審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10276審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10108審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10299審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10282審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10235審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10020号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年1月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成24年(行ケ)第10020号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年1月17日 判 決 原 告 パナソニック株式会社 同訴訟代理人弁護士 松 葉 栄 治 同 弁理士 中 川 文 貴 永 井 秀 男 被 告 Y 主 文 1 特許庁が無効2011−800043号事件につい て平成23年12月12日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文1項と同旨 第2 事案の概要 本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,原告の後記2の本件発明に係 る特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が当該特許を無効とし た別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記 4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成16年12月15日,発明の名称を「発光装置」とする特許出 願(特願2004−363534号。国内優先権主張日:平成16年4月27日, 同年6月21日,同月30日)をし,平成20年5月23日,設定の登録(特許第 4128564号。請求項の数13)を受けた(甲1)。以下,この特許を「本件 特許」といい,本件特許に係る明細書(甲1)を,図面を含め,「本件明細書」と いう。 (2) 被告は,平成23年3月15日,本件特許の請求項1,2,4及び6ないし 13に係る発明について,特許無効審判を請求し,無効2011−800043号 事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成23年12月12日,本件特許の請求項1,2,4及び6な いし13に係る発明についての特許を無効とする旨の本件審決をし,同月22日, その謄本が原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲の請求項1,2,4及び6ないし13に記載の発明は, 次のとおりである(以下,それぞれ「本件発明1」「本件発明2」「本件発明4」 「本件発明6ないし13」といい,また,これらを総称して,「本件発明」とい う。)。なお,文中の「/」は,原文における改行箇所を示す。 【請求項1】蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備え,前記発光素子は,360 nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有し,前記蛍光体は,前記発光 素子が放つ光によって励起されて発光し,前記蛍光体が放つ発光成分を出力光とし て少なくとも含む発光装置であって,/ 前記蛍光体は,/Eu2+で付活され,かつ, 600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は 酸窒化物蛍光体と,/Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の 波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体とを含み,/ 前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上で あることを特徴とする発光装置(以下,「Eu2+で付活され,かつ,600nm以 上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光 体」を「本件構成1」と,「Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm 未満の波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体」を 「本件構成2」と,「前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量 子効率が80%以上である」構成を「本件構成3」という。) 【請求項2】前記出力光は,前記発光素子が放つ発光成分を含む請求項1に記載の 発光装置 【請求項4】前記窒化物蛍光体は,組成式(M1−XEuX)2Si5N8で表される蛍 光体であり,前記Mは,Mg,Ca,Sr,Ba及びZnから選ばれる少なくとも 1つの元素であり,前記xは,式0.005≦x≦0.3を満たす数値である請求 項1に記載の発光装置 【請求項6】前記Mの主成分は,Sr又はCaである請求項3〜5のいずれか1項 に記載の発光装置 【請求項7】前記蛍光体は,420nm以上500nm未満の波長領域に発光ピー クを有する発光素子が放つ光によって励起されて発光する請求項1に記載の発光装 置 【請求項8】前記出力光は,相関色温度が2000K以上8000K以下の白色系 光である請求項1に記載の発光装置 【請求項9】前記蛍光体層は,Eu2+で付活され,かつ,420nm以上500n m未満の波長領域に発光ピークを有する青色蛍光体をさらに含み,前記青色蛍光体 は,前記発光素子が放つ光によって励起されて発光する請求項1に記載の発光装置 【請求項10】前記青色蛍光体は,Eu2+で付活された窒化物蛍光体又は酸窒化物 蛍光体,Eu2+で付活されたアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体,Eu2+で付活 されたアルミン酸塩蛍光体,及び,Eu2+で付活されたハロ燐酸塩蛍光体から選ば れる少なくとも1つの蛍光体である請求項9に記載の発光装置 【請求項11】前記青色蛍光体は,360nm以上420nm未満の波長領域に発 光ピークを有する発光素子が放つ光によって励起されて発光する請求項9に記載の 発光装置 【請求項12】前記発光装置の出力光は,相関色温度が2000K以上12000 K以下の白色系光である請求項9に記載の発光装置 【請求項13】前記発光装置の出力光は,R1〜R15の特殊演色評価数の数値が それぞれ80以上の白色系光である請求項9に記載の発光装置 3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,要するに,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,いわゆ る実施可能要件(特許法36条4項1号)に違反する,というものである。 