関連審決 | 異議1999-74372 |
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関連ワード | 製造方法 / 新規性 / 周知技術 / 先願の地位 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 上位概念 / 同一の発明 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 抵触 / 援用権(援用) / 参酌 / 数値限定 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
267号
特許取消決定取消請求事件
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原告 同和鑛業株式会社 訴訟代理人弁理士 丸岡政彦 同 和田憲治 同 小松高 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 沼澤幸雄 同 野田直人 同 涌井幸一 同 一色由美子 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/08/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が平成11年異議第74372号事件について平成13年4月16日にした決定を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ITOスパッタリングターゲット」とする特許第2907368号の特許(平成5年5月27日出願(以下「本件出願」という。),平成11年4月2日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は3である。 以下,本件出願に係る願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。)の特許権者である。 本件特許に対し,請求項1ないし3につき特許異議の申立てがされ,特許庁は,これを平成11年異議第74372号事件として審理した。原告は,審理の過程で,平成12年6月5日,請求項の文言の訂正を含む,本件明細書の訂正を請求した(以下「本件訂正請求」という。以下,本件訂正請求による訂正後の明細書を,「訂正明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年4月16日,本件訂正請求を認めなかった上で,「特許第2907368号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年5月14日,その謄本を原告に送達した。 2 本件訂正請求による訂正前の特許請求の範囲 (1) 請求項1 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,前記焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,および三点曲げ強度が10kgf/mm2以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (2) 請求項2 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,前記焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,および熱伝導率が9W/mk以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (3) 請求項3 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,前記焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,三点曲げ強度が10kgf/mm2以上であり,熱伝導率が9W/mk以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (以下,順に「本件発明1」,「本件発明2」及び「本件発明3」という。) 3 本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲 下線部が,付加訂正部分である。 (1) 請求項1 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,原料粉末中のSnO 2粉末 の添加量 を15重量 %未満 として 得られた 焼結体 からなり ,該焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,および三点曲げ強度が10kgf/mm2以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (2) 請求項2 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,原料粉末中のSnO 2粉末 の添加量 を15重量 %未満 として 得られた 焼結体 からなり ,該焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,および熱伝導率が9W/mk以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (3) 請求項3 透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,原料粉末中のSnO 2粉末 の添加量 を15重量 %未満 として 得られた 焼結体 からなり ,該焼結体の相対密度が85%以上,結晶粒径が15μm以下,三点曲げ強度が10kgf/mm2以上であり,熱伝導率が9W/mk以上であり,かつこの焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。 (以下,順に「本件訂正発明1」,「本件訂正発明2」及び「本件訂正発明3」という。) 4 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,少なくとも本件訂正発明1は,特願平4-143652号(特開平5-311428号公報)の願書に最初に添付された明細書(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願明細書発明」という。)と実質的に同一の発明であるから,本件訂正請求は認められないとした上で,本件発明1ないし3も,先願明細書発明と実質的に同一であるから,特許法29条の2により,特許を受けることができない,とするものである。 5 決定が認定した,先願明細書発明の内容,本件訂正発明1と先願明細書発明との一致点・一応の相違点 (1) 先願明細書発明の内容 「「透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,原料粉末中のSnO2粉末の添加量を2重量%から15重量%として得られた焼結体からなり,該焼結体の相対密度が90%以上100%以下,結晶粒径が1μm以上20μm以下,および抗折力が10〜30kg/mm2であるITOスパッタリングターゲット。」の発明」(決定書4頁) (2) 本件訂正発明1と先願明細書発明との一致点 「「透明導電膜をスパッタリング成膜する際に用いられるITO焼結体からなるスパッタリングターゲットであって,原料粉末中のSnO2粉末の添加量を2重量%から15重量%未満として得られた焼結体からなり,該焼結体の相対密度が90%以上100%以下,結晶粒径が1以上15μm以下,および三点曲げ強度が10kgf/mm2以上30kgf/mm2以下であることを特徴とするITOスパッタリングターゲット。」の点」(決定書4頁) (3) 本件訂正発明1と先願明細書発明との一応の相違点 「本件訂正発明1では,「焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布している」のに対し,先願明細書発明では,この点が明らかでない点」(決定書5頁) 6 決定は,本件発明1ないし3と先願明細書発明との同一性についての判断に関して,本件発明1については,本件訂正発明1の上位概念であるとして,本件訂正発明1の独立特許要件(同一性)についての判断を援用し,本件発明2及び3については,その「熱伝導率が9W/mk以上」の条件を,先願明細書発明も満たすものであるとして,いずれも先願明細書発明との同一性を肯定している。 |
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原告の主張の要点
決定は,本件訂正発明1並びに本件発明1ないし3と,先願明細書発明との同一性の判断を誤っており,取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件訂正発明1と先願明細書発明とが同一であるとした判断の誤り) (1) 先願明細書発明は, @ 焼結密度90%以上100%以下の高密度ITO焼結体 A 焼結粒径1μm以上20μm以下のITO焼結体 B 上記@,Aの2つの条件を満たす,高密度ITO焼結体からなるITOスパッタリングターゲット である。 これに対し,本件訂正発明1は, ア 85%以上の相対密度を有するITO焼結体であり, イ 結晶粒径が15μm以下のITO焼結体であり, ウ 10kgf/mm2以上の三点曲げ強度を有するITO焼結体であり, エ 焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布しているITO焼結体であり(これが,本件訂正発明1の最も大きな特徴である。), オ アからエの条件を満たすITO焼結体から成る透明導電膜成膜用スパッタリングターゲット である(以下,「構成ア」,「構成イ」などという。)。 先願明細書発明は,上記@ないしBの構成のみによって成り立っている発明であり,本件訂正発明1とは根本的に異なる。 以下に述べるとおり,先願明細書には,本件訂正発明1の構成ウ及びエが記載されているものではないから,先願明細書発明を,構成アないしオの全てを構成要件とするように,補正できるものではない。そのような補正ができない以上,すなわち,本件訂正発明1と同一の発明を請求項として追加できる程度に明瞭に,その発明が先願明細書に記載されていると認められない以上,先願明細書発明は,先願発明として,後願発明(本件訂正発明1)を排除できない。 また,先願明細書発明は,本件訂正発明1が有する優れた効果(性質)も持たない。この点でも,本件訂正発明1とは異なる。 (2) 構成ウについて 先願明細書発明が,構成ウ,すなわち三点曲げ強度が10kgf/mm2以上である,という構成を有しているとはいえない。 