審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21ワ23445特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23ワ4836特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
23年
(ワ)
16885号
特許権侵害差止等請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平 成25年1月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成23年(ワ)第16885号 特許権侵害差止等請求事件 口頭弁論終結日 平成24年10月25日 判 決 東京都千代田区<以下略> 原 告 株 式 会 社 ニ コ ン 同 訴訟代理人弁護士 深 井 俊 至 同 山 口 裕 司 同補佐人弁理士 宮 前 徹 同 鐘 ヶ 江 幸 男 川崎市麻生区<以下略> 被 告 株 式 会 社 シ グ マ 同訴訟代理人弁護士 小 杉 丈 夫 同 西 村 光 治 同 橋 慶 彦 同 田 中 健 夫 同補佐人弁理士 小 林 武 主 文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 1 被告は別紙被告製品目録記載の製品を製造し,販売し,輸出し又は販売の申 出(販売のための展示を含む。)をしてはならない。 2 被告は別紙被告製品目録記載の製品を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,金119億0300万円及びこれに対する平成23年 1 5 月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 概要 本件は,発明の名称を「像シフトが可能なズームレンズ」とする特許権 (特 許第3755609号。以下「本件特許権」という。) を有する原告が,別紙 被告製品目録記載の各製品 (以下,併せて「被告製品」といい,同目録記載@ 〜Eの製品を順に「イ号製品」「ロ号製品」「ハ号製品」「ニ号製品」「ホ号 製品」「ヘ号製品」という。) が本件特許権を侵害している旨主張して,@特 許法100条1項に基づく差止請求として被告製品の製造等の禁止,A同条2 項に基づく廃棄請求として被告製品の廃棄,B不法行為(同法102条2項に よる損害推定)に基づく損害賠償請求として119億0300万円(弁護士・ 弁理士費用5億円を含む。また,附帯請求として不法行為の後である平成23 年5月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支 払を求めた事案である。 ところで,本件は,発明の名称を「超音波モータと振動検出器とを備えた装 置」とする特許権(特許第3269223号)に係る請求と併合審理していた ところ,本件特許権に係る請求について分離して判断するものである。原告は, 分離前において,本件特許権及び特許第3269223号特許権の侵害を理由 とする損害賠償請求として126億5360万円の損害賠償を請求し,本件特 許権に係る損害額が114億0300万円,特許第3269223号特許権に 係る損害額が93億1500万円であるが,対象製品が重複するために,本件 特許権ないし特許第3269223号特許権に係る損害額が121億5360 万であり,弁護士・弁理士費用5億円を加えた126億5360万円が合計損 害額と主張していたので,本件特許権の侵害を理由とする損害賠償請求につい ては114億0300万円と弁護士・弁理士費用5億円を加えた合計119億 0300万円を請求し,特許第3269223号特許権の侵害を理由とする損 2 害 賠償請求については93億1500万円と弁護士・弁理士費用5億円を加え た合計98億1500万円を請求し,弁護士・弁理士費用を含めて重複する金 額部分については選択的併合であったと解し,本件特許権の侵害を理由とする 損害賠償請求は119億0300万円を請求するものとして分離したものであ る。 2 前提事実(後記(6)を除いて当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は,光学機械器具等の製造,販売等を目的とする株式会社であり,デ ジタル一眼レフカメラ用レンズを製造,販売等している。 被告は,光学機械器具等の製造,販売等を目的とする株式会社であり,デ ジタル一眼レフカメラ用レンズを製造,販売等している。 (2) 本件特許権 原告は,本件特許権を有している。本件特許権は,次のとおりである (本 件特許権に係る特許公報〔甲2〕を末尾に添付し,これを「本件明細書」と いう。) 。 登録番号 特許第3755609号 発明の名称 像シフトが可能なズームレンズ 出 願 日 平成6年9月29日 出願番号 特願平6−259056 登 録 日 平成18年1月6日 (3) 特許発明 本件特許権に係る請求項1の発明 (以下「本件特許発明」といい,これに 係る特許を「本件特許」という。) は,次のとおりである。 「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸に ほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズにお いて, 3 前 記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞りS が設けられ, 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレ ンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行い, 変倍時に,前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化 し, 前記開口絞りSは,変倍時に,前記レンズ群GBと一体的に移動すること を特徴とするズームレンズ。」 (4) 構成要件の分説 本件特許発明の構成要件を分説すると,次のとおりである (以下「構成要 件A」などという。) 。 A ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸 にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズ において, B 前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞り Sが設けられ, C 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置された レンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行い, D 変倍時に,前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変 化し, E 前記開口絞りSは,変倍時に,前記レンズ群GBと一体的に移動する F ことを特徴とするズームレンズ。 (5) 被告の行為 被告は,業として被告製品を製造,販売,輸出及び販売の申出(販売のた めの展示を含む。)をしている。 (6) 被告製品説明 4 原 告は別紙被告製品説明書(原告)記載のとおり被告製品を説明し,被告 は別紙被告製品説明書(被告)記載のとおり被告製品を説明する。もっとも, 被告は,被告製品の客観的な態様を争うものではない(「レンズ群」の意義 について争いがあるため,被告製品の表記法が異なる。)。 3 争点 (1) 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか。 ア 「レンズ群」の意義(争点1−1) イ 被告製品における「レンズ群GB」の該当箇所(争点1−2) ウ 構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させる 構成において,構成要件Bは当該一部のレンズが開口絞りSと隣接するも のに限定されるか(争点1−3) エ 構成要件Aの「ズームレンズ」は,撮影距離の変化にかかわらず,シフ トレンズ群の移動量を一定にできるものに限定されるか(争点1−4) オ 構成要件A及びFの「ズームレンズ」は,5群ズームレンズやレンズシ ャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されるか(争点1−5) カ 被告製品の充足性(争点1−6) (2) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。 ア サポート要件違反の有無(争点2−1) イ 新規性要件違反の有無(争点2−2) ウ 進歩性要件違反の有無(争点2−3) (3) 原告の損害(争点3) 第3 争点に関する当事者の主張 1 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか。 (1) 「レンズ群」の意義(争点1−1) (原告の主張) ア ズームレンズにおける第1レンズ群,第2レンズ群などの「レンズ群」 5 と は,変倍時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのま とまり(グループ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズを意味す る。 特許請求の範囲において,「ズームレンズを構成する…レンズ群GFを 光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行い,…変倍時に,前記レ ンズ群GFと前記レンズ群GBとの間隔が変化し,前記開口絞りSは,変 倍時に,前記レンズ群GBと一体的に移動することを特徴とするズームレ ンズ」と記載されていることから明らかなとおり,ズームレンズにおける 変倍時のレンズの移動を問題としていることが明らかであり,この特許請 求の範囲の記載だけからでも,当業者は,「レンズ群」が上記の意味であ ると理解する。また,「レンズ群」は,本件明細書の記載(【0005】 【0006】【0015】【0023】【0028】【0029】)にお いても,一般的にも上記の意味で使用されている。 イ 本件明細書には, 「【0039】 また,開口絞りSは,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との間に配 置され,広角端から望遠端への変倍に際して第4レンズ群G4と一体的に 移動する。 図4は,広角端における各レンズ群の位置関係を示しており,望遠端へ の変倍時には図3に矢印で示すズーム軌道に沿って光軸上を移動する。 また,第4レンズ群G4中の接合正レンズL42を光軸とほぼ直交する 方向に移動させて像シフトさせ,手ぶれ等に起因する像位置の変動を補正 している。 さらに,第3レンズ群G3を光軸に沿って像側に移動させて,近距離物 体へのフォーカシングを行っている。」 と記載されており,この図4の実施例(実施例1)において,シフトレン 6 ズ であるL42を含み,開口絞りSと変倍に際して一体的に移動するL4 1〜L43が1つの群とされている。 ウ 被告は,本件明細書の実施例1が本件特許発明の実施例ではないと主張 する。 (ア) しかし,本件明細書【0039】に「開口絞りSは,第3レンズ群 G3と第4レンズ群G4との間に配置され」と記載され,【0042】 の表1において開口絞りSとレンズL41の光線入射面(図4において, L41の左側の面)との面間隔が2.260mmと固定されていること が示されており(9頁,面番号12),図4は開口絞りSとレンズL4 1が隣り合っていることを図示している。それゆえ,実施例1において 第4レンズ群G4(レンズ群GBに相当)に隣接して開口絞りSが設け られていることは明らかである。 (イ) 本件特許の出願当初から,実施例1は,当初請求項1のみならず, 当初請求項2及び3の実施例である。実施例1(図4)には,その図面 から明らかなとおり,開口絞りSがレンズ群G4(GB)に隣接してい るものが開示されている。 本件特許に係る当初明細書において,当初請求項2は当初請求項1の 従属項であり,当初請求項1は開口絞りSについて何ら限定がなく,当 初請求項2はその点の限定がある発明であった。そして,実施例1とさ れた図4が記載されており,明細書の通常の読み方としても,当初請求 項1は開口絞りSについて何ら限定がない発明,当初請求項2は実施例 1及びその他明細書中の記載を根拠に開口絞りSについて限定した発明 と解するのが当然である。 実施例1を当初請求項2又は3に係る発明の実施例から排除する理由 はなく,実施例1を現在の請求項1に係る発明(本件特許発明)の実施 例から排除する理由もない。 7 ( ウ) 被告の指摘する本件明細書【0007】,【0008】の記載も, 【0007】に示された(a)式(δ=Δ・β)の前提を説明するため の記述にすぎず,レンズ群GBの全てを光軸に垂直な方向に移動させる 必要があるという意味で書かれたものでは全くない。特許請求の範囲に は,「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部 を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトする」と記載されてい るのであるから,「レンズ群GBの全てを光軸に垂直な方向に移動させ る必要がある」との解釈は採り得ない。 (被告の主張) ア 本件特許発明は,特許請求の範囲に変倍時のレンズ群の移動についての 特定はあるが,レンズ群の移動と変倍機能との関係については特定されて いないし,実施例以外の発明の詳細な説明(【0015】〜【003 6】)においては,変倍機能の説明はされていない。本件特許発明は,ズ ームレンズにおける変倍機能についてのレンズ群の移動を問題としたもの と解することはできない。 イ 確かに,本件明細書には,従来技術を説明する【0005】【000 6】及び実施例を説明する【0037】には,原告主張の意義に基づく記 載はある。しかしながら,【0015】に記載の「レンズ系を構成するレ ンズ群のうち一部のレンズ群」の「レンズ群」が,原告主張の意義による ものであるか否かは定かではない。さらに,【0028】にも「レンズ群 GBの全体,あるいはその一部をシフトレンズ群として」と記載されてお り,レンズ群GBの一部についても,また「レンズ群」と称しているので ある。 このように,本件明細書自体において,原告主張の意義以外の意味内容 を有するとしか解釈できないレンズ又はレンズの組に対して,「レンズ 群」という表記が用いられているのである。また,ズームレンズの技術分 8 野 において,原告主張の意義の「レンズ群」が一般に用いられるものでは ない。 ウ 本件明細書の実施例1は,本件特許発明の実施例ではないから,実施例 1を根拠とすることはできない。 (ア) 本件明細書には,2つの実施例が記載されているが,本件特許発明 では,「前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して 開口絞りSが設けられ」と,開口絞りSの位置が限定されている。しか し,【0039】に記載された実施例1は,「開口絞りSは,第3レン ズ群G3と第4レンズ群G4との間に配置され」とされており,開口絞 りSがレンズ群GB中になく,かつ,開口絞りSの位置がレンズ群GB に隣接されることが限定されていないのであるから,本件特許発明の実 施例ではない。 (イ) 本件特許の出願経過を検討するに,本件特許に係る当初明細書(乙 5)の特許請求の範囲において, 【請求項1】には, 「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光 軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレ ンズにおいて,前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との 間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への 合焦を行うことを特徴とするズームレンズ。」という「開口絞りS」に ついて何ら限定がない発明が記載され, 【請求項2】及び【請求項3】には,それぞれ, 「前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞 りSが設けられていることを特徴とする請求項1に記載のズームレン ズ。」及び「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるい は一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能 9 な ズームレンズにおいて,前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ 群GBに隣接して開口絞りSが設けられ,前記レンズ群GBより物体側 に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合 焦を行うことを特徴とするズームレンズ。」という「開口絞りS」が光 軸に対してほぼ垂直な方向に移動するレンズ群GBに隣接して設けられ た発明が記載されていた。 そして,当初明細書において,【0039】には,実施例1の説明と して,「開口絞りSは,第3レンズ群と第4レンズ群との間に配置され, 広角端から望遠端への変倍に際して第4レンズ群G4と一体に移動す る。」(乙5の6頁左欄18−21行目)と記載されているのに対し, 【0047】には,実施例2の説明として「開口絞りSは,第3レンズ 群G3と第4レンズ群G4との間及び第4レンズ群と第5レンズ群との 間で第4レンズ群G4に隣接して配置され,広角端から望遠端への変倍 に際して第4レンズ群G4と一体的に移動する。」(乙5の7頁右欄2 2−26行目)と記載されていたのである。 以上のとおり,実施例1は,当初請求項1に係る発明の実施例とはさ れていたが,開口絞りSがレンズ群GBに隣接して設けられるとする当 初請求項2及び3の実施例とはされていなかったのである。 