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事件 平成 24年 (行ケ) 10181号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/02/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年2月7日判決言渡

平成24年(行ケ)第10181号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年1月24日

判 決



原 告 X

訴訟代理人弁理士 豊 岡 静 男

廣 瀬 文 雄



被 告 株式会社オートネットワーク

技術研究所




被 告 住友電装株式会社




被 告 住友電気工業株式会社



3名訴訟代理人弁護士 増 井 和 夫

橋 口 尚 幸

齋 藤 誠 二 郎



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。





事実及び理由

第1 原告の求めた判決

特許庁が無効2011−800199号事件について平成24年4月13日にし

た審決を取り消す。



第2 事案の概要

原告は,被告らの有する本件特許について無効審判請求をしたが,請求不成立の

審決を受けた。本件はその取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。

1 特許庁における手続の経緯

被告らは,本件特許第4624400号(発明の名称「車両用の電線保護方法お

よび電線保護装置」,平成19年11月19日出願,平成22年11月12日特許

登録,特許公報は甲6,請求項の数5)の特許権者である。

原告は,平成23年10月6日に,本件特許について無効審判請求をした(無効

2011−800199号)。被告らは,その手続中の平成24年3月16日に,

特許庁から無効理由の通知を受け,同日付けで訂正請求をしたところ,特許庁は,

平成24年4月13日に,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」

との審決をし,その謄本は平成24年4月23日に原告に送達された。

2 本件発明の要旨

平成24年3月16日付けの訂正(甲16〜18)による本件特許の請求項1〜

5(本件発明1〜5)は,次のとおりである。

【請求項1】

車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方

法であって,

前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と,

前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特

性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し,該電線の上昇温度を前




記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する工程と,

前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定する工程と,

前記判定する工程において,前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未

満であると判定された場合,前記上昇温度を用いて,新たに検出された通電電流に

起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線

の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し,該新たな上昇温度を前記基準温度

に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程と,

前記判定する工程において,前記推定された電線の温度が所定の上限温度以上で

あると判定された場合,前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程とを

含み,

前記電線の温度を推定する工程は,前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特

性に基づく前記電線の上昇温度を,下記関係式に基づき算出し,

その算出において,

下記関係式におけるRw(n−1)を,前記所定の上限温度に対応する前記Rw

(n−1)であって温度に依存しない一定値として,前記電線の上昇温度を算出し,

前記基準温度を,前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温

度に設定する,車両用の電線保護方法。

ΔTw(n)= ΔTw(n−1)×exp(−Δt/τw)+Rthw

×Rw(n−1)×I(n−1)2×(1−exp(−Δt/τw))
ここで, I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)

ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)

Rw(n−1):一定値の電線抵抗(Ω)

Rthw:電線熱抵抗(℃/W)

τw:電線放熱時定数(s)

Δt:所定時間(s)

Tw=基準温度+ΔTw(n)




:検出n回時の電線温度(℃)

【請求項2】

車両において電源と負荷との間に設けられ,前記電源から前記負荷へ電力を供給

するために用いられる電線を保護する装置であって,

前記電源から前記負荷への通電路に設けられ,前記負荷への電力供給をスイッチ

する半導体スイッチ素子と,

前記半導体スイッチ素子に流れる負荷への通電電流を所定時間毎に検出する電流

検出回路と,

前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特

性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し,該電線の上昇温度を前

記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する演算回路と,

前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定し,

前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定した場合に

は,前記演算回路に,前記上昇温度を用いて,新たに検出された通電電流に起因す

る前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記

基準温度からの新たな上昇温度を算出し,該新たな電線の上昇温度を前記基準温度

に加算して前記電線の温度を新たに推定させ,

前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度以上であると判定した場合に

は,前記半導体スイッチ素子をオフして,前記電源から前記負荷への電力の供給を

停止させる保護回路と,

前記基準温度を,前記電線が配設された場所の環境温度のうちの最高温度の環境

温度に設定する基準温度設定回路と,

を備え,

前記演算回路は,前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電

線の上昇温度を,下記関係式に基づき算出し,その算出において,下記関係式にお

けるRw(n−1)を,前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n−1)であっ




て温度に依存しない一定値として,前記電線の上昇温度を算出する,車両用の電線

保護装置。

ΔTw(n)= ΔTw(n−1)×exp(−Δt/τw)+Rthw

×Rw(n−1)×I(n−1)2×(1−exp(−Δt/τw))
ここで,I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)

ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)

Rw(n−1):一定値の電線抵抗(Ω)

Rthw:電線熱抵抗(℃/W)

τw:電線放熱時定数(s)

Δt:所定時間(s)

Tw=基準温度+ΔTw(n)

:検出n回時の電線温度(℃)

