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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10157号
審決取消請求事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年1月29日判決言渡 平成24年(行ケ)第10157号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成25年1月15日 判 決 原 告 中央発條株式会社 訴訟代理人弁理士 小 林 良 平 中 村 泰 弘 開 本 亮 市 岡 牧 子 谷 口 聡 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 佐 藤 陽 一 吉 水 純 子 瀬 良 聡 機 田 村 正 明 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた判決 特許庁が不服2010−28543号事件について平成24年3月21日にした 審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟 である。争点は,進歩性の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成15年3月26日の優先権を主張して,平成16年3月24日,名 称を「高強度ばねの製造方法」とする発明について国際特許出願(PCT/JP2 004/004106号,日本における出願番号は特願2005−504086号, 国際公開公報はWO 2004/085685 A1〔甲3〕請求項の数32) , をし, 平成22年4月7日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正をしたが (請求 項の数26,甲9) 拒絶査定を受けたので, , これに対する不服の審判請求をした(不 服2010−28543号)。 その中で原告は平成22年12月17日付で特許請求の範囲の変更を内容とする 補正(請求項の数26,甲13)をしたが,特許庁は,平成24年3月21日, 「本 件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年4月3日原 告に送達された。 2 本願発明の要旨 【請求項1】(本願発明) 「加熱工程後の冷却の際に,ばねの表面温度が265〜340℃となっており, ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態で,該ばねにショットピーニン グを施し,その後ばねを急冷することを特徴とする高強度ばねの製造方法。」 3 審決の理由の要点 (1) 引用例1(特公昭48−20969号公報,甲1)には,実質的に次の発 明(引用発明)が記載されていることが認められる。 「850℃で焼入540℃で焼戻後の冷却の際に,ばね鋼の温度が280℃とな っている状態で,該ばね鋼にショットピーニング加工を施すばねの製造方法。」 (2) 本願発明と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。 【一致点】 「加熱工程後の冷却の際に,ばねの温度が265〜340℃となっている状態で, 該ばねにショットピーニングを施すばねの製造方法」である点で一致し,次の点で 相違する。 【相違点イ】 本願発明では,ばねの温度が表面温度であるのに対して,引用発明では,表面温 度であるか否か不明である点 【相違点ロ】 ショットピーニングを施すとき,本願発明では,ばねの内部が表面よりも高い温 度となっている状態であるのに対して,引用発明では,ばねの内部が表面よりも高 い温度となっているか否か不明である点 【相違点ハ】 本願発明は,ショットピーニング後ばねを急冷するものであるのに対して,引用 発明は,急冷するものであるか不明である点 【相違点ニ】 本願発明では,ばねが高強度のものであるのに対し,引用発明では,高強度のも のであるか不明である点 (3)@ 相違点イについて 引用例1には,ショットピーニングを施す温度を200〜400℃(実施例では 280℃)と定めた理由について,ショットピーニング加工の加工速度に応じて, 最適のコットレル効果を出す青熱脆性温度である200〜400℃でショットピー ニングを施す必要があるためである旨記載されており(1欄29行〜2欄 6 行) こ , の記載によれば,ショットピーニング加工部を青熱脆性温度に加熱するためである ことが認められる。そして,ショットピーニングにおいて, 「加工層の深さは浅いの で,ショットピーニング後に切削などの加工を行うことは無意味であり,また,腐 食のためにこの層が失われてしまうと効果がなくなる。