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関連審決 異議2003-70078
関連ワード 進歩性(29条2項) /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  発明が不明確 /  参酌 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10410号 特許取消決定取消請求事件
原告 東洋紡績株式会社
訴訟代理人弁理士 柿澤紀世雄
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 鈴木由紀夫
同 石井克彦
同 唐木以知良
同 伊藤三男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2003−70078号事件について平成17年2月22日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許につき,特許異議の申立てに基づき特許庁が特許取消決定をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成9年11月14日,名称を「伸縮回復性に優れた混繊糸及びその織編物」とする発明について特許を出願し,平成14年4月26日,特許庁から特許第3301535号として設定登録を受けた(請求項の数4。以下「本件特許」といい,この請求項を「旧請求項」という。甲2)。
本件特許に対し,平成15年1月14日付けで東レ株式会社から特許異議の申立てがなされたため(甲6),特許庁は,これを異議2003-70078号事件として審理し,その係属中の平成16年11月25日,原告は,旧請求項1,4の訂正と旧請求項2,3の削除等を内容とする訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,訂正後の新しい請求項を単に「請求項」という。旧請求項1,4は,順次,新しい請求項1,2に対応する。甲3,4)。
そして特許庁は,平成17年2月22日,「訂正を認める。特許第3301535号の請求項1及び2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をした。
(2) 発明の内容 本件訂正後の発明の内容は,下記のとおりである(下線部は訂正部分)。
記 【請求項1】 単繊維繊度が5デニール以下のポリエステル繊維と,単繊維繊度が10デニール以下のポリエステル系弾性繊維よりなる混繊糸であり,ポリエステル 系弾性繊維 がポリプロピレンテレフタレート 繊維 であり ,該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差 (△SHD)が5%≦△SHD≦30%であることを特徴とする伸縮回復性に優れた混繊糸。(ここで△SHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示すものである。) 【請求項2】請求項1 に記載された混繊糸を少なくとも一部として用いて製織もしくは製編した後,染色および仕上げ加工を施してなる織編物であり,織編物表面に前記ポリエステル繊維がループ状に突出するとともに,伸縮回復性に優れていることを特徴とする織編物。
(3) 決定の内容 本件決定の内容の詳細は,別紙「異議の決定」写しのとおりである。
その要旨は,本件訂正を認めた上,請求項1の記載は,「△SHDにつき,ポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維との乾熱160℃での収縮率差であると記載される一方,芯糸と鞘糸との乾熱160℃収縮率差であるとも記載されて」いるから,△SHDが2つの異なった技術的意味のものとして記載されており,特許を受けようとする発明が明確であることに適合しないから,請求項1,2に係る特許は,特許法(以下「法」という。)36条6項の規定に違反する等としたものである。
(4) 決定の取消事由 しかしながら,法36条6項の規定に違反するとして本件決定は,以下に述べるとおり誤りであるから,違法として取り消されるべきである。
ア(ア) 本件特許の出願当時,ポリエステルの異収縮混繊糸の技術の分野の当業者にとって,混繊糸を構成する高収縮成分糸は芯糸であり,低収縮成分糸は鞘糸であること(甲5添付の参考資料2)及び混繊糸が織編物に伸縮回復性を与えるためには,芯糸が弾性繊維でなければならないことは技術常識であった。
