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関連審決 不服2008-22438
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事件 平成 24年 (行ケ) 10175号 審決取消請求事件

原告ト ムソンライセンシング
訴訟代理人弁護士 鮫島正洋
同 溝田宗司
同 小栗久典
被告特許庁長官
指定代理人 堀川一郎
同 藤井昇
同 田部元史
同 芦葉松美
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/03/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2008-22438号事件について平成24年1月5日にした審決を取り消す。
前提事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成9年(1997年)3月14日の優先権(フランス)を主張して,平成10年(1998年)3月11日,発明の名称を「道路交通情報装置」とする発明につき国際出願(PCT/FR98/00494,日本国における出願番号は特願平10-540188号。以下「本願」という。)をしたが,平成20年5月28日付けで拒絶査定を受けたので,同年9月2日,これに対する不服の審判(2008-22438号)を請求し,平成22年7月14日付けの拒絶理由通知に対し,平成23年1月21日付けで意見書及び手続補正書を提出した。
特許庁は,平成24年1月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日付加),その謄本は同月18日原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載平成23年1月21日付け手続補正書(甲1)による補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,本願の公表特許公報(甲2)を「本願明細書」といい,上記補正後の請求項1記載の発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】互いに連結し合っている幾つかの区間に分割される所定の道路網における行程の所要時間に関する情報を提供する道路交通情報装置において,該道路交通情報装置は無線メッセージの携帯可能な受信機を有し,該無線メッセージの携帯可能な受信機は,・無線メッセージを受信するための受信手段と,・受信した前記無線メッセージを記憶するための少なくとも1つの記憶装置と,・前記無線メッセージを処理するためのエレクトロニクスの中央処理装置と,・利用者に前記中央処理装置に対する指令を可能にするコマンドインターフェースと,・受信された前記無線メッセージのうちの少なくとも幾つかから生じる情報を,前 記コマンドインターフェースを介して利用者から入力された指示にしたがって表示するためのスクリーンと,を有し,前記受信機の前記記憶装置には,・当該道路網に固有な空間上の位置関係のデータであって,少なくとも前記道路網の各区間ごとの出発点及び到達点の識別を含むデータと,・いわゆる行程の基本所要時間である,前記道路網の各区間における行程の所要時間を表すデジタルデータとが含まれ,そして,前記受信機の前記中央処理装置は,・更新された前記行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知し,・受信された前記デジタルデータに応じて,前記行程の基本所要時間を表す,記憶された前記デジタルデータを更新し,・そして,前記コマンドインターフェースを用いて利用者により前記中央処理装置に設定された所望の出発点および到達点に応じて,・所望の前記出発点と前記到達点との間において採用されるべき前記道路網の幾つかの区間を決定し,・所望の前記出発点と前記到達点との間において採用されるべき前記幾つかの区間における前記行程の基本所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算し,・そして,前記スクリーン上に少なくとも該全行程の所要時間を表示させ, 前記記憶されたデジタルデータおよび前記受信されたデジタル情報には,当該道路網の各区間ごとの行程の基本所要時間が含まれている,道路交通情報装置。」 3 審決の理由 審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1) 結論 本願発明は,特開平7-129893号公報(甲5,引用例1)に記載された発明(引用発明)及び周知技術等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができ たものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
(2) 認定事項 ア 引用発明の内容 「車両の外部から受信された情報に基づき,最適な経路を搭乗者に報知する車両用経路誘導装置において,該車両用経路誘導装置は外部情報を受信して報知する車両用外部情報報知装置を有し,該車両用外部情報報知装置は,外部情報を受信するFM多重レシーバー34とビーコンレシーバー36と,ここで受信した情報を記憶する記憶装置と,受信した情報を処理するための制御部22と,搭乗者が該制御部22に指示を行う入力部28と,受信した情報をもとに処理して得られた情報を搭乗者の指示で表示する表示部26とを有し,前記車両用外部情報報知装置の前記記憶装置には,道路のリンクごとの始点及び終点の位置情報と,所定のリンクの通過所要時間(リンク旅行時間)を表すデータとが含まれ,そして,前記車両用外部情報報知装置の前記制御部22は,外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受信して,外部から受信したリンク旅行時間の情報に応じて,記憶された当該リンクのリンク旅行時間を更新するとともに,リンク旅行時間情報のないリンクに対し,周辺のリンク旅行時間から当該リンク旅行時間を推定して記憶し,そして,入力部28から搭乗者が目的地点を入力すると,現在地点から目的地点までの経路を探索し,該経路の各リンクのリンク旅行時間を合計して経路の所要時間を計算し,所要時間が最短のものを最適経路として経路記憶部30に記憶するとともに表示部26に表示して経路誘導を行う,前記記憶された外部からの情報および前記受信された外部からの情報には,道路の所定のリンクごとのリンク旅行時間が含まれている,車両用経路誘導装置。」イ 本願発明と引用発明との一致点 「互いに連結し合っている幾つかの区間に分割される所定の道路網における道路に関する情報を提供する道路交通情報装置において,該道路交通情報装置は無線メッセージを受信する受信機を有し,該無線メッセージを受信する受信機は, ・無線の情報を受信するための受信手段と,・受信した無線の情報を記憶するための少なくとも1つの記憶装置と,・前記無線の情報を処理するためのエレクトロニクスの中央処理装置と,・利用者に前記中央処理装置に対する指令を可能にするコマンドインターフェースと,・受信された前記無線の情報のうちの少なくとも幾つかから生じる情報を,前記コマンドインターフェースを介して利用者から入力された指示にしたがって表示するためのスクリーンと,を有し,前記受信機の前記記憶装置には,・当該道路網に固有な空間上の位置関係のデータであって,少なくとも前記道路網の各区間ごとの出発点及び到達点の識別を含むデータと,・いわゆる行程の基本所要時間である,前記道路網の所定の区間における行程の所要時間を表すデジタルデータとが含まれ,そして,前記受信機の前記中央処理装置は,・更新された前記行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知し,・受信された前記デジタルデータに応じて,所定の行程の基本所要時間を表す,記憶された前記デジタルデータを更新し,・そして,前記コマンドインターフェースを用いて利用者により前記中央処理装置に設定された所望の到達点に応じて,・所定の地点と前記到達点との間において採用されるべき前記道路網の幾つかの区間を決定し,・所定の地点と前記到達点との間において採用されるべき幾つかの区間における前記行程の基本所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算し,・そして,前記スクリーン上に所定の情報を表示させ,前記記憶されたデジタルデータおよび前記受信されたデジタル情報には,当該道 路 網の所定の区間 ご との行程の 基 本所要時間が 含ま れている,道路交通情報装置。」 ウ 本願発明と引用発明との相違点 (ア) 相違点1 道路に関する情報を提供する道路交通情報装置に関し,本願発明は,互いに連結し合っている幾つかの区間に分割される所定の道路網における「行程の所要時間に関する情報」を提供する道路交通情報装置であるのに対し,引用発明は,車両の外部から受信された情報に基づき,「最適な経路」を搭乗者に報知する道路交通情報装置(車両用経路誘導装置)である点。
(イ) 相違点2 無線メッセージを受信する受信機に関し,本願発明は,無線メッセージの「携帯可能な」受信機であるのに対し,引用発明は,携帯可能であることは特定されていない点。
(ウ) 相違点3 いわゆる行程の基本所要時間である,道路網の所定の区間における行程の所要時間を表すデジタルデータに関し,本願発明は,道路網の「各区間」における行程の所要時間を表すデジタルデータであるのに対し,引用発明は,道路網の「所定の区間」における行程の所要時間を表すデジタルデータであって,道路網の全ての区間を含むことは特定されていない点。
(エ) 相違点4 受信されたデジタルデータに応じて,所定の行程の基本所要時間を表す,記憶されたデジタルデータを更新する態様に関し,本願発明は,受信されたデジタルデータに応じて,行程の基本所要時間を表す,記憶されたデジタルデータを更新するのに対し,引用発明は,外部から受信したリンク旅行時間の情報に応じて,記憶された当該リンクのリンク旅行時間を更新するとともに,リンク旅行時間情報のないリンクに対し,周辺のリンク旅行時間から当該リンクの旅行時間を推定して記憶する 点。