4 取消事由 実施可能要件に係る判断の誤り (1) 「前記蛍光体の内部量子効率」に係る解釈の誤り (2) 内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤り 第3 当事者の主張 〔原告の主張〕 1 「前記蛍光体の内部量子効率」に係る解釈の誤りについて (1) 特許請求の範囲の記載について ア 本件審決は,本件構成3の「前記蛍光体の内部量子効率」について,「前記 蛍光体」とは,本件構成1の蛍光体(赤色光を放つ蛍光体であり,以下,このよう な蛍光体を総称して,「赤色蛍光体」という。)及び本件構成2の蛍光体(緑色光 を放つ蛍光体であり,以下,このような蛍光体を総称して,「緑色蛍光体」とい う。)のそれぞれの内部量子効率が80%以上であると解するのが相当であるとす るが,「前記蛍光体の内部量子効率」とは,蛍光体層中にある,本件構成1の赤色 蛍光体及び本件構成2の緑色蛍光体を含む,蛍光体全体としての内部量子効率を意 味することは,特許請求の範囲の記載から明白である。 すなわち,本件構成3における「前記蛍光体」という文言が,本件構成1及び2 における「前記蛍光体」を受けていることは文理上当然であるから,本件構成3に おける「前記蛍光体」は,赤色蛍光体及び緑色蛍光体を含む蛍光体全体を指すこと は明確であるというべきである。 イ 当業者は,「内部量子効率」について,蛍光体に吸収された励起光の光子数 と,蛍光体から放射される蛍光の光子数との比を意味すると理解するものである。 複数の蛍光体からなる蛍光体全体について,「これらの蛍光体」と呼ぶことは特 に不自然ではない一方,本件明細書には,それが蛍光体それぞれの内部量子効率で あることを意味するような格別の記載は存在しない。 また,個々の蛍光体であっても,それらを混合した蛍光体の場合であっても,内 部量子効率の測定法は同一である。 (2) 本件明細書の記載について ア 本件構成3は,特許請求の範囲の記載において,文言上,蛍光体全体の内部 量子効率を意味することは明確であるが,本件明細書の記載を参酌するとしても, 同様に解することができる。 イ 本件明細書の記載において,内部量子効率が80%以下の蛍光体であっても, 高い内部量子効率の蛍光体とされている。本件発明1の高い光束と高い演色性とを 両立する発光装置を提供するという効果を得るためには,本件構成1及び2の各蛍 光体がそれぞれ高い内部量子効率を有する必要があること自体は本件審決のとおり であるが,そのことから直ちに赤色蛍光体の内部量子効率が80%以上必要である と解することはできない。 ウ 本件明細書の実施形態5においては,【図12】ないし【図14】に開示さ れた赤色蛍光体を用いる旨が明記されているが,これらの内部量子効率は80%以 下である。本件明細書の「・・・80%以上とすることが好ましい」との記載 (【0068】)は,より好適な構成を示しているにすぎず,当該記載について, 当業者が,本件構成1の赤色蛍光体の内部量子効率が80%以上でなければならな いなどと解することはあり得ない。一般的に,明細書における実施形態の記載に基 づいて特許請求の範囲の記載を限定解釈すること自体,相当ではないが,それを超 えて,実施形態中の好適な構成にさらに限定して解釈することは,明らかに不当で ある。 (3) 本件明細書の実施例における蛍光体の内部量子効率について ア 蛍光体全体の内部量子効率は,蛍光体に吸収される励起光の光子数と蛍光体 から放射される蛍光の光子数との比を意味するが,赤色蛍光体及び緑色蛍光体に吸 収される光子数の比が判明すれば,蛍光体全体の内部量子効率も明らかとなる。赤 色蛍光体及び緑色蛍光体に吸収される光子数の比は,赤色蛍光体の総表面積と緑色 蛍光体の総表面積との比であると解される。 イ 本件明細書の実施例における各蛍光体の内部量子効率及び粒径に基づいて蛍 光体全体の内部量子効率を計算すると,実施例1では80%,実施例3では84% となる。 被告が主張する近似計算による蛍光体の比重に基づいて計算した場合,実施例3 の混合蛍光体の内部量子効率は83.3%となるから,被告自ら,実施例3の混合 蛍光体の内部量子効率が80%以上であることを認めているというべきである。 (4) 小括 以上によると,本件構成3における「前記蛍光体の内部量子効率」とは,蛍光体 層中にある本件構成1の赤色蛍光体及び本件構成2の緑色蛍光体を含む,蛍光体全 体としての内部量子効率を意味するというべきであって,それぞれの蛍光体につい て80%以上の内部量子効率が必要であるとして,実施可能要件を充足しないとし た本件審決の判断は誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 特許請求の範囲の記載について 本件構成3における「前記蛍光体の内部量子効率が80%以上」とは,文言上, 赤色蛍光体及び緑色蛍光体のそれぞれの内部量子効率が80%以上であると解する のが相当であって,本件審決の判断に誤りはない。 (2) 本件明細書の記載について ア 原告は,本件特許に係る訂正審判請求において,訂正事項が本件明細書の実 施形態5の記載に基づくものであるとするところ,本件明細書の実施形態5に係る 「これらの蛍光体の内部量子効率が80%以上」との記載からすると,原告自らが 本件構成1及び2の各蛍光体のそれぞれにつき,内部量子効率80%以上が必要で あることを認めたものというべきである。 イ 本件明細書には,「前記蛍光体の内部量子効率」が蛍光体全体としての内部 量子効率を意味することや,複数種類の蛍光体を含む蛍光体全体としての内部量子 効率の算出方法,技術的意義などについて何ら記載されておらず,本件構成3につ いて,蛍光体全体の内部量子効率を意味すると解すべき根拠となる記載はないとい うほかない。 特に,本件構成1及び2の各蛍光体の製造条件等のみならず,「蛍光体全体」の 製造条件,「蛍光体全体」の製造条件が「蛍光体全体の内部量子効率」にどのよう に関係するか等について十分な開示のない本件明細書の記載からすると,「前記蛍 光体の内部量子効率」を「蛍光体全体の内部量子効率」と解する余地はない。 ウ 本件構成3の「前記蛍光体の内部量子効率」について,各蛍光体がそれぞれ 80%以上という高い内部量子効率を有することを意味すると解すべきことは,本 件明細書の記載(【0008】【0012】【0020】〜【0026】【005 4】〜【0061】【0068】)と整合するものである。 特に,本件明細書には,本件発明が,紫色発光素子を用いて複数種類の蛍光体を 励起させる白色発光装置を構成した場合,色バランスとの兼ね合いから,発光装置 を構成する蛍光体の中に,内部量子効率の低い蛍光体が1つでもあると出力光の強 度も低くなり,高光束の白色系光を得ることができないという課題を解決するため に,赤色蛍光体及び緑色蛍光体を組み合わせることにより,高い光束と高い演色性 とを両立する発光装置,特に,暖色系の白色光を放つ発光装置を提供するものであ ること,内部量子効率が高い蛍光体に吸収された発光素子の放つ光は,効率よく光 変換されて放出されるため,内部量子効率が高い蛍光体を備えた発光装置は,光エ ネルギーを効率よく使用できること,高い光束を放つ発光装置を得るためには,蛍 光体層に実質的に含まれる蛍光体の中で,発光素子が放つ光励起下において最も内 部量子効率が低い蛍光体は内部量子効率(絶対値)が80%以上,好ましくは85 %以上,より好ましくは90%以上の蛍光体とすることが開示されているから,赤 色蛍光体及び緑色蛍光体のいずれについても,内部量子効率が80%以上であるこ とが必要であると解すべきである。 (3) 本件明細書の実施例における蛍光体の内部量子効率について 原告は,本件明細書の実施例1の混合蛍光体の内部量子効率について,赤色蛍光 体及び緑色蛍光体の比重が異なるにもかかわらず,同一の比重であると仮定して計 算しており,計算方法自体が誤りである。赤色蛍光体の比重は4.2,緑色蛍光体 の比重は4.8であるから,正確な比重に基づいて計算すると,実施例1の内部量 子効率は78.7%となり,本件構成3について蛍光体全体の内部量子効率が80 %以上であることを意味するという原告の主張を前提としても,実施可能要件を充 足するものではない。 また,仮に,実施例3の混合蛍光体の内部量子効率が80%以上であるとしても, 本件明細書には,実施例3に関し,実施例1における説明以上の記載や示唆はない から,実施例3の開示内容に基づいて,当業者が内部量子効率80%以上の混合蛍 光体を製造することができるか否かについて,不明であることに変わりはない。 (4) 小括 以上によると,本件構成3における「前記蛍光体の内部量子効率」とは,本件構 成1及び2の各蛍光体の個別の内部量子効率を意味するというべきであって,本件 審決に誤りはない。 2 内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて 〔原告の主張〕 (1) 本件明細書の開示内容について ア 前記1のとおり,本件構成3について,本件構成1及び2の各蛍光体の個別 の内部量子効率が80%以上であることを要求する本件審決の判断は誤りであるが, 本件明細書の記載及び技術常識に照らせば,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光 体を容易に製造することができるから,赤色蛍光体についても内部量子効率80% 以上が必要であると解するとしても,本件発明1は容易に実施可能である。 イ 本件明細書には,内部量子効率80%以上の赤色蛍光体の例が直接記載され てはいないが,本件出願時の技術常識を踏まえれば,当業者は,内部量子効率80 %以上の赤色蛍光体を製造する方法を理解することができるというべきである。 本件明細書に開示されている赤色蛍光体は,実用化段階には至っていない研究段 階での試作品で,その内部量子効率は60ないし70%前後とされているが,当業 者であれば,研究段階の数値としては悪くないことを理解できるから,当該記載に 基づいて,当業者の技術常識である製造条件の最適化を行うことによって,80% 以上の内部量子効率の赤色蛍光体を容易に得ることが可能である。本件明細書にも, 製造条件の最適化が未了の状態における試作品の数値であることが明記されている から,当業者は,必要な内部量子効率を得るためには技術常識である最適化を実施 すればよいことを当然に理解するのであって,内部量子効率向上のための手法を特 に明示する必要はない。当業者であれば常識的に理解している事項についてまで, 全て記載しておかなければ実施可能要件を充足しないとすると,発明者に不可能を 強いることになり,不当である。 実際,本件特許の公開(平成18年2月16日)後間もない同年3月22日,内 部量子効率が86ないし87%であるCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体を製造し た旨の報告がされている。 ウ 蛍光体の製造条件の最適化とは,蛍光体の効率を低下させる要因(@結晶中 の不純物,A結晶格子の欠陥,B粒径,C発光中心となる付活剤の濃度など)の除 去を行うことを意味する。上記各因子は当業者の技術常識であって,特定の蛍光体 にのみ当てはまるような特殊な事項ではなく,一般に,付活中心による発光という メカニズムを有する蛍光体に共通する事項である。しかも,各因子はいずれも内部 量子効率の改善に資するものであって,相互に排他的なものではない。 エ 実施可能要件の充足性は,事柄の性質上,その可能性が存在することを立証 するほかない。過去の一時点における事実(実施が容易であったという事実)を現 時点において立証しようとする限り,どのような手段を使ったとしても絶対的な立 証は不可能であって,その可能性(蓋然性)が訴訟における証明度として十分か否 かが問題とされるべきである。 本件出願当時,内部量子効率80%以上の赤色蛍光体が製造可能であったことは, 本件発明の技術分野の専門家である徳島文理大学理工学部ナノ物質工学科准教授國 本崇作成の見解書(甲12)及び明治大学理工学部電気電子生命学科准教授三浦登 作成の見解書(甲14。以下,上記各見解書を総称して,「本件見解書」とい う。)からも明らかである。 (2) 小括 以上によると,仮に,本件構成3について,本件構成1及び2の各蛍光体の個別 の内部量子効率が80%以上であることが必要であると解するとしても,本件明細 書の記載及び技術常識に基づいて,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体を容易 に製造することが可能であるから,このような赤色蛍光体が製造できないことを理 由に実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 本件明細書の開示内容について ア 本件発明が属する化学的材料の分野では,多くの不確実な要因が相互に関係 するから,発明の対象とされる物を製造するためには,少なくとも具体的な製造条 件等の開示が必要である。 本件明細書の赤色蛍光体の製造方法の記載(【0157】)は極めて抽象的であ って,本件明細書は,内部量子効率80%以上の赤色蛍光体が製造できる可能性が あることを言及するにすぎず,具体的な製造条件の因子の開示すらされていない製 造条件の最適化によって,当業者が製造可能であると解することはできない。 原告が主張するとおり,本件明細書に開示されている赤色蛍光体が研究段階での 試作品であり,本件構成3における80%以上という内部量子効率の数値が実際に 得られた特性値ではなく,単なる目標値を設定しているにすぎないのであるならば, 本件発明1は未完成発明であるというほかない。 イ 本件明細書の【図12】ないし【図14】には,内部量子効率が60%ない し70%程度の赤色蛍光体しか得られないことが開示されているから,当業者が, 当該開示内容を超えて,あえて内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造する試 みを行うとは想定し得ない。 また,本件発明1の目的である高光束かつ高演色の発光装置を実現するためには, 蛍光体の内部量子効率が80%以上であることが望ましいことは推測できるものの, 80%未満だと上記目的が実現できない具体的理由は本件明細書には開示されてい ないから,内部量子効率が80%以上であることの臨界的意義は不明である。 