運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2010-4217
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (行ケ) 10147号 審決取消請求事件

原告 コネコーポレイション
訴訟代理人弁理士 香取孝雄
同 北島弘崇
被告特許庁長官
指定代理人 中川隆司
同 伊藤元人
同 小谷一郎
同 氏原康宏
同 芦葉松美
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2010-4217号事件について平成23年12月14日にした審決を取り消す。
前提事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「エレベータ」とする発明につき,平成15年5月8日,平成14年(2002年)6月7日付け国際特許出願(PCT/FI2003/000359号)に基づく優先権を主張して特許出願(特願2004-511209号,甲9。以下「本願」といい,本願の公表特許公報(甲24)を「本願明細書」という。)をし,平成18年2月17日付け手続補正書(甲10)を提出したが,平成20年11月11日付けで拒絶理由通知(甲11)を受けたので,平成21年5月18日付けで意見書(甲12)及び手続補正書(甲13)を提出したが,同年10月20日付けで拒絶査定(甲14)を受けた。
原告は,平成22年2月26日,拒絶査定不服審判(不服2010-4217号)を請求(甲15)するとともに,同日付け手続補正書(甲16)を提出し,さらに同年4月8日付け手続補正書(方式)(甲17)を提出し,同年7月26日付けの審尋(甲18)に対し,平成23年1月27日付けで回答書(甲19)を提出したが,同年4月12日,「平成22年2月26日付けの手続補正を却下する。」との補正の却下の決定を受け,さらに平成23年4月26日付けで拒絶理由通知(甲21)を受けたので,同年10月7日付けで意見書(甲22)及び手続補正書(甲23)を提出した。
特許庁は,平成23年12月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月27日原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載 平成23年10月7日付け手続補正書(甲23)により補正された特許請求の範囲の請求項1には,次の記載がある(以下,請求項1記載の発明を,審決の表記に合わせて「本件発明」という。)。
「【請求項1】 エレベータにおいて,巻上機はトラクションシーブを介して一束の巻上ロープに係合し,該トラクションシーブの外径は最大でも240mmであり,該一束の巻上ロープは円形および/または非円形の断面を有するスチールワイヤから撚り合わされている負荷支持部分を有し,前記エレベータには,複数の転向プーリが存在し,該 複数 の 転向 プー リ は前記トラクションシーブより大きく 作 られ,該複数 の 転向プーリのいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられ,前記巻上機と該巻上機の支持要素との合計の重量は最大でもエレベータの定格積載重量の1/5であるエレベータ。」3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1) 結論 本件発明は,本願の優先日前に頒布された特許第2593288号公報(甲1,以下「刊行物1」という。)に記載された発明,特開昭61-174083号公報(甲4,以下「刊行物4」という。)及び実願昭57-14905号(実開昭58-117476号)のマイクロフィルム(甲5,以下「刊行物5」という。)に記載された技術並びに周知の技術課題及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない (2) 認定事項 ア 刊行物1に記載された発明 「巻上げ機械装置6はトラクションシーブ318を介して1組の巻上げロープ302に係合し,トラクションシーブエレベータには,複数の転向プーリ4,5,9が存在し,トラクションシーブ318の径は様々とすることができるものであるトラクションシーブエレベータ。」 イ 本件発明と刊行物1に記載された発明との一致点 「エレベータにおいて,巻上機はトラクションシーブを介して一束の巻上ロープに係合し,エレベータには,複数の転向プーリが存在するエレベータ。」 ウ 本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点 (ア) 相違点1 「トラクションシーブ」に関し,本件発明においては,「トラクションシーブの外形は最大でも240o」であるのに対し, 刊 行 物 1に記載された発明においては,本件発明における「トラクションシーブ」に相当する「トラクションシーブ318」の径は様々とすることができるものの,その外形が最大でも240oであるか否か不明である点。
(イ) 相違点2「一束の巻上ロープ」に関し, 本件発明においては,「一束の巻上ロープは円形および/または非円形の断面を有するスチールワイヤから撚り合わされている負荷支持部分を有」するのに対し, 刊行物1に記載された発明においては,「1組」の「巻上ロープ318」が「円形および/または非円形の断面を有するスチールワイヤから撚り合わされている負荷支持部分を有」するか否か不明である点。
(ウ) 相違点3 「複数の転向プーリ」の大きさに関し, 本件発明においては,「複数の転向プーリはトラクションシーブより大きく作られ」ているのに対し, 刊行物1に記載された発明においては,「転向プーリ4,5,9」は「トラクションシーブ318」より大きく作られているか否か不明である点。
(エ) 相違点4 「複数の転向プーリ」の取り付けに関し, 本件発明においては,「転向プーリのいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられ」ているのに対し, 刊行物1に記載された発明においては,「転向プーリ4,5,9」のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明である点。
(オ) 相違点5 本件発明においては,「巻上機と該巻上機の支持要素との合計の重量は最大でもエレベータの定格積載量の1/5である」のに対し, 刊行物1に記載された発明においては,そのようになっているか否か不明である点。
(3) 判断(原告主張の取消事由に関係するもの) ア 相違点1に係る判断(取消事由1に対応する判断) トラクション式エレベータにおいて,巻上機やトラクションシーブなどの部材を小 型化 , 軽量化 することは,特公平3-43196号公報(甲2,以下「 刊 行 物2」という。),特開2002-154773号公報(甲3,以下「刊行物3」という。)及び刊行物4に記載されているように,本願の優先日前に周知の技術課題である。刊行物1に記載された発明においても,周知の技術課題が記載ないし示唆されている。本件発明における,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240o」とする数値限定については,その技術的意義やその数値範囲の臨界的意義に関しては明細書に明確に記載されておらず,トラクションシーブの重量を小さくするという以上の技術的意義は認められない。