(オ) 相違点5 コマンドインターフェースを用いて利用者により中央処理装置に設定された所望の到達点に応じて,所定の地点と前記到達点との間において採用されるべき道路網の幾つかの区間を決定する態様に関し,本願発明は,コマンドインターフェースを用いて利用者により中央処理装置に設定された「所望の出発点」および到達点に応じて,「所望の出発点と」到達点との間において採用されるべき道路網の幾つかの区間を決定するのに対し,引用発明は,利用者により所望の到達点(目的地点)は設定されるが,出発点が設定されることは特定されておらず,「現在地点」から到達点までの経路を探索している点。
(カ) 相違点6 所定の地点と到達点との間において採用されるべき幾つかの区間における行程の基本所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算する態様に関し,本願発明は,「所望の出発点」と到達点との間において採用されるべき幾つかの区間における行程の基本所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算するのに対し,引用発明は,「現在地点」から到達点(目的地点)までの経路の行程の基本所要時間(リンク旅行時間)の総計に等しい全行程の所要時間を計算するが,「所望の出発点」と到達点までの経路の全行程の所要時間を計算することは特定されていない点。
(キ) 相違点7スクリーン上に所定の情報を表示する態様に関し,本願発明は,スクリーン上に「少なくとも全行程の所要時間」を表示させるのに対し,引用発明は,「全行程の所要時間が最短の最適経路」を表示する点。
(ク) 相違点8記憶されたデジタルデータおよび受信されたデジタル情報には,当該道路網の所定の区間ごとの行程の基本所要時間が含まれている態様に関し,本願発明は,当該道路網の「各区間ごとの」行程の基本所要時間が含まれているのに対し,引用発明 は,「所定の区間の」行程の基本所要時間が含まれるが,全ての区間の行程の基本所要時間が含まれることまでは特定されていない点。
原告主張の取消事由
審決には,引用発明の認定の誤り,相違点の看過(取消事由1),相違点1,7についての進歩性判断の誤り(取消事由2),相違点3,4,8についての進歩性判断の誤り(取消事由3),相違点5,6についての進歩性判断の誤り(取消事由4)がある。これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきものである。
1 引用発明の認定の誤り,相違点の看過(取消事由1) (1) 審決が看過した相違点 ア 審決は,引用発明が,「車両用外部情報報知装置の前記制御部22は,外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受信」する構成を有すると認定し(審決書9頁3〜5行),当該認定に基づき,引用発明が,「更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」し,「受信された前記デジタルデータに応じて,前記行程の基本所要時間を表す,記憶された前記デジタルデータを更新」するという構成において,本願発明と相違がないとする(審決書12頁11行〜21行)。
しかし,引用発明と本願発明との間には,前者が,道路網のうち,現在地点から進行方向に存在する近隣の限られた区間における更新された行程の所要時間(通過所要時間)を表すデジタルデータを受信するのに対して,後者が,現在地点や進行方向に関係なく所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信するという相違点が存在するにもかかわらず,審決は,これを看過 している(下線は原告。以下,「第3 原告主張の取消事由」において同じ。)。その理由は次のとおりである。
イ 引用発明においては,@FM多重放送,Aビーコン,という2つの受信手段 が想定されている(【0071】)。ここで,@FM多重放送によって受信する情報は,道路の渋滞情報や事項・落下物などによる交通規制情報であり,所要時間を表す情報そのものではないから,本願発明における「道路網の各区間における行程の所要時間を表すデジタルデータ」に相当するものではない(【0073】)。一方,Aビーコンによって受信する情報は,従来から交差点手前に看板として表示されている交差点の分岐方向別の行先表示や,さらに該当する交差点から前記の表示された行先までの所要時間(旅行時間)に関する情報である(【0073】)ところ,ビーコンによる情報の送受信は,情報を受け取る車両の位置とビーコンの位置が極近傍となるため,ビーコンは,その情報を受け取る場所において必要な情報のみを峻別して送ることを特徴とするものである(甲10号証,上記【0073】)。
つまり,引用発明における車両用経路誘導装置は,あるビーコン設置ポイントにおいて,道路網のうち,現在位置から進行方向に存在する近隣の限られた交差点間の道路ごとの通過所要時間を受信し,その情報に基づき,現在地点から目的地までの交差点間の通過所要時間の合計が最も短くなるような経路探索を行い,当該経路へ誘導し,次のビーコン設置ポイントまで進んだところで,当該位置から進行方向に存在する近隣の交差点間の道路ごとの通過所要時間を受信し,その情報に基づき,現在地点から目的地までの交差点間の通過所要時間の合計が最も短くなるような経路探索を行い,当該経路へ誘導するということを繰りして経路誘導を行うことを想定しているものである。
このように,引用発明は,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間を受信することはないし,そのような受信を想定しているものでもない。
ウ これに対し,本願発明は,「・更新された前記行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知し」,「・受信された前記デジタルデータに応じて,前記行程の基本所要時間を表す,記憶された前記デジタルデータを 更新し,」との 構成を有するものであるとこ ろ,当該「前 記行程」とは,本願発明の構成要件上は,「いわゆる行程の基本所要時間である,前記道路網の各区間における行程の所要時間を表すデジタルデータ」という部分で定義がなされており,この定義の一部を構成している「前記道路網」とは,「現在地から進行方向」に存在するものに限定されるのではなく,現在地や進行方向に制約されない地域的な広がりの中に存在するものと解釈されるべきであり,所要時間が更新される区間も,受信を行っている現在地点や進行方向との関係で制約されるものではないことは明らかである。
(2) 相違点の看過の重大性引用発明においては,現在地点や進行方向と関係なく,所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信するという,上記相違点に相当する構成や思想については何らの開示も示唆もされていない。また,審決が引用する引用例2及び3においてもかかる構成や思想については何ら開示も示唆もされていない。したがって,引用例1とこれらの引用例を組み合わせたとしても,本願発明を構成することができない。そして,本願発明は,上記構成を有するが故に,現在位置に制約されることなく任意に選択された出発点と到達点との間の行程の所要時間について,更新されたデータを用いてより正確な計算が可能となるという,引用発明を含め,審決が引用する先行技術にはない顕著な作用効果を奏するものである。
したがって,上記相違点は,引用発明並びに引用例2及び3記載の発明から当業者が容易に想到し得たものではない。
加えて,後記2ないし4のとおり,上記相違点も踏まえれば,審決が認定した各相違点も引用発明並びに引用例2及び3から当業者が容易に想到し得たということはできない。
よって,審決の相違点の看過は,審決の結論を左右する重大な誤りということができる。
2 相違点1,7についての進歩性判断の誤り(取消事由2) 審決は,車両用経路誘導装置のような道路交通情報装置において,道路の各リンク(本願発明の「区間」)の所要時間に基づいて,探索した所定の経路の全所要時間を計算してこれを表示することは,引用例2や引用例3に記載されるように,周知技術であり,また,引用例1には,出発地から目的地までに要する所要時間を表示することが示唆されているとして,引用発明において,上記周知技術を採用して相違点1及び7に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるとする(審決書15頁26行〜16頁2行)。
しかし,相違点1において本願発明が表示する「所定の道路網における行程の所要時間に関する情報」,及び相違点7において本願発明が表示する「全行程の所要時間」とは,任意に選択される二地点間の経路における,外部から送信される情報により適宜更新される各区間の行程の所要時間の合計,すなわち,各区間を移動するのに必要となる時間の合計を意味するものである。
これに対し,引用発明は,現在地点から目的地までの行程の所要時間を計算するものでしかなく,また,前記1で述べたとおり,引用発明は,行程の基本所要時間を表すデジタルデータは,道路網のうち,現在地点から進行方向に存在する近隣の区間のうちの限られたものに関するもののみが更新されるということを前提として,現在地点から目的地点までの道路網のうち,行程の基本所要時間が得られない区間や得られてもデータが不正確な区間については,車両用経路誘導装置において,推測によりデータの補完又は補正を行い,これらの推測値を用いて,全行程の所要時間を計算するというものである。
したがって,引用発明において,審決のいう周知技術を仮に組み合わせたとしても,表示されるのは,現在地点から目的地間の経路における,外部からの送信により更新されるごく一部の区間(現在地点の近傍の限られた区間)の行程の所要時間と,推測により補完又は補正されたその他の区間の行程の所要時間の合計値であり,その値は,実質的には現在地点から目的地間の経路における,推測により求められた各区間の移動所要時間の合算値にしかならず,本願発明における,任意に選択さ れる二地点間の経路に関する,外部からの送信により適宜更新され得る各区間の行程の所要時間の合計値と同じものとはならない。
よって,引用発明において,引用例2や3に記載されている技術を組み合わせたとしても,相違点1,7を構成することはできないから,相違点1及び7に係る本願発明の構成を当業者が容易に想到し得たとする審決の認定判断は誤りである。