したがって,高光束かつ高演色の発光装置を実現するために望ましい希望条件を, 特定の数値をもって特許請求の範囲の記載に取り込んだにすぎない本件発明1につ いて,当該数値の意味を明らかにせず,具体的な製造条件等について開示していな い本件明細書は,到底,実施可能要件を満たすものではない。 ウ 本件明細書の記載内容及び原告が技術常識であると主張する製造条件をもっ てしても,当業者が,内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を容易に製造すること はできない。 本件明細書には,単に,「製造条件の最適化」と記載されているのみであり,ど の工程において,どのような条件の処理等を行えばよいのか等,内部量子効率特性 をコントロールするための具体的なポイントが開示も示唆もされておらず,当業者 でも,具体的にどのような最適化を実施すればよいのか,想像すらできない。 原告が主張する各因子は,本件明細書には何ら記載されていないし,そのほかに も考慮すべき因子は存在するから,本件発明の赤色蛍光体についてどの因子が重要 で,どの因子が重要でないかは,当業者でも当然に理解できるものではない。 窒化物蛍光体及び酸窒化物蛍光体には,化学組成により様々な結晶構造を有する 蛍光体が存在するから,様々な種類の蛍光体の製造に当たり,確実に内部量子効率 の向上をもたらす普遍的な製造方法は知られていない。原告が主張する種々の最適 化方法のうち,いずれの方法を採用するかは,蛍光体化合物の種類により異なる。 エ 本件見解書は,いずれも本件出願後に作成されたものであって,しかも,本 件発明の技術分野に特化した学者による,主として理論的な考察のみに基づく意見 にすぎず,いずれも内部量子効率を高める要因とその可能性について説明するだけ で,赤色蛍光体について80%以上の内部量子効率が得られることが自明であるこ とに関する説明は一切存在しないし,実施可能要件を判断する前提となる「当業 者」の意義自体についても誤りがあるから,実施可能要件を充足することの裏付け とはならない。 (2) 小括 以上によると,本件明細書の記載及び技術常識に基づいて,内部量子効率が80 %以上の赤色蛍光体を容易に製造することができないことを理由に実施可能要件を 充足しないとした本件審決の判断に誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 本件発明について 本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件 明細書(甲1)には,おおむね次の記載がある。 (1) 技術分野 本件発明は,窒化物蛍光体と発光素子とを組み合わせてなる発光装置,特に,暖 色系の白色光を放つ発光装置に関する発明である(【0001】)。 (2) 従来技術 従来,波長360nm以上420nm未満の近紫外〜紫色領域に発光ピークを有 する発光素子(紫色発光素子)又は波長420nm以上500nm未満の青色領域 に発光ピークを有する発光素子(青色発光素子)と,上記各発光素子が放つ光によ って励起する蛍光体とを組み合わせてなる発光装置が存在した。 上記紫色発光素子を用い,かつ,高い光束と高い演色性とを両立させる発光装置 において,暖色系の白色光を放つ発光装置としては,La2O2S:Eu3+蛍光体や Y2O2S:Eu3+蛍光体等の赤色系光を放つ酸硫化物蛍光体を多用した発光装置が ある。また,白色光を放つ発光装置として,酸硫化物蛍光体と,Eu2+で付活され たアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体等の緑〜黄〜橙色系光を放つ蛍光体とを組 み合わせて用いた発光装置や,さらにEu2+で付活されたアルミン酸塩蛍光体等の 青色系光を放つ蛍光体を組み合わせた発光装置もある(【0004】)。 (3) 発明が解決しようとする課題 従来の発光素子と蛍光体とを備えた発光装置には,高い光束と高い演色性とを両 立させるものが少ない。また,暖色系の白色光を放つ発光装置の開発が期待されて いる(【0007】)。 本件発明は,このような課題を解決し,高い光束と高い演色性とを両立する発光 装置,特に,暖色系の白色光を放つ発光装置を提供することを目的とする(【00 08】)。 (4) 発明の効果 本件発明は,本件構成1及び2の赤色蛍光体及び緑色蛍光体と,360nm以上 500nm未満の波長領域に発光ピークを有する発光素子とを組み合わせることに より,高い光束と高い演色性とを両立する発光装置,特に,暖色系の白色光を放つ 発光装置を提供できるという効果を奏する(【0010】【0012】)。 (5) 発明を実施するための最良の形態 ア 赤色蛍光体及び緑色蛍光体,特に,緑色蛍光体は,波長360nm以上42 0nm未満の近紫外〜紫色領域に発光ピークを有する紫色発光素子の励起下におけ る内部量子効率だけでなく,波長420nm以上500nm未満の青色領域に発光 ピークを有する青色発光素子の励起下における内部量子効率も高く,良好なものは 90ないし100%である(【0013】【図12】〜【図18】)。 従来,紫色発光素子と組み合わせて多用されているLa2O2S:Eu3+赤色 イ 蛍光体の内部量子効率及び外部量子効率は,励起スペクトルのピークが380nm 以上420nm未満の紫色領域では,励起波長の増加とともに急激に低下する (【0020】)。Y2O2S:Eu3+赤色蛍光体も同様である(【0021】)。 これらの蛍光体は,波長380nm以上420nm未満の紫色領域に発光ピーク を有する発光素子の放つ光を高い変換効率で赤色光に波長変換することが,材料物 性上困難な蛍光体である(【0022】)。 このような酸硫化物系の赤色蛍光体と紫色発光素子とを用いて,高光束の発光装 置を得ることは困難である(【0023】)。 紫色発光素子を用いて複数種類の蛍光体を励起させる白色発光装置を構成した場 合,色バランスとの兼ね合いから,その出力光の強度は,内部量子効率が最も低い 蛍光体の内部量子効率と相関関係があり,発光装置を構成する蛍光体の中に,内部 量子効率の低い蛍光体が1つでもあれば,出力光の強度も低くなり,高光束の白色 系光を得ることはできない(【0024】)。 ウ 内部量子効率が高い蛍光体に吸収された発光素子の放つ光は,効率よく光変 換されて放出され,蛍光体に吸収されなかった発光素子の放つ光は,そのまま放出 される。そのため,360nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有す る発光素子と,その発光素子の放つ光の励起下において内部量子効率が高い本件構 成1及び2の赤色蛍光体及び緑色蛍光体とを備えた発光装置は,光エネルギーを効 率よく使用できるため,高光束かつ高演色の発光装置とすることができる(【00 26】)。 他方,上記波長領域に発光ピークを有する発光素子と,その発光素子の放つ光の 励起下において内部量子効率が低い蛍光体とを備えた発光装置は,発光素子が放つ 光エネルギーを効率よく変換できないために,光束が低い発光装置となる(【00 27】)。 (6) 実施形態5 本件構成1の赤色蛍光体として,SrAlSiN3:Eu2+赤色蛍光体等が用 ア いられる(【0058】【図13】)。 このような赤色蛍光体を用いて構成された発光装置は,暖色系発光成分の強度が 強く,特殊演色評価数R9の数値が大きくなる(【0060】)。 