ここで,当初請求項2の記載は,「前記レンズ群GB中に,あるいは 前記レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられていることを特徴と する請求項1に記載のズームレンズ。」というものであったが,「前記 レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられ」との構成要件は,実施 例2のみに対応するものである。したがって,当初請求項2は,実施例 2に対応する発明を対象としたものであったが,実施例2にレンズ群G Bの一部のみが光軸と直交する方向に移動させることについて何らの言 及もないにもかかわらず,それについて何らの考慮も払わずに,当初請 10 求 項1を引用した請求項としたものである。 そして,審判請求時の補正である手続補正書(乙13)は,当初請求 項1に係る発明について,「レンズ群GBとレンズ群GBより物体側に 隣接して配置されたレンズ群との間に開口絞りSを配置し,」及び「開 口絞りSは,変倍時に,レンズ群GBと一体的に移動する」の限定を加 え,実施例1に対応する発明とすることをせずに,実施例1に対応する 発明を原告自ら放棄して,当初請求項1に対応する発明を削除したもの である。その後,本件特許発明は,当初請求項2に係る発明に対応する 「レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられ」たことを構成要件の 一部とし,登録されたのである。 (ウ) 特許請求の範囲には,「ズームレンズを構成する1つのレンズ群G B」との記載のほかには,レンズ群GBを定義する記載はない。 本件明細書において,レンズ群GBは,「一般的に,レンズ系の一部 のレンズ群GBを光軸に垂直な方向にΔだけ移動させたとき,」(【0 007】),「所定量だけ像をシフトするためのレンズ群GBの所要移 動量が大きくなりすぎて」(【0008】)等と記載されている。これ らの記載からすれば,本件明細書において,「シフトレンズ群GB」と は,「所定量だけ像をシフトするために光軸に垂直な方向に光軸に垂直 な方向に移動させるレンズ群」と定義されているのであって,実施例1 の第4レンズ群G4は,光軸直交方向に移動するレンズ群ではなく, 「シフトレンズ群」ではないから,本件特許発明の実施例ではない。 (2) 被告製品における「レンズ群GB」の該当箇所(争点1−2) (原告の主張) ア 上記(1)(原告の主張)アのとおり,ズームレンズにおける第1レンズ 群,第2レンズ群などの「レンズ群」とは,変倍時でも光軸方向の相対的 な位置が変わらない複数のレンズのまとまり(グループ)又は当該まとま 11 り に含まれない単数のレンズを意味する。 イ 被告製品において,L31〜L34は変倍時でも光軸方向の相対的な位 置が変わらない複数のレンズのまとまりであるから,1つのレンズ群に該 当する。そして,被告製品は,L31〜L34の一部であるL33を光軸 にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズ である。 以上により,被告製品のL31〜L34(レンズ群G3)は,本件特許 発明の「レンズ群GB」に該当する。 ウ 上記(1)(原告の主張)ウ(ウ)と同じ。 (被告の主張) ア 特許請求の範囲には,「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GB」 との記載のほかには,レンズ群GBを定義する記載はない。 本件明細書において,レンズ群GBは,「一般的に,レンズ系の一部の レンズ群GBを光軸に垂直な方向にΔだけ移動させたとき,」(【000 7】),「所定量だけ像をシフトするためのレンズ群GBの所要移動量が 大きくなりすぎて」(【0008】)等と記載されている。これらの記載 からすれば,本件明細書においては,「レンズ群GB」は,所定量だけ像 をシフトするために光軸に垂直な方向に移動させるレンズ群と定義されて いると解され,それ以上に「レンズ群GB」を定義する記載はない。 被告製品において,「レンズ群GB」に対応するものは,光軸に垂直な 方向に移動させて像をシフトすることが可能なレンズ群G9である。 イ 仮に,本件明細書において,レンズ群GBが「所定量だけ像をシフトす るためのレンズ群」と定義されているものではないとしても,【000 1】〜【0036】には,光軸に垂直な方向に移動する光学素子は,いず れも「レンズ群GB」とされ,「シフトレンズ群GB」とされているので ある。一方,【0037】〜【0053】に記載された実施例においては, 12 ズ ームレンズを構成するレンズ群として,第1レンズ群G1,第2レンズ 群G2,第3レンズ群G3,第4レンズ群G4及び第5レンズ群G5が挙 げられているのみであり,これらのレンズ群と本件特許発明の「レンズ群 GB」との関係については一切記載されていない。 ウ 以上のとおり,本件特許発明における「レンズ群GB」又は「シフトレ ンズ群GB」は,光軸に垂直な方向に移動するレンズ群そのものである。 (3) 構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させる 構成において,構成要件Bは当該一部のレンズが開口絞りSと隣接するもの に限定されるか(争点1−3) (原告の主張) ア 特許請求の範囲には,光軸にほぼ垂直な方向に移動するレンズ群GBの 一部のレンズを,開口絞りに隣接したレンズに限定していない。さらに, 本件明細書【0039】で説明されている図4の実施例は,光軸にほぼ垂 直な方向に移動するレンズL42は,第4レンズ群のレンズのうち,開口 絞りに隣接したレンズではない。 すなわち,本件特許発明においては,軸上光束と軸外光束とにおいてシ フトレンズ群を通過する高さの差を小さくするために,開口絞りSを光軸 と直交する方向に移動するシフトレンズ群の近くに配置することが好まし いということであり,シフトレンズに隣接しなければその効果が得られな いものではない。 よって,光軸にほぼ垂直に移動するレンズ群GBの一部のレンズは,開 口絞りに隣接したレンズに限定されないことは明らかである。 イ 上記(1)(原告の主張)ウと同じ。 (被告の主張) ア 開口絞りを隣接して設けた技術的意義に鑑みれば,光軸にほぼ垂直に移 動するレンズ群GBの一部のレンズは,レンズ群GBを構成するいずれの 13 レ ンズであってもよいのではなく,開口絞りに隣接したレンズに限定して 解釈されるべきである。 本件明細書【0031】においては,「また,軸上光束に比べて軸外光 束の方が光軸から大きく離れて通過するような位置にシフトレンズ群GB を配置する場合,より光軸から離れた高さを通過する軸上光束(注:「軸 外光束」の誤記と思われる。)に対しても収差が発生しないようにしなけ ればならない。すなわち,シフトレンズ群が明るさにより有利な形状でな ければならず,収差補正が難しくなり,その結果シフトレンズ群のレンズ 構成が複雑になってしまう。したがって,本発明においては,シフトレン ズ群を光軸直交方向に移動させた際の性能劣化を抑えて良好な結像性能を 得るために,シフトレンズ群中,またはシフトレンズ群の物体側あるいは 像側に隣接するように開口絞りSを配置して,軸上光束と軸外光束とにお いてシフトレンズ群を通過する高さの差を小さくすることが好ましい。」 としている。 補正レンズ群に隣接して開口絞りSを設けた技術的意義は,【003 1】に記載されたとおりであり,軸上光束と軸外光束とにおいてシフトレ ンズ群を通過する高さの差を小さくするためには,開口絞りSと光軸に直 交する方向に移動するシフトレンズ群との間に他の光学素子が配置される ことは好ましくないのであるから,開口絞りSと光軸にほぼ垂直に移動す るレンズ群はそのレンズ群がレンズ群の一部である場合にも,開口絞りに 隣接していることが必要である。したがって,開口絞りSの位置を限定し たことによる効果を奏するためには,光軸にほぼ垂直に移動する一部のレ ンズ群は,開口絞りSに隣接しているものに限られる。 イ 上記(1)(被告の主張)ウと同じ。 (4) 構成要件Aの「ズームレンズ」は,撮影距離の変化にかかわらず,シフ トレンズ群の移動量を一定にできるものに限定されるか(争点1−4) 14 ( 原告の主張) ア 本件特許発明において,シフトレンズ群のシフト量をいかにするかは発 明の内容ではなく,シフトレンズ群のシフト量によって像シフト時に良好 な結像性能を有するようにしたという発明ではない。 イ 構成要件Aにおいて,「光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフト することが可能」との部分は,像をシフトする際に光軸垂直方向に移動す るレンズ群であるシフトレンズ群の存在を述べるにすぎない。構成要件A は,単に,ズームレンズであって,レンズ群GBの全体あるいは一部がシ フトレンズ群となっているもの,と規定しているにすぎないのである。ズ ームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸にほ ぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズ自体 は新規なものではない。 そして,構成要件B〜Eにおいて,第1レンズ群G1,レンズ群GF, 開口絞りS,レンズ群GBの「光軸上」の位置関係と変倍時の移動が記載 されており,これらの「光軸上」の配置と移動関係こそが,従来技術にみ られない本件特許発明の構成であり,この構成から奏されるのが本件特許 発明の作用効果である。 ウ 本件明細書には,特開平4−362909号公報(甲7)のズームレン ズには,像シフトを制御することが難しいという不都合があったというこ とが記載され(【0011】),特開平5−232410号公報(甲8の 1)のズームレンズは第1レンズ群のレンズ径が大きいという不都合があ った旨が記載されている(【0012】)。そして,本件特許発明は,フ ォーカシングレンズ群のレンズ径が小さく,像シフトの制御が容易で,像 シフト時にも良好な結像性能を有するズームレンズを提供することを目的 とする(【0012】)。 本件特許発明は,第1の「フォーカシングレンズ群のレンズ径が小さ 15 く 」という目的を,「前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1 との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体へ の合焦を行い,」という構成要件Cの構成によって達成している。本件明 細書においては,「レンズ径において最も物体寄りに配置される第1レン ズ群G1よりも像側に配置されたレンズ群GFによりフォーカシングを行 う。こうして,フォーカシングレンズ群のレンズ径を小さくすることがで きる。」(【0030】)と説明されている。 また,本件特許発明は,第2の「像シフトの制御が容易で,像シフト時 にも良好な結像性能を有する」という目的を,構成要件B〜Eに記載され た第1レンズ群G1,レンズ群GF,開口絞りS,レンズ群GBの「光軸 上」の位置関係と変倍時の移動の構成により達成している。 特開平4−362909号公報(甲7)のズームレンズでは,シフトレ ンズ群とフォーカシングレンズ群の位置関係は,物体側からシフトレンズ 群,フォーカシングレンズ群という順序の位置関係である。この場合,シ フトレンズ群より像側のレンズ群の結像倍率(β)が撮影距離によって変 化する。そうすると,像シフトを制御することが難しくなる。本件明細書 には,「シフトレンズ群を光軸とほぼ垂直な方向に移動させると,像面上 における像のシフト量は,シフトレンズ群よりも像側に配置されるレンズ 群の使用倍率βに依存する。したがって,シフトレンズ群より像側に配置 されるレンズ群のうち1つのレンズ群を移動させて近距離合焦を行うと, 前記使用倍率βが撮影距離に依存して変化してしまう。」(【002 8】)と説明されている。 これに対し,本件特許発明では,フォーカシングレンズ群であるレンズ 群GFよりも像側に,全体あるいは一部がシフトレンズ群となっているレ ンズ群GBが配置されている(構成要件C)。そうすると,シフトレンズ 群より物体側に配置されたフォーカシングレンズ群で近距離物体への合焦 16 を 行うことになるので,物体からの光は,近距離合焦フォーカシングレン ズ群を通過した後にシフトレンズ群を通過することになり,シフトレンズ 群よりも像側に配置されるレンズ群の使用倍率βを一定とすることができ る。そうすると,撮影距離によって,使用倍率βが変化してしまうという ことがなくなり,像シフトの制御はより容易になる。 加えて,本件特許発明では,構成要件A,B及びEの構成において,画 質の劣化を減らすことができるという目的を達成している。 以上のとおり,本件特許発明では,第2の「像シフトの制御が容易で, 像シフト時にも良好な結像性能を有する」という目的が達成されている。 (被告の主張) ア 本件特許発明は,像シフトの制御が容易であることを目的の1つとする ものである。 イ 像シフトの制御については,本件明細書【0019】〜【0022】に 記載されており,ズームレンズが角度εだけ傾いたとき, Δ=−ε・fb (c) fb;最も物体側のレンズ群よりシフトレンズ群までのレンズ群の合 成焦点距離 を満足するように,シフトレンズ群を光軸直交方向にΔだけ変位するよう に制御することで像位置変動の補正が可能とされる。 したがって,構成要件Aの「レンズ群GB全体あるいは一部を光軸にほ ぼ垂直な方向に移動させて像をシフトする」とは,「そのシフト量Δが手 ぶれによるレンズの傾きΔ=−ε・fbとなるように制御されるものに限 定して解釈されるべきである。すなわち,被告製品のように,手振れによ りレンズεが傾いたことが検出されたとき,最も物体側のレンズ群よりシ フトレンズ群までのレンズ群の合成焦点距離fb及びシフトレンズ群G9 の横倍率βsを用いてΔ=−ε・fb/(1−βs)で制御されるような 17 も のは含まれない。 そして,本件特許発明では,像を所定量だけシフトさせるためのレンズ 群GBの所要移動量を撮影距離の変化によらず一定とすることにより,像 シフトの制御を,ひいては像位置の変動の補正を容易に行うことができる ものとされている(【0029】)から,本件特許発明は,シフトレンズ 群GBの光軸直交方向の変位量も撮影距離の変化によらず一定として求め られるものでなければならない。 上記(c)式は,いかなるズームレンズでも成り立つというものではな い。(c)式が成り立つズームレンズは,シフトレンズ群に入射する光線 が光軸に平行となるような特定のレンズ構成からなるズームレンズである。 ウ 構成要件Aの「ズームレンズ」は,少なくとも撮影距離の変化によらず, シフトレンズ群の移動量を一定にできることを要するものでなければなら ない。 (5) 構成要件A及びFの「ズームレンズ」は,5群ズームレンズやレンズシ ャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されるか(争点1−5) (原告の主張) ア 5群ズームレンズであるか否かは,本件特許発明の構成要件となってい ない。 イ 特許請求の範囲の記載に「レンズシャッター式のカメラに用いられる」 との限定文言はない。 ウ 本件明細書【0006】【0012】には,従来技術として特開平5− 232410号(甲8−1)を挙げており,これはバックフォーカスの長 い一眼レフカメラに関する発明である。このように,本件明細書は,本件 特許発明をバックフォーカスの長い一眼レフカメラにも適用可能であるこ とを前提にしていることが明らかである。本件特許発明が,実施例のバッ クフォーカスBfが比較的短い例に限定される理由もない。 18 本 件特許発明の構成要件A,B及びEは,シフトレンズの近傍に開口絞 りSを設け,開口絞りSを変倍時にシフトレンズを含むレンズ群と一体的 に移動させることで,変倍時でも,常に,軸上光束と軸外光束とにおいて シフトレンズ群を通過する高さの差を小さくすることで,像をシフトさせ たときでも画質の劣化を減らすことを意図している。かかる技術的意義は 本件明細書【0012】【0015】【0031】【0039】から明ら かである。このように,軸上光束と軸外光束とにおいてシフトレンズ群を 通過する高さの差を小さくするのに,バックフォーカスBfの長短が関係 しないことは明らかであり,また,特定のレンズ構成に依存しないことも 明らかである。 また,本件特許発明の構成要件A及びCは,合焦レンズ群GFを最も物 体側の第1レンズ群とはせずに,かつ,シフトレンズ群よりも物体側に配 置することにより,フォーカス時に大きなレンズ径を備える第1レンズ群 を移動させるという負担をなくし,かつ,撮影距離によらず像シフトを容 易に行えるようにすることを意図している。かかる技術的意義は本件明細 書【0011】【0012】【0029】【0030】から明らかである。 かかる効果を実現するのに,バックフォーカスBfの長短が関係しないこ とは明らかであり,また,特定のレンズ構成に依存しないことも明らかで ある。 (被告の主張) ア 本件特許発明(請求項1)の記載には,ズームレンズを構成するレンズ 群として,最も物体側の第1レンズ群G1と光軸にほぼ垂直な方向に移動 するレンズ群GB及びレンズ群G1とレンズ群GBとの間に配置されたレ ンズ群GFのみが特定され,その余のレンズ群については,何らの特定も ない。 イ 本件明細書の発明の詳細な説明には,【課題を解決するための手段】の 19 箇 所に請求項1の記載を形式的に受ける形で,同様の記載はあるが,実施 例としては,物体側より順に,正の屈折力を有する第1レンズ群G1と, 負の屈折力を有する第2のレンズ群G2と,正の屈折力を有する第3レン ズ群G3と,正の屈折力を有する第4レンズ群G4と,負の屈折力を有す る第5レンズ群G5を備えたズームレンズしか記載されていない(7頁4 1−44行)。 