3 相違点3,4,8についての進歩性判断の誤り(取消事由3)(1) 誤り1ア 審決は,「引用発明は,道路網の区間のうち所定のものについて行程の所要時間を外部からの情報により更新するとともに,外部から行程の所要時間を取得できない区間については,その周辺の区間の行程の所要時間から推定して記憶するものである点で相違するものであるといえる。…引用発明は,道路網の行程の所要時間の情報を提供する外部環境の制約により,全ての区間の情報が得られない場合をも想定した発明であり,外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境にあれば,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新することが可能なのであるから,この点に関しては,装置本体の備える機能から見れば,本願発明と引用発明との間に,実質的な相違はないものである。換言すれば,引用発明も,道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明ということができ,したがって,本願発明のように道路網の全ての区間の行程の所要時間を外部から取得するよう構成することについて,少なからず示唆がなされているといえる。加えて,引用例1には,なんらかの理由でリンク旅行時間の得られないリンクに対して,いくつかの方法によりリンク旅行時間を推定して用いることが記載されており,道路網の全てのリンクについてのリンク旅行時間を取得して更新することが強く示唆されている。」(審決書16頁17行〜17頁3行。下線は原告)とした上で,所定の道路網の全ての区間(リンク)について,所要時間データを記憶しておくことは,引用例2に記載されるように,車両用経路誘導装置等の道路交通情報装置の分野において,周知の技術であるから,引 用発明において,上記周知の技術を採用して,相違点3,4,8に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるとする(審決書17頁4行〜11行)。
イ しかし,まず,前記1で述べたとおり,そもそも引用発明は,道路網のうち,現在地点から進行方向に存在する近隣の限られた区間における行程の所要時間(通過所要時間)を表すデジタルデータのみが更新されることを前提とした上で,現在地点から目的地点までの全行程の所要時間の計算を行うために,現在地点から目的地点までの道路網のうち,データを有するある区間の行程の所要時間を補正したり,行程の所要時間が得られない区間について,周辺の区間のデータから所要時間を推定したりする等,所要時間の補正,補充を行うものであり,審決が認定するような,「道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明」ではない。
また,審決は,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境にあれば,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新することが可能なのであるから,この点に関しては,装置本体の備える機能から見れば,本願発明と引用発明との間に,実 質的 な 相違 はないものである。」(審決書1 6頁 29行 〜 32行)と述べるが,少なくとも,本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような外部環境は存在しなかった。例えば,我が国において本件特許出願の約1年前に実用化されたVICS(道路交通情報通信システム)も,まさに引用例1において説明されているのと同じように,FM多重放送とビーコンを使用しており(甲10号証102頁,105頁),FM多重放送では渋滞情報のような道路交通事情を提供し(同104頁),ビーコンでは現在地点から先にある地点へ行くのにかかる時間情報等の提供を行っているのであって(同103頁),「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」となっていないことは明らかである。
したがって,審決は,何の証拠も示すことなく,「外部から全ての区間の行程の 所要時間の情報を得られる環境」を前提としており,この点において誤りがある。
以上によれば,審決のいう,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境にあれば,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新することが可能なのである」という点は,それが出願時の技術常識であったことを裏付ける立証が不在であり,これに続く,「引用発明も,道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明」という点も誤りであり,そうだとすると,その後に続く,「したがって,(引用発明1は)道路網の全ての区間の行程の所要時間を外部から取得するよう構成することについて,少なからず示唆がなされている」という認定は前提を欠いたものである。
そうすると,仮に引用例2に開示されている技術が審決の認定するとおり,所定の道路網の全ての区間(リンク)について,所要時間データを記憶しておくというものであったとしても,引用例2に開示されている技術を引用発明に採用することの示唆や動機付けが存しないことになるから,当業者が,引用例2に開示されている技術を引用発明に適用することで,相違点 3,4及び8に関する 構成を容易に想到することはなく,審決の認定判断は誤っている。
ウ また,前記1で述べたとおり,引用発明は,現在位置から進行方向に存在する近隣の限られた交差点間の道路ごとの通過所要時間を受信し,その情報に基づき,現在地点から目的地までの交差点間の通過所要時間の合計が最も短くなるような経路探索を行うというものであるため,引用発明において,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間は経路検索に不要な情報であるから,そのような情報を受信する必要はなく,また,そのような受信を行うことの示唆や動機付けも存在しない。
したがって,仮に本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような外部環境が存在していたとしても,当該外部環境の存在から,当業者が,審決が引用例2に開示されているとする技術を引用発明に適用し,その経路検索(現在地点から目的地ま での経路検索)に使用することのない,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間まで受信する構成とすることを容易に想到することはない。相違点3,4及び8に関する構成を当業者が容易に想到し得るとした審決の認定判断はこの点からも誤っている。
(2) 誤り2 審決は,引用例2の【0025】等に記載されるように,所定の道路網の全ての区間(リンク)について,所要時間データを記憶しておくことは,車両用経路誘導装置等の道路交通情報装置の分野において,周知の技術であり,引用発明に当該周知の技術を採用して,相違点3,4,8に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たとする(審決書17頁4行〜12行)。
しかし,引用例2記載の技術は,引用発明と同様に,現在地点から進行方向に存在する近隣の交差点間の道路のうち,限られた道路ごとの行程の基本所要時間しか受信しないことを前提として,行程の所要時間を受信しない区間については,その値を推測して補完することを意味しているにすぎない。
したがって,引用発明に引用例2記載の技術を適用したとしても,審決が認定した本願発明における,所定の道路網の各区間について,行程の所要時間を記憶し,外部からの無線メッセージ情報により,当該記憶された所要時間を更新するという構成を具備することにはならず,その結果,現在位置に制約されることなく任意に選択された出発点と到達点との間の行程の所要時間について,更新されたデータを用いてより正確な計算が可能となるという作用効果を奏することもない。
よって,当業者が,引用例2に開示されている技術を引用発明に適用することで,相違点3,4及び8に関する構成を容易に想到するということはできないから,審決の認定判断は誤っている。
4 相違点5,6についての進歩性判断の誤り(取消事由4)(1) 誤り1審決は,引用例3の【0003】〜【0004】等にも記載されるように,車両 用経路誘導装置のような道路交通情報装置において,探索すべき経路を設定する際に,目的地(到達点)だけでなく出発地(出発点)をも利用者が設定可能とすることは常套手段であり,引用発明において,当該常套手段を採用して,相違点5,6に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たとする(審決書17頁14行〜20行)。
しかし,引用発明においては,受信できる道路ごとの行程の所要時間は,現在位置を起点として決まり,現在地点と関連のない交差点間の道路ごとの行程の所要時間を受信することはできないから,経路誘導を行う場合には,現在位置を起点にせざるを得ず,現在位置を起点から外すことは,引用発明が機能する前提を欠くことになる。
したがって,引用発明において,経路誘導の起点を現在位置ではなく,任意に選択できる地点とすることには阻害要因があるといえるから,そもそも引用発明に引用例3の技術を適用することはできない。引用発明において,目的地(到達点)だけでなく出発地(出発点)をも利用者が設定可能とするという手段を採用して,相違点5,6に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たとする審決の認定判断は誤りである。
(2) 誤り2仮に,引用発明に,引用例3に開示された技術を適用し,目的地(到達点)だけでなく出発地(出発点)をも利用者が設定可能とする構成としたとしても,@任意に選択された出発点と到達点が,現在地点から自車の進んでいる方向と全く外れた領域に設定された場合には,当該出発点と到達点の間の道路網については,外部から受信する交差点間の道路ごとの行程の所要時間に関するデータが全くない状態となるため,全行程の所要時間を計算することができない事態が生じ得ることになり,また,A任意に選択された出発点と到達点の間の道路網が,現在地点から自車の進んでいる方向と一部しか重複しない場合には,外部から受信する交差点間の道路ごとの行程の所要時間に関するデータが一部しかなく,全行程の所要時間を計算する ことができない状況が生じ得ることになる。
