審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10318審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10321審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10242審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
23年
(行ケ)
10414号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成25年1月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成23年(行ケ)第10414号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年12月26日 判 決 原 告 ミノツ鉄工株式会社 同訴訟代理人弁護士 平 山 博 史 林 裕 悟 都 筑 康 一 同 弁理士 森 本 聡 被 告 株式会社光栄鉄工所 被 告 東洋建設株式会社 被 告 タチバナ工業株式会社 上記3名訴訟代理人弁護士 小 松 陽 一 郎 和 田 高 明 同 弁理士 田 中 幹 人 主 文 1 特許庁が無効2010−800231号事件につい て平成23年11月4日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 主文1項と同旨 第2 事案の概要 本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告らの後記2の本件発明に 係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立た ないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)に は,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告らは,平成16年5月24日,発明の名称を「平底幅広浚渫用グラブバ ケット」とする特許出願(特願2004−153246号)をし,平成18年11 月24日,設定の登録(特許第3884028号。請求項の数4)を受けた(甲3 7の1)。以下,この特許を「本件特許」という。 (2) 原告は,平成22年12月14日,本件特許の請求項1に係る発明について, 特許無効審判を請求し,無効2010−800231号事件として係属した(甲3 8)。 被告らは,平成23年3月14日,訂正請求をした(甲37の2・3。以下, 「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書(甲37の1〜3)を,図面を含め, 「本件明細書」という。)。 (3) 特許庁は,平成23年11月4日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求 は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同月14日,その謄本が原告に送達され た。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載の発明(以下「本件発明」とい う。)は,次のとおりである。なお,文中の「/」は,原文における改行箇所を示 す。 吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,左右一対のシェルを回 動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左右2本のタイロ ッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸 支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にし たグラブバケットにおいて,/シェルを爪無しの平底幅広構成とし,シェルの上部 にシェルカバーを密接配置するとともに,シェルを軸支するタイロッドの軸心間の 距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離を60以上とし,かつ,側面視に おいてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェル を軸支する軸の外方に張り出していることを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケ ット 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,@後記アの引用例1に記載され た発明(以下「引用発明1」という。)に,後記イないしオの引用例2ないし5に 記載された発明等を組み合わせることによっても,A引用例2に記載された発明 (以下「引用発明2」という。)に,引用例5に記載された発明を組み合わせるこ とによっても,B引用発明2に,引用例3ないし5及び後記カの引用例6に記載さ れた発明を組み合わせることによっても,当業者が容易に発明をすることができた ものということはできない,というものである。 ア 引用例1:特開平9−151075号公報(甲1) イ 引用例2:特開2000−328594号公報(甲5) ウ 引用例3:実願平4−49043号(実開平6−1457号)のCD−RO M(甲2) エ 引用例4:登録実用新案第3005628号公報(甲3。平成7年1月10 日発行) オ 引用例5:特開2002−160889号公報(甲14) カ 引用例6:特開2002−115263号公報(甲15) (2) 本件審決が認定した引用発明1及び2並びに本件発明と引用発明1との一致 点及び相違点(1〜5),本件発明と引用発明2との一致点及び相違点(6〜9) は,次のとおりである。 ア 本件発明と引用発明1との対比 (ア) 引用発明1:吊支ロープで吊り下げられる上部フレームに上部シーブを軸 支し,一対のシェル部A,Bを開閉自在に軸支する下部フレームに下部シーブを軸 支するとともに,一対のシェル部A,Bをそれぞれ連結する2つの連結杆A,Bが, 上部フレームと一対のシェル部A,Bをそれぞれ連結しており,一方の連結杆Aの 下端部をシェル部Aに,上端部を上部フレームに回動自在に軸支し,他方の連結杆 Bの下端部をシェル部Bに回動自在に軸支し,該他方の連結杆Bの上端部を上部フ レームに固定し,上部シーブと下部シーブとの間には,開閉ロープが巻き掛けられ ており,開閉ロープを繰り下ろすとシェル部A,Bは開き,開閉ロープを引き上げ るとシェル部A,Bが閉じられるようにしたグラブバケットにおいて,シェル部A, Bを爪無しの平底構成とし,側面視においてシェル部A,Bの両端部が下部フレー ムの外方に張り出している平底浚渫用グラブバケット (イ) 一致点:吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,左右一 対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左 右のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに連 結し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にし たグラブバケットにおいて,シェルを爪無しの平底構成とした平底幅広浚渫用グラ ブバケット (ウ) 相違点1:左右のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれ ぞれ上部フレームに連結する点に関し,本件発明においては,「左右2本のタイロ ッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸 支し」ているのに対して,引用発明1においては,「一対のシェル部A,Bをそれ ぞれ連結する2つの連結杆A,Bが,上部フレームと一対のシェル部A,Bをそれ ぞれ連結しており,一方の連結杆Aの下端部をシェル部Aに,上端部を上部フレー ムに回動自在に軸支し,他方の連結杆Bの下端部をシェル部Bに回動自在に軸支し, 該他方の連結杆Bの上端部を上部フレームに固定し」ている点 (エ) 相違点2:本件発明においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配 置する」のに対して,引用発明1においては,そのように構成されているか否か不 明である点 (オ) 相違点3:本件発明においては,「シェルを軸支するタイロッドの軸心間 の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対 して,引用発明1においては,そのように構成されているか否か不明である点 (「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合,シェルの幅 内寸の距離を60以上とした構成」を,以下,「本件構成1」という。) (カ) 相違点4:本件発明においては,「側面視においてシェルの両端部がタイ ロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出 している」のに対して,引用発明1においては,側面視においてシェル部A,Bの 両端部が下部フレームの外方に張り出しているものの,「側面視においてシェル部 A,Bの両端部が連結杆A,B(本件発明における「タイロッド」に相当する。) 