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事件 平成 24年 (行ケ) 10229号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/03/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年3月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成24年(行ケ)第10229号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年2月21日

判 決

原 告 ソルヴェイ(ソシエテ アノニム)

同訴訟代理人弁理士 志 賀 正 武

渡 辺 隆

実 広 信 哉

堀 江 健 太 郎

被 告 特 許 庁 長 官

同指定代理人 木 村 敏 康

井 上 雅 博

石 川 好 文

守 屋 友 宏

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのため

の付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が不服2008−28730号事件について平成24年2月14日にした

本件審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記

2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成
り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとお

り)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1 特許庁における手続の経緯

(1) 原告は,発明の名称を「グリセロールからジクロロプロパノールを製造す

るための方法であって,該グリセロールが最終的にバイオディーゼルの製造におけ

る動物性脂肪の転化から生じる方法」とする発明につき,平成19年7月9日に特

許出願(特願2007−180221。請求項の数30。平成16年11月18日

国際出願し,国内移行した特願2006−540454(パリ条約による優先権

主張:平成15年(2003年)11月20日(フランス),平成16年(200

4年)4月5日(フランス),同月8日(米国))の分割出願)を行った(甲7)。

(2) 原告は,平成20年7月22日付けで拒絶査定を受けたので(甲13),

同年11月10日,これに対する不服の審判を請求し(甲14),同年12月9日

付け手続補正書により手続補正(甲15。以下「本件補正」という。請求項の数1

5)をした。

(3) 特許庁は,上記請求を不服2008−28730号事件として審理し,平

成24年2月14日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たな

い。」との本件審決をし,その謄本は同月28日,原告に送達された。

2 本件審決が対象とした特許請求の範囲の記載

(1) 本件補正前の特許請求の範囲の記載

本件補正前の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(ただし,

平成20年5月27日付け手続補正書(甲10)による手続補正後のものであ

る。)。以下,請求項1に係る発明を「本願発明」といい,その明細書(甲7)を

「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す。

ジクロロプロパノールの製造方法であって,植物又は動物由来の脂肪又はオイル

である再生可能な原材料から得られるグリセロールを出発生成物として用い,前記

グリセロールを少なくとも1種の塩素化剤と接触させ,/反応条件下で前記塩素化
剤に対して耐性があり,且つエナメルスチール,ポリオレフィン,ポリテトラフル

オロエチレン,ポリ(フッ化ビニリデン),ポリ(ペルフルオロプロピルビニルエー

テル),ポリスルホン又はポリスルフィド,フェノール樹脂を用いる被覆剤,タン

タル,銅,金,銀,ニッケル,モリブデン,セラミックス又は金属セラミックス,

非含浸グラファイト及び含浸グラファイト,から選択される物質製の反応器中で前

記ジクロロプロパノールが製造される,製造方法

(2) 本件補正後の特許請求の記載

本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(甲15。

以下,請求項1に記載された発明を「本件補正発明」という。)。なお,本件補正

は,「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があり,且つエナメルスチール,ポ

リオレフィン,ポリテトラフルオロエチレン,ポリ(フッ化ビニリデン),ポリ(ペ

ルフルオロプロピルビニルエーテル),ポリスルホン又はポリスルフィド,フェノ

ール樹脂を用いる被覆剤,タンタル,銅,金,銀,ニッケル,モリブデン,セラミ

ックス又は金属セラミックス,非含浸グラファイト及び含浸グラファイト,から選

択される物質製の反応器」を「エナメルスチール製の反応器」に限定するものであ

り,本件補正による本願明細書についての補正はない。

ジクロロプロパノールの製造方法であって,/植物又は動物由来の脂肪又はオイ

ルである再生可能な原材料から得られるグリセロールを出発生成物として用い,/

前記グリセロールを少なくとも1種の塩素化剤と接触させ,/エナメルスチール製

の反応器中で前記ジクロロプロパノールが製造される,製造方法

3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,@本件補正は,平成18年法律第55号に

よる改正前の特許法(以下「法」という。)第17条の2第4項2号の「特許請求

の範囲の減縮36条5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必

要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とそ

の補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする
課題が同一であるものに限る。)」(以下「限定的減縮」という。)を目的とする

ものに該当せず,また,同項1号の「請求項の削除」,同項3号の「誤記の訂正

又は同項4号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものにも該当しないか

ら違法である,A仮に,本件補正がこれらの目的要件を満たすものであるとしても,

本件補正発明は,後記引用例1ないし6に記載された発明に基づいて,当業者が容

易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特

許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく,法17条の2第5項

において準用する法126条5項の規定に違反するから,本件補正は,法159条

1項において読み替えて準用する法53条1項の規定により却下すべきものである,

B本願発明も,引用例1,3及び4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に

発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受ける

ことができない,というものである。

ア 引用例1:「G.P.GIBSON,CHEMISTRY AND IND

USTRY,CHEMICAL SOCIETY,LECHWORTH,GB,1

931」949ないし954頁(昭和6年(1931年)発行。甲1の1)