また,仮に,現在地点から目的地までの道路網のうち,行程の所要時間に関するデータを入手(受信)できない区間について,車両用経路誘導装置において,推測により,データの補完をするという引用発明の構成を拡張して,出発点と到達点の間の道路網のうち,行程の所要時間に関するデータを入手できない区間について,車両用経路誘導装置において,推測により,データの補完をする構成としたとしても,ごく一部の区間についてしか行程の所要時間に関するデータを入手できない以上,その結果は,実質的には出発点から到達点間の経路における,推測により求められた各区間の移動所要時間の合算値を得ることができるにすぎず,本願発明において得られる,外部からの送信により適宜更新される,出発点から到達点までの各区間の行程の所要時間の合計を得ることはできない。このため,本願発明の「ドライバーは,前もってその行程の所要時間の正確な概念を得て,その運転を計画しそして最適化することができる」(甲2号証9頁6行〜7行)との作用効果を奏し得ない。
したがって,仮に,引用発明に引用例3に開示された技術を適用したとしても,本願発明のように任意に選択される出発点と到達点の間における採用されるべき各区間の行程の所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算する構成を具備することはできないから,引用発明において,目的地(到達点)だけでなく出発地(出発点)をも利用者が設定可能とするという手段を採用して,相違点5,6に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たとする審決の認定判断はこの点においても誤りである。
被告の反論
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り,相違点の看過)に対し(1) 原告は,「 引用発明と本願発明との間には,前者が,道路網のう ち,現在地点から進行方向に存在する近隣の限られた区間における更新された行程の所要時間(通過所要時間)を表すデジタルデータを受信するのに対して,後者が,現在地 点や進行方向に関係なく所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信するという相違点が存在する」と主張する。
確かに,本願発明と引用発明との間には,「更新された所定の行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」する態様に関して相違点があるが,両者の相違点は,原告の主張するようなものではない。
すなわち,引用発明の「外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受信」する態様と,本願発明の「更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」する態様とは,「更新された所定の行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」するとの概念で共通するところ,本願発明と引用発明との間には,次のような相違点(以下「相違点9」という。)が存在する。
「更新された所定の行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知する態様に関し,本願発明は,更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知するものであるのに対し,引用発明は,外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受信するものであって,道路網の全ての区間を含むことは特定されていない点。」 しかし,相違点9は,相違点8の中に実質的に含まれているから,審決において実質的に検討済みであり,審決の結論に影響を与えるものではない。
すなわち,審決は,相違点8として,「記憶されたデジタルデータ及び受信されたデジタル情報には,当該道路網の所定の区間ごとの行程の基本所要時間が含まれている態様に関し,本願発明は,当該道路網の「各区間ごとの」行程の基本所要時間が含まれているのに対し,引用発明は,「所定の区間の」行程の基本所要時間が含まれるが,全ての区間の行程の基本所要時間が含まれることまでは特定されてい ない点。」として認定している。
このように,相違点8では,「受信されたデジタル情報」について,本願発明は,当該道路網の「各区間ごとの」行程の基本所要時間が含まれているのに対し,引用発明は,「所定の区間の」行程の基本所要時間が含まれるが,全ての区間の行程の基本所要時間が含まれることまでは特定されていない,とされており,相違点9を含むものといえる。そして,後記3のとおり,相違点8についての審決の判断に誤りはない。
したがって,審決に相違点9の看過があるとしても,審決の結論に影響を及ぼすものではないから,原告の主張には理由がない。
なお,本願の請求項1には,「現在地点や進行方向に関係なく所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信する」との記載はないから,本願発明に係る原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
(2) 原告は,「 引用発明においては, 現在地点や進行方向 と関係なく,所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信するという,上記相違点に相当する構成や思想については何らの開示も示唆もされていない。また,審決が引用する引用例2及び3においてもかかる構成や思想については何ら開示も示唆もされていない。したがって,引用例1とこれらの引用例を組み合わせたとしても,本願発明を構成することができない。」と主張する。
しかし,引用発明は,後記3のとおり,道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得するよう構成することについて,示唆があるというべきであるから,原告の上記主張には理由がない。
2 取消事由2(相違点1,7についての進歩性判断の誤り)に対し原告は,「相違点1において本願発明が表示する「所定の道路網における行程の所要時間に関する情報」,及び相違点7において本願発明が表示する「全行程の所要時間」とは,任意に選択される二地点間の経路における,外部から送信される情 報により適宜更新される各区間の行程の所要時間の合計,すなわち,各区間を移動するのに必要となる時間の合計を意味するものである。」と主張する。
しかし,審決が相違点1として認定した本願発明の構成は,「互いに連結し合っている幾つかの区間に分割される所定の道路網における行程の所要時間に関する情報を提供する道路交通情報装置」であって,原告が主張する「任意に選択される二地点間の経路における,外部から送信される情報により適宜更新される各区間の行程の所要時間の合計,すなわち,各区間を移動するのに必要となる時間の合計」に関しては,審決は,相違点3,4,8で認定・判断している。また,審決が相違点7として認定した本願発明の構成についても,「全行程の所要時間」であって,原告が主張する点については,審決は,相違点3,4,8で判断している。
したがって,相違点1及び7は,審決で判断したとおり,道路交通情報装置が提供 又 は表 示 する道路に関する情報として,「行程の所要時間に関する情報」 又 は「出発地と到達点(目的地)とを特定した際に選択された経路を構成する各区間の所要時間の合計値」すなわち「全行程の所要時間」とするか,「最適な経路」又は「全行程の所要時間が最短の最適経路」とするかの相違というべきである。
そして,これら相違点については,審決に記載したとおり,道路の各リンクの所要時間に基づいて,探索した所定の経路の全所要時間を計算してこれを表示することは,引用例2や3に記載されるように周知技術であり,また,引用例1には,経路探索の結果得られた所定の経路について,目的地への到着時刻を表示することが記載され,出発地から目的地までに要する所要時間を表示することが示唆されているから,相違点1,7に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たと言い得るものであり,審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3,4,8についての進歩性判断の誤り)に対し (1) 誤り1に対し ア 原告は,そもそも引用発明は,「道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明」ではない旨主張す る。
しかし,引用発明が,外部情報に含まれている旅行時間を利用して最短時間経路の探索をするものであり,旅行時間が得られない区間については,代替手段として種々の方法により当該区間の旅行時間を推定して用いていることから,本来,全ての区間について,外部情報から旅行時間を取得できることが望ましいものであることは,自明であり,外部情報から全ての区間の旅行時間を受信し得る状況にあれば,全ての区間の旅行時間を受信し,更新し得るものといえる。
したがって,原告の上記主張には理由がない。
イ 原告は,審決が「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境にあれば,…」と述べた点に関して,少なくとも,本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような外部環境は存在しなかったとして,審決は,何の証拠も示すことなく,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」を前提としている点において誤りがあると主張する。
しかし,審決において,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境にあれば,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新することが可能なのであるから,この点に関しては,装置本体の備える機能から見れば,本願発明と引用発明との間に,実質的な相違はないものである。」と判断したのは,引用発明の車両用外部情報報知装置は,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新し得る機能を備えていることを述べたものであり,機能自体は,本件出願当時,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」が存在したか否かにかかわらず客観的に判断できるものであるから,原告の主張は,主張自体失当である。