並びに下部フレームとシェル部A,Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否 か不明である点(「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム 並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している構成」を,以下, 「本件構成2」という。) (キ) 相違点5:「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し,本件 発明においては,それぞれ,「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケッ ト」であるのに対して,引用発明1においては,それぞれ,「平底構成」及び「平 底浚渫用グラブバケット」である点 イ 本件発明1と引用発明2との対比 (ア) 引用発明2:吊りワイヤを連結する機体に上シーブを軸支し,左右一対の 左右バケットA,Bを回動自在に軸支する滑車機構に下シーブを軸支するとともに, 左右2本の左右アームA,Bの下端部をそれぞれ左右バケットA,Bに,上端部を それぞれ機体に回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉用ワイヤを掛 け回して左右バケットA,Bを開閉可能にしたクラムシェルバケットにおいて,左 右バケットA,Bを爪無しの平底構成とし,左右バケットA,Bの上部に左右バケ ットA,Bの上部の面を構成するとともに,左右バケットA,Bを箱形に構成する 部材を配置するとともに,側面視において左右バケットA,Bの両端部が左右アー ムA,Bの外方に張り出している平底浚渫用クラムシェルバケット (イ) 一致点:吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し,左右一 対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに,左 右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに,上端部をそれぞれ上部フレーム に回動自在に軸支し,上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェル を開閉可能にしたグラブバケットにおいて,シェルを爪無しの平底構成とし,シェ ルの上部にシェルの上部の面を構成する部材を配置する平底浚渫用グラブバケット (ウ) 相違点6:シェルの上部にシェルの上部の面を構成する部材を配置する点 に関し,本件発明においては,「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」の に対して,引用発明2においては,「バケットA,Bの上部にバケットA,Bの上 部の面を構成するとともに,バケットA,Bを箱形に構成する部材を配置する」点 (エ) 相違点7:本件発明においては,「シェルを軸支するタイロッドの軸心間 の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対 して,引用発明2においては,そのように構成されているか否か不明である点 (オ) 相違点8:本件発明においては,「側面視においてシェルの両端部がタイ ロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出 している」のに対して,引用発明2においては,側面視において左右バケットA, Bの両端部が左右アームA,B(本件発明における「タイロッド」に相当する。) の外方に張り出しているものの,側面視において左右バケットA,Bの両端部が滑 車機構(本件発明における「下部フレーム」に相当する。)並びに滑車機構と左右 バケットA,Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明である点 (カ) 相違点9:「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し,本件 発明においては,それぞれ,「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケッ ト」であるのに対して,引用発明2においては,それぞれ,「平底構成」及び「平 底浚渫用グラブバケット」である点 4 取消事由 (1) 引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1) (2) 引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2) 第3 当事者の主張 1 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り) について 〔原告の主張〕 (1) 引用例3ないし5における本件構成1の開示について ア 本件審決は,本件構成1について,引用例3ないし5の各図面には本件構成 1が開示されているかのように見受けられるが,特許出願の際に願書に添付される 図面は設計図ではなく,説明図にとどまり,これにより各部分の寸法や角度等が特 定されるものではないとする。 確かに,特許出願又は実用新案登録出願時に願書に添付される図面(以下,これ らの図面を総称して「添付図面」という。)は,設計図ではなく,特許を受けよう とする発明の内容を明らかにするための説明図ではあるが,当該図面は,発明者の 意図を踏まえるとともに,発明の技術思想を反映して作成されたものである。 したがって,タイロッドの軸心間の距離を100とした場合のシェルの幅内寸の 距離が,引用例3の図面では215,引用例4の図面では110,引用例5の図面 では113と,いずれも本件構成1の60を大きく超えるものとなっていることか らすると,上記各引用例の添付図面において,各引用例に記載された発明の技術思 想として,本件構成1と同様に,シェルの幅内寸の距離を60以上とすることが開 示されているというべきである。 イ 引用例3に係るグラブバケット(WSグラブバケット)は,被告株式会社光 栄鉄工所(以下「被告光栄」という。)により実際に製品化され,使用されている (甲25,甲32の2・4。各種設計に応じて大きさは様々であるが,総称して, 以下,「本件製品」という。)。本件製品のリーフレット(甲25。以下「本件リ ーフレット」という。)には,「実用新案・意匠登録済」の記載があるところ,引 用例3は公開実用新案公報であること,同リーフレットの記載内容と引用例3が開 示する技術内容とが完全に一致すること等からすると,引用例3に係るグラブバケ ットと本件製品とが実質的に同一であることは明らかである。 本件リーフレットに記載されている本件製品の各設計寸法によると,同製品のタ イロッドの軸心間の距離を100とした場合のシェルの幅内寸の距離は全て60以 上となっており,当該数値は設計図面から導き出せる定量的事項というべきである。 そうすると,引用例3の添付図面における「タイロッドの軸心間の距離」は,実 在するグラブバケットの「タイロッドの軸心間の距離」を忠実かつ正確に記載した ものというべきであるから,同図面に記載された「タイロッドの軸心間の距離」も, 「シェルの口幅方向の長さL」と同様に,同図面に記載された具体的な定量的事項 であるというべきである。シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100と した場合に,シェルの幅内寸の距離が215であることは,引用例3の添付図面の うち,正面図及び側面図を縦横等倍となるように縮小・拡大するという極めて容易 な作業によって直ちに判明するものであって,引用例3には本件構成1が開示され ていないとした本件審決の認定は誤りである。 ウ 以上によると,引用例3ないし5には,本件構成1が開示されているという べきである。 (2) 相違点3に係る判断の誤りについて ア 荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することに ついて (ア) 本件審決は,使用態様に基づいて要求される特性の相違を踏まえると,荷 役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することを当業者が 容易に想到し得るものということはできないとする。 しかしながら,クラムシェル型グラブバケットは,500年以上も前に浚渫用と して開発され,その後に荷役用グラブバケットが開発されたものである。19世紀 終盤から20世紀初頭にかけて,本件発明と基本態様を同じくするクラムシェル型 グラブバケットが,浚渫用のみならず,掘削,荷役用として使用されていた。荷役 用及び浚渫用グラブバケットは,いずれも製造者が同一であるし,国際特許分類や Fタームにおいても同一の分類に属するものである。 浚渫用及び荷役用グラブバケットは,クレーンにより操作されてばら物を掬い取 り,運搬・移動させるという作業内容・目的が共通しており,掴み対象の性状も, 基本的に均質であるが,時として不均質なものを掴むおそれがあることに変わりは なく,グラブバケットを目視できるか否かということと,作業精度,作業効率及び 作業の安全性との間の相関性が皆無であることも共通する。浚渫用グラブバケット において,目視が不可能な状態での作業を余儀なくされるという課題は,本件出願 時には既に従来技術(GPSやソナーを活用する方法等)により解決済みである。 