イ 引用例2:特開平6−321852号公報(甲2)

ウ 引用例3:特開平4−89440号公報(甲3)

エ 引用例4:特開昭56−29572号公報(甲4)

オ 引用例5:「岩波 理化学辞典 第5版」267,378,738,129

8及び1403頁(株式会社岩波書店,平成10年2月20日発行。甲5)

カ 引用例6:特開2002−363153号公報(甲6)

(2) 本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」とい

う。)並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりであ

る。

ア 引用発明:ジクロロヒドリンの製造であって,粗製石鹸灰汁グリセリンと,

塩化水素酸ガスと,反応器具を用い,ジクロロヒドリンが得られた製造法
イ 一致点:ジクロロプロパノールの製造方法であって,植物又は動物由来の脂

肪又はオイルである再生可能な原材料から得られるグリセロールを出発生成物とし

て用い,前記グリセロールを少なくとも1種の塩素化剤と接触させ,反応器中で前

記ジクロロプロパノールが製造される,製造方法

ウ 相違点:反応器の材質が,本件補正発明においては「エナメルスチール製」

に特定されているのに対して,引用発明においては反応器の材質が特定されていな

い点

4 取消事由

本件補正を却下した判断の誤り

(1) 本件補正が限定的減縮を目的とするものに該当しないとした判断の誤り

(取消事由1)

(2) 本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)

第3 当事者の主張

1 取消事由1(本件補正が限定的減縮を目的とするものに該当しないとした判

断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件補正は,請求項1に係る発明が植物又は動物由来の脂肪又はオイルで

ある再生可能な原材料から得られるグリセロールを少なくとも1種の塩素化剤と反

応させるジクロロプロパノールの製造方法である点はそのままとして,グリセロー

ルを塩素化剤と接触させてジクロロプロパノールを製造する反応器の材質を「エナ

メルスチール,ポリオレフィン,ポリテトラフルオロエチレン,ポリ(フッ化ビニ

リデン),ポリ(ペルフルオロプロピルビニルエーテル),ポリスルホン又はポリス

ルフィド,フェノール樹脂を用いる被覆剤,タンタル,銅,金,銀,ニッケル,モ

リブデン,セラミックス又は金属セラミックス,非含浸グラファイト及び含浸グラ

ファイト,から選択される物質」から「エナメルスチール」に限定するものである。

そして,本件補正前後の発明の属する技術分野は同一であり,また,グリセロー
ルを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを製造する反応を,当該反応に耐

性のある反応器で行うという発明の解決すべき課題自体も何ら変更されるものでは

ないから,本件補正は,法17条の2第4項2号に規定される特許請求の範囲の限

定的減縮を目的とするものに該当する。

(2) 本件審決は,本件補正前の請求項1に記載された「反応条件下で前記塩素

化剤に対して耐性があり,且つ」という発明特定事項が本件補正により削除された

ため,本件補正は,補正前の特許請求の範囲に記載されていた「発明を特定するた

めに必要な事項」を限定するものではなく,法17条の2第4項2号にいう特許請

求の範囲の限定的減縮を目的とするものに該当しないと判断した。

しかし,本件補正前の「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があり」との記

載は,エナメルスチールがグリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノ

ールを製造する反応条件下で耐性があるという,エナメルスチール自体の固有の性

質を表現しているにすぎない。すなわち,グリセロールを塩素化剤と反応させてジ

クロロプロパノールを製造する反応条件下にエナメルスチールが耐性を有すること

は,平成20年5月27日付け意見書(甲11)及び平成21年2月3日付け手続

補正書(甲16。以下,これらを併せて「本件意見書等」という。)に記載された

実験データによって実証されている。また,本願明細書における「エナメルスチー

ル」の用語は,そもそも,グリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノ

ールを製造する反応条件下で耐性あるものを意図する意味で使用されており(【0

016】),ガラスライニングに相当するものである。この点は,本件意見書等の

実験データ(甲11及び16の各表2)において,エナメルスチールとガラスライ

ニングとが同一物として扱われていることからも明らかである。

したがって,本件補正により,「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があ

り」との記載を削除したからといって,本件出願に係る特許請求の範囲が実質的に

拡張したり変更されたりするものではない。

(3) したがって,本件補正が法17条の2第4項2号限定的減縮を目的とす
るものに該当しないとした本件審決の判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 本件補正は,補正前の請求項1に記載された「反応条件下で前記塩素化剤

