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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10260号
審決取消請求事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/03/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年3月21日判決言渡 平成24年(行ケ)第10260号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年3月7日 判 決 原 告 シェブロンジャパン株式会社 訴訟代理人弁理士 柳 川 泰 男 松 島 一 夫 荻 野 彰 広 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 小 出 直 也 松 浦 新 司 瀬 良 聡 機 田 村 正 明 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた判決 特許庁が不服2010−4756号事件について平成24年6月5日にした審決 を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存 否である。 1 特許庁における手続の経緯 原告(出願時の商号「シェブロンテキサコジャパン株式会社」)は,平成16年 4月16日,名称を「エンジン潤滑油組成物」とする発明について特許出願(特願 2004−122137号,請求項の数14)をしたが,平成21年12月3日付 けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成22年3月4日,拒絶査定に対する 不服審判請求(不服2010−4756号)をするとともに,同日付けの補正(甲 10,請求項の数4)をしたが,特許庁は,平成24年6月5日,「本件審判の請 求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年6月15日,原告に 送達された。 2 本願発明の要旨 平成22年3月4日付けの補正(甲10)による特許請求の範囲の請求項1に係 る本願発明は,次のとおりである。 【請求項1】 潤滑油基油に,下記の成分が,潤滑油組成物の全量に基づき下記の量にて溶解も しくは分散されてなるエンジン潤滑油組成物: a)窒素含有量換算値で0.02〜0.3質量%の窒素含有無灰性分散剤; b)金属含有量換算値で0.02〜0.4質量%の金属含有清浄剤; c)アルカリ金属含有量換算値で0.005〜0.3質量%のアルカリ金属ホウ 酸塩水和物;そして d)リン含有換算値で0.01〜0.12質量%のジヒドロカルビルジチオリン 酸亜鉛,但し,該ジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛中のヒドロカルビル基の52 〜98モル%は第二級アルキル基であり,残余の2〜48モル%は第一級アルキル 基あるいはアルキルアリール基である。 3 審決の理由の要点 (1) 特開2002−53888号公報(刊行物3,出願人はシェブロンオロナ イト株式会社,甲6)の特許請求の範囲請求項12,発明の詳細な説明の実施例1 1等の記載によれば,同公報には次のとおりの引用発明が記載されていると認めら れる。 【引用発明】 鉱油及び/又は合成油からなる硫黄含有量0.1重量%以下の基油に少なくとも, 組成物の全重量に基づき, a)アルケニル若しくはアルキルこはく酸イミドあるいはその誘導体である無灰 性分散剤が窒素含有量換算値で0.01〜0.3重量%, b)硫黄含有量が3%以下で全塩基価10〜350mgKOH/gの金属含有清 浄剤が硫酸灰分換算値で0.1〜1重量%, c)アルキル基が炭素原子数3〜18の第二級アルコールから誘導されたジアル キルジチオリン酸亜鉛が,リン含有量換算値で0.01〜0.1重量%,そして d)酸化防止性のフェノール化合物及び/又は酸化防止性のアミン化合物が0. 01〜5重量%, さらに,アルカリ金属ホウ酸塩水和物が0.01〜5重量% の量にて溶解若しくは分散されていて,組成物の全重量に基づき,硫酸灰分量が 0.1〜1重量%の範囲,リン含有量が0.01〜0.1重量%の範囲,そして硫 黄含有量が0.01〜0.3重量%の範囲にあって,塩素含有量が40ppm以下 であり,さらに金属含有清浄剤に含まれる有機酸金属塩が組成物中に0.2〜7重 量%存在することを特徴とするディーゼルエンジンなどの内燃機関の潤滑油組成 物。 (2) 本願発明と引用発明との間には,次のとおりの一致点,相違点がある。 