【請求項3】

前記通電電流を電圧に変換し,変換信号を生成する変換回路と,前記変換信号を

フィルタリングするローパスフィルタとをさらに備え,前記ローパスフィルタの時

定数は,前記所定時間より大きく,前記電線の放熱時定数より小さい請求項2に記

載の車両用の電線保護装置。

【請求項4】

前記電線は,前記半導体スイッチ素子から前記負荷までの間に配設される車両用

のワイヤーハーネスであり,

前記演算回路および保護回路は,マイクロコンピュータとして構成される請求項

2または請求項3に記載の車両用の電線保護装置。

【請求項5】

前記演算回路および保護回路は,ハードウェアロジックによって構成される請求

項2〜請求項4のいずれか1項に記載の車両用の電線保護装置。

3 審判における原告主張の無効理由(特許法29条2項




本件発明1〜5は,特開2007−295776号公報(甲1)記載の発明と,

特開昭63−204307号公報(甲2)及び特開平8−242533号公報(甲

3)に開示された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた

ものである。

4 審決の理由の要点

(1) 平成24年3月16日付けの訂正は,明瞭でない記載釈明を目的とする

ものであって,当初明細書の記載の範囲内でされたものであるから,訂正を認める。

(2) 本件発明1について

ア 甲1公報に記載された甲1発明,本件発明1と甲1発明との一致点及び

相違点は次のとおりである。

【甲1発明】

車両においてバッテリより負荷へ電力を供給するために用いられる電線の温度が

上昇した際にこれを検出して負荷回路を保護する方法であって,

前記負荷への負荷電流を所定のサンプリング時間毎に検出する工程と,

今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合,前記検出された

負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づい

て経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの上昇温度を算出し,前記周囲温度か

らの前記上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程と,

前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたかどうか判定する工程と,

前記判定する工程において,前記推定温度が予め設定した許容温度以下である場

合,処理を元に戻して,新たに検出された負荷電流及び予め設定されている前記電

線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲

温度からの新たな上昇温度を算出し,前記周囲温度からの前記新たな上昇温度を前

記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程と,

前記判定する工程において,前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたと判

定した場合,通電を停止する工程とを含み,




前記推定温度を算出する工程は,前記経過時間tでの前記検出された負荷電流及

び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づく前記電線の

推定温度を,下記関係式に基づき算出し,

その算出において,

下記関係式におけるrを,定数として,前記電線の推定温度を算出し,

前記周囲温度を,固定値であるエンジンルームの85℃に設定する,車両の負荷

回路を保護する方法。




T1: 電線の温度[℃]

T2: 周囲温度[℃]

i : 電流[A]

r : 導体の抵抗[Ω]

R : 導体の熱抵抗[℃/W]

C : 導体の熱容量[J/℃]あるいは[W・sec/℃]

t : 経過時間[sec]

【一致点】

車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方

法であって,

前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と,

前記検出された通電電流に起因する前記電線の所定の発熱特性に基づいて前記電

線の関連温度からの上昇温度を算出し,該電線の上昇温度を前記電線の関連温度に

加算して前記電線の温度を推定する工程と,

推定された電線の温度と所定の上限温度との関係がどうかを判定する工程と,

前記判定する工程において,前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度と




所定の関係であると判定された場合,新たに検出された通電電流に起因する前記電

線の所定の発熱特性に基づいて前記電線の関連温度からの新たな上昇温度を算出

し,該新たな上昇温度を前記関連温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する

工程と,

前記判定する工程において,前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度と

所定の関係であると判定された場合,前記電源から前記負荷への電力の供給を停止

する工程とを含み,

前記電線の温度を推定する工程は,前記電線の発熱特性に基づく前記電線の上昇

温度を,所定の関係に基づき算出する,車両用の電線保護方法。

【相違点1】

電線の温度を推定する工程において,本件発明1は,検出された通電電流に起因

する所定時間内の電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上

昇温度を算出し,該電線の上昇温度を前記基準温度に加算するのに対し,甲1発明

は,今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合,検出された負

荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて

経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの上昇温度を算出し,前記周囲温度から

の前記上昇温度を前記周囲温度に加算する点。

【相違点2】

推定された電線の温度が所定の上限温度との関係がどうかを判定する工程におい

て,本件発明1は,上限温度未満かどうかを判定するのに対し,甲1発明は,許容

温度を超えたかどうか判定する点。

【相違点3】

電線の温度を新たに推定する工程において,本件発明1は,推定された電線の温

度が所定の上限温度未満であると判定された場合,前記上昇温度を用いて,新たに

検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特

性に基づいて前記電線の基準温度からの新たな上昇温度を算出し,該新たな上昇温




度を前記基準温度に加算するのに対し,甲1発明は,推定温度が予め設定した許容

温度以下である場合,処理を元に戻して,新たに検出された負荷電流及び予め設定

されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記

電線7の周囲温度からの新たな上昇温度を算出し,前記周囲温度からの前記新たな

上昇温度を前記周囲温度に加算する点。

【相違点4】

電源から負荷への電力の供給を停止する工程について,本件発明1は,推定され

た電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合であるのに対し,甲1

発明は,推定温度が予め設定した許容温度を超えたと判定した場合である点。

【相違点5】

電線の温度を推定する工程において,本件発明1は,所定時間内の電線の発熱及

び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を,関係式に基づき算出し,前記関係式に

おけるRw(n−1)を,前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n−1)であ

って温度に依存しない一定値として,前記電線の上昇温度を算出し,前記基準温度

を,前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度に設定し,前

記関係式は,

ΔTw(n)= ΔTw(n−1)×exp(−Δt/τw)+Rthw

×Rw(n−1)×I(n−1)2×(1−exp(−Δt/τw))
ここで,I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)

ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)

Rw(n−1):一定値の電線抵抗(Ω)

Rthw:電線熱抵抗(℃/W)

τw:電線放熱時定数(s)