に対して耐性があり,且つ」を削除するものであり,発明を特定するために必要な

事項を限定するものではない。

(2) 原告は,本件補正前の「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があり」

との記載は,エナメルスチールがグリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプ

ロパノールを製造する反応条件下で耐性があるという,エナメルスチール自体の固

有の性質を表現しているにすぎないと主張する。

しかし,エナメルスチールは,一般的に耐腐食性があまり大きくないものであり,

「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があり」という性質が,エナメルスチー

ル自体の固有の性質を表現しているにすぎないとはいえない。この記載を削除した

場合には,一般的なエナメルスチールにまで本件出願に係る特許請求の範囲が実質

的に拡張されることは明らかである。

(3) したがって,本件補正が法17条の2第4項2号限定的減縮を目的とす

るものに該当しないとした本件審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件補正発明の容易想到性について

ア 本件審決は,基材(鋼板)表面にホウロウ(エナメル)というガラス質のう

わぐすりを焼き付けたガラスライニング又はエナメルスチールを,腐食性の物質を

取り扱う化学反応容器に使用することは,引用例2ないし6に記載されるように公

知ないし周知であるから,引用発明の反応器具の材質を,引用例3に記載されたガ

ラスライニング材というエナメルの中でも耐腐食性をよくしたものにすること,引

用例4に記載されたエナメルスチールにすること,引用例6に記載された「基材

(鋼板)表面にガラス質のうわぐすりを焼き付けたガラスライニング」にすること,
引用例2に記載された「ステンレス鋼にホウロウ等のガラス質を内張り」したもの

にすること,あるいは,引用例5に記載された「軟鋼の表面にガラス質を融着させ

たホウロウ(エナメル)」にすることは,当業者にとって通常の創作能力の範囲内

であると判断した。

しかし,本件補正発明が対象とするグリセロール及び塩素化剤を反応させてジク

ロロプロパノールを得るという反応条件下においては,一般に耐酸性,耐腐食性で

あるとされている材質であっても腐食する以上,どのような材質が反応器の材料と

して使用可能かどうかは予測困難である。そして,引用例2ないし6は,本件補正

発明が対象とするグリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを得

るという反応に関する技術が記載されたものではないから,引用例2ないし6に本

件出願当時一般的に耐酸性と思われていた物質が羅列され,当該羅列中にエナメル

スチールがたまたま記載されているからといって,引用発明におけるグリセロール

を塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを得る反応の反応器の材質として,

エナメルスチールを特に選択することが当業者にとって容易であるということはで

きない。

また,本件意見書等において説明されているように,エナメルスチールのエナメ

ル部分は脆く,スチールの温度変化による膨張・収縮により破壊されてスチールの

腐食を生じるおそれがある上,エナメルスチールのガラスライニングは溶接するこ

とができず,その取扱いが容易ではないため,エナメルスチールは,実際には余り

使用されてこなかった部類の材質である。それにもかかわらず,本件補正発明では,

本件補正発明が対象とする特定の反応条件下における良好な耐腐食性という観点か

ら,あえてエナメルスチールを選択して採用しているのであり,このような阻害要

因の存在の点からも,本件補正発明の進歩性は明らかである。

イ さらに,本件補正発明は,グリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプ

ロパノールを得るという,特定の反応条件下の反応器の材質としてエナメルスチー

ルを特に選択して使用することにより,グリセロールを塩素化剤と反応させてジク
ロロプロパノールを製造する工程を反応器の腐食を生じることなく実施できるとい

う効果を発揮するものであるが,本件補正発明のこの効果は,引用例1ないし6の

記載から予測できる範囲のものではない。

(2) 本件意見書等について

ア 本件審決は,一般に耐酸性,耐腐食性であるとされる金属・ポリマーであっ

ても本件補正発明の条件下では腐食することや,本件補正発明の対象とする反応条

件下におけるエナメルスチールの腐食速度が非常に小さいことを実証している本件

意見書等に記載された実験データは,本件出願に係る願書に添付した明細書(本願

明細書)に記載されていないから,参酌されるべきものではないと判断した。

しかし,本件出願に係る当初の明細書に「発明の効果」に関し,何らの記載がな

い場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある

場合や,これを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願

後に補充した実験結果等を参酌することは許されるべきである。