本件発明に係る浚渫用グラブバケットにおいて,水中で使用され,目視できないと いう事情を前提として,従来の荷役用グラブバケットにはない特別な構成が採用さ れているわけでもない。 また,浚渫用グラブバケットは,比重が1.6程度のヘドロ,土砂(比重不明), 水(比重1)を浚渫対象(掴み対象)とするから,比重が5を超える鉄鉱石や,比 重が2を超えるボーキサイト等を荷役対象(掴み対象)とする荷役用グラブバケッ トと比較してより高い剛性が求められるわけではない。むしろ,掴み対象の比重に 鑑みると,実際には荷役用グラブバケットの方が,浚渫用グラブバケットよりも高 い剛性が要求される場合もある。 したがって,浚渫用グラブバケットが荷役用グラブバケットよりも高い剛性が求 められるということはできない。 (イ) 荷役用及び浚渫用の両用途に使用できるグラブバケットは,従来から存在 していた(甲50)。 また,平成14年(2002年)版船舶電話帳に掲載された被告光栄の広告(甲 32の2。以下「本件広告」という。)には,クラムシェル型グラブバケットを使 用して浚渫工事を行う様子が撮影された写真が掲載されているところ,当該写真に は,本件構成2を有するグラブバケットが「グラブバケット(WS型)」として紹 介されているから,当該グラブバケットは,本件製品であるということができる。 本件リーフレットの記載(「1995.4」)からすると,同リーフレットは平成 7年4月に印刷されたものということができるから,本件製品は,少なくともその 頃には製造販売されていたものと推測される。そうすると,当業者たる被告光栄自 身が,本件出願前に製造販売していた荷役用グラブバケットである本件製品を浚渫 作業に使用していたことになる。引用例3に係る荷役用グラブバケットである本件 製品が,浚渫用グラブバケットとしても実際に使用されていた以上,引用例3に係 る荷役用グラブバケットの技術を,引用発明1の浚渫用グラブバケットに適用する 動機付けが存在すること,その適用に阻害要因が存在しないことは明らかである。 (ウ) 以上によると,浚渫用グラブバケットと荷役用グラブバケットとを明確に 区別し,各グラブバケットの用途の差異のみに基づいて,荷役用グラブバケットに 係る技術の浚渫用グラブバケットへの適用を否定する本件審決は誤りである。 イ 本件構成1の技術的意義について (ア) 本件明細書には,シェルの幅内寸の距離を60以上とすることの臨界的意 義について全く記載されていないから,当該数値範囲は技術的な裏付けのない思い 付き程度のものにすぎず,格別な技術的価値はない。 グラブバケットの用途に応じてシェルの幅内寸法の最適化を図ることは,20世 紀初頭より当業者がその開発設計段階で普通に行ってきたことであるから,本件構 成1のようにシェルの幅内寸の距離を決定することは,設計変更又は数値範囲の最 適化に当たり,当業者の通常の創作能力の発揮に該当するものである。 (イ) 引用例3ないし5には,本件構成1と同様の構成が開示されており,本件 構成1は,むしろグラブバケットにおける周知技術であるということができる。 本件リーフレットに開示された本件製品の各設計寸法によると,シェルを軸支す るタイロッドの軸心間の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離は96な いし120となるから,本件出願前において,被告光栄が,シェルの幅内寸の距離 を60以上とする数値範囲で段階的に変更した大小様々な形態のグラブバケットを 実際に製造し,販売していたものである。 平成11年5月に社団法人日本作業船協会が発行した機関誌「作業船 No.243」 (甲52)の記事に掲載されたグラブバケット(以下「作業船グラブバケット」と いう。)も,本件構成1を有しており,関西国際空港U期工事において実際に使用 されているから,本件構成1は,グラブバケットにおける周知技術であるというこ とができる。 ウ 作用効果について 引用例3には,「シェルの口幅(L)を大きくすることで,掴み量を大きくでき る」という作用効果が記載されている。「シェルの口幅(L)」は,本件発明の 「シェルの幅内寸」に相当するものであり,「掴み量」は「切取面積」によって決 定されるから,引用例3に記載された作用効果は,「シェルの幅内寸を大きくする ことで,掴み物の切取面積を大きくして作業効率を高める」という,被告らが主張 する本件構成1により得られる作用効果と同一である。 したがって,本件発明の作用効果は,引用例3に開示された作用効果と異なるも のではなく,進歩性を認める根拠とはなり得ない。 エ 以上によると,相違点3に係る構成は,引用発明1に引用例3ないし5に記 載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものである。 (3) 相違点4に係る判断の誤りについて 本件構成2は,引用例3ないし5に開示されているのみならず,荷役用グラブバ ケットにおける周知技術である(甲29の15・18〜20)。 本件発明と引用例1及び3ないし5に記載された発明は,いずれもグラブバケッ トという同一の技術分野に属するものであり,前記のとおり,荷役用グラブバケッ トに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することは,当業者が容易に想到し得 るものである。 したがって,相違点4に係る構成は,引用発明1に引用例3ないし5に記載され た発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものである。 (4) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明1に引用例3ないし5に記載された発明 を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべ きである。 〔被告らの主張〕 (1) 引用例3ないし5における本件構成1の開示について ア 引用例3ないし5には,シェルの幅内寸の距離や本件構成1に関する記載や 示唆はないし,各引用例に記載された発明の課題とシェルの幅内寸の距離とは無関 係であるから,各引用例の添付図面からシェルの幅内寸の距離や本件構成1に関す る技術思想が得られるものではない。 イ 本件製品は,本件リーフレットにおいて荷役用の「砂バケット」として紹介 されており,全て荷役用として販売されているものであって,浚渫用として,ある いは海砂の採取作業に使用できるグラブバケットとして販売された事実もない。引 用例3の添付図面と本件リーフレットの図面とを比較すれば,その相違は明らかで あって,本件製品と引用例3に係るグラブバケットとが実質的に同一であるという ことはできない。 ウ 以上によると,引用例3ないし5には,本件構成1が開示されているという ことはできない。 (2) 相違点3に係る判断の誤りについて ア 荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することに ついて (ア) 科学技術は,各技術領域で独自に発展するものであるから,荷役用及び浚 渫用のグラブバケットの起源が同一であったとしても,それぞれの技術領域の技術 事項を相互に転用することはできない。荷役用及び浚渫用のグラブバケットは,掴 み物を掴み取って揚上する点では異ならず,製造業者も共通するが,いずれの用途 のグラブバケットを製造・販売している当業者であればあるほど,両者の目的・用 途の違いを明瞭に認識しており,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブ バケットに適用できるという判断に至ることはない。国際特許分類及びFタームは, 技術内容の共通性の観点に基づく分類ではないから,荷役用グラブバケットと浚渫 用グラブバケットとの技術的な共通性を判断する基準とはならない。 浚渫用グラブバケットの目的は一定区域の浚渫であるため,掴みやすい箇所に繰 り返しバケットを投入することはできない。掴み物の特定は推測の域を出ないこと, 想定外の掴み物が混在する可能性があること,何を掴むかを目視できないことは, 荷役用には存在しない,浚渫用グラブバケットに固有の課題である。技術領域は課 題との関係において相対的に定められるものであるから,課題の相違を考慮するこ となく,荷役用グラブバケット及び浚渫用グラブバケットが常に同じ技術領域に属 するとの原告の主張は相当ではない。しかも,浚渫用グラブバケットによる浚渫作 業では,ソナーやGPSを活用する作業方法等においても,切取範囲を2分の1程 度の重なり幅を用いて浚渫作業を行っているのであって,これらの技術は目視の代 替技術となり得るものではない。荷役用グラブバケットには全く必要がない上記各 技術が開発されていること自体,荷役用と浚渫用のグラブバケットの本質的相違が 存在することを意味するものである。 荷役用グラブバケットと浚渫用グラブバケットとの本質的な相違は,掴み物の比 重の大小ではない。比重が4.3ないし5.3の鉄鉱石を掴む場合であれば,鉄鉱 石を掴むのに適した荷役用グラブバケットを,比重が1.2ないし1.5程度の小 麦を掴む場合であれば,小麦を掴むのに適した荷役用グラブバケットをあらかじめ 選定すれば足りるものである。小麦の中に鉄鉱石が混在していることはない。作業 時には何を掴むかを目視することも可能である。 これに対し,浚渫用グラブバケットの掴み物としては,砂,岩,ヘドロ,土砂等 が想定されるが,あらかじめ浚渫範囲の掴み物を特定することはできない。例えば ヘドロを想定していたにもかかわらず,想定外の砂,土砂,岩等を掴んでしまい, グラブバケットに予期せぬ荷重がかかることもある。