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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10126号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年1月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成24年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年1月17日 判 決 原 告 ハンス・イェンセン・ルーブ リケーターズ・エイ/エス 同訴訟代理人弁理士 山 川 政 樹 山 川 茂 樹 小 池 勇 三 黒 川 弘 朗 東 森 秀 朋 被 告 特 許 庁 長 官 同指定代理人 金 澤 俊 郎 小 谷 一 郎 藤 原 直 欣 氏 原 康 宏 守 屋 友 宏 主 文 1 特許庁が不服2010−25042号事件について 平成23年11月14日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文1項と同旨 第2 事案の概要 本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記 2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は 成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のと おり)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「大型ディーゼルエンジン用潤滑システム」とする 発明について,平成11年11月4日国際出願をしたが(甲10。特願2000− 581346。パリ条約による優先権主張日:平成10年(1998年)11月5 日,デンマーク王国。請求項の数5),平成22年6月22日付けの拒絶査定を受 けた。 (2) 原告は,同年11月8日,これに対する不服の審判を請求するとともに (甲14),手続補正書を提出した(甲13。以下,同日付けの補正を「本件補 正」という。)。 (3) 特許庁は,上記請求を不服2010−25042号事件として審理した上, 平成23年11月14日,本件補正を却下して,「本件審判の請求は,成り立たな い。」との本件審決をし,その謄本は同年12月6日原告に送達された。 2 本件審決が対象とした特許請求の範囲の記載 (1) 本件補正前の特許請求の範囲の記載 本件補正前の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(甲11)。 以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本件出願に係る明細書 (甲10)を「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示 す。 シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンであって,/シリンダの上端 部から間隔を空けて位置するシリンダ壁(5)のリング領域に配置された多数のオ イル噴射ノズル(3,4)に対し,加圧された潤滑オイルを供給する手段(1)と, /前記シリンダのピストンが上方向に移動する行程時に,前記ノズルを通してオイ ルを噴射する制御手段とを備え,/前記噴射ノズル(3,4)は,霧化ノズルとし て構成され,/前記オイル供給手段(1)は,50−100バールの高い圧力で潤 滑オイルを供給し,噴射オイルをオイルミスト(3)として調整するようにし,且 つ/前記制御手段(1)は,ピストンリング手段が前記シリンダの前記リング領域 を通過する直前の段階で,オイルミスト噴射を起動させるように作動可能であり, /前記霧化ノズルは,前記ノズルが取付けられるリング領域において,近接して位 置するシリンダ壁領域に方向付けられるオイルミストを各ノズルが噴射するように 構成され取付けられており,/さらに,前記霧化ノズルは,圧力制御弁を備え,前 記圧力制御弁の開弁は,前記ノズルがオイルの効果的に霧化するに十分なレベルま で高められたオイル供給管内の圧力に依存することを特徴とするディーゼルエンジ ン (2) 本件補正後の特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(甲13)。 以下,請求項1に記載された発明を「本件補正発明」という。なお,文中の下線部 は,補正箇所を示す。 シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンであって,/シリンダの上端 部から間隔を空けて位置するシリンダ壁(5)のリング領域に配置された多数のオ イル噴射ノズル(3,4)に対し,加圧された潤滑オイルを供給する手段(1)と, /前記シリンダのピストンが上方向に移動する行程時に,前記ノズルを通してオイ ルを噴射する制御手段とを備え,/前記噴射ノズル(3,4)は,霧化ノズルとし て構成され,/前記オイル供給手段(1)は,50−100バールの高い圧力で潤 滑オイルを供給し,噴射オイルをオイルミスト(3)として調整するようにし,且 つ/前記制御手段(1)は,ピストンリング手段が前記シリンダの前記リング領域 を通過する直前の段階で,オイルミスト噴射を起動させるように作動可能であり, /前記霧化ノズルは,前記ノズルが取付けられるリング領域において,近接して位 置するシリンダ壁領域のノズルよりも高い位置に衝突するようにオイルミストを各 ノズルが噴射するように構成され取付けられており,/さらに,前記霧化ノズルは, 圧力制御弁を備え,前記圧力制御弁の開弁は,前記ノズルがオイルの供給と同時に 霧化するに十分なレベルまで高められたオイル供給管内の圧力に依存することを特 徴とするディーゼルエンジン 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,@本件補正発明は,後記アの引用例に記載 された発明並びに後記イないしクの周知例1ないし7に記載された周知技術に基づ いて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定 により,独立して特許を受けることができないから,本件補正を却下すべきであり, A本願発明も,同様の理由で,当業者が容易に発明することができたものであるか ら,同項の規定により,特許を受けることができないというものである。 ア 引用例:実願平1−43081号(実開平2−135612号)のマイクロ フィルム(甲1) イ 周知例1:特開平2−30914号公報(甲2) ウ 周知例2:特開昭57−88212号公報(甲3) エ 周知例3:特開平8−270495号公報(甲6) オ 周知例4:特開平10−141035号公報(甲7。平成10年5月26日 公開) カ 周知例5:特公昭47−10127号公報(甲9) キ 周知例6:特開昭57−99227号公報(甲5) ク 周知例7:特開昭59−128909号公報(甲8) (2) 本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引 用発明」という。)