したがって,刊行物1に記載された発明におけるトラクションシーブについて,周知の技術課題を考慮して,その外径が最大でも240oであるように設計して,相違点1に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことである。
イ 相違点3に係る判断(取消事由2に対応する判断) トラクション式エレベータにおいて,転向プーリ(あるいは,そらせ車)をトラ クションシーブの径よりも大きく形成することは,刊行物4及び5に開示されているように,本願の優先日前に 周 知の 技術 (以下「 周 知 技術 2」という。判決 注・「周知技術1」は相違点2に関するものであり,記載を省略する。)である。周知技術2により,より広いロープ通路の構成を達成していることは,当業者であれば当然 に 予測 し 得 る。また,刊 行 物 4及び5には, 転向 プー リ (あるいは,そらせ車)の大径化とともに巻上機の小型化や綱車(トラクションシーブ)の小径化に関しても記載されている。さらに,巻上ロープが巻き掛けられるプーリ等の径を大きくすることにより,巻上ロープの摩耗が少なくなり,耐久性が向上することは,当業者における技術常識である。
したがって,刊行物1に記載された発明における転向プーリとトラクションシーブの径について,刊行物4及び5に記載された技術及び技術常識を考慮しつつ周知技術2を適用して,相違点3に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことである。
ウ 相違点4に係る判断(取消事由3に対応する判断) トラクション式エレベータにおいて,転向プーリのいくつかをエレベータシャフトの上部に取り付けることは,本願の優先日前に周知の技術(以下「周知技術3」という。)である。
したがって,刊行物1に記載された発明において,周知技術3を採用して,相違点4に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことである。
エ 本件発明の効果に係る判断(取消事由4に対応する判断) 本件発明は,全体としてみても,刊行物1に記載された発明,刊行物4及び5に記載された技術並びに周知の技術課題及び周知技術1ないし3から予測される以上の格別の効果を奏するものではない。
原告の主張(取消事由)
審決には,相違点1に係る判断の誤り(取消事由1),相違点3に係る判断の誤 り(取消事由2),相違点4に係る判断の誤り(取消事由3)及び本件発明の効果に係る判断の誤り(取消事由4)があり,これらの誤りは審決の結論に影響するものであるから,審決は違法であり取り消されるべきものである。
1 相違点1に係る判断の誤り(取消事由1) (1) 審決の判断の誤り 審決は, 刊 行 物 2ないし4(甲2ないし4)を 引 用して,トラクション式エレベータにおいて,巻上機やトラクションシーブなどの部材を小型化,軽量化することは,本願の優先日前に周知の技術課題であるとした上で,本件発明における,トラクションシーブの外径の数値限定について,本願明細書には技術的意義や臨界的意義が記載されていないと判断し,その技術的意義や臨界的意義を認めていない。
しかし,本願明細書の段落【0018】の22行〜23行に記載されているように,「トラクションシーブの直径は使用する巻上ロープの太さに依存する」。引き続き同段落の28行以下において,「従来使 われていた直径の比 は,D/d=40もしくはそれ以上であり,Dはトラクションシーブの直径であり,dは巻上ロープの太さである。ロープの摩耗抵抗を犠牲にすれば,この比率はある程度減らすことが可能である。あるいは,ロープの数を同時に増やすことができれば,耐用年数について妥協することなく,D/d比を減少させることが可能である。その 場合,各々のロープに対する重圧はより小さくなる。このような40以下のD/dの比は,例えば30以下のD/dの比としてよく,例えば25としてよい。しかし,D/dの比を著しく30より減らすと,しばしばロープの耐用年数を急激に縮めることとなるが,これは特別な構造のロープの 使 用によ っ て補償可能 である。」と記載されている。この記載から,D/d=30という数値には臨界的意義があることが理解できる。
そして,本件発明の場合,例えば本願明細書の段落【0023】の25行〜28行に記載されているように,「例えば,懸垂比が2:1であるとき,定格積載量が1000kg以下のエレベータに対しては,本発明による細く強靭なスチールワイヤロープの直径は好 ましくは 約2.5〜5mm,定格積 載量が1000kg以上のエレベータに対し ては,直径は約5〜8mmである」。したがって,本件発明に係るエレベータに用いるに好ましい巻上ロープの太さの範囲は2.5≦d≦8となり,好 ましい範囲のうち最も太いロープの直径はd=8mmということになる。この点,段落【0008】にも,「直径が約6mmもしくは8mmのロープによれば,本発明による非常に大きく高速なエレベータが実現できる」と記載され,この記載によって本件発明に特有の効果を得るために直径8mmのロープは好適であることがより一層明確にされている。
d=8をD/d=30の式に 当てはめたとき,トラクションシーブの直 径D=240 mmとなり,d=8が適切なロープの直径の最大値であることに鑑みると,外側直径が240mmまでのトラクションシーブであれば 本件発明に係るエレベータに 使用するに最も適しているものといえる。「トラクションシーブの外径は最大でも240 mm」と数値限定したことの臨界的意義はこの点にある。
以上の点に鑑みれば,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240mm」にする技術的意義や臨界的意義は認められるべきであり,また,本願明細書には,数値限定についての技術的意義やその数値範囲の臨界的意義に関して明確に記載されているとい え る。そして, 刊行 物 1ないし4(甲1ないし4)は,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240mm」にする 技術的意義やその数値範囲の臨界的意義については全く具体的に言及していない。
よって,相違点1に係る審決の容易想到性判断は誤りである。
(2) 被告の主張に対する反論 被告は,「トラクションシーブ…に用いられる機器の小型化は,エレベータの技術分野においては,甲第2号証ないし甲第4号証に記載されているように一般的な技術課題であるから,刊行物1(甲第1号証)に記載された発明においても内在する自明の課題である」と主張している。
しかし,たとえ甲第2号証ないし甲第4号証において機器の小型化が一般的な技術課題として記載されていたとしても,当然に刊行物1に記載された発明においても内在する自明の課題であると断定するに足る根拠が明確にされていない。
2 相違点3に係る判断の誤り(取消事由2) (1) 審決の判断の誤り 審決は,刊行物4(甲4)及び刊行物5(甲5)を引用して,トラクション式エレベータにおいて,転向プーリ(あるいは,そらせ車)をトラクションシーブの径よりも大きく形成することは,本願の優先日前に周知の技術(周知技術2)であると認定し,この周知技術2を適用して,相違点3に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことであると判断している。