なお,原告は,本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような環境は存在しなかったとして,我が国で実用化されたVICSについて触れているが,VICSに 先立ち,道路交通情報の提供サービスをする会社「ATIS」が存在していたことが知られており(乙4号証参照),ATISの情報提供範囲に含まれる道路網も,本願発明における「所定の道路網」と異なるものとはいえないから,本件特許出願の優先日当時,所定の道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような環境が存在しなかったとの原告主張は誤りである。
ウ 原告は,引用発明において,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間は経路検索に不要な情報であるから,そのような情報を受信する必要はなく,また,そのような受信を行うことの示唆や動機付けも存在しない旨を主張する。
しかし,引用発明において,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間であっても,目的地を変える等,他の経路探索において使用する可能性を否定できないから,不要な情報ということはできず,したがって,そのような受信を行うことについて,動機付けがないとは言えない。
そして,外部からの旅行時間の更新時期はある程度限られている(例えば,所定時間ごと)のが通常であること,また,次の経路探索が必要となる時期や目的地を事前に予測することは難しいことを考慮すれば,旅行時間は更新できる時に更新しておくのが望ましいことは自明である。この事情は,引用発明が,例えばビーコンが設置された交差点でその近傍の交通情報を受信するものであるとしても,同様である。ビーコンからはその交差点近傍に関する最新の交通情報を得られるとしても,選択された経路の他の区間については,既に記憶された旅行時間データを使用することとなるので,そのデータがより新しいデータの方が,最適経路の選択の精度が高まるからである。
したがって,引用発明には,所定の道路網の全ての区間の旅行時間(通過所要時間)を取得することについて,動機付けが存在するといえる。
(2) 誤り2に対し原告は,「引用例2記載の技術は,引用発明と同様に,現在地点から進行方向に 存在する近隣の交差点間の道路のうち,限られた道路ごとの行程の基本所要時間しか受信しないことを前提として,行程の所要時間を受信しない区間については,その値を推測して補完することを意味しているにすぎない。したがって,引用発明に引用例2記載の技術を適用したとしても,審決が認定した本願発明における,所定の道路網の各区間について,行程の所要時間を記憶し,外部からの無線メッセージ情報により,当該記憶された所要時間を更新するという構成を具備することにはならない」旨を主張する。
しかし,引用発明には,できる限り多くの区間の行程の基本所要時間を外部から取得することについて,示唆があると言うべきであるから,そのような示唆のもと,全ての区間について行程の基本所要時間の受信及び更新をするよう構成することは,当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,原告の上記主張には理由がない。
4 取消事由4(相違点5,6についての進歩性判断の誤り)に対し (1) 誤り1に対し 原告は,引用発明には,経路誘導の起点を現在位置ではなく,任意に選択できる地点とすることには阻害要因がある旨を主張する。
しかし,引用発明には,全ての区間の行程の基本所要時間を受信,更新することについて示唆ないし動機付けがあることは,前記のとおりであり,そのように構成するとともに,経路誘導の起点を,引用例3に示されるような常套手段を採用することは,当業者が容易に想到し得る事項というべきである。
したがって,原告の上記主張には理由がない。
(2) 誤り2に対し原告は,引用発明に引用例3に開示された技術を適用し,出発地をも利用者が設定可能とする構成としたとしても,外部から受信する交差点間の道路ごとの行程の所要時間に関するデータを完全に取得することができないから,「出発点から到達点の経路における,各区間の行程の更新された所要時間の総計」を得ることはでき ない旨を主張する。
しかし,引用発明には,全ての区間の行程の基本所要時間を受信,更新することについて示唆ないし動機付けがあることは,上記のとおりであり,そのように構成するとともに,経路誘導の起点を,引用例3に示されるような常套手段を採用することは,当業者が容易に想到し得る事項というべきであって,そのように構成することにより,「出発点から到達点の経路における,各区間の行程の更新された所要時間の合計を得ること」が可能となることは自明である。
したがって,原告の上記主張には理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り,相違点の看過)について 原告は,審決は引用発明の認定を誤り相違点を看過していると主張するので,以下,本願発明の概要(後記(1)),引用発明の概要(後記(2))を認定した上で,審決の認定について検討し(後記(3) ),原告の主張の当否について判断する(後記(4))。
(1) 本願発明の概要 本願明細書(甲2)には後記アの記載があり,これによれば,本願発明の概要は,後記イのとおりのものであると認められる(下線は裁判所が付した。以下同じ)。
ア 本願明細書(甲2)の記載 「本発明は道路交通情報装置に関する。
公知の道路交通情報装置は大別すると,以下の2つのカテゴリー,すなわち,・ 基本的にはドライバ ーに道路地図情報を提供するためのものであって,このシステムは一般的には自動車に搭載し,そして場合によって気象や,道路網のある区間における工事の存在や,道路網の渋滞に関する質的情報を与えることができるものと, ・ そして所定の1道路網内の行程の所要時間に関する情報を与 えるためのものとがある。
本発明は,この後者の種類の道路交通情報装置である。
このタイプの公知の装置は,現在地とそして道路網の所定の1地点または数地点間の行程の所要時間の推定値を表示する発光性のディスプレーパネルの形態を成している。
しかし,これらの情報装置は次のような欠点がある。すなわち, ・ ドライバーがすでに当該の道路網上にいるかまたはそのすぐ 近辺に来ているときにしか,こうした装置は利用できず,したがってもしその問題の道路網の交通が困難であると判明しても,ドライバーがその運転を中止したり,または容易にそのルートを変更したりするには,すでに遅すぎるのが通常であって,より一般的には,既存のこうした装置は当該道路網の現利用者の現在時の情報の提供を可能にするようになっているが,ドライバーが前もってその運転を最適化するように計画を立てることを可能にするものではなく, ・ また,こうした ディスプレー パネルは,行程の所要時間の表 示対象である所定の 地点 に達していない ドライ バ ー には,不 完全 にしか情報を提供できない。」(7頁3行〜24行) 「当該所定の無線メッセージには,例えば道路網における行程の所要時間に関するデジタルデータを含むメッセージであることを,無線メッセージの携帯可能な受信機に識別させる識別範囲と,道路網1の異なる区間4において実現される行程の基本所要時間を表す一連のデジタル情報であって,これらのデジタル値は,(センサ6によって測定された速度と区間4の長さに応じて,例えば情報センタ7で計算されるもので)例えば,当該の各区間4における車の循環の平均速度から成るか,または上記区間4における行程の基本所要時間から成るデジタル情報と,このようにして伝達される,実現されている車の循環の速度または行程の基本所要時間に対応する区間4の識別であって,この識別は例えば番号によって,または各区間の出発点および到達点によってなされることが可能であり,そしてもし各無線 メッセージが,常に同じ順序で示されている,道路網の区間4すべてに関する情報を含むならば,場合によってはこの識別は省略されることも可能である区間4の識別と,そして場合によっては,道路網の少なくとも幾つかの区間4および/またはゲート5に関し,ドライバーはある区間4またはあるゲート5を通ることができるかどうかを示すアクセス可能性,とが含まれることができる。」(13頁15行〜14頁3行) 「更に,固定ベースステーション8が道路網1における行程の所要時間に関する情報 を 含む 無線メッセージを発する とき,マ イクロ プ ロセッ サ 21は,上記メッセージに含まれる識別範囲によって,またはこのメッセージ内に含まれているアドレスであって道路網1における行程の所要時間に関する無線メッセージを利用する資格のある全ての受信機10に共通であるアドレスによって,このメッセージを認知する。
したがって,マイクロプロセッサはベル24もブザー25も作動させず,その反対に,こうして受信した情報を記憶装置23内における道路情報のための専用部分に格納するだけにとどめる。
記憶装置23のこの部分には,・ 例えば道路網の各区間4の出発点と 到達 点との識別とそして上記区間の長さとから成る,道路網1に関する位和データ(donn?es de topologie)と,・ 区間4およびゲート5がドライバーにとってアクセス可能であるかどうかを示すアクセス可能性のデータと ・ そして道路網1の様々な区間4における行程の基本所要時間 に関するデジタルデータであって,これらのデジタル情報は,例えば各区間4における車の流れの平均速度から成るか,または直接的に上記各区間4における行程の平均所要時間から成るデジタルデータとが含まれる。
行程の所要時間に関するデジタルデータおよびアクセス可能性のデータはこうし て,記憶装置23内で定期的に更新される。」(15頁28行〜16頁19行) 「利用者は,その所望の出発点に対応するゲート5が現れるまで,送りキー14によって,テキストゾーン31内で次々と様々なゲート5の名前を送り出すことができる。
同時に,外回り環状線3において出発点に対応するゲート5の位置を模式的に表示する正方形32がこの略図30に現れる。