本件構成2の緑色蛍光体として,(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+緑色蛍光 イ 体又は(Sr,Ba)2SiO4:Eu2+黄色蛍光体等が用いられる(【0059】 【図15】【図16】)。 このような緑色蛍光体を用いた発光装置は,出力光に含まれる緑色系の発光強度 が強くなり,演色性が向上し,また,緑色系光は視感度が高く,光束はより高くな る(【0065】)。 上記黄色蛍光体を用いた発光装置は,出力光に含まれる黄色系の発光強度が強く なり,演色性が向上し,特に温色系又は暖色系の発光を放つ発光装置を提供でき, 黄色系光は比較的視感度が高く,光束は高くなる(【0066】)。 蛍光体層に実質的に含まれる蛍光体の中で,発光素子が放つ光の励起下におい て,最も内部量子効率が低い蛍光体の内部量子効率は,80%以上とすることが好 ましい(【0068】)。 (7) 実施例1 実施例1では,最大内部量子効率が60%のSrAlSiN3:Eu2+の赤色 ア 蛍光体と,同91%の(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+の緑色蛍光体の2種類を重 量割合約1:10で混合して蛍光体層を形成する(【0101】)。 イ 実施例1の発光装置は,470nm付近と600nm付近に発光ピークを有 する白色光,すなわち,青色系光と黄色系光の混色によって白色光を放つ(【01 05】)。 ウ 実施例1により,白色光の相関色温度が3000K以上5000K以下,好 ましくは3000K以上4500K以下,より好ましくは3500K以上4000 K以下の発光装置を作製した場合に,高い光束と高いRaを両立する発光装置を得 られることが判明した(【0113】)。 (8) 実施例3 実施例3では,最大内部量子効率60%のSrAlSiN3:Eu2+の赤色蛍 ア 光体と,同97%の(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+の緑色蛍光体と,同約100 %のBaMgAl10O17:Eu2+の青色蛍光体の3種類を重量割合約6:11:3 0で混合して蛍光体層を形成する。SrAlSiN3:Eu2+の赤色蛍光体は,製造 条件が未だ最適化されていないために,内部量子効率は低いが,今後製造条件の最 適化により,1.5倍以上の内部量子効率の改善が可能である(【0127】)。 イ 実施例3の発光装置は,405nm付近,450nm付近,535nm付近 及び625nm付近に発光ピークを有する白色系の光,すなわち,紫色光,青色 光,緑色光及び赤色光の混色によって白色光を放つ(【0131】)。 ウ 実施例3は,蛍光体の製造条件が最適化されておらず,最大内部量子効率が 60%と性能の低い赤色蛍光体を用いているにもかかわらず,ほぼ等しい光色(相 関色温度,duv及び色度)の条件下で,比較例2よりも相対光束が17%高い白 色系光を放った。比較例2で用いた赤色蛍光体の最大内部量子効率は83%であ り,発光装置の出力効率はさらに約20%改善される可能性はあるが,実施例3で 用いた赤色蛍光体の場合,最大内部量子効率は60%であり,発光装置の白色出力 はさらに約65%以上改善できる余地がある。すなわち,理論的にも,最終的に は,実施例3の発光装置の材料構成の方が高い光束の白色系光を放つことになる (【0135】)。 エ 実施例3により,出力光の相関色温度が2500K以上12000K以下, 好ましくは3500K以上7000K以下の発光装置を作製した場合に,高い光束 を示すことが判明した(【0139】)。 オ 【表4】に示した赤色蛍光体の製造方法について説明する。グローブボック スと乳鉢等を用いて,【表4】に示した所定の化合物を乾燥窒素雰囲気中で反応促 進剤(フラックス)を用いずに混合し,混合粉末を得た。次に,混合粉末をアルミ ナルツボに仕込み,温度800ないし1400℃の窒素雰囲気中で2ないし4時間 仮焼成した後,温度1600ないし1800℃の窒素97%,水素3%の雰囲気中 で2時間本焼成して,赤色蛍光体を合成した。本焼成後の蛍光体粉末の体色は橙色 であった。本焼成の後,解砕,分級,洗浄,乾燥の所定の後処理を施し,赤色蛍光 体を得た(【0157】【表4】)。 カ 【表5】に示した緑色蛍光体及び黄色蛍光体の製造方法について説明する。 まず,乳鉢を用いて所定の化合物を大気中で混合して得た混合粉末をアルミナツボ に仕込み,温度950ないし1000℃の大気中で2ないし4時間仮焼成した後, 塩化カルシウム粉末3.620グラムをフラックスとして添加して混合する。その 後,温度1200ないし1300℃の窒素97%,水素3%の雰囲気中で4時間本 焼成して緑色蛍光体及び黄色蛍光体を合成した。本焼成後の蛍光体粉末の体色は緑 〜黄色であった。本焼成の後,解砕,分級,洗浄,乾燥の所定の後処理を施し,緑 色蛍光体及び黄色蛍光体を得た(【0158】【表5】)。 2 「前記蛍光体の内部量子効率」に係る解釈の誤りについて (1) 特許請求の範囲の記載について ア 本件発明1に係る発光装置は,「蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備 え」るものであるところ,特許請求の範囲の請求項1は,蛍光体に関し,以下のと おり記載されている。 (ア) 「前記蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて発光し」 「前記蛍光体は,Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未 (イ) 満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体と,Eu2+で 付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有する アルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体とを含み」 (ウ) 「前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が8 0%以上である」 イ 前記ア(ア)ないし(ウ)の各記載における「前記蛍光体」が,いずれも請求項 1の「蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備え」における「蛍光体」を意味する ことは,文理上明らかである。そうすると,当該「蛍光体」が,「窒化物蛍光体又 は酸窒化物蛍光体」(赤色蛍光体)及び「アルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体」 ( 緑色蛍光体)を含むものであり,これら赤色蛍光体及び緑色蛍光体を含む当該 「蛍光体」において,内部量子効率が80%以上のものであると特定されているこ とは,請求項1の記載から,文言上,明らかであるというべきである。 (2) 本件明細書の記載について ア 本件明細書【0013】には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体は,360nm以 上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する発光素子の励起光下における内 部量子効率が高いものであることが記載されている。 