さらに加熱などを行うと, 表面層の圧縮残留応力が消えピーニング効果が失われ,表面にショットが残した表 面荒れの影響だけが残ることになって,かえって逆効果になってしまう。 という技 」 術常識によれば,ショットピーニングによって加工されるのは表面層に限られるか ら,引用発明が280℃としたばねの温度は,ショットピーニングで加工された表 面層温度,即ち,ばねの表面温度を規定したものと解するのが合理的である。した がって,相違点イは実質的な相違ではない。 A 相違点ロについて 引用発明において,ショットピーニングを施すのは,焼入焼戻後の冷却途中であ ることは明らかである。そして,鋼材を冷却する場合,表面から熱が奪われ冷却さ れることから,内部が表面より温度が高い状態となっていることが普通であると認 められる。そうすると,引用発明において,540℃での焼戻後の冷却の際に,2 80℃でショットピーニングを施すとき,ばねの内部が表面よりも高い状態になっ ていることは明らかである。したがって,相違点ロは実質的な相違ではない。 B 相違点ハについて 引用例2(特開昭63−267164号公報)は,ショットピーニングによる金 属の表面処理方法に関する発明について記載したものであるが,2頁左上欄12行 〜19行,4頁左上欄17行〜右上欄2行の記載によれば,ばね等の被処理品のシ ョットピーニング処理する場合,ショットピーニング後急冷した被処理品の残留応 力が,ショットピーニング処理後自然空冷したものの残留応力と比較して,30〜 50%向上することが認められる。また,2頁左上欄12行〜19行の記載によれ ば,ショットピーニング処理方法は,被処理品表面の加工硬化および残留応力によ って被処理品の疲労破壊強さを向上させることが認められ,4頁右上欄7行〜16 行の記載によれば,ショットピーニング後急冷した被処理品の疲労強度は,ショッ トピーニング処理のみを行ったものに比べ,向上することが認められる。 一方,引用例1の1欄19行〜28行には, 「常温でショットピーニング加工を施 したものに比し,疲れ強さなどばねの性能を簡単な手段で更に向上させようとする ものである」との記載があるから,引用発明も疲労強度の向上を目的としていると いえる。 そうすると,引用発明において,疲労強度の向上のために,ショットピーニング 後にばねを急冷することは,当業者が容易になし得ることである。 C 相違点ニについて 引用発明の「ばね」は,ばね用鋼であるSi−Mn鋼(SUP6又はSUP7) を用いたもので,焼入れ焼戻し状態で弾性限が高く,引張り強さが125(kg/ mm2)以上であり,自動車用板ばね,船用コイルばね,自動車用懸架ばねなどの 用途に使用するものであることが認められる。そうすると,その特性及び用途から みて,引用発明の「ばね」は,高強度のもの,すなわち「高強度ばね」であるとい うことができる。したがって,相違点ニは実質的な相違ではない。 第3 原告主張の審決取消事由(相違点ハに関する判断の誤り) 1 引用例2に記載の例では,確かに,ショットピーニング後急冷した被処理品 の疲労強度は,ショットピーニング処理のみを行ったものに比べ,向上している。 しかし,引用例2の例では表面温度が内部の温度よりも高い状態にあり,本願発 明におけるばねの状態とは逆であるから,引用例2の例を一般化して本願発明に適 用することは妥当ではない。すなわち,引用例2では, 「常に表面温度は内部の温度 より高い状態に維持される。(3頁左上欄2行〜3行)という状態となっている。 」 このような状態となる理由は,その直前の記載「本発明でもショット粒放出部(2)か らショット粒(S)が高速度で放出させられる。そして,ショット粒放出部(2)から放出 されたショット粒(S)が被処理品(X)に衝突させられると被処理品(X)の表面は永久変 形を起す。/その際の変形は圧縮を伴うため,気体,液体と同様に発熱,温度上昇 を招く。しかし,被処理品(X)の内部の温度は変形部の温度上昇に比較して低い。」 (2頁右下欄11行〜19行目)のとおりである。そして,引用例1と引用例2と は被処理品の状態が全く異なる(逆である)ため,単に「疲労強度の向上」という 漠然たる目的が一致しているのみで,引用例1に記載の発明に引用例2に記載の発 明を組み合わせる動機が生じ得ない。 「疲労強度の向上」という目的を記載した文献 は無数に存在し,ばねあるいはばね鋼に関する発明の目的のほとんどが「疲労強度 の向上」と言っても過言ではない。そのような無数に存在する「疲労強度の向上」 を目的とする文献の中で,当業者が,温度状態が全く逆である引用例2の例を参照 することはあり得ない。 