Δt:所定時間(s)

Tw=基準温度+ΔTw(n)

:検出n回時の電線温度(℃)




であるのに対し,甲1発明は,経過時間tでの検出された負荷電流及び予め設定

されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づく前記電線の推定温度

を,関係式に基づき算出し,前記関係式におけるrを,定数として,前記電線の推

定温度を算出し,周囲温度を,固定値であるエンジンルームの85℃に設定し,前

記関係式は,




T1: 電線の温度[℃]

T2: 周囲温度[℃]

i : 電流[A]

r : 導体の抵抗[Ω]

R : 導体の熱抵抗[℃/W]

C : 導体の熱容量[J/℃]あるいは[W・sec/℃]

t : 経過時間[sec]

である点。

イ 相違点1,3,5について

甲1発明は,車両の負荷電流について,今回の検出電流が前回の検出電流以上で

あると判定された場合に,上昇温度を算出しているが,電流の増加と減少が繰り返

される場合,電流の減少時には上昇温度を算出していない。これは,通常電流より

も大きく,かつ閾値電流を超えない程度の電流が流れた場合,すなわち,レアショ

ート発生時に,電線の温度上昇に基づいて回路を遮断するか否かを判断することが

発明の目的であるからであり,甲1発明には,車両用ワイヤーハーネス特有のオン

オフを繰り返すようなショート電流によって電線温度が上昇しても電線温度を正確

に検知したいという課題は存在しない。

甲1公報には,上昇温度を算出する場合は(1)式のみを用い,下降温度を算出する




場合は(2)式のみを用いることが記載されているが,上昇温度を算出する場合に(1)

式と(2)式を同時に用いることは記載がないから,甲1発明の上昇温度の算出のため

の熱特性とは,(1)式,すなわち発熱特性のみを意図しており,放熱特性は意図して

いない。

また,甲1発明は,所定時間毎に温度を算出してはいるが,本件発明1のように

所定時間内の上昇温度を算出しているのではなく,経過時間tにおける上昇温度を

算出している。

さらに,甲1発明は,推定された電線の温度が上限温度より低いとき,再度演算

は行うが,本件発明1のように先に算出した上昇温度を用いて新たな上昇温度を算

出するのではなく,検出電流値と経過時間から上昇温度を求めている。

これらは,甲1発明の関係式と,本件発明1の関係式との差異に基づくものであ

る。

甲2公報に開示された技術的事項は,車両用ハーネスに比べて熱容量の大きい電

動機,発電機等の電磁機械の上昇温度を求めるものであり,具体的には巻線の電流

値を用いるが,巻線は固定されておりハーネスのようなオンオフを繰り返す様なシ

ョート電流を想定しておらず,車両用ハーネスのように,短時間のショートで瞬時

に温度が上昇して被覆の溶融等が生ずるものではない。

そうであれば,車両用ハーネスのレアショート発生時に電線の温度上昇に基づい

て回路を遮断するか否かを判断する甲1発明に,車両用ハーネスに比べて熱容量の

大きい電動機,発電機等の電磁機械の上昇温度を求める甲2公報に開示された技術

的事項を適用する動機付けがなく,仮に,甲2公報に記載された温度上昇を求める

式が周知であるとしても,上記のとおり動機付けがない以上,甲1発明の(1)式すべ

てに代えて甲2公報に記載された温度上昇を求める式を適用することが,当業者に

とって容易に想到し得たとはいえない。

ウ 相違点2,4について

相違点2及び4の実質的内容は,本件発明1は,推定温度が上限温度と同じとき,




過熱状態と判断しているのに対し,甲1発明は,推定温度が許容温度(「上限温度」

に相当)と同じとき,過熱状態とは判断しない点にあるといえる。

しかし,算出値,検出値等と基準値を比較する場合,算出値,検出値等と基準値

が同じとき,その状態を異常状態とするか否かは,当業者であれば適宜選択し得る

ことであるから,甲1発明についても,推定温度が許容温度と同じとき過熱状態と

することにより,相違点2及び4に係る本件発明1の構成とすることは,当業者で

あれば適宜なし得ることである。

エ 小括

以上のとおりで,甲1発明について,相違点2,4に係る本件発明1の構成とす

ることは当業者が適宜なし得るものであっても,相違点1,3,5に係る本件発明

1の構成とすることは当業者が容易に想到することができたものとはいえないか

ら,本件発明1は,甲1発明と甲2公報及び甲3公報に開示された技術的事項に基

づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3) 本件発明2〜5について

本件発明1が容易に想到し得ないことは,上記(2)のとおりであるところ,本件発

明2は,本件発明1と発明のカテゴリーは物と方法で異なるが内容は実質的に同じ

であるから,本件発明1と同様に,当業者が容易に発明をすることができたものと

はいえない。

本件発明3〜5は,本件発明2の構成をすべて含むから,本件発明1と同様に,

当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。



第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)について

甲1公報(特開2007−295776号)の段落【0004】〜【0009】

の記載によれば,甲1発明は,特開2002−84654号公報(甲24)に記載

されたレアショート発生時の負荷回路の保護装置を改良するものであるところ,甲




24公報には,複数回オンオフするレアショート判断装置及びレアショート判断方

法が記載されている。したがって,甲1発明のレアショートは,電流がオンオフを

繰り返すレアショートを意味するものである。

そして,甲1公報の記載によれば,甲1発明は,レアショート発生時に,電線の

温度上昇に基づいて回路を遮断するか否かを判断し得る負荷回路の保護装置を提供

することを目的とするものであり,負荷に流れる電流が検出されているときは,(1)