【一致点】 潤滑油基油に,下記の成分が,潤滑油組成物の全量に基づき下記の量にて溶解若 しくは分散されてなるエンジン潤滑油組成物: a)窒素含有量換算値で0.02〜0.3質量%の窒素含有無灰性分散剤; b)金属含有清浄剤; c)アルカリ金属ホウ酸塩水和物;そして d)リン含有換算値で0.01〜0.1質量%のジヒドロカルビルジチオリン酸 亜鉛。 【相違点1】 「b)金属含有清浄剤」が,本願発明では「金属含有量換算値で0.02〜0. 4質量%」の量で溶解若しくは分散されてなるのに対し,引用発明では「硫酸灰分 換算値で0.1〜1重量%」の量で溶解若しくは分散されてなる点。 【相違点2】 「c)アルカリ金属ホウ酸塩水和物」が,本願発明では「アルカリ金属含有量換 算値で0.005〜0.3質量%」の量で溶解若しくは分散されてなるのに対し, 引用発明では「0.01〜5重量%」(換算なし)の量で溶解若しくは分散されて なる点。 【相違点3】 「ジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛」が,本願発明では「該ジヒドロカルビル ジチオリン酸亜鉛中のヒドロカルビル基の52〜98モル%は第二級アルキル基で あり,残余の2〜48モル%は第一級アルキル基あるいはアルキルアリール基であ る」のに対し,引用発明では,ジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛中のヒドロカル ビル基の100モル%が第二級アルキル基である点。 (3) 相違点等に関する審決の判断 相違点1について,本願明細書で金属含有清浄剤の配合量について言及している のは,実施例を除くと段落【0024】のみであり,そこには,「…金属含有清浄 剤を硫酸灰分換算値で0.1〜1質量%の範囲で用いることが望ましい。」と記載 されている。そうすると,本願発明の「金属含有量換算値で0.02〜0.4質量 %の金属含有清浄剤」という構成に対応して,上記の「…金属含有清浄剤を硫酸灰 分換算値で0.1〜1質量%の範囲で用いることが望ましい。」という記載がされ ているのであるから,金属含有清浄剤を「硫酸灰分換算値で0.1〜1重量%」含 む引用発明は,その金属含有清浄剤の量を金属含有量換算値で表せば,0.02〜 0.4質量%程度となる蓋然性が高いといえる。したがって,相違点1は実質的な 相違点とはいえない。仮に,本願明細書の段落【0024】における硫酸灰分換算 値の値と本願発明の金属含有量換算値の値との間に直接的な関係がないとしても, 刊行物3において引用発明に相当する唯一の実施例である実施例11では,金属含 有清浄剤としてCa含有量が2.1重量%であるカルシウムサリシレートが6.9 重量%配合されており,それを金属含有量換算値で表せば0.145(6.9×0. 021)質量%になるから,この記載を基にすれば,引用発明について,金属含有 清浄剤の配合量を金属含有量換算値で0.145質量%程度とすることは,当業者 が容易に想到することである。 相違点2について,刊行物3において引用発明に相当する唯一の実施例である実 施例11では,アルカリ金属ホウ酸塩水和物としてK含有量が8.3重量%である ホウ酸カリウム水和物の微粒子分散体0.3重量%が配合されており,それをアル カリ金属含有量換算値で表せば0.025(0.3×0.083)重量%になるか ら,この記載を基にすれば,引用発明について,アルカリ金属ホウ酸塩水和物の配 合量をアルカリ金属含有量換算値で0.025重量%程度とすることは,当業者が 容易に想到することである。 相違点3について,刊行物3,特開2003−165991号公報(刊行物1, 出願人は原告,甲4),特開2003−336089号公報(刊行物2,出願人は 原告,甲5)の記載によれば,エンジンの潤滑油組成物に配合されるジアルキルジ チオリン酸亜鉛には,炭素原子数3〜18の第二級アルコールから誘導される「第 二級アルキル基タイプ」のものと,炭素原子数3〜18の第一級アルコールから誘 導される「第一級アルキル基タイプ」のものがあり,前者は摩耗の抑制に特に有効 であり,後者は耐熱性に優れ,摩耗防止と耐熱性向上の点から,両者を組み合わせ て使用することは,当業者に周知の事項であるといえる。また,刊行物3(段落【0 031】)の記載からすると,引用発明について両者を組み合わせて使用すること は,好ましいことであるといえる。そうすると,引用発明について,ジアルキルジ チオリン酸亜鉛として,摩耗の抑制と耐熱性のバランスを考慮して,両者の配合割 合を最適化することは当業者が容易になし得ることであり,耐熱性よりも摩耗の抑 制を重視する場合に,「第二級アルキル基タイプ」の配合割合を「第一級アルキル 基タイプ」より増やし,「ジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛中のヒドロカルビル 基の52〜98モル%は第二級アルキル基であり,残余の2〜48モル%は第一級 アルキル基」であるようにすることも,当業者が容易に想到することである。 