なお,引用例2では, 「従来の技術」の欄において「ばね」に関する言及がある(2 頁左上欄13行目)ものの,実施例は歯車で行われている(3頁右上欄14行目, 第2図)ばねは, 。 そもそも変形することが予定されている機械部品であるのに対し, 歯車は変形が許されない機械部品であり,技術分野的に大きな違いがある。この点 によっても,当業者は引用例2を参照することはない。 2 また,物理的にも,(a)表面よりも内部の温度が高い状態でショットピーニン グを行い,その後急冷する場合と,(b)内部よりも表面の温度が高い状態でショット ピーニングを行い,その後急冷する場合とでは,その圧縮残留応力に及ぼす効果に おいて大きく異なる。すなわち,ショットピーニングという処理は,表面にショッ ト粒を高速で衝突させることにより表面に永久変形を生ぜしめ,そのような永久変 形を生じない内部との伸び量の差により,表面に圧縮の残留応力を生ぜしめるもの である。このようなショットピーニングの基本的原理を勘案すれば,本願発明のよ うに,表面の温度の方が低く,内部の温度の方が高い状態で表面に永久変形を生ぜ しめ,その後,表面と内部の双方の温度を下げて同一にすることにより,内部の方 がより大きく収縮し,表面の圧縮残留応力がより大きくなることは明らかである。 本願発明は,このような技術的思想から成されたものである。 一方,引用例2のように,表面の方が温度が高い状態でショットピーニングを行 うということは,圧縮残留応力を付与しようとする場合にあまり意味がない。引用 例2では,強力なショットピーニングを行うことにより表面温度が上昇したという こと(結果論)であり,表面と内部に温度差を設けるという技術的思想はない。本 願発明の「ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態で, とする技術的思 」 想は引用例2には存在しない。 3 ショットピーニングにより生じる処理対象物の温度上昇を計算すると,最大 に見積もっても約20℃でしかない上,小粒子は処理対象物の表面で反射すること から,その運動エネルギーの100%が熱に変わる訳ではなく,また,表面からの 放熱も考慮すると,温度上昇はその数分の 1 となると予測できる。 引用例2において「表面温度は50〜350℃に変化した。」 (3頁右下欄12行) と記載されているのは,処理対象物の熱容量が小さかったと考える他ない。引用例 2には,上記運動エネルギーと表面温度の関係を図表に表わすと第3図示のごとく 「 なり,比例関係が確認された。(3頁右下欄13〜15行)と記載されているが, 」 技術常識からして,温度が上がるほど表面からの放熱量も大きくなるため,このよ うな比例関係が生じるはずがなく,引用例2の記載事項の技術的信頼性は極めて低 いものである。 ショットピーニングにおける小粒子の運動エネルギーによる入熱(温度上昇)よ りも考慮すべきなのは,むしろ,ショットピーニングによる表面温度の低下であり, ショットピーニングにおいて処理対象物に投射される大量の小粒子は全て常温であ るため,上記で計算した運動エネルギーによる入熱以上に,大量の常温の小粒子と の接触により処理対象物からは熱が奪われる。 したがって, 「ショットピーニング中は表面温度が内部温度より高い,引用例2技 術と同様の状態になっている蓋然性が高いものである。とする被告の反論は自然法 」 則に反するものである。 4 したがって,審決が「・・・引用発明において,疲労強度の向上のために, ショットピーニング後にばねを急冷することは,当業者が容易になし得ることであ る。」との認定は誤りである。相違点(ハ)に関する容易想到性の判断の誤りは審決 の結論に影響を及ぼすから,審決は違法として取り消されるべきである。 第4 被告の反論 1 本願発明は,本願明細書(甲3)の記載(3頁17行〜25行)の記載によ ると,温間でショットピーニングを行った後,ばねを自然放冷すると,長い時間高 温に保持されている間に,折角付与された大きな圧縮残留応力が緩和されてしまう という課題を解決するために,ショットピーニングを行った後,すぐに急冷するこ とで,温間ショットピーニングにより付与された大きな圧縮残留応力をそのまま常 温まで保持するという技術思想によりなされたものである。 2 本願発明の特定事項である「ばねの内部が表面よりも高い温度となっている 状態で」については,平成22年12月17日付手続補正書(甲13)から明らか なとおり,補正により追加された事項であり,加熱工程後の冷却の際にショットピ ーニングを施すのであるから,ショットピーニング開始時には,外気に接する表面 が内部より早く放熱し,ばねの表面と内部とに温度差を有することは自明と認めら れるという理由で,本願明細書に明示の記載がないが,新規事項の追加に当たらな い限度において補正が認容されたものである。 