利用者がその時,確認キー15で出発点の選択を確認すると,受信機10の利用者 が所 望 している 到 達 点 に対 応 する第2のゲ ートの名前を 示 すための言葉「 A 」(「〜まで」)を含むもう一つのテキストゾーンの下に,またこの場合は「Muette」というゲート5の名前を表す新しいテキストゾーン33がスクリーンに現れる。
その時,利用者が送りキー14で所望の到達点に対応するゲート5を選択すると,到達点にほぼ近い位置に対応する第2の正方形34が略図30に現れる。
マイクロプロセッサ21はこの時,スクリーン11上に図6によって示されているディスプレーを表示させ,これは,それぞれ所望の出発点と到達点とに対応するゲ ート5と,そしてこれ らの出発 点 と 到 達点 との間で 推 定される行程の所要時間(例えば,この場合は9分)とを示す。
この行程の推定所要時間は,所望の出発点と到達点間の行程を構成する様々な区間4における行程の基本所要時間の総計として,マイクロプロセッサ21によつて計算される。」(18頁8行〜26行) イ 本願発明の概要 本願発明は,所定の1道路網内の行程の所要時間に関する情報を与える道路交通情報装置に関するものである。
現在地と所定の地点間の所要時間の推定値を表示する公知の装置は,ドライバーが既に当該の道路網上にいるか又はそのすぐ近辺に来ているときにしか利用できないため,道路網の交通が困難であると判明しても,すでに遅すぎ,ドライバーが前 もってその運転を最適化するように計画を立てることを可能にするものではないなどの問題があった。
本願発明は,固定ベースステーションが道路網の行程の所要時間に関する情報を含む無線メッセージを発し,携帯可能な受信機が備えるマイクロプロセッサがこのメッセージを認知すると,受信した情報を記憶装置に格納し,定期的に更新し,利用者が所望の出発点と所望の到達点を選択すると,所望の出発点と到達点とに対応するゲートと,出発点と到達点との間で推定される行程の所要時間を,この行程を構成する様々な区間における行程の基本所要時間の総計として示すものである。
(2) 引用発明の概要引用例1(甲5)には後記アの記載があり,これによれば,引用発明の概要は,後記イのとおりのものであると認められる。
ア 引用例1(甲5)の記載「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,車両外部から送られてくる情報を車両内部に備えられた装置により搭乗者に報知し,また予め設定された目的地に至る経路に沿って自車両を誘導する車両用経路誘導装置に関する。
【0002】 【従来の技術】近年,人工衛星からの電波を受信し自車両の位置を測定し,この位置を車両に搭載された地図情報と照合して,自車両周辺の地図と,この地図上の自車両位置を表示し運転者に報知する,いわゆるGPSナビゲーションシステムが一般の需要に供されている。
【0003】このシステムにおいては,予め自車両に搭載された装置に記憶された地図情報は,記憶された時点での情報であり,実際に表示が行われている時点での情報ではない。このシステムにおいて,現実の時刻における情報は,自車両の位置のみである。よって,事故による道路規制や渋滞情報などの刻一刻と変化する情報については,搭乗者は例えば首都高速道路の渋滞表示看板やラジオ放送の交通情 報などの外部情報に頼らざるを得なかった。また,道路の改修工事などで車両に搭載された地図情報が実際とは合わなくなる場合があった。
【0004】また一方で,基地局や道路側方に設置されたビーコンから情報を送信し,車両の受信装置でその情報を受信し,搭乗者に報知するシステムが開発されている。たとえば,都心部の首都高速道路などにおいて,基地局より首都高速全体の渋滞情報,規制情報,事故情報などを送信し,これを車両に搭載された表示装置に表示するシステムが開発されており,現在首都高速道路の十数か所設置されている道路情報表示板のような表示を車両内の表示装置に表示することができる。これによれば,従来の道路上方や側方に設置された表示板を通り過ぎて,その内容を十分に確認できないといった場合はなくなり,搭乗者の所望の時に情報を確認することができる。
【0005】また,道路側方に設置されたビーコンからの電波または光により情報を送信する場合は,この電波等が届く範囲内で重要となる情報を特に送信することで,搭乗者はより詳細な情報を得ることができる。たとえば,接近中の交差点の情報を表 示 すれ ば ,前 述 の渋滞 情報と同 様に, 従来 の道路表 示板 を通り 過ぎ てしまってもその内容を確認することができる。さらには,所定の地点までの所要時間を現時点での道路状況を基に情報作成し表示させるなどして,より有用な情報を搭乗者に提供することが可能となる。以上のように,現時点の情報が報知されることにより,搭乗者はこの状況に対応した経路選択などを行なうことができる。
【0006】さらに,目的地点を入力し,前述の外部から送られてきた情報に基づき前記目的地点まで最短時間で到達できる経路を探索し,この探索された経路に沿って自車両を誘導する経路誘導装置が開発されている。特開昭62-60100号公報には,外部から得た渋滞度と距離により所要時間の計算を行い,目的地までの所要時間が最短のものを最適経路として搭乗者に報知する経路誘導装置が記載されている。
【0007】また,近年,社会設備の整備が進み,道路の所定区間(リンク)を 通過するのに要する時間(旅行時間)を外部情報として発信することが可能となっている。この旅行時間を利用すれば直接目的地までの旅行時間が算出でき,最短時間経路の探索が容易にできる。
【0008】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら,外部情報に含まれているリンク旅行時間は,そのリンクを直進して通過する場合に要する時間であり,右折のために対向車線の車両が通過するのを待つなどの時間は考慮されていない。また,外部情報として送られてきたリンク旅行時間が測定ミスや送信ミスまた受信ミスなどのために誤った情報である場合もある。したがって,算出される目的地までの旅行時間は必ずしも正確とはいえないという問題があった。
【0009】また,リンク旅行時間は対象となるリンクが限られており,この情報のみに基づいて経路探索を行うと,選択できる経路は当然この旅行時間情報が付与されているリンクに限定される。したがって,本来もっと短時間で到達できる経路があったとしても,この経路にリンク旅行時間が付与されていないリンクが存在すると探索対象とならない。よって,必要以上に遠回りの経路が探索されるか,または最悪の場合は経路が探索できない場合もあるという問題があった。」 「【0011】本発明は,以上のような問題点を解決するためになされたものであり,受信したリンク旅行時間を所定条件の下に補正して,より正確なリンク旅行時間を得ると共に,リンク旅行時間の付与されなかったリンクに関してはこれを推定することにより,より適切な最短旅行時間経路を探索することができる車両用経路誘導装置を提供することを目的とする。」 「【0070】以上説明した機能は,地図情報記憶部24により記憶された情報に基づき作動しており,現在時点の情報は加味されていない。したがって,探索された経路が,実は道路工事などの交通規制によって通行できなくなっている場合もあり得る。また,探索された経路の一部に渋滞している区間があり,実際には他の経路を選択したほうが目的地点まで短時間で到達する場合なども有り得る。このよ うな不都合は,現時点での情報が自車両の位置のみで,渋滞や規制などの現時点での道路の交通状況が加味されていないことによって生じる。
【0071】本装置においては,このような現時点での情報を後述する方法により外部より受信して,経路選択などの判断要因としている。外部から各車両に現時点の交通状況等を伝達する方法として,現在,FM多重放送によるもの,道路側方に設けられたビーコンより電波または光を送信するものなどが現在一部実用に供されている。
【0072】本装置は外部情報の受信手段として前述のFM多重放送を受信するFM多重レシーバ34およびビーコンからの電波などを受信するビーコンレシーバ36を備えている。
【0073】FM多重レシーバ34はFMアンテナ38により受けたFM波を受信する。このFM多重波の情報は,たとえば道路の渋滞状況や規制情報などである。
また,ビーコンレシーバ36は道路側方に設けられたビーコン発信源からの電波などをビーコン用アンテナ40により受け受信する。ビーコンは比較的に狭い範囲,情報を送信するのに適している。これを利用して,特定の交差点の手前の所定の位置にビーコン発信源を設置して,この交差点に特有の情報を送信する。交差点特有の情報とは,たとえば従来から交差点手前に看板として表示されている交差点の分岐方向別の行先表示や,さらに該当する交差点から前記の表示された行先までの所要時間(旅行時間)などである。これに対し,前述のFM多重波は広域に情報を送信するのに適しており,基地局から情報送信を行なう。この情報内容は,たとえば首都高速道路全域の渋滞情報や事故・落下物などによる規制情報,その他道路管理者からのメッセージなどである。むろん,このFM多重波により送信される渋滞情報や規制情報などをビーコンにより送信することも可能である。
【0074】前述のようにFM多重レシーバ34やビーコンレシーバ36に受信された情報は,一旦記憶され,表示指示がなされたあと表示部26に表示される。
この表示指示は,たとえば受信終了後またはビーコン発信源の直下を通過したこと が検出された後になされる。また,受信から所定距離走行後または所定時間経過後などとしてもよい。さらには,搭乗者が入力部28より指示を行うことにより表示させるようにすることも好適である。このようにした場合は,搭乗者が要求する場合にのみ表示させることによって,搭乗者が他の画面を見ているときに外部情報が割り込むことを防止することができる。
【0075】本装置においては,以上のように外部から現在の道路状況,特に所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(旅行時間)が送信されてくる場合には,目的地までのリンクの旅行時間の合計が最も短くなるような経路を探索し,この経路に沿って経路誘導を行う。このような経路探索および経路誘導の方法は,ダイナミックルートガイダンスと呼ばれ,前述の予め記憶された地図情報のみにより経路誘導を行う場合に比して,そのときの交通の状況に応じた経路誘導が行える。すなわち,目的地まで距離的には遠回りでも,より短い時間で到着することのできる経路で誘導が可能である。