先願明細書発明において,焼結密度が90%以上100%以下という条件を満たせば,抗折力が一定以上の数値になることは自動的に決まることが明示されている(甲第5号証図2)。 先願明細書に記載されている,16〜23kgf/mm2の抗折力が,三点曲げ強度が10kgf/mm2以上という条件を満たすものであるとしても,それは,先願明細書発明の必須の構成要件であるとはいえない。そうである以上,この点で,本件訂正発明1と先願明細書発明とが同一である,とはいえない。 (3) 構成エについて 決定は, 「先願明細書発明は,本件訂正発明1とその製造条件でも実質的な差異がない以上,その製造条件で得られた「焼結体」も,本件訂正発明1の上記「10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布しているSnリッチ相」の点を有しているとするのが相当であるから,両者は,この点でも実質的な差異はないと云うべきである。」(決定書8頁) としている。しかし,決定の上記判断は,誤りである。 ア 上記のとおり,決定は,製造方法が実質的に同一であることを,本件訂正発明1と先願明細書発明との同一性を肯定する根拠としている。 しかし,焼結体の製造において考慮すべき因子(温度,時間等)は極めて多く,組織構造の同一性を保障するためには,あらゆる製造条件の一つ一つについて,厳密に数値限定をする必要があって,製造方法と,特定の組織構造を持つ焼結体とを,1対1に対応させることは極めて困難であるから,焼結体に関しては,製造方法によって組織構造の同一性を立証することは,事実上不可能である(なお,先願明細書にも,乙第1号証にも,複数の製造方法が記載されており,被告が,そのうちのどれとどれとを対応させているのか明らかでない。)。 本件訂正発明1の組織構造の発明について,原告は,注目すべき因子を必要なだけ列挙し,それらの各因子について具体的な数値限定をして,それを確定している。これに対し,製造方法は,製造目標,すなわち組織構造に応じて,製造者が自由に設定できるものに過ぎない。 以上からは,対比する2つの発明が共に組織構造の発明である場合,その異同を論ずるにあたっては,端的に組織構造そのものが同一であるか否かを検討すべきであり,製造方法の異同に基づいて,組織構造の異同を論ずる余地はない。 イ 決定が一応の相違点として摘示しているとおり,先願明細書には,焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布していること(構成エ)は,記載されていない。 被告は,「住友金属鉱山 中研所報 Vol.6 No.1 1991」(住友金属鉱山株式会社中央研究所刊・乙第1号証,以下「乙1文献」という。)を引用しつつ,構成エに係る本件訂正発明1と先願明細書発明の同一性が認められると主張している。 先願明細書を理解するための技術水準を参酌するために,乙1文献を用いることはできるが,それをもって,先願明細書に記載されていない構成を,先願明細書発明の内容として補うことは許されない。このことのみをもっても,先願明細書発明と本件訂正発明1とが,互いに異なる組織構造の発明である,という結論は出ている。 ウ 乙1文献を参酌しても,先願明細書発明が構成エを備えるものとは認められない。その理由は,以下のとおりである。 (ア) 乙1文献の15頁図3,17頁図8から明らかなとおり,焼結温度を高くするほど焼結体密度は高くなるものの,同時にSn分散状態も悪く,Sn粒子の径も大きくなる(凝集する)。 先願明細書に記載されているように90%以上の密度で焼結体を製造しようとすると,1600度より高い温度で焼結せざるを得ず,そうすると,Snの分散状態が均一かつ微細にならなくなること(構成エを備えないこと)は,乙1文献そのものが開示している。 (イ) 特開平4-317455号公報(甲第4号証,以下「甲4公報」という。)からも,ITO焼結体に,本件訂正発明1の組織構造を持たせることはできないことが明らかである。 甲4公報には,先願明細書発明が採用する常圧焼結法により得られたITO焼結体において,錫が集中的に多量に存在する部分があることが明記されており(2頁2欄参照),焼結を「1350℃よりも低い温度で行なうと,凝集したSnO2相が安定に存在するために,比抵抗値の低い良質なITO膜を得ることが困難となり,また1500℃よりも高い温度で行なうと,スズの凝集を生じるおそれがある」ことが開示されている(3頁3欄)。すなわち,高温で焼結を行うと,Snが凝集してしまうことが開示されている。 そうすると,決定の, 「先願明細書発明の「Snリッチ相」が本件訂正発明1の上記「10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布しているSnリッチ相」であるか否かについて検討すると,本件訂正発明1の上記「Snリッチ相」は,・・・本件訂正明細書の実施例1に徴すれば「従来以上に微粉度を高めた酸化錫(SnO2)粉10重量%とを混合した混合粉を出発原料とし,圧粉成形体を形成した後,従来より一般的に用いられている圧粉成形体を焼結するという製造方法において1400℃以上の高温焼結を行い」(上記ホ参照)形成することができるものと認められる。」(決定書6頁〜7頁) との認定が前提としている,1400度以上の温度で焼結を行えば常に同じ結果が得られるということが,誤っていることを裏付けることができる。 (ウ) 決定は,訂正明細書の実施例1の「従来以上に微粉度を高めた」の記載(乙第4号証7頁)について,「特願平3-83309号(特開平4-293707号公報)(判決注・甲第11号証,以下「甲11公報」という。)