式により,検出された電流値と,負荷と電源とを結ぶ電線の熱抵抗R及び熱容量C

の熱特性とに基づいて,電線の上昇温度を算出し,電流が検出されていないとき等

は,下記(2)式(段落【0032】)により,電線の熱特性に基づいて下降温度を算

出し,前記上昇温度及び下降温度を積算して電線の推定温度を求め,電線の温度が

所定の閾値温度を超えたと判定された際に,負荷回路を遮断する遮断制御手段とを

備えたものである。




すなわち,甲1発明は,電流がオンオフを繰り返すレアショート発生時に,電流

値と電線の熱特性に基づいて上昇温度及び下降温度を算出し,これらをトータル的

に積算して電線の推定温度を求めることに特徴を有するものである。

また,甲1公報の【図4】(a),【図5】(b)の記載からすると,(1)式によ

る温度上昇曲線の途中で(2)式による温度下降曲線に切り替わる場合には,その時点

の温度から下降する曲線となるのであるから,いったん温度が下降した時点から温

度が上昇する場合には,その時点の温度から上昇する曲線になることは自明である。

すなわち,電流のオンオフが繰り返され,2回目以降に(1)式を用いる際の周囲温度

T2は,その時点の電線の温度であって,固定値ではない。

しかるに,審決は,甲1発明として,下降温度の算出について認定しておらず,

また,(1)式で用いる周囲温度T2を固定値とし,(1)式を使用するたびに,その周

囲温度から新たな上昇温度を計算する旨認定しており,誤りがある。




2 取消事由2(一致点及び相違点の認定の誤り)について

取消事由1で主張したとおり,審決の甲1発明の認定には誤りがあり,相違点1,

3は,相違点ではなく,一致点となる。

また,相違点5ついては,甲1発明に関し,温度下降時に取消事由1で主張した

(2)式を使用するものであることを付加すべきである。

3 取消事由3(相違点1,3,5の判断の誤り)について

取消事由1及び2で主張したところによれば,相違点1,3,5のうち,本件発

明1と甲1発明との相違点となるのは,関係式の相違に係る相違点5のみとなる。

相違点5に関して,本件発明1と甲1発明の関係式は極めて類似しており,本件

発明1では,放熱に関する項は前回のサンプリング時の温度上昇値を用い,発熱に

関する項は前回のサンプリング時の電流値を用いているのに対し,甲1発明では,

温度に関する上昇・下降の状態が変化しない場合は,タイマが計時する経過時間を

用いている点で相違している。

本件発明1の式は甲2公報(特開昭63−204307号)に記載された式と実

質的に同一のものであるから公知の式であり,電流による温度上昇を算出する式と

して,甲2公報に記載された電磁機械の巻線の電気抵抗による発熱に基づく温度上

昇を算出するものと,本件発明1や甲1発明の車両用の電線の電気抵抗による発熱

に基づく温度上昇を算出するものとの間に差異はない。また,甲1発明の(1)式及び

(2)式から導かれる等価回路と,甲2公報の第3図の電気回路とは同一の等価回路で

あり,甲2公報に記載された式は,等価回路から導かれたものであるから,同じ等

価回路から導かれた甲2公報に記載された式を,甲1発明の式に代えて用いること

は,当業者が適宜選択できる事項にすぎない。

したがって,相違点5に係る本件発明1の構成は,甲1発明と甲2公報に記載さ

れた式から容易に想到し得る。

以上のとおりで,本件発明1は,甲1発明と甲2公報及び甲3公報(特開平8−

242533号)に開示された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をする




ことができた。

4 取消事由4(本件発明2〜5に関する容易推考性の判断の誤り)について

(1) 本件発明2について

本件発明2と本件発明1は,発明のカテゴリーは物と方法で異なるが,内容は実

質的に同じである。したがって,本件発明1について取消事由1〜3で主張したの

と同様に,本件発明2も,甲1発明と甲2公報及び甲3公報に開示された技術的事

項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。

(2) 本件発明3について

本件発明3は,本件発明2に対して,「前記通電電流を電圧に変換し,変換信号

を生成する変換回路と,前記変換信号をフィルタリングするローパスフィルタとを

さらに備え,前記ローパスフィルタの時定数は,前記所定時間より大きく,前記電

線の放熱時定数より小さい」との限定を加えたものである。

この付加された構成について,測定された電流値を制御装置に入力するために,