本願発明の効果についても,刊行物1〜3の記載から当業者が予測できる程度の ことである。 以上のとおり,本願発明は,引用発明と刊行物2及び3に記載された発明に基づ いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 第3 原告主張の審決取消事由 1 取消事由1(引用発明の認定誤り) 審決は,刊行物3(特開2002−53888号公報)の請求項12に係る発明 を引用発明として認定した。 しかしながら,刊行物3には,請求項1〜13に係る発明が記載されており,そ のような多数の発明の一部にすぎない請求項12に係る発明のみを取り上げて,引 用発明とした審決の認定は誤っている。刊行物3の請求項1〜13に係る発明をい ずれも引用発明1〜13として認定すべきである。 2 取消事由2(相違点の看過) 上記1で主張したとおり,刊行物3の請求項1〜13に係る発明をいずれも引用 発明として認定すべきであるから,それらの発明のそれぞれと本願発明とを対比す べきである。 そして,刊行物3の請求項1に係る発明と本願発明とを対比すると,本願発明の 潤滑油組成物がc)アルカリ金属ホウ酸塩水和物を必須成分として含むのに対し, 刊行物3の請求項1に係る発明は,そのような構成を有していない点が相違点とな る。 3 取消事由3(相違点3の判断の誤り) (1) 刊行物3には,好ましいジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)とし て,アルキル基が第二級アルキル基であるZnDTPとアルキル基が第一級アルキ ル基であるZnDTPの両方が挙げられ,これらの(ジアルキル)ジチオリン酸亜 鉛は,単独で用いてもよいが,混合物として用いることが好ましい旨の記載(段落 【0031】)がある。しかしながら,刊行物1(特開2003−165991号 公報)及び刊行物2(特開2003−336089号公報)においても同様の記載 がみられることからして,この記載は,潤滑油添加剤の分野におけるZnDTPの 使用についての一般的な理解を示すにすぎず,刊行物3の請求項1〜13に係る発 明において特に留意すべき内容として記載されているのではない。このような理解 は,刊行物3のすべての実施例において,アルキル基が第二級アルキル基であるZ nDTPの単独使用であることからも明らかである。 (2) 市販品として受け入れられるエンジン潤滑油組成物は,自動車メーカーを 主メンバーとするJASO(社団法人自動車技術会)が,様々な試験結果に基づい て制定した, 「自動車用ディーゼル機関潤滑油(JASO M 355:2005)」 に規定されている要求性能とその合格基準(品質規定)を満たすことが必要である。 この要求性能と合格基準の全てを満たしていない限り,各自動車メーカーの自動車 のエンジンに充填するエンジン油(工場充填油)として採用されることはなく,ま た各自動車メーカーの自動車で使用可能なエンジン油として推奨されることはな い。このため,エンジン潤滑油組成物は,その耐熱性(高温清浄性)と摩耗防止性 のレベルを,潤滑油組成物供給メーカーが任意に調整して製品とすればよいのでは なく,「高温清浄性」と「摩耗防止効果」の双方について,その両立を図りながら, 共にJASOの要求性能と合格基準を満足する品質としなければない。 本願発明は,エンジン潤滑油組成物に,アルカリ金属ホウ酸塩水和物を配合し, さらにZnDTPとして特定の組成のものを用いるという改良を加えることによっ て,JASOの要求性能と合格基準の全てを高水準で満足する性能を示す潤滑油組 成物を開発した点に特徴を持つものである。 これに対し,引用発明に関しては,刊行物3の段落【0006】,【0008】, 【0048】,【0067】に高温清浄性や酸化安定性に関する記載があるのみで あって,耐摩耗性に関する記載はみられない。このように,引用発明は,潤滑油組 成物の高温清浄性や酸化安定性のみを考慮した発明であることから,これに接した 当業者が,引用発明の発展又は改良により,JASOの主要基準であるエンジン清 浄性向上機能と動弁系摩耗抑制機能とを満足する潤滑油組成物を想到することが容 易であったとはいえない。 (3) 当業者が,従来知られている潤滑油組成物について,特定の目的に沿った 改良を意図した場合,その目的に沿った従来技術を選択するはずである。エンジン 潤滑油組成物に関する先行技術文献には,例えば,刊行物2のように,優れた高温 清浄性及び摩耗防止性能を示す内燃機関用潤滑油組成物を開示するものがあるか ら,当業者が,高温清浄性と摩耗防止性能の両立を可能にする潤滑油組成物の発明 を目指して研究を行う場合,刊行物2に開示された潤滑油組成物の改良を試みるは ずであり,高温清浄性や酸化安定性のみを考慮した引用発明から,高温清浄性と耐 摩耗性の双方を満足する潤滑油組成物の開発が可能であると推測することはあり得 ない。 