並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点を以下の とおり認定した。 ア 引用発明:潤滑油供給装置を備えるディーゼル機関であって,シリンダの上 端部から間隔を空けて位置するシリンダライナのリング領域に配置された多数の小 形ノズルに対し,加圧されたシリンダ油を供給する給油ポンプと,前記シリンダの ピストン圧縮行程中に,前記小形ノズルを通してシリンダ油を噴射する列形噴射ポ ンプとを備え,前記列形噴射ポンプは,ピストンリングが前記シリンダの前記リン グ領域を通過する時のみ,オイルミスト噴射を起動させるように作動可能であり, 前記小形ノズルは,前記ノズルが取り付けられるリング領域において,オイルミス トを各ノズルが噴射するように構成され取り付けられているディーゼル機関 イ 一致点:シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンであって,シリ ンダの上端部から間隔を空けて位置するシリンダ壁のリング領域に配置された多数 のオイル噴射ノズルに対し,加圧された潤滑オイルを供給する手段と,前記シリン ダのピストンが上方向に移動する行程時に,前記ノズルを通してオイルを噴射する 制御手段とを備え,前記制御手段は,特定の時期に,オイルミスト噴射を起動させ るように作動可能であり,前記オイル噴射ノズルは,前記ノズルが取り付けられる リング領域において,オイルミストを各ノズルが噴射するように構成され取り付け られているディーゼルエンジン ウ 相違点1:本件補正発明においては,「噴射ノズルは,霧化ノズルとして構 成され」,「オイル供給手段は,50−100バールの高い圧力で潤滑オイルを供 給し,噴射オイルをオイルミストとして調整するようにし」,「前記霧化ノズル は,圧力制御弁を備え,前記圧力制御弁の開弁は,前記ノズルがオイルの供給と同 時に霧化するに十分なレベルまで高められたオイル供給管内の圧力に依存する」の に対し,引用発明においては,小形ノズルが,霧化ノズルであるかどうか不明であ り,また,圧力制御弁を備えるかどうか不明であって,さらに,シリンダ油を供給 する給油ポンプが,50−100バールの高い圧力でシリンダ油を供給し,噴射オ イルをオイルミストとして調整するものであるかどうか明らかでない点 エ 相違点2:特定の時期に,オイルミスト噴射することに関し,本件補正発明 においては,ピストンリング手段が前記シリンダの前記リング領域を通過する「直 前の段階で」,オイルミスト噴射するのに対し,引用発明においては,ピストンリ ング手段が前記シリンダの前記リング領域を通過する「時のみ」,オイルミスト噴 射する点 オ 相違点3:オイル噴射ノズルが,前記ノズルが取り付けられるリング領域に おいて,オイルミストを各ノズルが噴射するように構成され取り付けられることに 関し,本件補正発明においては,「霧化ノズル」が「近接して位置するシリンダ壁 領域のノズルよりも高い位置に衝突するように」オイルミストを各ノズルが噴射す るように構成され取り付けられているのに対し,引用発明においては,小形ノズル がそのように構成されているかどうか明らかでない点 (3) また,本件審決は,その判断の前提として,周知例1ないし7に基づき, 以下の周知技術(以下,順に,「周知技術1」などという。)を認定した。 ア 周知技術1:シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンにおいて, 潤滑オイルを高い圧力でオイル供給管に供給し,オイル供給管内の圧力が所定値に 達したときに噴射ノズルに備えられた圧力制御弁を開弁して潤滑油を噴射させるこ と(周知例1及び2) イ 周知技術2:ピストンリング手段がシリンダの噴射ノズルが取り付けられる リング領域を通過する直前の段階で,潤滑油を噴射すること(周知例3及び4) ウ 周知技術3:シリンダ潤滑システムを備えるディーゼルエンジンにおいて, 近接して位置するノズルよりも高い位置に潤滑油を噴射すること(周知例5ないし 7) 4 取消事由 本件補正を却下した判断の誤り (1) 相違点1に係る判断の誤り(取消事由1) (2) 相違点2に係る判断の誤り(取消事由2) (3) 相違点3に係る判断の誤り(取消事由3) (4) 作用効果に係る判断の誤り(取消事由4) 第3 当事者の主張 1 取消事由1(相違点1に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 周知技術1の適用について ア 引用発明は,列形噴射ポンプとノズルが必須であるところ,周知技術1は, 電子制御により,ピストンリング表面とピストンリング間に正確に注油するもので, 高速型注油に関連するものであるから,周知技術1を適用することはない。 イ 引用発明に,電子制御によりピストンリング表面とピストンリング間に正確 に注油する周知技術1を適用した結果できる発明は,機械式より電子制御式の方が 制御が正確であるため,本件補正発明からより遠い発明となる。したがって,引用 発明に,周知技術1を適用したとしても,本件補正発明に至ることはできない。 (2) シリンダ油の吐出について ア 引用発明は,ピストンリングが注油孔を通過する時のみシリンダ油を吐出す るもので,空中に浮遊する前にピストンリングに衝突する。したがって,圧力制御 弁を設置して高い圧力でシリンダ油を供給する必要はない。また,噴霧状態は,プ ランジャとノズルに依存するので,オイルミストとして調整することはできない。 イ 引用発明が開発された当時は,注油期間をいかに正確に制御するのかが開発 の目標であり,引用発明も,短期間にピストンリング表面とピストンリング間にの みシリンダ油を注油することを,作用効果としている。引用発明の発明者の意図は, 正に,ピストンリングが通過する時のみのその瞬間を目指したものである。 しかし,引用発明が,ノズルの開口部をスワールと同一方向に向けてシリンダ油 を吐出しているのは,その当時の技術水準から考えると,正確にピストンリングが 通過する時のみの間に注油することを目指しても,状況によって,一部の油がシリ ンダ内に漏れることを想定したものかもしれない。 したがって,当業者が,本件出願時に引用発明に出会ったとしても,当時の技術 常識からすると,ピストンリングがノズルを通過する直前に,オイルミストを調整 してシリンダ壁に衝突させる本件補正発明を容易に発明することはできなかったも のである。 少なくとも,発明者に,ピストンリングがノズルを通過する直前の段階で,オイ ルミストをシリンダ壁に衝突させてオイルミストの膜を形成することを主たる注油 とする意図がない限り,わざわざコストを掛けて,引用発明において噴射ノズルを 霧化ノズルにして,50−100バールの高圧オイルを供給して,オイルミストと して調整して噴霧するようなことはしない。 引用発明は,ピストンの上部へは噴霧しない発想の発明であり,本件補正発明と は全く反対の発想に基づく発明であるから,たとえ,霧化ノズルを使用したとして も,ピストンリング表面とピストンリング間にミストを噴射するだけである。 (3) 供給油の圧力が設計事項であることについて ア 本件補正発明におけるオイルのディストリビュータは,主として渦流とピス トンであり,そのために供給するシリンダ油の圧力を50−100バールとし,注 油オイルをオイルミストとして調整するように構成している。