そして,ショットピーニング中のばねの表面温度と内部温度とがどのような関係 になるかは,ショットピーニングの機械的エネルギーによる発熱による表面温度上 昇と,外気に接することによる表面温度低下とのバランスに影響される事項であっ て,本願明細書には,ショットピーニング中の内外温度差を示す記載は存在しない から,上記の特定事項を, 「ショットピーニングを施している間,ばねの内部が表面 よりも高い温度となっている」との意味で解することはできない(新規事項の追加 となる。。むしろ,引用例2の記載によれば,本願発明も連続的にショット粒がば ) ね表面に当たるのであるから,ショットピーニング中は表面温度が内部温度より高 い,引用例2技術と同様の状態になっている蓋然性が高いものである。 そうであれば,原告の主張は,ショットピーニング開始時における状態について の補正が認められたことを奇貨として,独自の見解を述べたものにすぎない。 3 一方,引用発明は,審決の相違点ロについての判断で示したとおり,540℃ 「 での焼戻後の冷却の際に,280℃でショットピーニングを施すとき,ばねの内部 が表面よりも高い状態になっている」のであるから,ショットピーニング開始時は, ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態であるが,引用例1には,ショ ットピーニング中の内外温度差を示す記載は存在しないから,引用発明において, ショットピーニング中のばねの表面温度と内部温度とがどのような関係になるかは 不明である。よって,引用例1と引用例2において,ショットピーニング中の被処 理品の温度状態が全く異なる(逆である)かどうかは不明である。 4 これに対して,引用例2には,ショットピーニング処理を行うと疲労強度が 改善し,ショットピーニング処理の後,水で急冷すると,疲労強度がさらに改善す ることが記載されているが(4頁右上欄7行〜16行参照) 疲労強度が改善する理 , 由が,ショットピーニング中の内外温度差に起因するものであるとは記載されてお らず,内外温度差が生じたのは,原告が主張するとおり結果論にすぎないから,シ ョットピーニング中の内外温度差は,引用発明への適用における阻害要因であると はいえない。 さらに,引用例2の2頁左下欄9行〜11行に「さらにまた,上記ショットピー ニング処理に加えてさらに急冷却等の過程を経て,残留応力の向上を図ろうとする ものである。」と記載されている点からみても,引用例2において,残留応力の改善 は,ショットピーニング後の急冷によっても生じるものである。 5 そうすると,引用発明は,ショットピーニング後に急冷しないものであるが, 疲労強度の向上のために,ショットピーニング後に急冷する引用例2技術を組み合 わせることは,当業者が容易になし得ることであるとした審決の認定に誤りはない。 第5 当裁判所の判断 1 本願発明 本願明細書(甲3)によれば,本願発明につき,以下のことを認めることができ る。 本願発明は,耐久性(耐疲労性)及び耐へたり性に優れたばね(特に懸架用ばね) を製造するためのショットピーニング方法に関するものである(1頁4行〜5行)。 ばねに対してショットピーニング処理を施す主たる目的は,ばねの表面に圧縮の残 留応力を予め付与しておくことにより,そのばねの使用時における負荷応力をその 残留応力の分だけ軽減しようとするものであり,残留応力をできるだけ高めるため の各種ショットピーニング法が開発されてきた。(1頁17行〜20行)。しかし, 従来の技術は,未だばねの使用応力が低い時代に開発されたものであり,使用応力 がその当時よりも高くなっている現時点では,要求性能に十分応え得る技術とは言 い難かった(2頁5〜8行)。本願発明は,このような課題を解決するために成され たものであり,その目的は,従来よりも更に大きい圧縮残留応力を付与することの 可能な高強度ばねの製造方法を提供することであって(2頁9行〜11行) それを , 解決するためになされた本願発明は,ばねの表面温度が265〜340℃となって いる間に該ばねにショットピーニングを施し,その後ばねを急冷することを特徴と する(2頁13行〜15行)。本願発明においては,ショット球に対するばねの硬さ が,冷間でショットピーニングを行うよりも相対的に低くなるため,ショットピー ニングにより,表面においてより大きな塑性変形が生じ,表面圧縮残留応力の値が 大きくなるとともに,表面からより深いところまで圧縮残留応力を生成することが できるようになり(3頁12行〜16行),ショットピーニングを行った後,すぐに 急冷するため,その圧縮残留応力はそのまま常温まで保持されるので,本願発明に より製造されたばねは,より高い耐久性を有するという効果を奏することになる(3 頁22行〜25行)。 