これを本願明細書についてみると,平成21年2月3日付け手続補足書(甲1

7)添付の参考資料3に示されるように,本件補正発明の発明者は,本願明細書の

実施例12に記載されている実験において,グリセロールを塩素化剤と反応させて

ジクロロプロパノールを製造する反応にエナメルスチール製の反応器を実際に使用

している。また,本願明細書(【0016】)には,出願当初から,グリセロール

を塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを得る反応を実施する反応器の材質

について,「好適な物質として挙げられ得るのは,例えばエナメルスチールであ

る。」と記載されており,本件補正発明が対象とするグリセロールを塩素化剤と反

応させてジクロロプロパノールを得るという特定の反応条件下において,エナメル

スチールが,単独で,好適なものとして記載されている以上,エナメルスチールの

使用が他の材質の使用よりも優れていることを実験で実証している本件意見書等記

載の実験データについては当然に参酌されるべきである。

イ また,願書に添付した明細書に,発明の効果が定量的ではなく定性的に記載
されている場合であっても,明細書の記載を超えない限り,追加実験による検証は

可能であるというべきである。

これを本願明細書についてみると,本願明細書(【0016】)には,グリセロ

ールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを得るという特定の反応条件下

において,エナメルスチールが好適なものであることは少なくとも定性的には記載

されているから,この観点からも,本件意見書等に記載された実験データは,参酌

されるべきである。

(3) 被告の主張について

被告は,塩酸と反応させてジクロロプロパノールを得るためにグリセリンを使用

することは周知であるから,引用例3のアリルアルコールをグリセリンとすること

は当業者にとって容易である旨主張する。

しかし,アリルアルコールと塩素の反応(アリルアルコールの二重結合への塩素

原子の付加反応)及びグリセリンと塩酸の反応(グリセリンの水酸基と塩酸の塩素

原子の置換反応)は全く異なる反応であるから,そもそも引用例3のアリルアルコ

ールをグリセリンとすることが当業者にとって容易であるとはいえない。そして,

仮に,アリルアルコールと塩素との反応においてアリルアルコールをグリセリンに

置換しても,グリセリンには塩素が付加反応する二重結合が存在しないのでジクロ

ロプロパノールは得られない。

したがって,被告の主張は失当である。

(4) 以上のとおり,本件補正発明は,引用例1ないし6に記載された発明に基

づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条

2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものではな

い。

〔被告の主張〕

(1) 本件補正発明の容易想到性について

ア 引用例3には,「ジクロロプロパノールの製造方法であって,例えばアリル
アルコールを塩酸水溶液中で反応させ,ガラスライニング材製の塩素化反応器中で

前記ジクロロプロパノールが製造される,製造方法」についての発明が記載されて

おり,引用例3の「例えばアリルアルコール」という反応基質の例示の範囲に本件

補正発明の「グリセロール」が含まれることは,当業者にとって記載されているに

等しい事項であるから,本件補正発明は引用例3に実質的に記載された発明である

ということができる。

そして,一般的に,そのような反応条件下で塩素化剤に対して耐性のある物質か

らなる反応器で塩素化有機化合物を製造することは,引用例2ないし6に記載され

るように技術常識の範囲内であり,反応器の材質としてガラスライニング材などの

エナメルスチールが好適な物質として挙げられ得ることも,引用例2ないし6に記

載されるように技術常識の範囲内である。

したがって,引用発明の反応器具の材質として,引用例2ないし6に記載された

周知のエナメルスチールを採用したはずであるといえることは明らかである。

イ また,本件補正発明は,本件補正前の請求項1に記載された「反応条件下で

前記塩素化剤に対して耐性があり,且つ」という発明特定事項を削除したものであ

って,塩素化剤に対して耐性のない一般的なエナメルスチールにまで反応器の材質

の範囲が拡張されていることから,エナメルの中でも耐腐食性をよくしたものであ

る引用例3のガラスライニング材などの反応器の材質に比して,耐性の点で格別予

想外の顕著な効果がないことは明らかである。

(2) 本件意見書等について

ア 本願明細書(【0016】)には,本件補正発明が対象とするグリセロール

を塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを得るという特定の反応条件下にお

いて,エナメルスチールが,単独で,好適なものとして記載されているとの原告の

主張は,事実に反する。

イ そもそも,本願明細書には,実施例12において使用した反応器がどのよう

な素材からなるものかについては記載がなく,本願明細書(【0016】)に「エ
ナメルスチール」以外の各種素材が好適である旨の記載がされていることにも鑑み

ると,本願明細書の実施例12において使用した反応器がエナメルスチール製であ

ったとする根拠は極めて薄弱である。そうすると,本願明細書の実施例12におい