「通電電流を電圧に変換し,変換信号を生成する変換回路」が必要であることは,

当業者の技術常識である。入力信号をフィルタリングするローパスフィルタを設け

ることは,例えば甲3公報(段落【0019】)にも記載されているように,ノイ

ズを除去するために通常行われていることである。そして,ローパスフィルタの時

定数は,フィルタリングする信号の周波数を当然に考慮して設定されるべきもので

あるから,「前記所定時間より大きく,前記電線の放熱時定数より小さ」く設定す

ることは,当業者が必要により適宜決めればよい設計事項である。

本件発明2と共通する構成については,上記(1)のとおりである。

したがって,本件発明3は,甲1発明と甲2公報及び甲3公報に開示された技術

的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。

(3) 本件発明4について

本件発明4は,本件発明2又は本件発明3に対して,「前記電線は,前記半導体

スイッチ素子から前記負荷までの間に配設される車両用のワイヤーハーネスであ




り,前記演算回路および保護回路は,マイクロコンピュータとして構成される」と

の限定を加えたものである。

上記の付加された構成について,電線をワイヤーハーネスとすることは,車両に

おいて通常行われていることであり,甲1発明の電線7も,車両においてバッテリ

2から負荷4へ電力を供給するために用いられるものであるから,甲1発明につい

て,電線7を,電子スイッチ3から負荷4までの間に配設される車両用のワイヤー

ハーネスとすることに格別の困難性はない。また,車両の制御のためにマイクロコ

ンピュータを用いることは,技術常識であるから,甲1発明について,演算回路及

び保護回路をマイクロコンピュータとして構成することは,当業者が必要により適

宜採用すればよい設計事項である。

本件発明2及び3と共通する構成については,上記(1)及び(2)のとおりである。

したがって,本件発明4は,甲1発明と甲2公報及び甲3公報に開示された技術

的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。

(4) 本件発明5について

本件発明5は,本件発明2又は本件発明3に対して,「前記演算回路および保護

回路は,ハードウェアロジックによって構成される」との限定を加えたものである。

上記の付加された構成について,演算回路等をハードウェアロジックで構成する

ことは,その回路をハードウェアロジックで構成することの必要性を考慮して,適

宜採用すればよい設計事項である。

本件発明2及び3と共通する構成については,上記(1)及び(2)のとおりである。

したがって,本件発明5は,甲1発明と,甲2公報及び甲3公報に開示された技

術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた。



第4 被告らの反論

1 取消事由1に対し

甲1公報(特開2007−295776号)の記載によれば,甲1発明は,「レ




アショート発生」という現象に対して,過熱を防止するということを主な目的とす

る発明であり(段落【0009】),レアショートとは,「通常電流よりも大きく

且つ閾値電流を超えない程度の電流が流れた場合」(段落【0004】)を指すか

ら,本件発明1のようなオンオフを繰り返すショート電流は想定されていない。原

告は,甲24公報(特開2002−84654号)の記載から,甲1発明は,オン

オフを繰り返すレアショート発生時の問題を解決するものであると主張する。しか

しながら,甲1公報には,甲24公報の記載が含まれているわけではなく,甲1公

報の記載からすると,甲1発明は,甲24公報に記載された熱量計算では評価でき

ない電線径による温度変化の相違の問題を解決するものと解釈するのが自然であ

る。

このように,甲1発明と本件発明とでは,発明の対象となるショート電流の範囲

が異なっており,それに応じて,電線の上昇温度の算定法も異なっている。

すなわち,甲1発明は,周期的に電線に流れている電流を測定し,@今回の検出

電流が前回の検出電流以上であると判定された場合には,(1)式を用いて上昇温度を

算出し,Aアーク電流等に起因せず,単に今回の検出電流が前回の検出電流未満に

なった場合や,電流値がゼロの場合には,(2)式に基づき下降温度を算出し,Bアー

ク電流が発生した場合(今回の検出電流が前回の検出電流未満であり,前回の検出

電流が通常動作電流範囲外であり,今回の検出電流が通常動作範囲内である場合)