(イ) また,本件訂正後の明細書(甲4。以下「訂正明細書」という。)には,「芯部を構成することになるポリエステル系弾性繊維」(段落【0003】),「乾熱処理,湿熱処理によって鞘部を構成するポリエステル繊維」(段落【0013】),「ポリエステル繊維」に相当する「ポリエチレンテレフタレート」の未延伸糸を延伸処理して得た糸の「乾熱収縮率SHDが6%」,「ポリエステル系弾性繊維」に相当する「ポリプロピレンテレフタレート延伸糸」の「160℃乾熱収縮率SHDは20%」であること(段落【0015】)等の記載がある。
(ウ) そうすると,前記(ア)の技術常識に照らせば,請求項1における「ポリエステル繊維」が「鞘糸」で,「ポリエステル系弾性繊維」が「芯糸」であることは自明であるから,請求項1における「該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差(ΔSHD)が5%≦ΔSHD≦30%」という定義と,「(ここでΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示すものである。)」という定義とは,全く同じ技術的意味に用いた収縮率差(ΔSHD)を,前者はポリエステル繊維及びポリエステル系弾性繊維という材料の面から,後者は芯糸・鞘糸という状態あるいは構造の面からそれぞれ規定したものであり,同一の技術的意味を記載したものであることは明らかである。
したがって,「請求項1においては,△SHDが2つの異なった技術的意味のものとして記載されており,同項の記載は,特許を受けようとする発明が明確であることに適合しない。」(5頁14行〜16行)との本件決定の判断は誤りである。
(エ) なお,請求項1の「(ここで△SHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示すものである。)」との補足説明は,請求項1の混繊糸が,「不織布」,「積層体」,「混繊交絡繊維」といった形態のものではなく,「芯鞘構造」のものであることを特定し,これに限定する役割を果たすものであり,発明を明確にするものである。
イ これに対し被告は,請求項1における「該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差(ΔSHD)が5%≦ΔSHD≦30%」に記載された収縮率は,熱的処理を伴う染色加工等が施される前のポリエステル繊維及びポリエステル系弾性繊維の収縮率であるのに対し,「(ここでΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示すものである。)」に記載された収縮率は,上記染色加工等が施される後の収縮率であるから,上記各収縮率は,その技術的意味が異なる旨主張する。
しかし,訂正明細書(甲4)の段落【0014】には,ΔSHDの算定の基礎となる乾収縮率SHDは,「SHD=(L3-L4)/L3×100 L3=熱収縮前の長さ,L4=乾熱後の長さ」の算定式により求める旨の記載があるとおり,乾収縮率SHDは,熱染色加工前のポリエステル繊維の長さL3と,熱染色加工後の芯糸あるいは鞘糸の長さL4のファクターから算出されており,熱染色加工前後が一体となって算定式が適用されるものであるから,被告の上記主張は失当である。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 (1)ア 請求項1の記載によれば,△SHDについて,「単繊維繊度が5デニール以下のポリエステル繊維と,単繊維繊度が10デニール以下のポリエステル系弾性繊維よりなる混繊糸において,該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差」との記載(以下「記載a」という。)と,「芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)」との記載(以下「記載b」という。),の各記載がある。
しかし,請求項1には,混繊糸を構成するポリエステル繊維が鞘糸を構成していることや,ポリエステル系弾性繊維が芯糸を構成していることを示す記載はなく,そもそも,ポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維よりなる混繊糸につき,その構造が,芯や鞘の概念を用いて表現されるものであることを示す記載すらないのであるから,請求項1の記載から,ポリエステル繊維と鞘糸とが同じ技術的意味のものであり,ポリエステル系弾性繊維と芯糸とが同じ技術的意味のものであるということはできない。
イ また,訂正明細書(甲4)の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,請求項1の記載aのポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維が,記載bの芯糸と鞘糸と,それぞれ,同じ技術的意味のものであるといえないことは,それらの収縮率に関する記載からも明らかである。