作業時に何を掴むかを目視す ることもできない。 (イ) 被告光栄は,本件製品を浚渫用グラブバケットとして製造・販売したこと はないし,同製品を使用して浚渫作業を行ったこともない。本件製品は,上シーブ を2枚とした構成であって,3枚の構成として製造販売したことはないところ,本 件広告に掲載された写真のグラブバケットは,上シーブ及び下シーブがそれぞれ3 枚となっているから,本件製品とは異なるものである。被告光栄は,自重が軽く, 容量の多い本件製品を海砂の採取に使用した場合にどのような知見が得られるかを 実験するために,引用例3の考案に係る実用新案登録出願後,壊れる危険性を認識 しつつも,シーブを3枚構成としてシェルの締付力を増加させた実験機(以下「本 件実験機」という。)を製作し,実験を行った。本件広告に掲載された写真は当該 実験の状況を撮影した写真と思われる。本件実験機が実験により破損したことから, 荷役用グラブバケットを浚渫に用いることは不可能であることが明らかとなったも のである。本件実験機は現存しているところ,実験によりシェルが変形したことは, 写真(乙2。以下「本件実験機写真」という。)からも明らかである。 原告が主張するように,平成14年当時から本件製品が現に浚渫作業に使用され, あるいは使用することが可能であって,荷役作業のみならず浚渫作業にも使用でき るとの知見を得ていたのであれば,本件製品が普及したはずである。本件広告に掲 載された写真に係るグラブバケットは,本件発明とは無関係であるし,当該グラブ バケットが,引用例3に係るグラブバケットや本件製品であるのかすら不明であっ て,荷役用グラブバケットを浚渫用グラブバケットに転用できるとの当業者の技術 常識を得ることはできない。本件製品も,本件発明とは無関係である。 (ウ) 以上によると,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケット に適用することを否定した本件審決に誤りはない。 イ 本件構成1の技術的意義について (ア) 本件構成1は,ヘドロ,土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率 を高める(本件明細書【0010】)という格別の技術的意義を有するものであっ て,単なる設計的事項ではない。 本件発明が対象とする薄層浚渫において,切取面積が着目されるようになったの は,浚渫すべき土厚が20cmないし1mの範囲の一定の土厚に限定されているた め,従来の浚渫用グラブバケットを使用して一定の土厚で浚渫を行った場合,シェ ルの容量に占める土砂等の掴み量の割合が小さく,作業効率が悪いことから,作業 効率を高めるためには,土厚とは別の掴み量の規定要因であり,必ずしもバケット の容量の増大を必要としないで切取面積を大きくする必要があるとの技術課題が認 識されたことが端緒である。他方,引用例3は,安定性を高めて,作業中の転倒を 防止することを直接的な課題としながら,副次的に掴み量が大きいという効果を生 じるものであって,バケットの切取り深さが制限される等の背景は全く存在せず, 切取面積に関する文言や示唆は全くない。 しかも,薄層浚渫用を含めて,浚渫用グラブバケットでは,シェルが海底で異物 を掴む可能性があるため,グラブバケットには高い強度が求められることから,本 件構成1を単独で採用することはできない。本件発明では,本件構成1を採用する ための不可欠的の構成として,本件構成2及び「シェルの上部にシェルカバーを密 接配置する構成」(以下「本件構成3」という。)を一体として採用しているが, 引用例3には,このような構成に関連する記載や示唆は存在しない。 (イ) 作業船グラブバケットは,浚渫船を砂撒船として使用するため,シェル以 外は浚渫用グラブバケットの部材を流用して急ごしらえで製造されたものである。 使用期間中,各所に破損が生じ,その都度,補修,補強を繰り返しており,通常の 荷役用グラブバケットとは大きく異なる。被告光栄は,本件出願後の平成20年6 月,作業船グラブバケットを素材として使用して薄層浚渫用のグラブバケットを製 作することを依頼され,シェルの各所に補強材を取り付けるとともに,シェルの上 部にシェルカバーを密接配置し,浚渫工事における仕上げ用バケットとして使用が 可能な構成,仕様とした。作業船グラブバケットに係る経緯は極めて特異なもので あって,到底,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用す る根拠となるものではない。 ウ 作用効果について 浚渫用グラブバケットにおいて,従来,グラブバケットの強度の低下と重量増加 という阻害要因があったため,タイロッドの軸心間の距離を100とした場合,シ ェルの幅内寸の距離には技術上の上限(50程度)があり,切取面積にも限界があ った。本件発明は,本件構成2及び3と組み合わせることにより,本件構成1によ って切取面積の拡大という目的を実現するとともに,グラブバケットの強度の低下 や重量増加の問題を解決した結果,従来の浚渫用グラブバケットと比較して顕著な 作業能率の向上を実現したものである。 エ 以上によると,相違点3に係る構成は,引用発明1に引用例3ないし5に記 載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものというこ とはできない。 (3) 相違点4に係る判断の誤りについて 前記のとおり,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用 することは,当業者が容易に想到し得るものということはできない。 したがって,相違点4に係る構成は,引用発明1に引用例3ないし5に記載され た発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはで きない。 (4) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明1に引用例3ないし5に記載された発明 を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。 2 取消事由2(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り) について 〔原告の主張〕 (1) 引用発明2及び引用例5に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の 誤りについて 相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は,いずれも引用例5に開示さ れていること,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用す る動機付けが存在する一方,その適用に阻害要因は存在しないことは,先に取消事 由1において主張したとおりである。 したがって,本件発明は,引用発明2に引用例5に記載された発明を組み合わせ ることにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。 (2) 引用発明2及び引用例3ないし6に記載された発明に基づく容易想到性に係 る判断の誤りについて 相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は,いずれも引用例3ないし5 に開示されていること,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケット に適用する動機付けが存在する一方,その適用に阻害要因は存在しないことは,先 に取消事由1において主張したとおりである。 引用例6にも,相違点8に係る構成が開示されている。 したがって,本件発明は,引用発明2に引用例3ないし6に記載された発明を組 み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきで ある。 〔被告らの主張〕 (1) 引用発明2及び引用例5に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の 誤りについて 相違点7に係る構成(本件構成1)が引用例5に開示されているということはで きないこと,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用する ことができないことは,先に取消事由1において主張したとおりである。 したがって,本件発明は,引用発明2に引用例5に記載された発明を組み合わせ ることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。 (2) 引用発明2及び引用例3ないし6に記載された発明に基づく容易想到性に係 る判断の誤りについて 相違点7に係る構成(本件構成1)が引用例3ないし5に開示されているという ことはできないこと,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに 適用することができないことは,先に取消事由1において主張したとおりである。 したがって,本件発明は,引用発明2に引用例3ないし6に記載された発明を組 み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということはできない。 第4 当裁判所の判断 1 本件発明について 本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本件 明細書(甲37の1〜3)には,おおむね次の記載がある。 (1) 技術分野 本件発明は,グラブバケットに関し,特には港湾,河川,湖沼等の浚渫時にヘド ロ,土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率を高めるとともに水の含有量 を低減させ,含水比の高い掴み物をバケット内に密閉することにより,撹乱や水中 移動時及び運搬船への積み込み時の濁りや飛散を効果的に防止するのみならず,バ ケットの容量を超えた掴み物をオーバーフローさせることによって内圧上昇に起因 する変形,破損を引き起こすことがない平底幅広浚渫用グラブバケットに関する発 明である(【0001】)。 (2) 背景技術 従来の丸底爪付きグラブバケットでは,最適バランスを保持するため,ロッド軸 心間の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離は50程度となっていた (【0002】【0004】)。 (3) 発明が解決しようとする課題 ア 従来の丸底爪付きグラブバケットを利用した浚渫作業では,掘り後が溝状と なり,非能率的であるとともに,ヘドロ,土砂等を完全に浚渫することができない。 特に,近年のヘドロ浚渫は,土厚20cmないし1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事が 増加しているが,グラブバケットによる掴み物以外は水であり,掴んだヘドロと水 は地上に引き上げて分離処理する必要があるため,掴み物中の水の含有量を減らす ことが求められるところ,従来の丸底爪付きグラブバケットでは,掴み物の切取面 積が小さいため,水の含有量を減らすことができない(【0006】)。 イ 従来のグラブバケットは,ロッド軸心間の距離を100とした場合,シェル 内寸の距離が50程度となっているため,掴み切取面積をより大きくすることが困 難であり,容量を大きくできない(【0007】)。 ウ 従来のグラブバケットには,グラブバケット内のヘドロ等の掴み物の撹乱や 水中移動が発生しやすく,ヘドロ運搬船への積み込み時に河川又は海水に大きな濁 りを生じてしまうという課題もある。従来,周辺水域に濁りが拡散・移流すること を防止するため,汚濁防止膜が用いられているが,潮流の早い海域では浚渫作業中 に汚濁防止膜が流されてしまったり,グラブバケットと汚濁防止膜とが接触して膜 が破損する等の事故が発生し,濁りの拡散・移流を完全に防止することができない (【0008】)。 エ 従来のグラブバケットには,シェルを左右に広げたまま水中を降下する際, グラブバケット自体の水中の抵抗が増加して降下時間が長くなるという問題もあり, さらに,グラブバケットが掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合,掴み物の逃げ道 がないことによりグラブバケットの内圧が上昇し,グラブバケットの変形や破損が 生じるおそれもある(【0009】)。 オ 本件発明は,ヘドロ,土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率を高 めるとともに水の含有量を低減させ,浚渫作業時にも掴み物の撹乱や水中移動が発 生せず,ヘドロ運搬船への積み込み時にも河川又は海水に濁りが生じたり周辺水域 に濁りが拡散・移流することを防止し,さらに,グラブバケット自体の水中での抵 抗を減少させて降下時間を短縮し,グラブバケットが掴み物を所定の容量以上に掴 んだ場合でも内圧上昇に起因する変形,破損を引き起こすことがない平底幅広浚渫 用グラブバケットを目的とするものである(【0010】)。 (4) 発明の効果 ア 本件発明は,シェルを爪無しの平底幅広構成とするとともに,シェルを軸支 するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離を60 以上とし(本件構成1),かつ,側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び 下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出したこと (本件構成2)により,従来の丸底爪付きグラブバケットと比較してバケット本体 の実容量が大きく,かつ,掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げる ことにより作業能率を高めるとともに水の含有量を減らし,しかも掘り後が溝状と ならずにヘドロを完全に浚渫することが可能となる。特に,土厚20cmないし1 m以内の薄層ヘドロ浚渫工事のように,土厚が少なくなるほど平底幅広浚渫用グラ ブバケットの有用性が高くなる(【0013】)。 イ 本件発明は,シェルの上部に開閉式のゴム蓋を有する蓋体が配設されたシェ ルカバーを密接配置したこと(本件構成3)により,シェルを広げたまま水中を降 下する際,蓋体が上方に開いて水が上方に抜けるので,水中での抵抗が減少して降 下時間を短縮することができる。グラブバケットが掴み物を所定容量以上に掴んだ 場合,内圧の上昇に伴って蓋体が上方に開き,内圧が降下してグラブバケット自体 の変形や破損が生じるおそれがない。グラブバケットの水中での移動時には,外圧 によって蓋体が閉じられるので,掴み物の撹乱や水中移動は発生せず,河川又は海 水に濁りが生じたり周辺水域に濁りが拡散・移流することを完全に防止することが できる(【0014】)。 (5) 発明を実施するための最良の形態 本件発明のグラブバケットは,シェルが爪無しの平底幅広構成となっているため, 従来の丸底爪付きグラブバケットと比較してシェルの実容量が大きいのみならず, 実容量が同一の場合でも掴み物の切取面積を大きくすることができる。特に,浚渫 する土厚が一定である場合,1回の掴み作業における切取掴み量を大きくすること ができる。港湾,河川,湖沼等における近時のヘドロ浚渫時には,土厚20cmな いし1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事が行われるが,土厚が少なくなるほど,本件発 明に係る平底幅広浚渫用グラブバケットの作業能率が高く,掘り後が溝状とならず にヘドロを完全に浚渫することができるとともに,従来のグラブバケットと比較し て切取面積が大きいため,掴み物中の水の含有量を減らすことができる(【002 1】)。 2 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り) について (1) 引用発明1について ア 引用例1の記載について 引用例1(甲1)には,おおむね次の記載がある。 (ア) 特許請求の範囲 【請求項1】吊支ロープで吊下げられる上部フレームと,一対のシェル部からなる バケットと,該一対のシェル部を開閉自在に軸支した下部フレームと,前記上部フ レームと前記一対のシェル部をそれぞれ連結する連結杆と,前記上部フレームに回 転自在に軸支された上部シーブと,前記下部フレームに回転自在に軸支された下部 シーブとからなり,前記上部シーブは,同軸に軸支された上部制振用シーブと任意 の枚数の上部増力用シーブとからなり,前記下部シーブは,同軸に軸支された下部 制振用シーブと任意の枚数の増力用シーブとからなり,バケット開閉用の開閉ロー プを,前記上部制振用シーブの前後方向一側のロープ溝に沿わせたうえで下部制振 用シーブの前後方向他側のロープ溝に導き,さらに該下部制振用シーブの下半分の ロープ溝に巻き掛けて,順次,上部増力用シーブと下部増力用シーブとに巻き掛け, 端末を上部フレームまたは下部フレームに固定したことを特徴とする浚渫用グラブ バケット (イ) 発明の属する技術分野 引用発明1は,浚渫用グラブバケットに関する発明であり,さらに詳しくは,浚 渫船のクレーンから吊下げたバケットを拡開して,水底の土砂を掬い取り,バケッ トを閉じて土砂を運搬船等に揚荷するための浚渫用グラブバケットに関する発明で ある(【0001】)。 (ウ) 発明が解決しようとする課題 従来の浚渫用グラブバケットでは,吊支ロープの中心位置とガイドロールユニッ トを通る開閉ロープとの間の距離をモーメントの腕とする揺動モーメントが発生し, バケットを前後方向に揺らせてしまうという問題があった。また,ガイドロールユ ニットは小径のガイドロールを用いたものであり,バケットが前後あるいは横方向 に揺れると,開閉ロープがガイドロールに沿って曲げられて,損傷を早めるという 問題もある(【0004】)。 引用発明1は,このような事情に鑑み,バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど 発生せず,開閉ロープのロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットを提供するこ とを目的とする(【0005】)。 (エ) 発明の実施の形態 引用発明1のバケットは,対称に構成された一対のシェル部からなり,各シェル 部は軸で開閉自在に軸支され,下部フレームに取り付けられている。また,各シェ ル部はそれぞれ連結杆の下端がピン連結され,その連結杆の上端が上部フレームに 連結されている。この上部フレームの吊鐶にはグラブバケット全体をクレーン等か ら吊下げるための吊支ロープが連結されている(【0008】)。 上部フレームには,2枚の上部シーブが軸支され,下部フレーム上には2枚の下 部シーブが軸支されている。上部シーブは1枚の上部制振用シーブと1枚の上部増 力用シーブとからなり,いずれもバケットの前後方向と平行に配置されている。上 部制振用シーブの前後方向手前側(後側)のロープ溝に対向する位置に小径のガイ ドシーブが,フレームに軸支して取付けられている。