には,甲1公報に記載された(3)式(T1=T2+Q(i))を用いてアーク上昇温

度を算出するものである。したがって,本件発明1の課題であるオンオフを繰り返

すショート電流が生じたような場合,ショート電流がオンになると(1)式により上昇

温度を計算するが,その後,ショート電流がオフになると,電流が減少又はゼロで

あるから,(2)式による下降温度の算出が行われ,再度ショート電流がオンになると,

再び(1)式による上昇温度の計算が開始される。

ところで,オンオフが短い周期で繰り返されるショート電流により温度上昇が生

じる場合,最初のオンによって上昇した電線の温度は,次の短いオフの間に,初期




温度にまで下降しきることがないまま,次のオンが始まる。このため,次にオンに

なったときには,初期温度より相当に高い温度からさらに発熱により温度が上昇し

ていくことになる。ところが,甲1公報の記載によれば,甲1発明の(1)式のT2は,

初期状態の固定値である25℃あるいは85℃に設定されているから(段落【00

29】,【0040】),オンオフが繰り返され,オンのときに用いる(1)式の使用

を開始するたびに,計算結果であるT1が初期温度T2に戻ってしまい,初期温度

T2からの温度上昇を計算することになる。このため,甲1発明では,オンオフが

繰り返されると,実際の電線の温度よりかなり低く温度が算出されてしまうことに

なり,オンオフが短い周期で繰り返されるショート電流による温度上昇には,正確

に対応できない。

原告は,甲1発明について,いったん温度が下降した時点から温度が上昇する場

合には,その時点の温度から上昇する曲線となることは自明である旨主張するが,

甲1公報には,そのような記載はない。ちなみに,甲1公報の段落【0029】に

は,「…周囲温度T2は,電子スイッチ3がオンとされたときの電線7の温度であ

り,…」との記載があるが,ここにいう電子スイッチのオンと,ショート電流のオ

ンとは,全く別の現象である。また,原告は,甲1発明について,上昇温度と下降

温度を「積算」するものと主張するが,上記のとおり,(1)式により再度の上昇温度

を算定する場合には,前回の温度算出結果は利用されないので,原告の主張するよ

うな積算を行うものではない。なお,原告が甲1発明は下降温度を算出していると

主張する部分については,確かに,甲1発明は条件分岐により(2)式を用いて下降温

度の算出を行っているが,甲1発明は,電線の過熱を防止するために,電線の温度

を算定し,それが所定の温度を超えていれば電線への電力供給を停止するという発

明であり,電線の過熱による電力供給の停止は,上昇温度算定工程においてのみ行

われるから,甲1発明における下降温度算定工程を本件発明1と比較する必要はな

く,審決が甲1発明について下降温度の算定工程を認定しなかったことに誤りはな

い。




2 取消事由2に対し

取消事由1について主張したとおり,審決の甲1発明の認定に誤りはなく,した

がって,一致点・相違点の認定にも誤りはない。

3 取消事由3に対し

取消事由1について主張したとおり,甲1公報には,本件発明1のような,オン

オフを繰り返すショート電流による電線の過熱防止という課題は記載されていな

い。

甲2公報(特開昭63−204307号)には,本件発明1と類似する式が開示

されているが,甲2公報に記載された発明は,車両用ハーネスに比べて熱容量の大

きい電動機,発電機等の電磁機械の上昇温度を求めるものであり,そのような電動

機,発電機等では,巻線が固定されているために,車両用ワイヤーハーネスのよう

な,オンオフを繰り返すようなショート電流は想定されていないし,短時間のショ

ートで瞬時に温度が上昇して被覆の溶融等が生ずるものではない。

また,取消事由1について主張したとおり,甲1発明は,(1)式〜(3)式を条件分

岐によって使用するものであり,甲2公報に開示された式を適用すると,(3)式を利

用できなくなってしまう。

したがって,甲2公報に開示された式を甲1発明に適用する動機付けは認められ

ず,審決の判断に誤りはない。

なお,原告は,等価回路が同一であるから,関係式が類似している旨主張する。

しかしながら,「等価回路」が同じような形をしていることは,原型となる微分方

程式が同形であることを意味するだけであり,それを解く条件次第で,そこから導

かれる具体的な上昇温度の算定式が異なる形となるのはごく通常のことであり,原

告の主張は誤りである。

4 取消事由4に対し

本件発明2は本件発明1と実質的に同内容の発明であり,また,本件発明3〜5

は,本件発明2の構成をすべて含むから,本件発明1について進歩性が認められる




以上,本件発明2〜5についても進歩性は認められる。



第5 当裁判所の判断

1 本件発明1について

本件明細書(甲6,16〜18)によれば,本件発明1について次のとおり認め

られる。

本件発明1は,車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電

線の保護方法に関するものである(段落【0001】)。車両用ワイヤーハーネス

は,経時劣化や磨耗などにより内部の芯線がボディーなどと接触してショートする

恐れがあり,ショートによる電線被覆の発煙等を防止する必要があった。従来技術

のうち,過熱状態を検出して溶断する熱ヒューズを使用する方法では,溶断後のヒ

ューズの付け替えが煩雑である等の問題があり,直接電線に取り付けた温度センサ

ーで電線の温度を測定し,異常時に電流を遮断する方法では,構造が複雑になる等

の問題があった(段落【0002】,【0003】)。そこで,本件発明1は,請

求項1に記載した構成を採り,@所定時間毎に通電電流を検出し,A電線の発熱及

び放熱特性に基づき,上記通電電流に起因する,電線の基準温度からの上昇温度を

算出し,B基準温度と上昇温度を加算した現在の電線温度(推定値)と電線の許容

される上限温度とを比較し,C上限温度未満である場合には,前回の上昇温度を用

いて,上記@以降の工程により新たな現在温度の推定を行う工程を繰り返し,D上

限温度以上である場合には電力の供給を停止することによって(段落【0005】 ,


オンオフを繰り返すようなショート電流によって電線温度が上昇した場合であって