すなわち,訂正明細書の段落【0008】などの記載は,熱的処理が伴う染色加工等を施す前の収縮率差(△SHD)が5%以上であれば,熱的処理が伴う染色加工等を施すことによって,十分にループが発現できるというものであるから,記載aの収縮率とは,熱的処理が伴う染色加工等が施される前のポリエステル繊維及びポリエステル系弾性繊維の物性値である。これに対し,「染色加工時の湿熱処理及び乾熱処理によって構成繊維間の熱収縮差を発現させ,これが起因し・・・芯部を構成することになるポリエステル系弾性繊維」(段落【0003】)などの記載によれば,記載bの収縮率は,熱的処理を伴う染色加工等が施された後のポリエステル系弾性繊維である芯糸の収縮率であり,また,同じく,熱的処理を伴う染色加工等が施された後のポリエステル繊維である鞘糸の収縮率である。そして,これらのポリエステル系弾性繊維やポリエステル繊維についてみれば,熱的処理を伴う染色加工等が施され収縮が発現した後に,その熱的処理による収縮能力が小さくなると考えるのが自然であるから,熱的処理を伴う染色加工等が施され収縮が発現した後の収縮率,すなわち,記載bの収縮率は,これが施される前のそれと異なるものと解されるから,記載aの収縮率とは,その技術的意味を異にするものである。
(2)ア これに対し原告は,甲5添付の参考資料から把握される技術常識に照らせば,請求項1における「ポリエステル繊維」が「鞘糸」で,「ポリエステル系弾性繊維」が「芯糸」であることは自明である旨主張する。
(ア) しかし,甲5添付の参考資料には,次のような記載がある。
@ 参考資料1の段落【0012】,【0013】には,ポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aとポリエステルマルチフィラメント糸Bとからなる混繊糸が記載されているが,これらの糸は沸水収縮率に差を有し,染色加工時の熱履歴により,ポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aが(外周部)鞘糸に,ポリエステルマルチフイラメント糸Bが(芯部)芯糸になるよう構造変化するものである。
A 参考資料2の段落【0002】,【0003】,【0021】の記載によれば,「従来の技術」(段落【0002】,【0003】)として記載された自発伸長性フィラメント糸と高収縮性フィラメント糸を組み合わせた混繊糸,また,「本発明」(段落【0021】)として記載された自発伸長性ポリエステルフィラメント糸と高収縮性ポリエステルフィラメント糸を組み合わせた混繊糸は,いずれも,それを構成するフィラメント(繊維)に,熱による収縮率に差のあるものが用いられているもので,これらはいずれも熱せられること,すなわち,「従来の技術」として記載されたものにおいては「染色仕上げ加工」により,「本発明」として記載されたものにおいては「沸水処理及び160℃以上の乾熱処理」などにより,自発伸長性フィラメント糸を構成するフィラメントが鞘側(鞘糸)に,高収縮性フィラメント糸を構成するフィラメントが芯側(芯糸)になるようそれぞれ構造変化するものである。
B 参考資料6の段落【0011】及び図1,2には,高収縮性フィラメント糸Aとレーヨンフィラメント糸Bとからなる混繊糸が記載され,これらの糸は沸水収縮率に差を有し,沸水処理を施すことにより,レーヨンフィラメント糸Bが鞘部(鞘糸)に,高収縮性フィラメント糸Aが芯部(芯糸)になるよう構造変化するものである。
(イ) このように参考資料1,2,6には,熱による収縮率に差のある繊維からなる混繊糸において,必ずしも芯糸や鞘糸を有さない構造のものが開示されており,熱による収縮率に差のある繊維からなる混繊糸において,芯糸や鞘糸を有さない構造のものも,本件特許の出願当時,技術常識であったものである。
そうすると,請求項1の記載に接した当業者は,必ずしも,繊維の熱収縮が発現する前の混繊糸を記載する記載aにおける「ポリエステル繊維」が「鞘糸」で,「ポリエステル系弾性繊維」が「芯糸」であるものと理解するわけではないというべきである。
イ また,原告の主張は,ポリエステル繊維は乾熱160℃での収縮率が相対的に小さく,ポリエステル系弾性繊維は大きいことを前提とするものであるが,そもそも,このようなことは,請求項1には記載されていないし,伸縮回復性に優れていることが,直ちに,ポリエステル系弾性繊維が芯糸を構成していることを意味する理由にはならない。
(3) 以上によれば,請求項1の記載aと記載bは,これらの示す技術的意味が異なっていることが分かる程度に明確であり,請求項1においては,△SHDが2つの異なった技術的意味のものとして記載されているというべきであるから,このことを根拠に請求項1の記載は,特許を受けようとする発明が明確であることに適合しないと判断した本件決定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