2 引用発明 引用例1(甲1)によれば,引用発明を含む引用例1の請求項に記載された発明 は,焼入焼戻をしたソルバイト組織のばね鋼に200〜400℃の温間にてショッ トピーニング加工を施し,このショットピーニング加工によって転移した格子間隙 にコットレル効果によって侵入型固溶体を引きよせるようにしたばねにおけるショ ットピーニング方法を提供し,常温でショットピーニング加工を施したものに比し, 疲れ強さなどばねの性能を簡単な手段で更に向上させようとするものであるところ (1欄19行〜28行),引用例1に記載の発明は,ばねの製造方法において,85 0℃で焼入540℃で焼戻し後の冷却の際に,ばね鋼の温度が280℃となってい る状態で,該ばね鋼にショットピーニング加工を施すことによって(2欄7行〜1 4行),性能,特に疲れ強さを向上させたばねが提供され得るとともに,上記ショッ トピーニング加工は焼戻温度と同等以下の温度であるので,別に加熱することなく, 焼戻したものが所要の温度になったときショットピーニング加工を施せばよいので, 従来の常温で加工を施すものに比し殆んど変わらない手数とコストで簡単に提供で きるという効果を奏するものである(2欄31行〜3欄2行)。 3 引用例2に記載された技術的事項 引用例2(甲2)には,ショットピーニングによる金属の表面処理方法は,ばね 等の被処理品表面の加工硬化及び残留応力によって被処理品の疲労破壊強さを向上 させるものであること,及び,ショットピーニング処理後の被処理品を20℃の水 にて急冷したものは,自然空冷したものと比較して残留応力が30〜50%向上す ることが記載されている(2頁左上欄12行〜19行,4頁右上欄7行〜左下欄4 行)。そうすると,引用例2には,ショットピーニング処理後急冷したばね等の被処 理品の疲労強度は,ショットピーニング処理のみを行ったものに比べて向上するこ とが記載されているものと認められる。 4 相違点ハの判断について (1) 引用例1に,「常温でショットピーニング加工を施したものに比し,疲れ 強さなどばねの性能を簡単な手段で更に向上させようとするものである。すなわち 前述したようなショットピーニング加工を施すと, ・・・常温加工に比し温間加工で は転位が増大するので,材質がより強靭となり疲れ強さなどの性能が向上する。 1 」 ( 欄25行〜35行)と記載されていることからすると,引用発明は,ばねの疲労強 度の向上を目的としているといえる。そして,上記のとおり,引用例2には,ショ ットピーニング処理後急冷したばね等の被処理品の疲労強度は,ショットピーニン グ処理のみを行ったものに比べて向上することが記載されている。そうすると,引 用発明と引用例2に記載された技術的事項とは,ばね等の被処理品の疲労強度の向 上という点で共通の目的を有しているといえる。したがって,引用発明において, ばねの疲労強度をより向上させるために,引用例2に記載されているようにショッ トピーニング処理後に急冷することは,当業者であれば容易に想到し得るものであ る。よって,審決の相違点ハの判断に誤りはない。 (2) 原告は,引用例2に記載の例では,ショットピーニング後急冷した被処理 品の疲労強度は,ショットピーニング処理のみを行ったものに比べ向上しているが, 表面温度が内部の温度よりも高い状態にあり,本願発明におけるばねの状態とは逆 であるから,引用例2の例を一般化して本願発明に適用することは妥当ではないと 主張する。 この点,確かに,引用例2には, 「連続してシヨツト粒(S)が被処理品(X)の 表面に当ることにより,常に表面温度は内部の温度より高い状態に維持される。 3 」 ( 頁左上欄1〜3行)と記載されている。しかし,引用例2において,表面温度が内 部の温度より高い状態になるのは,連続してシヨツト粒(S)が被処理品(X)の 表面に当たることによるものであるから,この状態は,ショットピーニング中の状 態であるものと認められる。 他方,本願発明は,加熱工程後の冷却の際に, 「 ばねの表面温度が265〜340℃ となっており,ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態で,該ばねにシ ョットピーニングを施」すと特定されているものの,本願明細書の発明の詳細な説 明には,ばねの表面温度と内部温度との状態については記載がない。ここで,通常, ばねを冷却する場合には,表面から熱が奪われるものであるから,ばねの加熱工程 後の冷却の際には,ばねの表面から熱が奪われて,その表面温度が265〜340℃ となったときには, 「ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態」となって いると解される。