下部シーブは1枚の下部制振 用シーブと1枚の下部増力用シーブとからなり,いずれもバケットの前後方向に対 して交差し,前方が右寄りに,後方が左寄りになっている。平面視において,上部 制振用シーブの前方側ロープ溝位置と下部制振用シーブの前方側ロープ位置とが, 上部増力用シーブの後方側ロープ溝位置と下部制振用シーブの後方側ロープ溝位置 とが,上部増力用シーブの前方側ロープ溝位置と下部増力用シーブの前方側ロープ 溝位置とが,それぞれほぼ一致している(【0009】)。 上部シーブと下部シーブとの間に,クレーン等から吊下げられたバケットの開閉 ロープが上部制振用シーブとガイドシーブとの間に入り,上部制振用シーブの前後 方向後側のロープ溝に沿わせた上で,下部制振用シーブの前後方向前側のロープ溝 に導き,制振用シーブのロープ溝の下半分に掛け廻わし,次いで,上部増力用シー ブ,下部増力用シーブの順で掛け廻わし,端末を上部フレームに形成した固定金具 に係止している(【0010】)。 この実施形態のグラブバケットにおいて,バケットを開閉するには,開閉ロープ をクレーン等から繰り出すと,バケットの自重によって開き,開閉ロープを引き上 げると,上部シーブと下部シーブとの間の間隔が縮まってバケットが閉じられる (【0011】)。 (オ) 発明の効果 引用発明1によると,バケットを閉じるべく開閉ロープの引上げの瞬間に上向き の力が発生するが,上部制振用シーブに巻き掛けた部分の開閉ロープに発生する力 と,下部制振用シーブに巻き掛けた部分の開閉ロープに発生する力とが互いに相殺 されるので,バケットの閉じ始めにバケットを前後方向に揺らせる力はほとんど発 生しない(【0016】)。 イ 引用発明1について 引用例1に,前記第2の3(2)ア(ア)のとおりの引用発明1が記載されていること については,当事者間に争いがない。 (2) 引用例3について ア 引用例3の記載について 引用例3(甲2)には,おおむね次の記載がある。 (ア) 実用新案登録請求の範囲 【請求項1】シェルの口幅を開幅よりも大きく形成したことを特徴とするグラブバ ケット (イ) 産業上の利用分野 本考案は,グラブバケットに関し,特に砂利,砂の荷揚げや荷降ろし等を行うグ ラブバケットにおいて,開幅よりも口幅を広い形状とすることにより,安定性を高 め,容重比を小さくして操作性を高めたものである(【0001】)。 (ウ) 従来の技術 運搬船等に積載された砂利や砂を陸揚げするために用いられるグラブバケットは, 荷役クレーンから吊支される揚重用のワイヤーロープにグラブバケットを連結して 吊支し,グラブバケット内に砂利等を取り込むために,その底部が中央部で左右2 つに開閉できるようになっている(【0002】)。 このグラブバケットは,通例ラッチアーム型と称する形式のものが用いられ,シ ェルに4本のアームが軸で回動可能に連結されてアームの上端部に吊支体が支持さ れるとともに,シェルにはアームを連結し,アームは軸を介して開閉可能に連結さ れ,さらにシェルにラッチアームの一端部を連結し,軸に回動可能に軸支して上端 部に滑車を回転自在に軸支している。滑車には,吊支体に軸支された別の滑車との 間で開閉用ワイヤーロープが捲回されている。吊支体は,揚重用ワイヤーロープで 吊り上げられる(【0003】)。 (エ) 考案が解決しようとする課題 従来のラッチアーム型のグラブバケットでは,容重比(重量/容量)は2.0が 限界であって,形状における制約から,これ以上軽量化を図ることはできない。 また,シェルの開幅Wよりも口幅Lが小さいとともに,高さHがそれらと比較し て長いので,グラブバケットの安定性が低く,作業中に転倒することがあり,作業 能率が低下するおそれがある(【0005】)。 そこで,本考案は,砂利や砂の荷揚げや荷下ろし等を行うグラブバケットにおい て,シェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより,安定性を高め,容 重比を小さくして操作性を高めるものである(【0007】)。 (オ) 実施例 本考案に係るグラブバケットにおけるシェルの口幅方向の長さLは,開幅方向の 長さWと同等又はそれ以上の長さを有し,寸法的には従来と比較して著しく口幅が 大きいという特徴を有する。開幅に対して口幅が大きいため,安定性が高く,作業 中に転倒することもないのみならず,掴み量が大きい(【0012】)。 (カ) 図2及び7 図2は,本考案に係るグラブバケットがシェルを開いた状態を示す斜視図であっ て,シェルの開幅Wに対して口幅Lが大きい状態が図示されている。 また,図7は,従来のグラブバケットがシェルを開いた状態を示す正面図であっ て,シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示さ れている。 イ 引用例3における本件構成1及び2の開示について (ア) 前記(2)ア(カ)によると,従来のグラブバケットにおいて,シェルの外側が シェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されており,引用例3 に記載された発明においても同様の構成を有しているものといえる。 そして,引用例3の図2及び7からすると,シェルは,軸を回動軸として回転し, グラブバケットが砂利や砂を取り込むのであるから,グラブバケットの開口の幅 (開幅)は,シェルとアームが回動可能に連結される2つの軸間の距離(以下「軸 間の距離」という。)よりも広いということができる。 開幅が軸間の距離よりも狭い状態としては,シェルの動作時において,シェルが 砂利や砂などの取り込む対象に対して閉じた状態から僅かしか開いていない状態か, グラブバケットの構造自体において,シェル同士を連結する軸とシェルの先端であ る口金までの距離が極端に短い構成を有する状態のいずれかであるか,あるいはそ の双方が想定されるところ,前者の状態の場合,シェル内に取り込むことのできる 対象物がシェルの容積に対して少なくなるから,シェルの動作時における一過性の 状態としてはともかくとして,このような構成を採用することは通常想定し難いも のである。また,後者の状態の場合,シェルの容量自体が少なくなるから,やはり, このような構成を採用することは通常想定し難いものである。 したがって,引用例3には,グラブバケットの開口の幅(開幅)が,軸間の距離 よりも広い構成が開示されているということができる。 (イ) 引用例3に記載された発明において,アームが回動可能に連結された2つ の軸間の距離は,本件構成1の「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」に 相当するところ,前記(2)エのとおり,引用例3に記載された発明は,シェルの口幅 Lを開幅Wよりも大きく形成したものであるから,引用例3には,シェルを軸支す るタイロッドの軸心間の距離より,シェルの口幅方向の長さを長くした構成が開示 されているものということができる。もっとも,幅内寸は,シェルの板厚分程度, 長さLよりも短くなるが,引用例3は,砂利や砂などを対象としたグラブバケット に係る文献であることからすると,板厚はシェルが変形しない程度の強度を保持し ていれば薄い方が優れているということができるから,少なくともシェルの幅内寸 はシェルの口幅方向の長さの60%以上に相当するものということができる。 (ウ) この点について,被告らは,引用例3には,シェルの幅内寸の距離や本件 構成1に関する記載や示唆はないし,引用例3に記載された発明の課題とシェルの 幅内寸の距離とは無関係であるから,添付図面からシェルの幅内寸の距離や本件構 成1に関する技術思想が得られるものではないと主張する。 しかしながら,引用例3に記載された発明は,シェルの開幅Wよりも口幅Lを広 い形状とすることにより課題を解決するものであるから,引用例3の添付図面は, シェルの開幅Wよりも口幅Lが広い形状を有することを前提として作成されている ことは明らかであって,引用例3には,シェルの幅内寸の距離やタイロッドの軸心 間の距離に関する記載は存在するものというべきであり,引用例3に,本件構成1 と同様の構成が開示されている以上,被告らの上記主張は採用できない。 (エ) 以上によると,引用例3には,シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距 離を100とした場合,シェルの口幅方向の長さは100を超える構成が開示され ているから,シェルの幅内寸の距離を60以上とする本件構成1が開示されている というべきである。 (オ) 同様に,前記(ア)によると,引用例3には,本件構成2が開示されている ということができる。 (3) 引用例4及び5について ア 引用例4(甲3)は,グラブバケットに係る考案に関する登録実用新案公報 であるところ,引用例4には,各種の作業に応じて使用するバケットを交換する際 の手間の軽減及び作業効率を向上させることを解決課題とした考案が開示されてい るが,シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見 は開示されていない。 イ 引用例5(甲14)は,グラブバケットに係る発明に関する公開特許公報で あるところ,引用例5には,下部フレームに搭載した無線機のアンテナやオイルタ ンクの給油口に中間可動フレーム下面が接触することによる破損を防止することを 解決課題とした発明が開示されているが,引用例4と同様に,シェルを軸支するタ イロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見は開示されていない。 