なお,平成15年1月14日付けでなされた本件特許に対する東レ株式会社からの特許異議の申立て(甲6)の理由は,@法29条2項違反(進歩性の欠如。
特開平2-307931号公報,特開平3-828号公報,特開平9-143827号公報,特開昭52-5320号公報,特開平9-195142号公報による),A法39条1項違反(先願あり。特願平9-310485号(特許第3301534号)による)であって,法36条6項違反(不明確)ではなかった。
2 そこで,原告主張の決定の取消事由(請求原因(4))について判断する。
原告は,本件特許の出願当時,混繊糸を構成する高収縮成分糸は芯糸であり,低収縮成分糸は鞘糸であること及び混繊糸が織編物に伸縮回復性を与えるためには,芯糸が弾性繊維でなければならないことは技術常識であったものであり,上記技術常識に照らせば,請求項1における「ポリエステル繊維」が「鞘糸」で,「ポリエステル系弾性繊維」が「芯糸」であることは自明であるから,請求項1における「該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差(ΔSHD)が5%≦ΔSHD≦30%」という定義と,「(ここでΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示すものである。)」という定義とは,全く同じ技術的意味に用いた収縮率差(ΔSHD)を,前者はポリエステル繊維及びポリエステル系弾性繊維という材料の面から,後者は芯糸・鞘糸という状態あるいは構造の面からそれぞれ規定したものであり,同一の技術的意味を記載したものであることは明らかであるから,決定が「請求項1においては,△SHDが2つの異なった技術的意味のものとして記載されており,同項の記載は,特許を受けようとする発明が明確であることに適合しない。」(5頁14行〜16行)と判断したのは誤りである旨主張する。
(1) 請求項1の構成要件を分説すると,以下のようになる。
「a 単繊維繊度が5デニール以下のポリエステル繊維と,単繊維繊度が10デニール以下のポリエステル系弾性繊維よりなる混繊糸であり, b ポリエステル系弾性繊維がポリプロピレンテレフタレート繊維であり, c 該ポリエステル繊維と該ポリエステル系弾性繊維の乾熱160℃での収縮率差(ΔSHD)が5%≦ΔSHD ≦30%である d ことを特徴とする伸縮回復性に優れた混繊糸。
e (ここでΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱 160℃収縮率差(%)を示すものである。)」 上記構成要件a及びcの記載によれば,請求項1に係る混繊糸は,乾熱160℃での収縮率に一定の差がある二種類の繊維からなるものであることが認められる。
(2) このような収縮率に差のある二種類の繊維からなる混繊糸に関し,本件特許の出願当時の技術常識について検討する。
ア 甲5添付の参考資料1〜6には,以下の事項が記載されている。
(ア) 参考資料1(特開平7-102436号公報) @「単繊維デニールが1.0デニール以下のポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aと単繊維デニールが1.0デニール以上の仮撚捲縮を有しないポリエステルマルチフィラメント糸Bの二者を少なくとも含んで構成された混繊糸であって,下記式(1)〜(5)を満足することを特徴とするポリエステルフィラメント混繊糸。
CC(A)≧30〔%〕 (1) SHW(A)≦7.0〔%〕 (2) SHW(B)≧7.0〔%〕 (3) SHW(B)-SHW(A)≧5.0〔%〕 (4) Di≧50 〔ケ/m〕 (5) 但し,CC(A)はポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aの捲縮伸長率(%),SHW(A)は,ポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aの沸水収縮率(%),SHW(B)はポリエステルマルチフィラメント糸Bの沸水収縮率(%),Diはポリエステルフィラメント混繊糸の交絡度(ケ/m)である。」(【請求項1】),A「本発明のポリエステルフィラメント混繊糸は,構成されるポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aと,仮撚捲縮を有しないポリエステルマルチフィラメント糸Bの沸水収縮率と,その差が重要である。ポリエステルマルチフィラメント仮撚加工糸Aは,染色加工時の熱履歴により,本発明のポリエステルフィラメント混繊糸の相対的に主に外周部に位置する様な沸水収縮率とすることが必要であり,後述の測定法によるSHW(A)が7.0〔%〕以下であることが必要である。」(段落【0012】),B「ポリエステルマルチフィラメント糸Bは,染色加工時の熱履歴により,本発明のポリエステル混繊糸の相対的に主に芯部に位置する様な沸水収縮率とすることが必要である。そのためには,SHW(B)が7.0〔%〕以上であることが必要である。」(段落【0013】),「SHW(B)とSHW(A)との差は,5.0〔%〕以上であることが必要である。」(段落【0014】)。