に記載のSnO2粉の微粉度が「従来」とすれば,」(決定書7頁)という仮定をして,「特開平4-293707号公報に記載の「SnO2粉」より微粉であると解するのが相当である」(同頁)とし,先願明細書のSnO2粉と,訂正明細書の実施例1のそれとで,微粉度で差がないことを,先願明細書発明と本件訂正発明1の製造条件との間で実質的な差異がないこと,ひいては両発明が同一であることの一つの根拠としている。 しかし,従来技術の一例に過ぎない甲11公報に例示されたSnO2粉の粒度を,従来技術において使用された原料粉末中のSnO 2の粒度の最小値であるとすることはできないから,先願明細書に記載のものがそれより微粒であっても,本件訂正発明1にいう「従来以上に微粉度を高めた」ものであると決め付けることはできない。現に,甲4公報及び特開平4-160047号公報(甲第8号証,以下「甲8公報」という。)には,先願明細書に記載された粉末より小さい平均粒径0.5μmの酸化スズ粉末が記載されている。したがって,決定は,上記仮定において,既に誤っている。 (4) 本件訂正発明1と先願明細書発明とは,作用効果の点からも異なる。 ア 本件訂正発明1では,構成エがあることにより,ITO焼結体の相対密度を85%以上にさえすれば,優れた性質が得られるのに対し,先願明細書発明では,90%以上にする必要がある。 ITO焼結体の原料粉は難焼結性であり,焼結によりその密度を高めようとすると,加熱に要する費用等,製造コストがかさむから,90%未満でも足りるというのは,産業上大きな利点である。 イ 先願明細書発明は,3インチφ×5mmという,比較的小型のものである。これに対し,本件訂正発明1は,4インチφ×6mmという,2倍以上もある大型のものも含まれている。 ターゲットが大きくなるほど,均一な放電は困難となることが知られており,本件訂正発明1は,大型のターゲットとして用いることができるほど,優れた品質を有する。 本件訂正発明1のITO焼結体を用いたターゲットは,大型であっても,その寿命の後期に至るまで黒化が認められず,異常放電も非常に少なかったという,先願明細書発明にはない優れた効果を持つものである。 (5) 本件訂正発明1は,組織構造の発明であり,ITO焼結体を特定の用途(スパッタリングターゲット)に供する場合に,どのような組織構造を持つものがよいのか教えるものである。多数ある組織構造の中から,特定の目的・用途において優れた効用を発揮することに着目して,最適の,特異な組織構造を選ぶことは,一種の選択発明として特許に値するはずである。 2 取消事由2(本件訂正発明2及び3の新規性) 本件訂正発明1において述べたところと同様の理由により,本件訂正発明2及び3も,先願明細書発明と同一とはいえない。 3 取消事由3(本件発明1ないし3の新規性の判断の誤り) 本件訂正発明1において述べたところは,そのまま本件発明1ないし3についてもあてはまるものである。したがって,本件発明1ないし3の新規性を否定した決定の判断は,誤りである。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(本件訂正発明1と先願明細書発明とが同一であるとした判断の誤り)に対して (1) 先願明細書には,ITOスパッタリングターゲットに関し,その原料粉末の添加量,焼結体の相対密度,結晶粒径,三点曲げ強度の要件が,すべて明確に記載されている。このITOスパッタリングターゲットを,先願明細書発明として認定することに,何ら差し支えはない。 構成エについては,確かに先願明細書に明示の記載はない。しかし,それは,先願明細書発明の組織構造を確認すれば当然分かることである。 (2) 構成ウについて,先願明細書の実施例には,抗折力20kg/mm2が示されているから,これを備えていることは明らかである。 特許法29条の2にいう先願明細書発明とは,先願明細書(特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面)に記載された内容から,技術思想として把握できる発明をいう。特許請求の範囲に記載されていないことでも,先願明細書発明の内容として認定できる。 したがって,三点曲げ強度(抗折力)が,先願明細書の特許請求の範囲に記載されていなくても,先願明細書発明の内容として認定することができるのは,当然である。 (3) 先願明細書発明は,構成エも備えている。 ア 本件訂正発明1に係る,高密度ITO焼結体の技術分野に限らず,原料粉末を焼結して焼結体を製造する技術分野では,原料粉末や焼結条件等の製造条件が異なっても,同じ組織構造の焼結体が得られる蓋然性が高い。そのため,製造条件の観点から特許性を判断することは,実務上,必要に応じて行われており,本件でも,その手法により判断している。 原告は,訂正拒絶理由通知書(乙第2号証)に対する意見書において,「・・・本件訂正発明1において,SnO2の添加量を15重量%以下とする限定は,確実に均一且つ微細なSnリッチ相を得るための必須要件であり・・・」(乙第3号証8頁)と述べている。このことと,訂正明細書の実施例1の記載中の「酸化錫(SnO2)粉」を,「従来以上に微粉度を高めた酸化錫(SnO 2)粉」と訂正した事実等からは,Snリッチ相が10μm以下の粒径であり,焼結体中に均一に分布しているという組織構造は,原料粉末中のSnO2粉末の添加量,その粒径及び温度条件等の製造条件により決定されることは明らかである。 