また,本件明細書に記載された実施例1の(変倍における可変間隔)は, バックフォーカスBfが,9.3026,31.4511,65.244 7とされ(10頁13行目),実施例2の(変倍における可変間隔)には, バックフォーカスBfが,9.0411,32.4005,54.708 4とされ(13頁9行目)とされており,このようにバックフォーカスB fが短いものは,レンズを交換する一眼レフカメラには対応することがで きない(ちなみに被告製品の広角端のバックフォーカスは,最も短いもの でロ号製品の38.3275である。)から,本件明細書の発明の詳細な 説明には,レンズシャッター式のカメラに用いられるズームレンズしか記 載されていない。 そして,本件明細書には,他のタイプのレンズ群を備えたズームレンズ に適用する際の考慮事項が記載されていないばかりでなく,他のタイプの レンズ群を備えたズームレンズへの適用の可否についての記載もない。 本件特許発明の効果は,「像シフト時にも良好な結像性能を有する高変 倍ズームレンズを達成することができる」というものであるが,レンズ分 野において,レンズ群の構成が異なったり,対象となるカメラの形式が異 なると,得られる性能,特に,光学的性能である収差上の現象,作用が異 なるものであることが当業者に知られている。 したがって,発明の詳細な説明に記載されている,物体側より順に,正 の屈折力を有する第1レンズ群G1と,負の屈折力を有する第2のレンズ 20 群 G2と,正の屈折力を有する第3レンズ群G3と,正の屈折力を有する 第4レンズ群G4と,負の屈折力を有する第5レンズ群を備えたズームレ ンズ以外の任意のレンズ群から構成されるズームレンズや,一眼レフカメ ラの交換レンズのものまで同様の性能を担保して拡張ないし一般化するこ とはできない。 ウ 以上のとおり,構成要件A及びFの「ズームレンズ」は,5群ズームレ ンズやレンズシャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定される。 (6) 被告製品の充足性(争点1−6) (原告の主張) ア 構成要件A 被告製品は,ズームレンズを構成する1つのレンズ群G3(本件特許発 明の「GB」に相当)の一部であるレンズL33を光軸にほぼ垂直な方向 に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズであるから,構成 要件Aを充足する。 イ 構成要件B 被告製品は,レンズ群G3に隣接して開口絞りSが設けられているから, 構成要件Bを充足する。 ウ 構成要件C 被告製品は,レンズ群G3と最も物体側の第1レンズ群G1との間に配 置されたレンズ群G2(本件特許発明の「GF」に相当)を光軸に沿って 移動させて近距離物体への合焦を行うから,構成要件Cを充足する。 エ 構成要件D 被告製品は,変倍時に,レンズ群G2とレンズ群G3との光軸上の間隔 が変化するから,構成要件Dを充足する。 オ 構成要件E 被告製品は,開口絞りSは,変倍時に,レンズ群G3と一体的に移動す 21 る から,構成要件Eを充足する。 カ 構成要件F 被告製品は,ズームレンズであるから,構成要件Fを充足する。 (被告の主張) ア 構成要件A (ア) 上記(4)(被告の主張)のとおり,構成要件Aの「ズームレンズ」 は,少なくとも撮影距離の変化によらず,シフトレンズ群の移動量を一 定にできることを要するものでなければならない。被告製品は,撮影距 離の変化に応じてシフトレンズ群の移動量Δが異なるものであるから, 本件特許発明の構成要件Aを充足しない。 (イ) 上記(5)(被告の主張)のとおり,構成要件A及びFの「ズームレ ンズ」は,5群ズームレンズやレンズシャッター式のカメラに用いるズ ームレンズに限定される。被告製品のズームレンズは,4群ズームレン ズであり,デジタル一眼レフ用レンズであるから,構成要件Aを充足し ない。 イ 構成要件B 被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当するのであれば,被告製 品においては,レンズ群G9と開口絞りSとの間には,レンズ群G7及び レンズ群G8が介在しているから,開口絞りSがレンズ群G9中にあるも のでもなく,また,開口絞りSがレンズ群G9に隣接しているものでもな いから,本件特許発明の構成要件Bを充足しない。 上記(3)(被告の主張)のとおり,レンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂 直な方向に移動させる態様においては,当該一部のシフトレンズ群GBが 開口絞りSと隣接するものと解釈されるべきである。被告製品のレンズ群 G9がレンズ群GBの一部に対応すると解しても,被告製品は,レンズ群 G9と開口絞りSとの間にレンズ群G7及びレンズ群G8を介在しており, 22 開 口絞りSがレンズ群G9中,あるいはレンズ群G9に隣接して設けられ ているものでないから,構成要件Bを充足しない ウ 構成要件C 被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当するのであれば,被告製 品においては,レンズ群GBとレンズ群GFとの間には,レンズ群GBと レンズ群GF以外のレンズ群が存在するから,構成要件Cは充足しない。 エ 構成要件D 被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当するというのであれば, 被告製品においては,レンズ群GBとレンズ群GFとの光軸上の間隔が変 化するとは評価できないので,構成要件Dを充足しない。 オ 構成要件E 被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当するというのであれば, 被告製品においては,開口絞りSは,レンズ群G9と一体的に移動すると は評価できないので,構成要件Eを充足しない。 カ 構成要件F 上記ア(イ)と同じ。 2 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか。 (1) サポート要件違反の有無(争点2−1) (被告の主張) ア レンズ構成の特定 特許請求の範囲の記載には,ズームレンズを構成するレンズ群として, 最も物体側の第1レンズ群G1と光軸にほぼ垂直な方向に移動するレンズ 群GB及びレンズ群G1とレンズ群GBとの間に配置されたレンズ群GF のみが特定され,その余のレンズ群については,何らの特定もない。 一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記と同様の記載はあるが, 実施例としては,物体側より順に,正の屈折力を有する第1レンズ群G1 23 と ,負の屈折力を有する第2のレンズ群G2と,正の屈折力を有する第3 レンズ群G3と,正の屈折力を有する第4レンズ群G4と,負の屈折力を 有する第5レンズ群G5を備えたズームレンズしか記載されていない(7 頁41−44行目参照)。 本件明細書の実施例1の(変倍における可変間隔)は,バックフォーカ スBfが,9.3026,31.4511,65.2447とされ(10 頁13行目),実施例2の(変倍における可変間隔)には,バックフォー カスBfが,9.0411,32.4005,54.7084(13頁9 行目)とされており,このようにバックフォーカスBfが短いものは,レ ンズを交換する一眼レフカメラには対応することができないから,本件明 細書の発明の詳細な説明には,レンズシャッター式のカメラに用いられる ズームレンズしか記載されていない。 そして,本件明細書には,他のタイプのレンズ群を備えたズームレンズ に適用する際の考慮事項が記載されていないばかりでなく,他のタイプの レンズ群を備えたズームレンズへの適用の可否についての記載もない。 本件特許発明の効果は,「像シフト時にも良好な結像性能を有する高変 倍ズームレンズを達成することができる」というものであるが,レンズ分 野において,レンズ群の構成が異なったり,対象となるカメラの形式が異 なると,得られる性能,特に,光学的性能である収差上の現象,作用が異 なるものであることが当業者に知られている。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている,物体側 より順に,正の屈折力を有する第1レンズ群G1と,負の屈折力を有する 第2のレンズ群G2と,正の屈折力を有する第3レンズ群G3と,正の屈 折力を有する第4レンズ群G4と,負の屈折力を有する第5レンズ群を備 えたズームレンズ以外の任意のレンズ群から構成されるズームレンズや, 一眼レフカメラの交換レンズのものまで同様の性能を担保して拡張ないし 24 一 般化することはできない。 そうすると,出願時の技術常識を参酌しても,本件特許発明は,発明の 詳細な説明に記載したものとはいえないから,平成6年法律第116号に よる改正前の特許法36条5項1号に違反する。 イ 補正レンズ群の一部を移動させる構成 本件明細書には,発明の詳細な説明の【0038】〜【0045】に実 施例1が,【0046】〜【0052】に実施例2が記載されているが, 本件特許発明は,「前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに 隣接して開口絞りSが設けられ」と開口絞りの位置が限定されているので あるから,「開口絞りSは,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との間 に配置され」とされており(【0039】),開口絞りSがレンズ群G4 中になく,かつ,開口絞りSの位置が第4レンズ群G4に隣接されること が限定されているものでもない実施例1は,本件特許発明の実施例ではな い。実施例1は,開口絞りSの位置が特定されない本件特許に係る当初明 細書の請求項1に係る発明(乙5)においては実施例となり得たが,その ような発明が削除された後には,本来,実施例と表記し得ないものである。 開口絞りSが第4レンズ群G4に隣接して配置された実施例2(【00 47】参照)のみが,本件特許発明の唯一の実施例である。唯一の実施例 である実施例2の第4レンズ群G4は,2つのレンズを接合したレンズL 4のみから構成されているものである。実施例2には,第4レンズ群の一 部移動させるものが記載されていないばかりでなく,実施例2の第4レン ズ群は,その一部を移動させることすらできないものである。 本件特許発明は,@ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体 を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズーム レンズに係る発明,Aズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの一部 を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズーム 25 レ ンズに係る発明を択一的に記載したものであるが,上記Aに係る発明に ついては,実施例に記載されていない。 以上のとおり,本件特許発明に含まれる一部の発明は,発明の詳細な説 明に記載されたものではないから,平成6年法律第116号による改正前 の特許法36条5項1号に違反する。 (原告の主張) ア レンズ構成の特定 本件明細書【0006】【0012】には,従来技術として特開平5− 232410号(甲8の1)を挙げており,これはバックフォーカスの長 い一眼レフカメラに関する発明である。このように,本件明細書は,本件 特許発明をバックフォーカスの長い一眼レフカメラにも適用可能であるこ とを前提にしていることが明らかである。 被告は,バックフォーカスBfが短いものは,一眼レフカメラに対応す ることができないことの根拠として,本件明細書の実施例の記載を挙げて いる。しかし,これは本件明細書の実施例にバックフォーカスBfが比較 的短い例が記載されていることを指摘しているだけで,バックフォーカス Bfが短いものは,レンズを交換する一眼レフカメラには対応することが できないことを根拠付けるものではないし,本件特許発明が実施例のバッ クフォーカスBfが比較的短い例に限定される理由もない。 本件特許発明の構成要件A,B,Eは,シフトレンズの近傍に開口絞り Sを設け,開口絞りSを変倍時にシフトレンズを含むレンズ群と一体的に 移動させることで,変倍時でも,常に,軸上光束と軸外光束とにおいてシ フトレンズ群を通過する高さの差を小さくすることで,像をシフトさせた ときでも画質の劣化を減らすことを意図している。かかる技術的意義は本 件明細書【0012】【0015】【0031】【0039】から明らか である。このように,軸上光束と軸外光束とにおいてシフトレンズ群を通 26 過 する高さの差を小さくするのに,バックフォーカスBfの長短が関係し ないことは明らかであり,特定のレンズ構成に依存しないことも明らかで ある。 また,本件特許発明の構成要件A,Cは,合焦レンズ群GFを最も物体 側の第1レンズ群とはせずに,かつ,シフトレンズ群よりも物体側に配置 することにより,フォーカス時に大きなレンズ径を備える第1レンズ群を 移動させるという負担をなくし,かつ,撮影距離によらず像シフトを容易 に行えるようにすることを意図している。かかる技術的意義は本件明細書 【0011】【0012】【0029】【0030】から明らかである。 かかる効果を実現するのに,バックフォーカスBfの長短が関係しないこ とは明らかであり,特定のレンズ構成に依存しないことも明らかである。 イ 補正レンズ群の一部を移動させる構成 本件明細書【0039】に「開口絞りSは,第3レンズ群G3と第4レ ンズ群G4との間に配置され」と記載され,【0042】の表1において, 開口絞りSとレンズL41の光線入射面(図4においてL41の左側の 面)との面間隔が2.260mmと固定されていることが示されており (9頁,面番号12),図4は開口絞りSとレンズL41が隣り合ってい ることを図示している。それゆえ,実施例1において第4レンズ群G4 (レンズ群GBに相当)に隣接して開口絞りSが設けられていることは明 らかである。 そうすると,本件明細書の実施例1には,第4レンズ群G4(レンズ群 GBに相当)の一部であるレンズL42をほぼ垂直に移動させることが記 載されている。 (2) 新規性要件違反の有無(争点2−2) (被告の主張) ア 乙6には, 27 「 ズームレンズを構成する第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する方向に 移動させてブレの補正を行うズームレンズにおいて, 第4レンズ群G4に開口絞りSが設けられ, 変倍時に第2レンズ群G2と第4レンズ群G4との光軸上での間隔が変 化し,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との光軸上での間隔が変化し, 前記開口絞りSは,変倍時に,前記第4レンズ群G4と一体的に移動す るズームレンズ。」の発明が記載されている (以下,乙6に記載された発 明を「乙6発明」という。) 。 開口絞りSが補正レンズ群である第4レンズ群G4におかれるものは, 乙6に明文で記載されている。そして,そのような構成であれば,必然的 に開口絞りSは補正レンズ群と一体的に移動するのであり,その結果開口 絞りSと補正レンズ群との距離は一定に保たれるのである。 イ 本件特許発明と乙6発明とを対比すると,乙6発明の「第4レンズ群」 は,本件特許発明の「レンズ群GB」に相当する。また,「第2レンズ群 G2又は第3レンズ群G3」は,レンズ群G4と最も物体側の第1レンズ 群G1との間に配置されたものであること及び変倍時に第4レンズ群G4 との光軸上の間隔が変化するという範囲で本件特許発明の「レンズ群G F」に相当する。 したがって,両者は, 「A ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体を光軸にほぼ垂 直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズにお いて, B 前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口 絞りSが設けられ, C’ 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間にレン ズ群GFを配置し, 28 D’ 変倍時に,前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間 隔が変化し, E 前記開口絞りSは,変倍時に,前記レンズ群GBと一体的に移動す る F ことを特徴とするズームレンズ。」 の点で一致し,本件特許発明が,「レンズ群GBと最も物体側の第1レン ズ群G1との間に配置されたレンズ群を光軸に沿って移動させて近距離物 体への合焦を行」うものであるのに対し,乙6には,ズームレンズの近距 離物体の合焦をどのように行うかについて明記されていない点で文言上相 違する。 しかしながら,乙6には,一般的な技術として望遠ズームレンズでは物 体に最も近い第1レンズ群がフォーカシング時に繰り出されることが多い とされているが,実施例の説明においてはフォーカシングに用いられるレ ンズ群については何ら記載されていないから,乙6発明において,フォー カシングに用いられるレンズ群は任意なものとされていたのである。そし て,乙8〜10は,その発明がズームレンズにインナーフォーカスを採用 したと記載されているばかりでなく,その発明の従来技術としてもズーム レンズにインナーフォーカスを採用した文献が存在すると記載されている のであるから,乙6の出願の当時,ズームレンズにおいて第1レンズ群以 外のレンズ群を光軸方向に移動させて合焦することは周知の技術であった のである。そうすると,乙6発明において,第2レンズ群G2又は第3レ ンズ群G3のいずれかを光軸方向に移動させて合焦を行うことは,当業者 が適宜選択する設計的事項にすぎない。 ウ したがって,本件特許発明は,実質的に乙6発明と同一である。 (原告の主張) ア 本件特許発明の「レンズ群GF」は,構成要件Cに明示しているように, 29 「 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置され」, 「光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行」うものである。