これに対し,引用発 明のオイルの最初の接触はピストンリングであり,オイルの主要なディストリビュ ータはピストンリングである。したがって,圧力を50−100バールとする必要 はない。 イ ピストンリングは,シリンダ油に対して,ワイパーであり,引用発明も,ピ ストンリング表面上とピストンリング間へオイルを短期間に注油するものなので, 主たるディストリビュータはピストンリングである。引用発明の注油の一部分はス ワール中に入ることを意識しているかもしれないが,あくまでも主たるディストリ ビュータは,ピストンリングである。 また,周知技術1が高圧でオイル供給する理由は,短期間に,ピストンリング表 面とピストンリング間へ高圧で注油して,大量のオイルを供給するためであり,本 件補正発明のように,シリンダ油を高圧で霧化ノズルに供給し,シリンダ油をオイ ルミストとして調整して,オイルミストをシリンダ壁に噴射するためではない。 したがって,引用発明に,高圧のシリンダ油を供給する周知技術1を適用したと しても,注油孔から高圧のシリンダ油が吐出するだけであり,本件補正発明のよう に,高圧の潤滑オイルを霧化ノズルに供給することにより,オイルミストとして調 整して,シリンダ壁に噴射することはできない。 〔被告の主張〕 (1) 周知技術1の適用について ア 引用発明について 引用発明は,従来,シリンダ注油の注油時期が,シリンダ内圧力の低下と低いシ リンダ注油圧力とのバランスにより決定され,かつその量も一定でないため適正な 制御が行われず無駄な注油が行われ,さらに,注油孔の回りのシリンダライナ面に のみ注油が行われ,注油孔と注油孔との中間位置のライナ面にはシリンダ油が十分 に行き渡らず,シリンダライナの円周方向全体には回らず,潤滑面並びに燃料油中 の硫黄分の中和には十分な機能が果たせない傾向があったという課題を解決するた めに,シリンダライナの注油面全般に適時適量の潤滑油が吐出され,注油量が節減 できると共にシリンダの磨耗量が大幅に減少する内燃機関の潤滑油供給装置を提供 することを目的とするものである。 そして,引用発明の列形噴射ポンプとノズルは,上記課題を解決する手段として 採用されたものであるところ,本件審決は,引用例に記載された,同手段を採用す ることによる列形噴射ポンプとノズルの作用(技術的意義)を踏まえて相違点1の 容易想到性について判断したものであり,その判断に誤りはない。 イ 周知技術1の技術的意義について 周知技術1は,内燃機関(ディーゼルエンジンを含む。)のシリンダ潤滑に係る 技術分野に属するものであって,注油量の削減とシリンダの磨耗量の減少といった 課題を解決するために採用されたことが明らかである。したがって,引用発明と周 知技術1とは,その技術分野及び解決課題において共通するものである。 また,周知技術1は,シリンダ潤滑システムとして,潤滑油の噴射タイミング遅 れや噴射タイミングのばらつきなどの不具合を防止し,注油量の精度を向上させる 技術であり,また,潤滑油の消費を最小にするのに必要とする正確な調整を行う技 術であるから,その点において,引用発明の列形噴射ポンプと同様の技術的意義を 有する。さらに,技術常識に照らして,周知技術1は,カム軸によって駆動される 機械的ポンプ,すなわち,引用発明の列形噴射ポンプのような機械的ポンプを用い た構造に代えて適用可能である。 引用発明においては,カム等により機械的な制御ができる列形噴射ポンプが採用 されているが,潤滑オイルの噴射時期をより正確に制御するために,引用発明にお ける列形噴射ポンプ及び小形ノズルに代えて,周知技術1を採用することは,技術 の流れとしても自然なことである。 そして,引用発明と周知技術1とは,共通の技術分野に属しており,かつ,共通 の課題を解決しようとするものであるから,引用発明において,周知技術1を適用 することは,当業者が容易に想到し得たことである。 ウ 逆止弁について 引用発明における従来技術の逆止弁は,シリンダ内圧力とシリンダ注油圧力のバ ランスで開閉されるものであるから,周知技術1における「圧力制御弁」に相当す るものではない。 (2) シリンダ油の吐出について ア 吐出のタイミングについて 注油噴霧は空中に浮遊する前にピストンリングに衝突するとの原告の主張は誤解 である。引用発明において,注油噴霧は,スワールにのって円周方向に移動し,ラ イナの円周方向に行き渡る。 引用例には,シリンダ油を吐出するタイミングについて,「ピストンリングが注 油孔を通過する時」と記載されているが,それは厳密にその瞬間を意味するのでは なく,一定の幅をもった時期(期間)を意味していることは明らかである。 また,注油噴霧を行ってから,注油噴霧がスワールにのって円周方向に移動し, ライナの円周方向に行き渡るまでにはある程度の時間を要することを考慮すると, 引用発明においても,実際には,ピストンリングが注油孔を通過する前の段階,い わゆる直前の段階で注油孔からシリンダ油が吐出されると解される。 イ 注油噴霧について 引用発明における小形ノズルは,注油噴霧を行うものであるから,霧状(ミスト 状)の油を噴射するものであり,上記注油噴霧は,微粒子化して空中に浮遊してい る油であると解される。これは,注油時期が「ピストン圧縮行程中のピストンリン グが通過する時期」とされていること,すなわち,注油噴霧がピストン圧縮行程中 のシリンダ圧が高まっている状態下で行われていることからも裏付けられる。また, 注油噴霧とオイルミストは,ともに微粒子状の油であり,本件補正発明においてそ の微粒子の大きさについて特に限定されていないことから,両者は格別相違しない ものである。 したがって,引用発明における小形ノズルは,注油噴霧,すなわちオイルミスト を噴射する点で,本件補正発明における霧化ノズルと同様のものと解され,具体的 な注油噴霧を行うノズルの構造として,周知技術1のような構造のノズルを採用す ることは,当業者にとって格別困難なことではない。 (3) 供給油の圧力が設計事項であることについて ア 引用発明について 引用発明において,注油噴霧は,スワールの中に入り,スワールにのって円周方 向に移動し,ライナの円周方向に行き渡る。 イ オイル供給手段が供給するシリンダ油(潤滑油)の圧力について 周知技術1によれば,「50−100バールの高い圧力で潤滑オイルを供給」す ることは,格別なこととはいえない。したがって,供給するシリンダ油の圧力を5 0−100バールとすることは,シリンダ内の圧力や霧化したシリンダ油の粒子の 大きさ等を考慮して,当業者が適宜設定する設計的事項というべきものである。 なお,引用発明においても,潤滑油を噴射するときの油圧は,油噴射時の機関シ リンダ圧より高いように設定されることは自明であり,シリンダ内の圧力が高い圧 縮行程中に注油噴霧を形成していることから,本件補正発明と同程度の圧力で潤滑 油を噴射していると推認される。 2 取消事由2(相違点2に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 周知技術2の認定について 周知例3及び4は,いずれもピストンリング手段がシリンダの噴射ノズルが取り 付けられるリング領域を通過する直前の段階で潤滑油を噴射するものではなく,本 件審決の周知技術2の認定は誤りである。したがって,その判断も誤っている。 (2) 噴射タイミングについて 周知例3は,上下段2つの別の時期に給油する注油孔からの注油を組み合わせて シリンダ全体に注油することにより,シリンダライナの摩耗を平滑化するものであ る。