て使用した反応器がエナメルスチール製であるとは,本願明細書の記載から直接的

に導き出すことができないのであるから,本願明細書には,反応器の材質としてエ

ナメルスチールを選択した場合の効果が具体的に記載されているとはいえない。

ウ さらに,本願明細書(【0016】)には,「本発明の塩素化有機化合物を

製造するための方法は,一般的に,反応条件下で塩素化剤,特に塩素化水素に対し

て耐性のある物質からなるか又は被覆されている反応器で行われる。…ある種の金

属又はその合金も好適となり得る。…特にニッケル及びモリブデンを含む合金であ

る。」と記載されているところ,甲11の表1及び2では,本願明細書において

「特に好適」とされていたニッケル及びモリブデンを含む合金の一種が実際には耐

酸性,耐腐食性ではないことが示されており,本件意見書等に記載された実験デー

タは,本願明細書の上記記載と矛盾する。しかも,本件意見書等に記載された実験

データは宣誓書を伴うものではなく,その信憑性は極めて低いものである。

仮に,本件意見書等に記載された実験データの内容が正しいものであったとして

も,その内容は,本願明細書の記載とはむしろ矛盾するものであって,本願明細書

の記載から推認できる範囲を明らかに超えるものである。

エ したがって,本件意見書等に記載された実験データの結果を参酌することは

許されないとした本件審決の判断に誤りはない。

(3) 以上のとおり,本件補正発明は,引用例1ないし6に記載された発明に基

づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条

項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

第4 当裁判所の判断

1 本件補正発明について

(1) 本件補正発明は,前記第2の2(2)のとおりであるところ,本願明細書(甲
7)には,本件補正発明について,概略,次の記載がある。

ア 本件補正発明は,有機化合物を製造するための方法,特にジクロロプロパノ

ールを製造するための方法に関する(【0002】)。

イ 地球上の入手可能な天然石油化学資源,例えばオイル又は天然ガスは,限界

があることが知られている。現在,これらの資源は,プラスティックを製造するた

めのモノマー又は反応物などの多種の有用な有機化合物,例えばエピクロロヒドリ

ン又はジクロロプロパノールを製造するための出発生成物としても用いられている

が,その使用については,天然石油化学資源の消費を減らすことのできる使用方法

を見いだすことが望まれていた。また,他の製造方法の副生成物を再使用するため

の方法を見いだし,除去又は破壊される必要のある副生成物の全量を最小化するこ

とも望まれていた。したがって,本件補正発明は,有機化合物を製造するための出

発生成物としての,再生可能な原材料から得られたグリセロールの使用に関するも

のである。「再生可能な原材料から得られるグリセロール」という表現は,特にバ

イオディーゼルの製造過程中に得られるグリセロール,又は概して植物又は動物由

来の脂肪又はオイルの転化中,例えばけん化,トランスエステル化又は加水分解反

応中に得られるグリセロールを意味することが意図される(【0003】【000

5】【0006】)。

ウ 本件補正発明の使用はまた,特に好ましくはジクロロプロパノール及びエピ

クロロヒドリンなどの塩素化合物の製造に適用し,これらの化合物を再生可能な資

源から出発して経済的に得ることを可能とする(【0011】)。

エ 本件補正発明の塩素化有機化合物を製造するための方法は,一般的に,反応

条件下で塩素化剤,特に塩素化水素に対して耐性のある物質からなるか又は被覆さ

れている反応器で行われる。好適な物質として挙げられ得るのは,例えばエナメル

スチールである。ポリマーを用いてもよい。ポリマーの中では,ポリプロピレンな

どのポリオレフィン及び特にポリテトラフルオロエチレン,ポリ(フッ化ビニリデ

ン)及びポリ(ペルフルオロプロピルビニルエーテル)などのフッ素化ポリマー及び
ポリスルホン又はポリスルフィドなどの硫黄を含むポリマーであり,特に芳香族で

あるものが非常に好適である。樹脂を用いる被覆剤を,有効に用いることができ,

これらの中ではエポキシ樹脂又はフェノール樹脂が特に好適である。ある種の金属

又はその合金も好適となり得る。特に挙げられ得るのは,タンタル,チタン,銅,

金及び銀,ニッケル及びモリブデン,特にニッケル及びモリブデンを含む合金であ

る。これらは,塊で用いるか,又は被覆加工の形態で用いてもよく,又は他の任意

の被覆方法を用いてもよい。セラミックス又は金属セラミックス及び耐熱性物質も

用いることができる。ある種の特定の成分,例えば熱交換体としては,含浸されて

いてもされていなくてもよいグラファイトが特に好適である。本件補正発明の塩素

化有機化合物を製造するための方法では,グリセロール及び塩素化剤間の反応を,

触媒の存在下又は不存在下で行ってよい。好ましくは好適な触媒の存在下で反応を

行う(【0016】)。

オ 本件補正発明の塩素化有機化合物を製造するための方法では,少なくともジ

クロロプロパノールが塩素化有機化合物として好ましくは得られる。ジクロロプロ

パノールという用語は,一般的に本質的に1,3−ジクロロプロパン−2−オール

及び2,3−ジクロロプロパン1−1オールからなる異性体の混合物を意味する

(【0026】)。

カ 例12(図2)