乙6 において,このような機能について何ら言及のない「第2レンズ群G2又 は第3レンズ群G3」は,本件特許発明の「レンズ群GF」に相当するも のではない。 乙6には,「そこで本発明は,防振機能を備えかつ小型で高性能な望遠 ズームレンズの提供を目的としている。」と記載され(【0004】), 近距離物体への合焦に関して,「一般的に,望遠ズームレンズは,第1レ ンズ群が最も大型のレンズ群であり,フォーカシング時に繰り出されるこ とが多い。このため,第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正 光学系にすることは,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従 って,本発明における正負負正負タイプも同様に,第1レンズ群を防振補 正光学系にするのは好ましくない。」と記載されている(【0007】)。 乙6において,第1レンズ群G1を光軸方向に移動させて近距離物体への 合焦を行っていることは明らかである。 イ 乙6には,開口絞りSが変倍時に第4レンズ群G4と一体的に移動する という記載は存在しない。また,乙6には,ズームレンズにおいて,変倍 時に,開口絞りSを補正レンズ群と一体として移動させるという技術思想 は全くない。 乙6の図1(6頁)には,物体側から順に,第1レンズ群G1,第2レ ンズ群G2,第3レンズ群G3,開口絞りS,第4レンズ群G4,第5レ ンズ群G5とされた実施例が開示されている。そして,【0007】には, 「一般的に,望遠ズームレンズは,第1レンズ群が最も大型のレンズ群で あり,フォーカシング時に繰り出されることが多い。」と記載され,【0 008】には,「開口絞り近くのレンズ群は,各画角の光線束が密に集ま っているためレンズ径が比較的小さい。…第4レンズ群に開口絞りをおく 30 こ とが好ましい。」と記載されている。乙6では,開口絞りSは,レンズ 径が比較的小さいレンズ群の近くに配置するのが好ましいという技術的意 図の下で,第3レンズ群G3,開口絞りS,第4レンズ群G4と並ぶレン ズ構成例,すなわち,開口絞りSを,レンズ径が比較的小さい第4レンズ 群G4の近くに配置したという例を開示したにすぎない。 ウ 以上のとおり,乙6は,少なくとも構成要件C,D,Eを開示していな い点で,本件特許発明と相違する。 (3) 進歩性要件違反の有無(争点2−3) (被告の主張) ア 仮に乙6発明と本件特許発明との相違点が実質的な相違点であるとして も,乙6発明に乙7に記載された発明 (以下「乙7発明」という。) を適 用することにより,本件特許発明は容易に想到できる。 イ 乙6の【0007】には,「一般的に,望遠ズームレンズは,第1レン ズ群が最も大型のレンズ群であり,フォーカシング時に繰り出されること が多い。このため,第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光 学系にすることは,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従っ て,本発明における正負負正負タイプも同様に,第1レンズ群を防振補正 光学系にするのは好ましくない。」と記載されている。 乙6の【0007】には,第1レンズ群を防振補正光学系にするのが好 ましくないという理由として,@最も大型のレンズ群である,Aフォーカ シング時に繰り出されることが多いという2つの理由が挙げられているの である。すなわち,第1レンズ群が合焦レンズ群であるかないかにかかわ らず,第1レンズ群は,最も大型のレンズ群であるから防振補正光学系に するのは好ましくないとしているのである。しかも,Aの理由については, 「フォーカシング時に繰り出されることが多い」と記載されているのであ るから,【0007】は第1レンズ群をフォーカシングレンズ群としない 31 場 合があることも前提とした記載なのである。 したがって,乙6には文言上合焦レンズ群を特定しない 「ズームレンズを構成する第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する方向に 移動させてブレの補正を行うズームレンズにおいて, 第4レンズ群G4は,正の屈折力を持ち, 第4レンズ群G4は,両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負メニスカ スレンズとの貼合わせレンズと,両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負 メニスカスレンズとの貼合わせレンズとから構成され 第4レンズ群G4に開口絞りSが設けられ, 変倍時に第2レンズ群G2と第4レンズ群G4との光軸上での間隔が変 化し,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との光軸上での間隔が変化し, 前記開口絞りSは,変倍時に,前記第4レンズ群G4と一体的に移動す る写真用ズームレンズ。」の発明が記載されている。 そして,本件特許発明と乙6発明との相違点は,本件特許発明が「レン ズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群を 光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行」うものであるのに対し, 乙6には,ズームレンズの近距離物体への合焦をどのように行うかについ て明記されていない点でのみ文言上相違することとなる。 ウ 乙7には,「補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補 正する内焦式の撮影レンズにおいて,補正レンズ群を偏芯させて防振効果 を発揮させたときのフォーカスに伴う光学性能の低下を防止することを図 ると共にアクチュエーターの制御性の向上を図ることを目的として,物体 側の第1レンズ群と補正レンズ群との間に位置するレンズ群を光軸方向に 移動させることによりフォーカスを行う撮影レンズ」の発明が記載されて いる。 また,乙7には,「又望遠レンズにおいては物体側の第1レンズ群以外 32 の 比較的レンズ径の小さな小型軽量の像面側に配置したレンズ群を光軸上 移動させてフォーカスを行う所謂内焦式フォーカス方法を用いている場合 が多い。」(2頁左上欄17行目−右上欄1行目)として,乙7発明が内 焦式フォーカス方法(インナー・フォーカス方式)を採用した理由が記載 されている。乙6にも【0007】に,第1レンズ群が最も大型のレンズ 群であることが記載されているから,乙6発明においても内焦式フォーカ ス方法を採用する動機付けはあるのである(ズームレンズにおいて,内焦 式フォーカス方法を採用する動機付けは,乙8〜10に記載されているよ うに周知の技術でもある。)。 このように,乙6発明に乙7発明を適用する十分な動機付けがあるので あるから,阻害要因などあるわけはない。 エ レンズには,焦点距離によって標準レンズ,広角レンズ,望遠レンズな どの単焦点レンズがあり,ズームレンズは広角端から望遠端まで焦点距離 を連続的に変化させることができるものである。そして,ズームレンズの 望遠側では望遠レンズの構成と異なるところはない。 そして,手振れによる影響は,焦点距離が長い,すなわち望遠側で大き いのであるから(乙45の2頁左欄10−12行目参照,また,本件明細 書5頁9行目の式(b))も焦点距離が長くなると像位置の変動量が大き くなることを示している。),望遠レンズの防振に関する技術をズームレ ンズに適用することが考えにくいなどということはない。さらに,乙7に 記載された望遠レンズの防振に関する技術における内焦式フォーカス方法 は,本件特許発明の構成要件Cの「前記レンズ群GBと最も物体側の第1 レンズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて 近距離物体への合焦を行い,」との技術と同様に,変倍機能が関係する技 術でもないのであるから,ズームレンズに関する発明である乙6発明に, ズームレンズに関する発明でない乙7発明を採用することは考えにくいと 33 い うことはない。 また,開口絞りは,撮影条件等に応じて開口量を調整するために不可欠 な構成であるから,開口絞りが存在しないレンズは稀である。特許出願明 細書の場合,出願された発明の内容によっては開口絞りの記載が省略され ることもある。乙7に開口絞りが記載されていないからといって,開口絞 りが存在しないレンズの発明であるとはいえないし,特に開口絞りが不要 であるとの記載もないのであるから,その技術を開口絞りがある乙6発明 に適用することが困難であるということもない。 オ 仮に,乙6発明について,第1レンズ群を合焦レンズ群とした発明であ ると認定したとしても,乙7発明を適用することに困難性はない。 乙6には,特許請求の範囲に記載においても合焦レンズ群を特定してい ないように,第1レンズ群を合焦レンズ群としなければならないとする記 載はない。そして,乙46には,乙6発明のように正負負正負の5群構成 のズームレンズにおいて第2群のレンズ群を移動させて近距離物体への合 焦を行わせるものが記載されている。 乙46の【0003】には,最も物体側のレンズ群によるフォーカスの 課題点が述べられており,その解決策として【0007】には,@物体側 より順に正負負正負タイプのパワー構成,A第2レンズ群G2による近距 離物体への合焦,B第2レンズ群G2の無限遠における使用倍率|β2| の極小値の条件化 β2min>1.7とすることにより課題を解決する ことが記載されている。 乙6のパワー構成は,乙46の【0007】に記載された@のパワー構 成と同じである。また,乙6の実施例において,第2レンズ群G2の無限 遠における使用倍率β2の極小値を確認すると,実施例1 β2min= 1.84,実施例2 β2min=1.99となり,乙46の【0007】に記載 されたBの条件範囲に入っている。乙6の実施例において,第2レンズ群 34 G 2を合焦レンズ群とするインナー・フォーカス方式の条件が整っている のであり,乙6のズームレンズにインナー・フォーカス方式が採用できな いというものではない。 一方,乙8〜10に記載されているように,ズームレンズにおいて第1 レンズ群以外のレンズ群を合焦レンズ群とすることは周知なのであるから, 乙6発明において,第1レンズ群以外のレンズ群を合焦レンズ群とするこ とは当業者が適宜選択することができる程度のことにすぎない。 したがって,内焦式フォーカス方法のレンズ群における課題を解決する ことを目的とする乙7発明を,乙6発明に適用することの動機付けもある のである。 カ 乙6には,開口絞りを第4レンズ群におく態様と,開口絞りを第3レン ズ群におく態様との2つの態様の発明が記載されている。そして,「レン ズ群におく」とは,レンズ構成におけるレンズ群と機構的に一緒に配置す るということを意味していると解するのが普通であり,特別に開口絞りと レンズ群との配置の関係について記載がない限り,開口絞りは変倍時に第 4レンズ群と一体であると解される。 ズームレンズをレンズ鏡筒に組み込む際には,乙10の図1に示されて いるように各レンズ群は群筒に保持される(乙10の5頁右上欄8−10 行目には,「カムリング2の外側にあり,第1レンズ群L1を保持する1 群筒7と」と記載されている。)。「第4レンズ群に開口絞りをおく」の 記載から,当業者は,開口絞りは第4レンズ群を保持する群筒に直接又は 間接的に固定されると理解する。そして,第4レンズ群を保持する群筒に 開口絞りが固定されれば,変倍時に第4レンズ群を移動させれば必然的に 開口絞りも一体として移動することとなるのである。 そして,第4レンズ群は補正レンズ群となるので,開口絞りが第4レン ズ群と一体に移動してしまうと,防振補正をする際に光軸と直交する方向 35 に 移動することとなってしまう。そこで,「このとき開口絞りは,不要な 光線を遮蔽するようために光軸上に固定されていることが望ましい。」と 記載して,防振補正の際に,第4レンズ群と一体に移動しないようにする ことが望ましいことを明らかにしているのである。 乙6に記載された実施例は,いずれも,第4レンズ群G4は望遠端側へ は大きく物体側に移動するから,開口絞りSが光軸上に固定されて光軸方 向に移動しないというものではないのである。開口絞りSの移動装置につ いては何らの記載もないのであるから,「第4レンズ群に開口絞りをお く」という記載により,開口絞りSは,第4レンズ群G4と一体的に移動 すると理解されるのである。 以上のとおり,乙6には,開口絞りを第4レンズ群におく態様の発明が 明確に記載されており,この態様においては,開口絞りは第4レンズ群と 一体で光軸方向に移動するよう構成されているのである。 (原告の主張) ア(ア) 乙6には,「そこで本発明は,防振機能を備えかつ小型で高性能な 望遠ズームレンズの提供を目的としている。」と記載され(【000 4】),近距離物体への合焦に関して,「一般的に,望遠ズームレンズ は,第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり,フォーカシング時に繰 り出されることが多い。このため,第1レンズ群を防振のため光軸に対 し変位する補正光学系にすることは,保持機構及び駆動機構が大型化し 好ましくない。従って,本発明における正負負正負タイプも同様に,第 1レンズ群を防振補正光学系にするのは好ましくない。」と記載されて いる(【0007】)。 上記記載中,「このため」とは,文脈上,「第1群レンズ群が最も大 型のレンズ群であり」との部分だけでなく,「フォーカシング時に繰り 出されることが多い」との部分を指していることが明らかである。1群 36 フ ォーカスとなっているときに,それを防振のため光軸に対し変位する 補正光学系にすることは,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくな い,ということである。続けて,「従って,本発明における正負負正負 タイプも同様に,第1レンズ群を防振補正光学系にするのは好ましくな い。」と記載されているのであるから,1群フォーカスを前提としてい ることは文脈上明らかである。 (イ) 被告は,乙46の記載を根拠に,乙6の実施例において,第2レン ズ群G2を合焦レンズ群とするインナー・フォーカス方式の条件が整っ ているのであり,乙6に記載のズームレンズにインナー・フォーカス方 式が採用できないというものではないと主張している。 しかし,乙46の【0016】は,内焦方式のズームレンズを達成す るための望ましい条件の1つとして,β2min>1.7を挙げており, 被告の主張する正負負正負のパワー構成及びβ2min>1.7の条件 が内焦方式のズームレンズを達成するための十分条件となるものではな く,また十分条件として認識されるように記載されているものでもない。 そのため,乙6の実施例のズームレンズのパワー構成が乙46の実施例 と同一であり,β2min>1.7の条件を満たすからといって,乙6 の実施例のズームレンズがインナー・フォーカス方式の条件が整ってい るのではない。実際,乙6の第2レンズ群G2を合焦レンズ群とするこ とはできない。 (ウ) 被告は,内焦式フォーカス方式(インナー・フォーカス方式)が本 件特許の出願時において周知である等の主張をしている。仮に,内焦式 フォーカス方式が周知であったとしても,それ自体が乙6発明を内焦式 フォーカス方式に変更することを動機付けるものではないし,乙6発明 に内焦式フォーカス方式を採用した場合に生じるであろう新たな課題を 当業者に認識させ,さらに,乙7発明を重畳的に適用して,乙6発明に 37 存 在すらしない課題の解決を図るために本件特許発明の構成に至ること を動機付けるものではない。 (エ) 一般に,ズームレンズにおいて,前群繰り出し方式のフォーカス方 式(1群フォーカス方式)は,どの焦点距離においても,同一の撮影距 離に対して,ほぼ同一の繰り出し量でフォーカシングが可能であり,焦 点距離によりフォーカシング移動量の差が生じる全体繰り出し方式やズ ームレンズ系の一部を移動させる方式に比べて大きな有利さを持ってい る(甲52)。また,一般に,広角端がf=35mm程度までのズーム レンズに対して前群繰り出し方式が採用されるが,より広角のf=28 mmから始まる場合,レンズ径の増大や撮影距離変化による収差変動が より対処困難になってくるので,前群繰り出し方式自体が問題になり得 る(甲52)。 乙6の実施例に記載のズームレンズはf=76.5〜292(【00 21】,【0025】)であるために,前群繰り出し方式の上述のレン ズ径の増大や撮影距離変化による収差変動のような問題が生じることが なく,前群繰り出し方式の利点を採用している。そのため,乙6発明に おいて,あえて前群繰り出し方式の利点を捨ててまで,乙6発明をイン ナー・フォーカス方式に変更する動機付けはない。仮に,本件特許の出 願時において,インナー・フォーカス方式のズームレンズが周知である からといって,乙6発明をインナー・フォーカス方式へ変更する動機付 けとはならない。 (オ) 被告は,乙6には,特許請求の範囲に記載においても合焦レンズ群 を特定していないように,第1レンズ群を合焦レンズ群としなければな らないとする記載はないと主張している。 しかし,特許請求の範囲の記載に合焦レンズ群の記載がないというこ とは,第2レンズ群G2又は第3レンズ群G3が合焦レンズ群である発 38 明 が記載されていることにはならないし,特許請求の範囲には,開口絞 りにも何らの言及がないのであるから,特許請求の範囲に記載された発 明を実施する上で,開口絞りを第4レンズ群G4に隣接して設けた上で, かつ,変倍時に開口絞りを第4レンズ群G4と一体的に移動させること もまた要件となっていない。 よって,本件第1特許発明を容易に想到できるかということに関して, 乙6発明を認定するについては,発明の詳細な説明に記載された発明を 基にせざるを得ないところ,乙6発明は1群フォーカス方式の発明であ り,乙6に記載の1群フォーカス方式の発明を基にしてそれをインナ ー・フォーカス方式に変更しようとする動機も存在しないのである。 