イ 先願明細書発明が,本件訂正発明1と同一であることは,乙1文献からも明らかである。 乙1文献には,高密度ITOターゲットに適する構造として,高密度,Snの分散が均一かつ微細,結晶粒径が均一,の項目があり,これらに関する実験方法とその結果が開示されている。 そこには,平均粒径0.07μmのIn2O 3粉末と平均粒径3μmのSnO2粉末とを混合した混合粉末(その組成は,いずれも10mass%SnO 2に調整済み)を用い,酸素ガス気流中で1000度から1600℃の間の種々の温度で,5時間焼成する実験方法(これは,先願明細書に記載されている製造条件とほぼ同じである。)と,その結果として,ITO焼結体の結晶粒径が,焼結温度1400度から1500度付近までは10μm以下(図7),Sn相の粒径も10μm以下(図8)であることが開示されている。 乙1文献の実験条件とほぼ同じ条件で製造された先願明細書発明も,この乙1文献のものと類似した組織となる蓋然性が極めて高いから,本件訂正発明1の,Snリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布しているという組織となるものである,といえる。 ウ(ア) 原告は,乙1文献からは,逆に,先願明細書発明において焼結密度を90%以上とするため焼結温度を高くする(1600度以上)と,Sn粒子の粒径が粗大化し,均一且つ微細な分布は得られないことが明らかである,と主張する。 しかし,乙1文献では,焼結温度を高くし過ぎると,結晶粒が粗大化して焼結体の一般的な性質(機械的性質等)が悪くなることも開示されている。そのため,焼結温度は1600度を超えないようにし,その代わりに,微細な原料粉を用いたり,一定程度の成形圧を採用したりして,相対密度を高めることを開示している。1600度もの高温で焼結することが必須となるものではない。 また,焼結密度とSn凝集径とは,いずれも,焼結温度に相関しているとはいえるものの,焼結密度の増大傾向と,Sn凝集径の成長傾向は異なる。同じ焼結密度(90%以上)を得る場合,Sn凝集径も同じ大きさになるとは必ずしもいえない。 (イ) 甲4公報に開示されているのは,1500度を超える高温で焼結を行うと,インジウム中に固溶化されなかったスズが活発に拡散して凝集するおそれがある,ということだけである。先願明細書では,固溶化処理をそもそも行っておらず,甲4公報の記載事項は,先願明細書発明の理解の参考になるものではない。 (ウ) 原告は,先願明細書発明に用いられている原料粉末の粒度が,本件訂正発明1のそれとは異なる,と主張する。 本件明細書にも訂正明細書にも,従来の粒度の程度が明らかにされていないし,原告も,その程度を明確にしようとはしていない。原告が従来技術の一例に過ぎないとする甲11公報は,原告が敢えて本件明細書段落【0017】に従来技術を明示するために訂正で挿入したものであり,訂正明細書でいう「従来」技術を示す例であることに変わりはない。甲4公報や甲8公報に記載の「0.5μm」の粒度は,従来の粒度の一例であるとしても,訂正明細書でいう「従来」の粒度がこの「0.5μm」だけを意味すると解すべき何らの根拠もない。 従来の粒度が仮に0.5μmであったとしても,先願明細書には,実施例で例示された「0.71μm」の外,平均粒径が下限の「0.2μm」までなら使用されると明示されている(甲第5号証4頁5欄)。これが,従来以上に微粉度を高めたものといえることは,明らかである。 (4) 本件訂正発明1と先願明細書発明とは,その作用効果においても異なるところはない。 ア 本件訂正発明1の構成要件は,相対密度が85%以上となっており,90%以上も含まれる。本件訂正発明1の相対密度が85%で足りるとして,製造コストの低減等の効果をいう原告の主張は失当である。 イ 本件訂正発明1では,ターゲットの大きさは構成要件となっていない。 大きいターゲットでも均一な放電が可能であるとして,本件訂正発明1と先願明細書発明とが異なるとする原告の主張には,理由がない。 先願明細書に記載された全ての実施例には,ターゲット表面が黒色化しなかったと記載されているし,異常放電が少なかったことも示唆されているのであって,本件訂正発明1との差異はない。 (5) 原告は,選択発明として,本件訂正発明1に特許が付与されるべきである,と主張する。 しかし,本件訂正発明1は,均一分散という,多分に主観的に定義された組織構造を構成要件としている。そして,そのような組織構造は,通常の製造方法により製造した結果,得られる蓋然性が高いことは既に述べたとおりである。 このようなものに特許を付与すると,本件出願より先に,焼結体の製造方法について発明をしたものであっても,個々の組織を明細書に開示していなければ,本件訂正発明1に係る特許と抵触し,不測の利益を被ることになる。 また,本件訂正発明1は,既存の焼結体の組織を観察し,これを表現しただけのものであって,他に何らの有用な技術を提供したとはいえない。 しかも,本件訂正発明1は,原料粉末の大きさと配合比を工夫し,ITO焼結体の一般的な製造条件を採用すれば,製造することができる程度のものである。原告が主張するような,優れた効用をもつ発明ではない。 このような発明が,特許に値するものということはできない。 2 取消事由2及び3に対して 本件訂正発明1と先願明細書発明とが同一であると認められる以上,本件訂正発明2及び3並びに本件発明1ないし3も,先願明細書発明と同一と認められる。