【0076】しかし,受信したリンク旅行時間と実際の所要時間とは種々の理由により食い違う可能性がある。たとえば,旅行時間を算出するために収集される各リンクにおける交通状況のデータに誤差が含まれたり,または検出ミスが生じたりする場合が考えられる。また,情報送信時にノイズの混入などにより正しい情報が受信されない場合もありうる。さらに,リンク旅行時間は,そのリンクの終端の交差点では直進することが基準となって算出されており,右折や左折などに要する時間は考慮されていない。さらに,リンク旅行時間が付与されているリンクが限られている場合,リンク旅行時間が付与されていないリンクは探索対象とはならない。
したがって,実際にはさらに好ましい経路があったとしてもこれを探索することができなくなる。」 「【0109】 【発明の効果】以上,本発明によれば,受信した旅行時間を各種の条件に基づき補正することにより,より精度の高い経路探索を行うことが可能となる。また,旅 行時間情報が得られなかった,または得られないリンクに対して旅行時間を推定することにより,より緻密な経路探索を行うことができる。」 イ 引用発明の概要 引用発明は,車両外部から送られてくる情報を車両内部に備えられた装置により搭乗者に報知する車両用経路誘導装置に関するものである。
従来,基地局や道路側方に設置されたビーコンから情報を送信し,車両の受信装置でその情報を受信し,搭乗者に報知するシステムや,基地局より渋滞情報などを送信し,これを車両に搭載された表示装置に表示するシステムが開発されており,この技術によれば,道路側方に設置されたビーコンの電波等が届く範囲内で重要となる情報を特に送信することで,搭乗者はより詳細な情報を得ることができ,さらには,所定の地点までの所要時間を現時点での道路状況を基に情報作成し表示させるなどして,現時点の情報が報知することにより,搭乗者はこの状況に応じた経路選択などを行なうことができる。
また,近年,社会設備の整備が進み,道路の所定区間(リンク)を通過するのに要する時間(旅行時間)を外部情報として発信することが可能となっているが,リンク旅行時間は対象となるリンクが限られており,選択できる経路が限定されるなどの問題があった。
引用発明は,これらの問題を解決するためのものであり,受信したリンク旅行時間を補正して,より正確なリンク旅行時間を得ると共に,リンク旅行時間の付与されなかったリンクに関しては,これを推定することにより,より適切な経路を探索することができる車両用経路誘導装置を提供することを目的とするものである。
引用発明は,FM多重レシーバ及びビーコンレシーバを備える。FM多重波の情報は,例えば道路の渋滞状況や規制情報などであり,ビーコンの情報は,特定の交差点に特有な分岐方向別の行先表示や,交差点から表示された行先までの所要時間などである。受信された情報は,一旦記憶された後,表示部に表示される。
引用発明は,外部から現在の道路状況,特に所定の交差点間の道路(リンク)ご との通過所要時間が送信されてくる場合には,目的地までのリンクの旅行時間の合計が最も短くなるような経路を探索し,経路誘導を行うものである。
(3) 審決の認定について 原告は,審決が,引用発明は,「更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」し,「受信された前記デジタルデータに応じて,前記行程の基本所要時間を表す,記憶された前記デジタルデータを更新」するという構成において,本願発明と相違がないと認定した点(審決書12頁11行〜21行)について,引用発明と本願発明との間には,前者が,道路網のうち,現在地点から進行方向に存在する近隣の限られた区間における更新された行程の所要時間(通過所要時間)を表すデジタルデータを受信するのに対して,後者が,現在地点や進行方向に関係なく所定の道路網の各区間における更新された行程の所要時間を表すデジタルデータを受信するという相違点が存在するにもかかわらず,審決はこれを看過していると主張する。
確かに,引用発明は,所定の道路網の全ての区間のリンク旅行時間を受信するものではないことから,審決の上記認定は正確ではない。
しかし,引用発明と本願発明とは,引用発明の「外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路(リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受」する態様と,本願発明の「更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」する態様とが,「更新された所定の行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知」するとの概念で共通するから,本願発明と引用発明との相違点は,原告が主張する点ではなく,被告が主張する点,すなわち,「更新された行程の 基 本所要時間を表す デ ジタル 情報を少なくとも 含む ,所定の幾つかの無線メッセージを認知」する態様」に関し,本願発明は,更新された行程の基本所要時間を表すデジタル情報を少なくとも含む,所定の幾つかの無線メッセージを認知するものであるのに対し,引用発明は,外部から現在の道路状況,所定の交差点間の道路 (リンク)ごとの通過所要時間(リンク旅行時間)を受信するものであって,道路網の全ての区間を含むことは特定されていない点。」(相違点9)と認定すべきである。そうすると,審決には,相違点9を看過した誤りがあることになる。
しかし,相違点9は,相違点8(記憶されたデジタルデータおよび受信されたデジタル情報には,当該道路網の所定の区間ごとの行程の基本所要時間が含まれている態様に関し,本願発明は,当該道路網の「各区間ごとの」行程の基本所要時間が含まれているのに対し,引用発明は,「所定の区間の」行程の基本所要時間が含まれるが,全ての区間の行程の基本所要時間が含まれることまでは特定されていない点。)に含まれており,相違点8に係る審決の進歩性判断に誤りはないから(後記3のとおり),相違点9の看過が審決の結論に影響を及ぼすことはない。
(4) 原告の主張について原告は,引用発明が受信する情報について,2つの受信手段のうち,FM多重放送によって受信する情報は交通規制情報であり,所要時間を表す情報そのものではないから,本願発明における「道路網の各区間における行程の所要時間を表すデジタルデータ」に相当するものではなく,一方,ビーコンによって受信する情報も,情報を受け取る車両の位置とビーコンの位置が極近傍となるため,ビーコンは,その情報を受け取る場所において必要な情報のみを峻別して送ることを特徴とするものである(【0073】,甲10)として,これを根拠に,引用発明は,せいぜい外部から現在の道路状況及び現在地点,すなわち受信地点から進行方向に存在する近隣の限られた交差点間の道路ごとの通過所要時間を受信できるものでしかないと主張する。
なるほど,甲第10号証には,ビーコンから送信される情報について,「情報を受ける地点で,各ビーコンから必要な情報だけが流れてくればいい。」,「実際に、
ある地点を走っているクルマにとっては,そこから目的地へ行くまでの道が何通りかわかればいいのであって,自分とは関係のない遠方の情報はいらない。」,「たとえば,東名高速なり東北道を走っているクルマが都心に乗り入れようとする場合, …。こんなときはFM多重放送が役に立つ。ビーコンでは,遠方の情報は伝えられない。」との記載があり,一見すると,原告が主張するように,ビーコンとFM多重波において,送信する情報の内容を峻別しているようにも見える。
しかし,引用例1(甲5)の【0073】には,前記(2)のとおりの記載があり,これによれば,【0073】は,ビーコンは,比較的に狭い範囲の情報を送信するのに適しており,FM多重波は広域に情報を送信するのに適していることから,このような適性に対応させて,交差点に特有の情報を送信するものとしてビーコンを例示する一方で,例えば首都高速道路全域の渋滞情報や事故・落下物などによる規制情報,その他道路管理者からのメッセージなどの情報を基地局から送信するものとしてFM多重波を例示したものと認められる。【0073】は,原告が主張するように,ビーコンとFM多重波において,送信する情報の内容を峻別しているものとは認められない。
したがって,道路網の区間のリンク旅行時間を送信する手段がビーコンに限られることを前提とする原告の上記主張は,その前提に誤りがある。
また,引用発明において,対象となるリンクが限られているのは,技術的な制約によるものではなく,社会設備の整備の進捗状況によるものであり,社会設備の整備の進捗に伴い,より広い範囲について,道路の所定区間を通過するのに要する時間を発信することが可能となるものと認められる(引用例1の【0007】,【0009】参照)。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(5) 小括よって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点1,7についての進歩性判断の誤り)について(1) 原告は,要 旨,審決が 引用例2や 3に記載されているとする,「道路交通情報装置において,道路の各リンク(本願発明の「区間」)の所要時間に基づいて,探索した所定の経路の全所要時間を計算してこれを表示する」という技術と,引用 発明を仮に組み合わせたとしても,表示されるのは,実質的には現在地点から目的地間の経路における,推測により求められた各区間の移動所要時間の合算値にしかならず,本願発明における,任意に選択される二地点間の経路に関する,外部からの送信により適宜更新され得る各区間の行程の所要時間の合計値と同じものとはならないから,引用発明において,引用例2や3に記載されている技術を組み合わせたとしても,相違点1,7を構成することはできないと主張する。
しかし,審決が認定した相違点1は,「道路に関する情報を提供する道路交通情報装置」に関するものであり,また,審決が認定した相違点7は,「スクリーン上に所定の情報を表示する態様」に関するものであって,原告が主張する,本願発明では「任意に選択される二地点間の経路に関する,外部からの送信により適宜更新され得る各区間の行程の所要時間の合計値」であるのに対し,引用発明では「実質的には現在地点から目的地間の経路における,推測により求められた各区間の移動所要時間の合算値」であるという点については,審決は,相違点3,4,8の対象に含めて検討しており,相違点1,7の対象には含めていない。