したがって,相違点3に関する審決の判断は誤っている。 第4 被告の反論 1 取消事由1,2に対し 引用発明の認定は,本願発明の内容との対比に必要な限度において行えば足りる のであるから,刊行物3(特開2002−53888号公報)に他のどのような発 明が記載されているかをさらに認定する必要はない。したがって,審決がした引用 発明の認定と相違点の認定に誤りはない。 2 取消事由3に対し (1) 刊行物3の段落【0031】,刊行物1(特開2003−165991号 公報)の段落【0018】,刊行物2(特開2003−336089号公報)の段 落【0034】の記載によれば,エンジンの潤滑油組成物に配合されるジアルキル ジチオリン酸亜鉛には,第二級アルキル基タイプのものと,第一級アルキル基タイ プのものがあること,このうち前者は摩耗の抑制に特に有効であり,後者は耐熱性 に優れること,摩耗防止と耐熱性向上の点から両者を組み合わせて使用することが あることは,当業者に周知の事項である。これらを混合物として用いることが好ま しいと記載されている以上,引用発明においても,両者を組み合わせて使用するこ とは好ましいことであって,相違点3に係る本願発明の構成が容易に想到し得ると した審決の判断に誤りはない。 原告は,審決が引用した刊行物3(段落【0031】)の記載について,潤滑油 添加剤の分野における一般的な理解を示すにすぎない旨主張する。しかしながら, 刊行物3(段落【0031】)の記載が,「潤滑油添加剤の分野における一般的な 理解を示す」のであれば,潤滑油添加剤に関する引用発明について,当業者がなお さらその適用を検討するものと解するのが道理である。また,刊行物3の実施例で 使用されているZnDTPが,アルキル基が第二級アルキル基であるZnDTPの 単独使用であるとしても,混合物が好ましいとする刊行物3の段落【0031】の 記載を踏まえると,アルキル基が第二級アルキル基であるZnDTPの単独使用に 限られることはなく,その一部を第一級アルキル基タイプのZnDTPに置換する ことは,当業者が容易に想到し得る。 (2) 上記(1)のとおり,刊行物1〜3の記載からして,「第一級アルキル基タ イプ」と「第二級アルキル基タイプ」のZnDTPを併用使用すれば,高温清浄性 と摩耗防止効果の両立が図れることは,当業者が予測できることである。 本願明細書において,「評価試験結果」として示されているのは,JASO清浄 性試験(高温清浄性)とJASO動弁系摩耗試験(摩耗防止効果)の2種類のみで あり,それら以外の「JASOの要求性能と合格基準」については検討した形跡も ないから,「JASOの要求性能と合格基準の全てを高水準で満足する性能を示す 潤滑油組成物を開発した」という原告の主張は,明細書の記載に基づかない主張で あり,合理的根拠がない。 また,原告が主張するように,「エンジン潤滑油組成物ではJASOが制定した 要求性能とその合格基準の全てを満たすことが必要」であることが技術常識である ならば,エンジン潤滑油組成物として開発された引用発明についても,当業者は当 然JASOの要求性能と合格基準の全てを満足するか否かについて試験を行うはず であり,その結果「高温清浄性」が劣るのであれば,「第一級アルキル基タイプ」 のZnDTPを併用して高温清浄性を高めようとすることは,当業者が容易に想到 することである。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1,2について 頒布された刊行物に複数の発明が記載されている場合には,特定の発明を抽出す ることができるのであり,当業者がこれに基づいて本願発明を容易に発明すること ができるときは,本願発明の進歩性は否定されるのであって,その刊行物にその他 の発明が記載されていても,上記進歩性判断に影響を及ぼさない。取消事由1は理 由がなく,取消事由1を前提とする取消事由2も理由がない。 2 取消事由3(相違点3の判断誤り)について (1) 刊行物3(特開2002−53888号公報)には,次の記載がある。 「本発明の潤滑油組成物におけるc)成分のジアルキルジチオリン酸亜鉛は,リン含有量換 算値で0.01〜0.1重量%の範囲で用いるが,低リン含量と低硫黄含量の観点からは,0. 01〜0.06重量%の範囲の量で用いることが好ましい。」(段落【0030】) 「ジアルキルジチオリン酸亜鉛は,炭素原子数3〜18のアルキル基もしくは炭素原子数3 〜18のアルキル基を含むアルキルアリール基を有することが望ましい。特に好ましいのは, 摩耗の抑制に特に有効な,炭素原子数3〜18の第二級アルコールから誘導されたアルキル基, あるいは炭素原子数3〜18の第一級アルコールと炭素原子数3〜18の第二級アルコールと の混合物から誘導されたアルキル基を含むジアルキルジチオリン酸亜鉛である。