また,本件明細書には,実施形態1ないし5が記載されており,その内容からす ると,本件発明1に対応するものは実施形態5(【0055】〜【0068】)で あると解されるところ,実施形態5にも,上記と同様の事項が記載されている (【0058】【0059】)。【図12】ないし【図17】には,上記蛍光体の 内部量子効率を含む各特性が開示されているが,【図15】ないし【図17】によ り開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるものの,【図1 2】ないし【図14】により開示されている赤色蛍光体の内部量子効率は80%未 満である。 さらに,本件明細書の実施例1では,最大内部量子効率が60%のSrAlSi N3:Eu2+赤色蛍光体と,同91%の(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+緑色蛍光 体の2種類を用いた例が開示され,実施例3では,同60%のSrAlSiN3:E u2+赤色蛍光体と,同97%の(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+緑色蛍光体と,同 約100%のBaMgAl10O17:Eu2+の青色蛍光体の3種類を用いた例が開示 されている。 そうすると,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体は,いずれも360n m以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する発光素子の励起光下におけ る内部量子効率が高いこと,具体的数値としては,緑色蛍光体の内部量子効率は8 0%以上であるのに対して,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であることが 記載されているものであって,本件審決のように,本件構成3につき,個々の蛍光 体の内部量子効率がいずれも80%以上であることを必要とすると解すると,本件 明細書の記載と矛盾することになる。 他方,内部量子効率とは,蛍光体に吸収された励起光の量子数に対して,蛍光体 から放射される光の量子数の割合を意味する(本件明細書【0025】)から,複 数種類の蛍光体を含む蛍光体全体の内部量子効率は,含まれる蛍光体のそれぞれの 内部量子効率の値とその混合割合によって変化するものであり,赤色蛍光体の内部 量子効率が80%未満であったとしても,内部量子効率の高い緑色蛍光体の混合割 合を高くすることにより,蛍光体全体の内部量子効率を80%以上とすることがで きることは明らかである。 イ もっとも,本件明細書【0024】には,紫色発光素子を用いて複数種類の 蛍光体を励起させる白色発光装置を構成した場合,色バランスとの兼ね合いから, その出力光の強度は,内部量子効率が最も低い蛍光体の内部量子効率と相関関係が あり,発光装置を構成する蛍光体の中に,内部量子効率の低い蛍光体が1つでもあ れば,出力光の強度も低くなり,高光束の白色系光を得ることはできないことが記 載されているから,本件発明1の蛍光体の中に,内部量子効率が低い蛍光体が存在 することにより,直ちに高光束の白色系光を得ることができないのであれば,本件 構成3の内部量子効率が,個々の蛍光体の内部量子効率を意味するものと解する余 地はある。 しかしながら,本件明細書には,内部量子効率が最も低い蛍光体の内部量子効率 が具体的にどの程度低い値であれば,高光束の白色系光を得ることができないのか について明記されているわけではない。本件明細書の記載によれば,高光束の白色 系光を得るためには,内部量子効率が最も低い蛍光体の内部量子効率がある程度以 上の高い値である必要があることは理解できるものの,具体的数値については不明 である。 この点に関し,本件明細書には,本件発明1に対応する実施形態5において,最 も内部量子効率が低い蛍光体の内部量子効率は80%以上とすることが好ましい (【0068】)と記載されているが,当該記載は,文言上,80%以上とするこ とが必要であることを意味するものではない。前記のとおり,本件明細書には,赤 色蛍光体及び緑色蛍光体は,360nm以上500nm未満の波長領域に発光ピー クを有する発光素子の励起光下における内部量子効率が高いものであることが明記 されている(【0013】【0058】【0059】【図12】〜【図17】)か ら,赤色蛍光体の内部量子効率が80%未満であっても,緑色蛍光体と組み合わせ て用いることによって80%以上の内部量子効率を実現し,一定程度以上の高光束 の白色系光を得ることができるものというべきである。 ウ 本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用 できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されている(【0 013】【0058】【0059】【図12】〜【図17】)。 また,上記各蛍光体の製造方法も具体的に記載されているのみならず(【015 7】【0158】),これらの蛍光体を用いて実際に蛍光体層を形成し,発光装置 を製造した具体例として,実施例1及び3が記載されているところ,実施例1及び 3において,当該発光装置の発光特性が示され,高い光束と高い演色性とを両立す るものであることが開示されている。 実施例1及び3には,蛍光体全体の内部量子効率の具体的数値は明記されていな いが,被告の計算においても,実施例1では78.7%,実施例3では83.3% とされるものである。前記のとおり,蛍光体全体の内部量子効率は,含まれる蛍光 体のそれぞれの内部量子効率の値とその混合割合により変化するものであり,内部 量子効率の高い緑色蛍光体の混合割合を高くすることにより,容易に80%以上と することができることは明らかであるから,本件構成3の構成を有する蛍光体を, 当業者が容易に製造することができるというべきである。 エ 以上によると,本件構成3における「前記蛍光体の内部量子効率が80%以 上である」について,本件構成1の赤色蛍光体及び本件構成2の緑色蛍光体を含 む,蛍光体全体としての内部量子効率が80%以上であることを意味するものと解 することは,本件明細書の記載と矛盾するものではない。 (3) 被告の主張について ア 被告は,原告が訂正審判請求において訂正事項の根拠とする本件明細書の実 施形態5に,「これらの蛍光体の内部量子効率が80%以上」(【0055】)と 記載されていることから,原告も,本件構成3において,個々の蛍光体がそれぞれ 内部量子効率80%以上であることが必要であると自認している旨主張する。 しかしながら,前記のとおり,特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,「前 記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」とは,赤色蛍光体及び緑色蛍光体を 含む蛍光体全体の内部量子効率が80%以上であることを意味するものであり,本 件明細書の記載を参酌しても,同様に解されることからすると,実施形態に係る段 落において,「これらの」蛍光体の内部量子効率と記載されていることをもって, 直ちに各蛍光体の内部量子効率を意味するものと解することはできない。 