イ 被告は,乙7にインナー・フォーカス方式が記載されていることやイン ナー・フォーカス方式自体が出願時に周知であったとして,乙6発明にイ ンナー・フォーカス方式を適用することは容易であったと主張する。 上記のとおり,乙6発明は1群フォーカス方式である。当業者は,1群 フォーカス方式なら1群フォーカスレンズとして最初からレンズ設計をし, インナー・フォーカス方式ならインナー・フォーカス方式のレンズとして 最初から設計するのである(甲53の1及び2)。近距離合焦方式が異な り,レンズ設計(いかなるレンズを何枚,どのように配置し,さらに開口 絞りをどこに設けるか)は,近距離合焦方式をいかにするかに応じて異な るのであるから,インナー・フォーカス方式のレンズ設計をしようという ときに,あえて1群フォーカス方式のレンズの設計例を探し出し,それを 基に1群フォーカス方式として記載されている設計例をインナー・フォー カス方式に変更するという動機は全く生じない。インナー・フォーカス方 式のレンズを設計しようとするなら,インナー・フォーカス方式のレンズ の設計例を基にレンズの設計をするのが通常である。 よって,インナー・フォーカス方式自体が乙7に記載され,それが周知 39 技 術であったとしても,1群フォーカス方式として記載された乙6発明を 基にして,それをインナー・フォーカス方式に変更しようとする動機は全 く生じない。 ウ 1群フォーカス方式の例を基にそれをインナー・フォーカス方式に設計 変更することをあえて想定したとしても,それは容易なことではない。い かなるレンズを何枚どのように組み合わせるか,変倍時にどの群をどう移 動させるかさせないか,開口絞りをどこに置くかも含め,最初からレンズ の設計はやり直しとなる。1群フォーカス方式として記載されたレンズ設 計は,1群フォーカス方式としてレンズ設計がされているため,第1レン ズ群を移動することに替え,第2群又は第3群を移動するということの改 変をすればよいということではない(甲53の1及び2)。 乙6の実施例においては,レンズ群G2又はレンズ群G3を光軸方向に 移動させて合焦を行おうとすると,近距離の合焦ができない。当然のこと ながら,大幅な設計変更をする必要があるが,乙6には,具体的にどこを どのように設計変更すれば,レンズ群G2又はレンズ群G3を光軸方向に 移動させて合焦を行うインナー・フォーカス方式のレンズとできるかにつ いて全く示唆がない。単に,インナー・フォーカス方式自体が周知である といってみたところで,そのこと自体,1群フォーカス方式として記載さ れたレンズをいかにしてインナー・フォーカス方式に変更できるかという ことに対し全く示唆を与えない。 インナー・フォーカス方式のレンズを設計しようとするなら,最初から, インナー・フォーカス方式のレンズの設計例を基にレンズの設計をするの が通常である。すなわち,乙6に記載の1群フォーカス方式を基にインナ ー・フォーカス方式の設計をすることは容易であると到底いえない。 エ 乙7は,最も物体側の第1レンズ群を合焦レンズ群としない,内焦式フ ォーカス方式(インナー・フォーカス方式)に特有の問題を解決するため 40 の 発明を開示している。 上記のとおり,乙6発明は1群フォーカス方式であり,乙7が解決しよ うとする課題そのものが存在しないのであるから,当業者が乙6発明に乙 7発明を適用しようという動機付けは存在しない。乙6発明は1群フォー カス方式のズームレンズであり,乙7発明はインナー・フォーカス方式に 特有の問題を解決する発明であって単焦点レンズである。乙6と乙7には, それを組み合わせようという接点が見出だせない。 被告は,乙45を引用して,乙6発明に,乙7発明を採用することは考 えにくいということはないと主張するが,焦点距離が長くなると像位置の 変動量が大きくなるということが,乙7に記載されているインナー・フォ ーカス方式を乙6発明に適用するという動機付けになるという理由が不明 である。続けて,被告は,乙7に記載された望遠レンズの防振に関する技 術における内焦式フォーカス方法は,変倍機能が関係する技術でもないの であるから,乙6発明に,ズームレンズに関する発明でない乙7発明を採 用することは考えにくいということはないと主張するが,乙7に記載され ているインナー・フォーカス方式を乙6発明に適用するという動機付けに なるという理由が不明である。 オ 乙6には,開口絞りSが変倍時に第4レンズ群G4と一体的に移動する という記載はなく,また,当業者に開口絞りSが変倍時に第4レンズ群と 一体的に移動するように構成することを動機付けるような記載はない。 「レンズ群におく」とは,近くに配置するということを意味する。 乙6の特許請求の範囲に記載された発明において,開口絞りは何ら構成 要件とされていない。そして,乙6には,ズームレンズにおいて,変倍時 に,開口絞りSを補正レンズ群と一体として移動させるという技術思想は 全くない。そのような技術思想があったとしたら,「尚,機構の複雑さを 避けるために,余りズーム比が大きくない場合は,開口絞りを第3レンズ 41 群 におき,第4レンズ群の機構を簡単にしても良い。」(【0010】) という記載がされるはずはない。 結局のところ,乙6には,1群フォーカス方式で,第1レンズ群G1, 第2レンズ群G2,第3レンズ群G3,開口絞りS,シフトレンズ群であ る第4レンズ群G4,第5レンズ群G5と並ぶレンズ構成例が開示されて いるにとどまる。 3 原告の損害(争点3) (原告の主張) (1) 原告は,被告製品の各販売開始より以前から現在まで,本件特許発明の 実施品であるデジタル一眼レフカメラ用レンズを製造,販売している。被告 製品と原告の製造販売に係る製品は市場において競合している。 (2) 被告は,被告製品を製造,販売し,平成23年4月30日までに,少な くとも金190億0500万円の売り上げを得た。被告製品の売上に係る利 益率は少なくとも60%であるから,被告は,同日までに,被告製品の製造, 販売により,少なくとも金114億0300万円の利益を得た。 したがって,特許法102条2項により,本件特許権の侵害に基づく損害 として,原告は同額の損害を被ったと推定される。 (3) 原告は,本件訴訟に係る相当な弁護士・弁理士費用として,5億円の損 害を被った。 (被告の主張) 原告の主張は否認ないし争う。 第4 当裁判所の判断 1 被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するかについて (1) 「レンズ群」の意義(争点1−1)について ア(ア) 原告は,本件特許発明における「レンズ群」の意義について,変倍 時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのまとまり 42 ( グループ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズを意味すると 主張する。 まず,特許請求の範囲の記載を検討するに,「変倍時に,前記レンズ 群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化し,」(構成要件 D)との記載があるものの,当該記載のみでは,原告主張の「レンズ 群」の意義であると理解することはできない。 そこで,本件明細書の記載及び図面を考慮するに,本件明細書には, 以下の記載がある (図面及び表は末尾添付の本件明細書参照。以下同 じ。) 。 「【0038】 〔実施例1〕 図4は,本発明の第1実施例にかかるズームレンズのレンズ構成を示 す図である。 図4のズームレンズは,物体側より順に,両凸レンズと物体側に凹面 を向けた負メニスカスレンズとの接合正レンズL1からなる第1レンズ 群G1と,両凹レンズL21,両凸レンズL22および物体側に凹面を 向けた負メニスカスレンズL23からなる第2レンズ群G2と,物体側 に凹面を向けた正メニスカスレンズL3からなる第3レンズ群G3と, 物体側に凸面を向けた負メニスカスレンズL41,両凸レンズと物体側 に凹面を向けた負メニスカスレンズとの接合正レンズL42,および物 体側に凹面を向けた正メニスカスレンズL43からなる第4レンズ群G 4と,物体側に凹面を向けた正メニスカスレンズL51,物体側に凹面 を向けた負メニスカスレンズL52および両凹レンズ53からなる第5 レンズ群G5とから構成されている。 【0039】 また,開口絞りSは,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との間に 43 配 置され,広角端から望遠端への変倍に際して第4レンズ群G4と一体 的に移動する。 図4は,広角端における各レンズ群の位置関係を示しており,望遠端 への変倍時には図3に矢印で示すズーム軌道に沿って光軸上を移動する。 また,第4レンズ群G4中の接合正レンズL42を光軸とほぼ直交す る方向に移動させて像シフトさせ,手ぶれ等に起因する像位置の変動を 補正している。 さらに,第3レンズ群G3を光軸に沿って像側に移動させて,近距離 物体へのフォーカシングを行っている。」 以上の記載に加え,本件明細書図3及び4を考慮すると,第1実施例 においては,「レンズ群G1」,「レンズ群GF」,「レンズ群GB」 が,それぞれ第1レンズ群G1,第3レンズ群G3,第4レンズ群G4 に相当し,それぞれのレンズ群が変倍時でも光軸方向の相対的な位置が 変わらない複数のレンズのまとまり(グループ)又は当該まとまりに含 まれない単数のレンズであることは明らかである。 (イ) また,証拠(甲48)によれば,「ズームレンズは,焦点距離を変 えるために,光軸に沿って,定められた方式でレンズ群を移動させる。 停止しているものも含めて,隣接して同じ動きをするレンズをまとめて, 成分(component)と呼ぶことにする(群と呼ぶこともある)。」との 記載があるから,ズームレンズの技術分野において,「レンズ群」は変 倍時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのまとまり (グループ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズを意味すると した用法が周知であったことが認められる。 (ウ) 以上のとおり,本件特許発明における「レンズ群」の意義は,本件 明細書の記載及び図面を考慮すると,変倍時でも光軸方向の相対的な位 置が変わらない複数のレンズのまとまり(グループ)又は当該まとまり 44 に 含まれない単数のレンズであると認められるし,これが周知の用法で あったとも認められる。 イ(ア) 被告は,本件明細書【0015】に記載の「レンズ系を構成するレ ンズ群のうち一部のレンズ群」の「レンズ群」が,原告主張の意義によ るものであるか否かは定かではないし,【0028】にも「レンズ群G Bの全体,あるいはその一部をシフトレンズ群として」と記載されてお り,レンズ群GBの一部についても,また「レンズ群」と称しているの であるなどと主張する。 確かに,被告の主張するように,本件明細書には,原告主張の「レン ズ群」の意義と異なる「レンズ群」の用法があるが,これをもって,本 件特許発明における「レンズ群」の意義について,上記アのとおり理解 できないものではない。すなわち,本件特許発明は,ズームレンズに関 する発明であって,光軸方向の移動を基本とする発明であると解される。 したがって,そのような技術の基本に即して考えれば,ズームの際に, 光軸方向の相対的な位置が変わらないレンズのまとまりを「レンズ群」 と称するのが自然である。もっとも,本件特許発明は,ズームレンズに おいて像シフトを可能とするものであり,像シフトはレンズが光軸方向 と垂直に移動することにより生じるものである。この像シフトのための レンズの垂直移動は,上記のズームに関する意味でのレンズ群のすべて のレンズが移動する必要はないが,レンズ群のうちの単数又は複数のレ ンズがひとまとまりとして垂直方向に移動することはある。本件明細書 では,このような,レンズ群の中のひとまとまりのレンズが垂直方向に 移動する際に,「レンズ群のうちの一部のレンズ群」(【0015】) と称し,また,レンズ群の全体又は一部がシフトする場合を総称して 「シフトレンズ群」(【0028】)と称しているものと解されるが, これは,本件特許発明の「レンズ群」の基本的意義を踏まえた上で,そ 45 の 「レンズ群」に含まれる像シフトに関係する一部のレンズを便宜上 「レンズ群」と称したものであって,本件特許発明の「レンズ群」の基 本的意義を変更するものとは解されない。 また,被告は,原告主張の「レンズ群」の意義が一般的に用いられて いるものではない旨主張するけれども,上記ア(イ)のとおりであるから 採用できない。 (イ) 被告は,本件特許発明は開口絞りSの位置が限定されているのに対 し,本件明細書の実施例1は開口絞りの位置に限定がないから,実施例 1は本件特許発明の実施例ではなく,レンズ群の意義を解釈するについ て,実施例1に関する記載を参照することはできない旨主張する。 確かに,上記ア(ア)で引用した本件明細書の記載は実施例1に関する 記載である。そこで,実施例1が本件特許発明の実施例といえるかを検 討する。 特許請求の範囲には「…1つのレンズ群GBの…一部を光軸にほぼ垂 直な方向に移動させて…」及び「前記レンズ群GBに隣接して開口絞り Sが設けられ」と記載され,本件明細書【0039】には「また,開口 絞りSは,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との間に配置され,広 角端から望遠端への変倍に際して第4レンズ群G4と一体的に移動す る。」「また,第4レンズ群中の接合正レンズL42を光軸とほぼ直交 する方向に移動させて像シフトさせ,…」と記載されていることに加え, 【0042】の表1及び図4をみると,当業者は,実施例1において, 第4レンズ群G4に隣接して開口絞りSが設けられ(表1では,開口絞 りSとレンズL41の光線入射面との面間隔が2.260mmに固定さ れている。),第4レンズ群G4中の接合正レンズL42が光軸とほぼ 直交する方向に移動させられることが理解できる。そして,「第4レン ズ群G4」に「レンズ群」との文言が使用されているのであるから,当 46 業 者は,実施例1の第4レンズ群及びL42が,それぞれ「1つのレン ズ群GB」及び「1つのレンズ群の…一部」に相当すると理解できるし, 第3レンズ群G3が「レンズ群GF」に,第1レンズ群G1が「レンズ 群G1」に相当すると理解できる。 したがって,本件明細書の実施例1が本件特許発明の実施例であると 理解することを妨げる特段の事情はない。 また,被告は,本件特許発明に係る当初明細書(乙5)において,実 施例1は,開口絞りについて何ら限定がない当初請求項1に係る発明の 実施例とはされていたものであって,開口絞りSがレンズ群GBに隣接 して設けられるとする当初請求項2及び3の実施例とはされていなかっ たのであるから,実施例1を根拠として,開口絞りSがレンズ群に隣接 して設けられるとする本件特許発明のレンズ群の解釈をすることはでき ない旨主張する。 しかしながら,本件明細書と本件特許発明に係る当初明細書では,実 施例1に係る記載(【0038】〜【0045】)は同じであり(甲2, 乙5),上記と同様に,実施例1が本件特許発明に対応する当初請求項 2の実施例であることを妨げる事情はない。 被告は,当初明細書の実施例2に関する記載である【0047】には 開口絞りSが第4レンズ群G4に隣接して配置されることが記載されて いるのに対し,実施例1に関する記載である【0039】には,開口絞 りがレンズ群G4に隣接して配置されることが記載されていないから, 当初明細書の実施例1は,当初請求項1の実施例にすぎなかったとも主 張する。しかし,実施例1について,表1で開口絞りSとレンズL41 の光線入射面との面間隔が2.260mmに固定されていることは前記 のとおりであって,当初明細書の実施例1も開口絞りSがレンズ群G4 に隣接するものとして記載されていることが認められるから,被告の主 47 張 には理由がない。 (ウ) さらに,被告は,本件明細書において,「シフトレンズ群GB」と は,「所定量だけ像をシフトするために光軸に垂直な方向に光軸に垂直 な方向に移動させるレンズ群」と定義されているのであって,実施例1 の第4レンズ群G4は,光軸直交方向に移動するレンズ群ではなく, 「シフトレンズ群」ではないから,本件特許発明の実施例ではない旨主 張する。 しかしながら,被告主張に係る「シフトレンズ群GB」の定義は, 「レンズ群GB」の全体がシフトする場合のみを「シフトレンズ群」と 解しているが,上記のとおり,「レンズ群GB」の一部のみがシフトす る場合も,「レンズ群GB」全体がシフトする場合も,その全体が「レ ンズ群GB」と理解されるのであって,被告の主張は,本件特許発明の 「1つのレンズ群GBの・・・一部を・・・シフトする」との記載と明らかに 整合しない。また,その定義は,本件明細書【0007】【0008】 の記載を根拠とするが,これらの記載は【0007】の(a)式を説明 するための記載にすぎないと解されるから,被告の主張は採用できない。 ウ 以上のとおり,本件特許発明における「レンズ群」の意義は,変倍時で も光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのまとまり(グルー プ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズを意味する。 (2) 被告製品における「レンズ群GB」の該当箇所(争点1−2)について ア 上記(1)のとおり,本件特許発明における「レンズ群」の意義は,変倍 時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのまとまり(グ ループ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズを意味する。 