しかし,刊行物4において明細書並びに第4図及び第5図で開示されているエレベータ装置では,ロープ7の両端がエレベータシャフトの上部にある支柱ではなく,それぞれ乗かご3及びつり合おもり4に連結されている。すなわち,刊行物4の第4図及び第5図で開示されているエレベータ装置は,ロープ7に係合するシーブ1の外周の回転移動量と乗かご3の移動量が等しい懸垂比1:1のローピング方式を採っている。懸垂比が1:1であるエレベータの場合,刊行物4の第4図及び第5図に示され,また明細書4頁右上欄14行及び同頁左下欄6行に述べられているように,使用するそらせ車(5)は1個である。
同様に,刊行物5において明細書及び第2図で開示されているトラクション式エレベータ装置でも,ロープ3の両端はそれぞれエレベータかご4および釣合おもり5に結合されている懸垂比1:1のローピング方式を採っていて,真に不可欠なそらせ車の数も第2図に参照符号6によって示されているように1つだけである。
ところで,本件発明は,複数の転向プーリはいずれもトラクションシーブより大きく作られていることに構成上の特徴の1つがある。上記のように周知技術2は,飽くまで単一のそらせ車とシーブ(駆動綱車)の径の間の大小比較の問題であり,本件発明のように転向プーリを複数有する構成のエレベータを全く念頭に置いていない。このことは,刊行物4のエレベータ装置も刊行物5のエレベータも懸垂比1:1のローピング方式を採っていることからも明らかである。
したがって,刊行物1に記載されたエレベータに基づいて転向プーリとトラクシ ョンシーブの径の大小を決定するに当たって,少なくとも周知技術2を適用して相違点3に係る本件発明の発明特定事項へと想到するようなことはあり得ない。審決は,適用する周知技術を誤っている。
よって,相違点3に係る審決の容易想到性判断は誤りである。
(2) 被告の主張に対する反論 被告は,「転向プーリとトラクションシーブの大小関係を規定するだけで格別な技術的意義が存在するものではない」と断定して,かかる見解を裏付ける証拠として乙第3号証ないし乙第5号証を提出している。
しかし,乙第3号証ないし乙第5号証は,相違点3に係る技術的意義を否定する証拠とはなり得ない。
3 相違点4に係る判断の誤り(取消事由3) (1) 審決の判断の誤り 審決は,本件発明と 刊 行 物 1に記載された発明とを対 比 して,「 『複数 の 転向プーリ』の取り付けに関し,本件発明においては,『転向プーリのいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられ』ているのに対し,刊行物1に記載された発明においては,『転向プーリ4,5,9』のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明である点」として相違点4を認定している。
複数の転向プーリの取付け位置に関して相違点が存在するという審決の認定には誤りはないが,刊行物1に記載された発明について,「『転向プーリ4,5,9』のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明である」との 認 定は 誤 りであり,正しくは,「 『転向 プー リ 4,5,9 』 はいず れもエレベータシャフトの上部には取り付けられない」と認定されるべきである。
すなわ ち , 刊 行 物 1の 図 1及び 図 2を 参照して 説 明する明細書の 段落 【0009】,【0011】及び【0013】によれば,転向プーリ4,5は,飽くまで,エレベータカー1を巻上げロープ3で支持する用に供するものである。また,転向プーリ9は,飽くまで,カウンタウエイト2を巻上げロープ3で支持する用に供す るものである。すなわち,転向プーリ4,5は,必然的にエレベータカー1に取り付けられることとなり,転向プーリ9は,カウンタウエイト2に取り付けられることとなる。したがって,審決の言うように,「『転向プーリ4,5,9』のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明」とはならない。
刊 行 物 1に記載のエレベータにおいては,転向 プー リ 4,5,9はいず れもエレベータシャフトの上部には取り付けられない。
そうすると,刊行物1における転向プーリ4,5,9の取付け位置はエレベータシャフト上部以外の場所に制限される以上,たとえ周知技術3で昇降路1の頂部内壁に設けられている転向プーリの例が開示されているとしても,周知技術3を採用する余地はない。審決は,適用する周知技術を誤っている。
したがって,相違点4に係る審決の容易想到性判断は誤りである。
(2) 被告の主張に対する反論 被告は,「刊行物1(甲第1号証)の図2には,転向プーリ4,5,9のうち,転向プーリ4,5は飽くまで,エレベータカー1を巻上げロープ3で支持する用に供すること,及び,転向プーリ9は飽くまで,カウンタウエイト2を巻上ロープ3で支持する用に供することが例示されているにすぎない」と主張する。
しかし,刊行物1の段落【0011】,【0015】,【0017】において,特定の参照符号を付すことによって特定のプーリであることを明確に定義しており,刊行物1の図2は,転向プーリの取付位置に関する例示ではない。
上記のとおり,「転向プーリ4,5,9」はエレベータシャフトの上部に取り付けられることはない。したがって,「刊行物1記載の発明に周知技術3を適用することを何ら阻害するものではないから,相違点4に係る本件発明の発明特定事項とすることは, 当業者 であれば容易 に 想到 できたものであるとした審決に 誤 りはない」という被告の主張は採り上げられるべきではない。
4 本件発明の効果に係る判断の誤り(取消事由4) (1) 審決の判断の誤り 審決は,「本件発明は,全体としてみても,刊行物1に記載された発明,刊行物4及び5に記載された技術並びに周知の技術課題及び周知技術1ないし3から予測される以上の格別な効果を奏するものではない」と判断している。
しかし,本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点のうち,特に相違点3及び4は,その相違点のみをもって本件発明の進歩性を認めるべき決定的な構成上の相違である。また,かかる構成に起因する効果の点に着目した場合,相違点3に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって,本件発明は,例えば,ロープ通路の構成が簡単に実現でき,ロープはより長持ちする等といった特有の効果を有するし,また,相違点4に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって,本件発明は,例えば,より広いロープ通路の構成が簡単に実現できる等といった特有の効果を有する(段落【0008】)。前記のとおり,刊行物1に記載されたトラクションシーブエレベータに対して刊行物4及び5に記載された技術並びに周知技術2及び3を考慮しても相違点3及び4に係る本件発明の発明特定事項には想到できないのであるから,上記の本件発明に特有の効果もまたこれらの技術から予測できるはずもない。
殊に,本件発明の場合,刊行物1に記載された公知のエレベータに対して1つのみならず5つもの相違点を有し,刊行物1と相違するそれぞれの発明特定事項に起因してそれぞれ特有の効果を奏している。
そもそも,審決は,刊行物1(甲1)に記載された発明に加えて,甲第2号証ないし同第7号証の各公報を周知の技術課題及び周知技術1ないし3として適用することにより,当業者は容易に本件発明に想到できるというものであるが,仮に,これらの刊行物に記載の技術を適用することにより本件発明に想到することが不可能ではないとしても,これほどまで多くの技術を適用しなければ本件発明に想到できないというのは,通常の能力を有する当業者にとっては想到が著しく困難であることにほかならない。