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正発明1と先願明細書発明とが同一であるとした判断の誤り)について 以下,先願明細書発明が,本件訂正発明1の構成を備えているか否かについて検討する。 (1) 「三点曲げ強度が10kgf/mm2以上」であるという構成(構成ウ)について 原告は,先願明細書発明は,構成ウを構成要件として備えていない,と主張する。 特許法第29条の2の規定は,後願の出願後に公開された先願明細書の,特許請求の範囲に記載された発明のみならず,発明の詳細な説明及び図面に記載された発明に,拡大された先願の地位を与えることを定めたものである。 先願明細書の実施例には, 先願明細書の特許請求の範囲において特定されている,焼結密度90%以上100%以下,焼結粒径1μm以上20μm以下の要件に加えて,「16〜23kg/mm2の抗折力」(弁論の全趣旨により,これは,構成ウを充足するものと認められる。)を有するITOスパッタリングターゲットの発明が記載されていると認められる(甲第5号証7頁表2)のであって,抗折力が先願明細書発明の構成要件となっていないことを根拠とする原告の主張は理由がない。 (2) 「焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布している」との構成(構成エ)について ア 原告は,本件訂正発明1と先願明細書発明との組織構造の同一性を,製造条件の異同の観点から比較することは適切でないと主張する。その論拠は,焼結体において,あらゆる製造条件を厳密に数値等で限定しない限り,同一の組織構造が得られるとはいえず,製造方法により,組織構造の同一性を立証することは,事実上不可能である,というものである。 原告が主張するとおり,組織構造に関する発明の同一性を判断する場合,端的に,組織構造同士を比較するのが直截であることはいうまでもない。しかし,製造条件の異同の観点から比較する手法でも,最終的には,当該製造方法により製造された物が,問題となっている組織構造を備えているか否かを判断しているものであり,そのような判断手法自体を採用することが許されるのは当然である(なお,原告は,被告が,先願明細書に記載された製造方法のうちのどれを,乙1文献記載のそれと対応させているか明らかにしていないと主張する。構成エを備える焼結体を製造するために留意すべき条件がいかなるものであり,それが先願明細書と乙1文献とで,どのように記載されているかは,後記のとおりである。) また,先願明細書に明記されていない構成であっても,先願明細書発明が客観的にどのような物性を備えているかを理解するために,本件出願当時の技術常識を参酌することは,何ら,先願明細書に記載されていない構成を付加することになるものではない。そして,乙1文献(乙第1号証)の発行日は平成3年6月28日であり,本件出願前のものであるから(先願明細書の出願日である平成4年5月11日の前でもある。),そこに書かれてある周知技術(なお,先願明細書発明が客観的に備えている物性を確認するための手段であるEPMAも,乙1文献に記載されており,本件出願時に周知の技術であると認められる。)を,先願明細書発明の理解の際,参酌できることは当然である。 イ 乙1文献には「In2O 3-SnO 2系セラミックの構造とターゲット材料への応用」と題する研究報告があり,以下の事項が記載されている。 (ア) 「本研究では,ターゲット構造に与える製造条件の影響のうち,特に重要である原料粉末と焼結条件の影響を明らかにすることを目的としている。」(乙第1号証14頁右欄) (イ) 「2 実験方法 2種類の原料粉末を用いて実験を行った。一つは乾式法によって作られた平均粒径0.07μmのIn2O 3粉末と湿式法によって作られた平均粒径3μmのSnO2粉末とを混合した混合粉末であり,もう一つはインジウムと錫の合金を用いて乾式法によって作られた平均粒径0.07μmのITO粉末である。それぞれの粉末の外観を図1および図2に示す。図1の混合粉末の外観には微細なIn2O 3粉末の他に数μmのSnO 2粉末が観察される。なお,原料粉末の組成はいずれも10mass%SnO2に調整してある。 これらの原料粉末に成形用バインダーを1mass%添加し,湿式ボールミル混合を行った。乾燥造粒の後,プレス成形により1ton/cm2の圧力で成形を行い,ガスフロー型高温大気炉にて,脱バインダーおよび焼結を連続で行った。焼結条件は酸素ガス気流中で1000℃から1600℃の間の種々の温度で5時間である。」(同14頁右欄〜15頁左欄) (ウ) 「3.1焼結温度の影響 焼結体の密度に及ぼす焼結温度の影響を図3に示す。混合粉末,ITO粉末ともに焼結温度の上昇にともなって焼結体の密度が上昇しており,直線の傾きも高温度領域ほど大きくなっている。」(同15頁左欄) (エ) 「破面をSEM観察し平均粒径を求めた結果をSEM写真とともに図7に示す。またEPMAによりSn原子の凝集程度を調べた結果を図8に示す。 平均粒径,Sn原子の凝集ともに焼結温度の上昇にともなって粗大化する傾向にある。」(同16頁右欄) (オ) 「3.2原料粉末の影響 ・・・図3において1350℃以下の焼結温度では原料粉末の違いは焼結密度に対しほとんど影響を与えていない。それに対し1350℃と1400℃の間では両者の違いが最も顕著に現れている。・・・またこの結果はSnO2相が微細に分散している原料粉末ほど焼結密度は上がりやすいと言い替えることもできる。 それぞれの原料粉末を用いた1500℃焼結体のSn原子の分散状態を図12に示す。ここでは原料粉末による明らかな違いは観察されていない。