反応器にグリセロール及び33質量%の塩化水素の水溶液を,相対的流量質量比

1/2.36で連続的に供給した。滞留時間は20時間であり,反応媒体における

アジピン酸濃度は1kg 当たり酸官能性3mol とした。反応器を大気圧及び130℃

で操作した。55.3%の水,9.1%の塩素化水素,9.4%のジクロロプロパ

ノール及び25.1%のグリセロールモノクロロヒドリンを含む蒸気相が生成され

た。反応混合物の液相は7.7%の水及び1.24%の塩素化水素を含んだ。カラ

ムから除去される気相を25℃で濃縮し,デカンターでデカントした。還流比をデ

カンターからの水相の適切な量をリサイクルすることによって調節し,カラム頂部
においてジクロロプロパノール全生産物を抜き出した。デカンターの出口で,15.

0%のジクロロプロパノールを含む水相及び88%のジクロロプロパノールを含む

有機相を回収した。ジクロロプロパノールの収率は93%であった。両相の分析は,

その含有量が0.1%よりも高いいかなる有機混入物も示さなかった。水相の塩化

水素の水溶液含有率は0.037%であり,アジピン酸含有率は18mg/kg であ

った(【0068】)。

(2) 以上の記載からすると,本件補正発明は,天然石油化学資源には限りがあ

るため,有機化合物を製造するための出発生成物として,再生可能な原材料から得

られたグリセロールを使用する方法を提供するという課題を解決することを目的と

し,植物又は動物由来の脂肪又はオイルである再生可能な原材料から得られるグリ

セロールを出発生成物として用い,グリセロールを少なくとも1種の塩素化剤と接

触させ,エナメルスチール製の反応器中でジクロロプロパノールが製造される製造

方法とすることにより,ジクロロプロパノールを経済的に得ることを可能にすると

いうものである。

2 取消事由1(本件補正が限定的減縮を目的とするものに該当しないとした判

断の誤り)について

(1) 本件補正は,補正前の請求項1において,反応器の材質に関する「反応条

件下で前記塩素化剤に対して耐性があり,且つ」との記載を削除するとともに,択

一的に記載されていた多数の材質を「エナメルスチール」のみに限定するというも

のである。

しかるに,エナメルスチール(鋼板ホウロウ)には,耐腐食性に優れたガラスラ

イニングのような物質も存在するものの,一般的には耐腐食性が小さいものである

から(甲5,乙1の1・2),反応器の材質であるエナメルスチールに関して,

「反応条件下で前記塩素化剤に対して耐性があり」を削除することは,ガラスライ

ニングのように耐腐食性に優れたもののみならず,広く一般的なエナメルスチール

をも含むように特許請求の範囲拡張するものといわなければならない。
したがって,本件補正は,法17条の2第4項2号限定的減縮を目的とするも

のには該当しない。

(2) 原告の主張について

ア 原告は,グリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを製造

する反応条件下での耐性は,エナメルスチールの固有の性質である旨主張する。

しかしながら,前記のとおり,エナメルスチール(鋼板ホウロウ)には,耐腐食

性に優れたガラスライニングのような物質も存在するものの,一般的には耐腐食性

の小さなものであるから,原告の主張を採用することはできない。

イ 原告は,本願明細書における「エナメルスチール」との用語は,そもそも,

グリセロールを塩素化剤と反応させてジクロロプロパノールを製造する反応条件下

で耐性あるものを意図する意味で使用されており(【0016】),「ガラスライ

ニング」に相当するものであって,この点は,本件意見書等の実験データ(甲11

及び16の各表2)において,エナメルスチールとガラスライニングが同一物とし

て扱われていることからも明らかであると主張する。

しかしながら,本願明細書(【0016】)には,反応器の材料となるエナメル

スチールについて,「好適な物質として挙げられ得るのは,例えばエナメルスチー

ルである。」と記載されているのみであるから,本願明細書に接した当業者は,一

般的な意味での「エナメルスチール」が好適な物質として挙げられているものと読

み取るほかなく,当該記載がエナメルスチールの中でも耐腐食性に優れたものを特

に意味するものと認めるべき根拠は見いだせない。また,本件意見書等に記載され

た実験データ(甲11及び16の各表2)は,各引用例に記載された発明に対する

本願発明の顕著な効果を示すために実施された追加実施例のうち,エナメルスチー

ル製断片を用いた場合の腐食の程度を記載したものであり,その材料欄には「エナ

メルスチール」との記載があり,反応混合物による腐食速度の欄には「ガラスライ

ニングの曇りなし」との記載があるが,これらの記載は,当該実施例で用いられた

エナメルスチールがガラスライニングであることを示すものであるにとどまり,本
願明細書において,エナメルスチールという用語自体が,エナメルスチールの中で

も特に耐腐食性に優れたものであるガラスライニングを意味するものと解すべき根

拠にはなり得ない。

したがって,原告の主張を採用することはできない。

(3) 小括

よって,取消事由1は理由がない。

3 取消事由2(本件補正発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

取消事由1に理由がない以上,本件補正を却下した本件審決に誤りはないが,事

案に鑑み,取消事由2についても判断する。

(1) 引用例について

ア 引用発明は,前記第2の3(2)アのとおりであるところ,引用例1(甲1)