よって,本件発明の効果に係る審決の判断は誤りである。
(2) 被告の主張に対する反論 被告は,進歩性の判断は,相違点の数や適用すべき技術の数に左右されるものではないと主張する。
確かに,進歩性の判断は,相違点がいくつ以上あれば,また,引用発明に適用すべき技術がいくつ以上あれば自動的に認められるというものではないことはもちろんである。しかし,相違点が多ければ多いほど,そして引用発明に適用すべき技術の数が多ければ多いほど,当業者にとって発明への想到が難しくなることもまた当然の理である。ましてや,本件発明の場合,刊行物1に記載された発明に対する各相違点は,その相違点単独で進歩性を認めることも可能な構成上の相違である。被告の上記主張は,進歩性の判断は相違点の数や適用すべき発明の数に左右されるものではないということに過度に捉われるあまり,各相違点に係る構成の両立の困難性などを加味した実質的な判断を放棄したものであり,その結果,誤った結論が導かれてしまったものといえる。
被告の反論
1 取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)に対し (1) 原告は,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240o」にする技術的意義や臨界的意義は認められるべきであると主張する。
しかし,トラクションシーブ や エレベータに用いられる機 器 の小 型化 は,エレベータの技術分野においては,甲第2号証ないし甲第4号証に記載されているように一般的な技術課題であるから,刊行物1(甲第1号証)に記載された発明においても 内在 する 自 明の 課題 である。そうすると, 刊 行 物 1において,トラクションシーブの外径について,具体的に記載されていないとしても,その外径をできるだけ小さくするように設計すること,すなわち,トラクションシーブの外径を「最大でも240o」にする程度のことは,当業者 が 容易に想到することができたといえる。
(2) 原告は,トラクションシーブの外径(D)と巻上ロープの直径(d)との関係に関して,「D/d=30 という数値には臨界的 意義があることが理 解できる。」及び 「d=8をD/d=30の式に 当てはめたとき,トラクションシーブの直径 D=240oとなり,d=8が適切なロープの直径の最大 値であることに鑑みると,外 側直径が240oまでのトラクションシーブであれば本件発明に係るエレベータに使用するに最も適しているものといえ る。『トラクションシーブの外径は最大でも240o』と数値限定したことの臨界的意義はこの点にある。」旨を主張する。
しかし,本願明細書(甲第24号証)の段落【0018】28行以下に記載されているように,「D/d 」の値は,巻上ロープに応じて,すなわち ,ロープの摩 擦抵抗を犠牲にすること,ロープの数を増やすこと,或いは特別なロープを使用することで,適宜設定可能な値 である。そして,巻上ロープの太さである「 d」として一定のものを用いた場 合には,この「D/d」の 値を減少させることにより,トラクションシーブの外径を小さくすることを可能とするとはいえるものの,上述したとおり「D/d」の値そのものは適宜設定し得るものであるから,「D/d=30」という数値に特に臨界的意義は認められないし,さらに,「D/d=30」に設定することにより,トラクションシーブの外径を「最大でも240mm」とすることの技術的意 義や臨界的意義を示すことにはならないことも明らかである。
このことは,甲第3号証の記載からも裏付けられる。すなわち,甲第3号証の段落【0003】には,現在の主流である鋼製ワイヤロープを使用する場合は,疲労強度上の問題から,トラクションシーブの外径をワイヤロープの太さの40倍以上とすること( D/d ≧ 40 )が記載されていると 認 められる。また,甲第3号 証 の 段落【0004】には,疲労強度の高いワイヤロープの使用によって,より小型のシーブの使用を可能とすること,すなわち,D/d の値を40より減少させて設定することが記載ないし示唆されていることが明らかである。してみると,D/d=30という数値は当業者が適宜設定可能な値というべきであって,特に臨界的意義は認められない。
また,そもそも,D/dの値を小さくすることによりトラクションシーブの小型化を図ろうとすることが一般的な技術課題としてよく知られており,D/d=30という 数値を設定することに技術的意義や臨界的意義があるとは認められないことは明らかである(乙第1号証の4ページ6ないし9行,乙第2号証の段落【0021】及び【0025】)。
仮に,原告が主張するように,「D/d=30」に臨界的意義があったとしても,トラクションシーブの外径を「最大でも240o 」と設定することに 臨界的意義は 認められない。すなわち,「D/d=30」は,トラクションシーブの外径(D)と巻上ロープの直径(d)との関係(比)を規定するものと認められるところ,本件発明において,巻上ロープに関して,「エレベータにおいて,巻上機はトラクションシーブを介して一束の巻上ロープに係合し,該トラクションシーブの外径は最大でも240oであり,該一束の巻上ロープは円形および/または非円形の断面を有するスチールワイヤから撚り合わされている負荷支持部分を有し,」とのみ特定されており,上記「d」,すなわち巻上ロープの直径について何ら特定されていない。してみると,本件発明には,トラクションシーブの外径( D )は特定されているが,巻上ロープの直径(d)が特定されていない以上,トラクションシーブの外径(D)を最大でも240oと特定( 算出)することはできない。そうすると,そもそも,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではないから失当である。
(3) したがって,刊行物1に記載された発明におけるトラクションシーブについて,周知の技術課題を考慮して,その外径が最大でも240oであるように設計して,相違点1に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことであるとした審決に誤りはない。
2 取消事由2(相違点3に係る判断の誤り)に対し (1) 本願明細書(甲第24号証)の段落【0006】には,「本発明は少なくとも以下の 目 的 のう ち , 少 なくとも1つを実現 することを 目 的 とする。・・・ (中略)・・・エレベータもしくは少なくともエレベータ機械装置の大きさおよび/または重量を減らすことである。」と記載され,段落【0008】19行以下には,「トラクションシーブが小さいため,エレベータおよびエレベータ機械装置をコン パクトにすることが可能である。」と記載されていることから,トラクションシーブの直径を小さくすることは,少なくともエレベータ機械装置の大きさおよび/または重量を減らすことを目的としていることは明らかである。
審決は,そのような本件発明の目的(課題)を踏まえて,甲第4号証及び甲第5号証に記載された技術がいずれも巻上機の小型化や綱車(トラクションシーブ)の小型化に関する技術であることを考慮しつつ,相違点3の容易想到性について判断したものであり,その判断に誤りはない。