も,電線が発煙温度に達する前に通電電流を遮断して,電線の発煙を防止すること

ができ,ヒューズのように劣化がなく,構造を簡単にできる等の効果を奏するもの

である(段落【0006】,【0007】)。

2 甲1発明について

甲1公報(特開2007−295776号)によれば,甲1発明について次のと




おり認められる。

甲1発明は,電線の温度が上昇した際にこれを検出して負荷回路を保護する装置

に関するものである(段落【0001】)。例えば,車両に搭載されるランプ等の

負荷に電力を供給する負荷回路は,一定の閾値電流を超える過電流が流れた場合,

すなわち,デッドショート発生時には,即時にこれを検出し,電子スイッチをオフ

とすることで回路を保護できるが,通常電流よりも大きく,閾値電流を超えない程

度の電流が流れた場合,すなわち,レアショート発生時には,これを検出すること

ができず,発煙等のトラブルが発生することがあった(段落【0002】〜【00

05】)。そのような問題を解決するための従来技術(甲24公報(特開2002

−84654号)記載の発明)では,電流値を読み取って,発熱量,放熱量,アー

ク熱量を積算し,回路を遮断するか否かを判定していたが,電線の太さを考慮して

いないため,適切な遮断が行われないという問題があった(段落【0006】〜【0

008】)。そこで,甲1発明は,レアショート発生時に,電線の温度上昇に基づ

いて回路を遮断するか否かを判断し得る負荷回路の保護装置を提供することを目的

として(段落【0009】),@所定のサンプリング時間毎に電流を検出し,A電

流値が上昇あるいは定電流を維持しているときには,審決が認定した(1)式により,

電流値と導体の熱特性に応じた電線の上昇温度を求め,B電流が検出されていない

とき,あるいは電流が減少しているときには,原告が主張する(2)式により,導体の

熱特性に応じた電線の下降温度を求め,C電流値が上昇した後,負荷の通常動作電

流に復帰した直後には,T1=T2+Q(i)で表される(3)式によりアークによる

温度上昇を求め,D上記A〜Cをトータル的に積算することにより,電線の現在の

温度を推定し,E所定の閾値を超えたときに,電線の発煙状態と判定して,負荷回

路を遮断するというものであり(特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項4】,発

明の詳細な説明の段落【0010】,【0019】〜【0021】,【0027】

〜【0029】,【0031】〜【0036】,【図6】),これにより,電線の

温度に基づいて回路を遮断するか否かが判定されるので,電線温度に応じた高精度




な回路の遮断制御を行うことができるなどの効果を奏するものである(段落【00

12】)。

3 取消事由1(甲1発明の認定の当否)について

(1) 原告は,甲1発明について,本件発明1と同様に,オンオフを繰り返すレ

アショート時に回路を保護することに特徴を有するものであり,このため,電流の

オンオフが繰り返され,2回目以降に(1)式を用いて上昇温度を算出する場合,周囲

温度T2として,その時点の電線の温度を使用するのであって,審決の認定するよ

うな固定値を使用するのではなく,また,下降温度も算出するものであるから,こ

れと異なる審決の甲1発明の認定には誤りがある旨主張する。

(2) まず,甲1発明がオンオフを繰り返すレアショートに対応するものである

かどうかについて検討する。

原告の上記主張は,甲1公報の段落【0004】〜【0009】と,そこで引用

された従来技術たる甲24公報の記載を根拠とするものであるところ,甲1公報の

段落【0004】〜【0009】には,レアショートについて,「通常電流よりも

大きく,かつ閾値電流を超えない程度の電流」とする記載はあるものの,「電流が

オンオフを繰り返す」ことに関する具体的な記載や,これを示唆する記載はない。

また,甲1公報(段落【0006】〜【0009】)には,従来技術である甲24

公報記載の電線保護装置に関して,@電流値を読み取って,発熱量,放熱量,アー

ク熱量を積算し,積算した熱量が所定の閾値を超えたときに回路を遮断する装置で

あること,Aそこでは,電線の太さを考慮していないため,適切な遮断が行われな

いという問題があること,Bそのような問題を解決するために甲1発明の構成を採

択したことが記載されるにとどまり,甲24公報記載の電線保護装置がオンオフを

繰り返すレアショートに対応するものであることを示す具体的な記載は甲1公報に

はない。また,上記Aの課題は,オンオフを繰り返すレアショートの場合に限られ

るものではなく,「通常電流よりも大きく,かつ閾値電流を超えない程度の電流」

であっても起こり得る課題であることは明らかであるから,この記載をもって,甲




1発明が,電流がオンオフを繰り返すレアショート発生時の課題を解決するもので

あることの根拠とすることはできない。さらに,一般的な技術用語としての「レア

ショート」が「電流がオンオフを繰り返す」ことを意味することを認めるに足りる

証拠はない。

したがって,原告の主張に係る甲1公報の記載から,甲1発明の「レアショート」

が,「電流がオンオフを繰り返すレアショート」を意味するものであると認めるこ

とはできない。

(3) 次に,甲1発明につき,レアショートによる電流のオンオフが繰り返され,

2回目以降に(1)式により上昇温度を算出する場合に,周囲温度T2として,その時

点における電線の温度を使用するものかどうかについて検討する。

甲1公報には,(1)式を用いる場合の周囲温度T2に関して,「…(1)式において,

周囲温度T2は,電子スイッチ3がオンとされたときの電線7の温度であり,初期

状態では固定値として例えば,通常の環境下では25℃,エンジンルーム等の高温

環境下では85℃等に設定される。…」(段落【0029】),「…なお,(1)式に

おける周囲温度T2は初期温度として,例えば,25℃等の値を設定する。」(段

落【0040】)と記載されるにとどまり,周囲温度T2として,ショート電流が

オンとなった時点における電線の温度(前回算出された推定温度)を使用すること

を示す記載は認められない。また,上記段落【0029】の「電子スイッチ3がオ

ンとされたときの電線7の温度」との記載についても,「電子スイッチ3がオンと