そして,原告及び被告の被告製品説明によると (以下,被告製品のレン ズ及びレンズ群の符号は,被告の主張部分を除いて,別紙被告製品説明 (原告)の符号を使用する。) ,被告製品において,L31〜L34は変 48 倍 時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレンズのまとまりで あると認められるから,1つのレンズ群に該当する。そして,原告及び被 告の被告製品説明によると,被告製品は,レンズ群G3であるL31〜L 34の一部であるL33を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフト することが可能なズームレンズであると認められる。 そうすると,被告製品のレンズ群G3であるL31〜L34が「レンズ 群GB」に該当する。 イ これに対し,被告は,本件明細書においては,「レンズ群GB」は,所 定量だけ像をシフトするために光軸に垂直な方向に移動させるレンズ群と 定義されているとして,被告製品において,「レンズ群GB」に対応する ものは,光軸に垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なレン ズ群G9である旨主張するけれども,上記(1)イ(ウ)のとおり,被告主張 に係る「レンズ群GB」の定義は採用できないから,被告の主張は採用で きない。 また,被告は,本件明細書において,【0001】〜【0036】には, 光軸に垂直な方向に移動する光学素子は,いずれも「レンズ群GB」とさ れ,「シフトレンズ群GB」とされているなどと主張する。 確かに,本件明細書【0029】【0031】には,光軸にほぼ垂直な 方向に移動させるレンズとして「シフトレンズ群GB」が記載されている。 しかしながら,本件特許発明には,「レンズ群GB」の全部がシフトレン ズ群である場合が含まれることは明らかであり,上記各段落の記載は,そ のような場合を記載したものにすぎないと解されるから,被告の主張は採 用できない。 ウ 以上のとおり,「レンズ群」の中の一部のレンズG9のみを取り出して, 本件特許発明の「レンズ群GB」であるとする被告の主張を採用すること はできず,被告製品において,レンズ群G3であるL31〜L34が「レ 49 ン ズ群GB」に該当する。 (3) 構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させる 構成において,構成要件Bは当該一部のレンズが開口絞りSと隣接するもの に限定されるか(争点1−3)について ア 構成要件Aは「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体ある いは一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能 なズームレンズにおいて,」というものであるから,構成要件Aでは,レ ンズ群GBの全体だけでなく,レンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方 向に移動させる構成が示されている。しかしながら,構成要件Bは「前記 レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設 けられ,」というものであり,構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸に ほぼ垂直な方向に移動させる構成において,当該一部のレンズが開口絞り Sと隣接するという限定をしていない。 また,上記(1)イ(イ)のとおり,本件明細書の実施例1では,実施例1 の第4レンズ群及びL42が,それぞれ「1つのレンズ群GB」及び「1 つのレンズ群の…一部」に相当すると理解できるが,図4のとおり,L4 2は開口絞りSと隣接していない。 たとえ,開口絞りSが光軸に垂直な方向に移動するレンズに隣接してい ないとしても,そのようなレンズを含むレンズ群GBに隣接していれば, 軸上光束と軸外光束とにおいてレンズ群GBを通過する高さの差を小さく することができると考えられる。 そうすると,構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方向 に移動させる構成において,当該一部のレンズが開口絞りSと隣接するも のに限定されると解釈することはできない。 イ これに対し,被告は,本件明細書【0031】に記載された技術的意義 から,軸上光束と軸外光束とにおいてシフトレンズ群を通過する高さの差 50 を 小さくするためには,開口絞りSと光軸に直交する方向に移動するシフ トレンズ群との間に他の光学素子が配置されることは好ましくないのであ るから,開口絞りSと光軸にほぼ垂直に移動するレンズ群はそのレンズ群 がレンズ群の一部である場合にも,開口絞りに隣接していることが必要で ある旨主張する。 しかしながら,本件明細書【0031】には,「シフトレンズ群中,ま たはシフトレンズ群の物体側あるいは像側に隣接するように開口絞りSを 配置して,軸上光束と軸外光束とにおいてシフトレンズ群を通過する高さ の差を小さくすることが好ましい。」との記載はあるものの,開口絞りS と光軸に直交する方向に移動するシフトレンズ群との間に他の光学素子が 配置されてはならない旨の記載はないのであるから,被告の主張は採用で きない。 本件特許発明において,開口絞りSをレンズ群GBに隣接して設ける意 義は,上記【0031】に記載されているとおり,軸上光束と軸外光束と においてシフトレンズ群を通過する高さの差を小さくすることにより,収 差補正を良好にすることである。 この点について,本件明細書には,次の記載がある。 「さらに,図11乃至図16は実施例1において光軸に対して0.01r ad(ラジアン)だけ像シフトさせたときのコマ収差図である。図11は 広角端における無限遠合焦状態でのコマ収差図であり,図12は中間焦点 距離状態における無限遠合焦状態でのコマ収差図であり,図13は望遠端 における無限遠合焦状態でのコマ収差図である。また図14は広角端にお ける撮影倍率−1/40でのコマ収差図であり,図15は中間焦点距離状 態における撮影倍率−1/40でのコマ収差図であり,図16は望遠端に おける撮影倍率−1/40でのコマ収差図である。」(【0045】) 「各収差図において,FNOはFナンバーを,NAは開口数を,Yは像高 51 を ,Dはd線(λ=587.6nm)を,Gはg線(λ=453.8n m)をそれぞれ示している。また,非点収差を示す収差図において実線は サジタル像面を示し,破線はメリディオナル像面を示している。さらに, 球面収差を示す収差図において,破線はサイン・コンディション(正弦条 件)を示している。図11乃至図16の各収差図は,像高Yの正方向にレ ンズ成分L42を移動させたときのY=15.0,0,−15.0でのコ マ収差を示している。各収差図から明らかなように,本実施例では,各焦 点距離状態および各撮影距離状態において像シフト時にも諸収差が良好に 補正されていることがわかる。」(【0046】) 上記実施例1に関する【0045】【0046】の記載によれば,開口 絞りSがシフトするレンズL42に隣接していない実施例1においても, 良好な収差補正が得られていることが分かる。そうすると,開口絞りSが シフトするレンズに隣接していなくとも,シフトするレンズを含むレンズ 群GBに隣接していれば良好な収差補正が得られ,開口絞りをレンズ群に 隣接させるという構成要件Bの技術的意義を達成できるものと認められる。 また,被告は,本件明細書の実施例1が本件特許発明の実施例ではない 旨主張するが,上記(1)イのとおり,被告の主張は採用できない。 ウ 以上のとおり,構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直な方 向に移動させる構成において,構成要件Bは当該一部のレンズが開口絞り Sと隣接するものに限定されると解釈することはできない。 (4) 構成要件Aの「ズームレンズ」は,撮影距離の変化にかかわらず,シフ トレンズ群の移動量を一定にできるものに限定されるか(争点1−4)につ いて ア まず,特許請求の範囲の記載において,シフトレンズ群の移動量を一定 にする旨の記載はない。 そこで,本件明細書の記載を考慮するに,本件明細書には,以下の記載 52 が ある。 「【0007】 一般的に,レンズ系の一部のレンズ群GBを光軸に垂直な方向にΔだけ 移動させたとき,像面上における像のシフト量δは,次の式(a)により 表される。 δ=Δ・β (a) ここで,βはレンズ群GBよりも像側に配置されたレンズ群の使用倍率 (結像倍率)である。」 「【0011】 【発明が解決しようとする課題】 しかしながら,上述の特開平4−362909号公報においては,フォ ーカシングレンズ群である第2レンズ群は防振時の補正レンズ群である第 1レンズ群よりも像側に配置されている。このため,同じ焦点距離状態で あっても撮影距離が変化すると,第2レンズ群の結像倍率が変化する。そ の結果,所定量だけ像をシフトするための補正レンズ群の所要移動量も各 焦点距離状態ばかりでなく各撮影距離状態によって変化してしまうので, 像シフトを制御することが難しいという不都合があった。 【0012】 また,上述の特開平5−232410号公報においては,第1レンズ群 を光軸に沿って移動させてフォーカシングを行っていた。したがって,前 述のように,フォーカシングレンズ群である第1レンズ群のレンズ径が大 きいという不都合があった。 本発明は,前述の課題に鑑みてなされたものであり,フォーカシングレ ンズ群のレンズ径が小さく,像シフトの制御が容易で,像シフト時にも良 好な結像性能を有するズームレンズを提供することを目的とする。」 「【0028】 53 本 発明においては,レンズ群GBの全体,あるいはその一部をシフトレ ンズ群として,光軸に対してほぼ垂直な方向に移動させることによって像 をシフトさせている。この場合,前述のように,シフトレンズ群を光軸と ほぼ垂直な方向に移動させると,像面上における像はシフト量は,シフト レンズ群よりも像側に配置されるレンズ群の使用倍率βに依存する。した がって,シフトレンズ群より像側に配置されるレンズ群のうち1つのレン ズ群を移動させて近距離合焦を行うと,前記使用倍率βが撮影距離に依存 して変化してしまう。このため,像を所定量だけシフトさせるためのシフ トレンズ群の所要移動量が撮影距離によって変化してしまい,その結果像 のシフトを制御することが難しくなってしまう。 【0029】 そこで,本発明では,ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全 体,あるいはその一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトす ることが可能なズームレンズにおいて,レンズ群GBより物体側に配置さ れるレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離合焦を行う。こうして, レンズ群GBより像側に配置されるレンズ群の使用倍率を撮影距離の変化 によらず一定とし,像を所定量だけシフトさせるためのレンズ群GBの所 要移動量を撮影距離の変化によらず一定としている。その結果,本発明の ズームレンズでは,シフトレンズ群GBによる像シフトの制御を,ひいて は像位置の変動の補正を容易に行うことができる。」 「【0054】 【効果】 以上説明したように,本発明によれば,フォーカシングレンズ群のレン ズ径が小さく,像シフトの制御が容易で,像シフト時にも良好な結像性能 を有する高変倍ズームレンズを達成することができる。」 イ 以上のとおり,本件明細書には,本件特許発明の目的及び効果としては, 54 像シフトの制御が容易であることが記載され(【0012】【005 4】),本件特許発明では,レンズ群GBより物体側に配置されるレンズ 群GFを光軸に沿って移動させて近距離合焦を行い(構成要件C),@レ ンズ群GBより像側に配置されるレンズ群の使用倍率を撮影距離の変化に よらず一定とし,A像を所定量だけシフトさせるためのレンズ群GBの所 要移動量を撮影距離の変化によらず一定とした結果,シフトレンズ群GB による像シフトの制御を,ひいては像位置の変動の補正を容易に行うこと ができると記載されている(【0029】)。 被告は,上記Aの点を指摘して,本件特許発明は,シフトレンズ群GB の光軸直交方向の変位量も撮影距離の変化によらず一定として求められる ものでなければならない旨主張する。 しかしながら,特許請求の範囲の記載において,シフトレンズ群の移動 量を撮影距離の変化によらず一定にする旨の記載はないから,本件特許発 明がシフトレンズ群の移動量についての発明であるとは認め難い。また, 本件明細書によれば,像シフト量は,レンズ群GBよりも像側に配置され るレンズ群の使用倍率に依存するから(【0007】),上記@のとおり, 当該使用倍率を撮影距離の変化によらず一定とすることにより,本件特許 発明の目的及び効果である「像シフトの制御が容易」という点は達成され るのであり,他方で,上記Aの点を満たさない場合には,上記@の点を満 たしても像シフトの制御を容易に行うことができないとする根拠は示され ていないから,被告の主張は採用し難い。 ウ 以上のとおり,構成要件Aの「ズームレンズ」は,撮影距離の変化にか かわらず,シフトレンズ群の移動量を一定にできるものに限定されると解 釈することはできない。 (5) 構成要件A及びFの「ズームレンズ」は,5群ズームレンズやレンズシ ャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されるか(争点1−5)に 55 つ いて 構成要件Aは「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるい は一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズ ームレンズにおいて,」及び構成要件Fは「ことを特徴とするズームレン ズ。」というものであるから,特許請求の範囲において,構成要件A及びF の「ズームレンズ」について,5群ズームレンズやレンズシャッター式のカ メラに用いるズームレンズに限定する記載はない。 また,本件明細書【0011】【0012】【0054】には,本件特許 発明は,@フォーカシングレンズが補正レンズ群より像側にあることにより 像シフトを制御することが困難であり,A第1レンズ群をフォーカシングさ せるとレンズ径が大きいとの不都合があるという課題を解決するために,フ ォーカシングレンズ群のレンズ径が小さく,像シフトの制御が容易で,像シ フト時にも良好な結像性能を有することを目的として,本件特許発明の構成 を採用することにより,当該目的を達成したものと記載されている。このよ うな本件特許発明の解決しようとする課題,目的,効果に照らしても,構成 要件A及びFの「ズームレンズ」が5群ズームレンズやレンズシャッター式 のカメラに用いるズームレンズに限定される根拠は見いだせない。 そうすると,構成要件A及びFの「ズームレンズ」は,5群ズームレンズ やレンズシャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されると解釈す ることはできない。 これに対し,被告は,本件明細書の実施例について,5群ズームレンズの 構成の記載しかなく,バックフォーカスBfが短いものは,レンズを交換す る一眼レフカメラには対応することができないなどと主張するが,上記のと おり,特許請求の範囲の記載や本件特許発明の解決しようとする課題,目的, 効果に照らすと,被告の主張は採用することができない。 (6) 被告製品の充足性(争点1−6)について 56 ア 構 成要件Aについて 原告及び被告の被告製品説明のとおり,被告製品はズームレンズである。 そして,上記(2)のとおり,被告製品のレンズ群G3は「レンズ群GB」 に該当し,レンズ群G3の一部であるL33は光軸にほぼ垂直な方向に移 動させて像をシフトすることが可能であるから,被告製品は構成要件Aを 充足する。 上記(4)及び(5)のとおり,構成要件Aの「ズームレンズ」は,撮影距離 の変化にかかわらず,シフトレンズ群の移動量を一定にできるものに限定 されないし,5群ズームレンズやレンズシャッター式のカメラに用いるズ ームレンズに限定されないから,これを前提とする被告の主張は採用でき ない。 イ 構成要件Bについて 原告及び被告の被告製品説明のとおり,被告製品は,レンズ群G3に隣 接して開口絞りSが設けられているから,構成要件Bを充足する。 上記(3)のとおり,構成要件Aのレンズ群GBの一部を光軸にほぼ垂直 な方向に移動させる構成において,構成要件Bは当該一部のレンズが開口 絞りSと隣接するものに限定されないから,これを前提とする被告の主張 は採用できない。 ウ 構成要件Cについて 原告及び被告の被告製品説明のとおり,被告製品は,レンズ群G3と最 も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群G2を光軸に沿 って移動させて近距離物体への合焦を行うから,構成要件Cを充足する。 これに対し,被告は,被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当す ることを前提として,被告製品においては,レンズ群GBとレンズ群GF との間には,レンズ群GBとレンズ群GF以外のレンズ群が存在するから, 構成要件Cは充足しない旨主張する。しかしながら,上記(2)のとおり, 57 被 告製品のレンズ群G3が「レンズ群GB」に該当するから,被告の主張 は採用できないし,本件特許発明は,レンズ群GBとレンズ群GFとの間 にレンズ群が存在することを排除していないから,被告の主張は失当であ る。 エ 構成要件Dについて 原告及び被告の被告製品説明のとおり,被告製品は,変倍時に,レンズ 群G2とレンズ群G3との光軸上の間隔が変化するから,構成要件Dを充 足する。 これに対し,被告は,被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当す ることを前提として,被告製品においては,レンズ群GBとレンズ群GF との光軸上の間隔が変化するとは評価できないので,構成要件Dを充足し ない旨主張する。