(2) 原告は,「上記のように 周 知 技術 2は, 飽 くまで 単 一のそらせ 車 とシーブ(駆動綱車)の径の間の大小比較の問題であり,本件発明のように転向プーリを複数有する構成のエレベータを全く念頭に置いていない。」旨を主張し,また,「刊行物1に記載されたエレベータに基づいて転向プーリとトラクションシーブの径の大小を決定するに当たって,少なくとも周知技術2を適用して相違点3に係る本件発明の発明特定事項へと想到するようなことはあり得ない。」旨を主張する。
しかし,そもそも本願明細書(甲第24号証)の段落【0008】14行以下において,「特に,小さなトラクションシーブが使われているときには,いくつかの転向プーリがトラクションシーブより大きくなることもあり,様々なエレベータのレイアウト方法がより簡単に実現できる。」と記載されているように,本件発明においてはトラクションシーブの小型化により,転向プーリの径がトラクションシーブの径に対して 相 対 的 に大きくな っ たものでもある。 転向 プー リ とトラクションシーブの大小関係を規定するだけで格別な技術的意義が存在するものではない。転向プーリが複数ある場合においても,転向プーリをトラクションシーブの径よりも大きく形成することは,よく知られている事項である(乙第3号証の段落【0015】)。また,転向プーリの径をトラクションシーブの径に対して,大きくするか,または,小さくするかは,巻上ロープによりエレベータの駆動系を構築する上で当業者 が 適 宜 なし 得 る 設計 上の 選択 的 事項にす ぎ ない( 乙 第4号 証 の 段落 【0021】,【0022】,乙第5号証の段落【0019】)。
(3) したがって,相違点3に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できたことであるとした審決に誤りはない。
3 取消事由3(相違点4に係る判断の誤り)に対し 原告は,「刊行物1に記載のエレベータにおいては,転向プーリ4,5,9はいずれもエレベータシャフトの上部には取り付けられないと認定されるべきである」旨及び「刊行物1における転向プーリ4,5,9の取付け位置はエレベータシャフト上部以外の場所に制限される」旨を主張し,また,「刊行物1における転向プーリ4,5,9の取付け位置はエレベータシャフト上部以外の場所に制限される以上,たとえ周知技術3で昇降路1の頂部内壁に設けられている転向プーリの例が開示されているからといって,周知技術3を採用する余地はない。」旨を主張する。
しかし,刊行物1(甲第1号証)の図2には,転向プーリ4,5,9のうち,転向プーリ4,5は飽くまで,エレベータカー1を巻上げロープ3で支持する用に供すること,及び,転向プーリ9は飽くまで,カウンタウエイト2を巻上げロープ3で支持する用に供することが例示されているにすぎない。
このことは,刊行物1(甲第1号証)の「当業者に明らかなように,本発明の様々の実施例は上述の例に限定されるものでなく,特許請求の範囲内にて改変することができる。例えば,巻上げロープがエレベータシャフトの頂上とカウンタウエイトまたはエレベータカーとの間を通る回数は,本発明の基本的利点に関して非常に決定的なものではない・・・・」という記載からも明らかである。
すなわち,この記載は,巻上げロープがエレベータシャフトの頂上を通る回数が複数 回あることを 示唆 するものであ っ て,このことは 技術常識 に 照 らせ ば , 転向プーリがエレベータシャフト上部に存在することを意味するものである。
そうすると,原告の「刊行物1における転向プーリ4,5,9の取付け位置はエレベータシャフト上部以外の場所に制限される」旨の主張は失当である。
してみれば,刊行物1記載の発明に周知技術3を適用することを何ら阻害するものはないのであるから,相違点4に係る本件発明の発明特定事項とすることは,当 業者であれば容易に想到できたことであるとした審決に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)に対し (1) 原告は,「本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点のうち,特に相違点3及び4は,その相違点のみをもって本件発明の進歩性を認めるべき決定的な構成上の相違である。」旨を主張し,また,「かかる構成に起因する効果の点に着目した場合,相違点3に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって,本件発明は,例えば,ロープ通路の構成が簡単に実現でき,ロープはより長持ちする等といった特有の効果を有するし,また,相違点4に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって,本件発明は,例えば,広いロープ通路の構成が簡単に実現できる等といった特有の効果を有する(段落【0008】)」旨を主張する。
しかし,相違点3及び4に係る本件発明の構成が容易想到であることは上述したとおりであり,したがって,相違点3及び4の相違点のみをもって本件発明の進歩性を認めるべき理由はない。
また,審決においては,各相違点について個別に検討を行った後に,「本件発明は,全体としてみても,刊行物1に記載された発明,刊行物4及び5に記載された技術並びに周知の技術課題及び周知技術1ないし3から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。」(16ページ7行ないし9行)と判断しているように,各相違点の検討において,格別な効果の有無を含めて検討した上で,最後に,全体としての効果の予測性の有無を検討している。
そして,各相違点に係る本件発明の構成はいずれも当業者が容易に想到することができたものである以上,その奏する効果も当業者が容易に想到し得る範囲のものというべきである。
原告は,相違点3に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって本件発明が有する効果(ロープ通路の構成が簡単に実現でき,ロープが長持ちする等)や,相違点4に係る本件発明の発明特定事項を含めることによって本件発明が有する効果(より広いロープ通路の構成が簡単に実現できる等)は,特有の効果である旨主 張する。しかし,転向プーリの径が大きくなるほど,巻上ロープとの接触域が増大することは明らかであるから,それによって巻上ロープの摩耗が少なくなり耐久性が向上すること(長持ちすること)は,当業者の技術常識である。また,巻上ロープを転向プーリ及びトラクションシーブに掛け回すことにより所要のロープ通路,いわゆる「広いロープ通路」が構成されることも,その構造に照らして明らかである。原告の主張する上記効果は,いずれも予測の範囲を超えるものではない。
審決において,これらの効果が格別なものであるか否かについては,相違点3においても検討したところである。
(2) 原告は,「殊に,本件発明の場合,刊行物1に記載された公知のエレベータに対して1つのみならず5つもの相違点を有し,刊行物1と相違するそれぞれの発明特定事項に起因してそれぞれ特有の効果を奏している。」と主張し,「これほどまで多くの技術を適用しなければ本件発明に想到できないというのは,通常の能力を有する当業者にとっては想到が著しく困難であることにほかならない。」とも主張する。