本件審決の認定は,後知恵である。 周知例4は,ピストンリングが注油孔を通過する前から通過し終わるまでの間 に,ピストンリング表面とピストンリング間に注油するタイミング注油方式の注油 装置であり,注油孔をピストンリングが通過する前から通過し終わるまでの間に注 油する技術である。 したがって,本件出願時に,ピストンリングが注油孔を通過する前から通過し終 わるまでの間に,ピストンリング表面とピストンリング間に注油する注油器は周知 であるが,本件補正発明のピストンリングが注油孔を通過する直前の段階で,オイ ルミストをシリンダ壁に噴射する注油器は周知ではない。 〔被告の主張〕 (1) 引用発明における注油タイミングについて 引用発明における注油タイミングは,噴射したオイルが,シリンダのスワール (渦流)に存在し,遠心力によって,シリンダの表面に分散されるタイミングを意 味することが明らかであり,原告主張の本件補正発明の注油タイミングと変わるも のではない。 したがって,引用発明における注油タイミングは,実質的には,本件補正発明に おける「ピストンリング手段がシリンダの噴射ノズルが取付けられるリング領域を 通過する直前の段階で,潤滑油を噴射する」という注油のタイミングと同様のもの であると解される。 (2) 周知技術2における噴射タイミングについて 周知例3及び4には,いずれも,本件補正発明における注油タイミングに相当す る注油タイミングで注油を行うことが記載されている。 そして,引用発明は,注油タイミングについて「通過する時のみ」と明記されて いるものの,噴射したオイルは,シリンダのスワール(渦流)内に存在し,遠心力 によって,シリンダの表面に分散されるタイミングで噴射するものであり,その噴 射は,注油量が節減でき,注油期間が短いものであるから,その具体的な噴射のタ イミングとして,上記周知技術の噴射タイミングをも考慮し,ピストンリングがシ リンダのリング領域を通過する直前の段階で,オイルミスト噴射させることに困難 性はない。 (3) 原告の主張について 本件補正発明の特許請求の範囲には「ピストンリング手段がシリンダの噴射ノズ ルが取付けられるリング領域を通過する直前の段階で,潤滑油を噴射する」とは記 載されていないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。 3 取消事由3(相違点3に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 本件補正発明は,噴霧オイルの最初の接触は内壁であり,ピストンとピス トンリングが通過する直前に上昇する渦流がシリンダ壁への給油をアシストする。 これに対し,引用発明は,ピストンリング上に注油されるものであり,スワール中 に注油されるものでなく,それ故,高い位置に噴射する必要はない。 (2) 本件出願時に,注油器において潤滑油を斜め上方に噴射するノズルは周知 であるが,オイルミストを,ピストンリングが注油孔を通過する直前の段階で,近 接するノズルよりも高い位置へ,かつシリンダ壁に衝突するように噴霧することは, 周知ではない。 引用発明は,ピストン上部へシリンダ油が送られて無駄な消費をしないことを作 用効果としているから,引用発明に,ピストン上部に無駄なシリンダ油を供給する 可能性が高い,近接するノズルよりも高い位置に噴射してシリンダ壁に衝突させる ノズルをわざわざ適用することは考えにくい。まして,シリンダライナとピストン リングの間に送油する引用発明に,周知技術3を適用して,本件補正発明のよう に,ピストンリングが注油孔を通過する直前の段階で,ノズルよりも高い位置のシ リンダ壁に衝突するように構成することは,容易ではない。 〔被告の主張〕 (1) 引用発明において,注油噴霧は,スワールにのって円周方向に移動するか ら,ピストンリング上ではなく,シリンダ内のスワール中に噴霧されなくてはなら ない。そして,注油噴霧は,スワールにのって円周方向に移動し,ライナの円周方 向に行き渡る。 (2) そ して,周知技術3は,より効果的かつ経済的に注油を行うノズルの噴射 構造として技術的意義を有することが明らかである。引用発明も,効果的かつ経済 的に注油噴霧することが解決課題とされるものであるから,課題において共通する ものであり,適用する動機付けも十分存在する。 そうすると,引用発明において,効果的かつ経済的に注油噴霧することを目的と して,周知技術3を考慮すれば,ノズルが近接して位置するシリンダ壁領域のノズ ルよりも高い位置に衝突するようにオイルミストを各ノズルが噴射するように構成 され取り付けられるようにして,相違点3に係る本件補正発明のようにすることは, 容易である。 4 取消事由4(作用効果に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件補正発明は,ピストンリングが通過する前にシリンダ壁全体にオイル膜を形 成するが,引用発明は,オイル膜はピストン通過後に形成される。通過前のオイル 膜の形成により摩耗率を下げ,潤滑油の量を下げられる。 具体的には,以下の格別な作用効果があるが,引用例及び周知例1ないし7には 記載されておらず,全く予想できないものである。 (1) オイルは,ピストンが潤滑箇所を通過する前にシリンダの表面に分散され ている。 (2) オイル粒子が小さすぎるとシリンダ壁に衝突することなく排出され,反面, 大きすぎるとピストン上部に油滴が付着してシリンダに到達しないが,本件補正発 明は,噴射オイルをオイルミストとして調整できる。 (3) シリンダ内の流れに対するノズルの方向は,油滴がシリンダ壁のノズルよ り高い位置に衝突するように取り付けられているので,シリンダ表面に一様に分散 されるだけでなく,シリンダ上端部により近い潤滑が最も必要とされるシリンダ表 面に配送され,オイルを有効利用できる。 (4) ミストの油滴サイズを調整することができ,微粒子化の目標を高く設定で きる。 (5) オイルの下方分散が起こらず,潤滑の最も必要な高温端部に向けて分散す る。 〔被告の主張〕 (1) 引用発明における注油噴霧は,スワール(渦流)を利用して,ライナの円 周方向,すなわち,ピストンが向かう上方向のシリンダ壁を潤滑することが明らか であり,この段階で,オイルはシリンダ表面に分散されシリンダ壁に到達している から,原告の主張(1)の作用効果は,予測し得る範囲のものであって格別なもので はない。 (2) 本件補正発明においては,オイルミストのオイル粒子の粒径(オイルミス トにおける油滴の平均サイズ)は限定されていない。 また,オイルミストのオイル粒子の粒径は,オイル供給手段だけでなく,「ノズ ルの寸法,オイルの流出速度,及びノズルの手前の圧力」をどのようにするかを明 確にしないと,適切に制御することができない。 仮に,本件補正発明が,オイル粒子の粒径を適切なサイズのオイルミストとして 調整することができるものと解し得ても,引用発明は,注油噴霧の粒子がシリンダ ライナの円周方向に行き渡るものであり,潤滑に適した適切なサイズのオイルミス トということができる。 (3) 引用発明においても,スワールにのってシリンダ壁を潤滑するもので,圧 縮行程時にはピストンが上昇することによりシリンダ内のピストン上の空気は上昇 するから,噴射された油滴も空気と一緒に上昇し,シリンダ壁のノズルより高い部 分に衝突するものである。