しかしながら,上記(2)のとおり,被告製品のレンズ群 G3が「レンズ群GB」に該当するし,被告製品においては,レンズ群G Bとレンズ群GFとの光軸上の間隔が変化するとは評価できないとする点 は,別紙被告製品説明(被告)と明らかに矛盾するから,被告の主張は採 用できない。 オ 構成要件Eについて 原告及び被告の被告製品説明のとおり,被告製品は,開口絞りSは,変 倍時に,レンズ群G3と一体的に移動するから,構成要件Eを充足する。 これに対し,被告は,被告製品のレンズ群G9がレンズ群GBに該当す ることを前提として,被告製品においては,開口絞りSは,レンズ群G9 と一体的に移動するとは評価できない旨主張する。しかしながら,上記 (2)のとおり,被告製品のレンズ群G3が「レンズ群GB」に該当するし, 被告製品においては,開口絞りSは,レンズ群G9と一体的に移動すると は評価できないとする点は,別紙被告製品説明(被告)と明らかに矛盾す るから,被告の主張は採用できない。 58 カ 構 成要件Fについて 被告製品は,ズームレンズであるから,構成要件Fを充足する。 上記(5)のとおり,構成要件Fの「ズームレンズ」は,5群ズームレン ズやレンズシャッター式のカメラに用いるズームレンズに限定されないか ら,これを前提とする被告の主張は採用できない。 キ 以上のとおり,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属する。 2 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるかについて (1) サポート要件違反の有無(争点2−1)について ア 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号(現行特 許法36条6項1号)は,特許請求の範囲の記載について,特許を受けよ うとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることを要件とし, 発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占 権の付与を排除しているのであるから,サポート要件に適合するか否かは, 特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比することにより 行うべきである。 イ そこで,特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載 とを対比するに,特許請求の範囲(本件特許発明に係るもの)の記載は前 提事実(3)のとおりであり,本件明細書の発明の詳細な説明には,@実施 例1として,5つのレンズ群(正負正正負)から構成されるズームレンズ において,第4レンズ群G4中の接合正レンズL42を光軸とほぼ直交す る方向に移動させて像シフトさせ,開口絞りSは,第3レンズ群G3と第 4レンズ群G4との間に配置され,第3レンズ群G3を光軸に沿って像側 に移動させて近距離物体へのフォーカシングを行い,変倍時には第3レン ズ群G3と第4レンズ群G4との光軸上の間隔が変化し,開口絞りSは変 倍に際して第4レンズ群G4と一体的に移動する実施例が示され(【00 38】〜【0045】),A実施例2として,5つのレンズ群(正負正正 59 負 )から構成されるズームレンズにおいて,第4レンズ群G4全体を光軸 とほぼ直交する方向に移動させて像シフトさせ,開口絞りSは,第3レン ズ群G3と第4レンズ群G4との間及び第4レンズ群G4と第5レンズ群 G5との間で第4レンズ群G4に隣接して配置され,第3レンズ群G3を 光軸に沿って像側に移動させて近距離物体へのフォーカシングを行い,変 倍時には第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との光軸上の間隔が変化し, 開口絞りSは変倍に際して第4レンズ群G4と一体的に移動する実施例が 示されている(【0046】〜【0052】)。 そうすると,本件特許発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載さ れた発明であって,その記載により当業者が本件発明の課題を解決できる と認識できる範囲のものであるから,本件発明に係る特許請求の範囲の記 載についてサポート要件違反は認められない。 ウ これに対し,被告は,本件特許発明の効果は,「像シフト時にも良好な 結像性能を有する高変倍ズームレンズを達成することができる」というも のであり,レンズ分野において,レンズ群の構成が異なったり,対象とな るカメラの形式が異なると,得られる性能,特に,光学的性能である収差 上の現象,作用が異なるものであるのに,本件明細書には,実施例として, 正負正正負の5群レンズを備えたズームレンズで,バックフォーカスの短 いものしか記載されていないので,一眼レフカメラには対応できないなど として,サポート要件違反を主張する。 しかしながら,本件明細書【0031】には,「本発明においては,シ フトレンズ群を光軸直交方向に移動させた際の性能劣化を抑えて良好な結 像性能を得るために,シフトレンズ群中,またはシフトレンズ群の物体側 あるいは像側に隣接するように開口絞りSを配置して,軸上光束と軸外光 束とにおいてシフトレンズ群を通過する高さの差を小さくすることが好ま しい」と記載されており,本件明細書に接した当業者は,本件特許発明の 60 「 像シフト時にも良好な結像性能を有する」効果について,構成要件A及 びBにより達成されるものであると認識できるし,これはレンズ群GBの 一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させる構成である場合でも同じである。 そして,当該効果は,レンズ群の具体的な構成やバックフォーカスの長さ に依存するものではないから,当該効果との関係においてサポート要件違 反は認められない。 また,「高変倍」の効果については,本件明細書【0011】【001 2】をみても,本件特許発明の解決しようとする課題として記載されてい ないし,【0003】には,「近年,変倍比が2倍を越えるような,いわ ゆる高変倍ズームレンズが増えてきている。」と記載されていることに照 らすと,当該効果は,本件特許発明の解決しようとする課題ではなく,従 来技術において達成された技術的前提にすぎないから,当該効果との関係 においてサポート要件違反は認められない。 さらに,被告は,本件明細書の実施例1が本件特許発明の実施例ではな いとして,サポート要件違反を主張するけれども,前記1(1)イ(イ)のと おり,本件明細書の実施例1は本件特許発明の実施例であるから,被告の 主張は採用できない。 (2) 新規性要件違反の有無(争点2−2)について ア 乙6には,以下の記載がある。 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 物体側より順に,正の屈折力を持つ第1レンズ群G1と,負の屈折力を 持つ第2レンズ群G2と,負の屈折力を持つ第3レンズ群G3と,正の屈 折力を持つ第4レンズ群G4と,負の屈折力を持つ第5レンズ群G5とを 有し,広角端から望遠端への変倍時には,前記第1レンズ群G1と前記第 2レンズ群G2との間隔が増大し,該第2レンズ群G2と前記第3レンズ 61 群 G3との間隔が線形ないしは非線形に変化し,前記第4レンズ群G4と 前記第5レンズ群G5との間隔が減少するようにレンズ群が移動するズー ムレンズにおいて,前記第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する方向に移 動させて防振するための変位手段を設けたことを特徴とする防振機能を備 えたズームレンズ。」 「【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は35mm判写真用レンズ,特に望遠ズー ムレンズの防振機能に関するものである。 【0002】 【従来の技術】従来より,ブレの補正を行うために防振機能を有する光 学系の提案が数多く成されている。例えば,特開平1−189621号公 報や特開平1−191112号公報及び特開平1−191113号公報の ように2群以上のレンズ群で構成されるズームレンズにおいて,任意のレ ンズ群を防振のために光軸と直交する方向に移動させて補正するものや, 特開平1−284823号公報のようにズーミングの際,固定の第1レン ズ群中の一部のレンズ成分を光軸に対して垂直方向に移動させてブレを補 正するものであった。 【0003】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら上記の如き従来の技術で は,一眼レフ用に充分なバックフォーカスを得られないこと,大きなズー ム比が実現できない等の欠点を有しており,35mm判写真用の一眼レフ 用レンズ,特に小型で高性能な望遠ズームレンズに対して不適であった。 【0004】そこで本発明は,防振機能を備えかつ小型で高性能な望遠 ズームレンズの提供を目的としている。」 「【0006】 62 【 作用】本発明は,35mm判写真用の望遠ズームレンズに適するよう に,基本的には正負負正負の5群構成から成るズームレンズを採用してい る。以下に,このタイプのズームレンズの特徴及び利点について簡単に説 明を行う。本発明は,正負負正負の5群構成という多群構成の特徴を充分 に生かしたコンパクトで結像性能に優れ,かつ高倍率化に適用できる望遠 ズームレンズが達成できる。このタイプのズームレンズは,全長を短縮で き,特に広角端において全長を短縮することができる。そして多群構成で あることから,レンズ群の動きかたの自由度を含め,収差補正の自由度が 多いためズーム比が大きくても優れた結像性能を得ることができる。特に 本発明のような,広角端において全長が短く,望遠端へのズーミングによ る変倍時に全長が伸びるタイプのズームレンズは,4群アフォーカルタイ プのような従来の望遠ズームレンズと比較して,広角端における全長及び ズームレンズ全体の重量を減ずることができる。また,広角端における各 レンズ群を通る光線の高さも小さくなるので,各レンズ群における収差の 発生が小さくなり,特に広角側の収差補正の際に有利になる。更に,群数 が多いため,屈折力配分の選び方の自由度が増し,一眼レフ用に充分なバ ックフォーカスが容易に得られる。 【0007】一般的に,望遠ズームレンズは,第1レンズ群が最も大型 のレンズ群であり,フォーカシング時に繰り出されることが多い。このた め,第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光学系にすること は,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従って,本発明にお ける正負負正負タイプも同様に,第1レンズ群を防振補正光学系にするの は好ましくない。また本発明の第5レンズ群のように変倍時の光軸方向の 移動量の大きいレンズ群も機構が複雑になるため好ましくない。 【0008】然るに,開口絞り近くのレンズ群は,各画角の光線束が密 に集まっているためレンズ径が比較的小さい。そこで,このような群を光 63 軸 に対し変位する補正光学系にすることは,保持機構及び駆動機構の小型 化に好都合であり,収差的にも中心部と周辺部の画質の変化に差をつけず に像位置の補正が可能である。このような5群系ズームタイプにおいて比 較的大きなズーム比を得ようとする場合,収差補正上,第4レンズ群に開 口絞りをおくことが好ましい。 【0009】従って,本発明のようなズームタイプにおいて第4レンズ 群を補正群とすることが好ましく,また防振駆動機構を簡単にするために, 第4レンズ群を光軸に対して,ほぼ直交する方向に移動させることにより 防振補正を行なうことが好ましい。このとき開口絞りは,不要な光線を遮 蔽するようために光軸上に固定されていることが望ましい。」 「【0019】 【実施例】以下に,本発明による各実施例について説明する。 〔実施例1〕図1は,実施例1のレンズ構成図であり,物体側より順に, 物体側に凸面を向けた負メニスカスレンズと両凸正レンズとの貼合わせレ ンズと,両凸正レンズとからなる正の第1レンズ群G1と,物体側に凸面 を向けた負メニスカスレンズと物体側に凸面を向けた正メニスカスレンズ との貼合わせレンズとからなる負の第2レンズ群G2と,両凹負レンズと 両凸正レンズとの貼合わせレンズからなる負の第3レンズ群G3と,絞り Sと,両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負メニスカスレンズとの貼合 わせレンズと,両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負メニスカスレンズ との貼合わせレンズとからなる正の第4レンズ群G4と,両凸正レンズと 両凹面レンズとの貼合わせレンズからなる負の第5レンズ群G5とから構 成している。 【0020】そして,第1レンズ群G1と第2レンズ群G2との間隔が 増大し,第2レンズ群G2と第3レンズ群G3との間隔が非線形に変化し, 第4レンズ群G4と第5レンズ群G5との間隔が減少するようにレンズ群 64 が 移動し,第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する方向に移動させて防振 を行う構成である。(以下省略)」 そして,図1には,実施例1のレンズ構成図が記載され,変倍時の各レ ンズ群の移動態様が示されており,変倍時に第4レンズ群G4が物体側に 移動し,第4レンズ群G4と第2レンズ群G2及び第3レンズ群G3との 間隔がそれぞれ小さくなることが示されている。 イ 以上のとおり,乙6には,「物体側より順に,正の屈折力を持つ第1レ ンズ群G1と,負の屈折力を持つ第2レンズ群G2と,負の屈折力を持つ 第3レンズ群G3と,正の屈折力を持つ第4レンズ群G4と,負の屈折力 を持つ第5レンズ群G5と有し,第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する 方向に移動させてブレの補正を行うズームレンズ」(【請求項1】【00 02】【0019】)において,「第4レンズ群G4に開口絞りSがおか れ」(【0008】),「変倍時に第2レンズ群G2と第4レンズ群G4 との光軸上での間隔が変化し,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との 光軸上での間隔が変化する」(【請求項1】【0020】及び図1)構成 が記載されている。 そうすると,乙6発明は,「物体側より順に,正の屈折力を持つ第1レ ンズ群G1と,負の屈折力を持つ第2レンズ群G2と,負の屈折力を持つ 第3レンズ群G3と,正の屈折力を持つ第4レンズ群G4と,負の屈折力 を持つ第5レンズ群G5と有し,第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する 方向に移動させてブレの補正を行うズームレンズにおいて,第4レンズ群 G4に開口絞りSがおかれ,変倍時に第2レンズ群G2と第4レンズ群G 4との光軸上での間隔が変化し,第3レンズ群G3と第4レンズ群G4と の光軸上での間隔が変化するズームレンズ。」と認められる。 ウ そこで,本件特許発明と乙6発明を対比する。 (ア) 本件特許発明は,前提事実(3)のとおりであるから,これを乙6発 65 明 と対比すると,乙6発明の「第1レンズ群G1」,「第2レンズ群G 2」・「第3レンズ群G3」,「第4レンズ群G4」,「開口絞りS」 は,本件特許発明の「第1レンズ群G1」,「レンズ群GF」,「レン ズ群GB」,「開口絞りS」に相当すると認められる。 この点,原告は,本件特許発明の「レンズ群GF」は合焦レンズであ るから,乙6発明の「第2レンズ群G2」・「第3レンズ群G3」は本 件特許発明の「レンズGF」に相当しない旨主張する。しかしながら, 本件特許発明の「レンズ群GF」の文言は合焦レンズとの意味を含むも のではなく,乙6発明において「レンズ群GF」に相当するレンズ群 (「第2レンズ群G2」・「第3レンズ群G3」)が合焦レンズ群であ るかを相違点として検討すれば足りるというべきである。 (イ) また,原告は,乙6には,ズームレンズにおいて,変倍時に,開口 絞りを補正レンズ群と一体として移動させるという技術思想は全くなく, 乙6では,開口絞りSは,レンズ径が比較的小さいレンズ群の近くに配 置するのが好ましいという技術的意図の下で,開口絞りSを,レンズ径 が比較的小さい第4レンズ群G4の近くに配置したという例を開示した にすぎないなどと主張する。 しかしながら,証拠(甲48)によれば,技術常識として,「レンズ 群」とは,変倍時でも光軸方向の相対的な位置が変わらない複数のレン ズのまとまり(グループ)又は当該まとまりに含まれない単数のレンズ を意味すると認められるから,乙6の「開口絞りをレンズ群におく」 (【0008】)との記載から,当該開口絞りは,変倍時には当該レン ズ群と一体として移動していると解することができる。 そうすると,構成要件E(「前記開口絞りSは,変倍時に,前記レン ズ群GBと一体的に移動する」)も一致点である。 (ウ) 他方で,被告は,本件特許発明が,「レンズ群GBと最も物体側の 66 第 1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群を光軸に沿って移動させ て近距離物体への合焦を行」うものであるのに対し,乙6には,ズーム レンズの近距離物体の合焦をどのように行うかについて,明記されてい ない点で文言上相違するとした上で,乙6には,一般的な技術として望 遠ズームレンズでは物体に最も近い第1レンズ群がフォーカシング時に 繰り出されることが多いとされているが,実施例の説明においてはフォ ーカシングに用いられるレンズ群については何ら記載されていないから, 乙6発明において,フォーカシングに用いられるレンズ群は任意なもの とされていたなどとして,実質的な相違点ではない旨主張する。 しかしながら,乙6の【0007】には,「一般的に,望遠ズームレ ンズは,第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり,フォーカシング時 に繰り出されることが多い。