(イ) 参考資料2(特開平9-273043号公報) @「【発明の実施の形態】本発明の自発伸長性ポリエステルフィラメント糸は,エチレンテレフタレートを主たる繰り返し単位とするポリエステルからなり,沸水処理したときに8%以下,好ましく0〜6%の収縮率を有し,沸水処理したフィラメント糸を160℃以上で乾熱処理したときに乾熱収縮率と沸水収縮率の差の分だけ伸長して,非可逆的な伸長を示す。」(段落【0008】),A「本発明の自発伸長性ポリエステルフィラメント糸含有混繊糸は,前記の自発伸長性ポリエステルフィラメント糸Aと,沸水収縮率が10〜30%で,フィラメント糸Aの沸水収縮率の差が10%以上である高収縮率の高収縮性ポリエステルフィラメント糸Bとを含み,自発伸長性ポリエステルフィラメント糸Aと高収縮性ポリエステルフィラメント糸Bとが混繊されてなる混繊糸にある。」(段落【0017】),B「本発明の自発伸長性ポリエステルフィラメント糸含有混繊糸は,製織或いは製編されて織編物とした後,任意の工程,好ましくはアルカリ減量加工,染色仕上げでのアルカリ減量,沸水処理及び160℃以上の乾熱処理により筋状溝が繊維表面に形成された自発伸長性ポリエステルフィラメント糸を構成するフィラメントが混繊糸の鞘側に主に配置され,高収縮性ポリエステルフィラメント糸を構成するフィラメントが混繊糸の芯側に主に配置されて,織編物に嵩高性とソフトでふくらみ感に富む風合い及びふかつき感,ヌメリ感のないドライ感を与える。」(段落【0021】)。
(ウ) 参考資料3(特開平7-42037号公報) @「沸水収縮率Wsr(A)が10%以上である実質的に捲縮を有さない糸条Aと捲縮値(K1値)が1〜15%,沸水収縮率Wsr(B)が3%以下である糸条Bを交絡数30〜80個/mの範囲で混繊交絡処理してなる。」(【請求項1】),A「糸条Aの沸水収縮率Wsr(A)は10%以上,捲縮糸Bの沸水収縮率Wsr(B)は3%以下が必要である。すなわち,本発明糸条は延伸糸Aが芯糸,捲縮糸Bが鞘糸となる異収縮混繊糸である。」(段落【0012】)。
(エ) 参考資料4(特開平7-207540号公報) 「従来の異収縮混繊糸における,低収縮糸(鞘糸)並びに高収縮糸(芯糸)の熱収縮特性の設計思想は,両糸条の収縮差によって,織物染色仕上工程で嵩高性を発現させるという観点からのみ考えられたものである。」(段落【0013】)。
(オ) 参考資料5(特開平2-41437号公報) 「異収縮糸交絡混繊糸は,後の染色工程で糸の収縮を発現することによって,高収縮サイドの収縮による低収縮サイドのループ発現を促進し,糸収縮率による織物構造の収縮を助けて,織物内での糸のクリンプ率を増加させ,梳毛織物と同様の挙動による織物のふくらみと,張り,腰を付与することができる。・・・異収縮,異繊度糸の交絡混繊糸は,交絡混繊加工時において,芯側に位置する原糸(高収縮糸)として比較的繊度の大きな糸を使用し,またサヤ側に位置する原糸(低収縮糸)として比較的繊度の小さい糸を使用することによって,風合のソフトな,張り,腰のある梳毛調織物とすることが可能となる。」(3頁左上欄8行〜右上欄2行)。
(カ) 参考資料6(特開平6-136629号公報) 「本発明の特殊混繊糸は,図1に示すように高収縮性フィラメント糸Aとレーヨンフィラメント糸Bとで構成された混繊交絡糸条であるが,この糸条に沸水処理を施せば,図2に示すように高収縮性フィラメント糸Aが収縮して糸条の芯部を形成し,レーヨンフィラメント糸Bが鞘部を形成して顕著な2層構造を呈し,糸条表面は,鞘部を形成したレーヨンフィラメント糸に覆われた嵩高な糸条形態となる。」(段落【0011】)。
イ 前記ア(ア)ないし(カ)の記載によれば,本件特許の出願当時,収縮率に差のある二種類の繊維からなる混繊糸は,織編物とした後に行われる染色加工時等の熱処理により二種類の繊維の収縮に差が生じる結果,相対的に高収縮率の糸が芯部となり,相対的に低い収縮率の糸が鞘部となる芯鞘構造が形成されることが技術常識であったことが認められる。