したがって,油滴がシリンダ壁のノズルより高い位置に 衝突するという作用を有することは明らかである。 また,周知技術3は,効果的かつ経済的な注油噴霧を行うものであるから,引用 発明において周知技術3を採用することにより,ピストンリングが通過する前に, オイルがシリンダ表面上にほぼ一様に分散されること,オイルが潤滑の必要とされ るシリンダ表面に配送されること,さらに,シリンダ寿命とオイル消費との関係が 改善できることとなり,以上の作用効果は予測し得る範囲のものである。 (4) 「50−100バールの高い圧力」は,周知技術1の圧力と重複するもの であり,オイルを噴射する圧力としては普通の圧力である。 (5) 引用発明は,シリンダのピストンが上方向に移動する行程時に,ノズルを 通してオイルを噴射するもの,すなわち,本件補正発明と同様に,潤滑が最も必要 なシリンダの「高温」端部に向けて上方向に分散するものである。また,引用発明 は,原告が主張する本件補正発明の作用効果と同様の作用効果を奏するものである。 第4 当裁判所の判断 1 本件補正発明について 本件補正発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2(2)のとおりであり,本 願明細書(甲10)の記載によれば,本件補正発明は,以下のとおりのものと解さ れる。 (1) 従来技術の問題点 従来の主に大型2サイクルディーゼルエンジン用のシリンダ潤滑システムにおい ては,中央給油器は,関連時間に様々な注油箇所に各々の接続管を介して各部のオ イルを加圧供給することにより潤滑を行うが(【0001】),接続管内において オイル全体が圧縮されるために,正確な「タイミング」を設定するのは困難であ り,上記の時間にオイルが供給されないことも多く,それどころかシリンダ内の圧 力が相当低い場合には,通常ピストンが上方向又は下方向に通過した後に供給さ れ,ピストンが下方向に移動している時にこのようなことが起こると,潤滑箇所か らシリンダ表面上に供給されたオイルは,潤滑が最も必要なシリンダの「高温」端 部に向けて上方向に分散することなく,シリンダライナの下方向に分散するという ような問題があった(【0002】)。 そ こで,これまではシリンダへのオイル供給量を増加することで対処してきた が,それでも,供給量が,所定の上限を超過した場合には,オイルがシリンダ内に 導入される速度が極めて高くなるため,導入されたオイルは,シリンダの表面に留 ることなくシリンダ空間内で噴流を形成し,その結果消失するか,さほど重要なこ とではないが,オイル供給が上記の時間以外で行われた場合には,供給された一部 のオイルを有効利用することはできないというような問題があった(【000 3】)。 また,オイルをシリンダの表面上に分散させるようにした従来の態様では,シリ ンダの表面の潤滑箇所毎に2つの傾斜した溝を設け,それぞれが潤滑箇所からシリ ンダの上端部から離れる方向に延びるようにしているが,ピストンリングがこの溝 を通過する際,ピストンリングが横切る溝内に圧力低下が生じ,これによってオイ ルは潤滑箇所から離れる方向に誘導され,実際にはシリンダ周面に沿う摩耗にかな りの変動が確認されるという点で十分なものとはいえないものであった(【000 4】)。 (2) 本件補正発明の構成 したがって,シリンダ周面上にオイルを一層良く分散させる方法を追求すること が望ましく,本件補正発明は,以下のような構成を採用した。 すなわち,オイルは特定の時間に各部に供給されるが,そのオイルは,ピストン が上方向に移動する際,ピストンが潤滑箇所を通過する前にシリンダの表面上に分 散され(【0005】),シリンダ内のガスの渦流内に存在する十分に小さい粒子 状オイルは,遠心力によってシリンダ壁方向に押しやられ,最終的に壁に付着する ものである(【0006】)。その際,シリンダ内の流れに対するノズルの方向 は,@個々の油滴とシリンダ内のガス流との間の相互作用によって,2つの潤滑箇 所間の周方向の間隔にほぼ相当する領域のシリンダ壁に油滴が確実に衝突するよう に調整すると,ピストンリングが通過する前に,オイルがシリンダ表面上にほぼ一 様に分散され,さらに,Aノズルよりも高い位置にあるシリンダ壁にオイルが衝突 するようにノズルを調整すると,オイルがシリンダ内に導入されるやいなや,オイ ルがシリンダ表面上により良好に分散されるだけでなく,このオイルは,シリンダ 上端部により近い潤滑が最も必要とされるシリンダ表面にも「配送」される。これ ら2つの状態にすることにより,オイルをより有効に利用することができるととも に,シリンダ寿命とオイル消費との関係を期待どおり改善することができるという ものである(【0007】)。 (3) 小括 以上のとおり,本件補正発明は,シリンダ油の供給について正確なタイミングを 設定することが困難であったことや,その困難性を解決するために供給量を増やし ても,シリンダ油が消失してしまうなどの問題を解決しようとするために,シリン ダ油を特定の時間に各部に供給し,そのシリンダ油は,ピストンが上方向に移動す る際,ピストンが潤滑箇所を通過する前にシリンダの表面上に分散されるようにし て,シリンダ周面上にオイルを一層良く分散させ,オイルをより有効に利用するこ とができるとともに,シリンダ寿命とオイル消費との関係を期待どおり改善するこ とができるというものである。 2 引用例に記載された発明について (1) 引用例の記載 引用例に記載された発明は,前記第2の3(2)アのとおりであるところ,引用例 には,おおむね以下の記載がある(甲1)。 ア 実用新案登録請求の範囲 内燃機関のシリンダライナ摺動面に潤滑油を供給するものにおいて,潤滑油を列 形噴射ポンプを介してノズルに所定のタイミングで送油する手段を設けるとともに, 前記ノズルはシリンダライナの開口部に空気スワールと同一方向でかつシリンダラ イナの接線方向に向けて吐出するように装着されていることを特徴とする内燃機関 の潤滑油供給装置 イ 産業上の利用分野 本考案は内燃機関(特に大中形ディーゼル機関)の潤滑油供給装置に関する。 ウ 従来の技術 第4図は従来形舶用大形2サイクルディーゼル機関の主要部分図を示す。ピスト ンリングとシリンダライナの摺動面に対しては,シリンダ注油器から注油菅を経て 逆止弁が設けられ,シリンダガス圧力が注油圧力よりも低下すると,注油孔からシ リンダライナの摺動面にシリンダ油を注油して,ピストンリングとシリンダライナ 間の摺動を円滑にするようにしている。 エ 考案が解決しようとする課題 従来技術では,シリンダ注油の注油時期が,シリンダ内圧力の低下と低いシリン ダ注油圧力とのバランスにより決定され,かつその量も一定でないため適正な制御 が行われず無駄な注油が行われていた。さらにシリンダ油の注油は注油孔の回りの シリンダライナ面にのみに行われ,注油孔と注油孔との中間位置のライナ面にはシ リンダ油が十分に行き渡らず,シリンダライナの円周方向全体には回らず,潤滑面 並びに燃料油中の硫黄分の中和には十分な機能が果たせない傾向があった。 本考案の目的は従来装置の課題を解消し,シリンダライナの注油面全般に適時適 量が吐出され,注油量が節約できると共にシリンダの摩耗量が大幅に減少する内燃 機関の潤滑油供給装置を提供するにある。 