には,引用発明について,概略,次の記載がある。

(ア) 本論文シリーズの第一部と第二部で多数のグリセロール誘導体の効率的な

製造法は,クロロヒドリンの効率的製造法に依存するということを示した。本論で

は安価な原料であるグリセリンと塩化水素酸(塩酸)間の反応を研究するために行

った実験の概要を示し,この方法でモノクロロヒドリンとジクロロヒドリンが,適

切な工場において魅力的な価格で製造できると結論する。

(イ) ジクロロヒドリン形成を確実にするためには相当過剰な塩化水素酸ガスが

必要である。この過剰性の喪失は,最初の器具が塩化水素酸で飽和し,最後のもの

がグリセリンと酢酸で満たされるようにして多数の反応器具を連続して用いること

によって避けられるであろう。クロロヒドリン製造では蒸留グリセリンの使用は必

須ではない。酢酸(4%)存在下でグリセリン原液(82%)の飽和状態が温度1

30℃で塩化水素酸ガスをともなえばジクロロヒドリンが着実に得られた。

(ウ) ジクロロヒドリン調製に,酢酸(4%)とともに粗製石鹸灰汁グリセリン

を用いた。この手法では130℃加熱で塩化水素酸ガスを用い,飽和した塩が完全

に沈殿し,ジクロロヒドリンは蒸留されたグリセリンから得たものと非常によく似
ていた。

イ 塩素化反応器に関する引用例3(甲3)には,概略,次の記載がある。

(ア) 本発明は,例えばアリルアルコールを塩酸水溶液中で塩素と反応させ2・

3―ジクロルプロパノールを生成させるような塩素化反応を効率よく行う濡壁式の

塩素化反応器に関する。

(イ) 従来,塩素化反応は,攪拌機及び冷却器を有する槽型反応器に有機冷媒,

あるいは塩酸水溶液を入れ,これに被塩素化有機物を溶解し,攪拌,冷却しながら

塩素を吸込んで反応させていたところ,生産効率向上のため,濡壁式の塩素化反応

器が使用されるようになった。

(ウ) 実施

本発明の塩素化反応器は,腐食性の高い原料が使用されるため,耐腐食性の材料

を用いなければならない。そのため,装置には,合成塩酸等の装置材料として広く

使用されている炭素材(カーベイト),あるいは,ガラスライニング材等が用いら

れる。

ウ 引用例5(甲5)には,概略,次の記載がある。

グリセリンは,代表的な3価アルコールで,グリセロールともいう。せっけん製

造の副産物,またアルコール発酵の生成物の1つとして工業的に製造できる。塩化

水素で飽和した後,氷酢酸と加熱するとジクロロヒドリン(CH 2 ClCH(O

H)CH2ClとCH2ClCHClCH2OH)になる。

(2) 本件補正発明の容易想到性について

前記第2の3(2)ウのとおり,本件補正発明と引用発明とは,反応器の材質が,

本件補正発明においては「エナメルスチール製」に特定されているのに対して,引

用発明においては反応器の材質が特定されていない点で相違する(なお,引用発明

の「ジクロロヒドリン」は,前記(1)ウのジクロロヒドリン(CH 2 ClCH(O

H)CH 2 Cl)との記載からして,その異性体の1つである1,3−ジクロロヒ

ドリンがCH 2 Cl−CH(OH)−CH 2 Clの構造を有し,本願明細書(【0
026】)の1,3−ジクロロプロパン−2−オールと同一の化合物を意味する同

義語であることは明らかであるから,本件補正発明の「ジクロロプロパノール」に

相当する。)。

しかしながら,前記(1)イのとおり,引用例3には,アリルアルコール等を塩酸

水溶液中で塩素化反応させてジクロロプロパノールを製造するという腐食性の高い

原料を用いた反応には,ガラスライニング材等の耐腐食性材料製の反応器を用いる

必要があることが記載されている。そして,前記(1)ア及びウの各記載からすると,

塩素化反応によりジクロロプロパノールを製造するための基質としてグリセロール

を用いるのは周知の技術であるということができるから,当業者であれば,引用例

3のアリルアルコール等の一例としてグリセロールを想起し,引用発明のようにグ

リセロールを用いる場合にも同様にガラスライニング材等の耐腐食性に優れた反応

器を使う必要があることを容易に想到するものということができる。そして,ガラ

スライニング材がエナメルスチールの一種であることは技術常識であるから,引用

発明について,引用例3に基づき,その反応器の材質を相違点に係る本件補正発明

の構成(エナメルスチール)とすることは,当業者であれば,容易に想到すること