しかし,審決においては,それぞれの相違点ごとに効果の有無を含めて検討し,その判断に誤りのないことは前述のとおりである。したがって,原告の主張する相違点の数や,引用発明に適用すべき技術の数が,本件の程度あったからといって,そのゆえに本件発明に進歩性が認められると解する余地はない。進歩性の判断は,相違点の数や適用すべき技術の数に左右されるものでなく,原告の上記主張は失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消されるべき違法はないものと判断する。
1 取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)について(1) 原告は,要旨次のとおり主張する。
@たとえ刊行物2ないし4において機器の小型化が一般的な技術課題として記載 されていたとしても,刊行物1に記載された発明においても機器の小型化が課題であると断定するに足る根拠が不明確である。A本願明細書の段落【0018】の記載から, D/d= 30 ( D は,トラクションシーブの 直 径, d は,巻上 げ ロープの 太さ)という値には臨界的意義があることが理解でき,段落【0023】(及び【0008】)の記載から,好ましいロープの直径の最大値は8mmということになるので,d=8をD/d=30の式に当てはめるとD=240となる。したがって,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240mm」にする技術的意義や臨界的意 義は認められるべきである。
そこで,以下, 刊行物1に記載された発明の技術課題(後 記(2)),トラクションシーブの径の技術的意義(臨界的意義)( 後記(3))について検討した上で,相違点1の容易想到性(後記(4))について判断する。
(2) 刊行物1に記載された発明の技術課題について ア 機械装置の分野における部材の小型化,軽量化は一般的な技術課題であり,刊行物2ないし4(甲2ないし4)には,トラクションシーブ式エレベータにおいても,巻上機やトラクションシーブなどの部材を小型化,軽量化することは,一般的な技術課題として記載されている(甲2の3欄13行〜22行,4欄37行〜5欄5行,甲3の段落【0001】,【0002】,【0004】,【0012】,甲4の1頁左下欄4行〜18行,3頁右下欄下から3行〜4頁左上欄4行)。
イ 刊行物1(甲1)には,以下の記載があり,これらの記載,及び,刊行物1に記載された発明が,刊行物2ないし4に記載された発明と同じ技術分野に属するものであることから判断すると,刊行物1に記載された発明においても,トラクションシーブ式エレベータの部材を小型化,軽量化することが技術的課題とされているものと認めることができる。
「【0002】 【従来の技術】エレベータの開発作業における目的の1つは,建物空間の効率的,経済的利用である。従来のトラクションシーブ駆動エレベータでは,駆動機装置用 に確保されるエレベータ機械室やその他の空間はエレベータに必要な建物空間のかなりの部分を占めている。
【0003】 【発明が解決しようとする課題】問題は,駆動機装置に必要な空間の容積ばかりでなく,建物の中のその位置にもある。機械室の配置に関しては多くの方式があるが,それらは概して,建物の設計を少なくとも空間の利用または外観に関して大きく制約している。例えば,建物の屋上に配置した機械室は外観上の欠点となると思われる。特別に空間を設ける場合,その機械室は概して建物のコストを上昇させることになる。
【0004】従来技術において,油圧エレベータは空間利用の点では比較的有利であり,・・・。
【0005】信頼性のあるエレベータ,すなわち,経済的かつ空間利用の点で有利であり,建物内の空間条件が巻上げ高に関係なくエレベータカーおよびそのカウンタウエイトの安全距離を含む通路に必要とされる空間と巻上げロープに必要な空間とに実質的に限定され,かつ上述の欠点が解消できるエレベータを実現するという要求を満たすために,本発明として新しい形式のトラクションシーブエレベータを提供する。」 「【0021】このモータとともに本発明により用いられる巻き上げ機械装置6は,非常に平たい構造のものである。・・・したがって,本発明に用いられる巻上げ機械装置は,カウンタウエイト通路の延長部による空間に簡単に収容することができる。モータの直径を大きくすれば,ギア装置を必ずしも必要としない利点がある。」「【0032】さらに, 当業者 に明らかなように, 重 荷 重 用に 設計 されたエレベータに必要な大きい機械寸法にすることは,電気モータの径を増すことによって,駆動機装置の厚さの実質的な増加なしに達成することができる。」「【0035】 【発明の効果】本発明を適用することによって次の利点が達成される。
- 本発明のトラクションシーブエレベータは,別個の機械室を必要としないた め,顕著に建物空間を節約することができる。
- エレベータシャフトの断面積の有効利用。
- 本システムは個別部品が従来のエレベータに比べて少ないため,製造と設置 に有利。・・・ - エレベータカーおよび安全装置フレーム は,機械室を備えた 従来のエレベータに適用されている方式を用いて問題なく設計することができ,リュックサック型のエレベータに使用されているものより軽量で単純である。」 ウ 以上のとおり,刊行物2ないし4には,トラクションシーブ式エレベータにおいて,部材を小型化,軽量化することが一般的な技術課題として記載されているところ,刊行物1の上記記載,及び,刊行物1に記載された発明が刊行物2ないし4に記載された発明と同じ技術分野に属するものであることから判断すると,刊行物1に記載された発明においても,トラクションシーブ式エレベータの部材を小型化,軽量化することが技術的課題とされているものと認められる。審決が,「刊行物 1に記載された発明においても, 周 知の 技術課題 が記載ないし 示唆 されている。」としたのは,上記の趣旨をいうものと容易に理解することができる。
したがって,原告の上記主張@(刊行物1に記載された発明において機器の小型化が課題であると断定するに足る根拠が不明確であるとする主張)は理由がない。
(3) トラクションシーブの径の技術的意義(臨界的意義)について ア 本願の特許請求の範囲(甲23)の【請求項16】には,「請求項1ないし15のいずれかに記載のエレベータにおいて,D/dの比は40より小さいことを特徴とするエレベータ。」と記載されている。仮 に,原告主張のように,D/d=30という数値に臨界的意義 があるのであれば,【請求項16】においても,「・・・D/dの比は30(又はその前後の数値)より小さいこと・・・」と記載されるのが通常であると考えられるところ,【請求項16】には,上記のとおり,D/dの上限を画す る数値として,30(又はその前後の数値)から大きく離れた40という数値が採用されている。このことは,原告の主張とは反対に,D/d=30という数値が臨界的意義を有するものではないことを示唆するものといえる。
イ 本願明細書(甲24)の段落【0019】には,@トラクションシーブの直径が160oで,巻上げロープ直径が4oの例,Aトラクションシーブの直径が240oで,巻上げロープの 直径が6oの 例,Bトラクションシーブの直 径が400oで,巻上げロープの直径が4oの例,以上3つの例が記載されているが,いずれの例についても,D/dの比は,40又はそれ以上である。この点も, D/d=30という数値 が臨界的意義を有するものでないことを示唆するものといえる。
ウ なお,本願明細書の段落【0018】には,D/d=30の 例について,次の記載がある。
「・・・トラクションシーブの直径は用いられる巻上ロープの太さに依存する。