オ 作用 注油時期が短期間となり,ピストンリングが注油孔を通過する時のみ注油孔から シリンダ油が吐出され,従来のようにピストン上部又はピストン下部へシリンダ油 が送られ無駄に消費されることはない。また,注油噴霧がスワールにのって円周方 向に移動するので,ライナの円周方向に行き渡らせることができる。 カ 実施例 シリンダ潤滑油はタンクから給油ポンプと給油管を経て噴射ポンプのプランジャ 室に入る,カムによってプランジャが突き上げられ,シリンダ潤滑油管を経てシリ ンダライナに設けられたノズルからシリンダ内にタイムリに注油される。カム軸に は数個のカムが設けられ,これに対応してプランジャが取り付られ列形噴射ポンプ が構成されている。 シリンダライナの上部に開口部が設けられ,しかもその開口部には空気スワール と同一方向でかつシリンダライナの接線方向に向けてシリンダ油が注油されるよう にノズルが装着され,列形噴射ポンプよりのシリンダ油は送油管を経てシリンダラ イナとピストンリングの間に送油されるようになっている。 キ 作用 本考案では列形噴射ポンプとノズルを利用する注油方法を採用したため注油期間 を短くすることが可能となり,ピストンリングが注油孔を通過する時にのみ注油孔 からシリンダ油が吐出されることにより,従来のようなピストン上部又はピストン 下部へシリンダ油を送り無駄にシリンダ紬が消費されることがなくなった。また, 注油噴霧がスワールにのって円周方向に移動するので,ライナ円周方向全面に行き 渡らせることができる。 ク 考案の効果 本考案はシリンダ油を吐出させる列形噴射ポンプの駆動をクランク軸と連動する カム軸で行うことにしたので,シリンダ油のシリンダライナ摺動面への注油時期を ピストン圧縮行程中のピストンリングが通過する時期に合わせることが可能となり, またポンプラックによりシリンダ油量を適量に調整できる。さらに小形ノズルの噴 射方向をスワールの方向と同一のシリンダライナ円周方向に向けるようにしたので, ライナ円周方向全面にシリンダ油を行き渡らせることができ,シリンダ油の消費量 の節減とシリンダライナの摩耗を大幅に減少させることができる。 ケ 第1図の記載 第1図によれば,ピストンの上面から一定の距離を隔てて下方にピストンリング が位置し,ピストンの上面とピストンリングまでの間におけるピストンとシリンダ ライナとの間には隙間が存在し,かかる隙間がピストンの上面とシリンダカバー又 は排気弁との間に形成された燃焼室に連通していることがみてとれる。 コ 第3図の記載 第3図によると,小形ノズルは,シリンダライナ内面に開口する通路を介して一 定距離を隔てて配置されている。 (2) 引用発明の意義 以上の記載によれば,引用発明の意義は,大要,以下のとおりのものと解される。 すなわち,内燃機関(特に大中形ディーゼル機関)の潤滑油供給装置においては, 従来技術では,シリンダ注油の注油時期が,シリンダ内圧力の低下と低いシリンダ 注油圧力とのバランスにより決定され,かつその量も一定でないため適正な制御が 行われず無駄な注油が行われていたり,シリンダ油の注油は注油孔の回りのシリン ダライナ面にのみに行われ,注油孔と注油孔との中間位置のライナ面にはシリンダ 油が十分に行き渡らず,シリンダライナの円周方向全体には回らず,潤滑面及び燃 料油中の硫黄分の中和には十分な機能が果たせない傾向があるという課題があった。 そこで,引用発明では,従来装置の課題を解消するため,シリンダライナの注油 面全般に適時適量が吐出され注油量が節約できるとともに,シリンダの摩耗量が大 幅に減少する内燃機関の潤滑油供給装置を提供することを目的とし,潤滑油を列形 噴射ポンプを介してノズルに所定のタイミングで送油する手段を設けるとともに, 前記ノズルはシリンダライナの開口部に空気スワールと同一方向でかつシリンダラ イナの接線方向に向けて吐出するように装着された。これにより,注油時期が短期 間となり,ピストンリングが注油孔を通過する時のみ注油孔からシリンダ油が吐出 され,従来のようにピストン上部又はピストン下部へシリンダ油が送られ無駄に消 費されることはなく,また,注油噴霧がスワールにのって円周方向に移動するので, ライナの円周方向に行き渡らせることができるというものである。 (3) 引用発明における注油条件 引 用例には,前記 (1) のとおり,@「ピストンリングが注油孔を通過する時 ア のみ注油孔からシリンダ油が吐出される」,「シリンダ油のシリンダライナ摺動面 への注油時期をピストン圧縮行程中のピストンリングが通過する時期に合わせるこ とが可能とな」る等の記載や,A「シリンダ油は送油管を経てシリンダライナとピ ストンリングの間に送油される」との記載がある一方,B「小形ノズルの噴射方向 をスワール方向と同一のシリンダライナ円周方向に向けるようにした」,「ノズル はシリンダライナの開口部に空気スワールと同一方向でかつシリンダライナの接線 方向に向けて吐出する」,「空気スワールと同一方向でかつシリンダライナの接線 方向に向けてシリンダ油が注油される」,「注油噴霧がスワールにのって円周方向 に移動する」との記載がある。 そうすると,引用発明においては,@注油のタイミングは,ピストンリングが注 油孔を通過する時のみ(時期に合わせて),注油孔からシリンダ油が吐出されるも のであり,A注油する箇所は,シリンダライナとピストンリングの間であり,B注 油の方向は,注油噴霧がスワールにのって円周方向に移動する方向でかつシリンダ ライナの接線方向に向けた方向であることが認められる。 ところで,スワールとは,シリンダ内の燃焼室で生じる流れであり,引用発明に おけるピストンとシリンダライナとの間のピストン上面に至る隙間の空間やピスト ンリングとシリンダライナの隙間に生じているものではないものと解される(乙 1 )。もっとも,引用発明には,前記 (1) ケのとおり,ピストンの上面とピストン リングまでの間におけるピストンとシリンダライナとの間には隙間が存在し,かか る隙間がピストンの上面とシリンダカバー又は排気弁との間に形成された燃焼室に 連通しているところ,燃焼室と連通する空間であるこの隙間やその他の隙間に存在 する気体は,燃焼室に存在する空気,燃焼ガス等と連続する気体であるから,スワ ールの流れに引きずられる流れがそこに発生することを否定するものではない。 そうすると,注油の上記@ないしBの諸条件を同時に満たす引用発明は,少なく とも,直接,燃焼室に向けて注油することを意図したものとは考え難い。なぜなら, 引用発明は,ピストン上部又はピストン下部へシリンダ油が送られ無駄に消費され ることがないことを課題としている以上,燃焼室に向けて注油することはかかる課 題と相反するからである。むしろ,引用発明は,ピストンリングが注油孔を通過す る時のみ注油孔からシリンダ油が吐出されるものであるから,ピストンリングが注 油孔を通過していない時はシリンダ油を吐出させないようにすることが無駄な消費 にならないものと解される。 したがって,注油タイミングには一定の幅があるとしても,引用発明の課題から みて,ピストンリングが注油孔を通過していない時には,ピストンリングの存在し ないその上下の位置に噴射することがないよう,極力その幅が必要な箇所に限られ るように設計を試みると解すべきである。 イ そこで,@ピストンリングが注油孔を通過する時のみ注油孔からシリンダ油 が吐出されるという注油タイミングを前提として,A注油する箇所がシリンダライ ナとピストンリングの間であるにもかかわらず,B注油噴霧がスワールにのって円 周方向に移動する方向でかつシリンダライナの接線方向に向けた方向とはどのよう な意味であるかを検討する。 