したがって,原告の上記主張は,相違点1,7に係る審決の判断の誤りをいうものとしては,理由がない。
(2) なお,引用 例2(甲6 )には,「・・・図15に示すように出発交差点Sから特定の属性を持つ地点P1〜Pnそれぞれに到達するまでの所要時間t1〜tnを小さい順に各地点名と共にグラフ表示させ・・・」(【0052】)との記載があり,引用例3(甲7)には,「・・・上記ナビゲーション画面に表示された第1から第3の走行経路の各経路の図中右側には各経路の起終点間の距離,起終点までに要する時間及び費用が表示される・・・」(【0004】)などの記載があるから,審決が,これらの記載に基づき,車両用経路誘導装置のような道路交通情報装置において,道路の各リンク(本願発明の「区間」)の所要時間に基づいて,探索した所定の経路の全所要時間を計算してこれを表示することを周知技術とであると認定した点に誤りはない。また,引用例1(甲5)には,「これらの係数により 到着時刻の補正が行われ,搭乗者に通知される・・・ステップS130,S136により設定された係数によって,到着時刻を再度修正し搭乗者に報知する・・・」(【0106】)との記載があり,経路探索の結果得られた所定の経路について,目的地への到着時刻を表示することが記載されているから,引用例1には,出発地から目的地までに要する所要時間を表示することが示唆されているといえる。そうすると,引用発明において,上記周知技術を採用して,相違点1及び7に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるといえるから,相違点1,7についての審決の進歩性判断に誤りはない。
(3) よって,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点3,4,8についての進歩性判断の誤り)について (1) 「誤り1」について ア 原告は,審決が,「引用発明も,道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明ということができ」る(審決書1 6頁 下か ら 5行 〜 4行)とした 点 について,そもそも 引用発明は,「道路網の区間のうち,できる限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得することを前提とした発明」ではないと主張する。
しかし,前記1(2)のとおり,引用発明は, 目的地までのリ ンクの旅行時間の合計が最も短くなるような経路を探索し,経路誘導を行うものであるところ,このような経路(最短時間経路)の探索は,候補となる経路の所要時間を比較して,より短い所要時間となる経路を選択するものであるから,探索の対象となる経路は,最短距離となる経路とは異なり,ある程度広い範囲に存在するものを含むことになる。
そうすると,引用例1には,可能であれば,できる限り多くの区画の行程の所要時間を外部から取得する構成が示唆されているといえ,その動機付けも存在するといえる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,審決が,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる 環境にあれば,全ての区間の行程の所要時間の情報を受信して更新することが可能なのであるから,この点に関しては,装置本体の備える機能から見れば,本願発明と引用発明との間に,実質的な相違はないものである。」(審決書16頁29行〜32行)とした点について,少なくとも,本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような 外 部 環境 は 存在 しなかったのであり,審決は, 何 の 証拠 も 示 すことなく,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」を前提としている点において誤っていると主張する。
しかし,審決書の上記部分は,本件特許出願当時,所定の道路網につき,当該道路網を構成する区間全てについて,行程の所要時間の更新情報を提供できるような外部環境が存在したのであれば,引用発明の車両用外部情報報知装置は,全ての区画の行程の所要時間の情報を受信して更新し得る機能を備えているということ,すな わち , 引 用発明の有する機能について 述べ たものであり,本件特許出願 当 時,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」が存在したということを述べたものではない。このことは,その記載から明らかである。そして,引用発明が有する上記機能自体は,本件特許出願当時,「外部から全ての区間の行程の所要時間の情報を得られる環境」が存在したか否かにかかわらず判断できることである。
したがって,原告の上記主張は失当である。
ウ 原告は,審決が,引用発明において,「本願発明のように道路網の全ての区間の行程の所要時間を外部から取得するよう構成することについて,少なからず示唆がなされているといえる。加えて,…道路網の全てのリンクについてのリンク旅行時間を取得して更新することが強く示唆されている。」(審決書16頁下から3行〜17頁3行)とした点について,引用発明において,現在地点及び進行方向と関係がない交差点間の道路ごとの通過所要時間は経路検索に不要な情報であるから,そのような情報を受信する必要はなく,また,そのような受信を行うことの示唆や 動機付けも存在しないと主張する。
しかし,前記アで判示したとおり,引用発明において,探索の対象となる経路は,最短距離となる経路とは異なり,ある程度広い範囲に存在するものを含むことになるから,現在地点及び進行方向と関係のない交差点間の道路ごとの通過所要時間であっても,経路探索に不要な情報であるということはできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(2) 「誤り2」について 原告は,引用例2記載の技術は,引用発明同様に,現在地点から進行方向に存在する近隣の交差点間の道路のうち,限られた道路ごとの行程の基本所要時間しか受信しないことを前提として,行程の所要時間を受信しない区間については,その値を推測して補完することを意味しているにすぎないとして,引用発明に引用例2記載の技術を適用しても,相違点3,4,8に係る本願発明の構成を具備することにはならない等と主張する。
しかし,前記(1)アのとおり,引用例1には,可能であれば ,できる限 り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得する構成が示唆されているといえ,その動機付けも存在するといえるところ,引用例2(甲6)には,「交通情報受信装置8が受信する広域交通情報から図6に示すような各道路毎の所要時間データテーブルを作成しておいてRAM11に格納する」(【0025】),「・・・以上の処理は,表示装置2に表示されている道路地図上のすべてのリンクについて実行され,その結果が図4に示したようになる」(【0026】)との記載があり,所定の道路網の全ての区間(リンク)について,所要時間データを記憶しておくことは周知の技術であると認められるから,引用発明において,上記周知技術を適用して,相違点3,4,8に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことであるといえる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) 小括 よって,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(相違点5,6についての進歩性判断の誤り)について (1) 「誤り1」について 原告は,引用発明においては,受信できる道路ごとの行程の所要時間は,現在位置を起点として決まり,現在地点と関連のない交差点間の道路ごとの行程の所要時間を受信することはできないから,経路誘導を行う場合には,現在位置を起点にせざるを得ず,現在位置を起点から外すことは,引用発明が機能する前提を欠くことになるとして,引用発明において,経路誘導の起点を任意に選択できる地点とすることは阻害要因があると主張する。
しかし,前記3(1)アのとおり,引用例 1には,可能であれ ば,できる 限り多くの区間の行程の所要時間を外部から取得する構成が示唆されているといえ,その動機付けも存在するといえるから,引用発明が,現在地点と関連のない交差点間の道路ごとの行程の所要時間を受信することはできないものであることを前提とする原告の上記主張は,その前提において誤りがあり,理由がない。
(2) 「誤り2」について 原告は,仮に引用発明に引用例3の技術を適用したとしても,任意に選択された出発点と到達点が,現在地点から自車の進んでいる方向と全く外れているか,一部しか重複しない場合は,外部から受信する交差点間の道路ごとの行程に関するデータが全くないか,一部しかなく,全行程の所要時間を計算することができないし,また,仮に行程の所要時間に関するデータを入手(受信)できない区間について,推測によりデータを補完するという構成としたとしても,本願発明において得られる,各区間の行程の所要時間の総計に等しい全行程の所要時間を計算する構成を具備することはできないと主張する。
しかし,前記1(4)において判示したとおり,引用発明は, 社会設備の 整備の進捗に伴い,より広い範囲について,道路の所定区間を通過するのに要する時間を発信することが可能となるものである。そして,引用例3(甲7)には,乗務員が起 終点を指定するのみで,それぞれの条件による最適経路が表示され,またこれらが識別可能に同時にナビゲーション画面に表示される車両用経路誘導装置が記載されている(【0003】〜【0004】)。したがって,引用発明に,引用例3の技術を適用することにより,出発点を現在地ではなく,利用者により設定された出発点として,「出発点から到達点の経路における,各区間の行程の更新された所要時間の合計を得ること」が可能となるものであるから,原告の上記主張は理由がない。
(3) 小括よって,取消事由4は理由がない。
5 まとめ以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない。
結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田文