従来使われていた直 径の比は,D/d=40もしくはそれ以上であり,Dはトラクションシーブの直径であり,dは巻上ロープの太さである。ロープの摩耗抵抗を犠牲にすれば,この比率はある程度減らすことが可能である。あるいは,ロープの数を同時に増やすことができれば,耐用年数について妥協することなく,D/d比を減少させることが可能である。その場合,各々のロープに対する重圧はより小さくなる。
このような40以下のD/dの比は,例えば30以下のD/dの比としてよく,例えば25としてよい。しかし,D/d の比を著しく30より減 らすと,しばしばロープの耐用年 数を急激に縮めることとなるが,これは特別な構造のロープの使用によって補償可能である。実際には,D/d の比を20より小さくすることは非常に難しいが,とりわけこの目的のために設計されたロープを使用すれば実現可能である。但し,そのようなロープは確実に高価である。」 上記記載のうち ,「D/dの比 を著しく30 より 減らすと,しば しばロープの耐用年数を急激に縮めることとなる」との部分に着目すれば,D/d=30という数値に何らかの意義があるよう見えなくもない。
しかし,上記部分を前後の記載と併せて読めば,D/d=30の例は,D/d=40以下の一例として記載されていること,40以下のD/dの比としては,30 でも,25でも,20でもよく,いずれの数値も,特別な構造のロープを使用しさえすれば適宜選択可能であることが明らかである。
したがって,上記記載から,D/d=30という 数値に臨界的意 義があるとは認められない。
エ 以上によれ ば,D/d=30 という数値 に臨界的意義があるとは認められない。
したがって,原告の上記主張A(D/d=30という数値に臨界的意 義があることを前提として,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240o」とする技術的意義や臨界的意義が認められるべきであるとする主張)は,その前提が誤りである。原告は,この点に関してるる主張するが,いずれも採用することはできない。
(4) 相違点1の容易想到性について 前記(2)のとおり,刊行物1に記載された発明において,トラクションシーブ式エレベータの部材を小型化,軽量化することは技術課題とされている。また,前記(3)のとおり,「トラクションシーブの外径」を「最大でも240o」とすることについて技術的意義や臨界的意義を認めることはできない。
そうすると,刊行物1に記載された発明においても,当業者であれば,トラクションシーブの外径をできるだけ小さくなるようにして,最大でも240oとすることは,容易に想到できたことであるといえる。
(5) 小括 よって,取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)は理由がない。
2 取消事由2(相違点3に係る判断の誤り)について (1) 原告は,要旨次のとおり主張する。
@刊行物4の第4図及び第5図で開示されているエレベータ装置及び刊行物5の第2図で開示されているエレベータ装置は,いずれも懸垂比1:1のローピング方式を採用しており,使用するそらせ車(本件発明の転向プーリに相当する。)は1 個である。すなわち,周知技術2は,単一のそらせ車とシーブ(駆動綱車。本件発明のトラクションシーブに相当する。)の径の間の大小比較の問題であり,本件発明のように転向プーリを複数有する構成のエレベータを念頭に置いていない。したがって,刊行物1に記載された発明における転向プーリとトラクションシーブの径について,周知技術2を適用して相違点3に係る本件発明の発明特定事項へと想到することはあり得ない。A本件発明における転向プーリとトラクションシーブの径の大小関係の技術的意義は否定されるものではなく,相違点3に係る本件発明の構成を想到することは容易ではない。
(2) 転向プーリの数について 原告の上記主張@のうち,刊行物4及び5に関する指摘は正しく,周知技術2が,単一のそらせ車とシーブ(駆動綱車)の径の間の大小比較の問題であるとの指摘も誤りではない。
しかし,本願明細書等には以下の記載があり,これらの記載によれば,エレベータの懸垂比については,当業者が必要に応じて様々な比を採り得るものと認められる。そして,技術常識である滑車の原理によれば,懸垂比の如何により,転向プーリの数が異なることは明らかである。
すなわち,本願明細書(甲24)の段落【0014】,【0019】及び【0023】には,懸垂比が,1:1,2:1,4:1又はそれ以上の比を採ることもできる例が記載されており,刊行物1(甲1)の段落【0030】には,「当業者に明らかなように,本発明の様々の実施例は上述の例に限定されるものでなく,特許請求の範囲内にて改変することができる。例えば,巻上げロープがエレベータシャフトの頂上とカウンタウエイトまたはエレベータカーとの間を通る回数は,本発明の基本的利点に関して非常に決定的なものではない・・・」と記載されており,乙第1号証の5頁22〜24行には,「実施の形態1〜3では1:1のロービング方式のエレベータ装置について示したが,・・・あらゆるタイプのエレベータ装置にこの発明を適用できる。」と記載されており,乙第3号証の段落【0015】には, 「ここで,吊り下げワイヤ5を4本とするとともに,駆動ワイヤ17を1本とし,吊り下げワイヤ5と駆動ワイヤ17の荷重負担率を4:1とすると,駆動ワイヤ17の負荷は1本の吊り下げワイヤ5の負荷と同じになる。又,滑車減速比即ち吊り下げワイヤ5の移動速度と駆動ワイヤ17の移動速度の比を1:4とすると,駆動ワイヤ17の張力は吊り下げワイヤ5の張力の1/4になる。このため,駆動ワイヤ17の応力が一定であれば,駆動ワイヤ17の径を吊り下げワイヤ5の径の半分にすることができ,その許容曲率から駆動シーブ11の径も吊り下げシーブ4の径の半分にすることができる。以上より,駆動シーブ11の回転数は吊り下げシーブ4の回転数に対し,減速比4×シーブ径2=8で8倍となり,ダイレクト駆動モータ10のトルクを1/8にすることができる。」と記載されている。これらの記載によれば,エレベータの懸垂比については,当業者が必要に応じて様々な比を採り得るものと認められる。そして,技術常識である滑車の原理によれば,懸垂比の如何により,転向プーリの数が異なってくることは明らかである。
そして,刊行物1に記載された発明は,懸垂比が1:1でないものを採用することを排除していない(甲1の段落【0030】)から,刊行物1に記載された発明において,懸垂比が1:1でないものを採用することは,当業者が必要に応じて適宜なし得ることである。懸垂比が1:1でないものを採用すれば,結果として,複数の転向プーリを用いるものとなることは自明である。
したがって,刊行物1に記載された発明において,複数の転向プーリを用いることは,当業者が必要に応じて適宜なし得るものといえる。
なお,原告は,乙第3号証等の評価についてもるる主張するが,上記説示に照らして採用することはできない。
(3) 相違点3の容易想到性について原告は,本件発明における転向プーリとトラクションシーブの大小関係に関する技術的意義は否定されるものではない旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0008】には,転向プーリとトラクションシーブ の径の大小関係について次の記載があるが,本願明細書には,転向プーリとトラクションシーブの径の大小関係自体が格別の作用効果を有するものであることについては,記載も示唆もない。