ウ したがって,引用例4及び5の添付図面に,本件構成1と同様の構成が図示 されているとしても,これらの添付図面が,シェルを軸支するタイロッドの軸心間 の距離及びシェルの幅内寸の距離について,設計図のような正確な縮尺で作成され たものではない可能性を否定できない以上,引用例4及び5において,本件構成1 が開示されているとまでいうことはできない。 (4) 相違点3及び4に係る判断の誤りについて ア 荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することに ついて 本件審決は,浚渫用のグラブバケットである引用発明1に,荷役用のグラブバケ ットに係る技術を適用することは,操縦者が対象物を目視できるために想定外の荷 重がシェルにかかるおそれが少ない荷役用グラブバケットと,掴み物を目視できず, 掴み物の種類や形状も安定しないため,荷役用と比較して,グラブバケットの強度 を高く設定する必要がある浚渫用グラブバケットとでは,使用態様に基づいて要求 される特性の相違から,当業者が容易に想到することができたものとはいえないと する。 しかしながら,グラブバケットは,荷役用又は浚渫用のいずれの用途であっても, 重量物を掬い取り,移動させる用途に用いられるものであるから,技術常識に照ら し,ある程度の強度が必要となることは明らかであって,必要とされる強度は想定 される対象物やその量,設計上の余裕(いわゆる安全係数)等によって定められる 点において変わりはないものというべきである。確かに,浚渫用グラブバケットは, 上記各観点に加えて,掴み物を目視できない点をも考慮した上で強度を高く設定す る必要があることは否定できないが,ここでいう強度とは,想定される対象物(掴 み物)に対してどの程度の強度上の余裕を確保すべきかという観点から決せられる べきものである。本件リーフレット(甲25)には,本件製品に関する照会の際に は掴み物の種類や大きさを連絡することを求める旨の記載があり,荷役用グラブバ ケットにおいても,対象物に応じて強度を設定する必要があることは明らかである。 したがって,荷役用のグラブバケットに係る技術を浚渫用のグラブバケットに適 用する際には,浚渫用のグラブバケットにおいて特に考慮すべき強度上の余裕を確 保することに支障を生ずるか否かについて,十分配慮する必要があるとしても,浚 渫用グラブバケットの上記特性とは直接関連しない,対象物を掬い取って移動させ るという両目的に共通する用途に係る技術について,一律に適用を否定することは 相当ではない。 イ 本件構成1及び2の技術的意義等について 本件審決は,荷役用グラブバケットに係る本件構成1及び2を,浚渫用グラブバ ケットに係る引用発明1に適用することを否定する。 しかしながら,前記1(4)アによると,本件発明は,シェルを爪無しの平底幅広構 成とするとともに,本件構成1及び2を採用することにより,従来の丸底爪付きグ ラブバケットと比較してバケット本体の実容量が大きく,かつ,掴み物の切取面積 を大きくして掴みピッチ回数を下げることにより作業能率を高めるとともに水の含 有量を減らし,しかも掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することが可能 となるという作用効果を実現したものであって,本件構成1及び2は,むしろバケ ットの本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることを実現するために採用 された構成であるということができる。 また,証拠(甲25,甲32の3)によれば,本件リーフレットに記載された本 件製品の図面及び主要寸法から,本件製品は本件構成1及び2を有するものと認め られるところ,被告光栄は,荷役用グラブバケットである本件製品を,浚渫用グラ ブバケットとして実際に使用している状況を撮影した写真を本件広告に掲載した上 で,本件製品の製品名(「グラブバケット(WS型)」)を明記していることが認 められる。 したがって,引用発明1に,引用例3が開示する本件構成1及び2を適用するこ とについて,動機付けが存在する一方,阻害事由を認めることはできない。 ウ 相違点3に係る判断の誤りについて (ア) 引用例3は,前記(2)ア(エ)のとおり,グラブバケットの安定性確保や容重 比を小さくすることを課題とするものではあるが,前記(2)ア(オ)のとおり,本件構 成1と同様の構成を採用することにより,掴み量が大きくなることが明記されてい るものであるし,バケットの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすれば,口幅Lが大 きいことに起因して掴み量が大きくなるのは自明であって,引用例3には,掴み物 の切取面積を大きくすることにより,掴み量を大きくすることが開示されていると いうことができる。 また,作業効率を向上するために,バケット本体の実容量及び掴み物の切取面積 を大きくすることは,浚渫用,荷役用にかかわらず,グラブバケットにおける一般 的な課題であるということができる。本件リーフレット(甲25)にも,掴み量が 増大することにより,作業時間の短縮,燃料費節約及びオペレーターの疲労軽減に より,総合的なランニングコストダウンが確保できることが紹介されている。 したがって,引用発明1に,引用例3が開示する本件構成1を適用することにつ いては,動機付けを認めることが相当である。 (イ) 以上によると,相違点3に係る構成は,引用発明1に引用例3に記載され た発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものということがで きる。 エ 相違点4に係る判断の誤りについて 前記のとおり,引用例3には,本件構成2が開示されているものということがで きる。 したがって,相違点3と同様の理由により,相違点4に係る構成は,引用発明1 に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得 たものということができる。 (5) 被告らの主張について ア 被告らは,荷役用及び浚渫用のグラブバケットにおけるそれぞれの技術事項 を相互に転用できるものではなく,いずれの用途のグラブバケットを製造・販売し ている当業者であれば,両者の目的・用途の違いを明瞭に認識しており,荷役用グ ラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用できるという判断に至るこ とはない,何を掴むかを目視できないこと等は浚渫用グラブバケットに固有の課題 であって,課題の相違を考慮することなく,荷役用グラブバケット及び浚渫用グラ ブバケットが常に同じ技術領域に属するとはいえないと主張する。 しかしながら,本件構成1及び2は,浚渫用グラブバケットに特有の課題を前提 とするものではないことは先に述べたとおりであって,掬い取る対象物の相違は存 在するものの,掴み物の切取面積を大きくすることにより,掴み量を大きくするこ とを目的とする本件構成1及び2を,荷役用グラブバケットのみならず,浚渫用グ ラブバケットに適用することは容易であるというべきである。 イ 被告らは,被告光栄が本件製品を浚渫用グラブバケットとして製造・販売し たことはない,本件広告に掲載された写真のグラブバケットは,上シーブ及び下シ ーブの枚数が本件製品とは異なるものであり,当該写真は,被告光栄が壊れる危険 性を認識しつつもシーブを3枚構成としてシェルの締付力を増加させた本件実験機 を用いて実験した状況を撮影した写真と思われるところ,本件実験機が実験により 破損したことは,本件実験機写真から明らかであるから,荷役用グラブバケットを 浚渫用に用いることは不可能であると主張する。 しかしながら,シーブを通常の2枚構成から3枚構成へと変更した目的が,被告 らが主張するとおり,シェルの締付力を増加させる点にあったとしても,その他の 構成に格別相違が見られない以上,シーブの数の変更をもって,本件製品と本件実 験機が顕著に異なるものとまでいうことはできない。 また,被告らが主張するように,破損することを予期しつつ本件製品を実験目的 で浚渫作業に用いたところ,実際に破損したというのであれば,実験における浚渫 作業を撮影した写真を本件広告に掲載するとともに,本件製品の製品名まで明記し た上で,浚渫作業に関係する事業者も購読者として想定される船舶電話帳において, あたかも本件製品が浚渫作業に用いることが可能であるかのような広告をすること は,明らかに不自然であるといわざるを得ない。 ウ 被告らは,薄層浚渫において必ずしもバケットの容量の増大を必要としない で切取面積を大きくする必要があるとの技術課題が認識されたことが本件発明の端 緒であるところ,引用例3は,副次的に掴み量が大きいという効果を生じるもので あって,バケットの切取り深さが制限される等の背景は全く存在せず,切取面積に 関する文言や示唆は全くない,浚渫用グラブバケットにおいて,従来,グラブバケ ットの強度の低下と重量増加という阻害要因があったため,タイロッドの軸心間の 距離を100とした場合,シェルの幅内寸の距離には技術上の上限(50程度)が あり,切取面積にも限界があったところ,本件発明は,グラブバケットには高い強 度が求められることから単独では採用できない本件構成1を採用するための不可欠 の構成として,本件構成2及び3と組み合わせることにより,本件構成1によって 切取面積の拡大という目的を実現するとともに,グラブバケットの強度の低下や重 量増加の問題を解決した結果,顕著な作業能率の向上を実現したものであるが,引 用例3には,このような構成に関連する記載や示唆は存在しないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,シェルの幅内寸の距離を伸張することにより,切 取面積を大きくすることが可能となることは明らかであるところ,薄層浚渫では, バケットの切取り深さよりも切取面積を増大させることが求められることは,用法 の相違に基づく構成における工夫にすぎず,浚渫用グラブバケットに特有の技術課 題ということはできない。 