このため,第1レンズ群を…補正レンズ群 とすることは,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従って, 本発明における正負負正負タイプも同様に,第1レンズ群を防振補正光 学系にするのは好ましくない。」と記載されているから,フォーカシン グレンズ群が第1レンズ群である態様(第1群フォーカス方式)が開示 されているといえる。他方で,乙6には,第2レンズ群G2又は第3レ ンズ群G3がフォーカスレンズ群であることは明記されていないし,そ れが記載されているに等しいと解される事情も見当たらないから,実質 的な相違点ではないとは認められない。 (エ) 以上をまとめると,乙6発明と本件特許発明は,以下の点で一致す る。 「A ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体を光軸にほぼ 垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズ において, B 前記レンズ群GB中に,あるいは前記レンズ群GBに隣接して開 67 口 絞りSが設けられ, C’ 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間にレ ンズ群GFを配置し, D’ 変倍時に,前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の 間隔が変化し, E 前記開口絞りSは,変倍時に,前記レンズ群GBと一体的に移動 する F ズームレンズ。」 (オ) そして,本件特許発明では,レンズ群GBと最も物体側の第1レン ズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近 距離物体への合焦を行うものであるのに対し,乙6発明では,レンズ群 GFに相当する第2レンズ群G2又は第3レンズ群G3を光軸に沿って 移動させて近距離物体の合焦を行っているのかが不明である点で相違す る。 エ したがって,本件特許発明と乙6発明は同一ではないから,新規性要件 に違反するとは認められない。 (3) 進歩性要件違反の有無(争点2−3)について ア 乙7には,以下の記載がある。 「特許請求の範囲 (1)複数のレンズ群を有し,そのうち物体側の第1レンズ群より後方に ある少なくとも1つのレンズ群Fを光軸方向に移動させることによりフォ ーカスを行うと共に該レンズ群Fよりも像面側に配置したレンズ群Cを偏 芯させることにより撮像画面のブレを補正するようにしたことを特徴とす る防振機能を有した撮影レンズ。」 「(産業上の利用分野) 本発明は振動による撮影画像のブレを補正する機能,所謂防振機能を有 68 し た撮影レンズに関し,特に複数のレンズ群のうち物体側の第1レンズ群 以外の1つのレンズ群を光軸上移動させてフォーカスを行う内焦式フォー カス方式を利用した撮影系において防振用の補正レンズの小型軽量化及び 補正レンズ群を偏芯させて防振効果を発揮させたときのフォーカスに伴う 光学性能の低下の防止を図ると共にアクチュエーターの制御性の向上を図 った防振機能を有した撮影レンズに関するものである。」(1頁左下欄1 3行目−右下欄4行目) 「前述したように撮影画像のブレは長焦点距離の望遠レンズにおいて時に 多く発生し,この為望遠レンズにおいて防振機能を有していることが強く 要望されている。又望遠レンズにおいては物体側の第1レンズ群以外の比 較的レンズ径の小さな小型軽量の像面側に配置したレンズ群を光軸上移動 させてフォーカスを行う所謂内焦式フォーカス方法を用いている場合が多 い。 一般にこのような内焦式フォーカス方法を用いた望遠レンズにおいて, 一部のレンズ群を偏芯させて防振を行うと,偏芯収差の発生量が著るしく (注記:原文のままである。以下同じ。)多くなり,特にフォーカスに際 しての偏芯収差の発生量の変動が多くなり撮影画像の光学性能を著るしく 低下させる原因となっている。 この他撮影レンズに装着する防振機構には応答正(注記:原文のままで ある。)の良いことが要求される。この為可動レンズ群をなるべく小型軽 量化し,かつ慣性質量の小さいレンズ群を補正レンズ群として用いること が要望されている。」(2頁左上欄14行目−右上欄12行目) 「そして本実施例では撮影画像のブレを補正する為の補正レンズ群Cをフ ォーカス用のレンズ群Fよりも像面側に配置するレンズ構成を採ることに より,補正レンズ群Cのレンズ径の縮少化及び軽量化を図っている。これ によりレンズ鏡筒の増大化を防止し,補正レンズ群Cを駆動させる駆動系 69 の 負担を少なくし,防振の際の応答性の向上を図っている。 そして補正レンズ群Cを偏芯させたときの偏芯収差の発生量を少なく, 特に内焦式フォーカス方法を用いた場合に多く発生する物体距離の変化に 伴う偏芯収差の変動量を少なくしている。 又撮影画像のブレを補正する際の補正レンズCの偏芯による画像の移動 が物体距離の変化即ちフォーカスに対してかわらないようにしている。こ れにより光学性能の低下を防止すると共に補正レンズ群Cを偏芯させる際 の偏芯機構の簡素化を図っている。」(2頁右下欄1−18行目) 「又(c)〜(f)式のうち(f)式は補正レンズ群を光軸と直交する方 向に所定量移動させたときの像面上における撮影画像の移動量に関するも のである。 (f)式より明らかのように本実施例のように各レンズ群を構成すれば 補正レンズ群の移動量と撮影画像の移動量との比を一定にすることができ, 偏芯機構の簡素化が容易となる。」(3頁右下欄1−8行目) 「尚本実施例において補正レンズ群Cをフォーカス用のレンズ群Fよりも 像面側に配置するレンズ構成であれば第1図に示すレンズ構成の他に種々 のタイプのレンズ構成を採ることができる。 例えば第4図に示すように第1図に示すレンズ系の補正レンズ群Cの像 面側に第3の固定レンズ群Vを配置しても良く,又第5図に示すように第 2の固定レンズ群Uを省略して3つのレンズ群I,F,Cより構成しても 良い。又第5図に示すレンズ系の補正レンズ群Cの像面側に第2の固定レ ンズ群Uを配置したレンズ構成であっても本発明の目的を達成することが できる。 更に補正レンズ群Cの物体側に少なくとも2つのフォーカス用のレンズ 群を設けこれら複数のレンズ群を異なった速度で移動させてフォーカスを 行う構成のレンズ系であっても本発明の目的を達成することができる。」 70 ( 3頁右下欄15行目−第4頁左上欄11行目) そして,第1図及び第4〜6図には,実施例のレンズ構成が示され,フ ォーカス用のレンズ群F及び補正レンズ群Cが示されている。 イ 以上のとおり,乙7発明は,「補正レンズ群を偏芯させることにより撮 影画像のブレを補正する内焦式の撮影レンズにおいて,物体側の第1レン ズ群と補正レンズ群との間に位置するレンズ群を光軸方向に移動させるこ とによりフォーカスを行う撮影レンズ」と認められる。 そうすると,乙6発明(上記(2)イにおいて認定したもの)と乙7発明 を組み合わせれば,本件特許発明の構成と同一となる。 ウ そこで,乙6発明に乙7発明を組み合わせることが容易であるかを検討 する。 (ア) 乙6発明は,防振機能を備えかつ小型で高性能な望遠ズームレンズ の提供を目的とするもので(【0004】),正負負正負の5群構成の ズームレンズは,コンパクトで結像性能に優れ,高倍率化に適用できる 望遠ズームレンズが達成できるので,これを基本構成とし(【000 6】),補正レンズ群(防振補正のため光軸と直交する方向に移動させ るレンズ群)を第4レンズ群とするものである。補正レンズ群を第4レ ンズ群にした理由は,@第1レンズ群を補正レンズ群とすることは,一 般的に望遠レンズは第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり,フォー カシング時に繰り出されることが多いため,保持機構及び駆動機構の大 型化を招き好ましくない(【0007】),A第5レンズ群を補正レン ズ群とすることは,第5レンズ群が変倍時の光軸方向の移動量が大きい ため好ましくない(【0007】),B他方,開口絞り近くのレンズ群 はレンズ径が比較的小さいため,このような群を補正レンズ群にするこ とは,保持機構及び駆動機構の小型化に好都合であり,収差的にも中心 部と周辺部の画質の変化に差を付けずに像位置の補正が可能であるとこ 71 ろ ,このような5群系ズームタイプにおいて比較的大きなズーム比を得 ようとする場合,収差補正上,第4レンズ群に開口絞りをおくことが好 ましい(【0008】〜【0009】)というものである。 このように,乙6発明は,保持機構及び駆動機構の小型化という観点 に照らし,開口絞りがおかれたレンズ群が補正レンズ群として好ましい という前提において,正負負正負の5群構成のズームレンズでは,収差 補正上,第4レンズ群に開口絞りをおくことが好ましいから,第4レン ズ群に開口絞りをおき,これを補正レンズ群としたものである。 (イ) ところで,乙6の【0007】には,「一般的に,望遠ズームレン ズは,第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり,フォーカシング時に 繰り出されることが多い。このため,第1レンズ群を…補正光学系にす ることは,保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従って,本 発明における正負負正負タイプも同様に,第1レンズ群を防振補正光学 系にするのは好ましくない。」と記載されているから,第1群フォーカ ス方式が開示されていると解されるが,上記の「本発明」に対応する請 求項1は,フォーカス方式を特定していない。そして,乙6発明の技術 的意義に照らすと,乙6発明において第1群フォーカス方式であること が必須の前提であるとは解されない。 そうすると,乙6発明は,第1群フォーカス方式以外のフォーカス方 式を排除していないというべきである。 また,証拠(乙8〜10)によれば,ズームレンズの技術分野におい て,1群フォーカスでは大型の構造になる欠点があるために,インナー フォーカスとすることは周知であることが認められる(乙8の【000 3】,乙9の(従来の技術),乙10の[従来の技術と課題])。 以上のとおり,乙6発明は第1群フォーカス方式の態様を含むのであ り,上記の周知技術に照らすと,第1群フォーカス方式の態様において 72 大 型の構造になるという課題を当業者は認識できる。 (ウ) 乙7には,上記アのとおり,望遠レンズにおいては,第1レンズ群 以外の比較的レンズ系の小さなレンズ群を光軸上移動させてフォーカス を行う内焦式フォーカス方式(インナーフォーカス方式)を用いている 場合が多いことが記載されるとともに,インナーフォーカス方式を用い た望遠レンズにおいて,一部のレンズ群を偏芯させて防振を行うと,偏 芯収差の発生量が著しく多くなり,特にフォーカスに際しての偏芯収差 の発生量の変動が多くなり撮影画像の光学性能を著しく低下させる原因 となっていることが記載されている。そして,上記の周知技術に照らす と,当業者は,乙7では,第1群フォーカス方式のレンズが従来技術と 位置付けられているとともに,その課題を解決するためにインナーフォ ーカス方式が採用されてきたことに加え,インナーフォーカス方式にお ける防振レンズでは,撮影画像の光学性能を著しく低下させるとの課題 が生じることが示されていると認識できる。 (エ) そして,乙6と乙7はともに,本件特許発明の属する像シフトが可 能なレンズの技術分野に属するものであるから,当該技術分野の当業者 は,乙6と乙7とに同時に接することができる。 そうすると,当業者は,1群フォーカス方式の態様を含む乙6発明に おいて,1群フォーカス方式の欠点を解消するとともに,撮影画像の光 学性能を著しく低下させることのない防振レンズを構成するとの課題を 認識することができるから,その課題を解決するために乙7発明を適用 する動機付けがあると認められる。 したがって,乙6発明に乙7発明を組み合わせることは容易であると 認められる。 (オ) また,上記のとおり,乙6発明は,1群フォーカス以外の方式を排 除していないから,乙6発明に乙7発明を組み合わせるに当たって阻害 73 要 因は存在しない。 (カ) さらに,本件特許発明において顕著な効果があるかを検討するに, 本件明細書【0054】には,本件特許発明の効果として,@フォーカ シングレンズ群のレンズ径が小さく,A像シフトの制御が容易で,B像 シフト時にも良好な結像性能を有する高変倍ズームレンズを達成するこ とができると記載されている。 @の効果は,フロントフォーカス方式を採用しなかったことによって 奏されるが(【0030】),乙8,9や乙7の「又望遠レンズにおい ては物体側の第1レンズ群以外の比較的レンズ径な小さな小型軽量の像 面側に配置したレンズ群を光軸上移動させてフォーカスを行う所謂内焦 式フォーカス方法を用いている場合が多い。」(2頁左上欄17行〜右 上欄3頁1行)などから当業者が予測できるものである。 また,Aの効果は,近距離合焦のためのレンズ群GFをレンズ群GB よりも物体側に配置することによって,レンズ群GBより像側に配置さ れるレンズ群の使用倍率を撮影距離の変化によらず一定とし,像を所定 量だけシフトさせるためのレンズ群GBの所要移動量を撮影距離の変化 によらず一定とすることを意味するが(【0029】),乙7の「そし て本実施例では撮影画像のブレを補正する為の補正レンズ群Cをフォー カス用のレンズ群Fよりも像面側に配置するレンズ構成を採ることによ り,補正レンズ群Cのレンズ径の縮少化及び軽量化を図っている。これ によりレンズ鏡筒の増大化を防止し,補正レンズ群Cを駆動させる駆動 系の負担を少なくし,防振の際の応答性の向上を図っている。そして補 正レンズ群Cを偏芯させたときの偏芯収差の発生量を少なく,特に内焦 式フォーカス方法を用いた場合に多く発生する物体距離の変化に伴う偏 芯収差の変動量を少なくしている。又撮影画像のブレを補正する際の補 正レンズCの偏芯による画像の移動が物体距離の変化すなわちフォーカ 74 ス に対してかわらないようにしている。これにより光学性能の低下を防 止すると共に補正レンズ群Cを偏芯させる際の偏芯機構の簡素化を図っ ている。」(2頁右下欄1行〜18行)などから当業者が予測できるも のである。 さらに,Bの効果は,構成要件A及びBの構成により,軸上光束と軸 外光束とにおいてシフトレンズ群を通過する高さの差を小さくすること によって奏されるが(【0031】),当該構成は乙6発明において既 に達成されているから(乙6の【0008】【0009】),Bの効果 の顕著性は問題とならない。 なお,前記2(1)ウのとおり,「高変倍」ズームレンズについては, 従来技術において達成された技術的前提にすぎないと解される。 以上のとおり,本件特許発明の効果として,本件明細書に記載された 効果において顕著なものは存在しないし,その他の効果としても顕著な ものは見当たらない。 エ これに対し,原告は,1群フォーカス方式のズームレンズには,どの焦 点距離においても,同一の撮影距離に対して,ほぼ同一の繰り出し量でフ ォーカシングが可能であるなどの有利さがあるのであるから,乙6におい て,あえて1群フォーカス方式の利点を捨ててまで,インナーフォーカス 方式に変更する動機付けはない旨主張するが,1群フォーカス方式に利点 があるとしても欠点もあるのであって,その利点だけを取り上げて動機付 けがないと解することはできないから,原告の主張は採用できない。 また,原告は,1群フォーカス方式なら1群フォーカスレンズとして最 初からレンズ設計をし,インナーフォーカス方式ならインナーフォーカス 方式のレンズとして最初からレンズ設計をするのであるから,インナーフ ォーカス方式のレンズ設計をしようというときに,あえて1群フォーカス 方式のレンズの設計例を探し出し,それを基にインナーフォーカス方式に 75 変 更しようという動機は全く生じないなどと主張する。 しかしながら,本件特許発明は,各レンズ群の配置関係及び移動関係を 特定したにすぎないのであって,具体的に設計されたズームレンズを数値 データとして特定したものではないし,乙6発明も数値データに係る発明 として認定されるものではない。本件特許発明の容易想到性を検討するに 当たって,原告の主張するような動機の有無を検討する必要はないから, 原告の主張は失当である。なお,原告は,1群フォーカス方式の例を基に それをインナーフォーカス方式に設計変更することをあえて想定したとし ても,容易なことではない旨も主張するが,同様に原告の主張は失当であ る。 さらに,原告は,乙7発明はインナーフォーカス方式に特有の問題を解 決するための発明であり,乙6発明は乙7発明が解決しようとする課題そ のものが存在しないのであるから,当業者が乙6発明に乙7発明を適用し ようとする動機付けは存在しないと主張するが,上記ウのとおり,原告の 主張は採用できない。 そして,原告は,乙7発明は単焦点レンズであるから,乙6記載のズー ムレンズとの間に組み合わせようとする接点が見いだせない旨も主張する が,ズームレンズであってもフォーカシングは変倍状態を固定した状態で 行われるから,乙6発明と乙7発明を組み合わせることに何ら支障はない。 原告は,その他るる主張するが,いずれも採用できない。 オ 以上のとおり,本件特許発明は,乙6発明と乙7発明を組み合わせるこ とによって,容易に発明することができたと認められるから,本件特許は 特許無効審判により無効にされるべきものである。 3 まとめ 以上のとおり,被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するが,本件特許 は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,その余について判断 76 す るまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。 第5 結論 よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 大 須 賀 滋 裁判官 小 川 雅 敏 裁判官 西 村 康 夫 77 |