また,証拠(甲11の1〜3)によると,原告は,本件特許に係る訂正審判請求 において,本件構成1の赤色蛍光体及び本件構成2の緑色蛍光体について,特定の 組成式や元素を含む蛍光体に減縮する訂正を求めるに当たり,当該訂正が本件明細 書の実施形態5に係る記載事項の範囲内であると主張しているにすぎず,当該訂正 は,個々の蛍光体について内部量子効率を検討すべきことを前提とするものではな いと認めるのが相当である。 イ 被告は,本件明細書には,「前記蛍光体の内部量子効率」が蛍光体全体とし ての内部量子効率を意味することや,複数種類の蛍光体を含む蛍光体全体としての 内部量子効率の算出方法,技術的意義などについて何ら記載されておらず,本件構 成3について,蛍光体全体の内部量子効率を意味すると解すべき根拠となる記載は ないというほかないし,むしろ,個々の蛍光体の内部量子効率と解する方が,本件 明細書の記載と整合すると主張する。 しかしながら,前記のとおり,特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,「前 記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」とは,赤色蛍光体及び緑色蛍光体を 含む蛍光体全体の内部量子効率が80%以上であることを意味するものであり,本 件明細書の記載を参酌しても,同様に解されるものである。 また,本件発明における内部量子効率の定義は,本件明細書の【0025】に記 載されており,その測定方法も,本件明細書の【0006】に記載されているもの であって,複数種類の蛍光体を含む場合も含めて,これらはいずれも本件出願時に おいて当業者に周知の事項であったというべきである。そして,複数種類の蛍光体 を含む場合における内部量子効率の技術的意義については,本件明細書の【002 6】【0060】に記載されているとおり,光エネルギーを効率よく出力すること ができることにあるといえる。 さらに,各蛍光体の製造方法については,本件明細書の【0157】【015 8】に記載されているところ,蛍光体全体の製造方法については,所定の内部量子 効率となるように,複数種類の蛍光体を所定の割合で混合すればよいとされている (本件明細書【0101】等)ことは明らかである。 なお,本件明細書【0054】には,被告が主張するとおり,「蛍光体層に実質 的に含まれる蛍光体の中で,発光素子が放つ光励起下において最も内部量子効率が 低い蛍光体は,内部量子効率(絶対値)が,80%以上,好ましくは85%以上, より好ましくは90%以上の蛍光体とする」と記載されているが,当該段落は,実 施形態1ないし4に関する記載であり,本件発明1に対応する実施態様5に係る記 載ではないから,被告の主張はその前提自体が誤りである。 ウ 被告は,原告による内部量子効率の計算は,各蛍光体の比重が同じであると 仮定して計算している点において誤りであり,被告の計算によれば,実施例1の蛍 光体の内部量子効率は78.7%にすぎないと主張する。 しかしながら,原告及び被告の計算は,いずれも粒子を真球とみなしているほか, 様々な条件(蛍光体の平均粒径,内部量子効率など)を仮定して行われているから, 各計算により得られた内部量子効率はあくまで計算上のものにすぎず,被告の計算 において,実施例1における内部量子効率が78.7%となったからといって,直 ちに本件発明1が実施不可能であると解することはできない。前記のとおり,蛍光 体全体の内部量子効率は,含まれる蛍光体のそれぞれの内部量子効率の値とその混 合割合により変化するものであるから,被告による計算でも80%に近似する78. 7%の内部量子効率を有する蛍光体を得ることが可能であることを裏付けている以 上,内部量子効率の高い緑色蛍光体の混合割合を高くすることによって,容易に内 部量子効率80%以上の蛍光体を得ることができるというべきである。 エ 以上のとおり,被告の前記主張はいずれも採用できない。 (4) 小括 よって,本件構成3における「前記蛍光体の内部量子効率」とは,蛍光体層中に ある本件構成1の赤色蛍光体及び本件構成2の緑色蛍光体を含む,蛍光体全体とし ての内部量子効率を意味するというべきである。 そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1について,当業者が実 施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものということができる から,本件発明1について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件 を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。 本件発明2,4,6ないし13についても同様である。 3 内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて (1) 実施可能要件について 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につ き独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容に ついて一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が実 施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をす ることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開され ていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提 を欠くことになるからであると解される。 そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為を いうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足す るためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要である が,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に 基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を 満たすということができる。 (2) 本件明細書の開示内容について ア 本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ 80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には, 内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。 