(3) 次に,本件特許の請求項2に「請求項1に記載された混繊糸を少なくとも一部として用いて製織もしくは製編した後,染色および仕上げ加工を施して成る織編物であり」と記載されていることに照らすと,請求項1の「混繊糸」は,織物あるいは編物に加工されて染色,仕上げ加工が施される前のものを意味するものと解される。
このことは,訂正明細書(甲4)に,「本発明はポリエステル系繊維からなる混繊糸であり,織物あるいは編物に加工したのち,通常の染色・仕上げ加工を施すことにより,構成繊維間の熱収縮率の差と構成繊維間の弾性率などの差などが起因し,ふくらみに優れしかも優れた伸縮回復性を有する,新規な風合いを有する織編物である。」(段落【0001】),「本発明は優れた伸縮回復性と新規な風合いを有する混繊糸およびその織編物に関するものであり,さらに詳しくは,染色加工時の湿熱処理及び乾熱処理によって構成繊維間の熱収縮差を発現させ,これが起因しポリエステル織編物特有のヌメリ感を感じさせることなく,適度なふくらみ感(嵩高性),ソフト感,かつ芯部を構成することになるポリエステル系弾性繊維による優れた伸縮回復性を有する新規風合い織編物に加工し得る混繊糸およびその織編物を提供することを課題とするものである。」(段落【0003】)と記載されていることとも符合する。
(4) そして,前記(2)の技術常識によれば,請求項1の「混繊糸」自体は,熱処理を伴う染色加工等が施される前のものであるため,芯鞘構造は形成されていないものの,この混繊糸を織編物とした後に行われる染色加工時等の熱処理により,当該混繊糸を構成するポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維のうちの,相対的に高収縮率である方が大きく収縮して芯糸となり,相対的に低収縮率である方が鞘糸となって芯鞘構造を形成するものと認められる。
そうすると,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,請求項1の「(ここでΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱 160℃収縮率差(%)を示すものである。)」(構成要件e)における「芯糸」及び「鞘糸」が,それぞれ,「熱処理後に芯糸となる繊維」及び「熱処理後に鞘糸となる繊維」を意味することを容易に理解することができたものと認められる。
したがって,請求項1における「ポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維の160℃での収縮率差(ΔSHD)」(構成要件c)という定義は,収縮率差(ΔSHD)を生じる対象物を材料の観点から表現したものであり,「ΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示す」(構成要件e)という定義は,収縮率差(ΔSHD)を生じる対象物を熱処理後に生じる構造の観点から表現したものであって,請求項1におけるΔSHDの二通りの定義のいずれにおいても,収縮率差(ΔSHD)を生じる対象物は,混繊糸を構成する2種類の繊維を意味することが明らかであるから,ΔSHDの二通りの定義(構成要件c,e)が異なった技術的意味のものであると認めることはできない。
なお,請求項1におけるΔSHDの定義のうち,構成要件eの定義においては,混繊糸が熱処理後に芯鞘構造となることを明示した方がより分かりやすかったものということはできるが,そうであるからといって請求項1に係る発明が不明確であるとまでいうことはできない。
(5)ア これに対し被告は,請求項1の記載や技術常識から,ポリエステル繊維と鞘糸とが同じ技術的意味のものであり,ポリエステル系弾性繊維と芯糸とが同じ技術的意味のものであるということはできない旨主張する。
確かに,請求項1の記載及び前記(2)の技術常識からみて,ポリエステル繊維と鞘糸とが同じ技術的意味のものであり,ポリエステル系弾性繊維と芯糸とが同じ技術的意味のものであるとまでは認めることはできない。
しかし,前記(2)で述べたように,請求項1に係る混繊糸を構成するポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維のうちの,相対的に高収縮率である方が熱処理により大きく収縮して芯糸となり,相対的に低収縮率である方が鞘糸となって芯鞘の構造を形成することが明らかであるから,請求項1におけるΔSHDの二通りの定義のいずれにおいても,収縮率差(ΔSHD)を生じる対象物は,混繊糸を構成する2種類の繊維を意味するものというべきであり,ΔSHDの二通りの定義が異なった技術的意味のものであるということはできない。