すなわち,本願明細書(甲24)の段落【0008】には,以下の記載がある。
「本発明によるエレベータは請求項1の特徴段の記載事項を特徴とする。本発明の他の実施例は他の請求項の記載事項を特徴とする。- 本発明の応用によって,とりわけ,以下の1つ以上の利点が得られる。
- すべて,あるいはいくつかの転向プーリをトラクションシーブより大きく作ることが利点である。これら大きな転向プーリのいくつかは,特にシャフトの上部に取り付けてよい。例えば4:1の懸垂の場合,シャフト上部にやや大きな転向プーリを用いることによって,より広いロープ通路構成が達成される。無論,この構成は機械装置が下方に設置されているエレベータだけでなく,機械装置が上方に設置されているエレベータにも適用可能である。
- より大きな転向プーリを用いることにより,ロープ通路の構成が簡単に実現できる。また,転向プーリが大きな転向半径を有するほど,転向プーリを通過するときのロープの張力は少なくなる。そしてロープの摩耗も少なくなり,ロープはより長持ちする。これらのことは特に小さなトラクションシーブが使われる状況下で得られる。
- 特に,小さなトラクションシーブが 使われているときには,いくつかの 転向プーリがトラクションシーブより大きくなることもあり,様々なエレベータのレイアウト方法がより簡単に実現できる。
- 大きな転向プーリを使用するときに,小さなトラクションシーブを使うことが可能である。」上記記載によれば,全ての転向プーリ又はいくつかの転向プーリを大きくすることにより,より広いロープ通路の構成等を実現することができ,また,ロープ張力が少なくなることにより,その耐久性が向上することが理解できる。また,小さな トラクションシーブが使われているときには,いくつかの転向プーリがトラクションシーブより大きくなる場合があることも理解できる。しかし,本願明細書には,転向プーリとトラクションシーブの径の大小関係自体が格別の作用効果を有するものであることについては記載も示唆もなく,その他,両者の大小関係自体が何らかの技術的意義を持つことを認めるに足りる記載も示唆もない。
したがって,刊行物1に記載された発明において,転向プーリの大きさをトラクションシーブより大きく作ることは,当業者が必要に応じて適宜なし得るものといえる。
(4) 小括 よって,取消事由2(相違点3に係る判断の誤り)は理由がない。
3 取消事由3(相違点4に係る判断の誤り)について (1) 原告は,要旨次のとおり主張する。
刊行物1(甲1)の図1及び図2によれば,刊行物1に記載された発明の構成については,「『転向プーリ4,5,9』はいずれもエレベータシャフトの上部には取り付けられない」と認定すべきであり,審決が,「『転向プーリ4,5,9』のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明である」と認定した点は誤りである,Aそうすると,たとえ周知技術3で昇降路1の頂部内壁に設けられている転向プーリの例が開示されているとしても,周知技術3を採用する余地はない。
(2) 相違点4の認定について なるほど,刊行物1(甲1)の図2において,転向プーリ4,5,9は,いずれもシャフトの上部には取り付けられていない。
しかし,図2は,転向プーリ4,5,9のうち,転向プーリ4,5は,エレベータカー1を巻上ロープ3で支持する用に供するものであり,転向プーリ9は,カウンタウエイト2を巻上ロープ3で支持する用に供するものであることを例示するものであり,図2において,転向プーリ4,5,9がいずれもエレベータシャフトの 上部に取り付けられていないことは,1つの例示にすぎない。
これに対し,原告は, 刊 行 物 1の 段落 【0011】,【0015】,【0017】において,特定の参照符号を付すことによって特定のプーリであることを明確に定義しており,刊行物1の図2は,転向プーリの取付位置に関する例示ではない旨主張する。
しかし,刊行物1の段落【0030】には,「当業者に明らかなように,本発明の様々の実施例は上述の例に限定されるものでなく,特許請求の範囲内にて改変することができる。・・・」と記載されており,この記載が,図2について妥当しないと解すべき根拠はない。したがって,刊行物1の図2が,転向プーリの取付位置に関する例示ではないとの原告の主張は理由がない。
また,刊行物1には,転向プーリの取付位置について,図2と異なる構成が明示されているわけではない。
したがって,審決が,刊行物1に記載された発明について,「『転向プーリ4,5,9』のいくつかはエレベータシャフトの上部に取り付けられているか否か不明である」と認定した点に誤りはない。
(3) 相違点4の容易想到性について 前記2(2)で判示 したとおり,エレベータの 懸垂比については,当業者 が必要に応じて様々な比を採り得るものと認められるところ,技術常識である滑車の原理によれば,懸垂比の如何により,転向プーリのエレベータの吊下げ機構内の上下の位置が異なってくることは明らかである。
そして,前記2(2)のとおり,刊行物1に記載された発明は,懸垂比が1:1でないものを採用することを排除していないから,刊行物1に記載された発明において,懸垂比が1:1でないものを採用することは,当業者が必要に応じて適宜なし得ることであり,懸垂比が1:1でないものを採用すれば,結果として,複数の転向プーリの一部がエレベータの吊下げ機構内の上側に設置される態様が得られることがあるのは明らかである。
したがって,刊行物1に記載された発明において,転向プーリのいくつかをエレベータシャフトの上部に取り付けることは,当業者が必要に応じて適宜なし得るものといえる。
(4) 小括 よって,取消事由3(相違点4に係る判断の誤り)は理由がない。
4 取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)について (1) 原告は,要旨次のとおり主張する。
@本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点のうち,特に相違点3及び4に係る発明特定事項容易に想到し得るものではない。したがって,それぞれの発明特定事項を採用したことによって得られる本件発明に特有な効果も予測できないものである。A仮に,審決がいうように,刊行物1(甲1)に記載された発明に,甲第2号証ないし同第7号証の各公報に記載の技術を適用することにより,本件発明に想到することが不可能ではないとしても,これほどまで多くの技術を適用しなければ本件発明に想到できないというのは,通常の能力を有する当業者にとっては想到が著しく困難であることにほかならない。
(2) 原告の上記@の主張については,前示のとおり,相違点3及び4に係る発明特定事項容易に想到し得るものであり,そうである以上,相違点3及び4に係る発明特定事項を採用したことによって得られる効果もまた,当業者の予測の範囲内のものというべきである。
また,上記Aの主張については,そもそも,容易想到性の判断は,相違点の数や適用すべき技術の数に左右されるものではない。
原告の上記主張はいずれも理由がない。
(3) 小括よって,取消事由4(本件発明の効果に係る判断の誤り)は理由がない。
5 まとめ以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消される べき違法はない。
結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 芝田俊文
裁判官 西理香
裁判官 知野明