このように解することは,本願発明(請求項1)の「ばねの内部 が表面よりも高い温度となっている状態で」との構成は,平成22年12月17日 付手続補正(甲13)によって追加されたものであるところ,原告自ら,この補正 の根拠として,審判請求書(甲12)において, 「この文言は,当業者ならば本願発 明の詳細な説明の記載から導くことができるものです。すなわち,その前の『加熱 工程後の冷却の際に』との文言により,ショットピーニングは高温状態から低温状 態に移行する際に行われます。物体を冷却すれば外部から冷えるのは当然のことで あり,当業者であれば『ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態で』あ ることは容易に判断できます。(3頁15行〜19行)と主張していることとも整 」 合する。 そうすると,本願発明は,ばねの内部が表面よりも高い温度となっている状態で, 「 該ばねにショットピーニングを施」すものであるから, 「ばねの内部が表面よりも高 い温度となっている状態」は,ショットピーニング開始時の状態のことであって, ショットピーニング中の状態のことであるとはいえない。そして,本願発明におい て,ショットピーニング中のばねの表面温度と内部温度との状態は特定されていな いから,引用例2のショットピーニング中のばねの表面温度と内部温度との状態と, 本願発明におけるショットピーニング中のばねの表面温度と内部温度との状態とは 逆になっているとはいえない。原告の主張は前提において誤りがあり,採用するこ とができない。 (3) 原告は,引用例1と引用例2とは被処理品の状態が全く異なる(逆である) ため,単に「疲労強度の向上」という漠然たる目的が一致しているのみでは,引用 例1に記載の発明に引用例2に記載の発明を組み合わせる動機が生じ得ないと主張 する。 しかし,上記のとおり,引用例2において,常に表面温度が内部の温度より高い 状態は,ショットピーニング中の状態であるものと認められるところ,引用例1に は,ショットピーニング中のばね鋼の表面温度と内部温度との状態は何ら記載され ておらず,内部温度が表面温度よりも高くなっているかどうかは不明であるから, 引用例1と引用例2とは被処理品の状態が全く異なる(逆である)とはいえない。 原告の主張は前提において誤りがある。 また,引用例2には,ショットピーニングによる残留応力が,被処理品の表面温 度と比例関係にあることは記載されているものの(3頁右下欄3〜18行) ショッ , トピーニング中の被処理品の表面温度と内部温度との状態が残留応力に関係するこ とは記載されていないし,また,他にそのことを立証する証拠もないから,仮に, 引用例1と引用例2との被処理品の状態が逆であったとしても,引用例1に記載の 発明に引用例2に記載の発明を組み合わせる際の妨げとなるものではない。 よって,原告の上記主張は採用することができない。 (4) 原告は,本願発明は,表面の温度の方が低く,内部の温度の方が高い状態 で表面に永久変形を生ぜしめ,その後,表面と内部の双方の温度を下げて同一にす ることにより,内部の方がより大きく収縮し,表面の圧縮残留応力がより大きくな るという技術的思想から成されたものであるのに対し,本願発明の「ばねの内部が 表面よりも高い温度となっている状態で,」とする技術的思想は引用例2(甲2)に は存在しないなどと主張する。 しかし,原告の「本願発明は,表面の温度の方が低く,内部の温度の方が高い状 態で表面に永久変形を生ぜしめ」との主張は,ショットピーニング中のばねの表面 温度と内部温度との状態をいうものであるところ,前記のとおり,本願発明は,シ ョットピーニング中のばねの表面温度と内部温度との状態を特定していないから, 原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づいたものではない。 また,引用発明は, 「焼入後の冷却の際に,ばね鋼の温度が280℃になっている 状態で,該ばね鋼にショットピーニング加工を施す」ものであるところ,通常,ば ね鋼を冷却する場合には表面から熱が奪われるものであるから,引用発明において も,焼入後の冷却の際にはばね鋼の表面から熱が奪われて,その温度が280℃に なった時,すなわち,ショットピーニング開始時には,本願発明と同様に,ばね鋼 の内部が表面よりも高い温度になっているものと認められる。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 第6 結論 以上によれば,審決の相違点ハに関する判断に誤りはなく,原告主張の取消事由 は理由がない。 よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官 真 辺 朋 子 裁判官 田 邉 実 |