しかしより精度が高いと思われる表2に示すEPMA線分析によってIn2O 3中に固溶しているSn量を1400℃焼結体について調べた結果においては,両者の間に少しではあるが違いが見いだされている。すなわちSnの拡散が活発に行われる温度で焼結された場合においても,Sn原子の分散状態やIn2O 3相中のSn原子の固溶量に対する原料粉末中のSn原子の分散状態の影響は,完全には失われていないものと思われる。」(同17頁右欄〜18頁右欄) (カ) 「3.3ターゲット材料への応用 ・・・他の研究から明らかにされた高特性の薄膜を得るために望まれるターゲットの構造を表3にまとめる。これらの構造のうち,Sn原子の分散性,結晶粒径,粒度分布といった構造と密度とは,焼結温度において相反する項目となっている。つまり各項目のうちどの構造を重視するかによって当然ターゲットの製造工程に違いが生じてくるべきである。表4に製造条件の一例を示す。・・・この製造条件はバインダーの選択,混合条件といったターゲットの構造に対するほかの製造工程の影響も併せて考えられているが,最も重要な工程である原料粉末の配合と焼結工程の決定には本研究の結果が活用されている。・・・不均一な組織を生じやすい1400℃以上での保持時間を短くしたこと等である。」(同18頁右欄〜19頁左欄) (キ) 「表3 ITOターゲットに適すると考えられる構造 ・・・ 密度 高密度 Snの分散 均一かつ微細 結晶粒径 特に限定なし 結晶粒径分布 狭い(均一粒径)・・・」(同18頁右欄) (ク) そして,乙1文献には,「図3 焼結体密度ρに与える焼結温度Tの影響」,「図7 結晶粒径dの焼結温度Tによる変化」,「図8 EPMA面分析によるSn凝集径Dの焼結温度Tによる変化」が,それぞれ示されている(同15頁,16頁,17頁)。 以上の乙1文献の記載からわかるのは,焼結温度が高いほど,焼結密度は向上する(図3)ものの,同時に結晶粒径が大きくなり(図7),Sn凝集径も大きくなる(図8)こと,1350℃以上の焼結温度では原料粉末の焼結密度への影響があり(図3),SnO2相が微細に分散している原料粉末ほど固溶量が増えて焼結密度は上がりやすいこと,Sn原子の分散性,結晶粒径,粒度分布といった構造と密度とは,焼結温度において相反する項目となっていること,望ましい特性のITOターゲットを得るには,焼結温度,原料粉末の選択が特に重要であることであり,これらは,本件出願当時,技術常識であった,と認められる。 他方,先願明細書には 「混合する酸化スズ粉末としては,例えばBET比表面積が3〜20m2/g,0.1〜3μmの範囲における粒度分布測定より求めた平均粒子径が0.2〜2μmの粉末が挙げられる。BET比表面積が大きく,平均粒子径が大きい粉末は,凝集が激しく,焼結体中に酸化スズの大きな塊が残る場合がある。」(甲第5号証4頁5欄) と記載されており,酸化錫粉末の平均粒子径が大きいとSn凝集が発生しやすいことが認められる。 以上認定したところからすれば,本件訂正発明1の構成要件である焼結体の相対密度,結晶粒径,Snリッチ相の粒径及び分散性の各要件は,焼結体を製造する際の焼結温度及び原料粉末に影響されるということができ,他方,先願明細書発明((1)で認定した三点曲げ強度のほか,焼結密度及び焼結粒径について,本件訂正発明1の構成を備えている(甲第5号証7頁表2)。)も,その焼結温度及び原料粉末次第では,本件訂正発明1の構成エ(Snリッチ相の粒径及び分散性)を備え得るものということができる。 したがって,本件において,それぞれの製造方法に着目して,両者の同一性を判断する手法を採用することは合理的であり,適切であるといえる。 ウ そこで,訂正明細書の実施例に記載された製造条件と先願明細書の実施例1に記載された製造条件を対比すると,次のとおりとなる。 訂正明細書 先願明細書焼結温度 1400℃以上1500℃原料粉末 酸化インジウム粉90重量%と 従来以上に微粉度を高めた酸化酸化インジウム粉末と平均粒子径0.71μmの酸化錫粉末10重量%との混合粉 錫粉10重量%との混合粉 (訂正明細書につき,乙第4号証7頁,先願明細書につき,甲第5号証4頁6欄〜5頁7欄) 以上のとおり,両者の製造条件の間には,焼結温度,酸化錫粉末の配合比において実質的な差異は認められない。 ところで,イで見たとおり,乙1文献の記載から,Snの凝集は,焼結温度が高いほど粗大化するものであることが,また,先願明細書の記載から,Snの凝集は,酸化錫粉末の平均粒子径が大きいほど発生しやすいことが認められる。 そして,Snの凝集に大きな影響を与える他の条件の存在は,証拠上認められない。 そうすると,乙1文献の図8及び図12によれば,1500℃で焼結した場合には,3μmの酸化錫粉末を使用した場合でさえ,Snの凝集は10μm以下の粒径で均一に分布していることが認められるのであるから,より小径の0.71μmの酸化錫粉末を使用して1500℃で焼結を行っている先願明細書発明においても,Snの凝集は10μm以下の粒径で均一に分布している,と認めるのが相当である。 すなわち,前記技術常識を参酌すれば,先願明細書発明は,「焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布している」の要件を備えていると理解することができるのである(なお,本件訂正発明1の構成要件には,「均一に分布」の程度について,具体的な定義はない。発明の詳細な説明中にも「均一に細かく分散する」(乙第4号証6頁)との記載のほか,図1(甲第2号証5頁)として写真を添付するのみである。)