まず,公差等を含めて,注油タイミングにはおのずと正確さには限界があり,ま た,圧縮行程にあり,上昇していくピストンのピストンリングが最初に注油孔に差 し掛かった時に,このピストンリングが適切に潤滑されるべきであることを考慮す ると,意図的に又は不可避的に多少なりとも差し掛かる時より早めに一部の油が注 油されると解しても不自然ではない。 また,引用発明においては,ピストンリングがシリンダライナと円滑に摺動する ものとされているから,両者の間にごく狭いものであっても物理的な隙間が存在す るはずで,ピストンとシリンダライナとの間の隙間に注油されたシリンダ油の一部 がその隙間から漏れ出ることがないとはいえない。 したがって,ピストンリングが注油孔を通過する時のみ注油孔からシリンダ油が 吐出される場合であっても,燃焼室等の空間にスワール又はスワールに付随する流 れが存在し,漏れ出たシリンダ油がスワールにのってシリンダライナ内の円周方向 に行き渡ることも,不自然とはいえない。 そして,そのようにして漏れ出るシリンダ油を,シリンダ内の空間に充満する空 気や燃焼ガスなどと共に潤滑に寄与することなく排気弁から排出させることは,ピ ストン上部又はピストン下部へシリンダ油が送られ無駄に消費されることはないと いう引用発明の課題に相反することになるから,引用発明において,シリンダライ ナの潤滑に寄与するよう,ノズルはシリンダライナの開口部に空気スワールと同一 方向でかつシリンダライナの接線方向に向けて吐出するように装着するという構成 を採ることにより,漏れ出たシリンダ油さえも有効に利用することができると解さ れる。 さらに,ピストンリングはピストンに対して緊密に嵌合しているわけではないこ とは,例えば,甲4(第5欄3〜11行,第1図参照)に記載されたとおりである から,ピストンリングの嵌合した溝等に,シリンダライナの円周方向にシリンダ油 が流れる通路が存在することは,明らかである。 したがって,空気スワールと同一方向でかつシリンダライナの接線方向に向けて 吐出されたシリンダ油は,その通路を通って注油孔と注油孔との中間位置のライナ 面に向かって流れ,シリンダライナの円周方向全体の潤滑に寄与するものと解され る。 ウ 以上によれば,引用発明において,スワールにシリンダ油がどの程度運搬さ れるかは判然としないものの,シリンダ内に注油されるシリンダ油は,ピストンリ ングとシリンダライナの間で,ピストンリングが注油孔を通過する時のみ注油孔か らシリンダ油が吐出されて,ピストンリングとシリンダライナの潤滑に供され,そ の際,一部のシリンダ油は円周方向に流れ,また他の一部のシリンダ油は漏れ出て, シリンダ内の燃焼室で生じるスワールの流れにのって潤滑に供されるものと解され る。 したがって,引用発明における注油は,最初にピストンリングに接触することを 意図したものであるといえ,ピストンリングとシリンダライナ面を円周方向も含め て直接潤滑することが主たる潤滑作用であり,スワールによる潤滑作用は副次的な ものであると認められる。 (4) 引用発明における小形ノズルについて 引用発明における小形ノズルは,それ自体が噴霧しているか否かは判然としない。 前記 (1)コのとおり,小形ノズルは,シリンダライナ内面に開口する通路を介して 一定距離を隔てて配置されている。 引用発明においては,噴霧がスワールにのって運ばれるのであるから,小形ノズ ル自体からどのような注油がされているかは別として,結果として噴霧を生じさせ るノズルであるという意味において,小形ノズルは「噴霧ノズル」であるといって 差し支えない。 3 取消事由2(相違点2に係る判断の誤り)について 事案に鑑み,取消事由2から判断する。 (1) 周知技術2の認定について ア 周知例3(甲6) 周知例3の記載(【0001】〜【0009】【0012】【0013】)によ れば,周知例3に記載された技術は,従来の2サイクルディーゼル機関において は,シリンダライナにおけるピストンストローク方向に対して1つの位置に注油孔 が設けられていたところ,その注油位置が変化すると,シリンダライナにおけるピ ストンストローク方向に対する摩耗パターンが異なってしまうなどの問題点を解決 するために,内燃機関におけるシリンダライナ摺動面の摩耗量を低減できるととも に,その摩耗量のピストンストローク方向に対する平滑化を図ることができる内燃 機関の注油装置を提供することを目的としたものである。そのために,シリンダラ イナにおけるピストンストローク方向に互いに異なる位置に上段注油孔と下段注油 孔とを設け,また,上段注油孔と下段注油孔との注油タイミングを個別に調整し, 上段注油孔からはピストン上昇行程中に注油し,下段注油孔からは上昇行程のピス トンが下段注油孔を通過した後で下降行程のピストンが下段注油孔を通過する前の 間に注油するものである。 そうすると,シリンダ油を注油することが噴射に相当するとしても,シリンダ油 を噴射する時期については,ピストンリング手段がシリンダの噴射ノズルが取り付 けられるリング領域を通過する直前の段階で潤滑油を噴射する構成が含まれている ものの,その構成のみが独立して周知例3記載の技術の持つ課題を解決するもので はないから,上記構成をまとまりのある1個の技術として周知であると認定するこ とはできない。 したがって,周知例3によって,周知技術2を認定することはできない。 イ 周知例4(甲7) 周知例4の従来技術に関する記載(【0001】〜【0004】)によれば,周 知例4に記載された技術は,ピストン行程の適宜期間にシリンダライナに注油を行 うタイミング注油方式を用いた内燃機関に関するものであって,シリンダライナと ピストンリングとの間を潤滑し,その潤滑を効果的に行うため,ピストンが圧縮行 程でピストンリングが注油穴を通過する前から,通過し終わるまでの間にタイミン グを合わせて注油を行うタイミング注油方式に関するものである。 周知例4には,潤滑を効果的に行うため,通過し終わるまでの間にタイミングを も合わせて注油を行うことが記載されているが,これは周知技術2の一部をなすに す ぎず,その構成のみが独立して当該技術の持つ課題を解決するものではないか ら,上記構成をまとまりのある1個の技術として周知であると認定することはでき ない。 したがって,周知例4によって,周知技術2を認定することはできない。 (2) 相違点2の容易想到性 ア 以上のとおり,周知例3及び4によって周知技術2を認定することはできな いから,引用発明に周知技術2を適用することにより,相違点2に係る本件補正発 明を想到することが容易であるとはいえない。 イ 被告は,引用発明における注油タイミングは,噴射したオイルが,シリンダ のスワールに存在し,遠心力によって,シリンダの表面に分散されるタイミングを 意味することが明らかであるから,本件補正発明の注油タイミングと変わるもので ないと主張する。 し かし,前記2 (3)のとおり,引用発明はシリンダ油が最初にピストンリングに 接触することを意図したものであるから,ピストンが潤滑箇所を通過する前にシリ ンダ油をシリンダの表面上に分散されるようにする本件補正発明とは,技術的思想 として明らかに差異があり,被告の上記主張は失当である。 