また,前記1(2)によると,本件明細書には,従来,シェルの幅内寸の距離に技術 上の上限(50程度)が存在した理由として,「最適バランスを保持するため」と しか記載されておらず,どのような要素についての最適バランスを考慮しているの かに関する具体的な記載は存在しないのみならず,グラブバケットの強度の低下と 重量増加という阻害要因が存在したことをうかがわせる記載もない。 さらに,前記のとおり,本件明細書によると,本件構成1及び2は,むしろバケ ットの本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることを実現するために採用 された構成であるし,前記1(4)イによると,本件構成3も,シェルを広げたまま水 中を降下する際の降下時間を短縮すること,グラブバケットが所定以上の掴み物を 掴んだことに伴う内圧低下によるグラブバケットの破損防止,水中移動時における 掴み物の撹乱等を防止することを目的とする構成であるというべきであるから,本 件構成1ないし3を組み合わせたことにより,強度の問題から単独では採用できな いと被告らが主張する本件構成1が採用可能となり,当該構成によりシェルの幅内 寸の距離に係る技術上の上限(50程度)を克服し,60以上とすることが実現で きた具体的理由は不明であるから,本件構成1ないし3によって,切取面積の拡大, グラブバケットの強度の低下や重量増加の問題を解決するという被告らの主張は, その前提自体が採り得ないものである。しかも,本件構成2は,訂正により付加さ れた構成であるところ,本件明細書の本件構成1及び2の効果に係る段落(【00 13】)には,訂正により本件構成2に係る構成が付加されたにすぎず,本件構成 2を採用したことにより,グラブバケットの強度の低下や重量増加の問題を解決す るに至った具体的な理由のみならず,当該構成が上記段落に記載された掴み物の切 取面積を大きくするという効果の実現にどのように寄与するかについてすら,明ら かではない。 エ したがって,被告らの前記主張はいずれも採用できない。 (6) 小括 以上のとおり,相違点3及び4に係る構成は,引用発明1に引用例3に記載され た発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものというべきであ るから,本件審決の相違点3及び4に係る判断は誤りであるというほかない。 3 取消事由2(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り) について (1) 引用発明2について ア 引用例2の記載について 引用例2(甲5)には,おおむね次の記載がある。 (ア) 特許請求の範囲 【請求項1】クレーンからの吊りロープによって吊り下げられる機体に上端を軸止 された左右アームの下端部の支軸の回りに回動自在に右バケットと左バケットとを 設け,これらの左右バケットの開口面の内側端縁同士を枢軸で結合するとともに, その枢軸を前記クレーンの開閉用ワイヤで昇降操作することによって,左右バケッ トを開閉及び移動させて海底の土砂を浚渫する浚渫用クラムシェルバケットにおい て,前記左右バケットの前記開口面以外の部分を密閉構造とし,左右バケットの開 口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付け,かつ左右バケットの前記支軸部近 傍に,空気抜き口とこの空気抜き口を開閉する空気抜き扉を設け,左右バケットが 開いているときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を開放する位置にあり,左右バ ケットが閉じたときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を閉塞する位置にあるよう に前記空気抜き扉を構成したことを特徴とする浚渫用クラムシェルバケット (イ) 発明の属する技術分野 引用発明2は,海底の土砂やヘドロなどを掬い上げて浚渫を行うクラムシェルバ ケットに関する発明である(【0001】)。 (ウ) 従来の技術 クラムシェルバケットは,バケットの刃先部と左右バケットの底部で土砂を浚渫 して,土運船に取り上げるものである(【0002】)。 従来のクラムシェルバケットは,左右のバケットを全開した状態で海底まで落下 させ,開閉用ワイヤを操作して左右バケットを閉じ,海底土砂を掬う。次いで吊り ワイヤを操作し左右バケットを閉じたまま引き上げ,土運船上で左右バケットを開 いて土砂を積み込む(【0005】)。 従来のクラムシェルバケットでは,土砂を浚渫して土運船に取り上げる際,開放 しているバケット上部から汚泥や汚水がこぼれて海洋汚染を引き起こすおそれがあ る(【0006】)。 引用発明2は,一旦バケットで掬い上げた汚泥や汚水を海中に落下させたり,こ ぼすことがなく,また,バケットに溜まった空気による浮力や汚泥巻き上げを解消 することを解決課題とする(【0009】)。 (エ) 発明の実施の形態 引用発明2のクラムシェルバケットは,左右のバケットを完全に箱形にして一面 (開口面)だけで接地させる構成を有する。バケットの上部の面には,D型ゴム (シール用パッキン)を設け,バケットの開閉により圧縮させて密閉するようにし ている。また,バケットの左と右の背中の面に大きな空気抜き口と空気抜き扉を設 置している。この実施例における空気抜き扉は板状であり,上端を水平な軸によっ て回動自在に構成されている(【0015】)。 左右のバケットを開いた状態で吊りワイヤを操作して海中にバケットを落下させ ると,バケットの底部(落下中は上部)に設けられている空気抜き扉はほぼ垂直の 位置にあって空気抜き口を開放しており,バケットの底部の空気は海中を落下中に 完全に抜かれる。バケットが海底に達すると,開閉用ワイヤを操作することにより バケットの刃先が汚泥を掬い取り,バケットが閉じると,D型ゴムがバケットの口 を完全にシールし,空気抜き扉も空気抜き口を閉塞してバケットは完全に密封状態 となる(【0016】)。 (オ) 発明の効果 引用発明2によると,左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし,左右バ ケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付けたことにより,一旦バケ ットで掬い上げた汚泥や汚水を海中に落下させたりこぼすことなく,海の汚濁化や 生態系への悪影響などの環境汚染を引き起こすことがない(【0019】)。 また,バケットの支持部近傍に,空気抜き口と,空気抜き口を自動開閉する空気 抜き扉を設けたことにより,バケットに溜まった空気の浮力でバケットの落下地点 が狂ったり,バケットから溢れ出た空気が汚泥を巻き上げることによる汚濁化を解 消することができる(【0020】)。 さらに,汚濁防止幕が不要となり,工期短縮,労力削減を図ることが可能となる (【0021】)。 イ 引用発明2について 引用例2には,前記第2の3(2)イ(ア)のとおりの引用発明2が記載されているこ とについては,当事者間に争いがない。 (2) 引用発明2及び引用例5に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の 誤りについて 前記のとおり,引用例5の添付図面に,本件構成1と同様の構成が図示されてい るとしても,引用例5において,相違点7に係る構成(本件構成1)が開示されて いるとまで認めることはできない。 したがって,本件発明は,引用発明2に引用例5に記載された発明を組み合わせ ることにより,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 (3) 引用発明2及び引用例3ないし6に記載された発明に基づく容易想到性に係 る判断の誤りについて 前記のとおり,相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は,いずれも引 用例3に開示されているところ,荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブ バケットに適用する動機付けが存在する一方,その適用に阻害要因は存在しない。 したがって,相違点7及び8に係る構成は,引用発明2に引用例3に記載された 発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得たものであるというべき であるから,本件審決の相違点7及び8に係る判断は誤りであるというほかない。 4 結論 以上の次第であって,本件審決の相違点3及び4に係る判断並びに相違点7及び 8に係る判断は誤りであるというほかないところ,本件審決は,その余の相違点の 各構成が当業者にとって容易に想到し得たか否かについて審理を尽くしていない。 よって,その余の相違点について更に審理を尽くさせるために,本件審決を取り 消すのが相当である。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 土 肥 章 大 裁判官 井 上 泰 人 裁判官 荒 井 章 光 |