。 エ 原告は,乙1文献は,高い焼結密度と,良好なSn分散性とは両立し得ないことを開示しており,先願明細書発明が90%以上もの焼結密度を達成している以上,構成エを備えているとは認められないと主張する。 しかしながら,乙1文献について前記認定したところからすれば,乙1文献における「・・・構造と密度とは,焼結温度において相反する項目である」との記載は,焼結体の高密度化は焼結温度の上昇によって可能である(図3参照)一方,必要以上に高めれば結晶粒径の粗大化の傾向が進み(図7及び図8参照)微細な構造が得られないこととなるから,微細な構造と高密度という項目は,焼結温度を調節するだけでは共に達成することができず,「相反する項目」であるということを意味するものであり,乙1文献には,そのことを認識しつつ,スパッタリングターゲットに用いられるITO焼結体に適した構造を達成するための製造条件として,焼結温度のみならず,原料粉末や他の製造条件を最適化することも示されているのである。 そして,イで認定したように,乙1文献には,焼結密度は,焼結温度とSnO2相の微細分散性に影響されることが記載されているのであるから,乙1文献の図3からは,1500℃の焼結温度では,先願明細書発明ほどの焼結密度が得られていないとみることができるとしても,先願明細書発明の実施例1において,焼結温度が1500℃であっても相対密度98%という良好な焼結密度を備えた焼結体が得られているのは,平均粒子径の小さい酸化錫粉末を用いたことによるものであると理解することが可能である。 高い焼結密度と良好なSn分散性とは,他の条件次第で両立し得るのであって,原告の主張は失当である。 オ 原告は,甲4公報を挙げて,先願明細書発明が,構成エを備えるとする決定の認定を争っている。 しかし,甲4公報は,「1500℃よりも高い温度で焼結を行なうと,スズの凝集を生じるおそれがある」(甲第4号証3頁3欄)と指摘しているにとどまり,このことは,必ずしも,乙1文献の開示内容と矛盾するものではなく,先願明細書発明が,本件訂正発明1の構成エを備えるとの前記認定を左右するものではない。 カ 原告は,決定が,訂正明細書における「従来以上に微粉度を高めた酸化錫粉」の「微粉度」を,訂正明細書で従来技術として記載されている甲11公報に記載された事項に基づいて認定したことは,誤りであると主張する。 当該認定が仮に誤りであったとしても,先願明細書発明が「焼結体中に存在するSnリッチ相が10μm以下の粒径で,焼結体中に均一に分布している」の要件を備えていると理解できることは,既に述べたとおりであり,決定の結論に誤りはない。 また,訂正明細書には,単に「従来以上に微粉度を高めた」としているのみであるから,すくなくとも,訂正明細書自体が従来技術として引用している甲11文献の酸化錫粉の粒径を,従来のものとすることを排除しているとは,到底理解できない。 (3) 原告の,本件訂正発明1が有するとする効果の観点からの主張について検討する。 ア 原告は,本件訂正発明1は,ITO焼結体の相対密度が85%程度でも,優れた効果を発揮できるのに対し,先願明細書発明では,それを90%以上にする必要がある,としている。 しかし,本件訂正発明1の構成要件では,「前記焼結体の相対密度が85%以上」とされている。したがって,本件訂正発明1のうち,相対密度が90%以上のものについては,先願明細書発明の相対密度と一致していることは明らかであり,その場合,本件訂正発明1が,原告の主張するような優れた作用効果を有していないことは当然である。 イ 原告は,本件訂正発明1は,先願明細書発明より大型であっても,均一な放電が得られ,異常放電が少なく,寿命後期に至るまで黒化がないという優れた性能を持つ,と主張する。 しかし,本件訂正発明1は,スパッタリングターゲットとして用いられるITO焼結体の大きさについて,何ら限定していない。 また,本件明細書の発明の詳細な説明中において,「ターゲット寿命・・・に対して70%使用時においてもターゲット表面黒化および異常放電は認められなかった。」(乙第4号証8頁)と説明されているのに対し,先願明細書にも,「放電電圧の経時変化は小さく,ターゲット表面はほとんど黒色化しなかった。」(甲第5号証5頁7欄等)と記載されている。そうすると,先願明細書発明のターゲットを本件明細書の実施例に記載されているのと同程度の大きさとした場合に,効果の点で劣ることが明らかとはいえないから,両者に差異があるとは認められない。 (4) 原告は,数あるITO焼結体の中から,本件訂正発明1の組織構造を持つものが,スパッタリングターゲットとして優れた作用効果を持つことを発見したこと自体が,選択発明として特許に値する旨主張する。 しかし,(1)及び(2)で検討したところによれば,本件訂正発明1の構成のすべてが先願明細書に記載されているということができ,(3)で検討したように,本件訂正発明1の効果も,先願明細書発明の効果と比較して格別のものとはいえない。 原告の主張は,理由がない。 2 取消事由2(本件訂正発明2及び3の新規性)について 本件訂正発明1に新規性が認められない以上,本件訂正発明2及び3について検討するまでもなく,本件訂正請求は認められない。 3 取消事由3(本件発明1ないし3の新規性の判断の誤り)について 原告の取消事由3の主張は,取消事由1と同じであり,その理由がないことは,既に述べたとおりである。 4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |