には適さないとされていたと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。

すなわち,甲14は,ウサギ細胞とマウス細胞とを融合してなるラビット−マウ

スハイブリドーマに関する文献であって,ヒトから採取した細胞を体外で培養して

3
再びヒト体内に戻す技術と関連するものではない。したがって,甲14は,免疫原

性の問題を回避するという課題を解決するために,他の周知技術を適用することの

阻害要因となるような記載はなく,本願発明が容易想到であるとした審決の判断を

覆す根拠にはなり得ない。なお,原告は,自己由来血清は成人ではなく胎児由来が

最適であることが文献で明らかにされている旨主張するが,甲14にそのような記

載はない。

また,原告は,甲15の記載によれば,本願出願時には,自己由来血清を用いた

細胞増殖では表現型が維持されないことが知られており,そのため,欠損の修復用

の細胞増殖には,自己由来血清を使うべきではないと考えられていたと主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。

すなわち,甲15には,自己由来血清を用いた細胞増殖では細胞表現型が維持さ

れないとの記載はない。むしろ,甲15には,膝に深層軟骨欠損のある患者を対象

に,患者自身から軟骨細胞を採取して,自己由来血清を用いて培養した後,患者の

欠損部に移植したところ治療効果が確認されたとの記載があり,同記載によれば,

自己由来血清を用いた細胞培養が軟骨欠損の修復に有用であったことが示されてい

るといえる。

原告は,引用刊行物Aにおいては,自己由来血清は細胞培養に用いたウシ血清を

洗い流すのに使用されており,細胞の表現型は影響を受けていない旨主張するが,

引用刊行物Aに,自己由来血清と細胞表現型の関連についての記載はない。

原告は,当業者は,引用発明で使用されたウシ血清のような細胞表現型を変化さ

せず細胞を増殖できるもの以外の培地添加物を探そうとはしない旨主張する。

しかし,原告の上記主張も,以下のとおり失当である。

すなわち,審決は,免疫原性の問題を回避するという課題の共通性に基づいて引

用発明における非ヒト(ウシ)血清中での継代(細胞培養)に引き続く無血清培地

での培養を,周知技術である自己由来血清のみでの培養に置換することは容易であ

るとしたのであって,細胞増殖における表現型の変化の有無に基づいて周知技術

4
置換を容易としたものではない。したがって,原告の上記主張は,審決の容易想

到性判断を覆すに足りるものではない。

当裁判所の判断
第4

1 認定事実

引用刊行物Aには次の記載がある(甲4。頁・行は訳文による。。
(1) )

「 特許請求の範囲
【 」

「5.a)被験者の真皮の生検を行う工程と,

b)0.5%〜20%の非ヒト血清を含む培地中で真皮の生検検体からの皮膚繊維芽細

胞を継代し,脂肪細胞,ケラチノサイト,および細胞外マトリックスを実質的に含

まない皮膚繊維芽細胞を提供する工程と,

c)継代した皮膚繊維芽細胞を無血清培地中で少なくとも約6時間,約 30℃〜約

40℃でインキュベートする工程と,

d)インキュベートした繊維芽細胞をタンパク質分解酵素に暴露して,繊維芽細

胞を懸濁する工程と,

をさらに含む,請求項1に記載の方法。(2頁14〜22行目)


「3.発明の要約

本 発明は,欠損部に下部 隣接 する真皮および皮下組織内に自己皮 膚繊維芽 細胞

(autologous dermal fibroblast)の懸濁物の注入による被験者の皮膚の美容的お

よび美的欠陥を修正する方法を提供する。…本発明の注入される細胞は,被験者と

組織適合性があり,細胞培養系で継代して増加されている細胞である。好適な実施

態様において,移植された細胞は,被験者から採取した生検の検体の培養物から得

られる皮膚繊維芽細胞である。

本発明はさらに,継代された皮膚繊維芽細胞を培養培地中で実質的に免疫原性タ

ンパク質を含まないようにする方法を提供し,その結果これらを皮膚の欠損の矯正

に使用することができる。この方法は,増殖された繊維芽細胞を,タンパク質を含

まない培地中で一定時間インキュベートする工程を含む。(7頁下から2〜14行


5
目)

「4. 発明の詳細な説明

「4.1. 注入可能な細胞懸濁物を得る方法」

「この培地は初代繊維芽細胞培養物の増殖に適した任意の培地である。多くの例

この培地には 0.5%〜20%(v/v)の血清を添加し,繊維芽細胞の増殖を促進する。
で,

高濃度の血清は,繊維芽細胞のより速い増殖を促す。好適な実施態様において,血

清はウシ胎児血清であり,これは培地の 10%の最終濃度になるよう加える。培地は,

例えば,2mM グルタミン,110mg/L のピルビン酸ナトリウム,10%(v/v)のウシ胎児

血清および抗生物質を添加した,高グルコース DMEM( 完全培地」)である。(9頁
「 」

下から3〜9行目)

「フラスコの容量いっぱいに達した(これには典型的には5〜7日間の培養を必

要とする)ときに,増殖培地を無血清培地で置換し,その後,細胞を,タンパク質

不含培地中で少なくとも6時間,約 30℃〜約 40℃で,好ましくは 37℃で 12 時間以

そして最も好ましくは 16〜18 時間インキュベートする。
上, 無血清培地中で細胞を

インキュベートすることにより,存在すれば被験者に対して免疫原性でありアレル

ギー反応を引き起こすであろう,ウシ胎児血清由来のタンパク質を細胞から実質的

に除去する。(10頁2〜8行目)