イ また,被告は,発明の詳細な説明の記載を参酌すると,「ポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維の160℃での収縮率差(ΔSHD)」(構成要件c)の収縮率(記載aの収縮率)とは,熱的処理を伴う染色加工等が施される前の,ポリエステル繊維やポリエステル系弾性繊維の物性値であるのに対し,「ΔSHDは芯糸と鞘糸の両者の乾熱160℃収縮率差(%)を示す」(構成要件e)の収縮率(記載bの収縮率)は,熱的処理を伴う染色加工等が施された後のポリエステル系弾性繊維である芯糸やポリエステル繊維である鞘糸の収縮率であって,技術的意味を異にする旨主張する。
(ア) 訂正明細書(甲4)には,次のような記載がある。
@「(b) 160 ℃乾熱収縮率SHD(%)試料に1/30(g/d) の荷重を掛け,その長さL3(mm)を測定する。ついでその荷重を取り除き,試料を乾燥機に入れ乾熱160℃で30分間乾燥する。乾燥後冷却し,再度1/30(g/d)の荷重を掛け,その長さL4(mm)を測定する。上記L3,L4 を下記式に代入し,乾熱収縮SHDを求める。尚,測定回数5回の平均値をもってその測定値とする。
SHD(%)=(L3-L4)/L3×100」(段落【0014】),A「実施例1 相対粘度が,1.45であるポリエチレンテレフタレートセミダルレジンを使用し通常の溶融紡糸法によって紡糸速度3300m/min で巻き取り未延伸糸110デニール48フィラメントを得た。該未延伸糸を延伸倍率 1.6倍の条件で延伸処理を施した。該糸の乾熱収縮率SHDは6%であった。一方,相対粘度が1.39であるポリプロピレンテレフタレートを,通常の溶融紡糸によって,紡糸速度1300m/minで一旦巻き取り,2.8倍に延伸,熱セットして,160℃乾熱収縮率SHD20%の延伸糸75デニール12フィラメントを得た。該ポリエステル延伸糸とポリプロピレンテレフタレート延伸糸をエアー交絡ノズルを使用し,常温の高圧空気流にて混繊交絡処理を施し,混繊糸を得た。」(段落【0015】),B「該混繊糸を村田機械社製ダブルツイスターNo310にて撚糸した後,生機密度が経119本/in ,緯83本/in のツイル組織に製織した。製織した織物を精錬,リラックス処理した後,液流染色機を使用し減量率として17%のアルカリ減量加工を施した後,引き続き液流染色機を使用し分散染料によって染色加工を施し,通常のファイナルセットを行い,最終的に仕上げ密度が経136本/in,緯95本/inの染色加工布を得た。走査型電子顕微鏡にて該布の表面状態を観察したところ,ポリエステル繊維の微細なループ状形態を多数形成しており,該布の表面は該ループ状形態によってほぼ覆われていることが確認された。」(【段落【0016】)。
(イ) これらの記載によれば,ポリエステル系繊維からなる糸の160℃乾熱収縮率及びポリエステル系弾性繊維からなる糸の160℃乾熱収縮率は,それぞれ,160℃で30分間の乾燥を行う前の糸の長さの測定値L3と乾燥後の糸の長さの測定値L4とを,「SHD(%)=(L3-L4)/L3×100」(前記(ア)@)の算定式に代入することによって算出され,このようにして算出されたポリエステル系繊維からなる糸の160℃乾熱収縮率とポリエステル系弾性繊維からなる糸の160℃乾熱収縮率との差が,請求項1の構成要件c及びeで定義された「ΔSHD」であることが認められる。
(ウ) そして,先に説示したとおり,請求項1に係る混繊糸は,染色加工時等の熱処理によって,ポリエステル繊維とポリエステル系弾性繊維のうちの,相対的に高収縮率である方が大きく収縮して芯糸となり,相対的に低収縮率である方が鞘糸となって芯鞘の構造を形成すること,熱処理を伴う染色加工等は混繊糸を製織した後に行われるものであり(前記(ア)B),製織して織物となった後の芯糸及び鞘糸の収縮率を測定することは事実上困難であると考えられること,訂正明細書(甲4)の段落【0015】,【0016】においても,二種類の繊維からなる糸について乾熱収縮率を求め,この糸から混繊糸を得ており,製織後に行われる熱処理を伴う染色加工等が施された後の芯糸や鞘糸の収縮率を求めてはいないことを総合すると,訂正明細書の記載を参酌しても,構成要件eに定義された収縮率差のもとになる芯糸及び鞘糸の各収縮率(被告主張の記載bの収縮率)が,熱処理を伴う染色加工等が施された後の芯糸や鞘糸の収縮率を意味するものと理解することはできない。
したがって,被告の前記主張は採用することができない。
(6) 以上によれば,「請求項1においては,ΔSHDが2つの異なった技術的意味のものとして記載されており,同項の記載は,特許を受けようとする発明が明確であることに適合しない」との本件決定の判断は,誤りというほかはない。
したがって,原告主張の取消事由は理由があり,本件決定は違法であるから,取消しを免れない。
3 結論 よって,原告の本訴請求は理由があるから認容して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二