ができたものである。

(3) 原告の主張について

ア 原告は,アリルアルコールと塩素の反応及びグリセリンと塩酸の反応は全く

異なるから,引用例3のアリルアルコールをグリセリンとすることが当業者にとっ

て容易であるということはできないなどと主張する。

しかしながら,引用例3は,原料(被塩素化有機物)液中に塩素化剤を導入して

行う塩素化反応一般に用いるための反応器を開示するものである。引用例3には,

この反応器で行うことのできる反応の例として,アリルアルコールに塩酸水溶液中

で塩素を反応させて2,3−ジクロロプロパノールを得ることが挙げられているが,

当該反応器を用いることのできる塩素化反応は,アリルアルコールと塩素との反応

機構と同一の反応のみに限られるものではなく,引用例1に記載されたグリセリン
に塩素化剤である塩化水素酸ガスを導入する反応にも同様に適用することができる

ことは明らかである。

したがって,原告の主張を採用することはできない。

イ 原告は,本件審決は本件補正発明に係る容易想到性の判断において,本件意

見書等(甲11及び16)に記載された実験データを参酌すべきであった旨主張す

る。

しかしながら,次のとおり,原告の主張は採用することができない。

すなわち,本願明細書(【0016】)には,反応器の材質について,好適な物

質としてエナメルスチールが挙げられているほか,特に芳香族であるポリマーが非

常に好適であること,エポキシ樹脂又はフェノール樹脂を用いる被覆剤が特に好適

であること,ニッケル及びモリブデン等のある種の金属又はその合金が好適である

ことなどが記載されている。したがって,本願明細書には,エナメルスチールは芳

香族系ポリマー,エポキシ樹脂,フェノール樹脂より多少劣るとしても,ニッケル

及びモリブデン等の合金や金属と同程度に優れた耐腐食性を有することが記載され

ているといえる。

他方,甲11には,ニッケルやモリブデン等を含む合金やチタン(表1),ポリ

プロピレンホモポリマー及びポリ(フッ化ビニリデン)ホモポリマー(表3),エ

ポキシ樹脂(表4)及びエナメルスチール(表2)からなる断片を,本件補正発明

が前提とするグリセロールと塩素化剤を含む反応媒体中に配置した後の腐食の程度

を調べた実験の結果として,合金やチタンの断片は完全に消失し,ポリマー及びエ

ポキシ樹脂の断片は許容できない重量と厚みの増加及び機械的特性の劣化を示した

のに対して,エナメルスチールはガラスライニングの曇りを示さず,腐食が生じて

いなかったことが記載されている。また,甲16には,甲11と同一の表1及び2

に加え,エナメルスチールの腐食速度が1ないし1.5%の沸騰塩素化水素溶液中

で「<0.01mm/年」であること及び本件補正発明に係る反応混合物中で「0.

0029mm/年」であることを示す表3が記載され,エナメルスチールが本件補
正発明の反応条件下で腐食に対して優れた耐性を示すことが記載されている。これ

らの実験結果は,本願明細書に「好適」と記載されたエナメルスチールが,同じく

「好適」と記載された金属や合金だけでなく,「非常に好適」と記載されたエポキ

シ樹脂よりも優れた耐腐食性を有することを示すものであり,本願明細書に記載さ

れた事項と矛盾するものである。

また,前記のとおり,本願明細書におけるエナメルスチールという用語自体が,

エナメルスチールの中でも特に耐腐食性に優れたものであるガラスライニングを意

味するものとみることはできないのであるから,本件意見書等の各実験データは,

本件補正発明のエナメルスチールについて任意の限定を加えて行った実験により得

られた結果にすぎず,これを本件補正発明自体の容易想到性の判断において参酌

るのは相当でない。

したがって,本件補正発明の容易想到性の検討に当たり,本件意見書等に記載さ

れた実験データを参酌しなかった本件審決の判断に誤りがあるということはできな

い。

(4) 小括

よって,取消事由2も理由がなく,本件補正を却下した本件審決に誤りはない。

しかるに,原告は,本願発明の容易想到性に係る本件審決の判断の誤りについては

取消事由として主張するものではない。

4 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 土 肥 章 大




裁判官 部 眞 規 子
裁判官 齋 藤 巌