第一級アルコ ールからのジアルキルジチオリン酸亜鉛は耐熱性に優れる傾向がある。これらのジチオリン酸 亜鉛は,単独で用いてもよいが,第二級アルキル基タイプのものおよび/または第一級アルキ ル基タイプのものを主体とする混合物で用いることが好ましい。」(段落【0031】) (2) 上記(1)の記載によれば,刊行物3には,潤滑油組成物におけるジアルキ ルジチオリン酸亜鉛,すなわちジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛について,摩耗 の抑制に有効な,ヒドロカルビル基が第二級アルキル基のものを単独で用いる場合 の他に,耐熱性に優れたヒドロカルビル基が第一級アルキル基のものと,摩耗の抑 制に有効なヒドロカルビル基が第二級アルキル基のものとの混合物とするのも好ま しいことが開示されている。また,このことは,刊行物3のみならず,刊行物1(特 開2003−165991号公報)の段落【0018】,刊行物2(特開2003 −336089号公報)の段落【0034】,特開2003−327987号公報 (甲7,出願人は原告)の段落【0033】にも開示されていることに照らし,当 業者にとって技術常識であったと認められる。 このように,とりわけ引用発明が記載された刊行物3自体にも上記の技術常識が 開示されていることに照らすと,当業者にとって,潤滑油組成物に関する発明であ る引用発明のジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛について,上記の技術常識を参酌 し,摩耗の抑制と耐熱性の双方を考慮して,ヒドロカルビル基が第一級アルキル基 のものと第二級アルキル基のものとの混合物とすることは,容易に想到し得ること であり,その際に,耐熱性と耐摩耗性のバランスを考慮して両者の配合の最適値を 決定することも,適宜なし得ることにすぎない。したがって,引用発明について, 相違点3に係る本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ると いうべきであり,相違点3に関する審決の判断に誤りはない。 (3) 原告は,刊行物3の上記段落【0031】の記載は,潤滑油組成物の技術 分野における一般的な理解にすぎず,引用発明について留意すべき事項とはいえな い旨主張する。 しかしながら,上記(1)で認定した刊行物3の段落【0030】及び【0031】 の記載を総合すれば,段落【0031】に開示された技術常識は,刊行物3に記載 された「本発明の潤滑油組成物」に適用され得るものとして開示されていると認め られる。そして,審決は,基本的に,刊行物3の請求項12に基づいて引用発明を 認定しており,引用発明は上記の「本発明の潤滑油組成物」に該当するから,刊行 物3に接した当業者は,段落【0031】に開示された技術常識を引用発明にも適 用し得ると理解するものと認められるのであって,原告の上記主張は採用すること ができない。 原告は,刊行物3には耐摩耗性に関する記載はなく,引用発明は高温清浄性や酸 化安定性のみを考慮した発明であるから,引用発明の発展又は改良により,高温清 浄性と耐摩耗性の双方を満足する相違点3に係る本願発明の構成を想到すること は,容易ではない旨主張する(取消事由3(2)及び(3))。 しかしながら,上記(2)で説示したとおり,刊行物3には,潤滑油組成物における ジヒドロカルビルジチオリン酸亜鉛について,摩耗の抑制に有効な,ヒドロカルビ ル基が第二級アルキル基のものを単独で用いるという技術的事項も開示されてお り,引用発明は,そのような効果を有するヒドロカルビル基が第二級アルキル基の ものを用いているのであるから,引用発明が耐摩耗性を考慮したものではないこと を前提とする原告の上記主張は理由がない。 原告は,本願発明について,JASO(社団法人自動車技術会)の定める要求性 能や合格基準を満たしたものであって,そのような性能や基準を満たす構成を想到 することは容易ではない旨主張する。 しかしながら,原告が主張するように,エンジン潤滑油組成物はJASOの定め る要求性能や合格基準を満たす品質としなければならないのであれば,引用発明に 接した当業者も,当然に,JASOの要求性能や合格基準を満たすための改良を試 みるはずであって,そのような基準を満たすべく,高温清浄性と耐摩耗性の双方を 考慮して,相違点3に係る本願発明の構成とすることは,当業者によって容易に想 到し得るというべきである。 以上のとおりで,取消事由3も理由がない。 第6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官 池 下 朗 裁判官 古 谷 健 二 郎 |