確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体 及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含 めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効 率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したが って,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載さ れているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されて いないというほかない。 しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体 の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)など も含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については, 本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いもの しか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されてい るものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし 70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適 化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載され ている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子 効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。 イ 証拠(甲5,12〜17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件 の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと, 結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により, 蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周 知の事項であったと認められる。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色 蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法に おいて,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量 子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際, 証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量 子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が 発表されたことが認められる。 ウ 以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率 80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものという べきである。 (3) 被告の主張について ア 被告は,本件明細書の赤色蛍光体の製造方法の記載は極めて抽象的であって, 具体的な製造条件の因子の開示すらされていない製造条件の最適化によって,当業 者が製造可能であると解することはできないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,蛍光体の製造方法における製造条件の最適化につ いては,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる以上,具体 的な製造条件の因子が開示されていなかったとしても,当業者は蛍光体の製造方法 において,具体的にどのような因子について最適化を実施すればよいかは理解でき るものというべきである。 イ 被告は,本件明細書に内部量子効率が60%ないし70%程度の赤色蛍光体 しか得られないことが開示されている以上,当業者が,当該開示内容を超えて,あ えて臨界的意義が不明な内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造する試みを行 うとは想定し得ないと主張する。 しかしながら,本件明細書には,個々の蛍光体の内部量子効率が80%以上であ ることが望ましい旨の記載や研究段階における赤色蛍光体の内部量子効率が今後の 製造条件の最適化によって向上する旨の記載が存在するのみならず,蛍光体を用い た発光装置において個々の蛍光体の内部量子効率が高いことが好ましいことは技術 常識であるというべきであるから,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体 を製造する試みを行うことは自然である。 ウ 被告は,原告が主張する蛍光体の効率を低下させる因子は,本件明細書には 記載されておらず,そのほかの因子も存在するから,本件発明1の赤色蛍光体にお いて,どの因子が重要で,どの因子が重要でないかは,当業者でも理解できないし, 窒化物蛍光体及び酸窒化物蛍光体には,化学組成により様々な結晶構造を有する蛍 光体が存在するから,様々な種類の蛍光体の製造に当たり,確実に内部量子効率の 向上をもたらす普遍的な製造方法は知られていないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,原告が指摘する各因子がいずれも蛍光体の効率を 低下させるものであることは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと 認められるから,蛍光体を製造する際に,これらの因子について通常の試行錯誤を 行うことは当業者の通常の創作活動というべきであって,当業者にとって困難なこ とということはできない。また,蛍光体化合物の種類によって,いずれの最適化方 法を採用するかについて試行錯誤を行うことも,同様に,当業者の通常の創作活動 というべきである。 エ 以上のとおり,被告の上記主張はいずれも採用できない。 (4) 小括 よって,仮に,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ8 0%以上であることが必要であると解するとしても,本件明細書の発明の詳細な説 明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程 度の記載がされているものということができるから,本件発明1について,本件明 細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断 は誤りである。 本件発明2,4,6ないし13についても同様である。 4 結論 以上の次第であるから,本件審決は取消しを免れないものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 土 肥 章 大 裁判官 井 上 泰 人 裁判官 荒 井 章 光 |