また,被告は,本件補正発明の特許請求の範囲には「ピストンリング手段がシリ ンダの噴射ノズルが取付けられるリング領域を通過する直前の段階で,潤滑油を噴 射する」とは記載されていないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づ くものではないとも主張する。 特許請求の範囲の文言自体は,必ずしも明確ではないが,本件補正発明は,前記 1のとおり,シリンダ油を特定の時間に各部に供給し,そのシリンダ油は,ピスト ンが上方向に移動する際,ピストンが潤滑箇所を通過する前にシリンダの表面上に 分散されるようにして,シリンダ周面上にオイルを一層良く分散させ,オイルをよ り有効に利用することができるとともに,シリンダ寿命とオイル消費との関係を期 待どおり改善することができるというものであるから,ピストンリング手段が前記 シリンダの前記リング領域を通過する直前の段階でオイルミスト噴射を起動させる ように制御手段が作動可能なものであると解することができる。したがって,被告 の上記主張は理由がない。 (3) 小括 以上のとおりであるから,引用発明に周知技術2を適用することにより,相違点 2に係る本件補正発明を想到することが容易であるとした本件審決の判断は,誤り である。 4 取消事由3(相違点3に係る判断の誤り)について (1) 周知例5及び6について ア 周知例5(甲9) 周知例5に記載された技術は,内燃機関用シリンダライナの同期注油装置におい て,注油器から吐出されたシリンダ油を,一旦,蓄圧室に蓄え,機関1回転ごと に,シリンダ内圧の最低時期にのみ,シリンダ内圧と蓄圧器内圧の圧力差によっ て,注油管及び注油金具の内部に充満されていたシリンダ油の一部分がシリンダ内 に給油されるものである。そして,その際,注油孔を上方に向けて傾斜させ,シリ ンダ内への開口部の位置を注油金具よりも高いところにして注油金具の内部の通油 路が常に油で充満されるようにすることにより,シリンダ油の吐出量や吐出時期が 規則的であり,極めて優れた効果を奏するものである。 そうすると,周知例5において,注油孔を上方に向けて傾斜することは,そのシ リンダ内への開口部の位置を注油金具よりも高くするためのものであり,しかも, シリンダ内圧の最低時期にのみ,シリンダ内圧と蓄圧器内圧の圧力差によって,注 油管及び注油金具の内部に充満されていたシリンダ油の一部分をシリンダ内に給油 する構造が前提とされているものである。 したがって,周知例5は,本件審決がいうような近接して位置するノズルよりも 高い位置にシリンダ油を噴射することまでをも意図したものではないから,周知例 5によって,周知技術3を認定することはできない。 イ 周知例6(甲5) 周知例6は,アキュームレータ式タイミング注油装置に関し,アキュームレータ 部(蓄圧のための機構)圧力とシリンダライナ内面の注油溝部の圧力との差圧によ って作用する注油装置であるところ,注油孔は,シリンダライナとピストン頭部と の間でピスンリングによって画成される空間に向けて,逆止弁から紙面右側に向け て次第に高くなる傾斜通路とされている様子がうかがえるだけで,近接して位置す るノズルよりも高い位置にシリンダ油を噴射することまでは記載されていない。 そして,周知例6における注油装置は,前記周知例5に記載された蓄圧器内圧と シリンダ内圧との圧力差によって作用する注油装置と同じであり,また,注油孔の 構成も,周知例5記載の技術における注油孔と同様のものと認められるので,その 注油孔の作用も,周知例5と同様のものであると解される。 そうすると,周知例6は,周知例5と同様に,これにより周知技術3を認定する ことはできない。 ウ 以上のとおり,周知例5及び6によって,周知技術3を認めることはできな い。 な お,引用例には,従来技術として,前記2 (1)エのとおり記載されている。そ うすると,周知例5及び6記載の技術は,引用発明の解決しようとする課題を有す る従来技術そのものと認められるから,上記従来技術の注油装置の機序を前提とし た構成を引用発明に採用する動機付けがない。 (2) 周知例7について ア 周知例7(甲8) 周知例7に記載された技術は,シリンダ注油を行う内燃機関において,注油孔か らシリンダ油が飛び出してシリンダ内面に有効に広げることができないという課題 を解決するため,注油孔のシリンダ内面への開口を同シリンダ内面に対して接線方 向に開口させるよう形成することにより,注油孔の開口から送出された潤滑油がシ リンダ内面に沿って運動するためシリンダ内面から離れることがなく,また,水平 方向に対して上下のいずれにも向けられるものであることが認められる。 そうすると,周知例7は,注油孔の開口から送出されたシリンダ油がシリンダ内 面に沿って運動するためシリンダ内面から離れることがなく,シリンダ内面に広が るのであるから,燃焼室に油を霧状に噴霧することを意図したものではないと解さ れる。また,シリンダ油が飛び出す際の方向については,シリンダ内面に対してほ ぼ接線方向であるとはいえても,鉛直方向については,上下水平方向のいずれも可 能とされているから(第5図,第6図),近接して位置するノズルよりも高い位置 に噴射することまで意図したものではない。さらに,注油孔の開口が斜めに配置さ れた場合には,ピストンのピストンリングの上下の空間が開口を介して連通し,圧 力の高い上側の気体が圧力の低い下側に抜け出てしまうので,開口から上方向にシ リンダ油が円滑に噴射されることにはならない。 したがって,周知例7は,「近接して位置するノズルよりも高い位置に潤滑油を 噴射すること」の可能性があるというに止まるものであって,注油噴霧を行うこと も,スワールによるシリンダ油の運搬が行えるように燃焼室にシリンダ油を供給す ることを意図したものでもない。 イ 以上のとおり,周知例7により周知技術3の存在が認められたとしても,相 違点3に係る構成を示唆するものではないから,これを引用発明に適用する動機付 けがない。 しかも,前記2のとおり,引用発明は,ピストンリングが注油孔を通過する時の み注油孔からシリンダ油が吐出され,潤滑油がピストンリングに直接当たることに よる潤滑を意図したものであって,直接潤滑に対して副次的に生じるスワールによ る潤滑作用があったとしても,直接潤滑に代わり得るものではない。そうである以 上,引用発明において,注油噴霧をスワールにのって円周方向に移動するために, ピストンリング上ではなく,シリンダ内のスワール中に噴霧することは,引用発明 が本来意図している直接潤滑を困難ならしめ,解決しようとする課題の解決をも期 することができなくなるものであって,引用発明において近接して位置するノズル よりも高い位置に潤滑油を噴射することには,阻害要因がある。 (3) 小括 以上のとおりであるから,引用発明に周知技術3を適用して相違点3に係る本件 補正発明の構成を想到することが容易であるとした本件審決の判断は,誤りである。 5 結論 したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件補正発明は,本件審 決が引用した引用例及び周知例に基づいてこれを容易に想到することができたとい うことはできない。 以上の次第であるから,本件補正を却下した本件審決は取り消されるべきもので ある。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 土 肥 章 大 裁判官 部 眞 規 子 裁判官 齋 藤 巌 |