され」ることと,「電流がオンオフを繰り返すレアショート」における「ショート

電流がオンとなったとき」とは,異なる事象であることが明らかであるから,上記

の記載をもって,「ショート電流がオンとなったとき」の電線の温度を周囲温度T

2として使用するものと解することもできない。さらに,原告の主張に係る甲1公

報の【図4】(a),【図5】(b)についても,電流が検出されなくなったか,

あるいは電流が下降し始めた時点での温度T12を「周囲温度」とする記載はなく

(段落【0050】〜【0053】),「周囲温度」としては,「…(電線7の初




期的な温度)がT21…」(段落【0050】)と記載されるにとどまることに照

らすと,これらの図及び記載から,2回目以降に(1)式を用いる場合の周囲温度T2

として,その時点における電線の温度を使用することが自明であるとまでは認めら

れない。

したがって,この点に関する原告の主張も理由がなく,審決の認定に誤りがある

とはいえない。

そうすると,甲1発明については,ショート電流がオンオフを繰り返し,2回目

以降に(1)式を用いて上昇温度を算出する場合,その時点における電線温度ではな

く,固定値としての周囲温度T2を使用するため,正確な電線温度を算出すること

ができなくなり,電流がオンオフを繰り返すレアショートに正確に対応するものと

はいえないことになる。

(4) なお,甲1発明が下降温度を算出するかどうかについて検討するに,上記

2で認定したとおり,甲1発明は,電流が検出されない場合及び電流値が減少した

場合には,原告も主張する(2)式を用いて電線の下降温度を算出するものであり,審

決は,甲1発明についてこの点を認定していない。しかしながら,甲1発明が下降

温度を算出するものであるとしても,上記説示のとおり,甲1発明は,本件発明1

とは異なり,オンオフを繰り返すレアショートを課題として意識したものとは認め

られず,また,再度ショート電流がオンとなった場合であっても固定値の周囲温度

T2を使用するという観点からしても,オンオフを繰り返すレアショートには正確

に対応することができないものと認められるのであって,このような本件発明1と

甲1発明との相違を前提とすると,後記5で説示するとおり,甲1発明に甲2公報

(特開昭63−204307号)記載の式を組み合わせることが容易であるとはい

えず,本件発明1について,甲1発明及び甲2公報に開示された技術的事項から容

易に発明をすることができたということはできないから,甲1発明が下降温度を算

出するものかどうかは,本件発明1の容易推考性に関する審決の結論を左右しない。

したがって,取消事由1は理由がない。




4 取消事由2(一致点及び相違点の認定の当否)について

取消事由2は,取消事由1の主張を前提とするものであるところ,取消事由1に

理由がないことは上記3で説示したとおりであるから,取消事由2も理由がない。

5 取消事由3(相違点1,3,5の判断の当否)について

(1) 甲2公報(1頁右下欄18行〜2頁左上欄4行,2頁右上欄16行〜18

行,2頁右下欄7行〜3頁左上欄15行)の記載によれば,同公報には,電動機・

発電機等の電磁機械を過熱から保護するために,次の計算式を用いて過電流を検出

するという技術的事項が開示されていると認められる。

θ(n+1)=P(n)r(1−exp(T/Cr))

+exp(T/Cr)θ(n)

=K1P(n)+K2θ(n)

ここで,Cは電磁機械の熱容量であり,rは電磁機械の巻線の電気抵抗であり,

Tはサンプリング周期であり,P(n)は発熱量である。

(2) 上記(1)で認定した式は,本件発明1の式と実質的に同一であり,オンオ

フを繰り返すようなショート電流にも対応し得るものといえる。

しかしながら,取消事由1で説示したとおり,甲1発明は,本件発明1と同様の

課題,すなわち,車両用ワイヤーハーネス特有のオンオフを繰り返すようなショー

ト電流によって電線温度が上昇した場合に,電線温度を正確に検知するという課題

を有するものとは認められないし,(1)式で用いる周囲温度T2の観点からしても,

オンオフを繰り返すショート電流に正確に対応するものとは認められない。そうす

ると,そのようにオンオフを繰り返すようなショート電流に対応するという課題を

有していない甲1発明に接した当業者にとって,甲1発明の(1)式〜(3)式に代えて

甲2公報に開示された上記(1)の式を採用することについて,積極的な動機付けがあ

るとは認められない。

また,甲2公報に開示された上記(1)の式は,甲1発明とは異なり,電流の条件に

応じた式の使い分けをするものではないから,甲2公報に開示された式を甲1発明




に適用するためには,甲1発明について,電流変化の状態に応じた条件分岐を取り

除く変更を行う必要があるが,このような変更を行うと,甲1発明が対象とするア

ーク放電による発熱についての計算を行う(3)式の適用ができなくなり,甲1発明の

果たしていた機能(電線の上昇温度,下降温度,アークによる温度上昇を求め,こ

れらをトータル的に積算することにより,電線の現在の温度を推定すること)を達

成することができなくなる。

以上検討したところに照らすと,甲2公報に開示された式を甲1発明に適用する

ことが容易に想到し得たとはいえない。

したがって,これと判断を同じくする審決に誤りはなく,取消事由3も理由がな

い。

6 取消事由4(本件発明2〜5に関する容易推考性の判断の当否)について

本件発明2に関する原告の主張は,本件発明1に関する取消事由1〜3と同内容

であるから,取消事由1〜3について上記3〜5で説示したのと同様に,本件発明

2が容易想到とはいえないとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。

また,本件発明3〜5は,本件発明2の構成をすべて含むから,本件発明2に関

する上記説示と同様に,本件発明3〜5の容易推考性に関する審決の判断に誤りが

あるとはいえない。



第6 結論

以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部





裁判長裁判官

塩 月 秀 平




裁判官

池 下 朗




裁判官

古 谷 健 二 郎