甲14(Sogn and Jackson, “Long lived nonadherent rabbit macrophages
(2)

obtained from spleen cell cultures”, In Vitro,19(2):90-98(1983)(抜粋))に

は次のとおりの記載がある。

「ラビット−マウスハイブリドーマの調製中に,培養内で異常な程度の細胞増殖

及び高レベルのラビット免疫グロブリンの分泌が見られた。脾臓細胞がウマ血清又

は自己由来血清のどちらかを使用して種々の媒体の中で培養された場合にはその現

象が見られなかったため,増殖は比較的高レベル(10%)のウシ胎児性血清の使

用に依存するように思われた。」

甲15(Brittberg et al., “Treatment of Deep Cartilage Defects in the
(3)

6
Knee with Autologous Chondrocyte Transplantation” The New England Journal of

Medicine,331(14):899-895,1994)には,次のとおりの記載がある。

「治療の起り得る副作用を最小にするため,我々は自己由来血清で培養された自

己由来軟骨細胞を使用した。異種由来の軟骨細胞を使用した動物における移植の研

究ではこれと矛盾する結果が出ている;移植組織の免疫的拒絶反応の可能性がある

(参照文献25−28) 自己由来軟骨細胞の使用はまた,感染症を伝搬する可能性


を最小にした。

移植組織内の軟骨形成性細胞は,損傷した軟骨組織のヘリにある軟骨細胞よりも

効率よく軟骨組織を補修できる可能性がある。培養プロセスは最初に単離された軟

骨細胞の数を10−20倍増加させた。培養された細胞の一部は,軟骨組織マトリ

ックスの産生を促進することが既知の培養プロセスの後において,軟骨形成性表現

型を再発現することができた。これらの結果は類似の培養プロトコルのラビット関

節軟骨細胞を使用した結果と同様であった。」

(4) 乙1(国際公開第96/33217号) 乙2(特開平6−121672号


公報)及び乙3(特表平6−508623号公報)には,免疫原性の問題を回避す

るために自己由来血清のみを含む培地で細胞増殖を行う発明が記載されている。

容易想到性の有無についての判断


当裁判所は, 本願発明の相違点に係る構成は容易に想到する
(1) 以下のとおり,

ことができるとした審決の判断に誤りはないと解する。

引用刊行物Aには,非ヒト血清(ウシ胎児血清)中で継代した後に行われる無血

清培地中での培養は,存在すれば被験者に対して免疫原性でありアレルギー反応を


引き起こすであろう,ウシ胎児血清由来のタンパク質を細胞から実質的に除去する」

目的であることが明示されている。

すなわち, 無血清培地中で細胞をインキュベートする目的は,
引用発明において,

被験者に対して免疫原性でありアレルギー反応を引き起こす危険性のある,ウシ胎

児血清由来のタンパク質を細胞から実質的に除去することにある。したがって,免

7
疫原性の問題を解決するために,本願発明が採用する「非自己由来血清に暴露させ

ることなく,自己由来血清を含む少なくとも1つの培地中で細胞数を増やす」との

方法を採用することに,何らの阻害要因はないものというべきである。

以上のとおり,「非ヒト血清を含む培地中で継代した後,無血清培地で培養する」

との技術を,免疫原性の問題を回避し得る乙1ないし乙3に記載の技術に置換する

ことは,当業者が容易になし得たことと認めるのが相当である。

原告の主張に対し
(2)

原告は,甲14の記載によれば,本願出願時,自己由来の血清は生体外の細胞増

殖には適さないと認識されていたと認められるから,本願発明の相違点に係る構成

容易に想到することはできなかったと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。

前記1(2)のとおり,ラビット−マウスハイブリドーマの調製中に,
甲14には, 「

培養内で異常な程度の細胞増殖及び高レベルのラビット免疫グロブリンの分泌が見

られた。脾臓細胞がウマ血清又は自己由来血清のどちらかを使用して種々の媒体の

中で培養された場合にはその現象が見られなかったため, 殖は比較的高レベル
増 (1

0%)のウシ胎児性血清の使用に依存するように思われた。」との記載がある。同記

載によっても,引用発明における「非ヒト血清を含む培地中で継代した後,無血清

培地で培養する」ことを,本願発明における「非自己由来血清に暴露させることな

く,自己由来血清を含む少なくとも1つの培地中で細胞数を増やす」との構成とす

ることを困難とする内容が示されていると解することはできない。

したがって,原告の上記主張は,採用の限りでない。

また,原告は,甲15の記載によれば,本願出願時には,自己由来血清を用いた

細胞増殖では表現型が維持されないことが知られており,そのため,欠損の修復用

の細胞増殖には,自己由来血清を使うべきではないと考えられていたと主張する。

しかし,原告の上記主張も,以下のとおり失当である。

前記1(3)のとおり, 治療の起り得る副作用を最小にするため,
甲15には, 「 我々

8
は自己由来血清で培養された自己由来軟骨細胞を使用した。異種由来の軟骨細胞を

使用した動物における移植の研究ではこれと矛盾する結果が出ている;移植組織の

免疫的拒絶反応の可能性がある・・・。自己由来軟骨細胞の使用はまた,感染症を

伝搬する可能性を最小にした。」との記載がある。同記載によっても,本願発明にお

ける「非自己由来血清に暴露させることなく,自己由来血清を含む少なくとも1つ

の培地中で細胞数を増やす」との構成とすることを困難とする内容が示されている

と解することはできない。

まとめ


以上によれば,原告の主張は理由がなく,審決には原告の主張に係る違法はない。

原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。よって,原告の請

求を棄却することとして主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部




裁判長裁判官

飯 村 敏 明




裁判官


八 木 貴 子




裁判官


小 田 真

9